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関連審決 訂正2002-39247
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15ワ9215特許権に基づく侵害差止等請求事件 判例 特許
平成4ワ6690特許権侵害行為差止等請求事件 判例 特許
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平成14ワ6178特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ25697特許権侵害に基づく損害賠償請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  相当の対価(相当な対価) /  物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  容易に実施 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  実質的に同一 /  権利の濫用(権利濫用) /  出願経過 /  参酌 /  技術的意義 /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  乗じた額 /  同意 /  対価 /  拒絶理由通知 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 11年 (ワ) 18380号 特許権侵害差止等請求事件
原告 三井化学株式会社
原告訴訟代理人弁護士 牧野利秋
同 鈴木修
同 深井俊至
同訴訟復代理人弁護士 辻河哲爾
同補佐人弁理士 小田島 平吉
被告 東燃化学株式会社
被告 東燃タピルス株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士 竹田稔
同 田中克郎
同 森崎博之
同 吉野正己
同補佐人弁理士 河備健二
同 横山公一
同 小西恵
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/08/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告東燃化学株式会社は,別紙「原告第1物件目録」及び「原告第2物件目録」記載の各物件を製造し,又は販売してはならない。
2 被告東燃化学株式会社は,その所有に係る別紙「原告第1物件目録」及び「原告第2物件目録」記載の各物件を廃棄せよ。
3 被告東燃タピルス株式会社は,別紙「原告第1物件目録」及び「原告第2物件目録」記載の各物件を販売してはならない。
4 被告東燃タピルス株式会社は,別紙「原告第1物件目録」及び「原告第2物件目録」記載の各物件を廃棄せよ。
5 被告らは,原告に対し,各自24億9695万円及びうち16億9744万円に対する平成11年8月26日から,うち7億9951万円に対する平成13年1月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
原告は,被告らの製造販売する製品が原告の特許発明技術的範囲に属し,これらの製造・販売が原告の特許権を侵害すると主張して,被告製品の製造・販売の差止め並びに損害賠償を求めている。これに対し,被告らは,被告製品は原告の特許発明技術的範囲に属さず,また,原告の特許発明には無効理由が存在することが明らかであるから当該特許権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利濫用に当たり許されない,と反論して,原告の請求を争っている。
1 前提となる事実関係(当事者間に争いがない事実及び証拠により認定した事実。後者については,末尾に証拠を掲げた。) (1) 当事者 原告は,石油化学製品等の製造,販売等を主たる業務とする会社である。
被告東燃化学株式会社(以下「被告東燃化学」という。)は,石油化学製品等の製造,販売等を主たる業務とする会社である。被告東燃タピルス株式会社(以下「被告東燃タピルス」という。)は,電池用セパレーター等の販売等を主たる業務とする会社であり,被告東燃化学の100パーセント子会社である。
(2) 原告の特許権 ア 原告は,下記の特許権を有している(以下,(ア)記載の特許権を「本件第1特許権」,(イ)記載の特許権を「本件第2特許権」といい,これらを併せて「本件各特許権」という。)。
(ア) 特許番号 第1893038号 出願日 昭和58年6月10日 登録日 平成6年12月26日 発明の名称 超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム及 びその製造方法 (イ) 特許番号 第2047192号 出願日 昭和58年6月10日 登録日 平成8年4月25日 発明の名称 超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム及 びその製造方法 イ 本件第2特許権に係る特許出願は,昭和58年6月10日に出願した本件第1特許権に係る特許出願の一部を分割して,平成5年6月28日に新たな特許出願としたものである(弁論の全趣旨)。
(3) 本件各特許権に係る明細書の「特許請求の範囲」 本件第1,第2特許権に係る明細書(以下「本件第1明細書」,「本件第2明細書」という。本判決末尾添付の各特許公報〔以下「本件第1公報」,「本件第2公報」という。甲3の1,甲4〕参照)の「特許請求の範囲」の請求項1の記載は,それぞれ次のとおりである(以下,「本件第1特許発明」,「本件第2特許発明」といい,これらを併せて「本件各特許発明」という。)。
ア 本件第1特許発明 「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで,且つ縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって,初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上であることを特徴とする超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。」 イ 本件第2特許発明 「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで,且つ一旦固化した後の縦方向の延伸倍率が3倍以上及び横方向の延伸倍率が3倍以上であって,破断強度が720kg/cm2以上(ただし,縦方向の延伸倍率が5倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって,初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上を除く)であることを特徴とする超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。」 (4) 構成要件の分説 本件各特許発明は,次のように分説することができる(以下「構成要件@」などという。)。
ア 本件第1特許発明 @ 少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで, A 且つ縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって, B 初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上であることを特徴とする C 超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。
イ 本件第2特許発明 @ 少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで, A 且つ一旦固化した後の縦方向の延伸倍率が3倍以上及び横方向の延伸倍率が3倍以上であって, B 破断強度が720kg/cm2以上であることを特徴とする C ただし,縦方向の延伸倍率が5倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって,初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上を除く D 超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。
(5) 被告らの行為 被告らは,商品名「セティーラE25MMS」を含む製品(以下,「被告製品」という。)を製造・販売している(被告製品の構成については争いがあり,原告は「原告第1物件目録」,「原告第2物件目録」のとおりと主張し,被告らは「被告物件目録」のとおりと主張している。)。
(6) 被告製品の構成要件の充足性 ア 被告製品は,本件第1特許発明構成要件Aを充足する。
イ 被告製品は,本件第2特許発明構成要件Aを充足する。
