関連審決 | 審判1999-35773 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成13行ケ140審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ166審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11行ケ431審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ2649特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 産業上利用(29条1項柱書) / 自然法則 / 反復(反復可能性) / 反復実施 / 技術的思想 / 有用性 / 創作性(創作) / 物の発明 / 製造方法 / 容易に実施 / 物質発明 / 先願の地位 / 29条の2(拡大された先願の地位) / 発明の詳細な説明 / 化学構造 / 明細書の記載要件 / 優先権 / 分割出願 / 着想 / 援用権(援用) / 参酌 / 置換 / 特許発明 / 実施 / 設定登録 / 請求の範囲 / 異議申立 / |
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事件 |
平成
13年
(行ケ)
219号
審決取消請求事件
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原告 イー・アイ・デュポン・ドゥ・ヌムール・アンド・カンパニー 訴訟代理人弁理士 小田島 平吉 同 深浦秀夫 同 江角洋治 被告 日産化学工業株式会社 訴訟代理人弁護士 品川澄雄 同 吉澤敬夫 同 牧野知彦 同 弁理士 平木祐輔 同 石井貞次 同 中村至 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/01/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が平成11年審判第35773号事件について平成12年12月20日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,下記ア記載の特許(以下「本件特許」といい,その特許発明を「本件発明」という。)の特許権者,被告は,本件特許の無効審判請求人であり,その経緯は下記イのとおりである。 ア 特許第2961267号発明「イミダゾール又はピラゾール誘導体」 優先権主張(いずれも米国) (ア) 1982年(昭和57年)6月1日(以下「第一優先権主張」といい,その主張日を「第一優先権主張日」という。) (イ) 1983年(昭和58年)3月30日,同年4月4日,同月25日 特許出願 昭和58年5月31日 設定登録 平成11年8月6日 イ 平成11年12月24日 無効審判請求(平成11年審判第35773号) 平成12年12月20日 本件特許を無効とする旨の審決 平成13年 1月17日 原告への審決謄本送達 2 平成10年12月10日付け手続補正書による補正後の明細書(以下「本件特許明細書」という。)記載の本件発明の要旨 下記式(T-A), 式中, Qは であり, R1は炭素数5又は6のシクロアルキル基であり, R10 は炭素数1ないし4のアルキル基であり, R11 は-COOR 24 であり, R24 は炭素数1ないし3のアルキル基であり, Xは-CH3又は-OCH 3であり, Yは-CH3又は-OCH 3である, で表わされる化合物又はそれらの農業的に適する塩類。 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,請求人(被告)主張の無効理由1〜4をいずれも採用して,本件特許を無効とすべきものと判断したものであり,その骨子は以下のとおりである。 ア 無効理由1(優先権の否認を前提とする先願明細書記載の発明との同一)について 本件出願の日前の出願であって本件出願後に公開された特願昭57-228261号(特開昭59-122488号公報,本訴甲3)の願書に最初に添付した明細書に記載の発明(以下,審決の表記にならって「N発明」といい,その出願を「N出願」という。)は,本件発明に係る化合物を示す一般式(T-A)中のQ(以下,単に「Q」ということがある。)がQ-4を表す化合物(以下「本件ピラゾール系化合物」という。)と同一であるところ,第一優先権主張の基礎となった米国特許出願第384034号の明細書(本訴甲16,以下「米国第一優先権出願明細書」という。)