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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成14行ケ258審決取消請求事件 判例 特許
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平成16行ケ54審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  寄せ集め /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  援用権(援用) /  参酌 /  置き換え /  置換 /  置換容易性 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  拡張 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10139号 審決取消請求事件

原告 中西金属工業株式会社 代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 柳野隆生
同 森岡則夫
被告・脱退被告関東自動車工業株式会社訴訟引受人 株式会社ダイフク 代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 森本義弘
同 板垣孝夫
同 笹原敏司
同 原田洋平 脱退被告 関東自動車工業株式会社 代表者代表取締役
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/10/06
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2003-35185号事件について平成16年12月17日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,後記特許に関して原告が特許無効審判の請求をしたところ,特許庁が請求不成立の審決をしたため,原告がその取消しを求めた事案である。
なお,原告は,これまで後記特許の無効審判請求をしたことが2回あり(いずれも請求不成立),本件は3回目の無効審判請求に関するものである。
当事者の主張
1 請求の原因(1) 特許庁等における手続の経緯 ア 被告及び脱退被告は,昭和63年10月7日,名称を「可動体搬送設備」とする発明について共同で特許出願をし,その後,平成7年6月7日付けの出願公告(甲2-1),平成9年5月23日付けの手続補正(甲2-2)を経て,平成9年10月9日,特許第2132675号として設定登録を受けた(甲1。以下,この特許を「本件特許」という。)。
イ 本件特許について,まず平成12年3月31日付けで,原告から特許無効審判請求がなされ,同請求は無効2000-35164号事件として特許庁に係属した。特許庁は,同事件について審理を遂げ,平成12年11月2日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(甲35。以下「前件審決」という。)をした。これに対し原告は,同審決の取消しを求めて訴訟(東京高裁平成12年(行ケ)第493号)を提起したが,東京高裁は平成13年11月12日,請求棄却の判決(甲36。以下「前件判決」という。)をした(確定)。
次いで原告は,平成14年5月13日付けで本件特許の無効審判請求(無効2000-35187号)をしたが,特許庁は,平成14年12月16日,請求不成立の審決をした。
ウ そして原告は,平成15年5月12日,本件特許について被告及び脱退被告を相手方として特許無効審判請求をし,同請求は無効2003-35185号事件として特許庁に係属した。特許庁は,同事件について審理を遂げ,平成16年12月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(甲7。以下「本件審決」という。)をし,平成17年1月6日,その謄本は原告に送達された。
エ そこで原告は,被告及び脱退被告を相手方(被告)として本件審決取消訴訟を当庁に提起したが,脱退被告は,被告に対して本件特許の持分を譲渡し,被告が持分譲受人として本件訴訟を引き受けたため,平成17年6月28日,本件訴訟から脱退した。
(2) 発明の内容 本件出願に当たり提出され平成9年5月23日付け手続補正で補正された明細書(甲2-1,甲2-2。以下,図面と併せて「本件明細書」という。)に記載された発明の要旨は,下記のとおりである(以下,請求項1〜3に係る発明をそれぞれ「本件発明1」〜「本件発明3」という。)。
記 【請求項1】 複数の可動体が実質的に密着状態で直列状に並んで移動可能な一定経路を設け,前記可動体に,その前後方向の全長に亘って外側向きの受圧面を左右一対に設け,前記一定経路の上手側に,前記受圧面に当接離間自在な左右一対の押圧ローラと,これら押圧ローラを当接離間動させる揺動駆動装置とを有し,かつ両押圧ローラを両受圧面に当接作用させることで可動体に移動力を付与する可動体搬送装置を設け,前記一定経路の下手側に,前記受圧面に当接離間自在な左右一対のブレーキローラを有しかつ両ブレーキローラを両受圧面に当接作用させることで可動体に制動力を付与する制動装置を設け,前記可動体搬送装置の上手側に,この可動体搬送装置に可動体を投入させる投入手段を設けるとともに,前記制動装置の下手側に,可動体を早送りで搬出させる搬出手段を設けたことを特徴とする可動体搬送設備。
【請求項2】可動体を,床側レールに支持案内されて移動自在な台車により構成した請求項1記載の可動体搬送設備。
【請求項3】可動体を,天井側レールに支持案内されて移動自在なトロリ装置により構成した請求項1記載の可動体搬送設備。
(3) 審決の内容 ア 本件審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要旨は,本件発明1〜3は下記@〜Cの各刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない,としたものである。
記 @ 米国特許第1,771,404号明細書(甲3-1) A 特公昭39-11104号公報(甲4-1) B 特公昭43-13437号公報(甲5-1) C 米国特許第2,488,907号明細書(甲6-1) (以下,順に「甲第3号証」〜「甲第6号証」という。) イ なお本件審決は,上記判断をするに当たり,本件審決は,甲第3号証記載の発明と本件発明1との一致点及び相違点を,次のとおり認定している。
(一致点) 「複数の可動体が実質的に密着状態で直列状に並んで移動可能な一定経路を設け,前記一定経路の上手側に,可動体に移動力を付与する可動体搬送装置を設け,前記一定経路の下手側に,可動体に制動力を付与する制動装置を設けた可動体搬送設備」である点。
(相違点1) 可動体搬送装置に関し,本件発明1では「前記可動体に,その前後方向の全長に亘って外側向きの受圧面を左右一対に設け,」「前記受圧面に当接離間自在な左右一対の押圧ローラと,これら押圧ローラを当接離間動させる揺動駆動装置とを有し,かつ両押圧ローラを両受圧面に当接作用させることで可動体に移動力を付与する」ものとされるのに対し,甲第3号証記載の発明では,「台車の下面に設けたラックと係合する駆動ピニオン」により可動体に移動力を付与するとしている点。
(相違点2) 制動装置に関し,本件発明1では「(前記可動体の前後方向の全長に亘って設けた左右一対の)受圧面に当接離間自在な左右一対のブレーキローラを有しかつ両ブレーキローラを両受圧面に当接作用させる」というのに対し,甲第3号証には「摩擦ブレーキ」,あるいは「制動装置として機能する」ピニオンというにとどまり,左右一対の「受圧面」や,「左右一対のブレーキローラ」についての言及がない点。
(相違点3) 本件発明1では,「前記可動体搬送装置の上手側に,この可動体搬送装置に可動体を投入させる投入手段を設けるとともに,前記制動装置の下手側に,可動体を早送りで搬出させる搬出手段を設け」るのに対し,甲第3号証には可動体の投入手段や搬出手段についての言及がない点。
(4) 審決の取消事由 しかしながら,本件審決には,以下に述べるとおり,本件発明1〜3の進歩性の判断を誤った違法があり,本件審決は取消しを免れない。
ア 取消事由1(引用発明の認定の誤り) 本件審決は,第4の2(5)の項において, 「相違点2に関連して,東京高裁判決平成12年(行ケ)493号事件の判決……において,本件発明1の制動装置は,「後押し作用を受けて回転する従動輪であって,後押し作用のないときには台車を停止する制動機能を有するもの」,あるいは「新たな台車による上記後押しが作用しないときには,台車を停止させる機能を有し,新たな台車による上記後押しが作用するときには,従動する機能を有するもの」であると認定されている。
一方,甲第3号証の第1頁第1〜23行では,従来装置として,摩擦ブレーキからなる制動装置(holdback)に言及されているが,この制動装置の機能は,同号証の記載によれば,「ブレーキ力すなわち遅くする力を一定とする」というものであって,本件発明1でいう制動装置との間に機能作用上の基本的な相違があるといえる。更に,甲第3号証には,上記従来装置に代えるべきものとして,出口側に制動装置として作用する第2ピニオンを設ける旨の記載があるが,この第2ピニオンの作用も,上記の摩擦ブレーキと同様に,本件発明1でいう制動装置の機能を有するものとはいえない。 そうすると,甲第3号証記載の摩擦ブレーキや第2ピニオンが,前示のとおり,台車を停止する独立した機能を有するものではないのであるから,仮に,甲第4号証に本件発明1でいう制動装置に相当するものの開示があるとしても,上記のブレーキやピニオンを甲第4号証記載の摩擦輪等に置き換えることは,当業者の容易に想到し得るところではないというべきである。」(12頁26行〜13頁7行) と説示したが,この説示は,甲第3号証に「従来装置」として言及された制動装置が「台車を停止する独立する機能」を有しないと認定した点において,誤りである。その理由は,以下のとおりである。
(ア) 甲第3号証の「従来装置」の構成 a 甲第3号証の訳文には,下記の記載がある。
記 「1 この発明は,研磨すべき硝子板が一連の研磨装置の下に送られるようにした硝子研磨装置に関するものである。硝子板を運搬する車両あるいは台車の行列を圧縮状態とする手段の改良を主目的とするもので,緩みを来たすこともある,分離が可能な連結装置を各車両に設けることなしに,車両の前後端同士が圧縮力により接触した状態を維持するように保証するものである。従来,このようなことは,行列の前端に摩擦ブレーキからなる制動装置を設けることで達成されていた。この従来装置は良い効果を有していたが,パワーを多く消費するし,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに,多くの調整と注意を要するものであった。本発明の構成によると,パワーロスが無視できるほどに減り,長期に亘り調整や注意を必要としない。」 2 構成の全体において,台車あるいは車両からなる行列は,行列の後部に設けられ,台車の下面に設けたラックと係合する駆動ピニオンにより連続的に推進させられる。行列の前部にはラックと係合して制動装置として機能する第2ピニオンが設けられていて,これらピニオン間に位置する台車は圧縮された状態となる。両ピニオンの連結は,錘付加手段あるいはばねを含み,ピニオンが反対方向に回転するような傾向の力を発生するようになされている。ピニオン間に位置する車両あるいは台車がこの力に抵抗する結果,行列は圧縮状態になり,台車の端部同士がきつく係合する状態を保つ。両ピニオンを反対方向に回転させようとするこの力は,ピニオンに等しく作用するので,制動して車両を圧縮状態下に置くためにブレーキ等の類似物を行列の前端で使用する場合に伴うようなエネルギーロス(摩擦によるロスを除いて)がない。
