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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ11630損害賠償請求事件 判例 特許
平成14ワ10511特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ12586特許権侵害差止等請求事件 平成13ワ3381特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ17298損害賠償等請求事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  実質的に同一 /  共有 /  実施料相当額 /  権利の濫用(権利濫用) /  参酌 /  均等 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  実施権 /  通常実施権 /  独占的通常実施権 /  請求の範囲 /  異議申立 / 
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事件 平成 13年 (ワ) 8137号 特許権使用差止等請求事件
原告 ポーライト株式会社
原告A
原告B
原告ら訴訟代理人弁護士 寒河江 孝允
同 武藤元
原告ら補佐人弁理士 吉村公一
被告 日本科学冶金株式会社
訴訟代理人弁護士 山上和則
同 西山宏昭
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2002/07/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙被告物件目録(1)記載の製法(以下「被告製法」という。)を用いて,別紙被告物件目録(2)の製品(以下「被告製品」という。)を製造,販売してはならない。
2 被告は,原告Aに対し金800万円,原告Bに対し金800万円及び原告ポーライト株式会社に対し金8400万円,並びにこれらに対する平成13年6月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,原告らが被告に対し,後記の特許権侵害を理由に被告製品の製造,販売等の差止及び損害賠償を求めた事案である。
1 争いのない事実等 (1) 原告A及び原告Bは,次の特許権(以下,「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)を共有し,原告ポーライト株式会社は,本件特許権の独占的通常実施権を有する(弁論の全趣旨)。
発明の名称 焼結軸受材の製造法 出願日 昭和63年6月28日 公告日 平成8年1月24日 登録日 平成10年11月27日 登録番号 特許第2139278号 (2) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
「比較的小径部と比較的大径部との間に段部を形成したコアを用い,該段付コアと金型との間に装入された原料粉を圧粉成形し前記した段付コアの段料(段部の誤記と認める。)両側で内孔を成形した筒状体とする圧粉成形工程と,この圧粉成形体を焼結してから上記した比較的小径部と同径状態のサイジングコアと絞り部を有する金型内に上記焼結を経た焼結体を装入し,前記した段付コアの比較的大径部による成形端部側を上記絞り部とサイジングコアとの間で絞り成形しながらサイジングする工程とを有することを特徴とした焼結軸受材の製造法。」 (3) 被告は,被告製法を用いて,被告製品を製造,販売している(ただし,別紙被告物件目録(2)記載の製品(A)については争いがある。)。
(4) 被告製法は,本件発明の技術的範囲に属する。
2 争点 (1) 本件特許に以下の無効理由が存在することが明らかであり,原告の請求は権利の濫用に当たるか。
ア 本件発明は,特開昭63-87154号公報(以下「引用例1」という。乙3の2)に記載された発明に基づき当業者が容易に発明することができたか。
イ 本件発明は,特開昭55-144751号公報(以下「引用例2」という。乙12)に記載された発明に基づき当業者が容易に発明することができたか。
(2) 損害額はいくらか。
3 当事者の主張 (1) 明らかな無効理由の存在(引用例1) (被告の主張) ア 引用例1記載の発明 本件発明に係る特許出願(以下「本件特許出願」という。)前に頒布された特開昭63-87154号公報(引用例1)には,その明細書及び図面に,次のとおりの発明(以下「引用例1記載の発明」という。)が開示されている。
「他端(12)に小径部(14)と一端(11)側をそれより僅かに大径の透孔(13)とした含油合金製の,粉末成形法によって円筒状の軸受け部材(10)を作り,上記小径部(14)及び透孔(13)にわたって,小径部(14)の内径に等しい外径のサイジング・バー(16)を挿通させた後,軸受部材(10)の一端(11)側をサイジング・バー(16)と共に取付部材(7)の孔(8)内に圧入し,圧入部(15)の外径及び内径を小さくして小径部(14)の内径に等しくし,サイジング・バー(16)を抜き取ることを特徴とした粉末成型法による含油合金軸受けの製造法」 イ 引用例1記載の発明と本件発明との一致点 (ア) 引用例1記載の発明の「他端(12)に小径部(14)と一端(11)側をそれより僅かに大径の透孔(13)とした含油合金製の,粉末成形法によって円筒状の軸受け部材(10)を作り」は,本件発明の「比較的小径部と比較的大径部との間に段部を形成したコアを用い,該段付コアと金型との間に装入された原料粉を圧粉成形し前記した段付コアの段料(段部の誤記と認める。)両側で内孔を成形した筒状体とする圧粉成形工程と,この圧粉成形体を焼結し」に相当する。
引用例1記載の発明の「粉末成型法による含油合金軸受け」は,本件発明の「焼結軸受材」に相当する。
引用例1記載の発明の「小径部(14)及び透孔(13)にわたって,小径部(14)の内径に等しい外径のサイジング・バー(16)を挿通させた後,軸受部材(10)の一端(11)側をサイジング・バー(16)と共に取付部材(7)の孔(8)内に圧入し,圧入部(15)の外径及び内径を小さくして小径部(14)の内径に等しくし,サイジング・バー(16)を抜き取る」は,本件発明の「比較的小径部と同径状態のサイジングコアと絞り部を有する金型内に上記焼結を経た焼結体を装入し,前記した段付コアの比較的大径部による成形端部側を上記絞り部とサイジングコアとの間で絞り成形しながらサイジングする工程」に相当する。
