運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成4ワ6690特許権侵害行為差止等請求事件 判例 特許
平成13ワ3485特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ2473損害賠償等請求事件 判例 特許
平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ11856損害賠償請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的範囲 /  実施可能要件 /  発明の詳細な説明 /  翻訳文 /  権利の濫用(権利濫用) /  出願経過 /  置き換え /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  請求の範囲 /  変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (ワ) 3021号 不当利得返還請求事件
原告 有限会社池上パテントインキュベーター
原告訴訟代理人弁護士 松本司
同 松本好史
被告 株式会社東芝
被告訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/02/13
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,原告に対し,2億円及びこれに対する平成14年2月22日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 仮執行宣言
事案の概要
本件は,後記特許権を有する原告が,被告に対し,同特許権に基づき,被告が製造・販売した後記製品が上記特許の技術的範囲に属し,同製品の製造・販売が同特許権を侵害するものであったとして,不当利得の返還を求めている事案である。
1 争いのない事実 (1) 原告は,次の特許権(以下,「本件特許権」という。本判決末尾添附の本件特許権に係る特許公報〔甲2。以下「本件特許公報」という。〕及び補正の掲載公報〔甲3。以下「本件補正公報」という。〕各参照)を有している。
特許番号 第1882729号 発明の名称 電子翻訳装置 出願年月日 昭和57年8月23日 出願公告年月日 平成2年8月9日 登録年月日 平成6年11月10日 (2) 上記(1)の特許権に係る明細書(補正後のもの)の特許請求の範囲請求項1の記載(本件補正公報参照)は次のとおりである(以下,この発明を「本件特許発明」という。)。
「1 帳票などに印字された自然言語である元言語に関する文字情報を読み取る読取手段と,前記読取手段で読み取られた元言語に関する文字情報に基づいて,それに対応する自然言語である翻訳言語に関する情報に,文(Sentence)単位で翻訳する文翻訳手段と,前記文翻訳手段で翻訳された翻訳言語に関する情報を出力する出力手段と,前記読取手段で読み取られた情報の中から元言語に関する自然言語文(Sentence)の終わりを示す終端マーク情報を検出した際,前記文翻訳手段に翻訳動作の実行を自動的に指示する指示手段と,を備えてなる電子翻訳装置。」 (3) 上記発明の構成要件を分説すれば,次のとおりである(以下,それぞれを「構成要件A」のようにいう。)。
A 帳票などに印字された自然言語である元言語に関する文字情報を読み取る読取手段と, B 前記読取手段で読み取られた元言語に関する文字情報に基づいて,それに対応する自然言語である翻訳言語に関する情報に,文(Sentence)単位で翻訳する文翻訳手段と, C 前記文翻訳手段で翻訳された翻訳言語に関する情報を出力する出力手段と, D 前記読取手段で読み取られた情報の中から元言語に関する自然言語文(Sentence)の終わりを示す終端マーク情報を検出した際,前記文翻訳手段に翻訳動作の実行を自動的に指示する指示手段と, E を備えてなる電子翻訳装置 (4) 被告はワードプロセッサ「ルポ」(JW-98GT,JW-98GX,JW-V700,JW-V810,JW-V850,JW-V855,JW-V860,JW-V865,JW-V880及びJW-V980。以下,これらを「被告製品」と総称する。)を,平成7年10月ころから製造・販売していた。
