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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ25043特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成14ワ10511特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成16ワ8682損害賠償請求事件 判例 特許
平成12ワ9657特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ8435特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  技術的範囲 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  分割出願 /  優先日 /  対象製品 /  出願経過 /  数値限定 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  同意 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 4251号 特許権侵害差止請求事件
原告 東和化成工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 田中成志
同 平出貴和
同 板井典子
同補佐人弁理士 廣田雅紀
同 小澤誠次
被告 上野製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 吉澤敬夫
同 牧野知彦
同補佐人弁理士 大島正孝
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/06/17
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙イ号製品目録(1)及び(2)記載の各製品を輸入し,販売し,又は販売の申出をしてはならない。
2 被告は,その占有にかかる別紙イ号製品目録(1)及び(2)記載の各製品を廃棄せよ。
事案の概要
1 争いのない事実等 (1) 原告は,食品添加物,糖類加工食品等の製造,販売及び輸出入等を業とする株式会社である。
被告は,医薬品,食品添加物及び工業薬品等の製造販売並びに医薬品,食品添加物等の輸出入及び売買等を業とする株式会社である。
(2)ア 原告は,次の特許権(以下「甲特許権」という。)を有している。
発明の名称 マルチトール含蜜結晶 特 許 番 号 特許第3166102号 登 録 日 平成13年3月9日 出 願 番 号 特願平8-48453号 出 願 日 平成3年5月23日 優先権主張番号 特願平2-164148 優 先 日 平成2年6月25日(日本) 優先権主張番号 特願平3-53211 優 先 日 平成3年2月26日(日本) イ 甲特許権に係る明細書(以下「甲特許明細書」という。以下,その特許公報(甲2)を「甲特許公報」という。)に記載された特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この特許発明を「甲発明」という。)。
「a)粉砕,分級後のものが,走査型電子顕微鏡で1000倍の倍率で見ることのできる,破砕された,密な結晶構造をもち, b)粉砕,分級後の50メッシュ以上20メッシュ以下の含蜜結晶粉末の見掛け比重が0.650〜0.750, c)粉砕,分級後の50メッシュ以上20メッシュ以下の含蜜結晶粉末の吸油性が7.0%〜17%であり, d)融点がマルチトール結晶よりも低い,マルチトール含蜜結晶。」 ウ 甲発明の構成要件は,次のとおり分説される(以下,それぞれを「構成要件A」のようにいう。)。
A 粉砕,分級後のものが,走査型電子顕微鏡で1000倍の倍率で見ることのできる,破砕された,密な結晶構造をもち, B 粉砕,分級後の50メッシュ以上20メッシュ以下の含蜜結晶粉末の見掛け比重が0.650〜0.750, C 粉砕,分級後の50メッシュ以上20メッシュ以下の含蜜結晶粉末の吸油性が7.0%〜17%であり, D 融点がマルチトール結晶よりも低い, E マルチトール含蜜結晶。
(3)ア 原告は,次の特許権(以下「乙特許権」という。)を有している。
発明の名称 マルチトール含蜜結晶の製造方法 特 許 番 号 特許第2132273号 登 録 日 平成9年9月26日 出 願 番 号 特願平3-509213号 出 願 日 平成3年5月23日 優先権主張番号 特願平2-164148 優 先 日 平成2年6月25日(日本) 優先権主張番号 特願平3-53211 優 先 日 平成3年2月26日(日本) 出願公告番号 特公平7-14953号 公 告 日 平成7年2月22日 イ 乙特許権に係る明細書(手続補正書により補正されたもの。以下「乙特許明細書」という。以下,その特許公報(甲4の1及び2)を「乙特許公報」という。)に記載された特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この特許発明を「乙発明」という。)。
「マルチトール含蜜結晶を製造するに際し,マルチトール水溶液を細長い冷却・混練ゾーンを有する押出し機に連続的に供給し,種結晶の存在下で冷却・混練してマルチトールマグマを生成させた後,押出しノズルから連続的に押出すことを特徴とする,マルチトール含蜜結晶の製造方法。」 ウ 乙発明の構成要件は,次のとおり分説される(以下,それぞれを「構成要件F」のようにいう。)。
F マルチトール含蜜結晶を製造するに際し, G マルチトール水溶液を細長い冷却・混練ゾーンを有する押出し機に連続的に供給し, H 種結晶の存在下で冷却・混練してマルチトールマグマを生成させる I その後,押出しノズルから連続的に押出す J ことを特徴とする,マルチトール含蜜結晶の製造方法
(4) 被告は,製品名を「MS-17」とするマルチトール含有砂糖調整品及び製品名を「MU-90P」とする粉末還元麦芽糖水飴(以下,併せて「被告製品」という。)を輸入し,販売及び販売の申出をしている(甲46)。
「MS-17」は,マルチトールを17.0重量%,砂糖を83.0重量%含有するものである。「MS-17」に含有される粉末マルチトールの組成は,ソルビトール約6%,マルチトール約90%,マルトトリイトール及びそれ以上の重合度の糖アルコール約4%である。
「MU-90P」の組成は,ソルビトール4〜6重量%,マルチトール88〜92重量%,マルトトリイトール1〜2重量%,その他(重合度4以上の還元オリゴ糖)3〜4重量%である(甲46)。
被告製品の融点は,いずれもおおよそ139.4℃である。
(5) 被告製品は,甲発明の構成要件D及びEを充足する。
被告製品に含有されるマルチトールの製法(以下「被告方法」という。)は,乙発明の構成要件F,G,I及びJを充足する。