図において,1,2,3,4,5等は,軌道6上の車両あるいは台車の行列であり,研磨される硝子板7を載置している。」 b 甲第3号証の上記訳文第1項によれば,甲第3号証は,車両又は台車の行列を圧縮状態とする手段として,従来の技術は行列の前端に「摩擦ブレーキからなる制動装置」(以下「従来装置」という。)を設けていたのに対して,これを改良することを主目的として,新たな構成から成る発明(以下「甲3新発明」という。)を開示するものである。
そして,甲3新発明の具体的構成及び作動原理は上記訳文第2項において明らかにされている。すなわち,台車の行列を,後端(上手側)に設けた,台車の下面のラックと係合する駆動ピニオンにより連続的に推進し,前端(下手側)にはラックと係合して制動装置として機能する第2ピニオンを設け,錘付加手段等により両ピニオンを連結して,両ピニオンに,ピニオン間の台車が圧縮状態となるような反対方向に回転する傾向の力を作用させるものである。甲3新発明においては,行列の前端のピニオンと行列の後端のピニオンとを連結して,行列の前端のピニオンの回転を行列の後端のピニオンの回転に従属させている。このようなピニオン間の従動連結装置を用いることによって,従来装置の「摩擦ブレーキからなる制動装置」が有していた課題,すなわち,制動機能が行列の後端の搬送装置とは独立していたためエネルギーロスが大きかった,という課題を解決するものである。
このように,甲第3号証に従来装置として言及された「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,甲3新発明においては「ピニオン間の従動連結装置」によって置換されている。そうすると,甲3新発明の構成から,逆に,従来装置である「摩擦ブレーキからなる制動装置」の構成を知ることができ,それは,次の2つのうちいずれかである。
@「ピニオン間の従動連結装置」を設けず,第2ピニオンに摩擦ブレーキを取り付けることによって第2ピニオンに制動力を付与する構成。
A「ピニオン間の従動連結装置」及び「第2ピニオン」のいずれも設けず,行列の前端に設けた摩擦体を台車の側面又は下面等に加圧接触させて制動力を付与する構成。
したがって,甲第3号証に「従来装置」として言及された「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,次のいずれかの構成のものを指すと理解される。
@ 可動体(台車)の前後方向の全長に亘る下側向きのラックに下側から係合するピニオンに制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置 A 可動体(台車)の側面又は下面等に摩擦体を加圧接触させて制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置 また,摩擦ブレーキは摩擦熱を発生させるためパワーを多く消費するものであるし,摩擦材が次第に磨耗することから摩擦材を押し付ける力を調整する機構を備えている。甲第3号証の訳文第1項における「この従来装置は良い効果を有していたが,パワーを多く消費するし,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに,多くの調整と注意を要するものであった。」という記載は,「摩擦ブレーキ」の有するこのような一般的な課題を指摘していると考えられる。
c 上記@又はAの構成を有する甲第3号証の「従来装置」である「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,可動体搬送装置(台車を駆動する搬送装置)とは独立した制動機能を有するものである。したがって,従来装置の「摩擦ブレーキから成る制動装置」には台車を停止する独立する機能はないと認定した上,これと本件発明1の制動装置との間には機能作用上の基本的な相違があるとした本件審決の判断には,誤りがある。
(イ) 被告は,甲第3号証の記載から従来装置の構成を上記@又はAのとおり認定することはできないと主張するが,以下のとおりいずれも失当である。
a 被告は,甲第3号証では機能・作用の説明が全くなされていない「摩擦ブレーキからなる制動装置」の構成を,上記@又はAのように拡張解釈することは許されない」旨を主張する。
しかし,刊行物に記載された発明の内容は,当該刊行物の頒布時の技術常識をも参酌して認定されるべきものである。当時の技術常識参酌すれば,甲第3号証にいう「摩擦ブレーキからなる制動装置」が,より詳しくは,上記@又はAの構成を有することは,当業者であれば特別の思考を要することなく容易に把握できるのである。
すなわち,甲第3号証には,従来装置である「摩擦ブレーキからなる制動装置」の課題として,「パワーを多く消費するし,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに,多くの調整と注意を要するものであった」ことが指摘されており,これを解決するために,甲3新発明は,パワーの消費の点については,制動側のピニオンを駆動側に従動させつつ逆回転させる上述の「ピニオン間の従動連結装置(弾性連結部)」を設けることで解決し,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするための調整・注意の点については,錘等により常に一定の逆回転力を付与させる錘張力付与手段を設けたことで解決している。そして,「摩擦ブレーキからなる制動装置」の上記課題を振り返れば,上記「パワーを多く消費する」ということは,駆動装置とは独立の機構であるがために,駆動力とは別の制動力が必要であったことを示していると理解できるし,「調整と注意を要する」ということは,独立の機構であるがゆえに,甲3新発明のような連続後押しの搬送形態においては,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とすることが要求され,駆動力とは独立した制動力を制御するために「調整・注意」が必要であったことを示していると無理なく理解できる。したがって,従来装置である「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,上記@又はAの構成として把握することができる。
b 被告は,甲第3号証の「遅くさせる力を一定とする」の意味は,後端の搬送装置と前端の制動装置との間で相対的な速度を一定とすることであり,従来装置においても,制動装置と搬送装置とは,チェーンで従動連結するか,あるいは,別々に作動しているとしても両者の間で電気的に同期をとるか等しているから,行列の前端の制動装置が,行列の後端の搬送装置とは独立した制動機能を有することは機構上あり得ない旨を主張する。
しかしながら,甲第3号証の記載によれば,甲3新発明のうち,ばね張力手段33が省かれた変形例である図6のものでは,錘張力付与手段を設けることにより,下側ベルトが伸張しても当該下側ベルトを介してピニオン19に与えるブレーキ力を一定に維持でき,これにより「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定」に調整可能としたものであるとされている。このことから,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」は,連続的に台車を後押しする搬送形態においては搬送装置による駆動力と制動装置による制動力とのバランスをとる必要があるために,駆動力に応じた一定のブレーキ力を付与する必要があること,すなわち,一般的に必要とされる制動装置の機能を意味しているにすぎないことが理解できる。
よって,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」は,「摩擦ブレーキからなる制動装置」の構成を何ら特定するものではなく,甲第3号証の搬送形態(連続的に後押しするもの)において必要とされる機能を説明しているにすぎないのであり,その他の搬送形態,例えば連続的に後押しするのではなく台車が停止してもかまわないような搬送形態で「摩擦ブレーキからなる制動装置」を採用する場合には特に要求されない機能であることも容易に理解できる。搬送装置から機構的に独立した摩擦ブレーキであっても,何らかの調整と注意により達成できるものであり,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに,多くの調整と注意を要するものであった。」とはこのようなことを説明している。
c 被告は,従来装置の「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,可動体を停止する制動力を付与する制動機能を奏し得ない旨主張するが,本件審決と同様に,甲第3号証に記載された「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」という機能について誤解している。
上述したとおり,この機能は,甲第3号証記載のような連続後押しシステムの制動装置において必要とされる機能であって,従来装置として挙げられた「摩擦ブレーキからなる制動装置」の機能は,かかる機能に限定されない。甲第3号証の従来装置である「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,可動体搬送装置に対して独立した制動機能を有するものであり,連続後押しシステムにおいて「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」という機能に限定されるのではない。
すなわち,甲3新発明のような,連続的に台車を後押しする搬送形態の場合には,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ことが要求されるが,搬送形態がこれと異なり,例えば連続的に後押しするのではなく本件発明1のように先端側で台車が停止してもかまわないような搬送形態の場合には,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ことは特に要求されない。したがって,従来装置の「摩擦ブレーキからなる制動装置」が,それ自体として動作して台車を停止させることができることは,当業者であれば容易に理解できる。
つまり,台車を後押しする搬送形態において,搬送装置により押されて台車群が密接状態で動いている間は,台車群に対して「遅くさせる力」を付与する「摩擦ブレーキ」は台車群の移動を許すが,新たな台車が投入されないとき,すなわち搬送装置のところに台車がないときには,「摩擦ブレーキ」は台車群の先頭の台車に接していることから推進力が与えられていない台車群の逸走を阻止(停止)させるように作用することは明らかである。「後押し作用がない時に,台車を停止する独立した機能」は,「摩擦ブレーキからなる制動装置」が当然に有している機能に他ならない。
そして,このような摩擦ブレーキからなる制動装置は,前記のとおり,甲第3号証に図示された「ピニオン間の従動連結装置」を有していないものであるから,一定経路の上手側に設けられた可動体搬送装置とは独立した制動機能を有するものであり,したがって,新たな可動体による後押しが作用しないときには可動体を停止させる機能を有し,該後押しが作用するときには可動体搬送装置により移動力が付与された可動体に従動する機能を有する。
