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関連審決 異議1998-75612
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 判例 特許
平成14行ケ258審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10114審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成15行ケ474特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ104特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術常識 /  化学構造 /  優先権 /  実質的に同一 /  共有 /  優先日 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  交換 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  補助参加 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 358号 特許取消決定取消請求事件
原告 三共株式会社
訴訟代理人弁理士 大野彰夫
同 矢口敏昭
同 平木祐輔
同 石井貞次
同 大屋憲一
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 佐伯裕子
同 種村慈樹
同 森田 ひとみ
同 一色 由美子
同 宮川久成
同 伊藤三男
被告補助参加人 山之内製薬株式会社
訴訟代理人弁理士 長井省三
同 矢野 恵美子
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/11/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が平成10年異議第75612号事件について平成13年6月22日にした決定のうち「特許第2752819号の請求項1ないし11に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「新規サイトカイン」とする特許第2752819号発明(以下「本件発明」という。平成3年1月29日〔以下「本件優先日」という。〕付け特許出願に基づく優先権を主張して同年11月6日特許出願,平成10年2月27日設定登録。以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき特許異議の申立てがされ,平成10年異議第75612号事件として特許庁に係属した。
特許庁は,上記事件について審理した上,平成13年6月22日,「特許第2752819号の請求項1ないし11に係る特許を取り消す。同請求項12に係る特許を維持する。」との決定(以下,同決定のうち「特許第2752819号の請求項1ないし11に係る特許を取り消す。」との部分を「本件決定」という。)をし,その謄本は,同年7月16日,原告に送達された。
2 願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 【請求項1】遺伝子操作によって得られ,ヒト由来の他の蛋白質を実質的に含有せず,配列表の配列番号2(注,別紙のとおり)に示されるアミノ酸配列のうち,アミノ酸番号1〜178までのアミノ酸配列を含むことから成る,脂肪細胞化抑制活性を有する蛋白質,又は,該蛋白質の一つ若しくは二つ以上の部位において,一つ若しくは二つ以上のアミノ酸残基が欠失,挿入若しくは置換されている該蛋白質の同効物。
【請求項2】遺伝子操作によって得られ,ヒト由来の他の蛋白質を実質的に含有せず,配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち,アミノ酸番号1〜178までのアミノ酸配列を含むことから成る,脂肪細胞化抑制活性を有する蛋白質。
【請求項3】N末端に水素原子又はMetを有する,請求項1又は2記載の蛋白質。 【請求項4】請求項1,2又は3記載の蛋白質をコードするDNA。 【請求項5】配列表の配列番号1(注,別紙のとおり)に示されるヌクレオチド配列のうち,ヌクレオチド番号81から614までのヌクレオチド配列又はそれと同効のヌクレオチド配列を含むことから成る,請求項1記載の蛋白質をコードするDNA。 【請求項6】配列表の配列番号1に示されるヌクレオチド配列のうち,ヌクレオチド番号81から614までのヌクレオチド配列を含むことから成る,請求項1又は2記載の蛋白質をコードするDNA。 【請求項7】請求項4,5又は6記載のDNAの5’末端にATGを有するDNA。 【請求項8】請求項4,5,6又は7記載のDNAを含み,該DNAが発現可能かつ複製可能である,組換えDNA発現ベクター。
【請求項9】請求項8記載の組換えDNA発現ベクターで形質転換せしめた宿主。 【請求項10】請求項1,2又は3記載の蛋白質をコードしているDNAを含み,該DNAが発現可能かつ複製可能である,組換えDNA発現ベクターで形質転換せしめた宿主を培養し,その細胞抽出液またはその培養液から該蛋白質を回収することから成る該蛋白質の製造法。
【請求項11】請求項1,2及び/又は3記載の蛋白質を有効成分とする血球減少症改善剤。
【請求項12】請求項1,2及び/又は3記載の蛋白質を有効成分とする抗肥満剤。
(以下,【請求項1】〜【請求項12】の発明を「本件発明1」〜「本件発明12」という。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1は,Proc.Natl.Acad.Sci.USA Vol.87,pp.7512-7516(October 1990)(本訴甲3,審判甲1,以下「刊行物1」という。)に実質的に記載された発明であるか,又は少なくとも周知技術を組み合せることで刊行物1記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条1項3号又は同条2項の規定に該当し,本件発明2,3,7は,刊行物1記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,同法29条2項の規定に該当し,本件発明4〜6,8〜10は,刊行物1に実質的に記載された発明であるか,又は少なくとも刊行物1記載の発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,同法29条1項3号又は同条2項の規定に該当し,本件発明11は,米国特許出願第526474号明細書(本訴甲5,審判甲2,以下「刊行物2」という。)に係る特許出願を優先権の基礎とする特願平3-500597号(本訴甲4,審判甲3)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「先願明細書」という。)記載の発明と実質的に同一であり,本件発明11の発明者が先願明細書に係る発明の発明者と同一であるとも,また,本件特許の特許出願の時に,その出願人が他の出願である上記先願の出願人と同一であるとも認められず,同法29条の2に該当するので,本件発明1〜11に係る特許は同法113条2号に該当し,取り消されるべきものであるとした。