(5) 被告製品は,本件特許発明構成要件A,C及びEを充足する。
2 被告製品の構成の特徴 (1) 被告の主張する構成 別紙被告製品説明書記載のとおり (2) 原告の主張する構成 以下の事項以外は,被告の主張する構成を認める(以下,頁数は被告製品説明書のそれである。)。
被告製品においては,翻訳の実行は,読み取られた対象文に対して修正を施す必要があるか否かに関わりなく,対象文の読取りが終了した後に,「選択/実行キー」を押すことにより開始されるものであり,自動的に翻訳が開始されるものではないことも,認める。
@ 1頁11行目「‥‥読み取られた文字情報に対しキーボードにより文字修正を施して‥‥」は,「修正」が常に必要であるとの趣旨であれば否認する。正確にいうなら「‥‥読み取られた文字情報に対し修正が必要であれば,キーボードにより文字修正を施して‥‥」である。
A 1頁下から6行目「一旦,文書読取りを終えた後には,ステップ9に示す編集も行えるようになっている。」は,「編集」を必ず行うとの趣旨であれば否認する。「編集することもできる」ということであって,必ず「編集」を行うものではない。
B 4頁2行目「一方,文末記号以外に記号である場合には,」は,「一方,文末記号以外の記号である場合には,」の誤記である。
C 1頁14行等で主張する「翻訳処理」は,本件特許発明の「文翻訳」処理ではない。
D 5頁第1図上図中の「文字修正」が常に必要であるとの趣旨であれば否認する。これは必ずしも必要なものではない。
E 6頁第2図(a)の「ステップ1)」中の「アイコンメニュー画面Bで」は「アイコンメニューB画面で」の誤記である(乙3 152頁)。
F 6頁第2図(b)の「ステップ7)」及び「ステップ8)」は,必ずしも必要なステップではない。「修正」が必要なければ,ただ「選択/実行キー」を押すだけとなる。
G 7頁第2図(b)の「ステップ9)」は「編集」をする場合だけ必要なステップであり,「編集」が必要なければ「選択/実行キー」を押すだけとなる。
H 7頁第2図(c)の「ステップ12)」中の「文書画面で翻訳開始位置を指定し,」は,「文書画面で翻訳開始位置をカーソルで指定し,」が正しい。
I 9頁第4図の最初のブロック中の「翻訳開始位置を指定して」は,「翻訳開始位置をカーソルで指定して」が正しい。
J 9頁第4図の「ステップ3)」中の「※2‥‥翻訳処理については,第5図(日英翻訳処理の流れ)及び」は,「※2‥‥翻訳処理については,第5図(英日翻訳処理の流れ)及び」の誤記である。
3 争点 (1) 被告製品が本件特許発明技術的範囲に属し,被告製品の製造・販売が本件特許権を侵害するか,なかでも ア 被告製品が構成要件Bを充足するか(争点1)。
イ 被告製品が構成要件Dを充足するか(争点2)。
(2) 本件特許権に明白な無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか(争点3)。
(3) 原告の損害等(争点4)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品が構成要件Bを充足するか)について (1) 原告の主張 被告製品は,OCRで読み取られた英語に関する文字情報に基づいて,それに対応する自然言語である日本語に関する情報に,文(Sentence)単位で翻訳する英文翻訳機能を有しているので,構成要件Bを充足する。
構成要件Bは,文言上も「使用者の行為を介することなく」というような限定はされてはいない。
本件特許発明は,従来技術のように元言語文の終端毎にいちいち手動で翻訳実行を指示するのでなく,翻訳実行指示を終端マーク情報の検出により自動でする発明である。その技術的範囲には,OCR機能の処理と英文翻訳機能の処理を別個独立とし,その間に使用者の行為が介在する場合も含まれる。
(2) 被告の主張 構成要件Bの「読取手段で読み取られた‥‥文字情報に基づいて,‥‥翻訳する文翻訳手段」とは,読取手段で読み取られた文字情報が,使用者の行為を介することなく,そのまま文翻訳手段により翻訳処理されることを規定しているものと解される。けだし,もし構成要件Bが,読取手段で読み取り,認識された文字情報を,文字や文書の修正などの使用者の行為を経て翻訳する場合も含むと解するならば,本件特許発明の特徴とする構成は読取手段とは全く技術的関連性がないことになるが,翻訳される文字情報が読取手段で読み取られた文字情報そのものでなくてもよいというような解釈は,本件特許発明が読取手段をその構成要件としていることと整合せず,不合理である。また,本件特許発明が,読取手段で読み取られた文字情報を使用者の行為を介することなくそのまま翻訳に供するものであることは,本件明細書の実施例及び作用効果の記載からも明らかである。