d 被告は,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ことを課題とする甲第3号証において,制動装置が独立した制動機能を有することは機構上あり得ないと主張するが,「独立した制動機能」は搬送装置に対してチェーン等で連結されていないことを意味し,このような独立した制動機能を有する制動装置であっても,搬送装置との間で何かの調整を行って,ブレーキ力を一定とすることができることは明らかである。
すなわち,甲第3号証の記載によれば,従来装置における「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,搬送装置に対してチェーン等で連結されておらず「独立した制動機能」を有し,それがゆえに,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに多くの調整と注意が必要であるだけでなく,連結されていないがために駆動力とは別に制動力が必要でありパワーロスの問題があったことが容易に読み取れる。
よって,「摩擦ブレーキからなる制動装置」の機能を「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ものであると限定解釈した上で,本件発明1が「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ものでないため「摩擦ブレーキからなる制動装置」は本件発明1の「可動体に制動力を付与する制動装置」に該当しないとする被告の主張は失当である。
なお,被告は,仮に,「摩擦ブレーキからなる制動装置」が行列の後端(上手側)の搬送装置とは独立した制動機能を有すると解釈されるとしても,当該「摩擦ブレーキからなる制動装置」の機能は,本件審決において判断されたように,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」というものであって,本件発明1でいう制動装置との間に機能作用上の基本的な相違があり,甲3の1には,本件発明1でいう「可動体に制動力を付与する制動装置」に相当するものがない,と主張するが,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」といった機能は,甲3の1のような連続後押しシステムの制動装置に必要とされた機能であって,本件発明1でいう制動装置に必要とされるかどうかは問題ではない。上述のとおり,「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,限定された機能しか達成できないというものではない。
イ 取消事由2(相違点1〜3に係る本件発明1の構成を備えることは容易でないとした判断の誤り) 本件審決は,「請求人の主張するところは,上記相違点1〜3に係る,本件発明1の備えるそれぞれの構成は,甲第4号証以下に記載されたところに基づいて,当業者が容易に想到できたというにとどまる。そうすると,請求人の上記各相違点に係る主張が仮に正しいとしても,上述した相違点1〜3に係る3つの構成の全てを合わせ備えることまでが容易とはいえない以上,本件発明1が,甲第3〜6号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。」(12頁4〜10行)と説示したが,かかる判断は,以下のとおり誤りである。
なお,以下の説明の便宜のため,甲第3号証に「従来装置」として示された可動体搬送装置の構成を,上記アに認定したところを踏まえて分節すれば下記のとおりである。
記 A 複数の可動体が実質的に密着状態で直列状に並んで移動可能な一定経路を設け, B' 前記可動体に,その前後方向の全長に亘って下側向きのラックを設け, C' 前記一定経路の上手側に,前記ラックに係合する駆動ピニオンにより前記可動体に移動力を付与する可動体搬送装置を設け, D' 前記一定経路の下手側に,前記ラックに係合するピニオンに制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置,又は,前記可動体の側面又は下面等に摩擦体を加圧接触させて制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置を設けてなる, G 可動体搬送設備。
(以下,「引用発明1」という。) また,これとの対比のため,本件発明1を構成要件ごとに分節すると下記のとおりである。
記 A 複数の可動体が実質的に密着状態で直列状に並んで移動可能な一定経路を設け, B 前記可動体に,その前後方向の全長に亘って外側向きの受圧面を左右一対に設け, C 前記一定経路の上手側に,前記受圧面に当接離間自在な左右一対の押圧ローラと,これら押圧ローラを当接離間動させる揺動駆動装置とを有し,かつ両押圧ローラを両受圧面に当接作用させることで可動体に移動力を付与する可動体搬送装置を設け, D 前記一定経路の下手側に,前記受圧面に当接離間自在な左右一対のブレーキローラを有しかつ両ブレーキローラを両受圧面に当接作用させることで可動体に制動力を付与する制動装置を設け, E 前記可動体搬送装置の上手側に,この可動体搬送装置に可動体を投入させる投入手段を設けるとともに, F 前記制動装置の下手側に,可動体を早送りで搬出させる搬出手段を設けたことを特徴とする G 可動体搬送設備。
(ア) 相違点1について 本件審決の認定した相違点1は,本件発明1の構成要件B,Cと引用発明1の構成要件B',C'との相違をいうものであるが,引用発明1の構成要件B',C'の構成を本件発明1の構成要件B,Cに置換することは,以下のとおり,当業者にとって容易である。
a 引用発明1のラック(構成B')は,可動体の前後方向の全長に亘り設けられた下側向きのものである。また,引用発明の可動体搬送装置(構成C')は,一定経路の上手側に設けられた前記ラックに係合する駆動ピニオンにより前記可動体に移動力を付与するものである。
また,甲第4号証には,本件発明1の構成要件Bに相当する「可動体(鉱車)の前後方向に亘って設けられた外側向きの左右一対の受圧面(両側面)」,及び,本件発明1の構成要件Cの可動体搬送装置に相当する「前記受圧面(両側面)に当接離間自在な左右一対の押圧ローラ(摩擦輪)と,これら押圧ローラ(摩擦輪)を当接離間動させる揺動駆動装置とを有し,かつ両押圧ローラ(摩擦輪)を両受圧面(両側面)に当接作用させることで可動体(鉱車)に移動力を付与する可動体搬送装置(駆動装置)」が開示されている。そして,該可動体搬送装置は,非自走式の鉱車を操車する線路の適宜位置に設けられるものである。
ところで,回転体による駆動方式について,歯車駆動方式又は摩擦駆動方式を選択すること,及び,上下方向又は左右方向等の回転体の回転軸の方向を選択することは,甲第5号証における,左右一対の外側向きのラックに係合し,上下方向軸まわりに回転する左右のピニオンによる歯車駆動方式の開示,甲第6号証における,下側向きの受圧面に当接し,左右方向軸まわりに回転する下方の押圧ローラによる摩擦駆動方式,及び,左右一対の外側向きの受庄面に当接し,上下方向軸まわりに回転する左右の扶持形式の押圧ローラによる摩擦駆動方式の開示,甲第4号証における,左右一対の摩擦輪を鉱車の両側面に圧接し,回転原動機の駆動力を鉱車に伝達して鉱車を駆動する摩擦駆動方式の開示,並びに,甲11〜28等に示された周知技術に基づいて,当業者が容易に想到できたことである。
さらに,揺動駆動装置を用いることは,甲第4号証における,揺動腕を鉱車の両側面に当接離間動する構成の開示により,当業者が容易に想到できたことである。
そうであれば,引用発明の構成C'の可動体搬送装置(左右方向の回転軸まわりに回転する回転体(ラック)による歯車駆動方式)を甲第4号証の可動体搬送装置(上下方向の回転軸まわりに回転する回転体(摩擦輪)による摩擦駆動方式)に置換することは,当業者にとって容易である。この場合において,引用発明の構成B'の「ラック」を甲第4号証の「受圧面」に置換することも,駆動方式に対応するものであるため,当業者にとって容易である。
b 本件審決は,「甲第3号証記載の発明が「硝子研磨装置」に関するものであるのに対して,甲第4号証は「鉱車の操車装置」,甲第6号証に至っては「なめし皮等の伸張及び乾燥等を行う装置」に関するものであって,いずれも<物品の搬送>という,上位の機能において共通するところがあるとはいっても,それぞれの搬送対象物や搬送の目的が大きく相違しており,本件発明において搬送対象物が明示されているわけではない点を考慮に入れても,なお,上記甲各号証の記載事項を単純に寄せ集め,組み合わせることを,直ちに容易とするのは妥当とはいいがたい。」(12頁13〜20行)と説示している。
しかし,引用発明の可動体搬送設備は,間接搬送対象物(硝子板)を搬送するために直接搬送対象物(台車)を搬送するものであり,甲第4号証の可動体搬送設備も,間接搬送対象物(鉱物)を搬送するために直接搬送対象物(鉱車)を搬送するものである。同様に,甲第5号証のものは,間接搬送対象物(硝子板)を搬送するために直接搬送対象物(硝子板支持台)を搬送する可動体搬送設備であり,甲第6号証のものは,間接搬送対象物(なめし皮)を搬送するために直接搬送対象物(プレート)を搬送する可動体搬送設備である。
このように,甲第3〜第6号証に開示されたものは,いずれも,間接搬送対象物を搬送するために直接搬送対象物を搬送するものであるから,これらの記載事項を組み合わせることについて技術的阻害要因はなく,本件審決の上記説示は誤りである。
c また,本件発明1の構成要件B及びCに係る構成は,当業者の予期し得ない作用効果を奏するものではない。
(イ) 相違点2について 本件審決の認定した相違点2は,本件発明1の構成要件Dと引用発明1の構成要件D'との相違をいうものであるが,引用発明1の構成要件D'の構成を本件発明1の構成要件Dに置換することは,当業者にとって容易である。
審決は,甲第3号証の従来装置における制動装置の機能について,「同号証の記載によれば,「ブレーキ力すなわち遅くする力を一定とする」というものであって,本件発明1でいう制動装置との間に機能作用上の基本的な相違があるといえる」(12頁35〜37行),「甲第4号証に本件発明1でいう制動装置に相当するものの開示があるとしても,上記のブレーキ………を甲第4号証記載の摩擦輪等に置き換えることは,当業者の容易に想到し得るところではない」(13頁5〜7行)と説示したが,以下のとおり誤りである。
a 上述のとおり,引用発明1の制動装置(構成D')は,@一定経路の下手側に設けられた,可動体(台車)の前後方向の全長にわたる下側向きのラックに係合するピニオンに制動力を付与する摩擦ブレーキから成るもの,又は,A可動体の側面又は下面等に摩擦体を加圧接触させて制動力を付与する摩擦ブレーキから成るものである。
甲第4号証には,「さらに両者を一体にした制動装置付電動機を用いることも可能である。」と記載され,両者(回転電動機及び制動機)を一体にしない構成が含まれることが明らかであると共に,「前記摩擦輪を回転原動機あるいは制動機に連結し」及び「回転原動機の駆動力あるいは制動機の制動力を鉱車に伝達し」と記載され,摩擦輪を制動機のみに連結してなる構成も含まれることは明らかである。したがって,甲第4号証には,本件発明1の構成要件Dの制動装置に相当する「駆動機能を有しない制動機能のみを有する,受圧面に当接離間自在な左右一対のブレーキローラ(摩擦輪)を有しかつ両ブレーキローラ(両摩擦輪)を両受圧面(鉱車の函体または車体枠の両側面)に当接作用させることで可動体(鉱車)に制動力を付与する制動装置」が開示されている。そして,該制動装置は,非自走式の鉱車を操車する線路の適宜位置に設けられるものであり,該線路の適宜位置に設けられた可動体搬送装置とは独立したものである。
