関連審決 | 訂正2004-39190 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18行ケ10509審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17ワ10524特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19ワ507特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 | 判例 | 特許 |
昭和54ネ825 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明特定事項 / 上位概念 / 下位概念 / 技術的範囲 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 優先日 / 参酌 / 技術的意義 / 実施 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 減縮 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10146号
審決取消請求事件
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原告 東洋ゴム工業株式会社代表者代表取締役 訴訟代理人弁理士 鈴木崇生 同 尾崎雄三 同 梶崎弘一 同 光吉利之 同 福井賢一 被告 特許庁長官中嶋 誠 指定代理人 佐野整博 同 井出隆一 同 一色由美子 同 伊藤三男 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/11/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が訂正2004-39190号事件について平成17年1月5日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,原告の有する後記特許につき,原告が訂正審判を請求したのに対し,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。 |
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当事者の主張
1 請求原因 (1) 特許庁における手続の経緯 ア 原告及びA株式会社(以下「A」という。)は,名称を「ポリウレタン組成物からなる研磨パッド」とする発明につき,平成14年4月8日(特許法41条に基づく優先権主張・優先日平成13年4月9日)に特許出願をし,平成14年10月11日に特許第3359629号として設定登録を受けた(以下「本件特許」という。)。 イ その後,本件特許につき特許異議の申立てがされ,特許庁において,本件特許を取り消す旨の決定がされた。原告及びAは,同決定の取消しを求める訴えを東京高等裁判所に提起した(平成17年4月1日当庁へ回付。平成17年(行ケ)第10068号事件)。 ウ 原告及びAは,平成16年8月6日,本件特許の特許請求の範囲等につき訂正審判を請求した(以下「本件訂正審判請求」という。)。 その後,Aは,本件特許に係る特許権の持分を原告に譲渡し,平成16年12月22日持分移転の登録がされた。 特許庁は,本件訂正審判請求につき訂正2004-39190号事件として審理した上,平成17年1月5日,本件訂正審判請求は成り立たない旨の審決をし,その謄本は,平成17年1月15日原告に送達された。 (2) 登録時の発明の内容 本件特許の設定登録時の特許請求の範囲は,【請求項1】から成り,その内容は下記のとおりである(以下「本件発明」という。)。 記 有機ポリイソシアネート,ポリオール及び硬化剤からなるポリウレタンを主な構成素材としてなる研磨パッドであって,前記硬化剤の主成分が4,4’-メチレンビス(o -クロロアニリン)であり,且つ,前記ポリオールが,数平均分子量が500〜1600であり,且つ,分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.9未満であるポリテトラメチレングリコールを含んでなることを特徴とする研磨パッド。 (3) 本件訂正審判請求の内容 原告による本件訂正審判請求の内容は,審判請求書(甲3)記載のとおりであり,特許請求の範囲の【請求項1】については,下記のとおり訂正しようとするものである(下線を付した部分が訂正箇所である。)。 記 有機ポリイソシアネート,ポリオール及び硬化剤からなるポリウレタンを主な構成素材としてなる研磨パッドであって,前記有機ポリイソシアネート が,トルエンジイソシアネート 及び4,4’-ジシクロヘキシルメタンジイソシアネートからなり ,前記硬化剤の主成分が4,4’-メチレンビス(o -クロロアニリン)であり,且つ,前記ポリオールが,ポリテトラメチレングリコール及び低分子ポリオール からなり ,該ポリテトラメチレングリコール の数平均分子量が500〜1600であり,且つ,分子量分布(重量平均分子量/数平均分子量)が1.9未満であり,前記 ポリウレタン は,塩化 ビニリデン とアクリロニトリル の共重合体 からなる 微小中空体 がポリウレタン 中に分散 された 発泡 ポリウレタン であり ,さらに弾性率 の変化率 (60 ℃における 弾性率 /20 ℃における 弾性率 )が0.47 以上であって 弾性率 の温度依存性 が小さい ことを特徴とする研磨パッド。 (4) 審決の内容 審決の内容は,別添審決書写しのとおりである。その要旨は,本件訂正審判請求によって特許請求の範囲の【請求項1】に付加しようとする下記の限定1及び2につき,本件特許出願の願書に添付した明細書(甲2。