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事件 平成 13年 (ワ) 9922号 特許権侵害差止等請求事件
原告 アンドウケミカル株式会社
訴訟代理人弁護士 北方貞男
被告 有限会社空閑園芸
訴訟代理人弁護士 後藤昌弘
同 川岸弘樹
補佐人弁理士 広江武典
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2002/12/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は、別紙イ号物件目録(1)及び(2)記載のポットカッターを製造し、使用してはならない。
2 被告は、その事業所に所在する前項の物件を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金180万円及びこれに対する平成13年9月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「育苗ポットの分離治具及び分離方法」という特許発明に係る特許権を有する原告が、被告に対し、被告は、@別紙イ号物件目録(1)及び(2)記載のポットカッターを製造し、A原告から貸与されたポットカッターを原・被告間の賃貸借契約に設けられた条項に反して原告以外の製造に係る連結育苗ポットの切り離し等に使用したが、上記各行為はいずれも原告の特許権の侵害に当たるとして、特許権に基づき、ポットカッターの製造、使用の差止め及び廃棄並びに損害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等(証拠の掲記のないものは、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により認められる。) (1) 当事者 ア 原告は、プラスチック製食品用容器の製造、販売等を業とする株式会社であるが、育苗ポットの製造、販売も行っている。
イ 被告は、花卉・野菜苗の生産販売等を業とする有限会社である(以下、
このような業者を「育苗業者」という。)。
(2) 本件特許権 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。
特許番号 第3000552号 発明の名称 育苗ポットの分離治具及び分離方法 出願日 平成11年1月18日(特願平11-9483号) 優先日 平成10年2月3日 (優先権主張番号:特願平10-22289号) 優先権主張国 日本 登 録 日 平成11年11月12日 特許請求の範囲 別紙特許公報(甲1)該当欄請求項1ないし4記載のとおり。
(3) 本件発明は、原告が有する別の特許権(特許第2891987号、発明の名称「育苗ポット用樹脂成形体及びその製造装置」、以下「別件特許権」という。)に係る連結育苗ポット(以下「原告ポット」という。)の分離治具及び分離方法に係るものであり、別紙イ号物件目録(1)及び(2)記載のポットカッター(以下、同目録(1)記載の製品を「イ号物件(1)」、同目録(2)記載の製品を「イ号物件(2)」といい、併せて「イ号物件」という。)は、本件発明の実施品である。
(4) 原告は、原告ポットの販促品として、本件発明の実施品であるポットカッターを顧客に貸与しており、被告に対しては、平成10年3月4日にイ号物件(1)3台を、同月25日にイ号物件(2)3台を有償で貸与する旨の契約をそれぞれ締結し(以下「本件貸与契約」という。)、これらを引き渡した(以下、原告が被告に貸与した実施品を「本件ポットカッター」という。)。本件貸与契約には下記の約定がある(甲3、4。本件禁止条項が存在することは争いがない。) ア 柱書 「この製品はアンドウケミカル(株)〔原告〕が独自に考案した連結育苗ポットの切り離しと所定の枠の中へ納めるという事を目的として考案されたものであり、分離方法特許及び分離治具特許を請求している製品である。よって、この目的以外の例えば当社以外の連結育苗ポット等の切り離し、育苗トレーへの供給等に流用する事を一切禁じます。」(以下「本件禁止条項」という。)。
第3条(治具の使用、保存) @ 被告は、治具の引渡しを受けた時から治具の使用をできるものとする。