(イ) したがって,両発明は,「比較的小径部と比較的大径部との間に段部を有し,原料粉を圧粉成形し前記段部両側で内孔を成形した筒状体とする圧粉成形工程と,この圧粉成形体を焼結してから,比較的大径部による成形端部側を絞り成形しながらサイジングする工程とを有することを特徴とした焼結軸受材の製造法である」点において一致する。
ウ 引用例1記載の発明と本件発明との相違点 (ア) 圧粉成形工程について,本件発明では,比較的小径部と比較的大径部との間に段部を形成したコアを用い,当段付コアと金型との間に装入された原料粉を圧粉成形し前記段付コアの段部両側で内孔を成形した筒状体とする圧粉成形工程としているのに対し,引用例1記載の発明では,この点が明確に開示されていない。
(イ) サイジングする工程について,本件発明では,比較的小径部と同径状態のサイジングコアと絞り部を有する金型内に上記焼結体を装入し,前記した段付コアの比較的大径部による成形端部側を上記絞り部とサイジングコアとの間で絞り成形しながらサイジングするとしているのに対し,引用例1記載の発明では,小径部(14)及び透孔(13)にわたって,小径部(14)の内径に等しい外径のサイジング・バー(16)を挿通させた後,軸受部材(10)の一端(11)側をサイジング・バー(16)と共に取付部材(7)の孔(8)内に圧入し,圧入部(15)の外径及び内径を小さくして小径部(14)の内径に等しくし,サイジング・バー(16)を抜き取るとしている。
容易想到性 (ア) 相違点(ア)について 圧粉成形工程において,外径に合った外型と内径に合ったコアを使用することは,焼結前の圧粉成形の慣用の手段にすぎない。
(イ) 相違点(イ)について 絞り成形しながらサイジングする工程において,サイジングコアと絞り部を有し該絞り部にガイドをなす部材と金型内に焼結体を装入し,成型物品の一端側を上記絞り部とサイジングコアとの間で絞り成形しながらサイジングすることは,特公昭54-26969号公報(乙3の3)に記載されるように従来周知の技術事項にすぎない。また,サイジングコアと絞り部を有する金型を使用した絞り成形は,本件発明の焼結含油軸受のみならず,中空軸の成形にも用いられる極めて一般的な手法で,例えば,特開昭56-11119号公報(以下「引用例3」という。乙18)にも開示されている。
そうすると,相違点(イ)は,特公昭54-26969号公報(乙3の3)や引用例3に記載されたような従来周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に想到できたものである。
オ 小括 以上のとおり,本件発明は,引用例1記載の発明に基づき,周知の技術的事項を適用することにより当業者が容易に発明できたものであって,特許法29条2項に該当する無効理由のあることが明らかである。
なお,引用例1に係る無効理由が存在することは,次のことからも裏付けられる。すなわち,本件特許には,本件特許出願を親出願とする分割出願に係る特許(以下「分割出願特許」という。乙1)が存在し,分割出願特許の請求項2の発明(以下「分割出願発明」という。)は本件発明と実質的に同一であった。分割出願特許に対して2件の特許異議が申し立てられ(乙2の1,3の1),特許庁審判官は,分割出願特許について取消理由通知(乙4)を発した。同取消理由は,本件発明が,引用例1記載の発明及び特公昭54-26969号公報(乙3の3)に記載されたような従来周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明できたものであって,特許法29条2項に該当するという内容であった。次いで,特許庁審判官は,上記特許異議の申立てについて,分割出願特許を取り消す旨の決定をした(乙10)が,その理由は,上記取消理由通知に係る取消理由と同一であり,同決定は確定した。上記異議決定に関する経緯からも,本件発明が特許法29条項2項に該当することは明らかである。
(原告らの反論) ア 引用例1記載の発明の技術内容 (ア) 引用例1記載の発明は,軸受材の一端の大きい方の内径を,他端の小さい方の内径に等しくすべく縮径させる手段として,サイジング・バー(16)と共に,小型モータなどの,本来的に軸受材を取り付けるべき取付部材(7)に形成された孔(8)内に圧入させる手法をとる。この「圧入」は,外径D0の軸受部材(10)の一端を,これより径の小さい孔(8)内に無理やり嵌め込む(無理嵌装させる)ことにより,「圧入歪」を生じさせて縮径させるというものであり,そのため,軸受部材の圧入に際して必然的に軸受部材の圧入部側における端部の金属組織が圧入歪により内径方向への縮径のみならず,圧入方向(軸長方向)に向けても伸びを生じる。また,圧入させる取付部材の孔(8)についてもダイヤモンドバイトを用いるなどして切削加工を施さない限り真円の高精度を維持することは極めて難しい。
その結果,圧入された軸受材としての精度に著しいバラツキ(不均一性)を生ずることになる。
(イ) 引用例1記載の発明は,軸受部材(10)の比較的薄肉に形成された中間部(透孔(13)の部分)が,圧入時において,その外周側に格別の支えが存在しないため,圧入による座屈を生じて外周側へ膨出しやすくなる結果,軸受材製品として,左右両端軸受部における同軸精度及び内径精度(真円度,内径寸法)にバラツキを生じやすい。
イ 本件発明の特徴 (ア) 本件発明は,圧粉成形体を焼結した焼結体4の片側を絞り成形するものであり,絞り成形するとは,金型15の内周面に焼結体4の進行方向に向けて次第に内径を縮径させた絞り部16を形成し,焼結体4を上パンチ13aにより押入させて先端部を上記絞り部16を通過させることにより焼結体4の片側を内径方向に向けて縮径させることを意味する。この工法により,周(ラジアル)方向にかけて均等な縮径を可能とし,引用例1記載の発明における前記ア(ア)の欠点,すなわち軸受部材の圧入に際して必然的に軸受部材の圧入部側における端部の金属組織が縮径方向のみならず圧入方向(軸長方向)に向けての伸びを生じたり,圧入すべき取付部材の孔の真円度不足による軸受材としての精度の著しいバラツキを生じたりするのを防止することができる。