2 本件は,甲特許権及び乙特許権を有している原告が,被告に対し,被告製品が含有するマルチトール含蜜結晶は,甲発明の技術的範囲に属し,被告製品の製法は,乙発明の技術的範囲に属するから,被告製品の輸入,販売及び販売の申出は,甲特許権及び乙特許権を侵害すると主張して,被告製品の輸入,販売及び販売の申出の差止め並びに廃棄を請求する事案である。
争点及びこれに関する当事者の主張
1 争点 (1) 被告製品が,甲発明の技術的範囲に属するかどうか。
構成要件Aの「密な結晶構造」を充足するか。
構成要件Bの「見掛け比重が0.650〜0.750」を充足するか。
構成要件Cの「吸油性が7.0%〜17%」を充足するか。
(2) 被告方法が,乙発明の技術的範囲に属するかどうか。すなわち,構成要件Hの「種結晶の存在下で」を充足するか。
2 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1)アについて 〔原告の主張〕 構成要件Aの「密な結晶構造」とは,従来方法により得られたものとの比較により,孔又は隙間が小さいものを指しているのであり,表面が滑らかであることや,ポーラス(多孔質)な部分を持たずに結晶同士が密着している状態を要件とするものではない。
被告製品の含有する粉末マルチトールは,甲第7,35,36,72及び73号証のとおり,走査型電子顕微鏡で見ると,従来の製造方法であるバット法により得られた製品に比較し,表面が破断面により構成された,孔の少ない密な結晶構造を有する。すなわち,従来のバット法により得られた製品が,不規則な断面により覆われた微細な固体が結合,融合した集合体で,凹凸や孔が多く存在するのに対し,被告製品は,凹凸や孔が非常に少ない密な結晶である。
したがって,被告製品は構成要件Aを充足する。
〔被告の主張〕 構成要件Aに規定された結晶構造とは,甲特許明細書の【図1】(b)に示されたような,表面が滑らかでポーラス(多孔質)な部分を持たずに結晶同士が密着した結晶構造を指す。
被告製品が含有する粉末マルチトールは,明白にポーラス(多孔質)な結晶構造を有し,「ポーラスな部分を持たずに結晶同士が密着している状態」とはいえない。
したがって,被告製品は構成要件Aを充足しない。
(2) 争点(1)イについて 〔原告の主張〕 糖アルコールの代表例であるソルビトールの品質の標準は日本工業規格JISであり,その性質の測定方法についてもJISに規格する方法(JIS法)が採用されている。そして,ソルビトールとマルチトールとは同じく糖アルコールの技術分野に属し,マルチトールの見掛け比重の測定は,ソルビトールの測定方法であるJIS法によって行われてきた。我が国における粉末マルチトールの唯一の生産業者であり,マルチトールの業界標準の地位を占めていた原告は,マルチトールの測定方法としてJIS法を採用し,それを社外的にも明らかにして取引をしてきた。甲特許明細書において,従来品の見掛け比重を測定した数値が「0.43〜0.59程度」であるのに対し,ホソカワミクロン株式会社のパウダーテスターによる測定方法(パウダーテスター法)によれば「0.613」と相違していることは,その見掛け比重の測定方法が,パウダーテスター法による測定値ではなく,JIS法による数値であることを裏付けるものである。パウダーテスター法を用いるのは,安息角やスパチュラ角等の測定値が必要な場合であり,特にこれらの測定値を求める必要がない通常の場合には,従来からJIS法が用いられてきたのである。よって,JIS法は,糖アルコールの標準的測定方法である。
甲第7,8の1,72及び73号証のとおり,被告製品の含有する50メッシュ以上20メッシュ以下のマルチト-ル含蜜結晶粉末のゆるみ見掛け比重をJISかさ比重測定装置(JIS K 6721)で測定したところ,「0.650〜0.750」の範囲内であった。
したがって,被告製品は構成要件Bを充足する。
〔被告の主張〕 甲特許明細書には,「なお,比重の測定は,従来より知られた方法で行うことができる。」と記載されているだけで,見掛け比重の定義や具体的測定方法は記載されていないので,JIS法で測定する根拠がない。原告の主張するJIS K 6721による測定方法は,甲特許権の優先権主張日前にマルチトールの見掛け比重の測定方法として知られておらず,甲発明の数値測定の基準となり得ない。
甲特許権の優先権主張日前にマルチトールの見掛け比重の測定方法として唯一知られていたパウダーテスター法により被告製品を測定したところ,その見掛け比重は甲発明の数値範囲にはない0.750を超える値であった。
したがって,被告製品は構成要件Bを充足しない。
(3) 争点(1)ウについて 〔原告の主張〕 甲第7,8の2,72及び73号証のとおり,甲特許明細書記載の方法に忠実に従って,被告製品の含有する50メッシュ以上20メッシュ以下のマルチト-ル含蜜結晶粉末15gとヒマシ油15gをスパチュラを用いて撹拌混合した後に静置し,撹拌混合を開始して5分経過した後に,200メッシュの濾布を敷いた底部孔開き遠沈管(内管)に移し入れ,遠心管(外管)に収納して3100rpm(約1300G)で10分間遠心分離後,分離した後のケーキ(吸油後の試料)重量を測定して,測定値の平均値から吸油率を算出したところ,「7.0%〜17%」の範囲内であった。
なお,被告の測定方法は,対象試料が明らかではなく,粉体が濾布の表面に擦れて破砕してしまい,目の粗い濾布を使っている点において問題がある。
したがって,被告製品は構成要件Cを充足する。
〔被告の主張〕 甲特許明細書には,吸油率について,「ヒマシ油を粉末試料15gに加えて混合し,5分後,濾布を敷いた遠沈管(底に孔のあるもの)に移し,1300Gで10分間遠心分離し,濾布上に残ったケーキの重量を測定し,次式により計算した。」と記載されている。被告が上記明細書記載の方法に従い,混合後5分間静置して,80メッシュの濾布を使用し,被告製品が含有する粉末マルチトールの吸油性を測定した結果,7.0%を下回る値であった。
したがって,被告製品は構成要件Cを充足しない。
(4) 争点(2)について 〔原告の主張〕 系内で発生させた結晶核も,系外から添加した結晶核も,新たな結晶核の発生を促す役目を果たす結晶は,いずれも種結晶と称されている。また,乙特許明細書においても,種結晶の添加が要件とはされておらず,実施例には経済効率のよい,種結晶を添加する場合を記載したにすぎないから,構成要件Hの「種結晶の存在下で」とは,系外から種結晶を添加する場合だけではなく,系内で種結晶を発生させる場合を含む。
被告方法は,別紙ロ号方法目録記載のとおりの構成を有している。工業生産には種結晶の添加が不可欠であって,同目録(B)のとおりマルチトールの種結晶を添加している場合は,構成要件Hを充足することは明らかである。同目録(A)のとおりマルチトールの種結晶を添加していない場合であっても,水の添加という異物質・濃度勾配・温度勾配を利用し,粉末マルチトールの結晶生成のための核を発生させているから,これが種結晶に該当する。
したがって,被告方法は,同目録(A)及び(B)のいずれも構成要件Hを充足する。