他方,上述したとおり,甲第3号証と甲第4号証の搬送技術に関する記載事項を組み合わせることについて技術的阻害要因はなく,引用発明1の制動装置は,本件発明1の制動装置と同様に,後押し作用がない時に,台車を停止する独立した機能を有するものである。
よって,引用発明の構成D'を,可動体搬送装置と独立している甲第4号証の制動装置である「受圧面に当接離間自在な左右一対のブレーキローラを有しかつ両ブレーキローラを両受圧面に当接作用させることで可動体に制動力を付与する制動装置」に置換することは,当業者にとって容易である。
b 被告は,甲第3号証の従来装置(引用発明1)の「摩擦ブレーキからなる制動装置」について,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」との記載によれば,制動装置から車両あるいは台車に与えられるブレーキ力は,これら台車を遅くさせる力程度のものであって,これら台車を停止させるほどの制動力でないことは明らかであり,新たな台車による後押しが作用しないときには先行する台車に摩擦ブレーキを掛けたとしても,この台車は遅くされた速度で走行させられ続ける構成のものであり,逸走する台車を遅くさせるブレーキ力は働いても停止させるようなことがない旨を主張している。
しかし,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」とは,甲第3号証のような連続した後押し搬送形態の場合に求められる機能であり,「摩擦ブレーキからなる制動装置」をそのような搬送形態に用いた場合には当然,台車を停止させる程の制動力を与えることはできないことになるが,「摩擦ブレーキからなる制動装置」の機能が,そのように限定されるとはいえず,その他の搬送形態,例えば連続的に後押しするのではなく本件発明1のように先端側で台車が停止してもかまわないような搬送形態においては,引用発明1の「摩擦ブレーキからなる制動装置」を採用して台車を停止させることができるのであるから,ブレーキ力は働いても停止させることがないとの被告の主張は,失当である。
c また,被告は,甲第4号証記載の発明においては,電動機に付属した制動機により鉱車を減速又は停止させるにとどまり,同号証における制動機は「電動機に付属した制動機」と理解されるべきであり,当該制動機を駆動機能を有しない制動機構のみを有するものと解することはできない旨を主張する。
しかし,甲第4号証記載の発明は,その実施例のみに限定されるものではなく,当該刊行物の頒布時の技術常識参酌して認定されるべきものである。甲第4号証には,「操車レールの両側に,鉱車の函体あるいは車体枠の側面に接する摩擦輪を支持する揺動腕を設け,接手あるいは変速機構を介して前記摩擦輪を回転原動機あるいは制動機に連結し,前記揺動腕により摩擦輪を鉱車の函体または車体枠側面に圧接せしめ両者の摩擦結合により,回転原動機の駆動力あるいは制動機の制動力を鉱車に伝達して,鉱車の発進,走行あるいは停止を行わしめる。この場合回転原動機としては電動機特に誘導電動機が適しており,また制動機としては普通構造のものを用いるか,あるいは一定速度以上においてのみ制動がかかるように粘性流体あるいは遠心力を利用したものを用いることができる。さらに両者を一体にした制動装置付電動機を用いることも可能である」(1頁右欄1〜16行)と記載されている。この記載において,「両者を一体にした制動装置付電動機を用いることも可能である」とされていることから,甲第4号証記載の発明が,両者(回転原動機(電動機)及び制動機(制動装置))を一体にしない構成を含むことは明らかであり,「前記摩擦輪を回転原動機あるいは制動機に連結し」及び「回転原動機の駆動力あるいは制動機の制動力を鉱車に伝達し」とされていることから,摩擦輪を制動機のみに連結してなる構成も含むものであることは明らかである。
d また,本件発明1の相違点2に係る構成(構成要件D)は,当業者の予期し得ない作用効果を奏するものではない。
被告は,本件発明1のようにブレーキローラーによって可動体の停止を行う制動手段の置換を示唆するものではないから,甲第4号証に記載の制動手段を甲第3号証の従来装置(引用発明1)の「摩擦ブレーキからなる制動装置」に置換することが容易にできるとはいえない,また,一定経路の下手側に位置している可動体の受圧面に対して制動装置のブレーキローラを当接作用させることで制動力を作用でき,これにより可動体の逸走することを防止できるとの本件発明の効果は奏し得ない,と主張しているが,上述のように,台車の搬送形態,特に本件発明1のような搬送形態においては,引用発明1の「摩擦ブレーキからなる制動装置」を採用して台車を停止させることが可能であることは明らかであり,引用発明1の「摩擦ブレーキからなる制動装置」を甲第4号証の制動装置に置換することは容易であり,これにより本件発明1と同じ効果を奏することも明らかである。
(ウ) 相違点1及び相違点2を併せ備えることについて a そして,相違点1及び2に係る本件発明1の備える構成(構成要件B〜D)を併せ備えることも,以下のとおり,当業者が容易に想到できたことである。
b すなわち,後押し駆動により可動体同士の実質的な密着状態を維持しながら搬送する搬送設備の構成を選択する場合において,搬送装置及び制動装置の構成は,別々に検討されるものではなく,搬送設備系全体として一体的に検討されるものであり,同様の構成とされるのが一般的である。たとえば,搬送装置及び制動装置における作用体は,共に,本件発明1では可動体の左右一対の受圧面に当接作用する左右一対のローラであり,甲第3号証に図示のものでは可動体の下側のラックに係合するピニオンであり,甲第5号証のものでは可動体の左右一対のラックに係合する左右一対のピニオンである。
また,摩擦駆動方式又は歯車駆動方式の選択,及び,上下方向又は左右方向等の回転体(ローラ又は歯車)の回転軸の方向の選択等に応じて,受圧面又はラックの構成も決定される。
さらに,本件出願前,一定経路の上手側の搬送装置及び下手側の制動装置における可動体への作用体として多数の機械要素が使用されていると共に,該機械要素は一般的なものである。また,該機械要素の選択は,本件特許出願時の技術水準を考慮すれば,設計事項にすぎないものである。
したがって,例えば,下手側の制動装置の作用体として,甲29の摩擦板又は甲30の摩擦抵抗体等のように,可動体搬送装置の作用体と異なる簡易な構成を採用することもでき,このような構成によっても,駆動機構及び連結装置を持たない非連結式の複数の可動体を,一定経路の上手側に配設した可動体搬送装置,及び,前記一定経路の下手側に配設した制動装置を用いて,後押し駆動により前記可動体同士の実質的な密着状態を維持しながら搬送する搬送系を構成することができる。
上記のとおり,引用発明1は一定経路の上手側の可動体搬送装置と一定経路の下手側の制動装置とを併せ備えており,引用発明1の構成B'及びC'を本件発明1の構成B及びCに置換すること(相違点1),引用発明の構成D'を本件発明1の構成Dに置換すること(相違点2),すなわち,引用発明1における,一定経路の上手側の搬送装置を甲第4号証の搬送装置に置換し,併せて,該一定経路の下手側の制動装置を甲第4号証の制動装置へ置換することも当業者が容易に想到できたことである。よって,相違点1及び2に係る本件発明1の構成を併せ備えることは,当業者が容易に想到できたことである。
(エ) 相違点3について 本件審決の認定した相違点3は,本件発明1の構成要件E,Fに相当する構成を引用発明1が要しないことをいうものであるが,引用発明1の搬送設備を本件発明1の構成要件E,Fを具備するものとすることは,以下のとおり,当業者にとって容易である。
a 甲第3号証には,引用発明1が,「投入手段」及び「搬出手段」(構成要件E及びF)を有することの記載はない。しかし,前件審決(甲35)は,引用発明1と同様に硝子板の硝子研磨装置への搬送を目的とする発明を開示した甲第5号証について,「………したがって,甲第3号証(判決注;本件の甲第5号証)に記載の発明と本件特許の請求項1に係る発明とでは「複数の可動体が実質的に密着状態で直列状に並んで移動可能な一定経路を設け,前記可動体に,その前後方向の全長に亘って外側向きの受動部を左右一対に設け,前記一定経路の上手側に,前記受動部の左右に接して可動体に移動力を付与する可動体搬送装置を設け,前記可動体搬送装置の上手側に,この可動体搬送装置に可動体を投入させる投入手段を設け,前記一定経路の下手側に,可動体を早送りで搬出させる搬出手段を設けた可動体搬送設備。」である点で一致」(6頁下から8行〜1行)すると説示し,甲第5号証には,「可動体搬送装置に可動体を投入させる投入手段」及び「可動体を早送りで搬出させる搬出手段」が設けられていると認定している。
また,甲第3号証に「投入手段」及び「搬出手段」の記載がないのは,必要がないから記載がないのではなく,当業者であれば当然必要なことがわかるものであること(当該発明が解決しようとする課題の解決手段ではない従来技術に相当するものであること)に基づくものである。
さらに,駆動機構及び連結装置を持たない非連結式の複数の可動体を,一定経路の上手側に配設した可動体搬送装置,及び,前記一定経路の下手側に配設した制動装置を用いて,後押し駆動により前記可動体同士の実質的な密着状態を維持しながら搬送する搬送系において,投入手段及び搬出手段を備える構成は一般的なものである。
したがって,硝子板の硝子研磨装置への搬送を行う引用発明1の可動体搬送設備に,例えば,甲第5号証の「可動体搬送装置に可動体を投入させる投入手段」(構成E)及び「可動体を早送りで搬出させる搬出手段」(構成F)を付加することには何ら技術的阻害要因はない。
b よって,引用発明1の構成に,構成Eの投入手段及び構成Fの搬出手段を付加して本件発明1の相違点3に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できたことである。本件審決は,「請求人はまた,上記相違点3に関して,甲第5号証及び甲第6号証には,「投入手段」及び「搬出手段」といえるものの開示があり,これを甲第3号証記載の発明に適用するのは容易とする旨の主張をしているが,甲第3号証記載の「軌道」がどのような態様のものであるか明確にされていない以上,当該主張も直ちに採用できるというものではない。」(12頁21行〜25行)と説示するが,誤りである。
(オ) 相違点1〜3のすべてを合わせ備えることについて a 以上のとおり,引用発明1の搬送装置を甲第4号証の搬送装置へ置換すること(相違点1),引用発明1の制動装置を甲第4号証の制動装置へ置換すること(相違点2),及び,引用発明1の可動体搬送設備に甲第5号証の「可動体搬送装置に可動体を投入させる投入手段」及び「可動体を早送りで搬出させる搬出手段」を付加すること(相違点3)は,いずれも,本件出願前において,当業者が容易に想到できたことである。
b なお,駆動機構及び連結装置を持たない非連結式の複数の可動体を,一定経路の上手側に配設した搬送装置,及び,前記一定経路の下手側に配設した制動装置を用いて,後押し駆動により前記可動体同士の実質的な密着状態を維持しながら搬送する搬送系において,該搬送装置,該制動装置,該搬送装置の上手側の投入手段,及び,該制動装置の下手側の搬出手段の四つ(相違点1〜3に係る三つの構成)をすべて併せ備えた多数の可動体搬送設備が,本件出願前に公知となっている。そして,これら公知の可動体搬送設備と本件発明1とを比較すると,公知の可動体搬送設備では,搬送装置及び制動装置における可動体への作用体が共にローラであるものはないが,本件発明1では,該作用体が共にローラである点で相違する。
