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関連審決 無効2002-35476
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16行ケ136審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10065審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10366審決取消請求事件 判例 特許
平成16ワ14321特許権譲渡代金請求事件 判例 特許
平成17行ケ10312審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  方法の発明 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  寄せ集め /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  同一の発明 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  クレーム /  援用権(援用) /  技術的意義 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  発明の範囲 /  訂正審判 /  訂正の許否 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  請求の範囲 /  一部の訂正 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10066号 審決取消請求事件
原告訴訟引受人 味の素株式会社 代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 宮越 典明
同 浅井 八寿夫
被告 株式会社大塚製薬工場 代表者代表取締役
訴訟代理人弁理士 岩谷 龍
同 箕浦 繁夫
同 松田 玲子 脱退原告 味の素メディカ株式会社 (旧商号 清水製薬株式会社) 代表者代表取締役
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/11/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告訴訟引受人の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告訴訟引受人の負担とする。
事実及び理由
原告訴訟引受人の請求
特許庁が無効2002-35476号事件について平成16年3月30日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,脱退原告が特許権者であった後記特許に関し,被告からの無効審判請求に基づき特許庁が無効とする審決をしたことから,脱退原告がその取消しを求めた事案である。
なお,本件訴訟係属中の平成17年4月1日に脱退原告につき会社分割が行われて後記特許の特許権が脱退原告から味の素株式会社に移転したので,平成17年8月16日の当裁判所の訴訟引受決定により,味の素株式会社が原告訴訟引受人となった。
当事者の主張
1 請求原因 (1) 特許庁等における手続の経緯 脱退原告は,平成7年10月26日,名称を「重炭酸イオン含有無菌性配合液剤又は製剤及びその製造方法」とする発明について特許出願をし,平成14年1月25日,特許第3271650号として設定登録を受けた(甲3。以下,この特許を「本件特許」という。)。
ところが本件特許につき,平成14年10月31日付けで,被告から無効審判の請求がなされ,同請求は無効2002-35476号として特許庁に係属した。これに対し,被請求人である脱退原告は,平成15年2月12日,特許法(平成15年法47号による改正前のもの。以下「法」ということがある。)134条2項に基づいて,本件特許に係る明細書の「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」について訂正の請求をした(甲2。以下,この訂正を「本件訂正請求」という。)。そして,これらを審理した特許庁は,平成16年3月30日,脱退原告の前記訂正請求は,明細書に記載した事項の範囲内のものとはいえない等の理由から,許されないとした上,「特許第3271650号の請求項1〜12に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(甲1。以下「審決」という。)をし,平成16年4月9日にその謄本は脱退原告に送達された。
そこで脱退原告は,平成16年5月7日に審決取消訴訟を当庁に提起したが,その係属中の平成17年4月1日に脱退原告につき会社分割が行われて本件特許の特許権が脱退原告から味の素株式会社に移転され,当裁判所が平成17年8月16日同社に対し原告として訴訟を引き受けることを命ずる決定をした。そして,脱退原告は,平成17年11月8日,被告の承諾を得て本件訴訟から脱退した。
(2) 発明の内容 ア 本件訂正請求前のもの 本件訂正請求前の特許請求の範囲(甲3参照)は,下記のとおりである(以下,これらの請求項を「旧請求項」といい,旧請求項1〜12に係る発明をそれぞれ「本発明1」〜「本発明12」という。)。
記 【請求項1】 重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有せず,炭酸ガスによってpH調整され,CO2分圧が50〜300mmHgである溶液からなることを特徴とする重炭酸イオン含有無菌性配合液剤。
【請求項2】 重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有せず,炭酸ガスによってpH調整され,CO2分圧が50〜300mmHgである溶液が充填されたガス不透過性容器からなる製剤であり,該容器のヘッドスペースの炭酸ガス濃度が5〜35v/v%であることを特徴とする重炭酸イオン含有無菌性配合製剤。
【請求項3】 ガス不透過性2次包材で包装されたガス透過性プラスチック容器からなり,重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有せず,炭酸ガスによってpH調整され,CO2分圧が50〜300mmHgである溶液が充填された前記容器からなる製剤であって,前記包材と前記容器との空間部の炭酸ガス濃度が5〜35v/v%であることを特徴とする重炭酸イオン含有無菌性配合製剤。
【請求項4】 CO2分圧が70〜250mmHgである請求項1〜3のいずれか一項に記載の重炭酸イオン含有無菌性配合液剤又は製剤。
【請求項5】 前記金属イオンが,カルシウムイオン及び/又はマグネシウムイオンであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の重炭酸イオン含有無菌性配合液剤又は製剤。
【請求項6】 前記クエン酸イオン源が,クエン酸ナトリウムであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の重炭酸イオン含有無菌性配合液剤又は製剤。
【請求項7】 前記重炭酸イオン含有無菌性配合液剤又は製剤が,微粒子を含むことを許さない注射剤レベルである液剤又は製剤であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の重炭酸イオン含有無菌性配合液剤又は製剤。
【請求項8】 重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有しない水溶液を調製し,該水溶液のpHを炭酸ガスを用いて7.4以下に調整した後,加熱滅菌することを特徴とする重炭酸イオン含有無菌性配合液剤の製造方法
【請求項9】 重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有しない水溶液を調製し,該水溶液に炭酸ガスをバブリングして該水溶液のpHを7.4以下に調整した後,ガス不透過性容器に充填し,該容器のヘッドスペースに5〜35v/v%の炭酸ガスを封入し,加熱滅菌することを特徴とする重炭酸イオン含有無菌性配合製剤の製造方法
【請求項10】 重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有しない水溶液を調製し,該水溶液に炭酸ガスをバブリングして該水溶液のpHを7.4以下に調整した後,ガス透過性プラスチック容器に充填し,該容器をガス不透過性2次包材で包装し,前記容器と前記包材との空間部に5〜35v/v%の炭酸ガスを封入し,加熱滅菌することを特徴とする重炭酸イオン含有無菌性配合製剤の製造方法
【請求項11】 前記重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有しない水溶液を調製する手段として,重炭酸イオンを除く他のイオンを含む水溶液を調製し,該水溶液をアルカリでpH調整した後,重炭酸イオンを配合することを特徴とする請求項8〜10のいずれか一項に記載の重炭酸イオン含有無菌性配合液剤又は製剤の製造方法
【請求項12】 前記金属イオンが,カルシウムイオン及び/又はマグネシウムイオンであることを特徴とする請求項8〜11のいずれか一項に記載の重炭酸イオン含有無菌性配合液剤又は製剤の製造方法
イ 本件訂正請求後のもの 脱退原告が平成15年2月12日付でなした本件訂正請求(甲2)のうち,特許請求の範囲に関する内容(この請求項を以下「新請求項」という。)は,下記のとおりである。
なお,その概要は,12項あった旧請求項の1と8を削除して新請求項を1から10とした上,下線部分のとおり訂正したものである。
記 【請求項1】 重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有せず,炭酸ガスによってpH調整され,CO2分圧が50〜300mmHgである溶液が充填されたガス不透過性容器からなる製剤であり,該容器のヘッドスペースの炭酸ガス濃度が5〜35v/v%である(但し,該ヘッドスペース が実質的 に酸素 の存在 しない ガス 雰囲気 である 場合 を除く)ことを特徴とする重炭酸イオン含有の 無菌性の 輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液製剤 または 腹膜透析液 製剤。