〔被告の主張〕 乙特許明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の全記載を詳細に検討してみても,「種結晶の存在下で」とは,種結晶を「添加」,「導入」又は「供給」することのみを意味し,系内で自然発生的に結晶が発生する場合を包含しない。また,工業的な技術用語としての「種結晶」なる用語の普通の意味は,系外から添加する結晶を意味するところ,乙特許明細書には,「種結晶」をこのような用語の普通の意味と異なった意味に定義した箇所はなく,むしろ普通の意味どおりに用いた記載のみしか存在しない。さらに,原告は,乙特許の出願経過において,「種結晶の存在下で」とは,「種結晶の添加」を意味することを明言し,乙特許の無効審判事件において,マンニットや砂糖などのマルチトール以外の糖類を用いたものは,種結晶の存在を前提とする乙発明と無関係であると主張しており,乙発明の「種結晶」には同種の結晶以外の要素を加えて結晶を発生させることを含まない。以上のとおり,構成要件Hの「種結晶の存在下で」とは,この種結晶を系外から添加して結晶化を誘起することをいうものである。
しかし,被告方法は,別紙ロ号方法目録(A)記載の構成のみを有し,系外から種結晶の添加を行っていない。
したがって,被告方法は構成要件Hを充足しない。
当裁判所の判断
1 甲発明及び乙発明について 前記争いのない事実に証拠(甲2,4の1及び2,9,乙19)を総合すれば,次の事実が認められる。
(1) マルチトール(還元麦芽糖)とは,マルトース(麦芽糖)に水素添加という処理を施して安定化させた還元糖であり,糖アルコールの一種である。
マルチトール含蜜結晶の製造方法として,従来,ブロック粉砕方法等が紹介されていたが,従来方法により製造されたマルチトール含蜜結晶は,50メッシュ以上20メッシュ以下の粉末にした場合の見掛け比重が0.43ないし0.59程度でソルビトール等の他の糖アルコールに較べて軽く,吸油性が15ないし22%と高く,走査型電子顕微鏡で1000倍程度の倍率で観察したときには比較的疎な多孔質の結晶構造をもったものであり,その物理的性質において多くの問題を有していた。例えば,従来方法により製造されたマルチトール含蜜結晶は,次のような問題を有していた。
@ 見掛け比重が軽いため,容積がかさみ,他の糖アルコール用の包装材料や包装容器を用いると,本来一定量の品物が入るはずの容器に入りきらないので,専用の包装材料や包装容器が必要であり,また,貯蔵や運搬の際にも大きな場所や運搬具が必要である。
A 粉末が軽いため,微粉末の飛散が生じやすく,用途が制限される。
B 結晶の構造が疎であるため,直接打錠した場合に錠剤の硬度が不足しがちになる。
また,ブロック粉砕方法は,次のような問題を有していた。
@ 工程が繁雑で各工程の時間が長い。
A そのため,結晶化途中の仕掛品を大量に保管する容器や場所が必要である。
B 工程途中での保存の際には衛生上の配慮や設備,建屋等が必要である。
C 各工程は人手のかかるものが多く,自動化や省力化が困難である。
したがって,これらの様々な問題を解決した,従来の物理的性質が改善されたマルチトール含蜜結晶及びその製造方法の開発が望まれていた。
(2) 原告は,平成3年5月23日(平成2年6月25日及び平成3年2月26日優先権主張),これらの課題を解決するため,マルチトール含蜜結晶及びその製造方法について特許出願をした(乙発明に係る特許出願)。
原告は,その後,甲発明を,「マルチトール含蜜結晶」の発明として乙発明から分割出願し,乙発明を,「マルチトール含蜜結晶の製造方法」と補正し,甲発明及び乙発明が,それぞれ,特許登録されたものである。
(3) 甲発明は,密な結晶構造をもち,比重や吸油性に優れるという,物性の改良されたマルチトールに関する特許発明である。
甲発明の作用効果は,次のとおりである。
すなわち,甲発明による物性の改良されたマルチトール含蜜結晶は,従来方法によって得られたマルチトール含蜜結晶と比較して1000倍の倍率で見ることができる,破砕された比較的密な結晶構造であり,見掛け比重が重く,他の糖アルコールであるソルビトール等と同程度であり,吸油性が少ない。したがって, @ 容積がかさむことなく,専用の包装材料や包装容器を必要とせず,他の糖アルコール用の包装材料や包装容器を用いることができ,貯蔵や運搬の際にも大きな場所や運搬具を必要としない。
A 粉末が重いので微粉末の飛散が生じ難く,各種用途に利用できる。
B 結晶の構造が密なので,直接打錠した場合に錠剤の硬度に優れている。
なお,甲発明の特許請求の範囲に記載された「50メッシュ以上20メッシュ以下」とは,20メッシュの篩目を通過し,50メッシュの篩目を通過しない大きさのものをいう。また,「見掛け比重」とは,近時,かさ比重とも呼ばれるようになったが,実質以外の空間がその物体の構成要素をなしている多孔質な物体や粉体,粒体についての比重をいい,{(試料の入った受器の質量)-(受器の質量)}÷(受器の内容積)の式によって求められる。さらに,「吸油性」は,粉末を構成する粒子が疎である(粒子に孔が数多く開いているため油を吸う量が多い)か,密である(粒子に孔が少ないため油を吸う量が少ない)かを数値で表すものである。
(4) マルチトール含蜜結晶の製造方法についての特許発明である乙発明は,マルチトール含蜜結晶を製造するに際し,マルチトール水溶液を細長い冷却・混練ゾーンを有する押出し機に連続的に供給し,種結晶の存在下で冷却・混練してマルチトールマグマを生成させた後,押出しノズルから連続的に押し出すことを特徴とするものである。
乙発明によるマルチトール含蜜結晶の製造方法によれば,従来方法によって得られたマルチトール含蜜結晶と比較して1000倍の倍率で見ることができる,破砕された比較的密な結晶構造であり,見掛け比重が重く,他の糖アルコールであるソルビトール等と同程度であり,吸油性が少ない物性の改良されたマルチトール含蜜結晶を製造することができる。
このマルチトール含蜜結晶は,前記(3)@ないしBの利点を有する。
また,極めて短い時間で,かつ人手の掛からない簡素な工程で上記のような物性の改良されたマルチトール含密結晶を製造することが可能になり,これにより,仕掛品の保管場所や保管容器を大幅に省くことが可能になり,工程の自動化も容易になる。
(5) そして,乙発明に係る製造方法によって得られた,物性の改良された甲発明に係るマルチトール含蜜結晶と,従来方法によって得られたマルチトール含蜜結晶とを比較すると,次のとおりの相違があった。
典型的な走査型電子顕微鏡によって,両者を倍率200倍,倍率1000倍でそれぞれ写真撮影した。甲特許明細書の【図1】は,甲発明及び乙発明に係る製品の電子顕微鏡写真で,(a)は倍率200倍の写真であり,(b)は倍率1000倍の写真である。同【図2】は,従来品の電子顕微鏡写真で,(a)は倍率200倍の写真であり,(b)は倍率1000倍の写真である。甲発明及び乙発明に係るマルチトール含蜜結晶は,従来方法によって得られたマルチトール含蜜結晶と比較して1000倍の倍率で見ることができる,破砕された比較的密な結晶構造である。