原告主張の本件決定取消事由
本件決定は,本件発明1,4,11の認定を誤り(取消事由1),刊行物1記載の発明に基づく本件発明1〜10についての新規性及び進歩性の判断を誤り(取消事由2,3),本件発明11と先願明細書記載の発明との同一性の判断を誤った(取消事由4)結果,本件発明1〜11に係る特許を取り消すとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1,4,11の認定の誤り) (1) 本件決定は,「特許明細書(注,本件明細書,甲2)の【0018】には,『本発明のDNAは例えば脂肪細胞化抑制活性を有する蛋白を産生する能力を有する哺乳動物細胞等から該蛋白質をコードするmRNAを調製(注,「調整」とあるのは誤記と認める。)した後,既知の方法により2本鎖cDNAに変換することによって得られる。』と記載されていることからみて本件発明1の目的蛋白質はヒト由来のもののみに限定されない」(決定謄本3頁下から第2段落)と認定したが,誤りである。
(2) 本件明細書(甲2)には,ヒト以外の哺乳類由来のIL-11を実際に取得したとの記載はなく,IL-11の諸性質についても,ヒトIL-11についてのみ調べられている。本件発明は,ヒトの血液疾患等の治療剤の開発を目的としており,生理活性物質を医薬品として開発する場合,副作用の発生を防ぐためには他の生物種由来のものではなく,ヒト由来のものを用いることが当業者の技術常識である。したがって,本件決定の上記認定は,当業者の技術常識に反するものであり,本件発明1の目的たん白質はヒト由来のもの(そのわずかな変異体も含む。)に限定して解釈するのが自然な解釈である。
また,本件発明1の「一つ若しくは二つ以上の部位において,一つ若しくは二つ以上のアミノ酸残基が欠失,挿入若しくは置換されている該蛋白質の同効物」は,ヒトIL-11成熟体たん白質と同等の活性を有するにもかかわらず,アミノ酸残基がわずかに異なる変異体たん白質が特許請求の範囲に含まれないことで十分な保護が得られなくなるのを防ぐために記載したものであるから,上記同効物はヒトIL-11成熟体たん白質を中心としたそのわずかな変異範囲のたん白質を意味するものであるにすぎない。
(3) また,本件決定は,「『脂肪細胞化抑制活性を有する蛋白質』を『IL-11活性を有する蛋白質』という」(決定謄本3頁下から第3段落)としたが,本件優先日当時には,このような一般的な認識はなかった。刊行物1(甲3)の「サルIL-11」の生物活性と本件発明1の対象であるヒト脂肪細胞化抑制因子の生物活性は本質的に異なる(京都大学大学院生命科学研究科教授A作成の平成14年1月24日付け鑑定書〔甲13,以下「甲13鑑定書」という。〕,東京大学分子細胞生物学研究所教授B作成の意見書〔甲14,以下「甲14意見書」という。〕)。
(4) 本件発明4,11が引用する請求項1の「一つ若しくは二つ以上の部位において,一つ若しくは二つ以上のアミノ酸残基が欠失,挿入若しくは置換されている」配列も,上記同様,ヒトIL-11成熟体のアミノ酸配列を中心とし,そのわずかな変異体を含むものであり,サルIL-11は含まれない。
2 取消事由2(刊行物1記載の発明に基づく本件発明1〜3についての新規性及び進歩性の判断の誤り) (1) 本件発明は,シグナルペプチドを除いたヒトIL-11成熟体たん白質が刊行物1(甲3)で予想されていたアミノ酸残基数とは異なる178残基から成ることを初めて見いだしたものである。新規なたん白質が開示されているというためには,少なくとも構造上の比較及び理化学的機能の比較ができる程度にそのたん白質の特徴が明らかにされていなければならないが,刊行物1にはそのような記載はないから,サルとヒトとを問わず,IL-11成熟体のたん白質が開示されているとはいえない。平成2年6月25日東京化学同人発行,日本生化学会編「新生化学実験講座1 タンパク質U-一次構造-」(甲17),平成元年9月30日丸善発行,中島暉躬外編「新基礎生化学実験法4 一次構造」(甲18)及び平成2年2月26日東京化学同人発行,日本生化学会編「新生化学実験講座1 タンパク質T-分離・精製・性質-」(甲27)によれば,本件優先日当時,単にcDNAをクローニングしただけでは,組換えたん白質に関する発明が完成して,当該cDNAに対応するたん白質を取得したということはできず,N末端アミノ酸配列の分析が必須であり,cDNAを取得し,たん白質を精製し,発現したたん白質の性質を調べることで,たん白質の発明が完成したと認められることになる。刊行物1では,そもそも組換えたん白質に関する発明が完成しておらず,そこに記載されているに等しい事項から当業者が本件発明を把握することもできず,また,完成された発明が記載されていない以上,特許法29条2項進歩性判断の基とする引用発明に当たらない。
(2) 甲13鑑定書及び甲14意見書によれば,刊行物1(甲3)では,サルIL-11を現実に取得したとはいえない。刊行物1の実験では,培養上清中で確認された三つの活性と20kDa付近に見られたバンドとの相関は確認されていないから,この活性の本体が,導入遺伝子によりコードされるプレ体たん白質のシグナルペプチドが正常に切断された結果生じた成熟体たん白質であることは,確認されてはいないことになる。また,パルスラベル実験の後に行われたSDS/PAGEで感光されたバンドが確認できたという事実だけでは,たん白質が取得されたとはいえない。刊行物1では,サルIL-11の分子量について,当初20kDaであるとしながら23kDaと訂正しており,いずれの分子量が正しいかを判別できず,サルIL-11の分子量の記載がないに等しい。本件優先日当時,刊行物1の図2に記載されている塩基配列のIL-11のcDNAの3’非翻訳領域に存在する調節配列(ATTTAの繰り返し配列,ヌクレオチド配列番号707〜724の「T TATTTATTT ATTTAT TT」)は,mRNAを不安定化させる配列であるとされており(BIOCHEMICAL AND BIOPHYSICAL RESEARCH COMMUNICATIONS Vol.152,No.3, pp.973-980(1988),甲23),この3’非翻訳領域に存在する調節配列を含んだ形で発現させた場合,宿主細胞内で安定に発現するか否かは,全く予想が付かなかったといえる。すなわち,実際に発現させ,発現したたん白質を解析して,安定的に発現するか否かを確認することは必須であったといえる。サル由来のたん白質が細胞培養外液に無数に含まれていることにより,IL-11の単離は,机上で考え得る理論的な精製操作よりはるかに困難である。実際にサルIL-11を精製して比活性まで求めているのであれば,その精製方法や比活性の計算方法を記載するのは当業者の技術常識であるが,刊行物1には,比活性の定義もなく,COS-1細胞産生IL-11の精製に関するデータは示さないと記載されている以上,比活性が記載されているからといって,実際にIL-11が精製されたとはいえない。精製したたん白質が現実に取得できていれば,常法によりN末端アミノ酸配列の決定はできるが,刊行物1では,現実にサルIL-11成熟体が発現しておらず,ましてや単離精製されたとも認められないから,N末端の位置決定が当業者にとって容易であったとはいえない。