(イ) また,本件発明は,上記した絞り成形をサイジング金型そのものを利用して行うものである。すなわち,圧粉成形体を焼結した焼結体4は,その後の工程において本件特許公報第2図に記載のサイジング設備を用いてサイジング処理される(本件特許公報(甲2)4欄39行〜42行)。この場合のサイジング設備とは,同公報第2図に示されている金型15を中心としたサイジングコア11aと下ガイドコア11b,さらに該下ガイドコア11bに沿って操作される小径の下パンチ13b,及び上記サイジングコア11aに沿って圧下される上パンチ13aからなるものであり,しかも上記金型15には絞り部16が設けられている。
このような絞り部16付きのサイジング金型15内に,サイジングコア11aを挿通させた焼結体4を,小径孔4bの反対側端部を先頭に装入し,上パンチ13aにより絞り部16に向けて押圧することにより焼結体4の先端を絞り部16に沿って内径方向に絞るとともに,装入した焼結体4の先端を下ガイドコア11bに沿って操作される小径の下パンチ13bにより,後端をサイジングコア11aに沿って圧下される上パンチ13aにより,外周側面を金型15の内壁面により,軸受部となる内周面両端をサイジングコア11aにより,それぞれ完全に規制しつつ矯正絞り成形して目的とする製品14を得るものである。
したがって,本件発明は,引用例1記載の発明の前記ア(イ)の欠点,すなわち圧入時に軸受部材(10)の比較的薄肉に形成された中間部(透孔13)が,その外周側に格別の支えが存在しないために,圧入による座屈を生じて外周側へ膨出しやすくなる結果,軸受材製品として精度にバラツキを生じやすいという欠点を解消するものである。
ウ 本件発明と引用例1記載の発明の相違点 本件発明は,上記イ(ア)及び(イ)の特徴を備え,これにより,軸受部となる両端の内径公差のみならず,全長公差,外周公差及び同軸度精度に至るまで,軸受全体にわたる各部の規定寸法を厳密に保持させるべく1個の金型内において同時的に成形することができる。
これに対し,引用例1記載の発明は,本件発明の上記特徴を備えておらず,また,取付部材(ボス)への圧入そのものが寸法精度の向上を直接の目的とするものでもない。これらの点において,引用例1記載の発明は,本件発明と発明の具体的構成及び作用効果において著しい相違がある。
したがって,本件発明と引用例1記載の発明とを比較した場合,圧粉成形した焼結体を,絞り部を有するサイジング金型を用い,比較的小径部と同径状態のサイジングコアと絞り部を有する金型内に装入し,比較的大径の成形端部側を絞り部とサイジングコアとの間で両端軸受の同軸度,及び外周面並びに軸長方向の寸法制度を規制しつつ絞り成形しながらサイジングするようにした本件発明の製造法に比して,引用例1記載の発明は,同軸精度及び内径精度(真円度,内径寸法)のいずれにおいても高精度を維持できないから各種オーディオや通信機器類などの高精度を要求されるモータ軸に適さないという課題を有しており,この点において,引用例1記載の発明は,本件発明と相違する。
容易想到性について (ア) 特公昭54-26969号公報(乙3の3) 特公昭54-26969号公報(乙3の3)に記載された発明は,内径両端部を拡開させて軸受部をつづみ型に形成することにより回転軸と軸受との当たりを改善して長寿命で作動円滑な焼結含油軸受を得るようにしたものであり,本件発明における両端軸受の同軸度及び内径精度(真円度,内径寸法)を維持するための絞り加工とは異なり,また,「中逃げ型軸受」を製造するための具体的方法を示唆するものではない。したがって,引用例1記載の発明に,特公昭54-26969号公報(乙3の3)に係る周知技術を用いることにより,本件発明が容易に想到できたというべきではない。
(イ) 引用例3 引用例1記載の発明に,引用例3に係る周知技術を用いることにより,本件発明が容易に想到できたというべきでない。
なお,引用例3は,本件特許の出願公告後の異議申立書(甲4の1)においても添付されていたが,異議決定(甲4の8)においては,「特開昭56-11119号には,ダイとマンドレルを使って焼結材ではなく溶解材のパイプ素材の両端を絞り成形して内周ではなく外周に歯車の歯やスプライン溝を同時に成型する段付中空軸の製造方法が記載されている。異議申立人は,この中空軸の製造方法が本願発明の焼結軸受材の製造方法における焼結材のサイジング工程と相互に置換しうる均等な手段である旨主張しているが,いかなる点においても両者が均等な手段であるとは認められない」として,異議の理由はないと判断された(甲4の9)。
オ 小括 以上のとおり,本件発明は,引用例1記載の発明に基づき,周知の技術的事項を適用することにより当業者が容易に発明できたものとはいえない。
なお,分割出願発明についての特許異議の決定は,本件発明の「絞り成形しながらサイジングする工程」が特公昭54-26969号公報(乙3の3)に記載されているような従来周知の技術的事項であると認定して,取消理由があると判断したが,前記エ(ア)のとおり,特公昭54-26969号公報(乙3の3)は,本件発明を示唆するものではないから,上記判断には誤りがある。
(2) 明らかな無効理由の存在(引用例2) (被告の主張) ア 引用例2記載の発明 本件特許出願前に頒布された特開昭55-144751号公報(乙12)には,その明細書及び図面に,次の構成を備えた発明(以下「引用例2記載の発明」という。)が記載されている。
@ 軸受筒(1)は粉末金属を使用して成形されるものであり,長手方向に一端の内径(d0)がモータ軸(3)の外径と略等しく,残りの部分の内径(d1)がこれよりも大きくなるように成形される(上記公報(3)欄3行ないし8行,第6図(a))。
また,フランジ(10)のない外径が一定の形状に軸受筒(1)を成形する場合は,予め一方のみの内径を小さくして軸受(15)を形成する(上記公報(3)欄下から1行ないし(4)欄3行)。
A 軸受筒(1)は焼結にて成形される(上記公報(3)欄3行ないし4行,14行ないし15行)。
B 長手方向の他端に金型を押し当て,この部分を縮径させて,内径をd0とする(上記公報(3)欄8行ないし11行,第6図(b),第7図)。
C 軸受の製造法である。
イ 引用例2記載の発明と本件発明との対比 (ア) 引用例2記載の発明の構成@について,フランジ(10)のない外径が一定の形状に軸受筒(1)を成形する場合に,「長手方向の内径(d0)がモータ軸(3)の外径と略等しく,残りの部分の内径(d1)がこれよりも大きい」とは,段部両側に比較的小径部(d0)と比較的大径部(d1)の内孔を有する筒状体を意味するものと解釈される。
