関連審決 |
異議1998-75365
無効2000-35220 審判1999-35005 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18行ケ10037審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11行ケ398特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成12行ケ310審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成12行ケ91取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10062特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 製造方法 / 新規性 / 複写物 / 容易に実施 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 引用発明の認定 / 周知技術 / 公知技術 / 先願の地位 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 先願発明との同一性 / 上位概念 / 技術的範囲 / 同一の発明 / 実施可能要件 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 国内優先権 / 実質的に同一 / 抵触 / 参酌 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 減縮 / 拡張 / 変更 / 訂正明細書 / 要旨変更 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
172号
審決取消請求事件
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原告 豊田合成株式会社 原告 株式会社豊田中央研究所 原告ら訴訟代理人弁護士 大場正成 同 尾崎英男 同 嶋末和秀 同 黒田健二 同 吉村 誠 同 弁理士 平田忠雄 同 松原 等 原告ら訴訟復代理人弁護士 野本健太郎 被告 日亜化学工業株式会社 訴訟代理人弁護士 品川澄雄 同 山上和則 同 吉利靖雄 同 野上邦五郎 同 杉本進介 同 冨永博之 同 弁理士 青山 葆 同 河宮 治 同 石井久夫 同 田村 啓 同 豊栖康弘 同 豊栖康司 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/05/14 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が平成11年審判第35005号事件及び無効2000−35220号事件について平成13年3月27日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告ら 主文と同旨 2 被告 原告らの請求を棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
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争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 被告は、発明の名称を「窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」とする特許第2751963号の特許(以下「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は、平成4年(1992年)6月10日出願の特願平4-177520号(以下「第1基礎出願」といい、その出願日を「第1基礎出願日」という。)及び同年11月4日出願の特願平4-321184号(以下「第2基礎出願」といい、その出願日を「第2基礎出願日」という。)に基づく国内優先権を主張して、平成5年5月7日特願平5-106555号(本件出願)として出願され、その後、平成8年2月22日付け手続補正書による補正及び平成9年12月3日付け手続補正書による補正があり、平成10年2月27日設定登録された。 (2) 原告豊田合成株式会社(以下「原告豊田合成」という。)は、平成10年12月29日、本件特許について無効審判を請求したところ(平成11年審判第35005号、以下「審判1」という。)、被告は平成11年4月12日、訂正請求を行い、特許庁は、同年11月15日、「訂正を認める。特許第2751963号発明の明細書の請求項第1項ないし第4項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決(第1次審決)をした。 (3) 被告は、第1次審決の取消しを求めて東京高等裁判所に審決取消請求訴訟(東京高等裁判所平成12年(行ケ)第15号)を提起するとともに、本件特許に対する平成10年異議第75365号手続において、平成12年2月23日、 訂正請求をした。特許庁は、同年3月1日、「訂正を認める。特許第2751963号の請求項第1項ないし第4項に係る発明の特許を維持する。」との異議の決定をした。 (4) 原告株式会社豊田中央研究所(以下「原告豊田中央研究所」という。)は、平成12年4月25日、本件特許について無効審判を請求した(無効2000-35220号、以下「審判2」という)。その後、第1次審決に対する前記審決取消請求訴訟において、同年8月10日、本件特許につき訂正が認められたことを理由として第1次審決を取り消す判決があった。 (5) 特許庁は、平成12年10月20日、審判1と審判2を併合審理する旨の通知を発し、両審判事件を併合審理したうえ、平成13年3月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下、この審決を単に「審決」という。)をし、その謄本を、同年4月12日に原告豊田中央研究所に、同月13日に原告豊田合成に、それぞれ送達した。 2 本件発明1ないし4の要旨(前記1(3)の異議決定による訂正認容後の特許請求の範囲) 【請求項1】(以下、この発明を「本件発明1」という。) 有機金属気相成長法により、次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該窒化ガリウム層の上に、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。 【請求項2】(以下、この発明を「本件発明2」という。) 前記原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いることを特徴とする請求項1に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法 【請求項3】(以下、この発明を「本件発明3」という。) 前記窒化インジウムガリウム半導体を600℃より高い温度で成長させることを特徴とする請求項1または2に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法 【請求項4】(以下、この発明を「本件発明4」という。) 前記窒化インジウムガリウム半導体成長中、インジウム源のガスのインジウムのモル比を、ガリウム1に対し、0.1以上にすることを特徴とする請求項1乃至3の内のいずれか1項に記載の窒化インジウムガリウム半導体の成長方法。 (以下、本件発明1ないし本件発明4を併せて「本件発明」という。) 3 審決の理由 審決の理由は、別紙審決書の理由写しのとおりである。 要するに、審決は、 (1)平成9年12月3日付け手続補正は要旨変更であるから本件出願は手続補正書提出時になされたものとみなすべきであるとの原告豊田合成(審判請求人)の主張は、採用することができない(審決書3頁22行ないし5頁7行、「(3.1)要旨変更について」)と認定したうえ、 (2)明細書の記載不備の主張に対し、本件特許明細書に記載不備があるとは認められない(審決書5頁8行〜6頁23行、「(3.3)記載不備について」)とし、 (3)新規性欠如の主張に対し、本件特許の出願は平成9年12月3日付け手続補正の補正時になされたとみなされるものでないことは前記(1)のとおりであるから、甲第29号証(特開平4-209557号公報、審判1の甲第9号証)、甲第30号証(「刊行物10」:Japanese Journal of Applied Physics Vol.31 (1992) L1457-L1459 「High- Quality InGaN Films Grown on GaN Films」、審判1の甲第10号証)、甲第31号証(「刊行物11」:特開平6-21511号公報、審判1の甲第11号証)及び甲第4号証(「刊行物12」:特開平6-196757号公報、審判1の甲第12号証)の各刊行物はいずれも新規性欠如の証拠とはならず、 また、本件発明は、第1基礎出願日(平成4年6月10日)より前に頒布された甲第21号証(「刊行物1」:特開平3-218625号公報、審判1の甲第1号証)に記載された発明ということはできないから、新規性が欠如するものではない(審決書6頁24行〜10頁4行、「(3.4)新規性欠如について」)とし、 (4)特許法29条の2該当の主張に対し、本件発明は、先願である特願平2-406246号(特開平4-209577号)(甲第29号証、審判1の甲第9号証)の明細書又は図面に記載された発明と同一の発明ということはできない(審決書10頁5行〜13頁3行、「(3.5)拡大された先願の地位の規定違反について」)とし、 (5)進歩性欠如の主張に対して、本件発明は、 @ 刊行物1(特開平3-218625号、甲第21号証、審判1の甲第1号証)公報に記載された発明及び公知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない、 A 刊行物2(特開平3-203388号公報、甲第22号証、審判1の甲第2号証)に記載された発明及び公知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない、 B 刊行物8(「信学技報Vol.90 NO.61 33〜38頁の安岡らによる論文「MOVPEによるGa1-xInxNのエピタキシャル成長」、甲第28号証、審判1の甲第8号証)及び公知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない、 C 刊行物9(JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS VOL.30, NO.12A DECEMBER,1991, L1998-L2001, 中村修二らの論文「High-Power GaN P-N Junction Blue -Light-Emitting Diodes」、甲第15号証、審判2の甲第1号証)に記載された発明及び公知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない、 D 刊行物1ないし刊行物9に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない(審決書13頁4行ないし28頁28行、 「(3.6)進歩性欠如について」)、とし、 (注:「刊行物3」ないし「刊行物7」はそれぞれ次のとおりである。 