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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ2473損害賠償等請求事件 判例 特許
平成15ワ18472特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成12ワ8545特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成11ワ23013特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ5107特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  遡及 /  共同出願 /  分割出願 /  共有 /  時効 /  出願経過 /  技術的意義 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  逸失利益 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  発明の範囲 /  拒絶査定不服審判 /  共同出願人 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 23329号 特許権侵害差止等請求事件
原告 キリンエンジニアリング株式会社
同訴訟代理人弁護士 久保田 穣
同 増井和夫
同 橋口尚幸
被告 日立化成工業株式会社
被告 株式会社日立ハウステック
上記2名訴訟代理人弁護士 吉原省三
同 小松勉
同 三輪拓也
同 竹田吉孝
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/01/23
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告株式会社日立ハウステック(以下「被告日立ハウステック」という。)は,別紙物件目録記載の製品を製造,販売してはならない。
2 被告日立化成工業株式会社(以下「被告日立化成工業」という。)は,原告に対し,金4億8000万円及びこれに対する平成14年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告日立ハウステックは,原告に対し,金1億6000万円及びこれに対する平成14年11月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 争いのない事実等 (1) 当事者 原告は,食料品・飲料等製造業,飲食店業及び娯楽業等の産業用,民生用設備等に関するプラント設計,施工管理等を業とする株式会社である。
被告日立化成工業は,半導体・液晶ディスプレイ用材料,配線板及び配線板用材料,有機化学材料・製品,無機化学材料・製品,合成樹脂加工品等の製造販売を業とする株式会社である。同被告は,平成13年9月30日までは上記各業務に加え,住宅機器,環境部門をも有していたが,同年10月1日以降は,その部門を独立させて,新たに被告日立ハウステックを設立した。
(2) 原告の特許権 ア 麒麟麦酒株式会社(以下「麒麟麦酒」という。)及び株式会社四電工(以下「四電工」という。)は,もと,以下の特許権(以下「本件特許権」という。)を有していたが,平成13年7月16日,原告に対し,本件特許権を譲渡し,その旨の登録を了し,現在は,原告がその特許権者である。
登録番号 特許第2141255号 発明の名称 小型処理浄化槽 出願番号 特願平2-156748 出願年月日 昭和62年9月16日 出願公告番号 特公平7-71672 出願公告年月日 平成7年8月2日 登録年月日 平成12年2月10日 イ 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)に記載された特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この特許発明を「本件発明」という。)。
「汚水処理の対象人員が50人以下の小型処理浄化槽であって, 嫌気性微生物が付着された濾床を有する原水槽と, 好気性微生物が付着された粒状の多孔質担体が充填された生物膜濾過層を有し,前記原水槽からこの原水槽を通過して嫌気性生物処理された汚水が供給される生物膜濾過槽と, 前記生物膜濾過槽からこの生物膜濾過槽を通過して好気性生物処理された処理水が放出される処理水槽と, 前記処理水槽内の処理水を前記生物膜濾過槽に戻して前記生物膜濾過層内を逆流させる逆洗ポンプと, 前記生物膜濾過槽と前記原水槽とを接続して前記生物膜濾過層内を逆流した処理水によ(り)増加する生物膜濾過槽内の汚水を原水槽に排水する逆洗排水パイプと, を備えていることを特徴とする小型処理浄化槽」 ウ 本件発明の構成要件は,次のとおり分説される(以下,それぞれを「構成要件A」のようにいう。) A 汚水処理の対象人員が50人以下の小型処理浄化槽であって, B 嫌気性微生物が付着された濾床を有する原水槽と, C 好気性微生物が付着された粒状の多孔質担体が充填された生物膜濾過層を有し,前記原水槽からこの原水槽を通過して嫌気性生物処理された汚水が供給される生物膜濾過槽と, D 前記生物膜濾過槽からこの生物膜濾過槽を通過して好気性生物処理された処理水が放出される処理水槽と, E 前記処理水槽内の処理水を前記生物膜濾過槽に戻して前記生物膜濾過層内を逆流させる逆洗ポンプと, F 前記生物膜濾過槽と前記原水槽とを接続して前記生物膜濾過層内を逆流した処理水により増加する生物膜濾過槽内の汚水を原水槽に排水する逆洗排水パイプと, を備えていることを特徴とする G 小型処理浄化槽 エ なお,本件特許権の出願経過は,別紙「出願経過」記載のとおりである(乙1の1ないし23)。
(3) 被告らの行為 ア 被告日立化成工業は,以下のとおり,平成7年8月から平成13年9月にかけて,別紙物件目録記載の家庭用合併浄化槽(以下「被告製品」という。)を製造販売した(なお,被告製品の具体的構成の一部については争いがある。)。
製造販売期間 型式 平成7年8月10日から平成13年9月まで KBF-5,7,10 平成7年8月10日から平成12年9月まで KBF-6,8 平成12年5月21日から平成13年9月まで DBF1-5,7 イ 被告日立ハウステックは,平成13年10月以降現在まで,被告製品のうち,型式KBF-5,7,10,DBF1-5,7を製造販売している。
2 本件は,本件特許権の特許権者である原告が,被告製品が本件発明の技術的範囲に属し,被告製品の製造販売行為が本件特許権を侵害する旨主張して,被告日立ハウステックに対し,特許法100条1項に基づき,被告製品の製造販売行為の差止めを請求し,被告らに対し,民法709条に基づき,損害賠償を請求する事案である。
3 争点 (1) 被告製品の具体的構成 (2) 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するかどうか。
構成要件CないしFの「生物膜濾過槽」を充足するか。
構成要件Dの「処理水が放出される」を充足するか。
構成要件Eの「逆流させる逆洗ポンプ」を充足するか。
構成要件Fの「逆洗排水パイプ」を充足するか。
(3) 分割出願の適否。さらに,原出願に記載された発明との関係で新規性又は進歩性が否定され,本件特許に無効理由が存在することが明らかであるといえるか。
(4) 公知技術(乙9ないし11,20)との関係で進歩性が否定され,本件特許権に無効理由が存在することが明らかであるといえるか。
(5) 損害の発生及び額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告製品の具体的構成)について 〔原告の主張〕 被告製品の具体的構成は,別紙物件目録記載のとおりである。
〔被告らの主張〕 (1) 別紙物件目録(4)Aは,以下のように改めるべきである。
「生物濾過槽は,上下の塞ぎ板によって上部に生物濾過槽(ばっ気部)と下部に生物濾過槽(静止部)がそれぞれ形成され,かつそれぞれに一辺10mmの立方体で,有機物の分解及びアンモニアの硝化を行う微生物の付着するスポンジ構造のポリエチレン担体が,充填率90%で充填されている。上部の生物濾過槽(ばっ気部)はばっ気によって好気性生物処理を行う流動床であり,下部の生物濾過槽(静止部)は汚泥を濾過する固定床であって,機能が分かれている。」 (2) 同目録(4)Bは,以下のように改めるべきである。
「ばっ気部下部には,空気を噴出するばっ気散気管が設けられており,常時(逆洗管からの噴気がなされているときを含む。)空気を噴出している。また,静止部下部には,静止部のポリエチレン担体に付着した生物汚泥を同担体から剥離(洗浄)するため,洗浄時に空気を噴出する逆洗管が設けられている。逆洗管からの噴気は,一定時間の間隔をおいてなされる。」 (3) 同目録(4)Cの「送水する」は,「流出する」とすべきである。
(4) 同目録(5)の「送られて」は,「流入して」とすべきである。
(5) 同目録(7)は,以下のように改めるべきである。
「生物濾過槽に形成された上部の生物濾過槽(ばっ気部)と下部の生物濾過槽(静止部)の間(生物濾過槽の中間部)には,ポリエチレン担体の充填されていない空間があり,そこに洗浄用エアリフトポンプに繋がる吸い込み口が設置されていて,逆洗管から噴気がなされている間,生物濾過槽の中から槽内水を引き抜くことにより,逆洗管からの噴気によって生物濾過槽(静止部)のポリエチレン担体から剥離した生物汚泥を(8)洗浄排水移送管に移送する汚泥移送用の洗浄用エアリフトポンプがある。」 (6) 同目録(8)の「洗浄排水」は,「汚泥水」とすべきである。
(7) その余の記載及び添付図面は,認める。
2 争点(2)ア(被告製品が構成要件CないしFの「生物膜濾過槽」を充足するか)について 〔原告の主張〕 被告製品の生物濾過槽は,構成要件CないしFの「生物膜濾過槽」に該当する。
(1) 本件発明の「生物膜濾過槽」は,@ 好気性微生物の付着した粒状の多孔質担体が充填された層を使用すること,A 物理的濾過及び好気性処理が行われること,B 有機物(好気性処理により分解される)及び無機浮遊物質の除去(物理的濾過により実現される)が行われることを要件とする。
(2) 被告製品の生物濾過槽は,ばっ気部及び静止部の両者が合わさることによって,好気性微生物による浄化作用及び担体による濾過作用をしているから,「生物膜濾過槽」に該当する。
(3) ばっ気部のみを取り上げても,浄化作用及び濾過作用を兼ね備えているのであり,「生物膜濾過槽」に該当する。
すなわち,ばっ気部には,静止部において濾過作用を営むポリエチレン担体が約90%の充填率で詰められているのであるから,それが空気泡によって動かされるとしても,濾過作用をも営んでいる。