(3) 刊行物1(甲3)には,サルIL-11を現に取得したとの記載及び根拠はないから,これに基づいて,サルIL-11と同一の宿主,ベクター系を用いてヒトIL-11を発現させ,更に精製することが,実質的に開示されている,ないしは当業者が容易に想到できるとの結論は導き出せない。また,本件優先日当時,強塩基性たん白質の精製例は,ほとんど知られていなかったから,強塩基性であると予測されたヒトIL-11成熟体たん白質の精製手段に容易に想到するということはできないし,そもそも「組換えヒトIL-11成熟体」の単離工程は,非常に困難な工程であった(甲13鑑定書,原告従業員C作成の平成14年1月23日付け「陽イオン交換樹脂を用いたIL-11精製の予備実験に関する実験成績書」〔甲15,以下「甲15実験成績書」という。〕)。
(4) 公知物質と化学構造が類似していても,その化学物質から予測できないような特有な性質を有する化学物質の発明は進歩性が肯定されるべきところ,本件発明1は,新規物質であり,かつ,当業者に予測できない生物活性を有するから,進歩性が肯定されるべきである。
(5) ある生物のサイトカインが他生物に対しても同じ生物活性を示すとは限らず(平成4年12月20日羊土社発行,須田年生著「実験医学バイオサイエンスF血液幹細胞の運命」,甲20),サイトカインの作用が種を超えた互換性を示すか否かは,個々のサイトカインごとに全く異なり,実際に実験をしてみないと予想できない。IL-6とIL-11ではアミノ酸配列で全く相同性が認められず,全く異なったたん白質であることも明らかであり,他の「生物活性」があることを予測することはできない。IL-1,IL-6,LIF及びTGF-βには「脂肪細胞化抑制活性」が認められるが,サイトカイン類一般に認められる活性ではなく,極めてありふれた活性であるということはできない。IL-11がマウス脂肪細胞株に作用するかどうかは,IL-11受容体がその細胞に発現しているかどうかに依存するのであって,IL-1などの他のサイトカインが脂肪細胞化を抑制するからといって,IL-11もまた脂肪細胞化を抑制するとはいえない。IL-11受容体とIL-6受容体がgp130を共有することが本件優先日後に明らかとなったが,gp130(βサブユニット)ではないもう一つのサブユニット(IL-11受容体αサブユニット)の分布が細胞間でどのように異なっているかは,本件優先日当時不明であった。IL-6に脂肪細胞化抑制活性があることが技術常識になっていなかった段階で,当業者は,サルIL-11がIL-6に類似した活性を有することを見いだしたからといって,IL-11にも脂肪細胞化抑制活性があると推定することはできない。
3 取消事由3(刊行物1記載の発明に基づく本件発明4〜10についての新規性及び進歩性の判断の誤り) (1) 本件決定は,本件発明4の新規性及び進歩性の判断に当たって,「刊行物1(注,甲3)には,Fig.2に記載されるサルIL-11のcDNAについて,『199アミノ酸からなるポリペプチドをコードすると予想される,597塩基の1つの長いORFが含まれていた。予想される開始コドンに続いてすぐに,17〜20の疎水性アミノ酸が存在しており,典型的なタンパク質分泌リーダー配列とよく似ている。』・・・と記載され,培養上清中に成熟体として分泌されたサルIL-11の分子量が最終的には23kDaであることが記載されていることから,サルIL-11についてのほぼ正確な成熟体のコード領域は開示されていたということができる」(決定謄本7頁第2段落)と認定したが,誤りである。実際のヒトIL-11のたん白質分泌リーダー配列は,21アミノ酸から成り,ヒトIL-11成熟体のアミノ酸配列は,刊行物1(甲3)で予想されたサルIL-11成熟体アミノ酸残基数179〜182よりも短いものであり,正確なサルIL-11成熟体のコード領域が開示されていたということはできない。また,アミノ酸配列から予想される分子量は約19.4kDaである。
(2) サルIL-11のシグナル配列の切断位置についてすら,正確に確定されていない以上,ヒトIL-11のコード領域について開示されていたということはできない。
(3) また,本件決定は,本件発明5〜9の新規性及び進歩性の判断について,本件発明4についての判断を引用し,本件発明10について本件発明1についての判断を引用しているところ,本件発明1,4についての判断が誤りであることは上記のとおりであるから,本件発明5〜10についての判断も誤りである。
4 取消事由4(本件発明11と先願明細書記載の発明との同一性の判断の誤り) 刊行物2(甲5)には,サルのIL-11活性が示されているだけで,具体的に精製したという記載はなく,成熟体たん白質について提供されているに等しいほどに具体的な開示がされているとはいえず,ヒトIL-11に対する「血球減少症改善剤」についての発明は具体的に開示されていない。
被告及び被告補助参加人の反論
本件決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明1,4,11の認定の誤り)について 本件発明1に係る請求項1は,「脂肪細胞化抑制活性を有する蛋白質,又は,該蛋白質の一つ若しくは二つ以上の部位において,一つ若しくは二つ以上のアミノ酸残基が欠失,挿入若しくは置換されている該蛋白質の同効物」と記載され,変異位置及び変異数の上限を全く設けることなく,「該蛋白質の同効物」として活性のみにより規定するものであるから,「本件発明1の目的蛋白質」は,ヒトIL-11及びその限られた改変体のみに限られない。本件明細書(甲2)の段落【0018】及び同【0048】の記載からも,本件発明の目的蛋白質は,少なくとも哺乳動物細胞から得られた「IL-11活性を有する蛋白質」であれば包含されるものであり,「サルIL-11」を排除するものでないことは明らかであり,本件発明4,11も同様である。