また,軸受筒(1)が粉末金属を使用して成形されるものであることを参酌すると,上記構成@は,「段部両側に比較的小径部(d0)と比較的大径部(d1)の内孔を有する圧粉成形した筒状体とする」ことを意味する。
そうすると,本件発明のうち,「比較的小径部と比較的大径部との間に段部を形成したコアを用い,この段付コアと金型との間に装入された原料粉を圧粉成形し前記した段付コアの段部両側で内孔を成形した筒状体とする」との点は,「段部両側に比較的小径部と比較的大径部の内孔を有する圧粉成形した筒状体とする」点において,引用例2記載の発明と一致する。
なお,本件発明のうち,「比較的小径部と比較的大径部との間に段部を形成したコアを用いる」点については,上記公報には開示されていないが,圧粉成形工程において,外径に対応する外型と内径に対応するコアを使用することは,例えば公知文献「焼結機械部品」160頁(乙15の1)に記載されているように,焼結前の圧粉成形の慣用の手段にすぎないから,この相違点は格別のものではない。
(イ) 引用例2記載の発明の構成Aについて,「軸受筒(1)は焼結にて成形される」とは,圧粉成形した筒状体を焼結することと認められるから,これは,本件発明の「この圧粉成形を焼結してから」と同一である。
(ウ) 引用例2記載の発明の構成Bについて,引用例2の第6図(b)を参照すると,モータ軸(3)を軸受筒(1)に挿入した状態で,長手方向の他端に金型(14)を押し当てて縮径させ,縮径した端部の内径をd0としていることから,モータ軸(3)は小径部と同型状態のサイジングコアに相当するものと解釈される。したがって,「長手方向の他端に金型を押し当て,この部分を縮径させて,内径をd0とする」とは,「比較的小径部と同型状態のサイジングコアを挿入して金型を比較的大径部の端部側に押し当て,比較的大径部の成形端部側を上記金型とサイジングコアとの間で縮径する」ことを意味する。
そして,本件発明の「比較的小径部と同型状態のサイジングコアと絞り部を有する金型内に上記焼結を経た焼結体を挿入し,段付コアの比較的大径部による成形端部側を上記絞り部とサイジングコアとの間で絞り成形しながらサイジングする」との構成と引用例2記載の発明の構成 Bとを対比すると,サイジング工程で,比較的小径部と同型状態のサイジングコアを圧粉成形体に挿入するようにした点において一致するが,「絞り部を有する金型内に焼結体を装入し,段付コアの比較的大径部による成形端部側を上記絞り部とサイジングコアとの間で絞り成形しながらサイジングする」とした本件発明と,「金型を比較的大径部の端部側に押し当て,比較的大径部の成形端部側を上記金型とサイジングコアとの間で縮径する」とした引用例2記載の発明とは多少相違している。
しかし,サイジングに際して,種々の金型を用いることは周知の技術であり,引用例2記載の発明において,絞り部を有する金型内に焼結体を装入して絞り成形しながらサイジングするようにしたとしても,格別の工夫を要することではない。
(エ) 本件発明も引用例2記載の発明も,ともに「焼結軸受機の製造法」に関するものであることは自明である。
ウ 小括 以上のとおり,本件発明は,引用例2記載の発明に基づいて,周知の技術的事項を用いることにより当業者が容易に発明できたものであって,特許法29条2項に該当することは明らかである。
(原告らの反論) ア 引用例2記載の発明の技術内容と問題点 引用例2記載の発明は,軸受筒(1)の一端の大きい方の内径d1を他端の小さい方の内径d0に等しくすべく縮径させる手段として,「金型(14)を押し当てて縮径させる手法」,すなわち,軸受筒(1)における大きい方の内径d1の一端を,内部に予めサイジングバー代用のモータ軸(3)を挿通させた状態で,引用例2の第7図に示されているような周(ラジアル)方向に4つに分割された金型(14)により外周方向から軸芯方向に向けて加圧することにより縮径する手法を採用するものである。
この手法は,@各金型(14)による加圧開始から加圧完了までの縮径の過程において,各金型先端の凹面円弧形状が一定(加圧の過程で,円弧形状が逐次変化できない)である結果,縮径方向への歪を生じ,A加圧終了後,各金型(14)の加圧を解除して開いた際に軸受筒(1)の加圧端部の金属組織にいわゆるスプリングバックの発生を当て込んでいるが,軸受筒(1)の全周にわたるラジアル方向への均等なスプリングバックは著しく困難であること,B上記4つの金型(14)による外周方向からの加圧により,軸受筒(1)の端部において,縮径方向への歪のみならず,軸受筒(1)の長さ方向への金属組織の伸びをも生ずること,以上の@ないしBにより,両軸端における同軸精度及び内径精度(真円度,内径寸法)を損ないやすく,高精度の中逃げ型軸受を得ることが著しく困難である。
イ 本件発明と引用例2記載の発明との相違 本件発明の特徴は,前記(1)(原告らの主張)イ(ア),(イ)のとおりであり,この特徴を備えることにより,本件発明は,軸受部となる両端の内径公差のみならず,全長公差,外周公差及び同軸度精度に至るまで,軸受全体にわたる各部の規定寸法を厳密に保持させるべく1個の金型内において同時的に成形することができる。
したがって,本件発明と引用例2記載の発明とを比較した場合,圧粉成形した焼結体を,絞り部を有するサイジング金型を用い,比較的小径部と同径状態のサイジングコアと絞り部を有する金型内に装入し,比較的大径部の成形端部側を絞り部とサイジングコアとの間で両端軸受の同軸度,及び外周面並びに軸長方向の寸法制度を規制しつつ絞り成形しながらサイジングするようにした本件発明の製造法に比して,引用例2記載の発明は,同軸精度及び内径精度(真円度,内径寸法)のいずれにおいても高精度を維持できないから各種オーディオや通信機器類などの高精度を要求されるモータ軸に適さないという課題を有しており,この点において,本件発明と相違するばかりでなく,本件発明を示唆するに足るものでもない。
ウ 小括 以上のとおり,本件発明は,引用例2記載の発明に基づき,周知の技術的事項を用いることによって当業者が容易に発明できたものとはいえない。
(3) 損害額はいくらか。
(原告らの主張) 被告は,平成8年1月24日から平成13年2月28日までの間に,被告製法を用いて,別紙被告物件目録(2)記載の被告製品を製造販売した。その数量は,合計8060万個を下らず,平均単価7円として,総額5億6420万円の売上があり,これによって1億1284万円を下らない利益を得ている。