また,両者について,50メッシュ以上20メッシュ以下の粒径範囲の試料を取り出してそれぞれ用意し,見掛け比重及び吸油率を各々測定したところ,甲発明及び乙発明に係るマルチトール含蜜結晶は,従来方法によって得られたマルチトール含蜜結晶より,見掛け比重が重く,他の糖アルコールであるソルビトール等と同程度であり,吸油性が少ない。
2 争点(1)アについて (1) 「密な結晶構造」の意義 ア 甲特許明細書の記載は,次のとおりである(甲2)。
特許請求の範囲の記載は,「粉砕,分級後のものが,走査型電子顕微鏡で1000倍の倍率で見ることのできる,破砕された,密な結晶構造をもち」であるところ(構成要件A),甲特許明細書には,「密な結晶構造」の定義や具体的意義についての記載はない。
甲特許明細書の発明の詳細な説明には,従来のマルチトール含蜜結晶について,「比較的疎な多孔質の結晶構造をもったものであった」こと(甲特許公報第4欄36行)及び「結晶の構造が疎であるため,直接打錠した場合に錠剤の硬度が不足しがちになる」こと(同第5欄2行)が記載され,また,甲発明に係るマルチトール含蜜結晶について,「従来品より比較的密な結晶構造であることが確認できる」こと(同第14欄27行),「マルチトール結晶の成長方向が揃っているので直接打錠した場合にも硬度の高い錠剤を得ることができる等の圧縮特性に優れている」こと(同第9欄49行),「従来方法によって得られたマルチトール含蜜結晶と比較して1000倍の倍率で見ることができる,破砕された比較的密な結晶構造」であること(同第15欄4行),「結晶の構造が密なので,直接打錠した場合に錠剤の硬度に優れている」こと(同第15欄15行)が記載されている。
また,甲特許明細書の図面の簡単な説明には,図面代用写真が添付され,【図1】(b)は,走査型電子顕微鏡により倍率1000倍で見た甲発明に係る乾燥,粉砕,分級後の粉末状のマルチトール含蜜結晶の写真であり,【図2】(b)は,走査型電子顕微鏡により倍率1000倍で見た従来品の写真であって,いずれも,15kVの電子線で撮影されたものである。両者を比較すると,従来品のマルチトール含蜜結晶の表面は,塊状物が寄り集まって融合したかのような多数の凹凸からなる多孔質な構造であるのに対し,甲発明に係るマルチトール含蜜結晶の表面は,比較的平坦で凹凸があまりない構造であるということができる。
イ さらに,甲発明の出願経過等について,次の事実が認められる。
原告は,甲特許の出願過程で拒絶理由通知書に対して意見書(乙1)を提出し,「ここで,『密な結晶構造』とは,本願の図1からも明らかな通り,ポーラスな部分を持たずに結晶同士が密着している状態を指すものであります。」と述べた。そして,同意見書に添付された写真においても,従来品がごつごつした塊状物が寄り集まった多孔質な構造であるのに対し,甲発明に係るマルチトール含蜜結晶は,表面が平坦で凹凸があまりなく,多孔質な部分を持たない構造である。
なお,原告は,甲特許に対する異議申立て手続において,取消理由通知に対し特許異議意見書(甲47の1)を提出し,「『密な結晶構造』とは・・・あくまで従来方法により得られたものとの『比較』によるものであり,従来法であるバット法等によって得られたマルチトール含蜜結晶と比較して,孔または隙間が小さいものを『密な』と表現している」と主張した。
ウ なお,ポーラス(多孔質)とは,粒子,塊など固体の大きさを問わず,その内部や表面に大小さまざまな孔をもつことをいうものである(乙36,37)。
エ 以上によれば,構成要件Aの「密な結晶構造」とは,多孔質な部分を持たずに結晶同士が密着している状態を意味するものと解される。そして,これは,比較的疎な多孔質の結晶構造をもった従来品と比較して,甲特許明細書に添付された【図1】(b)の写真で示されたような結晶構造を持つことを意味するものである。
(2) 被告製品の「密な結晶構造」の有無 ア 走査型電子顕微鏡により倍率1000倍で見た被告製品の写真(乙2,43)によれば,被告製品のマルチトール含蜜結晶の表面は,全体に凹凸があって多孔質な部分を持ち,結晶同士は密着せずにごつごつした塊状物が集合した構造であって,甲特許明細書に添付された【図1】(b)の写真とは異なる構造であるといわざるを得ない。これは,結晶のごく一部にポーラスな部分が存在するといった程度のものではなく,これをもって多孔質な部分を持たずに結晶同士が密着している状態ということはできない。
したがって,被告製品は,「密な結晶構造」を有するということはできず,構成要件Aを充足しない。
イ 原告は,甲第7号証添付の写真をもって,被告製品は,表面が破砕された不規則な面により構成され,凹凸や孔の少ない密な結晶構造である旨主張する。
しかし,甲第7号証添付の写真によれば,倍率1000倍に拡大して撮影されたマルチトール含蜜結晶の中央部分は,倍率500倍の写真で見ると,周辺部と異なって黒っぽくなっており,何らかの原因で変形したか,何かが付着しているように見える。そして,黒っぽくなっていない周辺部分は,乙第2号証の写真に撮影されたものと形状にそれほど差異が見られない。
甲第7号証添付の写真の対象物は,原告が,被告が実際に販売している被告製品から無作為に1sを取り出し(甲5の1ないし3),これを20メッシュの篩(篩目の開き0.84o,JIS Z 8801)及び50メッシュの篩(篩目の開き0.297o,JIS Z 8801)を用いて,粒径50メッシュ以上20メッシュ以下(0.297oないし0.84oのもの)の粉末を採取し,その中からマルチトールを主成分とする白濁粒子をピンセットを用いて全粒選り分けて分析対象試料としたものである(以下「原告対象試料1」という。)。そして,この選り分けた原告対象試料1の中には,依然として砂糖が5.86%含まれる(甲7)。すなわち,原告の分析した原告対象試料1は,被告製品の製造過程において砂糖混合工程(甲6の1及び2)以降の影響を受けた「マルチトール含蜜結晶94.14%と砂糖5.86%の混合物」であり,これらの混合した砂糖がマルチトール含蜜結晶の表面に付着している可能性が少なくない。
また,甲第7号証に添付された2種類の写真のうち,初めの頁の3枚の写真は,いずれも20kVの電子線で撮影されており,次の頁の3枚の写真は,甲特許明細書に添付された写真と同じ15kVの電子線で撮影されている。この2種類の写真を比較して,前者の写真が,後者の写真よりも中央部が黒っぽく変形しているように見えることからすると,前者の写真は,粉末マルチトール表面が20kVという強力な電子線の照射によって,局部的に溶融された部分を撮影した可能性がないとはいえない。30ないし40kVの過電圧をかけて溶融させた被告製品中の粉末マルチトールは,くぼみや空洞が発生して特異な形状を呈するのであるから(甲18),20kVの電子線でも,粉末マルチトールが弱く溶融し,本来の形状とは異なった形状を呈する可能性を否定することができない。
したがって,甲第7号証添付の写真は,いずれも被告製品の含有するマルチトール含蜜結晶の形状を適切に撮影したものとはいえない。