これに対し,被告製品では,OCR機能の処理と英文翻訳機能の処理は別個の独立した処理である。使用者がOCRで読み取った英文を翻訳処理に供したい場合,まず,OCR機能の処理の中で,使用者が読み取られた文字情報に対しキーボードにより修正や編集を施し,いわゆる"文書"の形式(使用者がキーボードを用いて作製したり,フロッピーディスクドライブから読み込んだりする文書と同じ形式)にする必要がある。その後,この英語の"文書"が英文翻訳機能に供される。したがって,被告製品は,使用者の行為を経ているから,構成要件Bを充足しない。
2 争点2(被告製品が構成要件Dを充足するか)について (1) 原告の主張 ア 被告製品は,OCRで読み取られた情報の中から英語に関する自然言語文(Sentence)の終わりを示すピリオド等の文章終端記号を検出した際,英文翻訳機能に翻訳動作の実行を自動的に指示する指示機能を有しているので,構成要件Dを充足する。
イ 被告は,被告製品では英文翻訳動作の実行は自動的に指示されるのではなく,使用者が翻訳開始位置を指定して,「選択/実行」キーを押すことにより,英文翻訳動作の実行が指示されている,と主張する。
しかし,本件特許発明は読取りから翻訳までを自動化した発明ではないから,被告製品が自動的に翻訳指示をしないことは,構成要件充足性に影響しない。また,被告製品件の「選択/実行」キーは,これを押すまではカーソルを移動させることにより翻訳開始位置を変更できるが,いったんこれを押すと,翻訳開始位置が決定され,変更が不能になるから,翻訳開始位置を決定するキーである。したがって,どこまでを翻訳すべき1文の終端とするかを決定するものではないし,まして,本件特許発明の「文翻訳」の実行を指示するものでもない。
ウ 本件明細書にいう「文翻訳」とは,翻訳すべき1文を1つのまとまった単位として翻訳する処理のことであり,文章終端マークであるピリオド等毎に,すなわち1文ごとに自動的に翻訳していくことである。
被告は,被告製品では終端マークの検出は1文の翻訳動作の途中で行われ,終端マークの検出が翻訳動作の実行のきっかけにもなっていない,と主張する。
しかしながら,本件特許発明の「終端マーク」を検出した際に指示される「文翻訳」とは,上記のように本件明細書記載の定義からは,翻訳すべき1文を1つのまとまった単位として翻訳する処理のことである。この「文翻訳」をするには,どこまでを翻訳すべき1文とするかを,まず決定しなければならないが,この決定は終端マークを検出することによって初めてなされる。したがって,終端マークが検出され翻訳すべき1文の範囲が決定されるまでは「文翻訳」は開始されておらず,翻訳すべき1文も決定されていない段階での終端マークの検出が「1文の翻訳動作の途中」に行われているという被告の主張は事実に反する。
被告の「被告製品では終端マークの検出は1文の翻訳動作の途中で行われ,終端マークの検出が翻訳動作の実行のきっかけにもなっていない」との主張の中で使われている「翻訳」とは,単語翻訳,逐語翻訳又はその前処理であり,本件特許発明の「文翻訳」とは異なる。換言すれば,被告が終端マークの検出までに行っていると主張している「英文から単語の切り出し」,切り出された単語についての「英語形態素解析」とは,単に順番に単語や熟語の意味などを辞書と照合するというだけの処理であって,本件明細書の「単語単位での翻訳」(本件補正公報2頁左欄16〜26行)に相当する処理である。そして,この「単語単位での翻訳」では,本件特許発明の「文翻訳」の場合になされるどこまでを翻訳すべき1文とするかの決定はされていないのである。
被告製品においても,「終端マーク」を検出した際に自動的に翻訳すべき1文を決定し,「文翻訳」の実行を指示していることは明白である。翻訳開始位置の決定をした後は,全くキー操作を必要とせずに,多数の文からなる文章に対して,自動的に1文ずつ次々と文翻訳を実行しているからである。
