運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2003-35164
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19ワ13513特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成13ワ15719特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ11856損害賠償請求事件 判例 特許
平成13ワ1105特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  創作性(創作) /  新規性 /  公然実施(29条1項2号) /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  アクセス /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的範囲 /  出願公開 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  明瞭でない記載 /  着想 /  権利の濫用(権利濫用) /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  先使用権(先使用) /  加工 /  交換 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施権 /  通常実施権 /  発明の実施である事業 /  請求の範囲 /  変更 /  釈明 /  合理的な理由 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (ワ) 26399号 特許権侵害差止等請求事件
原告 アイホン株式会社
訴訟代理人弁護士 立岡亘
同 太田博之
同 中村勝己
同 服部千鶴
同 吉野彩子
同 太田成
補佐人弁理士 守谷一雄
同 渡部弘道
被告 株式会社ケアコム
訴訟代理人弁護士 山根祥利
同 近藤健太
同 的場 美友紀
同 奥山隆之
補佐人弁理士 鈴江武彦
同 蔵田昌俊
同 峰隆司
同 幸長 保次郎
同 和田祐造
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2003/09/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の請求
1 被告は,別紙目録(1)〜(3)記載の各情報表示機能付ナースコール装置を製造・販売してはならない。
2 被告は,別紙目録(1)〜(3)記載の各情報表示機能付ナースコール装置を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,8億4000万円及びこれに対する平成14年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
原告は,情報表示機能付ナースコール装置の発明に係る特許権を有するところ,被告が製造・販売する別紙目録記載(1)〜(3)の各製品はいずれも上記発明の技術的範囲に属しており,被告がこれら各製品を製造・販売する行為は上記特許権を侵害する行為に当たると主張して,その差止等及び損害賠償金の支払を求めている。
1 争いのない事実 (1) 原告は,下記の特許権を有している(以下,この特許権を「本件特許権」という。本判決末尾添付の本件特許権に係る特許公報〔甲4〕参照。なお,この特許公報を以下「本件公報」という。)。
特許番号 第2560151号 発明の名称 情報表示機能付ナースコール装置 出 願 日 平成3年(1991)1月31日 出願公開日 平成4年(1992)9月2日 登 録 日 平成8年(1996)9月19日 (2) 本件特許権に係る明細書における,特許請求の範囲【請求項1】の記載は,以下のとおりである(以下,この明細書を「本件明細書」といい,上記請求項1記載に係る発明を「本件特許発明」という。)。
「病室区分,患者氏名等の患者管理データ及び前記患者管理データに付属して格納される救護区分,実行中の医療,看護種別等の医療・看護データを生成するデータ生成手段と,前記データ生成手段で生成された前記患者管理データで索引された前記医療・看護データを記憶するデータ記憶手段と,前記データ記憶手段で記憶された医療・看護データを表示する電子表示手段とを備えたことを特徴とする情報表示機能付ナースコール装置。」 (3) 本件特許発明構成要件に分説すると,下記A〜Dのとおりである(以下,下記の各構成要件を,その記号に従い「構成要件A」などという。)。
A 病室区分,患者氏名等の患者管理データ及び前記患者管理データに付属して格納される救護区分,実行中の医療,看護種別等の医療・看護データを生成するデータ生成手段と, B 前記データ生成手段で生成された前記患者管理データで索引された前記医療・看護データを記憶するデータ記憶手段と, C 前記データ記憶手段で記憶された医療・看護データを表示する電子表示手段と D を備えたことを特徴とする情報表示機能付ナースコール装置 (4) 被告は,別紙目録記載(1)〜(3)の各製品(以下,その番号に従い「被告製品(1)」などといい,これらを総称して「被告各製品」という。)を製造・販売している。
(5) 被告各製品に共通する具体的構成は,以下のとおりである(以下,下記の各構成を,その記号に従い「被告各製品構成a」などという。)。
a 病室(居室)区分,患者(入居者)氏名等の患者管理データ及び患者管理データに付属して格納される救護区分,実行中の医療,看護種別等の医療・看護データを生成するデータ生成手段と, b データ生成手段で生成された患者管理データで索引された医療・看護データを記憶するデータ記憶手段と, c データ記憶手段で記憶された,病室(居室)区分,患者(入居者)氏名等の患者管理データで索引される医療・看護データを表示する電子表示手段と d を備えたことを特徴とする情報表示機能付ナースコール装置 上記から明らかなとおり,被告各製品構成a〜dは,それぞれ構成要件A〜Dを充足するものであり,被告各製品は,本件特許発明構成要件をすべて備えている。
したがって,被告各製品は,本件特許発明技術的範囲に属している。
(6) なお,被告は,平成15年4月22日,本件特許権について無効審判を申立て(特許庁・無効2003-35164号),同審判において,本件特許発明は,その出願前に頒布された刊行物である本件乙1号証(上記審判甲1号証)に記載された発明と同一であるから,特許法29条1項3号違反を理由に無効とすべきものであるなどと主張した。
原告は,同年6月26日,上記審判手続において,「明りようでない記載の釈明」(特許法126条1項3号)を目的として,本件明細書の特許請求の範囲請求項1の記載を,下記のとおり訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)を行った。
「ナースコール子機と,前記ナースコール子機から呼出されるナースコール親機とを設けた情報表示機能付ナースコール装置であって,前記情報表示機能付ナースコールは,病室区分,患者氏名等の患者管理データ及び前記患者管理データに付属して格納される救護区分,実行中の医療,看護種別等の医療・看護データを生成するデータ生成手段と,前記データ生成手段で生成された前記患者管理データで索引された前記医療・看護データを記憶するデータ記憶手段とを備え,前記ナースコール親機に,前記データ記憶手段で記憶された医療・看護データを表示する電子表示手段を備えたことを特徴とする情報表示機能付ナースコール装置。」 2 争点 前記1(5)記載のとおり,本件においては,被告各製品が本件特許発明技術的範囲に属することに争いはないが,被告は,後記のとおり,複数の公知文献を引用し,本件特許権には特許法29条1項3号違反(新規性欠如)あるいは同条2項違反(進歩性欠如)の無効事由が存在すると主張する。
また,被告は,本件特許発明の出願前に同発明の技術的範囲に属する製品(以下「先使用製品」という。)を公然実施したから,本件特許権について先使用に基づく通常実施権(特許法79条)を有するとともに,同特許権には平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項2号(以下,同号につき,同じ。)違反の無効事由が存在すると主張する。
したがって,本件における争点は,下記のとおりである。
(1) 本件特許権に特許法29条1項3号違反ないし同条2項違反の無効事由の存することが明らかであり,同特許権に基づく原告の請求は,権利の濫用に当たるものとして許されないか(争点1)。
(2) 上記先使用製品が本件特許発明技術的範囲に属しており,被告に特許法79条に基づく通常実施権が成立するか。
また,同製品が公然実施されたことにより,本件特許権に特許法29条1項2号違反の無効事由の存することが明らかであり,同特許権に基づく原告の請求は,権利の濫用に当たるものとして許されないか(争点2)。
(3) 原告の損害額(争点3)。
当事者の主張
1 争点1(特許法29条1項3号違反ないし同条2項違反の無効事由の存否)について (被告の主張) (1) 乙1に基づく新規性欠如(特許法29条1項3号違反・その1) ア 乙1の記載 乙1は,昭和56年(1981)11月発行の定期刊行物「病院設備」Vol.23 No.6(23巻6号)中の「ナースコールの集中処理システム」と題する部分の抜粋(写し)である。
そこでは,既存のシステムでは,大規模になった病院のコミュニケーションを円滑かつ能率的に処理するのは難しく,人件費の面からも不経済であるとされた上,「このような問題を経済的に処理する幾つかの体制や設備の検討が行われてきたが,中でも,院内コミュニケーション・システムが注目され,研究された。まず病院全体を組織化し運営コストを低減すること。次に,ナースコールを含む病院全体のコミュニケーションを円滑に処理すること。さらに各組織をより機能的に動かすために,その任務の該当者(複数の場合も多い)に,即時に必要な情報を送ることであった。これらの要請に応えられる情報処理システムを目的に開発されたのがこの集中化コミュニケーション・システムである。この発想は,約10年前の(英・独・蘭の病院)設備にも見ることができる。しかし,それが数年前から,高度で,かつ有効なシステムとなったのは,C・P・Uを含む電子技術の進歩が裏付けしている点は見のがせない。」(15頁右欄)と記載されている。
また,上記記載に引き続き,「病院には,各ベッドごとに患者用呼出し器が装備され,トイレにはトイレ用呼出し器(復帰ボタン付)が取付けられている。
以上,それぞれの呼出し器(総称してコール・ステーションと呼ぶ。)からの呼出しは,すべて集中親機(テレセンターと呼んでいる)で受けている。テレセンターの位置は,電話交換室の中で,電話交換手とテレセンターの操作員は隣り合わせに座っている。ここが,この病院のコミュニケーションセンターになっている。集中親機の中には小型のコンピュータが組込まれ,その中にはこの病院の看護医療に関する必要なデーター(患者の個人データー,病院の特殊データーなど)が記録されている。患者が病床からまたは職員が院内のどこかの呼出しボタンを押すと,C・P・Uが患者データー,職員の呼出し場所などをテレセンターのスクリーン上にいきなり表示する。操作員はそのデスプレーされたデーターを見ながら必要な処理をすることになる。」と記載されている(16頁左欄)。