以下「本件明細書」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものとすることはできないと判断したものである。 記 限定1:「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体がポリウレタン中に分散された発泡ポリウレタンであり,」とする限定。 限定2:「さらに弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)が0.47以上であって弾性率の温度依存性が小さい」とする限定。 (5) 審決の取消事由 審決は,以下のとおり,限定1及び2が本件明細書に記載した事項の範囲内であるかどうかの判断を誤ったものであるから(取消事由1及び2),違法として取り消されるべきである。 ア 取消事由1(限定1に関する判断の誤り) 審決は,限定1について,(a) 本件明細書の段落【0023】には,「特許第3013105に見られるような加圧ガスを内包した高分子微小エレメントが含浸されたポリウレタンマトリックス」という記載はあるが,この高分子微小エレメントが限定1に係る「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」であるとする記載はない,(b) 特許第3013105号公報(甲13。以下「甲13公報」という。)に高分子微小エレメントの材料として例示されるものの多くは,ポリウレタン以外は,水溶性又は親水性の高分子であり,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」を想起させる記載も認められない,(c) 甲13公報には,「エクスパンセル551DE」という特殊な例が記載されるものであって,そのことをもってすべての「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が高分子微小エレメントとして記載されているとすることはできない,(d) したがって,本件明細書の段落【0023】には限定1についての記載はなく,さらに,本件明細書に記載されている事項の範囲を甲13公報に広げたとしても,限定1に係る一般的な「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」についての記載は認められない,(e) 本件明細書には,その実施例において,「エクスパンセル551DE」が記載され,その説明として「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」と記載されているものの,(f) 実施例に記載されているものは単に「エクスパンセル551DE」そのものでしかなく,そのことをもって上位概念に相当する共重合割合や微小中空体の粒径などが特定されない一般的な「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が記載されているとすることはできないと判断した(審決3頁27行〜5頁6行)。 しかし,限定1は,本件明細書の段落【0023】,【0025】の記載を根拠に特許請求の範囲を減縮するものであるから,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであることは明らかであって,審決の上記(a)〜(f)の判断は,以下のとおり,いずれも誤りである。 (ア) 審決の上記(a)の判断について 本件明細書の段落【0023】には,「本発明の研磨パッドの形態としては,特許第3013105に見られるような加圧ガスを内包した高分子微小エレメントが含浸されたポリウレタンマトリックスからなるもの」との記載がある。 そして,甲13公報には,「高分子微小エレメントが大気圧より大きい圧力のガスを含む空隙スペースを有する」こと,「高分子微小エレメントが中空の微小球体」であること,「適切な高分子微小エレメントには・・・・樹脂が含まれる」こと,「微小球体は中空で,各球体が約0.1μmの厚さを持つシェルを有するものとする」ことが記載され,さらに,例1において,高分子微小エレメントに相当する中空高分子微小球体として,「大気圧より大きい圧力のガスを含む空隙スペースを有するエクスパンセル551DE」が記載されている。これらの記載から,甲13公報における高分子微小エレメント(上位概念)として「内部に大気圧より大きい圧力のガスを含み,シェルが樹脂でできている中空の微小球体」(中位概念)が挙げられ,その好適な商品として「エクスパンセル551DE」(下位概念)が挙げられていることが分かる。 また,B株式会社の商品カタログ(甲14。以下「甲14カタログ」という。)の記載から,「エクスパンセル551DE」がポリ塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体から成る微小中空球状粒子であることが分かる。 したがって,甲13公報には,ポリ塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体から成る微小中空球状粒子が記載されているということができるから,これに反する審決の上記(a)の判断は誤りである。 (イ) 審決の上記(b)の判断について 甲13公報における高分子微小エレメントは,少なくとも作業環境と接触したときに開口して硬さが減じるものであればよく,その開口手段は,水分との接触による溶解や膨張に限らず,加工品の表面との摩耗であってもよい。そして,摩耗により開口する高分子微小エレメントの例として,上述のとおり,塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体から成る「エクスパンセル551DE」(「エクスパンセル」のうち,外郭成分が塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体から成るもの)が挙げられている。