原告A及び原告Bは,被告に対し,本件特許権の実施料相当額として上記売上高の5パーセントに当たる2821万円の損害金のうち,各自,共有持分2分の1に相当する損害金(1410万5000円)の一部請求として800万円の支払を求める。
原告ポーライト株式会社は,被告に対し,上記利益額1億1284万円から上記実施料相当額2821万円を控除した8463万円の損害金の一部請求として,8400万円の支払を求める。
(被告の認否) 被告が原告らに対し,本件特許権侵害による損害賠償義務を負うとの主張を争う。
また,被告が別紙被告物件目録(2)記載の製品(A)を製造,販売していることは否認する。
当裁判所の判断
1 争点1(明かな無効理由の存在-引用例1)について (1) 引用例1記載の発明の内容 ア 本件特許出願前に頒布された特開昭63-87154号公報(引用例1)には,以下のとおりの記載がある(乙3の2)。
(ア) 特許請求の範囲 「円筒状の軸受部材の一端側の内径を他端側の内径より僅かに大きく形成し,上記軸受部材の一端側を中空の取付部材に圧入して,上記一端側の内径を上記他端側の内径と等しくするようにしたことを特徴とする軸受の製造方法」 (イ) 発明の詳細な説明 「第1図において,(10)は軸受部材であって,例えば含油合金を用いて,同図Aに示すように,外径がD0の円筒状に形成される。軸受部材(10)の一端(11)側から他端(12)側に向かって透孔(13)が穿設され,他端(12)側において,この透孔(13)に小径部(14)が設けられる。図示のように,透孔(13)の内径d13は小径部(14)の仕上加工後の内径d14より僅かに・・・大きく設定される。かかる形状の選定により,軸受部材(10)を粉末成型法を用いて形成することができる。」(引用例1の2頁右上欄5行〜14行) 「次に,第1図Bに示すように,軸受部材(10)の透孔(13)及び小径部(14)にわたって,小径部(14)の内径d14と等しい外径に仕上げられた,超硬合金もしくはセラミックから成るサイジング・バー(16)を挿通させた後,軸受部材(10)の一端(11)側をこのサイジング・バー(16)と共に取付部材(7)に穿設された孔(8)内に圧入する。この圧入により,軸受部材(10)の一端(11)(14)の圧入部(15)に歪が生じ,その外径D15が軸受部材(10)の原外径D0よりも僅かに小さくなる。同時に,この圧入歪によって,圧入部(15)の内径も透孔(13)の原内径d13より小さくなる。しかしながら,透孔(13)内にはサイジング・バー(16)が挿通されているため,これに制限されて,圧入部(15)の内径は,軸受部材(10)の小径部(14)の内径と等しく,d14となる。取付部材(7)への軸受部材(10)の圧入後,サイジング・バー(16)が軸受部材(10)から抜き取られて,単一の軸受部材(10)による中空軸受が少ない製造工数で得られる。」(引用例1の2頁右上欄15行〜左下欄13行) 「小型で低損失の軸受を少ない工数で製造することのできる軸受の製造方法が得られる。」(引用例1の2頁右下欄12行〜14行) イ 引用例1には,軸受部材(10)は含油合金を用いて形成される,及び軸受部材(10)は粉末成型法により形成し得るとの記載がある。ところで,「含油」とは「焼結体の気孔の中に油を含浸すること」(JIS工業用語大辞典第3版)を意味するから,「含油合金」とは含油した焼結体(合金)をいうと解される。また,引用例1の技術分野,上記アの記載中,「粉末成型法」の用語の前後の記載内容及び第1図Aに証拠(乙9の2)を総合すると,上記「粉末成型法」とは粉末冶金法を意味するものであり,粉末冶金法においては,金属粉末の圧粉体を焼結することは必須の工程であることが認められる。そうすると,軸受部材(10)は,粉末冶金法により金属粉を圧縮成形した圧粉体を焼結した焼結体であると認められる。
ウ 上記ア,イによれば,引用例1記載の発明は,「他端(12)に小径部(14)と一端(11)側をそれより僅かに大径の透孔(13)とした円筒状の軸受部材(10)を粉末成型法によって作り,これを焼結し,上記小径部(14)及び透孔(13)にわたって,小径部(14)の内径に等しい外径のサイジング・バー(16)を挿通させた後,軸受部材(10)の一端(11)側をサイジング・バー(16)と共に,内径を軸受部材(10)の原外径よりも僅かに小さくした取付部材(7)の孔(8)内に圧入し,圧入部(15)の外径及び内径を小さくして,同内径を小径部(14)の内径に等しくし,その後サイジング・バー(16)を抜き取ることを特徴とした焼結軸受の製造方法」であると認められる。
(2) 引用例1記載の発明と本件発明との対比 ア 引用例1記載の発明において,軸受部材(10)は,「他端(12)に小径部(14)と一端(11)側をそれより僅かに大径の透孔(13)とした円筒状」のものであり,引用例1の第1図Aによれば,透孔(13)と小径部(14)の間には段部があるから,これは,本件発明の「比較的小径部と比較的大径部との間に段部を有し,段部両側で内孔を成形した筒状体」に相当する。そして,引用例1記載の発明は,前記「円筒状」の軸受部材(10)を粉末成型法によって作り,これを焼結するのであるから,本件発明の「原料粉を圧粉成形して筒状体とする圧粉成形工程と,この圧粉成形体を焼結して」に相当する。
したがって,引用例1記載の発明における「他端(12)に小径部(14)と一端(11)側をそれより僅かに大径の透孔(13)とした円筒状の軸受部材(10)を粉末成型法によって作り,これを焼結し」は,本件発明の「原料粉を圧粉成形して,比較的小径部と比較的大径部との間に段部を有し,段部両側で内孔を成形した筒状体とする圧粉成形工程と,この圧粉成形体を焼結して」に相当する。
イ 乙16(粉体粉末冶金用語辞典)には,「絞り加工」は,「一般に被加工材の直径を小さくする塑性加工を絞り加工と呼ぶ。丸棒あるいは円管の直径を小さくする加工も絞り加工と呼ぶ。」と記載されている。
そして,引用例1記載の発明においては,「軸受部材(10)の一端(11)側を・・・取付部材(7)の孔(8)内に圧入し,圧入部(15)の外径及び内径を小さく」するのであるから,該圧入は絞り加工であり,本件発明の「絞り成形」に相当する。
したがって,引用例1記載の発明の「上記小径部(14)及び透孔(13)にわたって,小径部(14)の内径に等しい外径のサイジング・バー(16)を挿通させた後,軸受部材(10)の一端(11)側をサイジング・バー(16)と共に内径を軸受部材(10)の原外径よりも僅かに小さくした取付部材(7)の孔(8)内に圧入し,圧入部(15)の外径及び内径を小さくして同内径を小径部(14)の内径に等しくし,その後サイジング・バー(16)を抜き取る」工程は,本件発明の「上記した比較的小径部と同径状態のサイジングコアと金型内に上記焼結を経た焼結体を装入し,比較的大径部による成形端部側を上記金型とサイジングコアとの間で絞り成形する工程」に相当する。
