関連審決 | 無効2000-35582 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成13ワ12933損害賠償等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ11856損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 新規性 / 守秘義務 / 29条1項3号 / 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 公知技術 / 技術的範囲 / 出願公開 / 同一の発明 / 先行技術 / 補償金請求権 / 実質的に同一 / 警告 / 実施料相当額 / 悪意 / 権利の濫用(権利濫用) / 存続期間 / 対象製品 / 均等 / 均等論 / 均等侵害 / 置き換え / 置換 / 置換可能性 / 同一の作用効果 / 容易に想到(容易想到性) / 意識的除外(意識的に除外) / 特許発明 / 実施 / 権原 / 構成要件 / 構成要件充足性 / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 侵害するおそれ / 組成した物 / 損害額 / 販売数量(販売数) / 単位数量 / 乗じた額 / 実施能力 / 販売能力 / 実施料 / 不法行為(民法709条) / 実施権 / 専用実施権 / 通常実施権 / 設定登録 / 知らないで / 対価 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
12年
(ワ)
8456号
損害賠償等請求事件
平成 12年 (ワ) 19476号 損害賠償請求事件 |
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原告A 原告 株式会社ユニコンセプト 原告ら訴訟代理人弁護士 青木俊文 原告ら補佐人弁理士 水野喜夫 被告 株式会社スーパーツール 訴訟代理人弁護士 神田定治 補佐人弁理士 森 義明 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2002/04/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 被告は,別紙物件目録(1)及び同(2)記載の物件を製造し,販売してはならない。 2 被告は,前項記載の各物件の完成品及び半製品(前項記載の物件の構造を具備しているが,いまだ製品として完成に至らないもの)を廃棄せよ。 3 被告は,原告Aに対し,1億2129万円及びこれに対する平成12年5月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告は,原告株式会社ユニコンセプトに対し,2721万円及びこれに対する平成12年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 5 原告Aの差止請求及び廃棄請求並びにその余の金銭請求を棄却する。 6 原告株式会社ユニコンセプトのその余の金銭請求を棄却する。 7 訴訟費用はこれを5分し,その2を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。 8 この判決は,第1項,第3項及び第4項に限り,仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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原告らの請求
1 原告A(以下「原告A」という。) (1) 被告は,別紙物件目録(1)及び同(2)記載の物件を製造し,販売してはならない。 (2) 被告は,前項記載の各物件の完成品及び半製品(前項記載の物件の構造を具備しているが,いまだ製品として完成に至らないもの)を廃棄せよ。 (3) 被告は,原告Aに対し,3億7626万9280円及びこれに対する平成12年5月2日(同原告の訴状の送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告株式会社ユニコンセプト(以下「原告ユニコンセプト」という。) (1) 被告は,別紙物件目録(1)及び同(2)記載の物件を製造し,販売してはならない。 (2) 被告は,前項記載の各物件の完成品及び半製品(前項記載の物件の構造を具備しているが,いまだ製品として完成に至らないもの)を廃棄せよ。 (3) 被告は,原告ユニコンセプトに対し,3877万7920円及びこれに対する平成12年9月30日(同原告の訴状の送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
原告Aは,重量物吊上用フック装置に関する特許発明の特許権者であり,原告ユニコンセプトは,原告Aから上記特許権につき専用実施権の設定を受けた者である。 本件において,原告らは,被告が敷鉄板吊上用のフック装置を製造販売する行為は,原告Aの特許権及び原告ユニコンセプトの専用実施権を侵害するものである(後記イ号製品が後記本件特許権@及びこれについての専用実施権を,後記ロ号製品が後記本件特許権A及びこれについての専用実施権を,それぞれ侵害している。)と主張している。 そして,被告に対し,@原告Aが,被告のフック装置の製造,販売等の差止め及び製造された製品・半製品の廃棄,並びに,特許発明の公開日(平成5年2月19日)から登録日の前日(平成10年10月1日)までの期間の補償金及び登録日(平成10年10月2日)から専用実施権を設定した日の前日(平成12年5月7日)までの期間の損害賠償金の支払を,A原告ユニコンセプトが,被告のフック装置の製造,販売等の差止め及び製造された製品・半製品の廃棄並びに専用実施権の設定を受けた日(平成12年5月8日)以降の期間の損害賠償金の支払を,それぞれ求めている。 1 当事者間に争いのない事実等 (1) 原告Aの特許権 原告Aは,次の2つの特許権を有している(以下,それぞれ「本件特許権@」,「本件特許権A」という。)。 ア 本件特許権@ 特許番号 第2833674号 発明の名称 重量物吊上げ用フック装置 出願日 平成3年8月2日 出願番号 特願平3-216524号 公開日 平成5年2月19日 公開番号 特開平5-39188号 登録日 平成10年10月2日 イ 本件特許権A 特許番号 第2833679号 発明の名称 重量物吊上げ用フック装置 出願日 平成4年9月11日 出願番号 特願平4-267923号 公開日 平成6年4月5日 公開番号 特開平6-92587号 登録日 平成10年10月2日 (2) 原告ユニコンセプトの専用実施権 原告ユニコンセプトは,原告Aから,平成12年5月8日,本件特許権@及び同Aにつき専用実施権の設定を受け,同日,その旨の登録を経た。 (3) 本件特許権@の発明 ア 本件特許権@に係る明細書(以下,「本件明細書@」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲3。以下「本件公報@」という。〕参照)の特許請求の範囲のうち請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明@」という。)。 「吊上げ装置のワイヤー先端部に取付けられ,重量物を吊上げるためのフック装置において,前記フック装置が, (@)先端部に脱落防止部,後端部にワイヤー固定部を有するフック支持体, (A)フックの後端部が二股構造であり,前記後端部の二股空間内に前記フック支持体の略中央部が遊嵌され,かつ,前記フックの後端部と前記フック支持体の略中央部を貫通する接合ピンを介して前記フック支持体の略中央部に回動自在に配設されたフック, (B)前記フック支持体の脱落防止部と前記フックの先端部が略当接関係にあるときにロック状態とする前記フックの後端部の二股空間内に配設されたロック,及び, (C)前記フックと前記フック支持体は,前記フックと前記ロックのロックが解除されて前記フックが前記フック支持体の脱落防止部に対して反転回動されたとき, (C)-1前記フック支持体の脱落防止部が,前記フックの先端部の内側及び後端部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (C)-2前記ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されること, を特徴とする重量物吊上げ用フック装置。」 イ 本件特許発明@の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,「構成要件(@)」などという。)。 (@)先端部に脱落防止部,後端部にワイヤー固定部を有するフック支持体, (A)フックの後端部が二股構造であり,前記後端部の二股空間内に前記フック支持体の略中央部が遊嵌され,かつ,前記フックの後端部と前記フック支持体の略中央部を貫通する接合ピンを介して前記フック支持体の略中央部に回動自在に配設されたフック, (B)前記フック支持体の脱落防止部と前記フックの先端部が略当接関係にあるときにロック状態とする前記フックの後端部の二股空間内に配設されたロック,及び, (C)前記フックと前記フック支持体は,前記フックと前記ロックのロックが解除されて前記フックが前記フック支持体の脱落防止部に対して反転回動されたとき, (C)-1前記フック支持体の脱落防止部が,前記フックの先端部の内側及び前記フックの後端部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (C)-2前記ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものである, (D)ことを特徴とする重量物吊上げ用フック装置 (4) 本件特許権Aの発明 ア 本件特許権Aに係る明細書(以下,「本件明細書A」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲4。以下「本件公報A」という。〕参照)の特許請求の範囲のうち請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明A」という。)。 「吊上げ装置のワイヤー先端部に取付けられ,重量物を吊上げるためのフック装置において,前記フック装置が, (@)先端部に脱落防止部,後端部にワイヤー固定部を有するフック支持体, (A)フックの後端部が二股構造であり,該二股構造の空間内に配置された前記フック支持体の略中央部を貫通し,該後端部間に誇設した接合ピンを介して回動自在に配設されたフック, (B)前記フック支持体の脱落防止部と前記フックの先端部が略当接関係にあるときに,前記フック支持体と前記フックをロック状態とするロックであって,前記ロックは,前記フックの後端部の二股空間内に配設されたものであり, (C)前記フックと前記フック支持体は,前記フックと前記ロックのロックが解除されて前記フックが前記フック支持体の脱落防止部に対して反転回動されたとき, (C)-1前記フック支持体の脱落防止部が,前記フックの先端部の内側及び後端部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (C)-2前記ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものであり,及び, (D)前記フックの背部が前記フック支持体の側部に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持しつつフック装置の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロックであって,前記抜去用ロックは,前記フック支持体の側に配設された抜去用ロック本体と前記フックの側に配設された係止部とから構成されたものである, ことから成ることを特徴とする重量吊上げ用フック装置。」 イ 本件特許発明Aの構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,「構成要件(@)’」などという。)。 (@)’先端部に脱落防止部,後端部にワイヤー固定部を有するフック支持体, (A)’フックの後端部が二股構造であり,該二股構造の空間内に配置された前記フック支持体の略中央部を貫通し,該後端部間に誇設した接合ピンを介して回動自在に配設されたフック, (B)’前記フック支持体の脱落防止部と前記フックの先端部が略当接関係にあるときに,前記フック支持体と前記フックをロック状態とするロックであって,前記ロックは,前記フックの後端部の二股空間内に配設されたものであり, (C)’前記フックと前記フック支持体は,前記フックと前記ロックのロックが解除されて前記フックが前記フック支持体の脱落防止部に対して反転回動されたとき, (C)’-1前記フック支持体の脱落防止部が,前記フックの先端部の内側及び前記フックの後端部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (C)’-2前記ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものであり,及び, (D)’前記フックの背部が前記フック支持体の側部に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持しつつフック装置の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロックであって,前記抜去用ロックは,前記フック支持体の側に配設された抜去用ロック本体と前記フックの側に配設された係止部とから構成されたものである, (E)’ことを特徴とする重量物吊上げ用フック装置 (5) 被告の行為 被告は,平成4年4月13日から別紙物件目録(1)に示された形状のフック装置(以下「イ号製品」という。)を,同8年1月ころから別紙物件目録(2)に示された形状のフック装置(以下「ロ号製品」という。)を,それぞれ製造し,販売している。 イ号製品にはSLH-1型,SLH-2型,SLH-3型の3種類の型番の製品があり,ロ号製品の型番はSLH-3A型である。 (6) 被告各製品と本件特許発明@,同Aの構成要件充足性 イ号製品は,本件特許発明@の構成要件の(@)から(B)までを充足しており,ロ号製品は,本件特許発明Aの構成要件の(@)’から(C)’までを充足している。(弁論の全趣旨) 2 争点 (1) イ号製品及びロ号製品(以下,併せて「被告各製品」という。)の具体的な構成はどのようなものか。(争点1) (2) 構成要件(C)-1及び同(C)’-1にいう「仮想略平行線」はどのような性質の線分か。被告各製品に「仮想略平行線」は存在するか。(争点2) (3) ロ号製品のロック機構は構成要件(D)’を文言上充足するか。文言上充足しないとしても,ロ号製品は,本件特許発明Aの構成と均等か。(争点3) (4) 本件特許発明@及び同Aには明らかな無効理由が存在し,これに基づく原告らの差止請求権及び損害賠償請求権の行使は,権利の濫用に当たり許されないか。(争点4) (5) 原告Aの補償金請求の可否(争点5) (6) 原告Aの補償金及び原告らの損害の額(争点6) |
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争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告各製品の具体的な構成)について 【原告らの主張】 被告各製品の具体的な構成は,別紙原告ら説明書に記載したとおりである。 【被告の主張】 被告各製品の具体的な構成は,別紙被告説明書に記載したとおりである。 2 争点2(仮想略平行線の意味)について 【原告らの主張】 本件明細書@及び同Aの記載によれば,本件特許発明@及び同Aにいう「仮想略平行線」は,フックの先端部の内側に接して描いた線分とフックの後端部の内側に接して描いた線分から構成されることが明らかである。 そして,ここにいう「フックの先端部の内側に接して描いた線分」が,フック先端部内側から延びる線分(別紙参考図の線分X1)を意味することは当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)にとって自明であり,これと略平行な関係にある「フックの後端部の内側に接して描いた線分」が,フック内側から延びる線分(同図の線分X)を意味することもまた明らかである。 以上によれば,被告各製品に上記の意味での「仮想略平行線」が存在することは明らかであるから(甲7参照),被告各製品は,本件特許発明@の構成要件(C)-1及び本件特許発明Aの構成要件(C)’-1を充足する。 【被告の主張】 本件明細書@及び同Aにいう「フックの後端部の内側に接して描いた線分」についてみるに,本件明細書@の段落【0010】及び本件明細書Aの段落【0017】には「本発明のフックは,…中略…フック先端部,フック背部及び…中略…二股構造の後端部からなるものである。」と記載されており,本件公報@及び同Aの図面でも,フック背部の先端から背方に屈曲した二股構造の部分に(32)の符号を付して,後端部がこの位置であることを明示している。また,本件明細書@及び同A中にはフックの後端部が二股構造であることに言及している箇所が複数ある。そうすると,これらの記載に照らして,フックの後端部とは,フックの背部から背方に屈曲した二股構造となっている部分を指すということになる。 したがって,「フックの後端部の内側に接して描いた線分」とは,別紙被告説明書添付の図面に示した線分X(1)" 又はX(2)" ということになるが,この線分に平行でかつ,フックの先端部の内側に接する線分は存在しない。 以上によれば,被告各製品には「仮想略平行線」は存在しないから,被告各製品は,本件特許発明@の構成要件(C)-1及び本件特許発明Aの構成要件(C)’-1を充足しない。 3 争点3(ロ号製品のフック機構)について 【原告らの主張】 (1) 文言侵害について 本件特許発明Aの抜去用ロックとロ号製品のそれとを比較すると,本件特許発明Aの抜去用ロックは,ロック支持体の側に配設された抜去用ロック本体とフックの側に配設された係止部とを係合させる方式を採用しているのに対し,ロ号製品の抜去用ロックは,フックの後端部の二股空間内に配設されたロックと,フックの後端部の二股空間内に配置するフック支持体の略中央部の外周部に配設した凹部とを係合させる方式を採用している点において相違する(以下「本件相違部分」という。)。 しかし,本件特許発明Aは,フック装置を吊上げ対象物である重量物から抜去する作業を容易にするためには,抜去用ロックの技術的構成として「フックの背部がフック支持体の側部に当接する配置関係にあるとき,この配置関係を維持する」構成が不可欠であることを開示していることにかんがみると,前記の作用効果を達成するために本件特許発明Aの抜去用ロックの構成に換えてロ号製品の抜去用ロックの構成を採用することは,当業者が適宜行うことのできる設計事項である。 したがって,本件相違部分にかかわらず,ロ号製品は本件特許発明Aの技術的範囲に属する。 (2) 均等論について 特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造等する製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存在する場合であっても,@上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,Aこの部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,Bこのように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,C対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,D対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。 上記最高裁判決が示す要件に基づき,ロ号製品が本件特許発明Aの構成と均等であることを,以下で詳論する。 要件@に関して,本件特許発明Aにおいては,構成要件(D)’の「フックの背部がフック支持体の側部に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持する」という構成が抜去作業を容易にするための基本原理として本質的部分をなし,それを実現する一つの方法として,フックの背部とフック支持体の側部を係止部で係止させるとしたものである。このことは,従来のフック装置において,本件特許発明Aが開示する抜去作業を容易化するための機構はもとより抜去用原理を開示若しくは示唆するものは存在せず,本件特許発明Aが当該技術分野における基本発明となることから明らかである。 したがって,抜去用ロックに係る本件相違部分は,本件特許発明Aの本質的部分に該当しない。 要件Aに関して,本件特許発明Aの抜去用ロックの構成をロ号製品におけるそれに置き換えても,本件特許発明Aと同様の作用効果を奏することは,明らかである。 要件Bに関して,本件明細書Aの記載等において,ワーク(敷鉄板など)からフック装置を極めて容易に抜去するための抜去原理が説明されていることにかんがみると,本件特許発明Aの抜去用ロック機構に換えてロ号製品のロック機構を採用することは当業者において容易である。 要件Cに関して,被告が指摘する後掲の証拠(乙4〜6)は,原告と特定の第三者及び原告と被告との間で守秘義務のある状態で,原告が提示したものであり,公知技術に当たらない。また,これらの技術からロ号製品を容易に推考し得るものでもない。 要件Dに関して,被告は,ロ号製品には「仮想略平行線」が存在しないため,これを必須の構成要件とする本件特許発明Aに対して意識的な除外事項に当たる旨主張するが,前記2【原告らの主張】欄に記載のとおりロ号製品には「仮想略平行線」が存在しており,特許請求の範囲から意識的に除外されたものではない。 したがって,本件相違部分が存在するにかかわらず,ロ号製品は本件特許発明Aの構成と均等である。 【被告の主張】 (1) 文言侵害について 本件特許発明Aの請求項は,本件特許発明@の請求項に抜去用ロック機構に関する構成要件(D)を加えたものであるから,この抜去用ロック機構は,本件特許発明Aの請求項の必須の構成要件である。したがって,原告らも本件相違部分が存在することを認めている以上,ロ号製品は本件特許発明Aの技術的範囲に属しない。 (2) 均等論について 本件特許発明Aのロック機構とロ号製品のそれとの相違点である本件相違部分に関して,均等論を適用した結果は次のとおりである。 要件@に関して,原告らが指摘する「フックの背部がフック支持体の側部に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持する」という点は,抜去用ロック機構の機能を表現しているだけで,構成要件とはなりえない。本件特許発明Aの抜去用ロック機構の本質的部分は,「二股状の後端部内に配置されたロック機構」と別体の「抜去用ロック機構」にあるというべきであるから,本件相違部分はまさに特許発明の本質的部分に該当する。 要件Aの置換可能性については,争わない。 要件Bに関して,本件特許発明Aの構成要件(D)の抜去用ロック機構は,拒絶理由通知書(乙1)で認定されているように極めてありふれた技術である。これに対して,ロ号製品のロック機構は,一つの部材で「フックが閉じている場合のロック」と「フックが開いている場合の配置関係の保持」を行うことが可能であり,一つの操作手段の操作により,フック装置を各作業時の状態に変更することができ,フック装置の操作性をより高めるという本件特許発明Aにはない作用効果を奏する。しかも,このような構成は,ロ号製品の製造時には存在せず,ロ号製品によって初めて採用されたものである。 したがって,本件特許発明Aの抜去用ロック機構に換えてロ号製品のロック機構を採用することが当業者において容易であったとはいえない。 要件Cに関して,本件特許発明Aのフック支持体とフックは,設計図面(乙4,5)に示されており,この図面は本件特許発明Aの出願前である平成3年4月12日に,第三者である株式会社秋山のBに開示され,さらに,同日Bから被告にあてファクシミリで送信されている。また,原告Aが被告に同年7月13日にファクシミリで送信した原告Aの出願に係る特許明細書の抜粋(乙6)により,フック支持体とフックのほか,後端部内に配設されるロックやフック支持体の略中央部を貫通して,これをフックに回動自在に枢着する接合ピンなども公知となっていた。 