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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  方法の発明 /  技術的範囲 /  抵触 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  侵害 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 20327号 特許権損害賠償請求事件
原告 東洋建設株式会社
訴訟代理人弁護士 赤尾直人
補佐人弁理士 萼経夫
同 小野塚薫
被告 大成建設株式会社
訴訟代理人弁護士 安原正之
同 佐藤治隆
同 小林郁夫
補佐人弁理士 森哲也
同 内藤嘉昭
同 崔秀
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/03/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
被告は,原告に対し,1億1275万円及びこれに対する平成12年10月6日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,既存建物の免震化構法に関する特許権を有する原告が,被告が豊島区役所本庁舎耐震補強工事において使用した構法は上記特許権に係る発明の技術的範囲に属しており,同構法の施工により同特許権が侵害されたと主張して,被告に対し,損害賠償を請求している事案である。
1 前提となる事実 (1) 原告は,下記の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
記 特許番号 第2819008号 発明の名称 既存建物の免震化構法 出願日 平成7年4月19日 登録日 平成10年8月28日 (2) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報(甲2)参照。)の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件発明」という。)。
「既存建物の地下部分を所定深さ掘削した後,その掘削底に厚肉のフラットスラブを打設し,次に前記フラットスラブを足場として前記既存建物の基礎を支承し,しかる後に前記基礎の下方に支柱を構築し,さらに前記支柱と前記基礎との間に免震装置を介装することを特徴とする既存建物の免震化構法。」 (3) 本件発明の構成要件を分説すれば,下記@ないしC記載のとおりである(以下,分説した各構成要件を,その番号に従い「構成要件@」などと表記する。)。
@ 既存建物の地下部分を所定深さ掘削した後,その掘削底に厚肉のフラットスラブを打設し, A 次に前記フラットスラブを足場として前記既存建物の基礎を支承し, B しかる後に前記基礎の下方に支柱を構築し,さらに前記支柱と前記基礎との間に免震装置を介装すること C を特徴とする既存建物の免震化構法 (4) 本件発明は,次のような作用効果を有する。
ア 既存建物の地下部分を掘削するとともにその掘削底にフラットスラブを打設することにより,当該地下部分に基礎梁のような障害物のない大きな作業空間を確保することができ,作業性が向上して,比較的簡単に既存建物を免震化できる。
イ 地下部分を所望の生活空間を確保するに足る深さに掘削することにより,多目的の地下室として利用することも可能になり,建物の利用価値が増大する。
(5) 被告は,平成9年7月から平成12年6月にかけて,別紙構法目録記載の構法(以下「被告構法」という。)を使用して豊島区役所本庁舎耐震補強工事を行った。
(6) 前記目録記載のとおり,前記耐震補強工事は,掘削した底一面に同目録にいう「マットスラブ」(ただし,同スラブ上面の高さは場所によって異なり,3とおりの高さが存在する。)を打設した工事部分と,掘削底に鉄筋コンクリート床を打設した上で建物の既存基礎のほぼ真下にそれに対応する独立基礎を設けた工事部分とに大別される(同目録添付第11図参照。なお,原告は,上記マットスラブが構成要件@の「フラットスラブ」に該当するとした上,被告構法が本件発明の技術的範囲に属すると主張している。)。
被告構法においては,全体を大きく3つのグループに分けた上,各グループごとに異なる時期に地下部分の掘削及びマットスラブの打設を行っている。したがって,上記グループ分けされた各工区内においては,掘削が終了した後にマットスラブが打設されるという時系列の順序が保たれているが,全体としてみれば,ある工区において掘削が行われている時期に別の工区ではマットスラブが打設されるということが生じており,各工程がいわば同時並行的に実施されている(前同第9図,第12図及び第13図等参照。)。
また,被告構法において,地面の揺れを吸収し,直接に免震化効果を奏する部材は「積層ゴム支承」及び「弾性滑り支承」(前記構法目録参照)であるが,これらは,打設されたマットスラブの上面に設置された下部キャピタルと,既存基礎(フーチング)の下面に設置された上部キャピタルとの間に取り付けられている。積層ゴム支承は,鉄筋による配筋がなされた上部キャピタル及び下部キャピタルにそれぞれ取り付けられ,その後にグラウトが注入されてこれらキャピタルが固形状化する。弾性滑り支承については,鉄筋による配筋がなされた下部キャピタルにまず滑り板が取り付けられ,下部キャピタルにグラウトを注入して固形状化した後,弾性滑り支承を取り付けて,さらに上部キャピタルが固形状化されるという工程順序になる(前同第14図以下等参照。)。このように,被告構法においては,構成要件における「支柱」に対応すると目される「下部キャピタル」が,構成要件における「免震装置」に対応すると目される「積層ゴム支承」及び「弾性滑り支承」の全部ないし一部の取り付けの後に,固形状化して完成することになる。