引用例1記載の発明は,軸受部材(10)を取付部材(7)の孔(8)に圧入するものであるが,この圧入の工程で軸受部材(10)の取付部材(7)への取付けが行われ,かつ,軸受が製造されるのである(前記記載及び引用例1の第1図B,第2図)から,引用例1記載の発明における「圧入」は軸受材の製造工程といえる。
ウ そうすると,本件発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(ア) 一致点 引用例1記載の発明は,本件発明の「原料粉を圧粉成形して,比較的小径部と比較的大径部との間に段部を有し,段部両側で内孔を成形した筒状体とする圧粉成形工程と,この圧粉成形体を焼結してから上記した比較的小径部と同径状態のサイジングコアと金型内に上記焼結を経た焼結体を装入し,比較的大径部による成形端部側を上記金型とサイジングコアとの間で絞り成形する工程とを有する焼結軸受材の製造法」に相当する構成を有しており,この点において両者は一致する。
(イ) 相違点 @ 本件発明においては,「比較的小径部と比較的大径部との間に段部を形成したコアを用い(て),該段付コアと金型との間に装入された原料粉を圧粉成形し前記した段付コアの段部両側で内孔を成形した筒状体とする」のに対し,引用例1記載の発明においては,その成形工程が具体的に開示されていない。
A 本件発明においては,「焼結体をサイジングコアと絞り部を有する金型内に装入し,絞り部とサイジングコアとの間で絞り成形しながらサイジングする」のに対し,引用例1記載の発明は,「サイジング・バー(16)を挿通した軸受部材(10)を内径を軸受部材(10)の原外径より僅かに小さくした取付部材(7)の孔(8)に圧入し,圧入部(15)の外径及び内径を小さくして同内径を小径部(14)の内径に等しくし,その後サイジング・バー(16)を抜き取る」ものであり,絞り成形の工程において,絞り部を有する金型を使用していない。
B 本件発明においては,焼結体を「絞り成形しながらサイジングする」のに対し,引用例1記載の発明は,圧入(絞り成形)する工程が示されているだけであり,圧入の工程において「サイジングする」との構成を有していない。
(3) そこで,両発明の上記相違点について検討する。
ア 相違点@について 昭和62年10月20日発行の「焼結機械部品-その設計と製造-」(乙15の1)160頁には,粉末冶金における圧粉体の成形(粉末成形)のパターンとして,「図4.3に内径に段のある形状を1本の下パンチで成形する場合の金型を示す。」との記載とともに,「図4.3 パターンAの例(3)(コア段付き成形)」が図示されている(乙15の1)。
これによれば,粉末成形においては,その目的とする形状に合った型を使用して圧粉体を成形するものであることが認められるから,本件発明において,「段付の段部両側で内孔を成形した筒状体」の成形に際し,「比較的小径部と比較的大径部との間に段部を形成したコアを用い(て),該段付コアと金型との間に装入された原料粉を圧粉する」ことは慣用手段を用いたにすぎないと解される。
イ 相違点Aについて (ア) 段付中空軸の製造法に関する発明に係る本件特許出願前に頒布された引用例3には,以下の記載がある(乙18)。すなわち,「特許請求の範囲」欄に,「1.ダイとマンドレルの間にパイプ素材を挿入し,素材の一端を絞り成形する工程と,上記一端を絞り成形した素材の他端をダイ,マンドレルの間に挿入し,上記絞り成形した部分の段部を基準にしてスリーブパンチ等により上記素材の他端を絞り成形する工程とからなる段付中空軸の製造法。」と,「発明の詳細な説明」欄に,「ダイ1はその成形孔部2に軸方向奥側の小径部3,手前の大径部4この間を繋ぐ斜めの中間径部5を備え,又成形孔部2に嵌挿されるマンドレル6は大径部7及び小径部8,そしてこの間を繋ぐ中間径部9を備え,マンドレル6の外径は成形孔部2の各部3,4,5の内径から略々パイプ素材Wの肉厚を減じた径に設定されている。そしてダイの大径部4とマンドレル5の大径部7との間に嵌合するスリーブパンチ10がダイ成形孔部2と同心的に配設されている。素材Wをスリーブパンチ10内に軸方向へ突出するマンドレル5周に嵌合し,素材W一端をスリーブパンチ10の先端で支持するとともに,ダイ1及びスリーブパンチ10を相対的に軸方向相寄る方向へ移動させ,或は一方を固定とし,他方を可動して同方向へ移動させる。素材Wはダイ1の成形孔部2内に嵌合し,小径部3,中間径部5で組織の塑性流動を起こし,均等な径の素材Wは一端部側に縮径された小径部W1が成形されることとなり,中間部W2乃至他端部は大径のままである。以上で一端を小径に絞り成形した素材を第3図の工程で成形する。即ち11はダイで,これ亦成形孔部12に小径部13,大径部14,中間径部15を備え,マンドレル15の外径は小径部W1の内径部の径と同じ径の段のないものを用い,第2図で得た素材の未成形端部をダイ11の成形孔部12に臨ませ,素材の小径部W1と中間部W2との段差部W3をスリーブパンチ20で支持する。そしてダイ11,スリーブパンチ20の双方,或は一方を軸方向相寄る方向に移動させ,段差部W3をパンチ20の成形基準面とし,他端部を上記と同様に絞り成形する。かくして他端部にも小径部W4が成形される。」(5頁2行〜6頁15行),「本発明に従えば,中空で両端を小径とし,中間部を大径とした伝動軸を絞り成形で得るため,肉厚の素材であっても容易に成形でき・・・る。特に絞り成形で得るため成形工程が単純で,しかも成形精度も良好なものが得られ,」(8頁15行〜9頁3行)と,それぞれ記載されている。
(イ) 引用例3の上記aの記載及び第2図,第3図によれば,引用例3には,そこに記載された段付中空軸の製造法に関する発明が絞り部を有するダイとマンドレルとの間にパイプ素材を挿入し,素材の一端を絞り成形する工程を有するものであること,ダイは小径部,中間径部及び大径部を有しており,絞り部を有する金型であるといえること,パイプ素材は,絞り成形の工程においてダイとマンドレルにより内径及び外径が規制されることが開示され,これらの開示事項に照らすならば,パイプ素材の一端を絞り成形する工程において,パイプ素材を絞り部を有するダイ(本件発明の「絞り部を有する金型」に相当する。)とマンドレル(本件発明の「サイジングコア」に相当する。)の間で絞り成形することは,公知の技術的事項であるといえる。