したがって,上記設計図面に自動はずしフックの考案に係る実用新案公開公報(乙2)を組み合わせることにより,当業者はロ号製品を容易に推考することができたというべきである。 要件Dに関して,本件特許発明Aでは,「仮想略平行線」について補正がされ,請求項が限定されたが,ロ号製品には「仮想略平行線」そのものが存在しないので,ロ号製品は特許請求の範囲から意識的に除外されたものである。 以上によれば,ロ号製品は,本件特許発明Aと均等の範囲に属しない。 4 争点4(特許無効を理由とする権利濫用)について 【被告の主張】 (1) 本件特許発明@の無効事由 本件特許発明@の出願前である1989年(平成元年)11月に米国において刊行された米国法人であるニューコ・マニファクチャリング・カンパニー(以下「ニューコ社」という。)のカタログ(乙11の1)の5頁には,「BALE HOOK」という名称のフック装置(以下「ベイルフック」という。)の図面,寸法等が記載されている。本件特許発明@とベイルフックとを対比すると,ベイルフックの図面には,構成要件(B)の突起状のロックを含めて,構成要件(A)を除く本件特許発明@のすべての構成が開示されている。そして,構成要件(A)に関して,本件特許発明@では,フックの後端部が二股構造であり,二股空間内にフック支持体の略中央部が遊嵌されているのに対し,ベイルフックでは,フック支持体が略中央部を含めて中空構造であり,この中空空間内にフックの後端部が遊嵌されている点において相違するが,いずれも接合ピンを介してフックがフック支持体に対して回動自在に配設されている点で同じであり,技術的には異なることろがない。 したがって,本件特許発明@は,特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明と同一の発明であって,新規性を欠くものである(特許法123条1項2号,29条1項3号)。 仮に,上記の相違部分があることによって,新規性欠如が否定されるとしても,フック又は安全フックの発明に係る特公昭49-23488号公報(甲9)又は特開昭55-82814号公報(乙15)には,本件特許発明@の構成要件(A)が開示されており,これらをベイルフックと組み合わせることに何らの困難性も見いだすことはできない。したがって,本件特許発明@は,特許出願前に当業者が前記フック装置の発明に基づいて容易に発明をすることができたものであり,明らかに進歩性を欠くものである(特許法123条1項2号,29条2項)。 (2) 本件特許発明Aの無効事由 本件特許発明@と対比した場合の本件特許発明Aの特徴は構成要件(D)の抜去用ロック機構にあるところ,ベイルフックはこれに対応する構成を備えていない。しかし,本件特許発明Aの出願前に公知であった実願昭61-163379号のマイクロフィルム(乙13)には,本件特許発明Aの「抜去用ロック本体」及び「係止部」に相当する構成が開示されている。ただ,上記マイクロフィルムには,本件特許発明Aの構成要件(D)のうち「前記フックの背部が前記フック支持体の側部に当接する配置関係にあるとき」という部分が欠如しているが,本件特許発明Aの本質的部分は「仮想略平行線の間に脱落防止部が入り込まないこと」にあるから,上記部分は重要な構成要件とはいえない。 そうすると,ベイルフックに前記特公昭49-23488号公報(甲9)又は特開昭55-82814号公報(乙15)と上記マイクロフィルム(乙13)を組み合わせることにより,本件特許発明Aの構成要件はすべて開示され,しかもこれらを組み合わせることは当業者にとって容易であるから,本件特許発明Aは進歩性を欠くものである。 (3) まとめ 以上によれば,本件特許発明@及び同Aは無効事由を有することが明らかであるから,これに基づく原告らの権利の行使は権利の濫用として許されない(最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。 【原告らの主張】 (1) 本件特許発明@について 被告が特許無効の主張において主な引用例としているベイルフックは,米国特許第2857644号明細書に記載されている特許発明(乙14の1。以下「Gale特許」という。)と実質的に同一であるから,Gale特許と本件特許発明@の関係について以下で論じる。 Gale特許では,フックの後端部が二股構造のものでなく,かつ,ロックが前記フックの二股構造内の空間に配設されたものでもない。 さらに,フック部とフック支持体をロックする機構(ロック機構)についてみるに,Gale特許は,弾性部による支援のもとに,Clevisとフックのロック及びロック解除は,両者の凹部と凸部との凹凸係合による方式を採用するものである。 これに対し,本件特許発明@では,フック支持体とフックのロック(又はロック解除)は,両者の係合方式によるものではなく,フック支持体とフック後端部の二股空間内に配設されたフックとの係合方式によることは,本件明細書@の記載に照らして明らかである。 したがって,Gale特許と本件特許発明@は,全く異質の技術的構成から成り立つものである。 そして,Gale特許を基本にして,これに特公昭49-23488号公報(甲9)又は特開昭55-82814号公報(乙15)に記載されている技術を付加して,本件特許発明@を構成するためには, ア Clevisを二股構造とせずに,フックの後端部を二股構造のものとし, イ 回動接合部の相対面するClevisとフックの間に配設した弾性部材を取りやめ, ウ Clevisの凸部とフックの凹部との係合方式によるロック又はロック解除の方式を取りやめ, エ フックの後端部の二股空間内にロック片を配設するとともに,このロック片によりClevisとフックのロック又はロック解除を行わせる方式のものとする, といったような種々の変更が必要であり,これはそのように変更しようとする動機を含めて,当業者が容易に行うことのできるものではない。 (2) 本件特許発明Aについて 被告は,前記(1)記載の各証拠に加えて,実願昭61-163379号のマイクロフィルム(乙13)を挙げ,これらを組み合わせることにより本件特許発明Aに想到することは容易である旨主張する。 しかし,被告は,上記マイクロフィルムに開示されている多くの技術的要件の有機的関係を無視し,単純に「係止突部13を係止用段部5に係止させたとき,第4図から分かるようにフックの開口部は脱落防止部によって遮られておらず,全開状態となっている」点のみを抽出しているにすぎない。 なお,前記マイクロフィルム(乙13)は,本件特許発明Aに係る無効審判事件(無効2000-35582号)においても証拠として提出されたが,審決はその引用例としての価値を認めていない。 本件特許発明Aは,本件特許発明@と対比した場合に,抜去用ロックが存在する点が相違するだけであり,本件特許発明@の新規性ないし進歩性を否定するに足りない証拠に前記マイクロフィルム(乙13)を加えても,本件特許発明Aの進歩性を否定することはできない。 (3) 時機に後れた攻撃防御方法であることについて 被告が特許無効の主張において主な引用例とするベイルフックのカタログ(乙11の1)及び現物(検乙1)については,本訴提起前の事前交渉の段階,本件訴訟の弁論準備手続において提出する機会はいくらでも存した。被告は,弁論準備手続を主宰する受命裁判官から他に提出する準備書面及び証拠はないかと尋ねられたのに対し,ないと回答したため,当事者双方合意の下で弁論準備手続が終結され,口頭弁論期日において損害の内容及び額に関する主張立証の準備のため再度弁論準備手続に付す旨の訴訟指揮がされたというのが本件の経過であるから,被告による特許無効の主張立証は時機に後れている。 しかも,本件については本訴提起前から紛争が生じており,話合いによる解決ができなかったのであるから,原告らから訴訟が提起されることは十分に予想されていた。被告としては,その時点で調査を開始すべきであり,遅くとも本訴提起後すぐに調査をするべきであった。したがって,特許無効の主張及びその立証に必要な調査を怠った点には重大な過失がある。 したがって,被告による前記の主張立証は,時機に後れたもの(民訴法157条1項参照)として,却下されるべきである。 【被告の反論(時機に後れた攻撃防御方法かどうかについて)】 被告は,前記ニューコ社のカタログ(乙11)を平成13年4月になって発見したものであり,故意又は重大な過失によって本件特許発明@及び同Aの無効事由の主張を遅らせたものではない。また,この主張についての立証方法はすべて書証であり,訴訟の完結を遅延させることはないから,時機に後れた攻撃防御方法には該当しない。 5 争点5(補償金請求の可否)について 【原告Aの主張】 (1) 被告の悪意について 原告Aと被告との間では,本件特許発明@及び同Aの出願公開の前に,後記のとおり長期間にわたる交渉が行われており,その内容及び経過に照らせば,被告は出願公開がされた特許出願に係る発明であることを知って,被告各製品を製造販売し,もって,特許権の設定登録の前に本件特許発明@及び同Aを実施したものである(特許法65条1項後段)。 (2) 原告らと被告の交渉経過について すなわち,原告Aは,平成3年2月26日,本件特許権@及び同Aの基礎となる敷鉄板吊上げ用フック装置の特許発明(特許番号第2833671号〔甲11,12参照〕。以下「原告別件発明」という。)を出願し,同年3月末ころ,本件特許発明@の実施品であるフック及びフック支持体の設計図を有限会社野口商店の代表者に交付し,見積りと下請メーカー探しを依頼した。被告は,仲介者からこのことを聞いて本件特許発明@に興味を持ったようであり,同年6月6日,原告Aに対して,見積書の件で会見を申し入れてきた。その後,原告Aと被告(東京支店)担当者との間で,本件特許発明@の実施等につき複数回にわたり交渉が行われ,その間,同年6月27日には,原告Aの実務担当者がフック開発の経緯などを木製のフック模型(検甲5)を示して説明することも行われた。被告は,本件特許発明@の実施に前向きの態度であり,原告Aとしてもロイヤリティーの額が折り合えば製造を被告に委託してもよいという判断をしていた。 被告は,同年7月13日,パテント料の試算をするので原告別件発明に係る出願書類を送ってほしい旨申し入れてきたので,原告Aは同発明に係る原明細書及び図面を含む出願書類一式をファックスで送信した。被告は,この時点で,原告Aが原告別件発明及びこれに関連する本件特許発明@の権利化に強い意欲を持っていることを十分に認識できる状況であった。 しかるに,被告は,同年7月17日の交渉ではロイヤリティーの額を示さずに値切る態度に出て,その後いったんは本件特許発明@の権利化の有無にかかわらず,生産するフック装置の利益配分を行うという提案をしながら,同年9月2日,上記利益配分は行わず,代わりにアイディア料として100万円を支払う旨の提案をしてきた。この提案は,原告Aとしても受け入れられる内容ではなかったので,同年9月下旬,原告Aと被告との交渉は打ち切られた。 原告Aは,被告に対し,平成4年5月26日ころ,被告が製造販売するイ号製品は将来的に同原告の特許権を侵害するおそれがあるので注意されたいという内容の警告書(甲15)を送付した。これに対し,被告は,同年6月11日付けの回答書(甲16)で,イ号製品はスウェーデンのラムネス社の技術を基礎とするものであり,原告Aの原告別件発明に基づくものではない旨反論した。 そして,前記第2の1(1) のとおり,本件特許発明@は,平成5年2月19日出願公開され,同10年10月2日登録された。また,本件特許発明Aは,平成6年4月5日出願公開され,同10年10月2日登録された。 (3) まとめ 上記のとおり,被告は,原告Aと被告との間の交渉の当事者であり,かつ,原告別件発明の原明細書等の資料の交付を受け,木製のフック模型を示した上での技術説明を受けていたこと,原告別件発明は敷鉄板吊上げ用のフック装置に関連する基本発明であり,本件特許発明@及び同Aと同様,必須の構成要件である仮想略平行線を備えていること,原告別件発明と同@との相違点は,ロックの配設部位が異なることのみであり,原告別件発明と同Aとの相違点は,ロックの配設部位及び抜去用ロックの有無のみであることからすれば,被告は,イ号製品及びロ号製品の販売を開始した時点において,原告別件発明及びこれに密接に関連する本件特許発明@及び同Aに関する情報を十分に知り得る立場にあったものであり,これらの発明の内容についても知っていたというべきである。 