さらに,乙1の17頁右欄には,「患者が呼出しボタンを押すと,患者用の呼出し確認ランプが点灯する。テレセンターの操作員は呼出し信号を聞き,同時にスクリーンには患者データーが表示される。すなわち,部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などである。」と記載されている。
上記各記載を総合すれば,乙1においては,各病室には患者用呼出器が,電話交換室(テレセンター)にはその中に小型のコンピュータを備えたナースコール親機(集中親機)が,ナースステーションには看護師用呼出器とナースコール用ポケットベルの受信機収納器がそれぞれ配置された上,患者が病床からナースコールのために呼出ボタンを押すと,テレセンターで呼出信号を聞き,スクリーンに患者のデータ,すなわち,部屋番号,氏名,担当医師のページング番号等が表示されて,操作員はそのデータを見ながら,例えば担当医師または担当看護師をポケットベルで呼び出すなどの必要な操作をする。以上のような病院内システムが開示されているというべきである。
そして,上記システムにおけるナースコール親機(集中親機)は,小型のコンピュータを組み込んだものであるから,同システムは,その構成要素として,部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータを記録するコンピュータを備えたものということができる。
構成要件A,Bの開示 上記集中親機に組み込まれた小型のコンピュータは,看護医療に必要なデータを記録し,これらのデータをスクリーンに表示するためのものとして乙1に記載されているが,データの生成に関する明示の記載はない。しかしながら,看護・医療に必要なデータをコンピュータに記録し,表示できる状態にするためには,これらのデータが生成されていることが当然の前提となるから,データ生成手段も実質的に開示されているということができる。例えば,入力装置を用いたデータ入力,記録媒体読取装置を用いた記録媒体に保存されたデータのコピー,他の病院管理システムなどからのデータ転送,OCRによるデータの読取等の手法により,データを生成してコンピュータに記憶可能な状態にするデータ生成工程を経るものであることは,当業者にとっていわば自明の事柄である。
このようにして生成されたデータは,記憶した後に患者ごとに表示して利用するためのものであるから,「患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータ」は,患者個人の基本的なデータである「部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢」をインデックス(索引)として記録されていることは明らかである。すなわち,上記システムにおいては,患者が病床から呼出ボタンを押すと,C・P・Uが部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの患者データをテレセンターのスクリーン上にいきなり表示し,操作員がそのディスプレーされたデータを見ながら必要な処理をするものであるが,このように,ある特定の患者の呼出ボタンを押す操作に応答して,C・P・Uが患者データをスクリーンに表示することに照らせば,「患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータ」が,患者管理のための基本的なデータである「部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢」のうちのいずれかにより索引されてコンピュータの中に格納(記憶)されているのが,C・P・Uを使用する以上当然の技術常識である。
以上によれば,乙1には,部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢のほか,これらのいずれかによって索引された,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータを記録するコンピュータが記載されているというべきである。そして,コンピュータである以上,データを生成することも当然に開示されているというべきであるから,結局,乙1には, a 部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢及び患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの医療・看護に関する必要なデータをコンピュータによって生成すること, b 前記生成された部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢のうちのいずれかによって索引された,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項など医療・看護に関する必要なデータを,上記部屋番号,ベッド番号等によって附属してコンピュータに格納し,記録すること, が開示されているものと認められる。
しかるところ,上記「部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢」は構成要件Aの「病室区分,患者氏名等の患者管理データ」に,上記「患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータ」は構成要件Aの「救護区分,実行中の医療,看護種別等の医療・看護データ」にそれぞれ該当し,上記「コンピュータ」は構成要件Aの「データ生成手段」及び構成要件Bの「データ記憶手段」に該当する。そして,上記「患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータ」は,上記「部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢」のいずれかに附属して(あるいは索引されて),コンピュータに格納され,記憶されるものである。
したがって,以上を総合すれば,上記a,bには,本件特許発明構成要件A及びB記載に係る各構成,すなわち,「病室区分,患者氏名等の患者管理データ及び前記患者管理データに付属して格納される救護区分,実行中の医療,看護種別等の医療・看護データを生成するデータ生成手段」(構成要件A)と,「前記データ生成手段で生成された前記患者管理データで索引された前記医療・看護データを記憶するデータ記憶手段」(同B)が,いずれも開示されているというべきである。
構成要件Cの開示 前記ア記載のとおり,乙1においては,各病室に患者用呼出器を,電話交換室(テレセンター)にコンピュータを備えたナースコール親機(集中親機)を,ナースステーションに看護師用呼出器とナースコール用ポケットベルの受信機収納器をそれぞれ備えた上,患者が病床からナースコールのために呼出ボタンを押すと,テレセンターで呼出信号を聞き,スクリーンに部屋番号,氏名,担当医師のページング番号等の患者データが表示されて,操作員がそのデータを見ながら,担当医師をポケットベルで呼び出すなどの必要な操作をする,以上のようなシステムが開示されているところ,乙1の17頁右欄には,「患者が呼出しボタンを押すと,患者用の呼出し確認ランプが点灯する。テレセンターの操作員は呼出し信号を聞き,同時にスクリーンには患者データーが表示される。すなわち,部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などである。」との記載がある。
上記によれば,乙1記載のシステムにおける「スクリーン」は,コンピュータで記憶された部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータを表示するスクリーンであるというべきところ,この「スクリーン」が「電子表示手段」(構成要件C)に当たることは明らかである。また,ナースコール親機に備えられたコンピュータが「データ記憶手段」(構成要件B)に,上記「患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項など」が「医療・看護データ」にそれぞれ該当することは,前記イで述べたとおりである。
以上によれば,乙1に開示された上記「コンピュータで記憶された部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータを表示するスクリーン」は,構成要件Cの「前記データ記憶手段で記憶された医療・看護データを表示する電子表示手段」に該当するものと認められる。
構成要件Dの開示 構成要件Dは,上記構成要件A〜Cの各構成を備えたことを特徴とする「情報表示機能付ナースコール装置」というものであるが,この情報表示機能付の「付」の意味については,特許請求の範囲の記載上何ら限定はないから,@ 情報表示機能にナースコール受信側の機械的部分が付属していて,患者からの発信を受けられるようになっている場合,A 情報表示機能にナースコール発信側の機械的部分が付属していて,患者からの呼出に応じて,情報表示機能を持った集中親機の表示を見て,必要な医師ないしナースをコールして呼び出し,情報表示機能のデータを知らせる場合,B 患者からの呼出器と,ナースの呼び出しと,情報表示機能が電子的に一体になったナースコールが構成されている場合の3通りが考えられる。
乙1に開示されているのは,Aの場合であるが,上記から明らかなとおり,これは「情報表示機能付ナースコール装置」の一実施態様に当たるものであり,乙1に構成要件Dの「情報表示機能付ナースコール装置」が開示されていることは,明らかである。
オ 小括 以上のとおり,乙1には,本件特許発明構成要件がすべて開示されてるから,本件特許発明には,出願前の公知文献である乙1との関係で,新規性欠如の無効事由の存することが明らかである。
(2) 乙6に基づく新規性欠如(特許法29条1項3号違反・その2) ア 乙6(昭和62年11月16日付け日経産業新聞の記事)には,日電システム建設が開発した,重症患者監視用カメラ,インタフォン兼用電話機,冷蔵庫,テレビなどを組み込んだ病院向け収容棚「病院システム床頭台」について,この収容棚は,「患者が非常用呼び出しボタンを押すか受話器を取ると同時に,キャビネット上部に取り付けたランプが点灯しカメラが作動する。ナースセンターのモニターには画面の半分に患者の状態,残りの半分にはカルテを映し出し,緊急時に患者の症状に応じて適切に対応できるような仕組みにしている。」,「また看護婦や医者にポケットベルを持たせておくと,患者が呼び出した場合ポケットベルの液晶表示に患者のベッド番号が表示され,近くの電話から直接患者とやりとりもできる。」と記載されている。
したがって,乙6には,画面の半分に患者の状態,残りの半分にはその患者のカルテを映し出すモニターを備え,インタフォン兼用電話機と,患者が非常用呼び出しボタンを押すか,インタフォン兼用電話機の受話器を取るかすると,看護師や医者を呼び出すポケットベルとからなるシステムが記載されている。