には,本件ピラゾール系化合物は完成された発明として記載されていないから,当該発明については,第一優先権主張に伴う優先権の利益を享受できない。そして,その余の優先権主張はN出願に後れるから,結局,N出願は本件出願との関係で先願の地位を有するものであり,本件発明は特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。 イ 無効理由2(優先権の否認を前提とする先願発明との同一)について 本件発明は,N出願の分割出願に係る特許第1421539号発明と同一であり,かつ,当該発明についても,米国第一優先権出願明細書に完成された発明として記載されていないから,当該発明に関しても,特許第1421539号発明に係る出願が本件出願の先願となり,本件発明は特許法39条1項の規定により特許を受けることができない。 ウ 無効理由3(本件特許明細書の記載不備)について 本件特許明細書には,当業者が本件ピラゾール系化合物を容易に製造することができる程度の記載がされていないから,本件特許は特許法36条3項(注,平成2年法律第30号による改正前の同項の趣旨と解される。)に規定する要件を満たしていない。 エ 無効理由4(発明未完成)について 本件特許明細書において,本件ピラゾール系化合物については発明が完成されたものとして記載されていないから,本件発明は未完成部分を包含するものとして特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしていない。 |
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原告主張の審決取消事由
審決は,本件ピラゾール系化合物が米国第一優先権出願明細書に完成された発明として記載されていないから当該発明について第一優先権主張に伴う優先権の利益を享受できないとの誤った判断をした(取消事由1)結果,N出願又はその分割出願が本件出願の先願になるとの誤った前提で,上記無効理由1,2を採用した誤りがあり,また,本件特許明細書の記載要件の充足性の判断を誤る(取消事由2)とともに,本件特許明細書中には本件ピラゾール系化合物について発明が完成されたものとして記載されていないとの誤った判断をした(取消事由3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(優先権を否認した判断の誤り) (1) 審決は,米国第一優先権出願明細書(甲16)の記載内容について,「QがQ-4を表すピラゾール系化合物の同定データ(融点等)の記載がなく,その製造法についてみても,単に反応式やSchemeと,Q部分の構造が異なる特定の化合物についての製造方法が記載されているいくつかの文献が示されただけであって,これでは,QがQ-4であるピラゾール系新規化合物たる本件発明の化合物を製造する方法についての具体的手がかりがないから,QがQ-4を表すピラゾール系化合物を確認できたとすることはできない」(審決謄本7頁第2段落)とし,また,QがQ-1を表すイミダゾール系化合物については実施例等により化学物質が確認できているとしつつ,これと本件ピラゾール系化合物とは「化学構造が互いに著しく相違するものであり,後者が前者と類似のものである,とは到底いえないものである。したがって米国第一優先権出願明細書においては,QがQ-1であるイミダゾール化合物は確認できるものの,QがQ-4を表すピラゾール系化合物もまた提供し得たも同然のものと評価することはできず,この点からもQがQ-4を表すピラゾール系化合物が確認されたものではない」(同7頁第4段落)と判断するが,以下のとおり,誤りである。 (2) 本件ピラゾール系化合物は,米国第一優先権出願明細書(甲16)において,構造式をもって記載されており(「TableW」の69頁下から7番目,70頁下から12番目,6番目及び5番目),同じ内容の記載は,本件特許明細書(甲2)の18頁表U,本件出願の公開公報(甲14)の45頁左欄16番目,46頁右欄4番目,10番目及び11番目に記載されている。このように,本件発明の化合物が構造式で示されているということは,当該化合物の名称が記載されていることと同じことである。 (3) また,本件ピラゾール系化合物の製造方法に関しても,米国第一優先権出願明細書(甲16)及び本件特許明細書(甲2)には,以下のとおり,十分な記載がされている。 ア 米国第一優先権出願明細書32頁には,「Scheme4」(本件特許明細書13頁の「工程式3」と同じ。)