2 争点 (1) 被告製品は,本件各特許発明技術的範囲に属するか(争点1) (2) 本件各特許発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件各特許権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利の濫用に当たり許されないか(争点2) (3) 損害賠償の内容及び額(争点3)
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品は,本件各特許発明技術的範囲に属するか) 【原告の主張】 (1) 被告製品は,別紙「原告第1物件目録」(以下「第1物件」という。)及び同「原告第2物件目録」(以下「第2物件」という。)各記載のとおりの,超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムであるところ,被告東燃化学は,被告製品を製造し,被告東燃タピルスを通じて販売している。また,被告東燃タピルスは,被告東燃化学から供給を受けた被告製品を販売している。
(2) 被告製品が,本件第1特許発明構成要件A及び本件第2特許発明構成要件Aを充足することは当事者間で争いがないし,また,下記のように,被告製品は,本件第1特許発明構成要件@,B,C,本件第2特許発明構成要件@,B〜Dも充足する。したがって,被告製品は,本件各特許発明技術的範囲に属する。
ア 本件各特許発明構成要件@の充足性 (ア) 本件各特許発明構成要件@は,「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで,」という文言で規定されるものである。
この「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで,」の要件は,極限粘度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンを混合する構成を排除するものではない。なぜなら,そもそも一般的に高分子量ポリオレフィンのような高分子は,ある一定の分布範囲の中で分子量の比較的大きい分子から比較的小さい分子までが混在した状態にあるから,極限粘度[η]が5.0dl/gの高分子といっても,もともとそれより極限粘度[η]が小さな高分子と大きな高分子とが混合した状態にあり,本件各特許発明が,原料として,極限粘度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンをも含めて混合する構成を排除したと解することはできないからである。
(イ) また,この極限粘度[η]の値は,原料段階における極限粘度[η]の値を意味するというべきである。その理由は,次のとおりである。
a 本件第1,第2明細書の「特許請求の範囲」の請求項2では,「超高分子量ポリオレフィンA」が「炭化水素系可塑剤Bを含み,且つメルトフローレートが0.005ないし50g/10min」であるそれとして請求項1を限定しているが,炭化水素系可塑剤Bとの混合物のメルトフローレートを0.005ないし50g/10minとするのは,原料としての超高分子量ポリオレフィンAである(本件第1公報5欄5〜14行)以上,請求項2,ひいては同項で引用された請求項1(本件第1,第2特許発明)の「超高分子量ポリオレフィンA」も原料となる物質を意味しているというべきである。また,この「超高分子量ポリオレフィンA」なる語は,製造方法を規定した請求項4でも,「‥‥‥超高分子量ポリオレフィンAと,‥‥‥炭化水素系可塑剤Bを含み,‥‥‥である混合物を押出し」と記載されていることからも,原料となる物質を指すものとして用いられている。さらに,本件第1明細書の「発明の詳細な説明」においても,「超高分子量ポリオレフィンA」はすべて原料となる物質を意味するものとして用いられており(本件第1公報3欄41行,4欄3行,15行,24行,33行,39〜40行,5欄6行,41行,6欄32行,37行,41行。),本件第2明細書においても同様である。
b 被告製品は「原告第1物件目録」及び「原告第2物件目録」の各D記載のように「上記極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと同極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとの混合物(上記流動パラフィンを除く)の極限粘度[η]が5.0dl/g以上であり,」というものであるから,原料段階における極限粘度[η]の値は5.0dl/g以上である。したがって,被告製品は「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで,」という文言を満たし,構成要件@を充足する。
c 被告らは,商品名が「セティーラE25MMS」である被告製品の極限粘度[η]の値が4.18dl/gである(乙17の2)ことをもって,本件第1,第2特許発明の極限粘度[η]の値5.0dl/g以上であるという文言を満たしておらず,かつ,超高分子量ポリオレフィンの製造過程において,極限粘度[η]が原料のそれより低くなることが知られているとはいえない,と主張する。
しかし,本件第1,第2特許発明の特許出願前の刊行物(甲10)及び実験(甲11)から,成形加工過程を経た高分子量ポリオレフィンの極限粘度[η]が原料段階の高分子量ポリオレフィンの極限粘度[η]より低くなることが知られているのは明らかである。したがって,成形加工を経た被告製品の極限粘度[η]が,被告らが主張するように4.18dl/gだったとしても,原料の極限粘度が5.0dl/g以上であることと矛盾しない。
イ 本件第1特許発明構成要件B,本件第2特許発明構成要件B,Cの充足性 本件第1特許発明構成要件Bは「初期弾性率が7300kg/cm2で且つ破断強度が910kg/cm2以上であることを特徴とする」という文言で規定されるものであり,本件第2特許発明構成要件B,Cは「破断強度が720kg/cm2以上(ただし,縦方向の延伸倍率が5倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって,初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上を除く)であることを特徴とする」という文言で規定されるものであるが,被告製品である「セティーラE25MMS」(製造番号47Y00,47Y01)を実験により分析したところ,その弾性及び強度は,いずれも,本件第1,第2特許発明の上記構成要件に規定する数値である,初期弾性率7300kg/cm2,破断強度910kg/cm2を大きく上回った(甲5)。したがって,被告製品は,本件第1特許発明構成要件B及び第2特許発明構成要件B,Cを,いずれも充足する。
ウ 本件第1特許発明構成要件C,本件第2特許発明構成要件Dの充足性 本件第1特許発明構成要件C,本件第2特許発明構成要件Dは「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」との文言であるが,被告製品である「セティーラE25MMS」の品名はフィルムであるから,被告製品は同文言を充足する。被告らは,被告製品は微多孔膜であると主張するが,微多孔膜であってもフィルムに該当する。
また,被告らは,上記「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」との文言は可塑剤を含むものに限定されるところ,被告製品は可塑剤を含んでいないから同文言を充足しないと主張するが,失当である。その理由は,次のとおりである。
(ア) 本件第1,第2明細書の記載 @ 本件第1,第2明細書の特許請求の範囲の請求項1には,「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」が炭化水素系可塑剤を含むものに限定されるということは記載されていない。しかも,本件第1,第2明細書における発明の詳細な説明の記載及び図面からすると,本件第1,第2特許発明は,超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムという物そのものの発明であり,炭化水素系可塑剤を混合して製造するという製造方法によって限定されない。
A 本件第1,第2明細書の特許請求の範囲の請求項2には,「炭化水素系可塑剤Bを含み」と規定されているから,その上位項である請求項1(本件第1,第2特許発明)は,可塑剤を含むものに限定されない。
B 可塑剤自体は,最終的に得られる超高分子量二軸延伸フィルムの高い弾性率及び強度に寄与しているわけではない。可塑剤は,その製造プロセスにおいて,単に超高分子量ポリオレフィンの延伸性を高めるという点で,技術的意味を有するものである(甲22の2,27の2,34の4を参照)。