(4) 静止部のみを取り上げても,浄化作用及び濾過作用を兼ね備えているのであり,「生物膜濾過槽」に該当する。
すなわち,ばっ気部において浄化作用を営む担体中の好気性微生物が静止部の担体中にも付着しているのであるから,静止部においても,好気性微生物による浄化作用を営んでいる。そして,好気性微生物が活動するための酸素は,水に溶解した溶存酸素として微生物に供給されるところ,被告製品の生物濾過槽のばっ気部では,空気が常時吹き込まれているから,空気(酸素)が十分に溶存した被処理水が静止部に流出する。そして,被告製品の静止部には,好気性微生物が活動するのに十分な溶存酸素が存在するとの調査結果もあり,静止部でも有機質の汚れが残存していれば,それの分解が行われることは当然であるから,静止部において好気性微生物による浄化作用を行っているということができる。
この点に関し,被告らは,静止部の好気性処理をあてにする必要がないと主張するが,静止部でBOD除去によって初めて被告製品はその高性能を発揮するのであるから,かかる主張は事実に反する。
静止部を本件発明の「生物膜濾過槽」と捉えた場合,ばっ気部の存在は,特許法上付加に該当するものであり,被告製品が本件発明の技術的範囲に属することを否定する理由にはなり得ない。
(5) 被告らは,被告製品の生物濾過槽が本件発明の「生物膜濾過槽」にばっ気部を付加したものではなく,本件発明の「生物膜濾過槽」とは技術的に異なるものであると主張する。
しかしながら,本件発明は,従来の生物膜濾過法が大型の工場設備には利用されていたものの,逆洗という面倒で場所を取る(逆洗水のための貯水槽が必要)工程を必要とするため,家庭用小型浄化槽には使用されていなかったのに対し,逆洗水を嫌気性濾床槽に返送するという画期的アイデアにより,生物膜濾過法を適用する高性能かつ小型の家庭用浄化槽を実現したのであり,この点に発明の特徴がある。したがって,本件発明の逆洗方法を採用している被告製品において,生物膜濾過の方法として,本件明細書の実施例に変更を加えたとしても,本件発明の技術的範囲を免れることはできない。
(6) 被告らは,被告製品の生物濾過槽を2槽に分けることによって優れた浄化性能と濾過能力を得ることができるのであり,被告製品の生物濾過槽が本件発明の「生物膜濾過槽」と異なる旨主張する。
しかしながら,上部でばっ気し下部で濾過を行う生物膜濾過槽は,本件特許出願当時,当業者の常識であった。ばっ気部を設ける方式と,本件明細書の実施例のように単一の生物膜濾過層を使用する方式は,目的とする処理能力や採用する担体の種類に応じて適宜選択される設計事項である。
(7) 被告らは,内ばっ気型生物濾過槽と外ばっ気型生物濾過槽の違いを指摘して,被告製品が本件発明と異なることを主張する。
しかしながら,本件発明の特許請求の範囲には,散気方式につき一切限定がないから,本件発明がいずれの方式をも包含するものであることは明らかである。
(8) 被告らは,被告製品は,従来技術に係る生物濾過装置の接触酸化部分を流動床とすることによって,ばっ気部の浄化能力を向上させたと主張する。
しかしながら,被告製品に対応する特許(甲9)の発明者による文献(甲13)に開示された開発経緯を見ると,開発当初には流動床を使うという発想は全く存在しなかった。すなわち,開発当初は,被告製品は生物濾過槽の最下部からばっ気する方式を採用しようとしたのであるが,選択した担体(PEP担体)の比重が低かったことに起因して担体が流動し浮遊物がリークすることから,ばっ気する位置を徐々に上げて実験を行い,担体が流動しない部分(静止部)を設けて濾過機能を担保させたのである。
したがって,被告製品は,生物膜濾過装置の接触酸化部を流動床に置き換えるという開発経緯ではなく,上記の経緯で偶然に流動床が形成されたのである。
その結果,散気管より上部にばっ気部を設けるとともに,ばっ気部の下部に当初の発想のまま残された生物膜濾過層が静止部なのである。つまり,1つの生物膜濾過槽を充填担体の性質に起因して,ばっ気部と静止部に分割したものにほかならない。生物膜濾過法の小型で高性能の反応処理と,浮遊物の確実な濾過を逆洗水を嫌気性濾床槽へ返送することによって可能にした点において,本件発明の技術的思想の範囲を出るものではない。
〔被告らの主張〕 被告製品の生物濾過槽は,本件発明の「生物膜濾過槽」と技術的に異なるものである。
(1) 本件発明の「生物膜濾過槽」は,好気性微生物による浄化作用と濾過作用を合わせて行うものであるのに対し,被告製品の生物濾過槽では,これを上部のばっ気部と下部の静止部の2層に分け,別々の部分で行っている。
すなわち,被告製品においては,好気処理を行うばっ気部と濾過を行う静止部を併せてはじめて生物濾過槽として機能するものである。被告製品の生物濾過槽は,ばっ気部と静止部の2つに分けられ,かつ,担体の比重を1よりも少し小さくして水に浮きやすくし,ばっ気部には,常時空気を供給して担体を浮動させておき,好気性微生物による浄化を行い,この浄化された汚水を洗浄時にのみ通気をする静止部で濾過するようになっている。もっとも,静止部に流入する汚水には残留酸素があるので,静止部においても好気性微生物による浄化が行われていることは確かであるが,その割合はばっ気部の10分の1程度にすぎず,その好気処理能力(BOD低減能力)をあてにする必要がない。
被告製品の静止部は,逆洗時以外はばっ気しないため濾過能力が著しく優れている。これに対して,本件発明の「生物膜濾過槽」は,常時ばっ気しているため濾過能力が劣り,浮遊物質捕捉作用がほぼ完全であるといえるものではない。このように,被告製品では生物濾過槽を2槽に分けることによって,本件発明にない優れた浄化能力と濾過能力を得ることができるのであり,被告製品の生物濾過槽は,本件発明の「生物膜濾過槽」とは異なる。
(2) 本件発明の「生物膜濾過槽」における生物膜濾過法と被告製品における生物濾過槽における生物濾過法とは,技術的に異なる方法である。
すなわち,外部ばっ気型生物膜濾過法と内部ばっ気型生物膜濾過法とでは目的と機能が相違するところ,本件発明における「生物膜濾過槽」は,内部ばっ気型生物膜濾過法に限られ,外部ばっ気型生物膜濾過法を本件発明に使用することはできない。それに対して,被告製品の生物濾過槽は,上部のばっ気部については流動床方式をとっていて下からばっ気しており,下部の静止部については特にばっ気を必要としない方式をとっているのであって,本件発明とは別の方式であり,内部ばっ気型生物膜濾過法を採用したものではない。
(3) 本件発明と被告製品とでは,従来の生物濾過装置の浄化能力の改善方法の方向が異なっていて,技術思想において異なるものである。
すなわち,従来技術の生物濾過装置の濾過部が有する溶解性有機物質を除去する能力を向上させるように,濾過部を常時ばっ気することによってより一層好気処理層化したものが内部ばっ気型生物膜濾過装置であって,本件発明の「生物膜濾過槽」は,これに該当する。
これに対して,被告製品の生物濾過槽は,従来の生物濾過装置の接触酸化部を流動床とすることによりばっ気部の浄化能力を向上させ,濾過部を濾過機能に専用化することによって,全体としての浄化能力を向上させるように改善したものであり,本件発明とは,方式を著しく異にするものである。
(4) なお,原告は,ばっ気部の存在は,特許法上付加に該当する旨主張するが,被告製品の静止部は本件発明における「生物膜濾過槽」とは異なり,しかも,流動床を取り除いた被告製品の生物濾過槽は,十分な浄化能力を発揮することができないから,原告の上記主張は理由がない。
3 争点(2)イ(被告製品が構成要件Dの「処理水が放出される」を充足するか)について 〔原告の主張〕 被告製品においても,生物濾過槽において処理された汚水を隣接する処理水槽へ送水しているのであるから,構成要件Dの「処理水が放出される」を充足する。
(1) 構成要件Dの「処理水が放出される」とは,生物膜濾過槽中の処理水が処理水槽へ移されればよいのであって,移動の態様などは技術的範囲に関係ない。
(2) 被告らの主張によれば,本件発明をその実施例に限定し,「放出」とは,本件明細書第2図のエルボ管55から処理水槽へ送り出される態様のみをいうことになるが,発明の範囲実施例に限定されるものではないし,「放出」がほとばしり出ることを意味するものでもない。
(3) 被告らは,処理水槽と生物膜濾過槽とのしきり壁には複数の開口部があってはならず,被告製品では,生物濾過槽と処理水槽とは下部が連通しているから,本件発明と異なると主張する。
しかしながら,被告製品の2つの移流口は,生物濾過槽の処理水の流出にも処理水槽からの処理水の逆流にも,ともに通路として働いているのであり,開口部が2つあることによりそれが本件発明と異なるということはできない。
〔被告らの主張〕 被告製品は,処理水を生物濾過槽から処理水槽に「放出」していないから,構成要件Dを充足しない。
すなわち,本件発明は,逆洗ポンプによって送水して逆洗するため,処理水槽と生物膜濾過槽とのしきり壁には複数の開口部があってはならず,逆洗水の通路を通して処理水を処理水槽に放出することが必要である。これに対し,被告製品では逆洗の方法が異なるので,生物濾過槽と処理水槽とは下部が連通しているだけであり,処理水を放出していない。
4 争点(2)ウ(被告製品が構成要件Eの「逆流させる逆洗ポンプ」を充足するか)について 〔原告の主張〕 被告製品の洗浄用エアリフトポンプは,本件発明における「処理水槽内の処理水を生物膜濾過槽に戻して生物膜濾過層内を逆流させる逆洗ポンプ」として作動しているのであり,構成要件Eを充足する。
(1) 被告製品では,洗浄用エアリフトポンプを作動させると,生物濾過槽のばっ気部と静止部の中間から汚水を吸出して排出する。その結果,生物濾過槽と処理水槽の水位が等しくなるように処理水槽から処理水が流れ込む。そして,流れ込んだ水は,さらに生物濾過槽の水位を押し上げていく。これは,水の動きが通常の場合と逆方向であるから「逆流」である。被告製品では,こうして流れ込んだ処理水を利用して生物濾過槽の洗浄を行っており,これは,本件発明にいう「逆洗」である。
(2) 本件発明の「逆洗」は,処理水槽内の処理水を生物膜濾過槽内に逆流させることによって,浮遊物を槽外に運び出す媒体としての洗浄水の流れを形成していることがその本質である。また,本件発明の特許請求の範囲には,水流によってのみ浮遊物を剥離させるとの限定は付されておらず,本件明細書には,エアーの噴出を行いながら逆流する処理水で生物膜濾過層を逆洗する構成が開示されているから,構成要件Eの「逆洗」とは,処理水の逆流と空気洗浄とを兼ね備えたものを包含しているのである。そして,被告製品では,逆洗管から噴出するエアーと洗浄用エアリフトポンプによって逆流させる処理水の作用の双方を利用して,過剰に付着した生物膜の剥離を行っているのであり,この操作は,明らかに本件明細書に記載された「逆洗」に当たる。