【請求項2】 ガス不透過性2次包材で包装されたガス透過性プラスチック容器からなり,重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有せず,炭酸ガスによってpH調整され,CO2分圧が50〜300mmHgである溶液が充填された前記容器からなる製剤であって,前記包材と前記容器との空間部の炭酸ガス濃度が5〜35v/v%(但し,該空間部 が実質的に酸素 の存在 しない ガス 雰囲気 である 場合 を除く)であることを特徴とする重炭酸イオン含有の無菌性の 輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液製剤 または 腹膜透析液製剤。
【請求項3】 CO2分圧が70〜250mmHgである請求項1または 請求項 2に記載の,重炭酸イオン含有の 無菌性の 輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液製剤 または腹膜透析液 製剤。
【請求項4】 前記金属イオンが,カルシウムイオン及び/又はマグネシウムイオンであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の, 重炭酸イオン含有の無菌性の 輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液製剤 または 腹膜透析液 製剤。
【請求項5】 前記クエン酸イオン源が,クエン酸ナトリウムであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の, 重炭酸イオン含有の 無菌性の輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液製剤 または 腹膜透析液 製剤。
【請求項6】 前記製剤が,微粒子を含むことを許さない注射剤レベルである液剤又は製剤であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の,重炭酸イオン含有の 無菌性の 輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液製剤 または 腹膜透析液 製剤。
【請求項7】 重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有しない水溶液を調製し,該水溶液に炭酸ガスをバブリングして該水溶液のpHを7.4以下に調整した後,ガス不透過性容器に充填し,該容器のヘッドスペースに5〜35v/v%(但し,該ヘッドスペース が実質的 に酸素 の存在 しない ガス 雰囲気 である 場合 を除く)の炭酸ガスを封入し,加熱滅菌することを特徴とする重炭酸イオン含有の 無菌性の輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液 製剤または腹膜透析液製剤の製造方法
【請求項8】 重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有しない水溶液を調製し,該水溶液に炭酸ガスをバブリングして該水溶液のpHを7.4以下に調整した後,ガス透過性プラスチック容器に充填し,該容器をガス不透過性2次包材で包装し,前記容器と前記包材との空間部に5〜35v/v%(但し,該空間部 が実質的 に酸素の存在 しない ガス 雰囲気 である 場合 を除く)の炭酸ガスを封入し,加熱滅菌することを特徴とする重炭酸イオン含有の無菌性の 輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液製剤 または 腹膜透析液 製剤の製造方法
【請求項9】 前記重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し,糖類を含有しない水溶液を調製する手段として,重炭酸イオンを除く他のイオンを含む水溶液を調製し,該水溶液をアルカリでpH調整した後,重炭酸イオンを配合することを特徴とする請求項7または請求項 8に記載の, 重炭酸イオン含有の 無菌性の 輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液製剤 または 腹膜透析液 製剤の製造方法
【請求項10】 前記金属イオンが,カルシウムイオン及び/又はマグネシウムイオンであることを特徴とする請求項7〜9のいずれか一項に記載の,重炭酸イオン含有の無菌性の 輸液製剤 ,濾過型人工腎臓用補充液製剤 または 腹膜透析液 製剤の製造方法
(3) 訂正請求の内容 脱退原告が平成15年2月12日になした本件訂正請求の内容は,別添審決写しの別紙に<訂正内容>として記載されたとおりである(上記(2)イを含む。以下,各項目に記載された訂正事項を,それぞれ「訂正事項a」〜「訂正事項y」という。)。
(4) 審決の内容 ア 審決の内容は別添審決写しのとおりであり,その理由の要旨は,以下のとおりである。
すなわち,訂正事項c〜l,q,rは明細書に記載された事項の範囲内のものではないので,これらを含む本件訂正は許されず,したがって,発明の要旨は訂正前の特許請求の範囲(旧請求項)に基づいて認定される。
そして,本発明1,3〜8,12は,下記先願明細書に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一の発明であるから,特許法29条の2により,また,本発明1〜12は,下記刊行物A〜Eに記載の発明及び周知技術に基いて当業者が容易になし得たから,特許法29条2項により,それぞれ無効となるとしたものである。
記 先願明細書:特願平6-333407号,特開平8-164185号公報(審判甲1,本訴甲7) 刊行物A:特開平7-188037号公報(審判甲3,本訴甲10) 刊行物B:特開昭50-111223号公報(本訴甲11) 刊行物C:特開昭56-86115号公報(審判甲2,本訴甲12) 刊行物D:特開昭59-101421号公報(本訴甲13) 刊行物E:特開平5-261141号公報(本訴甲14) イ 本発明1〜12と各刊行物(A〜E)との一致点・相違点の詳細は別添審決写しのとおりであるが,原告訴訟引受人が取消事由2として主張する本発明1と刊行物B記載の発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
<一致点> 「重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオンであるカルシウムイオンもしくはマグネシウムイオン,重炭酸イオンを少なくとも含有し、
糖類を含有せず、炭酸ガスによってpH調整され、CO2分圧が50〜300mmHgである溶液からなる重炭酸イオン含有無菌性配合液剤」である点 <相違点1> 本発明1の液剤はクエン酸イオンを含有するものであるのに対して、
刊行物Bに記載の液剤はクエン酸イオンを含有していない点。
(5) 審決の取消事由 しかしながら,本件訂正請求は認められないとした判断は誤りであり(取消事由1),また,本発明1〜12に係る特許は法29条2項の規定に違反するとの判断も誤りである(取消事由2)から,審決は違法として取り消されるべきである。
なお,本発明1,3〜8,12が先願発明と同一であるとの判断は争わない。
ア 取消事由1(訂正請求を認めなかった判断の誤り) 審決は,訂正事項c,d,i,jは明細書に記載した事項の範囲内のものとはいえないと認定判断した結果,訂正事項c〜l,q,rを含む本件訂正は法134条5項において準用する法126条2項の規定に適合しないので,当該訂正は認められないと結論付けている。しかし,以下に述べるとおり,訂正事項c,d,i,jは,いずれも本件特許明細書(甲3参照)に記載した事項の範囲内の訂正である。審決は,この点の認定判断を誤ったものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
すなわち,審決は,訂正事項c,d,i,jにより,炭酸ガスが封入されたヘッドスペース又は空間部のガス雰囲気について,「(但し,………が実質的に酸素の存在しないガス雰囲気である場合を除く)」との限定を加えることは,「実質的に酸素が存在するガス雰囲気である」旨の限定を加えることと同義であるとした(この判断については争わない。)。その上で,審決は,ヘッドスペースのガス雰囲気に実質的に酸素が存在することが本件特許明細書に記載されていたとはいえないから,上記限定を加えることは,いわゆる新規事項の追加に当たり,明細書に記載した事項の範囲内でするものとはいえないと判断した。確かに,本件特許明細書には,実施例1〜5の記載を含めて,炭酸ガスが封入されたヘッドスペースあるいは空間部のガス雰囲気について,炭酸ガス以外の成分を明らかにした記載はない。しかし,本件特許出願時の技術水準に徴すれば,本発明の製剤に係るヘッドスペースまたは空間部に酸素が存在することは,以下に詳述するように(訂正事項c,iにつき下記(ア)a,同d,jにつき下記(イ)a),当業者にとって自明のことにすぎない。したがって,訂正事項c,d,i,jは,明細書に記載した事項の範囲内のものである。
また,訂正事項c,d,i,jは,いずれもいわゆる「除くクレーム」の形式に訂正しようとするものであるから,この点からしても,明細書に記載した事項の範囲内のものとして扱われるべきである(訂正事項c,iにつき下記(ア)b,同d,jにつき下記(イ)b)。
(ア) 訂正事項c,iについて a(ヘッドスペースのガス雰囲気に酸素が存在することが本件特許明細書に記載されていたとはいえない,とした判断の誤り) 審決は,「明細書に,封入する混合ガス中の炭酸ガス以外のガスの種類について全く記載されていない場合に,炭酸ガスとともに使用されるガスが酸素含有ガスであることが技術常識であるということはできない。」(3頁下から第2段落)と認定し, 「ヘッドスペース等に封入される混合炭酸ガスが酸素を含むものであることを規定する本訂正は,明細書に記載した事項の範囲内のものとはいえない」(3頁最終段落)と判断したが,かかる認定・判断には以下のとおり誤りがある。
(a) 発明者の行った実験は,すべて空気中で行ったのであり,このような条件下では,必然的に酸素(空気)がヘッドスペースに存在することは明らかであり,これに反する記載は本件特許明細書中に存在しない。そして,炭酸ガス以外のガス成分が空気である場合には,炭酸ガスの含有%のみを記載して空気を省略する慣行がある(甲4,15〜18)。
したがって,当該技術分野における慣行からみて,本件特許明細書の記載内容から炭酸ガス以外のガス成分が「空気(酸素)」であることは,当業者が当然に理解(認知)し得ることである。
(b) 審決は,「炭酸ガスと混合されるガスとしては,通常,空気の他に窒素等の不活性ガスが考えられるところ,ヘッドスペース等に導入される炭酸ガス中に特定のガスを存在させる場合には,例えば,………刊行物B……の例1の『二酸化炭素と窒素』……,刊行物E……の実施例1の『炭酸ガス/空気の混合ガス』……のように,炭酸ガス以外のガス成分が明記されている」(3頁下から第2段落)ことを,上記技術常識の存在を否定する根拠に挙げている。