イ 上記モニターは「電子表示手段」(構成要件C)に,上記システムは全体として「情報表示機能付ナースコール装置」(同D)にそれぞれ該当するところ,上記ポケットベルに表示される患者のベッド番号が「患者管理データ」(構成要件A等)に該当することは明らかであり,上記モニターに映し出されるカルテに,この患者管理データで索引(インデックス)された医療や看護に関する具体的なデータ(「医療・看護データ」)が含まれることも,また明らかである。そうすると,乙6には,カルテ中の医療や看護に関するデータを患者管理データで索引して記録した上,ナースコールに応じてそのカルテの内容を電子表示する機能を有するナースコール装置が開示されており,本件特許発明構成要件が実質的にすべて開示されているというべきである。
したがって,本件特許発明には,出願前の公知文献である乙6との関係で,新規性欠如の無効事由の存することが明らかである。
(3) 乙1,乙2,乙4及び乙5に基づく進歩性欠如(特許法29条2項違反・その1) 前記(1)で述べたとおり,乙1には,本件特許発明構成要件がすべて開示されているというべきであるが,仮に,@ 医療・看護に関するデータを生成する手段が存在する点(構成要件A),及び,A 生成された医療・看護データが,患者管理データで索引されて記憶されている点(同B)に関する明確な開示がないとの立場に立ったとしても,これらの点については,本件明細書における,「上記実施例におけるパーソナルコンピュータは他の病院管理システムを使用し,病院管理システムで生成された入院,退院,カルテ管理等から必要な医療・看護データを取出してもよい。」(段落【0023】)との記載や,いずれも出願前の公知文献である乙2(「病院」1986年6月号(45巻6号)),乙4(「情報システム」14-4(1987.5.19)の「オーダリングによる総合病院情報システム」と題する論文)及び乙5(「医療情報学」12-14(1982.2.20)の「倉敷中央病院の病院情報システム」と題する論文)における各記載に照らし,周知慣用の技術であることが明らかである(医療・看護に関するデータを生成した場合,これを患者を特定する識別子である患者管理データで索引して記憶するのが通常であり,それ以外の記憶方式を想定することの方がむしろ困難である。)。
したがって,本件特許発明は,乙1に上記周知慣用の技術手段を加えたものにすぎず,当業者がこれらを組み合わせることにより容易に発明できたものというべきである。
(4) 乙6,乙2,乙4及び乙5に基づく進歩性欠如(特許法29条2項違反・その2) 前記(2)で述べたとおり,乙6には,本件特許発明構成要件が実質的にすべて開示されているというべきであるが,仮に,@ 医療・看護に関するデータを生成する手段が存在する点(構成要件A),及び,A 生成された医療・看護データが,患者管理データで索引されて記憶されている点(同B)に関する明確な開示がないとの立場に立ったとしても,これらの点は,前記(3)で述べたとおり,本件明細書の段落【0023】の記載や,いずれも出願前の公知文献である乙2,乙4及び乙5の各記載から,周知慣用の技術であることが明らかである。
したがって,本件特許発明は,乙6に上記周知慣用の技術手段を加えたものにすぎず,当業者がこれらを組み合わせることにより容易に発明できたものというべきである。
(5) 乙3,乙2,乙4及び乙5に基づく進歩性欠如(特許法29条2項違反・その3) ア 乙3(「電設工業」昭和62年10月号の「病院の情報システム」と題する記事)の49頁から50頁にかけて,下記のとおりの記載がある。
「PCシステムのナースコール親機は,壁掛型で看護情報表示板付のものがほとんどである。
看護情報表示板には, ○患者名 ○年齢 ○科目別 ○担当医 ○看護情報メモが記入できるスペースと, □ナースコール呼出ランプ □選局用押ボタン □室番号表示部 □救護区分表示部 などが患者ごとにまとめられている(写真-1)。
実際の使用上の利点は次のようなことである。
(1) ナースコールがきたとき呼出しをした患者の呼出ランプが点滅し,だれのコールかが分かる。看護婦はその患者の現状を知ったうえで対応できるため,患者の要求内容もすぐ理解でき即対応が可能,看護効率が大幅に向上する。」 また,乙3の51頁には,「そのサブナースステーション用に最適なのが,このデジタル表示付リモート副親機である。主ナースステーションには看護情報表示板付きのボード型親機が置かれるが,サブナースステーションは,患者により近い場所であり,そして受持ちの患者数が少ないため,患者1人1人の病状把握ができているので,呼出しと4桁のディジタル数字で病室・ベッド番号がわかれば十分対応できる(第3図参照)。」と記載されている。
これらの記載によれば,乙3には,各患者の患者名,年齢,科目別,担当医,看護情報メモ,室番号,救護区分等の情報を表示する患者情報表示板と,4桁のデジタル数字で病院・ベッド番号を表示するデジタル表示付リモート副親機とを備えた情報表示機能付ナースコール装置が開示されていると認められるところ,上記患者名,年齢,室番号は本件特許発明の「患者管理データ」に,上記科目別,担当医,看護情報メモ,救護区分は同じく「医療・看護データ」にそれぞれ該当するから,結局,乙3には,患者管理データ及び医療・看護データを表示する表示手段を備えた情報表示機能付ナースコール装置が開示されていることになる。
イ しかるところ,前記乙2,乙4及び乙5によれば,コンピュータを用いて,患者管理データ及びこれに付属して格納される医療・看護データを生成した上,この医療・看護データを患者管理データに索引される形で記憶し,このようにして記憶された医療・看護データを電子的に表示する手段が,本件特許発明の出願当時,その技術分野で広く知られた周知慣用の技術手段であったことが認められる。
したがって,乙3,乙2,乙4及び乙5が開示する各内容を総合すれば,そこには,本件特許発明の構成要素がすべて開示されていることになるから,本件特許発明は,その出願時において,当業者がこれらを組み合わせることにより容易に発明できたものというべきである。
(原告の反論) (1) 本件特許発明の意義及びその技術的範囲 原告は,被告の無効主張に対して反論する前提として,本件特許発明の意義及びその技術的範囲を明確にするため,特許請求の範囲の各文言につき,以下のとおり主張する。
ア 「ナースコール装置」について 本件特許発明は,いうまでもなく,電子的な情報表示機能が付いたナースコール装置に関するものであるが,「ナースコール装置」とは,一般的には,患者が看護師を呼び出すための単純な通信設備から,患者とナースステーションにいる看護師が,親機と子機を通じて呼出あるいは通話を行うことのできる通信設備までを含む幅広い概念である。
ところで,本件特許発明出願当時においては,患者からの呼出に応じて適切に対応することを可能にするため,ナースステーションのナースコール親機側に,患者の医療・看護に関するデータを記録し,表示しておくための物理的設備(ボード)を備えたものが典型的な従来技術であった。しかしながら,このような従来技術には,医療・看護データを患者ごとに記録・表示するための物理的負担が大きいという難点があった。そこで,本件特許発明は,この点に関する課題を解決するため,医療・看護データを患者管理データと共に生成する際,前者を後者に索引させて記憶手段に記憶させるという工夫を施した上,これらのデータを表示する手段を電子化し,もって各種作業の合理化を図った(本件公報段落【0007】〜【0009】)。当業者は,従前,上記の物理的設備(ボード)にいかに効率よく多くの情報を表示するかを競っていたが,情報表示機能を物理的なものから電子的なものに転換するという技術的思想(着想)は存在しなかった。本件特許発明は,まさにこの点に新たな技術的思想創作を認められ,特許庁の審査基準にいう「ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源(例:CPU等の演算手段,メモリ等の記憶手段)を用いて具体的に実現される,つまりソフトウェアとハードウェア資源とが協働した具体的手段によって,使用目的に応じた情報の演算または加工を実現することにより,使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)またはその動作方法が構築されている場合」に当たると判断されて,特許を付与されたのである。そして,このような構成を採用したことにより,看護師が,ナースコール親機側に表示される患者に関するデータを適宜参照しながら,患者との間で双方向通信をし,もって適切な看護業務を果たすことが可能になった。
以上によれば,本件特許発明における「ナースコール装置」とは,ナースコール親機側に,物理的表示設備をもって医療・看護データを表示することによって,患者と看護師との間の双方向通信に際し,看護師が必要なデータを参照しながら,適切に業務を遂行するための看護設備としてのナースコール装置を意味するものというべきである。
イ 「情報表示機能付ナースコール装置」について 特許請求の範囲に記載された「情報表示機能付ナースコール装置」は,本件特許発明構成要件の1つ(構成要件D)であると同時に,本件特許発明の外延を画する要素でもある。
本件公報の段落【0002】以下に記載された従来技術の具体的構成及び段落【0012】以下に記載された本件特許発明実施例の具体的構成を検討すると,いずれにおいても,ナースコール親機に患者との通話機能が備えられており,患者からの呼出に応答できるとともに,看護師から患者への呼出もできるように構成されている。また,データを表示する手段も,それが物理的なものか電子的なものかにかかわらず,機能的にナースコール親機の一部を構成することで,看護師が医療・看護データを見ながら,患者と通話できるように構成されている。このことをふまえ,また,上記アで述べた典型的な従来技術の問題点及びこれを解決するために着想された本件特許発明の意義に照らして解釈すれば,「情報表示機能付ナースコール装置」(構成要件D)とは,ナースステーションなどの看護師が待機する待機場所に,患者の医療・看護データを表示する機能と,当該待機場所で患者の医療・看護データを見ながら患者と通話できる機能を備えていることを当然の前提として,そのような作用効果を奏するナースコール装置のことを指すものと解すべきである。
ウ 「索引」について 本件明細書においては,構成要件Bの「データ記憶手段」としてRAMが開示されているところ,そのデータ構造としては,例えば,トランスレータ番号で指定したデータエリアに患者氏名が記入される一方で,アドレステーブルにデータエリアの各番地が記入され,このデータエリアには上記トランスレータ番号により指定された形で患者ごとの医療・看護データが記憶されるといった構成が開示されている(本件公報の段落【0016】〜【0018】,【図3】,【図4】)。
上記から分かるとおり,本件特許発明においては,ある特定の患者に対応して生成し,記憶媒体に記憶させた医療・看護データにアクセスする際には,データエリアの番地に対応するトランスレータ番号,ベッド番号,子機番号等を直接外部から入力することにより,上記医療・看護データを表示させることになる。このように,医療・看護データが,キー項目である患者管理データと関連づけられたアドレスに格納されている状態を,特許請求の範囲において「索引」(構成要件B)と表現しているのである。
ちなみに,被告は,上記のような具体的構成を何ら示さないまま,乙1,乙3及び乙6に「患者管理データで索引された医療・看護データ」が開示されていると主張しており,失当というべきである。
エ 「医療・看護データ」について これまでに述べてきたところから明らかなとおり,本件特許発明における「医療・看護データ」とは,例えば,「術後血圧測定,血沈,胃カメラ,透析,検尿,検査,心電図,付添有,外出,外泊,担送,護送等」(本件公報段落【0003】)といった,ナースセンターの看護師が,適切な医療・看護措置を講じるために,ナースコールに際して即座に参照することを求められる性質のデータと解すべきである。