したがって,当業者であれば,甲13公報に係る発明における高分子微小エレメントの好ましい材料が塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体であることを容易に想起することができるから,これに反する審決の上記(b)の判断は誤りである。 (ウ) 審決の上記(c)の判断について 甲13公報には,実施例において,シェル(外郭)成分が「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」から成る「エクスパンセル551DE」が挙げられており,これが特に好ましい材料であることが分かる。また,甲13公報には,好ましい材料として「内部に大気圧より大きい圧力のガスを含み,シェルが樹脂でできている中空の微小球体」が記載されている。したがって,当業者であれば,出願時の技術常識に照らして,「エクスパンセル551DE」に限らず,「内部に大気圧より大きい圧力のガスを含み,シェルが樹脂でできている中空の微小球体」の下位概念であり,かつ,「エクスパンセル551DE」の上位概念である「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」も使用可能であると認識し,その記載があるのと同然であると理解することができるから,これに反する審決の上記(c)の判断は誤りである。 (エ) 審決の上記(d)の判断について 甲13公報には,上記のとおり,限定1に係る「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が記載されているのと同然であるから,本件明細書の段落【0023】には限定1についての記載があるということができる。したがって,これに反する審決の上記(d)の判断は誤りである。 (オ) 審決の上記(e)の判断について 本件明細書の実施例には,「エクスパンセル551DE」の記載に続く括弧書きに「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」と記載されているが,これは,「エクスパンセル551DE」の説明として「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」と記載されているのではなく,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」の単なる一具体例として「エクスパンセル551DE」が記載されているのである。つまり,本件明細書には,段落【0023】に「特許第3013105に見られるような加圧ガスを内包した高分子微小エレメント」が上位概念として記載され,段落【0025】(実施例)に,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が中位概念として,「エクスパンセル551DE」が下位概念として記載されているわけである。したがって,審決の上記(e)の判断は,本件明細書の記載内容を誤認するものであって,誤りである。 (カ) 審決の上記(f)の判断について 本件発明のような化学物質に属する発明においては,実施例として,特許請求の範囲に記載された発明特定事項(原材料等)の好ましい具体例を挙げる際に商品名を記載する場合があるが,その場合には,当該商品が何であるのかを明らかにするために,商品名の後ろに括弧書きで上位概念に当たる発明特定事項を記載しておくのが慣用的な記載方法である(甲19〜21)。本件明細書もこのような記載方法に倣ったものであるから,本件明細書の実施例に記載された「エクスパンセル551DE」は括弧内に記載された「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」の一具体例である。本件明細書には,「エクスパンセル551DE」の上位概念に相当する,共重合割合や微小中空体の粒径等が特定されない,一般的な「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が記載されているのであるから,これに反する審決の上記(f)の判断は誤りである。 イ 取消事由2(限定2に関する判断の誤り) 審決は,限定2について,(g) 審判請求人(原告)は,数値の変化を表すものとして,一般的に変化差と変化率が用いられるとするが,弾性率の変化として,変化差ではなく,変化率をその指標として用いることを説明するものとはいえないし,本件明細書にはそのことを示す記載もない,(h) 20℃と,40℃及び60℃の弾性率がただ羅列して記載されているにすぎない実施例から,その変化率の指標として20℃及び60℃の弾性率のみを選択し,使用して変化率の指標とすることについて,本件明細書に記載されているとすることもできないし,20℃及び60℃の弾性率の変化率が弾性率の指標として本件明細書から自明なことであるともいえない,(i) 本件明細書には,弾性率の変化率についての記載もなく,また,「弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)」が,弾性率の変化率の指標として本件明細書の記載から自明であるともいえないものであるから,限定2に係る「弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)が0.47以上」が記載されているとすることはできないと判断した(審決5頁7行〜23行)。 しかし,以下のとおり,限定2は,当業者であれば,本件特許出願時の技術水準に照らして,本件明細書に記載されているのと同然であると理解することができるものであるから,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであることは明らかであって,審決の上記(g)〜(i)の判断はいずれも誤りである。 (ア) 審決の上記(g)の判断について 本件明細書には,従来の研磨パッドの問題点として,「温度上昇により,研磨パッドの硬度(弾性率)が変わり,高度な表面平坦性を要求される平坦化加工に悪影響を及ぼす。」(段落【0003】),発明の目的として,「研磨時の研磨パッドと加工物との間の摩擦熱により,研磨パッドの硬度(弾性率)が変化し,平坦化加工に悪影響を及ぼすといった従来の問題点を克服した,広い温度領域で平坦化加工を安定的に行うことができる研磨パッドを提供することにある。」(段落【0004】),発明の効果として,「各温度での弾性率からも分かるように,弾性率の温度依存性が小さく,このため,研磨時の研磨パッドと加工物との間の摩擦熱による研磨パッドの硬度(弾性率)変化が小さく抑えられていることによると考えられる。」(段落【0039】)との記載があり,これらの記載から,本件発明が弾性率の変化を抑制することを目的とするものであることが分かる。限定2は,実際の研磨時に起こり得る温度変化の範囲内で,弾性率の変化を示す指標として,弾性率の変化率(60℃における弾性率と20℃における弾性率との比)を採用したのである。 確かに,本件明細書中には,変化率という文言が明示的に記載されているわけではない。しかし,本件以外の特許出願においても,弾性率の変化を示す指標として,弾性率の比(変化率)を使用するものは多数あるのに対し,弾性率の差(変化差)やその他の指標を使用するものはないのであって,各種物理特性の変化を示す指標として変化率が使用されることは,出願時における当業者の技術常識であった(甲22〜26)。また,広辞苑の「へんか」の欄に,「へんかりつ」は記載されているが,「へんかさ」は記載されていないことによれば,一般常識からも変化率が用いられるということができる(甲27)。そうすると,当業者であれば,技術常識及び一般常識に照らし,本件発明の目的や効果を参酌することにより,弾性率の比(変化率)が本件明細書中に記載されているのと同然であると理解することができる。 したがって,これに反する審決の上記(g)の判断は誤りである。 (イ) 審決の上記(h)及び(i)の判断について 本件発明は,実際の研磨時に起こり得る研磨パッドの温度変化の範囲内(20℃〜60℃)で弾性率の変化を抑制することを目的とするものなので,実施例にはそのような温度範囲における弾性率が記載されている。また,本件発明は,より広い温度範囲での弾性率の変化率の抑制を目的とするのであるから,実施例に記載された20℃,40℃及び60℃のうち,最も広い温度範囲である20℃及び60℃の弾性率を採用することも当然のことである。なお,実際の研磨時に起こり得る研磨の温度変化の範囲が20℃〜60℃であることも技術常識であって,20℃及び60℃における弾性率を比較すべきことは当業者であれば技術常識から明らかである(甲28〜30)。 このように,本件発明においては,本件明細書の実施例の20℃及び60℃の弾性率が重要な技術的意義を有するのであって,20℃及び60℃の弾性率の変化率が指標となることは,本件明細書の記載から自明である。したがって,本件明細書には,弾性率の変化率の指標として,60℃における弾性率と20℃における弾性率の比(変化率)が記載されているのと同然であると理解することができる。 また,弾性率の変化率を「0.47以上」とすることについても,本件明細書に明示的な記載があるわけではない。しかし,この変化率が,実施例1及び2ではそれぞれ0.47,0.53であるのに対し,比較例1では0.39,実験成績証明書(甲10)に記載の参考例4では0.46であって,これが0.47未満の場合には本件発明の効果が発現していないことからすれば,「0.47」が数値範囲の下限として本件明細書に記載されていることは明らかである。 以上によれば,本件明細書には限定2に係る「弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)が0.47以上」が記載されているのと同然であるということができるから,その記載があるとすることはできないとした審決の上記(h)及び(i)の判断は誤りである。 2 請求原因に対する認否 請求原因(1)〜(4)の各事実は認めるが,同(5)は争う。 3 被告の反論 審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 (1) 取消事由1(限定1に関する判断の誤り)に対し 以下にみるとおり,限定1に関する審決の判断に誤りはない。 ア 審決の上記(a)の判断に対する原告の主張に対し 本件明細書の段落【0023】には,「特許第3013105に見られるような加圧ガスを内包した高分子微小エレメント」との記載があるのみで,これと「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」とを結びつける記載はない。原告は,甲13公報及び甲14カタログをもって本件明細書に「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」の記載があることを説明しようとするが,そのようにして説明しなければならないこと自体,本件明細書にその記載がないことを証明するものである。 イ 審決の上記(b)の判断に対する原告の主張に対し 甲13公報に多数例示された高分子微小エレメントの材料は,ポリウレタン以外,水溶性又は親水性の高分子であるから,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」を想起させるものでないとした審決の認定に誤りはない。 また,甲13公報には,「エクスパンセル551DE」が記載されているが,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」との記載はない。