しかし,刊行物B及び刊行物Eに記載された発明は,いずれも「空気との混合ガスのみを用いる」ものではない。刊行物Bは,不活性ガスと炭酸ガスとの混合物に関するものであり,刊行物Eは,炭酸ガスを「空気」だけでなく「窒素ガス」とも混合するものであるから,炭酸ガス以外のガス成分を明記せざるを得ないものであり,前記の如く空気の存在を省略しうる技術常識の範囲外である。
したがって,刊行物B,刊行物Eの記載を根拠として,上記技術常識の存在を否定することはできない。
(c) 審決は,「被請求人の指摘する乙第3,4号証(判決注:本訴甲4,5)にも,封入される混合ガスに酸素(空気)が存在していたとする根拠は見あたらず,かかる訂正は,封入するガスとして酸素(空気)の存在を必須とする新たな技術的要素を導入することに他ならない。」(3頁下から第2段落)と認定・判断している。
しかし,審判手続における乙第4号証(本訴甲5。以下「甲5文献」という。)は,「封入される混合ガスに酸素(空気)が存在していたとするための証拠方法」として提出したものではなく,「薬液充填時に,容器のヘッドスペースに実験室内の空気が存在している」ことを立証するためのものである。審決は,審判手続における乙第3号証(本訴甲4。以下「甲4文献」という。)と甲5文献とを同列に取り挙げており,このこと自体,当該技術分野の技術水準を誤認している証拠でもある。しかも,甲4文献には,炭酸ガス以外のガス成分が「空気(酸素)」であるとする根拠が明示されている。
(d) 審決は,「この点に関し,被請求人は,通常実験室には空気が存在しており,本件特許明細書の各実施例として容器のヘッドスペースに空気(これには酸素が含まれている)が存在する実験例が記載されているから,訂正事項c,iは,明細書の実施例に記載した事項の範囲内の訂正である旨主張するが,本件発明では,ヘッドスペースにもともと存在していた実験室の空気は混合炭酸ガスに置換されてしまうのであるから,被請求人の主張は採用できない。」(4頁第1段落)としている。
しかし,審決がいう「被請求人の主張」は,訂正事項d,jに関するものであって,訂正事項c,iに関する主張ではない。
b(「先行技術との重複部分を除く訂正」に当たらないとした判断の誤り) 審決は 「請求人(判決注:「被請求人」の誤記と認められる。)は,訂正事項c,iが先行技術との重複部分を除く訂正に相当するとも主張しているが,甲第1号証(判決注:本訴甲7)には,ガス不透過性の容器のヘッドスペースについては何ら記載されておらず,訂正事項c,iが『先行技術との重複部分を除く訂正』にも該当しないことは明らかである。」(4頁第2段落)としている。
確かに,本発明2,9は,「ガス不透過性容器」を前提とする製剤及び製造方法の発明であり,この点で,先願明細書(甲7)の実施例1と構成上相違するが,訂正事項c,iは,訂正事項d,jとの整合性をとるため,同じく「(…除く)」との文言を挿入したものであり,実質的には「先行技術との重複部分を除く訂正」に当たるというべきである。
(イ) 訂正事項d,jについて a(空間部のガス雰囲気に酸素が存在することが本件特許明細書に記載されていたとはいえない,とした判断の誤り) 審決が,炭酸ガスが封入された包材と容器との空間部のガス雰囲気について,「空間部に存在する炭酸ガス雰囲気が実質的に酸素を含むものであることを規定する本訂正は,明細書に記載した事項の範囲内のものとはいえない。」(4頁第5段落)とした判断は,以下のとおり誤りである。
(a) 審決は,訂正事項d,jについて,訂正事項c,iについての判断を引用して「炭酸混合ガスで置換された後の空間部の炭酸ガス雰囲気に実質的に酸素が存在することは,本件特許明細書には,何ら記載されていない。」(4頁第3段落)と判断した。
しかし,訂正事項c,iについての審決の判断は誤りであるから,これを引用する訂正事項d,jについての上記判断も,当然に誤りである。
(b) 審決は,「被請求人は,通常実験室には空気が存在しており,ガス置換後であっても,少なくともガス透過性容器のヘッドスペースには実験室の空気が存在するとも主張する。しかしながら,本件特許明細書の記載からは,溶液充填後にガス透過性容器のヘッドスペースがどれほど残されるのか明らかではないし,たとえ,溶液充填後にヘッドスペース部分が生じ,そこに存在していた実験室の空気が空間部に拡散するとしても,その結果空間部のガス雰囲気が実質的に酸素が存在する雰囲気になることが明らかであるとはいえない。」(4頁第4段落)と認定・判断した。
しかしながら,本件特許明細書の実施例4は,まず,薬液を調製し,この薬液をガス透過性プラスチック容器に充填した後,この容器を2次包装袋(ガス不透過性2次包材)で包装する。続いて,この2次包装袋と上記容器との空間部を所定濃度の炭酸ガスで置換して,輸液製剤を得るものである。この実施例4は,実験室内で行っており,ガス透過性プラスチック容器に薬液を充填すると,ヘッドスペースが生じ,そこに実験室の空気が存在することになる。(なお,審決は,「溶液充填後にガス透過性容器のヘッドスペースがどれほど残されるのか明らかではない」(4頁第4段落)というが,当該技術分野において,薬液を容器に充填する際,当然にヘッドスペースが存在するものである。) このように,ガス透過性プラスチック容器のヘッドスペース内に実験室内の空気が存在することは明白であり,しかも,この容器と2次包装袋との空間部を,所定濃度の炭酸ガス(この炭酸ガスは「炭酸ガス/空気混合ガス」であることは,前述したとおりである)で置換するものであるから,上記空間部に「空気(酸素)」が存在することは明らかである。
b(「除くクレーム」であることを看過したことの誤り) 訂正事項d,jは,いわゆる「除くクレーム」とする訂正である。「除くクレーム」は,当初明細書に記載した事項の範囲内でしたものとして取り扱われるべきであるにもかかわらず,審決はこの取り扱いを看過したものであるから,違法として取り消されるべきである。
すなわち,本発明3,10は,先願発明と技術思想を異にしているが,先願明細書の実施例1に記載された製剤と構成上重複しているため,法29条の2の規定により特許性がない旨判断されるおそれがあるので,脱退原告は,本発明3,10の記載表現を残したままで,当該重複する部分を「除く」とする訂正をしたものである。したがって,訂正事項d,jは「除くクレーム」とする訂正である。
(ウ) 小括 以上のとおり,訂正事項c,d,i,jは,いずれも本件特許明細書に記載した事項の範囲内でする訂正であるから,法134条5項において準用する法126条2項の規定に適合することは明白である。
したがって,審決が,訂正事項c,d,i,jが同条項に適合しないと認定判断し,これを前提として訂正事項e〜h,k,l,q,rも同条項に適合しないと判断したことが,いずれも誤りであることは明らかである。
イ 取消事由2(進歩性に関する判断の誤り) 審決が,本発明1〜12に係る特許はいずれも法29条2項の規定に違反すると判断したことは,以下のとおり誤りである。
(ア) 本発明1は,以下のa〜dの構成を必須の要件とする。
a 重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオン,クエン酸イオンを少なくとも含有し, b 糖類を含有せず, c 炭酸ガスによってpH調整され, d CO2分圧が50〜300mmHgである溶液から成ること。
本発明1は,長期間安定な一剤型の重炭酸イオン含有配合液剤又は製剤を提供することを技術的課題としたものである。そして,かかる課題を解決する手段として,単に,重炭酸イオンと反応して不溶性化合物を生成する金属イオン,重炭酸イオンにクエン酸イオンを含有させる(要件a)だけでなく,炭酸ガスによってpH調整され(要件c),CO2分圧が50〜300mmHgである(要件d)溶液から成ることを特徴とする。
(イ) この点に対し,審決は,刊行物Bに記載の液剤はクエン酸イオンを含有していない点でのみ本発明1と相違するとしている。
しかしながら,刊行物Bには,前記要件cおよびdに特定することについては何ら記載がない。すなわち,刊行物Bの技術的思想は,溶液中の炭酸水素イオンの損失を防ぐのに充分な濃度の炭酸ガスで覆うことであり,本発明1のごとく,溶液のpHを炭酸ガスで調整するという技術的思想について記載されていないのみならず,溶液中のCO2分圧を50〜300mmHgの範囲に特定することについては何ら記載されていない。
また,本発明1において,炭酸ガスでpH調整され(前記要件c),CO2分圧が50〜300mmHgである溶液から成る(前記要件d),と特定する技術的意義は,本件特許明細書(甲3参照)の段落【0022】に記載するとおり,50mmHg未満では,本発明で意図する「金属イオンの不溶性化合物生成に伴う沈殿を防止する効果」及び「有効成分として含有する重炭酸イオンの分解抑制効果」が生じ難く,一方,300mmHgを超える場合,このようなCO2分圧の高い液剤を注射すると,血中のCO 2分圧が細胞内のCO2分圧より高くなり,CO 2が細胞内に拡散して細胞内pHが低下することになり,細胞内アシドーシスを惹起するという問題が生じるからである。
本発明1の上記技術的意義について何ら記載されていない刊行物Bに,クエン酸イオン含有液剤が記載されている刊行物C,Dや,重炭酸イオン含有溶液においてそのpHを炭酸ガスで調整することが記載されている刊行物Aを寄せ集めても,本発明1の上記技術的意義を含め前記顕著な作用効果を奏する長期間安定な一剤型の重炭酸イオン含有配合液剤又は製剤(具体的には,「重炭酸イオン含有の無菌性の輸液剤,濾過型人口腎臓用補充液剤または腹膜透析液剤,または,それらの製剤」)からなる本発明1は,当業者といえども容易に想到し得るものではないことは明白である。
(ウ) 以上のとおり,審決は,本発明1のa〜dの各必須構成要件を組み合わせることの技術的意義や,かかる組合せにより奏される顕著な作用効果を看過し,その結果として,本発明は,刊行物A〜Eの記載に基づき,当業者が容易になし得ると誤った結論に導いたものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)〜(4)の各事実は認め,同(5)は争う。
3 被告の反論 審決の認定判断には誤りはなく,原告訴訟引受人の主張は失当である。
(1) 取消事由1に対し ア 訂正事項c,iについて 審決が,ガス不透過性容器のヘッドスペースに封入される混合ガスが酸素を含むものであることを規定する訂正事項c,iは,本件特許明細書に記載した事項の範囲内のものとはいえないと結論付けた点について何ら誤りはない。