2 争点 (1) 被告構法において,既存建物の地下部分が「所定深さ掘削」(構成要件@)されたといえるか(争点(1))。
(2) 被告構法における「下部キャピタル」が構成要件Bの「支柱」に該当するか(争点(2))。
(3) 仮に「下部キャピタル」が「支柱」に該当するとした場合に,「積層ゴム支承」及び「弾性滑り支承」の全部ないし一部の取り付けの後に「下部キャピタル」が固形状化して完成する工程順序(前記第2の1(6))を前提にしても,なお,「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)したといえるか(争点(3))。
(4) 前記第2の1(6)記載のとおり,被告構法については,鉄筋コンクリート床を打設して独立基礎を設けたにとどまり,厚肉のマットスラブを打設していない部分もあるなど,従来構法が用いられたと目される部分と本件発明との抵触が直接問題になる部分とが混在している。また,マットスラブが打設された部分についてみても,同スラブの上面には3とおりの高さがあるなど,各工事単位ごとに段差が生じている上に,全体としてみれば,掘削と打設が同時並行的に行われている場合も存在する。
これらの事実関係を前提として,なお,被告構法は,全体として本件発明の技術的範囲に属するといえるか(争点(4))。
当事者の主張
1 争点(1)(被告構法において,既存建物の地下部分が「所定深さ掘削」(構成要件@)されたといえるか)について (原告の主張) 本件明細書においては,従来技術として,既存の建物をジャッキ等で支持し,その地下部分に基礎と基礎梁とを構築し,基礎の上に免震装置を載置固定して,この免震装置上に既存建物を据え付ける例が紹介され(【0003】段落),その上で,このような例によると,既存建物の地下部分または半地下部分に基礎梁が縦横に配置されるため,基礎梁が作業空間を著しく狭くし,機械(ジャッキ等)の搬入や作業者の動きが困難になるとされている(【0004】段落)。本件発明は,このような課題を解決するため,基礎梁をなくして平坦なフラットスラブを設けることにしたのであるから,本件発明の本質的な効果は,基礎梁をなくしたことにより水平方向の移動の支障がなくなったことである。その一方で,仮に上下方向の空間の確保が必須であるならば,本件明細書に,例えば,フラットスラブを設ける場合の上面は基礎梁を設けた場合の梁の上面より低く設定されることが必要である旨の記載が存在するはずであるが,同明細書には,そのような記載は一切ない。
以上によれば,本件発明の作用効果にいう「大きな作業空間」(【0009】段落。前記第2の1(4))とは,水平方向の空間の広がりを尺度としており,垂直方向については格別の要件が課されているわけではなく,作業可能な広がりがあればそれで足りるというべきである。よって,被告構法は,構成要件@の「所定の深さ掘削」を充足する。
(被告の主張) ア 本件明細書【0004】段落の前記記載,すなわち,従来技術の考え方によれば,既存建物の地下部分又は半地下部分に基礎梁が縦横に配置されるため,この基礎梁が作業空間を著しく狭くし,機械(ジャッキ等)の搬入や作業者の動きを困難にする旨の記載は,機械の搬入や作業者の移動などが基礎梁よりも低い水平面で行われることを前提にしてなされたものと解される。また,同明細書【0005】段落には,本発明の課題とするところは,「地下部分の作業空間を広げて,既存の建物を簡単に免震化できるようにすることにある。」と明記されており,ここでいう「作業空間を広げて」とは,従来の基礎梁が作業空間を著しく狭くすることに対して「広げる」ことを意味するはずであるから,少なくとも,従来構法における基礎梁が存在する状態よりも,作業空間が三次元的に広くなっていなければ意味がない。したがって,本件発明においては,上記基礎梁の上面よりも低い水平位置にフラットスラブの上面が設定されていなければならず,そうでなければ,「所定の深さ掘削」の要件を充足しないというべきである。
ところが,被告構法におけるマットスラブの上面は,基礎梁を設けた場合の梁の上面と同じ高さに設定されており,マットスラブ上面と既存基礎下面との間隔は90pしかない上に,既存基礎を結ぶように配置された既存基礎梁も存在するから,かがみ込むような姿勢での作業を余儀なくされる場合が多い。よって,被告構法において,構成要件@にいう「所定の深さ」が「掘削」されたとはいえない。
イ 原告は,平成13年10月1日付け原告第7準備書面において,本件明細書における「大きな作業空間」については,上下方向の空間の確保は問題ではなく,水平方向の空間の広がりが尺度である旨主張するに至った(上記(原告の主張)欄記載のとおり)。
しかし,このような解釈は,立体的・三次元的な概念である「空間」という言葉の通常の用語例に反する上に,単に基礎梁をなくして空間を水平方向に広げただけでは,免震化工事が容易になるものではないから,採り得ない解釈である。
そもそも,原告は,「所定深さ」を論ずる際に,深さを測る基準を例えば既存フーチング(既存基礎)の下面においたことを前提とするかのような主張をした上(平成13年6月28日付け原告第6準備書面7頁),「『所定深さ掘削』とは,厚肉のフラットスラブを打設した後においても,上下方向において作業空間を確保するうえで支障が生じないという程度の深さによる掘削を意味している。」と明確に述べていた(同準備書面8頁)。したがって,原告第7準備書面における原告の上記主張は,従前の主張と矛盾する。このことに照らしても,原告の主張が誤りであることは明らかである。