オ 「電子表示手段」について ア〜エで上述したところによれば,「電子表示手段」(構成要件C)についても,表示の対象となる医療・看護データが患者管理データに索引された状態で記憶されていること,及び,上記エで述べたような性質のデータであることを前提に,このようなデータを電子的に表示する手段を意味するものというべきである。
(2) 乙1に基づく無効主張に対する反論 上記(1)をふまえて,乙1に基づく被告の無効主張に対し,下記のとおり反論する。
ア 前記のとおり,本件特許発明における「ナースコール装置」は,患者と看護師による直接の双方向通話が可能なことを前提とするものであるところ,乙1に記載されたシステムは,従来看護単位ごとに設置されていたナースコール親機を廃止し,コミュニケーションセンターに常駐する医療・看護に無関係な操作員に集中的に患者からの連絡の一次対応をさせるものであり,患者と看護師の間に直接の連絡経路は確立されない。すなわち,同システムは,いわば操作員による集中伝言処理システムというべきものであり,上記の意味における「ナースコール装置」とは全く異なるから,そもそも,本件特許発明の「ナースコール装置」に該当しない。
イ 仮に乙1のシステムが「ナースコール装置」に該当するとしても,同システムは,本件特許発明における「情報表示機能付ナースコール装置」に該当しない。
なぜなら,前記のとおり,「情報表示機能付ナースコール装置」とは,ナースステーションなどの看護師が待機する待機場所に,患者の医療・看護データを表示する機能と,当該待機場所で患者の医療・看護データを見ながら患者と通話できる機能を備えている(すなわち,表示手段が機能的にナースコール親機の一部を構成している)ものを指すと解すべきところ,乙1記載のシステムにおいては,患者と看護師の間に直接の通話経路が確立されることはなく,上記のような構成の仕方は予定されていない上に,そもそも,同システムにおける情報表示機能は,ナースコールを受信して実際に看護をする看護師側ではなく,ナースコールを発信する操作員の側にあるから,本件特許発明とは基本的な構成を異にする。加えて,乙1の記載からすると,当該システムにおいて,操作員の前にあるスクリーンに表示されるのは,患者からの呼出を看護師に伝えるかどうかを判断する限度で必要なデータにすぎず,その意味で,本件特許発明の「医療・看護データ」とは本質的に異なるものというべきである。このような観点からしても,乙1記載のシステムは,「情報表示機能付ナースコール装置」ではない。
ウ さらに百歩譲って,乙1のシステムが「情報表示機能付ナースコール装置」に該当するとしても,同システムは,「電子表示手段」(構成要件C)を備えた情報表示機能付ナースコール装置ではない。
なぜなら,前記のとおり,「電子表示手段」とは,表示の対象となる医療・看護データが患者管理データに索引された状態で記憶されていること,及び,この医療・看護データが,ナースセンターの看護師が適切に看護業務を遂行するため,即座に参照することが必要な性質のデータであることを前提とするところ,乙1には,これらの点を具体的に開示する記載が見当たらないからである。
エ 以上のとおりであるから,乙1に基づき,本件特許発明新規性欠如を主張する被告の前記主張は,理由がない。
(3) 乙6に基づく無効主張に対する反論 上記(1)をふまえて,乙6に基づく被告の無効主張に対し,下記のとおり反論する。
ア 乙6には,「患者が非常呼び出しボタンを押すか受話器を取ると」との記載があるが,その際,受信側がいかなる方法で呼出を受けるのか,患者と看護師の間の通話は可能なのかについて,明示の記載はない。むしろ,「看護婦や医者にポケットベルを持たせておくと,患者が呼び出した場合ポケットベルの液晶表示に患者のベッド番号が表示され,近くの電話から直接患者とやりとりもできる。」との記載からすると,患者がポケットベルで看護師や医者を呼び出し,看護師らがこれに電話で応答することにより,初めて相互通話が実現されるにすぎないものであることが分かる。そうすると,乙6に記載されたシステムは,患者と看護師の間の直接の双方向通信を予定したものではなく,本件特許発明における「ナースコール装置」ではない。
そもそも,同システムは,「病院向け収容棚(病院システム床頭台)」であるが,かかる収容棚に「重症患者用監視用カメラ」等が組み込まれていることからすると,同システムはすべての病室で利用されるものではなく,かつ,利用する場合には,これとは別に「ナースコール装置」が併存することが前提されているものと考えられる。同システムは,従来技術である情報表示機能付ナースコール装置の課題を解消することを目的とするものではなく,いわば病室の棚に情報機器を備えることで,重症患者の入院生活や看護の効率化を図るものにすぎない。この観点からも,同システムは「ナースコール装置」に該当しないというべきである。
イ 乙6においては,そもそも患者と看護師との間の呼出,通話に関する機能の内容が明らかでない上,ナースセンターにいかなる情報が表示されるのかも明確に開示されていない。したがって,そこに記載されたシステムは,「情報表示機能付」のナースコール装置ではない。
なお,被告は,乙6における「ナースセンターのモニターには画面の半分に患者の状態,残りの半分にはカルテを映し出し」との記載につき,上記モニターに表示されるカルテが電子カルテであることは明らかであると主張する。しかしながら,電子カルテが導入されたのは比較的最近(平成11年4月22日付「診療録等の電子媒体による保存について」と題する厚生省通知以後)のことである。すると,上記カルテは従来の紙カルテということになるが,紙カルテをカメラで撮影してモニターに映し出しているのか,OHPのような装置でスクリーンに映し出しているのか,乙6の記載からは到底特定することはできない。この点に照らしても,乙6記載のシステムの構成が本件特許発明の構成と異なることは明らかである。
ウ 乙6の記載によると,そこに開示されたシステムにおいては,非常呼出をした患者の状態が,監視カメラで撮影された情報としてモニターに映し出されることがうかがわれる。しかし,これはその時々の患者の映像を映し出しているにすぎず,あらかじめデータ生成手段により生成された「医療・看護データ」に該当するものではない。また,前記のとおり,「ナースセンターのモニターには画面の半分に患者の状態,残りの半分にはカルテを映し出し」との記載も存するが,被告が主張するように電子カルテの内容がそのまま表示されていたとは考えられず,その他の記載に照らしても,いかなる医療・看護データがいかなる方法で生成され,記憶されていたのかについては,何も明らかになっていない。
前記のとおり,本件特許発明における「電子表示手段」は,表示の対象となる医療・看護データが患者管理データに索引された状態で記憶されていること,及び,この医療・看護データが適切な看護業務の遂行のために即座に参照必要なものであることを前提とするところ,乙6においては,上記「索引」状態の存在も,「医療・看護データ」の存在も,いずれも具体的に開示されているとはいえない。
したがって,乙6記載のシステムが,「電子表示手段」(構成要件C)を備えた情報表示機能付ナースコール装置であるとはいえない。
エ 以上のとおりであるから,乙6に基づき,本件特許発明新規性欠如を主張する被告の前記主張は,理由がない。
(4) 本件特許発明進歩性について 被告は,上記(2),(3)で反論した新規性欠如の無効事由以外にも,進歩性欠如の無効事由を複数主張し,本件特許発明は,従来技術であるナースコール装置とコンピュータ技術を組み合わせたものにすぎないなどと主張する。
しかし,本件特許発明の出願当時,コンピュータ技術を駆使した医療情報機器は,専ら統計処理,会計処理あるいは病歴検索等の分野で用いられており,看護領域においては全く活用されていなかった(その理由としては,@ 従来技術における物理的表示手段によっても,看護師が患者からの呼出に対応できていたこと,及び,A コンピュータ技術に対する信頼が確立していなかったことがあるものと考えられる。)。しかるに,従来技術のパネルによる物理的表示においては,データの記入が煩雑で,かつ手書き記載の見にくさがある上に,情報量の拡大に伴いパネルの面積が拡大していく一方で,決して広くないナースステーションで多大なスペースを占めてしまうという問題点が露見しつつあった。そこで,パネルを回転式にするなどの工夫もされたが,根本的な解決にはつながらなかった。本件特許発明は,このような状況の下,コンピュータ技術を用いることによって,上記の点を解決したのである。
コンピュータ技術自体は,もちろん目新しいものではないが,医療情報処理のコンピュータシステムを構築する当業者は,医療データを含むあらゆる種類のデータ処理に関する知識は有していても,ナースコール装置のような情報処理と直接関係のないハードウェアの知識を持ち合わせていない。このような当業者は,医療情報をコンピュータで処理することはできても,ナースコール装置の構造を理解し,対処すべき具体的な課題を認識していない限り,本件特許発明着想に容易に至ることはできない。結果的に課題解決のための技術を実現することと,その技術を着想することは全く別次元のことであることを忘れてはならない。逆に,ナースコール装置の開発に当たる当業者に,医療情報をコンピュータ技術で処理する知識があったとしても,ナースコール装置にこの技術を適用することは,本件特許発明が発明されるまで誰にも着想できなかった。だからこそ,同発明に特許が付与されたのである。
上記によれば,本件特許発明が,従来技術であるナースコール装置にコンピュータ技術を組み合わせたものにすぎない旨の被告の前記主張に理由のないことは,明らかである。被告引用に係る複数の公知文献を組み合わせても,同発明の進歩性が否定されるものではない。
2 争点2(先使用製品に基づく通常実施権の成否及び特許法29条1項2号違反の無効事由の存否) (被告の主張) (1) 先使用製品について ア 被告は,昭和61年10月ころから,当時建築が予定されていた高齢者用高級マンション「サクラビア成城」のセキュリティシステムにつき提案を開始し,昭和62年8月ころ,見積を提出した。その後,同年9月22日に設計依頼を受け,設計変更などを経て,昭和63年11月20日,甲14及び甲15の完成図面等一式を完成させた(以下,甲14及び甲15記載に係るセキュリティシステムを「本件セキュリティシステム」という。)。
そして,同年12月に代理店を通じて正式な発注を受け,同月29日,サクラビア成城に本件セキュリティシステムを納品した。翌昭和64年(平成元年)1月にサクラビア成城がオープンしたが,同年1月1日から入居者による同システムの利用が可能であったことは,甲14(5丁目)及び甲15(180丁目)の「運用マニュアル」の日付が「1989年1月」(すなわち昭和64年(平成元年)1月)となっていることからも明らかである。
イ 上記のとおり,被告は,遅くとも昭和63年12月29日の時点において,本件セキュリティシステムを実施した製品(以下「先使用製品」という。)を事業化している。同製品の構成要素は以下のとおりである(以下,これらの構成要素を,その記号に従い「先使用製品構成T」,「先使用製品構成W@」などという。)。
