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関連審決 不服2001-21495
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成12ネ1016特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成19行ケ10006審決取消請求事件 判例 特許
平成13行ケ337審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ67特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成16行ケ86審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 創作性(創作) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術的意義 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10024号 審決取消請求事件

原告 三井屋工業株式会社代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 宇佐見 忠男
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 藤井俊明
同 鈴木久雄
同増岡亘
同 岡田孝博
同 宮下正之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/10/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2001-21495号事件につき平成16年8月10日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成11年3月16日,発明の名称を「フェンダーライナ」とする発明について特許出願(特願平11-70105号,以下「本件出願」という。)をしたが,平成13年11月1日(送達日)に拒絶の査定を受けたので,同年12月3日,拒絶査定不服の審判請求をした。特許庁は,同請求を不服2001-21495号事件として審理した結果,平成16年8月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月30日,その謄本を原告に送達した。
2 平成16年6月11日付け手続補正書によって補正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)の要旨【請求項1】繊維をバインダーで結着した硬質繊維板を車体フェンダー内面形状に適合する形状に成形したことを特徴とするフェンダーライナ 3 審決の理由 (1) 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明が,特開平10-228285号公報(甲3,以下「引用例1」という。)及び特開平5-35279号公報(甲4,以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下,順に「引用発明1」,「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(2) 審決は,本願発明と引用発明1とが,「繊維をバインダーで結着した繊維板を所定形状に成形した自動車用の防音材」(審決謄本3頁第2段落)である点で一致し,一方,「(相違点1)繊維板について,本願発明が,硬質繊維板であるのに対して,引用発明(注,引用発明1)ではPET不織布からなる繊維板である点(相違点2)防音材の適用箇所として,本願発明では,フェンダーライナであるのに対して,引用発明では,エンジンルームである点 」(同頁第3段落)で相違すると認定した。
原告主張の審決取消事由
審決は,本願発明と引用発明1との相違点についての判断を誤り(取消事由1及び2),その結果,本願発明が引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論を導き出したもので,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点1について,「本願発明では,硬質繊維板について単に硬質といっているのであって硬さの度合いが明示されている訳ではなく,また・・・引用発明(注,引用発明1)の吸音材(防音材)を構成するPET不織布の目付量が1000g/m2である点では本願発明の実施例における目付量(1000g/m2)と同じであることからすると,硬さの程度も同等と推認される。それゆえ,相違点1でいう繊維板の硬さについては,実質的な相違点とはいえない。」(審決謄本3頁下から第3段落)と判断するが,誤りである。
(2) 本願発明のフェンダーライナは,成形することができ,かつ,自立して成形された形状を維持できる程度の硬さを有するものであり,このことは,本件明細書の特許請求の範囲に「繊維をバインダーで結着した硬質繊維板を車体フェンダー内面形状に適合する形状に成形した」と記載されていることからも明らかである。
そして,フェンダーライナという部材は,フェンダーによって補強されなければ,その形状を維持することができないようなふわふわしたものではないことは,当業者間に常識となっているところである。
本願発明のフェンダーライナは,上記のとおりの硬さを有することが前提であるが,更にそれに加えて軽量性,クッション性をフェンダーライナに付与するものであり,ここに「クッション性」とは,本件明細書の発明の詳細な説明に「本発明のフェンダーライナは,硬質繊維板からなるので軽量でクッション性があり,自動車走行中に車輪が跳ね上げる土砂,小石,水等が衝突しても衝撃を緩和し,衝撃音の発生が大巾に低減される。」(段落【0007】)と記載されているとおり,自動車走行中に車輪が跳ね上げる土砂,小石等が衝突しても衝撃を緩和し,衝撃音の発生を大幅に低減する性質をいうのである。
このように,本願発明のフェンダーライナは,成形することができ,かつ,自立して成形された形状を維持できる程度の硬さを有するとともに,クッション性をも有しているのであって,本願発明の「硬質」とは,このようなフェンダーライナの材料として要求される「硬さ」を意味しているのである。