2 争点(2)(被告構法における「下部キャピタル」が構成要件Bの「支柱」に該当するか)について (原告の主張) ア 通常の用語例によれば,支柱とは荷重を支える柱であり(甲16参照),柱とは屋根,床,梁などの荷重を支え,下部の構造に伝える垂直部材である。また,本件明細書中の図1における支柱24も,図で見る限り,垂直方向よりも水平方向の幅が長い。以上によれば,構成要件にいう「支柱」とは,「荷重を支え,下部の構造に伝える垂直部材」であり,水平方向の長さ又は幅との比率は問題にならないというべきである。
被告構法における下部キャピタルも,「荷重を支え,下部の構造に伝える垂直部材」であることに変わりはなく,その多くが,高さが28p程度,縦及び横が120p程度の平べったい形状のものであるからといって,「支柱」に該当しないというものではない。
イ 免震装置の下方に「支柱」が必要とされるのは,フラットスラブ上面と既存基礎下面との間のギャップを補填し,免震装置を水平方向に高精度に維持するためである。免震装置の下方に支柱があれば,同装置の金属プレートから下方に突出している脚部と,支柱内のフレームとが係合する位置を調整して,水平方向の維持を実現できる。また,支柱は,免震装置を介して建物を支持しており,地震時における水平方向のせん断力や曲げモーメントに耐えうる構造を有していることも必要である。
被告構法における下部キャピタルは,これらの要請を充たしており,「支柱」に該当する。
(被告の主張) ア 支柱は物を支えるための柱であり,柱とは,まっすぐに立てて建物の上部の重みを支える材,あるいは,物を支える高く直立した材のことであるから,「支柱」とは,物を支えるためにまっすぐに立ててある材,あるいは,物を支えるために高く直立した材のことをいうと解すべきである。
しかるに,下部キャピタルの多くは,高さが28p程度,縦及び横が120p程度で,高さが低く水平方向に広がりをもつものであるから,まっすぐに立ててある,あるいは,高く直立したといえるものではなく,「支柱」に該当しない。
そもそも,被告構法における免震装置(前記積層ゴム支承及び弾性滑り支承)の多くは,その高さが30p程度であり,これを既存基礎の下面とマットスラブないし独立基礎の上面との間に取り付けるため,いわば連結部材として,最低限必要な高さの下部キャピタル及び上部キャピタルが存在するにすぎない。仮に,このような下部キャピタルが「支柱」であるとすれば,上部キャピタルも「支柱」ということになり,免震装置が下部支柱と上部支柱の間に介装されることになって,「前記支柱と前記基礎との間に免震装置を介装する」(構成要件B)との要件が充足されないことになる。
イ 原告は,免震装置の下方に「支柱」が必要とされるのは,フラットスラブ上面と既存基礎下面との間のギャップを補填し,免震装置を水平方向に高精度に維持するためであると主張する。
しかし,ギャップの補填を目的とすることは本件明細書に記載がない上に,単にギャップを補填するなら,免震装置の下面とフラットスラブの間ではなく,免震装置の上面と既存基礎との間に支柱を構築してもよいはずである。また,水平方向の維持を目的とすることについても,やはり明細書に根拠となる記載がない上に,支柱を構築したから高精度の水平が維持でき,フラットスラブであるから維持できないというものではない。要は免震装置の取り付け方次第である(ちなみに,被告構法においては,マットスラブに取り付けたレベル調整アングル架台に免震装置を取り付けている。)。
本件特許権に係る特許公報(本判決末尾添付)中の図1においては,支柱24の上に台座のようなものが示されているが,これは,支柱と免震装置をつなぐ継手(連結部材)である。被告構法における下部キャピタルもこれに相当するものであって,構成要件にいう「支柱」に該当するものではない。
3 争点(3)(仮に「下部キャピタル」が「支柱」に該当するとした場合に,「積層ゴム支承」及び「弾性滑り支承」の全部ないし一部の取り付けの後に「下部キャピタル」が固形状化して完成するという工程順序を前提にしても,なお,「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)したといえるか)について (原告の主張) 「介」には「なかだちとする」,「装」には「身なりを整える」という意味がある(甲25参照)。また,「介装」が単に部材を設置することを意味するのであれば,構成要件Bの段階では,単に免震装置を設置したにすぎないのに,構成要件Cの段階で,いきなり既存建物の免震化構法が完成することになる。以上からすれば,「介装」とは,「部材の間に位置させて目的の形にすること」であり,「免震化装置を介装する」とは,免震装置に建物の全荷重が加えられ,免震効果を発揮できる状態にする趣旨と解すべきである。