T ナースコール親機と, U ナースコール親機と電気的に接続された子機と, V ナースコール親機と電気的に接続された副親機と, W ナースコール親機と電気的に接続され, @ 入居者氏名(患者氏名)からなる入居者管理データ(患者管理データ及びこの入居者管理データ(患者管理データ)に付属して格納される救護区分からなる医療・看護データを生成するデータ生成手段と, A データ生成手段で生成された入居者管理データ(患者管理データ)で索引された前記医療・看護データを記憶する記憶手段と, B 記憶手段で記憶された医療・看護データを表示するモニターとを備えたパソコンと C からなる情報表示機能付ナースコール装置 上記から分かるとおり,先使用製品構成W@は構成要件Aを,同構成WAは構成要件Bを,同構成WBは構成要件Cを,同構成WCは構成要件Dをそれぞれ充足している。したがって,先使用製品は本件特許発明構成要件をすべて備えており,同発明の技術的範囲に属している。
先使用製品においては,入居者管理データ(患者管理データ)で索引された医療・看護データが,ナースコールシステムの一部を構成するセキュリティセンター(すなわち管理人室)に配置されたパソコンのモニター(甲15の136丁目及び177丁目)に表示されることにより,直ちにスタッフが理解可能となり,ナースコールに対して速やかに対応することができる。また,ナースセンターのみならず,セキュリティセンターにも必要に応じてナースコール呼出器を付属させてナースコールボードを設置した場合には,このボードに医療・看護データ等を手作業で表示しなければならないが,先使用製品によればこのような手作業が不要となり,作業が確実迅速に合理化される。
したがって,先使用製品の奏する作用効果は,「表示部材の電子化,ナースコール子機との間の呼出ランプ,選局ボタン等の選局部材の削減,患者氏名等の手書き及びマグネットピースをマグネットディスプレイへ貼付する等のナースコールボードに係わる各種作業の合理化が計れる効果がある。」(本件公報段落【0024】)という,本件特許発明の作用効果と同一である。
エ なお,被告は,上記先使用製品に機能を付加し,NISと呼ばれるナースコール情報システムを開発したところ,好評だったので,さらに機能を付加し,NICSS(ニクス)と呼ばれるナースコール情報システムを開発・販売した。これが,被告製品(2)及び(3)である。また,このNICSS(ニクス)に介護支援機能を付加し,CICSS(シクス。介護支援コンピュータナースコール情報システム)として販売しているのが,被告製品(1)である。
したがって,被告各製品の構成及び作用効果は,先使用製品のそれといずれも同一である。
オ 以上のとおり,被告は,本件特許発明の出願時(平成3年1月31日)において,既に先使用製品を販売し,日本国内で現に同発明の実施である事業をしていたから,本件特許権につき,先使用に基づく通常実施権(特許法79条)を有する。
また,先使用製品は,サクラビア成城の入居者の入居に伴い使用が開始され,公然と実施されたものであり,そのことは,設備としての性質上,同製品が秘密裡に使用されるものではないこと,平成元年(1989年)5月19日付日経産業新聞(乙7)に「ペアシティサクラビア成城」が建設された記事が掲載されていることに照らしても,明らかである。したがって,本件特許発明は,その出願前に日本国内において公然実施された発明であり,特許法29条1項2号違反の無効事由の存することが明らかである。
(2) 原告の反論に対して ア 原告は,当初,被告からの釈明に答え,「ナースコール装置」とは,「入院患者が看護婦を呼ぶための装置」,「病室(あるいは居室)の機器から呼出を発することができ,看護師の認識可能な位置に備え付けられた機器で,患者からの呼出が確認できる装置」のことを指すと述べていた(平成15年1月23日付原告準備書面)。まさにそのとおりであり,「ナースコール装置」は,通話機能を不可欠の要素とするものではないから,例えばボタンを押してベルを鳴らす単純な装置であっても,入院患者が看護師を呼ぶことのできる装置であれば,「ナースコール装置」に該当する(乙12)。
しかるに,原告は,被告の無効主張に反論する過程で,何ら合理的な理由を示すことなく,本件特許発明の「ナースコール装置」とは,「患者と看護師が直接双方向通話できるものである」(同年6月4日付原告準備書面(4-3)第2,1)などと,不当な限定を加えるに至っている。特許請求の範囲の記載をこのように限定解釈する根拠は見当たらないのであり,原告の主張は,不合理な変遷をたどっているというほかない。
イ 原告は,サクラビア成城のセキュリティセンターのモニターに救護区分(病院等で災害が発生したときに,消防隊等の救護者に患者の状態を知らせるための,日本国内のナースコールに特有の表示で,「担送」,「護送」,「独歩」に区分されている。)が表示されることは明らかであるにもかかわらず,このモニターに表示されるのは,本件特許発明にいうところの「医療・看護データ」ではないなどと主張する(平成15年6月4日付原告準備書面(4-2)第3,1)。
しかしながら,特許請求の範囲には,「救護区分」が「医療・看護データ」の一例として明確に記載されている。そうである以上,上記モニターには「医療・看護データ」が示されているものというほかない。
ウ また,上記救護区分は,患者の状態の変化に合わせて,常に表示を変えて管理しておくべき情報であるとともに,災害時の救助区分を示すというその目的に照らし,施設全体のセキュリティ管理を行うセキュリティセンター等で常に把握しておくべき情報である。そこで,先使用製品においては,高齢者である入居者に突発的な事態が起こった際,緊急に対応すべくセンター員が配置されているセキュリティセンターに,上記救護区分を電子的に表示する手段としてのパソコンを設置したのである。
先使用製品においては,ナースコール子機からコールがされた場合,ナースセンターが呼び出され,同センターの親機が20秒以上応答しないと自動的にセキュリティセンターが呼び出されて,先に応答した方が接続される仕組みになっている(甲15の205頁「セキュリティシステムパソコン」運用マニュアル)。そして,同センターが応答すると,看護師の呼出や「救護区分」に基づく対応措置等,必要な処置がとられるようになっている。「セキュリティセンター」の呼称は,その機能を優先して付されたものにすぎず,同製品のシステムは,実質的にナースコール装置を構成している。
エ しかるに,原告は,自ら釈明に応えて,本件特許発明における情報表示機能が設置されるのは,「ナース呼出装置に対する迅速な応答の有無が人の生命身体に関わる場所」であると述べ(平成15年1月23日付原告準備書面(1)第4,3),かつ,サクラビア成城のセキュリティセンターが,上記「人の生命身体に関わる場所」に該当することが明らかでありながら,先使用製品におけるパソコンは,ナースコールではなく,入居者管理システムの一部を構成するにすぎないとか,このパソコンが,看護師詰め所(ナースステーション)ではなく,管理人室(セキュリティセンター)に設置されているから,先使用製品の構成と本件特許発明の構成は相違するなどと主張しており,全く失当といわざるを得ない。
原告は,ナースコール装置がナースステーションに備えられるべきものとの認識を前提に,るる主張するが,特許請求の範囲の記載に何らの限定もないことから分かるとおり,ナースコール装置自体がナースステーションに固定的に設置されるべき必然性は存在しない。例えば,看護師等がそれぞれポケットベルを携帯するナースコールシステムにあっては,独立した個々の看護師等の居場所をもってナースコール装置の設置場所と解することになるし,また,看護師等の効率的配置を考慮したシステム(乙1)においては,分散配置された所定の看護師にテレセンター経由で連絡経路が接続・確立されて,ナースコールシステムが構築されたことになるのである。
(原告の反論) (1) 本件特許発明先使用製品の相違等 ア 被告は,遅くとも昭和63年12月29日の時点において,甲14及び甲15記載の製品(先使用製品)が事業化されていたと主張する。
しかしながら,甲14及び甲15は,本件訴訟に先立つやり取りの中で被告から原告に交付された,私的に作成された設計図,マニュアル等の写しにすぎない。このうち,サクラビア成城のセキュリティシステムを詳細に記載したと思われるのは甲15であるが,これは製本されたものではないから,事後的に頁を差し替えることが可能である。また,各頁の書面には署名があるものとないもの,押印があるものとないものが混在しており,表示データの内容を示す部分の図面(甲15の99〜179頁)には,書面も押印も全くない。加えて,各頁の日付をみても,昭和61年ころの日付が入った図面や竣工直前の日付の図面が混在している。
以上のとおりであるから,甲15が,サクラビア成城で実際に施行されたセキュリティシステムの構成を開示しているものかどうかは,判別できないというべきである。したがって,本件の証拠関係の下においては,被告が,本件特許発明の出願時に,日本国内で甲15記載のセキュリティシステムに関する事業の実施又は事業の実施の準備(特許法79条)をしていたものと認めることはできない。
イ 仮にサクラビア成城で実施されたセキュリティシステムが,甲15記載に係るものであったとしても,その構成は本件特許発明の構成と相違している。以下,詳述する。
被告は,先使用製品が以下の構成を備えていると主張している。
T ナースコール親機と, U このナースコール親機と電気的に接続された子機と, V ナースコール親機と電気的に接続された副親機と, W ナースコール親機と電気的に接続され, @ 入居者氏名(患者氏名)からなる入居者管理データ(患者管理データ及びこの入居者管理データ(患者管理データ)に付属して格納される救護区分からなる医療・看護データを生成するデータ生成手段と, A データ生成手段で生成された入居者管理データ(患者管理データ)で索引された前記医療・看護データを記憶する記憶手段と, B 記憶手段で記憶された医療・看護データを表示するモニターとを備えたパソコンと C からなる情報表示機能付ナースコール装置 ウ 他方,甲15の記載を検討すると,同システムは下記のとおり作動する。
(ア) 居室からの呼出の場合 @ 居室からナースコールをかけると,居室の親機内のタイマーがONとなり,電気ブザーが鳴る。一定時間の間にリセットするとタイマーがOFFとなるが,リセットされないと自動的に管理施設にナースコールが送られ,それと同時に,外部廊下表示灯(赤色)が点滅する。
A ナースコールが,セキュリティセンターの制御装置(制御ラック)からパソコンに送られ,CRTに表示と音が出る。それと同時に,制御装置を通じて,担当フロアステーションとナースステーションに室番と呼出の種類(ナースコール)が表示される。
B ナースステーションにおいては,備え付けのボード型ナースコール親機によりナースコールを認識する。このボード型親機には,入居者名が書き込まれ,救護区分がスライド式で表示されている。したがって,同ボードは従来技術における物理的表示パネルに相当するものである。
ナースコールを認識した看護師等は,確認ボタンを押して当該居室に向かい,ナースコールに対処する。
他方,セキュリティセンターでは,居室からの内線電話による連絡を待つのみである。
C このように,ナースコールは,制御装置を通じて特別の操作をすることなくナースステーションに送られ,ナースは,ナースステーション内に設置されたボード型ナースコール親機でナースコールを認識し,これに対処する。
(イ) 共用部からの呼出の場合 @ 共用部からナースコールがかかると,セキュリティセンターの制御装置(制御ラック)からパソコンに送られ,CRTに表示される。