しかし,本件出願前において,該作用体として多数の機械要素が使用されているとともに,該機械要素は一般的なものである。また,該機械要素の選択は,本件特許出願時の技術水準を考慮すれば,設計事項にすぎないものである。特に,回転体であるローラ,歯車及びスプロケットの置換は,極めて容易であるといえる。
c 以上より,相違点1〜3に係る本件発明1の備える構成のすべてを併せ備えることは,当業者が容易に想到できたことである。
d 被告は,甲第3号証に記載される移送手段により生じる短所や欠点を,本件発明1においては,押圧ローラやブレーキローラにより解決している旨を主張する。
しかし,被告のいう甲第3号証に記載される移送手段(ラック9と駆動ピニオン11との噛合形式)による短所や欠点(搬送や制動を行う回転体が歯車の場合の問題点)について,甲13及び甲18は,下方からのローラによりパレットを駆動する摩擦駆動方式を採用している。また,摩擦ローラを用いた摩擦駆動方式の場合,該摩擦ローラが当接する可動体の受圧面が滑らかな連続面に形成されていなくても,また接触状態で連続して搬送される可動体群の隣り合う可動体間の受圧面に連続性を欠く箇所があっても,該摩擦ローラと該受圧面との係合に支障がないことは,甲第6号証,甲22及び甲23に図示された構成から明らかである。したがって,歯車駆動方式(ラック9と駆動ピニオン11との噛合形式)により生じる短所や欠点及び摩擦駆動方式の作用効果は,本件出願前において,本件発明の属する搬送関連の技術分野における一般的技術常識にすぎないものである。
また,歯車駆動方式又は摩擦駆動方式の選択は,本件出願前において,当業者の単なる設計事項にすぎず,歯車駆動方式(ラックピニオン形式)から摩擦駆動方式への置換も,本件出願前において,当業者が容易に想到できたことである。
よって,歯車駆動方式又は摩擦駆動方式の選択についての被告による当該主張は失当である。
(カ) 以上のとおりであるから,本件審決が,「請求人の主張するところは,上記相違点1〜3に係る,本件発明1の備えるそれぞれの構成は,甲第4号証以下に記載されたところに基づいて,当業者が容易に想到できたというにとどまる。そうすると,請求人の上記各相違点に係る主張が仮に正しいとしても,上述した相違点1〜3に係る3つの構成の全てを合わせ備えることまでが容易とはいえない以上,本件発明1が,甲第3〜6号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。」(12頁4〜10行)と判断したことは,誤りである。
2 請求原因に対する認否 請求の原因(1)(2)(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論 本件審決の,本件発明1の進歩性の判断に誤りはなく,原告が,本件審決の認定判断が誤りであるとして主張するところは,いずれも失当である。
(1) 取消事由1に対し ア 原告は,甲第3号証に記載された「従来装置」における,行列の前端に設けた「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,@「可動体(台車)の前後方向の全長に亘る下側向きのラックに下側から係合するピニオンに制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置」,又は,A「可動体(台車)の側面又は下面等に摩擦体を加圧接触させて制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置」と認定することができるから,新たな可動体による後押しが作用しないときには可動体を停止させる機能を有し,該後押しが作用するときには可動体搬送装置により移動力が付与された可動体に従動する機能を有する旨を主張する。
しかし,甲第3号証には,「摩擦ブレーキからなる制動装置」の機能・作用について説明はなく,原告の主張する上記@,Aの構成を有することは,全く開示・示唆されていない。その機能・作用について説明のない「摩擦ブレーキからなる制動装置」という文言について,上記@,Aのような具体的構成を有するものとして解釈することはできない。
イ 原告は,甲第3号証に図示された発明(甲3新発明)に係る「ピニオン間の従動連結装置」は,「摩擦ブレーキからなる制動装置」が,行列の後端(上手側)の搬送装置とは独立した制動機能を有するために,エネルギーロスが大きいという課題に着目してなされたものであるから,逆に見れば,「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,例えば,Fig.6の「錘付加手段からなる,ピニオン間に位置する台車を圧縮するようにしたピニオン間の従動連結装置」(スプロケット46,46,チェーン40,プーリ41ないし43及び錘39等)と置き換えた,独立した制動機能の構成であると主張する。しかし,この主張は,甲第3号証の記載に全く基づかない推測の域を出ないものである。特に,甲3新発明が,「摩擦ブレーキからなる制動装置が,行列の後端(上手側)の搬送装置とは独立した制動機能を有するためエネルギーロスが大きい」ことを解決課題とするとの点は,甲第3号証の記載事実からは全く導き出せない。
この種の「硝子研磨装置」においては,硝子の研磨量を一定とするために均一な速度で台車を移送できるようにする必要があるから,搬送装置と制動装置との間において「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」機能を奏する機構を備えている。この「遅くさせる力を一定とする」の意味は,後端(上手側)の搬送装置と前端(下手側)の制動装置との間での相対的な速度を一定とするものであり,該制動装置と該搬送装置とは,甲第3号証にあるようなチェーンで従動連結するか,あるいは,別々に作動しているとしても両者の間で電気的に同期をとるか,等している。したがって,この種の「硝子研磨装置」においては,「行列の前端(下手側)の制動装置が,行列の後端(上手側)の搬送装置とは独立した制動機能を有する」ことは機構上あり得ない。
仮に,「摩擦ブレーキからなる制動装置」が行列の後端(上手側)の搬送装置とは独立した制動機能を有すると解釈されるとしても,当該「摩擦ブレーキからなる制動装置」の機能は,「ブレーキ力すなわち遅くする力を一定とする」というものであって,本件発明1でいう「可動体に制動力を付与する制動装置」に相当するものではない。
ウ 原告は,甲37を援用して,当時の技術常識参酌すれば,引用発明1の「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,上記@,Aの構造を有するものとして,当業者であれば特別の思考を要することなく容易に把握できるとしているが,甲37には,帯状の摩擦材からなるブレーキが記載されているものの,本件発明1が有する「受圧面に当接離間自在な一対のブレーキローラ」の記載はなく,いわんや,上記@及びAの構造の制動装置については,その記載事実を見出せない。
また,甲第3号証には,従来装置である「摩擦ブレーキからなる制動装置」の機能について,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ことのみが言及されているにすぎないから,従来装置において求められる機能は,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ことのみであって,停止機能は何ら求められていないと解釈されるべきであり,「後押し作用がない時に,台車を停止する独立した機能」を有するものとは断定し得ない。
エ 原告は,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」といった機能は,甲第3号証記載のもののような連続後押しシステムの制動装置に必要とされた機能であって,本件発明1でいう制動装置に必要とされるかどうかは問題ではないと主張するが,「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,甲第3号証記載のもののような連続後押しシステムの制動装置に採用された場合に,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」との機能を備えることが必須であり,台車を停止できる機能を備えることを全く求められていない。「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ものであるから,このような機能を必要としない本件発明1に適用することに阻害事由を有していることになる。
オ 原告は,「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,当然に,新たな可動体による後押しが作用しないときには可動体を停止させる機能を有し,該後押しが作用するときには可動体搬送装置により移動力が付与された可動体に従動する機能を有する旨を主張する。しかし,「該後押しが作用するときには可動体搬送装置により移動力が付与された可動体に従動する機能を有する」ためには,「摩擦ブレーキからなる制動装置」が,少なくとも前記@,Aの構成を有することが必要であるが,甲第3号証の「摩擦ブレーキからなる制動装置」が,かかる構成を有さず,可動体を停止する制動力を付与する制動機能を奏し得ないことは明白である。
カ これに対して,本件発明1にいう「可動体に制動力を付与する制動装置」は,本件明細書の発明の詳細な説明中における「一定経路5の下手端近くには,………当接離間自在な左右一対のブレーキローラ33A,33Bなどから構成される。」(5欄37〜42行),「強制回転Aされている押圧ローラ22A,22Bを………すなわち台車1群は,実質的に密着状態で直列状に並んで一定経路5を移動することになる」(6欄13〜28行)との記載及び第1〜第4図から,本件発明1において,一定経路の下手側に設けられたブレーキローラ33A,33Bは,可動体搬送装置7とは独立して設けられ,一定経路の下手側に位置している台車に対して制動力を働かせることにより,該台車を停止させて逸走することを防止しており,このようにして停止した先行する台車群に対し,強制回転されている押圧ローラ22A,22Bが新たな台車に移動力を与えて一定経路上を移送させると,該台車が先行する台車群に当接し後押しして,該台車と先行する台車群が隙間を生ずることなく円滑に移動を行うものであるといえ.本件発明1の「可動体に制動力を付与する制動装置」は,新たな台車による後押しが作用しないときには,台車を停止させる機能を有し,新たな台車による後押しが作用するときには,従動する機能を有するものであって,甲第3号証の従来装置である「摩擦ブレーキからなる制動装置」の機能とは明らかに相違する。
(2) 取消事由2に対し 原告は,甲第3〜第6号証に開示される搬送対象物を間接対象搬送物と直接搬送対象物に概念分けして「搬送対象物及び搬送の目的の比較」を行い,その結論として,甲第3〜第6号証の搬送技術に関する記載事項を組み合わせることについての技術的阻害要因はないと,また,歯車駆動方式又は摩擦駆動方式の選択容易性や上下方向又は左右方向等の回転軸の方向の選択容易性については当業者が容易に想到できたことであると,さらに,揺動駆動装置を用いることの容易想到性についても甲第4号証に開示される技術的事項により当業者が容易に想到できたことであると主張するが,以下のとおりいずれも失当である。
