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事件 平成 14年 (ネ) 4194号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人(原告) 株式会社ウエスタン・アームス
訴訟代理人弁護士 小林幸夫,復代理人弁護士 弓削田博,補佐人弁理士 神原 貞昭
被控訴人(被告) 株式会社東京マルイ
被控訴人(被告) 株式会社さくらや
被控訴人(被告) 株式会社ホビーベースイエローサブマリン
被控訴人(被告) 株式会社マルゴー
被控訴人(被告) 株式会社エス・ケー・シー
被控訴人(被告) 有限会社ホビーショップフロンティア
被控訴人(被告) 株式会社ドン・キホーテ
被控訴人(被告) 株式会社ダイクマ
上記8名訴訟代理人弁護士 中島茂,栗原正一,浅見隆行,湊谷秀光,補佐人弁 理士 井澤洵
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/01/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴人の求めた裁判
1 原判決を取り消す。
2 【被控訴人株式会社東京マルイ(被控訴人東京マルイ)に対する請求】 (1) 被控訴人東京マルイは,原判決の別紙物件目録記載の玩具銃を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
(2) 被控訴人東京マルイは,その占有する前項の玩具銃及びその半製品を廃棄し,同玩具銃の製造に用いる設備を除去せよ。
(3) 被控訴人東京マルイは,控訴人に対し,4億3929万6000円及びこれに対する平成13年9月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
【被控訴人株式会社さくらや(被控訴人さくらや),被控訴人株式会社ホビーベースイエローサブマリン(被控訴人ホビーベースイエローサブマリン),被控訴人株式会社マルゴー(被控訴人マルゴー),被控訴人株式会社エス・ケー・シー(被控訴人エス・ケー・シー),被控訴人有限会社ホビーショップフロンティア(被控訴人ホビーショップフロンティア),被控訴人株式会社ドン・キホーテ(被控訴人ドン・キホーテ)及び被控訴人株式会社ダイクマ(被控訴人ダイクマ)に対する請求】 (1) 被控訴人さくらや,被控訴人ホビーベースイエローサブマリン,被控訴人マルゴー,被控訴人エス・ケー・シー,被控訴人ホビーショップフロンティア,被控訴人ドン・キホーテ及び被控訴人ダイクマは,原判決の別紙物件目録記載の玩具銃を販売し,又は販売のために展示してはならない。
(2) 被控訴人さくらや,被控訴人ホビーベースイエローサブマリン,被控訴人マルゴー,被控訴人エス・ケー・シー,被控訴人ホビーショップフロンティア,被控訴人ドン・キホーテ及び被控訴人ダイクマは,それぞれ,その占有する前項の玩具銃を廃棄せよ。
(3)ア 被控訴人さくらやは,控訴人に対し,307万2000円及びこれに対する平成13年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 被控訴人ホビーベースイエローサブマリンは,控訴人に対し,122万8800円及びこれに対する平成13年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 被控訴人マルゴーは,控訴人に対し,716万8000円及びこれに対する平成13年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ 被控訴人エス・ケー・シーは,控訴人に対し,409万6000円及びこれに対する平成13年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
オ 被控訴人ホビーショップフロンティアは,控訴人に対し,409万6000円及びこれに対する平成13年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
カ 被控訴人ドン・キホーテは,控訴人に対し,712万7040円及びこれに対する平成13年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
キ 被控訴人ダイクマは,控訴人に対し,417万7920円及びこれに対する平成13年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本判決においても,「被告製品」,「本件特許権」,「本件明細書」,「本件発明」,「構成要件H」・「構成要件HB」,「構成要件G」,「原発明」,「原明細書」等の用語を,原判決記載の意義を有するものとして使用する。