A それと同時に,制御装置を通じ,担当フロアステーションとナースステーションに呼出の場所及び種類(ナースコール)が表示される。
B その後は,居室からの呼出の場合と同様であり,ナースコールは,特別の操作をすることなくナースステーションに送られ,ナースは,ナースステーション内に設置されたボード型ナースコール親機でナースコールを認識し,これに対処することになる。
(ウ) 静養室からの呼出の場合 @ 静養室のナースコール子機からナースコールをかけると,セキュリティセンターを経由せず,直接ナースステーションに送られる。
A ナースステーションのナースが,ナースコール親機によって呼出番号を確認し,受話器を挙げると,静養室との通話回路が接続される。ナースは,同ステーション内に設置されたボード型ナースコール親機によってナースコールを認識し,これに対処する。
B ナースステーションの親機が20秒以上応答しないときに限り,同ステーションと並列的にセキュリティセンターが呼び出されるが,同ステーションで受話器をフックアップすると,ナースステーションが常に優先される。
なお,セキュリティセンターには,デジタル表示付副親機が設置されており,この副親機はフロアステーションにも設置されることがある。
以上のような具体的作動にかんがみれば,原告は,@ ナースステーションに設置されたボード型ナースコール親機を,先使用製品構成Tの「ナースコール親機」と,A 居室内,共用部及び静養室に各設置された呼出ボタン付のナースコール装置を,同製品構成Uの「ナースコール親機と電気的に接続された子機」と,B セキュリティセンターに設置されたデジタル表示付副親機を,同製品構成Vの「ナースコール親機と電気的に接続された副親機」をそれぞれ構成するものと理解し,対比の議論をしているものと考えられる。
エ ところで,前記のとおり,本件特許発明の「情報表示機能付ナースコール装置」とは,ナースステーションなどの看護師が待機する場所に患者の医療・看護データを表示する機能と,当該待機場所で患者の医療・看護データを見ながら患者と通話できる機能を備えたナースコール装置を指すものと解すべきものである。
しかるに,前記ウで摘示した具体的作動から分かるとおり,先使用製品においては,いずれから呼出があった場合でも,ナースコールは,特別の操作を要することなくナースステーションに送られ,ナースは,同ステーション内のボード型ナースコール親機を見てナースコールに対処する。その際,唯一の電子的表示手段であるパソコンは,同ステーションではなくセキュリティセンターに存在しており,ナースがその画面表示を見ることは予定されていない。そうすると,上記ボード型ナースコール親機は,従来技術と同様の物理的表示手段であることから,「電子表示手段」に該当しない。それとともに,セキュリティセンターのパソコンは,看護師が待機する場所に備えられたものではないから,「ナースコール装置」の一部を構成するものではなく,入居者管理システムの一部を構成するものにすぎない。
したがって,先使用製品には,本件特許発明の「情報表示機能付ナースコール装置」(構成要件D)に該当する装置が存在しない。
オ 上記ウの各記載から分かるとおり,先使用製品においては,患者氏名,部屋番号,救護区分等は,ナースステーションのボード型ナースコール親機に記入あるいはスライド式の方法で物理的に表示されるものである。セキュリティセンターのパソコンは,そもそも「ナースコール装置」の一部を構成するものではないから,このパソコンで例えば救護区分が入力されても,本件特許発明の「データ生成手段」でデータが生成されたことにはならない。また,このパソコンからデータが入力され,記憶されたとしても,本件特許発明における「データ記憶手段」にデータが記憶されたことにはならない。
したがって,先使用製品には,本件特許発明の「データ生成手段」(構成要件A)及び「データ記憶手段」(同B)に該当する構成が,いずれも存在しない。
カ 以上のとおり,先使用製品は,本件特許発明と構成を異にするものである。
したがって,先使用製品の事業化を理由とする被告の先使用の抗弁及び同製品の公然実施を理由とする被告の無効主張(権利濫用の抗弁)は,いずれも理由がない。
(2) 先使用製品の作用効果 ア 被告は,先使用製品においては,医療・看護データが,ナースコールシステムの一部を構成する,セキュリティセンター(管理人室)に配置されたパソコンのモニタに表示されることにより,直ちにスタッフに理解されるところとなり,ナースコールに対する速やかな対応が可能になると主張する。
しかし,先使用製品においては,パソコンは制御装置を介してナースコール親機に接続されているにすぎず,パソコンのモニタに表示される救護区分がそのまま看護師に伝わるわけではない。看護師は,ナースコールが制御装置を通じてナースコール親機に送られてきた場合に,従来技術と同様の物理的表示パネルで入居者の医療・看護データを確認し,対応するにすぎない。したがって,同製品が,本件特許発明と同様の作用効果を奏するものであるとは考えられない。
また,そもそも,先使用製品においては,患者氏名,部屋番号,救護区分等の医療・看護データは,ナースステーションのボード型ナースコール親機に物理的に表示されるものであり,パソコンのモニターにこれらのデータが表示されるわけではない。したがって,モニターの表示によりナースコールに対する速やかな対応が可能になる旨の被告の上記主張は,その前提を欠いている。
イ また,被告は,仮にセキュリティセンターにもナースコール呼出器を付属させてナースコールボードを設置した場合は,医療・看護データを手作業で表示しなければならないが,パソコンという電子表示手段を含む先使用製品の構成を採用したことにより,上記のような各種作業が省力化されるから,同製品は本件特許発明と同様の作用効果を奏すると主張する。
しかしながら,再三述べてきたとおり,先使用製品においては,看護師がセキュリティセンターのパソコンモニターを見ることは予定されておらず,したがって,このパソコンはナースコール装置の一部を構成するものではないから,被告の上記主張は,その前提において誤っている。また,そもそも,被告が,「仮にセキュリティセンターにもナースコール呼出器を付属させてナースコールボードを設置した場合は,」という設定を持ち出すこと自体が,セキュリティセンターにおいては,ナースステーションのボード型ナースコール親機に表示されるような,医療・看護に直接役立つデータが何ら表示されないこと(すなわち,同センターがナースコール装置の一部を構成していないこと)を端的に示すものというべきである。
3 争点3(原告の損害額)について (原告の主張) 被告は,平成12年ころから平成14年10月ころまでの間に,被告各製品を平均単価8000万円で,少なくとも70の施設に販売し,実施している。そして,被告の利益率は15%を下らないから,被告は,上記被告各製品の販売により,少なくとも8億4000万円(8000万円×70×0.15)の利益を得ている。
したがって,原告は被告に対し,本件特許権の侵害によって被った損害の賠償として,特許法102条2項に基づき,8億4000万円及びこれに対する侵害行為の後の日である平成14年11月1日から支払済みまで法定利率である年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張) 損害に関する原告の上記主張は,否認ないし争う。
当裁判所の判断
1 争点1(特許法29条1項3号違反ないし同条2項違反の無効事由の存否)について (1) 特許請求の範囲の記載 争点1について判断する前提として,まず,本件明細書における特許請求の範囲の記載につき検討する。
ア 第2,1(2)記載のとおり,本件明細書における特許請求の範囲【請求項1】の記載は,次のとおりである。
「病室区分,患者氏名等の患者管理データ及び前記患者管理データに付属して格納される救護区分,実行中の医療,看護種別等の医療・看護データを生成するデータ生成手段と,前記データ生成手段で生成された前記患者管理データで索引された前記医療・看護データを記憶するデータ記憶手段と,前記データ記憶手段で記憶された医療・看護データを表示する電子表示手段とを備えたことを特徴とする情報表示機能付ナースコール装置。」 他方,本件明細書の発明の詳細な説明の記載(とりわけ本件公報段落【0011】以下及び【図1】〜【図5】)を総合すると,そこには,上記データ生成手段としてパソコンを,同データ記憶手段としてナースコール親機回路中のRAMを,同電子表示手段としてナースコールボードにおけるナースコール用LCDをそれぞれ備え,RAM中のトランスレータにトランスレータ番号(TLN)で索引された患者氏名(患者管理データ)を,同じくRAM中のデータエリアにトランスレータ番号で索引されたイベントフラグ(医療・看護データ)をそれぞれ記憶させ,上記トランスレータ番号が入力されると,RAMに記憶されたトランスレータ番号で索引された患者管理データ及び医療・看護データが上記LCDに表示されるように構成したナースコール装置が開示されているものと認められる。
上記のとおり,特許請求の範囲に記載された文言には特に限定が付されていない上に,発明の詳細な説明においても,CPUやRAMからなる一般的な回路に基づき構成した実施例が開示されているものであって,特許請求の範囲につき,これを文言以上に一定の構成のものに限定して解釈すべき特段の事情も見当たらない。したがって,上記特許請求の範囲の記載は,用語の一般的な技術的意義に基づき,特段の限定を施すことなく解釈すべきものということができる(特許法70条1項,2項参照)。
イ 上記を前提にすれば,構成要件Aの「患者管理データ」とは,病室区分,患者氏名等の個別の患者を特定するに足りる基礎的なデータを,「医療・看護データ」とは,救護区分,実行中の医療,看護種別等の個別の患者の医療・看護に関する具体的なデータを,そして「データ生成手段」とは,パソコンのキーボードを用いたデータ入力等,上記の各データを生成するための一般的な手段を,それぞれ指すものと解すべきである。
また,医療・看護データが患者管理データで「索引され」(構成要件B)ているとは,例えば前記実施例において,医療・看護データが個別の患者に対応するトランスレータ番号を索引(インデックス)としてRAM中のデータエリアに記憶されているように,個々の患者に関する医療・看護の情報が,患者を個別に識別するに足りる情報を索引として,データとして記憶・保存されている状態をいうものと解すべきである。
さらに,上記「データ記憶手段」(構成要件B)とは,RAMのようなデータを記憶するための部材一般を,「電子表示手段」(構成要件C)とはLCDのような電子的なディスプレイのための部材一般をそれぞれ指し,「情報表示機能付ナースコール装置」(構成要件D)とは,これらの各構成要素をすべて備えたナースコール装置のことを指すものと解すべきである。
したがって,ここでいう「ナースコール装置」とは,「ナースコール」の用語としての一般的な意義に従って,文字どおり,入院患者が看護師を呼ぶための装置一般を意味するものというべきである。
ウ この点につき,原告は,例えば,「情報表示機能付ナースコール装置」(構成要件D)の文言を充足するためには,患者の医療・看護データを表示する機能と,患者の医療・看護データを見ながら患者と通話できる機能の両方が,ナースステーション等の看護師が待機する待機場所に備わっていることが必要であるなどと主張する。