甲14カタログをみても,「未膨張エクスパンセルのグレード」において,EXPANCELの一部に「PVDC,AN」との記載があるのみで,その他のEXPANCELは「MMA,AN」又は「MMA,AN,MAN」と記載されており,エクスパンセルが「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」の代名詞であるということもできない。 ウ 審決の上記(c)の判断に対する原告の主張に対し 甲13公報には,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」とする記載はなく,それを想起させる記載もない。また,エクスパンセルのすべてが「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」ではないことも明らかであるから,原告の主張は失当というほかない。 エ 審決の上記(d)の判断に対する原告の主張に対し 本件明細書に「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が記載されているのと同然であるといえないことは,上記ア〜ウから明らかであって,原告の主張は失当である。 オ 審決の上記(e)の判断に対する原告の主張に対し 実施例には,当業者が容易に再実施可能なように,本来,具体的な化合物名が記載されるべきものであり,化合物名でなく商品名が記載される場合には,括弧書きの中に,その商品がどのようなものであるかの説明が記載されるのである。そして,下位概念である商品名を説明する際に,それより上位の概念が用いられるのは当然のことであって,実施例に上位概念のすべてが記載されているとすることはできない。 カ 審決の上記(f)の判断に対する原告の主張に対し 本件明細書の実施例に記載された「エクスパンセル551DE」は,その上位概念である「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」の一具体例にすぎない。本件明細書に記載があるのはこれのみであって,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」についての記載がないことは明らかである。 (2) 取消事由2(限定2に関する判断の誤り)に対し ア 審決の上記(g)の判断に対する原告の主張に対し 変化差より変化率の方が変化を表す指標として一般的であるとしても,特許請求の範囲に記載される事柄については,明細書に十分な説明がされなければならないのは当然である(原告の引用する特許公開公報等では,そのような説明がされている。)。これに対して,本件明細書に変化率を指標として採用することの説明が全くないことは明らかである。 イ 審決の上記(h)及び(i)の判断に対する原告の主張に対し 本件明細書には,実施例において,単に20℃,40℃及び60℃における弾性率が示されているだけであって,その変化率は示されていない。また,弾性率の変化率を求める際の温度として,20℃及び60℃の弾性率の変化率が一般的であるということもない。したがって,「弾性率の変化率(60℃の弾性率/20℃の弾性率)」が弾性率の変化率の指標として自明であるということはできない。 さらに,「0.47以上」という数値も,単に実施例1における変化率が0.47であるというにすぎず,それ以上でなければならないとする理由も示されていないから,本件明細書に,限定2に係る「弾性率の変化率(60℃の弾性率/20℃の弾性率)が0.47以上」が記載されているとすることができないとした審決に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(登録時の発明の内容),(3)(本件訂正審判請求の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。 そこで,審決の適否に関し,原告主張の取消事由ごとに順次判断することとする。 2 取消事由1(限定1に関する判断の誤り)について (1) 限定1は,特許請求の範囲の請求項1に,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体がポリウレタン中に分散された発泡ポリウレタンであり,」とする構成を付加しようとするものである。 訂正審判の請求による特許請求の範囲等の訂正は,特許出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でしなければならない(特許法126条3項)。したがって,本件において限定1に係る訂正が許されるとするためには,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が,本件明細書(甲2)に明示的に記載されているか,又は出願時の技術水準に照らし当業者においてその記載があるのと同然であると理解することができる場合でなければならない。 審決は,限定1について,(a) 本件明細書の段落【0023】には,「特許第3013105〔判決注:甲13公報はその特許公報〕に見られるような加圧ガスを内包した高分子微小エレメントが含浸されたポリウレタンマトリックス」という記載はあるが,この高分子微小エレメントが限定1に係る「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」であるとする記載はない,(b) 甲13公報に高分子微小エレメントの材料として例示されるものの多くは,ポリウレタン以外は,水溶性又は親水性の高分子であり,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」を想起させる記載も認められない,(c) 