刊行物3:電気材料研究会資料、資料番号EFM-87-21、51頁〜59頁の赤崎らによる論文「GaAlNの結晶成長と光電物性」(甲第23号証、審判1の甲第3号証) 刊行物4:特開平2-229476号公報(甲第24号証、審判1の甲第4号証) 刊行物5:Inst. Phys. Conf. Ser. No106:Chapter 10,725 頁〜730頁の天野らによる論文「UV and blue electroluminescence from Al/GaN:Mg/GaN LED treated with low-energy electron beam irradiation (LEEBI)」(甲第25号証、 審判1の甲第5号証) 刊行物6:JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYISICS VOL.28, NO.12,DECEMBER, 1989, pp. L2112-L2114の天野らによる論文「P-Type Conduction in Mg-Doped GaN treated with Low-Energy Electron Beam Irradiation(LEEBI)」(甲第26号証、審判1の甲第6号証) 刊行物7:Journal of Electronic Materials, Vol.21, NO.2,(1992)157頁〜163頁の松岡らによる論文「Wide-Gap Semiconductor InGaN and InGaAlN Grown by MOVPE」(甲第27号証、審判1の甲第7号証) (6)その他の主張に対して、@異議事件の中で行われた訂正請求(平成12年2月23日付け)の適否については異議の決定(甲第11号証)において訂正が認められ確定しており、訂正請求が認められるべきでないとの原告らの主張は理由がない、A本件発明1のうち、原料ガスのインジウムのガリウムに対するモル比が1より多い部分の発明は、第1優先権主張(第1基礎出願に係る優先権主張)に基礎をおくものであるから、参考資料9(特開平6-21511号公報、甲第31号証、審判1の甲第11号証)は特許法29条の2の対象とならず、本件発明1のうち原料ガスのインジウムのガリウムに対するモル比が1以下の部分の発明と参考資料9に記載された発明を対比しても、参考資料9にはモル比が1以下であることは開示されてないから、両発明を同一発明とすることはできない、B本件発明に特許法29条の2違反及び記載不備(実施不能、同モル比が0.1未満の部分)の無効理由があるとはいえない(審決書28頁29行〜30頁13行、「(3.7)請求人1及び請求人2のその他の主張」)、 と認定、判断し、原告ら(審判請求人ら)の主張及び証拠方法によっては、本件発明1ないし4についての特許を無効とすることはできない、とした。 |
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原告ら主張の審決取消事由
審決は、刊行物1(甲第21号証)の認定を誤った結果、新規性の判断を誤り(取消事由1)、刊行物1、8、2及び9(甲第21、28、22、15号証)の認定を誤った結果、容易推考性の判断を誤り(取消事由2)、本件発明の認定を誤った結果、「In/Gaモル比が1以下」の部分について、基準出願時を誤り、容易推考性の判断を遺脱し(取消事由3)、平成9年12月3日付けの補正(以下「本件補正」という。)について要旨変更の判断を誤り(取消事由4)、特許法29条の2の判断を誤り(取消事由5)、特許法36条の要件違反(明細書の記載不備)を看過したものである(取消事由6)から、違法なものとして取り消されるべきである(なお、取消事由1及び2は、本件特許の出願時(基準時)を第1基礎出願日、第2基礎出願日、本件補正日のいずれとみるかに依存しない主張である。)。 1 取消事由1(刊行物1の認定誤りによる新規性判断の誤り) (1) 本件発明1について ア 審決は、「刊行物1(甲第21号証)には、AlNバッファ層の上にMg添加の(Ga1-xAlx)1-yInyN(0≦x<1、0≦y<1)を成長させること(@)、及び、故意に不純物を添加しない(Ga1-xAlx)1-yInyNの単結晶層(n型、0≦x<1、0≦y<1)の上にMgを添加した(Ga1-xAlx)1-yInyN(0≦x<1、0≦y<1)単結晶層を成長させること(A)は、個々に記載されているが、 AlNバッファ層の上に故意に不純物を添加しない(Ga1-xAlx)1-yInyNの単結晶層(n型、0≦x<1、0≦y<1))を成長させ、更にその上にMgを添加した(Ga1-xAlx)1-yInyN(0≦x<1、0≦y<1)単結晶層を成長させること(B)は記載されていない。」(審決書9頁7行〜16行、@ないしBは原告らによる注記)と認定しているが、刊行物1に上記Bが記載されていないとした審決の認定は誤りである。 刊行物1中の上記@及びAの2つの記載に基づけば、上記Bは刊行物1に記載されているに等しい。すなわち、刊行物1の「・・・単結晶作製方法をp-n接合発光素子作製に応用することにより・・・」(3頁左上欄4行〜9行)との記載や「本発明によれば、・・・p-n接合による発光素子の作製は容易・・・」(4頁左下欄1行)との記載によれば、上記Aの記載(p-n接合発光素子に関する記載)は、上記@の記載(刊行物1の発明の記載)を前提として@の記載を応用したものであることが明らかであるから、上記Aの記載内容において上記@の記載内容である低温で成長させたAlN緩衝層(バッファ層)を適用し得ることは自明である。 したがって、上記Bの事項は、実際には記載されているから、審決がこれを記載されていないと認定したことは誤りである。 イ さらに、審決が、「刊行物1に記載されている、・・・単結晶層2ではx=y=0、単結晶層3ではx=0、y≠0の組合せとすれば本件発明のGaN層及びInGaN層と同じ構成になるが、例示されているのは、共にx=y=0のp型GaN単結晶とn型GaN単結晶との組合せのみであり、両単結晶においてx及びyが異なる値をとること、GaN層の上に窒化インジウムガリウム半導体を成長させることについては記載されていないから、刊行物1に前記x及びyの値の組合せが開示ないし示唆されているとすることはできず」(審決書9頁17行〜26行)と認定したことは誤りである。 すなわち、刊行物1に記載されたn型単結晶層2及びp型単結晶3についての(Ga1-XAlX)1-yInyN(0≦x<1、0≦y<1)という化学式は、それぞれGaN、AlGaN、InGaN、InGaAlNという4通りの組成を、いずれも除外することなく具体的に開示し、16通りの組成の組合せも除外していないのであり、また刊行物1のpn接合発光ダイオードはホモ接合のみならずヘテロ接合も包含していることは明らかであるから、刊行物1は、n型単結晶層2がx=0,y=0のときのGaNと、p形単結晶層3がx=0,0 (2) 本件発明2ないし4について 第1基礎出願日の時点では、原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いること(請求項2)は周知であり(甲第22、27、14、9号証)、またInGaNを600℃より高い温度で成長させること(請求項3)は周知であり(甲第22、27、28、9号証)、さらにIn/Gaモル比を0.1以上にすること(請求項4)も周知であり(甲第22、27、28、36、37、41号証)、これにより奏する作用効果も予測の範囲内のものである。よって、周知技術を単に請求項1に付加しただけの本件発明2ないし4についても、本件発明1と同様に、刊行物1に記載された発明と実質的に同一であり、新規性を欠如している。 2 取消事由2(容易推考性の判断の誤り) (1) 刊行物1(甲第21号証)の発明を中心とする進歩性欠如(容易推考性の判断の誤り) ア 本件発明1について 審決が、「刊行物1(甲第21号証)に記載されている、・・・単結晶層2ではx=y=0、単結晶層3ではx=0、y≠0の組合せとすれば本件発明のGaN層及びInGaN層と同じ構成になるが・・・刊行物1に基づいて前記x及びyの値の組合せを想到することが、当業者に容易ということもできない。」(審決書9頁17行〜28行)とした認定は誤りである。 すなわち、(Ga1-xAlx)1-yInyN(0≦x<1、0≦y<1)という化学式は、 前記(1)イのとおり、GaN、AlGaN、InGaN、InGaAlNの全16通りの組成の組合せをすべて具体的に開示しているのであるから、「開示も示唆もない」と認定した審決は誤りである。 また、刊行物8(甲第28号証)、刊行物2(甲第22号証)及び甲第41号証がGaN層上にInGaNを成長させることを直接的に開示していることからも明らかなように、本件発明1の重要部分である「GaN層上にInGaN層を成長させること」は周知技術そのものである。 してみると、前記の全16通りの組合せの中から、n型GaN単結晶層2とp形InGaN単結晶層3の組合せを選択することに格別の障害ないし困難性はない。 したがって、刊行物1記載の発明に基づいて、周知技術であるn型GaN単結晶層2とp形InGaN単結晶層3の組合せに想到することは当業者に容易であるから、審決はこの判断を誤ったものである。 イ 本件発明2ないし4について 本件発明2ないし4は、前記1(2)(取消事由1)で述べたような周知技術を単に請求項1に付加しただけであるから、刊行物1の発明に基づいて当業者が容易に推考し得たものである。 (2) 刊行物8(甲第28号証)を中心とする進歩性欠如(容易推考性の判断の誤り) ア 本件発明1について 審決は、本件発明1と刊行物8とを対比し、両者の相違点につき、「本件の請求項1に係る発明(本件発明1)では、低温で成長させるバッファ層の次にGaNを成長させるのに対し、刊行物8に記載された発明では、バッファ層は記載されていない」(審決書22頁26行〜23頁1行)と正当に認定した。 ところが、審決は、刊行物8には、@基板にGaNを介してInGaNを成長させると良質なInGaNが形成できることを開示していないとの認定(審決書23頁4行〜11行)、及び、AGaNの上に作製されたInGaNはInのほとんどがGaN中に不純物として取り込まれた状態であり、禁制帯中に様々な準位があることなどから、高品質の結晶が得られたとはいえないとの認定(審決書24頁3行〜35行)の下に、刊行物8において、InGaNの結晶性を良好にすべく低温で成長させたバッファ層の構成要件を付加して本件の請求項1に係わる発明のように構成することは当業者にとって容易ということはできないと判断した。しかしながら、この判断は、前提となる認定が誤っており、その結論も誤りである。 (ア) 刊行物8には、サファイア基板上に直接InGaNを成長させた(a)のパターンに比べ、サファイア基板上にGaNを介してInGaNを成長させた(b)のパターンは、基板との格子定数不整(ミスマッチ)がGaNにより緩和されてInGaNの結晶性が向上し良好な単結晶が得られるという課題及びその課題克服の達成事実が明記されている。すなわち、刊行物8には、「図9に、・・・パターンを示す。(a)のパターンでGa1-xInxNだけだと単結晶相と多結晶相の混在したパターンを示すが、(b)のパターンではGaN上のGa1-xInxNは基板とのミスマッチが膜厚3μmのGaNにより緩和され良好な単結晶を示している。」(36頁右欄4行〜10行)と記載されており、図9(37頁)からは、(a)のパターンでは単結晶と多結晶のInGaNが混在しているのに対して、サファイア基板上にGaNを介してInGaNを成長させた(b)のパターンでは良好な単結晶のInGaNが得られていることが分かる。 (イ) また、(b)のパターンのInGaNについて、刊行物8中の光学的エネルギー間隙3.25eV(GaNの光学的エネルギー間隙は3.39eVである)、PLスペクトルの第2ピーク値(368nm)及びEL特性(377nm)の記載に照らせば、刊行物8についての長友隆男教授の陳述書(甲第33号証)でも陳述されているように、InGaN中のInが(その一部が不純物としても取り込まれているかどうかはさて措き)結晶構造に取り込まれていることは当業者から見れば明らかである。 さらに、基板に直接InGaNを成長させるとIn0.22Ga0.78Nが成長したが、その基板にGaNを介してInGaNを成長させるとIn組成比xがより少ないIn0.04Ga0.96Nが成長した原因は、被告のいうように後者でGaNを介したからではなく、「InGaNの成長温度」が前者より後者の方が高かったからである。刊行物8は、このInGaNの結晶性の向上という課題及びその課題克服の達成事実を前提とし、なお、そのInGaNには不十分な点が残っていて、更に検討する必要があると述べているにすぎないのである。 (ウ) 一方、刊行物2(甲第22号証)、甲第32号証(審判1の参考資料4)及び甲第41号証により、「低温成長バッファ層」/「GaN」/「窒化ガリウム系化合物半導体」という3層を成長させると、「窒化ガリウム系化合物半導体」の結晶性を良好にできるという知見が周知であった。 (エ) すると、刊行物8に記載された、サファイア基板/GaN/InGaNの構成において、基板との格子定数不整を更に緩和して、GaN及びInGaNの結晶性を更に向上させるために、サファイア基板とGaNとの間に、周知事項である「次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層」を適用することには十分な動機付けがあることが明らかである。 (オ) してみると、甲第33ないし第35号証にもあるとおり、本件発明1は、刊行物8に記載された発明に周知事項である「次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層」を適用することにより、当業者が容易に推考することができたものであることは明らかであるから、この点について反対の判断をした審決は誤りである。 イ 本件発明2ないし4について 刊行物8に記載された発明と前記1(2)で述べたような周知技術とに基づいて、当業者が容易に推考することができたものである。 (3) 刊行物2(甲第22号証)を中心とする進歩性欠如(引用発明の認定の誤り及び本件発明との対比の認定の誤り) ア 本件発明1について 審決は、本件発明1と刊行物2とを比較して、両者は「有機金属気相成長法により成長させるバッファ層を介して、ガリウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、 同じく有機金属気相成長法により、窒化インジウムガリウム半導体を成長させることを特徴とする窒化インジウムガリウム半導体の成長方法」である点で一致するとしたうえ、相違点として、刊行物2(甲第22号証)に記載された発明は、「バッファ層の上に窒化インジウムガリウム半導体を成長させるものであり、成長温度にも上記限定はない点、で相違している。」(審決書21頁14行〜26行)と認定し、当該相違点を理由に本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断しているが、誤りである。 (ア) 審決は、刊行物2の認定を誤っている。 すなわち、刊行物2には、「有機金属気相成長法により、バッファ層として『AlN層』及び『AlN/GaN歪超格子層』及び『AlzGa1-zN層(0≦z≦1,z=0でGaN)』のうちの少なくとも一層」を成長させ、この上にGaxIn1-xN層(0≦x≦1)を成長させること」が記載されているということができる。 ここで、「・・・少なくとも一層」とは、バッファ層を複数層設けたものも刊行物2の発明に含まれることを明確にしたものである。 また、バッファ層であるAlN/GaN歪超格子層が、組成がAlNからGaNへ徐変するものの、基板に接したAlNバッファ層部分とInGaNに接したGaNバッファ層部分とを有することも明らかである。 しかも、重要なことに、刊行物2には、「さらにGaN層とGaxIn1-xN層との格子定数は近い。よって、その表面に形成したGaxIn1-xN層の結晶性は飛躍的に向上する」(4頁右下欄1行〜3行)と記載されており、GaN上のInGaNの結晶性が良好になるとの知見が開示されている。 すると、刊行物2は、@AlNバッファ層/GaNバッファ層/InGaNという層構成、及びAAlN・GaN超格子バッファ層のAlNバッファ層部分/AlN・GaN超格子バッファ層のGaNバッファ層部分/InGaNという層構成の2通りの層構成を開示しているのである。ところが、審決は、かかる記載を無視し、実施例だけに拘泥して刊行物2の発明を認定しており、この点、刊行物2の認定を誤っている。 (イ) そして、以上からすると、本件発明1と刊行物2の2通りの発明との相違点は、AlNバッファ層を「低温で成長」させるとの限定の有無のみである。 してみると、前記のとおり「バッファ層を低温で成長させること」は、第1基礎出願日の時点において周知であり、「AlNバッファ層」又は「AlNバッファ層部分」を低温で成長させることは、当業者にとって容易に推考し得ることであるから、本件発明1は、刊行物2記載の発明と周知技術とに基づいて、当業者が容易に推考し得るものである。 (ウ) したがって、審決は、刊行物2の発明の認定を誤り、その結果進歩性の判断を誤ったものである。 イ 本件発明2ないし4について 刊行物2に記載された発明と取消事由1で述べた周知技術(前記1(2))に基づいて、当業者が容易に推考し得たものである。 (4) 刊行物9(甲第15号証)の発明に刊行物8及び刊行物2を組み合わせることによる進歩性欠如(容易推考性の判断の誤り) ア 本件発明1について 審決は、刊行物9(甲第15号証)記載の発明を、刊行物8(甲第28号証)記載の発明であるMIS型発光ダイオードや、InGaN活性層へ置換すべき理由はない旨認定して容易推考性を否定する(審決書26頁2行〜13行)。 しかし、第一基礎出願日の当時、i型層をp型化することは刊行物2等により周知であり、いつでもp型化することができたのであるから、刊行物9のn型GaN及びp型GaNを、同時に刊行物8のn型GaN及びi型InGaNに置換しても、同時に刊行物2等によりi型InGaNをp型化することは可能であり、何ら置換の障害はないのであるから、これに反する審決は誤っている。 また、審決は、いずれの刊行物にも窒化ガリウム層よりも低温で成長させたバッファ層を介して成長させた窒化ガリウム層の上に窒化インジウムガリウムを形成することができるとの知見は開示されていない旨認定しているが(審決書27頁1行〜11行)、前記のとおり刊行物2には第1バッファ層としてのAlN層と第2バッファ層としてのAlzGa1-zN層(0≦z≦1)との2層、及びAlN/GaN歪超格子層のうちのAlNバッファ層部分とGaNバッファ層部分が開示されているから、刊行物8と刊行物2とから、審決のいう知見を得ることは可能であり、審決は誤っている。 以上のように、刊行物9のn型GaN及びp型GaNを刊行物8のn型GaN及びi型InGaNに置換し、さらに、該i型InGaNを刊行物2のp型InGaNに置換することにより、容易に克服することができるものであるから、本件発明1は刊行物9、刊行物8及び刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に推考し得たものである。 したがって、これを否定した本件審決は誤りである イ 本件発明2ないし4について 取消事由1で述べた周知技術を単に請求項1に付加しただけのものであり、当業者が容易に推考し得たものである。 3 取消事由3(判断遺脱) (1) 「In/Gaモル比が1以下の部分」に対する判断の遺脱 審決は、第1基礎出願日と第2基礎出願日との間に、甲第29号証(特開平4-209577、審判1の甲第9号証)、甲第30号証(Japanese Journal of Applied Physics Vol.37 (1992)L1457-1459 「High-Quality InGaN Films Grown on GaN Films」、審判1の甲第10号証)が公知となっているにもかかわらず、これらの刊行物が新規性欠如の証拠とはならない旨認定し(審決書6頁24行〜7頁1行)、当該証拠に基づく「In/Gaモル比が1以下の部分」の進歩性欠如の検討をしておらず、この点の判断を遺脱した違法がある。 ア 本件発明は、少なくとも第1基礎出願ではIn/Gaモル比とは独立には成立しないものであるところ、被告は、第2基礎出願で初めてIn/Gaモル比が1以下でもよいとし、In/Gaモル比が0.1の実施例を追加したのであるから、本件発明に内在されるIn/Gaモル比が1以下の部分は、第1基礎出願の優先権が働かず、第2基礎出願日を基準にすべきことが明らかである。 この点、本件発明1はIn/Gaモル比を要件としていないが、そのこととIn/Gaモル比に応じて優先権を判断することとが抵触するものではないし、そのように考えることが特許法70条1項の規定に抵触するものでもない。なぜなら、上記の考察は、優先権を考える上で、同請求項1がIn/Gaモル比を何も限定していない(0 ウ 以上からすれば、甲第29号証、甲第30号証を新規性欠如・進歩性欠如の根拠とできないのは、第1基礎出願に基礎をおく「In/Gaモル比が1より多い部分」だけであり、第2基礎出願に基礎をおく「In/Gaモル比が1以下の部分」に対しては、甲第29、30号証はまさに公知技術である。したがって、これに基づく進歩性欠如を検討しなかった審決には判断の遺脱があり、しかも、かかる遺脱が審決の結論に影響を及ぼすものであることは、次の(2)に述べるとおり明らかである。 (2) 「In/Gaモル比が1以下の部分」についての容易推考性の判断の誤り ア 甲第30号証の発明を中心とする進歩性欠如(容易推考性の判断の誤り) 本件発明1のうち「In/Gaモル比が1以下の部分」と甲第30号証との相違点は、審決の認定(審決書30頁3行)どおり、甲第30号証のIn/Gaモル比が「12」であることであるが、同号証において参考文献12として引用する甲第37号証第2251頁、図1には、In/Gaモル比を1以下である0.3でInGaNを成長させることが記載されている。 そもそもIn/Gaモル比を1以下とすることは、周知である(刊行物7、8、 甲第36号証、甲第37号証)。 したがって、甲第30号証の発明において、In/Gaモル比が12であるところを0.1以上1以下の範囲に変更して、本件発明1のうちの「In/Gaモル比が1以下の部分」に至る程度のことは、当業者が容易に推考し得ることである。 同様に、本件発明2ないし4についても、取消事由の1で述べたような周知技術(前記1(2)参照)と甲第30号証の発明に基づいて、当業者が容易に推考し得たことである。 イ 甲第29号証の発明を中心とする進歩性欠如(容易推考性の判断の誤り) 甲第29号証には、「有機金属気相成長法により、次に成長させるIn1-x-yGaxAlyN(0≦x≦1;0≦x+y≦1)クラッド層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させたIn1-x-yGaxAlyN(0≦x≦1;0≦x+y≦1)クラッド層の上に、原料ガスとして、ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い、同じく有機金属気相成長法により、In1-x-yGaxAlyN(0≦x≦1;0≦x+y≦1)活性層を成長させること」が記載されている。 