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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11ワ3857損害賠償請求事件 判例 特許
平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成17ワ19162特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成15ネ514特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  創作性(創作) /  製造方法 /  技術的範囲 /  技術常識 /  均等 /  置き換え /  同一の作用効果 /  不存在 /  特許発明 /  実施 /  侵害 /  不法行為(民法709条) /  拡張 / 
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事件 平成 14年 (ネ) 1567号 損害賠償請求控訴事件
控訴人(第1審被告) 大正薬品工業株式会社
控訴人大正薬品工業株式会社訴訟代理人弁護士 品川澄雄
控訴人(第1審被告) 日清キョーリン製薬株式会社
控訴人ら訴訟代理人弁護士 吉利靖雄
控訴人ら補佐人弁理士 青山葆
同 中嶋正二
被控訴人(第1審原告) 山之内製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 久保田穰
同 増井和夫
同 橋口尚幸
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2003/02/18
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
事案の概要
次のとおり付加,訂正するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」(2頁13行目から4頁下より6行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決3頁15行目から16行目にかけての「(弁論の全趣旨)」を「(甲7,57,弁論の全趣旨)」と改める。
2 同4頁5行目の「約47%含まれている。」の次に改行の上,以下の文章を加え,同6行目冒頭の「(4)」を「(5)」と改める。
「(4) 控訴人製剤の製法 控訴人製剤の製法(混合順序及び混合割合)は,概略,次のとおりである。(乙48,弁論の全趣旨) ア 前記(3)の軽質無水ケイ酸以外の賦形剤成分150gを含水エタノール(水20%v/v)600mlに溶解して粘稠な糊液を得る。この糊液に塩酸ニカルジピン微粉末200gを混和分散させた後,軽質無水ケイ酸200gを加え,ミキサーで練合。混和スラリーを40℃で送風乾燥後,調粒して粒径0.5oないし1.0oの粒状体を得る。
イ アで得られた粒状体500gを流動層造粒装置に入れ,前記(3)の軽質無水ケイ酸以外の賦形剤2.0%とエチルセルロース1.0%を含むエタノール・塩化メチレン溶液(塩化メチレン20%v/v)をスプレーし,薬物放出制御被覆層を粒状体にして10ないし15%の割合で施す。
ウ 前記第一次コーチング終了後,粒状体を乾燥した後,更に前記(3)の軽質無水ケイ酸以外の賦形剤0.6%とポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート3.4%を含むエタノール,塩化メチレン溶液(塩化メチレン20%v/v)をスプレーし,薬物放出制御膜を粒状体に対して4%ないし8%施して第二次コーチングを完了させる。
エ アの調粒過程で得られる粒状体(粒径0.5o以下)を,ハンマーミル粉砕機で微細化して得られた速放性の微粉末150gと,イ,ウで得られた徐放性顆粒450gをミキサーに入れ,ヒドロキシプロピルセルロース10%を含む水溶液150mlを加えてゆるやかに攪拌混合し,微粉末を顆粒の表面に付着させてニカルジピン持続性顆粒を調製する。40℃で乾燥後,常法により4号又は3号カプセルに充填し,ニカルジピン20r又は40rを含むカプセル剤を得る。」 3 同4頁10行目冒頭から同16行目末尾までを次のとおり改める。
「 本件は,被控訴人が,控訴人らに対し,控訴人製剤には無定形塩酸ニカルジピンが全塩酸ニカルジピンの約40%,そうでなくても実質的な割合,含まれており,控訴人製剤は本件発明の技術的範囲に属するから,その製造販売は本件特許権を侵害するとして,不法行為に基づく損害賠償及び不当利得の返還として,控訴人大正薬品に対して1億1318万2000円及びこれに対する同社への本件訴状送達の日の翌日である平成11年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,また,控訴人日清キョーリンに対して2000万円及びこれに対する同社への本件訴状送達の日の翌日である平成11年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ請求した事案である(なお,以下,特段の記載のない限り,控訴人製剤中の無定形塩酸ニカルジピン又は結晶形塩酸ニカルジピンの含有量という場合は,控訴人製剤中における全塩酸ニカルジピン中の各含有量を意味するものとする。)。
原審は,控訴人製剤には最低でも21.7%以上の無定形塩酸ニカルジピンが含有されており,控訴人製剤は本件発明の技術的範囲に属すると判断した。そして,控訴人大正薬品に対する不当利得返還請求のうち原審で請求を拡張した695万4000円の遅延損害金の起算点を,請求を拡張する旨の準備書面が控訴人大正薬品に送達された日の翌日である平成13年3月15日としたほかは,被控訴人の控訴人らに対する請求をすべて認容したため,控訴人らが控訴を提起した。」 4 同4頁下より7行目全部を「(2) 控訴人製剤は無定形塩酸ニカルジピンを含有しているか。」と改める。
争点に関する当事者の主張
次のとおり原判決の訂正等をし,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第3 争点に関する当事者の主張」(4頁下より4行目から19頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の訂正等 (1) 原判決4頁下より4行目の「(本件発明の技術的範囲)」を「(本件発明の技術的範囲は,@無定形塩酸ニカルジピンの含有量,A無定形塩酸ニカルジピンの生成方法の観点からの限定を受けるか。)」と改める。
(2) 同8頁13行目の「乙第2号証」を「乙1,2」と改める。
(3) 同9頁2行目から3行目にかけての「平成4年11月13日に特許出願している方法(特開平6-157313号,甲11号証)」を「平成4年11月13日に特許出願し,平成11年6月11日に登録を受けた方法(特許番号第2939069号。乙48がその特許公報)」と改める。
(4) 同11頁11行目,同14行目及び同16頁18行目の各「粉末X線回折法」をいずれも「粉末X線回折測定法」と改める。
(5) 同14頁8行目の「165℃の」を「165℃までの」と改める。
2 当審における当事者の主張 (1) 争点(1)(本件発明の技術的範囲は,@無定形塩酸ニカルジピンの含有量,A無定形塩酸ニカルジピンの生成方法の観点からの限定を受けるか。)について 【控訴人らの主張】 ア 本件発明の技術的思想は,無定形ニカルジピン及びその塩が既知の結晶形ニカルジピン及びその塩に比べて腸内溶解度が2倍大であることの発見を,胃内では溶け出さず腸内に至って初めて溶解し吸収をなだらかにする製剤手段と組み合せて利用させることにより,ニカルジピンの有効血中濃度の持続化を図ったものである。したがって,ニカルジピンの無定形化比率と腸内溶解度の改善効果ひいては持続性効果とは比例関係にあるから,無定形物の含有量が低い場合には持続性効果も低いのが道理である。そして,5%や10%程度の持続性効果の付加が実用的に意味があるとはいえないから,5%や10%程度の無定形化が持続性製剤とするために有効な手段ということはできない。
また,本件発明の明細書には,含有塩酸ニカルジピンのすべてが無定形の場合に限定した実施態様の記載しかなく,21.7%程度の無定形塩酸ニカルジピンの存在で,無定形塩酸ニカルジピンが100%存在する場合と同等の作用効果を奏し得ること(すなわち,生物学的同等性が100%無定形含有の場合と同じレベルの持続性製剤化ができること)を窺わせる記載も見当たらない。
したがって,少なくとも「本件発明の作用効果を生じない」ような場合は,明細書に下限値の記載があるか否かを問わず,本件発明の技術的範囲に属しないと解すべきである。
それでは,本件発明の作用効果を生じないことが明らかな量とは,どの程度であると解すべきか。それは,特許法2条が発明の定義として規定している「技術的思想創作」であり,かつ「高度なもの」と認め得る量以上の量,すなわち,特許出願以前の技術水準と比較して格別顕著な優れた技術的作用効果を奏し得たと認め得る程度以上の量である。特許出願前の技術水準でも,一定レベルの生体内吸収が図れた結晶形塩酸ニカルジピン含有製剤は技術的思想として既知であったところ,その生体内吸収性を無定形化により一歩進めたという本件発明の場合,それは含有塩酸ニカルジピンが結晶形ばかりである既知の通常製剤と比較して,実用的に意味のある持続性効果が付加されていると認め得る量である。
イ 本件明細書には,すべての塩酸ニカルジピンが無定形である場合しか記載がなく,本件発明の作用効果を生じないことが明らかである下限量の認定ができなければ,無定形物の必要量が無制限であると解してはならず,全部無定形物であるか,それと均等と認められる範囲以外の部分については,発明が完成するに至っていなかったと解すべきであり,その範囲に至らない限り,上記発明を利用したと解するのは誤りである。
ウ 控訴人製剤が,本件発明の実施品である被控訴人製品と同一の作用効果を奏しているのは,控訴人製剤が本件発明の要件を充足しているからではなく,三重被覆製剤技術という独自の製剤技術によってもたらされたものである。
結晶形塩酸ニカルジピンでも腸液中で無定形塩酸ニカルジピンの半分以上溶解する。そして,結晶形塩酸ニカルジピンに,控訴人製剤で溶解補助剤として使用しているCMECを添加すると,無定形塩酸ニカルジピンより多く腸液中に溶解させることが可能となる。すなわち,溶解補助剤CMECを添加すれば,塩酸ニカルジピンを無定形化した場合と同程度以上の溶解度上昇効果を苦もなく達成できるのである(乙64)。
【被控訴人の主張】 ア 本件発明は,塩酸ニカルジピンの無定形が,腸内における溶解・吸収性に優れていることを見出すことによって成立した。一般に製剤は,含有する有効分子があらかじめ定められた血中濃度を達成するように設計される。塩酸ニカルジピンの吸収性を高めるには,溶解補助剤のような他の手段を併用することもできるが,現に無定形が含有されている場合には,無定形の吸収性と他の手段による吸収性の向上が協働して,所定の血中濃度を達成するのである。控訴人製剤において,もし40%の無定形塩酸ニカルジピンが存在していないとすれば,当然,所定の血中濃度を達成することはできない。無定形塩酸ニカルジピンが含有されていることにより,製品として販売可能な特性を有しているのである。
仮に控訴人製剤に,原判決のいう最低限度の21.7%しか無定形塩酸ニカルジピンが含まれていなかったとしても,約22%の無定形塩酸ニカルジピンが除かれるとすれば,全体として塩酸ニカルジピンの投与量が不足する上,腸溶性被覆が崩壊した際に迅速に溶解する無定形が存在しなくなるため,濃度の上昇が不十分となろう。
イ 特許権の解釈の原則として,特許発明をそのまま使用していれば,同時に他の技術を併用していたとしても,侵害を免れることはできない。仮に特許発明の割合が低いことによって,特許発明の作用効果を一切使用していないというのであれば,そう主張する当事者に立証責任があるが,控訴人らはそのような立証を一切行っていない。また,無定形塩酸ニカルジピンを使用すれば,少なくとも使用した割合で溶解・吸収性が増大することは争いがない。無定形塩酸ニカルジピンは迅速に溶解するので,腸溶性被覆が崩壊した直後に,高い腸内濃度を実現し速やかな吸収をもたらし,その含有率以上に吸収性を向上させると考えられるが,その点は別論としても,本件では約40%の無定形が使用されている場合(原判決のいうように,仮に最低限の可能性として約22%の場合を含めるとしても),実質的な割合であることは明らかであり,本件発明を使用していることを否定できるはずがない。
(2) 争点(2)(控訴人製剤中に無定形塩酸ニカルジピンは含有されているか。)について 【被控訴人の主張】 ア 融解熱DSC測定法について (ア) 控訴人製剤の製造工程では,軽質無水ケイ酸が用いられている。軽質無水ケイ酸は,多孔質の物質であって,表面に水酸基を有し,医薬化合物を吸着して無定形化する性質を有する(甲9の1・2)。控訴人製剤の製造工程において,CMEC及び塩酸ニカルジピンなどを溶解した含水エタノール溶液は,べとべとした油状物となり取り扱いにくくなるので,このような成分に軽質無水ケイ酸を用いると,それが液状物を吸着し,取り扱いやすい固体状の混合物にするということはあろう。
含水エタノールに溶解した塩酸ニカルジピンの分子は,軽質無水ケイ酸の多孔質の表面に自由に接触することができる。含水エタノールが蒸発するにつれて,塩酸ニカルジピンの少なくとも一部は,軽質無水ケイ酸の表面を覆い,吸着され保持される。軽質無水ケイ酸は,通常,液状成分を吸着する目的で使用されるのであるから,有機化合物を吸着する性質の強い軽質無水ケイ酸表面が,このような有機化合物の溶液に浸された状態から乾燥する場合,その活性な表面を有機化合物に触れないように維持することは不可能である。すなわち,控訴人製剤の製造工程においては,塩酸ニカルジピンが溶媒に部分的に溶解し,溶解した塩酸ニカルジピンは軽質無水ケイ酸に吸着されること,及び溶液中の混在成分により結晶化を妨げられることなどの理由により,溶解した塩酸ニカルジピンは,乾燥後も無定形のままである。このように軽質無水ケイ酸が存在する場合には,たとえ乾燥工程において種結晶が存在していたとしても,溶解していた塩酸ニカルジピン分子は軽質無水ケイ酸表面に吸着保持され,無定形体として維持されるのである。