甲13公報には,「エクスパンセル551DE」という特殊な例が記載されるものであって,そのことをもってすべての「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が高分子微小エレメントとして記載されているとすることはできない,(d) したがって,本件明細書の段落【0023】には限定1についての記載はなく,さらに,本件明細書に記載されている事項の範囲を甲13公報に広げたとしても,限定1に係る一般的な「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」についての記載は認められない,(e) 本件明細書には,その実施例において,「エクスパンセル551DE」が記載され,その説明として「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」と記載されているものの,(f) 実施例に記載されているものは単に「エクスパンセル551DE」そのものでしかなく,そのことをもって上位概念に相当する共重合割合や微小中空体の粒径などが特定されない一般的な「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が記載されているとすることはできないと判断した(審決3頁27行〜5頁6行)。 これに対し,原告は,本件明細書の段落【0023】及び段落【0025】の記載を根拠に,限定1は本件明細書に記載した事項の範囲内でしたものであるから,審決の上記(a)〜(f)の判断はいずれも誤りであると主張するので,以下検討する。 (2) まず,本件明細書に「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が明示的に記載されているかどうかについてみると,実施例として,段落【0025】に「このプレポリマーに,エクスパンセル551DE(塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体;B社製)1480重量部を混合し,減圧脱泡した。」との記載があり,この記載からは,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が明示的に記載されているようにも思われる。 しかし,「EXPANCEL」,「エクスパンセル」は,B株式会社が販売する液状ガスを内包したポリマー殻で生成された小さなプラスチック球体の商品名であり,「エクスパンセル551DE」は多数あるエクスパンセルのグレードのうちの一つであって,外郭成分がPVDC(塩化ビニリデン)及びAN(アクリロニトリル)から成るものである(甲14)。そうすると,段落【0025】の上記記載は,実施例1の研磨パッドを製造するに当たり,原材料の一つとして「エクスパンセル551DE」を用いたことを示すとともに,商品名で記載された原材料の成分等を説明するために,括弧書きで,「エクスパンセル551DE」とは「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体;B社製」であることを記載したものにとどまるのであって,この記載をもって,「エクスパンセル551DE」以外のもの(塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合割合や粒径等が「エクスパンセル551DE」とは異なるもの)を含めた「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」全般を用いることが本件明細書に記載されているとは認められない。 したがって,本件明細書に「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が明示的に記載されているということはできない。 (3) 次に,本件明細書に「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が記載されているのと同然であるということができるかについてみると,本件明細書には,実施例についての上記段落【0025】の記載に加え,段落【0023】に,「本発明の研磨パッドの形態としては,特許第3013105に見られるような加圧ガスを内包した高分子微小エレメントが含浸されたポリウレタンマトリックスからなるものであっても構わない」との記載がある。 しかし,この記載だけでは,「加圧ガスを内包した高分子微小エレメント」と「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」との関係が不明であるから,「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が記載されているのと同然であるということはできない。 もっとも,「特許第3013105に見られるような加圧ガスを内包した高分子微小エレメント」が「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」に当たることが技術常識であるとすれば,本件明細書に「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」が記載されているのと同然であるという余地がある。 そこで,特許第3013105号の特許公報(甲13公報)をみると,これは半導体デバイス等の材料を研磨する際に用いる製品に関する発明に係る特許公報であって,@ 特許請求の範囲の項に,「高分子微小エレメントが大気圧より大きい圧力のガスを含む空隙スペースを有し」との記載(請求項1),「高分子微小エレメントが中空の微小球体であり,各微小球体が約0.1μmの厚さのシェルを有する」との記載(請求項12),A 発明の詳細な説明中の好ましい実施例の説明の項に,「適切な高分子微小エレメントには無機塩,砂糖と水溶性ガムおよび樹脂が含まれる。このような高分子微小エレメントの例には,ポリビニールアルコール,ペクチン,ポリビニールピロリドン〔判決注:英文表記省略。以下同じ。