2 取消事由2(刊行物1記載の発明に基づく本件発明1〜3についての新規性及び進歩性の判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲3)には,正確なサルIL-11のORFの塩基配列及び対応するアミノ酸配列が記載され,また,当該ORFで形質転換したCOS-1細胞培養上清中について3種類の強いIL-6類似活性が確認されていることから,「サルIL-11成熟体」の分泌が確認されているといえる。さらに,刊行物1には,比活性が3×106units/mgという高純度にまで精製された「サルIL-11成熟体」が記載されている。これらのことから,刊行物1には,サルIL-11成熟体についての十分な開示があるといえる。そして,平成2年2月26日第1刷東京化学同人発行,日本生化学会編「新生化学実験講座1 タンパク質T-分離・精製・性質-」(乙6)及び平成元年6月25日廣川書店発行,池原森男編「蛋白工学研究法」(乙7)によれば,サルIL-11の精製も容易であり,平成2年6月25日第1刷東京化学同人発行,日本生化学会編「新生化学実験講座1 タンパク質U-一次構造-」(乙25,甲17)によれば,組換えたん白質の同定に当たって,N末端アミノ酸の位置を決定することは,容易であり,刊行物1においては,既に精製されたサルIL-11成熟体が取得されているから,精製たん白をそのまま気相プロテインシークエンサーにかけることで,容易にN末端アミノ酸が決定できる。シグナル配列を有する「ORF」を用いて哺乳動物細胞で発現させれば,シグナルペプチドの作用で細胞膜を通過すると同時にシグナルペプチドが切断されるから,その培養上清中に存在するたん白質は「成熟体蛋白質」であることが,本件優先日当時の技術常識であった。
したがって,刊行物1(甲3)には,精製した「サルIL-11成熟体」を取得したことが記載されているといえる。
(2) サルIL-11とヒトIL-11のORF配列を比較すると,全体の長さが一致しているばかりか,シグナル配列は全く同一で,全ORFも塩基配列で約97%,アミノ酸配列で94%という高い相同性を示すものであるから,当業者は,同一の文献内に「組換えサルIL-11成熟体」の成功例が記載されているのを見たとき,まず,塩基配列ではシグナル配列部分も一致し,同一の長さであり,全ORFにわたって極めて一致性が高いことから,サルの場合と同一のCOS-1細胞発現系を用いれば,同一の位置でシグナルペプチドが切断されたヒトIL-11成熟体が培養上清に分泌されることを直ちに理解する。次に,両アミノ酸配列の高い相同性から,塩基性の強さ,等電点などの物性も類似するはずであり,同様の精製方法を用いて高純度まで精製可能であることも理解するといえる。そして,刊行物1(甲3)のバイオアッセイにおいて,サルIL-11のIL-11活性が,別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認されたことから見て,当業者が,通常のサイトカインと同様の普遍性,互換性があることを理解するから,同じ霊長類のサルIL-11において確認された3種のIL-11活性は,当然にヒトIL-11が呈する活性であると考えることも無理はないというべきである。したがって,刊行物1には,「ヒトIL-11成熟体」についての発明が実質的に記載されているということができる。
(3) サイトカインには,種を超えた普遍性,互換性がある。そして,刊行物1(甲3)においては,「IL-11」と命名するに当たり,特に「多能性サイトカイン」として知られたIL-6に類似した物質であることを認識していたといえるから,確認した3種以外に更に他の生物活性があることも十分予測していたものである。本件明細書(甲2)の段落【0008】にも記載されているとおり,「脂肪細胞化抑制活性」は,各種のサイトカイン類において観察されている極めてありふれた生物活性である上,IL-11と類似のサイトカインであるIL-6が脂肪細胞化抑制活性を有することが確認されていた(FASEB JOURNAL Vol.4,A1713,107(June,1990),乙16)から,IL-11も同様の活性を有する蓋然性が高いと考えるのは自然である。したがって,当業者にとって,IL-11に「脂肪細胞化抑制活性」があることは十分に予測可能であった。
3 取消事由3(刊行物1記載の発明に基づく本件発明4〜10についての新規性及び進歩性の判断の誤り)について 哺乳動物細胞内であれば,シグナルペプチドは種を越えて普遍的に働くから,シグナル配列を含むORFとして導入することで,シグナルペプチド作用で培地中に分泌される際にシグナルペプチド自身は切断され,培養上清中において正常な生理活性を有する成熟体を取得できることになる。刊行物1(甲3)では,サルIL-11については,発現させて培養上清中に分泌させており,ヒトIL-11についても,同様に発現,分泌させることができるから,本件優先日前の常法にすぎないN末端分析法を用いてN末端を決定できる。
4 取消事由4(本件発明11と先願明細書記載の発明との同一性の判断の誤り)について 原告は,本件発明11の「目的蛋白質」にサルIL-11は含まれないことを前提として,本件発明11についての本件決定が誤りである旨主張しているが,本件発明にはサルIL-11が包含されていることは上記のとおりであるから,原告の取消事由4の主張は,前提において誤りである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1,4,11の認定の誤り)について (1) 原告は,本件発明1,4,11のたん白質はわずかな変異体を含むヒト由来のものに限定して解釈すべきであるとして,「本件発明1の目的蛋白質はヒト由来のもののみに限定されない」(決定謄本3頁下から第2段落)とした本件決定の認定を誤りであると主張する。しかしながら,本件発明1に係る請求項1には,「該蛋白質の一つ若しくは二つ以上の部位において,一つ若しくは二つ以上のアミノ酸残基が欠失,挿入若しくは置換されている該蛋白質の同効物」と記載され,その記載文言上,アミノ酸の変異部位の数及び変異されたアミノ酸の数の上限を特定していないから,当該「同効物」は,「配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち,アミノ酸番号1〜178までのアミノ酸配列」を有するたん白質,すなわちヒトIL-11成熟体のわずかな変異体に限らず,サルIL-11成熟体などの脂肪細胞化抑制活性を有するたん白質を広く包含するものであることが明らかであり,このことは,請求項1を引用する他の請求項においても同様である。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(2) また,原告は,本件決定は,「『脂肪細胞化抑制活性を有する蛋白質』を『IL-11活性を有する蛋白質』という」(決定謄本3頁下から第3段落)としたが,本件優先日当時には,このような一般的な認識はなかったと主張する。確かに,「脂肪細胞化抑制活性」が「IL-11活性」と同義であることが,本件優先日前に知られていたことを認めるに足りる的確な証拠は見当たらないから,上記の言い換えは,必ずしも適切であったとはいえない。しかしながら,本件決定において,本件発明1,4,11と刊行物1記載の発明との対比判断に誤りがなければ,上記言い換えが適切を欠くとしても,本件決定の結論に影響を及ぼすということはできず,独立した取消事由とはならないから,後記のとおり,取消事由2ないし4において,上記対比判断の当否を検討すれば足りる。