甲53の鑑定意見書では,甲51及び52のモデル実験結果から,含水エタノールに溶解している塩酸ニカルジピンの量と,混合物を乾燥したサンプル段階でのフーリエ変換赤外吸収分光法(フーリエ変換赤外分光光度計を用いて用いて測定したもの。FT/IR法ともいう。以下「赤外吸収分光法」という。)により測定される無定形塩酸ニカルジピンの量とが実質的に一致し,さらに,同じサンプルについてのDSC(Differential Scanning Calorimeter。示差走査熱量計)測定から得た無定形塩酸ニカルジピンの量とも一致している。
控訴人製剤の製造方法は,塩酸ニカルジピンを少なくとも部分的に溶解し得る溶剤中で混合し,溶液を軽質無水ケイ酸と接触させるという,製品中に無定形を包含することが当然予想される工程を採用しているのである。
(イ) 控訴人製剤の融解時に,融解熱以外の熱の変動を生ずるか否かについては,控訴人製剤と同じ状態の試料について検討しなければ意味がない。すなわち,控訴人製剤の軽質無水ケイ酸は,塩酸ニカルジピンを溶解した含水エタノール溶液に浸され,表面に塩酸ニカルジピンを吸着保持する状態で乾燥されている。この状態の軽質無水ケイ酸の吸着能力を,何も吸着していない軽質無水ケイ酸と塩酸ニカルジピンを粉末状態で混合した試料における軽質無水ケイ酸の吸着能力によって判断することはできない。
(ウ) 固体状態の混合であっても,軽質無水ケイ酸と塩酸ニカルジピンを均質になるように乳鉢で混合すると無定形化が起きることは,粉末X線回折測定法(甲32)及び赤外吸収分光法(甲56)により確認されている。試料作成時の無定形化の可能性を常に考慮しなければならない。
(エ) CMECの共存は,溶解した塩酸ニカルジピンの再結晶化を妨害することはあっても促進することはない(甲41)。融解熱DSC測定法と異なり,加熱融解という操作を伴わず,含水エタノールを乾燥除去しただけの状態で,無定形塩酸ニカルジピンが生成している事実が証明された点に赤外吸収分光法適用の大きな価値がある。
(オ) 控訴人の「吸着熱仮説」について反論するに,控訴人製剤中では,塩酸ニカルジピンの約40%は初めから(製造工程の完了後)無定形のものとして軽質無水ケイ酸に吸着しているのであるから,これを加熱したところで,今更それが融解の際に軽質無水ケイ酸に吸着し,吸着熱を発生するはずがない。吸着熱というものがあるなら,製造工程中に発生し,測定されないまま終わっている。
イ ガラス転移点DSC測定法について ガラス転移点DSC測定法の本質的な問題は,ガラス状態なるものが,結晶状態のような物質に固有の状態ではない点にある。
塩酸ニカルジピンの結晶とは,塩酸ニカルジピン分子のみが集まり特定の結晶構造を形成している状態を意味する。控訴人製剤中の塩酸ニカルジピンは,最初に材料として使用した結晶粒がそのまま残っているものであるから,医薬品として使用可能な純度の結晶である。周囲に何が存在しようと,塩酸ニカルジピン結晶の粒子は,一定の融点及び融解熱を示す。ここに結晶融解熱測定を信頼してよい根拠がある。
これに対し,ガラス状態とは,物質が結晶構造を形成することなく,分子の運動が凍結されて固化した状態である。固化の過程(例えば冷却速度)によっても,ガラス転移点は異なる。混合物では,混合物としてのガラス転移点が存在し,混合の割合によって変動する(ゴードン・テーラー則)。各成分の固有のガラス転移点が現れるのではない。
また,ガラス転移点は,化合物に固有の数値ではなく,混合の有無,吸着の有無,ガラス化された履歴などにより変動するものである。控訴人製剤は,CMEC,アラビアゴム,塩酸ニカルジピンを含水エタノールに溶かして製造しているのであるから,分子状に混合している。その分子状に混合した混合物が軽質無水ケイ酸に吸着しているのであるから,純粋な塩酸ニカルジピンと同じ温度にガラス転移点が観察されるはずがない。けだし,塩酸ニカルジピン分子が軽質無水ケイ酸に吸着された状態を想定すると,吸着された分子の運動性と塩酸ニカルジピン分子のみが集合した相での分子の動きやすさには,当然相違があると考えられる。他の物質と混合していたり,あるいは吸着などの相互作用が存在する物質につき,一定のガラス転移点を想定することはできない。控訴人製剤のような複雑な混合物に適用することは現実的でない。
さらに,ガラス転移点における段差は,変化が小さく,他の原因によるベースラインの変動と区別することが困難である。
ウ 粉末X線回折測定法について 控訴人らは,粉末X線回折測定法によれば,控訴人製剤には無定形塩酸ニカルジピンが実質的に含まれていないと主張する。しかし,粉末X線回折測定法は,一般的に定量的測定法としての信頼性が低い。また,本件の測定結果において,複数のピークから異なる数値が得られるので,全体として信頼性がない。粉末X線回折測定法では,同一のサンプルを測定しても,複数のピークの相対強度が変動することがしばしば経験される。つまり,ピークの有無については比較的信頼性があるが,ピーク強度については信頼性が低いのである。定量性が担保されるためには,したがって,複数のピークで相対強度が一定していること,すなわち,複数のピークについて,実質的に一致する定量値が得られることを確認することが重要である。そして,定量のためには検量線が必要である。すなわち,軽質無水ケイ酸などの賦形剤を測定すべきサンプルと同じ状態で含み,かつ,無定形塩酸ニカルジピンと結晶形塩酸ニカルジピンの割合が既知の標準サンプルを用意しなければならない。ところが,標準サンプルを作成する段階で,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を均質に混合する必要を生じる。この工程において,秤量し添加した結晶形塩酸ニカルジピンの少なくとも一部が軽質無水ケイ酸と混合されることにより無定形化してしまう。つまり,本質的に信頼性のある標準サンプルの調製は不可能なのである。
エ 偏光顕微鏡観察法について 控訴人らは,偏光顕微鏡観察法により,控訴人製剤には無定形塩酸ニカルジピンが存在しない(観察されない)ことが確認されると主張した。しかし,実験条件により,かえって無定形塩酸ニカルジピンと推定される粒子が観察されることが明らかとなった。
【控訴人らの主張】 ア 融解熱DSC測定法について (ア) 賦形剤,特に軽質無水ケイ酸が含まれる控訴人製剤について,融解熱DSC測定法を用いると,融解熱量が理論値に比して低く観測されるが,その測定結果は,融解熱DSC測定法の本質的欠陥に由来する見かけだけの融解熱量の低下であり,無定形塩酸ニカルジピンの存在を示すものではない。乙44は,これを裏付ける重要な証拠である。
融解熱DSC測定法は,通常は結晶形塩酸ニカルジピンの定量法として機能する。しかし,ある種の賦形剤,特に軽質無水ケイ酸が混在する混合物試料については,観測される融解熱量が結晶形塩酸ニカルジピンの存在量に対応する理論値より大幅に低下する欠陥がある。
(イ) 乙42は,問題の吸着熱が,仮に100%結晶形塩酸ニカルジピンの融解熱を測定しても,その融解熱理論値(約85j/g)を少なくとも14ないし22j/g低下させ,無定形塩酸ニカルジピンが最低でも約17ないし26%存在しているかのような,実体を反映しない,信頼性のない分析結果を生じさせるほどの大きな発熱であることを明示している。
もっとも,粘い水飴状の塩酸ニカルジピン融体と嵩高い微粉末状の軽質無水ケイ酸を短時間内に完全一様に混合,接触させることは極めて困難なため,混合の程度,つまり実験の巧拙に応じて観測される発熱量の変動幅が大きく,この種の実験方法は定量的な分析法ではあり得ないが,仮に実験技術が向上し,吸着熱をより正確に測定できるようになれば,22j/gを超える発熱量が検知され,ついには無定形成分の存在量がゼロと認められる可能性もある。
(ウ) 控訴人製剤に無定形塩酸ニカルジピンが含有されているとする被控訴人の主張は,甲6のモデル組成物についての測定結果からの類推によってではなく,無定形塩酸ニカルジピンの存在そのものの実証がなされない限り,科学的には容認され得ないものであるが,現在に至るも被控訴人から無定形塩酸ニカルジピン実在の実証はなされていない。甲6の,控訴人製剤について,DSC測定して得た融解熱が,塩酸ニカルジピンの全部が結晶形であるとした場合の理論値の約60%であるという現象は,軽質無水ケイ酸が影響してDSC測定融解熱を低く観測させたものであり(乙2),無定形塩酸ニカルジピンが含有されていることの裏付けとはならない。
被控訴人は,乙2における融解熱測定値低下の原因は,実験試料を乳鉢内での普通の混合によって調製する際に約40%も無定形化したためである旨主張するが,その根拠とする甲56は,非日常的な「強い磨り潰し混合」を行ったものである。他方,乙2の実験では,日常的な普通の軽い混合,すなわち「強い磨り潰しをしない混合」により試料調製をしているから,被控訴人の主張は失当である。分析用試料調製時の乳鉢混合は,被控訴人の甲各号証の実験でも行われているから,被控訴人の論法によれば,同様に「混合時の無定形化」が甲各号証の実験でも起こっていることになり,自ら甲各号証の信頼性をも否定するものである。
被控訴人は,甲9を引用して,軽質無水ケイ酸は,これに接触する結晶を無定形化する作用がある旨主張するが,甲9は約50日という途方もない長時間をかけたときに見られた変化であり,数分程度の乙各号証の実験用試料調製のような,短時間内の固体粉末の軽い混合接触では,無定形化は起こらない。
(エ) 控訴人らは,乙44の実験において,等重量の結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を「標準混合」(固体試料を室温で乳鉢・乳棒を用いて数分間,殊更強い磨り潰し操作を加えずに軽く混合すること)し,これに赤外吸収分光法を適用して無定形塩酸ニカルジピンが存在しないことを確認した後,同じ検体,すなわち無定形塩酸ニカルジピンが含まれていないことが証明されている検体に融解熱DSC測定法を適用すれば,その融解吸熱量が理論値よりも約32%過少に測定されることを実証した。これは,融解熱DSC量の過少測定の原因が結晶形塩酸ニカルジピンの軽質無水ケイ酸との室温混合・接触による無定形化にあるのではなく,融解熱DSC測定法自体の何らかの原理的欠陥に由来することを示している。
乙44の実験は,第三者分析機関である株式会社島津テクノリサーチによって再検証された(乙63)。すなわち,同社は,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸の等重量「標準混合物」に赤外吸収分光法を適用し,無定形塩酸ニカルジピンの不存在を確認した後,融解熱DSC測定実験を行い,この試料に約46%の熱量欠損を観測した。
これに対し,甲51,52は,被控訴人の主張に都合がよいように,塩酸ニカルジピンが過大に66%も溶解する溶媒系を設定し,乾燥工程において結晶に戻るための種結晶がないという全く異なる状態となるよう設計した実験であり,到底,控訴人製剤の製造工程での現象を推理する根拠となり得るモデル実験とはいえない。
また,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸の物理混合の均一性は,少なくとも「標準混合」のレベルでは塩酸ニカルジピンの無定形化と関係しない。ところが,融解熱DSCの欠損量は,明らかに物理混合の均一性に関係する。
さらに,通常,DSC測定に供する検体は,測定セル中で一定の機械的な圧力をかけてペレット状に成型される。その際,2種の物質の混合状態が,加圧された試料中に含有される空気量に影響されるとは考えられない。そもそも,融解熱DSC量が過少に測定される原因が不均一な混合にあるとすれば,混合の均一度が上がるほど欠損熱量が減少しなければならないが,実際はこの逆である。
(オ) 融解熱DSC測定法が,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸の物理混合物に対して過少な融解吸熱量を示す原因として,控訴人らは,「吸着熱仮説」を提唱した。すなわち,結晶形塩酸ニカルジピンがその融点近傍(約170℃)で一挙に融体(液体)となるとき,流動性を得た塩酸ニカルジピン分子が軽質無水ケイ酸粒子の表面に吸着して吸着熱を発生し,この発熱により結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量(負の熱量)の一部が相殺され,理論値より過少な融解吸熱量が観測されるという仮説である。そして,乙42によると,高温における塩酸ニカルジピン融体と軽質無水ケイ酸の混合・接触に伴い,被控訴人側の実験(甲42)の約10倍,すなわち14ないし22J/gにも達する発熱が観測された。これは,融解熱DSC量の過少観測量である約35J/gを定性的に説明するのに十分な発熱量である。
乙42の実験では,塩酸ニカルジピンの融点という高温度で液化した粘性の大なる塩酸ニカルジピン融体と嵩高い軽質無水ケイ酸との混合に実験技術的困難があり,定量的に吸着熱の全部を測り切ることができない。しかし,実際の分析試料についての融解熱DSC測定の場では,加熱する前の室温において固体粉末の状態でよく混合してから加熱して融解熱を測定するから,混合操作に伴う問題はない。すなわち,実際の融解熱DSC測定では,初めからよく混ざっている分析試料を加熱して,加熱時の「個体ー液体」接触を生じさせるから,吸着も多くなり,吸着熱量は乙42で確認し得た熱量よりずっと多くなると技術常識的に十分予測できる。