A 使用料は1台につき9800円(7.5cm用のみ1万4000円)とする。効力は原告が治具を発送した日より3年間とするが、場合によっては変更となる場合もある。
第4条(治具の所有権侵害の禁止等) @ 原告は、治具に原告の所有権を明示あるいは標示することができる。
A 被告は、治具を第三者に譲渡、売買、転貸等、原告の所有権を侵害するような行為をしないものとする。
第5条(解除) 契約は原・被告どちらかに不都合が生じた場合、いつでも解除できる。
@ 被告が一方的な理由で契約解除をする時は、治具を原告に返却する事により解除完了となる。
A 原告が解除要求した時は、いかなる理由があろうとも被告はすみやかに治具を原告へ返却しなければならない。その事により解除完了となる。
(5) 被告は、平成11年春ころから、株式会社東海化成(以下「東海化成」という。)の製造に係る連結育苗ポット(以下「東海ポット」という。)を購入するようになった。そこで、原告は、平成12年3月21日付け内容証明郵便により、
被告に対し、被告が使用する育苗ポット及びポットカッターが原告の特許権を侵害するとして、これらの使用の停止を求める旨の警告書を出した(乙10)。
(6) 原告は、平成12年5月、別件特許権及び本件特許権に基づき、東海化成、被告を含む計8名に対し、東海ポット及び東海化成が生産、譲渡、譲渡のために展示しているポットカッター(以下「旧東海ポットカッター」という。)の製造、販売等の差止め及び損害賠償を請求する訴訟を大阪地方裁判所に提起したが(以下「別件訴訟」という。)、平成13年4月12日、東海ポットの製造、販売、使用の差止め及び損害賠償請求については、東海ポットは別件特許権に係る発明の技術的範囲に属しないと判断され、これを棄却する判決が言い渡された(乙1)。
(7) 原告は、被告に対し、平成13年8月22日付け内容証明郵便(甲8)により、被告が本件禁止条項に違反して本件ポットカッターを東海ポットの分離作業に使用したことを理由に本件貸与契約の解除を申し入れるとともに、本件ポットカッターの返還を請求した。
(8) 被告は、平成13年8月28日、原告に対し、本件ポットカッター6台を返却した。
2 争点 (1) 被告は、本件ポットカッター以外にイ号物件を自ら製造し、又は今後製造するおそれがあるか。
(2) 被告が本件禁止条項に違反して、本件ポットカッターを他社製連結育苗ポット等に使用することが、本件特許権の侵害を構成するか。
(3) 本件禁止条項は、独占禁止法19条が禁止する不公正な取引方法に該当し、公序良俗に違反するものとして無効か。
(4) 本件特許には無効理由が存在することが明白か。
(5) 原告の損害額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告は、本件ポットカッター以外にイ号物件を自ら製造し、又は今後製造するおそれがあるか)について 【原告の主張】 (1) 被告は、本件ポットカッター以外に、少なくとも6台のイ号物件を自ら製造し、他社製の連結育苗ポットの切り離しに使用した。ポットカッターは、連結育苗ポットを用いた育苗業者等にとって、作業能率上不可欠の道具であるから、被告には、今後ともイ号物件を製造するおそれがある。
(2) 仮に、被告が東海化成の特開2001-148942号(乙3)の発明の実施品(以下「千鳥タイプのポットカッター」という。)を使用しているとしても、被告が本件貸与契約に違反して本件ポットカッターを使用してきたこと、平成13年5月7日に実施された証拠保全による検証の際に一切関係事実を開示しなかったこと、千鳥タイプのポットカッターが本件発明から棒材の数を減らしただけのもので、イ号物件と同様の形態に改造することが極めて容易であることによれば、
被告が将来イ号物件を秘かに製造し、使用を始めるおそれは大きい。
【被告の主張】 (1) 被告は、自らイ号物件を製造したことはなく、今後も製造するおそれはない。
(2) 被告は、平成11年9月5日以降、東海化成から供給された旧東海ポットカッターを使用していたが、平成12年5月末日以降、本件ポットカッターも旧東海ポットカッターも使用を中止し、その後は、千鳥タイプのポットカッターを使用している。