〕,ハイドロキシエチルセルローズ,メチルセルローズ,ハイドロプロピルメチルセルローズ,カーボキシメチルセルローズ,ハイドロキシプロピルセルローズ,ポリアクリル酸,ポリアクリルアミド,ポリエチレングリコール,ポリハイドロキシエーテルアクリライト,澱粉,マレイン酸共重合体,ポリエチレンオキシド,ポリウレタン,およびそれらの組み合わせが含まれる。」との記載(8欄24行〜40行),B 同項に,「好ましくは,このような微小球体は中空で,各球体が約0.1μmの厚さを持つシェルを有するものとする。」との記載(9欄28〜30行),C 同項に,例1として,「この低粘度領域の間,大気圧より大きい圧力のガスを含む空隙スペースを有するエクスパンセル551DE(Expancel551DE)中空高分子微小球体69gが・・・・調合され」との記載(10欄36〜41行)がある。 これらの記載のうち,@及びBの記載をもって「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」が記載されているということができないことは明らかである。また,Aには,高分子微小エレメントに樹脂が含まれると記載されているものの,そこの挙げられた16の具体例は,ポリウレタンを除き,専ら水溶性又は親水性の高分子であるから,この記載から,水溶性又は親水性の高分子ではない「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」が想起されるとはいい難い。さらに,Cの記載は,甲13公報に係る発明の実施例である研磨パッドを製造するに当たり,原材料の一つとして,「エクスパンセル551DE」が用いられたことが記載されているにとどまるものであって,これをもって「エクスパンセル551DE」以外のものを含めた「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」が一般的に記載されているということはできない。 そうすると,甲13公報の記載に照らしても,本件明細書の段落【0023】の「特許第3013105に見られるような加圧ガスを内包した高分子微小エレメント」との記載が「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体からなる微小中空体」を意味すると認識されるとは認められないから,本件明細書に「塩化ビニリデンとアクリロニトリルの共重合体」が記載されているのと同然であるということはできないと解するのが相当である。 (4) これに対し,原告は,前記第3の1(5)ア(ア)〜(カ)のとおり,本件明細書の段落【0023】及び段落【0025】の記載によれば,限定1が本件明細書に記載した事項の範囲内でしたものであることは明らかであると主張するが,上述したところに照らし,いずれも失当というべきである。 (5) 以上によれば,限定1につき,本件明細書に記載された事項の範囲内でしたものでないとした審決の判断は,正当なものと認められる。 3 取消事由2(限定2に関する判断の誤り)について (1) 限定2は,特許請求の範囲の請求項1に,「さらに弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)が0.47以上であって弾性率の温度依存性が小さい」とする構成を付加しようとするものである。 限定2にいう「弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)が0.47以上であ」ることが本件明細書に明示的に記載されていないことは,原告の自認するところである。したがって,限定2に係る訂正が許されるとするためには,出願時の技術水準に照らし,当業者において本件明細書にその記載があるのと同然であると理解することができると認められなければならない。 審決は,限定2について,(g) 原告は,数値の変化を表すものとして,一般的に変化差と変化率が用いられるとするが,弾性率の変化として,変化差ではなく,変化率をその指標として用いることを説明するものとはいえないし,本件明細書にはそのことを示す記載もない,(h) 20℃と,40℃及び60℃の弾性率がただ羅列して記載されているにすぎない実施例から,その変化率の指標として20℃及び60℃の弾性率のみを選択し,使用して変化率の指標とすることについて,本件明細書に記載されているとすることもできないし,20℃及び60℃の弾性率の変化率が弾性率の指標として本件明細書から自明なことであるともいえない,(i) 本件明細書には,弾性率の変化率についての記載もなく,また,「弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)」が,弾性率の変化率の指標として本件明細書の記載から自明であるともいえないものであるから,限定2に係る「弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)が0.47以上」が記載されているとすることはできないと判断した(審決5頁7行〜23行) これに対し,原告は,限定2は本件明細書に記載した事項の範囲内でしたものであるから,審決の上記(g)〜(i)の判断はいずれも誤りであると主張するので,以下検討する。 (2) 本件明細書(甲2)には,発明の詳細の説明の項に,@ 発明の属する技術分野として,「本発明はレンズ,反射ミラー等の光学材料やシリコンウエハー,ハードディスク用のガラス基板,アルミ基板,及び一般的な金属研磨加工等の高度の表面平坦性を要求される材料の平坦化加工を広い温度領域で安定的に行うことが可能な研磨パッドに関するものである。」との記載(段落【0001】),A 従来の技術として,「この研磨操作時に,研磨パッドと加工物との間の摩擦により熱が発生し,研磨パッド表面の温度が上昇する。この温度上昇により,研磨パッドの硬度(弾性率)が変わり,高度な表面平坦性を要求される平坦化加工に悪影響を及ぼす。」