(イ) 公知技術参酌 被告らは,可塑剤Bを混合していない,本件第1,第2特許発明に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは,本件第1,第2特許発明の出願前に頒布されたことが明らかな欧州特許出願公開第0024810号明細書(乙14,以下「欧州特許明細書」という。)の実施例13に記載された公知物質であるから,本件第1,第2特許発明にいう「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,可塑剤Bを混合したものに限定されると主張し,欧州特許明細書の例13を追試したとする実験報告書(乙16)を提出する。
しかしながら,欧州特許明細書の実施例13は,その追試をするには開示が不十分にしかされておらず,乙16の実験は,欧州特許明細書の実施例13を正確に追試したものとはいえない。
【被告らの主張】 (1) 被告製品は,別紙「被告物件目録」記載のとおりの,微多孔膜である。
(2) 被告製品は,下記のとおり,本件第1,第2特許発明技術的範囲に属さない。
ア 本件各特許発明構成要件@の充足性 本件第1,第2特許発明構成要件@は,いずれも,「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで」という文言で規定されるものであるが,以下の理由により被告製品は構成要件@を充足しない。
(ア) 本件第1,第2明細書の「特許請求の範囲」の請求項1には,極限粘度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンを混合することは規定されていない。しかも本件第1,第2明細書には,「[η]5dl/g未満のものは,分子量が低く超高分子量ポリオレフィンの特徴である高強度フィルムが得られない虞れがあり,」と記載されている(本件第1公報4欄18〜21行,本件第2公報【0007】)。
したがって,極限粘度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンを混合することは排除される。
被告製品は,通常分子量のポリオレフィン,少量の超高分子量ポリオレフィン及び流動パラフィンという3つの成分から流動パラフィンを抽出除去して作られるものであり,極限粘度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンを混合しているから,構成要件@の「超高分子量ポリオレフィンA」の文言を充足しない。
(イ) 「極限粘度[η]が5.0dl/g以上」とは,最終製品たる二軸延伸フィルムについての規定というべきであり,原料についてのものではないというべきところ,被告製品である「セティーラE25MMS」の極限粘度[η]は,4.18dl/gであるから,5.0dl/g以上とはいえない。
なお,被告製品の,流動パラフィンの全量を抽出除去する前の段階(別紙「被告物件目録」の(1)の段階)において,極限粘度[η]が5.0dl/g未満のポリオレフィンと,極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンとを混合した結果,その極限粘度[η]が5.0dl/g以上になっていること自体は争わないが,極限粘度[η]は,上述したとおり,原料段階におけるものではなく最終製品たる二軸延伸フィルムのものというべきであるから,これをもって構成要件@を充足するということはできない。
イ 本件第1特許発明構成要件B,本件第2特許発明構成要件B,Cの充足性 本件第1特許発明構成要件Bは「初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上であることを特徴とする」というものであり,本件第2特許発明構成要件B,Cは「破断強度が720kg/cm2以上(ただし,縦方向の延伸倍率が5倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって,初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上を除く)であることを特徴とする」というものである。
被告製品は,別紙「被告物件目録」記載のとおり,初期弾性率が1650kg/cm2以下,破断強度が500kg/cm2以下であるから,上記の本件第1特許発明構成要件B,本件第2特許発明構成要件B,Cの文言を充足しないことが明らかである。
ウ 本件第1特許発明構成要件C,本件第2特許発明構成要件Dの充足性 本件第1特許発明構成要件C及び本件第2特許発明構成要件Dは,いずれも,「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」という文言である。
(ア) 上記のように,各構成要件は,「‥‥‥フィルム」という文言で規定されるものである。しかるに,被告製品は,別紙「被告物件目録」記載のとおり,ポリオレフィン微多孔膜であるところ,微多孔膜とは,微孔が多数存在する膜であってフィルムのことではないから,上記の本件第1特許発明構成要件C,本件第2特許発明構成要件Dを充足しない。
(イ) 本件各特許発明の上記構成要件中の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,下記の理由により,可塑剤を含むものに限定されると解すべきである。しかるに,被告製品は,ポリオレフィン二軸延伸フィルムから流動パラフィンの全量を抽出除去したポリオレフィン微多孔膜であるから,可塑剤を含んでいない。したがって,被告製品は,上記の本件第1特許発明構成要件C,本件第2特許発明構成要件Dの文言を充足しない。
@ 本件第1,第2明細書の「特許請求の範囲」の請求項4の方法の発明に記載される,フィルムの初期弾性率及び破断強度の値は,請求項1における初期弾性率及び破断強度の値と一致しているから,請求項1に記載された超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは請求項4の方法によって得られるものであるといえる。しかるに,請求項4では,超高分子量ポリオレフィンと可塑剤Bとの混合物から超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムを得ており可塑剤Bを抽出する工程を記載していないから,請求項4の発明においては可塑剤Bを含むと解するべきであり,請求項1の発明(本件第1,第2特許発明)についても同様に解することができる。
また,本件第1,第2特許発明は,超高分子量ポリオレフィンに特定の炭化水素系可塑剤Bを混合することにその技術的意義,特徴があり,本件第1,第2特許発明における各物性値と炭化水素系可塑剤Bは不可分の関係にあるから,超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムから炭化水素系可塑剤Bを抽出除去したものは,本件第1,第2特許発明技術的範囲に含まれず,本件第1,第2特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,可塑剤Bを含有するものに限定されると解される。
A 出願経過をみると,原告は,平成3年5月27日付け意見書(乙9)において「前記各引用例には,‥‥‥本願発明の重要な要件である,超高分子量ポリオレフィンに特定の炭化水素系可塑剤が含有された二軸延伸フィルム,およびその製造方法について何ら記載されておらず」と述べており,本件第1特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」が可塑剤Bを含有するものに限定されることを前提とする意見を述べている。また,原告は,平成3年10月5日付け意見書(乙13)において,「本願発明における‥‥‥超高分子量ポリエチレン二軸延伸フィルムは,具体的には,超高分子量ポリエチレンに特定の炭化水素系可塑剤を配合した混合物の押出物を,超高分子量ポリエチレンの融点以下の温度で延伸することにより得られるものであります。」と述べているが,「延伸することにより得られる」とは延伸したものそのものに他ならず,可塑剤を抽出除去することのように何らかの加工・作業を加えることは含まない。これらからすれば,本件第1,第2特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,可塑剤Bを含有するものに限定されると解される。
B 公知技術参酌しても,同様の結論となる。
すなわち,原告が本件第1,第2特許発明技術的範囲であると主張する「可塑剤Bを混合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,本件第1,第2特許発明の出願前に頒布されたことの明らかな欧州特許明細書(乙14)の実施例13に記載された公知物質であって,本件第1,第2特許発明により初めて得られた新規物質ではない。したがって,本件第1,第2特許発明技術的範囲には,原告主張のような炭化水素系可塑剤Bを混合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは公知の物質として含まれていないのであって,その技術的範囲は,「炭化水素系可塑剤Bを混合してある特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」に限定されて特許されたものというべきである。