この点に関し,審決の認定判断に誤りがあるとして原告訴訟引受人が上記1(5)ア(ア)のa及びbにおいて主張する内容は,以下のとおりいずれも失当である。
(ア) 原告訴訟引受人の主張a a 同(a)について 原告訴訟引受人は,炭酸ガスと空気との混合ガスを用いる場合に,空気についての記載を省略することは当該技術分野における技術常識である,と主張している。
しかし,そのような技術常識が仮にあるとしても,逆は必ずしも真でないから,本件特許明細書に炭酸ガス以外のガス組成についての記載がないことは,炭酸ガス以外のガス成分が空気であることを意味するものではない。
b 同(b)について 原告訴訟引受人は,審決が刊行物B及びEを引用した点について,刊行物Bは不活性ガスと炭酸ガスとの混合物に関するものであり,刊行物Eは炭酸ガスを空気だけでなく窒素ガスとも混合するものであるから,炭酸ガス以外のガス成分を明記せざるを得ないものであり,前記のごとく空気の存在を省略し得る技術常識の範囲外であると主張している。
しかし,刊行物Bの例1に「二酸化炭素と窒素との比率を1:10から1:20の範囲とする。」と記載され,また,刊行物Eの実施例1,2,4に「炭酸ガス/空気混合ガス」と記載され,実施例3に「窒素-炭酸ガス混合ガス」と記載されているが,これらは具体的実施態様を示すものであるため,他のガスも特定したものにすぎない。
原告訴訟引受人が本件審判手続の口頭審理において,「本件特許発明において,「炭酸ガス」は混合ガスとして封入される。」(乙4)と述べていることから明らかなように,本発明においては炭酸ガスとそれ以外のガスとの混合ガスを使用するものであり,もし炭酸ガス以外のガスが空気であるのであれば,その旨明記すべきであったのである。
したがって,本発明が,「空気との混合ガスのみを用いる場合」であるとの前提を勝手に立てて,刊行物Bや刊行物Eを,空気の存在を省略し得る技術常識の範囲外であると主張することは失当であり,ましてや本発明の炭酸ガス濃度が,空気に対する「%」であると決め付けることは到底できない。
c 同(c)について 原告訴訟引受人は,炭酸ガス濃度は,空気に対する%を示すことは当業者に自明であり,このような表示で十分とされていると述べ,甲4文献及び甲5文献を援用する。
(a) 甲4文献における二酸化炭素ガス以外のガス成分が何であるのかは同文献の記載から明らかではない。仮に,原告訴訟引受人が指摘するように甲4文献の「当該容器の空間の一部を二酸化炭素によって置換する」(1欄4行〜5行)との記載及び「容器空間の一部を二酸化炭素ガスによって置換する」(2欄22行〜23行)との記載を根拠に,甲4文献における二酸化炭素ガス以外のガス成分が空気であると解し得るとしても,本件の各発明における炭酸ガス以外のガス成分が空気であるといえるためには,本件特許明細書にも甲4文献の上記各記載と同様の記載があってしかるべきである。本件特許明細書にはそのような記載が全くない以上,本件の各発明において,甲4文献の場合と同様に炭酸ガス以外のガス成分は空気である,と結論付けることはできない。
また,甲4文献では容器の空間の「一部」を二酸化炭素ガスで「置換」するのに対して,本発明2,9では,ヘッドスペースに「炭酸ガスを含む混合ガス」が「封入」されるのである。
したがって,本発明2,9における炭酸ガス以外のガス成分が空気であると結論付けることは到底できない。
(b) 原告訴訟引受人は,甲5文献は,「封入される混合ガスに酸素(空気)が存在していたとするための証拠方法」として提出したものではなく,「容器のヘッドスペースに実験室内の空気が存在している」ことを立証するためのものであるところ,審決は,甲4文献と甲5文献とを同列に取り挙げており,このこと自体,当該技術分野の技術水準を誤認している証拠でもある,と主張している。しかし,本件の各発明で封入されるガスは炭酸ガスを含む混合ガスであるところ,甲5文献は,封入される混合ガスに酸素(空気)が存在していたとする根拠が見当たらないから,審決に誤認はない。
(イ) 原告訴訟引受人の主張b 原告訴訟引受人は,訂正事項c,iは,訂正事項d,jとの整合性をとるために同じく「除く」との文言を挿入したものである,と主張している。
しかし,このような理由で「除くクレーム」に訂正することは,法134条2項でも特許・実用新案審査基準(甲22。以下「審査基準」という。)でも認めていない。
訂正事項c,iは,「ガス不透過性容器」を前提とする製剤の発明(旧請求項2)及び製剤の製造方法の発明(旧請求項9)を訂正するものであるが,そもそもこれらの発明は,原告訴訟引受人も認めるように,先願明細書(甲7)の実施例1に記載された発明(ガス透過性容器とガス不透過性包材との組合せからなる発明)との重複関係はない。したがって,訂正c及び訂正iは,審査基準で例外的に認めている「除くクレーム」に該当しない。
イ 訂正事項d,jについて 訂正事項d,jのうち,請求項中に「(但し,該空間部が実質的に酸素の存在しないガス雰囲気である場合を除く)」を加入する訂正は,上記で述べた理由と同様の理由により,訂正事項c,iと同様,本件特許明細書にない新たな技術的視点を導入するものであるから,この訂正は明細書に記載した事項の範囲内のものとはいえない。
原告訴訟引受人の上記1(5)ア(イ)のa及びbの主張は,以下のとおりいずれも失当である。
(ア) 原告訴訟引受人の主張a 原告訴訟引受人は,本件特許明細書(甲3参照)に記載された実施例4は,ヘッドスペース内に実験室の空気が存在しており,また空間部も所定濃度の炭酸ガス(炭酸ガス/空気混合ガス)で置換するものであるから,上記空間部に「空気(酸素)」が存在することは明らかである,旨主張している。
しかしながら,実験室に空気が存在していても,容器のヘッドスペースに空気が必ず存在するとはいえない。また,実施例4に関する記載をみても,ヘッドスペースの存否及びその容量は全く不明である上に,たとえ,ヘッドスペース部分に存在していた実験室の空気が空間部に拡散するとしても,その結果空間部のガス雰囲気が実質的に酸素が存在する雰囲気になることは,本件特許明細書の記載から明らかであるとはいえない。
(イ) 原告訴訟引受人の主張b 原告訴訟引受人は,訂正事項d,jはいわゆる「除くクレーム」とするための訂正であり,例外的に当初明細書に記載した事項の範囲内でするものと取り扱うべきものであるところ,審決は,この取り扱いについて看過している旨主張している。
しかしながら,訂正d及び訂正jは,審査基準で例外的に認められる「除くクレーム」にも該当しないものである。まず,本発明3は,確かに先願明細書(甲7)の実施例1に記載された製剤と構成上重複しているが,訂正事項dで除こうとする「空間部が実質的に酸素の存在しないガス雰囲気である」との事項は先願明細書の実施例1には全く記載されておらず,また記載されたに等しい事項でもない。また,本発明10は,先願明細書に記載された発明と同一でないので,訂正jは,そもそも審査基準で例外的に認められる「除くクレーム」には該当しないものである。
ウ 小括 以上の点から,審決が,訂正事項c,d,i,jについて,明細書に記載した事項の範囲内のものとはいえないと認定判断したことに誤りはなく,原告訴訟引受人の主張は失当である。
(2) 取消事由2に対し 本発明1〜12は当業者が容易になし得るものであるとした審決の判断に誤りはなく,原告訴訟引受人の主張は失当である。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(訂正請求の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 訂正請求の可否(取消事由1) (1) 一般に,明細書又は図面の記載を複数箇所にわたって訂正することを求める訂正審判請求において,当該訂正が特許請求の範囲に実質的影響を及ぼすものである場合には,複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さないかの審決をしなければならず,たとえ客観的には複数の訂正箇所のうちの一部が他の部分と技術的にみて一体不可分の関係になく,かつ,当該一部の訂正を許すことが請求人にとって実益のあるときであっても,その箇所についてのみ訂正を許す審決をすることはできないと解するのが相当である(最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決・民集34巻3号431頁)。そして,無効審判手続における訂正請求の制度が,無効審判手続係属中には訂正審判請求を許さないこととした平成5年の特許法改正によって,訂正審判請求に代わる制度として設けられたという経緯にかんがみると,無効審判手続における訂正請求においても,すべての訂正事項を一体として訂正の許否を決すべきものとなる。
ところで本件は,被告からなされた特許無効審判請求手続中に,特許権者であった脱退原告がなした訂正請求の可否に関する訴訟であり,かつ脱退原告がなした訂正請求は,別添審決謄本の別紙記載のとおり,訂正事項aからyまでの25箇所にわたるものであり,その内容も特許請求の範囲に関するものが数多く含まれている。
したがって,訂正事項aからyまでのうち,その一部分でも訂正が許されないものがあれば,全体として訂正請求が許されないことになる。
当裁判所は,次に述べるとおり,旧請求項2,9を訂正事項c,iにより訂正することは許されないと判断するので,本件訂正請求は,その余について判断するまでもなく,全体として許されないことになる。
(2) 訂正事項c,iについて ア ヘッドスペースのガス雰囲気に酸素が存在することが明細書に記載されていたとはいえないとした審決の誤りに関する主張について(取消事由1のア(ア)a) 審決は,訂正事項c,iは,本発明2,9のガス不透過性容器のヘッドスペースのガス雰囲気について,実質的に酸素を含む雰囲気であるという新たな構成を付加するものであるから,本件特許明細書に記載された事項の範囲内においてするものではないと判断した。
ヘッドスペースの雰囲気について,本発明2,9においては「炭酸ガス濃度が5〜35v/v%である」と規定されており,炭酸ガス濃度は100%ではないから,雰囲気中には二酸化炭素以外の成分(以下「他ガス成分」という。)も含まれている。そして,原告訴訟引受人は,他ガス成分に空気が含まれていることは本件特許明細書の記載から自明であり,空気には当然に酸素が含まれているから,訂正事項c,iは本発明2,9に新たな構成を付加するものではなく,本件特許明細書に記載された事項の範囲内で行うものであって,審決の上記判断には誤りがあると主張している。
しかし,原告訴訟引受人の上記主張は採用できない。その理由は,以下のとおりである。