当該記載中の、In1-x-yGaxAlyN(0≦x≦1;0≦x+y≦1)と規定された化学式は、GaN、InN、AlN、AlGaN、InGaN、InAlN、InGaAlNの7通りの組成に対して上位概念に立つということではなく、この7通りの組成を個々に記載しているに等しいものであるから、n型クラッド層がx=1、y=0のときのGaNと、活性層が0 周知である(甲第27(刊行物7)、第28(刊行物8)、第36、第37号証)。 したがって、甲第29号証の発明において、In/Gaモル比を、0.1以上1以下の範囲に変更して、本件発明1のうちの「In/Gaモル比が1以下の部分」に至る程度のことは、当業者にとって容易に推考し得ることである。 本件発明2ないし4も、取消事由1で述べたような周知技術(前記1(2)参照)を請求項1に単に付加しただけのものであり、当業者が容易に推考し得ることである。 ウ 刊行物8、甲第30号証と周知技術の組合せ、又は刊行物8、甲第29号証と周知技術の組合せによる進歩性欠如(容易推考性の判断の誤り) 刊行物8(甲第28号証)の発明と「モル比が1以下の部分」に関する本件発明1とでは、刊行物8に低温成長バッファ層が記載されていない点でのみ相違する。 しかし、前記の通り、低温成長バッファ層は第1基礎出願日前から周知であり、 第2基礎出願日前には、低温成長バッファ層/GaN/InGaNの積層も周知となっていたのであるから(甲第30号証、甲第29号証)、刊行物2の発明に低温成長バッファ層を付加することは、第2基礎出願日当時には当業者が容易になし得たものである。したがって、本件発明1のうち「In/Gaモル比が1以下の部分」は、刊行物8と甲第30号証又は甲第29号証と上記周知技術に基づいて当業者が容易になし得たものである。 本件発明2ないし4も、取消事由1で述べたような周知技術を単に請求項1に付加しただけの発明であるから、本件発明1と同様、当業者が容易に想到し得たものである。 4 取消事由4(要旨変更の判断の誤り) 審決は、「AlNバッファ層やGaNバッファ層をその上に成長させるGaN層よりも低い堆積温度で成長させると、よいGaNの結晶を形成することができることは周知の事項であ」り、前記周知の事項を技術水準として明細書をみると、平成9年12月3日付け補正(以下、「本件補正」という。)で加えられた「次に成長させる窒化ガリウム層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該窒化ガリウム層」は、第1基礎出願日の出願時点から明細書に記載されていたに等しい事項であると認められるから、本件補正は要旨変更に当たらないものと判断した(審決書4頁3行〜23行)。しかし、本件補正は、バッファ層の成長温度とGaN層の成長温度について本件特許出願当初の明細書又は図面の記載を超えて拡張するものであり、当初明細書の要旨を変更するものである。この点を反対に解した審決の判断は誤りである。 してみると、本件発明は、本件出願の出願時とみなされる本件補正書提出時(平成9年12月3日)前に公知となった甲第4号証(特開平6-196757号公報、本件出願の公開公報)等に記載された発明と同一発明であるから、新規性欠如の拒絶理由を含むこととなり、要旨変更がないとした審決の判断の誤りが結論に影響を与えることは明らかである。 5 取消事由5(特許法29条の2に関する判断の誤り) (1) 第1基礎出願日を基準とした本件発明1と甲第29号証の拡大された先願発明との同一性判断の誤り 審決は、「甲第9号証(本訴甲第29号証)には、・・・GaN層の上に窒化インジウムガリウム半導体を成長させることについては記載されていない。・・・両発明の差異を課題解決のための具体化手段における微差ということはできず、両発明を同一の発明とすることはできない。」(審決書12頁14行〜33行)と認定した。 しかしながら、前記のとおり(取消事由3(2)参照)、甲第29号証は、GaNとInGaNとの組合せを記載しているのであるから、本件発明1は、In/Gaモル比にかかわらず、甲第29号証の先願発明と同一であり、審決はこの点の判断を誤ったものである。 また、本件発明2及び3については、甲第29号証中に開示されており、本件発明4については、取消事由1で述べたように周知であるから、甲第29号証の先願発明と同一である。 (2) 第2基礎出願日を基準とした本件発明と甲第31号証の拡大された先願発明との同一性判断の誤り 審決は、本件発明1のうち「In/Gaモル比が1以下の部分」と甲第31号証(特開平6-21511号公報、審判1の甲第11号証、審判2の参考資料9)記載の先願発明とを対比し、後者には原料ガスのインジウムのガリウムに対するモル比が1以下であることは開示されておらず、上記モル比を0.1〜1の範囲で成長させることが周知であるともいえないから、両発明が同一発明であるとすることはできないと判断した(審決書29頁下から2行〜30頁4行)。 しかしながら、(甲第31号証に明示的には記載されていないものの)各層を有機金属気相成長法により成長させることは周知であり(甲第21号証〜甲第30号証)、「In/Gaモル比が1以下」とする点についても、第2基礎出願日の当時、例えば、刊行物7(甲第27号証)、刊行物8(甲第28号証)、甲第36号証、甲第37号証により周知であるから、このような成長方法及びモル比を特定することは、単なる周知技術の付加にすぎず、これにより奏される作用効果も有機金属気相成長法を採用したことによる作用効果以上のものではない。 しかも、甲第27号証(「刊行物7」松岡論文、審判1の甲第7号証)のFig.1をみれば、InGaNを500℃あるいは700℃で成長させる場合にIn/Gaモル比を1以下とすることが具体的に開示されているのであるから、審決が刊行物7について「モル比4以上」としたのは、書証の記載それ自体と矛盾する明白な事実誤認である。さらに、審決は、刊行物8(甲第28号証、審判1の甲第8号証)にもIn/Gaモル比を1以下の範囲で成長させることが記載されている(Table 1、2)にもかかわらず、これを見落としている。 以上のように、第2基礎出願日当時、In/Gaモル比0.1〜1の範囲でInGaNを成長させることは周知であり、本件発明1のうち「In/Gaモル比が1以下の部分」は甲第31号証記載の先願発明に周知事項を特定しただけのものであるから、本件発明1と甲第31号証記載の先願発明とは実質的に同一である。これを周知資料が十分でないとして否定した審決の判断は誤りである。 本件発明2ないし4についても、同様に前記1で述べたような周知技術を単に請求項1に付加しただけの発明であり、甲第31号証記載の先願発明と実質的に同一である。 6 取消事由6(記載不備、特許法36条4項又は5項及び6項違反) (1) 「In/Gaモル比が0.1未満の部分」についての記載不備 審決は、「モル比が0.1未満の場合においても、結晶性は悪いとしても実施不可能ということはできない。」と認定している(審決書30頁5行〜12行)。 しかしながら、「結晶性に優れたInGaNを形成すること」、「従来では不可能であったInGaN層の単結晶を成長させること」等の本件発明の本質的効果に照らせば、「結晶性は悪い」ということは、実施不可能であることを意味している。 また、本件発明1のうち、InGaN成長時に流す原料ガス中の「In/Gaモル比が0.1未満の部分」については、発明の詳細な説明中に、当業者が容易に実施し得る程度に発明の構成(InをGaN結晶中に入れてInGaNの単結晶を成長させる条件等)が記載されていない。 しかも、明細書の「好ましくは0.1以上」の記載から、In/Gaモル比が0.1未満の場合が実施が可能であるか不可能であるかは明らかでない。 よって、「モル比が0.1未満の場合においても、結晶性は悪いとしても実施不可能ということはできない」として記載不備を認めなかった審決の判断は誤っている。 (2) 請求項1の「…GaN層よりも低温で成長させるバッファ層」、「バッファ層よりも高温で成長させたGaN層」に関する記載不備 本件明細書には、510℃で成長させたGaNバッファ層の上に、1030℃でGaN層を成長させた実施例が記載されているだけで、それ以外の成長温度のときに、そのGaN層上に結晶性の良いInGaN層の単結晶を成長させることができるとは認められない。 このような温度の相対的な規定の仕方では、作用効果が根拠付けられない不当に広い成長温度の組合せを含むことになる。 したがって、本件発明は、特許法36条4項又は5項及び6項に違反している。 (3) 請求項1に基板及びバッファ層の材料が記載されていない記載不備 請求項1のように基板が規定されていないと、サファイア基板がない場合やサファイア以外の基板を用いる場合も含むことになり、また、バッファ層の材料が規定されていないと、GaN以外のバッファ層を用いる場合も含むことになるが、これらの場合にも発明の効果(InGaNの結晶性向上)が得られるのか否かを根拠付ける記載がない。 したがって、本件発明は、特許法36条4項又は5項及び6項の規定に違反している。 (4) 平成12年2月23日付けの訂正請求(甲第10号証)は、訂正前の請求項1に係る発明を、バッファ層とGaN層について原料ガスの特定を外すことで実質的に拡張していることが明らかであるから、訂正事項aは、特許請求の範囲の実質的拡張を伴っていることとなる。したがって、当該訂正請求は特許法126条3項の規定に違反しなされたものである。 |
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被告の反論
1 取消事由1(新規性判断の誤り)に対して (1) 本件発明1について ア 原告らは、刊行物1(甲第21号証)には、AlNバッファ層の上に故意に不純物を添加しない(Ga1-xAlx)1-yInyNの単結晶層(n型、0≦x<1、0≦y<1))を成長させ、更にその上にMgを添加した(Ga1-xAlx)1-yInyN(0≦x<1、0≦y<1)単結晶層を成長させること(原告ら主張の記載B)が記載されているというが、誤りである。 原告らが主張の根拠として挙げる刊行物1中の記載AにはAlNバッファ層が含まれていない。しかも、記載@と記載Aは、それぞれ第1図、第2図を参照しながら別個に説明されている(同号証4頁)から、当業者であれば、記載Aにおいて低温成長AlNバッファ層は不要であると考え、バッファ層を使用せずに記載Aのpn接合GaNダイオードを作製しようとするものである。 また、記載Aのpn接合GaNダイオードにAlNバッファ層を採用するとすれば、組み合わせるための動機付けが必要であるが、そのような記述や示唆は当該記載Aの説明からは見出すことはできない。 イ 刊行物1は、本件発明の「InGaN/GaN」構成のような窒化ガリウム系化合物半導体のヘテロ接合を開示していない。 すなわち、刊行物1に記載された2層は、いずれも同じ変数x、yを使って(Ga1-xAlx)1-yInyNと表記されているため、仮にx=y=0であればGaNとGaNのホモ接合を開示するのみで、ヘテロ接合を開示するものではない。 原告らは、実施例に示されているx=0、y=0のホモ接合は例示であって限定ではないこと、及びヘテロ接合が周知であることから、刊行物1はヘテロ接合も包含する旨主張する。 しかしながら、刊行物1にはヘテロ接合の具体例がないばかりか、ヘテロ接合をとり得るといった示唆もなく、ホモ接合のみが例示されていること、更に、各層のx及びyが異なる値をとり得るとの説明もない。 