2 争点2(本件各特許発明には無効理由が存在することが明らかであり,本件各特許権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利の濫用に当たり許されないか) 【被告らの主張】 本件各特許発明には無効理由が存在することが明らかであるから,本件各特許権に基づく差止め及び損害賠償の請求は権利の濫用に当たり許されない。
原告は,本件各特許発明に,超高分子量ポリオレフィンAが炭化水素系可塑剤Bを含む態様のもののほかに,炭化水素系可塑剤Bを含まない態様のものも包含される旨主張しているが,そのように解した場合は,本件各特許発明は特許法36条4項の規定に違反して特許されたものということになるから,無効理由が存在することが明らかである。
すなわち,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」に「比較例4 超高分子量ポリエチレン‥‥‥を圧縮成形して100μのシートを得た。このときの操作条件は200℃である。次いで該シートを用いて二軸延伸を試みた。延伸温度を60,80,100,120℃としてそれぞれ延伸を試みたがいずれも引張応力が大きく延伸ムラと破断により2倍以上の均一延伸は不可能であった。」(本件第1公報14欄11行〜18行,本件第2公報【0038】)と記載されていることから明らかなように,炭化水素系可塑剤を用いない場合は,本件第1,第2特許発明に係る二軸延伸フィルムを得ることができないものであるし,その他,本件第1,第2明細書においては,超高分子量ポリオレフィンAが炭化水素系可塑剤Bを含まない態様についてこれを実施するための記載も示唆も存しないから,同態様について当業者が容易に実施できるように記載されていないというべきである。
【原告の主張】 本件各特許発明には,無効理由が存在することが明らかとはいえないから,本件各特許権に基づく差止め及び損害賠償の請求が権利の濫用に当たるとはいえない。被告らの主張は,物を対象とした発明についての明細書において要求される,当該物の製造方法の開示の程度について,理解を誤ったものである(甲22の1,甲27の1を参照)。
3 争点3(損害賠償の内容及び額) 【原告の主張】 (1) 平成4年3月23日から平成7年9月19日までの第1物件の製造,販売 ア 被告らは,平成4年3月23日から平成5年12月31日までの間,第1物件を48万平方メートル製造,販売した。その間,第1物件の単価は1平方メートル当たり1000円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,4億8000万円である。
イ 被告らは,平成6年1月1日から平成6年12月31日までの間,第1物件を132万平方メートル製造,販売した。その間,第1物件の単価は1平方メートル当たり900円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,11億8800万円である。
ウ 被告らは,平成7年1月1日から平成7年9月19日までの間,第1物件を123万平方メートル製造,販売した。その間,第1物件の単価は1平方メートル当たり800円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,9億8400万円である。
エ 上記ア〜ウによれば,被告らの平成4年3月23日から平成7年9月19日までの間の第1物件の製造,販売による売上高は,26億5200万円である。しかるに,本件第1特許発明については,製品の売上高に対して10%を乗じた額が,原告の受けるべき相当な対価である。したがって,原告は,上記期間中に2億6520万円の損害を被った(特許法102条3項)。
(2) 平成7年9月20日から平成11年6月30日までの第1,第2物件の製造,販売 ア 被告らは,平成7年9月20日から平成7年12月31日までの間,第1,第2物件を48万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の単価は1平方メートル当たり800円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,3億8400万円である。
イ 被告らは,平成8年1月1日から平成8年12月31日までの間,第1,第2物件を456万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の単価は1平方メートル当たり650円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,29億6400万円である。
ウ 被告らは,平成9年1月1日から平成9年12月31日までの間,第1,第2物件を643万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の単価は1平方メートル当たり550円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,35億3650万円である。
エ 被告らは,平成10年1月1日から平成10年12月31日までの間,第1,第2物件を816万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の単価は1平方メートル当たり470円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,38億3520万円である。
オ 被告らは,平成11年1月1日から平成11年6月30日までの間,第1,第2物件を489万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の単価は1平方メートル当たり430円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,21億0270万円である。
カ 上記ア〜オによれば,被告らの平成7年9月20日から平成11年6月30日までの間の第1物件及び第2物件の製造,販売による売上高は,128億2240万円である。しかるに,本件第1,第2特許発明については,製品の売上高に対して10%を乗じた額が,原告の受けるべき相当な対価である。したがって,原告は,上記期間中に12億8224万円の損害を被った(特許法102条3項)。
(3) 平成11年7月1日から平成12年12月31日までの第1,第2物件の製造,販売 ア 被告らは,平成11年7月1日から平成11年12月31日までの間,第1,第2物件を711万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の単価は1平方メートル当たり410円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,29億1510万円である。
イ 被告らは,平成12年1月1日から平成12年12月31日までの間,第1,第2物件を1200万平方メートル製造,販売した。その間,第1,第2物件の単価は1平方メートル当たり365円であった。したがって,被告らの上記期間中の売上高は,43億8000万円である。
ウ 上記ア,イによれば,被告らの平成11年7月1日から平成12年12月31日までの間の第1,第2物件の製造,販売による売上高は,72億9510万円である。しかるに,本件第1,第2特許発明については,製品の売上高に対して10%を乗じた額が,原告の受けるべき相当な対価である。したがって,原告は,上記期間中に7億2951万円の損害を被った(特許法102条3項)。
(4) 上記(1)〜(3)によれば,原告は,被告らの本件第1,第2物件の平成4年3月23日から平成11年6月30日までの間の製造,販売により15億4744万円の,平成11年7月1日から平成12年12月31日までの間の製造,販売により7億2951万円の各損害(合計22億7695万円の損害)を被った。
(5) 弁護士・弁理士費用 本件に関する弁護士・弁理士費用としては,差止め,廃棄請求及び損害賠償請求のうち平成4年3月23日から平成11年6月30日までの被告らの第1,第2物件の製造,販売に係る分については,1億5000万円を下ることはなく,平成11年7月1日から平成12年12月31日までの被告らの第1,第2物件の製造,販売に係る分については,7000万円を下ることはない。したがって,原告は弁護士・弁理士費用として2億2000万円の損害を被った。
(6) まとめ 上記(1)〜(5)によれば,原告は,被告らの行為により,合計24億9695万円の損害を被った。
【被告らの主張】 原告の上記の主張は,いずれも,否認ないし争う。
当裁判所の判断