(ア) 本件特許明細書を精査しても,ガス不透過性容器のヘッドスペースのガス雰囲気に空気又は酸素が存在することを明示する記載は存在しない。そうすると,技術常識をも勘案し,本件特許明細書の記載,とりわけ実施例に関する記載を踏まえて,本発明2,9におけるガス不透過性容器のヘッドスペースのガス雰囲気に酸素が存在することが自明であるといえるか否かを検討すべきことになる。
本件特許明細書に記載された発明の実施例のうち,本発明2,9の構成要件である「ガス不透過性容器」を用いたものは,「ガラスバイアル瓶」に水溶液を充填する実施例1-1,1-2,2である。そこで,以下,これらの実施例についての記載を検討する。
a 実施例1-1,1-2について 本発明2,9において,ガス不透過性容器のヘッドスペースに酸素が存在する場合としては,製剤の調製の開始前からヘッドスペースに存在した大気中の空気の一部がヘッドスペースに残される場合と,製剤を調製する過程において外部から酸素が導入される場合との二通りが考えられるので,以下,それぞれについて順次検討する。
(a) 大気中に含まれている空気がヘッドスペースに残される可能性について 本件特許明細書には,実施例1-1及び1-2について,下記の記載がある。
記 「(実施例1-1:リンゲル製剤)まず,前記表1に示す“処方1”の全試薬を水に溶解し,10リットルにメスアップし(pH実測値:8.1),濾過後200ml宛ガラスバイアル瓶に充填した。次に,この瓶のヘッドスペ-ス(HS)部分(HS容量:75ml)を下記表2に示す濃度の炭酸ガスで置換した」(段落【0030】)(判決注:表2には,「置換ガス(CO2:V/V%)」として,10,20,30,50,70,100の各数値が記載されている。) 「(実施例1-2:リンゲル製剤)………次に,この瓶のヘッドスペース(HS)部分(HS容量:125ml)を下記表3で示す濃度の炭酸ガスで置換した」(段落【0034】)(判決注:表3には,「置換ガス(CO2:V/V%)」として,20,30,40の各数値が記載されている。) これらの記載において,ガス不透過性容器のヘッドスペースのガス雰囲気は,外部から導入される各濃度の炭酸ガスによって完全に「置換」されるものと認めるのが相当である。なぜなら,ガス雰囲気の一部が置換されるにとどまるとすれば,ヘッドスペースの容量中のどの程度の割合が置換されるかによって,導入される炭酸ガスの濃度が同じでもヘッドスペース中に存在する炭酸ガスの濃度が大きく変わってしまい,導入される炭酸ガスの濃度を10%,20%,………のように細かく特定して実験する意味がないからである。
この点について,原告訴訟引受人は,ヘッドスペースに一定量の二酸化炭素(他ガス成分との混合ガスではない,純粋な二酸化炭素)を導入することによっても所望の炭酸ガス濃度とすることができ(例えば100mlの容量のヘッドスペースの炭酸ガス濃度を5%とするためには,5mlの二酸化炭素をシリンジで注入して手早く密閉すればよい。),そのような置換の方法は甲4文献(特公平4-56626号公報)に記載され,本件特許出願時の技術水準を構成すると主張する。確かに,甲4文献には「当該容器の空間の 一部 を二酸化炭素によって置換する」(特許請求の範囲1),「まず所定容器に……水溶液を充填し,次に二酸化炭素ガスを空間部分に注入し,直ちに密閉すればよい」(3欄18行〜20行),「実験例1 3%炭酸水素ナトリウム水溶液400mlを内容積700mlバイアル瓶へ充填し,その空間を炭酸ガス濃度5%,10%,………40%になる様に炭酸ガス置換した後,ゴム栓打栓,アルミキャップ捲締した。………」(3欄22行〜26行)との記載 (下線はいずれも本判決注)があり,これらの記載からは,甲4文献記載の発明では原告訴訟引受人主張のような置換の方法が採用されたもののようにも見える。しかし,本件特許明細書には,甲4文献の上記記載(特に下線部の表現)に相当する記載はなく,むしろ,本件特許明細書の上記引用部分の「表2に示す濃度の炭酸ガスで置換した」,「表3に示す濃度の炭酸ガスで置換した」との記載に照らして,あらかじめ他ガス成分との混合ガスとして準備した所定濃度の炭酸ガスによってヘッドスペースのガス雰囲気を完全に置換したと解するのが自然である。
したがって,本件特許明細書の記載によれば,ガス不透過性容器のヘッドスペースには,製剤の調製の開始前には存在していた大気中に含まれていた空気は存在しないと解するのが相当である。
(b) 炭酸ガスの成分として酸素が導入される可能性について 次に,実施例1-1,1-2においてガス不透過性容器のヘッドスペースの雰囲気を置換する炭酸ガスについて,当該炭酸ガスが他ガス成分として空気を含んでいることが,本件特許明細書の記載から自明であるといえるか否かを検討する。
@ 所望濃度の二酸化炭素を含有する混合ガスを調製する方法について,本件出願時に公知であった文献中には下記のような記載がある。
@ 特開平4-201814号公報(乙11,以下「乙11文献」という。) 記 「前記混合ガス充填装置5は,ガス混合ユニット10と混合ガス吹き出しユニット6から構成されている。ガス混合ユニット10は,二酸化炭素ボンベ11及び窒素ガスボンベ12に接続され,夫々のボンベからのガス流量を制御して混合率を調節して両ガスを混合し,………」(2頁右下欄) A 特開昭63-111462号公報(乙13,以下「乙13文献」という。) 記 「ボンベに充填された炭酸ガスと大気中の空気とから炭酸ガス濃度の異なる2種類の混合ガスを製造するものにおいて,………」(「特許請求の範囲」の「1.」) 上記のとおり,乙11文献では,二酸化炭素を含有する混合ガスの調製方法として二酸化炭素ボンベと他の気体のボンベとを接続して混合する方法によっているのに対し,乙13文献では,二酸化炭素はボンベから供給するが他の気体としては大気中の空気を直接取り入れている。そして,各文献の「発明が解決しようとする問題点」の記載によれば,乙11文献は食品包装のヘッドスペースに炭酸ガスを吹き込むことを(2頁左上欄〜右上欄),乙13文献は混合ガスの成分濃度を安定させることを(2頁左上欄〜右上欄),それぞれ発明の目的としているものであるから,いずれの文献においても,上記のそれぞれの炭酸ガスの調製方法自体を新規な発明として認識しているわけではない。
したがって,所定濃度の炭酸ガスの調製方法として,@二酸化炭素と他の気体とを各別のボンベから供給して混合する方法,Aボンベから供給される二酸化炭素と大気中の空気とを混合する方法,がいずれも本件出願当時周知であったものと認められる。
A そして,本件特許明細書には,ガス不透過性容器のヘッドスペースのガス雰囲気の置換のために用いられる所定濃度の炭酸ガスをどのように調製するかについては,何ら記載されていない。そうすると,いずれも周知である上記@又はAのいずれかの方法を採用するのかは,本件特許明細書からは明らかではないといわざるを得ない。
そして,上記@の方法を採用し,かつ,他ガス成分として空気又は酸素以外のもの(例えば窒素,ヘリウムのような不活性ガス)のボンベを使用した場合には,ヘッドスペースのガス雰囲気を置換する所定濃度の炭酸ガスに,酸素は含有されていないことになる。したがって,このような場合を排除する記載が本件特許明細書には見いだせない以上,所定濃度の炭酸ガスの成分として酸素が存在することが自明であるということはできない。
b 実施例2について 実施例2について,本件特許明細書には下記の記載がある。
記 「(実施例2:輸液製剤)まず,前記表1に示す“処方2”の全試薬を水に溶解し,10リットルにメスアップし(pH実測値:8.1),炭酸ガスをバブリングして下記表4に示すpHに調整し,濾過後200ml宛ガラスバイアル瓶に充填した。次に,115℃で15分間高圧蒸気滅菌して輸液製剤を得た。」(段落【0038】) 「この輸液製剤について,40℃で2箇月保存後における“微粒子数(個/ml)”を測定し,また,目視による“沈澱の有無”を検査した。その結果を表4に示した。更に滅菌後並びに40℃で2箇月保存後における“pH”“CO2分圧”“HSのCO 2濃度”“重炭酸イオン含量”をそれぞれ測定し,同じく表4に示した。」(段落【0039】) これらの記載によれば,実施例2においては,炭酸ガスのバブリングによってpHを調整した配合液剤をガス不透過性容器に充填し,バブリングされた液剤中の炭酸ガスがヘッドスペース中の雰囲気に拡散することを通じて,ヘッドスペースに炭酸ガスを含有する雰囲気が形成されるものであると認められる。このような炭酸ガス含有雰囲気の形成方法は,ガス不透過性容器のヘッドスペースの雰囲気を炭酸ガス含有混合ガスにより「置換」するという上記実施例1-1,1-2における工程を欠いているから,ヘッドスペースのガス雰囲気には,製剤の製造開始前に存在した大気中に含まれる空気が残存し,したがって空気中の酸素が存在している可能性がある。
しかし,当裁判所は,特許請求の範囲についての訂正の可否を判断するに当たり,実施例2の上記記載を根拠にして,ヘッドスペースのガス雰囲気中に酸素が含まれていることが「願書に添付した明細書……に記載した事項の範囲内」(法126条2項)であるということはできないと判断する。その理由は以下のとおりである。
すなわち,本件訂正は,ヘッドスペースのガス雰囲気に「酸素が実質的に存在する雰囲気である」という限定を積極的に加えようとするものである。しかるに,本件特許明細書には,酸素が存在するか否かの点についてはもとより,ガス雰囲気中の炭酸ガスに対する他ガス成分の種類について何らの記載もないのであるから,本件の各発明に体現された技術的思想において,ヘッドスペースのガス雰囲気中の他ガス成分は関心の外に置かれているといわざるを得ない。そうすると,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が,本件特許明細書の実施例2についての上記記載に接したとしても,単にヘッドスペースの炭酸ガス濃度に注目するにとどまり,他ガス成分が何であるかという問題意識のもとに実施例2の記載を読むことはなく,他ガス成分として大気中の空気に由来する酸素が含まれていると理解するとは考えられない。そもそも,原告訴訟引受人自身も,本件訴訟において,実施例2についての上記記載を,ヘッドスペースに酸素が存在することが自明であることの根拠として主張していないのである。
したがって,複数の実施例のうちの一つにすぎない実施例2の記載を丹念に検討すればヘッドスペース中に大気中の空気に由来する酸素が存在していることの根拠となり得る記載が見いだされる,という程度のことでは,ガス不透過性容器のヘッドスペースのガス雰囲気中に酸素が含まれていることが本件特許明細書の記載から自明であるということはできないのである。
c 小括 上記a,bのとおり,本件特許明細書の記載,とりわけ実施例に関する記載を検討しても,本発明2,9において,ヘッドスペースのガス雰囲気に酸素が存在することが自明であるということはできない。これと同旨の審決の判断に誤りはない。