1 本件は,本件特許権を有する控訴人(原告)が,被告製品を製造,販売する被控訴人(被告)東京マルイ,及び被告製品を販売するその余の被控訴人(被告)らに対し,被告製品が本件特許発明技術的範囲に属し,上記製造,販売行為が本件特許権を侵害する旨主張して,被告製品の製造,販売等の差止め及び損害賠償の支払いを求めた事案である。
これに対し,原判決は,被告製品が本件発明の構成要件Hを充足せず,本件発明の技術的範囲に属しないなどとして,控訴人(原告)の請求をいずれも棄却した。
そこで,控訴人により本件控訴の提起となったものである。
2 当事者の主張は,次の3,4に記載の当事者の当審における主張の要点を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」のとおりであるから,これを引用する。
3 当審における控訴人の主張の要点(控訴理由の要点) (1) 原判決が「原告の解釈は,『(第1のガス通路部の)閉状態』と『(圧力室形成部に)供給される状態』とが別個独立の状態とみるのである。」とした点(原判決21頁19〜21行目)は誤りである。
構成要件HBは,「第1のガス通路部を閉状態として」,これを原因として,第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスを「圧力室形成部に供給される状態となす」というものであり,「第1のガス通路部を閉状態として」と「圧力室形成部に供給される状態となす」とが原因結果の関係にあるものである。
(2) 原判決は,「被告製品は,ガスを『圧力室形成部に供給される状態となす』のに,『第1のガス通路部を閉状態』にすることを要しないのであるから,『第1のガス通路部を閉状態とし』たことを原因としてガスを『圧力室形成部に供給される状態となす』ものとはいえない。」と判断したが(原判決22頁10〜14行目),誤っている。
(2-1) まず,ガスの供給状態についてみると,第2のガス通路部が開状態に維持されるもとにあっては,@第1のガス通路部が閉状態とされる前においては,蓄圧室からのガスが装弾室と圧力室形成部との両者に振り分けられて供給される状況となり,その状況下でガスが圧力室形成部に供給される状態であるのに対し,A第1のガス通路部が閉状態とされた後においては,蓄圧室からのガスが,第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていた分に相当するガスが加えられて,圧力室形成部に供給される状況となり,その状況下でガスが圧力室形成部に供給される状態である。両者では,圧力室形成部に供給されるガスの量が極端に相違し,全く異なるガス供給状態である。
(2-2) 本件発明は,構成要件Hにおいて,第1のガス通路部を閉状態として,第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスを圧力室形成部に供給される状態となす,という構成を採っているものである。これは,本件明細書段落【0008】〜【0011】に明記されている。
なお,本件明細書の特許請求の範囲請求項1の記載には,「第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスが加えられて」との文言はないが,上記主張は,構成要件Hにこの文言を加えることをいうものではない。つまり,「(第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスを)圧力室形成部に供給される状態となす」ということは,構成要件HBによりもたらされる作用効果であり,構成要件HBにこの文言を加える必要はなく,上記主張は,本件構成からすれば必然の解釈である。
そして,本件発明は,第2のガス通路部の開閉については構成要件としておらず,蓄圧室からのガスがガス導出通路部を通じて可動部材内に導かれる状態(第1のガス通路部が開状態)の下で,開状態とされた第2のガス通路部を通じてガスが圧力室形成部に供給されることをも包含した技術思想である。
(2-3) 被告製品をみても,第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスを「圧力室形成部に供給される状態となす」のに,「第1のガス通路部を閉状態」とすることを要するのであり,換言すれば,ガスを「圧力室形成部に供給される状態となす」のに,「第1のガス通路部を閉状態」とすることを要するのである。第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスを「圧力室形成部に供給される状態となす」ことも,当然,ガスを「圧力室形成部に供給される状態となる」ことに当たる。
したがって,「被告製品は,ガスを『圧力室形成部に供給される状態となす』のに,『第1のガス通路部を閉状態』にすることを要しない」とした原判決は誤りである。
そうすると,『第1のガス通路部を閉状態とし』たことを原因としてガスを『圧力室形成部に供給される状態となす』ものとはいえない。」との判断も誤りである。