2 争点(2)(被告が本件禁止条項に違反して、本件ポットカッターを他社製連結育苗ポット等に使用することが、本件特許権の侵害を構成するか)について 【原告の主張】 (1) 本件貸与契約は、特許実施品の貸与契約であり、貸与条件の範囲内での当該特許権の実施許諾契約であるから、貸与条件を逸脱する特許実施品の使用は、実施許諾の範囲を超えた使用として特許権侵害となる。被告は、平成11年4月以降、購入する連結育苗ポットを原告ポットから東海化成製造の類似品(東海ポット)に切り替え、それ以後は、本件ポットカッターを同社製品の切り離し作業に使用してきた。被告が本件ポットカッターを本件禁止条項に違反して他社製の連結育苗ポットの分離作業に使用することは、本件特許権の実施品を実施許諾の範囲を超えて使用するものであり、本件特許権を侵害する。
(2) 本件禁止条項は、実施許諾の範囲を画する明白な制約であるから、使用上の制約がない黙示の実施許諾契約があったとの被告の主張は不当である。また、原告が被告の実施許諾契約違反を知ってから契約解除するまでの間、黙示的に本件発明の実施を許諾していたことはない。
【被告の主張】 (1) 被告は、平成10年3月4日及び同月25日に、原告から本件ポットカッターを借り受けるに伴い、原告から本件特許権について実施許諾を受けた。上記実施許諾は、黙示の許諾であり、実施許諾には何の制約も付されていない。
(2) 仮に、上記実施許諾が、原告ポットを切断する範囲で本件発明の実施を許諾する趣旨であったとしても、上記実施許諾においては、被告が原告から原告ポットを購入して使用する限りは、他社製品に関しても実施することが黙示的に許容されていた。原告は、平成12年3月21日付け内容証明郵便により、被告に他社製連結育苗ポットへの本件ポットカッターの使用禁止を通告するまでは、被告が他社製連結育苗ポットを購入し、その一部を本件ポットカッターにより切断していることを知りながら黙認しており、これは、黙示の実施許諾に当たる。そうすると、平成13年8月22日付け書面により実施許諾契約が解除されるまでは、原告ポットの切断は許諾されているのであるから、被告の本件特許権に基づく損害賠償義務は、平成12年3月21日から平成13年8月22日までの他社製品の切断に関する範囲に限られる。
3 同(3)(本件禁止条項は、独占禁止法19条が禁止する不公正な取引方法に該当し、公序良俗に違反するものとして無効か)について 【被告の主張】 本件禁止条項は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)19条が禁止する不公正な取引方法に該当するとともに、公序良俗に反して無効である。
(1) 独占禁止法21条(平成12年法律第76号による改正前の23条)は、
「この法律の規定は、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない。」と規定するが、同条は、@特許法等による権利の行使とみられない行為には独占禁止法の適用があることを確認するとともに、A特許法等による権利の行使とみられるような行為であっても、例えば、当該行為が不当な取引制限や私的独占の一環をなす行為として、又はこれらの手段として利用されるなど権利の行使に藉口していると認められるときなど、それが発明を奨励すること等を目的とする技術保護制度の趣旨を逸脱し、又は同制度の目的に反すると認められる場合には、特許法等による「権利の行使と認められる行為」と評価できず、独占禁止法が適用されることを確認した趣旨である。
本件禁止条項は、本件特許権とは本来無関係な原告ポットの購入を強制する行為であり、特許法等による権利の行使とみられる行為ではない。これにより、
育苗ポットの購入先の選択の自由が制限され、育苗ポット製造業者・販売業者にとっても代替的な取引先若しくはそれとの取引の機会を容易に確保することができなくなり、市場における競争秩序に悪影響を及ぼすおそれが高い。よって、本件禁止条項は、独占禁止法2条9項に定める不公正な取引方法である公正取引委員会による一般指定第10項(抱き合わせ販売等)、一般指定第11項(排他条件付取引)、又は一般指定第13項(拘束条件付取引)に該当するものとして、違法となるというべきである。