(3) 本件発明における「逆洗」とは,生物膜濾過槽に蓄積した汚泥及び浮遊物を担体から剥離して生物膜濾過作用を再生すると同時に,剥離された汚泥等を嫌気性濾床を有する原水槽へ返送する操作を意味し,処理水が原水槽→生物膜濾過槽→処理水槽という汚水処理時の流れとは逆の流れ,すなわち,処理水槽→生物膜濾過槽→原水槽という流れをし,上記の操作を行うところに,本件発明において「逆洗」を行う技術的意味がある。
被告製品における洗浄用エアリフトポンプによる逆洗時の処理水の流れは,まさに,本件発明の意図した流れを形成し,本件発明の意図した作用効果を達成している。処理水の逆流を生ずる力が,本件明細書の実施例では処理水槽から生物膜濾過槽へ至る中間の逆洗ポンプで与えられ,被告製品では生物膜濾過槽から原水槽へ至る中間の洗浄用エアリフトポンプで与えられているが,もたらす効果は,上述のように同様である。本件発明において,「逆洗」をもたらす手段の種類,位置は何ら限定されていない。
(4) 被告製品の生物濾過槽中の静止部において,処理水がその中を逆流し,汚泥等を原水槽に運搬する「逆洗」が行われていることは明らかであり,被告製品が本件発明の構成要件を全部充足することは,静止部のみを考慮するだけで十分認められる。
しかし,ばっ気部を含む生物濾過槽全体についても,その中で好気性微生物による分解反応が行われ,分解反応によって生成した汚泥及び浮遊物が静止部で捕捉された上,処理水が生物濾過槽を通過する逆洗によって嫌気性濾床槽に送られるのであって,本件発明における「逆洗」の技術思想は,全部に使用されているのである。
〔被告らの主張〕 被告製品の洗浄用エアリフトポンプは,本件発明における「逆洗ポンプ」とは異なり,構成要件Eを充足しない。
(1) 本件発明の「逆洗」は,処理水槽の処理水を逆洗ポンプによって逆流させ,これによって生物膜濾過槽内の濾材から増殖微生物等を剥離し,洗い流すものである。
これに対し,被告製品の逆洗方法は空気逆洗である。被告製品の洗浄用エアリフトポンプは,生物濾過槽のばっ気部と静止部の中間から汚水を吸出して排出するようになっている。その際,ばっ気部には処理水槽内の水は戻らず,また,処理水を逆流させるためのポンプも存在しない。すなわち,被告製品では,「逆洗」はしているが「逆流」は行っておらず,構成要件Eを充足しない。
(2) 被告製品においては,洗浄用エアリフトポンプによる水流には,生物濾過槽の静止部に充填されている担体を洗浄する効果はない。その担体を揺さぶり,舞い上がらせ,こすり合わせて洗浄するのは,逆洗管から噴出するエアーである。そして,その結果剥離し浮遊する汚泥を,洗浄用エアリフトポンプが汚水とともに,原水槽である嫌気濾床槽第1室に送っているのであり,洗浄用エアリフトポンプは,「逆洗」を行っていない。
したがって,被告製品の洗浄用エアリフトポンプは,生物膜濾過層の担体から生物膜等を剥離するために処理水の「逆流」を起こさせる本件発明の「逆洗ポンプ」とは,明らかに異なる。
(3) 逆洗には,水洗浄方式と空気・水洗浄方式とがあり,この2つは異なる方式である。本件発明は,水洗浄方式を示しているものであり,この水洗浄方式に空気を併用しても良いことが示されるのみである。これに対して,被告製品は,空気・水洗浄方式によるものである。すなわち,空気泡で濾層を振動させ,その結果濾材粒子からふるい落とされた懸濁物を水流で押し出す方法を利用するものである。
したがって,被告製品の逆洗は,本件発明における「逆洗」と異なる。
5 争点(2)エ(被告製品が構成要件Fの「逆洗排水パイプ」を充足するか)について 〔原告の主張〕 被告製品は,「生物膜濾過槽と原水槽とを接続して生物膜濾過層内を逆流した処理水により増加する生物膜濾過槽内の汚水を原水槽に排水する逆洗排水パイプ」を備えており,構成要件Fを充足する。
(1) 被告製品の洗浄用エアリフトポンプで引き抜かれた水は,本件発明の原水槽に相当する嫌気濾床槽第1室へ移送される。よって,被告製品は,「生物膜濾過槽と原水槽とを接続して生物膜濾過層内を逆流した処理水により増加する生物膜濾過槽内の汚水を原水槽に排水する逆洗排水パイプ」を備えているのは明らかであり,構成要件Fも充足する。
(2) 被告らは,被告製品では逆洗時に生物濾過槽の水位が上昇しないから構成要件Fを充足しないと主張する。
しかしながら,逆洗時に処理水槽から入る処理水は,当然生物濾過槽内の水を増加させるものであり,被告製品で逆洗時に生物濾過槽の水位が上昇しないのは,ばっ気部と静止部の中間から水を引き抜いているからである。この増加する水を逆洗排水パイプで原水槽に戻していることは本件発明と同様である。「水位が上昇する」などということは,特許請求の範囲には記載されていない。
〔被告らの主張〕 被告製品においては,「逆洗排水パイプ」なるものが存在しないから,構成要件Fを充足しない。
すなわち,生物濾過槽のばっ気部と静止部の中間から吸い出した汚水は,エアリフトポンプの排出口から直接に嫌気濾床槽第1室に戻されるのであり,生物濾過槽の水位が上昇するということはない。また,増水を排水するパイプも存在しない。したがって,「生物膜濾過層内を逆流した処理水により増加する生物膜濾過槽内の汚水を原水槽に排水する」ための,「生物膜濾過槽と原水槽とを接続して」いる「逆洗排水パイプ」なるものが存在しない。
6 争点(3)(分割出願の適否)について 〔被告らの主張〕 本件発明は,平成2年6月15日に特願昭62-231797号(乙3)を原出願として分割出願されたものであるが,以下の2つの理由から分割出願の要件を充たしておらず,本件発明の出願日は原出願の出願日(昭和62年9月16日)に遡及しない。そうすると,本件分割出願前に原出願が出願公開されており(平成元年3月20日),そこには,要旨変更の点を除く本件発明の構成の全てが記載されていることになる。そして,本件では上記要旨変更の点だけでは新たな発明とは評価できないから,本件発明は,新規性又は進歩性を欠くことになり,無効理由が存在することが明らかである。
(1) 同一発明 本件発明は,原出願の請求項2の発明と同一発明であるから,分割出願の要件を欠く。本件発明の構成と原出願の請求項2の発明の構成を対比すると以下のようになる。
本件発明の構成要件B,C,D,E及びFは,原出願の請求項2の発明の構成要件b,c,d,e及びfの表現を変えたにすぎず,相違点は,@ 本件発明は,構成要件Aにおいて「汚水処理の対象人員が50人以下の小型処理浄化槽であって」となっており,これに伴って,構成要件Gで「小型処理浄化槽」となっていること,A 原出願の請求項2の発明では,構成要件hで,「前記原水槽から前記反応槽へ供給するパイプおよび該供給を間欠定量で行う間欠定量ポンプと」となっていることの2点である。
このうち,@については,原出願の請求項2の発明も,処理対象人員が50人以下の場合の小型処理浄化槽を対象としたものであって,本件発明において構成要件Aを加えたからといって,原出願の請求項2の発明と異なる発明となるものではない。また,Aについては,本件発明は,構成要件hを有するものも有しないものも含むから,本件発明が原出願の請求項2の発明と同一発明とすることを妨げるものではない。
(2) 要旨変更 本件発明が原出願の請求項2の発明と同一発明でないとしても,本件分割出願には,以下のとおり原出願の特許明細書(以下「原明細書」という。)に記載のない構成が加わっているため,本件分割出願を原出願に包含されていた発明の一部を新たに出願したものと認めることはできず,特許法44条1項の規定による分割出願と認めることはできない。
ア 本件発明は,「粒状の多孔質担体」が充填された生物膜濾過層を有する生物膜濾過槽を備える点を構成とするものであるが(構成要件C),原明細書又はその添付図面には,「球状の多孔質セラミックスからなる多数の担体」が充填された生物膜濾過層を有する生物濾過槽については記載されているが,セラミックス以外の多孔質担体については記載されておらず,またその示唆もない。
イ 本件明細書の請求項2の発明は,「前記多孔質担体が多孔質セラミックス担体である」という構成を有するものであるが,この多孔質セラミックス担体が「直径2〜10mmの球状体」であり,「例えば,ゼオライト,鉱滓,無煙炭,抗火石,天然物,粒状泡ガラス,CB濾材,アクチノライト等」であることは,本件発明の出願時の明細書(乙1の1)及び特許公報(甲2)に記載があっても,原明細書には記載されておらず,またその示唆もない。原明細書には,「直径5〜8mmの球状体」という記載があるのみである。
〔原告の主張〕 分割出願は,以下のとおり,適法である。 (1) 同一発明の主張に対する反論 本件発明と原出願の請求項2の発明とは,同一発明ではない。両者の最も明瞭な相違は,本件発明における嫌気性微生物による処理のことが原出願の特許請求の範囲にはないことである。具体的には,本件発明の構成要件Bは「嫌気性微生物が付着された濾床を有する原水槽」であるが,原出願の構成要件bは「原水の供給を受け貯留する原水槽」となっているにすぎない。
(2) 要旨変更の主張に対する反論 要旨変更とは,単に形式上明細書に追加があればそうなるのではなく,発明の内容が実質的に変更されるような場合である。そして,被告らが挙げる点は既に特許庁で議論され,分割を違法としないとして確定しているところである。すなわち,被告日立化成工業とともに異議申立てをした株式会社イナックスがこれを問題にし,審査官もいったんは理由有りとして出願を拒絶したが,その後拒絶査定不服審判において,審判官は,これら分割出願で追加された事柄は原出願時における技術常識であったと認められるから,それが追加されたからといって,分割要件を備えていないということはできず,本願は,適法な分割出願であると認定したのである。
被告らの指摘のうち,分割出願の特許請求の範囲の記載の「粒状」という形態の範囲については,原明細書では,多孔質担体について具体的には球状のもの以外には言及していなかった。しかし,それは実施例の説明箇所である上,実施例についても,「担体粒子」,「担体」,「多孔質セラミックスの多数担体」という表現を用いており,球状には限定していない。そもそも,球状であるべき技術的理由はないのであるから,これを特許請求の範囲で「粒状の多孔質担体」と記載したところで,発明思想が異なってくるということはない。
7 争点(4)(進歩性欠如による無効理由の存否)について 〔被告らの主張〕 仮に,本件発明の出願日が原出願の出願日である昭和62年9月16日に遡及するとしても,本件発明は,以下のとおり,当時公知となっていた技術から当業者が容易に発明することができたものであり,進歩性を欠く。