(イ) これに対し,原告訴訟引受人は,審決の判断が誤りであると主張するが,以下のとおり,いずれも採用できない。
a 原告訴訟引受人は,炭酸ガス中の他ガス成分が空気である場合には,二酸化炭素の含有%のみを記載して空気についての記載を省略する慣行があるから,本件特許明細書に記載された「5〜35v/v%」の濃度の炭酸ガスにおいて,他ガス成分が空気であることは当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとって自明であると主張する。
しかし,仮にそのような慣行があるとしても,逆が真であるとはいえないから,本件特許明細書に二酸化炭素以外の成分についての記載がない場合に,他ガス成分が空気であるとは必ずしもいえないことは明らかである。
b 原告訴訟引受人は,審決が,刊行物B,Eにおいては二酸化炭素以外の他ガス成分が明記されていることを理由に,他ガス成分についての記載がない場合にそれが空気であることが技術常識であるとはいえない,と判断したのは誤りであると主張する。
刊行物B(特開昭50-111223号公報,本訴甲11)は,「注入できる水溶液の製法」に係る発明につき,「二酸化炭素とその他の不活性気体との混合物で,前記溶液を覆って安定化」(「特許請求の範囲(b))すること等を内容とするものであるが,不活性気体を用いる理由については,「ガス状保護ブランケット内の残りのガス成分は溶液に有害でない不活性ガスを含む。溶液に対し有害でないとは,ガスが溶液に反応しなくてまたこの溶液に任意の量で接触したときに溶液の滲透性もpHも変化しないことを意味する。」(5頁左下欄)との記載がある。
刊行物E(特開平5-261141号,本訴甲14)は,「医薬用水溶液の安定化方法及び収容容器」に係る発明につき,「容器と包装材との空間部を炭酸ガスを含有するガス雰囲気とする」(【請求項1】)こと等を内容とするものである。そして,刊行物E中には,「容器と包装材との空間部を炭酸ガスを含有するガス雰囲気とするためには,例えば炭酸ガスと空気との混合ガスや炭酸ガスと窒素ガスとの混合ガス等の炭酸ガスを含有する混合ガスを上記空間部に封入する方法が採用できる」(段落【0021】)との記載があるが,二酸化炭素と混合すべき他ガス成分として,空気を用いる場合と窒素ガスを用いる場合とをどのような基準で使い分けるかについては,刊行物E中に特段の記載を見いだすことができない。
このように,二酸化炭素と混合すべき他ガス成分について,刊行物Bでは不活性ガスに特定している一方,刊行物Eでは,酸素を含有する空気とするか,不活性ガスである窒素とするかを特段限定しないこととしている。これらの記載からすれば,他ガス成分について何らの記載がない本発明2,9に接した当業者としては,それが刊行物Bのように不活性ガスに限定される場合や,刊行物Eのように酸素を含有するか否かを限定しない場合等,様々な可能性を想定するものと認められ,原告訴訟引受人の主張するように,二酸化炭素以外の成分は空気であると当然に理解するということはできない。
したがって,刊行物B,Eの記載に関する原告訴訟引受人の上記主張も,採用することはできない。
c 原告訴訟引受人は,審決の「乙3,4号証」(それぞれ本訴甲4,5)に関する判断についてもその不当である旨を主張する。しかし,仮に原告訴訟引受人が主張するように,甲4文献,甲5文献に記載された発明においては二酸化炭素以外の他ガス成分として空気が含まれていることが記載されていたに等しいといえるしても,本発明2,9における他ガス成分に空気が含まれているか否かが本件特許明細書の記載上明らかでないことは前記(ア)のとおりであって,甲4文献,甲5文献の記載内容がいかなるものであるかは,審決の判断に誤りがないことを左右するものではない。
イ 「除くクレーム」に当たらないとした審決の誤りに関する主張について(取消事由1のア(ア)b) (ア) 原告訴訟引受人は,審決が「訂正事項c,iが“先行技術との重複部分を除く訂正”にも該当しないことは明らかである。」(甲1の4頁9行〜10行)と判断したのは誤りであり,訂正事項c,iは先行技術との重複部分を除く訂正であって,いわゆる「除くクレーム」として許容されるべきものであると主張する。そこで,この主張について以下検討する。
(イ) 訂正事項c,iは,請求項2,9の構成要件中,ガス不透過性容器のヘッドスペースの炭酸ガス濃度が「5〜35v/v%」であるとの点につき,「5〜35v/v%(但し,該ヘッドウスペースが実質的に酸素の存在しないガス雰囲気である場合を除く)」との限定を加えようとするものである。そして,審決の上記判断は,当該訂正が先願明細書(審判甲1,本訴甲7)記載の技術との関係で「先行技術との重複部分を除く訂正」といえるか否かについての判断であるから,以下,「ガス不透過性容器のヘッドスペースが実質的に酸素の存在しないガス雰囲気である」という構成が,先願明細書に記載された「先行技術」に含まれているか否かを検討する。
この点につき,先願明細書(甲7)には,下記の記載がある。
記 a「【請求項1】炭酸水素塩を含有する薬液入りプラスチック容器がガスバリアー性の高い包装材で包装された収納体において,前記容器と包装材との空間部に脱酸素剤と酸素検知剤が収納され,かつ前記空間部が炭酸ガスを含む実質的に酸素の存在しないガス雰囲気とされていることを特徴とする収納体。
【請求項2】薬液が,下記成分を下記の組成範囲内で含有し,そのpHが7.0〜7.8であることを特徴とする請求項1に記載の収納体。
ナトリウムイオン 120〜150mEq/l カリウムイオン 0〜 10mEq/l カルシウムイオン 0〜 5mEq/l マグネシウムイオン 0〜 5mEq/l クエン酸イオン 1〜 5mEq/l 炭酸水素イオン 20〜 35mEq/l【請求項3】薬液入りプラスチック容器と包装材との空間部の炭酸ガス濃度が5〜20%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の収納体。
【請求項4】薬液入りプラスチック容器と包装材との空間部の酸素濃度が0.5%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の収納体。」(特許請求の範囲) b「【産業上の利用分野】本発明は,炭酸水素塩を含有する薬液入りプラスチック容器の収納体に関し,より詳しくは前記包装材のガスバリアー製の低下を酸素検知剤の変色を指標として,外観より容易に確認できるようにした収納体に関する。」(段落【0001】) c「【従来の技術】従来から,炭酸水素ナトリウムなどの炭酸水素塩を含有する薬液は……ガラス製のアンプルやバイアルに充填され,市販されている。一方,これまで輸液に用いられているプラスチック容器は,ガスバリアー性が低く,炭酸水素塩を含有する薬液を充填して放置すると,炭酸ガスが容器外に放出され,水溶液中の炭酸水素イオン含量が低下し,それに伴いpHが上昇する等の問題点があった。」(段落【0002】) d「本発明に使用されるプラスチック容器としては,従来使用されているポリエチレン,ポリプロピレン,ポリ塩化ビニル等の材質からなるものを用いることができる。」(段落【0012】) e「【作用】このように本発明によれば,炭酸水素塩を含有する薬液入りプラスチック容器が脱酸素剤及び酸素検知剤と共にガスバリアー性の高い包装材に収納されており,前記容器と包装材との空間部の酸素濃度が0.5%以下となっている。このため……包装材のガスバリアー性が低下すると,酸素検知剤の変色が収納体の外観から容易に確認でき……炭酸水素イオン含量が低下し,それに伴ってpHが……上昇した劣化品を誤って使用する心配がないので……安全性の高い薬液を提供できる。」(段落【0014】) f「〔実施例1〕表1に示した各成分を常温で蒸留水に溶解し,溶液中に炭酸ガスを吹き込んでpHを6.8に調整後,この溶液を孔径0.22μmのメンブランフィルターで濾過した。これをポリエチレン製のプラスチック容器に500mlずつ充填し,常法にしたがって高圧蒸気滅菌を行った。冷却後,前記薬液入りプラスチック容器を脱酸素剤(三菱瓦斯化学(株)製エージレスG)及び酸素検知剤(三菱瓦斯化学(株)製エージレスアイCS)と共に包装材(エチレンビニルアルコール共重合体,クラレ(株)製エバールなどからなる多層フィルム)に収納し,包装材との空間部を炭酸ガスと窒素ガスとの混合ガス(15:85)により置換し,ヒートシールで密封することにより炭酸水素塩含有薬液入りプラスチック容器の収納体を製造した。」(段落【0016】) g「【表1】 成分 濃度(g/L) 塩化ナトリウム6.55 塩化カリウム 0.30 グルコン酸カルシウム・H2O 0.67 硫酸マグネシウム・7H2O 0.25 炭酸水素ナトリウム 2.52 クエン酸・H2O 0.21 」(段落【0017】) h 試験例として,実施例1の収納体の包装材に注射針で穴をあけたものの14日後までの変化と,上記収納体をそのまま40℃で1カ月間保存したときの変化を,酸素検知剤の色の変化,薬液のpH,炭酸水素イオン含量等で評価したことが記載されており,pHは初期値が「7.05」,1カ月後が「7.10」と記載されている。(段落【0019】〜【0024】) i 図1には,炭酸水素塩を含有する薬液入りプラスチック容器の収納体の正面図が記載されている。
上記記載a〜iからみて,先願明細書(甲7)には,その特許請求の範囲に係る発明として,炭酸水素塩を含有する薬液がプラスチック容器に充填されガスバリアー性の高い包装材で包装され,前記容器と包装材との空間部に脱酸素剤と酸素検知剤が収納され,該空間部が炭酸ガスを含む実質的に酸素の存在しないガス雰囲気とされている収納体及びその製造方法の発明が記載されていると認められるが,上記「プラスチック容器」は,ポリエチレン等のガスバリアー性の低い材質からなるもので(記載d),本発明2及び9の「ガス不透過性容器」には該当しない。一方,先願明細書には,記載cからみて,従来技術に関連して,炭酸水素塩を含有する薬液がガラス製のアンプルやバイアルに充填されたものが記載されており,当該ガラス製のアンプルやバイアルは本発明2及び9の「ガス不透過性容器」に該当するものの,先願明細書には,そのヘッドスペースのガス雰囲気については記載がない。
そうすると,訂正事項c,iにより本発明2,9から除外しようとしている事項である「ガス不透過性容器のヘッドスペースが実質的に酸素の存在しないガス雰囲気である」という事項は,先願明細書に記載された事項ではない。