2 取消事由2(刊行物1記載の発明に基づく本件発明1〜3についての新規性及び進歩性の判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲3)には,以下の記載がある。
ア 「〈イントロダクション〉・・・PU-34細胞は,IL-6依存性プラズマサイトーマ細胞株T1165に分裂促進活性を生じさせることが判明した(7)。本論文においては,サルCOS-1細胞系を用いた機能的発現クローニング(8~10)によって,このサイトカインをコードするcDNAが分子クローニングされたことを報告する」(被告提出の訳文1頁最終段落〜2頁) イ 「方法 永久的ストローマ細胞株の樹立・・・別途述べる方法で(S.R.ポールおよびD.A.W.,未発表データ),欠損型アンフォトロピック・トランスフォーミング・レトロウイルスベクターU19BLによって不死化させ,霊長類の長期骨髄培養細胞からPU-34ストローマ細胞株を得た」(同2頁最終段落) ウ 「バイオアッセイ・・・多因子依存性細胞株を用いて,PU-34の培養上清の血球細胞の増殖刺激活性を測定した。サブコンフルエントに達した,25cm2組織培養フラスコ中のPU-34株に,組換えIL-1α(2units/ml)を加え,48時間後に培養上清を回収した。通常IL-6応答性を有するマウスプラズマサイトーマ細胞株T1165(7)をバイオアッセイに用いて,PU-34から作製したcDNAライブラリーの発現クローニングを行った」(同3頁第2段落) エ 「分子クローニングおよびRNAアッセイ・・・PU-34細胞を2units/mlのIL-1αで24時間刺激した後,ポリ(A)+RNAを常法に従って調製した。文献(10)に記載されたように,IL-1αで刺激したPU-34細胞から調製した5μgのポリ(A)+RNAからcDNA発現ライブラリーを調製し,XhoIリンカーを介してCOS-1発現ベクターpXMへライゲーションした。ライゲーション反応液でコンピテント大腸菌(HB101株)を形質転換し,約500,000のアンピシリン耐性コロニーのライブラリーを作製した。
大腸菌コロニーをニトロセルロース膜へ転写し,いくつかに分けた後,常法に従いプラスミドDNAを単離した。5μgの各プラスミドDNAを0.1mMのクロロキンを加えたDEAE-デキストラン法によりCOS-1細胞へトランスフェクトした(10)。72時間後にトランスフェクトしたCOS-1細胞の培養上清を回収し,上述のバイオアッセイに用いた。陽性の集団が得られ,分割して行くことで1つの陽性プラスミドが単離された。このプラスミドに挿入されているcDNAの配列を,合成オリゴヌクレオチドプライマーおよびスーパーコイルの鋳型を用いたジデオキシ法(17)により決定した」(同4頁第2段落) オ 「結果 細胞株の作製とPU-34培養上清の生物活性・・・IL-6,IL-7,GM-CSF,M-CSF,G-CSF,およびLIF/HILDAを含む既知の増殖因子に加え(データ省略),IL-1αで刺激したPU-34培養上清は,ヒトIL-6に対する中和抗体存在下でも,マウスプラズマサイトーマ細胞株T1165(7)の増殖を刺激することが判明した(図1A)。このアッセイを,cDNAの発現ライブラリーのスクリーニングに用いて,サルCOS-1細胞へトランスフェクションした場合に,予想される新規なT1165刺激活性が発現されるものを検索した」(同4頁最終段落〜5頁第1段落) カ 「PU-34 cDNAライブラリーの作製およびcDNAクローンpC1R6・・・pC1R6をトランスフェクトしたCOS-1細胞の培養上清は,1:1000に希釈してもなお,T1165細胞の[3H]チミジンの取り込みを有意に刺激した(図1B)。図2に示したpC1R6 cDNA塩基配列には,199アミノ酸からなるポリペプチドをコードすると予想される,597塩基の1つの長いORFが含まれていた。予想される開始コドンに続いてすぐに,17〜20の疎水性アミノ酸が存在しており,典型的なタンパク質分泌リーダー配列とよく似ている。・・・pC1R6をトランスフェクトしたCOS-1細胞を[35S]メチオニンでラベルした培養上清のSDS/PAGE解析により,偽トランスフェクトした対照には存在しない1つの20-kDaの主要な分子種の存在が明らかになった(図3A)。これは,約180アミノ酸の分泌されたタンパク質に期待される分子量と一致する」(同5頁第2段落〜最終段落) キ 「〈図の説明〉 図1・・・IL-1αにより誘導したPU-34細胞から産生されたT1165増殖促進活性の同定。IL-1αで誘導したPU-34(A)およびpC1R6をトランスフェクトしたCOS-1細胞(B)の培養上清について,図示した最終希釈濃度におけるプラズマサイトーマT1165細胞の[3H]チミジンの取り込み(cpm)を刺激する能力を試験した。PU-34の培養上清は,過剰量の抗ヒトIL-6ヤギ中和抗血清存在下で試験した。COS-1細胞産生IL-11の精製により得られたデータは,サイトカインの濃度は100ng/mlであり,mgタンパク質あたり3×106unitsの比活性を有することを示している(データ省略)」(同9頁第2段落) ク 「IL-11の生物学的活性・・・さまざまな造血細胞培養系における,PU-34由来のサイトカインの影響を解析したところ,巨核球の発生に対する顕著な影響が明らかになった(図4B)。マウス骨髄細胞を標的とすると,このサイトカインだけではほとんど効果はないが,IL-3による補助を受けると,巨核球のコロニー形成を3倍に刺激した。IL-6も,IL-3依存性巨核球コロニー形成を強化することが見出されており(25,26),IL-6,およびPU-34由来のサイトカインの巨核球の発生に対する効果は,定性的にも,定量的にも類似していた(データ省略)。これらの結果は,このサイトカインが,巨核球産生の調節において重要な役割を果たしていることを示している」(同6頁最終段落〜7頁第1段落) 上記ア〜クの記載によれば,刊行物1(甲3)においては,T1165増殖刺激活性を有する霊長類(サル)骨髄ストローマ細胞PU-34株からcDNAライブラリーを作成し,T1165の増殖刺激活性を指標とするバイオアッセイで陽性のプラスミドpC1R6を単離して,霊長類(サル)IL-11のORFの塩基配列を決定し,pC1R6でトランスフェクトしたサルCOS-1細胞の培養上清中に,偽トランスフェクトした対照には存在しない分子量約20kDaのたん白質が存在することを確認したことが認められる。