(1) 乙9ないし11からの容易想到性 ア 実開昭57-25793号(乙9。以下「第1引用例」という。),実開昭57-103194号(乙10。以下「第2引用例」という。)及び設備産業新聞社編浄化槽ハンドブック(昭和59年4月15日発行)95頁のニッコーNK-D型,D2型の説明及び図面(乙11。以下「第3引用例」という。)は,いずれも,本件発明の構成要件A,B,C,D及びGの構成を備えている。構成要件E及びFについても,第2引用例には,逆洗用散気管によって逆洗を行い,剥離汚泥を含む汚水を揚水筒により持ち上げ,上昇した汚水を汚水返送口から原水槽へ戻す構造が開示されている。第3引用例には,逆洗管によって逆洗を行い,剥離汚泥を含む逆洗水をエアリフトポンプで持ち上げ,汚泥返送管によって原水槽の流入口に返送する構造が開示されており,その構造は,本件発明と一致する。
仮に,本件発明が,処理水槽の処理水を生物膜濾過槽へ逆流させて逆洗を行い,水位が上昇した逆洗済みの汚水を原水槽に排出するようになっている点において第3引用例と異なるとしても,処理水槽の汚水をポンプで逆流させ逆洗水として使用することは,特開昭61-38696号(乙7),特開昭56-141895号(乙8)及び実開昭56-98393号(乙12)にも開示されており,浄化槽において一般的な手段であり,さらに,逆洗にあたって水位が上昇した生物膜濾過槽内の逆洗済みの汚水を原水槽へ戻すことは,第2引用例に示されているとおりであり,一般に逆洗済みの汚水を溢流させることは,実開昭56-98393号(乙12)にも記載されている。
したがって,第3引用例から本件発明をすることは,当業者にとって容易である。
イ なお,この点について,原告は,接触ばっ気法と生物膜濾過法とが異なるとして,公知技術との相違点を主張するが,それらは単なる呼称の差にすぎず,充填材の素材も適宜に選ぶことができるから,充填材の違いが接触ばっ気法と生物膜濾過法との違いに結びつくものではない。したがって,生物膜濾過法であるから進歩性があるという原告の主張は,理由がない。
また,原告は,物理的濾過作用を有する生物濾過法においては,浮遊物質捕捉作用はほぼ完全であって,沈殿汚泥を生じることがなく,だからこそ後段の沈殿室も沈殿汚泥の処理も不要になると主張し,接触ばっ気法との相違点を強調するが,かかる主張は事実に反する。実際には,処理水槽内に沈殿汚泥が溜まるのであり,処理水槽は沈殿槽を兼ねているのである。処理水槽というか沈殿槽というかは,その水槽の機能のどの点を取り上げるかの言葉の問題である。
ウ 原告は,本件発明の1つの特徴は,原水槽に嫌気性微生物が付着されている濾床を設けることにある旨主張するが,原水槽に嫌気性微生物が付着された濾床を設けることは,乙14及び15に開示されている。
(2) 乙20からの容易想到性 ア 特開昭62-204896号(乙20。以下「第4引用例」という。)に開示されている構成は,本件発明のいう生物膜濾過槽の逆洗を,処理水の逆流によって行うのではなく空気により行うという点以外は,本件発明と同じであり,その構成による目的効果も同じである。そして,処理水槽の処理水を逆流させて生物膜濾過槽を逆洗することは,特開昭61-38696号(乙7)により公知であり,逆流させるためにポンプを用いることも,特開昭56-141895号(乙8)により公知であり,これら大型浄化装置に関する発明を家庭用小型装置に適用することは,当業者にとって容易である。
イ また,小型浄化槽において,濾過槽の濾材を処理水を逆流することによって逆洗し,かつ逆洗水量の液面上昇により汚泥を排出することは,特開昭55-165187号(乙22),実開昭60-1495号(乙23)及び実開昭60-176297号(乙24)のとおり,公知となっていた。よって,第4引用例の浄化槽において,処理水で逆洗する構成とすることは,当業者にとって容易である。
ウ したがって,第4引用例から本件発明をすることは,当業者にとって容易である。
〔原告の主張〕 本件発明には,進歩性が認められる。
(1) 第1引用例ないし第3引用例からの容易想到性について ア 第1引用例ないし第3引用例の各浄化槽と本件発明との最大の違いは,各引用例が全て接触ばっ気法を用いているのに対し,本件発明では生物膜濾過法を用いている点にある。
接触ばっ気法は,本件明細書の「従来の技術」に記載されている処理法であって,波板状,ハニカム状あるいは網様長円筒状の接触材に好気性微生物を付着させて槽内に濾床を形成し,この濾床を汚水が通過する際に汚水の好気性微生物処理を行う。これに対し,本件発明が用いている生物膜濾過法は,好気性微生物を付着した粒状担体を充填した生物膜濾過層中に汚水を通過させることによって汚水の好気性微生物処理を行うと同時に,充填担体による物理的濾過作用によって増殖微生物及び汚水中の浮遊物質を捕捉するという,2つの作用を同時に行わせるものである。特に,後段の増殖微生物及び浮遊物質の物理的濾過作用効果は接触ばっ気法にはなく,この点において大きく異なる。
このように,生物膜濾過法では,粒状担体そのものによる物理的濾過作用があり,それゆえに高度な浄化作用を持ち後段の沈殿槽を不要にし,接触ばっ気法では達成し難い放流水質を達成するのであるが,反面目詰まりを起こしやすいという欠点を有している。この欠点ゆえに,家庭用小型浄化槽において生物膜濾過法の利用を実用化することが困難だったのであり,それを克服したのが本件発明である。
イ また,第1ないし第3引用例には,本件発明のような嫌気性微生物を付着させた濾床による処理についての記載がない。
本件発明は,嫌気性濾床槽と生物膜濾過槽を組み合わせることにより,高い浄化能力を達成したことに加え,生物膜濾過槽の逆洗水を別の沈殿槽を使用するのではなく,嫌気性濾床槽に返送し,さらなる分解処理及び脱窒処理を行うとの新たな構造及び汚水処理プロセスの組み合わせに,発明の新規性,進歩性が存在する。
被告らが引用する乙14及び15は,嫌気性濾床槽と接触ばっ気槽を組み合わせた浄化槽の一例であって,生物膜濾過槽についての記載がなく,生物膜濾過槽の逆洗や逆洗水の返送について何も示唆していない。
ウ さらに,第1引用例には,本件発明のような逆洗のことは記載されていない。
第2引用例に記載のある逆洗とは,散気管から送り込まれる空気によるものであって,処理水槽からの処理水の逆流によるものではない。
第3引用例に記載のある逆洗とは,処理水槽からの処理水の逆流によるものではない。さらに,仮に汚泥返送管を本件発明の「逆洗排水パイプ」に相当すると見ても,運ばれるものは汚泥にすぎない。
エ 乙12においても,嫌気性微生物を付着させた濾床による嫌気性微生物分解を積極的に利用した処理槽は存在しない。しかも,この文献における洗浄工程は,本件発明の逆洗とは全く相違している。
(2) 第4引用例からの容易想到性について ア 第4引用例で用いられている好気性微生物処理法は,接触ばっ気法である。そのことは,好気性微生物処理槽の後段に沈殿槽があることから明らかである。そして,本件発明とは基本的な構成が大きく異なるものであり,好気性処理槽において濾過機能を有する生物膜濾過層を小型処理浄化槽に用いて,処理水槽-好気性処理槽-嫌気性濾床槽の間で処理水を逆流させて好気性処理槽の逆洗を行うという構成は,どこにも示唆されていない。
イ 乙22には,第三次処理室の濾材に付着した汚泥の除去について記載があるが濾材を洗浄した洗浄排水がどこに運び出されるかは,全く記載されておらず,逆洗排水を嫌気性濾床槽へ戻して更なる分解処理及び脱窒処理をするという本件発明の構成は,全く開示も示唆もされていない。
乙23には,小型浄化槽において濾過槽の濾材を処理水を逆流させることによって逆洗し,かつ逆洗水量の液面上昇により汚泥を排出するという構成を見出すことはできない。濾過部を洗浄した洗浄排水がどこに運び出されるかは全く記載されておらず,逆洗排水を嫌気性濾床槽へ戻して更なる分解処理及び脱窒処理をするという本件発明の構成は,全く開示も示唆もされていない。
乙24の発明は,接触ばっ気処理を行った処理水につき下部の濾材層で3次処理としての濾過を行う汚水処理装置であって,逆洗機構として記載されているのは,処理水をポンプで逆流させて濾材層を逆洗させるというものであり,濾材層を複数区分に分け,個別に逆洗をすることによって,逆洗排水を槽の外へ排出しないことが特徴とされている。このように,逆洗排水は槽の外へ排出しないことが特徴なのであるから,ここには逆洗排水を嫌気性濾床槽へ戻して更なる分解処理及び脱窒処理をするという本件発明の構成は,全く開示も示唆もされていない。
したがって,これらの各証拠を第4引用例と組み合わせることで本件発明を想到することが当業者にとって容易であるとは到底いえない。
8 争点(5)(損害の発生及び額)について 〔原告の主張〕 (1) 本件特許の権利関係及び実施関係 本件特許は,麒麟麦酒及び四電工の2社共同で出願され,平成12年2月10日,上記2社を共同権利者として特許登録がなされた。その後,平成13年7月16日,本件特許権が上記2社から原告に譲渡され,登録された。
他方,本件特許の実施状況については,当初は,特許権者であった麒麟麦酒と四電工が各自実施していたが,麒麟麦酒は,間もなくこの営業を中止し(麒麟麦酒は,公告後は本件特許の実施を行っていないので,逸失利益の請求には関係がない。),その後キリンマシナリー株式会社(以下「キリンマシナリー」という。)が,さらに平成12年4月1日以降は原告が麒麟麦酒の下の独占的実施権者として本件特許を実施した。四電工は,平成13年3月末まで小型浄化槽事業を継続し,本件特許を実施した。
(2) 逸失利益の請求権 ア 共同出願人として公告された出願に基づく権利者であり,その後共有特許権者となった四電工は,被告らの行為により製品の販売を失い,その結果喪失した利益を損害賠償として請求することができる。
さらに,キリンマシナリー及び原告は,それぞれの時期において,麒麟麦酒の下の独占的実施権者であったから,その逸失利益を請求することができる。
そして,四電工とキリンマシナリーは,原告に対し,それぞれの逸失利益請求権を譲渡した。
逸失利益の額 逸失利益の請求は,元来被告日立化成工業が販売を始めた時点からなし得るものであるが,不法行為の消滅時効の関係で本件請求まで3年分に限定する。
被告日立化成工業による平成11年9月ないし平成13年9月末までの被告製品の販売台数は,少なくとも2000台と推定される。被告製品の販売価格は1台40万円であり,利益は1台当たり16万円であると認められるので,特許法102条2項により,被告らの合計の利益額は,3億2000万円と推定される。
被告日立ハウステックによる平成13年10月ないし平成14年8月末までの被告製品の販売台数は,少なくとも1000台と推定される。したがって,それによる利益は,前同様にして1億6000万円と推定される。
よって,原告は,特許法102条2項により,被告日立化成工業に対し3億2000万円,被告日立ハウステックに対し1億6000万円を請求する。