(2) 被告の主張 本件特許発明構成要件Dは「前記読取手段で読み取られた情報の中から‥‥終端マークを検出した際,前記文翻訳手段に翻訳動作の実行を自動的に指示する指示手段」を有することを記載している。これは,@終端マークが読取手段で読み取られた情報の中から検出されること,及びA終端マークを検出した際に文翻訳手段の翻訳動作の実行が自動的に(すなわち使用者の操作を介することなく)指示されることを意味している。これに対し,被告製品では,(一) OCR機能によって読み取られた情報の中から終端マークを検出することは行っていない。被告製品ではOCR機能は原稿を読み取り,文書を作成して完了する。英文翻訳機能は,使用者が文書編集画面に対して「翻訳開始」を選択して「選択/実行」キーを押すことによって英文翻訳動作に入る。OCR機能によって読み取られた文字情報に対して終端マークの検出動作は行っていない。また,(二) 被告製品では英文翻訳動作の実行は自動的に指示されるのではなく,使用者が翻訳開始位置を指定して,「選択/実行」キーを押すことにより,英文翻訳動作の実行が指示されている(別紙被告製品説明書第2図(a)ステップ12)。被告製品で英文翻訳動作が実行されるまでには,様々な使用者の行為が介在するが,最も直接的にコンピュータに対して翻訳動作の実行を指示するのは使用者の上記行為である。さらに,(三) 被告製品では終端マークの検出は1文の翻訳動作の途中で行われ,終端マークの検出が翻訳動作の実行のきっかけにもなっていない。被告製品では,使用者が英文翻訳動作の実行を指示し,英文が文書メモリからサブワークメモリに転送され,サブCPCによってまず,転送された全文字列データに対して「英文から単語の切り出し」のルーチンが行われ,次いで切り出された単語について「英語形態素解析」ルーチンが実行され,単語を先頭から1つずつ辞書と照合して解析をすすめ,単語の末尾に終端マークが付されていることを認識した時点で文の区切りが認識される。この時点では,既に当該1文を構成するすべての単語について「英語形態素解析」がなされている(別紙被告製品説明書第4ないし6図)。したがって,被告製品において「終端マーク」の検出によって翻訳動作の実行を指示していないことは,明らかである。なお,原告は,本件特許発明は「文翻訳」を行うものであり,構成要件Dの「翻訳動作」は被告の主張する「翻訳動作」とは異なると主張し,また「翻訳開始位置の指定」は文翻訳の指示ではないと主張している。しかし,翻訳というものは意味のある言葉のまとまりに対してなされるものであり,文単位で翻訳がなされるのは当然のことである。したがって,被告製品において翻訳開始位置設定画面上で使用者が「翻訳開始位置」を指定した上で,「選択/実行」キーを押すことの意味は,「翻訳開始位置」から始まる1文を翻訳する,文翻訳動作の実行の指示であることは明らかである。
以上,いずれにせよ,被告製品は,構成要件Dを充足しない。
3 争点3(本件特許権に明白な無効事由があり,原告が同特許権に基づく権利行使をすることが権利濫用に当たるか)について (1) 被告の主張-特許法36条4項及び29条2項違反 特許に無効事由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されないが,本件特許には,以下に述べるような明白な無効事由があり,これに基づく請求は権利の濫用に当たり許されない。
ア 日本語や英語の文章を文単位で自動翻訳するためには,自動翻訳手段自体の翻訳能力は別としても,まず翻訳すべき文章の全部を正確に入力しなければならない。本件特許発明の入力手段である印字された文章の読取手段とは,文章の文字を光学的に画像としてまず認識し,次いでその画像が何の文字であるかを判別して文章を読み取る手段である。ところが,本件明細書には,印字された日本語や英語の文章全体を確実に正しく,誤りなく読み取り,文翻訳手段に供する手段は実施可能に記載されていない。本件明細書には,文字や単語の間隔から文字や単語を識別して認識する技術が新規な発明として記載されているにすぎない。読取手段から文翻訳手段に入力される文章の情報が正しくなければ,文単位の自動翻訳は行えず,上記のような作用効果を有する,文単位で翻訳する電子翻訳装置の実施は不可能である。すなわち,本件明細書には,自然言語の文章を文単位で翻訳する電子翻訳装置は実施可能に記載されていない。本件特許の出願の際の当初の明細書(乙2。以下「当初明細書」という。)においては,部分的な翻訳を行い得る電子翻訳装置が記載されていたにすぎなかったにもかかわらず,本件特許発明は出願公告後の補正によって,当初明細書に実施可能に記載されていない,自然言語の文章を文単位で翻訳する電子翻訳装置の発明に変更されたものであるところ,本件明細書は特許法36条4項に違反するものである。