として,別紙1「Scheme 4・工程式3」のとおりの記載が(以下,その工程式を「Scheme4・工程式3」という。),米国第一優先権出願明細書13,15頁には,「反応式2」(本件特許明細書4頁の「反応式2」に相当する。)及び「反応式5」(本件特許明細書4頁の「反応式3」に相当する。)として,それぞれ別紙1「反応式2」及び「反応式5・3」(以下,それぞれ「反応式2」及び「反応式5・3」という。)のとおりの記載があるところ,Scheme 4・工程式3で得られた式48の中間生成化合物は,反応式2及び反応式5・3の原料となる「式(c)」の化合物(QSO2NH 2)にほかならない。そして,米国第一優先権出願明細書の,「QがQ-4・・・である式(c)の中間生成物類は,イミダゾール中間生成物類用の上記の工程と同様な工程により製造できる」との記載(33頁9行目以下。本件特許明細書26欄末行以下も同じ。),並びに,QがQ-1であるイミダゾール系化合物及びQがQ-4であるピラゾール系化合物が,反応式2,反応式5・3等の方法により「最良に製造できる」との記載(15〜16頁。本件特許明細書8欄末行以下も同じ。)を総合すれば,中間生成化合物であるQSO2NH 2,すなわちイミダゾールスルホンアミド又はピラゾールスルホンアミドを使用して,本件発明のスルホニル尿素類を製造する方法が,最良の方法として記載されているということができる。 イ 以上の趣旨を,QがQ-4を表すピラゾール系化合物について更に具体的に説明するに,Scheme4・工程式3を,本件発明の式(T-A)中のQがQ-4を表す場合について書き換えると,別紙2「Scheme 4′」記載のとおりとなるところ,この工程が当業者の容易に行うことのできたものであることは,以下のとおりである。 まず,この工程式の出発原料である式45の化合物及びその製造法は,1959年発行の「Helvetica Chimica ACTA 62巻3号(1959)No.84」763〜765頁(甲21)に記載されているから,これが当業者の容易に製造することのできた化合物であることは明らかである。次に,Scheme 4′に示されたように,化合物45を亜硝酸ソーダ(NaNO2)/HClを用いてジアゾ化した化合物46とし,これをSO2/HCl/CuClで処理して-SO 2Cl基を導入して化合物47に転換する程度のことは,世界的に著名な化学会誌である「Chemische Berichte1957年,第90年次 No.6」841〜852頁(甲22)に示されているとおり,第一優先権主張日のはるか以前から当業者に周知の反応であったことが明らかである。続いて,化合物47にアンモニア(NH3)を反応させて,化合物47の-SO2Cl基を-SO 2NH 2基に転換する反応も,一般的に知られているものであって,例えば,米国特許第4,127,405号明細書(甲23)6欄40行目以下に記載されている。したがって,Scheme4′の工程において,式45の化合物を出発原料として用いて,式48の化合物を形成することは,当業者の容易に行うことのできたものである。 ウ そして,上記式48の化合物は,反応式2の原料(式(c)のスルホンアミド)となるところ,米国第一優先権出願明細書44頁の「Example 3」(本件特許明細書17頁の参考例3も同じ。)には,別紙3の「反応式2′」記載の反応によって,QがQ-1(ただし,R1は-C 2H 5である。)に該当する1-エチル-N-[(4-メトキシ-6-メチルピリミジン-2-イル)アミノカルボニル]-1H-イミダゾール-2-スルホンアミドを製造する具体例が示されており,また,この方法等により本件ピラゾール系化合物を製造することができることも記載されている。 反応式2の反応は,式(c)のスルホンアミドにおける-SO2NH 2基のNH2部分と式(d)のメチルカルバメート化合物におけるCH 3OCO-基との間の尿素結合形成反応であり,式(c)のスルホンアミドのQ部分は上記反応に関与しないのであるから,上記反応式2の反応は,式(c)のスルホンアミドのQ部分の種類にかかわりなく進行し,出発原料化合物としてQがQ-4である式(c)のスルホンアミドを用いれば,対応するQがQ-4である式(T-A)の化合物,すなわち,本件発明のピラゾール系化合物が製造されることは極めて明らかである。事実,東京大学名誉教授・農学博士森謙治の実験報告書(甲25)の実験3及び4から明らかなように,上記参考例3の「1-エチル-1H-イミダゾール-2-スルホンアミド」に代えて,QがQ-4である式(c)のピラゾールスルホンアミドを等モル量で用い,それ以外は参考例3におけると実質的に同じ条件下で反応を行うことにより,対応するQがQ-4である本件発明のピラゾール系化合物を容易に製造することができるのである。 