1 争点1(被告製品は,本件各特許発明技術的範囲に属するか)について (1) 本件各特許発明構成要件@の充足性 ア 「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンA」について (ア) 「超高分子量ポリオレフィンA」について 本件各特許発明構成要件@の「超高分子量ポリオレフィンA」につては,その名称からその内容が一義的に明らかになるものではない。すなわち,樹脂の分野においては,「ポリオレフィン」の語が,純粋ポリマーを意味する場合と,各種添加剤を含めた樹脂組成物全体を意味する場合があり,また,ポリマーのみを意味する場合であっても,いわゆる「ホモポリマー」の意味で用いられる場合と,別のポリマーの混合を許容する概念で用いられる場合があるからである。そして,このように「ポリオレフィン」の名称のみでは,その意味する内容が一義的に定まらないことは,本件各特許発明構成要件@の「超高分子量ポリオレフィンA」の語についても,当てはまるものである。
そこで,明細書の記載を検討するに,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄には,次の記載がある。
@ 「本発明の方法に用いる超高分子量ポリオレフィンAは,デカリン溶媒135℃における極限粘度[η]が5dl/g以上,好ましくは7ないし30dl/gの範囲のものである。[η]5dl/g未満のものは,分子量が低く超高分子量ポリオレフィンの特徴である高強度フィルムが得られない虞があり‥‥‥かかる超高分子量ポリオレフィンAは,エチレン,プロピレン,1-ブテン,4-メチル-1-ペンテン,1-ヘキセン等を所謂チーグラー重合により重合することにより得られるポリオレフィンの中で,はるかに分子量が高い範疇のものである。」(本件第1公報第4欄15〜29行,本件第2公報【0007】) A 「本発明に用いる超高分子量ポリオレフィンAには,前記炭化水素系可塑剤Bに加えて,耐熱安定剤,耐候安定剤,滑剤,アンチブロッキング剤,スリップ剤,顔料,染料,無機充填剤等通常ポリオレフィンに添加して使用される各種添加剤を本発明の目的を損なわない範囲で配合しておいてもよい。」(本件第1公報第8欄20〜26行,本件第2公報【0020】) B 実施例,比較例において,超高分子量ポリオレフィンAは,ポリマー成分としては,超高分子量ポリエチレンあるいは超高分子量ポリプロピレンのみからなるものしか記載されていない(本件第1公報9欄6行〜14欄18行,本件第2公報【0023】〜【0039】) 上記の@,Bによれば,本件各特許発明構成要件@の「超高分子量ポリオレフィンA」とは,ポリマーとしては,「エチレン,プロピレン,1-ブテン,4-メチル-1-ペンテン,1-ヘキセン等」の単量体を重合して得られる,通常のポリオレフィンよりもはるかに分子量が高いポリオレフィン(重合体)を意味し,これ以外の樹脂を混合した樹脂は,含まないというべきであり,また,Aによれば,同「超高分子量ポリオレフィンA」には炭化水素系可塑剤Bを含めた各種添加剤を含有し得るというべきである。
上記によれば,本件各特許発明の「超高分子量ポリオレフィンA」とは,ポリマー成分としては,「エチレン,プロピレン,1-ブテン,4-メチル-1-ペンテン,1-ヘキセン等」を重合して得られる,通常のポリオレフィンよりもはるかに分子量が高い重合体のみからなり,これに各種添加剤を任意で添加し得る樹脂組成物を意味する,と解するのが相当である。
(イ) 「極限粘度[η]が5.0dl/g以上」について 本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明欄には,「本発明の方法に用いる超高分子量ポリオレフィンAは,デカリン溶媒135℃における極限粘度[η]が5dl/g以上,好ましくは7ないし30dl/gの範囲のものである。[η]が5dl/g未満のものは,分子量が低く超高分子量ポリオレフィンの特徴である高強度フィルムが得られない虞れがあり,」(本件第1公報4欄15〜21行,本件第2公報【0007】)との記載があり,これによれば,本件各特許発明においては,分子量の低い超高分子量ポリオレフィンを排除することと同義で「極限粘度[η]が5.0dl/g以上」と規定されているというべきであり,「極限粘度[η]」は添加剤などを含む組成物全体の「極限粘度[η]」ではなく,重合体そのものの「極限粘度[η]」を意味するというべきである。しかも,「高強度フィルムが得られない虞れがあり」の記載からすると,当該物性は,フィルムが製造される前に,重合体が有しなければならない物性というべきである。
上記によれば,「極限粘度[η]が5.0dl/g以上」とは,上記(ア)に判示した「超高分子量ポリオレフィン」重合体の原料の時点での極限粘度を意味すると解するのが相当である。
このことは,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄の実施例に「超高分子量ポリエチレン([η]=8.20dl/g)とパラフィンワックス(融点=69℃,分子量=460)と50:50(重量比)ブレンド物(MFR:0.037g/10min)を次の条件下で二軸延伸フイルム成形を行った。」(本件第1公報9欄9〜13行,本件第2公報【0024】)等と記載されていることからも,裏付けられる。
イ 被告製品の構成要件@の充足性 別紙「原告物件目録」によれば,原告が主張する第1物件及び第2物件は,いずれも,極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンと,流動パラフィンを混合した混合物から得られるものである(なお,被告製品がこのような構成をとるものであることは,被告らも認めている。)。そして,極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとは,「ポリエチレン」と単に記載されることからしても,超高分子量でない通常のポリエチレンを意味することが明らかである。
一方,本件第1,第2特許発明における構成要件@の「超高分子量ポリオレフィンA」は,上記ア(ア)に記載したとおり,エチレン,プロピレン,1-ブテン,4-メチル-1-ペンテン,1-ヘキセン等を重合して得られる,通常のポリオレフィンよりもはるかに分子量が高い重合体のみを樹脂成分とし,これに各種添加剤を任意で添加し得るが,通常の分子量の重合体を混合したものは含まないものである。そうすると,被告製品は,超高分子量ポリエチレンに通常のポリオレフィンを混合しているという点において,「超高分子量ポリオレフィンA」という文言を充足しないといわなければならない。したがって,被告製品は,構成要件@を充足しない。
ウ 原告の主張に対する判断 原告は,そもそも一般的に高分子量ポリオレフィンのような高分子は,ある一定の分布範囲の中で分子量の比較的大きい分子から分子量の比較的小さい分子までが混在した状態にあるものであって,例えば極限粘度[η]が5.0dl/gの高分子といっても,もともとそれより極限粘度[η]が小さな高分子と大きな高分子が混在した状態であると主張する。そして,このように,極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリオレフィンには,もともとそれより極限粘度[η]が小さな高分子が含まれている以上,そこに極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリオレフィンを混合する構成を排除するものではない,と主張する。
そこで,被告製品の分子量分布についてみると,別紙「原告物件目録」の第1物件及び第2物件においては,極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとの混合比については,記載がなく不明である。しかし,被告製品に対応する権利である特許第2711633号(同特許権は訴外東燃株式会社が有するものであるが,同特許権の特許発明が被告製品に対応するものであることについては,原告も明確には争っていない。)に係る明細書からすると,その混合比は,ポリオレフィン組成物の重量平均分子量/数平均分子量の比が10〜300となる程度のものであり,その重量平均分子量/数平均分子量の比は,超高分子量ポリオレフィン自身の重量平均分子量/数平均分子量(通常6)よりも大きいものであって,結果としてその分子量分布も,低分子量側へと広がりをみせるものである(特許第2711633号公報〔乙1〕【0018】)。そうすると,被告製品における「極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとを混合した混合物」の分子量分布は,超高分子量ポリオレフィン単独ではとることのできないものと認られるものであるから,当該「極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとを混合した混合物」は,超高分子量ポリオレフィンのホモポリマーとは,樹脂組成物として明確に区別されるといわなければならない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(2) 本件第1特許発明構成要件C,本件第2特許発明構成要件Dの充足性ア「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,炭化水素系可塑剤を 含む二軸延伸フィルムに限定されるか (ア) 本件第1,第2明細書の記載 本件第1,第2特許発明における「超高分子量ポリオレフィン」の内容については,上記(1)ア(ア)に記載したとおりである。また,「二軸延伸フィルム」は,一般に二軸延伸を行ったフィルムを広く意味し,当該分野における技術常識に照らせば,単純に平面的な形状を変更したフィルム(種々の形状に裁断したもの,穿孔を施したもの等)や,種々の後処理を行ったフィルムであっても,二軸延伸により発現した機械的性質を基本的に保持したままのフィルムであれば,これに含まれるものと解される。