しかしながら,上述したとおり,本件特許発明においては,特許請求の範囲の記載は,用語の一般的な意義に従って解釈すべきものであり,本件明細書の記載を仔細に検討しても,特許請求の範囲を原告が主張するように限定して解釈すべき具体的な根拠を見出すことはできない。医療・看護データを表示する機能と,それを見ながら患者と通話できる機能の両方を,看護師の待機場所に備えたナースコール装置を構成することは,本件特許発明実施した態様の1つにすぎないというべきであり,原告の上記主張を採用することはできない。
(2) 乙1について 上記(1)で判示したところを前提に,以下,被告主張に係る無効事由の存否について検討する。
ア 乙1号証は,昭和56年(1981年)11月発行の「病院設備」Vol.23 No.6(23巻6号)に掲載された「ナースコールの集中処理システム」と題する論文であるが,上記「病院設備」23巻6号は,本件特許発明の出願前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当する。
イ 乙1の冒頭には,既存のシステムによっては,大規模になった病院のコミュニケーションを円滑かつ能率的に処理するのは難しく,人件費の面からも不経済であるとされた上,「このような問題を経済的に処理する幾つかの体制や設備の検討が行われてきたが,中でも,院内コミュニケーション・システムが注目され,研究された。まず病院全体を組織化し運営コストを低減すること。次に,ナースコールを含む病院全体のコミュニケーションを円滑に処理すること。さらに各組織をより機能的に動かすために,その任務の該当者(複数の場合も多い)に,即時に必要な情報を送ることであった。これらの要請に応えられる情報処理システムを目的に開発されたのがこの集中化コミュニケーション・システムである。この発想は,約10年前の(英・独・蘭の病院)設備にも見ることができる。しかし,それが数年前から,高度で,かつ有効なシステムとなったのは,C・P・Uを含む電子技術の進歩が裏付けしている点は見のがせない。」(15頁右欄)と記載されている。
ウ 上記記載に続き,「1.設備と機器の概要」と題する項においては,上記「集中化コミュニケーション・システム」なる用語の理解のため,「呼出機」と「集中親機」の関係及び同システムの概要について触れておく旨の前置きがされた上,「病院の病室,ナースステーション,手術室,一般事務室,その他廊下など,患者,看護婦,病院職員が院内でコミュニケーションが必要と思われる個所にはすべて,呼出しボタンやスピーカー/マイクロホンの付いた呼出し器が設けられている。呼出し器の種類,大きさは様々で,場所と用途によって使い分けられている。」,「ナースステーションには看護婦用呼出し器とナースコール用ポケットベルの受信機収納器が設けられているだけで,通常,看護単位ごとに取付けてあるナースコール親機がそこにはない。」と記載されている(16頁左欄)。
そして上記記載に続き,「病院には,各ベッドごとに患者用呼出し器が装備され,トイレにはトイレ用呼出し器(復帰ボタン付)が取り付けられている。以上,それぞれの呼出し器(総称してコール・ステーションと呼ぶ)からの呼出しは,すべて集中親機(テレセンターと呼んでいる)で受けている。テレセンターの位置は,電話交換室の中で,電話交換手とテレセンターの操作員は隣り合わせに座っている。ここが,この病院のコミュニケーションセンターになっている。集中親機の中には小型のコンピュータが組込まれ,その中にはこの病院の看護医療に関する必要なデーター(患者の個人データー,病院の特殊データーなど)が記録されている。患者が病床からまたは職員が院内のどこかの呼出しボタンを押すと,C・P・Uが患者データー,職員の呼出し場所などをテレセンターのスクリーン上にいきなり表示する。操作員はそのデスプレーされたデーターを見ながら必要な処理をすることになる。」と記載されている(前同欄)。
エ また,「2.集中化ナースコール処理の実際」と題する項においては,この論文で取り上げられたナースコール処理システムの手順が,実際に順を追って紹介されており,下記のとおり記載されている(17頁〜18頁)。
「@ 患者からの呼出しとその処理 各ベッドにはそれぞれアーム型の患者用の呼出し器が設けられていて,それには次のような装置が備えられている。
-患者用呼出しボタン。
-空気圧で作動する遠隔呼出しボタン(通常の呼出しボタンを使えない患者のためのもの。)。
-相互通信用スピーカ・マイクロホン (省略) 患者が呼出しボタンを押すと,患者用の呼出し確認ランプが点灯する。テレセンターの操作員は呼出し信号を聞き,同時にスクリーンには患者データーが表示される。すなわち,部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などである。」 「待機していた操作員は表示された患者データーを見ながら……例えば,『お早うございます……佐藤さん。何かお持ちしましょうか?』と快い声で答える。例えば,この患者の要求が,(省略)看護婦の手を煩わす必要のないものであれば,操作員がそのまま患者に応答する。そうでない場合は他の部所の人達にコールステーションを通じて聞いて,その後で患者を呼出して答える。しかし,患者からの呼出しに対しては,看護婦が対応しなければならない場合が多い。この場合……『分りました。すぐ看護婦に連絡しますから少しお待ち下さいね。……』……という。もし水が欲しいとか,枕がベッドから落ちた。……などという,特別医療に関係しない要求であれば“B”看護水準,頭が痛いとか,包帯が緩くなったなど,医療看護の必要な場合は“A”看護水準のボタンを押す。担当の看護婦は院内のどこにいても,小型の無線受信機で自分の患者が自分の助けを求めていることを知る。呼出された看護婦は最寄りのコールステーションからテレセンターの操作員を呼出患者の要求を聞いた後,直接,または看護の用意をした後で病床に赴くことになる。(省略)」 オ 上記各記載を総合すれば,乙1においては,各病室に患者用呼出器が,電話交換室(テレセンター)に小型のコンピュータを備えたナースコール親機(集中親機)が,ナースステーションに看護師用呼出器とナースコール用ポケットベルの受信機収納器がそれぞれ配置された上,患者が病床からナースコールのために呼出ボタンを押すと,テレセンターのスクリーンに患者のデータ(部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合には担当医師による特別な注意事項等)が表示され,操作員はそのデータを見ながら,担当医師または担当看護師をポケットベルで呼び出すなど必要な操作をする,以上のような病院内システムが開示されているものと認められる。
(3) 乙1に開示された技術的事項 ア 前記(1)イで判示したとおり,本件特許発明の「患者管理データ」は,病室区分,患者氏名等の個別の患者を特定するに足りる基礎的なデータを,「医療・看護データ」は,救護区分,実行中の医療,看護種別等の個別の患者の医療・看護に関する具体的なデータをそれぞれ指すものと解すべきであるから,乙1に記載された上記「部屋番号,ベッド番号,氏名」が「患者管理データ」に,また「患者容態,‥‥担当医師による特別な注意事項等」が「医療・看護データ」にそれぞれ該当することは,明らかである。
また,医療・看護データが患者管理データにより「索引され」(構成要件B)ているとは,例えば,医療・看護データが個別の患者に対応する番号を索引としてRAMに記憶されているように,個々の患者に関する医療・看護の情報が,患者を個別に識別するに足りる情報を索引として,データとして記憶・保存されている状態をいうと解すべきものであるが(前記(1)イ),乙1における上記各データは,いうまでもなく,データとして記憶・保存した上で患者ごとに表示して利用するためのものであるから,「患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータ」(乙1の17頁右欄)が,患者個人の基本的なデータである「部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢」(前同欄)をインデックス(索引)として記憶・保存されていることは,明らかというべきである。すなわち,乙1の上記各記載によれば,そこに開示されたシステムにおいては,患者が病床から呼出ボタンを押すと,CPUが「部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項など」のデータをテレセンターのスクリーン上に表示し,操作員が表示されたこれらのデータを見ながら必要な処理をするものであるが,このように,ある特定の患者による呼出ボタンを押す操作に対応して,CPUが直ちに当該患者に関するデータをスクリーンに表示することに照らせば,「患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合その担当医師の特別な注意事項などの看護医療に関する必要なデータ」は,患者管理のための基本的なデータである「部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢」のいずれかに索引されてコンピュータの中に格納(記憶)されているとみるのが,自然である。
そして,本件特許発明の「データ記憶手段」(構成要件B)は,データを記憶し,格納するための部材一般を意味するところ,乙1に記載された患者に関するデータは,これらを上記のようにスクリーンに表示して利用する以上,その前提として,ナースコール親機(集中親機)に組み込まれた上記部材に記憶・保存されていることは当然である。したがって,乙1には,「データ記憶手段」の存在も開示されているということができる。
以上を総合すると,乙1には,「患者管理データで索引された‥‥医療・看護データを記憶するデータ記憶手段」(構成要件B)が開示されているものと認められる。
イ また,「電子表示手段」(構成要件C)は,電子的な表示のための部材一般を意味するところ,テレセンターに設けられたスクリーンは,前記のとおり,患者からの呼出に応答し,CPUの作動に基づいて,「部屋番号,ベッド番号,氏名,性別,年齢,患者容態,担当医師のページング番号,特に必要な場合には担当医師による特別な注意事項など」の患者に関するデータを直ちに表示するものである。したがって,上記スクリーンが「電子表示手段」に該当することは明らかである。
さらに,本件特許発明の「ナースコール装置」(構成要件D)は,入院患者が看護師を呼ぶための装置一般を意味すると解すべきところ(前記(1)イ),「患者が病床からまたは職員が院内のどこかの呼出しボタンを押すと,C・P・Uが患者データー,職員の呼出し場所などをテレセンターのスクリーン上にいきなり表示する。操作員はそのデスプレーされたデーターを見ながら必要な処理をすることになる。」,あるいは,「患者が呼出しボタンを押すと,患者用の呼出し確認ランプが点灯する。テレセンターの操作員は呼出し信号を聞き,同時にスクリーンには患者データーが表示される。(省略)待機していた操作員は表示された患者データーを見ながら……例えば,『お早うございます……佐藤さん。何かお持ちしましょうか?』と快い声で答える。例えば,この患者の要求が,(省略)看護婦の手を煩わす必要のないものであれば,操作員がそのまま患者に応答する。そうでない場合は他の部所の人達にコールステーションを通じて聞いて,その後で患者を呼出して答える。しかし,患者からの呼出しに対しては,看護婦が対応しなければならない場合が多い。この場合……『分りました。すぐ看護婦に連絡しますから少しお待ち下さいね。……』……という。(省略)担当の看護婦は院内のどこにいても,小型の無線受信機で自分の患者が自分の助けを求めていることを知る。呼出された看護婦は最寄りのコールステーションからテレセンターの操作員を呼出し患者の要求を聞いた後,直接,または看護の用意をした後で病床に赴くことになる。」との前記各記載に照らし,乙1に記載されたシステムが,入院患者が看護師を呼ぶ機能を有することは明らかであるから,乙1には,前記スクリーンを電子的な表示手段として,これにより情報を表示する機能の付いた「ナースコール装置」(構成要件D)が開示されているものと認められる。