(2) ところで,平成2年3月5日第1版第1刷トッパン発行,教育社編集企画センター編「ワトソン 遺伝子の分子生物学 第4版[下]」(乙27)には,「小胞体内腔に送りこまれるタンパク質は,ほとんど例外なくシグナル配列(signal sequence,あるいはシグナル・ペプチド,signal peptide)とよばれる余分なペプチドをN末端にもっている。真核生物のシグナル配列は,原核生物の場合・・・と同様に特定のアミノ酸配列である必要はないが,15〜30個のアミノ酸残基よりなり,疎水性アミノ酸に富んでいる。この配列が折りたたまれてらせん状に巻いたヘアピン構造をとり,膜二重層に入りこめるようになると,輸送が始まるのだろうと考えられている・・・伸長中のポリペプチド鎖がシグナル配列のあとに続いて膜を通過していく間に,シグナル配列自体はシグナル・ペプチダーゼ(signal peptidase)とよばれる特殊なプロテアーゼで切断される」(731頁)と記載され,この記載によれば,シグナル配列に対応する塩基配列を有するORFを真核生物である哺乳動物細胞中で発現させると,シグナルペプチドの作用で細胞膜を通過すると同時にシグナルペプチドが切断されることが認められる。そうすると,刊行物1(甲3)においてサルCOS-1細胞の培養上清中に存在するのは,サルIL-11のORFが発現し,シグナルペプチドが切断されてできた「サルIL-11成熟体蛋白質」であることが,合理的に予想できるというべきである。
(3) また,上記記載によれば,刊行物1(甲3)においては,T1165の増殖刺激活性を指標とするバイオアッセイで陽性とされたプラスミドpC1R6でトランスフェクトしたCOS-1細胞の培養上清中のたん白質について,COS-1細胞にはないT1165増殖刺激活性があることが確認されているから,活性とSDS/PAGEにおける20kDa付近の複数のバンドとの相関関係まで確認されていなくとも,また,cDNAの塩基配列にmRNAを不安定化させる配列が含まれているとしても,当該培養上清中にはサルIL-11のORFの発現産物が実際に得られていると解するのが相当である。そして,刊行物1には,図1の説明(上記(1)のキ)に,mgタンパク質当たり3×106unitsの比活性を有する高度に精製されたサルIL-11が記載されており,これに加え,上記(1)のクの記載において引用されている文献(26)(Exp. Hematol., Vol.18(January 1990), pp.69-72,乙20)には,精製された組換えヒトIL-6(比活性5.2×106U/mg)を用いて未熟マウス巨核球細胞の増殖刺激活性を確認したことが記載されていることから,上記クの記載は,文献(26)に記載された比活性5.2×106U/mgにまで精製された「組換えヒトIL-6」の巨核球発生に関する数値データと,単に定性的のみならず「定量的に」も比較できるような程度まで精製されたサルIL-11が刊行物1において得られたことを裏付けるものということができる。
(4) 以上検討したところを総合すると,刊行物1(甲3)には,精製されたサルIL-11成熟体が記載されていると認めることができるが,原告は,この点を争うので,更に検討する。
ア 原告は,甲17,18,27を挙げて,本件優先日当時,単にcDNAをクローニングしただけでは,組換えたん白質に関する発明が完成したということも,当該cDNAに対応するたん白質を取得したということもできず,N末端アミノ酸配列の分析が必須であり,cDNAを取得し,たん白質を精製し,発現したたん白質の性質を調べることでたん白質の発明が完成したと認められることになると主張するが,上記のとおり,刊行物1には,単にcDNAをクローニングしたことにとどまらず,これを発現させて予想される活性の確認を行い,高度に精製したことまでが記載されており,これらの記載を総合すると,精製サルIL-11成熟体が記載されているといえるのであるから,原告の上記主張は理由がない。
加えて,原告が引用する甲17には,「多くの場合mRNAから翻訳されたポリペプチドはペプチド結合の切断や糖鎖の付加などを受けて成熟タンパク質となり,細胞において機能を発現する。シグナル配列や糖鎖の付加する可能性のある配列である-Asn-X-Thr(Ser)-などのいくつかの規則は見いだされているものの,実際に細胞において機能しているタンパク質の構造はcDNAの塩基配列から完全に確定するわけではない。タンパク質を用いて決定しなければいけない構造としてつぎのものがある。1)N,C両末端のアミノ酸配列」(21頁)と記載され,甲18には,「cDNAを検索するうえで,N末端分析を行うことは,必須ではない。しかし,シークエンシングされたcDNAから,実際のタンパク質のN末端の予測はついても決定することはできないので,最終的には目的とするタンパク質でN末端分析を行い,それを決定する必要がある」(37頁)と記載され,甲27には,「タンパク質が精製標品として得られたならば,まずその純度検定を行うとともに,いくつかの基本的性質を調べておく必要がある。N末端分析はそのような目的に必要とされ,また役立つ基本的分析の一つである。この分析により当該タンパク質を構成するポリペプチド鎖の数と種類についても知見を得ることができる」(467頁)と記載されており,これらの記載から,たん白質の研究において,N末端のアミノ酸配列の決定が重要なものであることは認められるものの,これらの記載が,たん白質のN末端のアミノ酸配列が決定されていなければ,たん白質が取得されたことにならないとか,たん白質の発明が完成されたことにならないということまでを意味するものということはできない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ さらに,原告は,甲13鑑定書及び甲14意見書を根拠に,刊行物1(甲3)には精製サルIL-11成熟体は開示ないし示唆されていないと主張するので検討すると,甲13鑑定書は,「本論文(注,刊行物1〔甲3〕)には,@サルcDNAライブラリーよりエキスプレッション・クローニング(expression cloning)法にて,形質細胞腫の増殖活性を発現させるcDNAを選択し,このcDNAのヌクレオチド配列決定を行い,A当該cDNAを用いてCOS-1細胞を形質転換させ,いわゆるパルス・ラベルを行い,細胞培養外液(conditioned medium)に分子量20kDa付近の複数のバンドが発現されることを確認し,B当該細胞培養外液に3種の生物活性(形質細胞の増殖活性,巨核球のコロニー形成活性,B細胞増殖活性)を見出し,C得られたサルcDNAをプローブとしてハイブリダイゼーション法によりヒトcDNAライブラリーのスクリーニングを行い,相同性のあるヒトcDNAが存在することを見出し,このヌクレオチド配列を決定したことが記載されている」(3頁)ことを前提として,「(4)サル・インターロイキン11(以下,「IL-11」という。)蛋白取得の有無本論文(注,刊行物1〔甲3〕)においてはパルスラベル実験によって新たにバンドが出現したこと,培養外液に3種の生物活性が確認されたことについて報告しているものの,この実験事実だけでは実際に蛋白質を取得したということはできないし,実質的に蛋白質を取得したに等しいとも言えない」(5頁最終段落〜6頁第1段落)とするものである。しかしながら,甲13鑑定書は,上記(3)のとおり,刊行物1の図1の説明に,mgタンパク質当たり3×106unitsの比活性を有する高度に精製されたサルIL-11が記載されていること,及びこれを比活性5.2×106U/mgにまで精製された「組換えヒトIL-6」の巨核球発生に関する数値データと,単に定性的のみならず,「定量的に」も比較したことについても記載されていることを考慮していないから,採用することができない。また,甲14意見書も,図1の説明や定量的な比較について考慮していないから,同様に採用することができない。