そして,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄には「本発明の超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムの厚さは‥‥‥である。又,該フィルムは単独で用いてもよいし,片面もしくは両面をコロナ放電処理等を行って,必要に応じてアンカー処理を行い,他の樹脂もしくは紙,セロファン,アルミニウム箔と積層して用いてもよい。」(本件第1公報8欄27〜34行,本件第2公報【0021】)と記載されているから,本件各特許発明の「フィルム」には,コロナ放電等の表面処理を行ったフィルムも包含されると解される。
また,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「また本発明の超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは,均一に炭化水素系可塑剤Bが分散されているので,例えばn-ヘキサン,n-ヘプタン等により抽出することにより副次的に生成する微孔を利用した選択膜,エレクトレットフィルム等の機能材料への適性にも優れている。」(本件第1公報8欄44行〜9欄5行,本件第2公報【0022】【発明の効果】)との記載がある。この記載からは,「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,均一に炭化水素系可塑剤Bが分散されたフィルムであって,これから可塑剤を抽出したフィルムは,その応用製品と解する余地もないわけではないが,当該フィルムは,超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムに微孔を形成したという単に物理的な変質を伴うだけのものである。そうすると,可塑剤を抽出したフィルムが二軸延伸により発現した機械的性質を基本的に保持したものであるならば,当該フィルムは,実質的にみて,本件各特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」に当たると解するのが相当である。
そこで,炭化水素系可塑剤が抽出されたフィルムが,二軸延伸により発現した機械的性質を基本的に保持したものと考えられるかどうかについて,検討する。
証拠(甲34の4)によれば,一般に,高分子物質の機械的性質の向上は,延伸等によって,高分子材料に分子配向が生じることに起因するものである。
このことからすれば,本件各特許発明においても,高分子である超高分子量ポリオレフィンが延伸加工されたことが,主として,フィルムの機械的性質の向上に寄与しているものと解される。
一方,本件各特許発明において,低分子である炭化水素系可塑剤Bが,フィルムの機械的性質に与える影響については,@ 炭化水素系可塑剤等の低分子化合物の分子鎖は通常の高分子化合物に比べても非常に短いので,炭化水素系可塑剤Bが延伸により配向したとしても,機械的性質の向上に寄与する割合は少ないと考えられること,A 本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄には「延伸温度が融点(A)以上の温度では,延伸による配向が不十分であり,機械的強度を発揮できない。」(本件第1公報7欄31〜33行,本件第2公報【0017】)と記載されているところ,本件第1,第2明細書において,炭化水素系可塑剤Bの例として実施例に挙げられているパラフィンワックスの融点が69℃であることからすると,超高分子量ポリオレフィンの延伸温度の適温,すなわち,実施例において採用される120℃,150℃においては,パラフィンは延伸不適温度となり,パラフィンは延伸によって充分配向し得ないと考えられること,を指摘することができるものであって,これらの点からすれば,炭化水素系可塑剤Bの存在自体がフィルムの機械的性質の向上に寄与する度合いは小さいというべきである。
上記からすれば,炭化水素系可塑剤Bが抽出されたフィルムは,二軸延伸により発現した機械的性質を基本的に保持したものと考えられるから,「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」には,炭化水素系可塑剤を抽出除去したものも含まれると解するのが相当である。
被告らは,この点に関し,@ 本件第1,第2明細書の「特許請求の範囲」の請求項4の方法の発明に記載されているフィルムの初期弾性率及び破断強度の値が,請求項1における初期弾性率及び破断強度の値と一致している以上,請求項1に記載された超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは請求項4の方法によって得られるものといえるところ,請求項4では,超高分子量ポリオレフィンと可塑剤Bとの混合物から超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムを得ており可塑剤Bを抽出する工程が記載されていないから,請求項4の発明においては可塑剤Bを含むと解するべきであり,請求項1の発明(本件各特許発明)についても同様に解することができる,A 本件各特許発明は,超高分子量ポリオレフィンに特定の炭化水素系可塑剤Bを混合することにその技術的意義,特徴があり,本件各特許発明における各物性値と炭化水素系可塑剤Bは不可分の関係にあるから,超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムから炭化水素系可塑剤Bを抽出除去したものは,本件各特許発明技術的範囲に含まれない,と主張する。
そこで検討するに,まず,@の点については,たしかに,請求項1に記載されるフィルムが,請求項4に記載される方法によって得られるものであることは,被告らの主張するとおりである。しかし,請求項4には,「‥‥‥二軸延伸することを特徴とする,‥‥‥超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムの製造方法」と記載されているものであり,この記載から,可塑剤の抽出工程を含む方法が除外されていると直ちに結論付けることはできない。したがって,請求項1の発明について,可塑剤を抽出したものが包含されないということはできない。被告らの上記主張は,採用できない。
次に,Aの点については,本件第1,第2明細書の「発明の詳細な説明」欄には「一方,二軸延伸ポリプロピレンフィルム(OPPフィルム)の如く,フィルムを二軸延伸して高強力・薄肉フィルムを製造することは良く知られているが,通常のポリプロピレンと異なり超高分子量ポリオレフィンは高強度化に繋がる延伸可能な温度領域での粘度が極端に高いので二軸延伸フィルムを得ることは殆ど不可能であった。かかる状況に鑑み,本発明者は,超高分子量ポリオレフィンの二軸延伸フィルムを得る方法について鋭意検討した結果,超高分子量ポリオレフィンに特定の炭化水素系可塑剤を混合することにより,二軸延伸フィルムが得られることが分かり,本発明に到達した。」(本件第1公報3欄27〜39行,本件第2公報【0004】【0005】【発明が解決しようとする課題】),「本発明の方法は,前記超高分子量ポリオレフィンAに炭化水素系可塑剤Bを添加混合してMFRを0.005ないし50g/10min,好ましくは‥‥‥の範囲にした混合物を溶融混練後ダイより押出し,(一旦固化した後(本件第2公報))前記超高分子量ポリオレフィンAの融点未満の温度で二軸延伸することにより,前記高強度,高弾性率の超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムを製造する方法である。」(本件第1公報6欄32〜40行,本件第2公報【0014】)と記載されている。これらの記載と,上記の高分子材料の延伸に関する技術常識(甲34の4)からすれば,炭化水素系可塑剤Bは,本件各特許発明のフィルム中の成分として,初期弾性率,破断強度等の機械的性質の向上に直接寄与しているわけではなく,押出及び延伸前の超高分子量ポリオレフィンに可塑剤が混合されたことによって,従来不可能であった押出,延伸が可能となり,その結果として,特定の初期弾性率,破断強度の物性値が発現したと解するのが相当である。そうすると,製造方法の発明であれば炭化水素系可塑剤Bを混合することは押出,延伸を可能とするための必須の要件と解し得るものであるが,請求項1の発明は「物」の発明であり,延伸によって特定の機械的性質が発現していればよいのであるから,同請求項1の発明において,各物性値を示すために延伸後の炭化水素系可塑剤Bの存在が不可欠であるということはできない。