(カ) 被控訴人は,控訴人製剤の製造工程で,約40%の塩酸ニカルジピンが溶剤である含水エタノールに溶解し,乾燥(溶剤の蒸発)過程で溶解していた塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸に吸着して軽質無水ケイ酸表面を覆い尽くし,表面の性質を変える。つまり,軽質無水ケイ酸は新たに塩酸ニカルジピンを吸着すべき表面を持たず,したがって,吸着熱による融解熱DSCの欠損現象も起こらない。乙44などの実験結果は控訴人製剤には該当しないとの見解を示す。
しかしながら,控訴人製剤は,軽質無水ケイ酸のみならず,それ以外のCMECなどの賦形剤を軽質無水ケイ酸の倍量近く含み,それらも大部分溶剤に溶解する。実際の製造工程では,まず,CMECなどを溶剤に溶解させ粘稠な糊液とし,これに結晶形塩酸ニカルジピンを混和分散させ,最後に軽質無水ケイ酸を加えている。したがって,溶解した塩酸ニカルジピンが他の物質に吸着されるとしても,そのすべてが軽質無水ケイ酸に吸着することや,軽質無水ケイ酸の表面がすべて塩酸ニカルジピンに覆い尽くされることもあり得ない。甲36によると,溶剤に溶け込んだ塩酸ニカルジピンの分子数は,溶剤の分子数(水の分子数とエタノールの分子数の和)の2%に満たないのであり,これだけしか溶剤中に存在せず,また,吸着力もそれほど強くない塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸表面への吸着で主要な役割を演ずるはずがない。
この事情は,溶剤の蒸発過程でも変わらない。溶剤が蒸発,減少しても,溶剤に溶け得る塩酸ニカルジピンの比率(溶解度)は基本的に変わらないからである。水より沸点の低いエタノールが早く蒸発し,塩酸ニカルジピンはエタノールに比べて水により溶け難いから,塩酸ニカルジピンの溶剤に対する溶解度は乾燥が進むほど低下する。溶剤の蒸発に伴い,塩酸ニカルジピンは溶液系から析出し固体化するが,種結晶の存在下では無定形固体となるより再結晶化する可能性が高い。乾燥後期に,系内の水やアルコール分子が少なくなり,軽質無水ケイ酸表面から脱着する段階では,自由に動き回って軽質無水ケイ酸表面に接近し,吸着し得る塩酸ニカルジピンの分子はほとんどない。なぜなら,塩酸ニカルジピンのような非揮発性分子が,その融点やガラス転移点以下の温度で自由に動き回るためには,溶剤に溶けていなければならないが,乾燥後期のわずかになった溶剤に溶け込み得る塩酸ニカルジピンの量は更にわずかになるからである。
したがって,控訴人の製造工程で一部の塩酸ニカルジピンが溶解したとしても,溶解量をはるかに上回る量の結晶形塩酸ニカルジピンが種結晶として存在するから,溶解した塩酸ニカルジピンが乾燥工程において結晶形塩酸ニカルジピンに戻り,乾燥後も無定形に維持されるようなことはあり得ない。
イ ガラス転移点DSC測定法について (ア) ガラス転移点DSC測定法は,無定形塩酸ニカルジピンの公正かつ唯一の直接測定法である。乙24が明示しているように,ガラス転移点DSC測定法における標準誤差は,製剤全重量に対して約3%であり,控訴人製剤と同様に約70%製剤他成分(プラセボ)を含む混合物の状態であっても,製剤中の塩酸ニカルジピンについての標準誤差10%を確保でき,測定精度に実質的な問題はない。
むしろ,測定対象が製剤他成分との混合物であることを考慮すれば,融解熱DSC測定法の測定値と比べて,より的確であるともいえる。
控訴人らは,控訴人製剤における無定形塩酸ニカルジピンの存否を,ガラス転移点DSC測定法で測定し,この方法では無定形塩酸ニカルジピンが検出されないこと,すなわち検出限界(約10%)以上の無定形塩酸ニカルジピンは存在していないことを実証した。被控訴人の提出した甲35,36も,上記結果を裏付けるものである。
(イ) 被控訴人は,ガラス転移点DSC測定法について,ガラス転移点における熱的変化が微小であるから信頼性が低いとするが,単位重量の純粋な無定形塩酸ニカルジピンがガラス転移点で示すDSC段差の大きさは,同重量の純粋な結晶形塩酸ニカルジピンが融点で示す吸熱ピークの深さの約40分の1である。この意味では,融解熱DSC測定法に比して微小な変化を分析することに相違はないが,現在の技術では,熱量変化が微小であることはあまり問題にならない。測定装置と実験技術が良ければ,検体総重量の0.1%以下の結晶形塩酸ニカルジピンさえ検出することは容易である。
(ウ) また,塩酸ニカルジピンは,約170℃の融点付近でも粘稠な水飴状液体である。まして,約100℃のガラス転移点付近では,液体とはいえ,ほとんど固体(ガラス)と変わらない極度に高粘性の物質であり,軽質無水ケイ酸の微細孔に侵入して吸着など起こし得ない。温度の上昇とともに徐々に粘性が低下し,軽質無水ケイ酸との吸着が徐々に起こるため,DSCチャート上では発熱ピークとしては観測されない。結晶形塩酸ニカルジピンでは,融点で固体から比較的低粘性の液体に一挙に変化するために,軽質無水ケイ酸への吸着も一挙に起こる。
(エ) さらに,被控訴人は,ゴードン・テーラー則によると,ガラス転移点は変動するから信頼できないとするが,控訴人製剤中のCMECは水やアルコールなどごく一部の溶剤にしか溶けない高分子であり,仮に高温で塩酸ニカルジピンを融液として,これとCMECとの混合を試みても,溶け合うことはまずあり得ない。高温の融液で溶け合わないものが,低温で分子状態に混合した固体(固溶体)を形成するはずもない。これは,製造工程で,塩酸ニカルジピンとCMECとが,含水エタノールという共通な溶剤中で溶け合っていても同じことである。控訴人製剤にはゴードン・テーラー則が妥当しないことは明らかである。
ウ 粉末X線回折測定法について (ア) 粉末X線回折測定法による結晶形塩酸ニカルジピンの直接定量について,単一ピークでの測定で定量性があることは,学術文献でも一般に認められているし,米国薬局方でも定量法として認められている。更に粉末X線回折測定法による結晶形塩酸ニカルジピンの直接定量の妥当性については,専門家による公証も受けている。乙7,10などにより,控訴人製剤中の塩酸ニカルジピンは,その95%以上が結晶形であることが,回折角7.7度及び13.9度の二つのピークについて実証,確認されているし,乙52の図1及び図2のように,検量線もきれいに確立されている。
(イ) また,乙14において理論的に割り出された相対強度曲線と,甲32において実測された軽質無水ケイ酸の共存量増加に対応して減少していく実測X線回折強度の平均値は,よく一致し,粉末X線回折測定法の結晶形塩酸ニカルジピンについての良好な定量性を大局的に示している。被控訴人は,粉末X線回折測定法によるX線回折強度の変化が結晶形塩酸ニカルジピンの存在量とよく相関し,定量性が支持されていることをさておいて,軽質無水ケイ酸を同一の化学組成の石英砂で置き換えたときに観測されるわずかなX線回折強度の差異に目くじらを立てるものである。軽質無水ケイ酸は完全な非結晶性(無定形)であり,他方,石英砂は高度に結晶性であり,これらの物質がX線吸収に関して全く異なる効果を示すことは当然である。甲32が示した結果は,まさに軽質無水ケイ酸と石英砂とのX線吸収の差に由来するものであり,塩酸ニカルジピンの無定形化とは何の関係もない現象である。
(3) 争点(3)(損害及び不当利得の額)について 【被控訴人の主張】 控訴人製剤は,先発品である被控訴人製剤と生物学的同等性を有することを前提として承認され販売されている。腸溶性成分につき,もし約40%の無定形塩酸ニカルジピンを除くならば,残りの60%では塩酸ニカルジピンの量がそもそも不足し,先発品との生物学的同等性を達成し得ず,全体として販売することが許されなくなる。本件発明を使用することによって,販売可能な製品としての特性を有するのであるから,算定される損害の全額につき賠償責任を認めることは当然である。
【控訴人らの主張】 一般に後発品製剤は,先発品製剤の薬効についての生物学的同等性に基づいて承認されるものであるが,薬効についての生物学的同等性がある場合であっても,異なる構成の製剤である場合が当然にあり得るから,先発品と同様の持続的な生物学的同等性があることのみに基づいて,後発品製剤が,製剤化技術も含めて先発品製剤と完全に同一構成であるとする予断は誤りである。
当裁判所の判断
1 争点(1)(本件発明の技術的範囲は,@無定形塩酸ニカルジピンの含有量,A無定形塩酸ニカルジピンの生成方法の観点からの限定を受けるか。)について 当裁判所も,製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有量が極微量で本件発明の作用効果を生じないことが明らかであるような場合を除いて,当該製剤は本件発明の技術的範囲に含まれ,無定形塩酸ニカルジピンの含有量や生成方法の観点からの限定を受けることはないものと判断する。
その理由は,次のとおり原判決の訂正等をし,当審における控訴人らの主張についての判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第4 争点に対する当裁判所の判断」の「1 争点(1)(本件発明の技術的範囲)について」(19頁13行目から25頁5行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の訂正等) (1) 原判決23頁22行目の「持続性剤」を「持続性製剤」と改める。
(2) 同24頁1行目の「結晶形ニカルジピン」を「結晶形塩酸ニカルジピン」と,同16行目の「持続製剤」を「持続性製剤」と各改める。
(3) 同25頁1行目の「欠点がみられた」」の次に「(同号証4欄23行ないし27行)」を加える。
(当審における控訴人らの主張についての判断) (1) 控訴人らは,ニカルジピンの無定形化比率と腸内溶解度の改善効果ひいては持続性効果とは比例関係にあるから,無定形物の含有量が低い場合には持続性効果も低く,無定形塩酸ニカルジピンの含有量が,含有塩酸ニカルジピンが結晶形ばかりである既知の通常製剤と比較して,実用的に意味のある持続性効果が付加されていると認め得る量でなければ,本件発明の技術的範囲に属しないと主張する。
しかし,引用に係る原判決「事実及び理由」第4の1(1),(2),(5)のとおり,本件明細書中には,製剤の全ニカルジピン中の無定形物の含有割合等について何らの限定を加えているような記載は見当たらず,かつ,本件発明が無定形塩酸ニカルジピンに腸管粘膜からの吸収性に富み優れた持続性効果を有することを見出した点に特徴があることからすると,控訴人製剤が無定形塩酸ニカルジピンを含有していると認定された場合(もとより,当裁判所も無定形物の必要量が無制限と解するわけでないことは,引用に係る原判決22頁2行目ないし5行目で判示したとおりである。),それにもかかわらず控訴人製剤において,腸管粘膜からの吸収性に富み優れた持続性効果を有するといった効果を奏しないような特段の事情が認定できない限り,控訴人製剤は本件発明の技術的範囲に属するというべきである。そして,控訴人製剤についてかかる特段の事情の存在を窺わせるような証拠はなく,かえって,乙48及び弁論の全趣旨によると,控訴人製剤は,乙48の実施例1の製法に基づいて製造されたもので,「胃液および腸液における溶解性が適宜に調節されて,充分な初期効果と持続効果」を有するものであると認められるから,控訴人製剤に無定形塩酸ニカルジピンが含有されていた場合,控訴人製剤は本件発明の技術的範囲に属するというべきである。
(2) 控訴人らは,本件明細書には,すべての塩酸ニカルジピンが無定形である場合しか記載がなく,本件発明の作用効果を生じないことが明らかである下限量の認定ができなければ,無定形物の必要量が無制限であると解してはならず,全部無定形物であるか,それと均等と認められる範囲以外の部分については,発明が完成するに至っていなかったと解すべきであると主張する。
しかし,本件明細書の実施例1ないし5では,いずれもニカルジピン塩酸塩原末及び賦形剤の混合物を振動ボールミルを用いて相当時間処理したところ,「ニカルジピン塩酸塩結晶は無定形化していた。」との記載があるが,これらの記載をもって,本件発明が塩酸ニカルジピンにつき無定形のものを100%含む場合に限定する趣旨と直ちに解することはできず,ほかに本件明細書中に,本件発明が塩酸ニカルジピンにつき無定形のものを100%含む場合に限定することを明示又は示唆するような記載は見当たらない。
そして,無定形塩酸ニカルジピンが含まれていれば,「添加物を配合することなく優れた持続性効果を有」し,「長時間にわたり安定したニカルジピンの有効血中濃度を維持できる」という本件発明の作用効果を奏するものと予測できるのであり,そうである以上,あえて下限量を画する必要はないというべきである。
また,本件発明が全部無定形物であるか,それと均等と認められる範囲を除いては未完成であるとする控訴人らの主張も独自の見解にすぎない。
したがって,控訴人らの上記主張を採用することはできない。
(3) さらに,控訴人らは,控訴人製剤が,本件発明の実施品である被控訴人製品と同一の作用効果を奏しているのは,控訴人製剤が本件発明の要件を充足しているからではなく,三重被覆製剤技術という独自の製剤技術によってもたらされたものであり,あるいは,控訴人製剤のように溶解補助剤CMECを添加すれば,塩酸ニカルジピンを無定形化した場合と同程度以上の溶解度上昇効果を苦もなく達成できると主張し,乙48,64にもこれらに沿った記載がある。
しかし,仮に三重被覆製剤技術やCMECの添加によって控訴人ら主張のような効果を挙げられるとしても,同時に控訴人製剤に無定形塩酸ニカルジピンが含有されていると認定された場合には,控訴人製剤は前記(1)のとおり本件発明の技術的範囲に属することとなり,控訴人ら主張の三重被覆製剤技術やCMECの添加は,単なる付加にすぎないというべきであるから,控訴人らの上記主張を採用することはできない。