(2) 独占禁止法違反の法律行為は、違法性の程度等によっては公序良俗に反するものとして民法90条により無効になる。本件禁止条項は、本件特許権の権利行使の名の下に、事実上、原告の連結育苗ポット市場の独占状態を創出するのと同様の効果を生じさせており、特許制度の趣旨を逸脱したものとして違法性の程度が極めて高いから、民法90条により無効である。
【原告の主張】 本件禁止条項は、原告ポットの購入を強制するものではなく、需要者は、分離治具として本件ポットカッターを使用しないという選択が可能である。本件発明の実施品である本件ポットカッターの使用を許諾するに当たり本件禁止条項を付すことは、需要者が他社製品を購入することを不当に制限することにはならないから、本件禁止条項は、独占禁止法2条9項所定の不公正な取引方法に該当しない。
4 争点(4)(本件特許には無効理由が存在することが明白か)について 【被告の主張】 原告提出に係る育苗業者作成の証明書(甲13〜16)によれば、原告は、
育苗業者4社に対し、本件特許出願の優先日以前に、本件発明の実施品であるポットカッターを頒布していた。そうすると、本件発明は、原告の本件特許出願前から公知であり、本件特許には、特許法123条1項2号、同法29条1項2号による無効理由が存在することが明らかであるから、本件特許権に基づく請求は権利の濫用である。
原告は、原告の提出した上記証明書に記載された本件発明の実施品であるポットカッターの使用開始時期が誤りであったと主張し、甲27を提出するが、このようなことは訴訟上の信義則に反し許されない。
【原告の主張】 甲13、15、16の各証明書に記載された本件発明の実施品であるポットカッターの使用開始時期は誤りであり(なお、甲14に記載された同使用開始時期は本件特許出願の優先日より後である。)、本件特許出願の優先日である平成10年2月3日より前に、本件発明に係るポットカッターが公然実施された事実はない。
5 争点(5)(原告の損害額)について 【原告の主張】 (1) 本件ポットカッターを使用した連結育苗ポットのトレイ入れは、従前の単体丸ポットのトレイ入れと比べて2倍強の能率ですることができる。単体丸ポットの場合、1時間に97枚のトレイ(1トレイは24ポット)にトレイ入れができるが、育苗作業者の平均的時間給は1時間700円であるから、単体丸ポット1個のトレイ入れに要する賃金は30銭である(700÷(97×24)=0.300)。
(2) 被告は、全国有数の育苗業者であり、年間500万個以上のポット入り種苗を出荷していたと推定されるから、平成11年4月から平成13年8月までの間の出荷数は1200万ポットと推定される。このトレイ入れに要する丸ポット換算の人件費は360万円であり(12,000,000×0.3=3,600,000)、本件禁止条項に違反した本件ポットカッターの使用により被告が不当に得た利益は180万円である(3,600,000×1/2=1,800,000)。この金額が、特許法102条2項により原告の受けた損害の額と推定される。
【被告の主張】 (1) 本件ポットカッターと従前の単体丸ポットの作業効率の差は、5割弱程度しかない(乙20)。パート従業員は、連結丸ポットをカットしながらトレイに入れる場合は1時間に約200トレイ、単体丸ポットをトレイに入れる場合は1時間に約150トレイの作業ができる。したがって、連結育苗ポットをカットしながら入れる場合の人件費(700円÷(200トレイ×24鉢)=0.15円)と、丸ポットを入れる場合の人件費(700円÷(150トレイ×24鉢)=0.19円)の差額は、1個当たり4銭程度である。
(2) 平成11年4月から平成13年8月までの原告の苗の出荷数量700万鉢のうち、被告が原告から購入した約60万個と、ポットカッターを使用する必要のない「パック」(4個が一体となった形態のポット)242万個を合わせた計300万個は対象外であるから、損害賠償の対象は、最大でも400万個である。また、被告の栽培する苗のうち、約半分は連結育苗ポット切断の必要がない野菜の苗であるから、被告が本件ポットカッターを使用して切断した可能性があるのは、その半分の200万個である。そうすると、被告の利益額は、「200万個×4銭=8万円」でしかない。