したがって、当業者にとっては、刊行物1はホモ接合が意図されていることと理解される。 ウ よって、審決に誤りはない。 (2)本件発明2ないし4について 上記(1)の理由により、本件発明2ないし4も新規性を欠くものではない。 2 取消事由2(進歩性判断の誤り)に対して (1)刊行物1(甲第21号証)からの容易推考性の主張に対して ア 本件発明1について 刊行物1には、(Ga1-xAlx)1-yInyN(0≦x<1、0≦y<1)の上層4通り、下層4通りの計16通りの中から、特に下層にGaNを選び、更に上層の4通りの中からInGaNを選ぶとの示唆もなければ、これら選ばれたInGaNとGaNを組み合わせることで格別の作用効果を奏することを示す記載も認められない。 刊行物8(甲第28号証)には、「基板上に直接InGaNを成長させる際のガス導入部の工夫に関する報告」、及び「InGaNをi型発光層としたMIS構造発光ダイオードについての報告」が記載されており、前者からは、「基板上に直接InGaNを成長させる構成」によって得られたInGaNは、単結晶と多結晶が混在するIn組成比0.22のIn0.22Ga0.78Nであることが認識され、後者からは、「基板上にGaNを介してInGaNを成長させる構成」によって得られたInGaNは、実際にはGaN単結晶であることが認識される。 してみると、当業者は、「基板上に直接InGaNを成長させる構成」によって得られた単結晶と、多結晶が混在するIn0.22Ga0.78Nを、特性の良い単結晶とするために「基板上にGaNを介してInGaNを成長させる構成」をとったとしても、結局GaNしか得られないと認識するのであるから、特性の良い単結晶のInGaNを得るために「基板上にGaNを介してInGaNを成長」する方法を選択することはしないはずである。 以上のように、刊行物8を参酌すると、特性の良いInGaNを得るために「InGaN/GaN」の積層順序とすることは容易に想到し得ないものである。 イ 本件発明2ないし4について 同様の理由で、本件発明2ないし4も刊行物1から当業者が容易に推考し得たものではない。 (2) 刊行物8からの容易推考の主張に対して ア 本件発明1について 審決の認定、判断に誤りはない。 (ア) 刊行物8(甲第28号証)の内容からは、前記のように「GaN/InGaNの組合せでは結晶性の良いInGaNを成長させることはできない」ことが導き出されるから、GaN/InGaNの組合せが不適であるとの当業者の認識を越えてなされた本件発明が進歩性を有することは明らかである。 さらに、同号証には、低温成長バッファ層を付加して結晶性を改善する旨の記載も示唆もない。 (イ) 原告らは、光学的エネルギー3.25eVという記載を根拠に刊行物8のものではInGaNが成長した旨主張する。 しかしながら、同刊行物には、「Ga1-XInXNの特性は光学的エネルギー3.25eV、抵抗率ρ=3.2×1018Ωpで(0002)面のX線回折ピーク(2θ)が34.8℃で観測され、Inは不純物として膜中に取り込まれている。」(甲第28号証36頁左欄下〜右欄3行)と記載されており、「光学的エネルギー3.25eV」を考慮して「Inは不純物として膜中に取り込まれている。」と結論付けているのであるから、原告らの主張は失当である。 また、原告らは、「Ga1-XInXNの成長温度が高いほど、In組成比xが小さくなることは周知」であり、「基板/InGaN」の場合のInGaNの成長温度が600℃であって、「基板/GaN/InGaN」の成長温度が700℃であるから、後者のIn組成比xが少ないことはGaNを介したことが原因ではない旨主張する。 しかしながら、原告らが根拠とした周知技術は、Inが構成元素として結晶中に取り込まれた場合にその比率が成長温度に依存するものであるが、刊行物8のように不純物として膜中に取り込まれたInが成長温度を下げることによって構成元素として結晶中に取り込まれるか否かは、上記周知技術に基づいて当業者が容易に予測し得る事項ではない。 したがって、刊行物8は本件発明に想到することの阻害要因であることが明らかである。 イ 本件発明2ないし4 上記アと同様の理由により、当業者が容易に推考し得たものではない。 (3) 刊行物2(甲第22号証)からの容易推考性の主張に対して ア 本件発明1について (ア) 刊行物2には、記載された一般式、AlZGa1-ZN層(0≦Z≦1)で表されるバッファ層において、Z=0として、GaNを形成した実施例もなければ、当該バッファ層を本件発明のGaN層として捉え、更にバッファ層を設けるという、複数のバッファ層を設けた実施例もない。 しかも、バッファ層を2層以上設けた場合の効果、及び、Z=0にした場合の結晶性の改善等の効果についても何ら記載されていない。 また、実施例には、バッファ層は950℃で成長され、その上にInGaN層が800℃で成長されると記載されているように、低温成長バッファ層を採用するどころか、いうなれば高温成長バッファ層の構成となっているのである。 してみると、刊行物2の記載に基づいて「バッファ層を上層がGaNである2層とし、各層で成長温度を変え、下の層のバッファ層を低温で成長させるようにすることが、当業者が容易に発明をすることができたものでない」との審決の判断に誤りはない。 (イ) 原告らは、刊行物2には、AlN・GaN超格子バッファ層のAlNバッファ層部分/AlN・GaN超格子バッファ層のGaNバッファ層部分/InGaNという層構成が開示されているのに、審決は当該開示事項を看過し、刊行物2の認定を誤ったと主張する。 しかしながら、乙第9号証「超格子」(同号証166頁左欄6行〜9行)に「2種類の半導体結晶をそれぞれ一定膜厚で交互に堆積すると、1周期の厚さをマクロな結晶格子定数とみなすことができる」と記載されているとおり、超格子とは、2種類の半導体結晶を交互に堆積した1周期の厚さをマクロな結晶格子定数とする結晶とみなすのであるから、甲第22号証に記載されたAlN・GaN超格子層をその構成要素であるAlNとGaNとを個別の2つの層に分解して解釈することは技術的に誤りであり、原告らの主張は失当である。 (ウ) 原告らは、甲第22号証の、「バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAlZGa1-ZN層(0≦z≦1)のうち少なくとも一層を有する」との記載を根拠に、「バッファ層を複数設けたものも含む」旨主張する。 しかしながら、前記記載には、「少なくとも一層」と記載され「少なくとも一種類」とは記載されておらず、しかも、複数の異なるバッファ層を積層することができるとは一切述べていないことからして、当該記載は、三種のバッファ層から任意の一種を選択し、選択された一のバッファ層を一層、若しくは複数層積層することを述べていると思われる。 したがって、原告らの主張は「少なくとも一層」の意味を、層の数ではなく、種類の数に曲解したものであって、失当である。 イ 本件発明2ないし4について 上記アと同様の理由により、当業者が容易に想到し得たものではない。 (4) 刊行物9(甲第15号証)と刊行物8及び刊行物2の組合せによる容易推考性の主張に対して 刊行物2には「p型のGaXIn1-XN層4は膜厚1.5μmであり、p型ドーパントであるCp2Mg13をドープして結晶成長させたものである」(甲第22号証3頁右下欄8行〜11行)と記載され、当該Cp2Mgはp型ドーパントであるMgをドープする時に使われる原料であることから、前記p型のGaXIn1-XN層にはp型ドーパントであるMgがドープされている。 また、刊行物8では、MIS構造発光ダイオードのi型InGaNには、Mg等のp型ドーパントがドープされていないのであるから、p型化は不可能である。 したがって、原告らの主張は誤りである。 3 取消事由3(判断遺脱)に対して (1)原告らは、「In/GaNのモル比が以下の部分」については、第1基礎出願の優先権が働かず、第2基礎出願日が基準となると主張し、これを前提として、審決には判断遺脱があると主張するが、前提が誤りであるから主張も失当である。 ア 本件発明の要旨は、「InGaNの成長中に供給する原料ガス中のインジウム源のガスのインジウムモル比をガリウムに対して調整して」InGaNを成長させる方法にあるのではなく、請求項1記載のとおり、有機金属気相成長法において「低温成長バッファ層を介してバッファ層よりも高温で成長させたGaN層上にInGaN層を成長させる」InGaNの成長方法を要旨とするものであり、かかる層構成順序は、第1基礎出願の出願当初明細書に開示されていた。 すなわち、第1基礎出願の出願当初明細書の【実施例】欄には、サファイア基板上に低温成長バッファ層とGaN層を成長した後、TMGを2×20-6モル/分、 TMIを20×10-6モル/分の条件でInGaN層を形成した実施例(【0016】〜【0023】)と、原料ガス中のインジウムのガリウムに対するモル比を実施例と同一にしながらInGaNをサファイア基板上に直接成長する比較例(【0024】〜【0026】)とが記載され、両者を比較すると、実施例で得られたInGaNの結晶性(【0023】)は比較例で得られたInGaNの結晶性(【0026】)に比して格段の差異が生じていることが明らかである。 これらの記載は、本件請求項1に係わる発明が層構成順序の特異性に基づいて完成したものであることを当業者に認識させるものであって、本件発明が「モル比」とは独立して作用効果を奏することを示すものである。 してみれば、本件請求項1に係わる発明が第1の基礎出願に基づく優先権の利益を享受し得ることは明らかである。 イ 原告らは、「インジウムのモル比は、ガリウムに対し1より多くする必要がある」(【0010】)との記載に依拠して第1基礎出願ではモル比1以下が実施不能範囲として排除されていた旨主張する。 しかしながら、成長に必要となるインジウムガスのモル比は、目的とするInXGa1-XNに入れるべきInNの量、即ち、目的とするInXGa1-XNのインジウム組成比Xの大きさによって変わり得ることは、例えば、甲第27号証、甲第37号証に見られるように第1基礎出願日当時に当業者に常識であり、同様のことが第1基礎出願の【0013】に「インジウムガスのモル比、成長温度は目的とするInGaNのインジウムのモル比によって適宜変更できる」と記載されている。 してみれば、原告らの指摘する【0010】の記載が、ある程度インジウム組成比の大きなInGaNを成長させるには、成長ガス中のインジウムモル比を1以上にする必要があることを説明したにすぎず、モル比1未満の領域を、あらゆる組成のInGaNが成長不能として除外したものでないことは明らかである。 4 取消事由4(要旨変更の判断の誤り)に対して 審決の判断に誤りはなく、原告らの主張は失当である。 5 取消事由5(特許法29条の2に関する判断の誤り)に対して (1) 第1基礎出願日を基準とした主張(甲第29号証との同一)に対して 甲第29号証の図2ないし4には、実施例1〜3として様々な構成が開示されているものの、低温成長バッファ層上にInGaAlNでなくGaNを成長させ、かつこの上にInGaNを成長させることによって結晶性に優れた高品質の窒化インジウムガリウムを得ることについては記載されていないから、本件発明と同一であるとすることはできない。 (2) 第2基礎出願日を基準とした主張(甲第31号証との同一)に対して 本件発明1が有効であり、また優先権主張が有効であり第1基礎出願日の優先権の利益が享受することができる以上、原告らの主張は失当である。 