ア 甲第3号証には,「この従来装置は良い結果を有していたが,パワーを多く消費するし,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに,多くの調整と注意を要するものであった。」と記載されている。この記載によれば,ブレーキ力は,台車を遅くさせる程度のものであり,停止させる程の制動力でないことは明らかであるから,新たな台車による後押しが作用しないときに,従来装置の「摩擦ブレーキからなる制動装置」によって,先行する台車にブレーキを掛けたとしても,台車は遅くされた速度で走行させられ続け,逸走する台車を遅くさせることができても停止させるようなことがないことは明らかである。加えて,上記「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,多くの調整と注意を要するものであるから,上記従来装置は,一定経路の下手側に,単に「摩擦ブレーキからなる制動装置」を設けた構成のものではなく,硝子研磨装置に求められる「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」という「機能」と,多くの調整と注意を要するような「構成」とを備え持つものと解すべきである。
すなわち,甲第3号証の「従来装置」(引用発明1)に用いられた「摩擦ブレーキからなる制動装置」では,「新たな台車による後押しが件用しないときには,台車を停止させる」という機能を有しないことから,「一定経路の下手側に位置している可動体の受圧面に対して制動装置のブレーキローラを当接作用させることで制動力を作用でき,これにより可動体が逸走することを防止でき」(本件明細書の7欄5〜9行)という本件発明1の効果は奏し得ない。
イ(ア) 原告は,甲第4号証に記載された当接離間自在で揺動駆動装置により当接離間動する押圧ローラでの摩擦駆動手段及び制動手段を,引用発明1の従来装置の可動体搬送装置及び摩擦ブレーキからなる制動装置に置換することによって本件発明1の構成に到達すると主張する。
甲第4号証に記載された発明では,一対の揺動腕3の遊端に,それぞれ制動装置付誘導電動機10に連動した摩擦輪1,1が設けられ,両揺動腕3間に,摩擦輪1,1を互いに接近離間動させる圧気シリンダ11が設けられている。この構成によると,圧気シリンダ11により両揺動腕3を互いに接近動させ,駆動されている摩擦輪1,1を鉱車函体12の両側面に押圧させることで,鉱車函体12に走行力を付与できる。あるいは誘導電動機10に付属した制動機により,鉱車函体12を減速又は停止できる。
しかし,この発明は,この摩擦輪1,1と鉱車函体(あるいは車台枠側面)との摩擦結合により,誘導電動機10の駆動によって一台あるいは連結された一連の鉱車列に対する加速ドライブに使用するか,誘導電動機10に付属した制動機の作動で一台あるいは連結された一連の鉱車列に対する減速ブレーキに使用するか等を行い得るようにして多様化を図った「鉱車の操車装置」である。このように甲第4号証の揺動駆動装置は,「摩擦輪を鉱車の函体側面に圧接したことによる摩擦を介して,電動機の回転駆動力を鉱車に伝達して進行方向に駆動したり,電動機に付属した制動機により鉱車を減速又は停止させるものである」というにとどまり,一対の揺動腕3を有する「鉱車の操車装置」の機能作用は,鉱車の減速,停止,発進,走行等の操作タイミングを図るためのものであって,「揺動駆動装置によって,可動体搬送装置への投入手段による台車の投入を何ら支障なく円滑に行う」ことを課題としたものではないから,甲第4号証に記載された摩擦駆動手段を引用発明1の「可動体搬送装置」に置換することが容易想到とはいえない。また,引用発明1の「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,台車の停止に通ずる程の制動力を付与させるものではないから,甲第4号証記載の制動手段を引用発明1の「摩擦ブレーキからなる制動装置」に置換することが容易想到とはいえない。
(イ) 原告は,甲第4号証の「両者を一体にした制動装置付電動機を用いることも可能である。」との記載から,同号証に記載された発明は,両者(回転電動機(電動機)及び制動機(制動装置))を一体にしない構成も含むことは明らかであると主張するとともに,「前記摩擦輪を回転原動機あるいは制動機に連結し」及び「回転電動機の駆動力あるいは制動機の制動力を鉱車に伝達し」との記載から,摩擦輪を制動機のみに連結してなる構成も含むものであり,したがって,甲第4号証には,本件発明1の構成要件Dの制動装置に相当する「駆動機能を有しない制動機能のみを有する,受圧面に当接離間自在な左右一対のブレーキローラ(摩擦輪)を有しかつ両ブレーキローラ(両摩擦輪)を両受圧面(鉱車の函体または車体枠の両側面)に当接作用させることで可動体(鉱車)に制動力を付与する制動装置」の開示があると主張している。
しかし,甲第4号証が開示する「鉱車の操車装置」は,従来技術の問題点,すなわち「このように操車にはその目的に応じて種々の操車装置を用いねばならないが,一方これらの装置はいずれもその機能が固定されているため,特に立坑の坑口あるいは坑底付近の操車線路に,その目的に応じた多種多様の前記駆動,制動装置を設けねばならず,その設備費は膨大なものとなり,またその運転保守もそれぞれの装置に応じてせねばならず,煩雑なものとなる。」(1頁左欄29〜36行)との問題点を解決するためになされたものであり,その間題点を解決するために,鉱車の減速,停止,発進,走行等のすべての操作を行い得る装置を提供するもので,単一の「鉱車の操車装置」によってこれら四つの操件(減速,停止,発進,走行等のすべての操作)を実行可能としていることから,発進や走行のための駆動機構(電動機)を有する装置であることは明らかである。したがって,甲第4号証における制動機は「電動機に付属した制動機」と理解されるべきであり,当該制動機に対してこれを両者(回転電動機(電動機)及び制動機(制動装置))を一体にしない構成も含むとか,摩擦輪を制動機のみに連結してなる構成も含むとした原告の主張は失当である。
ウ 原告は,甲第3号証に記載された移送手段(ラック9と駆動ピニオン11との噛合形式)による短所や欠点は,甲13及び甲18に開示され,甲13及び甲18はこのようなラック及びピニオンによる歯車駆動方式の問題点を解決するものである旨,摩擦ローラを用いた摩擦駆動方式の場合,摩擦ローラと受圧面との保全に支障がないことは甲6,甲22及び甲23に図示されている構成から明らかである旨,歯車駆動方式又は摩擦駆動方式の選択は当業者の単なる設計事項にすぎず両者の置換も当業者が容易に想到できる旨を主張する。
甲第3号証によれば,引用発明1の各台車には,その下面にラック9が設けられ,移動経路の入口側(台車の行列の後部)に前記ラック9に噛合する駆動ピニオン11が,出口側(台車の行列の前部)に摩擦ブレーキからなる制動装置が設けられ,これら制動装置は台車に対してその移送速度を遅くさせるよう制動力を付与している。このような構成によると,経路上で台車を互いに前後で密着して整列させながら移送(走行)させることは可能となるが,移送手段は,ラック9と駆動ピニオン11との噛合形式(ラックピニオン形式)であることから,入口側において,噛合を円滑に行わせる必要があり,しかも噛合による騒音が生じるから,特別な噛合調整装置を設置する必要がある。
これに対して,本件発明1は,引用発明1の移送手段により生じる短所や欠点を,異なる移送手段により解決している。すなわち,可動体搬送装置(7)を,可動体(1)に形成した左右一対の受圧面(6a,6b)を摩擦駆動する押圧ローラ(22A,22B)で構成するとともに,制動装置を,受圧面(6a,6b)を摩擦制動するブレーキローラ(33A,33B)で構成しているため,上述した噛合を円滑に行わせる必要がなく,設備全体を短くコンパクトに形成することができ,しかも騒音の生じない静かな運転が可能になる。
このように,本件発明1は,ラックと歯車を採用しないことにより,噛合調整装置等の装置も要さず,歯車の摩耗による噛合の不良や騒音の問題を生じることがなく,ローラが摩耗しても,可動体への押し付け付勢による制動機能は失われることがないという顕著な効果を奏するものであり,歯車駆動方式又は摩擦駆動方式の選択が設計事項であるとはいえない。
エ 甲第5号証には,入口側の硝子板台移送用駆動歯車5,5の前に設けられた硝子板台接続用駆動歯車5',5'が,また出口側に設けられた送り出し駆動歯車6',6'が開示されているが,この歯車5',5'は入口側移送用駆動歯車5,5とこれに次いで設けられた硝子板台移行速度検出輪5"とで一つの硝子板台接続用駆動装置を形成するものである。甲第3号証には,「軌道」がどのような態様のものであるか記載されておらず,また,「投入手段」や「搬出手段」を設ける必要性はなんら示唆されていないし,甲第3号証の開示する搬送系に,甲第5号証のような「投入手段(=駆動歯車5',5')」及び「搬出手段(=送り出し駆動歯車6',6')」を付加すると機構上の複雑さを誘因するから,甲第5号証の「投入手段」や「搬出手段」を引用発明1に付加することは,当業者といえども容易に想到し得るものではない。
原告は,甲第3号証に投入手段及び搬出手段の記載がないのは,必要がないから記載がないのではなく,当業者であれば当然に必要なことがわかるものであること(当該発明が解決しようとする課題の解決手段ではない従来技術に相当するものであること)に基づくものであると主張するが,この主張には,根拠がない。従来技術であっても,課題,利用分野,作用機能において少なくとも何らかの相違があるから,これらをひとまとめにして,「投入手段」及び「搬出手段」を備える構成が一般的なものであるとすることはできない。
オ また,甲第6号証には,「全システムの概略を示す図1及び図2において,装置の右側の地点(25)をサイクルの始点とし,頭上コンベア軌道(31)のトロリー(29)から支持されているプレート(27)が人手により送り装置すなわちステーション(33)へ進められる。・・・伸張ユニット(45)は,図1に示すように,一枚の皮を各片面で保持する5つのプレートを収容するに足る充分な長さを有する。」(訳文第1項)と記載されているが,これは,本件発明3における「可動体を,天井側レールに支持案内されて移動自在なトロリ装置により構成する」との構成を開示しているものの,「下向きの受圧面に当接し,左右方向軸まわりに回転する下方の押圧ローラによる摩擦駆動方式」が公知であることを指摘しているにとどまる。
カ 原告は,可動体搬送装置及び制動装置は,同様の構成とされるのが一般的である旨,及び,本件特許出願前において,一定経路の上手側の可動体搬送装置及び下手側の制動装置における可動体への作用体として多数の機械要素が使用され,該機械要素は一般的なものであり,該機械要素の選択は設計事項にすぎないものである旨を主張し,結論として,引用発明は一定経路の上手例の可動体搬送装置と一定経路の下手側の制動装置とを併せ備えているから,該一定経路の上手側の可動体搬送装置を甲第4号証記載の可動体搬送装置に置換し,併せて,該一定経路の下手側の制動装置を甲第4号証記載の制動装置へ置換することも当業者が容易に想到できたことであるから,相違点1及び相違点2に係る本件発明1の備える構成を合わせ備えることは,当業者が容易に想到できたことである,と主張する。
しかし,本件発明1は,可動体搬送装置(7)を,可動体(1)に形成した左右一対の受圧面(6a,6b)を摩擦駆動する押圧ローラ(22A,22B)で構成するとともに,制動装置を,受圧面(6a,6b)を摩擦制動するプレーキローラ(33A,33B)で構成し,ラックとピニオンの噛合を円滑に行わせる必要性をなくし,設備全体を短くコンパクトに形成し得,しかも騒音の生じない静かな運転を可能にすることを狙った発明であり,原告が主張するような上述の一般論や設計事項をもってしても,本件発明1に至ることは当業者といえども到底想到し得るものではない。