イ 被告製品が採用している英文翻訳処理は公知の手法である。したがって,原告が被告製品が本件特許発明技術的範囲に含まれると特許請求の範囲を拡大解釈するならば,本件特許には明らかな無効理由が存在することになる。
原告は,本件特許発明は読取手段と文翻訳手段が各々全く独立し,両者の間に人の動作が介在した構成をも包含すると主張する。しかし,電子翻訳装置において読取手段を備えたものは公知であった(本件特許公報2欄18行ないし20行)。したがって,電子翻訳装置が単に読取手段を備えているだけの構成の発明には特許性は認められない。さらに,コンピュータによる自動英文翻訳において,被告製品のように翻訳対象となる単語を認識し,辞書を参照して単語を解析し,単語の末尾に終端マークを検出した時に1文の区切りを認識して,文翻訳を行うことも,本件特許出願前に公知であった(乙4ないし6)。原告は,本件特許発明は自然言語文の終わりを示す終端マーク情報を検出することにより自動的に文単位での翻訳を可能にした発明であると主張し,あたかも本件特許発明にはそれ以上の限定要件が存在しないかのように主張する。しかし,上記のとおり,そのような発明は乙5によって公知である。被告製品の英文翻訳処理のように,翻訳処理の途中である「英語形態素解析」において翻訳対象となる文章の冒頭から単語の意味を辞書により調べ,単語の末尾に終端マークが存在した時に文章の終りを認識して次の翻訳処理に移行する方法は,乙5に記載された方法と同じである。したがって,原告が本件明細書の特許請求の範囲を被告製品を包含するように拡大解釈して主張するならば,本件特許は進歩性を欠き,特許法29条2項に違反する明らかな無効事由を有することとなる。このことからも,本件特許発明技術的範囲について,被告製品を包含するような拡大解釈のできないことは明らかである。
(2) 原告の主張 本件特許に無効事由は存在せず,原告の権利行使は権利の濫用とならない。
ア 被告の主張アに対して 本件特許発明は,被告の主張するような正確,完璧に文字を読み取れる装置(文字読取装置 OCR)の発明ではない。本件特許発明は,従来,元言語文の終端毎にいちいち手動で翻訳実行指示をしていたのを,自然言語文の終わりを示す終端マーク情報を検出することにより自動的に文単位での翻訳を可能にした発明である。したがって,本件特許発明の当初明細書に,自然言語文の終わりを示す終端マーク情報を検出することにより自動的に文単位で翻訳できる構成が,当業者にとって実施可能に記載されているか否かが,本件特許発明実施可能要件の問題である。被告の主張するような文字読取装置の認識の精度に関する事項は,本件特許発明実施可能要件とは関係がない。
終端マーク情報を検出することにより自動的に文単位での翻訳を可能にした発明であることに関する説明は,当初明細書の10〜11,18〜22頁(被告は18頁のみと主張するが誤っている。)に,当業者にとって実施可能に説明されている。
イ 被告の主張イに対して 被告の提出する乙4ないし6には,本件特許発明の技術思想は全く開示されていない。被告の引用する乙5の32頁の「第2章 単語の処理」は,被告も認めるように,文字を読み込み,字引を引いて単語,熟語を決めるまでの操作について述べているだけであり,また,「§2・1 文章の読み込み」も英単語を一つずつ読み込んで字引を引いて文字の意味を調べるプロセスが記載されているだけである。換言すれば,本件特許発明の明細書で説明されている「単語単位での翻訳」(本件補正公報2頁左欄22行)について記載されているにすぎない。したがって,本件特許発明進歩性を欠くことにはならない。
4 争点4(原告の損害)について (1) 原告の主張 被告は平成7年10月ころから平成12年9月ころまでの間に,被告製品を少なくとも合計400億円製造・販売した。本件特許発明実施料率は3%が相当である。被告は実施料12億円の支払を免れる利得を得たものであり,原告はこれを失うという損失を被った。