【被告の主張】 (1) 特許法65条1項の解釈について 補償金請求の要件として,「特許出願に係る発明の内容を記載した書面を提示して警告」することが必要とされている(特許法65条1項前段)のは,その過半数が特許として登録されない現状において,出願公開された発明が,特許を受けることができるものかどうかを判断することが至難であり,しかも特許請求の範囲が変わり得るものであるため,故意・過失の有無を論じること自体が不合理であるからである。 このことからみて,出願人が出願公開後に特許請求の範囲に関する補正をした場合には,原則として,その補正後の発明の内容を記載した書面を提示して再度警告をしておく必要があると解されている。 このような法の趣旨等に照らせば,特許法65条1項後段の「出願公開がされた特許出願に係る発明であることを知つて」の解釈としては,当該発明を実施した者が原明細書又は図面の内容及び当初の特許請求の範囲の記載を知っていたというだけでは不十分であり,特許請求の範囲の記載が原明細書又は図面に記載された事項からおよそ予測することのできない内容に変更されたときは,この要件を満たさないものと解すべきである。 (2) 本件における被告の認識について 本件で,原告Aが被告に対して行った警告は,原告別件発明に基づくものであって,本件特許発明@及び同Aに基づくものではない。そして,原告Aと被告との間の交渉は,平成3年6月ころに始まり同年9月に打ち切られて,同4年6月11日付けの被告の回答書を最後に両者は没交渉になっているのであるから,被告は,原告別件発明の原明細書(乙6)については知っていたが,これを改良したものとされる本件特許発明@及びAについては,その出願の事実すら知らなかった(なお,被告が本件特許発明@及びAが登録された事実を知ったのは,平成12年2月3日である。)。 そして,本件特許発明@及びAと原告別件発明の原明細書の内容を比較すると,細かい相違点が存在することはもちろん,当該原明細書には,補正により最終的に加入された仮想略平行線に係る構成要件(C)-1,同(C)-2のかけらも記載されていない。したがって,たとえ被告が,原明細書の内容を知っていたとしても,そこから補正により加えられた構成要件(C)-1,(C)-2を予測することは不可能であった。 さらに,被告は,「原告別件発明は特許性が低く,しかもイ号製品はスウェーデンのラムネス社の消滅した特許(甲9)に基づくものである」という弁護士及び弁理士の意見を信じ,原告別件発明に係る出願は拒絶されると判断して,その後の継続調査を行わなかったものであるから,原告別件発明に係る出願のその後の経過を知らなかった点について何らの落ち度もない。 (3) まとめ 以上によれば,被告は,出願公開がされた特許出願に係る発明であることを知って,本件特許発明@及び同Aを実施したものではないから,原告Aの補償金請求は理由がない。 6 争点6(原告Aの補償金及び原告らの損害の額)について 【原告らの主張】 (1) 被告各製品の販売数量 ア 打刻印の調査に基づく数量 被告は,被告各製品を製造するに当たり,4桁の数字(0001〜9999)からなる製造番号を個々の製品に打刻している。そこで,原告らが打刻印を調査した結果を集計した別紙「製造番号調査表」に基づき算出される製造個数から被告の認める在庫数を控除すると,被告各製品の販売数量が算出されることになる。 (ア) 全体の期間を通じての販売数量 @SLH-1型(イ号製品) 前記打刻印の調査によると,平成6年の時点での製造番号0311から,11年の製造番号6518まで順次増加しているので,同12年までの製造個数は6518個であるようにも思われるが,被告の製造計画等に照らし,この個数は極めて不自然であるから,被告は平成12年までに上記型番の製品を少なくとも1万個製造したものとみるべきである。 したがって,被告の実施時期である平成6年3月16日から同12年8月28日(被告が被告各製品の製造販売を停止したと主張する日)までの販売数量は,1万個から在庫数の468個を控除した9532個となる。 ASLH-2型(イ号製品) 前記打刻印の調査によると,平成7年から同10年にかけて生産ロットが4回変更されたことが認められるが,1ロット当たりの製造個数は1万個であるから,被告は平成12年までに上記型番の製品を少なくとも5万個製造したものとみるべきである。 したがって,被告の実施時期である平成4年3月16日から同12年8月28日までの販売数量は,5万個から在庫数の24個を控除した4万9976個となる。ただし,被告の実施時期は,本件特許発明@の公開日(平成5年2月19日)の前であるから,平成4年3月16日から平成5年3月15日(被告の平成4年度の会計年度)の販売数量である1810個を控除した数量である4万8166個を基準として,後記のとおり補償金及び損害賠償の額を計算する。 BSLH-3型(イ号製品) 前記打刻印の調査によると,平成8年から同12年にかけて生産ロットが4回変更されたことが認められるが,1ロット当たりの製造個数は1万個であるから,被告は平成12年までに上記型番の製品を少なくとも5万個製造したものとみるべきである。 したがって,被告の実施時期である平成4年3月16日から同12年8月28日までの販売数量は,5万個から在庫数の165個を控除した4万9835個となる。ただし,被告の実施時期は,本件特許発明@の公開日(平成5年2月19日)の前であるから,平成4年3月16日から平成5年3月15日(被告の平成4年度の会計年度)の販売数量である1037個を控除した4万8798個を基準として,後記のとおり補償金及び損害賠償の額を計算する。 CSLH-3A型(ロ号製品) 前記打刻印の調査によると,平成10年から同11年にかけて生産ロットが変更されたこと,それ以後は生産ロットの変更はないことが認められるから,被告は平成12年までにロ号製品を少なくとも2万個製造したものとみるべきである。 したがって,被告の実施時期である平成7年3月16日から同12年8月28日までの販売数量は,2万個から在庫数の201個を控除した1万9799個である。 (イ) 個別の期間における販売数量 上記(ア)記載の販売数量を,被告各製品のうちのイ号製品について,@原告Aが補償金請求権を行使できる期間,A原告Aが特許権者として損害賠償請求権を行使できる期間,B原告ユニコンセプトが専用実施権者として損害賠償請求権を行使できる期間に応じ按分して計算すると,次のとおりとなる。 @補償金請求の期間(本件特許発明@の公開日である平成5年2月19日から同発明の登録日の前日である平成10年10月1日まで) SLH-1型(ただし,実施時期は平成6年3月から) 6721個 SLH-2型 3万5857個 SLH-3型 3万6327個 A原告Aによる損害賠償請求の期間(本件特許発明@の登録日である平成10年10月2日から原告ユニコンセプトの専用実施権設定登録 日の前日である平成12年5月7日まで) SLH-1型 2322個 SLH-2型 1万0168個 SLH-3型 1万0302個 B原告ユニコンセプトによる損害賠償請求の期間(原告ユニコンセプトの専用実施権設定登録日である平成12年5月8日から被告による侵 害が止んだ日である平成12年8月28日まで) SLH-1型 489個 SLH-2型 2141個 SLH-3型 2169個 同様に,上記(ア)記載の販売数量を,被告各製品のうちのロ号製品(SLH-3A型)について,@原告Aが補償金請求権を行使できる期間,A原告Aが特許権者として損害賠償請求権を行使できる期間,B原告ユニコンセプトが専用実施権者として損害賠償請求権を行使できる期間に応じ按分して計算すると,次のとおりとなる。 @補償金請求の期間(本件特許発明Aを被告が実施した日でかつ公開日の後である平成7年3月16日から同発明の登録日の前日である平成 10年10月1日まで) 1万2899個 A原告Aによる損害賠償請求の期間(本件特許発明Aの登録日である平成10年10月2日から原告ユニコンセプトの専用実施権設定登録日の前日である平成12年5月7日まで) 5700個 B原告ユニコンセプトによる損害賠償請求の期間(原告ユニコンセプトの専用実施権設定登録日である平成12年5月8日から被告による侵害が止んだ日である平成12年8月28日まで) 1200個 イ 仮に,前記打刻印の調査に基づく販売数量が認められないとしても,被告が各会計年度ごとに作成している「サイズ別販売数量金額実績」と題する表(乙8。以下,単に「販売実績表」という。)に基づき,前記の期間における被告各製品の販売数量を計算すると,次のとおりである。 (ア)補償金請求の期間 イ号製品 SLH-1型 3745個 SLH-2型 1万7488個 SLH-3型 1万4701個 ロ号製品 SLH-3A型 5291個 (イ)原告Aによる損害賠償請求の期間 イ号製品 SLH-1型 1927個 SLH-2型 8576個 SLH-3型 4401個 ロ号製品 SLH-3A型 3690個 (ウ)原告ユニコンセプトによる損害賠償請求の期間(ただし,終期は平成12年9月15日まで) イ号製品 SLH-1型 662個 SLH-2型 1482個 SLH-3型 906個 ロ号製品 SLH-3A型 1552個 (2) 補償金の額 ア 主位的主張 被告各製品に打刻された製造番号から,原告Aの補償金請求の期間における被告各製品の販売数量を計算すると,前記のとおりイ号製品については合計7万8905個,ロ号製品については1万2899個となる。 これに乗ずる製品の販売価格については,被告各製品の販売価格が原告製品のそれと比べて極めて低廉であり,しかも前記5【原告Aの主張】欄(2) に記載の経緯からみて研究開発費が不要であったことから,原告製品の販売価格(イ号製品に対応する製品は1万2600円,ロ号製品に対応する製品は1万6000円)によるべきであり,経費(販売管理費)については20%を控除することとする。 そして,実施料率については,本件特許発明@及び同Aが基本的かつ革新的な発明であることなどを考慮して,20%が相当である。 以上によれば,原告Aが請求できる補償金の額は,本件特許発明@に基づくものとして1億5907万2480円,本件特許発明Aに基づくものとして3302万1440円である。 (計算式) 本件特許発明@について 78,905×12,600×0.8×0.2=159,072,480 本件特許発明Aについて 12,899×16,000×0.8×0.2= 33,021,440 イ 予備的主張 被告作成の販売実績表(乙8)に基づき,原告Aの補償金請求の期間における被告各製品の販売数量を計算すると,前記のとおりイ号製品については合計3万5934個,ロ号製品については5291個となる。 これに乗ずる製品の販売価格については,被告各製品の販売価格が原告製品のそれと比べて極めて低廉であり,しかも前記5【原告Aの主張】欄(2) に記載の経緯からみて研究開発費が不要であったことから,原告製品の販売価格(イ号製品に対応する製品は1万2600円,ロ号製品に対応する製品は1万6000円)によるべきであり,経費(販売管理費)については20%を控除することとする。 そして,実施料率については,本件特許発明@及び同Aが基本的かつ革新的な発明であることなどを考慮して,20%が相当である。 以上によれば,原告Aが請求できる補償金の額は,本件特許発明@に基づくものとして7244万2944円,本件特許発明Aに基づくものとして1354万4960円である。 (計算式) 本件特許発明@について 35,934×12,600×0.8×0.2= 72,442,944 本件特許発明Aについて 5,291×16,000×0.8×0.2= 13,544,960 ウ まとめ よって,原告Aは,被告に対し,本件特許発明@及び同Aに基づく補償金請求として,上記アの合計である1億9209万3920円,仮にそれが認められないとしても,少なくとも上記イの合計である8598万7904円及びこれらに対する平成12年5月2日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めることができる。 (3) 原告らの単位数量当たりの利益の額(特許法102条1項) ア 原告Aは,平成3年7月2日,原告ユニコンセプトを設立し,その代表取締役に就任した。原告ユニコンセプトの設立当初の株主は,原告Aとその実子で原告ユニコンセプトの現代表者であるCの2名であり,現在においても,原告ユニコンセプトには,役員4名の他に従業員はおらず,製品の販売等の実務はCが1人で行っている。