ウ 原告は,実際にサルIL-11を精製して比活性まで求めているのであれば,その精製方法や比活性の計算方法を記載するのは技術常識であるところ,刊行物1(甲3)には,比活性の定義もなく,COS-1細胞産生IL-11の精製に関するデータは示さないと記載されているのであるから,サルIL-11成熟体を単離精製したとは認められないとも主張する。
しかしながら,刊行物1の図1の説明には,精製された「サルIL-11」が「mgたん白質(mg of protein)あたり3×106unitsの比活性を有すること」(上記(1)のキ)が記載されており,当該比活性値がIL-11たん白1mg当たりの単位数を示したものであることは,「岩波理化学辞典 第5版」(乙19)の比活性の定義において,酵素の場合も1mg当たりの単位数で表している(1088頁)ことから明らかである。さらに,単位の求め方については,刊行物1には,用いたT1165アッセイ法について,「T1165の増殖アッセイは,NordanおよびPotterにより記載された方法を改変して行った。(7)」(被告提出の訳文3頁第2段落)と記載されているところ,引用されている文献(7)(Science, Vol.233, pp.566-569(August,1986),乙21)には,「我々は,活性の単位を,通常のアッセイ条件下でT1165tc細胞に対して[3H]チミジン取り込み量の最大値の50%を誘導する量として定義する。(図2)」(訳文最終段落)と記載されているから,刊行物1の比活性の単位の求め方は,当業者が理解できるものと認められる。しかも,刊行物1において,比活性5.2×106U/mgにまで精製された「組換えヒトIL-6」の巨核球発生に関する数値データと,単に定性的のみならず,定量的にも比較していることは上記のとおりであるから,当該数値データと定量的に比較できるような程度に精製されたサルIL-11成熟体が得られていると解すべきである。また,刊行物1の筆者の一人であるD作成の供述書(乙23)には,「私がCOS細胞ならし培地から組換えヒトIL-11の精製に使用した段階全ては,精製で使用したものがクロマトグラフィー材料-その材料全ては商業的に容易に入手できた-であったので,タンパク質精製技術の当業者に良く知られていた定型的な方法でした」(訳文2頁第3段落)と記載されていることから,刊行物1に具体的な精製方法が記載されていなくとも,そこに記載されたサルIL-11成熟体は,当業者によく知られた方法で精製されたものであると解するのが相当である。訂正明細書(甲2)の段落【0042】に「形質転換体の細胞内または細胞外に生産される脂肪細胞化抑制因子は,該脂肪細胞化抑制因子の物理的性質や化学的性質等を利用した各種の公知の分離操作法により,それらより分離・精製することができる。該方法としては,具体的には例えば通常の蛋白沈殿剤による処理・・・等を例示できる」と記載されていることも,IL-11成熟体の精製が公知の方法で容易に行い得ることを裏付けるものである。
(5) 次に,被告は,刊行物1(甲3)のバイオアッセイにおいて,サルIL-11のIL-11活性が,別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認されたことから見て,当業者が,通常のサイトカインと同様の普遍性,互換性があることを理解するから,同じ霊長類のサルIL-11において確認された3種のIL-11活性は,当然にヒトIL-11が呈する活性であると考えることも無理はないというべきであって,刊行物1には,「ヒトIL-11成熟体」についての発明が実質的に記載されているということができると主張するので検討すると,刊行物1には,ヒトIL-11については,ORFが記載されているだけで,これを発現させたこと,活性を確認したこと,及び精製したこと等について,具体的な記載は一切ないから,実質的に「組換えヒトIL-11成熟体」が記載されていたとまではいうことができない。したがって,本件決定が,「ヒトIL-11についても実質的に刊行物1に開示されている」(決定謄本6頁下から第2段落)と認定した点は,誤りというほかないが,本件決定は,更に,「少なくとも周知技術を組み合わせることで刊行物1の記載に基づき当業者が容易に想到できる範囲内のものである」(同)と判断しているから,進んで,刊行物1記載の発明に基づく本件発明1〜3についての進歩性について判断する。
(6) 刊行物1(甲3)には,ヒトIL-11のORFが記載(図2)され,「IL-11の発現の評価およびヒトIL-11cDNAの単離・・・MRC5細胞株から単離されたヒトcDNA配列の解析から,霊長類およびヒトのコード領域は塩基レベルで約97%の同一性を有することが判明した(図2)」(被告提出の訳文6頁第2段落)と記載されている。そして,刊行物1のバイオアッセイ(マウスプラズマサイトーマ細胞株T1165を用いた血球細胞増殖刺激活性測定法,マウス脾臓細胞プラーク形成アッセイ,マウスCFU巨核球アッセイ,同3頁第2段落〜4頁第1段落)において,サルIL-11の3種の活性が別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認されたことから見て,IL-11は,種を超えた普遍性,互換性を有するもので,サルIL-11と同様の活性をヒトIL-11も有すると解することができる。この点について,原告は,ある生物のサイトカインが他生物に対しても同じ生物活性を示すとは限らず(甲20),サイトカインの作用が種を超えた互換性を示すか否かは,個々のサイトカインごとに全く異なり,実際に実験をしてみないと予想できないと主張するが,生物種間での互換性のないサイトカインが存在するとしても,刊行物1においてサルIL-11の3種の活性が別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認されている以上,IL-11が種を超えた不偏性,互換性を有するものと解することに支障はない。そうすると,ヒトIL-11のORFの塩基配列は,サルIL-11と高い相同性を有するのであるから,刊行物1において精製サルIL-11成熟体を実際に取得したのと同様,COS-1細胞発現系を用いることによって,サルIL-11と同様の活性を有する精製ヒトIL-11成熟体を取得することは,当業者が容易にし得ることであると認められる。そして,精製したたん白質が現実に取得できていれば,常法によりN末端アミノ酸配列の決定はできることは原告も認めるところである(上記第3の2(2))から,上記のように取得された精製ヒトIL-11成熟体のN末端のアミノ酸配列を常法に従って決定することにより,刊行物1に記載のORFの塩基配列から推定されるアミノ酸配列から,ヒトIL-11成熟体の全アミノ酸配列が本件明細書の配列番号2におけるアミノ酸番号1〜178のものであると確認することに,格別の困難はないものと認められる。