(3) 審決は,上記(1)のとおり,「本願発明では,硬質繊維板について単に硬質といっているのであって硬さの度合いが明示されている訳ではな」いというが,JIS-A-5907-1977「硬質繊維板」(甲5)には,密度0.8g/p3以上の板について,曲げ強さが450kgf/p2{4413.0Np2}以上のもの,350kgf/p2{3432.3Np2}以上のもの,200kgf/p2{1961.3Np2}以上のものの3種に区分されるとの記載がある。このような記載が技術用語として存在していることを前提とすると,当業者であれば,「硬質繊維板」の語句から,JISに規定される「硬質繊維板」と同様のものとして認識するのであり,本件明細書の特許請求の範囲の「硬質繊維板」という語句のみで,当業者は,明確に「硬さ」の度合いを読み取ることができるのである。
ただし,原告は,本願発明の「硬質繊維板」がJISに定義するものであると主張しているわけではない。
(4) 一方,審決が説示するように,引用発明1のPET繊維製の吸音材は,目付量が1000g/m2である点で,本願発明の実施例記載のものと同じであるとしても,同じ目付量でも厚みによって硬さ(密度)が大幅に異なるから,目付量を硬さの指標とすることはできない。引用例1の実施例1によると,吸音材の厚さは30oであり,この厚さから密度を計算すると,1000g/m2の吸音材の体積は100p×100p×3p=30000p3,密度は1000g/30000≒0.03g/p3となり,硬質繊維板どころか,JIS-A-5906-1983「中質繊維板」(甲6)に定義されている中質繊維板の密度(0.4g/p3以上)よりもはるかに小さくなり,ふかふかした柔軟な材料というべきであって,一般通念として硬質とはいい難いものである。
被告は,引用例1の実施例では厚さ30oの「吸音材」のみ示されているとしても,発明として厚さ30oの「吸音材」のみ記載されているとはいえない旨主張する。
しかし,原告は,実施例では密度0.03g/p3のふかふかしたもののみしか記載されていないと主張しているのであって,「厚み」については何ら言及しているわけではない。「厚み」は,単に密度の計算に使用したにすぎない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点2について,「フェンダライナにおいても防音性能(特に小石がはねてぶつかった際の衝突音が車室内に響かないこと)を考慮して車体フェンダー内面形状に適合する形状に成形した樹脂成形品からなるフェンダライナを用いたものが第2引用例に記載されており,引用発明(注,引用発明1)における防音材も第2引用例に記載の発明(注,引用発明2)における防音材も共に自動車に搭載する防音材であり,一方の防音材を他方の防音材として採用することを技術的に困難とする理由も存在しないから,引用発明の繊維をバインダーで結着した硬質繊維板からなる防音材を,その用途として第2引用例に記載の発明のフェンダライナに転用して本願発明の相違点2でいう構成とすることは当業者が設計に際して容易に推考し得たものというべきである。」(審決謄本3頁下から第2段落)と判断するが,誤りである。
(2) 引用発明1の繊維板は,防音材ではなく吸音材であり,しかも,吸音対象も空気を伝わって来るエンジン音等であるから,小石等によって発生する衝撃音を対象とする引用発明2のフェンダーライナの繊維板とは,防音(吸音)のメカニズムが全く異なっている。
すなわち,吸音材は,エネルギー吸収の大きい材料を使用し,車室内やエンジンルーム内の音の反射を防いだり,音の流れの中に置いて音を吸収することにより,車内騒音や車外騒音を低減する機能を有し,多孔質材料が主体であり,空気と材料間の粘性摩擦(通気抵抗)により音のエネルギーを熱エネルギーに変換して音を低減するという機構を利用する。そのため,かなりの量の空気を内部に含み得る多孔質のものが吸音材として要求されることは,当業者にとって常識であり,それゆえに,引用発明1の実施例1の吸音材は,密度が0.03g/p3と設定されており,ふわふわしたものである。例えば,特開平10-251955号公報(甲8)においても,0.02〜0.06g/p3の吸音材が示されているところである。
一方,引用発明2のフェンダーライナは,高密度ポリエチレンにガラス繊維を混入したもの,すなわち,繊維強化プラスチックを素材としているが,この素材は,熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂をマトリックスとし,それに繊維が分散した状態にあり,樹脂が主体であって,内部に空気を含有していないから,本願発明の繊維主体の繊維板とは全く材質が異なるものである。本願発明のフェンダライナの防音のメカニズムは,樹脂の粘弾性にもとづく衝撃音の振動減衰であり,フェンダーライナに小石がぶつかった時の衝撃波がフェンダーライナ全体に拡がり,フェンダーライナ全体が振動するというものである。
このように,引用発明1の吸音材は,引用発明2のフェンダーライナの防音材とは全く性質が異なり,その用途も目的も異なっているから,引用発明1の吸音材を引用発明2のフェンダーライナに置き換えることを,当業者が容易に推考し得たとはいえず,また,仮に置き換えられたとしてもフェンダーライナの用をなさない。
したがって,「引用発明における防音材も第2引用例に記載の発明における防音材も共に自動車に搭載する防音材であり,一方の防音材を他方の防音材として採用することを技術的に困難とする理由も存在しない」(審決謄本3頁下から第2段落)とする審決の判断は誤りである。
(3) フェンダーライナは,引用発明1の吸音材ではなく,吸音材と全く異なった目的で使用され,別なカテゴリーに属する部材である。したがって,当業者が,引用発明1の吸音材について得られる知見を基に,本願発明のフェンダーライナに容易に想到し得るものではない。
被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 本件明細書の特許請求の範囲からは「硬質繊維板」の技術的意義は不明であり,本件明細書の発明の詳細な説明をみても,本願発明のフェンダーライナが硬質であることによる格別の効果の記載がなく,実施例においても,目付量(単位面積当たりの重さのことで,厚さは問わない。)のみが示されており,硬質の程度を規定する厚さあるいは密度が示されておらず,本願発明の具体的な実験データもない。このように,本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のどこにも「硬質繊維板」についての定義がなく,硬さの程度が数値で定量的に示されているわけでもない。そうすると,本願発明において硬質繊維板の「硬質」の意味するところは,単に軟らかいか硬いかで比べたとき,比較的硬い方に属するという程度のことであるにすぎないものである。