ウ なお,原告は,甲第35及び36号証を提出し,原告対象試料1と原告製品及び従来品を比較して,被告製品が構成要件Aを充足する旨主張するが,被告製品を比較すべき対象は,原告製品や従来品ではなく,甲特許明細書に添付された【図1】(b)の写真である。甲第35及び36号証によれば,被告製品は従来品とされるものと比較すれば多少粒子が細かくなっているものの,上記【図1】(b)の写真に比べれば,依然として塊状物が寄り集まった,比較的疎な多孔質の結晶構造であるということができる。
エ 原告は,被告から提供された被告製造の粉末マルチトールを20メッシュ及び50メッシュの篩を用い,粒径50メッシュ以上20メッシュ以下に分級したもの(以下「原告対象試料2」という。)を用いて,再度電子顕微鏡で写真撮影を行って,甲第72及び73号証を提出した。しかし,このとき撮影された倍率1000倍の写真は,甲第7,35及び36号証並びに乙第2号証の写真のいずれとも表面状態が全く異なっており,写真上に現れている白い点は,いずれの写真においても輪郭がはっきりせず,ぼやけているようにみえる。これは,写真を撮影する際,像の焦点が適切に合っていなかったためである可能性がある。したがって,甲第72及び73号証の写真をもって,被告製品が構成要件Aを充足するということもできない。
(3) 以上のとおり,被告製品は,構成要件Aを充足しない。
3 争点(1)イについて (1) 「見掛け比重」の意義 ア 見掛け比重には,ゆるみ見掛け比重と固め見掛け比重の2種類があり,前者は,一定容量のカップに粉体試料を加え,粉体の表面を擦り切って秤量し,この時の粉体試料の重さをカップの内容量で除した数値をいい,後者は,粉体試料を加える段階でカップをタッピングし,粉体がカップ内により密に充填して求めた数値をいうが,一般に粉体の見掛け比重を論じる場合は,ゆるみ見掛け比重をいうものであることが,当業者に当然のこととして知られている(甲38,39の1及び2,44の1及び2,乙1)。
イ 甲特許明細書の特許請求の範囲に見掛け比重の測定方法は記載されていないが,発明の詳細な説明には,「なお,比重の測定は,従来より知られた方法で行うことができる。」と記載されており(甲特許公報第7欄10行),他に,見掛け比重の定義や具体的測定方法は記載されていない(甲2)。また,粉末マルチトールについての見掛け比重の測定方法は,日本工業規格JISにも規定がなく,これを規定したものは存在しない。
ウ @ 糖アルコールの一つである液体ソルビットの品質標準は,日本工業規格JIS法(JIS K 1509)によって規格化されていること(甲37,40),A 原告は,昭和55年ころからかさ比重試験法としてJIS K 6721を採用し,昭和60年ころ,粉末マルチトールのかさ比重測定方法としてJIS K 6721によるとした品質保証書を提出したこと(甲41,42),B 世界最大の糖アルコール類の製造業者であるフランスのロケット・フレール社においても,かさ比重測定方法は,JIS K 6721に類似した方法で行われていること(甲44の1),C アメリカでのトウモロコシ澱粉のかさ比重の測定方法がJIS K 6721に類似した方法で行われていること(甲44の1及び4)等の事実によれば,粉末マルチトールの見掛け比重の測定方法として,JIS法は,従来より知られた方法の一つであるということができる。
甲特許に対する特許異議の申立てに対する決定においては,上記@ないしC記載の証拠に基づき,「マルチトール等の糖アルコールの技術分野において・・・ゆるみ見掛け比重は,通常JIS K 6721により測定されることは,本件特許の出願時当業者において周知であった」旨認定された(甲75)。
もっとも,粉体の見掛け比重を測定するJIS規格としては,上記JIS K 6721のみならず,金属粉についてのJIS Z 2504(乙48)や,工業用炭酸ナトリウムについてのJIS K 1201(乙47),液体ソルビットについてのJIS K 1509(甲37,40)など種々の方法が存在し,JIS K 6721も,元来塩化ビニルのかさ比重の測定方法として定められたものであって(甲38。なお,現在は塩化ビニルホモポリマー及びコポリマーについてのJIS K 6720-2(甲39の2)に変更されている。),粉末マルチトールそのものについての見掛け比重の測定方法としてのJIS規格が存在するわけではない。
エ 他方,原告の社員であるAは,昭和57年に主成分がマルチトールである粉末還元麦芽糖水飴20Mについて,「パウダーテスター(糸川鉄工所製PT-D型)による結果は表-3の通りであった。」として,パウダーテスター法によるゆるみ見掛け比重の測定結果を示している(乙12。なお,「糸川鉄工所」とは,ホソカワミクロン株式会社の旧商号である「細川鉄工所」の誤記であると解される。)。また,原告は,昭和61年に出願した「冷凍魚肉すり身添加用品質改良剤及びその製造法」という発明において,糖アルコールの一種であるソルビトール又はマルチトールを主成分とする発明の実施品のゆるみ見掛け比重を「JIS K 6721の規格のかさ比重測定法に近似した轄ラ川鉄工所販売のパウダーテスター(PT-D型)を用いた方法により」測定している(乙18)。さらに,前記ロケット・フレール社も,平成6年出願の「適度な脆さを有する粉末マンニトールおよびその製造方法」の特許公報においては,糖アルコールの一種である粉末マンニトールの「見かけ密度に関しては,ホソカワ株式会社から商標’パウダーテスター’として販売されている装置を用いて,見かけ密度の測定に推奨される方法を適用することによって,測定される。」とし(乙33),昭和61年出願の「直接圧縮可能な粉末化マルチット及びその製造方法」の特許公報において,粉末化マルチット(マルチトール)のゆるみ見掛け比重と固め見掛け比重とから算出される圧縮度から評価される流動指数について,「流動指数・・・の測定の実施には,日本,大阪市のMICROMERITICS社によって製造された商品名『細川粉末テスタ』として知られている装置を用いる。」としている(乙34,弁論の全趣旨)。ホソカワミクロン株式会社のパウダーテスターPT-R型は,粉粒体の各種の物理的特性を1台の装置で測定できるようにした装置で,ゆるみ見掛け比重及び固め見掛け比重を測定することができ(乙13,35),したがって,マルチトール及びそれと同じ糖アルコールに属する物質の見掛け比重の測定について,ホソカワミクロン株式会社製のパウダーテスターPT-R型を用いるパウダーテスター法も,「従来より知られた方法」の一つであるということができる。