エ Scheme 4′の式48の化合物は,反応式5・3の原料でもあるところ,反応式5・3を,QがQ-4を表す場合について書き換えると,別紙3「反応式5′」記載のとおりとなる。本件ピラゾール系化合物は,この反応式に示される方法によっても,当業者が容易に製造することができたものである。 (4) 本件特許に対応する米国特許第4,931,081号(甲24)のインターフェアレンス(Interference)に関する米国特許商標局の特許審判インターフェアレンス部の決定(甲17)及び本件特許に対応するヨーロッパ特許第95925号(甲18)に対する特許異議申立事件の異議決定(甲19)は,本件ピラゾール系化合物が,米国第一優先権出願明細書(甲16)に開示されたものであり,第一優先権主張に基づく優先権を享受できると判断している。 (5) なお,イミダゾールとピラゾールとは,ともに,化学構造上「ジアゾール」のカテゴリーに分類される,互いに異性体の関係にある一群の化合物であり,両者は互いに類似する構造を有する化合物である(昭和56年10月15日共立出版縮刷版第26刷発行の「化学大辞典4」23頁〔甲29-1〕,1994年4月1日東京化学同人第1版第3刷発行の「化学大辞典」914頁〔甲29-2〕参照)。 2 取消事由2(本件特許明細書の記載要件の充足性の判断の誤り) (1) 特許法36条4項(平成2年法律第30号による改正前の同条3項)の明細書の発明の詳細な説明の記載要件の充足性については,例えば,化学物質の発明の場合には,特許庁の審査及び審判の運用基準においても,@ 化学物質そのものが化学物質名又は化学構造式により示され,A その化学物質の製造方法が記載され,B 当該化学物質を使用し得る,すなわち産業上の使用可能性があることを示すために少なくとも一つの用途が記載されていれば,足りるとされている。 上記1(2),(3)のとおり,本件特許明細書(甲2)には,QがQ-4に該当するピラゾール系化合物が記載され,その製造方法も当業者が容易に実施し得る程度に記載されている上,本件発明の化合物が除草剤としての用途を有すること及びその使用量についても記載されていることは,下記(2),(3)で述べるとおりであるから,上記@〜Bの要件を充足することは明らかである。本件特許明細書の記載要件の充足性を否定した審決の判断は誤りというべきである。 (2) 本件特許明細書(甲2)には,「用途 本発明の前記式(T-A)の化合物は強力な除草剤である。それらは,すべての植物の完全な駆除を期待する区域,例えば燃料貯蔵タンクの周辺,弾薬庫周辺,工業貯蔵区域,駐車場,野外劇場,広告板周辺,高速道路及び鉄道域における雑草の発芽前及び/又は発芽後の駆除に対し広範囲の有用性を示す。また,本化合物は作物例えば小麦及び大豆植物畑雑草を発芽前及び/又は発芽後に選択的に駆除するのにも有用である。また,本発明の化合物は植物の生長を調節するのにも有用である。本発明の化合物の使用割合は,植物生長調節剤として又は除草剤としての使用,共存する作物種,駆除すべき雑草種,天候及び気候,選択される処方物,施用法,存在する薬の量などを含む多くの因子により決定される。一般的に言って,本化合物は約0.02〜10kg/haの量で使用されるべきである。この場合,軽い土壌及び/又は低有機物質含量の土壌に対して使用するとき,植物の生長の調節のため,或いは短期間の持続性だけが必要なときに上記範囲の低い量が使用される。本発明の化合物は他の市販の除草剤,例えばトリアジン,トリアゾール,ウラシル,尿素,アミド,ジフェニルエーテル,カーバメート及びビピリジウム型の除草剤と組合わせて使用することができる。本化合物の除草性は多くの温室での試験において示される。試験法及び結果は以下の通りである。化合物のあるものは試験した割合で高い活性度を示さないが,これらの化合物はそれより高い割合では除草剤効果を示すであろう」(41欄10行目以下)と,本件発明の除草剤としての有用性が,その施用量とともに詳細に説明されている。 さらに,本件特許明細書には,「調製物 本発明の式(I-A)の化合物の有用な除草剤調製物は通常の方法で製造することができる。それらは,粉剤,水和剤,濃厚乳剤などを含む。これらの多くのものは直接施用することができる。噴霧用調製物は,適当な媒体中で増量でき,数リットル〜数百リットル/haの噴霧容量で用いられる。