しかるところ,被告構法における積層ゴム支承は,鉄筋による配筋がなされた上部及び下部の各キャピタルに取り付けられ,その後にグラウトが注入されてこれらキャピタルが固形状化し,サポートジャッキを撤去することなどにより,建物の全荷重が積層ゴム支承に加えられる。そうすると,「支柱」に該当する下部キャピタルが構築された後に,積層ゴム支承(免震装置)が目的に沿った形になって免震効果を発揮できる状態になっているから,「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)の要件を充足することになる。また,弾性滑り支承については,鉄筋による配筋がなされた下部キャピタルにまず滑り板が取り付けられ,下部キャピタルにグラウトを注入して固形状化した後,弾性滑り支承を取り付けて,さらに上部キャピタルも固形状化するという工程順序であるところ,上記滑り板の取り付けは免震装置の取り付けの着手にすぎず,「支柱」に該当する下部キャピタルが完成した後に,弾性滑り支承(免震装置)本体を取り付け,免震効果を発揮できる状態になっているのであるから,やはり,「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)の要件を充足する。
以上のとおり,いずれにせよ,被告構法は構成要件Bの文言を充足するというべきである。
(被告の主張) 原告は,「介装」とは「部材の間に位置させて目的の形にすること」であり,「免震化装置を介装する」とは,免震装置に建物の全荷重が加えられ,免震効果を発揮できる状態にする趣旨であると主張する。
しかし,本件明細書の【0015】段落には,「ジャッキ20を介装し,これらジャッキ20を同期して作動させて……既存建物10を沈下しないように支持する」との記載があり,この記載からすれば,「介装」が「作動」や「支持」といった機能・効果を表す言葉とは区別されて,単なる「設置」程度の意味で使われていることがわかる。「介装」という言葉を,原告主張のように,所定の作用をもたらす機能的要素まで含めて解釈する根拠になる記載は見当たらない。自然な用語例に照らしても,「介装」とは,2つの物の間に別の物を設置ないし装着することをいうと解すべきである。
しかるところ,被告構法においては,原告が「支柱」に該当すると主張する下部キャピタルの完成前に積層ゴム支承が設置(すなわち「介装」)されているから,「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)の文言を充足しない。また,弾性滑り支承についても,免震装置の重要な構成要素であり,その設置に際して位置決め等に細心の注意が必要な滑り板が,下部キャピタル完成前の配筋工事の段階で設置されるから,少なくとも免震装置の取付工事がこの段階で行われたということができ,やはり上記文言を充足しないことになる。
4 争点(4)(被告構法については,鉄筋コンクリート床を打設した上で独立基礎を設けたにとどまり,厚肉のマットスラブを打設していない部分もあるなど,従来構法が用いられたと目される部分と本件発明との抵触が直接問題になる部分とが混在していたり,打設されたマットスラブの上面の高さも3とおりあり,各工事単位ごとに段差が生じるなどしているところ,これらの事実関係を前提としても,なお,被告構法は,全体として本件発明の技術的範囲に属するといえるか)について (原告の主張) ア 本件発明は,(ア)構成要件@による掘削及びその後のフラットスラブの打設,(イ)構成要件Aによる既存建物の基礎の支承,(ウ)構成要件Bによる支柱の構築及び当該支柱と建物の既存基礎の間での免震装置の介装という時系列順序を基本構成にしている。たとえ,フラットスラブが打設された部分が建物全体からみれば一部分であっても,上記(ア)の工程により打設されたフラットスラブを作業場所とし,基礎梁のような障害物のない作業空間を確保するという作用効果を享受して,上記(イ)及び(ウ)の作業が行われていれば,その構法は,本件発明を実施した構法といえるのであり,建物全体にわたってフラットスラブを打設しなければならないなどという制約があるものではない。
イ ところで,フラットスラブの打設により本件発明の本質的効果を奏し得る最小領域は,各既存基礎に対応する点4つで囲まれた四角形の領域が2つ以上連続した領域であると考えられる。なぜなら,このような領域であれば,その中央部分の既存基礎に対応する点2つを基礎梁で結んだ場合が想定でき,このような場合に比べて,フラットスラブを打設して基礎梁をなくした分,明らかに作業が容易になるからである(以上につき,平成13年6月28日付け原告第6準備書面19頁及び同書面末尾添付の図1,2参照)。
被告構法においても,上記の最小領域を上回る範囲において,フラットスラブに該当するマットスラブが打設され,本件発明の効果を享受して作業がなされている。よって,同構法は本件発明の技術的範囲に属するというべきである。
ウ フラットスラブが上記最小領域において成立し得る以上,同スラブの高さが各領域ごとに異なって設計されることも,当然あり得る。したがって,被告構法において,マットスラブの上面につき3とおりの高さが存在することは,構成要件充足性の判断に何ら影響を及ぼさない。マットスラブ間に段差が存在したとしても,各段差ごとのスラブにおいて,基礎梁が存在しないことにより作業性が向上している以上,本件発明の作用効果を享受していることに変わりはないからである。
エ また,被告構法において,マットスラブを打設した領域と独立基礎を設けた領域の双方を足場にして既存建物を支承していることも,構成要件充足性の上で問題にはならない。マットスラブを打設した領域において,工区毎に順次ジャッキによる既存建物の支承が行われている以上,構成要件Aの文言は充足されているし,また,同領域において,マットスラブではなく,鉄筋コンクリート床を打設した上で基礎梁を設けるという構造を採用した場合に比べ,基礎梁がない分だけスムーズな作業が実現しているはずであり,本件発明の作用効果を享受していることに変わりはないからである。