(3) 実施料請求権 実施料請求権については,被告日立化成工業による販売の当初から不当利得として請求し得るものである。終期は,特許権者(公告された出願に基づく権利者を含む。)と事業をしている者とが一致するに至った時,すなわち原告に特許権が移転された平成13年7月16日までとする。
被告日立化成工業が平成7年から平成13年7月16日までの間に販売した被告製品は,4000台である。その販売価格は,前述のとおり1台40万円であるから,合計16億円である。実施料率は,販売価格の10%が妥当である。よって,実施料は,1億6000万円となる。
原告は,上記実施料請求権を麒麟麦酒及び四電工から譲り受けた。
よって,原告は,被告日立化成工業に対し1億6000万円を請求する。
〔被告らの主張〕 〔原告の主張〕は不知ないし争う。
争点に対する当裁判所の判断
1 争点(1)(被告製品の具体的構成)について 被告製品の具体的構成が,別紙物件目録(4)AないしC,(5),(7)及び(8)以外の記載及び図面において同目録記載のとおりであることは当事者間に争いがなく,前記争いのない事実に,証拠(甲4,5の1及び2,6,7,10の1ないし8,13,14,16,17,乙29)を総合すれば,被告製品は,別紙物件目録添付の第1図ないし第3図に示される小型処理浄化槽であり,以下のとおり,嫌気濾床槽第1室,流量調整装置,嫌気濾床槽第2室,生物濾過槽,処理水槽,消毒槽,洗浄用エアリフトポンプ,洗浄排水移送管及び循環水量調整装置から構成されるものであると認められる。
(1) 嫌気濾床槽第1室 嫌気濾床槽第1室には,汚水が流入する流入管があり,また粗大な固形物や浮遊物を選別して除くための濾床が設置されている。濾床にはまた嫌気性微生物を付着させており,汚水の分解,浄化を行う。
(2) 流量調整装置 嫌気濾床槽第1室の処理済汚水を嫌気濾床槽第2室へほぼ一定量で移送するため,嫌気濾床槽第1室の流出部に流量調整装置が設けられている。
嫌気濾床槽第1室内に2段式エアリフトポンプがあり,処理された汚水を第1のエアリフトポンプによって揚水し,これを第2のエアリフトポンプによって流量調整装置に揚水させる構成になっている。
(3) 嫌気濾床槽第2室 嫌気濾床槽第1室において処理され,流量調整装置により一定量移送されてくる汚水を,更に嫌気性微生物により分解・浄化するため,嫌気濾床槽第2室が設けられ,嫌気性微生物を付着させた濾床が設置されている。
(4) 生物濾過槽 @ 嫌気濾床槽第1,2室で嫌気性処理された汚水を好気性微生物によって更に処理する生物濾過槽が設けられ,嫌気濾床槽第2室で処理された汚水は,生物濾過槽との隔壁部に設けられた仕切り部を通って上昇し,隔壁上部にあいている移流口から生物濾過槽に流入する。
A 生物濾過槽は,上下2枚の塞ぎ板により上下部及び中間部に仕切られ,上部にばっ気部が,下部に静止部がそれぞれ形成され,かつ,それぞれに一辺約10mmの立方体で有機物の分解及びアンモニアの硝化を行う微生物の付着したスポンジ構造のポリエチレン担体が,充填率90%の割合で充填されている。
B ばっ気部下部には,空気の噴出するばっ気用散気管が設けられており,逆洗管からの噴気がなされている時を含み,常時空気を噴出している。また,静止部下部には,空気の噴出する逆洗管が設けられており,逆洗管からの噴気は,一定時間の間隔をおいて設定される逆洗設定時になされる。
C 静止部下部には,生物濾過槽で処理された汚水を処理水槽へ流出する移流口が設けられている。
(5) 処理水槽 生物濾過槽の次に処理水槽が設けられ,(4)Cの移流口から生物濾過槽の処理水が流入して貯留する。
(6) 消毒槽 処理水槽中の処理水に塩素系薬剤を添加して,処理汚水を放流して差し支えないようにするため,消毒槽が設けられている。処理済汚水は消毒の後,流出管から槽外に放流される。
(7) 洗浄用エアリフトポンプ 生物濾過槽のばっ気部と静止部の間には,洗浄用エアリフトポンプにつながる吸い込み口が設置されており,逆洗時,生物濾過槽の中から槽内水を引き抜く。これにより,生物濾過槽を槽底部で連通している処理水槽内の処理水が静止部中を逆流して,洗浄用エアリフトポンプで引き抜かれていく。
(8) 洗浄排水移送管 洗浄用エアリフトポンプで引き抜かれた洗浄排水を嫌気濾床槽第1室の汚水流入部に移送させる洗浄排水移送管が,洗浄用エアリフトポンプの排出口に接続して設けられている。
(9) 循環水量調整装置 処理水槽には,処理水を処理水槽底部から引き抜き循環水移送管を経由して嫌気濾床槽第1室へ常時移送(循環)するための循環用エアリフトポンプが設けられている。ポンプ上部には循環水量を調節する循環水量調整装置が設けられている。
2 争点(2)ア(被告製品が構成要件CないしFの「生物膜濾過槽」を充足するか)について (1) 本件明細書の記載 本件発明の特許請求の範囲は,「生物膜濾過槽」について,「好気性微生物が付着された粒状の多孔質担体が充填された生物膜濾過層を有し,前記原水槽からこの原水槽を通過して嫌気性生物処理された汚水が供給される生物膜濾過槽と,前記生物膜濾過槽からこの生物膜濾過槽を通過して好気性生物処理された処理水が放出される処理水槽と,前記処理水槽内の処理水を前記生物膜濾過槽に戻して前記生物膜濾過層内を逆流させる逆洗ポンプと,前記生物膜濾過槽と前記原水槽とを接続して前記生物膜濾過層内を逆流した処理水によ(り)増加する生物膜濾過槽内の汚水を原水槽に排水する逆洗排水パイプと」と記載されている。
また,本件明細書中【発明の詳細な説明】欄には,上記「生物膜濾過槽」に関連して,以下のとおりの記載がある(甲2)。
ア 〔従来の技術〕欄 従来,処理対象人員50人以下の小型の浄化槽としては,接触ばっ気方式のものがほとんどである。(中略)接触ばっ気方式の浄化槽は,汚水流入側から,嫌気濾床槽100,接触ばっ気槽110,沈殿槽120および消毒槽130を備えている。
この方式の浄化槽において,汚水は,まず嫌気濾床槽100へ流入させられ,流入汚水中の浮遊物等の大部分はここに分離貯留される。この一方で,浮遊物が分離された処理水は次の接触ばっ気槽110に移流される。
接触ばっ気槽110には,波板状,ハニカム状,網様長円筒状等の接触材が充填されている。この槽110で処理水をばっ気することによって,処理水は接触材の表面に付着する微生物の作用で処理され,ついで沈殿槽120に移流されてここで上澄水と沈殿汚泥とに分離される。
上澄水はさらに消毒後放流され,沈殿槽120での沈殿汚泥は接触ばっ気槽110または嫌気濾床槽100に移送される。(2欄9行目ないし3欄11行目) イ 〔発明が解決しようとする課題〕欄 しかしながら,かかる従来の接触ばっ気方式では,後段に相当容量の沈殿槽120が必要であり,装置自体がコンパクトにならないというシステム自体の問題が生じていた。また,従来の波板等の接触材を備える接触ばっ気槽の処理性能を向上させることによる装置の小型化も要望されていた。
本発明は,上記事情に鑑みて創案されたものでその目的は,BOD除去率等の処理性能にすぐれ,しかもコンパクトな小型処理浄化槽を提供することにある。(3欄13行目ないし21行目) ウ 〔作用〕欄 上記小型処理浄化槽によれば,原水槽の濾床に付着された嫌気性微生物によって,家庭用雑排水等の汚水に含まれる有機物の分解,吸着が行われ,さらにこのような嫌気性生物処理を行った汚水について,生物の生物膜濾過層に充填された粒状の多孔質担体による物理的濾過およびこの粒状多孔質担体に付着された好気性微生物による好気性生物処理が行われ,有機物およびSS(無機浮遊物質)の除去が行われる。そして,逆洗ポンプによって処理水槽内の処理水が生物膜濾過層内に逆流され,生物膜濾過層内に付着捕捉されている有機物や増殖微生物等が多孔質担体から離脱されて,生物膜濾過層の洗浄が行われる。さらに,この逆洗ポンプにより生物膜濾過層内を逆流してその洗浄に使用された逆洗排水は,逆洗排水パイプによって原水槽に戻される。(3欄38行目ないし4欄1行目) エ 〔実施例〕欄 (ア) 生物膜濾過槽Sは,生物膜濾過層45を備えており,この濾過層45の中には,多数の粒状多孔質担体が充填されており,微生物を高濃度に付着増殖させるのに最適な構造をしている。この生物膜濾過槽Sでは好気性生物処理及び物理的濾過が同時に行われ,主に,有機物及びSSが除去されるようになっている。
すなわち,生物膜濾過層45内に充填された担体に付着する微生物により生物処理が行われるとともに,充填担体粒子間に形成された隙間と広い生物膜表面への吸着とによる物理的濾過が行われる。(4欄40行目ないし49行目) (イ) また,底部近くには第2図に示す曝気用ブロワー35に接続された曝気・逆洗用パイプ37が枠組されて設けられ,この枠組された部分には多くの孔が設けられている。そして,曝気・逆洗用パイプ37の枠組部の上方又は下方位置およびパイプ25の開口27の近傍の上方両方にロストル39,41が設けられ,この間に好気性微生物を付着させた粒状の多孔質セラミックスからなる多数の担体43を充填して生物膜濾過層45を形成している。この担体43は5〜50μの細孔を設けた直径2〜10mmの球状体で,多孔質であるため,比表面積,細孔容積が大きく微生物の付着増殖に最適構造をもっており,微生物を高濃度に保持できる。
また,比重も1に近く,少々の流れによっても位置を変え撹拌がなされる。すなわち,逆洗動力が極めて少なくてもよい。このような多孔質セラミックス担体43の具体的材料としては,例えば,ゼオライト,鉱滓,無煙炭,抗火石,天然鉱物,粒状泡ガラス,CB濾材,アクチノライト等が挙げられる。(5欄5行目ないし22行目) (ウ) パイプ25で送られた水は開口27から生物膜濾過槽Sに入り,生物膜濾過層45を下向流で通過させる。この生物膜濾過層45内には球状多孔質セラミックスからなる多数の担体43が充填されており,この中を曲折しながら下降する。ところで,このとき,曝気用ブロワー35が作用し,底部に枠組された曝気・逆洗用パイプ37から空気の気泡が吹き出され,上昇する。この気泡は,担体43に衝突しながら曲線的に上昇するので,急激に粗大化せず滞留時間も長くなり,高い酸素利用率が得られるため,高負荷運転が可能である。
このように生物膜濾過層45で原水と空気とを向流接触させることにより,接触曝気をし,汚水への高い酸素溶解を図り,生物酸化機能を高めて有機物の分解や微生物の増殖をするとともに,担体粒子間と広い生物膜表面への吸着とによる濾過作用により,より効果的に浄化し処理水とする。したがって,生物膜濾過層45で有機物は吸着捕捉される。そして後述するように一定時間経過毎に逆洗されるので,底部に沈殿することはほとんどない。(6欄11行目ないし28行目) オ 実験例1 平均BOD濃度240mg/Lの原水を第1図に示される本浄化槽で処理し,各処理槽でのBOD濃度の変化を測定した。その結果,原水槽Rによる嫌気処理後の平均BOD濃度は144.7mg/L,生物膜濾過槽による好気処理後の平均BOD濃度は12.0mg/Lとなった。これにより,生物膜濾過槽でのBOD除去率は,91.7%と極めて高い除去率を達成でき,しかも最終BOD濃度を20.0mg/L以下に低減できることが確認された。