ウ 以上によれば,乙1には,構成要件Aの「データ生成手段」を除く本件特許発明のすべての構成要件,すなわち,「データ記憶手段」(構成要件B),「電子表示手段」(同C)及び「情報表示機能付ナースコール装置」(同D)が,いずれも開示されているものと認められる。
(4) 乙2について ア 乙2号証は,定期刊行物「病院」45巻6号(1986年6月)に掲載された「パーソナル・コンピュータ導入のメリット」と題する論文であるが,上記「病院」45巻6号は,本件特許発明の出願前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当する。
イ 乙2においては,「最近のオフィス・オートメーション(OA)の進歩は目覚ましいものがあり,当然われわれ医療情報に携わる診療録管理士も,正確な密度の高い情報を,医師はもちろん,病院・医療技術者,看護婦等に提供するためのOA化を考えざるを得ない情勢の中に立たされています。」(474頁中欄)との書き出しに続き,OA化の機器としてまず考えられるのは,既に普及している汎用コンピュータであるが,その場合,「問題はデータの入力費用で,これは毎日無限に続く人件費ですから簡単ではありません。入力しなければ,出力できないのですから,いくら便利にコンピュータを使おうと思っても,入力費用を無限に増やすわけにはゆきません。」(475頁左欄)と記載されている。そして,この入力コストの問題にかんがみれば,カルテを廃して医療情報を処理することは現実的でなく,カルテの現物を使うことを前提に,それまで手作業で作成していた索引だけを入力してコンピュータ化するのが合理的であるとされ,「そこで考えられたのが,今非常に性能が高まり,価格も下げられたパーソナル・コンピュータ(パソコン)の利用です。そして,プログラムも既製のものを使えば,非常に低廉な価格ですみます。」(前同)とされている。
次に,パソコンの性能に関して記載された部分には,「パソコンの磁気ディスクの記憶容量は20MB,2千万文字ですが,プログラムも磁気ディスクに記憶させる必要があり,また病歴データを検索するためのインデックス,患者カナ氏名,ICD4桁コードと入院番号との対応づけのためのレコードも必要です。」(475頁中欄)との記載が存在する。また,実際に構築されたシステムに関して記載された部分には,「昭和58年より昭和60年までの患者のID(患者個人識別)については,今まで医事課が入力していたデータを,中央情報処理室よりフロッピーディスクに移して,図2の左半面のように患者情報が表示されますので,これに退院年月日,転帰,ICU入室の有無,主治医,また産科の場合には母の患者番号より新生児の患者番号を連結して記録の連絡を計っています。」(476頁左欄),「杏林大学では昭和61年から入退係からの毎日の患者情報によって,図3のようにID情報を入力しています。」(前同),「患者検索はカナ氏名を指定して,対象のカルテのデータを画面に表示することができます。」(477頁左欄)との各記載が存在する。
ウ 上記の各記載によれば,乙2には,患者個人に関する情報(ID情報)を毎日パソコンに入力し,情報を更新するとともに,カルテに記載された医療データを,患者のカナ氏名によって索引された形でパソコンに保存し,画面に表示するシステムが開示されているものと認められる。
データ保存機能を備えた上記パソコンが「データ記憶手段」(構成要件B)に,同パソコンの表示画面が「電子表示手段」(同C)にそれぞれ該当することは明らかである。また,パソコンを用いてシステムを構築する以上,パソコンに付設したキーボードを用いて上記の情報(データ)を入力するのは当然であり,このキーボードが本件特許発明の「データ生成手段」に該当するのは明らかであるから,乙2には,「データ生成手段」(構成要件A)が開示されているものというべきである。
以上を総合すれば,乙2には,「データ生成手段」(構成要件A),「患者管理データで索引された医療・看護データを記憶するデータ記憶手段」(同B)及び「データ記憶手段で記憶された医療・看護データを表示する電子表示手段」(同C)が,いずれも開示されているというべきである。
(5) 乙4について ア 乙4号証は,「情報システム14-4」(1987.5.19)に掲載された「オーダリングによる総合病院情報システム」と題する論文であるが,上記「情報システム14-4」は,本件特許発明の出願前に頒布された刊行物(特許法29条1項3号)に該当する。
イ 乙4は,鹿児島大学付属病院の「オーダリングシステム」と呼ばれる病院内システムについて紹介するものであるが,同病院においては,昭和59年のコンピュータ化を契機に,40年近く続けてきた処方箋や検査依頼書等の手書きによる伝票を廃止し,医師自らがオンライン入力を行う発生源入力方式を運用の中心とする,リレーショナルデータベースを含めた統合病院情報システム(上記オーダリングシステム)を構築したことが記載されている(1〜2頁)。
そして,「5.入力装置と画面仕様」と題する項には,「端末の入力装置には,すべてJIS規格の標準キーボードとした。入力手段として,ライトペン,タッチパネル等の入力方法もあるが,あくまでキーボードの補助入力手段であって,ワープロ機能やプログラム作成などの利用を可能にする汎用性と,慣れた場合の入力速度を考慮すると,キーボードだけでも充分に対応でき,利用者から入力方法に対する苦情は生じていない。」,「端末操作を容易にする工夫として,日本語表示で統一した3種程度の少ない画面展開を用い,テンキー(0から9までのキー)によって項目の選択入力が行える仕様とした。また,それぞれの画面には,簡略入力・セット入力・キーワード検索入力など即時性や簡便性を考慮した柔軟性に富んだ入力方法を盛り込んだ。」などと記載されている。
ウ 上記統合病院情報システムの具体的構成がどのようなものであるかは別にして,上記の各記載から明らかなとおり,乙4には,少なくとも,オンライン入力を主体とした統合的な病院情報システムにおいて,端末から情報を入力する場合の入力方法としてキーボードを用いたことが開示されている。
したがって,乙4には,かかるシステムにおいて,キーボードを「データ生成手段」(構成要件A)として構成したことが開示されているというべきである。
(6) 無効事由(進歩性欠如)の存在 上記(3)〜(5)で判示したとおり,乙1には,本件特許発明構成要件B(データ記憶手段),同C(電子表示手段)及び同D(情報表示機能付ナースコール装置)が,乙2には,構成要件A(データ生成手段),同B(データ記憶手段)及び同C(電子表示手段)がそれぞれ開示されている。また,乙4には,少なくとも構成要件A(データ生成手段)が開示されている。
そして,乙1に開示された「情報表示機能付ナースコール装置」に,乙2に開示された技術,すなわち,患者個人に関する情報(ID情報)を毎日入力するとともに,カルテに記載された医療データを,患者のカナ氏名で索引してパソコンに保存し,画面に表示する技術を適用することが,当業者にとって容易であることは明らかである。また,同じく乙1に,乙4に開示された技術,すなわち,統合病院情報システムにおいて,端末からのオンライン入力の入力手段としてキーボードを用いる技術を適用することが容易であることも,また明らかである。さらに,乙1に上記各技術を適用することによって,乙1に開示された「ナースコール装置」の全体的な効率が高まることは当然としても,これら各技術のもたらす一般的な効果を上回る格別顕著な効果が生じるものではないことも,明らかというべきである。
以上によれば,本件特許発明は,出願前の公知文献である乙1及び乙2,あるいは乙1,乙2及び乙4を組み合わせることにより,当業者が容易に発明できたものであり,本件特許権は特許法29条1項3号,2項に違反して特許されたものであって,無効事由の存在することが明らかというべきである。
2 本件訂正請求について なお,本件においては,第2,1(6)記載のとおり,原告が,口頭弁論終結前の平成15年6月26日に,被告が申し立てた無効審判(特許庁・無効2003-35164号)の手続において,明瞭でない記載釈明(特許法126条1項3号)を目的として,本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】の記載を,下記のとおり訂正する旨の訂正請求(本件訂正請求)を行っている。
「ナースコール子機と,前記ナースコール子機から呼出されるナースコール親機とを設けた情報表示機能付ナースコール装置であって,前記情報表示機能付ナースコールは,病室区分,患者氏名等の患者管理データ及び前記患者管理データに付属して格納される救護区分,実行中の医療,看護種別等の医療・看護データを生成するデータ生成手段と,前記データ生成手段で生成された前記患者管理データで索引された前記医療・看護データを記憶するデータ記憶手段とを備え,前記ナースコール親機に,前記データ記憶手段で記憶された医療・看護データを表示する電子表示手段を備えたことを特徴とする情報表示機能付ナースコール装置。」 上記から分かるとおり,本件訂正請求は,@ 本件特許発明に係る「情報表示機能付ナースコール装置」が,ナースコール子機とこの子機から呼出されるナースコール親機を備えたものであること,及び,A 「情報表示機能付ナースコール装置」の一部を構成する「電子表示手段」が,上記ナースコール親機に設けられたものであることを明らかにしようとするものである。
しかしながら,上記@の点については,既に判示したところから明らかなとおり,ナースコール子機と同親機を備えてナースコール装置を構成するのは,「ナースコール装置」の構成として,ごく通常の構成の仕方というべきである。また,上記Aの点についても,そもそも,本件で問題になっている種類のナースコール装置を含む病院内システムの目的が,ナースコールを受けた病院側が,患者の医療・看護に関するデータを適宜参照しつつ,ナースコールに適切に対応することにあることからすれば,「電子表示手段」をナースコール親機に備えることは,ごく自然な着想ということができる。したがって,これらの点が,いずれも当業者にとって容易に想到可能な構成であることは,明らかというべきである。
そうすると,仮に本件訂正請求が認められたとしても,そのことによって,前項1(6)で判示した無効事由(乙1及び乙2,あるいは乙1,乙2及び乙4の組み合わせによる進歩性欠如)が解消されるものではないというべきである。
3 結論 以上によれば,本件特許権には無効事由の存することが明らかであり,同特許権に基づく原告の請求は,権利の濫用に当たるものとして許されない(最高裁平成10年(オ)第364号・同12年4月11日第三小法廷判決・民集54巻4号1368頁参照)。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 青木孝之
裁判官 吉川泉