オ 以上からすれば,従来構法を実施したと目される部分とマットスラブを打設した部分が混在することや,マットスラブ相互間で段差が存在することなどは,いずれも,被告構法が本件発明の構成要件を充足することの妨げにはならない。
(被告の主張) ア 本件発明は,構成要件@の前段・後段,同A,同Bの前段・後段の5つの工程を時系列順に施工することにより,施工中は地下部分に十分な作業空間を確保し,施工後は当該空間を多目的に使用できるようにしたことを特徴とする。したがって,この空間は,人が現実に作業したり,地下室に利用したりするのに十分なものでなければならない。
ところが,被告構法においては,工区毎に独立して工事が進行する上に,新たに敷設した基礎の上面の高さが,鉄筋コンクリート床部分を含めると4とおりに分かれている。この段差はすべての工区内に存在しており,ジャッキ等の資材の搬入等の妨げとなる。しかも,マットスラブ上の空間の大部分は,立って作業する高さを有しないため,作業は制約されたものとなり,地表面から最も深く(670p)掘削された鉄筋コンクリート床部分が,作業通路としての役割を担うことになる。完成後も,例えば多目的の地下室を確保することはできず,わずかに,前記コンクリート床部分が通路として確保され,他は免震装置の点検に用いられる程度の空間になっている。
以上のとおり,本件特許発明と被告構法とでは,その工程や目的が相違しており,被告構法は本件発明の技術的範囲に属さない。
イ 既存建物を免震化するためには,地下部分全体にわたって免震化する必要があり,建物の一部分にのみ適用される免震化構法は想定し得ない。現に,本件明細書にも,本件発明の実施が対象となる建物の一部についてでもよいことを推認させる記載は存在しない。また,地下空間の確保による作業の容易化という本件発明の作用効果は,全体をフラットスラブにすることにより初めて実現できるのであって,一部がフラットであっても,段差が存在すれば,ジャッキ等の資材を運ぶ台車を通すことができず,人力で持ち上げる必要が生じるなど,フラットスラブを採用した意味が失われる。
以上からすれば,フラットスラブは建物の地下部分全体に打設される必要があるというべきである。しかるに,被告構法においては,建物中央部のほとんどにつき,マットスラブではなく単なる鉄筋コンクリート床を打設している。したがって,被告構法は本件発明の技術的範囲に属しないというべきである。
ウ 上記イで述べた点に関し,原告は,前記の最小領域なるものについてフラットスラブが打設されていればそれで足りると主張するが,被告構法において,上記最小領域なるものが成立し得る領域は数十にも及び,これら相互で高さが異なれば,施工性の向上など望むべくもない。したがって,細切れの領域でもフラットスラブが打設されていればそれでよいなどとはいえないはずである。
仮に,建物全体がフラットスラブでなくてもよいとしても,本件発明の作用効果である施工性の向上に照らせば,少なくとも1つの工区全体にわたってフラットスラブが打設されている必要がある。ところが,前記で触れたとおり,被告構法においては,1つの工区内においてさえ段差があり,全体がフラットな工区は1つとして存在しないのだから(別紙構法目録添付の第11図及び第13図参照),いずれにせよ,被告構法は本件発明の技術的範囲に属さない。
エ また,本件発明においては,掘削底全体が厚肉のフラットスラブとなっており,既存建物の支承は全てフラットスラブを足場とするが,被告構法においては,マットスラブと独立基礎の両方により既存建物を支承する。この点においても,被告構法は本件発明と相違する。
オ 被告構法においては,基本的に,高さ約30pの免震装置の設置に必要な約90pの空間を確保するための掘削しか行っていない。そのため,既存建物の基礎のフーチングの高さがもともと異なることに由来して,マットスラブ及び独立基礎の高さも異なり,段差が生じる結果となっている。また,マットスラブの打設には,建物周囲の擁壁を支持するという目的もあるので,そのため,同スラブは,擁壁から連続して,建物の最外周2列の既存基礎を含む領域に打設されている。これに対し,建物中央の鉄筋コンクリート床部分においては,それほど大きな荷重がかからないので,厚肉にはせず,全体として高低差のないフラットな床にして通路としての高さを確保している。その結果,従来構法に相当する鉄筋コンクリート床部分においては,掘削する深さが最も深く,大きな空間が確保されている上に,床全体が平らで段差もなく,作業性が高まっている。これに対し,原告がフラットスラブに該当すると主張するマットスラブを打設した部分では,掘削する深さが浅く,かつ段差も生じており,作業性が著しく劣っている。これは,本件発明の基本的な技術思想とは相容れない結果というべきである。
以上から分かるとおり,被告構法には,地下部分の作業空間を広げて簡単に免震化するという目的は存在しない。同構法の基本的な考え方は,上記で触れたとおり,免震装置を設置するために最低限必要な深さだけ建物の地下部分を掘削するというものである。その結果,本件発明に比して,経済的であるというメリットはあるが,施工性の向上という点は犠牲になっている。このように,その目的や現実の工程が大きく異なる被告構法が,本件発明の技術的範囲に属することはない。
当裁判所の判断