(3) なお、仮に被告が損害賠償義務が負うとしても、その対象期間は、前記2、争点(2)【被告の主張】(2)のとおり、原告が内容証明郵便により他社製連結育苗ポットへの使用禁止を通告した平成12年3月21日から平成13年8月22日までの約17か月に限定されるべきであり、その期間の原告の損害額は、多くとも金4万6896円(8万円×17/29=46,896円)にすぎない。
当裁判所の判断
1 争点(1)(被告は、本件ポットカッター以外にイ号物件を自ら製造し、又は今後製造するおそれがあるか)について 証拠(乙1、11)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成13年8月28日に本件ポットカッターを原告に返却するまでは、連結育苗ポットの切り離しに、本件ポットカッター又は同年6月東海化成から支給された千鳥タイプのポットカッターを使用していたことが認められ、被告が自ら同種のポットカッター(イ号物件)を製造したことを裏付けるような証拠はない。この点について、原告の従業員であるA作成の平成13年4月4日付け陳述書(甲5添付資料中の甲9)には、
被告代表者の過去の対応及び経歴から、被告が本件ポットカッターと同一構造のポットカッターを自ら製作していると考えられる旨の記載があるが、これらの記載は単なる推測にすぎないから採用できず、他に被告がイ号物件を自ら製造したことを認めるに足りる証拠はない。
また、証拠(乙8)によれば、被告が現在保有する千鳥タイプのポットカッターによっても連結育苗ポットの切り離し及び育苗トレーへのポット供給自体は可能であることが認められるから、被告が今後イ号物件を自ら製造しなければ連結育苗ポットの切り離し等をすることが不可能であるとはいえない。したがって、被告が将来イ号物件を製造する現実的なおそれを肯定することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
以上によれば、原告の請求のうち、被告がイ号物件を製造し、又は今後製造するおそれがあることを根拠とする特許権侵害の主張については、理由がない。
2 争点(2)(被告が本件禁止条項に違反して、本件ポットカッターを他社製連結育苗ポット等に使用することが、本件特許権の侵害を構成するか)について (1) 上記第2、1(4)によれば、本件貸与契約は、本件ポットカッターという動産の賃貸借契約の形式を採用している。しかし、その内容は、原告が被告に対し、本件発明の実施品である本件ポットカッターの占有を有償で移転し、これを連結育苗ポットの分離という本件発明の目的を達成するような方法で使用することを認めるというものであり、これは、本件発明についての特許出願人である原告が育苗業者である被告に対し、本件発明を業として実施することを実施の態様として使用(特許法2条3項)のみに限定した上で許諾することと実質的に同義といえる。
加えて、原告が被告以外の育苗業者数社との間でも、本件貸与契約と同様のポットカッター賃貸借契約を重畳的に締結していること(甲17〜20)を考慮すると、
本件貸与契約は、原・被告間における通常実施権(同法78条1項)の設定行為という性質を有し、原告は、本件貸与契約に基づき、被告に対し、本件発明が特許された場合には、本件特許権について、実施の態様を使用に限定した上で通常実施権(以下、この通常実施権を「本件通常実施権」という。)を許諾することを約したものと解するのが相当である(本件貸与契約が本件特許権の実施許諾の性質を有することは、当事者双方も認めるところである。)。
(2) 特許法は、設定行為で範囲を定めることにより、特許権の一部に制限して通常実施権を許諾することができる旨規定するとともに(特許法78条2項)、通常実施権は、その登録をしたときには、その特許権若しくは専用実施権又はその特許権についての専用実施権をその後に取得した者に対しても、その効力を生ずると規定している(特許法99条1項)から、特許権の一部に制限して通常実施権を許諾した場合も、その内容が登録されたときは、同様の効力を生ずると解される。他方、通常実施権の法的性質は、許諾者である特許権者又は専用実施権者と通常実施権者との間における、特許権者又は専用実施権者から差止請求権や損害賠償請求権の行使を受けないことを本質的内容とする債権関係であって、その具体的内容は当事者間の契約により決定される。