(ウ) このように,訂正事項c,iによって除外しようとする事項は,先願明細書(審判甲1,本訴甲7)に記載された「先行技術」の構成に含まれるものではない。したがって,審決が,「甲第1号証(判決注:本訴甲7の「先願明細書」)には,ガス不透過性の容器のヘッドスペースについては何ら記載されておらず,訂正事項c,iが“先行技術との重複部分を除く訂正”にも該当しないことは明らかである。」と判断したことに誤りはないから,「先行技術との重複部分を除く訂正」がいわゆる「除くクレーム」として許容されるべきものであるか否かについて判断するまでもなく,原告訴訟引受人の主張は採用できない。
(エ) なお,原告訴訟引受人は,訂正事項c,iは,訂正事項d,jとの整合性をとるために,訂正事項d,jと同様に「実質的に酸素が存在しない雰囲気である場合を除く」という文言を挿入したものであり,実質的には「先行技術との重複部分を除く訂正」に当たるというべきであるとも主張する。しかし,他の訂正事項との「整合性をとる」ためというだけの理由で,本来は上記アのとおり新規事項の追加であって許されない訂正事項c,iを,許容すべきものとすることはできない。
ウ 以上のとおり,訂正事項c,iは,本件特許明細書に記載した事項の範囲内のものではなく(上記ア),「先行技術との重複部分を除く訂正」にも当たらない(上記イ)から,訂正事項c,iに係る訂正は認められないとした審決の判断に誤りはない。
3 取消事由2(進歩性に関する判断の誤り)について (1) 取消事由2に係る原告訴訟引受人の主張は,要するに,以下のとおりのものであると解される。
@ 引用例の認定の誤り,これに基づく相違点の看過(取消事由2-1) 審決は,刊行物B(本訴甲11)には「炭酸ガスによってpH調整され」,「CO2分圧が50〜300mmHgである溶液からなること」及びその技術的意義について記載されていないにもかかわらず,これらが記載されていると誤って認定した。
A 相違点1の判断の誤り(取消事由2-2) 審決は,刊行物Bに記載の液剤にクエン酸イオンを加えて,不溶性炭酸塩沈殿物の生成の防止を図ることは,刊行物C(本訴甲12),D(本訴甲13)の記載から容易であると判断したが,かかる判断は誤りである。
B 本件各発明の顕著な効果の看過(取消事由2-3) 本件各発明は,カルシウムイオンやマグネシウムイオンなどの金属イオンの不溶性化合物生成に伴う沈澱を防止し,さらには,有効成分として含有する重炭酸イオンの分解を抑制する作用効果,及び,加熱滅菌時に,熱による重炭酸イオンの分解を抑制し,重炭酸イオン含量の低下及び液剤pHの経時的な上昇を抑制する作用効果を奏し,長期間安定な一剤型の重炭酸イオン含有配合液剤または製剤を提供するものであるが,審決はこれらの顕著な作用効果を看過している。
以下,これらについて順次検討する。
(2) 取消事由2-1について ア 刊行物B(特開昭50-111223号公報,本訴甲11)には,下記の記載がある。
記 a「(a) 滅菌した水中にこの水1l(判決注:リットル)あたり,ナトリウムイオン約75〜150ミリモル,カリウムイオン約5〜50ミリモル,炭酸水素イオン約5〜50ミリモルおよび塩素イオン約75〜150ミリモルを溶解して浸透圧約170〜460オスモルそしてpH値約6〜8.5の溶液を作り, (b) ……二酸化炭素とその他の不活性気体との混合物で,前記溶液を覆つて安定化し, (c)こうして混合気体で覆つた状態のまま,そして前記溶液とこれを覆う前記混合気体とを密封したまま,前記溶液を少くとも1個の滅菌した容器に分配することから成る,注入できる水溶液の製法。」(1頁,特許請求の範囲) b「新規な治療剤中に存在する重炭酸塩イオンは乳酸ナトリウムのような普通の前駆重炭酸塩ではなくて真の重炭酸塩イオンである。……。
………。
……環境変化に対する感度によつて溶液内に真の重炭酸塩イオンの所望の濃度を保つことが比較的むずかしく,溶液中の重炭酸塩イオンが水およびCO2に対し一定の平衡状態にあり,またこの溶液の製造貯蔵中に温度および圧力のわずかな変化により平衡に望ましくない移動と溶液からの真の重炭酸塩イオンの損耗とが生ずるので,この……治療剤を作るときには多大の注意を払わなければならない。
従つて本発明の目的は……真の重炭酸塩溶剤を含む水性治療剤を安定化する新規な方法を提供しようとするにある。」(2頁下右欄9行〜上右欄19行) c「本発明の一実施例によれば既知量の重炭酸塩を含む水性治療剤の滲透性およびpHを制御する方法は前記溶液にガス状ブランケツトを保つことによつて得られる。このガス状ブランケツトは溶液からの重炭酸塩イオンの損耗を防ぐのに充分な量の炭酸ガスを含んでいる。ガス状ブランケツトは炭酸ガスと少くとも1種類の他の不活性ガスとを含むのがよい。炭酸ガスは前記溶液の温度においてこの溶液内の平衡から生ずる炭酸ガスの分圧にほぼ等しくなるのに充分な量で存在する。
………。
なお本発明によれば……得られる溶液に溶液温度においてこの溶液の平衡から生ずる分圧にほぼ等しい分圧を溶液上に生ずる量で混合気内部に存在する炭酸ガスと窒素のような不活性ガスとの混合気でこの溶液にブランケツトを形成し……安定した溶液は……次で前記のガス状混合物でおおい密封する。」(3頁下左欄3行〜下右欄19行) d「本治療剤のpHは約6.0ないし約8.5の範囲にできなるべくは7.0ないし8.0の範囲なおなるべくは7.0ないし7.6の範囲内にある。」(4頁下左欄7〜9行) e「ガス状保護ブランケツトは溶液中の重炭酸塩の平衡条件から通常生ずる溶液からの炭酸ガスの損耗を防ぐのに充分な炭酸ガスを含む。要するに炭酸ガスはガス状混合物中に,混合温度で溶液内の重炭酸塩の平衡から生ずる分圧にほぼ等しい分圧を液体上に生ずる量で存在する。
とくに炭酸ガスは約25ないし約50℃の範囲の温度(溶液の温度)で約6ないし約8.5の範囲に溶液のpHを保つ量でガス状ブランケツト中に存在する。前記したように本治療剤溶液は約5ないし約50mMol/lの範囲の重炭酸塩イオンを含む。従つて約0.0007ないし約0.92の炭酸ガスふん囲気が約6ないし約8.5の範囲のpH内に溶液のpHを保つのに必要である。ガス状ブランケツト内の炭酸ガスの量は簡単な物理化学的計算によつて誘導する。」(5頁上右欄14行〜下左欄9行) f「ガス状ブランケツト内に存在する炭酸ガスの相対量を定めるのに本発明の範囲で使うときに治療剤溶液の平衡から生ずる分圧にほぼ等しい分圧という用語は,溶液を生成しこれに炭酸ガスガス状ブランケツトを当てがつた後に最終的に望ましい炭酸ガスの分圧を意味する。
要するにブランケツト内の炭酸ガスの分圧は溶液の始めのpHを安定化するかまたは溶液の最終pHに実際上役立つように調節することができる。たとえばこの後者の場合に溶液は初めに,最終的に望ましいpHより高いpHを持つように生成することができる。ガス状ブランケツト内の炭酸ガスは一部は,初めに生成したpHより低いpHを生ずるように実際上作用するような量で存在することができる。どちらの場合にもガス状ブランケツト内の炭酸ガスは最終の所望のpHで溶液内の重炭酸塩の正常な平衡の破れを安定化する作用をする。」(5頁下左欄19行〜下右欄15行) g「本発明の範囲内で次の第2表に示すような約300の滲透性を含む好適とする溶液で保護ブランケツトに利用できる種種の量の炭酸ガスの例として第3表のデータを示す。」(5頁下右欄16〜19行) h「300の滲透性を持つ治療剤溶液」と題する第2表には,各種「溶剤イオン」の「濃度(mMol/l)」が記載され,Na+ が131mMol/l,K+ が14mMol/l,Mg++が5mMol/l,HCO3-が18mMol/l,Cl- が127mMol/l,SO4=が5mMol/lと記載されている。また,第3表には,「pH」を「6.0」〜「8.5」まで0.1刻みで変化させたときの「CO2 Mol」 と「ブランケット(大気圧)内のCO2 分圧」が記載されている。例えば「pH」が「7.0」では,CO 2 Molが0.00242で,ブランケット(大気圧)内のCO2 分圧が0.0728であると記載されている。(6頁上左欄〜上右欄) i「前記したように保護ガスブランケツト内の炭酸ガスの相対量は簡単な物理化学的計算により定めることができる。しかし一般に第4表は6ないし8.5のpHで本発明により作つた治療剤に対し約25℃ないし約50℃の範囲の温度において5ないし50mMolの重炭酸塩で利用できるガス状ブランケツト内の炭酸ガスの好適とする種種の量を示すように記載してある。」(6頁上右欄下から3行〜下左欄5行) j「溶液の安定化に必要なCO2」 と題する第4表には,「溶液に添加する重炭酸塩Mol」 を「0.005」〜「0.050」まで0.005刻みで変化させた10通りについて,pHをそれぞれ「6.0」,「6.5」,「7.0」,「7.2」,「7.6」,「8.0」,「8.5」とするときの,必要なCO2量が,「Mol」の単位と「圧力(Atm)」の単位とで示されている。例えば「溶液に添加する重炭酸塩Mol」が「0.030」のときは,pH6.0では,0.01824Mol で0.550Atm,pH7.0では,0.00404Molで0.122Atm,pH8.0では,0.00458Molで0.0138Atm と記載されている。また,例えばpHが「7.0」のときは,重炭酸塩0.010Molでは,0.001344Molで0.0405Atm,重炭酸塩0.020Mol では,0.00269Molで0.0810Atm,重炭酸塩0.030Molでは,0.00404Molで0.122Atm,重炭酸塩0.040Molでは,0.00538Molで0.162Atmと記載されている。(7頁) イ 以上の記載a〜jからみて,治療剤の溶液中で重炭酸塩イオン(重炭酸イオンに相当,以下同じ。)が水及びCO2と平衡状態にあり,ガス状ブランケットに充分な量の炭酸ガスを含ませることにより溶液からの重炭酸塩イオンの損耗を防ぐことができ,ガス状ブランケットに含まれる炭酸ガスの分圧が溶液のpHに影響することが認められる。特に第3表,第4表(記載h,j)を見ると,重炭酸塩イオンの濃度が同じなら,pHを低くしたいほどブランケット内のCO2分圧が高い必要があり,また,所定pHに保つために,重炭酸塩イオンの濃度が高いほどブランケット内のCO2分圧が高い必要があることが,明らかである。そして,記載b,dによれば,溶液のpHには,治療剤であることから望ましい範囲が存在している。
したがって,「炭酸ガスによってpH調整され」の点は,刊行物Bに記載されていると認められる。