高強度組成物は主にその後の調合用の中間物として使用される。概述すると,調製物は,活性成分約0.1〜99重量%,及びa)表面活性剤約0.1〜20%及びb)固体又は液体の希釈剤約1〜99.9%の少くとも1種を含有する。更に特に調製物はこれらの成分を凡そ以下の割合で含有するであろう」(35欄本文1行目以下)と,本件発明の化合物を有効成分として含有する種々の除草剤調製物の種類やその処方等について詳細な説明が記載されている。 (3) また,本件特許明細書の表A(22頁)には,同頁記載の化合物1,2(ただし,これらは本件発明のイミダゾール誘導体である。)について,種々の植物に対する除草試験の結果が示されているところ,その使用割合は「0.05kg/ha」であり,「一般的に言って,本化合物は約0.02〜10kg/haの量で使用されるべきである」との上記(2)で引用の記載に照らしても,極めて少量の施用量である。それにもかかわらず,同表では,相当程度の除草効果を発揮することが示されており,これに「化合物のあるものは試験した割合で高い活性を示さないが,これらの化合物はそれより高い割合では除草剤効果を示すであろう」(41欄末行以下)との記載も総合すれば,本件発明の優れた除草効果が確認されているというべきである。 なお,新規な化合物の発明に係る明細書の「発明の詳細な説明」における有用性の記載の程度としては,その新規化合物がいかなる用途に使用することができるかが明示されていれば足り,その有用性についての具体的なデータの開示までは要求しないというのが特許庁において長年にわたり採用されてきた実務慣行である(甲27-1〜10,甲28-1〜30)。被告の援用する東京高裁平成2年(行ケ)第243号平成6年3月22日判決の判断は,物質発明の特許出願の審査に広く運用されていた特許庁の指針に明らかに反するものである。 3 取消事由3(発明未完成の判断の誤り) 本件特許明細書には,化学物質の特定,実施可能性及び有用性のいずれの観点からも,十分な開示がされていることは上記2のとおりであり,本件特許明細書において,本件ピラゾール系化合物については発明が完成されたものとして記載されておらず,本件発明は,未完成部分を包含するものとして特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は誤りである。 |
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被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の審決取消事由は理由がない。 1 取消事由1(優先権を否認した判断の誤り)について (1) 本件発明の発明者の一人であるアンソニー・デビッド・ウルフは,米国のインターフェアレンス手続における証言(甲5)中で,第一優先権主張日当時,本件発明に係る本件ピラゾール系化合物は合成しておらず,合成に成功したイミダゾール系化合物と等価であると考えたにすぎない旨を証言している。このように,発明者自身が本件ピラゾール系化合物を合成していなかったと明言している以上,その効果など分かるはずもなく,効果も不明な発明が特許となる理由など全く存在しない。すなわち,本件発明は,イミダゾール系で良いものが発見されたのでピラゾール系にも同じことを期待したという以上の何ものでもなく,単なる着想の提出又は願望の表明にとどまり,どのようにしてこれを実現するかが分らない段階のものは,発明としての具体性を欠くために未完成であるというべきである。 (2) 原告提出の前掲甲21〜23,25は,本件ピラゾール系化合物の製造可能性を何ら根拠付けるものとはいえない。 すなわち,甲21は,ピラゾロピリミジンなる本件発明とは無関係な化合物の合成原料として記載されているにすぎず,式45に対応する化合物をScheme4′の経路につなげるべき具体的な条件等の開示はない。また甲22には,ピラゾール等の複素環系出発物質からの反応について触れるところがなく,甲23はフラン系化合物についてのものであるから,このようなものをいくら組み合わせてみても,本件ピラゾール系化合物を実際に確認したことの証拠とはなり得ない。 (3) 原告は,本件ピラゾール化合物の有用性の開示は十分であると主張するが,米国第一優先権出願明細書において,QがQ-4を表す本件ピラゾール系化合物についての有用性が開示されているとはいえない。すなわち,除草活性の試験結果を記載した米国第一優先権出願明細書(甲16)の表Aの化合物1〜16及び表Bの化合物1〜12中には,QがQ-4を表すピラゾール系化合物は皆無である。 