このような原告ユニコンセプトの実態にかんがみれば,原告Aは,事業を遂行する上で,信用力を付け,税制上の優遇措置を受けるためにいわば法人成りとして原告ユニコンセプトを設立したものであり,同原告に専用実施権を許諾する前においても,原告Aは実質的にはCを使用して本件特許発明@及び同Aを実施していたものである。 したがって,本件においては,被告の特許権侵害行為により,原告Aの受ける損害の額は,原告ユニコンセプトの受ける損害額と同一であるとみなすことのできる特別の事情がある。 イ 原告ユニコンセプトは,本件特許発明@の実施品である「UH-3型」のフック装置を製造販売しているが,この製品の販売価格は1万2600円,外注仕入価格は5000円である。 そして,販売管理費1520円(販売価格と仕入価格の差額7600円の20%)を控除すると,1個当たりの利益の額は6080円となる。 ウ 原告ユニコンセプトは,本件特許発明Aの実施品である「UH-3B型」のフック装置を製造販売しているが,この製品の販売価格は1万6000円,外注仕入価格は6000円である。 そして,販売管理費2000円(販売価格と仕入価格の差額1万円の20%)を控除すると,1個当たりの利益の額は8000円となる。 (4) 特許権侵害行為によって被告が得た利益の額(特許法102条2項) 被告主張のメーカー仕切価格(平均値)と原価に基づき,被告各製品の販売により被告が得た利益の額を計算すると,次のとおりである。 ア イ号製品について @SLH-1型 この型番の製品のメーカー仕切価格は7350円,原価は3700円である。この差額である3650円(粗利益)から,販売管理費として20%を控除すると,純利益の額は2920円となる。 ASLH-2型 この型番の製品のメーカー仕切価格は8721円,原価は4227円である。この差額である4494円(粗利益)から,販売管理費として20%を控除すると,純利益の額は3595円となる。 BSLH-3型 この型番の製品のメーカー仕切価格は9447円,原価は4600円である。この差額である4847円(粗利益)から,販売管理費として20%を控除すると,純利益の額は3877円となる。 イ ロ号製品について ロ号製品のメーカー仕切価格は1万0494円,原価は5155円である。この差額である5339円(粗利益)から,販売管理費として20%を控除すると,純利益の額は4271円となる。 (5) 損害賠償の額 ア 主位的主張 打刻印の調査に基づいて被告各製品の販売数量を計算すると,前記のとおり,原告Aによる損害賠償請求の期間の販売数量は,イ号製品につき合計2万2792個,ロ号製品につき5700個であり,原告ユニコンセプトによる損害賠償請求の期間の販売数量は,イ号製品につき合計4799個,ロ号製品につき1200個である。 これらの数量に前記(3) の原告らの単位数量当たりの利益の額を乗じると,原告らに生じた損害の額は,原告Aが1億8417万5360円,原告ユニコンセプトが3877万7920円となる。 (計算式) 原告A分 6,080×22,792+8,000×5,700=184,175,360 原告ユニコンセプト分 6,080×4,799+8,000×1,200 = 38,777,920 よって,特許法102条1項に基づく損害賠償として,原告Aは1億8417万5360円及びこれに対する不法行為の後である平成12年5月2日から,原告ユニコンセプトは3877万7920円及びこれに対する不法行為の後である平成12年9月30日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 なお,仮に特許法102条1項に基づく請求が認められないとしても,前記のとおり被告は特許権侵害により利益を得ているから,打刻印の調査に基づく被告各製品の販売数量に上記の被告利益の額を乗じると,原告らに生じた損害の額は,原告Aが1億0761万9754円,原告ユニコンセプトが2265万9188円となる(特許法102条2項)。 (計算式) 原告A分 2,920×2,322+3,595×10,168+3,877×10,302+4,271×5,700=107,619,754 原告ユニコンセプト分 2,920×489+3,595×2,141+3,877×2,169+4,271×1,200=22,659,188 イ 予備的主張 販売実績表に基づき被告各製品の販売数量を計算すると,前記のとおり,原告Aによる損害賠償請求の期間の販売数量は,イ号製品につき合計1万4904個,ロ号製品につき3690個であり,原告ユニコンセプトによる損害賠償請求の期間の販売数量は,イ号製品につき合計3050個,ロ号製品につき1522個である。 これらの数量に前記(3) の原告らの単位数量当たりの利益の額を乗じると,原告らに生じた損害の額は,原告Aが1億2013万6320円,原告ユニコンセプトが3072万円となる。 (計算式) 原告A分 6,080×14,904+8,000×3,690=120,136,320 原告ユニコンセプト分 6,080×3,050+8,000×1,522 =30,720,000 よって,仮に前記ア記載の損害が認められないとしても,少なくとも,特許法102条1項に基づく損害賠償として,原告Aは1億2013万6320円及びこれに対する不法行為の後である平成12年5月2日から,原告ユニコンセプトは3072万円及びこれに対する不法行為の後である平成12年9月30日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 【被告の主張】 (1) 被告各製品の販売数量 原告ら主張の製品に打刻された製造番号から推計した結果に基づく被告各製品の販売数量については,すべて否認する。 被告各製品の支持体及びフックに打刻された記号は,鍛造金型の製造時期を示すものであって,製品自体の製造時期を示すものではない。例えば,「94B」という表示は,西暦年の前2桁を省略した数字と,月を表すアルファベット(A→1月,B→2月,C→3月……L→12月)の組合せであり,1994年2月を表したものである。 原告らは,上記の記号が製品の製造時期を示すものと勝手に解釈して,これと製造番号を関連づけ,独自の推定を行っているが,原告らの販売数量の算出方法には根拠がない。例えば,SLH-1型についていえば,製造番号0311が平成6年,同6518が平成11年に製造された製品であるとする裏付けはなく,平成11年までに少なくとも1万個のイ号製品を製造したとする原告らの主張は単なる推測を述べたにすぎない。 被告各製品の販売数量は,被告が任意に開示した販売実績表(乙8)に基づき計算されるべきである。 (2) 補償金の額 原告Aの補償金額の算定の基礎となる事実のうち,予備的主張に係る被告各製品の販売数量は認めるが,その余はすべて否認し,主張については争う。 仮に,原告Aの補償金請求が認められるとしても,本件特許発明@及び同Aの実施料率は,最大でも原告ユニコンセプトの専用実施権の対価の割合である3%を超えることはない。 (3) 原告らの単位数量当たりの利益の額(特許法102条1項) 特許法102条1項が適用されるためには,特許権者が当該特許権の実施品を製造販売していたことが前提となるべきところ,原告ユニコンセプトに専用実施権の許諾がされる前の段階で,個人である原告Aが本件特許発明@及び同Aに係る製品(UH-3型,UH-3B型)を製造販売していた証拠はなく,そもそも同原告には実施能力がなかったというべきである。 原告Aは,原告ユニコンセプトの代表者であるCをして本件特許発明@及び同Aを実施させていた旨主張するが,Cは原告ユニコンセプトの役員にすぎず,原告Aの主張によっても,暗黙のうちに通常実施権の設定を受けて本件特許発明@及び同Aを実施していたのは,原告ユニコンセプトである。原告らの主張は,原告ユニコンセプトの法人格を無視して,原告ユニコンセプトと原告A,Cを同一視するものであり,失当である。 また,原告ユニコンセプトについても,販売店網を全国的に展開しているわけではなく,わずかな販売店に製品を卸しているにすぎないから,その販売能力はほとんど零に近いものである。 仮に,特許法102条1項が適用されるとしても,原告らの提出した会計帳簿(甲50の1)によれば,通常実施権者と考えられる原告ユニコンセプトは,特許権者である原告Aに対して実施料相当額の金銭すら支払っていない。そうすると,原告Aは,実施料相当額の損害すら被っていなかったことになり,同原告には損害が発生していないことになる。さらに,原告らは,その利益の算定に際して,販売管理費として粗利益の20%を控除しているが,その数値は客観的な証拠の裏付けを欠くものである。 (4) 特許権侵害行為によって被告が得た利益の額(特許法102条2項) 原告らの主張は否認し,法律上の主張は争う。 特許権者である原告Aは,終始本件特許発明@及び同Aを実施していないのであるから,特許法102条2項に基づく請求も,理由がない。 (5) 損害賠償の額 原告らの主張する損害賠償の額については,争う。 |
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当裁判所の判断
1 争点1(被告各製品の具体的構成)及び同2(構成要件(C),同(C)’の充足性)について (1) 被告各製品の構成について 本件では,前記第2の1(5) 記載のとおり,被告各製品の客観的な形状については争いがなく,本件明細書@及び同A記載の「仮想略平行線」をどこに設定するかという点に関して,当事者間に争いがあるにすぎない。この点は,被告各製品が本件特許発明@及び同Aの構成要件を充足するかという争点と密接に関わるものであるから,「仮想略平行線」の問題として,次項で検討することとする。 (2) 「仮想略平行線」について そこで,「仮想略平行線」の意義について検討するに,本件明細書@の「特許請求の範囲」の記載によれば,本件特許発明@の構成要件(C)にいう「仮想略平行線」は,フックの先端部の内側に接して描いた線分とフックの後端部の内側に接して描いた線分とからなることが読みとれる。 そして,このうちの「フックの先端部の内側に接して描いた線分」が,フックの先端部内側から伸びる線分(別紙参考図の線分X1)を指すことは,本件明細書@及び図面の記載から明らかである。 これに対し,「フックの後端部の内側に接して描いた線分」については,これがどのような線分を指すのか必ずしも明らかではないが,「フックの後端部」とは,本件明細書@及び図面の記載からみて,被告の主張するとおり,フック背部の先端から背方に屈曲した二股構造の部分を指すものと認められる。しかし,本件公報@の図面等によっても,フック後端部(32,32')とフック背部(33)の境界は明らかではなく,また,被告の主張するように,フック後端部の内側がフック後端部のうち上記図面の右側の部分を指すことをうかがわせる記載もない。 そうすると,一般に,U字状や円弧状の形状において,内側とはその中心部分を意味することから,本件特許発明@のようなU字状のフックについては,その中心方向が内側を指すと解するのが自然である。 そして,実質的にみても,本件明細書@の「フックと脱落防止部との開口幅を従来に比して極めて大きくなるようにしたとき,地面に敷かれた鉄板等の引掛け作業時に該重量物の引掛け用の穴にフックの先端部を挿入し易すくすることができ,また,脱着作業時に脱落防止部が地面などに当接したり埋没したりして障害にならず,脱着が極めてスムーズであるフック装置とすることができることを見い出し,本発明を完成するに至った。」(本件公報@4欄33行目〜40行目),「本発明のフック装置は,脱落防止部とフック先端部の開口幅を従来より大きくすることができるため,フックを鉄板等の重量構造物に設けた穴部(引掛け口)に極めて容易,かつ確実に引掛けることができ,また,吊上げ搬送中及び脱着時はフック先端部と脱落防止部が一体的にロックされているため重量構造物がフックから外れず,更にフックの脱着は脱落防止部とフック先端部の開口幅が大きいため極めて容易に行なうことができる。」(同8欄14行目〜21行目)といった記載からみて,「仮想略平行線」がフック開口幅を広くすることとの関連で構成要件の要素として位置づけられていることは,明らかである。 そうすると,フック後端部の内側とは,二股構造部分におけるフック中心方向の端部,すなわち,本件公報@の図面でいえば右下方部分を指すものと解され,この部分の内側に接して描いた線分とは,開口部に関連した平行線である別紙参考図の線分Xを指すものと解すべきである。 