そもそも,本願発明では,フェンダーライナに軽量性,クッション性が求められるというのであるから,本願発明のフェンダーライナが硬質である必要はないのである。本願発明のフェンダーライナにおいては,要するに,「硬質」であることが技術的に重要なわけではなく,単に「硬質」であれば足りるという程度のものである。
そうすると,本願発明の「硬質」とは,当業者であれば必要に応じて適宜選択し得る単なる設計的事項にすぎないものであるといわざるを得ないから,相違点1でいう繊維板の硬さは,実質的な相違点とはいえないものである。
(2) 原告は,JIS-A-5907-1977(甲5)には「硬質繊維板」が技術用語として記載されているとし,当業者であれば,「硬質繊維板」の語句から,JISに規定される「硬質繊維板」と同様のものとして認識するのであり,本件明細書の特許請求の範囲の「硬質繊維板」という語句のみで,当業者は,明確に「硬さ」の度合いを読み取ることができる旨主張する。
しかし,JIS-A-5907-1977(甲5)は,平成6年6月1日にJIS-A-5905-2003(乙2)に吸収・統合されており,本件出願日である平成11年3月16日には既に廃止されていて存在しないJIS番号である。そして,新しいJIS-A-5905-2003では,「硬質繊維板」なる用語は使用されておらず,それに対応するのは「ハードファイバーボード」あるいは「ハードボード」である。しかも,本願発明は,「繊維をバインダーで結着した硬質繊維板」とされていて,繊維の材質についての限定はなく,実施例としてポリエステル繊維の例のみが示されているところ,旧規格のJIS-A-5907-1977も新規格のJIS-A-5905-2003も,合成繊維からなる繊維板を規定するものではない。したがって,本願発明の「硬質繊維板」は,JISとは無関係であり,一般的な技術用語として,明細書の発明の詳細な説明の記載によって裏付けられる範囲内のものとして扱う方が合理的である。
(3) 原告は,引用発明1の吸音材の厚さが30oであることを前提として,それが密度約0.03g/p3であると計算し,ふかふかした柔軟な材料であって,一般通念として硬質とはいい難いと主張する。
しかし,引用例1(甲3)において,「厚さは30o」のものは一実施例として記載されているのであって,その特許請求の範囲には「【請求項1】繊度1〜2Dのポリエチレンテレフタレート繊維50〜80重量%と,ポリエチレンテレフタレートよりなる繊度1〜4Dのバインダー繊維20〜50重量%とを含み,該ポリエチレンテレフタレート繊維が該バインダー繊維により互いに結合され所定形状に賦形されてなることを特徴とする吸音材。」と記載されているのみであるから,「厚さは30o」との限定は存在しない。
中質(0.4g/p3以上0.8g/p3未満)あるいは硬質(0.8g/p3以上)の繊維板が吸音材や緩衝材(クッション材)として用いられることは,本件出願前,周知であったものであり,このことは,特公昭63-20936号公報(乙4,以下「乙4公報」という。),特許第2640410号公報(乙5),特開平10-235665号公報(乙6)から明らかである。そうすると,通常吸音材として使用されている繊維材として小さな密度(0.02〜0.06g/p3)のものが多用されているとしても,そのことから,中質あるいは硬質の繊維板からなる「吸音材」があり得ないことにはならない。したがって,引用例1の実施例として「密度0.03g/p3のふかふかのもの」だけが記載されているとしても,引用例1に接した当業者は,発明としてはそれよりも硬い「吸音材」をも意味していると理解するのが自然である。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1の繊維板は,防音材ではなく吸音材であり,しかも,吸音対象も空気を伝わって来るエンジン音等であるから,小石等によって発生する衝撃音を対象とする引用発明2のフェンダーライナの繊維板とは,防音(吸音)のメカニズムが全く異なっている旨主張する。
しかし,「自動車用高分子材料U」(平成10年10月20日株式会社シーエムシー発行,第1刷)(乙3,以下「乙3文献」という。)に,「自動車用防音材料は,一般的に吸音材料,遮音材料,防振材料,制振材料に分けられる。」(190頁)と記載されているように,防音材料は,吸音材料の上位の概念であるから,表現上は吸音材料を防音材料と同等に扱うことも可能であり,対比する上で両者を「相当する関係」にすることに誤りはない。
(2) 上記1(3)のとおり,中質あるいは硬質の繊維板が吸音材や緩衝材(クッション材)として用いられることは,本件出願前,周知であったものであり,繊維板からなる「吸音材」が緩衝材(クッション材)としても有効であることもまた,本件出願前,広く知られていたのである。そして,繊維板からなる「吸音材」のクッション性と「フェンダーライナ」として要求される「クッション性」とが本質的に異なるものでないことは明らかである。
以上によれば,「繊維板」のクッション性に注目して,「吸音材」である引用発明1の繊維板を,緩衝材(クッション材)として,フェンダーライナに転用するようなことは,当業者とって何ら困難性がなく,容易に想到し得る事項である。
また,引用発明1の「繊維板」を「フェンダーライナ」に転用しようとすれば,「硬質」とするのは技術常識であり,また,「厚さ」も適宜定められる設計的事項にすぎない。
したがって,「引用発明の繊維をバインダーで結着した繊維板からなる防音材を,その用途として第2引用例に記載の発明のフェンダライナに転用して本願発明の相違点2でいう構成とすることは当業者が設計に際して容易に推考し得たものというべきである。」とした審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 本願発明の「硬質」の技術的意義 ア 「硬質繊維板」の用語は,平成6年に繊維板関連の規格が改正される以前に,JIS-A-5907-1977「硬質繊維板」(甲5)に定義され,上記改正後はJIS-A-5905-2003「繊維板」(乙2)の範ちゅうに「ハードファイバーボード」の名称で定義されている材料名である。しかし,JIS A5907-1977「硬質繊維板」(甲5)では,適用範囲欄に「この規格は,植物繊維を主な原料として成形した密度0.8g/p3以上の板(以下,硬質繊維板又はハードボードという。)について規定する。」と記載されており,JIS-A-5905-2003「繊維板」(乙2)でも,適用範囲欄に「この規格は,主に木材などの植物繊維を成形した繊維板について規定する。」と記載されており,JISの「硬質繊維板」あるいは「ハードファイバーボード」はいずれも植物繊維を主な原料とする繊維板を対象とすることから,後述するとおり植物繊維に限定されていない本願発明の「硬質繊維板」がJISによって規定されるものでないことは明らかである。原告も,本願発明の「硬質繊維板」がJISに定義するものとは主張していない。