ウ また,刊行物Bには,上記溶液のCO2分圧の数値をmmHgの単位で具体的に明らかにした記載はないが,例えば,上記記載jによれば,第4表に,重炭酸塩イオンの濃度が0.030MolでpHが7.0の溶液が記載されている(第4表中には,必要なCO2量は,0.00404Molで0.122Atmと記載されている。)。上記の治療剤の溶液は,重炭酸塩イオン(重炭酸イオンに相当)の濃度が本件特許明細書の実施例1,2,4と同じで,他の成分組成も類似していることから,上記溶液は,同じpHにおいては,本件特許明細書の実施例1,2,4のものとほぼ同じCO2分圧であると解される。そして,本件特許明細書の実施例1,2,4についての表2,3,4,6(段落【0032】,【0036】,【0040】,【0049】)を参照すると,例えばpH7.0ではCO2分圧が116〜129mmHgの範囲にあることから,刊行物Bの第4表に記載された重炭酸塩イオンの濃度が0.030MolでpHが7.0の溶液は,そのCO2分圧が,これと同程度であって,本発明1で規定している50〜300mmHgの範囲内にあると推認される。
したがって,「CO2分圧が50〜300mmHgである溶液からなること」の点も,刊行物Bに記載されていると認められる。
エ 以上のように,原告訴訟引受人が刊行物Bには記載されていないと主張する「炭酸ガスによってpH調整され」,「CO2分圧が50〜300mmHgである溶液からなること」およびその技術的意義は,刊行物Bに記載されており,審決は,この点を,第3表等の記載に基づいて記載されていると認められるとしており,その認定について誤りも認められないので,本件審決は引用例の認定を誤り相違点を看過したという取消事由2-1の主張は,採用することができない。
(3) 取消事由2-2,2-3について 次に,相違点1の「本発明1の液剤はクエン酸イオンを含有するものであるのに対して,刊行物Bに記載の液剤はクエン酸イオンを含有していない点。」を当業者が容易に想到できたといえるか,また,本発明1の効果が顕著なものといえるか,検討する。
ア 審決は,本発明1について,沈殿が生成しないようにする必要があるのは技術常識であり,刊行物C,Dに眼科用灌流液において沈殿物の生成を抑制するためにクエン酸を添加することが記載されているから,刊行物Bに記載の液剤にクエン酸イオンを加えて不溶性炭酸塩沈殿物の生成の防止を図ることは,当業者が容易に想到し得ると判断している(17頁)。
(ア) まず,刊行物B(甲11)には,下記aの記載がある。
記 a「所望により二ナトリウムエデテート……のようなキレート剤を……加えることができる。このキレート剤はすず,亜鉛およびアルミニウムイオンのような任意のこん跡量の金属イオンを除き水酸化物の生成およびその沈殿を防ぐ作用をする。本発明により得られる溶液の例は殺菌水に塩化ナトリウム,塩化カリウム,硫酸マグネシウム,二ナトリウムエデテートおよび重炭酸ナトリウムを加えることによつて作る。他の塩を溶解した後に水に重炭酸ナトリウムを加えるのがよい。要するに他の溶解塩を含む溶液に重炭酸ナトリウムを加え溶液中に多重のイオンを水が持つようにするのがよい。この添加順序により塩化マグネシウムのようなマグネシウム塩とたとえば炭酸マグネシウムの沈殿を生成する重炭酸イオンとの間の望ましくない反応を防ぐ。」(5頁上左欄11行〜上右欄8行) (イ) 刊行物C(特開昭56-86115号公報,本訴甲12)には,下記のb〜gの記載がある。
記 b「1 カルシウムおよびマグネシウムイオンを含む人工房水の製造において,炭酸水素およびクエン酸イオンを添加することを特徴とする安定な人工房水の製造法。
……3 人工房水のpHが6.5-7.5,望ましくは7-7.5である特許請求の範囲第1項……記載の製造法。」(特許請求の範囲第1項,第3項) c「本発明は眼内灌流液として,あるいは眼球,眼組織たとえば角膜の洗浄液や保存液として使用される人工房水の製造法に関する。」(1頁下左欄15〜17行) d「先にメリアムとキンゼイは房水に近いイオン組成にブドウ糖および乳酸を加えた組織培養液を発表しているが,このものは加熱殺菌により,または数日間室温で放置することにより白色沈殿物を生ずるので人工房水としては好ましくない。そこで,本発明者らは……この沈殿物を検討した結果,それが塩基性炭酸カルシウムおよび塩基性炭酸マグネシウムの混合物であることを見出した。
この沈殿を防止するために生体に無害の陰イオンを添加して試験したところ,乳酸,酢酸,グルタミン酸,グルコン酸イオンなどは効果が無かったが,意外にもクエン酸イオンの添加により問題の沈殿物の生成を完全に防止できることを発見した。」(1頁下右欄13行〜2頁上左欄9行」) e「炭酸水素イオンは,通常無害な水溶性塩,たとえばナトリウム塩,カリウム塩の形で人工房水の組成中に加えられる。」(2頁上左欄15〜17行) f「本発明の人工房水は,加熱滅菌や長期の保存においても沈殿を析出せず,またpHの変動もなく,きわめて安定である。」(2頁上右欄下から2行〜下左欄1行) g「実施例1 塩化ナトリウム 6.60g 塩化カリウム 0.36g 塩化カルシウム(2水塩)0.18g 硫酸マグネシウム(7水塩) 0.30g 炭酸水素ナトリウム 2.10g クエン酸ナトリウム(2水塩) 1.00g 酢酸ナトリウム(3水塩)0.60g ブドウ糖 1.50g 以上を滅菌精製水約900mlに溶かし,これに10(W/V)%塩酸を加えてpH7.2に調整したのち,滅菌精製水を全量1000mlになるまで加えて加圧無菌濾過する。これを20mlアンプルおよび,500mlバイアルびんに充填し,熔封または密栓したのち加熱滅菌する。……40°,6ヶ月および室温24ヶ月の経時変化を調べたが外観変化およびpHの変動は見られなかった。」(2頁下左欄7行〜下右欄6行) (ウ) 刊行物D(特開昭59-101421号公報,本訴甲13)には,下記のh〜oの記載がある。
記 h「1 ナトリウムイオン,カリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,硫酸イオン,リン酸水素イオン,炭酸水素イオン,クエン酸イオンおよびD-グルコースを含有し,さらにデキストランが添加されており,しかも前記リン酸水素イオンの少なくとも一部がリン酸緩衝液により供給されてなる眼科用灌流液。
……3 pHが6.8〜8.3である特許請求の範囲第1項記載の灌流液。」(特許請求の範囲第1項,第3項) i「本発明は……pHの変動の少ない安全性の高い眼科用灌流液に関する。」(1頁下右欄8〜10行) j「血漿および組織間液の有機酸の大半は,クエン酸またはその塩である。」(2頁下欄第1表の下の注1) k「第2表に本発明の灌流液の各成分の好ましい濃度範囲……をまとめて示す。」(3頁下右欄4〜6行) l 第2表には,「成分」の「望ましい濃度範囲」が,「総イオンとして」は, Na+ 105〜175 (mEq/l) K+ 2〜 10 (〃) Ca2+ 1〜 10 (〃) Mg2+ 0.5〜 5 (〃) Cl- 90〜140 (〃) HCO3- 5〜 35 (〃) HPO42- 5〜 60 (〃) SO42- 0.1〜 15 (〃) 「化合物として」は, クエン酸ナトリウム 0.5〜10 (mM/l) Na2HPO 4 0.1〜20 (〃) NaH2PO 4 1〜20 (〃) D-グルコース 1〜15 (〃) デキストラン 1〜8%(W/V) と記載されている(4頁上左欄)。
m「クエン酸イオンは……驚くべきことにカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンによる白色沈殿生成の防止効果を有している。」(4頁下左欄2〜6行) n「実施例1 2l(判決注:リットル)フラスコ中にNaCl6.31g,KCl0.36g,クエン酸ナトリウム・2H2O 0.5g,CaCl 2・2H 2Oの0.153gおよびMgSO 4・7H 2Oの0.197gを採り,滅菌精製水を加え……溶解させた。つぎにD-グルコース1.35gを加えて溶かし,さらにNaHCO3 0.42g,デキストラン70の40g,NaH2PO 4の0.84gおよびNa 2HPO 4・12H 2Oの3.94gを……溶解させ全量を1l(判決注:リットル)とした。このもののpHは7.15で……あつた。
ついでこれをアンプルまたはバイアル瓶に分注,封入し,115℃で10分間加熱滅菌した。加熱滅菌後のpHは7.17であり殆ど変化しておらず,白濁も生じなかった。」(5頁下左欄2〜16行) o「クエン酸イオンを含有しない比較例5では,加熱滅菌すると白濁が生じた。」(7頁上左欄14〜15行) (エ) 刊行物Bには,上記記載aからみて,例えばマグネシウムイオンと重炭酸イオンとの反応により沈殿が生成するのは望ましくないことであると記載されていると認められ,また,刊行物Bに記載された溶液の用途は,血液中に投与される治療剤であるから,沈殿が生成するのが望ましくないことは,技術常識であるといえる。一方,記載b〜oからみて,刊行物C及びDには,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,重炭酸イオンを含む眼科用灌流液であって,重炭酸イオン濃度及びpHが,刊行物Bに記載された治療剤溶液と同程度であり(刊行物Cの実施例1の人工房水は1000ml中に炭酸水素ナトリウムを2.10g含み(記載g),この重炭酸イオンの物質量濃度は0.025mol dm-3 である。刊行物Dの眼科用灌流液のHCO 3-(重炭酸イオン)の望ましい濃度範囲は5〜35mEq/lであり(記載l),重炭酸イオンは1価のイオンなので,上記濃度は0.005〜0.035mol dm-3である。),他の成分組成も類似するものが開示されており,当該眼科用灌流液につき,クエン酸イオンを添加することにより,沈殿の生成を防止できることが記載されていると認められる。そして,記載jにあるように,クエン酸は血漿の有機酸の大半を構成するものであるから,刊行物Bに記載された治療剤溶液に安全に添加しうるものと認められる。
してみると,刊行物Bに記載された治療剤溶液につき,沈殿の生成の防止をより確実にするために,クエン酸を添加することは,当業者が容易に想到し得る程度のことと認められる。審決は,この点を,刊行物Bに記載の液剤にクエン酸イオンを加えて不溶性炭酸塩沈殿物の生成の防止を図ることは当業者が容易に想到し得ると判断しており,その判断に誤りも認められない。
そして,原告訴訟引受人が主張する本発明1の効果も,クエン酸イオンを含有させたことと,薬液の空間部ないしヘッドスペースに炭酸ガスを存在させて炭酸ガスによって薬液をpH調整したことにより,当然に奏する効果にすぎず,格別顕著なものとも認められない。したがって,本件審決は本発明1の顕著な効果を看過し本発明1は当業者が容易になし得ると誤った結論に導いたという原告訴訟引受人の主張も,採用することができない。
(4) 以上のとおり,原告訴訟引受人の主張する取消事由2-1〜2-3は,いずれも理由がない。
4 結論 以上の次第で,原告訴訟引受人が取消事由として主張するところは,いずれも理由がない。よって,原告訴訟引受人の本件請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