(3) 原判決は,「本件明細書において開示されているのは,装弾室からの弾丸の移動に伴う部材の動作により第1のガス通路部を閉状態にするのと同時に第2のガス通路部が開状態とされ,これにより初めてガスが圧力室形成部に供給される状態となるものである。」と判示するが(原判決25頁11〜15行目),誤っている。
上記判示は,本件明細書の実施例を踏まえてのものであり,本件明細書に開示されている事柄を本件実施例のみに限定し,本件明細書の段落【0008】〜【0011】に記載された構成を見落としている。
なお,本件実施例においては,「第1のガス通路部を閉状態にするのと同時に第2のガス通路部が開状態とされ」ることはあり得ない。つまり,本件実施例においては,ガス通路制御部25が,第1のガス通路部を開状態とするとともに第2のガス通路部を閉状態にする位置(第1の位置)から,第1のガス通路部を閉状態とするとともに第2のガス通路部を開状態にする位置(第2の位置)へと移動する動作を行うが,第1の位置を離れて第2の位置に到達するまでは,所定の時間を要するのであり,その間においては,第1のガス通路部と第2のガス通路部との両者を開状態にする。このことは,本件明細書の【図6】,段落【0028】の記載から明らかである。よって,第1のガス通路部を閉状態にするのと「同時に」第2のガス通路部が開状態とされる旨の原判決の判示は誤りである。
また,本件実施例において,ガス通路制御部25が第1の位置から第2の位置へと移動する際,第1のガス通路部が閉状態とされる前に,必ず第1のガス通路部と第2のガス通路部との両者が開状態,つまり,ガスが装弾室と圧力室形成部の両方に供給される状態にされるのである。よって,第1のガス通路部を閉状態にするのと同時に第2のガス通路部が開状態とされ,「これにより初めて」ガスが圧力室形成部に供給される状態となる旨の原判決の上記認定は,誤っている。
(4) 原判決は,(本件明細書に開示されている本件発明の構成は)「装弾室からの弾丸の移動後に初めてガスが圧力室形成部に供給される構成を採ることによって,弾丸の発射前にスライダ部の移動が開始される状態が生じることを避けているものである。」旨判示するが(原判決25頁16〜18行目),誤っている。
本件発明において,弾丸の発射前にスライダ部の移動が開始される状態が生じることを避けているのは,「装弾室からの弾丸の移動後に初めてガスが圧力室形成部に供給される構成を採ることによって」ではなく,弾丸の発射,すなわち,装弾室からの弾丸の移動の後に,第1のガス通路部を閉状態として,第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスを圧力室形成部に供給される状態となす,という構成を採ることによってである。
ガスが圧力室形成部に供給がされさえすれば,直ちにスライダ部の移動(後退)が生じるということにはならない。なぜなら,弾丸とスライダ部とでは,400倍以上の質量差があり,さらにスライダ部にはリコイルスプリングによる前方への付勢力が作用するから,圧力室形成部に一定以上のガスが供給され,スライダ部に相当程度の圧力がかけられないと後退しないからである。それゆえ,第1のガス通路部も第2のガス通路部もともに開状態であるために,ガスが装弾室と圧力室形成部の双方に供給される状態においては,弾丸の発射が先に行われるのである。第1のガス通路部が閉状態とされると,第1のガス通路部が開状態であったときには装弾室に供給されていたガスが第2のガス通路部を通じて圧力室形成部に供給され,それにより,スライダ部の後退が可能な圧力がかけられ,スライダ部が後退するのである。
(5) 原判決は,「これに対して,被告製品においては,弾丸の発射の前後を通じてガスが圧力室形成部に供給されており,スライダ部側に常にガス圧が作用する構成となっているから,被告製品は,本件発明と構成を異にする」と判示するが(原判決25頁19〜21行目),誤っている。
確かに,被告製品は,本件実施例とは構成を部分的に異にしているが,前記のとおり,本件発明の構成は,本件実施例に限られるものではないし,弾丸の発射前後を通じてガスが圧力室形成部に供給されてスライダ部に常にガス圧が作用している構成も本件発明の技術的範囲に属するのである。
(6) 原判決は,本件発明が原発明の分割出願であることから,原明細書によれば,原発明は,第1のガス通路部の開閉制御と第2のガス通路部の開閉制御とが密接不可分に結び付いた発明であるなどと判示し,このような発明から,第1のガス通路部の開閉制御のみをもって弾丸の発射後に初めてスライダ部の移動が開始されるという動作を実現する発明を抽出することはできない旨を説示するが(原判決26頁13〜23行目),誤っている。
原明細書等には,ガス通路制御部が,第1のガス通路部を開状態とするとともに第2のガス通路部を閉状態として,ガスが第1のガス通路部を通じて装弾室に供給される状態となし,続いて,第1のガス通路部を閉状態とするとともに第2のガス通路部を開状態として,ガスが第2の通路部を通じて圧力室形成部に供給される状態となすことが記載されている。したがって,必然的に,ガス通路制御部が,第1のガス通路部を開状態として,ガスが第1のガス通路部を通じて装弾室に供給される状態となし,続いて,第1のガス通路部を閉状態として,ガスが第2のガス通路部を通じて圧力室形成部に供給される状態となすことも記載されていることになる。