イ 「硬質」とは,一般的な用語例に従えば,「質のかたいこと。かたい性質。」(広辞苑第5版),「物の質がかたいこと。かたい性質」(大辞林第2版)を意味するものであるが,「硬質ガラス」,「硬質ゴム」,「硬質小麦」,「硬質漆器」などといった用語例から明らかなとおり相対的な概念である。
本件明細書の特許請求の範囲の「繊維をバインダーで結着した硬質繊維板を車体フェンダー内面形状に適合する形状に成形したことを特徴とするフェンダーライナ」との記載からして,硬質繊維板は,少なくとも,成形することができ,かつ,成形された形状を維持できる程度の硬さを有するものでなければならないことが明らかである。このことが本願発明の「硬質」を規定する一要素となることは明らかであるが,必ずしも「硬質」の技術的意義が一義的に特定されているとはいえないので,発明の詳細な説明について検討する。
ウ 本件明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
(ア) 「本発明に使用される硬質繊維板は,ポリエステル繊維,脂肪族または芳香族ポリアミド繊維,アクリル繊維,ポリエチレン繊維,ポリプロピレン繊維等のポリオレフィン繊維,ビニリデン繊維,ポリ塩化ビニル繊維,ポリウレタン繊維,ビニロン,レーヨン,キュプラ,アセテート等の化学繊維,パルプ,木片等の木質繊維,木綿,竹繊維,ヤシ繊維,羊毛,麻,絹等の天然繊維,あるいは上記化学繊維や天然繊維の再生繊維等の一種または二種以上の混合繊維を,アクリル樹脂,酢酸ビニル樹脂,塩化ビニル樹脂,スチレン樹脂,ウレタン樹脂,エポキシ樹脂,尿素樹脂,メラミン樹脂,フェノール樹脂等の合成樹脂,アクリルゴム,ブチルゴム,ケイ素ゴム,ウレタンゴム,フッ化物系ゴム,多硫化物系ゴム,グラフトゴム,ブタジエンゴム,イソプレンゴム,クロロプレンゴム,ポリイソブチレンゴム,ポリブテンゴム,イソブテン-イソプレンゴム,アクリレート-ブタジエンゴム,スチレン-ブタジエンゴム,アクリロニトリル-ブタジエンゴム,ピリジン-ブタジエンゴム,スチレン-イソプレンゴム,アクリロニトリル-クロロプレンゴム,スチレン-クロロプレンゴム等の合成ゴムをバインダーとして結着したもの,ポリエチレン,ポリプロピレン,低融点ポリアミド等のホットメルト樹脂粉末をバインダーとして上記繊維に混合加熱して融着したもの,あるいは融点200℃以下の低融点繊維,例えば低融点ポリプロピレン繊維,低融点ポリエチレン繊維,低融点ポリエステル繊維等をバインダーとして混合して加熱融着したものである。」(段落【0005】) (イ) 「上記合成樹脂または合成ゴムは通常繊維100重量部に対して30〜70重量部,望ましくは40〜60重量部添加され,上記低融点繊維は通常繊維100重量部に対して20〜60重量部,望ましくは30〜50重量部添加される。」(段落【0006】) (ウ) 「本発明のフェンダーライナは,硬質繊維板からなるので軽量でクッション性があり,自動車走行中に車輪が跳ね上げる土砂,小石,水等が衝突しても衝撃を緩和し,衝撃音の発生が大巾に低減される。そして該フェンダー下面は該フェンダーライナによって上記土砂,小石,水等から確実に保護され,損傷,腐食等が防止される。本発明のフェンダーライナを使用すれば,フェンダー下側の見栄えが良くなり,またフェンダー車内側の防音材の厚みあるいは種類を減らすことが出来る。」(段落【0007】) (エ) 「ポリエステル繊維100重量部に対して硬質スチレン-ブタジエンゴムラテックスを100重量部(固形分として50重量部)添加混合してロールプレスによってシート状の原反とし(目付1000g/m2),該原反を180℃,3分のホットプレスによって成形した後トリミングを行なうことによって製造され,フェンダー下面に適合する形状を有しており,上面中央内側よりにはサスペンション軸貫通穴部(2)が切り欠かれ,所定箇所にはクリップ穴(3)が設けられている。」(段落【0008】) エ 上記記載によると,本願発明の「硬質繊維板」は,化学繊維,木質繊維,天然繊維,あるいは再生繊維を,合成樹脂,合成ゴムのバインダー,ホットメルト樹脂粉末あるいは低融点繊維で結着ないし融着したものであるが,繊維,バインダー等の含有量や両者の結着ないし融着の程度を数値により定量化した記載は見当たらず,また,硬さの程度に関する記載も全く見当たらない。このことは上記記載部分を除いた記載部分を検討しても同様である。一方,上記ウ(ウ)のとおり,「クッション性」があるとされているところ,クッション性を有するためには「柔らかさ」が不可欠であるから,本願発明の「硬質繊維板」は,硬さと柔らかさとを併せ備えているものである。
そうすると,本願発明の「硬質」の意味するところは著しく広範であり,繊維板として明らかに柔らかすぎて成形のしようがない程度のもの及び柔らかさを全く有しないほどに硬いものを除外したすべてを含むと解するほかない。
なお,上記ウ(ア)及び(イ)によると,本願発明の「硬質繊維板」には,ポリエステル繊維等の化学繊維100重量部に対して,低融点ポリエステル等の低融点繊維20〜60重量部を添加して加熱融着したものを一態様として包含すると認められる。
(2) 原告は,JIS-A-5907-1977「硬質繊維板」(甲5)には,密度0.8g/p3以上の板について,曲げ強さが450kgf/p2{4413.0Np2}以上のもの,350kgf/p2{3432.3Np2}以上のもの,200kgf/p2{1961.3Np2}以上のものの3種に区分されるとの記載があるので,このような記載が技術用語として存在していることを前提とすると,当業者であれば,「硬質繊維板」の語句から,JISに規定される「硬質繊維板」と同様のものとして認識するのであり,本件明細書の特許請求の範囲の「硬質繊維板」という語句のみで,当業者は,明確に「硬さ」の度合いを読み取ることができる旨主張する。