オ 前記イ,ウ及びエの事実,すなわち,マルチトールの見掛け比重の測定方法について定められたJIS規格は存在しないこと,粉体の見掛け比重を測定するJIS規格といっても,種々の方法が存在し,JIS K 6721は,元来塩化ビニル樹脂の測定方法として規定されていること,ロケット・フレール社は,JIS K 6721そのものではなくこれに類似した方法で見掛け比重を測定していたこと,原告は,マルチトールの見掛け比重の測定方法として,JIS K 6721を採用していたが,パウダーテスター法も使用したことがあること,マルチトールと同じ糖アルコールに属する物質の見掛け比重の測定について,パウダーテスター法が採用されている例も複数あることによれば,「従来より知られた方法」という場合に,それがJIS K 6721のみを指すということはできず,パウダーテスター法もまた,「従来より知られた方法」の一つということができる。そして,粉末マルチトールの見掛け比重の測定方法として,当業者が通常パウダーテスター法ではなく,JIS K 6721の方法を用いることが明らかであると認めるに足りる証拠はない。
カ JIS K 6721は,粉末試料を漏斗から受器に自然落下させることにより測定する方法であり,落下時間は約12秒,落下距離は118oであるのに対し(甲38,弁論の全趣旨),パウダーテスター法は,振動篩を用い篩を振動させて粉末試料を受器に充填することにより測定する方法であり,充填の時間は約90秒,落下距離は240oである(乙5)。両者を比較すると,パウダーテスター法によるとJIS K 6721よりも見掛け比重の測定値が0.071ないし0.102高くなり,見掛け比重の数値に影響が生じる(甲45)。
キ このように,数値限定された特許請求の範囲について「従来より知られた方法」により測定すべき場合において,従来より知られた方法が複数あって,通常いずれの方法を用いるかが当業者に明らかとはいえず,しかも測定方法によって数値に有意の差が生じるときには,数値限定の意味がなくなる結果となりかねず,このような明細書の記載は,十分なものとはいえない。このような場合に,対象製品構成要件充足性との関係では,通常いずれの方法を用いるかが当業者に明らかとはいえないにもかかわらず,特許権者において特定の測定方法によるべきことを明細書中に明らかにしなかった以上,従来より知られたいずれの方法によって測定しても,特許請求の範囲の記載の数値を充足する場合でない限り,特許権侵害にはならないというべきである。けだし,当業者にとって従来より知られた方法の一つで測定した結果,構成要件を充足しなかったにもかかわらず,別の方法で測定すれば構成要件を充足するとして特許権を侵害するとすれば,当業者に不測の事態を生じさせることになるからである。
ク 本件においては,従来より知られた粉末マルチトールの見掛け比重の測定方法として,JIS K 6721とパウダーテスター法の二つが存在し,通常いずれの方法を用いるかが当業者に明らかとはいえず,しかも測定方法によって数値に有意の差が生じるのであるから,構成要件Bについては,JIS K 6721とパウダーテスター法のいずれによっても,見掛け比重の数値を充足する必要がある。
(2) 被告製品の「見掛け比重」 ア 原告において,原告対象試料1を,筒井理科学機械株式会社製JISかさ比重測定装置(JIS K 6721)により3回測定し,平均値を測定したところ,その試料のゆるみ見掛け比重は0.724であった(甲7)。同様の試料の分析を財団法人化学物質評価研究機構に委託して行ったところ,試料のゆるみ見掛け比重は0.729であった(甲8の1)。しかし,原告対象試料1は,前記のとおり,砂糖が混入しているため,見掛け比重は増大する傾向があり(甲7),試料として適切とはいえない。
そこで,原告は,原告対象試料2を用いて,蔵持科学器械製作所製JIS K 6721規格のかさ比重測定器で2回測定し,平均値を測定したところ,その試料のゆるみ見掛け比重は0.664であった(甲72,73)。
イ 被告が,被告の子会社であるタイ王国法人ウエノ・ファイン・ケミカルズ・インダストリー(タイ)リミテッド(以下「タイ子会社」という。)によって生産された粉末マルチトールを,20メッシュ(篩目の開き0.84o)及び50メッシュ(篩目の開き0.297o)のJIS篩を用いて粒径50メッシュ以上20メッシュ以下に分級したものを用い,ホソカワミクロン株式会社製パウダーテスターPT-R型(乙13)の見掛け比重測定部で測定したところ,ゆるみ見掛け比重は0.770ないし0.812であった(乙4)。同様の分析をホソカワミクロン株式会社に委託して行ったところ,ゆるみ見掛け比重は0.778ないし0.793であった(乙5)。
また,被告が,原告対象資料2と同じものを同様に株式会社ホソカワ粉体技術研究所に委託して分析したところ,ゆるみ見掛け比重は0.781ないし0.791であった(乙44)。
ウ 上記のとおり,被告製品は,JIS K 6721によれば「見掛け比重が0.650〜0.750」の範囲にあるが,パウダーテスター法によれば,上記範囲にはないというのであるから,構成要件Bを充足するということはできない。
(3) 以上のとおり,被告製品は,構成要件Bを充足しない。
4 争点(1)ウについて (1) 「吸油性」の測定方法について 甲特許明細書の特許請求の範囲は,「粉砕,分級後の50メッシュ以上20メッシュ以下の含蜜結晶粉末の吸油性が7.0%〜17%であり」と記載され(構成要件C),発明の詳細な説明には,吸油率の測定方法として,「ヒマシ油を粉末試料15gに加えて混合し,5分後,濾布を敷いた遠沈管(底に孔のあるもの)に移し,1300Gで10分間遠心分離し,濾布上に残ったケーキの重量を測定し,次式により計算した。
吸油率(%)={[(ケーキ重量)-15]/15}×100」(甲特許公報第14欄34〜39行)と記載されている(甲2)。
(2) 原告の実験 ア 原告は,原告対象試料1を30gとヒマシ油30gとをスパチュラを用いて5分間混合した後,200メッシュの濾布を敷いた底部孔開き遠沈管(内管)2本に分けて入れ,遠心管(外管)に収納して3100rpm(約1300G)で10分間遠心分離後,分離したヒマシ油重量を測定し,2本の測定値の平均値から吸油率を算出したところ,マルチトール含蜜結晶粉末の吸油率は7.23%であった(甲7)。同様の試料の分析を同様の方法で財団法人化学物質評価研究機構に委託して行ったところ,吸油率は7.27%であった(甲8の2)。
イ また,原告対象試料2を15gとヒマシ油15gをスパチュラを用いて撹拌混合した後に静置し,撹拌混合を開始して5分経過した後に,200メッシュの濾布を敷いた底部孔開き遠沈管(内管)に移し入れ,遠心管(外管)に収納して3100rpm(約1300G)で10分間遠心分離後,分離した後のケーキ(吸油後の試料)重量を測定して,3回の測定値の平均値から吸油率を算出したところ,8.38%であった(甲72,73)。
(3) 被告の実験 ア 被告は,砂糖混合前の被告が製造した粉末マルチトールを20メッシュ及び50メッシュのJIS篩を用いて,粒径50メッシュ以上20メッシュ以下に分級したものを試料とし,次の実験を行った。まず,ナイロン製80メッシュの網を袋状とした濾布を十分ヒマシ油に浸し,遠沈管に入れ,遠心機(株式会社トミー精工製SR-20V)で10分間遠沈し,濾布の風袋を測定する。この濾布に試料15gを量り入れ,濾布ごと200cc容ビーカーに入れる。濾布内の試料にヒマシ油を約15g入れ,スパチュラで混合し,5分間静置する。濾布外にしみ出た余分なヒマシ油で,スパチュラに付着した全ての試料を濾布内に洗い込む。遠沈管に濾布を入れ,遠心機により10分間1300Gで遠沈し,その後試料及び濾布の重量を測定し,吸油率を算出したところ,4.8ないし6.6%であった(乙3)。