しかもこれらの中でさえ,除草活性が乏しいものが多く含まれており,Qが同一であっても,置換基の位置や種類によって活性が相当程度異なることもあることからすると,本件ピラゾール化合物が,一例も試験することなく,「強力な除草剤」であるということはできない。 2 取消事由2(本件特許明細書の記載要件の充足性の判断の誤り)について (1) 本件特許明細書の記載からは,当業者が本件ピラゾール系化合物を容易に製造することができたとはいえない。甲25には,本件特許明細書記載の方法により本件ピラゾール系化合物が製造できたとの記載があるが,今日になっても,アミンからわずか2.0%(化合物A)及び0.3%(化合物B)程度の総合収率でしか目的物が得られていないこと自体,本件特許明細書に基づく合成が容易でないことをうかがわせるものである。 (2) 原告は,本件特許明細書における本件ピラゾール化合物の有用性の開示は十分であると主張するが,本件特許明細書において,QがQ-4を表す本件ピラゾール系化合物についての有用性が開示されているとはいえない。すなわち,除草活性の試験結果を記載した本件特許明細書(甲2)の表Aの化合物1,2は,QがQ-4を表すピラゾール系化合物ではなく,本件ピラゾール化合物が,一例も試験することなく,「強力な除草剤」であるということはできない。 3 取消事由3(発明未完成の判断の誤り)について 本件ピラゾール系化合物が,完成された発明として明細書に記載されていないことは,上記1,2から明らかである。 このことは,別件の審決及び訴訟を通じて既に解決済みである。すなわち,原告が,N出願の分割出願に係る特許第1421539号の無効審判請求をした事件に対しては,請求不成立の審決がされ,その審決取消請求事件においても請求棄却判決(東京高裁平成7年(行ケ)第57号平成11年4月13日判決,甲7)が確定しているところ,この審決及び判決においては,先願明細書として主張,提出された明細書(本件出願の願書に最初に添付した明細書。以下「本件出願時明細書」という。本訴甲14参照)には,本件ピラゾール系化合物が完成された発明として記載されていない旨が判断されている。また,原告が本件出願時明細書の補正を求めた昭和61年8月20日付け手続補正書に係る補正は,却下決定(乙1)及びその審判請求に対する不成立審決を経て,その取消しを求めた訴訟においても,請求棄却判決(東京高裁平成2年(行ケ)第243号平成6年3月22日判決,甲10)が確定しているところ,この決定,審決及び判決においては,本件出願時明細書には,本件ピラゾール系化合物の有用性の開示がされているとはいえないとして,その発明としての成立性を否定する判断が示されている。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由3(発明未完成の判断の誤り)について (1) 特許法にいう「発明」とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう(同法2条1項)ところ,その創作された技術内容は,その技術分野における通常の知識を有する者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならないから,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明としては未完成のものであって,同法2条1項にいう「発明」とはいえず,ひいて,特許要件を定めた同法29条1項柱書にいう「発明」ということもできないというべきである(最高裁昭和52年10月13日第一小法廷判決・民集31巻6号805号,同平成12年2月29日第三小法廷判決・民集54巻2号709頁)。 そして,いわゆる化学物質発明は,新規で,有用,すなわち産業上利用できる化学物質を提供することにその本質があるから,その成立性が肯定されるためには,化学物質そのものが確認され,製造できるだけでは足りず,その有用性が明細書に開示されていることを必要とするというべきである(東京高裁平成6年3月22日判決・知財集26巻1号199頁〔判例時報1501号132頁〕,その上告審である最高裁平成9年10月14日判決により確定)。 本件において,本件発明のQがQ-4を表す本件ピラゾール系化合物が,完成された発明として成立しているかどうかに関して,被告は,本件特許明細書の除草活性の試験結果に供された化合物中には本件ピラゾール系化合物は皆無であり,しかもこれらの中でさえ除草活性の乏しいものが多く含まれているとして,その有用性の開示が十分ではないと主張するのに対し,原告は,化学物質の特定及び実施可能性のみならず,除草剤としての有用性についても十分な開示がされている旨主張するので,以下,有用性の観点から,本件ピラゾール系化合物が完成された発明といえるかどうかについて判断する。 (2) 本件特許明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,「用途 本発明の前記式(T-A)の化合物は強力な除草剤である。それらは,すべての植物の完全な駆除を期待する区域,例えば燃料貯蔵タンクの周辺,弾薬庫周辺,工業貯蔵区域,駐車場,野外劇場,広告板周辺,高速道路及び鉄道域における雑草の発芽前及び/又は発芽後の駆除に対し広範囲の有用性を示す。また,本化合物は作物例えば小麦及び大豆植物畑雑草を発芽前及び/又は発芽後に選択的に駆除するのにも有用である。また,本発明の化合物は植物の生長を調節するのにも有用である。本発明の化合物の使用割合は,植物生長調節剤として又は除草剤としての使用,共存する作物種,駆除すべき雑草種,天候及び気候,選択される処方物,施用法,存在する薬の量などを含む多くの因子により決定される。一般的に言って,本化合物は約0.02〜10kg/haの量で使用されるべきである。この場合,軽い土壌及び/又は低有機物質含量の土壌に対して使用するとき,植物の生長の調節のため,或いは短期間の持続性だけが必要なときに上記範囲の低い量が使用される。本発明の化合物は他の市販の除草剤,例えばトリアジン,トリアゾール,ウラシル,尿素,アミド,ジフェニルエーテル,カーバメート及びビピリジウム型の除草剤と組合わせて使用することができる。本化合物の除草性は多くの温室での試験において示される。試験法及び結果は以下の通りである。化合物のあるものは試験した割合で高い活性度を示さないが,これらの化合物はそれより高い割合では除草剤効果を示すであろう」(41欄10行目以下),「調製物 本発明の式(I-A)の化合物の有用な除草剤調製物は通常の方法で製造することができる。それらは,粉剤,水和剤,濃厚乳剤などを含む。これらの多くのものは直接施用することができる。噴霧用調製物は,適当な媒体中で増量でき,数リットル〜数百リットル/haの噴霧容量で用いられる。高強度組成物は主にその後の調合用の中間物として使用される。概述すると,調製物は,活性成分約0.1〜99重量%,及びa)表面活性剤約0.1〜20%及びb)固体又は液体の希釈剤約1〜99.9%の少くとも1種を含有する。更に特に調製物はこれらの成分を凡そ以下の割合で含有するであろう」(35欄本文1行目以下)との記載が認められ,これによれば,本件特許明細書には,本件発明の除草剤としての有用性が,その施用量や除草剤調製物の種類,処方等とともに,詳細に説明されているということができる。 (3) しかし,その有用性を裏付ける記載に関しては,本件特許明細書(甲2)に,「下記式Tの化合物(注,本件発明の特許請求の範囲に記載された式(T-A)と同じもののほか,同式中のQの選択肢が付加されているもの)の化合物及びその農業的に適する塩類が植物生長抑制剤および/または除草剤として有用性を有することが今回見出された」(4欄22行目以下)との抽象的な記載はあるものの,具体的な試験結果(22頁表A)によって裏付けられているのは,QがQ-1であるイミダゾール系化合物である化合物1,2にとどまり,QがQ-4である本件ピラゾール系化合物については,その有用性が直接確認されているとは認められない。さらには,本件特許明細書(甲2)には,表U(18頁)中に,QがQ-4である本件ピラゾール系化合物の具体的な構造式は記載されているものの,融点(m.p.(℃))の記載がないことから,これを実際に製造した実施例と見ることはできず,結局,本件ピラゾール系化合物を実際に製造した実施例は皆無である。 そして,本件ピラゾール系化合物が,現実に製造した実施例も,その有用性を確認した試験結果も欠くものであることは,本件特許明細書だけでなく,本件出願時明細書(甲14)及び米国第一優先権出願明細書(甲16)においても同様である。 なお,願書に最初に添付した明細書が補正されて特許明細書と記載内容が異なっている場合に,当該補正によって未完成発明の瑕疵が治癒されることはないというべきであるから,本件において,発明としての成立性の判断に当たって,本件出願時明細書の記載を参酌することに妨げはないというべきである。 (4) そこで,上記のように現実に製造した実施例がなく,有用性が直接確認されていない本件ピラゾール系化合物が,完成された発明として成立しているといえるかどうかについて検討する。 