しかし,上記(1)エのとおり,本願発明の「硬質繊維板」は,化学繊維,木質繊維,天然繊維,あるいは再生繊維を,合成樹脂,合成ゴムのバインダー,ホットメルト樹脂粉末あるいは低融点繊維で結着ないし融着したものであって,上記(1)アのとおり植物繊維を主な原料とするJISの「硬質繊維板」あるいは「ハードファイバーボード」とは,その対象とする繊維の範囲を異にするから,当業者としても,「硬質繊維板」という語句から,植物繊維を主な原料とするJISの「硬質繊維板」あるいは「ハードファイバーボード」の硬さを読み取ることができるとしても,これを本願発明の,化学繊維,木質繊維,天然繊維,あるいは再生繊維を,合成樹脂,合成ゴムのバインダー,ホットメルト樹脂粉末あるいは低融点繊維で結着ないし融着した「硬質繊維板」に拡大することはできないことは明らかであり,原告の主張は,その前提において失当というほかない。
(3) 引用例1に,「PET繊維を熱可塑性樹脂バインダー(バインダー繊維)で融着結合してなるPET不織布をコールドプレスし,所定形状に賦形した自動車のエンジンルーム内に適用される防音材」に関する発明,すなわち,引用発明1が記載されていることは,当事者間に争いがない。
また,本願発明と引用発明1とが「繊維板について,本願発明が,硬質繊維板であるのに対して,引用発明1ではPET不織布からなる繊維板である点」で相違することは当事者間に争いがないが,要するに,本願発明は「繊維板」が「硬質」であるのに対し,引用発明1ではそれが明記されていない点で相違するものであるので,引用発明1の「PET不織布からなる繊維板」が「硬質」であるか否かについて検討する。
(4) 引用例1(甲3)には,次の記載がある。
ア 「繊度1〜2Dのポリエチレンテレフタレート繊維50〜80重量%と,ポリエチレンテレフタレートよりなる繊度1〜4Dのバインダー繊維20〜50重量%とを含み,該ポリエチレンテレフタレート繊維が該バインダー繊維により互いに結合され所定形状に賦形されてなることを特徴とする吸音材」(特許請求の範囲) イ 「PET繊維製の吸音材は,PET繊維からなる不織布と熱可塑性樹脂バインダーとから構成され,PET不織布を加熱して熱可塑性樹脂バインダーを溶融させた状態でコールドプレスし,所定形状に賦形して用いられている。」(段落【0007】) ウ 「本発明の吸音材では,PET繊維がPETよりなるバインダー繊維によって互いに結合され所定形状に賦形されている。すなわちバインダーが繊維形状であるために,加熱時にバインダー繊維の表面のみを溶融させることができ,バインダー繊維を吸音材を構成する繊維の一部として用いることが可能となる。したがって繊維間の空孔が溶融したバインダーによって充填されることが少なくなるとともに,繊維間に形成される空孔の数が増加し,それぞれの空孔の容積が小さくきめ細かくなる。これにより吸音特性が向上し,従来のガラス繊維製吸音材と同目付量,同厚さとして比較した場合,同等以上の吸音特性が確保できる。PET繊維としては,繊度1〜2D(デニール)のPET繊維が用いられる。吸音特性には吸音材の厚さも大きく影響し,厚さが厚い方が吸音特性に優れている。しかし繊度が1D未満のPETはきわめてコストが高く,所定重量内での吸音材の厚さの確保が困難となり,所定厚さを確保しようとするとPET繊維が大量に必要となってコスト及び重量が増大する。また剛性が低いため,賦形後の吸音材の取り扱いが行いにくいという不具合もある。一方,繊度が2Dを超えると,吸音特性が従来のガラス繊維製の吸音材に比べて低下するようになる。したがって繊度1〜2DのPET繊維を用いることとした。」(段落【0012】〜【0014】) エ 「バインダー繊維とは,上記PET繊維より融点の低いPETからなる繊維をいう。・・・・上記PET繊維とバインダー繊維を含む不織布を,PET繊維の融点未満でバインダー繊維の融点以上に加熱することにより,バインダー繊維表面が溶融し,バインダー繊維に接触するPET繊維がバインダー繊維に融着する。これによりPET繊維どうしがバインダー繊維を介して結合されるため,所定形状に容易に賦形することができる。」(段落【0016】) オ 「(実施例1)・・・繊度1.5Dで融点250℃の第1PET繊維1が70重量%と,繊度4Dで表層PETの融点160℃,コア層PETの融点250℃の二層構造をなす第2PET繊維2が30重量%とを混綿し,目付量1000g/m2の不織布を形成した。この不織布を温度210℃の熱風炉で30秒間保持し,直ちにコールドブレスして,図1に示す所定形状に賦形し厚さ30oの吸音材を得た。このとき第2PET繊維2の表層部が溶融してバインダとして作用し,第1PET繊維1どうしを結合することで賦形が完成した。」(段落【0021】,【0022】) (5) 上記記載によれば,引用発明1の「PET不織布からなる繊維板」は,「繊度1〜2Dのポリエチレンテレフタレート繊維50〜80重量%と,ポリエチレンテレフタレートよりなる繊度1〜4Dのバインダー繊維20〜50重量%とを含み,該ポリエチレンテレフタレート繊維が該バインダー繊維により互いに結合され所定形状に賦形されてなる」もので,ここに「繊度1〜2Dのポリエチレンテレフタレート繊維50〜80重量%と,ポリエチレンテレフタレートよりなる繊度1〜4Dのバインダー繊維20〜50重量%とを含」むとは,ポリエチレンテレフタレート繊維とポリエチレンテレフタレートよりなるバインダー繊維の配合割合が50対50ないし80対20であることを意味するから,前者を100重量部とすれば,後者は25〜100重量部となることが明らかである。
「ポリエステル」とは,一般に,「多価カルボン酸と多価アルコールとの縮重合によって得られる高分子化合物の総称。代表例はテレフタル酸とエチレングリコールからつくられるポリエチレンテレフタレート繊維で,テトロン・ダクロンなどの商標名で普及している。」(大辞林第2版),「多価アルコールと多価カルボン酸の重縮合により生ずる高分子化合物の総称。主鎖にエステル結合(-CO-O-)をもつ。テトロンのような合成繊維,アルキド樹脂,不飽和ポリエステル樹脂などがある。」(広辞苑第5版)とされているものである。
「バインダー繊維とは,上記PET繊維より融点の低いPETからなる繊維」をいい,ポリエチレンテレフタレート繊維が「ポリエステル樹脂」の一種であることは上記のとおりであるから,引用発明1の「PET不織布からなる繊維板」は,「ポリエステル樹脂」が100重量部,「低融点繊維」が25〜100重量部のものが開示されていることとなる。
ところで,上記(1)のとおり,本願発明の「硬質繊維板」には,ポリエステル繊維等の化学繊維100重量部に対して,低融点ポリエステル等の低融点繊維20〜60重量部を添加して加熱融着したものを一態様として包含するから,この数値範囲の中に引用発明1が含まれることとなる。