1 争点(1)について ア 前記のとおり,本件明細書の【発明が解決しようとする課題】欄には,従来技術においては,既存建物の地下部分または半地下部分に基礎梁が縦横に配置されるため,この基礎梁が作業空間を著しく狭くし,機械(ジャッキ等)の搬入や作業者の動きが困難になって,思うほど簡単に既存建物を免震化できなかった旨の記載がある(【0004】段落)。そして,上記記載に続き,【0005】段落には,「本発明は,上記背景に鑑みてなされたもので,その課題とするところは,地下部分の作業空間を広げて,既存の建物を簡単に免震化できるようにすることにある。」と記載されている。【特許請求の範囲】における「既存建物の地下部分を所定の深さ掘削」(構成要件@)の文言も,この文言が,上記各記載を受けて規定された発明の構成要件であることを念頭において解釈する必要がある。そうすると,「所定の深さ掘削」したといえるためには,掘削された地下部分に,上下方向にも水平方向にも,免震化作業を容易にするだけの十分な作業空間が確保されていなければならないというべきである。
また,本件明細書の【作用】欄には,「フラットスラブを打設することで,該地下部分に基礎梁のない大きな作業空間を確保することができる。また,地下部分を所望の生活空間を確保するに足る深さに掘削する場合は,地下部分を住居,事務所,倉庫,駐車場等の多目的の生活空間として利用することができる。」と記載され(【0009】【0010段落】),【発明の効果】欄にも同様の記載がある(【0019】段落)。これらの記載における後段の部分(「また,」以下の部分)は,請求項2の発明に関するものではあるが,請求項1の発明に関する記載である前段部分の作業空間を広げることにおいて,更に生活空間を確保できるまでの深さとすることを述べているものであり,この点に照らしても,作業空間を広げるということに上下方向の尺度が含まれないと考えることはできない。
原告は,本件発明の本質的な効果は,基礎梁を撤廃したことにより水平方向の移動の支障がなくなったことにあり,その一方で,本件明細書には,フラットスラブの上面の高さを規定する旨の記載がないから,上記作業空間は水平方向に広がっていれば足り,上下方向の広がりは問題にはならない旨主張する(前記第3の1(原告の主張)欄)。
しかしながら,原告のように解するならば,上下方向の距離を問題にして規定されたはずの文言である「深さ」が意味を失ってしまう。そもそも,地下部分を掘削して作業空間を確保し,免震化作業を容易にする技術を論ずる場合において,上下方向の空間の確保が問題にならないとは考えられない。「空間」という言葉の自然な用語例に照らしても,本件明細書中の上記「作業空間」は,水平方向にも上下方向にも広がりをもつ三次元の空間をいうものと解するのが相当である。
イ それでは,具体的に上下方向にどれだけの空間が確保されていれば,「所定の深さ」が「掘削」されたといえるかであるが,この点につき,本件明細書中に,空間の広さに関する具体的な数値を定める手掛りになる記載は一切見当たらない(フラットスラブの上面の高さを規定する記載がない旨の上記原告の主張は,その限りにおいて正当であるが,だからといって,上下方向の広がりが問題にならない訳ではないことは,上記アで指摘したとおりである。)。
しかしながら,本件明細書を検討すると,従来構法の考え方を実施して既存建物を免震化した場合の概念図である図3についての説明として,【0003】段落において,「図3は,免震装置1を用いて既存の建物2を免震化する1つの考え方を示したもので,既存の建物2をジャッキ等で支持して,その地下部分に基礎3と基礎梁4とを構築し,基礎3上に前記免震装置1を載置固定して,この免震装置1上に既存建物2を据え付けるようにするものである。」と記載されている。そして,このような考え方を実施した従来構法においては,「上記基礎梁4が縦横に配置されるため,この基礎梁4が作業空間を著しく狭くし,機械(ジャッキ等)の搬入や作業者の動きを困難にして,思うほど簡単に既存建物を免震化できないという問題があった。」(【0004】段落)と記載され,「本発明は,上記背景に鑑みてなされたもので,その課題とするところは,地下部分の作業空間を広げて,既存の建物を簡単に免震化できるようにすることにある。」(【0005】段落)とされている。
これらを総合すると,上下方向の空間の広がりを定量的に規定することはできないにしても,「所定の深さ掘削」の要件を充たすためには,ジャッキ等の機械や作業者が移動可能な高さの空間を確保できる程度に地下部分が掘削される必要があり,掘削底に打設されるマットスラブの上面の高さは,上記図3において示された基礎梁4の上面の高さより低くなければならないと考えられる。なぜなら,発明者自身が,本件発明が解決しようとする課題は,従来構法における基礎梁の存在がジャッキ等の機械や作業者の移動を妨げることであると明記し,従来構法を実施した場合と比較して本件発明の作用効果を論じている以上,掘削の深さは,ジャッキ等の機械や作業者がそのまま移動できる程度の空間を確保するに足りる深さでなければならず,かつ,従来構法を採用した場合に比べて作業性が向上したといえるためには,少なくとも,フラットスラブの上面の高さが,前記基礎梁の上面の高さより低く設定されなければならないはずだからである。
ウ これを被告構法についてみると,同構法においては,既存建物の下面(上方の既存基礎の下面)からマットスラブ上面までの距離が約90pにすぎず,ジャッキ等の機械や作業者が移動可能な高さの空間を確保できる程度に地下部分が掘削されているとは言い難い。また,従来構法における基礎梁の上面の高さが通常どの程度に設定されるのかは証拠上不明であるにしても,別紙構法目録添付第11図等によれば,被告構法におけるマットスラブの高さは,鉄筋コンクリート床を打設した上に独立基礎を設けた建物中央部分における基礎梁の上面と同じ高さ(いずれも,上方の既存基礎下面との間に約90pの間隔を保つ。)に設定されていると認められるから,被告構法において,基礎梁がなかった場合よりも作業空間が大きくなって免震化の作業が容易になったということもできない。