通常実施権の許諾に当たりいかなる制限が付されるかは、当該特許発明の重要性・価値のほか、特許権者及び通常実施権者の技術・市場において占める地位、実施権者の数・実施能力など、市場の状況を踏まえた種々の要因に応じて両当事者の意図により契約毎に決定され、制限(時間的、場所的、内容的)の具体的内容・程度・期間にも、厳格なものから緩やかなものまで広範な態様が存在する。このように、法的には許諾者と通常実施権者との間の債権関係にすぎず、現実にも広範な態様のものが存在する通常実施権の許諾の制限について、そのすべての違反行為が物権的権利としての特許権の侵害を構成し、特許権者から差止請求権(特許法100条)及び損害賠償請求権(民法709条)を行使されるとともに、刑事罰(特許法196条)による制裁の対象となり得ると解するのは相当でない。
(3) ところで、特許法は、専用実施権(特許法77条)の設定について、登録を効力発生要件と定めており(特許法98条1項2号)、専用実施権の設定の登録を申請するときは、申請書に設定すべき専用実施権の範囲を記載しなければならない(特許登録令44条1項1号)。したがって、専用実施権の設定に際して付された範囲の制限は、それが登録された場合には専用実施権の内容として効力を生じ、
その範囲内では特許権者の権利も制限される一方、その制限に違反する行為は特許権の侵害となる(特許法100条)。これに対し、専用実施権の設定に際して付された制限のうち登録されていない事項に違反した場合の効果について、特許法は規定していない。通常実施権についても同様である。
そうすると、通常実施権者が通常実施権の許諾に付された制限に違反することが特許権侵害を構成するか否かを判断するに当たっては、通常実施権の許諾にそのような制限を付し、かつ、当該制限を遵守させる行為が、特許法に規定された権利の本来的な行使(以下「本来的行使」という。)と評価できるか否かという観点から検討されなければならず、本来的行使に当たらない制限を付すこと(以下「非本来的行使」という。)については、特許法による権利の行使とはみられず、
私的自治に委ねられ、その違反も契約上の債務不履行を構成するにすぎないというべきである。
そこで、特許法上、特許権及び通常実施権がいかなる性質の権利として規定されているかを特許制度の趣旨に照らして判断する。特許法は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与すること」を目的とするものである(同法1条)。そして、特許法68条本文は、「特許権者は、
業として特許発明実施をする権利を専有する。」と規定するが、対象となる発明は、本来独占的に占有することが観念できない技術的情報であるから、「特許発明実施をする権利を専有する」とは、結局、他人による無権原での実施を排除することに他ならない。換言すれば、特許権とは、特許発明技術的範囲に包含される物の生産、使用、譲渡或いは方法の使用等(特許法2条3項)から、特許権者が他人を排除しうるという権利に他ならないということになる。そうすると、特許権者が通常実施権の許諾を行う場合において、許諾に付された制限の中で、特許権の本来的行使として物権的効力を有し、その制限に違反することが特許権侵害を構成するものとされるのは、前記の特許法の目的にも照らして、特許法が特許権者に保障する特許発明の無断実施自体の禁止という効力に直接関わり、当該効力を実現するために必要な範囲の行為に限られるというべきである。これに対し、実施許諾に付された制限が、特許発明実施行為と直接関わりがなく、無断実施の禁止権を実現するために必要な範囲を超えるものと評価される場合には、そのような制限は、その特許権の効力として特許法上認められた範囲を超えるものとして、もはや特許権の本来的行使(物権的制限)には該当せず、単なる契約上の制限(債権的制限)にとどまると解するのが相当である。
(4) そこで、以上の説示に基づき、本件禁止条項によって本件通常実施権に付された制限が本件特許権の本来的行使に当たるかどうかについて検討する。
本件貸与契約は、原告が被告に対し、(本件特許権が設定登録により発生した場合に)実施の態様を使用(特許法2条3項)のみに限定して通常実施権を許諾する旨の通常実施権設定行為と解されるが(前記(1))、本件禁止条項は、本件通常実施権の許諾に対し、さらに、「本件発明の使用目的(用途)を、別件特許権に係る発明の実施品である原告ポットの切り離しに限定し、それ以外の目的、すなわち、原告ポット以外の他社製連結育苗ポットの切り離し等に使用することを禁止する」という内容的な制限を付すものと解することができる。