また,上記(1)エ認定のとおり,本願発明の「硬質」とは,繊維板として明らかに柔らかすぎて成形のしようがない程度のもの及び柔らかさを全く有しないほどに硬いものを除外したすべてを含むと解すべきところ,引用発明1の「PET不織布からなる繊維板」においても,「コールドプレスし,所定形状に賦形した自動車のエンジンルーム内に適用される」ものであるから,明らかに柔らかくて成形できないような程度のものといえないことは明白である。
さらに,引用例1(甲3)の「このバインダー繊維は,繊度が1〜4Dとされる。繊度は小さい方が好ましいものの,上記PET繊維より小さくなるとPET繊維どうしを結合する強度が小さくなり,剛性の確保が困難となるため1D以上とした。・・・」(段落【0017】)との記載によれば,引用例1のPET繊維製の吸音材は,剛性,すなわち,「物体が曲げ・ねじれなどに対して破壊に耐える能力」(広辞苑第5版)の確保を目的の一つとしていることが認められる。
そうすると,引用発明1の「PET不織布からなる繊維板」は,少なくとも,本願発明の「硬質繊維板」の「硬質」と変わらない程度に「硬質」であるというべきである。
(6) 原告は,引用例1の実施例1によると,吸音材の厚さは30oであり,この厚さから密度を計算すると,目付量1000g/m2の吸音材の体積は100p×100p×3p=30000p3,密度は1000g/30000≒0.03g/p3となり,硬質繊維板どころか,JIS-A-5906-1983(甲6)に定義されている中質繊維板の密度(0.4g/p3以上)よりもはるかに小さくなり,ふかふかした柔軟な材料というべきであって,一般通念として硬質とはいい難い旨主張する。
確かに,上記(4)オのとおり,引用例1の実施例1には,目付量が1000g/m2,吸音材の厚さが30oであるとの記載がある。しかし,上記(3)のとおり,審決が引用発明1としているのは,引用例1の記載から数値による定量的な事項を捨象した「PET繊維を熱可塑性樹脂バインダー(バインダー繊維)で融着結合してなるPET不織布をコールドプレスし,所定形状に賦形した自動車のエンジンルーム内に適用される防音材」という発明である。そして,以下のとおり,引用発明1を,引用例1の実施例1に記載されている定量的な事項によって限定されなければならないような事情は見当たらない。
すなわち,引用例1の上記(4)ウの「繊維間の空孔が溶融したバインダーによって充填されることが少なくなるとともに,繊維間に形成される空孔の数が増加し,それぞれの空孔の容積が小さくきめ細かくなる。これにより吸音特性が向上し,従来のガラス繊維製吸音材と同目付量,同厚さとして比較した場合,同等以上の吸音特性が確保できる。PET繊維としては,繊度1〜2D(デニール)のPET繊維が用いられる。吸音特性には吸音材の厚さも大きく影響し,厚さが厚い方が吸音特性に優れている。しかし繊度が1D未満のPETはきわめてコストが高く,所定重量内での吸音材の厚さの確保が困難となり,所定厚さを確保しようとするとPET繊維が大量に必要となってコスト及び重量が増大する。また剛性が低いため,賦形後の吸音材の取り扱いが行いにくいという不具合もある。一方,繊度が2Dを超えると,吸音特性が従来のガラス繊維製の吸音材に比べて低下するようになる。」との記載によれば,引用例1のPET繊維製の吸音材は,吸音特性とコスト,重量等との兼合いで繊維間に形成される空孔の数を調節するというのであるから,吸音特性とコスト,重量等の兼合いによって吸音材の厚さが適宜変化することは明らかである。
そうすると,引用発明1における吸音材の厚さは,吸音特性,コスト,重量,繊度等との関連で適宜選択されるものであって,引用発明1を,引用例1の実施例1に記載されている定量的な事項によって限定されなければならない理由は存在しない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(7) 以上検討したところによると,「本願発明では,硬質繊維板について単に硬質といっているのであって硬さの度合いが明示されている訳ではなく,また・・・引用発明(注,引用発明1)の吸音材(防音材)を構成するPET不織布の目付量が1000g/m2である点では本願発明の実施例における目付量(1000g/m2)と同じであることからすると,硬さの程度も同等と推認される。それゆえ,相違点1でいう繊維板の硬さについては,実質的な相違点とはいえない。」(審決謄本3頁下から第3段落)とした審決の判断に誤りはない。したがって,原告の取消事由1の主張は採用することができない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について (1) 引用発明1が,「PET繊維を熱可塑性樹脂バインダー(バインダー繊維)で融着結合してなるPET不織布をコールドプレスし,所定形状に賦形した自動車のエンジンルーム内に適用される防音材」に関する発明であることは,前記1(3)のとおりである。
一方,引用例2(甲4)には,「自動車のフェンダー部,車輪の上側に位置する鋼板上には,この部分の鋼板に合う形状に真空成形やスタンプ成形した樹脂成形品,いわゆるフェンダライナを装着している。」(段落【0002】),「従来フェンダライナには高密度ポリエチレンやこれにガラス繊維のような充填材を混入したものを使用・・・」(段落【0004】),「自動車の静粛性の要求が高まるにつれて,フェンダライナにおいても防音性能(特に小石がはねてぶつかった際の衝突音が車室内に響かないこと)を考慮する必要が生じており,」(段落【0005】)との記載がある。
エンジンルーム内に適用される引用発明1の吸音材も,フェンダーライナに適用される引用発明2の防音材も,自動車の防音という点で共通の技術分野に属するものであり,技術的課題も近似しているものである上,いずれも,車体の内面形状に適合するように成形されるものであることを考慮すると,エンジンルーム内に適用される吸音材をフェンダーライナの防音材に適用することを妨げる格別の事情がない限り,引用発明1の吸音材を,その用途として引用発明2のフェンダーライナに転用して,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者において容易に推考し得たものというべきである。