ア まず,本件特許明細書(甲2)には,従来技術として,「多種の型のN-[(複素環式)-アミノカルボニル]アリールスルホンアミド類が除草剤として知られている」(3欄27行目以下)との記載があり,これによれば,当業者は,本件ピラゾール化合物についても,同様の除草効果を期待し得るものと一応は予測できるということはできるものの,具体的な除草活性の試験に関しては,表A(22頁)に,いずれもQがQ-1である2種類のイミダゾール系化合物についての結果が示されているにすぎないことは前示のとおりである。 イ 他方,本件出願時明細書(甲14)には,QがQ-1ないしQ-10の化合物に包含される化合物1〜80について,十数種類の植物に対する発芽後及び発芽前における除草活性を試験した方法及び結果が,本件特許明細書のものよりもはるかに詳細に示されている(59頁左上欄〜76頁)ので,これを見るに,上記化合物1〜80のうち,化合物67,71,72は,いずれも,N-[(4,6-置換ピリミジン-2-イル)アミノカルボニル]-ピラゾール-4-スルホンアミドに属するピラゾール系化合物であるが,これらの化合物は,ピラゾール環の置換基の位置及び種類の点でQがQ-4の本件ピラゾール化合物とは異なるものである。そして,他に本件ピラゾール系化合物の除草活性を試験した結果の記載はない。しかも,上記の試験結果を子細に検討すると,イミダゾール環及びピリミジン環の置換基の種類が異なるにすぎず,いずれもN-[(4,6-置換ピリミジン-2-イル)アミノカルボニル]-イミダゾール-4-スルホンアミドに属する化合物として基本骨格を共通にする化合物23〜27を,同一使用割合で用いた場合に,相当程度の除草効果が確認されたものもある一方,全く除草効果の確認されなかったもの(化合物24,27)も含まれており,これ以外にも,化合物30,31,35〜37,61,70,78,80のように,除草効果が全く確認されていないものも相当数含まれていることが認められる。 ウ そうすると,化学物質としての基本骨格を共通にするイミダゾール系化合物群の中でさえ,置換基の種類が異なるだけで,除草効果の有無に大きな違いが認められるのであるから,本件ピラゾール系化合物とは置換基の位置及び種類が異なるピラゾール系化合物の一部について除草効果が確認されていても,置換基の位置及び種類が異なれば当然に除草効果の有無に差異が生ずることが当業者に予測できるというべきである。 エ 以上のとおり,本件ピラゾール系化合物の除草効果は,当業者において,現実に製造され有用性の確認された実施例や試験結果だけからは,化学物質発明として完成されたものと認めるに足りる有用性を理論上又は経験則上予測することができず,完成された発明ということはできない。 (5) 原告は,新規な化合物の発明に係る明細書の「発明の詳細な説明」における有用性の記載の程度としては,その新規化合物がいかなる用途に使用することができるかが明示されていれば足り,その有用性についての具体的なデータの開示までは要求しないというのが特許庁において長年にわたり採用されてきた実務慣行である旨主張する。しかし,本件においては,上記のとおり,本件出願時明細書に記載されていた多数の化合物の一部については,基本骨格が同じであっても置換基の種類によっては除草活性がないものも相当数含まれるとの事実が判明していたのであるから,本件特許明細書の従来技術に関する記載に示される除草効果の予測(上記(4)ア)が合理的に成り立つということはできない。そうすると,QがQ-4である本件ピラゾール系化合物の除草活性についての裏付けを全く欠く本件特許明細書の記載からは,その有用性が当業者に理論上又は経験則上予測可能であるということはできず,原告の主張は,上記(3)の認定判断を左右するものではない。 (6) したがって,本件ピラゾール系化合物は,未完成の発明というべきであるから,本件特許明細書において,本件ピラゾール系化合物については発明が完成されたものとして記載されておらず,本件発明は,未完成部分を包含するものとして特許法29条1項柱書に規定する要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。 2 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないことに帰するから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 長沢幸男 |
裁判官 | 宮坂昌利 |