したがって,Aの点についての被告らの主張も,採用できない。
(イ) 出願経過参酌 被告らは,本件第1特許権の登録に至るまでの出願経過参酌すれば,本件各特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,炭化水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されると主張するので,この点についても検討する。
まず,本件第1特許権の公告決定に至る経緯をみるに,本件第1特許発明の特許出願時の「特許請求の範囲」の請求項1に記載された発明は,「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィン(A)で,縦方向の延伸倍率が3倍以上及び横方向の延伸倍率が3倍以上であることを特徴とする超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」(乙2)というものであり,これに対し,平成3年2月20日付け拒絶理由通知(乙3)がなされたため,原告は,同年5月27日付け意見書(乙9)を提出し,これとともに,「特許請求の範囲」の請求項1を「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィン(A)と,該超高分子量ポリオレフィンの融点を超える沸点を有する炭化水素系可塑剤(B)を含み,且つメルトフローレートが0.005ないし50g/10minであり,縦方向の延伸倍率が3倍以上及び横方向の延伸倍率が3倍以上であることを特徴とする超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。」と補正した。その後,同年7月17日付けで新たな拒絶理由通知(乙10)が通知されたため,原告は,平成3年10月5日付け意見書(乙13)を提出し,これとともに,特許請求の範囲の請求項1を,本件第1明細書に記載されるとおりのもの,すなわち,炭化水素系可塑剤(B)を混合することや,メルトフローレートが特定の範囲にあることについては限定がないが,二軸延伸フィルムの初期弾性率及び破断強度が特定の範囲に限定されるものに補正した。この補正した「特許請求の範囲」について,公告決定がされたものである。
そして被告らは,原告が,@ 上記平成3年5月27日付け意見書(乙9)において,「前記引用例には,‥‥‥本願発明の重要な要件である,超高分子量ポリオレフィンに特定の炭化水素系可塑剤が含有された二軸延伸フィルム,およびその製造方法について何ら記載されておらず」と記載したこと,及び,A 上記平成3年10月5日付け意見書(乙13)において「本件特許発明における前記初期弾性率や破断強度が大きい‥‥‥超高分子量ポリエチレン二軸延伸フィルムは,具体的には,超高分子量ポリエチレンに特定の炭化水素系可塑剤を配合した混合物の押出物を,超高分子量ポリエチレンの融点以下の温度で延伸することにより得られるものであります。」と記載したことからすると,本件各特許発明は,炭化水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されると主張する。
そこで,上記の点について検討する。
まず,上記@の点について検討するに,上記のとおり,平成3年5月27日付け意見書の提出時においては,本件第1明細書の「特許請求の範囲」の請求項1につき,超高分子量ポリオレフィンの融点を超える沸点を有する炭化水素系可塑剤(B)を構成要件として明記する旨の補正がされていたものであるから,原告が上記@のような主張を行ったのは,そのような事情を前提としたからこそというべきである。しかるに,その後,別の拒絶理由に対応した補正によって,炭化水素系可塑剤(B)は,もはや本件第1特許発明構成要件ではなくなり,その代わりとして,二軸延伸フィルムの初期弾性率及び破断強度という全く別の構成要件が加えられて公告決定がされたのであるから,同意見書での記載が,本件第1特許発明,ひいては同発明の出願から分割して出願された本件第2特許発明の解釈に影響を与えるということはできない。
したがって,上記@の点をいう被告らの主張は,採用できない。
次に,上記Aの点について検討するに,平成3年10月5日付け意見書(乙13)における上記の記載は,その前後の記載からすると,単に,本件各特許発明における特定の初期弾性率や破断強度を有する二軸延伸フィルムが,「超高分子量ポリエチレンに特定の炭化水素系可塑剤を配合した混合物の押出物を,超高分子量ポリエチレンの融点以下の温度で延伸する」という方法によって得られることを説明したにすぎないというべきである。したがって,同意見書における上記の記載をもって,物の発明である本件第1特許発明,ひいては本件第2特許発明が,炭化水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されるということはできない。
したがって,上記Aの点をいう被告らの主張も,採用できない。
(ウ) 公知技術参酌 本件各特許発明について,被告らは,原告が本件各特許発明技術的範囲であると主張する「可塑剤Bを混合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,本件各特許発明の出願前に頒布されたことの明らかな欧州特許明細書(乙14)の実施例13に記載された公知物質であって,本件各特許発明により初めて得られた新規物質ではないから,本件各特許発明技術的範囲には,原告が主張するような炭化水素系可塑剤Bを混合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルムは公知の物質として含まれておらず,その技術的範囲は,「炭化水素系可塑剤Bを混合してある特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」に限定されて特許されたものである,と主張する。
そこで検討するに,欧州特許明細書(乙14)の実施例13には,高分子量線状ポリエチレンであるHostalen GUR3gを還流して,400mlのキシレンに溶解し冷却したゲル状物から溶剤を除去し,乾燥したシートを両方の方向に同時に3倍の倍率で二軸延伸したフィルムが挙げられているところ,このシートは不均質であり,調製した8枚のシートの平均厚さは8.35μm,平均弾性率は2.4±0.6GN/uと記載されている。また,本件各特許発明の特許出願の前に頒布されたことが明らかな特開昭52-155221号公報(乙15)の記載からすると,Hostalen GURの極限粘度[η]は15dl/gと推認することができ,また,「実験報告書」(乙16)によれば,上記フィルムの初期弾性率は22500kgf/cm2で,破断強度は1780kgf/cm2であり,「実験報告書」(乙21。乙16の後,再実験したもの。)によれば,上記フィルムの初期弾性率は2.45±1.3×104kgf/cm2,破断強度は2100±1100kgf/cm2とされている。
しかしながら,欧州特許明細書の実施例13に記載された上記二軸延伸シートは,延伸倍率が縦,横それぞれ3倍のものであり,本件第1特許発明構成要件Aに規定する,縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以上であること,という要件を充足しないものである。そうすると,実験報告書(乙16,21)の内容の信用性について検討するまでもなく,「可塑剤Bを混合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」が,欧州特許明細書(乙14)の実施例13に記載された公知物質であって,本件第1特許発明により初めて得られた新規物質ではないとの被告らの主張は,失当といわなければならない。
なお,被告らは,欧州特許明細書の実施例13に「これらの数値は,溶融して調整した普通の線状高密度ポリエチレンフィルムに比べてかなり高いものであるが,もっと厚い原反シートを用いてもっと高い延伸倍率で延伸すると,さらに高い数値が得られると予想される。」と記載されていることを根拠に,本件第1特許発明の延伸倍率は,欧州特許明細書に記載されたものと実質的に同一である旨主張するが,上記「もっと高い延伸倍率」が5倍以上を意味するという具体的な根拠はなく,しかも,乙21の実験報告書において,被告らも認めているように,延伸倍率が3倍であっても二軸延伸フィルムを得ることができない場合があるのであるから,「もっと高い延伸倍率」が5倍以上を意味したとしても,このような一行の記載をもって,上記欧州特許明細書に,延伸倍率が5倍以上の二軸延伸フィルムが記載されていると認めることはできない。
したがって,公知技術参酌しても,本件第1特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」が,炭化水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されるとすることはできない。