6 取消事由6(記載不備、特許法36条4、5、6項違反)に対して (1) 「In/Gaモル比が0.1未満の部分」について 本件発明は、有機金属気相成長法により良好な結晶性の窒化インジウムガリウムを得るための積層順序によって優れた作用効果を奏するものであるから、InN/Gaモル比は本件発明の本質とは関係のないものである。 また、In/Gaモル比によって結晶性の程度に差が生じるとしても、依然として従来なし得なかった極めて高品質なInGaNを得ることが可能である以上は、 本件発明の優位性は否定されないし、記載不備ともならない。 さらに、請求の範囲に特定していない事項は当業者が任意に設定することができる事項であるから、In/Gaモル比についても当業者が適宜設定すればよく、In/Gaモル比が取り得るすべての範囲にわたって実施例として記載されている必要はない。 (2) 「GaN層よりも低温で成長させるバッファ層」、「バッファ層よりも高温で成長させたGaN層」について 低温成長バッファ層は本件発明の出願時において周知技術であるから、当該技術分野に長けた当業者は低温成長バッファ層の成長温度について熟知していると考えられる。 したがって、低温成長バッファ層を採用するに当たり適切な温度を選択することが可能であるから、本件発明は容易に実施することができるのである。 したがって、明細書を見た技術専門家たる当業者が発明を実施することができるので実施可能要件は充足されている。 (3) 基板、バッファ層の材料が記載されていない不備があるとの主張について 上記のように「バッファ層」は、本件発明の出願当時、当業者に周知な技術事項であった「低温成長バッファ層」である。 したがって、当業者であれば、明細書の記載に基づき、出願当時当業者に周知な「低温成長バッファ層」の技術的事項を参酌して、本件発明を容易に実施することができるのであり、請求項1に基板及びバッファ層の材料が記載されていないことは法36条の予定する記載不備に当たらない。 (4) 平成12年2月23日付け訂正請求に係る訂正事項は、「窒化ガリウム層または窒化ガリウムアルミニウム層」を「窒化ガリウム層」に減縮し、窒化インジウムガリウム層が「同じく有機金属気相成長法」により成長されることを限定するとともに、この成長に使用される原料ガスが「ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガスとを用い」ていることを明確にするために、記載位置を変更したものであり、「ガリウム源のガスと、インジウム源のガスと、窒素源のガス」とが成長に必要な層はInGaN層であることは明らかであり、バッファ層とGaN層の成長にインジウム源のガスが必要であると当業者が考えることはない。 以上のとおり、この点を明確にするために被告は原料ガスの記載位置を訂正したのである。 したがって、審決の「何源の原料ガスを使用するかは自明であるからこれを特定する必要はないものと認められる」とした判断に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明について (1) 平成12年2月23日付け訂正請求(同年3月1日付け異議決定により訂正認容)による訂正後の本件発明の特許請求の範囲の記載が前記第2の2のとおりであることは争いがない(なお、上記訂正の適否につき争いがあるが、以下では、審決が判断の対象とした訂正後の請求項1ないし4記載の発明(本件発明1ないし4)につき、審決の認定判断の当否を検討する。)。 (2) 甲第10号証によれば、本件明細書(前記訂正請求書に添付された全文訂正明細書)の発明の詳細な説明欄には、産業上の利用分野、従来技術並びに本件発明の課題、作用及び効果に関して、次のとおり記載されていることが認められる。 @【産業上の利用分野】「本発明は青色発光ダイオード、青色レーザーダイオード等に使用される窒化インジウムガリウム半導体の成長方法に関する。」(段落【0001】) A【従来の技術】「青色ダイオード、青色レーザーダイオード等に使用される実用的な半導体材料として・・・等の窒化ガリウム系化合物半導体が注目されており、その中でもInGaNはバンドギャップが2eV〜3.4eVまであるため非常に有望視されている。従来、有機金属気相成長法(以下MOCVD法という。)によりInGaNを成長させる場合、成長温度500℃〜600℃の低温で、サファイア基板上に成長されていた。なぜなら、InNの融点はおよそ500℃、GaNの融点はおよそ1000℃であるため、600℃以上の高温でInGaNを成長させると、・・・InGaNが殆ど分解してしまい、形成されるものはGaのメタルとInのメタルの堆積物のみになってしまうからである。従って、従来InGaNを成長させようとする場合は成長温度を低温に保持しなければならなかった。」(段落【0002】、【0003】) B【発明が解決しようとする課題】「このような条件の下で成長されたInGaNの結晶性は非常に悪く、・・・・青色発光が観測されたことはなかった。しかも、・・・その結晶性は、単結晶というよりも、アモルファス状結晶に近いのが実状であった。青色発光ダイオード、青色レーザーダイオード等の青色発光デバイスを実現するためには、高品質で、かつ優れた結晶性を有するInGaNの実現が強く望まれている。よって、本発明はこの問題を解決するべくなされたものであり、 その目的とするところは、高品質で結晶性に優れたInGaNの成長方法を提供するものである。」(段落【0004】、【0005】) C【課題を解決するための手段】「InGaNをMOCVD法で成長するにあたり、従来のようにサファイア基板の上に成長させず、次に成長させるGaN層よりも低温で成長させるバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させた該GaN層の上に成長させることによりその結晶性が格段に向上することを新規に見出した。」(段落【0006】) D【作用】「最も好ましい本発明の成長方法によると、原料ガスのキャリアガスを窒素ガスとして、600℃より高い成長温度において、InGaNの分解を抑制することができ、またInNが多少分解しても、原料ガス中のインジウムを多く供給することにより高品質なInGaNを得ることができる。 さらに、従来ではサファイア基板の上にInGaN層を成長させていたが、サファイアとInGaNとでは格子定数不整がおよそ15%以上もあるため、得られた結晶の結晶性が悪くなると考えられる。一方、本発明ではGaNの上に成長させることにより、その格子定数不整を5%以下と小さくすることができるため、結晶性に優れたInGaNを形成することができる。・・・本発明では明らかに結晶性が向上しているために450nmの青色領域に発光ピークが現れている。」(段落【0013】【0014】) E【実施例】「石英ノズル5から水素を流しながらヒーター3で温度を1050℃まで上昇させ、20分保持しサファイア基板7のクリーニングを行う。続いて、 温度を510℃まで下げ、・・・GaNバッファ層を約200オングストローム成長する。・・・バッファ層成長後、TMGのみ止めて、温度を1030℃まで上昇させる。温度が1030℃になったら、・・・GaN層を2μm成長させる。GaN層成長後、温度を800℃にして、・・・InGaNを60分間成長させる。」(段落【0017】〜【0020】) F【発明の効果】「本発明の成長方法によると従来では不可能であったInGaN層の単結晶を成長させることができる。また、GaN層を成長させる前にサファイア基板上に低温でバッファ層を成長させることにより、その上に成長させるGaN層の結晶性が更に向上するため、InGaNの結晶性もよくすることができる。」(段落【0028】) (3) 上記各記載によれば、本件発明1は、青色発光デバイスを実現するのに必要な優れた結晶性を有するInGaNを成長させる方法に係るものであって、 ア 有機金属気相成長法(MOCVD)により、基板(T:発明の詳細な説明によればサファイア基板)の上に、低温成長のバッファ層(U)、当該バッファ層よりも高温で成長させるGaN層(V)、を順に成長させ、更にその上にInGaN半導体層(W)を成長させることを特徴とし、 イ バッファ層(U)の役割は、「GaN層を成長させる前にサファイア基板上に低温でバッファ層を成長させることにより、その上に成長させるGaN層の結晶性が更に向上するため、InGaNの結晶性もよくすることができる。」(発明の効果、段落【0028】)と記載されているとおり、GaN層(V)の結晶性を向上させることにあること、 ウ バッファ層(U)の上に成長させるGaN層(V)の役割は、「従来ではサファイア基板の上にInGaN層を成長させていたが、サファイアとInGaNとでは格子定数不整がおよそ15%以上もあるため、得られた結晶の結晶性が悪くなると考えられる。一方、本発明ではGaNの上に成長させることにより、その格子定数不整を5%以下と小さくすることができるため、結晶性に優れたInGaNを形成することができる。」(段落【0014】)と記載されているように、サファイア基板(T)とInGaN層(W)との格子定数不整合を、InGaNとの格子定数不整合の小さいGaN層(V)を介在させることにより緩和して、InGaN層の結晶性を向上させることにあることが認められる。 (4) 本件発明2は、本件発明1における原料ガスのキャリアガスを窒素に限定し、本件発明3はInGaN半導体層(W)の成長温度を600℃より高い温度に限定し、本件発明4は、InGaN半導体層(W)を成長させるときのインジウム源のガス組成を、モル比でガリウム1に対しインジウム0.1以上(Ga/Inモル比0.1以上)と限定したものであると認められる。 2 取消事由2(容易推考性の判断の誤り)について (1) 本件では、本件特許の新規性、進歩性等を判断する基準時を、@第1基礎出願日(平成4年(1992年)6月10日)、A第2基礎出願日(平成4年11月4日)、B手続補正書提出日(平成9年(1997年)12月3日)のいずれとみるかが争点の1つとなっているが、以下では、まず、基準時が上記@、A、Bのいずれであるかにかかわりなく本件特許出願前の公知文献と認められる刊行物1、2、8、9(甲第21、第22、第28、第15号証)に基づく容易推考性(原告ら主張の取消事由2)について検討することとする。 (2) 刊行物2に基づく本件発明の容易推考性について ア 甲第22号証によれば、刊行物2(特開平3-203388号公報)に次の記載があることが認められる。 @特許請求の範囲の(1)に、 「窒化処理した基板と、この基板上に形成したバッファ層と、このバッファ層上に形成したGaXIn1-XN層(0≦X≦1)のpn接合構造とを備え、前記バッファ層がAlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAlZGa1-ZN層(0≦Z≦1)のうちの少なくとも一層である半導体発光素子」との記載、 A特許請求の範囲の(3)に、 「キャリアガスとして、H2またはN2を用い、V族の原料ガスとして、有機In化合物、有機Al化合物、有機Ga化合物を用い、X族の原料ガスとしてNH3を用いて結晶成長を行う有機金属気相成長方法であって、 基板を昇温する際、NH3雰囲気中で行い、前記基板の表面を窒化処理した後に、この窒化処理した基板の表面に、バッファ層としてAlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAlZGa1-ZN層(0≦Z≦1)のうちの少なくとも一層を成長させる工程と、この表面にGaXIn1-XN層(0≦X≦1)のpn接合構造を形成する工程とを含む半導体発光素子の製造方法。」