以上によれば,イ号製品は,本件特許発明@の構成要件(C)を充足し,同発明の技術的範囲に属するものと認められる。 そして,上記の「仮想略平行線」についての解釈は,本件特許発明Aの構成要件(C)’についても同様に当てはまるから,ロ号製品は,本件特許発明Aの構成要件(C)’を充足するものと認められる。 2 争点3(ロ号製品の構成要件(D)’の充足性及び均等の成否)について (1) 構成要件(D)’の文言充足性について 本件明細書Aの「特許請求の範囲」のうち請求項1の「(D)項」の記載によれば,本件特許発明Aの構成要件(D)’において,ロックはフック背部の先端から背方に屈曲した二股構造の空間に配設され,抜去用ロック本体はフック支持体に配設されて,それに対する係止部はフックに配設されているものである。 これに対し,当事者間に争いのない別紙物件目録(2)によれば,ロ号製品においては,上記二股空間内に配設されたロックが,抜去用ロック本体を兼ねており,配設位置も本件特許発明Aの抜去用ロック本体と相違してフックの側にある。 また,係止部もフック支持体の中央部にあり,位置が相違している。 そして,上記の相違点があることから,作用の面においても,a本件特許発明Aでは,ロックと抜去用ロック本体の2つの部材が必要であるのに対し,ロ号製品では1つの部材で済むこと,b本件特許発明Aでは,フック支持体が反転し,フック背部と当接したときにロックするかどうかは任意であるのに対し,ロ号製品では,フック支持体が反転し,フック背部に当接したときには,必然的にロックがされ,ロックの手間はかからないが,ロックを避けることはできないこと,という差異がみられる。 したがって,ロ号製品は,本件特許発明Aの構成要件(D)’を文言上は充足しないというべきである。 (2) 構成要件(D)’と均等侵害の成否について 原告らは,前記の相違点(本件相違部分)が存在することを前提にしながら,ロ号製品は本件特許発明Aと均等の範囲に属する旨主張するので検討する。 一般に,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合であっても,@上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,Aこの部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,Bこのように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,C対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,D対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。 そこで,上記最高裁判決が示す要件(以下「要件@」などという。)に基づき,ロ号製品が本件特許発明Aと均等であるかどうかについて,判断する。 ア 要件@に関して,本件明細書Aの記載とそこにおいて先行技術とされた本件特許発明@(ただし,出願時未公開)との技術の相違からすると,本件特許発明Aの本質的部分は,フック装置抜去のために,フック支持体が反転して開口部を開放した状態でフックとの位置をロックする抜去用ロック機構を設けたことであり,ロックの具体的構成や配置は本質的部分には当たらないと考えられる。 この点,本件特許発明Aに係る出願の平成8年1月11日付け拒絶理由通知書(乙1)において引用されている実願昭61-163379号(実開昭63-67585号)のマイクロフィルムには,荷重を地面に降ろすとフック部が反転して自動的にワイヤーロープを外す装置である自動はずしフックの考案が収録されている。そして,上記マイクロフィルム中の図面(特に第1図,第4図)には,開口部を開放した状態でフックとフック支持体の位置関係をロックするロック体(位置保持手段15)をフック支持体側に設け,係止部(係止段部14)をフックの側に配設した具体的なロック機構という点において,本件特許発明Aの抜去用ロック機構と同様の構成が開示されている。しかし,これは,ワイヤーロープが外れた後に,フックが揺動することを防ぐためであり,フック装置を抜去するためのものではなく,また,フックが自動的に反転して荷重を開放し,しかもその時はフックが下向きになっているため,フックの抜去という問題は生じない。したがって,上記の考案は本件特許発明Aと解決するべき課題を異にするものであって,上記ロック機構が存在することは,本件相違部分が本質的部分か否かについての前記判断を左右するものではない。 イ 要件Aに関して,本件特許発明Aの抜去用ロックの構成をロ号製品におけるそれに置き換えた場合でも同一の作用効果を奏することは,当事者間に争いがない。 ウ 要件Bに関して,ロ号製品のロック機構は,フック背部の先端から背方に屈曲した二股構造の空間内に配設されたロックが,抜去用ロック本体を兼ね,その配設位置もフックの側にあること,また,係止部がフック支持体の中央部に設けられていることを特徴とするが,本件特許発明Aより前に公知であった特公昭49-23488号の特許公報(甲9)には,二股空間内に設けられた1個のロック(ラッチ)により,フック支持体(舌片)の閉鎖状態で,フック支持体中央部の係止部に係止してロックし,フック支持体の開放状態で,フック支持体中央部の他の係止部に係止してフック支持体を開放状態に維持する技術が開示されている。 上記技術において,フック支持体の開放状態の維持は,ロック状態を生じさせることによるのではなく,スプリング(バネ)の作用によるものであるが(甲9の2頁左欄15行目〜18行目参照),スプリングの力で位置を維持するか,ロック状態とするかは,係止部とロック片との形状及びスプリングの力の方向を適宜設計変更すれば足りる程度の事項である。 したがって,当業者としては,本件特許発明Aが開示されていれば,これに公知である上記の技術を適用して,ロ号製品の抜去用ロック機構に置換することは容易であるものと認められる。 エ 要件Cに関して,本件全証拠によっても,本件特許発明Aの出願時にロ号製品と同一内容の公知技術又はロ号製品の構成を容易に推考できるような公知技術が存在したことを認めることはできない。被告は設計図面(乙4,5)や特許明細書の抜粋(乙6)の存在により本件特許発明Aの構成は公知となっていた旨主張するが,証拠(甲18)及び弁論の全趣旨によれば,これらの文書は原告Aが株式会社秋山又は被告に対して一定の目的に基づき守秘義務を課した上でファクシミリにより送信したものであると認められる上,これらの文書の記載から,ロ号製品の具体的な構成を容易に推考できるものでもない。 オ 要件Dに関して,被告はロ号製品には仮想略平行線が存在しないことを前提に,ロ号製品は特許請求の範囲から意識的に除外された旨を主張するが,ロ号製品に仮想略平行線が存在することは前記1(2) で認定したとおりであるから,被告の主張は前提を欠く。 以上によれば,ロ号製品は,本件特許発明Aの構成と均等なものとして,その技術的範囲に属するというべきである。 3 争点4(本件特許発明@及び同Aの明らかな無効事由の存否)について (1) ベイルフックの内容等について 被告は,本件特許発明@の出願前である1989年(平成元年)11月に米国で公刊されたニューコ社のカタログ(乙11の1)の5頁に記載されたフック装置の発明(ベイルフック)を主たる引用例として,本件特許発明@及び同Aが新規性ないし進歩性を欠如する旨主張するので,まず,上記発明の内容について具体的に検討する。 証拠(乙11の1,2,乙12の1,2)に基づき,ベイルフックを本件特許発明@の構成要件に即して分析すると,次のようになる。 ア 先端部に脱落防止部,後端部にワイヤー固定部を有するフック支持体 イ フックの後端部は,その略中央部を含めて中空構造であるフック支持体の中空空間内に遊嵌され,かつ,前記フック支持体の略中央部と前記フックの後端部を貫通する接合ピンを介して前記フック支持体の略中央部に回動自在に配設されたフック ウ 前記フック支持体の脱落防止部と前記フックの先端部とが略当接関係にあるとき,前記略中央部の中空空間内に配設された圧縮バネによって,前記フック支持体と前記フックをロック状態とするがロックの詳細までは不明であること (この点,被告はロックに当たる部分が突起状であると主張するが,上記カタログの図面の記載からロックの部分が突起状の形状であることを読み取るのは困難である。) エ 前記フックと前記フック支持体は,前記フックが前記フック支持体の脱落防止部に対して反転回動されたとき エ-1 前記フック支持体の脱落防止部が,前記フックの先端部の内側及びフックの背部の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され エ-2 前記ワイヤー固定部の中心と接合ピンの中心を結ぶ線分と前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されている (ただし,前記カタログ自体には,反転回動時の状態についての記載はなく,また,実際の使用時にエ-1,エ-2の状態となることは確認できない。) オ ベイルフック (2) 本件特許発明@の無効事由(新規性)について 以上を前提に,本件特許発明@とベイルフックの発明とを対比すると,本件特許発明@においては,フックの後端部が二股構造であり,そこにフック支持体の略中央部が遊嵌されるのに対し,ベイルフックの発明においては,フック支持体が中空空間を形成しており,その略中央部にフックの後端部が遊嵌されるものであること,本件特許発明@においては,フックの後端部の二股空間内にロックが配設されるのに対し,ベイルフックの発明においては,ロック作用を支援する圧縮スプリングが,フック支持体の中空空間内に配設され,また,ロック自体の形状は必ずしも明確でないことの少なくとも2つの点において,両者は相違するものと認められる。 そうすると,本件特許発明@とベイルフックの発明は,フックの構成,フック支持体の構成,それらの嵌合関係が明らかに相違しており,またそれに伴うロックの配設位置も異なることなどから,本件特許発明@がベイルフックの発明と同一であるとは到底認めることができず,新規性欠如(特許法123条1項2号,29条1項3号)を理由とする無効の主張は理由のないことが明らかである。 なお,米国特許第2857644号の公報(乙14の1,2)記載のGale特許についての発明は,ロックによって安全性を確保するためのフックの構成を目的とするもので,フックの開口幅を広くすることを課題とするものではなく,同公報の図面も主としてロック機構を説明するためのものにすぎないことから(乙14の1,2により認められる。),フック支持体が反転回動したときに,仮想略平行線に関する本件特許発明@の要件(C)が実現されるか否かは明らかでなく,かつ,上記記載の本件特許発明@とベイルフックの発明との相違点と同様の相違点も存在する。 したがって,本件特許発明@がGale特許の発明と同一であるといえないことも明らかである。 (3) 本件特許発明@の無効事由(進歩性)について 次に,本件特許発明@が進歩性を欠くか否かについて判断する。 証拠(甲9,乙15)によれば,本件特許発明@の出願前に頒布された刊行物である特公昭49-23488号公報(甲9)及び特開昭55-82814号公報(乙15)には,フック後端部を二股構造とし,該二股空間内にフック支持体の略中央部を遊嵌し,それらを貫通する接合ピンにより,回動自在な構成とするとともに,二股空間内にはロックを配設するという構成のフック装置が記載されていることが認められるが,このように古い年代の複数の刊行物に記載されていることから,上記の構成は,フック装置の分野においては周知のものであったと考えられる。 そして,前記カタログ記載のベイルフックの発明と上記の各公報に記載された周知の技術は,ともに重量物を吊り下げるためのフック装置として技術分野を共通にし,また,ベイルフックの図面には,フックとフック支持体との関連構成に関する部分に,上記周知技術のものを適用することを妨げるような記載もないことから,ベイルフックの発明に,上記の周知のフック装置の構成を適用し,前記(2) に記載の2つの相違点に関する本件特許発明@の構成とすることは当業者にとって可能であったということができる。 