との記載(段落【0003】),B 発明が解決しようとする課題として,「本発明の目的は,研磨時の研磨パッドと加工物との間の摩擦熱により,研磨パッドの硬度(弾性率)が変化し,平坦化加工に悪影響を及ぼすといった従来の問題点を克服した,広い温度領域で平坦化加工を安定的に行うことができる研磨パッドを提供することにある。」との記載(段落【0004】),C 発明の実施の形態として,「ポリテトラメチレングリコールの分子量分布が1.9以上となると,これから得られるポリウレタンの硬度(弾性率)の温度依存性が大きくなり,このポリウレタンから製造される研磨パッドは,温度による硬度(弾性率)の差が大きくなる。」との記載(段落【0013】),D 発明の効果として,「本発明により得られた研磨パッドは,平均研磨速度が大きく,面内均一性も優れており,安定した平坦化加工を行うことが可能である。これは,各温度での弾性率からも分かるように,弾性率の温度依存性が小さく,このため,研磨時の研磨パッドと加工物との間の摩擦熱による研磨パッドの硬度(弾性率)変化が小さく抑えられていることによると考えられる。」との記載(7欄34〜40行)がある。E また,実施例として,本件発明の構成要件を充足する実施例1及び2と,これを充足しない比較例1とが記載され,それぞれにつき20℃,40℃及び60℃における弾性率を測定した結果が以下のとおりであったこと(単位:MPa)が,【表1】として記載されている(段落【0039】)。 20℃ 40℃ 60℃ 実施例1 404 299 190 実施例2 390 308 205 比較例1 410 271 160 (3) 本件明細書の上記記載によれば,本件発明は,従来技術の問題点を解決するために,研磨パッドの温度変化に伴う弾性率の変化を小さく抑えようとするものであるから,(i) 研磨開始前及び研磨時における研磨パッドの弾性率を何らかの指標を用いて比較すること,(A) 本件発明に係る研磨パッドは,そうでない研磨パッドに比べて,この指標により示される弾性率の変化が小さいものであることについては,本件明細書に記載があるとみることが可能である。しかし,本件明細書の上記記載を総合し,かつ,本件特許の出願時における技術常識を勘案しても,(i) 弾性率を比較するための指標として「弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)」を用いること,(A) 本件発明に係る研磨パッドの弾性率の変化率が「0.47以上であ」ることについては,以下のとおり,本件明細書に記載された事項の範囲内とすることはできない。 (i) 本件明細書には,実施例及び比較例につき,20℃,40℃及び60℃における弾性率が示されている(上記(2)E)。このうちの20℃及び60℃における弾性率を比較の対象として選択したことについては,本件明細書中の「広い温度領域で」平坦化加工を安定的に行うことが可能である旨の記載(上記(2)@,B)に照らせば,本件明細書の記載から理解し得ない事項ではないと解される。 しかし,弾性率の変化を示す指標としては,ある温度での弾性率と他の温度での弾性率との比(変化率)を用いること,その差を用いることなどが考えられるところ,本件において比を採用すべきことについては,本件明細書には何らの記載も示唆もない。むしろ,本件明細書の「温度による硬度(弾性率)の差が大きくなる」との記載(上記(2)C)によれば,本件発明においては,弾性率の変化を示す指標として弾性率の差が採用されたと理解することも可能である。 これに対し,原告は,前記第3の1(5)イ(ア)のとおり,本件特許の出願時における当業者の技術常識及び一般常識からすれば,上記指標として弾性率の変化率を用いることが本件明細書に記載されているのと同然である旨を主張する。しかし,原告が主張の根拠とする特許公開公報等(甲22〜27)がすべて本件発明と技術分野を同じくし,発明の目的や課題の解決手段を共通にするものであるとは認められないから,本件発明のようなポリウレタンを主な構成素材とする研磨パッドの分野において,弾性率の変化率を用いることが技術常識であると認定することはできない。したがって,原告の上記主張は失当である。 (A) 限定2に係る「0.47以上」という数値につき,原告は,前記第3の1(5)イ(イ)のとおり,弾性率の変化率(60℃における弾性率/20℃における弾性率)が,本件発明の技術的範囲に属する実施例1及び2においてはそれぞれ0.47,0.53であるのに対し,これに属しない比較例1及び実験成績証明書(甲10)記載の参考例4においてはそれぞれ0.39,0.46であることによれば,弾性率の変化率「0.47」が数値範囲の下限として本件明細書中に記載されていることは明らかであると主張する。 しかし,本件明細書の【表1】(上記(2)E)に記載された弾性率に基づいて変化率を計算すれば原告主張のような数値を求めることができるとしても,上記(i)のとおり,本件明細書に変化率の記載があるのと同然であるとはいえないのであるから,本件明細書に接した当業者がそのような計算をすること自体,期待し難いと考えられる。また,Aの従業員の作成した実験成績証明書(甲10)の記載をもって,これと同様の記載が本件明細書にあるとも,その記載内容が技術常識に当たるともといえないことは明らかである。 そうすると,原告の上記主張を採用することはできず,限定2に係る「0.47以上であ」ることが本件明細書に記載されているのと同然であるとは認められないと解するのが相当である。 (4) したがって,限定2についても,本件明細書に記載された事項の範囲内でしたものとは認められないとした審決の判断は,正当と認められる。 4 結語 以上のとおり,原告主張の取消事由1及び2はいずれも理由がない。 よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 岡本岳 |
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裁判官 | 上田卓哉 |
裁判官 | 長谷川浩二 |