2 争点(2)(控訴人製剤は無定形塩酸ニカルジピンを含有しているか。)について (1) 融解熱DSC測定法による検討について ア 甲6の1によれば,控訴人製剤について融解熱DSC測定法を実施したところ,控訴人製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有割合は,各回の実験数値を平均すると,47.2%と計算され,甲6の2によれば,43.1%と計算されたことが認められる。具体的な測定及び計算過程を甲6の1に基づき明らかにすると,次のとおりである(甲6の1によれば,検定試料中の無定形塩酸ニカルジピンの割合を測定するために3回の実験が行われているから,3回の実験で測定値が異なる場合(甲6の1,4頁表2)は,その各数値も記載する。)。
(ア) 結晶形塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量を融解熱DSC測定法によって求めると,平均値で85.08J/gであった。
(イ) 控訴人製剤中の塩酸ニカルジピンの含有量は,28.5%であった。
(ウ) 控訴人製剤第1回4.97mg,第2回5.12mg,第3回5.07mgについて融解熱DSC測定法を実施し,結晶形塩酸ニカルジピンの融点(167ないし171℃)付近での融解吸熱量を測定すると,第1回63.47mJ,第2回66.87mJ,第3回63.58mJであった。
(エ) したがって,控訴人製剤第1回4.97mg,第2回5.12mg,第3回5.07mg中の結晶形塩酸ニカルジピンの量は,第1回0.746mg(0.746mg=63.47mJ÷85.08J/g),第2回0.786mg(0.786mg=66.87mJ÷85.08J/g),第3回0.747mg(0.747mg=63.58mJ÷85.08J/g)である。
(オ) 他方,控訴人製剤中の塩酸ニカルジピンの総量は,第1回1.416mg(1.416mg=4.97mg×0.285),第2回1.459mg(1.459mg=5.12mg×0.285),第3回1.445mg(1.445mg=5.07mg×0.285)である。
(カ) したがって,控訴人製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有量は,第1回0.670mg(0.670mg=1.416mg-0.746mg),第2回0.673mg(0.673mg=1.459mg-0.786mg),第3回0.698mg(0.698mg=1.445mg-0.747mg)である。
(キ) 控訴人製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有割合は,第1回47.3%(0.473=0.670mg÷1.416mg),第2回46.1%(0.461=0.673mg÷1.459mg),第3回48.3%(0.483=0.698mg÷1.445mg)となる。
この3回の平均は,47.2%(47.2%=(47.3%+46.1%+48.3%)÷3)である。
そして,甲18によれば,結晶形塩酸ニカルジピンは,少なくとも200℃までは加熱しても昇華が生じないと認められるから,甲6の融解吸熱量の測定には,控訴人製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの昇華による影響はないと認められる。
このような甲6の実験結果について,控訴人らは種々の問題点を指摘するので,以下検討する。
イ まず,控訴人らは,甲6においては,控訴人製剤の吸熱量から結晶形塩酸ニカルジピンの含有量を計算するに当たって(ア(エ)の過程),完全結晶状態にある結晶形塩酸ニカルジピンの単位重量当たり融解吸熱量を分母としているが,控訴人製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンがすべて完全結晶状態にあることはなく,不完全結晶の場合には単位重量当たり融解吸熱量が小さくなるから,甲6の計算方法によれば,控訴人製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの含有量が過少となり,その結果,無定形塩酸ニカルジピンの含有量が過大となる問題点があると主張する。
しかし,乙1及び弁論の全趣旨によれば,控訴人らは,控訴人製剤の原料として株式会社三洋化学研究所の製造に係る結晶形塩酸ニカルジピンを使用しており,その中には製造番号95010のものが含まれているところ,この製造番号の結晶形塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量(J/g)は,80.19(乙2),81.75(乙11),83.60(乙22),83.85(乙35),85.91(乙37)であることが認められる。
そうすると,ア(ア)のとおり甲6での計算に使用した結晶形塩酸ニカルジピンの単位融解吸熱量は85.08J/gであるから,控訴人製剤に原料として使用されている結晶形塩酸ニカルジピンの単位融解吸熱量とほぼ等しいものといえる。
したがって,甲6の計算において,控訴人製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの含有量が過少に導かれたということはできない。
ウ(ア) 次に,控訴人らは,控訴人製剤には賦形剤として軽質無水ケイ酸が含まれているところ,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸が共存していれば,結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量が過少に測定されることになる(ア(ウ)の過程)ため,それだけ結晶形塩酸ニカルジピンの含有量が過少に算出されるとの問題点を指摘する。
(イ) 確かに,乙2によれば,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸とを控訴人製剤中の配合処方比(前者が約55%,後者が約45%)で配合(メノウ乳鉢で均一に混合)した試料について,甲6と同様の方法で融解熱DSC測定を行うと,試料中の結晶形塩酸ニカルジピンの融解による吸熱量は,試料中の配合量から計算した理論値と比べて41.0%低く測定されることが認められる。
また,乙35(検体1ないし4)によれば,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸とを種々の混合比で配合(振とう機で5分間振とうして混合)した試料について融解熱DSC測定法を実施したところ,試料中の結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は,@結晶形塩酸ニカルジピン15%(軽質無水ケイ酸85%)の場合には理論値と比べて52.3%低く,A同35%(同65%)の場合には35.7%低く,B同55%(同45%)の場合には28.9%低く,C同75%(同25%)の場合には23.9%低く測定されたことが認められる。
(ウ) これらの融解吸熱量低下の原因について,控訴人らは,軽質無水ケイ酸が結晶形塩酸ニカルジピンの融体を吸着する際に発生する吸着熱のために,結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量が相殺されたために生じたものであると主張する。
しかし,引用に係る原判決「事実及び理由」第2の1(4)のとおり,控訴人製剤を製造するに当たっては,賦形剤を含水エタノールに溶解して得た粘稠な糊液に塩酸ニカルジピン微粉末を混和分散させた後,軽質無水ケイ酸を加え,ミキサーで練合し,混和スラリーを40℃で送風乾燥後,調粒して粒状体を得るのであるから,控訴人製剤の製造工程で軽質無水ケイ酸を加えた時点で,軽質無水ケイ酸と塩酸ニカルジピンとの吸着が生じ,この時点で既に吸着熱が発生しているものと推認される。この点について,控訴人らは,控訴人製剤の製造工程で軽質無水ケイ酸を加えた時点で,軽質無水ケイ酸に吸着するのは水ないしエタノール分子のみであり,塩酸ニカルジピンは吸着しない旨主張するが,この控訴人らの主張を裏付ける証拠はなく,かえって,証拠(甲70,73,乙16)及び弁論の全趣旨によると,軽質無水ケイ酸は,表面に非常に微細な凹凸を数多く持ち,広大な表面積を有していて,吸着力も強力であるものと認められ,水及びエタノール分子のみならず塩酸ニカルジピン分子も軽質無水ケイ酸に吸着してしまい,流動性を有する溶液成分は残存していないものと推認することができる。
控訴人らは,控訴人製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンが,融解する時点で初めて軽質無水ケイ酸に吸着することを前提とした主張をるる行っているが,控訴人製剤の製造工程で考えられる塩酸ニカルジピンの状態に沿ったものとはいい難い。
もっとも,甲12によると,控訴人製剤の製造工程でも,結晶形塩酸ニカルジピンのうち57.8%は含水エタノールに溶解していないのであり,また前記控訴人製剤の製造工程において,軽質無水ケイ酸を加えた後ミキサーで練合した混和スラリーを40℃で送風乾燥する段階で,軽質無水ケイ酸と吸着していた水ないしエタノール分子が離脱して,軽質無水ケイ酸に再び吸着し得る余地が生じていることもあり得ると考えられるから,控訴人製剤を加熱融解する時点で,軽質無水ケイ酸と塩酸ニカルジピンとの吸着が再び生じ,その際若干の吸着熱が生じる可能性も否定することはできない。しかし,かかる加熱融解時点での軽質無水ケイ酸と塩酸ニカルジピンとの吸着も,前記控訴人製剤の製造工程における軽質無水ケイ酸と塩酸ニカルジピンとの吸着(その結果,乾燥工程で塩酸ニカルジピンが無定形化する。)と矛盾なく両立し得るものと考えられるのであり,融解過程における吸着熱との相殺効果のみで甲6の実験結果をすべて説明しようとする控訴人らの主張は相当とはいい難い。
(エ) さらに,控訴人らは,乙42,46によれば,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸との混合開始直後の初期ピークの発熱量は,168℃の実験においては14J/g,178℃の実験において22J/gであり,相当程度の吸着熱がある旨主張するが,甲42によれば,乙42における実験と同じ装置を用いて行った実験において,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を控訴人製剤における配合割合にほぼ等しい7:6で混合した場合,168.3℃の状態下での軽質無水ケイ酸の吸着熱量は,結晶形塩酸ニカルジピン1g当たり1.80J/gである(図1)と認められ,甲42は追試可能な程度にその内容が明らかにされている。したがって,乙42,46により得られた吸着熱量,ことに22J/gの値は,甲42に照らし,直ちに信用できるものとはいえない(もっとも,乙35等に照らして14J/gが比較的実体に近い数値と考えられることは後記のとおりである。)。
(オ) 他方,被控訴人は,乙2及び乙35における融解吸熱量の低下の原因について,試料調整過程において,軽質無水ケイ酸の作用により結晶形塩酸ニカルジピンが無定形化したためであると主張するので,検討する。
まず,甲9によれば,一般に軽質無水ケイ酸は,その広い表面にあるシラノール基のために,結晶を非晶質化(無定形化)させる性質があることが認められる。
また,甲32記載の実験は,組成が同じ二酸化ケイ素(SiO2)である軽質無水ケイ酸(比表面積が大きい)と石英砂(比表面積が小さい)を配合量を変えて,それぞれ一定量の結晶形塩酸ニカルジピンと混合させた試料(試料全体の重量を同一にするために他にCMECを加えて重量を調整している。)について粉末X線回折測定法を実施した実験であるが,軽質無水ケイ酸と石英砂とは同一の組成を有していてX線吸収係数も同一であるから,仮にそれらの配合によるX線回折強度の低下がX線吸収係数の影響にのみ起因するのであれば,それらの配合によるX線回折強度の低下も同一になるはずであるにもかかわらず,軽質無水ケイ酸を配合した試料のX線回折強度の方が,石英砂を配合した試料のX線回折強度に比べて低下の程度が大きくなることが認められる。そして,甲32の図2によれば,このような差異は各配合割合を通じて安定して認められるから,これが実験誤差によるものとはいい難く,他にこの実験結果の信頼性を疑わせるに足りる証拠はない(甲32に対する控訴人らの反論については,粉末X線回折測定法に関する検討の中でまとめて述べる。)。このうち石英砂については,乙37(実験3)によると,結晶形塩酸ニカルジピン約48%と石英砂約52%を配合した試料について融解熱DSC測定法を実施したところ,結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量の低下は測定できなかったことが認められるから,石英砂には結晶形塩酸ニカルジピンを無定形化する作用はないといえる。
以上よりすれば,甲32におけるX線回折強度の相違は,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸の摩擦配合による無定形化によるものと考えるのが合理的である。
さらに,乙35(検体3,5及び6)によれば,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸の配合量を同等とした試料について融解熱DSC測定法を実施したところ,両成分の混合状態が均一であるほど融解吸熱量が低下していることが認められるが,この点も,上記の推認を裏付けるものである。
これに対し,乙35(検体5)によれば,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を重ね置いただけの試料でも,融解吸熱量は16.3%低下することが認められ,控訴人らは,このことから,このような無定形化がほとんど起こらないような状態でさえ融解吸熱量が相当程度低下する点で,軽質無水ケイ酸が混在していると融解吸熱量が過少に測定されると主張する。しかし,融解熱DSC測定法は,検体の融解吸熱量を測定するものであるから,検体全体の比熱を均質化して実施する必要があるところ,上記検体5では検体全体の比熱が均質化されていない点に問題がある上,そのように試料の状態が異なる実験結果を直ちに控訴人製剤のそれと比較することにも問題がある。さらに,軽質無水ケイ酸の粒子は極めて細かいから(乙16の注3),結晶形塩酸ニカルジピンとの境界面で混合接触して無定形化が生じることも考えられる(甲9の2の図9も固体同士の接触による無定形化の可能性を根拠付けるものである。)。したがって,控訴人らの上記主張は採用することができない。