この実験において,SS濃度を同時に測定したところ,流入する原水SS濃度は240mg/L,原水槽Rによる嫌気処理後の平均SS濃度は39.6mg/L,生物膜濾過槽による好気処理後の平均SS濃度は11.0mg/Lであり,SSも十分に除去されることが確認された。(7欄22行目ないし34行目) カ 〔発明の効果〕欄 上記の実験結果より本発明の効果は明らかである。
すなわち,本発明の小型処理浄化槽には,多数の多孔質担体が充填された生物膜濾過層を有する生物膜濾過槽が備えられており,このものは極めて高いBOD除去性能及びKLa値を有し,逆にBOD-MLSS負荷は少ない。
従って,浄化槽の高性能化に伴う大幅な装置のコンパクト化が図られる。そして本発明によれば,生物膜濾過層を逆流した処理水が嫌気性処理槽である原水槽に排水されることにより,生物膜濾過槽を介して処理水槽から原水槽に戻された処理水が,再度,嫌気性微生物が付着した原水槽の濾床を通過することによって嫌気性処理されることになるので,これによって,生物膜濾過槽におけるBOD容積負荷の増加が図られるとともに,その処理水に残存している亜硝酸イオンや硝酸イオンが還元されることによって,高い脱窒素処理能力を得ることが出来る。そして,このような処理能力の向上によって,その分,浄化槽の小型化を図ることが出来る。(8欄30行目ないし46行目) (2) 本件発明の「生物膜濾過槽」の技術的意義 「生物膜濾過槽」についての前記特許請求の範囲の記載によれば,本件発明の「生物膜濾過槽」は,@ 好気性微生物が付着された粒状の多孔質担体が充填された生物膜濾過層を有するものであること,A 嫌気性生物処理された汚水を好気性生物処理するものであること及びB 処理水が戻されて生物膜濾過層内を逆流するものであることが必要である。
このことに,前記(1)に認定した発明の詳細な説明の各記載を考慮すると,本件発明の「生物膜濾過槽」は,従来の波板状等の接触材を備える接触ばっ気槽に替わるものであり,好気性微生物が付着した粒状の多孔質担体が充填された生物膜濾過層を有する槽である(上記@)。そして,「生物膜濾過槽」は,原水槽により嫌気性生物処理された汚水に対して,上記多孔質担体による物理的濾過及びこの粒状多孔質担体に付着された好気性微生物による好気性生物処理を行うことにより,有機物及び無機浮遊物質の除去を行うとともに(上記A),処理水の逆流により,生物膜濾過層内に付着捕捉されている有機物や増殖微生物等が多孔質担体から離脱されて,生物膜濾過層の洗浄が行われる(上記B)。結果として,BOD(生物化学的酸素要求量)除去率等の処理性能にすぐれ,従来接触ばっ気槽の下流側に必要とされていた沈殿槽を除くことができ,コンパクトな処理槽を提供することができるという作用を有するものである。
(3) 被告製品の生物濾過槽 被告製品の生物濾過槽の構成は,前記1(4)認定のとおりであり,前記認定事実及び証拠(甲4,5の1及び2,6,7,10の1ないし8,13,16,17,27,乙26ないし29)によれば,被告製品の生物濾過槽の作用等について,以下のとおり認められる。
ア 生物濾過槽は,上下2枚の塞ぎ板により上下部及び中間部に仕切られ,上部にばっ気部が,下部に静止部がそれぞれ形成され,かつ,それぞれに一辺約10mmの立方体で有機物の分解及びアンモニアの硝化を行う微生物の付着したスポンジ構造のポリエチレン担体が,充填率90%の割合で充填されている。
イ 被告製品におけるばっ気部の担体は,ばっ気散気管から常時噴出する空気により浮動しており,好気性微生物による好気性生物処理を行うことによって有機物の分解を行う。ばっ気部における有機物の分解除去作用は,極めて大きい。
なお,被告製品におけるばっ気部の担体には,浮遊物質の捕捉除去機能すなわち物理的濾過作用があるものの,同担体は,ばっ気用散気管からの空気により浮動しているため,その濾過作用はごくわずかである。現に,ばっ気部の流入水と流出水とを比較すると浮遊物質がむしろ増加しているという調査結果がある(乙28)。
ウ 被告製品における静止部では,洗浄時にのみ逆洗管から噴気が生じ,通常時には噴気がなされないものである。静止部の担体は,ばっ気部の担体とは異なり,通常時は静止状態を保っている。このことから,静止部の担体は,極めて大きい物理的濾過作用を有する。
なお,被告製品におけるばっ気部と静止部との有機物の分解能力について,以下の比較実験結果が存在する。
(ア) 被告製品(KBF-5型及び同6型)について,ばっ気部の硝化能力と静止部の硝化能力の比が9:1である(乙27)。なお,硝化能力とは,有機物の分解能力と同様の傾向を示すものである。
(イ) 被告製品(KBF-7型及び同6型)について,ばっ気部のBOD除去量と静止部のBOD除去量の比が9:1である(乙28)。
(ウ) 被告製品(KBF型)について,ばっ気部のTOC除去量と静止部のTOC除去量の比が,11:7である(乙29)。なお,TOCとは,総有機炭素といい,有機汚濁物濃度を示す数値であり,BOD値と直線的関係が認められる(甲27)。
このように,被告製品の静止部の担体にも好気性微生物が生息し,わずかではあるが,ばっ気部で分解しきれなかった有機物を分解する好気性生物処理機能を有する。
なお,被告製品には,生物濾過槽の下流側に沈殿槽と称される槽は存在せず,処理水槽が存在するのみであるが,そこには,若干量(約1cm程度)の浮遊物質が堆積することがあり(乙26),このことから,静止部での浮遊物質の物理的濾過能力は完全ではなく,若干量の浮遊物質が処理水とともに処理水槽へ流出しているといえる。
エ 被告製品において,静止部の下部には処理水槽へと連結する移流口があり,ばっ気部と静止部との間には洗浄用エアリフトポンプにつながる吸い込み口が設置されていて,逆洗時,ばっ気部と静止部との間から処理水を引き抜くことにより,ばっ気部内の処理水は上から下へ移動して水位を下げ,生物濾過槽内の水位と処理水槽内の水位が同じとなるように,いったん処理槽内へ放出された処理水が,放出とは逆の方向に,静止部の下部の移流口を通じて流れ込み,静止部内を浄化作用を行う際の流れとは逆の方向(下から上へ)へ移動する。
オ 以上のとおり,被告製品の生物濾過槽は,ばっ気部と静止部いずれについても,スポンジ構造のポリエチレン担体が充填率90パーセントの割合で充填されており,好気性微生物が付着した粒状の多孔質担体が充填された層を有し,嫌気濾床槽第1室により嫌気性生物処理された汚水に対して,ばっ気部では主に好気性生物処理を行って有機物を分解するのに対し,静止部では主に物理的濾過を行っているものである。被告製品の洗浄用エアリフトポンプを作動させた結果処理水槽から逆流する処理水は,生物濾過槽のうち静止部内のみを逆流するものである。
(4) 構成要件充足性 ア 前記(1)アのとおり,従来技術は,汚水は嫌気濾床槽に流入し,流入汚水中の浮遊物等の大部分はここに分離貯留され,この一方で,浮遊物が分離された処理水は次の接触ばっ気槽に移流され,接触ばっ気槽で処理水をばっ気することによって,処理水は接触材の表面に付着する微生物の作用で処理され,次いで沈殿槽に移流されてここで上澄水と沈殿汚泥とに分離され,上澄水はさらに消毒後放流され,沈殿槽での沈殿汚泥は接触ばっ気槽又は嫌気濾床槽に移送されるというものであった。すなわち,従来は,好気性微生物による好気性生物処理と沈殿による物理的濾過を別々の構成で行っていた。
被告製品も,好気性微生物による好気性生物処理をばっ気部で行い,物理的濾過を静止部で行い,2槽で別々に行っている点は,従来技術と同じである。
しかしながら,被告製品の特色は,生物濾過槽をばっ気部と静止部の2槽に分け,ばっ気部では,常時ばっ気をして担体を浮遊させることにより(流動床),好気性微生物による好気性生物処理能力の向上を図り,静止部では,逆洗時以外ばっ気はせず担体を浮遊させないことにより,優れた浮遊物質の物理的濾過能力を発揮させるという点にあり,ばっ気部と静止部を併せて初めて生物濾過槽としての機能を奏するものである。この点に関し,流動床生物濾過法は,固定床生物濾過法と異なる技術として分類されているところ,固定床と比較して流動床の生物処理能力が極めて高いことから(甲21,乙17,33),被告製品における流動床であるばっ気部の存在の積極的意義を看過することはできない。
以上のとおり,被告製品においては,ばっ気部での好気性生物処理が不可欠であり,かつ,静止部での物理的濾過作用も不可欠であって,両者相まって初めて,生物濾過槽としての機能を果たし,全体としての浄化能力の向上を図っているものということができる。
これに対し,本件発明は,1つの生物膜濾過槽で好気性微生物による好気性生物処理及び物理的濾過を行うものである。本件発明の「生物膜濾過槽」は,原水槽からの汚水に対し,好気性微生物による好気性生物処理及び物理的濾過を営み,処理水槽へ処理水を流出させ,結果として,下流側に沈殿槽を必要としないという効果を生ぜしめるものである。
イ 原告は,まず,被告製品の生物濾過槽は,ばっ気部及び静止部が両者合わさって,本件発明の「生物膜濾過槽」に該当する旨主張する。
しかしながら,前記(2)Bのとおり,本件発明の「生物膜濾過槽」は,処理水が戻されて生物膜濾過層内を逆流するものでなければならないところ,被告製品の洗浄用エアリフトポンプにより処理水槽から逆流する処理水は,静止部内のみを逆流するものであり,ばっ気部を含む生物濾過槽全体を逆流するとはいえないから,被告製品の生物濾過槽全体を本件発明の「生物膜濾過槽」に相当するということはできない。
また,同様の理由により,ばっ気部のみを取り上げて「生物膜濾過槽」に相当するということもできない。
ウ 原告は,次に,被告製品の生物濾過槽の静止部が本件発明の「生物膜濾過槽」に該当する旨主張する。
しかしながら,本件発明の「生物膜濾過槽」が好気性微生物による好気性生物処理及び物理的濾過の双方を行うことを必要とする以上,被告製品の生物濾過槽のばっ気部での好気性生物処理と静止部での物理的濾過が,両者相まって初めて,本件発明の「生物膜濾過槽」の機能を果たしているのであるから,静止部のみをもって「生物膜濾過槽」に該当するとし,ばっ気部は本件発明との関係では付加にすぎないということはできない。なお,静止部においては,物理的濾過が行われるとともに,ごくわずかに好気性生物処理が行われていることは前記のとおりであるが,静止部における好気性生物処理能力はごくわずかであるし,洗浄時にのみ逆洗管から噴気が生じ,通常時には噴気がなされないことからも,通常時に好気性生物処理を行うことが予定されていないから,静止部をもって「生物膜濾過槽」に該当するということはできない。また,静止部のみでは,極めて高いBOD除去性能を有し,高い脱窒素処理能力を得ることができるという,前記(1)カ認定の本件発明の作用効果を奏することができない。