(7) 原判決が原告(控訴人)の主張を排斥した説示(原判決25頁22行目〜26頁12行目)は,前記主張に照らせば,誤りであるというほかなく,また,原判決が付言する点(原判決26頁24行目〜27頁4行目)は,全く無意味である。
(8) 予備的に均等論の主張をする。
たとえ,本件発明の構成要件HBを,本件明細書に記載された実施例に限定解釈し,第1のガス通路部を開状態とするとともに第2のガス通路部を閉状態としてガスが第1のガス通路部を通じて装弾室に供給される状態となし,続いて,第1のガス通路部を閉状態とするとともに第2のガス通路部を開状態としてガスを第2のガス通路部を通じて圧力室形成部に供給される状態となす構成をもって,本件発明の技術的範囲を定めたとしても,被告製品は,以下のとおり,均等の原則に照らして,本件発明の技術的範囲に属する。
本件発明の特徴的部分は,第1のガス通路部を閉状態として,第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスが圧力室形成部に供給される状態となす構成である。被告製品は,第2のガス通路部が常に開状態となっているが,弾丸の発射前にスライダ部の移動が開始される状態が生じることを避けるためには,意味のないものである。本件発明と被告製品との異なる部分である「第1のガス通路部が開状態となっている場合の第2のガス通路部の状態」は,本件発明の本質的部分ではない。
第1のガス通路部が開状態となっている場合の第2のガス通路部の状態は,開状態でも閉状態でも同一の作用効果を奏するものであるから,置換可能性がある。
被告マルイが被告製品の製造販売を開始した時点(平成12年11月30日)以前である平成8年には本件発明は公開されており,上記相違部分の変更に何らの困難性も認められない。被告製品は,本件発明の改悪実施,不完全利用の側面があり,本件相違部分は,本件特許権侵害を潜脱するために容易に考えつく違いにすぎない。上記相違部分を被告製品におけるものと置換することに容易に想到することができたものである。
被告製品は,本件発明の出願時における公知技術と同一ということもできないし,当業者が上記出願時に公知技術から容易に推考し得たものともいえない。
本件特許の出願手続において,被告製品の構成が特許請求の範囲から意識的に除外されたなどという特段の事情はない。
4 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 控訴人は,第1のガス通路部が閉状態のときの圧力室形成部に供給されるガスと,第1のガス通路部が開状態のときの圧力室形成部に供給されるガスとが異なると主張するが,その結果,本件発明の構成要件HBについて,「その後,第1のガス通路部を閉状態として,上記蓄圧室からのガスが上記可動部材内に形成される上記ガス導出部から上記圧力室形成部に至る第2のガス通路を通じて上記圧力室形成部に『第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていた分に相当するガスが加えられて』供給される状態となす」というように主張せざるを得ないことになった。すなわち,構成要件HBに,『第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていた分に相当するガスが加えられて』という文言を加えるべきことを主張することになる。しかし,そのような文言は,本件特許請求の範囲に記載されておらず,他にこのような文言を付加すべき根拠は全く示されていない。上記文言を加えることは,本件発明の権利範囲を広げることになり,許されない。
控訴人の前記3(2)の主張は,上記のことを前提として,原判決を批判するものであり,失当である。
(2) 控訴人は,前記3(3)のように原判決を非難するが,原判決が本件実施例についての記載を参酌して認定をしたものでないことは,判決書から明らかである。
また,本件実施例においては,「第1のガス通路部を閉状態にするのと同時に第2のガス通路部が開状態とされ」ることはあり得ないなどと原判決を非難するが,「同時に」とは,「二つ以上のことがほとんど同じ時に行われるさま」などの意味を有するのであり,原判決がこのような通常の使用法に従っていることが明らかであり,非難は揚げ足取りにすぎない。また,控訴人のいう,ガス通路制御部25が,第1の位置から第2の位置に移動するために所定の時間を要するのは,意図してそうしたものではなく,技術的限界がそうさせたものである。ガス通路制御部25が,第1の位置から第2の位置に移動する時間は,1000分の1〜2秒程度のものと推測される。このような,意図しない一瞬の状態と,被告製品のごとく,弾丸発射用ガス通路(第1のガス通路部)が弁により閉じられるまでの間終始,弾丸発射用ガス通路(第1のガス通路部)と弾丸供給用ガス通路(第2のガス通路部)の両方にガスが供給されているものとを同列に論じることはできない。控訴人の非難は,意図しない技術的限界に基づく一瞬の事象をあたかも本件特許の技術的範囲であるがごとく主張するもので,到底許されない。