また,引用例3の上記「本発明に従えば,中空で両端を小径とし,中間部を大径とした伝動軸を絞り成形で得るため,肉厚の素材であっても容易に成形でき・・・る。特に絞り成形で得るため成形工程が単純で,しかも成形精度も良好なものが得られ,」との記載は,引用例3の絞り成形の工程において,絞り部を有する金型(ダイ)とサイジングコア(マンドレル)との間に中空状物を装入し,絞り成形することにより外径が規制されることも含めて精度が良好なものが得られることが記載されているものと理解できる。
(ウ) 以上によれば,当業者が,引用例1記載の発明の圧入成形に代えて引用例3の上記公知技術を適用することは容易であるといえ,その場合に,絞り部を有する金型を用いる絞り成形法においては外径規制が行われること及び上記公知技術を適用することにより軸受部材の精度が向上することも容易に想到し得る事項であるということができる。
なお,原告は,本件特許の成立過程における審査等の経緯に照らせば,引用例3の発明が本件発明の「サイジング工法」と相違することは明らかであると主張するが,上記に判示したところに照らし,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 相違点Bについて (ア) 粉末冶金法による含油軸受に関する発明に係る特開昭54-26969号公報(乙3の3)に「この発明は,軸受孔の形状をサイジングにより第3図の如く鼓(つづみ)型とすることにより,前述の軸と軸受との当りを改善したものである。」(同公報2欄8行〜10行),「この球軸受の完成形状は第4図ロの通りであり,これに対して同図イの如く外周にサイジング代を付加した焼結体を作り,これをサイジングして完成形状に仕上げるものである。」(同公報2欄13行〜16行)と記載され,焼結軸受材の製造方法に関する発明に係る特開昭62-151502号公報(乙7の3)に「焼結後において製品に所定の寸法精度を得しめるために行われるサイジング工程自体を利用して樹脂モールド又は接着剤などを使用して固着するための膨出部7を重畳的,瞬間的な矯正処理のみで形成することができる。」(同公報3頁左上欄3行〜8行)と記載されているとおり,焼結体のサイジング処理に際し,これと同時に,種々の金型を選択することにより焼結体を種々の完成形状に仕上げること,すなわちサイジングと成形加工を同時に行うことは周知技術であるから,サイジング金型を用いて絞り成形とサイジングを同時に行うことは当業者が適宜行い得る事項である。したがって,当業者が,引用例1記載の発明にこれを適用することは容易である。そして,絞り成形と同時にサイジングが行われるのであるから,この工程により各規定寸法を完全に規制することが可能であることは当業者が容易に予測し得る効果にすぎない。
(イ) これに対して,原告らは,本件発明は,絞り成形をサイジング金型そのものを利用して行うものであり,本件発明のサイジング設備は,本件特許公報の第2図に示されている金型15を中心としたサイジングコア11aと下ガイドコア11b,さらに該下ガイドコア11bに沿って操作される小径の下パンチ13b,及び上記サイジングコア11aに沿って圧下される上パンチ13aからなるものであり,しかも上記金型15には絞り部16が設けられており,このような絞り部16付きのサイジング金型15内に,サイジングコア11aを挿通させた焼結体4を,小径孔4bの反対側端部を先頭に装入し,上パンチ13aにより絞り部16に向けて押圧することにより焼結体4の先端を絞り部16に沿って内径方向に絞るとともに,装入した焼結体4の先端を下ガイドコア11bに沿って操作される小径の下パンチ13bにより,後端をサイジングコア11aに沿って圧下される上パンチ13aにより,外周側面を金型15の内壁面により,軸受部となる内周面両端をサイジングコア11aにより,それぞれ完全に規制しつつ矯正絞り成形して目的とする製品14を得るものであるから,本件発明は,引用例1記載の発明の圧入成形の欠点,すなわち圧入時に軸受部材(10)の比較的薄肉に形成された中間部(透孔13)が,その外周側に格別の支えが存在しないために,圧入による座屈を生じて外周側へ膨出しやすくなる結果,軸受材製品として精度にバラツキを生じやすいという欠点を解消するものであり,この点において,本件発明と引用例1記載の発明とは発明の具体的構成及び作用効果において著しく相違すると主張する。
しかし,本件発明のサイジングにおいて,上パンチ及び下パンチを備えたサイジング設備を使用することは,本件明細書の特許請求の範囲に記載されていない事項であるから,これを本件発明の構成に欠くことのできない事項とみることはできない。また,焼結体のサイジングにおいては,必ず上パンチ及び下パンチを必要とするということもできないから,特許請求の範囲のサイジングという用語から,これが必須の構成であると解することはできない。
したがって,上パンチ及び下パンチを備えたサイジング設備の使用を前提として本件発明と引用例1記載の発明の具体的構成及び作用効果に著しい相違があるとする原告の上記主張は,特許請求の範囲に記載のない構成をもって本件発明の特徴であるとし,それによる作用効果を主張するものであるから,その前提に誤りがあり,その失当であることは明らかである。
(4) 小括 したがって,引用例1記載の発明の中空部を有する軸受材の製造に際し,圧入成形に代えて精度の良好な絞り部を有する金型を用いる絞り成形法を選択し,該金型で絞り成形とサイジングを同時に行うことは当業者が容易に行い得る事項であるから,本件発明は,引用例1及び引用例3並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものといえ,特許法29条2項の規定に該当することは明らかである。
そうすると,本件特許は無効理由が存在することが明らかであるから,本件特許権に基づく原告の本訴請求は,権利の濫用に当たり許されない。
2 結論 以上の次第で,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)被告物件目録(1)一.図面の説明【図1】および【図2】は,被告製品(焼結軸受材)の製造用成型金型を,【図3】および【図4】は,上記成型金型により成型される圧粉成型体ならびに製品(焼結軸受材)をあらわしたもので,各図の説明は次の通りである。