また,甲第4号証に記載の発明は摩擦輪を鉱車の函体側面に圧接したことによる摩擦を介して,電動機の回転駆動力を鉱車に伝達して進行方向に駆動したり,電動機に付属した制動機により鉱車を減速又は停止させるものであるというにとどまり,いわんや,甲第4号証に記載の発明の一対の揺動腕3の作用は,摩擦輪1,1を互いに接近離間動させて鉱車の減速,停止,発進,走行等の操作(操車)タイミングを図るためのものであって,本件発明1における揺動駆動装置が奏する「可動体搬送装置の両押圧ローラを揺動駆動装置により強制的に離間動させることで,両押圧ローラ間への受圧面の移入,すなわち可動体搬送装置への投入手段による可動体の投入を,何ら支障なく容易に円滑に行うことができ,」(本件明細書7欄18行〜22行)との作用・効果とは,機能作用上の基本的な相違があり,原告が主張するような上述の置換容易性の理屈は到底成り立つものではない。
キ 原告は,「相違点1〜3に係る本件発明1の備える構成の全てを合わせ備えることは,当業者が容易に想到できたことである。」として,「請求人の主張するところは,………当業者が容易に想到できたというにとどまる。そうすると,………当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。」とした本件審決の判断は,誤りである旨を主張するが,このような主張が失当であることは,前述のとおりである。
当裁判所の判断
1 請求の原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(審決の内容) の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
なお,証拠(甲35,36)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許に対する原告の無効審判請求は,本件が3回目のものであり,東京高裁の前件判決により確定するに至った1回目の無効審判請求(無効2000-35164号事件)に係る審決は,下記@ないしEの刊行物との対比において(@が主引用例,その余が副引用例)本件発明1の進歩性を検討したものであるが,@とAは本件審決及び本訴における引用刊行物(甲第4号証と甲第5号証)と重複しているので,これらの趣旨も考慮して,以下,原告主張の取消事由について検討する。
記 @ 特公昭43-13437号公報 A 特公昭39-11104号公報 B 米国特許第2,281,725号明細書 C 実願昭47-104674号(実開昭49-60467号)のマイクロフィルム D「インバータ応用マニュアル」昭和60年9月7日電気書院発行(表題頁,目次頁,156〜158頁及び奥付) E 米国特許第4,212,384号明細書 2 取消事由1について 原告は,本件審決が,甲第3号証の「従来装置」は「台車を停止させる独立した機能」を有しないから本件発明1の制動装置との間に機能作用上の基本的な相違がある,としたことは誤りであると主張するので,検討する。
(1) 甲第3号証には,下記の記載がある(甲3の訳文)。
記 「1 この発明は,研磨すべき硝子板が一連の研磨装置の下に送られるようにした硝子研磨装置に関するものである。硝子板を運搬する車両あるいは台車の行列を圧縮状態とする手段の改良を主目的とするもので,緩みを来たすこともある,分離が可能な連結装置を各車両に設けることなしに,車両の前後端同士が圧縮力により接触した状態を維持するように保証するものである。従来,このようなことは,行列の前端に摩擦ブレーキからなる制動装置を設けることで達成されていた。この従来装置は良い効果を有していたが,パワーを多く消費するし,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに,多くの調整と注意を要するものであった。本発明の構成によると,パワーロスが無視できるほどに減り,長期に亘り調整や注意を必要としない。」 2 構成の全体において,台車あるいは車両からなる行列は,行列の後部に設けられ,台車の下面に設けたラックと係合する駆動ピニオンにより連続的に推進させられる。行列の前部にはラックと係合して制動装置として機能する第2ピニオンが設けられていて,これらピニオン間に位置する台車は圧縮された状態となる。両ピニオンの連結は,錘付加手段あるいはばねを含み,ピニオンが反対方向に回転するような傾向の力を発生するようになされている。ピニオン間に位置する車両あるいは台車がこの力に抵抗する結果,行列は圧縮状態になり,台車の端部同士がきつく係合する状態を保つ。両ピニオンを反対方向に回転させようとするこの力は,ピニオンに等しく作用するので,制動して車両を圧縮状態下に置くためにブレーキ等の類似物を行列の前端で使用する場合に伴うようなエネルギーロス(摩擦によるロスを除いて)がない。
図において,1,2,3,4,5等は,軌道6上の車両あるいは台車の行列であり,研磨される硝子板7を載置している。」 甲第3号証の上記記載「1」からすると,上記「本発明」(甲3新発明)は,上記「従来装置」において,「パワーを多く消費するし,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに,多くの調整と注意を要する」ものであった「行列の前端に設けた摩擦ブレーキからなる制動装置」を,「駆動ピニオン」と連結し「ラックと係合して制動装置として機能する第2ピニオン」へと改良したものであり,改良の結果,「パワーロスが無視できるほどに減り,長期に亘り調整や注意を必要としない」ようになし得たものと認められる。また,上記記載からすると,甲3新発明において,制動装置以外の他の部分が改良されているとは認められないから,甲3新発明と従来装置とは,制動装置以外の構成を同じくするものであり,甲3新発明は,従来装置における制動装置のみを改良したものと解される。他方,上記記載「2」からすると,甲3新発明は,「台車の下面に設けたラックと係合する駆動ピニオンにより連続的に推進させられる」もの,すなわち,後押し作用が連続するものと認められるから,上記「従来装置」も,甲3新発明と同様,「台車の下面に設けたラックと係合する駆動ピニオンにより連続的に推進させられる」ものと解するのが妥当である。
そうすると,甲第3号証において「従来装置」として言及された,行列の前端に設けられた「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,「台車の下面に設けたラックと係合する駆動ピニオンにより連続的に推進させられる」「行列の前端」において,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ように作用するものであるから,行列の前端の台車を停止させる目的で設けられているものではなかったと認められる。また,これが「パワーを多く消費し」,「多くの調整と注意を要する」ものであった理由は,連続的に推進させられる行列の前端にブレーキ力を作用させるものであったことにあると解するのが相当である。
この点につき,原告は,「摩擦ブレーキ」は,摩擦材を回転体に押し当てて摺動させる際の摩擦熱の発生によりパワーが多く消費されるものであり,また,摩擦材が摩耗するため摩擦材を回転体に押し付ける力を調整する機構を備えているものであるから,甲第3号証における「この従来装置は良い結果を有していたが,パワーを多く消費するし,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに,多くの調整と注意を要するものであった。」との記載は,「摩擦ブレーキ」の一般的な課題を指摘しているにすぎないと主張する。しかし,上記従来装置における「摩擦ブレーキ」は,硝子研磨装置において,連続搬送される車両あるいは台車の行列を圧縮状態とすることを目的として設置されるものであり(上記記載「1」),目的にかなった構造,機能を有するものが選択されないと意味がないから,上記従来装置に関する記載が,一般的な「摩擦ブレーキ」の課題を指摘しているということはできない。
(2) 原告は,甲第3号証に「従来装置」として言及された「行列の前端に設けた摩擦ブレーキからなる制動装置」は,甲第3号証に図示された「ピニオン間の従動連結装置」と置き換えられるものであるから,その例として,@「ピニオン間の従動連結装置」をなくして,第2ピニオン19に摩擦ブレーキを取り付けて,該ピニオンに制動力を付与する構成,又は,A「ピニオン間の従動連結装置」及び「第2ピニオン19」をなくして,行列の前端に設けた摩擦体を台車の側面又は下面等に加圧接触させて制動力を付与する構成が挙げられ,引用発明の行列の前端に設けた「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,@「可動体(台車)の前後方向の全長に亘る下側向きのラックに下側から係合するピニオンに制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置」,又は,A「可動体(台車)の側面又は下面等に摩擦体を加圧接触させて制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置」と認定することができる旨を主張する。
しかし,上述したとおり,甲第3号証の記載からは,「従来装置」である「摩擦ブレーキからなる制動装置」が,「台車の下面に設けたラックと係合する駆動ピニオンにより連続的に推進させられる」「行列の前端」において,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ように作用するものであることは理解できるものの,甲第3号証には,従来装置の具体的構造について何ら開示がないし,また,上記作用から従来装置の具体的構造が特定されるわけでもないから,従来装置である「摩擦ブレーキからなる制動装置」の構造は明らかでないといわざるを得ず,上記@又はAの構成を有するものであると認めることはできない。
(3) また,原告は,「パワーを多く消費する」ということは,駆動装置とは独立の機構であるがために,駆動力とは別の制動力が必要であったことを示していると理解できるし,「調整と注意を要する」ということは,独立の機構であるがゆえに,甲第3号証のような連続後押しの搬送形態においては,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とすることが要求され,駆動力とは独立した制動力を制御するために「調整・注意」が必要であったことを示していると無理なく理解できるから,「摩擦ブレーキからなる制動装置」の構成は,上記@又はAのものであると認定できる旨を主張する。
しかし,上記したとおり,甲第3号証の記載からは,上記制動装置の具体的構造を認定することはできないといわざるを得ない。仮に,上記制動装置が,上記駆動装置とは独立のものであったとしても,「パワーを多く消費」し,「調整と注意を要する」という上記制動装置の欠点に関する記載のみをもって,当該制動装置が上記@又はAの構造を有するものであると特定することはできない。
(4) さらに,原告は,当時の技術常識参酌すれば,上記「摩擦ブレーキからなる制動装置」の構成は,上記@又はAのものであると認定できる旨を主張する。
しかし,技術常識を加味したとしても,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ように作用するというだけで,「摩擦ブレーキ」が,上記@又はAの構造のものに特定されるわけではない。
(5) 原告は,「ブレーキすなわち遅くさせる力を一定とする」は,「摩擦ブレーキからなる制動装置」の構成を何ら特定するものではなく,甲第3号証の搬送形態に採用した場合に必要とされる機能を説明しているにすぎないのであり,上記@又はAの構造の制動装置は,連続的に台車を後押しする搬送形態の場合には「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ものであるが,連続的に後押しするのではなく先端側で台車が停止してもかまわないような搬送形態の場合には,「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ことは要求されず,当然に,「後押し作用がない時に,台車を停止する独立した機能」を有する旨を主張する。