(3) 控訴人は,前記3(4)のように原判決を非難し,BB弾よりスライダ部が400倍以上質量が重いこと,スライダ部がリコイルスプリングにより前方に付勢されていることにより,ガスが圧力室形成部に供給されさえすれば,直ちにスライダ部の後退が生じるものではない旨主張する。
しかし,本件発明においては,質量差,リコイルスプリングによる付勢という事実には全く触れられていない。これらの事実を本件発明の技術思想から導くことはできない。さらに,本件発明は,圧力室形成部材へ供給されるガスについて,スライダを後退させるに足りるものと,スライダを後退させるに足りないものとの区別をしておらず,本件明細書には,この点に言及されている箇所はない。
なお,被告製品は,弾丸発射用ガス通路(第1のガス通路部)が閉とならなくても,弾丸供給用ガス通路(第2のガス通路部)にガスが供給されることにより,スライダ部が後退を開始する(わずかに,スライダの後退が始まる。)。
本件明細書の段落【0005】ないし【0007】の記載に続き,【課題を解決するための手段】として示された段落【0010】の記述から,本件発明は,弾丸が発射される前に圧力室形成部にガスが流入することにより,意図されないスライダ部の後退が生じることを防ぐために,まず第1のガス通路部にガスを供給して弾丸発射に利用し,その後に,「ガス通路制御部の移動により第1のガス通路部を閉とし,それとともに第2のガス通路部を開とすることによって」,第2のガス通路部にガスを供給してスライダの後退に利用することを目的としたものということができる。ガス通路制御部が,可動部材内で移動することにより,第1のガス通路部が閉状態とされ,「それにより」第2のガス通路部が開になることを説明していることから,ガス通路制御部は,第1のガス通路部と第2のガス通路部を開閉制御し,一方が開のとき他方を閉とするものであることが明らかとなる。
(4) 上記のところからすれば,控訴人の前記3(5),(7)の非難は当たらず,原判決の判断は正当であることが明らかである。
(5) 控訴人は,本件発明が原発明の分割出願であることに関して,前記3(6)のように非難するが,原発明において,第1のガス通路部と第2のガス通路部とが同時に開とされ,ガスが双方の通路部に供給されて,なおかつ,弾丸発射後に初めてスライダ部の後退が行われるという構成が開示されていたかどうかが問題であるところ,原発明は,この点につき何ら問題意識をもっていなかったことが明らかである。
(6) 控訴人の均等論の主張については,「第1のガス通路部が開状態となっている場合の第2のガス通路部の状態」が本件発明の本質的部分ではないとの点を中心に,争う。
(7) 原判決は,被告製品が本件発明の構成要件Gを充足すると判断したが,充足しないというべきである。
当裁判所の判断
1 当裁判所も,被告製品は構成要件Hを充足しないのであって,控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく,これを棄却すべきものと判断するが,その理由は,下記2以下のとおり付加するほかは,原判決が,「第3 当裁判所の判断」中の原判決20頁24行目から21頁19行目の「存在する。」まで,21頁22行目から26頁12行目まで,及び26頁24行目から27頁11行目までの部分に判示するとおりであるので,これを引用する。
2 控訴人は,前記第2,3(1)において,原判決が原告(控訴人)の解釈を誤って摘示している旨主張するが,この主張の当否はともかく,要するに,原判決は,構成要件HBにおける「第1のガス通路部を閉状態として」と(ガスが)「圧力室形成部に供給される状態となす」とが,前者が原因,後者が結果という関係になるものと判示する趣旨であり,この点では控訴人の主張も同旨であるのであって,原判決の結論を左右する誤りがあるわけではない。
3 控訴人は,前記第2,3(2)において,(a) 第2のガス通路部が開状態に維持されるもとにあっては,@第1のガス通路部が閉状態とされる前においては,蓄圧室からのガスが装弾室と圧力室形成部との両者に振り分けられて供給される状況となり,その状況下でガスが圧力室形成部に供給される状態であるのに対し,A第1のガス通路部が閉状態とされた後においては,蓄圧室からのガスが,第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていた分に相当するガスが加えられて,圧力室形成部に供給される状況となり,その状況下でガスが圧力室形成部に供給される状態であって,両者では,圧力室形成部に供給されるガスの量が極端に相違し,全く異なるガス供給状態であること,(b) 