また,乙37によれば,軽質無水ケイ酸と組成(SiO2)及び吸着性を有する点で同一のシリカゲルと結晶形塩酸ニカルジピンとを35:8の割合で混合(試料をセルに入れて振って混和)した試料について融解熱DSC測定法を実施したところ,結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は理論値から21.3%低下したが(実験1),シリカゲルと結晶形塩酸ニカルジピンとを混合した後シリカゲルを除去した試料について融解熱DSC測定法を実施したところ,結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は理論値から低下しなかったことが認められ(実験2),この実験2からすれば,結晶形塩酸ニカルジピンはシリカゲルとの混合によって無定形化しなかったものと認められる。そして,この点から,控訴人らは,無定形化が生じていないにもかかわらず混合試料の融解吸熱量が低下した原因は,シリカゲルの混在下では融解熱DSC測定法による融解吸熱量は過少に測定されるとし,この点は同じ成分で同じく比表面積の大きい軽質無水ケイ酸でも同様であると主張する。
確かに,シリカゲルは,極めて大きな比表面積を有し,吸着性を有するが,軽質無水ケイ酸と異なり細孔性物質で,その平均細孔径は22ないし140Åであり(乙38),固体状の結晶形塩酸ニカルジピンはシリカゲルの細孔内に入れないので,常温で振とうするだけでは無定形化が生じないものと考えられる。他方,昇温によって結晶形塩酸ニカルジピンが融解して液状となると,上記細孔内に入ることができるようになるところ,上記実験におけるシリカゲルの配合割合は,控訴人製剤における配合割合よりもはるかに大きいから,吸着熱の影響もそれだけ無視できない大きさになっていることも考えられる。また,被控訴人も指摘するように,シリカゲルについての実験結果をどこまで軽質無水ケイ酸の場合に適用し得るのかも問題がある。したがって,乙37から直ちに軽質無水ケイ酸による結晶形塩酸ニカルジピンの無定形化の推認を覆すことはできない。
以上によれば,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸の混合により吸着熱が発生するとしても,その熱量が控訴人らが主張するうちの最大値である22J/gもあるとは直ちに認められず,乙2及び乙35における融解吸熱量の低下の主たる原因は,試料調整過程において,軽質無水ケイ酸の作用により結晶形塩酸ニカルジピンが無定形化したためであると考えられる。
エ 次に,控訴人らは,融解熱DSC測定法によれば,軽質無水ケイ酸を始めとする種々の賦形剤と結晶形塩酸ニカルジピンとの相互作用により,融解吸熱量が過少に測定される(ア(ウ)の過程)と主張し,証人Iもこれに沿った証言をする。
控訴人製剤に使用される賦形剤のうち,軽質無水ケイ酸の影響については,ウで検討したとおりであるから,ここでは,その余の賦形剤成分の影響について検討するに,乙11によれば,結晶形塩酸ニカルジピン原末と控訴人製剤について,それぞれ165℃までの熱履歴を与えた試料と熱履歴を与えない試料の双方について融解熱DSC測定法を実施し,融解吸熱量を比較すると,結晶形塩酸ニカルジピン原末の場合には,熱履歴を与えると融解吸熱量は10.0%低下しただけであったのが,控訴人製剤では31.4%も低下したことが認められる。
控訴人製剤の賦形剤中には,軽質無水ケイ酸のほか,前記基礎となる事実に記載されたCMEC等の成分が含まれているところ,軽質無水ケイ酸による昇温過程での吸着熱の発生は先に検討したとおり結晶形塩酸ニカルジピン1g当たり1.80Jと,それほど多くないことからすると,控訴人ら主張の相互作用は,それが仮に存在するとすれば他の賦形剤成分によるものということになる。そして,乙2によれば,結晶形塩酸ニカルジピン40%にその他賦形剤成分60%を配合した試料(検体2。引用に係る原判決「事実及び理由」第2の1(3)の事実によれば,この結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸以外の賦形剤成分との配合割合は,控訴人製剤中のものとほぼ同じであると認められる。)について融解熱DSC測定法を実施した場合の結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は,配合割合に基づく理論値より7.1%低下したことが認められる。
被控訴人は,甲19ないし21の結果をもって昇温時の共存物質による影響がないことが示されていると主張するが,それらはいずれも結晶形塩酸ニカルジピンの融点付近における融解吸熱量に対する影響の存否を直接に示すものではない。
以上によれば,乙11の融解吸熱量の低下は,控訴人製剤の製造工程及び融解過程における各結晶形塩酸ニカルジピンの無定形化並びに軽質無水ケイ酸以外の賦形剤の影響が重なって生じたものと推認するのが相当である。前記のとおり,控訴人らは,乙11による31.4%の融解吸熱量低下分のすべてが賦形剤と結晶形塩酸ニカルジピンとの相互作用に基づくものであると主張するが,先に述べたところに照らして採用できず,乙2の実験結果によると,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響は,融解吸熱量が7.1%程度低下するにとどまるといえる。
オ また,控訴人らは,乙44に基づき,等重量の結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸とを標準混合した検体について,赤外吸収分光法によって同検体中に無定形塩酸ニカルジピンが存在しないことを確認した後,同じ検体,すなわち無定形塩酸ニカルジピンが含まれていないことが証明されている検体であるにもかかわらず,融解熱DSC測定法を適用すれば,その融解吸熱量が理論値よりも約32%過少に測定されるとして,融解熱DSC測定法による融解吸熱量の過少測定が結晶形塩酸ニカルジピンの無定形化に起因するものではない旨を主張し,証人Iもこれに沿った証言をする。
しかしながら,乙44の実験(その再検証実験が乙63である。)は,固体同士である等重量の結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を室温においてメノウ乳鉢で混ぜ合わせて調製した混合勿を試料として実施したものであり,控訴人製剤の製造工程におけると同様に,塩酸ニカルジピンを含水エタノールに混和分散させた状態の溶液に軽質無水ケイ酸を加える方法で混合した物を試料として実施したものではないから,乙44及び乙63の実験結果をもって,直ちに甲6の控訴人製剤に対する融解熱DSC測定法による無定形塩酸ニカルジピンの存在の推認を否定することはできないというべきである。
カ さらに,控訴人らは,融解熱DSC測定法が,無定形物の量を直接に定量するものではないことや,昇温させる過程で測定結果に影響が生じることを指摘して,その分析方法としての問題点を主張する。しかし,まず融解熱DSC測定法は,定量分析の方法として確立されており,測定結果についても各証拠の間で大差がないことから,一般的な信頼性を有する測定方法であるということができる(甲24,43,44)。また,控訴人製剤中の塩酸ニカルジピンのうち結晶形でないものは無定形であるというほかなく,しかも,控訴人製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの含有量を測定するに当たっての結晶化度及び賦形剤による影響は先に述べたとおりであるから,これらの影響を考慮に入れる限り,融解熱DSC測定法の結果に基づき控訴人製剤における無定形塩酸ニカルジピン含有の有無及び含有割合を推認することは十分可能というべきである。
また,控訴人らは,甲6が結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を始めとする賦形剤との混合物に関する検量線に基づかない計算をしていることを指摘するが,融解熱DSC測定法の実施過程における賦形剤(軽質無水ケイ酸を含む。)との相互作用については前記のとおりと認められるから,その影響を加味して検討するならば,それ以上に控訴人ら主張の検量線が必要となるものではない。
キ 以上によれば,甲6の融解熱DSC測定法に基づいて算出された控訴人製剤中に含有される無定形塩酸ニカルジピンの割合(甲6の1によれば47.2%,甲6の2によれば43.1%)は,前記ウの軽質無水ケイ酸の影響及び前記エのその他の賦形剤の影響による修正を考慮に入れる限度で信頼性があるといえる(これに反する証人Iの証言は採用できない。)。そして,前記ウ(エ)のとおり,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸を控訴人製剤とほぼ同じ割合で配合した場合の吸着熱は1.80j/gと認められ,結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量(85.08j/g)の約2.1%にすぎず,前記エのとおり,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響は,融解吸熱量が7.1%程度低下するにとどまるといえるから,軽質無水ケイ酸の影響及びその他の賦形剤の影響による修正は,それほど大きなものとはいえないと解される。
ク ところで,前記ウ(エ)のとおり,控訴人らは,乙42,46により,結晶形塩酸ニカルジピンを軽質無水ケイ酸と混合した場合の吸着熱は,14ないし22J/gであると主張するところであるが,甲42に照らし,その吸着熱の主張は,必ずしもそのとおり認められるものではない。しかし,無定形塩酸ニカルジピンが控訴人製剤中に最低でもどの程度以上に含まれるかを明らかにするため,仮に吸着熱が控訴人ら主張のとおり14ないし22J/gであったとした場合に,控訴人製剤中に含まれる無定形塩酸ニカルジピンの割合がどのように計算されるかについて検討する。
(ア) まず,控訴人製剤中の無定形塩酸ニカルジピンが,融解吸熱量の測定において影響を与えるかについて検討する。
甲12によれば,控訴人製剤の製造工程と基本的に同一の工程(特許公報第2939069号(乙48)の実施例1)により(控訴人製剤の製造工程が基本的に上記特許公報に記載の方法によるものであることは,当事者間に争いがない。),塩酸ニカルジピンが完全に溶解する条件下で,塩酸ニカルジピン,軽質無水ケイ酸及びCMECを混合して製造したサンプルにつき,粉末X線回折測定法により結晶の不存在が確認され,このサンプルについて融解熱DSC測定法を実施したところ,塩酸ニカルジピンの結晶融点の領域(165ないし170℃)に何らの吸熱量のピークも確認されなかったことが認められる。また,甲35,36によれば,塩酸ニカルジピンの量を控訴人製剤の製造工程の約40%(特許公報第2939069号(乙48)の実施例1記載の量の40%)とし,軽質無水ケイ酸及びCMECを混合して製造したモデル製剤A-1,A-2につき,粉末X線回折測定法によって結晶の不存在が確認され,このモデル製剤について融解熱DSC測定法を実施したところ,塩酸ニカルジピンの結晶融点の領域に何らの吸熱量のピークも確認されなかったことが認められる。
このような実験結果からすると,融解熱DSC測定法による控訴人製剤の融解吸熱量の測定において,無定形塩酸ニカルジピンは影響を与えるものではなく,その存在は考慮に入れる必要がないものと認められる。
(イ)a 結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸に吸着される場合の吸着熱が14J/gであると仮定して,無定形塩酸ニカルジピンの割合を算出すると,次のとおりとなる。
b 前記ア(ア)のとおり,結晶形塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は85.08J/gであり,吸着熱が14J/gであるとすると,結晶形塩酸ニカルジピンにつき実測される(換言すれば,見かけ上の)1g当たりの融解吸熱量は,71.08J/g(71.08J/g=85.08J/g-14J/g)である。
甲6の1の表2に記載された第1回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.416mgであり,実測された融解吸熱量は63.47mJであるが,前記のとおり軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は68.32mJ(68.32mJ=63.47mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,48.24J/g(48.24J/g=68.32mJ÷1.416mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,67.8%(0.678=48.24J/g÷71.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は32.2%(32.2%=100%-67.8%)と算出される。
c 上記bも含め,甲6の1の表2及び甲6の2の表2に記載された各3回の実験について無定形塩酸ニカルジピンの割合を計算すると,本判決添付の別紙(以下「別紙」という。)の1のとおりとなり,最も少ない値でも25.2%(別紙の1(2)ア)と算出される。