以上からすれば,被告構法が「所定の深さ掘削」(構成要件@)の要件を充足するとは認められないというべきである。
エ なお,原告は,本件発明においては,掘削の深さが定量的に規定されているわけではなく,その一方で,被告構法においても,マットスラブと既存建物1階床との間の空間において,十分な作業空間が確保されたと認められるから,被告構法における地下空間の狭さ,それによる作業性の悪さを云々する被告の主張は,せいぜい作業効率に関する程度問題を事情として述べるにすぎず,被告構法が本件発明の技術的範囲に属するかどうかの評価とは無関係である旨主張する(前記原告第6準備書面32頁)。
しかしながら,被告が指摘するとおり(平成13年8月24日付け被告準備書面4の9頁),本件発明は,そもそも,大きな作業空間の確保や施工性の向上といった作業能率の程度それ自体を発明の作用効果として問題にし,「所定の深さ掘削」という抽象的な文言を用いてその要件を規定したものである。したがって,このような本件特許権の範囲を画するに当たっては,作業能率の程度を問題にせざるを得ないのであり,その意味で,原告の前記主張は失当というべきである。
オ また,原告は,たとえマットスラブ上面と既存基礎下面の間に上下方向約90pの空間しか存在しなくても,この空間の周囲にあるマットスラブ上面と地上1階床下面又は地下1階床下面との間の空間によって十分な作業空間が確保されているから,被告構法においても,本件発明の作用効果は享受されている旨主張する(前記原告第6準備書面9頁以下)。
しかしながら,被告構法において,マットスラブ上面と地上1階床下面との間の空間(証拠上,上下方向に約250pの距離があるものと認められる。)が利用できるのは,既存建物の下部に当たる地下1階の床を破壊する工程を施工したことに拠るところが大きいのであり(このような工程は,本件明細書には記載されていない。),本件発明にいう「所定の深さ掘削」の結果ではない。また,マットスラブ上面と地下1階下面との間にいくら空間が確保されていても,地下1階床下面より低い水平面に既存基礎の下面が存在する限り,既存基礎の下面がジャッキ等の機械や作業者の移動の妨げになることに変わりはなく,全体として作業性はさほど向上しないと考えられるから,マットスラブ上面と地下1階床下面の間の空間を基準に,本件明細書にいう「大きな作業空間の確保」を問題にすることも妥当ではない。原告の上記主張は本件明細書中の記載を根拠とするものとは認められず,採用することができない。
2 争点(3)について 上述したとおり,被告構法が構成要件@を充足するとは認められないが,念のため,以下,争点(3)についても判断する。
ア 原告は,前記のとおり,甲25(三省堂漢和辞典)を根拠に,「装」には「身なりを整える」という意味があると主張する。しかし,同じ甲25に「とりつける」という意味も開示されているにもかかわらず,既存建物の基礎と支柱の間に免震化装置を取り付ける工程を論ずる場合において,なぜあえて「身なりを整える」との意味を引用するのが適切であるのか,必ずしも明らかでない。
かえって,本件明細書の記載を検討すると,実施例の説明において,「基礎13の下面に当接させた上架設フレーム21とフラットスラブ16上に載置した下架設フレーム22との間に複数のジャッキ20を介装し,これらジャッキ20を同期して作動させて,フラットスラブ16を足場(反力受け)として基礎13から上の既設建物10を沈下しないように支持する。」との記載があり(【0015】段落),そこでは,ジャッキの「介装」という用語が,介装後に「同期して作動」する過程とは明確に区別されて,「設置」ないし「装着」の意味で用いられている。
上記によれば,構成要件Bの「介装」とは,言葉の自然な意味からも,本件明細書の記載に照らしても,単に免震装置を「設置」ないし「装着」するとの意味であり,ジャッキ等を除去して建物の全荷重を加え,免震効果を発揮できる状態にすることまでをも含む概念ではないというべきである。
イ なお,原告は,上記明細書の記載につき,ジャッキは,免震装置と異なり,介装すれば直ちに建物の支承という本来の作動を果たすから,「介装」を,免震装置に建物の全荷重が加えられ,免震効果を発揮できる状態にする趣旨と解することに矛盾はない旨主張する(平成13年10月1日付け原告第7準備書面36頁)。しかし,そのような論法が妥当するならば,複数のジャッキを同期させて建物を支承するためには,全てのジャッキを同時に設置すべきことになり,実際の工程からかけ離れた議論になる。原告の上記主張は,採用の限りでない。
また,原告は,本件明細書の【0016】段落は,「支柱24と上記基礎13との間に免震装置としての積層体25をセットする」と記載されており,「積層体25を介装する」と記載されているわけではないから,「介装」という言葉は,単なる「設置」(すなわち「セット」)とは区別して用いられている旨主張する(前記原告第7準備書面36〜37頁)。しかし,上記記載は,発明の実施例についての説明であり,【特許請求の範囲】に記載された「免震装置を介装」に対応する事項がどこかに記載されているはずであるところ,前後の記載からすれば,「免震装置としての積層体25をセットする」との上記記載が「免震装置を介装」に対応する部分であることは明らかである。原告の上記主張は採用できない(原告の主張を貫けば,上記記載の直後の「ジャッキ20を短縮させて積層体25上に基礎13と共に既存建物10を載せ」との記載が,「介装」に対応する部分ということになろうが,それでは,「介装」という言葉の意味から余りにかけ離れてしまう。)。