構成要件Hにおいては,第1のガス通路部を閉状態として,第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスを圧力室形成部に供給される状態となす,という構成を採っているものであること,(c) つまり,本件発明は第2のガス通路部の開閉については構成要件としておらず,第1のガス通路部が開状態の下で第2のガス通路部も開状態とされ,ガスが装弾室と圧力室形成部の双方に供給されている状況下で,第1のガス通路部を閉状態として,それまで装弾室に供給されていたガスに相当するガスを圧力室形成部に供給される状態となすことも,「圧力室形成部に供給される状態となる」ことに当たり,本件構成要件Hは,このような構成も包含するものであること,(d) 本件明細書の請求項1の記載には,「第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスが加えられて」との文言はないが,上記主張は,構成要件Hにこの文言を加えることをいうものではないのであって,「(第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスを)圧力室形成部に供給される状態となす」ということは,構成要件HBによりもたらされる作用効果であり,構成要件HBにこの文言を加える必要はなく,上記主張は,本件構成からすれば必然の解釈であることなどを主張する。
(1) そこで,検討するに,本件発明の特許請求の範囲請求項1には,装弾室又は圧力室形成部に至るガスについて,「蓄圧室からのガス」と記載されているだけである。請求項1の記載はもとより,「発明の詳細な説明」欄の記載をみても,控訴人主張のように,「第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガス」というように解すべきことを示唆する記載は存在しない。そうすると,第1のガス通路部が開状態の下で第2のガス通路部も開状態とされ,第1のガス通路部が閉状態とされる前に,既に圧力室形成部に供給されているガスも,上記請求項1の「蓄圧室からのガス」にほかならない。このように,「蓄圧室からのガス」が「第1のガス通路部を閉状態」とする以前から「圧力室形成部に既に供給され」ているにもかかわらず,第1のガス通路部を閉状態とした後,「第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガス」をも圧力室形成部に供給するようにしたことをもって,第1のガス通路部を閉状態とすることを原因として,ガスが「圧力室形成部に供給される状態」が生じたとはいい得ない。したがって,控訴人主張のように,本件発明が2つの異なるガス供給状態が存在することを前提に構成されたものであるということもできない。
確かに,本件発明の特許請求の範囲請求項1には,第2のガス通路部の開閉について規定するところはない。しかし,特段の記載がないとの一事をもって,直ちに第2のガス通路部がいかなる状態のものであっても本件発明の技術的範囲に属することになるわけではなく,上記のように,本件発明の特許請求の範囲の記載等に照らして解釈する必要がある。
よって,控訴人の上記(a)(b)(c)の主張は,採用することができない。
(2) なお,控訴人は上記(d)において,作用効果の面から控訴人主張の上記構成の解釈を裏付けようとするが,構成の解釈は,もとより特許請求の範囲に基づいてされるべきであるから,(d)の主張をもってしても,上記判断は左右されない。
4 控訴人は,前記第2,3(3)において,ガス通路制御部の動きと第1,第2のガス通路部の開閉状況に関して原判決を非難する。
検討するに,確かに,本件のように,1つのガス通路制御部で第1,第2のガス通路部を制御する構成の場合,第1のガス通路部が開き第2のガス通路部が閉じた状態から,第1の通路部を閉じるには,まず,ガス通路制御部が動いて第2のガス通路部が開き,その後,同制御部が第1のガス通路部を閉じるまでの間,瞬時ではあろうが,双方のガス通路が開いた状況になる。すなわち,第1のガス通路部が閉じる直前に第2のガス通路部が開く状況になることは,控訴人主張のとおりである。
原判決は,「弾丸の発射に際して銃身部にスライダ部の移動の影響が及ぼされることを確実に回避する目的の下に,弾丸が発射された後にスライダ部の移動が開始されるという動作を実現するための構成として,本件明細書において開示されているのは,装弾室からの弾丸の移動に伴う部材の動作により第1のガス通路部を閉状態にするのと同時に第2のガス通路部が開状態とされ,これにより初めてガスが圧力室形成部に供給される状態となるものである。」と説示しているが(25頁9行目から15行目),当裁判所は,ここでいう「ガス通路部を閉状態にするのと同時に」の「同時に」とは,部材の動作が機械的に行われることによる必然として,閉状態となる直前にもガスが圧力室形成部に供給される状態が瞬間的に発生してしまう可能性を否定できない意味におけるものと解するものである。