(ウ) 同様に,結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸に吸着される場合の吸着熱が22J/gであると仮定して,無定形塩酸ニカルジピンの割合を算出すると,別紙の2のとおりとなり,最も少ない値でも15.7%(別紙の2(2)ア)と算出される。
ケ したがって,結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸に吸着される場合の吸着熱が控訴人ら主張のとおりであると仮定しても,控訴人製剤中には,最低でも15.7%の無定形塩酸ニカルジピンが含有されているものといえる。
なお,この含有率は,結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸に吸着される場合の吸着熱量が控訴人らが主張の一つとして出している22J/gであることを前提とし,無定形塩酸ニカルジピンの含有率を一番低く見積もった場合の試算である。しかし,実際には,DSCの測定値が影響を受けるとすれば,結晶形塩酸ニカルジピンの融点である168℃付近であることから,乙42における168℃での測定値が実際の吸熱量の減少量に近いと考えられることや,乙35によると,結晶形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸との接触が融解前にほとんど生じていないと考えられる検体5の融解熱減少量が13.69J/gと算出されていることなどを考慮すると,むしろ控訴人らが主張する吸着熱量のうち14J/gがより実体に近い数値であると考えられる。そうすると,控訴人製剤中に含まれる無定形塩酸ニカルジピンの割合としては,別紙の1(2)アの25.2%がより実体に近いものといえる。
(2) 控訴人製剤の製造工程による検討について 証拠(甲12,35,36)によれば,控訴人製剤の基本的な製造工程を示していることにつき当事者間に争いのない特許公報第2939069号(乙48)の実施例1記載の製法(この製法は,塩酸ニカルジピン微粉末200gを,CMEC150gを含水エタノール600mlに溶解して得た粘稠な糊液に混和分散させ,二酸化ケイ素微粉末200gを加え,ミキサーで練合し,その混和スラリーを40℃で送風乾燥後,調粒して粒径0.5mmないし1.0mmの粒状体を得る工程を含んでいる。)の製造工程中,CMECを含水エタノールに溶解し,得られた粘稠な糊液に結晶性塩酸ニカルジピンを混和分散させたところ,全結晶形塩酸ニカルジピンのうち42.2%が含水エタノールに溶解したこと,また,塩酸ニカルジピンの量を控訴人製剤の製造工程の約40%(特許公報第2939069号(乙48)の実施例1記載の量の40%)として製造したモデル製剤A-1,A-2につき,粉末X線回折測定法によって結晶の不存在が確認され,このモデル製剤について融解熱DSC測定を行ったところ,塩酸ニカルジピンの結晶融点の領域に何らの吸熱量のピークも確認されなかったことが認められる。
また,証拠(甲52)によれば,上記実施例1に基づき製造したモデル製剤(ただし,賦形剤としては軽質無水ケイ酸のみを使用している。)について,融解熱DSC測定法によりモデル製剤中に69.1%の無定形塩酸ニカルジピンが検出されたことが認められる。
さらに,甲70によれば,液状・油状薬剤を粉末・固体化し,又は液状の主薬を粉末剤・顆粒剤・錠剤等の固体製剤にするときに軽質無水ケイ酸の微粉末が用いられることが認められ,軽質無水ケイ酸は吸着性が非常に強いものと認められる。
したがって,これらを併せ考慮すると,控訴人製剤の製造工程で含水エタノールに溶解した塩酸ニカルジピンは,軽質無水ケイ酸にかなりの程度吸着されてしまい,その後の乾燥過程でも,吸着した塩酸ニカルジピンの大部分の再結晶化が妨げられ(後記のとおり,甲41の実験結果によれば,無定形塩酸ニカルジピン及び結晶形塩酸ニカルジピンのほかに,CMEC,更に軽質無水ケイ酸も混在している状況下では,ほとんど再結晶化しないことが認められる。甲35,36のモデル製剤Bの実験結果も上記判断を覆すに足りるものではない。),控訴人製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが上記の割合で含有されることとなるため,前記各実験結果が出るものと推認される。すなわち,控訴人製剤の製造工程に照らしても,控訴人製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが含有されることが推認されるというべきである。
控訴人らは,控訴人製剤の製造工程においては,原末として結晶形塩酸ニカルジピンを使用しており,それを無定形化させることは何らしていないと主張するが,控訴人製剤の製造工程にかんがみて,結晶形塩酸ニカルジピンが無定形化するものと推認し得ることは前記のとおりであるから,控訴人らの上記主張を採用することはできない。
なお,控訴人製剤が本件発明より後願の発明に係る製法に基づき製造されており,この後願の発明が特許登録されている(乙48)事実は,控訴人製剤が本件発明の技術的範囲に属しないことの根拠とはならない。
(3) ガラス転移点DSC測定法による検討について ア 乙24によれば,控訴人製剤についてガラス転移点DSC測定法を実施したところ,それによって得られたDSCチャートでは,無定形塩酸ニカルジピンのガラス転移点であると測定された93℃ないし96℃付近においてほぼ平坦であったと分析されている。仮に控訴人製剤に無定形塩酸ニカルジピンが存在していれば,この温度付近において無定形(ガラス状)固体状態から液体状態への変化に伴うベースラインの変化が見られるはずであるから,乙24の分析結果が信頼できるものであれば,控訴人製剤中に無定形塩酸ニカルジピンが存在しない可能性も十分にあるということができる。
そこで,乙24の分析結果の信頼性について,以下検討する。
イ まず,被控訴人は,ガラス転移点DSC測定法は,定量分析法として一般に実用に供し得るものでなく,信頼性に欠けると主張する。
確かに,本件で提出された証拠によっても,ガラス転移点DSC測定法が,組成物中の無定形物の定量分析方法として一般的に利用されているとは認めることができない。また,ガラス転移というのは,結晶の融解過程と異なり,熱力学的非平衡過程であり,検体の熱履歴や乾燥・精製などの調整条件,昇温速度などの測定条件により異なり得るものである上に,その過程での熱量変化は,融解の場合の約数十分の一という微妙なものにすぎない。しかし,原判決添付別紙1の2で記載したガラス転移点DSC測定法の基本原理には首肯し得るところがあるから,これらの点に注意して,検体の調整条件及び測定条件を統一し,かつ,DSCチャートのベースラインの安定を図るために適切なリファレンス(参照物質)を選定するなどの工夫をすれば再現性も高まると考えられ,ガラス転移点DSC測定法がおよそ無定形物の定量分析として信頼性がないということはできない。
ウ しかし,実際にガラス転移点DSC測定法を用いた控訴人製剤の測定結果については,次のような疑問がある。
(ア) 乙24(チャート2,3)及び乙29(甲36のDSCチャートを検討したチャート1)によれば,無定形塩酸ニカルジピンについてのベースライン段差は,約0.05mW/mgであることが認められるところ,ガラス転移過程のベースライン段差量は,試料中の無定形塩酸ニカルジピンの量に比例するはずであるから,仮に控訴人製剤中の無定形塩酸ニカルジピンの含有量が約40%であるとした場合には,控訴人製剤中の総塩酸ニカルジピンの含有量が約29%であることも併せ考えると,0.05mW/mg×0.29×0.4=0.006mW/mgのベースライン段差が生じることとなる。したがって,控訴人製剤中に40%の無定形塩酸ニカルジピンが含有されているか否かをガラス転移点DSC測定法により測定するには,0.006mW/mgのベースライン段差を精度よく測定することが必要となる(この数値は,無定形塩酸ニカルジピンの含有割合が0.116(0.29×0.4=0.116)の場合であり,当然ながら,乙24の1の図1の検量線において,無定形塩酸ニカルジピンの含有量(割合)が0.12の場合の数値とほぼ一致する。)。
この観点から乙24の1における控訴人製剤のDSCチャート(図3)を見ると,同チャートは控訴人製剤とレファレンス物質との吸熱量の差を示すチャートであるところ,レファレンス物質は控訴人製剤に使用された賦形剤成分70.6%と結晶形塩酸ニカルジピン29.4%の混合試料であり,仮に控訴人製剤成分に無定形塩酸ニカルジピンが含まれていないとすると,レファレンス物質と控訴人製剤の組成は同一となるから,DSCチャートは0.00の一定値を示す直線となるはずである。しかし,図3のDSCチャートでは,50℃弱の時点から起ち上がりを始めて,約90℃付近で緩やかなピーク(チャートからは約0.013mJ/mgと読み取れる。)を描き,その後緩やかに降下していることが認められる。このようなチャート図になる原因には種々のものがあり得,判然としないものの,約90℃の時点以降のDSCチャートが下り勾配になっていることが,無定形塩酸ニカルジピンのガラス転移による比熱の変化によるものである可能性も考えられ,また,この熱量変化が微量であることを考えると,試料の調整や測定方法による実験誤差による影響の可能性も考えられる。この点に加え,前記のように本件では0.006mW/mgもの微量の熱量変化を精度よく測定する必要があることを勘案すると,ガラス転移点DSC測定法について控訴人製剤中の無定形塩酸ニカルジピンを定量分析する方法として安定したものであると評価するには疑問がある。
(イ) また,甲36及び乙29によれば,甲35の方法によって製造されたモデル製剤A(製造過程で,乙48における実施例1の結晶形塩酸ニカルジピン量の40%の量を使用し,全量が溶解した糊液を送風乾燥したもの)とモデル製剤B(製造過程で,乙48における実施例1の結晶形塩酸ニカルジピン量と同量を使用し,そのうちの40%が溶解した糊液を送風乾燥したもの)について,130℃までの熱履歴を施してガラス転移点DSC測定法を実施したところ,モデル製剤Aについては,無定形塩酸ニカルジピンの含有率は溶解した塩酸ニカルジピン量の80%と分析され(乙29),モデル製剤Bについては,無定形塩酸ニカルジピンは検出されなかった。他方,それらに対して融解熱DSC測定法を実施したところ,モデル製剤Aについての無定形塩酸ニカルジピンの含有量は100%であり,モデル製剤Bについては約41%であったことが認められる(甲36,乙29)。
この実験結果について,被控訴人は,いったん溶解により無定形化した塩酸ニカルジピンは送風乾燥しても再結晶化することがないから,モデル製剤A中の無定形塩酸ニカルジピン含有量は100%で,モデル製剤B中のそれは約40%のはずであるから,ガラス転移点DSC測定法は信頼性がなく,融解熱DSC測定法には信頼性があると主張する。
これに対し,控訴人らは,乙28の実験結果を提出し,溶解して無定形化した塩酸ニカルジピンとともに,溶解しないで残存している結晶形ニカルジピンが混在している場合には,送風乾燥する過程で,残存結晶形塩酸ニカルジピンが種結晶となって,溶解により無定形化した塩酸ニカルジピンがすべて再結晶化すると主張した上,モデル製剤Aについては,結晶形塩酸ニカルジピンがすべて無定形化したため,送風乾燥によっても再結晶化が起こらなかったが,モデル製剤Bについては,60%の結晶形塩酸ニカルジピンが溶解せずに残存しているために,それが種結晶となって送風乾燥の過程ですべて再結晶化したと主張し,したがって,モデル製剤Aについてのガラス転移点DSC測定法の結果は正当な結果であり,モデル製剤Bの測定結果についても,理論値の80%の数値程度であれば,乙24によって作成された検量線と理論誤差及び実験誤差の範囲で合致しているから,ガラス転移点DSC測定法の信頼性は損なわれないと主張し,乙29にはこれに沿う記載がある。
そこで検討するに,確かに,乙28によれば,溶解によって無定形化した塩酸ニカルジピンとともに,結晶形塩酸ニカルジピンのみが混在している場合には,送風乾燥する過程で全量が再結晶化する(同号証の系C及びD)ことが認められる。しかし,甲41の実験結果によれば,無定形塩酸ニカルジピン及び結晶形塩酸ニカルジピンのほかに,控訴人製剤の賦形剤であるCMECが混在している状況下では,再結晶が妨げられて,約20%が無定形のまま残り,更に軽質無水ケイ酸も混在している状況下では,ほとんど再結晶化しないことが認められる。これによると,被控訴人が主張するとおり,モデル製剤A及びB(甲35によれば,これらにもCMEC及び軽質無水ケイ酸が含まれている。)についても,溶解した無定形塩酸ニカルジピンの再結晶化は生じていない可能性が高く,甲35,36におけるモデル製剤A及びBのみならず,控訴人製剤に対するガラス転移点DSC測定法の正確性についても疑問が残るところである。
(ウ) 甲71,72によれば,無定形塩酸ニカルジピンと軽質無水ケイ酸との混合物について,純粋な無定形塩酸ニカルジピンのガラス転移点と同じ温度にガラス転移点が観察されないことが認められる。これは,前記のとおり軽質無水ケイ酸の吸着性が非常に強いことからすると,軽質無水ケイ酸に無定形塩酸ニカルジピンが吸着されることにより,ガラス転移点が変化したものと考えることもできる。この点からしても,控訴人製剤についてガラス転移点を測定することによって無定形塩酸ニカルジピンの含有量を明らかにすることができるかについては疑問がある。
(エ) 控訴人らは,控訴人製剤中の塩酸ニカルジピンとCMECのガラス転移温度は近接しているから,控訴人製剤にゴードン・テーラー則は妥当しないと主張する。しかし,甲64によれば,CMECのガラス転移点が塩酸ニカルジピンのガラス転移点である95℃付近にあることは認められず,その他,塩酸ニカルジピンとCMECのガラス転移点が近接していることを認めるに足りる証拠はないから,控訴人らのこの点に関する主張は採用することができない。