イ また,被告が原告対象試料2と同じものを上記の方法で測定したところ,吸油率の平均値は6.2%であった(乙45,46)。
(4) 被告製品の「吸油率」 ア 原告が上記(2)アで行った実験方法については,原告対象試料1は,前記のとおり,砂糖が混合されているので,吸油率は減少した値となる傾向があり(甲7),試料として適切であるとはいえない。
そこで,原告が上記(2)イで行った実験方法と被告の上記(3)の実験方法のどちらが相当かを検討する。
イ 原告の上記(2)イの実験方法と被告の実験方法の相違点は,被告が,試料とヒマシ油を混合して5分間静置し,80メッシュの濾布を使用しているのに対し,原告は,試料とヒマシ油を5分間混合した後,又は撹拌混合を開始して5分経過した後に(甲第72及び73号証の記載からは,混合時間と静置時間の区別は不明である。),200メッシュの濾布を使用している点である。
原告が原告製造のマルチトール含蜜結晶粉末を用い,試料とヒマシ油を5分間混合した後,80メッシュの濾布を使用したものと200メッシュの濾布を使用したものを比較したところ,200メッシュの濾布を使用したものは吸油率8.71%で,80メッシュを使用したものは7.35%であり,測定値に差が生じた。このとき,80メッシュを使用したものは,分離後のヒマシ油に多量の粉末が混入して,ヒマシ油が白く濁っており,ケーキとして濾布上に残るべき粉末が遠心分離後のヒマシ油中に混入していた(甲19)。
他方,被告において,試料とヒマシ油を混合して5分間静置したものと5分間混合したものをそれぞれ80メッシュ及び200メッシュの濾布を使用して比較した。混合して5分間静置したものについては,80メッシュの濾布を使用したものは,吸油率が5.1%であり,200メッシュの濾布を使用したものは吸油率が4.9%で,測定値に差はなく,分離ヒマシ油に試料の混入は見られず,白濁していなかった。しかし,試料とヒマシ油を5分間混合したものは,80メッシュの濾布を使用したものも200メッシュの濾布を使用したものも,分離ヒマシ油に試料が混入し,白濁した状態であった(乙20)。
ウ 理論的には,「50メッシュ以上20メッシュ以下の含蜜結晶粉末」の吸油性を測定する場合には,50メッシュより目の細かい80メッシュの濾布を使用しても,粉末は濾布を通過しないから,特に問題はないと考えられる(乙46)。
他方,上記のとおり,原告の実験方法により試料とヒマシ油を5分間混合したものについては,80メッシュの濾布を通過した分離ヒマシ油に試料が混入し,白濁した状態が引き起こされているところ,粒度が小さくなるにつれて吸油率が増大していくこと(乙1)からすると,試料とヒマシ油を5分間混合すると,混合時間が長いか又は混合の方法が激しいために,本来測定すべき「50メッシュ以上20メッシュ以下の含蜜結晶粉末」が粉砕されて,50メッシュ以下の微粒子が多量に生じ,その結果,含蜜結晶粉末の表面積が大きくなって,高い吸油性を示すものと考えられる。
そうすると,吸油性は,「粉砕,分級後の50メッシュ以上20メッシュ以下の含蜜結晶粉末」について測定すべきであるところ,原告の実験方法では,混合時間が長いか又は混合の方法が激しいために,この範囲を逸脱した微細な含蜜結晶粉末も含まれてしまうから,適切とはいえない。これに対し,被告の実験方法は,80メッシュの濾布を使用しても,分離ヒマシ油が白濁していないことから,微細な粉末が多量に生じておらず,濾布上に残すべき粉末が油の方に抜けるということもなく,適切な実験方法であるということができる。
エ 被告の実験方法により測定すれば,被告製品は,「吸油率が7.0%〜17%」の範囲内にないことは,前記(3)のとおりである。
(5) 以上のとおり,被告製品は,構成要件Cを充足しない。
5 争点(2)について (1) 「種結晶の存在下で」の意義 ア 「種結晶」とは,飽和あるいは過飽和の溶液や過冷却の溶液から結晶化を誘起するために用いられる小結晶をいい(朝倉書店発行『物理・化学辞典』。乙11),種晶とも呼ばれる。過飽和溶液から結晶のできる過程は,まず核が発生し,次いで,その核が成長するという二つの段階に分けてとらえられ,晶出は,結晶核の発生と結晶核からの成長の両現象が相伴って起こる現象である。そして,結晶化を誘起するために添加する小結晶のことを種結晶というが,過飽和溶液内で核が発生し,その核が成長したものも,次の二次核化現象のための種結晶と呼ばれている。すなわち,種結晶(種晶)とは,結晶化を誘起するために外から添加することもできるし,自然発生したり,濃度勾配や温度勾配や外部からの刺激により,過飽和溶液から作り出すこともでき,結晶の製造に際して,系内で発生させた結晶核も,系外から添加した結晶核も,新たな結晶核の発生を促す役目を果たす,あるいは結晶成長の核となる結晶は,いずれも「種結晶」と称されている(甲21ないし32,55,56,59,64ないし71,乙8ないし11,26の1及び2,29)。
イ 乙特許明細書の記載は,次のとおりである(甲4の1及び2)。
乙特許明細書の発明の詳細な説明において,「本発明に採用可能な押出し機は・・・連続的にまたは間歇的に種結晶を導入して可塑性のマルチトールマグマを形成させ・・・るような構造が必要である」(乙特許公報第8欄10〜15行),「次に,押出し機の第2ゾーンで種結晶を添加するが,その種結晶は必ずしもマルチトール含蜜結晶でなくともよく,分蜜方法により得られたマルチトール結晶も使用できる。」(同第9欄32〜35行),「種結晶のマルチトールの品質は・・・供給されるマルチトール水溶液の品質と同等の品質であることが好ましいが,必ずしも同等である必要はない。」(同第9欄36〜39行),「種結晶を添加・混練する時期は,該押出し機に供給されたマルチトール水溶液が50〜80℃に達した時点が好ましく,50℃未満に添加した場合にはマルチトール水溶液の粘度が高いので種結晶との混練に時間を要することや,マルチトールマグマが生成した後の結晶成長速度が遅いこと・・・などの不都合があるので好ましくない。また,80℃を超えた場合には,種結晶が溶解することがある等の理由で好ましくない。更に,種結晶の添加速度は,マルチトール水溶液の濃度,導入速度,品質,添加温度等により影響を受け変化するが,凡そ単位時間あたりに押出されるマルチトールマグマの重量(押出量)に対して,添加量が3〜80%程度となるようにすることが,適度な硬さのマルチトールマグマの生成に寄与するので好ましく,例えば,マルチトールマグマの押出量が30s/Hrの場合には0.9s/Hr〜24s/Hr程度となる。また,その添加方法は,連続的な方法も,間歇的な方法も採用可能である。しかし,マルチトール水溶液の中に種結晶が均一に分散することが,短時間にマルチトールマグマを形成させるうえで有利なことから,連続的な添加が好ましい。」(同第9欄40行〜10欄12行)と記載され,種結晶の品質,添加する時期,添加速度等について詳細な説明がされている。実施例は,それに制限されるものではないが(同第11欄35行),乙特許明細書に記載された実施例としては,種結晶を系外から添加する例のみが記載されているだけであって,乙特許明細書には,乙発明に種結晶が系内で自然発生する場合も含まれることは記載もされていないし,示唆もされていない。