しかし,上記したとおり,甲第3号証の従来装置の「摩擦ブレーキからなる制動装置」の具体的構造は不明であるから,「後押し作用がない時に,台車を停止する独立した機能」を有するか否かも不明であるといわざるを得ない。また,仮に,上記「摩擦ブレーキからなる制動装置」が,甲第3号証の搬送装置(連続的に後押しするもの)とは異なる型式の搬送装置との組合わせにおいて用いた場合に,異なる機能,作用をもたらし得るものであるとしても,台車の行列を連続的に推進する甲第3号証の「従来装置」において「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」機能を果たすということから,当然に,先端側で台車が停止する搬送形態においては「台車を停止させる」機能を有すると解することはできない。
(6) 原告は,甲第3号証の「従来装置」における「摩擦ブレーキ」が,上記@の構造である場合は,甲第28号証(特公昭50-25886号公報)記載の制動装置と近似する旨を主張するが,上述のとおり,上記「摩擦ブレーキ」が,上記@の構造であるとは認めることができないし,甲第28号証記載のとおりの構成の制動装置が存在したからといって,甲第3号証に従来技術として記載された「摩擦ブレーキ」が,甲第28号証に記載された制動装置と同一又は類似の構成を有するものであると断定することもできない。
(7) 以上のとおりであるから,本件審決が,甲第3号証の「従来装置」における「摩擦ブレーキからなる制動装置」の機能,作用について,「ブレーキ力すなわち遅くする力を一定とする」ものであって,「台車を停止させる独立した機能」を有するものではなく,本件発明1の制動装置との間に機能作用上の基本的な相違があると認定したことに,誤りはない。
3 取消事由2(相違点についての容易想到性の判断の誤り)について (1) 原告は,取消事由2として,相違点1〜3に係る本件発明1の備える構成はいずれも甲第4号証以下の記載に基づいて当業者が容易に想到できたものであり,また,相違点1〜3に係る3つの構成のすべてを合わせ備えることも容易であるから,本件審決が本件発明1の進歩性を認めたのは誤りである,と主張する。
以下においては,原告のこの主張につき検討するが,便宜上,相違点2に係る本件発明1の構成の容易想到性から検討する。
(2) 相違点2に係る本件発明1の構成の容易想到性 ア 原告は,甲第3号証に「従来装置」として言及された発明(引用発明1)が構成D'(@一定経路の下手側に設けられた「前記ラックに係合するピニオンに制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置」又は,A「可動体の側面又は下面等に摩擦体を加圧接触させて制動力を付与する摩擦ブレーキからなる制動装置」)を備えることを前提として,この構成D'を,可動体搬送装置と独立している甲第4号証の制動装置である「受圧面に当接離間自在な左右一対のブレーキローラを有しかつ両ブレーキローラを両受圧面に当接作用させることで可動体に制動力を付与する制動装置」に置換することは,当業者にとって容易である旨を主張している。しかし,引用発明が上記構成D’を有するものといえないことは上述のとおりであるから,上記原告の主張は,前提を欠くものである。
イ もっとも,引用発明1が,「摩擦ブレーキからなる制動装置」を備えていることは甲第3号証の記載から明らかであるから,これに代えて,甲第4号証の制動装置を採用することが容易であるといえるか否かについて更に進んで検討する。
(ア) 甲第4号証には,下記の記載がある。
記 a「本発明は,鉱車の減速,停止,発進,走行等のすべての操作を行い得る装置を提供するもので,これにより,操作設備を単純化し,その設備費の低減と共に,運転保守の簡易化をはかったものである。しかしてこの目的を達成するために,操車レールの両側に,鉱車の函体あるいい(判決注:下線部は「あるいは」の誤記と認める。以下同じ。)車台枠の側面に接する摩擦輪を支持する揺動腕を設け,接手あるいい変速機構を介して前記摩擦輪を回転原動機あるいい 制動機に連結し,前記揺動腕により摩擦輪を鉱車の函体または車台枠側面に圧接せしめ両者の摩擦結合により,回転原動機の駆動力あるいは制動機の制動力を鉱車に伝達して,鉱車の発進,走行あるいは停止を行わしめる。・・・また制動機としては普通構造のものを用いるか,あるいは一定速度以上においてのみ制動がかかるように粘性流体あるいは遠心力を利用したものを用いることができる。さらに両者を一体にした制動装置付電動機を用いることも可能である。」(1頁左欄下から4行〜同右欄16行) b「線路の必要な長さにわたり,一台の鉱車の長さあるいはその整数倍と若干異る間隔で本装置を複数個配置すればよい。こうすれば,ある数以上の摩擦輪が常に一連の鉱車のうちいずれかと接触しているから,各電動機によってその摩擦輪を一斉に駆動し,また制動をかけて,一連の鉱車を操作することができる。」(2頁左欄20〜26行) c「操車レールの両側に,鉱車の函体あるいは車台枠の側面に接する摩擦輪を支持する揺動腕を設け,接手あるいは変速機構を介して前記摩擦輪を回転原動機あるいは制動機に連結し,前記揺動腕により摩擦輪を鉱車の函体または車台枠側面に圧接せしめ,両者の摩擦接合により,回転原動機の駆動力あるいは制動機の制動力を鉱車に伝達して鉱車の発進,走行あるいは停止を行わしめるようにしたことを特徴とする鉱車の操車装置。」(2頁右欄30〜38行) 甲第4号証の上記a〜cの記載からすると,甲第4号証に開示された発明における「摩擦輪」は,揺動腕に支持され,接手あるいは変速機構を介して回転原動機あるいは制動機に連結されるものであり,摩擦輪が,揺動腕により鉱車の函体等に圧接せしめられると,両者の摩擦接合により,回転原動機の駆動力あるいは制動機の制動力が鉱車に伝達され,鉱車の発進,走行あるいは停止を行うことができるようにされていると認められる。
しかし,上記bに「一台の鉱車の長さあるいはその整数倍と若干異る間隔で本装置を複数個配置すればよい。こうすれば,ある数以上の摩擦輪が常に一連の鉱車のうちいずれかと接触しているから,各電動機によってその摩擦輪を一斉に駆動し,また制動をかけて,一連の鉱車を操作する」と記載されているように,この「摩擦輪」は,一連の鉱車の行列の前端で制動力を作用させるようにしたものではない。前記のとおり,甲第3号証の「従来装置」における「摩擦ブレーキからなる制動装置」は,「台車の下面に設けたラックと係合する駆動ピニオンにより連続的に推進させられる」「行列の前端」において用いられ,「パワーを多く消費するし,ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とするのに,多くの調整と注意を要する」という問題点を有していたとされているところ,甲第4号証の「摩擦輪」は,回転原動機の駆動力あるいは制動機の制動力を伝達するものであって,「行列の前端」において用いると,上記問題点をそのままはらむといわざるを得ないから,甲第3号証の従来装置の「摩擦ブレーキからなる制動装置」に代えて甲第4号証の「摩擦輪」を用いることの積極的な動機付けはないといわなければならない。
(イ) また,仮に,「摩擦ブレーキからなる制動装置」に代えて,「摩擦輪」を設けたとしても,甲第3号証の「従来装置」は,「台車の下面に設けたラックと係合する駆動ピニオンにより連続的に推進させられる」ものである以上,「摩擦輪」を制動装置として用いて「行列の前端」において「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」ように調整し得たとしても,当該摩擦輪が,新たな台車による後押しが作用しないときに台車を停止させる機能を有するものになるとは限らないのであって,当該機能を有する本件発明1との間にはなお機能作用上の相違が存在している。
(ウ) 以上のとおりであるから,甲第3号証の従来装置(引用発明1)の「摩擦ブレーキからなる制動装置」に代えて甲第4号証の「摩擦輪」を採用することによって本件発明1の相違点2に係る構成を得ることが,容易であるとはいえない。
ウ 原告は,本件出願前,一定経路の上手側の可動体搬送装置及び下手側の制動装置における可動体への作用体として多種多様な機械要素が使用されており,これらの機械要素からいずれを選択するかは設計事項にすぎず,例えば,下手側の制動装置の作用体として,甲第29号証(特公昭53-3860号公報)記載の「摩擦板」又は甲第30号証(特開昭56-99112号公報)記載の「摩擦抵抗体」等の周知の簡易な構成を採用することにより,駆動機構及び連結装置を持たない非連結式の複数の可動体を,一定経路の上手側に配設した可動体搬送装置,及び,前記一定経路の下手側に配設した制動装置を用いて,後押し駆動により前記可動体同士の実質的な密着状態を維持しながら搬送する搬送系を構成することができる旨を主張する。
しかし,本件発明1の制動装置は,「受圧面に当接離間自在な左右一対のブレーキローラを有しかつ両ブレーキローラを両受圧面に当接作用させることで可動体に制動力を付与する」という構成及び機能を有するものである。周知の機械要素を選択して制動装置とすることによって可動体同士の実質的な密着状態を維持しながら搬送する搬送系を構成できることが,一般論として正しいとしても,制動装置に求められる機能は,当該搬送系における可動体や可動体搬送装置の構造,搬送系の設置目的,設置場所等によっても異なるから,いずれの制動装置を用いても所期の搬送系が得られるとはいえず,甲第29号証や甲第30号証に例示された周知の制動装置の構成から,上記のような構成及び機能を有する制動装置を備えた本件発明1の搬送系が直ちに構成されるわけではない。ちなみに,甲第29号証記載の「摩擦板」は,回転ローラからなる移送路の一部に配置されるものであり(7欄9〜15行),甲第30号証記載の「摩擦抵抗体」は,互いにつながるように順次自動停止し,ストレージされたトロリーの前進抵抗を大きくするものであって(2頁右下欄6〜8行,3頁右下欄13〜16行),本件発明1の搬送系とは異なる搬送系に用いられて,必要とされる所定の制動機能を果たすものである。仮に,これらを,引用発明1の「摩擦ブレーキからなる制動装置」に代えて適用したとしても,引用発明1の「摩擦ブレーキからなる制動装置」が有する「ブレーキ力すなわち遅くさせる力を一定とする」機能以上のものを発揮するわけではない。
エ 以上のとおり,甲第3号証の従来装置(引用発明1)の「摩擦ブレーキからなる制動装置」に代えて甲第4号証又は周知技術の制動装置を用いることによって相違点2に係る本件発明1の構成を容易に想到し得るということはできない。
(3) 上記(2)のとおり相違点2に係る本件発明1の構成が当業者の容易に想到し得たものとはいえない以上,その他の相違点に係る構成の容易想到性や相違点1〜3に係る構成をすべて併せ備えることの容易性について判断するまでもなく,本件発明1の進歩性を肯定した本件審決の判断が誤りであるということはできない。
4 結語 以上の次第で,原告が取消事由1として主張する引用発明1の認定の誤りはないし(上記2),本件発明1の構成に想到することは当業者にとって容易でないとした本件審決の判断にも誤りがない(上記3)。よって,本件発明1の進歩性を肯定した本件審決の判断には誤りがないことになり,原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