エ 原告は,本件発明は,逆洗水を嫌気性濾床槽に返送するというアイデアにより,高性能かつ小型の家庭用浄化槽を実現したことに特徴があり,その逆洗方法を採用した被告製品において,生物膜濾過の方法として,本件明細書の実施例に変更を加えたとしても,本件発明の技術的範囲を免れることはできない旨主張する。しかしながら,上記認定のとおり,本件発明の「生物膜濾過槽」と被告製品の生物濾過槽ないし生物濾過槽の静止部とは,そのよって立つ技術的思想に相違があり,単なる実施例の変更とはいえないし,逆洗方法も,後記3認定のとおり,同一とはいえない。
また,原告は,上部をばっ気し下部で濾過を行う生物膜濾過槽は,本件特許出願当時,当業者の常識であったとして,ばっ気部を設ける方式と,本件明細書の実施例のように単一の生物膜濾過層を使用する方式は,目的とする処理能力や採用する担体の種類に応じて適宜選択される設計事項である旨主張する。しかしながら,被告製品の生物濾過槽全体が本件発明の「生物膜濾過槽」に該当するとはいえないことは前記イのとおりであり,そのうちの静止部のみを取り上げて本件発明の「生物膜濾過槽」に相当するといえないことは,前記ウのとおりである。
さらに,原告は,被告製品の開発経緯を見ると,開発当初には,ばっ気部に流動床を使うという発想が全くなく,本件発明の生物膜濾過層のように内部ばっ気生物濾過法を用いることから出発したもので,静止部は,当初の発想のまま残された生物膜濾過層であると主張する。しかしながら,仮に開発経緯が原告主張のとおりであるとしても,前記認定のとおり,被告製品においては,結果としてばっ気部が静止部に比べて高い好気性生物処理能力を有し,静止部で高い物理的濾過作用を行うことにより,両者相まって高い浄化能力を発揮していることに変わりはなく,そのうち,静止部のみを取り上げて本件発明の「生物膜濾過層」に相当するものと認めることはできない。
(5) よって,被告製品は,構成要件CないしFの「生物膜濾過槽」を充足しない。
3 争点(2)ウ(被告製品が構成要件Eの「逆流させる逆洗ポンプ」を充足するか)について (1) 本件明細書の記載 本件発明の特許請求の範囲には,「処理水槽内の処理水を前記生物膜濾過槽に戻して前記生物膜濾過層内を逆流させる逆洗ポンプと,前記生物膜濾過槽と前記原水槽とを接続して前記生物膜濾過層内を逆流した処理水により増加する生物膜濾過槽内の汚水を原水槽に排水する逆洗排水パイプ」と記載され,本件明細書中【発明の詳細な説明】欄には,以下のとおりの記載及び図がある(甲2)。
ア 〔作用〕欄 逆洗ポンプによって処理水槽内の処理水が生物膜濾過層内に逆流され,生物膜濾過層内に付着捕捉されている有機物や増殖微生物等が多孔質担体から離脱されて,生物膜濾過層の洗浄が行われる。(3欄45行目ないし49行目) イ 〔実施例〕欄 (ア) さらにこの生物膜濾過槽Sの底部でロストル39より下,すなわち生物膜濾過層45より下側に開口し,生物膜濾過層45により浄化処理された処理水を処理水槽Tへ供給するとともに,逆洗時には処理水槽Tの処理水を生物膜濾過槽Sへ逆送するパイプ47が設けられている。
仕切壁49,51で仕切られた処理水槽Tには,パイプ47の他端が底部まで延び,そこに処理水を逆送させる逆洗ポンプ53が取り付けられている。
また,パイプ47の中間位置にはエルボ管55が設けられ,生物膜濾過槽Sで処理された処理水を処理水槽Tに放出している。(5欄22行目ないし32行目) (イ) 汚水の処理の結果,生物膜濾過層45の担体43には有機物や増殖微生物が付着しており,これが担体43から外れて沈殿が始まる前に,逆洗ポンプ53を作動させると処理水槽T内に溜まっている処理水がパイプ47中を逆流して,生物膜濾過槽Sの底部から生物膜濾過層45内を吹き上がる。
この上昇流によって,生物膜濾過層45内に付着捕捉されている増殖微生物等は,曝気ブロワー35から曝気・逆洗用パイプ37を介して吹き出される気泡と相俟って除去され,逆洗排水中に浮遊する。ここに生物膜濾過層45は多孔質セラミックスの多数担体43であり,比重が1に近いことから,担体43は舞い上がり,互いに衝突し合うことになり,捕捉していた増殖微生物を離脱させることになり,洗われることとなる。(6欄39行目ないし7欄2行目) (ウ) この逆洗を所定時間経過毎に行い生物膜濾過層45を洗滌して,分解,吸着能力を復帰させ原水槽Rへ増殖微生物等を戻し,原水槽Rの掃除筒13から掃除ポンプのノズルを挿入して定期的に増殖汚泥を抜き取り,処理をする。
この逆洗が終わった後には,原水槽Rへの汚水の流入が続き,平常の浄化処理が行われる。本例のように家庭用雑排水の場合には,例えば1日に1度,午前2時頃に逆洗することで足りる。(7欄9行目ないし16行目) ウ 〔発明の効果〕欄 そして本発明によれば,生物膜濾過層を逆洗した処理水が嫌気性処理槽である原水槽に排水されることにより,生物膜濾過槽を介して処理水槽から原水槽に戻された処理水が,再度,嫌気性微生物が付着した原水槽の濾床を通過することによって嫌気性処理されることになるので,これによって,生物膜濾過槽におけるBOD容積負荷の増加が図られるとともに,その処理水に残存している亜硝酸イオンや硝酸イオンが還元されることによって,高い脱窒素処理能力を得ることが出来る。そして,このような処理能力の向上によって,その分,浄化槽の小型化を図ることが出来る。(8欄36行目ないし46行目) エ 図面 本件明細書の図面(第1図ないし第4図,第6図ないし第8図)には,処理水槽の底部に逆洗ポンプ53が設けられ,そこからパイプ47が処理水槽の上方に延び,パイプ47の他端が生物膜濾過槽内で生物膜濾過層より下側に開口している構造が図示されるとともに,生物膜濾過槽内で生物膜濾過層より下側に曝気・逆洗用パイプが設置され,そこから噴出する空気が生物膜濾過層の下から上へ抜けていく構造が図示されている。
(2) 本件発明の「逆流させる逆洗ポンプ」の技術的意義 上記(1)の各記載に鑑みると,本件発明の「生物膜濾過層内を逆流させる」とは,いったん生物膜濾過槽から処理水槽内へ放出された処理水を,それとは逆の方向に処理水槽内から生物膜濾過槽内へ流れ込ませ,さらに,生物膜濾過層内を浄化作用を行う際の流れとは逆の方向へ流すことを意味するものということができ,「逆洗ポンプ」とは,かかる逆流を生じさせ,水の流れによって,担体に付着した有機物や増殖微生物等を離脱させて剥離し,剥離されて浮遊している微生物等を洗い流し,生物膜濾過層を洗浄する機能を有するポンプのことを指すものということができる。
(3) 被告製品の洗浄用エアリフトポンプ 被告製品の洗浄用エアリフトポンプの構成は,前記1(7)認定のとおりであり,前記認定事実及び証拠(甲4,5の1及び2,6,10の1ないし8,13,17,乙13)によれば,洗浄用エアリフトポンプの作用等について,以下のとおり認められる。
ア 被告製品の生物濾過槽の静止部下部には,処理水槽へと連結する移流口があり,ばっ気部と静止部との間には洗浄用エアリフトポンプにつながる吸い込み口が設置されていて,生物濾過槽のばっ気部と静止部との間から処理水を引き抜く構造を有している。また,生物濾過槽の静止部の下部には逆洗管が設けられている。
イ 逆洗管から噴気を起こすことにより,生物濾過槽の静止部に充填された担体に付着した増殖微生物等を剥離させ,同時に,洗浄用エアリフトポンプにより処理水を引き抜くことによって,剥離した増殖微生物等を水とともに洗浄排水移送管に移送する。
洗浄用エアリフトポンプにより処理水を引き抜くと,生物濾過槽のばっ気部内の処理水は上から下へ移動して水位を下げ,生物濾過槽内の水位と処理水槽内の水位が同じになるように,いったん処理槽内へ放出された処理水が,放出とは逆の方向に,生物濾過槽の静止部下部の移流口を通じて流れ込み,静止部内を浄化作用を行う際の流れとは逆の方向(下から上へ)へ移動する。
ウ 被告製品の逆洗管からの噴気を停止して洗浄用エアリフトポンプのみを作動させて,生物濾過槽の静止部に逆流を生じさせた場合,逆洗管からの噴気を起こして行う通常の逆洗の場合と比べて,引き抜き汚泥量が14分の1,引き抜き汚水中の汚泥濃度が6分の1以下に下落するという実験結果がある(乙13)。
エ このように,被告製品においては,逆洗管からの噴気によって静止部に充填された担体を洗浄し,担体から増殖微生物等を剥離し,洗浄用エアリフトポンプにより汚水を引き抜くことによって,剥離された増殖微生物等を水とともに返送しており,生物濾過槽の静止部の洗浄は,逆洗管からの噴気と洗浄用エアリフトポンプによる処理水の引き抜きとが相まって行われている。もっとも,洗浄用エアリフトポンプのみによった場合は,その効果が極めて小さくなり,洗浄は,主として噴気によって行われている。
(4) 構成要件充足性 ア 前記(3)認定のとおり,被告製品においては,逆洗管からの噴気によって静止部に充填された担体を洗浄し,担体から増殖微生物等を剥離し,洗浄用エアリフトポンプにより汚水を引き抜くことによって,剥離された増殖微生物等を水とともに返送しており,生物濾過槽の静止部の洗浄は,洗浄用エアリフトポンプによる処理水の引き抜きと相まって行われているとはいうものの,主として逆洗管からの噴気によって行われている。
これに対し,本件発明の「逆洗」とは,前記(2)認定のとおり,処理水の逆流を生じさせ,水の流れによって,担体に付着した有機物や増殖微生物等を離脱させて剥離し,剥離されて浮遊している微生物等を洗い流し,生物膜濾過層を洗浄することをいい,被告製品の洗浄用エアリフトポンプが本件発明の「逆洗ポンプ」に当たるとはいえないと解される。
イ 原告は,本件発明の「逆洗」には,処理水の逆流と空気洗浄とを兼ね備えたものを包含している旨主張し,前記(1)イ(イ)認定のとおり,本件明細書の実施例にも,水と気泡が相まって洗浄する方法が開示されている。
しかしながら,上記実施例においても,逆流した処理水が生物膜濾過層内を吹き上がり,この上昇流によって,増殖微生物等が気泡と相まって除去される旨記載されており,本件特許請求の範囲には,水の逆流で洗浄する構成が記載されていることに照らし,上記実施例は,水の流れによる増殖微生物等の剥離・除去が主であり,空気は補助的な役割を果たしていると解される。これに対し,被告製品において担体に付着した増殖微生物等を離脱させて剥離するのは,逆洗管からの噴気であって,水は剥離された増殖微生物等を移送するために用いられているにすぎない。