ウ また,原告は,乙特許の特許異議申立て手続において,特許異議答弁書(乙14)を提出し,「本願発明は,細長い冷却・混練ゾーンを有する押出し機内に,原料及び種結晶を添加し・・・」と主張した。また,「好ましくは,本発明の改質ガンマーソルビトールは,結晶化を促進するために種ソルビトールを添加しないで溶融したソルビトール供給物を利用する,後述の方法によって製造される。」と記載されているように,種ソルビトールを添加しない溶融ソルビトールを利用する先願発明が存在していたところ,原告は,前記特許異議答弁書において,上記先願発明との対比において,乙発明は「種結晶の存在下で」冷却・混練することを強調し,上記先願発明は,「溶融ソルビトールが押出し機内に種結晶を添加することなく供給されるだけであり,本願発明のように,種結晶の存在下で冷却・混練することは記載も示唆もされていない。」との主張をした(乙14,15)。その結果,乙発明は特許査定されたものであるから,原告は,上記先願発明と乙発明との差異をまさに種結晶の添加という点に見出しているということができる。
エ さらに,原告は,乙特許の無効審判手続の口頭審理陳述要領書(乙25)において,「通常『種結晶』とある場合,出発原料及び目的物と略同様の組成を有することはこの分野の技術常識である。このことは,B氏による参考資料2〜4の『実験成績証明書』においても裏付けられている。」,「そうだとすると,参考資料2〜4は,種結晶の存在を前提とする本件発明とは無関係の実験結果ということにな」ると主張して,マルチトール以外の糖類を用いたものは,種結晶の存在を前提とする乙発明とは無関係である旨主張している。
オ 前記アのとおり,結晶が発生する場合には,系外からであれ,系内からであれ,種結晶が常に存在することになるのであるから,「種結晶の存在下で」が系内で発生する場合も含む意味であるとすれば,かえって特許請求の範囲に「種結晶の存在下で」とあるのは当然のことを記載したにすぎず,これを記載したことが無意味なことになってしまう。
また,マルチトールは,結晶化しにくい糖であり,種結晶を添加するのが実用的であると考えられていたこと(甲55),乙発明の先行技術でも,マルチトール含蜜結晶を結晶化させるに際し,種結晶を系外から添加する例しか示されていないこと(甲20)などに照らせば,原告が乙特許出願当時,種結晶を系外から添加せず,系内で自然発生させるマルチトール含蜜結晶の製造方法をも念頭に置いていたものとは解されず,上記出願経過に照らしても,原告がこれに反する主張をすることは許されない。
カ したがって,構成要件Hの「種結晶の存在下で」とは,「種結晶を系外から添加して」という意味に解釈すべきである。
(2) 被告方法の内容 ア 被告は,公証人Cの立会実験により,被告伊丹工場において,株式会社栗本鐵工所製造販売に係る小型の「KRCS2ニーダー」を使用して被告方法が系外から種結晶を添加していないものであることを明らかにした(乙6,29)。また,タイ王国弁護士Dの立会実験により,タイ子会社によって実際に製造に使用されている株式会社栗本鐵工所製造販売に係る「KRCS15ニーダー」を使用して,タイ王国における被告方法が系外から種結晶を添加していないものであることを明らかにした(乙28,29)。乙第6号証は,公証人が作成した公正証書であり,乙第28号証は,タイ王国弁護士が作成した宣誓供述書であって,虚偽の事実が記載されたことを窺わせるような事情も認められない。
また,被告の関連会社である株式会社上野製薬応用研究所は,種結晶を使用することなく,作業性がよく,低コストで,短時間のうちに効率よく結晶状マルチトールを製造する新規方法を提供するため,平成14年6月19日,「結晶状マルチトールの製造方法」として特許を出願した(乙30)。被告方法は,上記出願中の発明に記載された条件を用いる製造方法であり,種結晶を系外から添加することなくマルチトールを製造するものである(乙31)。
イ 原告は,種結晶を添加することなく被告製品を製造することは工業生産としては極めて非効率的であると主張し,これに沿う甲第53ないし55号証,第61号証の1及び2を提出する。しかしながら,種結晶を添加することなくマルチトールの結晶を製造することが可能であることは上記のとおりであり,原告も,被告方法によって,少なくともマルチトール濃縮液の供給速度4.7s/hrの条件下では,マルチトール含蜜結晶が製造できることを確認している。
ウ 以上によれば,被告が種結晶を添加する方法を使用して被告製品を生産していることを認めるに足りる証拠はないというべきである。
(3) したがって,被告方法は,構成要件Hを充足しない。
6 結論 以上のとおり,被告製品は,甲発明の構成要件A,B及びCをいずれも充足しないからその技術的範囲に属さず,被告方法は,乙発明の構成要件Hを充足しないからその技術的範囲に属さない。
よって,原告の請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
追加
イ号製品目録(1)製品名を「MS-17」とするマルチトール含有砂糖調整品イ号製品説明書(1)イaマルチトールが17.0%及び砂糖が83.0%を成分とする(いずれも重量%)。
イb含有される粉末マルチトールは,糖組成分はソルビトール約6%,マルチトール約90%,マルトトリイトールおよびそれ以上の重合度の糖アルコール約4%である。
イc含有される粉末マルチトールは,比較的粒子径のばらつきが少なく(微粒子や粗大粒子の含まれない),微細結晶が非結晶構造と共に固化した含蜜結晶状で,白色,無臭である。
イd含有される粉末マルチトールは走査型電子顕微鏡で見ると表面が破断面により構成された,孔の少ない密な結晶構造をもつ。
イe含有される粉末マルチトールは含蜜結晶であり,50メッシュ以上20メッシュ以下のマルチトール含蜜結晶粉末の見掛け比重が0.72〜0.73である。
イf含有される50メッシュ以上20メッシュ以下のマルチトール含蜜結晶粉末の吸油性が7.2〜7.3%である。
イg含有される含蜜結晶状マルチトールの融点はおおよそ摂氏139.4度である。
(2)製品名を「MU-90P」とする粉末還元麦芽糖水飴イ号製品説明書(2)イbソルビトール4〜6重量%,マルチトール88〜92重量%,マルトトリイトール1〜2重量%,その他(重合度4以上の還元オリゴ糖)3〜4重量%の組成である。
イcないしgは,イ号製品説明書(1)と同じ。
ロ号方法目録次の(A)の方法,(B)の方法,又は(A)及び(B)を交互に行う方法により,マルチトール結晶を製造する方法。
(A)省略(B)省略
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 東海林保
裁判官 瀬戸さやか