(2) 原告は,引用発明1の繊維板は,防音材ではなく吸音材であり,しかも,吸音対象も空気を伝わって来るエンジン音等であるから,小石等によって発生する衝撃音を対象とする本願発明の繊維板とは,防音(吸音)のメカニズムが全く異なるとの理由で,エンジンルームの防音材をフェンダーライナの防音材として採用するが技術的に困難である旨主張するので検討する。
ア 乙3文献には,「自動車の振動,騒音を低減する方法としては,車体の構造部材の最適な結合や配置等による方法と,防音材料を適用する方法が一般的である。自動車にとって重要課題であるコスト,軽量化やリサイクルの面からは,防音材料を使用せずに振動,騒音を抑えることができればよいが,防音材料をなくすことが難しいのが現状である。近年,CO2削減が叫ばれており環境問題が地球規模の課題としてとりあげられ,このため,自動車にとってこれに関連する燃費改善は最重要課題となっている。燃費は自動車の商品性と軽量化に密接に関連しており,燃費改善のためまず軽量化が考えられるが,軽量化は自動車の振動騒音に悪影響を及ぼす。この振動騒音低減対策のために,防音材料を使用するといった循環ができる。したがって,防音材料に対する要求性能として振動騒音低減機能だけではなくてコストも含めた軽量化,さらにリサイクル性向上,占有体積の縮小等が求められる。また,防音材料の適用についてもその使用量,適用部位,適用材料等厳しく制限されており,適用部位の構造も含めた最適化,統合化が進んでいる。特に制振材料についてはその特性を的確に把握し利用しないと,逆効果になることも多く,適用法についての実験・研究が続けられている。」(190頁第1〜第4段落),「自動車用防音材料は,一般的に吸音材料,遮音材料,防振材料,制振材料に分けられる。図1のように,防音材料の働きを音や振動のエネルギの収支という観点からとらえると,吸音材料と制振材料はエネルギを吸収し,遮音材料,防振材料はエネルギを反射し振動・騒音を低減する材料である。制振材料は振動エネルギを熱エネルギに変えてエネルギの散逸を計ることにより振動を低減する材料である。いいかえると制振材料は,構造物に適用して構造物の滅衰を適切に選定し,共振周波数での振幅を制御し,構造物の振動を抑制して放射音を低減する材料ということになる。」(同頁最終段落)との記載がある。
上記記載によれば,自動車用防音材料は,吸音材料,遮音材料,防振材料,制振材料に分けられているが,防音材料の作用,機能の面からみると,音や振動のエネルギを吸収したり,反射したり,熱エネルギに変えたりして,振動,騒音を低減するものであり,本件出願時,自動車用防音材料についてコストも含めた軽量化,リサイクル性向上,占有体積の縮小等が求められており,使用量,適用部位,適用材料等を考慮して最適化,統合化が進んでいたことが認められる。
そうすると,エンジンルーム内の吸音材とフェンダーライナの防音材とは,同じ自動車用防音材料であるから,自動車のエンジンルームの防音に関する公知技術をフェンダーライナに適用してみようという発想を得ることは,当業者にとって,格別に困難なことではないというべきである。
イ 乙4公報には,「従来から木材繊維,故紙パルプ,麻繊維,綿繊維等を単独に,もしくはこれ等の繊維を混合した植物繊維スラリーを脱水してボード状或いは所望の立方体状に成型した繊維質成型体は,軽量で,加工性,断熱性,吸音性,緩衝性に優れていることから建築用資材をはじめ各種産業用資材として多く利用されているが,この種の成型体は,吸水性が高く,吸湿による強度低下や伸び等の寸法変化が著しくて耐水性,寸法安定性に劣る欠点があった。一方,このような欠点をなくするために,これらの植物繊維スラリーにポリオレフィン系の合成繊維等の熱可塑性合成樹脂の繊維状物を混合して脱水成型し,これを加熱圧締して上記繊維状物を溶融させて繊維相互の結合を行うことにより成型体の耐水性,寸法安定性,成形性等を改善する方法が行われているが,この方法によると,合成繊維が植物繊維に比べて親水性が少なく,植物繊維との絡み合いが弱い上に繊維相互を結びつける水素結合のような結合力が期待できないため,所望の強度を得るには合成繊維が溶融して結合力が生じるまで高温で処理する必要があり,合成繊維同士もしくは合成繊維と植物繊維が完全に融着し合って成型体全体が硬化するために,弾力性,クッション性,通気性,加工性等が低下するという問題点があった。」(2欄2行目〜3欄2行目),「このような綿状繊維塊は図に示すように,熱可塑性合成樹脂の繊維状物1が,バッフィング等の粉砕処理によってその交絡部分等でウレタンエラストマ等の弾性高分子結合剤2で部分的に結合されたポーラスな三次元構造をなした繊維塊Aの集積物である。このようなポーラスな三次元構造の繊維塊の集積物よりなる綿状繊維塊は,繊維状物1の長さが0.5〜15mm程度の短繊維に破断されており,繊維相互の結合も弱められていることから各繊維状物の自由度が高められていると共に上記結合剤の弾性と相俟って,圧縮に対する復元性に優れており,成型体に弾性を付与し,・・・。」(4欄3行目〜15行目)との記載がある。
上記記載によれば,繊維板において,繊維が完全に融着し合って成型体全体が硬化すると,弾力性,クッション性等が低下するのに対し,繊維相互の結合が弱められ繊維の自由度が高いポーラスな三次元構造の場合には,復元性,弾性に優れたものになるものと認められる。
ところで,引用例1には,前記1(4)ウのとおり,「PET繊維がPETよりなるバインダー繊維によって互いに結合され所定形状に賦形されている。すなわちバインダーが繊維形状であるために,加熱時にバインダー繊維の表面のみを溶融させることができ,バインダー繊維を吸音材を構成する繊維の一部として用いることが可能となる。したがって繊維間の空孔が溶融したバインダーによって充填されることが少なくなるとともに,繊維間に形成される空孔の数が増加し,それぞれの空孔の容積が小さくきめ細かくなる。これにより吸音特性が向上し,」との記載があり,引用発明1の繊維板は,上記の繊維形状であることによって吸音特性を向上させているのであるが,さらに,上記の繊維形状であるゆえに,繊維の表面のみが溶融結合し,繊維間に空孔を有するポーラスな三次元構造を有することにもなるので,弾力性,クッション性に優れたものでもある。そして,引用発明1の繊維板が弾力性,クッション性に優れた材料であれば,物体がぶつかったときに発生する衝突音を小さくできることは,経験則上明らかである。
そうすると,引用発明1の繊維板は,上記の繊維形状のゆえに,音エネルギーを吸収し得るのみならず,衝突エネルギーをも吸収し得るものであり,吸音性能と物の衝突に対する緩衝性能とは,必ずしも別個独立の概念ではなく,ときには共存することもあり得る概念である。