よって,原告は被告に対して12億円の不当利得返還請求権を有するが,本件ではその一部として2億円の支払を求める。
(2) 被告の主張 被告が平成7年10月ころから平成12年9月ころまでの間に,被告製品を製造したことは認めるが,その余は争う。
争点に対する判断
1 争点2(被告製品が構成要件Dを充足するか)について まず,被告製品が構成要件Dを充足するか否かの点から検討する。
(1) 本件明細書の記載 本件特許発明構成要件Dは,「前記読取手段で読み取られた情報の中から元言語に関する自然言語文(Sentence)の終わりを示す終端マーク情報を検出した際,前記文翻訳手段に翻訳動作の実行を自動的に指示する指示手段と,」というものである。この構成要件の意味するところについて検討する。
本件において,本件特許発明が,翻訳動作の実行を指示するのに,何ら人の手を介さずに自動で行うことを要するものか,人の手が介入する場合も包含するかが争点となっている。
本件明細書においては,「従来の文字読取装置を備えた翻訳装置では,元言語文の入力については,文字読取装置で素早く簡単に入力することができるのであるが,翻訳実行指示を手動でしなければならないため,操作性に欠けるとともに自動翻訳を実現することができなかった。本発明は,かかる欠点を除去すると共に,自動翻訳を実現せんとするものである。」(本件補正公報1頁右欄30行ないし2頁左欄2行), 「以上のように本発明によれば,帳票などに印字された元言語に関する文字情報を読み取る読取手段と,読取手段で読み取られた元言語に関する文字情報に基づいて,それに対応する自然言語である翻訳言語に関する情報に,文(Sentence)単位で翻訳する文翻訳手段と,読取手段で読み取られた情報の中から元言語に関する自然言語文(Sentence)の終わりを示す終端マーク情報を検出した際,文翻訳手段に翻訳動作の実行を自動的に指示する指示手段とを備えているので,従来装置のような元言語文の終端毎にいちいち手動で翻訳実行指示をしなければならないといった欠点も無く,書籍などに印字された元言語文の文章(例えば,一般の書籍に自然言語で印刷された文章には,なんら加筆をせずとも,文の終わりに必ず文章終端マークが印刷されている。本発明は,この文章終端マークを利用するのである。)を読取手段で読み取り指示手段で自然言語文の終わりを示す終端マーク情報を検出し文翻訳手段に文単位の自動文翻訳を実行させることにより,元言語を全く知らない人であっても容易かつ確実に適切なタイミングで次々と自動翻訳を実行することができ,容易かつ速やかに質の高い翻訳文を得ることができ,言葉の障壁を大幅に取り除くことができる。また,読取手段に,イメージスキャナータイプの光学式文字読取装置を用いれば,翻訳すべき元言語文(自然言語文)を記した原稿(既存の書籍や,新聞など)をイメージスキャナーの上に載せることにより,いわばコピー感覚で自動翻訳を行うことができ,直ちに翻訳文を入手することができる。」(本件補正公報2頁左欄末行ないし右欄28行)と記載されているものであり,上記記載によれば,本件特許発明は,翻訳動作の実行を自動的に指示するものであり,人の手が介入することを排除するものであることが,明らかである。
この点について,なお,念のため,本件特許の出願経過を検討すると,次のとおりである。
(2) 本件特許の出願経過の検討 そこで,本件特許の出願経過を検討する。本件特許発明の出願に際し,願書に最初に添付された当初明細書の発明の詳細な説明の項を見ると,もともと出願当初の発明は,発明の趣旨として,帳票等に密に印字されている文字の一部を読み取ろうとしても,読取装置であるライトペン等の幅が,文字間,単語間よりも広いため,文字列の一部分を正確に入力することができないという欠点があり,これを除くという目的のために,簡単な構成で容易にかつ正確に文字を入力することができる文字読取装置及び正確な部分翻訳を行いうる電子翻訳装置を提供しようとするものであったことが記載されている(乙2,4頁ないし6頁。頁数は明細書部分のものを示す。当初明細書につき,以下同じ。)。そして,実施例は,光電変換器,ライトペン,スイッチ,単語間検出回路,文字間検出回路,文字認識回路,文字間信号出力制御回路,電子翻訳回路等を備えるという装置の構成と,「I can answer it.」