また,控訴人らは,控訴人製剤中のCMECは,水やアルコールなどごく一部の溶剤にしか溶けない高分子であり,製造工程で塩酸ニカルジピンと,含水エタノールという共通な溶剤中で溶け合っていても,分子状態に混合した固体(固溶体)を形成するはずもないから,控訴人製剤にはゴードン・テーラー則は妥当しないと主張する。しかし,甲58では,ゴードン・テーラー則の適用例として,ポリビニルピロリドン(PVP)とインドメタシンを混合させたものが例示されているところ,PVPは高分子物質であるから控訴人製剤中のCMECに当たり,インドメタシンは低分子の薬剤成分であるから控訴人製剤中の塩酸ニカルジピンに当たるとみることができる(弁論の全趣旨)。そして,上記甲58の例示は,PVPとインドメタシンの共沈体,すなわち2成分を溶液中に溶解させた後,沈殿生成させたものを対象としているところ,控訴人製剤でもCMECと結晶形塩酸ニカルジピンを含水エタノールに溶解させる工程を経ている。したがって,控訴人製剤におけるCMECと塩酸ニカルジピンの混合状態と,ゴードン・テーラー則の適用例を示す上記甲58の対象物質の混合状態とに違いがあるとは考えられないから,控訴人製剤にはゴードン・テーラー則は妥当しないとする控訴人らの主張を採用することはできない。
エ 以上により,ガラス転移点DSC測定法による控訴人製剤の分析結果(乙24)をもって,融解熱DSC測定法の分析結果(甲6)の信頼性を覆すことはできない。
(4) 粉末X線回折測定法による検討について ア 乙7によれば,結晶形塩酸ニカルジピンと控訴人製剤に使用されている賦形剤を用いて,両者の混合割合を段階的に調整した試料について粉末X線回折測定法を実施し,バックグラウンドの補正(共存物質の影響の除去)を自動で行ったところ,7.7度の回折角について検量線を作成することができ,控訴人製剤の粉末X線回折測定法を実施した結果をその検量線に当てはめたところ,控訴人製剤中の結晶形塩酸ニカルジピン含有量は約95%との結果となったことが認められる。また,乙10によれば,乙7の測定結果について,バックグラウンド補正を手動で行ったものについては,7.7度のほかに13.9度についても検量線を作成することができ,両者の検量線に控訴人製剤についての粉末X線回折測定法の実施結果を当てはめたところ,控訴人製剤中の結晶形塩酸ニカルジピンの含有量は,92.2%と96.7%との結果となったことが認められる。そして,控訴人らは,かかる実験結果に基づいて,控訴人製剤には検出限界(約10%)以上の無定形塩酸ニカルジピンは存在していないと主張するものである。
以下,これらの粉末X線回折測定法の結果の信頼性について検討する。
イ まず,被控訴人は,粉末X線回折測定法が定量分析には不適当であると主張する。確かに,証拠として提出された文献には,「この分析法はそれぞれの相の存在量を決めるいわゆる定量分析には不向きである。」(甲14中の70頁),「X線回折による定量は誤差が大きいので,ほかに方法がない場合以外は行わない方がよい。有利な系について注意深く操作した場合でも正確さは5%,通常は有効数字1桁,検出感度は0.5%である。」(甲15中の493頁),「粉末X線回折測定法による定量は精度が高くない」(甲29中の158頁)との記載が見られる。しかし,同時に,甲15でも定量分析のための操作について解説しており,また,甲16,17には多相系についての定量分析の手法が種々解説され,そのほかにも乙12,31の添付資料には,粉末X線回折測定法が定量に用いられる方法であることの記載があることからすれば,粉末X線回折測定法がおよそ定量分析に不適切な測定方法であるということはできない。
もっとも,これらの諸文献によれば,粉末X線回折測定法は,試料の状態や他成分の共存,バックグラウンド補正等による誤差が生じやすい測定方法であることが認められるから,具体的な測定結果の信頼性を検討する際には,これらの点に留意することが必要である。
ウ 次に,被控訴人は,乙7及び乙10ともに,検量線作成のための回折ピークの捉え方が恣意的であると主張する。すなわち,@粉末X線回折測定法においては,すべての回折ピークで検量線が作成できなければならないから,乙7又は乙10において一部の回折ピークのみについて検量線が作成できたとしても偶然にすぎない,A粉末X線回折測定法においては,強度の強い回折ピークを選択すべきであるが,乙7において選択されている7.7度は弱い回折ピークであり,他の強い回折ピークでは検量線が作成できないから,7.7度で検量線が作成できたとしても偶然にすぎない,B乙10は,バックグラウンド補正を手動で行った点において信頼性に問題があるほか,検量線作成のために選択した7.7度及び13.9度以外に22.5度でも検量線を作成できるが,それによれば,控訴人製剤中の無定形塩酸ニカルジピンは35.4%になるから,粉末X線回折測定法による控訴人製剤の定量分析には信頼性がないと主張する。
これに対し,控訴人らは,@種々の文献上も,検量線が一つの回折ピークで作成された例があり,すべての回折ピークで検量線が作成できなければならないというわけではない,A乙7においては,7.7度の回折ピークが最も他の成分(賦形剤)の影響を受けにくいものであるから,それを検量線作成のために選定したことは適切である,B乙10は,バックグラウンド補正を手動で行った分,乙7の自動補正よりも正確なものとなっていると主張する。
そこで検討するに,甲31によれば,上記被控訴人の主張Bのとおり,乙10の分析結果に基づくと,7.7度及び13.9度の回折ピークのほかに,22.5度の回折ピークについても検量線を作成することができ,その検量線によれば,控訴人製剤中の無定形塩酸ニカルジピン含有量は35.4%と導かれること(表1参照)が認められる。そして,粉末X線回折測定法において一つの回折ピークによって検量線を作成することで十分か否かについてはおくとしても,原判決添付別紙1の3記載の粉末X線回折測定法の原理に照らすと,複数の回折ピークで検量線を作成し得る場合には,そのうちに特に信頼性の低いものが含まれていない限り,すべての検量線についてほぼ同一の定量分析結果になるべきものである。しかるところ,控訴人らは,7.7度の回折ピークがバックグラウンドの影響が最も小さいから,これによるべきであると主張するが,その主張は必ずしも明確ではなく,かえって,甲31によると,どの回折角でも同程度にバックグラウンドの影響を受けると考えるのが相当である。また,乙10の2によると,結晶形塩酸ニカルジピンの配合割合を変えた6種の標準混合末と控訴人製剤,それと100%結晶形塩酸ニカルジピンのいずれの試料においても,22.5度の回折ピークは最も回折強度の強いものとして現われており,この結果は,各試料ごとに3回の測定を繰り返しても再現性があることからすれば,22.5度の回折ピークデータが信頼できないとはいい難い。
そうすると,乙7,10に基づく粉末X線回折測定法による控訴人製剤の分析結果を採用することはできない。
エ また,被控訴人は,乙7,10の検量線作成のための試料は,結晶形塩酸ニカルジピンと控訴人製剤に使用されている賦形剤とを混合割合を変えて調整した試料を用いているが,同賦形剤中には一定割合で軽質無水ケイ酸が含まれているから,各試料によって配合されている軽質無水ケイ酸の量に差異が生じるところ,粉末X線回折測定法のために試料を粉末化する際には,メノウ乳鉢で均一に混合しており,そのため軽質無水ケイ酸によって結晶形塩酸ニカルジピンの一部が無定形化することになるから,軽質無水ケイ酸の配合量が異なる試料によって得られた検量線には信頼性がないと主張する。
そして,甲22によれば,結晶形塩酸ニカルジピンの配合量は一定(約30%)とし,軽質無水ケイ酸の配合量を変化させた複数の試料(試料全体の重量を一定とするために残りはCMECを配合して調整する。)について粉末X線回折測定法を実施して7.7度の回折ピークのX線回折強度を調べたところ,軽質無水ケイ酸の配合量が多いものほどX線回折強度が弱くなったことが認められる。
これに対し,控訴人らは,乙13を根拠として,結晶形塩酸ニカルジピンと控訴人製剤に使用されている賦形剤(軽質無水ケイ酸を含む。)の2成分系について,各X線吸収係数の相違のみを考慮した理論的検量線を作成した場合,乙10における7.7度及び13.9度の各検量線は,上記の理論的検量線に実験誤差の範囲内で一致しているから,軽質無水ケイ酸による結晶形塩酸ニカルジピンの無定形化は起こっていない旨主張し,さらに,乙14を根拠として,軽質無水ケイ酸の配合量が多いほどX線回折強度が低下するのは,軽質無水ケイ酸のX線吸収係数が結晶形塩酸ニカルジピンに比べて大きいことによるものであり,粉末X線回折測定法について,結晶形塩酸ニカルジピン,軽質無水ケイ酸及びその他の賦形剤の3成分から成る系について各成分のX線吸収係数の相違のみに基づく理論的検量線を作成したところ,甲22の実験結果は上記の理論的検量線とよく適合するから,甲22を根拠として乙7及び乙10の信頼性を否定することはできないと主張する。
しかし,甲32によれば,各物質のX線吸収係数は各物質の組成によって一定であるところ,結晶形塩酸ニカルジピンの配合量を一定(約30%)とし,同じSiO2の組成を持つ物質として軽質無水ケイ酸と石英砂の各場合について,配合量を調整した複数の試料(残りはCMECを配合して全体の量を一定とする。)を対象として粉末X線回折測定法を実施し,7.7度及び13.9度の回折ピークにおけるX線回折強度を測定したところ,SiO2を含んでいない試料(結晶形塩酸ニカルジピン30%とCMEC70%の混合試料)のX線回折強度(これを1とする。)と比較した場合,図2のとおり各試料ともSiO2を多く含むほどX線回折強度が低下することが認められるが,加えて,石英砂を含む場合よりも軽質無水ケイ酸を含む場合の方が低下の程度が大きくなったことが認められる。そして,このような差異はすべての配合割合の試料において一貫しており,差異の程度も小さくはないから,甲32の実験結果は信頼できるものといえる。
控訴人らは,X線吸収係数の影響のみを前提とした理論的検量線(乙14)を勘案すると,甲32における軽質無水ケイ酸を配合した試料のX線回折強度の低下のうちのほとんどはX線吸収係数の影響によるものであり,理論的検量線によって導かれる以上の低下分はわずかであると主張する。しかし,もし控訴人ら主張のとおりであるならば,軽質無水ケイ酸と石英砂が同じSiO2の組成を持つ以上,粉末X線回折測定法におけるX線吸収係数は等しくなり(甲32),軽質無水ケイ酸を使用した試料のX線回折強度の低下率と石英砂を使用した試料の同低下率との間には差異が生じないはずであるが,実際には上記のとおり両者の間に実験誤差とは考え難い顕著な差異が生じているのであるから,石英砂の場合との差異を視野の外に置いて,理論的検量線によるX線回折強度の低下率と軽質無水ケイ酸の場合の同低下率のみを比較する控訴人らの主張は採用することができない。
そして,甲32において軽質無水ケイ酸の場合と石英砂の場合とでX線回折強度に差異が生じた原因については,X線吸収係数の差で説明できるものではなく,先に融解熱DSC測定法について述べたとおり,結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸によって一部無定形化したことによるものと考えるのが合理的である。したがって,そのことを考慮していない控訴人ら主張の理論的検量線は採用することができず,その検量線に合致していることを理由に乙7,10に基づく検量線が信頼できるとする控訴人らの主張も採用することはできない。
なお,控訴人らは,乙14において理論的に割り出された相対強度曲線と,甲32において実測された軽質無水ケイ酸の共存量増加に対応して減少していく実測X線回折強度の平均値がよく一致する旨指摘し,粉末X線回折測定法によるX線回折強度の変化が結晶形塩酸ニカルジピンの存在量とよく相関し,定量性が支持され,軽質無水ケイ酸と石英砂とにおけるX線回折強度の差異は,わずかなものにすぎないと主張するが,上記控訴人ら指摘の点が有意なものと直ちに判断することはできず,また,甲32により認められる軽質無水ケイ酸と石英砂とにおけるX線回折強度の差異について,これをわずかなものとして無視し得ないことは前記のとおりである。
オ 以上のとおり,粉末X線回折測定法の結果(乙7,10)に基づいて,融解熱DSC測定法に基づく結果(甲6)の信頼性を覆すことはできない。
(5) 偏光顕微鏡観察法による検討について 原判決「事実及び理由」中の「第4 争点に対する当裁判所の判断」の「5 争点(2)(被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピン量)のうちの偏光顕微鏡観察法による検討について」(47頁11行目から49頁下より7行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(6) 被控訴人製品の効能書による検討について 原判決「事実及び理由」中の「第4 争点に対する当裁判所の判断」の「6 争点(2)(被告製剤中に含有されている無定形塩酸ニカルジピン量)のうちの原告製品の効能書による検討について」(49頁下より4行目から50頁6行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。
(7) 侵害論のまとめ 以上によれば,結局,前記(1)ケのとおり,控訴人製剤中には,結晶形塩酸ニカルジピンが軽質無水ケイ酸に吸着される場合の吸着熱が控訴人ら主張のとおりであると仮定しても,最低でも15.7%以上の無定形塩酸ニカルジピンが含有されているものと認められる。証人Iの証言は,この認定を覆すに足りず,他にこの認定を左右するに足りる証拠もない。そして,無定形塩酸ニカルジピンが15.7%以上含まれていれば,その量が極微量で本件発明の作用効果を生じない程度のものであるとはいえない。
ちなみに,控訴人製剤中に含まれる無定形塩酸ニカルジピンの割合として,別紙の1(2)アの25.2%がより実体に近いものと考えられることは,前記(1)ケのとおりである。
したがって,控訴人製剤は,本件発明の技術的範囲に属する。