しかしながら,@前記カタログ(乙11の1)の図面は,設計図に近いもので寸法も細かく記載されているが,接合ピンの周辺では細部まで必ずしも明確とはいえないため,フック支持体の反転回動する範囲が確定できないこと,Aベイルフックの発明では,ワイヤーロープを挿入する穴の方向と位置が,場合によっては,フック支持体が全開状態に反転回動することを妨げる構造となっているため(甲9,乙11の1により認められる。),「仮想略平行線」を設けること(本件特許発明@の構成要件(C)-1,(C)-2参照)による課題達成手段とは本来的に異なるものであるとも考えられること,B本件特許発明@では,構成要件(C)-1,(C)-2にいう3つの平行線は,フックを側面からみた状態で描かれるものであり,それからすると,構成要件(C)-2の「ワイヤー固定部の中心」は,本件公報@の図1,図4のとおりフックを側面からみて,平面視円形穴の中心を想定するのが通常であり,上記カタログの図面にあるように穴の長さ方向断面の中心を「ワイヤー固定部の中心」とすることは,ワイヤーロープが上記構成要件(C)-1,(C)-2に影響しない範囲であればともかく,影響する場合には,本件特許発明@が想定する範囲を超えるとも考えられることなど,ベイルフックの発明を主な引用例とすることを妨げる複数の技術的な問題点が存在することからすれば,この発明に前記の周知のフック装置の構成を組み合わせて,本件特許発明@とすることが容易であったとまでは認めることができない。 特許権侵害訴訟を審理する裁判所は,特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができ,審理の結果,当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情のない限り,権利の濫用に当たり許されないところ(最高裁平成12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照),以上の認定判断によれば,本件特許発明@につき無効理由が存在することが明らかであるとまでは認められない。 (4) 本件特許発明Aの無効事由(進歩性)について 最後に,本件特許発明Aが進歩性を欠くか否かについて判断するに,本件特許発明Aとベイルフックの発明とを対比すると,前記(2) 記載の2つの相違点のほか,本件特許発明Aは構成要件(D)’(抜去用ロックに関する構成)を備えているのに対し,ベイルフックの発明はそのような構成を備えていない点でも相違している。 この3つ目の相違点に関し,被告は,実願昭61-163379号(実開昭63-67585号)のマイクロフィルム(乙13)を引用し,ベイルフックの発明にこの技術を組み合わせて本件特許発明Aとすることは容易である旨主張する。そこで,検討するに,上記マイクロフィルムに収録の図面に記載されたフックにおいては,フック支持体に相当する吊垂本体1に位置保持手段15の爪片16が配置され,フック9には係止段部14が形成され,これらが,上記図面の第4図にあるようにフック9が重力により水平状態になったときに係合するというものである(乙13により認められる。)。これに対し,本件特許発明Aの抜去用ロックは,構成要件(D)’にあるように,「フックの背部がフック支持体の側部に当接する位置関係にあるときに,前記配置関係を維持しつつフック装置の重量物からの抜去を助力するための」ものであり,このような構成を有しない上記マイクロフィルムに収録された考案に係るフックとは,全く機能を異にするものである。 したがって,本件特許発明Aが,ベイルフックの発明(乙11の1)に上記マイクロフィルム(乙13)に収録された考案を組み合わせることにより,容易に想到し得たものと認めることはできない。 (5) まとめ 以上によれば,本件特許発明@及び同Aに明らかな無効事由が存在するとは認めることができないから,これらの特許権に基づく原告らの権利行使が権利の濫用に当たる旨の被告の主張は,理由がない。 なお,被告の上記主張は,適時に主張されたものとは言い難いものではあるが,被告から提出された書証のみによって,それ以上の証拠調べを要することなく,上記のとおり判断することができるものであるから,これを時機に後れたものとして却下することはしない。 4 原告らの差止請求について 上記1ないし3の認定判断によれば,被告各製品は,本件特許権@及び同A及びこれらについての専用実施権を侵害するものである。 証拠(乙8)及び弁論の全趣旨によれば,被告は遅くとも平成12年9月15日ころまでには被告各製品に替えて新しいフック装置の製品の製造販売を始めたことが認められる。しかし,被告は,本件訴訟において被告各製品が本件特許権@及びAを侵害することを争っているものであり,被告各製品の金型を廃棄したり,取引先に被告各製品の製造販売を止めた旨を広く通知したなど被告各製品の製造販売を確定的に止めたことと認めるべき事情は証拠上認められないから,本件においては,なお,差止めの利益は失われていないというべきである。 もっとも,特許法68条は「特許権者は,業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし,その特許権について専用実施権を設定したときは,専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については,この限りでない。」と規定し,同法77条2項が「専用実施権者は,設定行為で定めた範囲内において,業としてその特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定していることに照らせば,特許権について専用実施権が設定された場合には,当該特許権を侵害する第三者に対して差止請求権を行使することができるのは専用実施権者のみであって,特許権者が差止請求権を行使することはできないと解するのが相当である。本件においては,特許権者である原告Aは,平成12年5月8日,本件特許権@及び同Aにつき原告ユニコンセプトに対して範囲を限定しないで専用実施権を設定しているから(当事者間に争いがない。),上記設定時以降においては,差止請求権を行使し得る者は,専用実施権者である原告ユニコンセプトのみというべきである。 したがって,原告ユニコンセプトの差止請求及び廃棄請求は理由があるが,原告Aの差止請求及び廃棄請求は理由がない。 5 争点5(原告Aの補償金請求の可否)について (1) 特許法65条1項の趣旨について 特許法65条1項前段は,補償金請求権の発生要件の1つとして警告を規定しているが,その趣旨は,出願公開中の発明と同一の発明を出願公開された発明であることを知らないで実施することは適法な行為であり,この者に対しては出願人は何らの請求権もないことから,特許出願に係る発明の内容を記載した書面を提示して警告することにより,その内容を知らしめることを要するとした点にある。 上記の警告は,補償金請求権行使のための前提となる行為であるが,権利行使そのものではなく,単に相手方を悪意に陥れるための行為である。したがって,警告がされなくても,他の手段により相手方が悪意であることが証明できれば,出願人は補償金請求権を行使することができる(特許法65条1項後段)。ただし,出願公開については,特許法103条のような相手方の過失を推定する旨の規定は存在しないから,出願人は,相手方が出願公開中の発明と同一の発明を出願公開された発明であることを知って実施していることを立証することを要するものである。 (2) 被告の「悪意」の有無について 以上を前提に,被告が被告各製品を製造販売するに当たりどのような認識を有していたかにつき,検討する。 証拠(甲15,16の1,18,乙6)及び前記当事者間に争いのない事実等(第2の1参照)を総合すると,原告Aと被告との間では,同原告の有する特許権の実施等に関して,平成3年6月ころから同年9月ころにかけて交渉が行われたが,結局この交渉は合意に至らず打ち切られたこと,原告Aは交渉の過程で同年7月中旬ころ原告別件発明の原明細書(乙6)を被告にファクシミリで送信したこと,その後,被告が平成4年4月にイ号製品を販売したのに対して,原告ユニコンセプトは,同年5月26日付けの代理人弁護士作成に係る文書で「御社の製品が将来的に当社の特許権を侵害する恐れが十分ありますので御注意下さい。」旨の警告をしたこと,本件特許発明@については,平成3年8月2日登録出願され,同5年2月19日出願公開されたこと,本件特許発明Aについては,同4年9月11日登録出願され,同6年4月5日出願公開されたこと,がそれぞれ認められる。 上記の事実関係によれば,原告Aは被告に対して具体的な特許発明の内容を示して警告を行ったものではなく,しかも上記文書では,警告の主体は本件特許発明@及び同Aの出願人ではない原告ユニコンセプトとなっていたのであるから,被告としては,警告を受けた時点でそもそも原告Aが本件特許発明@について出願していたことを認識し得たとは考えられない。また,本件特許発明Aについては,上記警告の後の平成4年9月に登録出願されたのであるから,被告としてはその出願の事実を知る術もなかったといわざるを得ない。被告は,原告Aから原告別件発明の原明細書(乙6)の交付を受け,その内容については認識していたものと認められるが,証拠(甲3,4,12,乙6)によれば,この原明細書には本件特許発明@及び同Aの必須の構成要件である「仮想略平行線」について開示がないことが認められるから,仮に,原告Aが主張するように,被告の従業員に対してフック装置の木製の模型を用いて説明を行ったとしても,被告が本件特許発明@及び同Aの具体的な構成について認識し得たとは,到底認めることができない。 (3) まとめ 以上の認定判断によれば,被告は,被告各製品を製造販売した時点において,出願公開がされた特許出願に係る発明であることを知って本件特許発明@及び同Aを実施したとは認めることができないから,原告Aの補償金請求(特許法65条1項後段)は,すべて理由がない。 6 争点6(原告Aの補償金及び原告らの損害の額)について (1) 特許法102条1項の趣旨について 本件において,原告らは,特許法102条1項に基づく損害賠償を請求している。 特許法102条1項は,特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは,その譲渡した物の数量に,特許権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を,特許権者等の実施の能力を超えない限度において,特許権者等が受けた損害の額とすることができる旨を規定する。 特許法102条1項は,排他的独占権という特許権の本質に基づき,特許権を侵害する製品(以下「侵害品」ということがある。)と特許権者等の製品(以下「権利者製品」ということがある。)が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定というべきである。すなわち,そもそも特許権は,技術を独占的に実施する権利であるから,当該技術を利用した製品は特許権者しか販売できないはずであって,特許発明の実施品は市場において代替性を欠くものとしてとらえられるべきであり,このような考え方に基づき侵害品と権利者製品とは市場において補完関係に立つという擬制の下に,同項は設けられたものである。 このような前提の下においては,侵害品の販売による損害は,特許権者等の市場機会の喪失としてとらえられるべきものであり,侵害品の販売は,当該販売時における特許権者等の市場機会を直接奪うだけでなく,購入者の下において侵害品の使用等が継続されることにより,特許権者等のそれ以降の市場機会をも喪失させるものである。 したがって,同項にいう「実施の能力」については,これを侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造能力,販売能力をいうものと解することはできず,特許権者等において,金融機関等から融資を受けて設備投資を行うなどして,当該特許権又は専用実施権の存続期間内に一定量の製品の製造,販売を行う潜在的能力を備えている場合には,原則として,「実施の能力」を有するものと解するのが相当である。また,実施の主体は常に特許権者自身であることまでは必要とせず,個人の特許権者が代表者であって,当該個人と実質的に一体の同族会社が特許発明の実施品を製造販売している場合,企業グループ内において知的財産権の開発・管理部門と製品の製造・販売部門を別会社にしている場合についても,特許権者(代表者個人,特許権の管理会社)に実施の能力を肯定するべきである。 