そして,生物濾過槽を洗浄する方法として,水洗浄方式と空気・水洗浄方式の2つの流れがあり,水洗浄方式とは,濾層下部から圧力水を噴出させることによって濾層を流動化し,濾材粒子同士の衝突を利用して抑留懸濁物をはぎとって洗い流す方法であり,空気・水洗浄方式とは,空気泡で濾層を振動させ,その結果濾材粒子から剥離された懸濁物を水流で流し出す洗浄方式であって,抑留懸濁物を剥離するのは空気の力によっており,水の流れを利用していないから,両者は技術的に異なるものとされている(甲20)。また,原告は,本件特許の出願過程において,拒絶理由通知に対する意見書(乙1の11)及び特許異議に対する答弁書(乙1の14)において,引用された乙20(特開昭62-204896号)には,本件発明と同様の家庭用合併浄化槽が開示されているが,この浄化槽の空気逆洗装置は本件発明のように処理水を生物膜濾過槽に戻して濾材を逆洗するものではない旨記載し,本件発明が乙20の発明とは異なり水洗浄方式であることを強調した。上記実施例も,抑留懸濁物を剥離するのに水の流れを利用する意味において水洗浄方式の一種と解される以上,本件明細書には,水洗浄方式が記載され,空気・水洗浄方式が開示されているとはいえない。
よって,原告の上記主張は採用することができず,被告製品における洗浄用エアリフトポンプは,本件発明における「生物膜濾過層内を逆流させる逆洗ポンプ」に相当するということができない。
(5) よって,被告製品は,構成要件Eを充足しない。
4 争点(2)エ(被告製品が構成要件Fの「逆洗排水パイプ」を充足するか)について (1) 本件明細書の記載 本件発明の特許請求の範囲には,「前記生物膜濾過槽と前記原水槽とを接続して前記生物膜濾過層内を逆流した処理水により増加する生物膜濾過槽内の汚水を原水槽に排水する逆洗排水パイプ」と記載され,本件明細書中【発明の詳細な説明】欄には,逆洗排水パイプについて,以下のとおりの記載及び図がある(甲2)。
ア 〔作用〕欄 さらに,この逆洗ポンプにより生物膜濾過層内を逆流してその洗浄に使用された逆洗排水は,逆洗排水パイプによって原水槽に戻される。(3欄49行目ないし4欄1行目) イ 〔実施例〕欄 (ア) さらに生物膜濾過槽Sについて詳述すると,生物膜濾過槽Sには,第2原水槽R2と生物膜濾過槽Sとを仕切る仕切壁29の上方位置にパイプ25の開口27が設けられ,さらに上方には,逆洗時に生物膜濾過槽Sで増加し溢れた処理水が第1原水槽R1へ戻される逆洗排水パイプ31の開口33が設けられ,他端は導水管7に接続されている。(4欄50行目ないし5欄5行目) (イ) 逆洗ポンプ53で処理水槽Tの処理水が送り込まれるため,生物膜濾過槽Sの水位は上昇し,浮遊している増殖微生物とともに逆洗排水として上方の開口33から逆洗排水パイプ31によって導水管7に送られ,第1原水槽R1に戻される。この逆洗排水は濾床3を通過し,再度嫌気性微生物により分解される。(7欄3行目ないし8行目) ウ 〔発明の効果〕欄 そして本発明によれば,生物膜濾過層を逆洗した処理水が嫌気性処理槽である原水槽に排水されることにより,生物膜濾過槽を介して処理水槽から原水槽に戻された処理水が,再度,嫌気性微生物が付着した原水槽の濾床を通過することによって嫌気性処理されることになるので,これによって,生物膜濾過槽におけるBOD容積負荷の増加が図られるとともに,その処理水に残存している亜硝酸イオンや硝酸イオンが還元されることによって,高い脱窒素処理能力を得ることが出来る。そして,このような処理能力の向上によって,その分,浄化槽の小型化を図ることが出来る。(8欄36行目ないし46行目) エ 図面 本件明細書の図面(第1図,第3図ないし第6図,第8図)には,生物膜濾過槽と第2原水槽とを仕切る仕切壁の上方位置に開口33,それに連結する逆洗排水パイプ31が設けられ,その他端は,上記開口33より低い位置にあって導水管7に接続している構造が図示されている。
(2) 本件発明の「逆洗排水パイプ」の技術的意義 上記(1)の各記載に鑑みると,構成要件Fの「逆洗排水パイプ」とは,生物膜濾過槽と原水槽とを接続しており,生物膜濾過層内を逆流した処理水によって生物膜濾過槽内の汚水が増加し,水位が通常の水位よりも上昇した際に,原水槽へ処理水を移送させる機能を有するパイプのことを意味するものということができる。
(3) 被告製品の洗浄排水移送管 ア 被告製品の洗浄排水移送管の構成は,前記1(8)に認定したとおりであり,洗浄用エアリフトポンプの排出口に接続して,洗浄用エアリフトポンプで引き抜かれた生物濾過槽内の洗浄排水を嫌気濾床槽第1室の汚水流入部に移送させる。
イ 被告製品の洗浄用エアリフトポンプ及び洗浄排水移送管は,生物濾過槽のばっ気部と静止部との中間部分に開口している。
ウ 被告製品において洗浄用エアリフトポンプにより処理水を引き抜くと,生物濾過槽のばっ気部内の処理水は上から下へ移動して水位を下げ,生物濾過槽内の水位と処理水槽内の水位が同じになるように,いったん処理槽内へ放出された処理水が,静止部下部の移流口を通じて流れ込み,静止部内を処理水が逆流する。逆流は,洗浄用エアリフトポンプにより生物濾過槽の水を引き抜くために生じ,処理水槽から逆流する処理水の量は,洗浄用エアリフトポンプにより引き抜く水の量を超えることはない。また,被告製品においては,逆洗によって生物濾過槽の水が増加することはなく,生物濾過槽の水位が通常の水位より下がることはあっても,上昇することはない。
(4) 構成要件充足性 前記(3)認定のとおり,被告製品において逆洗時に処理水槽から生物濾過槽へ処理水が逆流するのは,洗浄用エアリフトポンプにより生物濾過槽の水を引き抜くからである。このような構造から,処理水槽から逆流する処理水の量は,洗浄用エアリフトポンプにより引き抜く水の量を超えることはなく,逆洗時に処理水槽から生物濾過槽へ処理水が逆流しても,生物濾過槽内の汚水を増加させることはあり得ない。
そうすると,被告製品においては,生物濾過槽内の汚水が「逆流した処理水により増加する」ことはなく,被告製品の洗浄用エアリフトポンプ及び洗浄排水移送管は,本件発明における「洗浄排水パイプ」に相当するとはいえない。
(5) よって,被告製品は,構成要件Fを充足しない。
5 結論 以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,いずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
別紙物件目録第1図乃至第3図に示される嫌気濾床槽第1室,流量調整装置,嫌気濾床槽第2室,生物濾過槽,処理水槽,消毒槽,洗浄用エアリフトポンプ,洗浄排水移送管,循環水量調整装置を有する小型処理浄化槽(型式名KBF-5,6,7,8,10型及びDBF1-5,6,7,8,10型)。
それぞれの具体的構成は下記のとおり。
(1)嫌気濾床槽第1室嫌気濾床槽第1室には,汚水が流入する流入管があり,また粗大な固形物や浮遊物を選別して除くための濾床が設置されている。濾床にはまた嫌気性微生物を付着させており,汚水の分解,浄化を行う。
(2)流量調整装置嫌気濾床槽第1室の処理済汚水を嫌気濾床槽第2室へほぼ一定量で移送するため,嫌気濾床槽第1室の流出部に流量調整装置が設けられている。
嫌気濾床槽第1室内に2段式エアリフトポンプがあり,処理された汚水を第1のエアリフトポンプによって揚水し,これを第2のエアリフトポンプによって流量調整装置に揚水させる構成になっている。
(3)嫌気濾床槽第2室嫌気濾床槽第1室にて処理され,流量調整装置により一定量移送されてくる汚水を,更に嫌気性微生物により分解・浄化するため,嫌気濾床槽第2室が設けられ,嫌気性微生物を付着させた濾床が設置されている。
(4)生物濾過槽@嫌気濾床槽第1,2室で処理された汚水を好気性微生物によって更に処理する生物濾過槽があり,嫌気濾床槽第2室で処理された汚水は,生物濾過槽との隔壁部に設けられた仕切り部を通って上昇し,隔壁上部にあいている移流口から生物濾過槽に流入する。
A生物濾過槽は塞ぎ板により上下に仕切られ,かつ,それぞれに一辺約10mmの立方体で,有機物の分解及びアンモニアの硝化を行う微生物の付着したスポンジ構造のポリエチレン担体が,充填率90%で充填されている。上部をばっ気(曝気)部,下部を静止部と称している。
Bばっ気部下部には,空気を噴出するばっ気散気管が設けられており,常時(逆洗管からの噴気がなされているときを含む。)空気を噴出している。また,洗浄時に空気を噴出する逆洗管が設けられている。逆洗管からの噴気は,一定時間の間隔をおいてなされる。
C静止部下部に移流口が設けられ,生物濾過槽で処理された汚水を隣接する処理水槽へ送水する。
(5)処理水槽生物濾過槽の次に処理水槽が設けられ,(4)のCの移流口より生物濾過槽の処理水を送られて貯留する。
(6)消毒槽処理水槽中の処理水に塩素系薬剤を添加して,処理汚水を放流して差し支えないようにするため,消毒槽が設けられている。処理済汚水は消毒の後,流出管より槽外に放流される。
(7)洗浄用エアリフトポンプ生物濾過槽のばっ気部と静止部の間に洗浄用エアリフトポンプが設けられており,生物濾過槽の中から槽内水を引き抜く。これにより,生物濾過槽と槽底部で連通している処理水槽内の処理水が生物濾過槽中を逆流して,その静止部の水洗浄を行う。洗浄後の水はエアリフトポンプで引き抜かれていく。
なお,静止部下部には,逆洗の際気泡による洗浄をも行うため,空気を噴出する逆洗管が設けられている。
(8)洗浄排水移送管(7)において引き抜かれた洗浄排水を嫌気濾床槽第1室の汚水流入部に移送させる洗浄排水移送管が,エアリフトポンプの排出口に接続して設けられている。
(9)循環水量調整装置処理水槽には,処理水を処理水槽底部から引き抜き循環水移送管を経由して嫌気濾床槽第1室へ常時移送(循環)するための循環用エアリフトポンプが設けられている。ポンプ上部には循環水量を調節する循環水量調整装置が設けられている。
別紙出願経過1平成2年6月15日出願(特願平2-156748号〔特願昭62-231797号,出願年月日昭和62年9月16日の分割〕)2平成3年10月16日出願公開(特開平3-232587号)3平成4年6月4日審査請求4平成5年2月19日拒絶理由通知5同年5月31日手続補正書及び意見書提出6平成6年5月18日拒絶理由通知7同年8月8日手続補正書及び意見書提出8同年10月14日拒絶理由通知9平成7年1月17日手続補正書及び意見書提出10同年8月2日出願公告(特公平7-71672号)11同年10月30日株式会社イナックス,特許異議申立て12同年11月2日被告日立化成工業,特許異議申立て13同月21日株式会社イナックス,特許異議申立理由補充書提出14同月27日被告日立化成工業,特許異議申立理由補充書提出15平成8年8月5日特許異議申立て2件につき,異議答弁書提出16平成10年10月23日特許異議の認容決定17同日拒絶査定18平成11年2月3日審判請求19同年5月27日審判請求理由補充書提出20同年11月1日面接21同月8日拒絶査定取消審決22平成12年2月10日特許登録第1図、第2図第3図
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 上田洋幸
裁判官 宮崎拓也