との記載、 B[発明が解決しようとする課題]欄に、 「しかしながら、このように、サファイア基板1上に、n-GaInN層41の結晶を直接エピタキシャル成長させると、サファイア基板1とn-GaInN層41との格子定数や熱膨張計数の整合性が悪くなる。すなわちサファイア基板1とn-GaInN層41との界面の結晶性が悪くなり、・・・。その結果、良質な結晶性を有するn-GaInN層41を得ることができない。このように、n-GaInN層41の結晶性が悪化することにより、・・・高品質なpn接合構造を形成するのが困難という問題があった。」(2頁左上欄16行〜右上欄15行)との記載、 C[課題を解決するための手段]欄に、上記@とAと同旨の記載(2頁左下欄9行〜右下欄14行)、 D[作用]欄に、 「この発明の半導体発光素子およびその製造方法によれば、窒化処理された基板上に、バッファ層として、AlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAlZGa1-ZN層(0≦Z≦1)のうちの少なくとも一層を形成することによって、その表面に形成したGaXIn1-XN層(0≦X≦1)層を、窒素を充分に含む高品質なものとすることができる」(2頁右下欄15行〜3頁左上欄3行)との記載、 E[実施例]欄に、 「・・・。その後、サファイア基板1の温度を950℃に下げて、バッファ層として厚さ0.5μmのAlN膜2を成長させる。このように、結晶成長前の昇温時に、サファイア基板1の表面を窒化処理し、薄いAlN膜を形成することにより、 この表面に形成するAlN膜2(バッファ層)とサファイア基板1との格子定数および熱膨張計数の整合性が共に良くなる。 次に第3図(b)に示すように、サファイア基板1の温度を800℃まで下げ、 AlN層2(バッファ層)の表面に、n型のGaXIn1-XN層3およびp型GaXIn1-XN層4を形成する。」(3頁左下欄14行〜右下欄5行)との記載、及び、 F同じく[実施例]欄に、 「以上はバッファ層としてAlN層2を形成した場合について説明したが、以下第1図および第3図に示すバッファ層(AlN層2)として、AlN/GaN歪超格子層またはAlzGa1-zN(0≦z≦1)層を形成した場合について以下説明する。 バッファ層の形成には、AlN層から徐々に組成を変えてGaN層にしていき、 AlN/GaN歪超格子層を形成する方法と、組成のみのAlzGa1-zN(0≦z≦1)層を形成する方法とがあるが、この表面に形成するGazIn1-zN(0≦z≦1)の結晶性は、後者に比較すると前者の方が優れる傾向がある。・・・バッファ層としてAlN/GaN歪超格子層を使用した場合、AlN/GaN歪超格子層は格子定数が大きく離れているために、通常用いられている格子定数が極めて近いAlAs/GaAs超格子に比べて、格子親和しやすく、格子欠陥をほとんど吸収し、また薄いAlN層で覆われたサファイア基板上の組成をAlN層から徐々にGaN層に変えていくことにより、欠陥なくGaN層まで形成することができる。さらにGaN層とGaXIn1-XN層との格子定数は近い。よって、 其の表面に形成したGaXIn1-XN層の結晶性は飛躍的に向上する」(4頁右上欄19行〜右下欄4行)との記載。 イ 上記ア摘示の各記載によれば、刊行物2は、サファイア基板上に直接InGaNをエピタキシャル成長させるという従来技術では半導体発光素子に適した高品質のpn接合を形成し得るだけの良質の結晶性を持ったGaInN層を形成することができないことを解決すべき課題として掲げ、この課題を解決するものとして、@有機金属気相成長法により、基板上にバッファ層を形成し、その上にGaXIn1-XN層(0≦X≦1)を形成して(サファイア基板/バッファ層/GaXIn1-XN層という層構成)、GaXIn1-XN層にpn接合を形成した半導体発光素子及びその製造方法を記載し、A「バッファ層」(「AlN層およびAlN/GaN歪超格子層およびAlZGa1-ZN層(0≦Z≦1)のうちの少なくとも一1層」)としてAlZGa1-ZN層(0≦Z≦1)を、また、「GaXIn1-XN層(0≦X≦1)」として、GaInN層(0<x<1)を、それぞれ記載していると認められる。さらに、刊行物2には、BGaXIn1-XN層(0≦X≦1)を気相成長法で成長させる際に、その成長の基礎となる層をGaN層(上記AlZGa1-ZN層(0≦Z≦1)でZ=0の場合に当たる)とすると、GaN層との結晶整合性がよいので、GaXIn1-XN層は結晶性が飛躍的に増大するとの知見が示されていることが認められる。 そして、基板とGaInN層との間に介在させる「バッファ層」については、前記アの@、C及びDのとおり、「・・・少なくとも一層」と記載されていることから、刊行物2記載の発明における「バッファ層」は、「1層」に限らず、「2層」であってもよいことが明らかである。 この点について、被告は、「・・・少なくとも一層」の意味は、「AlN層」、 「AlN/GaN歪超格子層」、「AlZGa1-ZN層(0≦Z≦1)」のうちのいずれか一種類のバッファ層を1層又は複数層積層することと解すべきであり、実施例としてもAlNバッファ層1層のみ有する構成しか具体的に説明、図示されていないと主張する。なるほど、刊行物2には、バッファ層を1層とした実施例のみが記載され2層の実施例がないことは被告の指摘するとおりであるが、そのことから直ちに刊行物2の発明におけるバッファ層が「1層」あるいは「同一種類の複数層」に限られると解することはできず、かえって、バッファ層の形成につき、「また薄いAlN層で覆われたサファイア基板上の組成をAlN層から徐々にGaN層にしていくことにより、欠陥なくGaN層まで形成することができる。」(前記アのF、甲第22号証の4頁左下欄5、6行)として、基板に近い部分の組成をAlN層、GaInN層直下の組成をGaN層とすることが記載されていることも含めて「バッファ層が・・・少なくとも一層」の意味を理解するときには、刊行物2には、バッファ層を2層とすることが、記載されているというべきである(なお、被告も、刊行物2の「バッファ層が・・・少なくとも一層」が、バッファ層が2層の場合も含むものであること自体は否定していない。被告が否定するのは、異種類の2層(複数層)のバッファ層である。)。 ウ そこで、刊行物2記載の発明において、バッファ層を2層とした構成(基板(T)/第1のバッファ層(U)/第2のバッファ層(V)/GaInN(W)という層構成)を考えると、GaInN層(W)の成長の基礎となる層(V)については、前記アFのとおり、刊行物2の中に、GaXIn1-XN層(0≦X≦1)を気相成長法により成長させる際に基礎となる層としてGaN層を用いるとGaXIn1-XN層の結晶性は飛躍的に増大する旨の教示が存在するのであるから、この層(V)をGaN層(GaXIn1-XN;X=0)とすることは極めて自然なことというべきである。 そうすると、刊行物2には、バッファ層が2層である場合の層構成として、基板(T)/第1のバッファ層(U)/GaN層(V)/GaInN層(W)という層構成が示唆されているといってよい。 エ ところで、複数層の結晶層を有機金属気相成長法により成長させる場合に、下地となる層の結晶に欠陥が少ない方が、欠陥が多い場合に較べて、その上に形成する層の結晶性が向上するであろうことは、技術常識からみて当然に予測されることであり、このことは、刊行物2中に、「・・・欠陥なくGaN層を形成することができる。さらにGaN層とGaxIn1-xNとの格子定数は近い。よって、その表面に形成したGaxIn1-xN層の結晶性は飛躍的に向上する」(前記アF)として、GaN層を欠陥なく形成することが(GaNとGaInNとの格子定数が近いことと相俟って)その上に形成するGaInN層の結晶性を向上させる旨の記載があることにも表れている。 そして、窒化ガリウム層(GaN)の結晶性を向上させるという点に関しては、 以下の(@)ないし(C)のとおり、甲第35号証の1(埼玉大学工学部教授、工学博士吉田貞史の意見書)の添付資料@、C及びF(甲第35号証の2、5及び8)、甲第34号証の1(大阪大学名誉教授、工学博士・理学博士難波進の意見書)の添付資料C(甲第34号証の5)等に、低温成長バッファ層の上に気相成長させることによりGaNの結晶性が改善することが記載されており、低温成長バッファ層を設けることで窒化ガリウム層の結晶性を向上させ得ることは第1基礎出願日(平成4年(1992年)6月10日)前に周知であったと認められる。 (@) 甲第35号証の2(特開昭52-23600号公報、1977年2月22日公開) 特許請求の範囲に、「基板上にまず基板温度1000℃以下において窒化ガリウムの気相成長を行って第1層となし、さらに基板温度を1000℃をこえる範囲に上げて上記第1層上に窒化ガリウム単結晶の成長方法」と記載され、詳細な説明欄に、「成長結晶が発光素子として利用できる条件として電気特性が良い事は当然であるが均質な膜状結晶であることも不可欠である。・・・本発明はGaN結晶成長における上述の問題点を解決し、電気特性が良い均質な膜状GaN結晶を得る方法である。」(1頁右欄15行〜2頁左上欄4行)、及び「以上のように、本発明は気相成長法による窒化ガリウム結晶成長において、基板上にまず1000℃以下においてGaNの気相成長を行って第1層となし、さらに基板温度を1000℃をこえる範囲に上げて上記第1層上にGaNの第2層を気相成長させることを特徴とするもので、電気特性の良い均質な膜状単結晶を得ることができる。」(2頁左下欄7行〜13行)と記載されている。 すなわち、気相成長法により、基板に窒化ガリウム層(GaN)を下地層として成長させ、その上に、当該下地層より高温で窒化ガリウム層(GaN)を成長させるという点が示されている。 (A) 甲第35号証の5(日本結晶学会誌 vol.15 No.3 & 4、1988、 平松和政外「MOVPE法によるサファイア基板上のGaN結晶成長におけるバッファ層の効果」) 「§1 はじめに」において、「われわれは,MOVPE法において成長層と基板との間にエピタキシャル温度よりも低い温度で単結晶でないバッファ層を堆積させることを提案した。すなわち、バッファ層としてAlNを用いこれを通常のエピタキシャル温度(〜1200℃)よりも低い温度で堆積させその上にGaN層を成長させることにより、GaN膜の結晶学的特性のみならず光学的特性、さらに電気的特性も従来のどの方法よりも改善されることを見いだし、さらにこの方法を拡張することにより高効率のGaN青色LEDが実現できることを報告した。このようなバッファ層の導入は、・・・など、格子不整合度の大きいヘテロエピタキシャル成長をはじめ、種々の結晶成長において近年広く適用されている。」(74頁右欄下から2行目〜75頁左欄14行)と記載され、「§2 AlNバッファ層およびGaN膜の形成」及び「§3 AlNバッファ層の効果」において、「AlNバッファ層は600〜950℃で堆積させ、GaN膜は1040℃で成長させた」(75頁右欄9、10行)、「AlNバッファ層の膜厚は〜500Åである。」(同頁右欄16、17行)、「このことは、AlNバッファ層を用いることにより、深い準位の原因となっている結晶欠陥あるいは不純物が大幅に低減していることを示唆している。」(76頁右欄17行〜20行)と記載されている。 すなわち、基板に低温で成長させた窒化アルミニウム層(AlN)をバッファ層として、窒化ガリウム層(GaN)をバッファ層の成長温度より高温で成長させること(AlN低温成長バッファ層/GaN層という層構成)、及びこれによって得られる窒化ガリウム層(GaN)の結晶性が向上したことが示されている。 (B) 甲第35号証の8(JAPANESE JOURNAL OF APPLIED PHYSICS VOL.30. NO.10A、OCTOBER 1991, pp.L1705-L1707「GaN Growth Using GaN Buffer Layer」) 冒頭要旨欄に、サファイア基板上にGaNバッファ層を用いて高品質のGaN膜を得たことが記載され、「§2.Experimental」において、GaNバッファ層を450℃〜600℃の間で成長させ(膜厚100Å〜1200Å)、次いで、当該バッファ層の上に1000℃〜1030℃の間でGaN膜を成長させることが記載されている。 (C) 甲第34号証の5(特開平4-297023号公報、1992年10月21日公開。第1基礎出願日後、第2基礎出願日前の公開である。) 【0008】【課題を解決するための手段】に、「本発明の窒化ガリウム系化合物半導体の結晶成長方法は、反応容器内に反応ガスを供給し、低温で成長させるバッファ層の上に、高温で成長させる窒化ガリウム系化合物半導体の結晶を成長させる方法であって、前記バッファ層の一般式がGaXIn1-XNで表されることを特徴とするものである。但しXは0 上記(i)ないし(C)の各資料に記載されたところからすれば、GaNを気相成長法により形成する手段として、基板上にバッファ層(AlN、GaN)を形成すること、及びバッファ層がGANの結晶性の向上に果たす作用については周知であり、また、GaN層を成長させる下地となるバッファ層を当該GaN成長温度より低温で成長させること、当該低温として本件発明の実施例に記載された510℃前後とすること等は、当業者にとって周知慣用手段であったと認められる。 なお、低温で成長させたバッファ層を介して、バッファ層よりも高温で成長させたGaN層を成長させる方法、及び、この状態で成長させたGaN層はバッファ層を設けない方法で成長させたGaN層に比較して結晶性を相当に向上させることができることが第1基礎出願日前に広く知られていたことは、被告の認めるところであり、審決も、審判における原告豊田合成の記載不備の主張に対して、「AlNやGaNのバッファ層をその上に成長させるGaN層よりも低い堆積温度で形成するとよいGaNの結晶を形成することができることは周知の事項であり」(審決書5頁21行〜23行)と認定している。 オ 以上説示したところをまとめると、刊行物2には、2層のバッファ層を設けることが記載されているということができ、また、良好な結晶性を備えたInGaN層を成長させるとの観点から、InGaN層を成長させる基礎となる層(同刊行物にいう「バッファ層」のうちの1層)をInGaN層との格子不整合の少ないGaN層とすることも示唆されており、したがって、基板(T)/第1のバッファ層(U)/GaN層(V)/GaInN層(W)とする本件発明1と同様の層構成が示唆されているというべきである。 そして、刊行物2に関する上記認定に係る事実とGaN層の成長手法として当該GaN層の下にバッファ層を低温で成長させることが周知慣用の手段と認められることとを総合すると、本件発明1は、刊行物2に開示された事項及び低温成長バッファ層の上に成長させるGaN層に関する周知慣用の技術に基づいて、当業者が容易に想到し得たものと認めることができる。これと異なる判断をした審決は、層構成及び成長温度に関して、刊行物2及び慣用手段の認定を誤った結果、本件発明1の進歩性の判断を誤ったものというべきである。 カ 被告は、@刊行物2において、一般式AlzGa1-zN(0≦Z≦1)で表されるバッファ層につき、Z=0としてGaNを形成した実施例は記載されていない、A当該バッファ層を本件発明のGaN層としてとらえ、更にバッファ層を設けるという、複数のバッファ層を設けた実施例も記載されていない、また、 Bバッファ層を2層以上設けた場合の効果、及び上記一般式のZ=0としてGaNを形成した場合の結晶性の改善等の効果についても何ら記載されていないと主張し、これらの点から、審決が、刊行物2に記載された発明は、バッファ層の上に直接InGaN層を成長させるものであり、成長温度にも上記限定はない点において本件発明1と相違し、刊行物に上記相違点に係る構成を開示するものはないから、 「刊行物2の記載に基づいて、バッファ層を上層がGaNである2層とし、各層で成長温度を変え、下の層のバッファ層を低温で成長させるようにすることが、当業者にとって容易であるとすることはできない」(審決書22頁16行〜19行)としたことに誤りはないと主張する。 しかしながら、刊行物2にZ=0としてGaNを形成した実施例が記載されていないことは被告主張のとおりとしても、一般式AlzGa1-zN層(0≦Z≦1)で表されるバッファ層がZ=0であるGaN層であってよいことは上記一般式の記載自体から明らかであって、特にZ=0とすることを妨げる事情があるとも認められず、また、GaN層上に形成したInGaN層の結晶性は飛躍的に向上する旨の記載があることからすれば、刊行物2は、InGaN層の直下の層をGaN層とする積層構成を示唆しているといってよい。 また、複数のバッファ層を形成した実施例が記載されていないとしても、「少なくとも1層」のバッファ層という記載が2層のバッファ層を設ける構成を含意していることは前示のとおりであり、刊行物2には2層のバッファ層という構成が記載されているというべきである。 さらに、被告は、本件発明1は、基板/低温成長バッファ層/GaN層/InGaN層という積層構成を特徴とし、この積層構成により従来技術よりも結晶性の格段に優れたInGaNを成長させることを可能としたものであるところ、刊行物2にはバッファ層を2層にして、基板/バッファ層/GaN層/InGaN層という構成としたときの効果につき記載がないと主張する。なるほど、甲第7、第10号証によると、本件明細書には、実施例(特定の成長条件でサファイア基板上に成長させたGaNバッファ層(約200Å)/GaN層(約2μm)/InGaN層という層構成のもの)のもので、図2に示されるフォトルミネッセンスのスペクトルが450nmにピークの現れる良質のInGaNを実現したことを窺わせる記載があるのに対し、刊行物2にはこれと同等の効果の記載がないことが認められる。しかし、本件明細書に記載されているものは、特定の成長条件の下でサファイア基板上に低温成長GaNバッファ層、GAN層、InGaN層を順次成長させた実施例の効果(この記載された効果が刊行物2から想到容易な構成のものについて予測される効果を超える顕著な効果といえるかどうかはひとまず措く。)であるということはできても、それが、本件発明1の構成を有するものに共通する効果、すなわち、被告が本件発明1の本質的特徴であり特異な構成であると主張するところの、 低温成長バッファ層の種類、基板の材料、各層の成長条件等につき具体的な限定を伴わない、基板/低温成長バッファ層/GaN層/InGaN層という積層構成そのものに基づいて得られる効果であるとは認め難い。そして、本件全証拠を検討しても、本件発明1の構成自体に基づいて、刊行物2記載の発明に周知の低温成長バッファ層に関する技術を適用した構成と格段に異なる予測し難い効果が奏されることを認めるに足りる証拠はない。 したがって、上記@、A及びBの点についての被告主張は採用することができない。 キ 以上のとおりであるから、本件発明1は、刊行物2記載の発明と周知技術とに基づいて、当業者が容易に推考し得たものというべきであり、これと異なる認定をした審決は、本件発明1の進歩性についての判断を誤ったものというべきである。 (3) 本件発明2ないし4について 本件発明2ないし4は、本件発明1の構成要件に、@原料ガスのキャリアガスとして窒素を用いる、AInGaNを600℃より高い温度で成長させる、BIn/Gaモル比を0.1以上とする、という限定を加えるものであるが、この@及びAの事項は、前記(2)アA及びEのとおり刊行物2(甲第22号証)に記載されており、Bの事項も刊行物2の3頁右下欄12行〜4頁2行に記載されているほか、 甲第27号証(158頁左欄7行〜右欄2行(訳文3頁8行〜28行)及び同頁のFig.1)、甲第28号証(刊行物8、36頁Table2.(モル比1))、甲第36号証(634頁〜635頁の2.Film Growth(訳文2頁))によると周知と認められる。 してみると、本件発明2ないし4も刊行物2に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものというべきである。 (4) 付言 なお、審判の段階では提出されなかった証拠であるが、甲第41、第45ないし第48、第50号証によれば、名古屋大学大学院工学研究科に在籍していた小澤隆弘は、第1基礎出願日前である昭和62年(1987年)3月に、「TMG・TMI-NH3系のMOVPE」と題する修士学位論文(以下「小澤論文」という。)を同大学に提出したこと、小澤論文には、「結晶成長法としてMOVPE法を用い、良質のIn1-xGaxN膜の実現可能性について検討した」(小澤論文6頁11、12行)研究において、「GaNは現在比較的良好な結晶が得られているため、GaNモル分率の多い組成領域での結晶成長を行った。サファイア基板上にAlNバッファ層を950℃で30秒間成長させた後、ノンドープGaNを1030℃で4分間成長させ、その上にIn1-xGaxN混晶を連続成長させている。混晶層の成長条件を表2-2に示す。」(9頁17行〜10頁2行)と記載されていることが認められる(表2-2には、成長温度1030℃、成長時間30minと記載されており、原料ガス中のIn/Gaモル比は同表の記載から0.03〜0.5と認められる。)。 また、甲第45、第51、第54ないし第56号証によれば、小澤論文は、同大学に提出された原本からの複写物を作成して、昭和62年3月ころ、小澤隆弘が所属していた赤崎研究室のメンバー及び外部の研究者に配布されたこと、その内容は論文提出に先立つ昭和62年2月ころ、同大学工学部教室で開催された学外者も出席可能な修士論文発表会(20数名が出席)で発表されていること、及び小澤論文の原本は、名古屋大学工学部・工学研究科電気系図書館に同年3月に受け入れられ、製本されて、請求により第三者が閲覧及び複写が可能な状態で同図書館に所蔵されていることが認められる。 大学院修士課程に在籍した小澤隆弘によって1987年(昭和62年)ころ、既に、良質のInGaN膜を得ることを目的として、当時、比較的良好な結晶が得られていたGaNの上にInGaN層を成長させようという発想に基づいて、サファイア基板/低温成長AlNバッファ層/GaN層/InGaN層という構成のものが作製され、発光特性等の評価の対象とされていたことは、InGaN系半導体発光素子に適したInGaN膜の作成方法に関する当時の技術水準を示すものとしてみることができ、このことは、当業者が刊行物2(平成3年9月公開)の開示に基づいて、基板/低温成長AlNバッファ層/GaN層/InGaNという層構成に容易に想到し得たことを推認させる事情の一つであるということができる。 3 結論 以上のとおりであるから、本件発明1ないし4は、刊行物2及び周知技術に基づいて、当業者が容易に想到し得たものと認められる。これと反対の認定判断をして、原告らの無効審判請求は成り立たないとした審決は、誤りであり、原告らのその余の主張につき判断するまでもなく、取消しを免れない。 よって、原告らの請求は理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
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裁判官 | 古城春実 |
裁判官 | 田中昌利 |