【図1】圧粉成型機構の断面図。
【図2】サイジング機構の断面図。
【図3】【図1】の圧粉成型機構にて成型された圧粉成型体の部分切欠側面図。
【図4】【図1】の圧粉成型機構で得られた【図3】の圧粉成型体を,さらに【図2】のサイジング機構にてサイジングして完成させた製品の部分切欠側面図(図4-1)および平面図(図4-2)。
二.符号の説明1コア2金型3上パンチ3a下パンチ4焼結体4a内径面4b小径孔4eフランジ11aサイジングコア11bガイドコア13a上パンチ13b下パンチ14製品(焼結軸受材)14a絞り成形軸受面14b軸受面14c非接触面15金型16サイジング室16a絞り部三.製法の説明被告の製品(A)は,図4-1および図4-2に示した通りの構造であり,図1の圧粉成型機構,および図2のサイジング機構により製造される。
すなわち,図1の圧粉成型機構は,金型2と,該金型2内に進退自在に装着されるところの,段部1cを介して比較的小径部1aと比較的大径部1bとを有するコア1と,該コア1の比較的小径部1aに沿づて圧下可能な上パンチ3と,コア1の比較的大径部1bに沿って上パンチ3方向に移動可能な下パンチ3aとからなり,コア1と金型2との間に原料粉を装入してから,.上下のパンチ3,3aをコア1に沿って,相互に接近する方向に移動させることにより成型体が圧粉成型される。圧粉成型された成型体は,上パンチ3の上昇後,下パンチ3aの上昇により金型2から取り出される。
上記により得られた成型体は,図3にあらわした通りの略円筒体の構造であり,前記したコァ1の比較的大径部1bにより比較的長い大径の内径面4aが形成されているとともに,片側の端部内面にはコア1の段部1cを介して比較的小径部1aで形成された部分が,小径孔4bを有する軸受摺動面として形成され,さらに該部分に対応する円筒状成型体の外周面にはフランジ4eが放射外方に向けて突出形成されている。
図1の圧粉成型機構で成型された成型体は焼結処理されて焼結体4とされ,このようにして得られた焼結体4は,次に図2のサイジング機構によりサイジング処理される。
すなわち図2のサイジング機構は,比較的下方部に絞り部16aを有した略円筒状のサイジング室16を有する金型15と,該金型15内に進退自在に装入されるサイジングコア11aおよびガイドコア11bと,サイジングコア11aに沿って金型15内に圧下される上パンチ13aと,ガイドコア11bに沿って金型15内に進退自在の下パンチ13bとからなる。
サイジングに当っては,前記した圧粉成型過程で使用されたコア1における比較的小径部1aと同径の外径を有するサイ.ジングコァ11aとガイドコア11bとを用い,前記焼結体4を金型15の以ジング室内に・フランジ4eおよび段部を形成した側を上にして装入し,上パンチ13aをサイジングコア11aに沿わせ,焼結体4の先端をサイジング室16の絞り部16aに向けて圧下させることにより,焼結体4の先端部(段部を形成した部分の反対側)を外周側からX-Yだけ径小に強制絞り成形して絞り部14dを形成し,これに伴って該部分の焼結体4の内周面をサイジングコア11aの外周面に圧接させることにより,図4にあらわしたように,略円筒体の片側に放射外方に伸びるフランジ14eを有するとともに,該部分の中心内面には,内方に向けて軸受面14bを突出させて小径部(a)とした段部つきの軸受用焼結体に構成し,かつ該円筒体の反対側面寄りには絞り成型により外径(X)より径小(Y)にした絞り部14dが施されて内径面に,前記軸受面14bと同径(a)の絞り成型軸受面14aが形成され,これにより上記軸受面14a・14b間には,前記した小径部(a)より大径(b)の非接触面14cが形成された製品(A)14を得ることができる。
なお,完成した製品(A)14は,上パンチ13aを上昇させた後,下パンチ13bを上昇させて金型15上に取り出される。
図1図2図3図4(別紙)被告物件目録(2)一.図面の説明【図5】は,被告が製造する製品(A)(焼結軸受材)を,シャーシに装着した状態をあらわす部分切欠側面図。
【図6】は,被告が製造する製品(B)(焼結軸受材)の部分切り欠き側面図(図6-1)および平面図(図6-2)。
【図6-3】は,被告が製造する製品(B)(焼結軸受材)を,シャーシに装着した状態をあらわす部分切欠側面図。
二.符号の説明14製品(焼結軸受材)14a絞り成形軸受面14b軸受面14c非接触面14d絞り部14eフランジ三.製品の説明被告の物件目録(1)に記載した製法により得られた製品(A)(完成品)は図4-1〜3に,また製品(B)は図6-1〜3に,それぞれ示した通りの構造である。
すなわち,被告製品14は,金属粉を圧粉成形して略円筒体状となし,該円筒体の片側寄りに放射外方に伸びるフランジ14eを有するとともに,該部分から円筒体端部にかけての中心内面には,内方に向けて軸受面14bを突出させて小径部(a)とした段部つきの軸受用焼結体に構成し,かつ該円筒体の反対側面寄りには絞り成型により外径(X)より径小(Y)にした絞り部14dが施されて内径面に,前記軸受面14bと同径(a)の絞り成型軸受面14aが形成され,これにより上記軸受面14a・14b間には,前記した小径部(a)より大径(b)の非接触面14cが形成されている。
四.被告製品の使用態様@製品(A)の使用態様被告製品(A)は,使用態様の一例として図5のように使用されている。
すなわち,図1および図2の成型金型慈用いて製造された製品(焼結軸受材)14は,絞り成型によりその外形が片側だけしか小径化されていないところから,CD-ROMドライブその他,各種電子機器に使用されるモーターのハウジング10内に的確かつ安定的に装備され,またコア1の段部1cより比較的小径部1aに対応して形成された軸受面14bと,反対側の絞り成型部14aとによりモーターの回転軸材20を支承し,またフランジ14eによりシャーシ17に保持される。
A製品(B)の使用態様被告製品(B)は,使用態様の一例として図6-3のように使用されている。
すなわち,製品14は,CD-ROMドライブその他,各種電子機器の駆動モーターの軸材20を,軸受面14bと,反対側の絞り成型部14aとにより支承し,またフランジ14eにより電子機器のシャーシ17に開設された取り付け穴部分に,フランジ14eの一部をかしめ付けることにより取り付けている。
図5図6
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 榎戸道也
裁判官 佐野信