さらに,原告は,前記のとおり(第3の3(原告の主張)欄),「介装」が単に部材を設置することを意味するならば,構成要件Bの段階では,単に免震装置を設置したにすぎないのに,構成要件Cの段階で,いきなり既存建物の免震化構法が完成することになるから,この点からも,「免震化装置を介装する」とは,免震装置に建物の全荷重が加えられ,免震効果を発揮できる状態にする趣旨と解すべきである旨主張する。しかし,特許請求の範囲は,あくまで発明を構成する要件を抽出して記載したものであり,具体的な工程のすべてを記載する必要はないのだから,ジャッキ等支承に用いた機材を取り外すことまで逐一記載されていないからといって(最終的にこれら機械を取り外すことによって免震化が完了するのは自明のことである。),「介装」にこれらの工程まで含むと解すべき根拠となるものではない。
以上のとおり,「介装」の解釈に関する原告の主張は,いずれも採用することができない。
ウ 上記アのとおり,「介装」が設置ないし装着の意味であることを前提に,被告構法において,「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)したといえるかどうかを検討する。
そこで,改めて本件明細書の【特許請求の範囲】請求項1の記載をみると,「所定の深さ掘削した後,その掘削底に……打設し」(構成要件@),「次に……基礎を支承し」(同A),「しかる後に……支柱を構築し」,「さらに……免震装置を介装する」(以上,同B)とあり,「〜した後」,「次に」,「しかる後に」と時系列を明示する言葉が重ねて用いられているから,これらに続く構成要件Bの「さらに」も,「支柱を構築した後に,さらに」との意味であると解するのが自然である。また,本件明細書【0010】段落には,「免震装置としてゴム板と鉄板とを交互に積層した積層体を用いる場合は,支柱上に積層体を載置固定するだけでよく,施工は簡単となる。」と記載されているところ,この記載は,請求項3の発明に関するものであるにしても,支柱の構築が完了した状態であることを前提にして,そこに免震装置を取り付けることの容易さについて論じているものと考えられる。さらにいえば,本件発明は,そもそも,免震化構法に関する発明であり,方法の発明であるから,発明を構成する要件を検討するに際しては,各工程の具体的な中身とともに,作業の時系列順を含む各工程相互の関係にも,十分留意しなければならない。
以上によれば,「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)との文言は,支柱の構築が完成した後に,さらに免震装置を設置するという各工程の時系列順序を要件として規定したものと解するのが相当である。
また,このように解することが,前項1における「所定の深さ掘削」(構成要件@)の解釈とも合致するということができる。前記のとおり,「所定の深さ」とは,ジャッキ等の機械や作業者が移動可能な高さの空間を確保できる程度の深さと解されるところ,免震装置それ自体はそれほどの高さをもつものではないと考えられるから,支柱の構築が完了し,フラットスラブ上面と既存基礎下面の間の空間の上下方向のギャップが,支柱の高さの分だけいわば補填されなければ,実際問題として,それ自体さほどの高さのない免震装置を設置することができないと考えられるからである。
エ しかるところ,前記前提となる事実に記載のとおり(第2の1(6)),被告構法における積層ゴム支承は,鉄筋による配筋がなされた上部キャピタル及び下部キャピタルにそれぞれ取り付けられ,その後にグラウトが注入されてこれらキャピタルが固形状化するのだから,「支柱」に該当すると原告が主張する下部キャピタルの完成前に,「免震装置」に該当する積層ゴム支承が設置されていることになり,前記「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)の文言を充足しない。
また,弾性滑り支承については,鉄筋による配筋がなされた下部キャピタルにまず滑り板が取り付けられ,下部キャピタルにグラウトを注入して固形状化した後,弾性滑り支承を取り付けて,さらに上部キャピタルも固形状化するという工程順序であるところ,「免震装置」に該当する弾性滑り支承の本体は,「支柱」に該当すると原告が主張する下部キャピタルの完成後に設置されているものの,滑り板は下部キャピタルの完成前に取り付けられており,「支柱」の構築と「免震装置」の介装とが,いわば同時並行的に施工されていると評価できるから,やはり,前記「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)の文言を充足しないというべきである。
オ 以上のとおり,下部キャピタルが「支柱」に該当するかどうか(争点(2))は別にして,仮にこれを肯定したとしても,被告構法が「支柱を構築し,さらに……免震装置を介装」(構成要件B)の要件を充足しているとは認められない。
3 結論 以上によれば,被告構法が,構成要件@を充足していると認めることはできず,また,構成要件Bを充足していると認めることもできない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がない。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之