なる文章の一部だけを読取りさせた場合に,1つの文章の途中からスイッチをONにしても,各回路が有効に働いて,単語間,あるいは文字間を認識し,誤りなく読取りをする,という内容が記載されている(乙2,6頁ないし18頁)。これに,「また,」という接続詞で続けて,二次的な実施例として,文章全体を読み取って翻訳する場合のことが記載されている(18,19頁)。この二次的な実施例は,文章全体を読み取って翻訳する場合には,最初だけスイッチをONにして読取開始指示パルスを印加すれば,読取終了指示は,文章の終わりに印字されているピリオドを終端検出回路が検出して,終端検出パルスを印加し,これにより制御回路が読取開始指示から終端検出パルスまでを1つのまとまった文章として電子翻訳回路に印可し,さらに終端検出パルスは翻訳指示パルスとなって翻訳実行を指示するので,文章全体が翻訳される,というものである。そして,実施例によれば,一度読取開始指示(同明細書には「読取終了指示」とあるが,「読取開始指示」の誤記であることが明らかである。)をするだけで読取終了指示のみならず翻訳指示を行うことができて非常に便利であるとも記載されている。
当初明細書と本件明細書を比較すると,上記のうち,発明の趣旨を記載した部分は,出願公告前の補正によりまるごと削除されており,同補正により,この二次的であった実施例が発明の主要な部分となるように特許請求の範囲が改められ,現在のような発明となって特許登録されているものと認められる。しかし,本件明細書も,発明の詳細な説明の項のうち,実施例の記載部分は,補正前のそれとほとんど変わっておらず,殊に,上記で引用した「また,」に続く部分は,その内容も位置づけも変わっていない(本件特許公報8欄31行ないし9欄12行)。
(3) 本件特許発明の特徴 本件明細書では,上記のような大幅な補正による変更があり,かつ,発明の趣旨を記載した部分がまるごと削除されているため,本件特許発明の特徴部分が何であるかは非常に理解しにくくなっているといえる。
しかしながら,上記当初明細書の記載からは,本件特許発明の特徴は,単語であれ,文章全体であれ,元言語の対象部分の読取りが終了し,読取終了指示が出されると,自動的に翻訳が開始されるという点にあると認められる。すなわち,上記のとおり,読取りが終了し,読取終了指示パルスが発生されると,これに同期して翻訳指示パルスが発生され,回路が翻訳実行を指示する。読取りの終了は,読取手段が文字読取りを行っているときに,読み取った情報の中から,指示手段が終端マークを検出することによって行われ,文章の終端部分を検出した際,指示スイッチの操作をしなくても,読取終了指示パルスを発生し,読取手段で読み取った1文章分を自動的に電子翻訳回路に送り,同回路に翻訳の実行を指示するものと解される。このように,本件特許発明において,「指示手段」は,読取手段が動作しているときに ,文章の終端マークを探すものであり,「指示手段」が文章の終端マークを検出すると,「指示手段」は,それまで不動作状態にあった「文翻訳手段」に動作を指示して,「文翻訳手段」が翻訳動作を開始するものと解される。
したがって,本件特許発明においては,読取手段が文章の終端マークを検出すれば,装置は,何ら人の手を介することなく翻訳実行の指示を出し,それにより翻訳が開始することを要するものであり,構成要件Dはそのことを表しているものと解すべきである。
もし,このように解さないで,「読取手段」による元言語の対象部分の読取終了後,人の手により翻訳実行の指示が出され,「文翻訳手段」が翻訳動作翻訳を開始した後に,「文翻訳手段」が翻訳作業中に終端マークを探すものをも含むと解するならば,本件特許発明は,明白な無効事由を有することとなる。すなわち,およそ翻訳作業,すなわちある言語を他の言語に置き換える場合には,元の言語がいくつかのまとまりの部分から成る長文である場合,これを一つの完結した意味内容としてまとまったいくつかの部分に分けて,そのまとまりごとに他の言語に置き換えることは,通常の作業の過程として知られているところであり,このような作業の過程は,従来,人間が翻訳する場合であっても,当然にとられていたところである。そして,このように,元の言語の文章を完結した意味内容としてまとまったいくつかの部分に分ける際には,このようなまとまりの区分の終端を示す記号である「.」(ピリオド),「?」(クエスチョンマーク),「!」(イクスクラメーションマーク),「。」