次に,本件第2特許発明について検討するに,本件第2特許発明の「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」も,炭化水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されるものではない。すなわち,欧州特許明細書(乙14)の実施例13は,正確な追試ができる程度に明確に記載されているとはいえず,結果として乙16,21,24のいずれの実験も同実施例13の忠実な追試であるとは認められない。さらに,乙16,21,24のいずれの実験によっても,通常「二軸延伸フィルム」と呼べる程度の均一な二軸延伸フィルムが得られたとは認められない。したがって,乙16,21,24の実験によって,「可塑剤Bを混合していない特許請求の範囲に規定する物性値を有する超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」が公知物質であると認めることはできない。
イ 本件第1特許発明構成要件C,本件第2特許発明構成要件Dの充足性 上記のように,本件第1特許発明構成要件C,本件第2特許発明構成要件Dの「超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム」は,炭化水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されないというべきである。したがって,炭化水素系可塑剤を含む二軸延伸フィルムに限定解釈されることを前提として,被告製品が構成要件Dを充足しないとする被告らの主張は,採用できない。
また,被告らは,被告製品はポリオレフィン二軸延伸フィルムから流動パラフィンの全量を抽出除去して得られたポリオレフィン微多孔膜であって,これは「フィルム」には当たらない,と主張するが,@「試験成績書」(乙18)には,「品名及び数量 フィルム,1」,「サンプル名称:東燃化学セティーラ(E25MMS)」という記載があり,同工業指導所は被告製品である「セティーラE25MMS」を「フィルム」と扱っているものであり,A 原告が提出した「セティーラE25MMS」(検甲1)を見ても,被告製品はフィルムにほかならないものと認められるのであり,被告製品は「フィルム」に当たらないとする被告らの主張は,採用できない。
しかし,本件各特許発明における「超高分子量ポリオレフィン」の内容は,前記(1)アに記載したとおりであって,被告製品がこれに含まれないことは,前記(1)イにおいて判示したとおりである。したがって,被告製品は,結局,本件第1特許発明構成要件C,本件第2特許発明構成要件Dを充足しないものである。
2 以上によれば,被告製品は本件第1特許発明構成要件@,C及び本件第2特許発明構成要件@,Dを充足しないから,その余の構成要件の充足性について検討するまでもなく,本件各特許発明技術的範囲に属さない。
なお,原告は,本件口頭弁論終結後に,本件各特許権について,本件第1,第2明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載の訂正を申し立てた訂正審判事件(訂正2002-39247号,同39248号)において,訂正を認める審決がされた旨を記載した書面を提出し,口頭弁論の再開を申し立てている。そして上記書面と共に提出された審決謄本(甲55,56)によれば,上記訂正後の本件各特許権の特許請求の範囲請求項1は,次のとおりである(訂正された部分に下線を付した。)。
ア 本件第1特許権 「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで,且つ炭化水素系可塑剤Bを添加 して 縦方向の延伸倍率が5倍以上及び横方向の延伸倍率が5倍以上に二軸延伸 したもの であって,初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上であることを特徴とする超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。」 イ 本件第2特許権 「少なくとも極限粘度[η]が5.0dl/g以上の超高分子量ポリオレフィンAで,且つ炭化水素系可塑剤Bを添加 して 一旦固化した後の縦方向の延伸倍率が4倍以上及び横方向の延伸倍率が4 倍以上に 二軸延伸 したもの であって,初期弾性率が6900 kg/cm2以上 で且つ破断強度が720kg/cm2以上(ただし,縦方向の延伸倍率が5倍以上,及び横方向の延伸倍率が5倍以上であって,初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ破断強度が910kg/cm2以上を除く)であることを特徴とする超高分子量ポリオレフィン二軸延伸フィルム。」 しかしながら,被告製品は,上述のとおり,「超高分子量ポリオレフィン」に該当しないものとして,本件口頭弁論終結時における本件各特許発明技術的範囲(上記訂正審判事件の審決による訂正前の特許請求の範囲を前提とするもの)に属さないと判断されるものである。そして,上記訂正審判の審決の「特許請求の範囲」の訂正によって,本件第1,第2特許権については,延伸時の超高分子量ポリオレフィンに炭化水素系可塑剤Bが含まれることが,加えて本件第2特許権については,延伸倍率が4倍以上,初期弾性率が6900kg/cm2以上であることが更に限定されたのであるから,上記審決による特許請求の範囲の訂正は,被告製品が本件各特許権の請求項1に係る発明の技術的範囲に属さないという本判決の結論に影響を与えるものではない。
3 結論 以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告の各請求は,いずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。
追加
裁判長裁判官三村量一原告第1物件目録@商品名が「セティーラ」であって,A極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,B極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンと,C流動パラフィンを混合した混合物から得られるものであって,D上記極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと上記極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとの混合物(上記流動パラフィンを除く)の極限粘度[η]が5.0dl/g以上であり,E縦方向の延伸倍率が5倍以上10倍以下及び横方向の延伸倍率が5倍以上10倍以下であり,F最終商品の初期弾性率が8000kg/cm2以上30000kg//cm2以下であり,G最終商品の破断強度が910kg//cm2以上2000kg//cm2以下であるH超高分子量ポリエチレン二軸延伸フィルム原告第2物件目録@商品名が「セティーラ」であって,A極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと,B極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンと,C流動パラフィンを混合した混合物から得られるものであって,D上記極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリエチレンと上記極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリエチレンとの混合物(上記流動パラフィンを除く)の極限粘度[η]が5.0dl/g以上であり,E一旦固化した後の縦方向の延伸倍率が5倍以上6倍以下及び横方向の延伸倍率が5倍以上6倍以下であり,F最終商品の破断強度が800kg/2以上2000kg/cm2以下であり,G最終商品の初期弾性率が7300kg/cm2以上で且つ最終商品の破断強度が910kg/cm2以上のものではない,H超高分子量ポリエチレン二軸延伸フィルム被告物件目録商品名「セティーラ」であって,下記(1)のポリオレフィン二軸延伸フィルムから,流動パラフィンの全量を抽出除去して得られた(2)のポリオレフィン微多孔膜。
(1)極限粘度[η]が5.0dl/g未満であるポリオレフィンと,極限粘度[η]が5.0dl/g以上である超高分子量ポリオレフィンと,流動パラフィンを混合した混合物から得られた,縦方向の延伸倍率が5倍及び横方向の延伸倍率が5倍であって,初期弾性率が1650kg/cm2以下であって,且つ,破断強度が500kg/cm2以下であるポリオレフィン二軸延伸フィルム。
(2)上記(1)のポリオレフィン二軸延伸フィルムから流動パラフィンの全量を抽出除去したポリオレフィン微多孔膜。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 田中孝一