特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,侵害に係る特許権を実施するものであって,侵害品と市場において排他的な関係に立つ製品を意味するものである。 上記のとおり,「実施の能力」が,必ずしも侵害品販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造販売能力を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける権利者製品の販売が,侵害品販売時に対応する時期におけるものにとどまらないことに照らせば,同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」についても,侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利益の額を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける販売時期を通じての平均的な利益額と解するのが相当であり,また,「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者等において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。このように特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると,その金額は,厳密に算定できるものではなく,ある程度の概算額として算定される性質のものと解するのが相当である。 具体的な事案において,特許権者等が侵害品の販売時に厳密に対応する時期において現実に権利者製品の製造販売を行っている場合には,当該時期における権利者製品の単位数量当たりの現実の利益額を斟酌して,特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」を算定することが相当であるが,この場合においても,この利益額が上記のような性質を有する仮定的な金額であることに照らせば,「単位数量当たりの利益の額」は,必ずしも,当該時期における現実の利益額と一致するものではなく,現実の利益額は,同項にいう「単位数量当たりの利益の額」を認定する上での一応の目安にすぎないというべきである。 (2) 本件における検討 以上を前提に,本件における損害額について検討する。 ア 被告各製品の販売数量 原告らは,被告各製品に打刻されている製造番号を基に販売数量を計算するべきであると主張するので検討するに,証拠(甲43の1,2)によれば,被告各製品のフック装置には,0001から9999までの4桁の数字及び2桁の数字とアルファベットからなる記号が打刻されていることが認められるが,弁論の全趣旨によれば,上記4桁の数字は製品の製造番号であり,数字とアルファベットからなる記号は金型の製造年月日を表すものである(数字は西暦の後2桁を表し,AからLまでの文字は1月から12月までの月を表す。)ことが認められる。 そうすると,金型の製造年月日を示す記号と製品の製造番号との間には直接の関連性はないことになるところ,原告ら作成の製造番号調査表は金型の製造された年に当該製品が製造されたことを前提とするものであるから,これに基づく原告らの主張はこの点で根拠を欠いている。 さらに,例えば,型番SLH-1型についてみれば,製造番号6518と同0311の差である6207個を製造したというのであれば格別,原告らの主張は具体的な根拠を示すこともなく,少なくとも1万個を製造したという内容であって,失当である。 以上によれば,被告各製品に打刻されている製造番号を基に販売数量を計算するべきであるとの原告らの主張は採用することができず,被告製品の販売数量については,客観的な裏付けのある被告作成の販売実績表(乙8)及び平成10年度(平成10年3月16日〜同11年3月15日)についてその明細を表した実績表(乙9)に基づいて計算するべきである。 これらの証拠(乙8,9)に基づいて計算すると,平成10年10月2日(本件特許発明@及び同Aの登録日)から同12年9月15日までのイ号製品の販売数量は1万7684個,ロ号製品の販売数量は5124個である。そして,これらの数量を,原告ユニコンセプトに専用実施権が設定された平成12年5月8日より前の期間とそれ以後の期間とで按分すると,原告らそれぞれの実施期間に対応する被告各製品の販売数量は,次のとおりとなる。 原告Aの実施期間(平成10年10月2日〜同12年5月7日) イ号製品 1万4444個 ロ号製品 4185個 原告ユニコンセプトの実施期間(平成12年5月8日〜同年9月15日) イ号製品 3240個 ロ号製品 939個 イ 原告らの実施能力 上記のとおり,特許法102条1項にいう「実施の能力」とは,当該特許権の存続期間内に一定量の製品の製造,販売を行う潜在的能力を有していれば具備されると解されるところ,本件においては,証拠(甲33)及び弁論の全趣旨によれば,原告ユニコンセプトは平成4年から同12年にかけて本件特許発明@及び同Aの実施品であるフック装置を合計約2万個製造していたこと,同じ期間内に被告は合計約6万8000個の被告各製品を販売したことが認められ,被告による侵害行為がなければ,原告ユニコンセプトは本件特許発明@及び同Aの存続期間内に被告が販売したのに近い数量の製品を販売するだけの潜在的能力を有していたと評価できるから,原告ユニコンセプトは特許法102条1項にいう「実施の能力」を備えていたものというべきである。 原告Aについては,被告主張のとおり,同原告個人としてみた場合には実施能力を備えていたとは言い難いが,証拠(甲52,53)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aは原告ユニコンセプトが設立された平成3年7月2日当時は代表取締役,現在は取締役の地位にあり,設立時に発行された株式200株のうちの160株を所有していたこと,原告ユニコンセプトの設立時に登記されていた他の役員3名もすべて原告Aの実子とその妻であり,取締役であったC(原告Aの長男)が現在原告ユニコンセプトの代表者に就任していること,原告ユニコンセプトは設立時から現在に至るまで従業員はおらず,製品の開発販売等はすべてC一人が行っていることが認められるから,少なくとも本件特許発明@及び同Aの実施に関しては,原告Aと原告ユニコンセプトを実質的に一体とみることができる。したがって,原告Aについても特許法102条1項にいう「実施の能力」を肯定するのが相当である。原告Aには実施の能力がないとする被告の主張は採用できない。 ウ 単位数量当たりの利益の額 前述のとおり,特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者等において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。 これを本件についてみると,次のとおりである。 (ア) 原告らの商品の販売価格 前述のとおり,特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」は,侵害に係る特許権を実施するものであって,侵害品と市場において排他的な関係に立つ製品を意味するものであるところ,本件においては,証拠(甲5,6)及び弁論の全趣旨によれば,被告各製品と同じころ原告ユニコンセプトにより販売されていた同じフック装置であり,本件特許発明@の実施品である「ユニフックUH-3型」及び同じく本件特許発明Aの実施品である「ユニフックUH-3B型」(以下,これらを併せて「原告製品」という。)が,これに当たるものと認められる。 証拠(甲50の2)によれば,原告製品の販売価格は,「ユニフックUH-3型」については1万2600円,「ユニフックUH-3B型」については1万6000円であると認められる。 (イ) 原告らの製品の経費 @ 仕入原価 証拠(甲50の2)及び弁論の全趣旨によれば,原告ユニコンセプトは,原告製品を外注して製造させていたものであり,その仕入価格は「ユニフックUH-3型」について原告らの自認する5000円,「ユニフックUH-3B型」について同じく6000円を上回るものではないことが認められる。したがって,これらの金額が原告製品の仕入原価となる。 A 販売費 証拠(甲33,53)及び弁論の全趣旨によれば,原告製品の販売費は,「ユニフックUH-3型」について原告らの自認する1520円,「ユニフックUH-3B型」について同じく2000円を上回るものではないことが認められる。したがって,これらの金額が原告製品の販売費となる。 B 開発費・広告宣伝費 なお,一般的にいえば,開発費は,その性質上,いったん商品を開発してしまえば,その後商品の販売数量が増加したとしてもそれに応じて支出額が増加するものではないし,宣伝広告費も,その性質上,特定の商品について一定の宣伝広告が必要であるにしても,商品の販売数量が増加した場合にそれに応じて広告宣伝の量を増加しなければならないといったものではない。したがって,開発費及び広告宣伝費は,原告製品を追加的に製造販売するに当たって追加的に支出が必要となる費用ということはできず,控除の対象とはならない。 (ウ) 小括 上記(ア)及び(イ)により計算された数額により「単位数量当たりの利益の額」を計算すると,本件特許発明@及び同Aにそれぞれ対応する原告製品である「ユニフックUH-3型」の1個当たりの利益の額は6080円となり,「ユニフックUH-3B型」の1個当たりの利益の額は8000円となる。 (計算式) 12,600-(5,000+1,520)=6,080 16,000-(6,000+2,000)=8,000 (3) 損害額のまとめ 上記によれば,本件において,原告Aが被告に対し,特許法102条1項に基づいて賠償を請求することができる損害額は,本件特許発明@に対応する「ユニフックUH-3型」の1個当たりの利益の額6080円にイ号製品の販売数量1万4444個を乗じた額と,本件特許発明Aに対応する「ユニフックUH-3B型」の1個当たりの利益の額8000円にロ号製品の販売数量4185個を乗じた額との合計である1億2129万円と認めるのが相当である(前述のとおり,特許法102条1項の損害額がその性質上概算額であることに照らし,1万円未満は切り捨てる。)。 (計算式) 6,080×14,444+8,000×4,185=121,299,520 同様に,原告ユニコンセプトが被告に対し特許法102条1項に基づいて賠償を請求することができる損害額は,本件特許発明@に対応する「ユニフックUH-3型」の1個当たりの利益の額6080円にイ号製品の販売数量3240個を乗じた額と,本件特許発明Aに対応する「ユニフックUH-3B型」の1個当たりの利益の額8000円にロ号製品の販売数量939個を乗じた額との合計である2721万円と認めるのが相当である(同様に,1万円未満は切り捨てる。)。 (計算式) 6,080×3,240+8,000×939=27,211,200 なお,原告らは,本件において特許法102条2項(被告利益)に基づく損害賠償についても請求しているが,被告各製品の販売によって得られた利益の額が前記認定の原告製品の利益の額を上回ると認めるに足りる証拠はないから,この点については検討しない。 7 結論 以上によれば,原告Aの請求については,損害賠償金1億2129万円及びこれに対する侵害行為の後である平成12年5月8日(原告ユニコンセプトに対する専用実施権設定の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。 原告ユニコンセプトの請求については,差止請求及び廃棄請求並びに損害賠償金2721万円及びこれに対する侵害行為の後である平成12年9月30日(同原告の訴状の送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。また,仮執行宣言については,廃棄請求に関する部分は相当でないから,本判決中被告に廃棄を命ずる部分についてはこれを付さない。 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 和久田道雄 |
裁判官 | 田中孝一 |