しかし、本件特許権により特許権者である原告に保障された効力は、他人が無権原で本件発明に係る「育苗ポットの分離治具及び分離方法」を連結育苗ポットの分離という本件発明の目的を達成するような方法で使用することを排除するという無断実施禁止の効力に直接関わり、その目的を実現するのに必要な範囲にとどまるのである。本件禁止条項のように、特許権者から実施範囲を使用に限定して実施許諾を受けた通常実施権者が特許発明に係る物を使用するに際し、特許権者の競業者の製品への使用に供することを排除することは、特許権者が通常実施権者に対して、競争品の使用等又は競争技術の採用の制限、若しくは原材料、部品等の購入先の制限を課すことと径庭がなく、それ自体は、特許発明実施行為に関することではあるけれども、実施の区分、期間、地域、技術分野等を制限するものとは異なり、特許権者が本来決定権を有しない、特許発明実施とは無関係の制限を課すものであるから、特許制度の目的に照らしても、特許権の本来的効力を実現するために必要な範囲を超えるものというべきである(公正取引委員会事務総局平成11年7月公表の「特許・ノウハウライセンス契約に関する独占禁止法上の指針」〔乙2〕も参照)。
また、本件貸与契約は、もともと原告ポットの販促品として本件ポットカッターを原告が顧客である被告に供与するために締結されたものであるが、本件ポットカッターがいわゆる消耗品であり、被告が原告に返還した時点では、多くが約3年5か月にわたる使用により破損していたこと(甲9)、本件貸与契約で定められた使用料は1台9800円又は1万4000円、契約期間が3年間であり、期間の変更(期間経過後の更新)も予定されていること(上記第2、1(4)イ)からすれば、本件貸与契約の実質は売買と変わるところがなく、原告が本件ポットカッターの売買という通常考えられる法形式(売買であれば、特許権は消尽し、購入者が購入後の使用目的を特許権者から制約されるいわれはない。)を採らずに賃貸借という法形式を採った上で本件禁止条項を設けた趣旨は、実質的には、被告に別件特許権に係る発明の実施品である原告ポットの購入を促す目的によるものであると認められる。しかし、育苗業者がどのような連結育苗ポットを誰から購入するかという購入製品及び仕入先の選択は、本来、育苗業者自身の決定に委ねられるべき事項であり、他社の競争品が別件特許権の侵害品に当たるというような場合でない限り、
原告にこれを制約する権原はない。この意味からも、本件禁止条項による制限は、
無断実施自体の禁止という本件特許権の本来的効力を実現するために必要な範囲の行為とはいえない。
そうすると、本件禁止条項により通常実施権の許諾に制限を付すことは、
本件特許権の効力として特許法上認められた範囲を超えるものとして特許権の本来的行使に該当せず、単なる契約上の制限にとどまるものと解するのが相当である。
(5) 以上によれば、被告が本件禁止条項に違反して本件ポットカッターを他社製連結育苗ポットの切断に使用したこと(原告は、平成13年8月22日付け内容証明郵便により、被告が本件禁止条項に違反して本件ポットカッターを東海ポットの分離作業に使用したことを理由に本件貸与契約の解除を申し入れるとともに、本件ポットカッターの返還を請求し、被告は同月28日に本件ポットカッターを返還している(前記第2、1(7)、(8))から、それまでは本件貸与契約が存続したものである(本件貸与契約第5条)ところ、上記申入れ後に被告が本件ポットカッターを使用したことを認めるに足りる証拠はない。)は、本件貸与契約上の債務不履行を構成するにとどまり、本件特許権の侵害には当たらないというべきである(なお、原告は、平成14年9月27日の第7回弁論準備手続期日において、本件の訴訟物は特許権侵害に基づく差止請求と損害賠償請求のみであると陳述している。)。
3 よって、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないから、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 阿多麻子
裁判官 前田郁勝