なお,原告は,甲13鑑定書及び甲15実験成績書を挙げて,組換えヒトIL-11成熟体の単離精製が困難であったと主張し,甲13鑑定書には,「ヒトIL-11成熟体は塩基性が異常に高い」(7頁最終段落),「塩基性蛋白質の精製に当時最も煩雑に用いられるイオン交換体はCM-セルロース(またはCM-セファデックス)等の陽イオン交換樹脂であり,本件特許の発明者らも,このような基本セオリーに倣い,当時最も汎用されていた陽イオン交換樹脂を5種(CMセファデックス,CMセファロース,SPセファデックス,CMバイオゲル,CMセルロース)使用して,ヒト脂肪細胞化抑制因子の吸着性及び溶出性を調べた。その結果以下の性質が明かとなった」(8頁第2段落)と記載され,甲15実験成績書には,「溶出画分での回収率は非常に低く,最も回収率の高かったCM-セファロースにおいても溶出画分での活性回収率は29%と低く,他のカラムでは3.6〜13%であった」(2頁最終段落)と記載されている。これらの記載からは,汎用の陽イオン交換体を用いた場合でも,低い回収率ながらヒトIL-11成熟体は回収されることが認められるから,原告主張のようにヒトIL-11成熟体の単離精製が困難であったということはできない。
(7) 原告は,公知物質と化学構造が類似していても,その化学物質から予測できないような特有な性質を有する化学物質の発明は進歩性が肯定されるべきところ,本件発明1は,新規物質であり,かつ,当業者に予測できない生物活性を有するから,進歩性が肯定されるべきであると主張するので,本件発明1が当業者に予測できない顕著な生物活性を有するといえるか否かについて検討する。
刊行物1(甲3)には,「予備的な生物学的特性の解析から,IL-11には,プラズマサイトーマ増殖刺激に加え,イムノグロブリン産生B細胞のT細胞依存的発達や,IL-3と共同したマウス巨核球コロニー形成を刺激することが示された。これらの特性から,IL-11は造血微細環境における新たな多機能性制御因子であることが示唆される」(被告提出の訳文1頁下から第2段落),「T1165細胞(注,IL-6依存性プラズマサイトーマ細胞株)の増殖を補助する以外にも,この新しく発見されたサイトカインは,脾臓細胞の培養において,IgG-分泌型B細胞の産生を刺激し,また,骨髄細胞クローン培養において,IL-3に依存した巨核球コロニーの発達を促進する。これらの多様な生物学的効果は,他の多能性サイトカイン,特に,IL-6とIL-7を連想させる。このため,我々は,この分子をインターロイキン-11(IL-11)と称することを提案する」(同2頁第2段落)との記載があり,同記載によれば,「IL-11」と命名するに当たって,「多能性サイトカイン」として知られたIL-6に類似した物質であることが認識されていたといえるから,実際に確認した活性以外の生物活性があることは十分予測し得たものと認められる。そして,乙16には,組換えヒトIL-6に脂肪細胞化抑制活性があることが記載されているのであるから,IL-6に類似したIL-11にも脂肪細胞化抑制活性があることは,本件優先日前に当業者が予測し得たことであったということができる。
なお,原告は,IL-11とIL-6とではアミノ酸配列が類似していないことから,IL-11にも「脂肪細胞化抑制活性」があるとは想起しないし,IL-11に脂肪細胞化抑制活性があるかどうかは,前脂肪細胞にIL-11受容体が発現しているかどうかに依存するのであって,仮にIL-6とIL-11が類似したサイトカインであるとしても,前脂肪細胞にIL-11受容体が発現していなければIL-11は脂肪細胞化抑制活性を示さないので,IL-11にその活性があるかどうかは実験により調べる以外には知る方法がないと主張する。しかしながら,アミノ酸配列が類似していないIL-11とIL-6とが,実際に類似の活性を有することは,刊行物1(甲3)において確認されているから,アミノ酸配列が類似していないことを根拠とする原告の主張は理由がないことが明らかである。また,平成2年4月26日東京化学同人発行,大沢利昭編「現代化学増刊18 サイトカイン-免疫応答および細胞の増殖・分化因子-」(乙1)に「IL-6が多彩な機能を有していることを反映して,IL-6レセプターはさまざまな組織由来の細胞株に認められている(表6・2)」(79頁左欄)と記載されているように,IL-6の有する多彩な機能は,IL-6レセプターが多様な細胞表面上に存在することに起因することが知られていたのであるから,当業者が,刊行物1においてIL-6と同様多彩な機能を有することが確認されたIL-11のレセプターも,前脂肪細胞を含む多様な細胞表面上に存在すると予想することになんら障害はないものと認められる。
そうすると,本件発明1〜3に特定されたたん白質の有する「脂肪細胞化抑制活性」が,当業者の予想を超える顕著なものであるとする証拠は見いだし難いから,当該活性は本件発明1〜3の進歩性を肯定するに足りる効果であるということはできない。
(8) 以上のとおり,刊行物1記載の発明に基づいて本件発明1〜3についての進歩性を否定した本件決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(刊行物1記載の発明に基づく本件発明4〜10についての新規性及び進歩性の判断の誤り)について 原告は,刊行物1(甲3)には,正確なサルIL-11成熟体のコード領域が開示されておらず,そうである以上,ヒトIL-11成熟体のコード領域についても開示されていないと主張する。しかしながら,刊行物1には,精製サルIL-11成熟体が記載され,同様にヒトIL-11成熟体も容易に取得できることは上記のとおりであるから,取得された精製IL-11成熟体のN末端のアミノ酸配列を常法に従って決定することにより,刊行物1に記載されたORFの塩基配列から推定されるIL-11の成熟体のアミノ酸配列からそのコード領域を確認することは,容易に想到し得ることであると認められる。したがって,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(本件発明11と先願明細書記載の発明との同一性の判断の誤り)について 原告は,刊行物2(甲5)には,サルのIL-11活性が示されているだけで,具体的に精製したという記載はなく,成熟体たん白質について提供されているに等しいほどに具体的な開示がされているとはいえず,ヒトIL-11に対する「血球減少症改善剤」についての発明は具体的に開示されていないと主張する。しかしながら,本件発明11に係る請求項11は,「請求項1記載の蛋白質」を引用する形式で記載されていることから,サルIL-11を有効成分とする血球減少症改善剤を包含することが明らかである。そうすると,刊行物2には,サルIL-11の,血球減少症改善剤用途を裏付ける活性について記載されている以上,同記載の発明と本件発明11とは同一であると認められるから,原告の取消事由4の主張は理由がない。
5 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