(句点)などを検出して,これらの記号ごとに文章を区切ることは,当然の手法として知られていたところである。そして,乙5(電気試験所研究報告第631号「電子計算機による英文和訳の研究U」。昭和37年11月電気試験所発行)には,文章の終わりがピリオド等の終端記号により判断できることが記載されており,昭56-42880号公開特許公報(乙6)には,翻訳すべき言語の文章を単語単位で分析する回路と,翻訳すべき言語の文章の構文を分析する回路を備えた翻訳部を有する翻訳装置が記載されているものであるから,「読取手段」による元言語の対象部分の読取り終了後,人の手により翻訳実行の指示が出され,「文翻訳手段」が翻訳動作翻訳を開始した後に,「文翻訳手段」が言語単位での分析として終端マークを探し,これにより分けられた部分の構文を分析して翻訳を行う装置は,本件特許発明の出願前の刊行物の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたもの(特許法29条2項)に該当するからである。
(4) 被告製品との対比 ア 被告製品の構成については,前記第2,2に記載したように,原告が同所(2)で述べた点につき留保しているほかは,当事者間に争いがない。そして,被告製品においては,対象文の読取りが終了した後に,自動的に翻訳が開始されるのではなく,「選択/実行キー」を押すことにより開始されるのであり,このことは,読み取られた対象文に対して修正を施す必要があるか否かに関わらない,という点についても,当事者間に争いがない。
上記によれば,被告製品においても,ピリオド等の「文章の終端マーク」の検出を行っているが,それは,翻訳機能が既に開始された後に,どこまでが1つの文章かを認識し,他の文章と一続きの文章と誤認して翻訳することのないようにしているものと認められる。
すなわち,被告製品においてピリオド等の「文章の終端マーク」を検出する動作は,翻訳処理においてされる一連の動作の1つ,つまり「1単語認識→1文章認識→構文解析→訳文の合成」という一連の翻訳作業の過程における1つの動作であって,英文翻訳処理機能が動作状態にあるときに「文章の終端マーク」の検出が行われるのであるから,「文章の終端マーク」を検出することによって「文翻訳手段」に動作が指示されているとはいえない。
上記によれば,被告製品は,本件特許発明にいう「終端マーク情報を検出した際,‥‥‥文翻訳手段に翻訳動作の実行を自動的に指示する指示手段」(構成要件D)を備えるものではないから,本件特許発明技術的範囲に属さないものというべきである。
イ 原告の主張について この点につき,原告は,本件特許発明における「文翻訳」とは,翻訳すべき1文を1つのまとまった単位として翻訳する処理のことであり,単語翻訳,逐語翻訳はその前処理にすぎず,文翻訳と異なるのであり,終端マークが検出され翻訳すべき1文の範囲が決定されるまでは「文翻訳」は開始されていない(逆に,終端マークを検出した際には,自動的に翻訳すべき1文を決定し,「文翻訳」の実行を指示している)と主張する。
なるほど,被告製品における英文翻訳処理機能の中の文章の終端マークを検出する機能部分を構成要件Dにおける「指示手段」と解し,英文翻訳処理機能の中の「一文章を翻訳する動作」を同じく「文翻訳手段」と解して,文章の終端マークを検出する機能により「一文章を翻訳する動作」が開始すると解するならば,被告製品は,同構成要件を充足することとなる(原告の上記主張は,この趣旨をいうものと解し得る。)。
しかしながら,上記(3)において説示したとおり,本件特許発明における「指示手段」は,「読取手段」の動作時に終端マークを検出するものと解すべきであって,OCR機能(文字読取機能)が文章全体を読み取った後,文字読取機能が停止している状態で,「文翻訳手段」に対し動作を指示する手段を含むとは解されない。原告の主張は,採用できない。
(3) 小括 上記の検討によれば,被告製品は,本件特許発明の発明の構成要件Dを充足しないから,本件特許発明技術的範囲に属さない。
2 結論 以上によれば,被告製品は本件特許発明技術的範囲に属さないから,原告の請求は,その余の点について検討するまでもなく,理由がないというべきである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 村越啓悦
裁判官 青木孝之