すなわち,控訴人の主張に沿ってガス通路制御部の動きを仔細に検討するならば,本件発明の構成要件Hにおける「第1のガス通路部を閉状態として」とは,ガス通路制御部が第1のガス通路部を閉じるべく動き始めて閉じ終えるまでの過程をも含むものと解するものである(ガス通路制御部が動き始める際に原因が与えられる。)。したがって,本件発明においては,控訴人の主張するように,ガス通路制御部が第1の位置から第2の位置に移動する間のわずかの間に,第2のガス通路部が開いた状態が生じる可能性があることをもっても,第1のガス通路部を閉状態とすることにより,初めてガスが圧力室形成部に供給される状態となるものと解することの妨げとなるものではない。
構成要件HBによると,本件発明では,ガス通路制御部の移動を生じるのが装弾室からの弾丸の移動によるガス圧低下の後になるから,上記の第2のガス通路部が開いた状態になるのは,少なくとも,装弾室の弾丸の移動後であることは明らかであり,いずれにしても,弾丸の移動前から第2のガス通路が開いている被告製品とは異なるものである。
5 控訴人は,前記第2,3(4)において,弾丸とスライダ部とでは,400倍以上の質量差があり,さらにスライダ部にはリコイルスプリングによる前方への付勢力が作用するから,圧力室形成部に一定以上のガスが供給され,スライダ部に相当程度の圧力がかけられないと後退しないから,ガスが圧力室形成部に供給がされさえすれば,直ちにスライダ部の移動(後退)が生じるということにはならない旨主張する。
しかしながら,本件発明における弾丸とスライダ部の質量差が400倍以上あることについては,本件明細書に何らの記載も示唆もない。また,本件発明のスライダ部にはリコイルスプリングによる前方への付勢力が作用することについても,実施例に関して記載があるものの,本件発明の構成要件とはされていない。そして,商品化される設計の際には,弾丸とスライド部では前者の方が軽いであろうこと,スライダ部にはスプリングなどにより勢力が付されるであろうことは,容易に想起されようが,どの程度の質量差をもたせるか,どの程度の勢力をもたせるか,そして,それが第2のガス通路部から供給されるガスの圧力との関係でスライダ部の動きにどの程度の影響があるものと定めるかなどについては,様々な要素が考えられるところ,本件発明では,構成においてはもとより,明細書のその他の記載においても何ら規定するところがない。結局,控訴人の主張は,本件明細書の記載に基づかない主張であるというほかない。
6 前判示の点にかんがみれば,控訴人の前記第2,3(5),(7)の主張も採用の限りではない。
7 以上を要するに,本件発明の特許請求の範囲請求項1の記載をみれば,構成要件HBは,第1のガス通路部を閉状態とすることを原因として,ガスが圧力室形成部に供給される状態が生じることを規定しているものであり,仮に,この原因が生じる前からガスが圧力室形成部に供給される状態であるのであれば,原因結果の関係に立たないことになるのであるから,同要件を充足しないことになるものと解される。
そして,被告製品の構成をみると,原判決も認定するように,第1のガス通路部を閉状態とする前後を通じてガスが圧力室形成部に供給されているのであり,「第1のガス通路部を閉状態とし」たことを原因として,ガスを「圧力室形成部に供給される状態となす」ものとは認められない。よって,被告製品は,構成要件Hを充足しないことになる。
8 控訴人は,前記第2,3(8)のとおり,当審において,均等論の主張を予備的に追加した。
そこで,検討するに,上記主張は,本件発明の特徴的部分が,第1のガス通路部を閉状態として,第1のガス通路部が閉状態とされる前においては装弾室に供給されていたガスに相当するガスが圧力室形成部に供給される状態となす構成であること,被告製品は,第2のガス通路部が常に開状態の構成となっているが,この構成は,弾丸の発射前にスライダ部の移動が開始される状態が生じることを避けるためには,意味のないものであることを前提とするものである。
しかし,既に判示したところから明らかなように,本件発明の構成に関する控訴人の上記解釈が採用することができないものであり,また,第2のガス通路部が常に開状態となっていても,弾丸の発射前にスライダ部の移動が開始される状態が生じることを避けるために意味がないことについては,本件全証拠によっても,そのことを認めるに足りない。
よって,均等論の主張は,前提を欠くのであって,採用の限りではない。
9 結論 以上によれば,被告製品は,構成要件Hを充足しないのであり,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも理由がない。よって,控訴人の請求をいずれも棄却すべきものとした原判決は相当であり,本件控訴は理由がないので,これを棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利