したがって,吸音用の繊維板を,衝突エネルギーの緩衝用に使用してみようという発想を得ることは,当業者にとって,格別困難なことではないものというべきである。
ウ 引用例1(甲3)には,次の記載がある。
(ア) 「本発明は,自動車のエンジンルーム内のアンダーカバー,ダッシュアウター,エプロンサイドなどに配置され,エンジン音などを吸音して騒音を抑制する吸音材に関し,さらに詳しくはリサイクル可能な吸音材に関する。」(段落【0001】) (イ) 「自動車のエンジンルームには,エンジンやファンなど車室内や車外への騒音の発生源となる装置が多く配置されている。そのためエンジンルーム内には,異音発生源の近傍に吸音材を配置することが望ましい。しかしながら近年の自動車のエンジンルーム内には各種部品が高密度に配置されているため,吸音材を配置する空間に制約が生じ,吸音材の厚さは必然的に薄くならざるを得ない。そのため従来は,ガラス繊維を主体とする不織布から吸音材が形成され,所定形状に賦形された後,エンジンルーム内のエンジン近傍などの狭い空間に配置されて使用されている。この吸音材は,熱硬化性樹脂バインダーを付着させたガラス繊維よりなる不織布を,ホットプレスなどにより所定形状に賦形して製造される。この吸音材によれば,絡み合ったガラス繊維どうしの間の空孔内に進入した音波は,繊維の極近傍の空気の粘性抵抗及び繊維自体の振動により音エネルギーが徐々に減衰し,これにより吸音して外部への音の伝達を抑制することができる。」(段落【0002】,【0003】) 上記記載によれば,空気を伝わって来るエンジン音は,繊維板のごく近傍の空気の粘性抵抗及び繊維自体の振動により音エネルギーが徐々に減衰していくことが開示されている。
エ 一方,引用例2(甲4)には,次の記載がある。
(ア) 「この種のフェンダライナを装着する目的はフェンダ部鋼板の保護にあり,自動車の走行によってはね上がった泥,小石などによってフェンダ鋼板に傷がついたり腐食したりすることを防止することにある。」(段落【0003】) (イ) 「従来フェンダライナには高密度ポリエチレンやこれにガラス繊維のような充填材を混入したものを使用・・・」(段落【0004】) (ウ) 「ところが,咋今,自動車の静粛性の要求が高まるにつれて,フェンダライナにおいても防音性能(特に小石がはねてぶつかった際の衝突音が車室内に響かないこと)を考慮する必要が生じており,フェンダライナの材料開発にあたって,好適な防音性評価方法(装置)が求められている。しかしながら,従来このような成形品の防音性能については適当な評価方法がなく,平板状の製品の試験結果をもって代替してきたが,成形品の防音性能はその形状に強く依存しているため,最適の評価方法とはならなかった。また,実車にて乗員が感じる防音特性は,衝撃音の初期的な大きさのみでは決定できないことが経験的に知られているが,実際にどのような測定が官能評価と相関があるかも不明であるのが現状である。」(段落【0005】〜【0007】) (エ) 「種々の研究をおこなった結果,防音性能の評価にあたっては,衝撃音が初期入射音として出力が小さいことに加えて,フェンダライナの振動減衰が早いことは防音にとって重要であることがわかった。」(段落【0016】) 上記記載によれば,小石がはねてフェンダーライナにぶつかった際の衝突音は,フェンダーライナ自体が初期の衝突音を小さくするとともに,フェンダーライナ自体の振動が速やかに減衰していくというのである。
オ 上記ウ及びエによれば,引用発明1の吸音材と引用発明2のフェンダーライナの防音材とは防音(吸音)のメカニズムが異なることは明らかであるが,自動車用防音の技術分野内で細分化された技術の相違にすぎず,相互の技術の比較検討を困難にするようなものとはいい難い。
上記アのとおり,自動車用防音の技術分野において,自動車用防音材料についてコストも含めた軽量化,リサイクル性向上,占有体積の縮小等が求められており,使用量,適用部位,適用材料等を考慮して最適化,統合化が進んでいたのであるから,引用発明1の吸音材の技術と引用発明2のフェンダーライナの防音材の技術の相違が,自動車用防音材料の最適化,統合化にかかわる当業者の通常の創作能力を妨げるものではない。
カ 以上検討したところによると,引用発明1と引用発明2の防音(吸音)のメカニズムが全く異なることを理由に,エンジンルームの防音材をフェンダーライナの防音材として採用することが技術的に困難であるとする原告の主張は失当というほかない。
(3) 原告は,引用発明2のフェンダーライナは,高密度ポリエチレンにガラス繊維を混入したもの,すなわち,繊維強化プラスチックを素材としているが,この素材は,熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂をマトリックスとし,それに繊維が分散した状態にあり,樹脂が主体であり,内部に空気を含有していないから,本願発明の繊維主体の繊維板とは全く材質が異なるものであり,その防音のメカニズムは,樹脂の粘弾性に基づく衝撃音の振動減衰であり,フェンダーライナに小石がぶつかった時の衝撃波はフェンダーライナ全体に拡がり,フェンダーライナ全体が振動するというものであるとし,このように,引用発明1の吸音材は,引用発明2のフェンダーライナの防音材とは全く性質が異なり,その用途も目的も異なっているから,引用発明1の吸音材を引用発明2のフェンダーライナに置き換えることを,当業者が容易に推考し得たとはいえず,また,仮に置き換えられたとしてもフェンダーライナの用をなさない旨主張する。
しかし,上記(2)オ判示のとおり,引用発明1の吸音材と引用発明2のフェンダーライナの防音材の技術的相違は,自動車用防音の技術分野内で細分化された技術の相違にすぎず,相互の技術の比較検討を困難にするようなものとはいえないものである。
原告の主張は,引用例2に記載されていない事項を根拠とするもので,そもそも失当であるが,仮に,その主張のとおり,引用発明2のフェンダーライナが,高密度ポリエチレンにガラス繊維を混入したもの,すなわち,繊維強化プラスチックを素材とし,その防音のメカニズムが樹脂の粘弾性に基づく衝撃音の振動減衰であるとしても,引用発明2の高密度ポリエチレンにガラス繊維を混入したフェンダーライナを,引用発明1のエンジンルームに使用されていた繊維板に置き換えることを困難にする理由を見いだし得ない。
(4) 以上検討したところによれば,原告の取消事由2の主張は採用の限りではない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 青柳馨
裁判官 宍戸充