3 争点(3)(損害及び不当利得の額)について 当裁判所も,被控訴人の控訴人らに対する請求は,控訴人大正薬品に対し,1億1318万2000円及び内金1億0622万8000円について平成11年4月22日から,内金695万4000円について平成13年3月15日から各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を,また,控訴人日清キョーリンに対し,2000万円及びこれに対する平成11年4月22日から支払済みまで上記割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものと判断する。
その理由は,原判決「事実及び理由」中の「第4 争点に対する当裁判所の判断」の「9 争点(3)(損害及び不当利得の額)について」(51頁10行目から59頁14行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 そのほか,原審及び当審における当事者提出の各準備書面記載の主張に照らし,原審及び当審で提出された全証拠を改めて精査しても,前記1ないし3の認定判断を左右するほどのものはない。
結論
以上の次第で,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(平成14年11月13日口頭弁論終結)
追加
別紙1結晶形塩酸ニカルジピンの吸着熱が14J/gとした場合(1)甲第6号証の1表2記載の実験により得られた測定値による場合ア第1回の実験の測定値による場合結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は85.08J/gであり,吸着熱が14J/gであるとすると,結晶形塩酸ニカルジピンにつき実測される(換言すれば,見かけ上の)1g当たりの融解吸熱量は,71.08J/g(71.08J/g=85.08J/g-14J/g)である。
第1回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.416mgであり,実測された融解吸熱量は63.47mJであるが,前記のとおり軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は68.32mJ(68.32mJ=63.47mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,48.24J/g(48.24J/g=68.32mJ÷1.416mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,67.8%(0.678=48.24J/g÷71.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は32.2%(32.2%=100%-67.8%)と算出される。
イ第2回の実験の測定値による場合第2回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.459mgであり,実測された融解吸熱量は66.87mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は71.98mJ(71.98mJ=66.87mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,49.33J/g(49.33J/g=71.98mJ÷1.459mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,69.4%(0.694=49.33J/g÷71.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は30.6%(30.6%=100%-69.4%)と算出される。
ウ第3回の実験の測定値による場合第3回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.445mgであり,実測された融解吸熱量は63.58mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は68.43mJ(68.43mJ=63.58mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,47.35J/g(47.35J/g=68.43mJ÷1.445mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,66.6%(0.666=47.35J/g÷71.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は33.4%(33.4%=100%-66.6%)と算出される。
(2)甲第6号証の2表2記載の実験により得られた測定値による場合ア第1回の実験の測定値による場合第1回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.416mgであり,実測された融解吸熱量は70.01mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は75.36mJ(75.36mJ=70.01mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,53.22J/g(53.22J/g=75.36mJ÷1.416mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,74.8%(0.748=53.22J/g÷71.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は25.2%(25.2%=100%-74.8%)と算出される。
イ第2回の実験の測定値による場合第2回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.433mgであり,実測された融解吸熱量は69.05mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は74.32mJ(74.32mJ=69.05mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,51.86J/g(51.86J/g=74.32mJ÷1.433mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,72.9%(0.729=51.86J/g÷71.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は27.1%(27.1%=100%-72.9%)と算出される。
ウ第3回の実験の測定値による場合第3回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.408mgであり,実測された融解吸熱量は66.88mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は71.99mJ(71.99mJ=66.88mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,51.12J/g(51.12J/g=71.99mJ÷1.408mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,71.9%(0.719=51.12J/g÷71.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は28.1%(28.1%=100%-71.9%)と算出される。
2結晶形塩酸ニカルジピンの吸着熱が22J/gとした場合(1)甲第6号証の1表2記載の実験により得られた測定値による場合ア第1回の実験の測定値による場合結晶形塩酸ニカルジピンの融解吸熱量は85.08J/gであり,吸着熱が22J/gであるとすると,結晶形塩酸ニカルジピンにつき実測される(換言すれば,見かけ上の)1g当たりの融解吸熱量は,63.08J/g(63.08J/g=85.08J/g-22J/g)である。
第1回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.416mgであり,実測された融解吸熱量は63.47mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は68.32mJ(68.32mJ=63.47mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,48.24J/g(48.24J/g=68.32mJ÷1.416mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,76.4%(0.764=48.24J/g÷63.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は23.6%(23.6%=100%-76.4%)と算出される。
イ第2回の実験の測定値による場合第2回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.459mgであり,実測された融解吸熱量は66.87mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は71.98mJ(71.98mJ=66.87mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,49.33J/g(49.33J/g=71.98mJ÷1.459mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,78.2%(0.782=49.33J/g÷63.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は21.8%(27.4%=100%-78.2%)と算出される。
ウ第3回の実験の測定値による場合第3回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.445mgであり,実測された融解吸熱量は63.58mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は68.43mJ(68.43mJ=63.58mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,47.35J/g(47.35J/g=68.43mJ÷1.445mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,75.0%(0.750=47.35J/g÷63.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は25.0%(25.0%=100%-75.0%)と算出される。
(2)甲第6号証の2表2記載の実験により得られた測定値による場合ア第1回の実験の測定値による場合第1回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.416mgであり,実測された融解吸熱量は70.01mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は75.36mJ(75.36mJ=70.01mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,53.22J/g(53.22J/g=75.36mJ÷1.416mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,84.3%(0.843=53.22J/g÷63.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は15.7%(15.7%=100%-84.3%)と算出される。
イ第2回の実験の測定値による場合第2回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.433mgであり,実測された融解吸熱量は69.05mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は74.32mJ(74.32mJ=69.05mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,51.86J/g(51.86J/g=74.32mJ÷1.433mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,82.2%(0.822=51.86J/g÷63.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は17.8%(17.8%=100%-82.2%)と算出される。
ウ第3回の実験の測定値による場合第3回の実験によれば,検定試料中の塩酸ニカルジピンの総量は1.408mgであり,実測された融解吸熱量は66.88mJであるが,軽質無水ケイ酸以外の賦形剤による影響で吸熱量が7.1%程度低下するから,実際の融解吸熱量は71.99mJ(71.99mJ=66.88mJ÷(1-0.071))となる。したがって,検定試料中の塩酸ニカルジピンの1g当たりの融解吸熱量は,51.12J/g(51.12J/g=71.99mJ÷1.408mg)である。
そうすると,検定試料中に含まれる結晶形塩酸ニカルジピンの割合は,81.0%(0.810=51.12J/g÷63.08J/g)と算出され,無定形塩酸ニカルジピンの割合は19.0%(19.0%=100%-81.0%)と算出される。
裁判長裁判官 竹原俊一
裁判官 小野洋一
裁判官 西井和徒