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関連審決 審判1998-35431
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10137審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成17行ケ10319審決取消請求事件 判例 特許
平成14行ケ347審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10211審決取消当事者参加事件 判例 特許
平成20ワ25354特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  試行錯誤 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  クレーム /  参酌 /  数値限定 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  要旨変更 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 367号 審決取消請求事件
原告 モダイン・マニュファクチャリング・カンパニー
訴訟代理人弁護士 関根秀太、佐々木俊夫、(復)達野大輔
同 弁理士 倉内基弘、(復)日野真美
被告 昭和電工株式会社
訴訟代理人弁護士 竹田稔
同 弁理士 清水久義、小栗久典
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/03
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が平成10年審判第35431号事件について平成14年3月12日にした審決を取り消す、との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 本件は、特許を無効とした審判に対する審決取消請求事件であり、原告は無効とされた下記(1)の特許(本件特許)の特許権者、被告は本件特許に対する下記(2)の無効審判の請求人である。
(1) 本件特許 特許第2132321号 発明の名称 「流体直径の小さい流路を具備する凝縮器」 特許出願 昭和61年10月1日(特願昭61-231359号) 優先権主張日 昭和60年10月2日及び昭和61年9月5日(米国) 設定登録 平成9年10月3日 (2) 無効審判 審判請求 平成10年9月7日 審判番号 平成10年審判第35431号 審決 平成14年3月12日 審決の結論 「特許第2132321号の特許請求の範囲に記載された発明についての特許を無効とする。」(平成14年3月25日原告に審決謄本送達、
出訴期間として90日付加) 2 特許請求の範囲の記載 (以下、請求項1の発明を「本件第1発明」、請求項3の発明を「本件第2発明」といい、両者を併せて「本件発明」という。)【請求項1】 一方が蒸気入口を具備し、一方又は他方が凝縮液出口を具備している一対の離間したヘッダと、
該ヘッダ同士間を平行に伸延し且つ前記各ヘッダと連通する複数本の管であって、前記各管が、前記ヘッダ同士間に流体直径が0.015インチ(0.38ミリメートル)から0.070インチ(1.78ミリメートル)の範囲の複数の平行な個別の流路を画定しており、更に前記流路の断面の輪郭は、会合する2以上の比較的直線状の部分とそれらが会合する箇所にできる少なくとも1つの凹入部とを有することを特徴とする、空調または冷却システムにおける冷媒を凝縮するための凝縮器。
【請求項3】 冷却システムにおける冷媒のための凝縮器であって、
冷媒を通すためのほぼ平行状態で離間された一対の細長いヘッダであって、その各々がほぼ平行な一列の細長スロットを具備し、一方の前記ヘッダの前記細長スロット列は、他方の前記ヘッダの前記細長スロット列と整列及び対向している、前記一対の細長ヘッダと、
前記ヘッダの1本における蒸気入口と、
前記ヘッダの1本からの凝縮液出口と、
前記一対の細長ヘッダ間を伸延する断面が平坦でかつ平坦な側壁を有する複数の管によって画定される管列にして、前記複数の管は、対応する前記細長スロットの1つにその端部が配設され且つ前記細長ヘッダと流体連通し、少なくとも数本が互いに平行な流路を形成する前記管列と、
前記複数の管内で前記平坦な側壁間を延伸し且つ前記平坦な側壁に間隔を置いて結合されたスペーサ手段であって、該スペーサ手段は(a)前記管の内部に前記ヘッダ間を延びる複数の個別の流路を形成し、(b)前記管を拡張するように作用する内側圧力に耐え、かつ(c)前記平坦な側壁と前記流路の間で熱を伝達し、更に前記流路が該流路の断面積に4を乗じそして対応する流路の濡れ周囲によって除した値として定義される流体直径が0.015インチ(0.38ミリメートル)から0.070インチ(1.78ミリメートル)の範囲の値を有するようにするスペーサ手段と、
前記複数の管をそこへの有意の内側圧力に対しては支持し得ない波形フィンにして、隣り合う前記複数の管の対面する前記平坦な側壁間を伸延する前記波形フィンと、
より成る、冷却システムにおける冷媒のための凝縮器。
3 審決の理由の要旨 審決は、別紙審決の理由のとおり、本件第1発明及び本件第2発明は、実願昭55-141589号(実開昭57-66389号)のマイクロフィルム(甲3、審判甲10)、特開昭49-114145号公報(甲4、審判甲11)及び米国特許第4492268号公報(甲5、審判甲17)記載の各発明並びに周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件第1発明及び本件第2発明についての特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、無効とすべきものであると判断した。 なお、審決は、上記判断をするに当たり、本件第1発明と甲第3号証記載の発明とを対比して相違点(1-a)ないし(1-c)を、本件第2発明と甲第3号証記載の発明とを対比して相違点(2-a)ないし(2-c)を、それぞれ認定している。
相違点(本件第1発明につき)(1-a):本件第1発明では、前記各管が、流体直径が0.015インチ(0.38ミリメートル)から0.070インチ(1.78ミリメートル)の範囲の複数の平行な個別の流路を画定しているのに対し、甲第3号証(審判甲10)記載の発明では、前記各管が、複数の平行な個別の流路を画定しているが、流体直径に言及しかつ該流体直径を本件第1発明の範囲とする点について記載がない点。 (1-b)本件第1発明では、会合する2以上の比較的直線状の部分を有するのに対し、甲第3号証記載の発明では、会合する2以上の部材がフィン(内面フィン)を有する仕切板2bと伝熱管2aであって、会合する部分が比較的直線状といい得るか否か明確でない点。 (1-c)本件第1発明は、空調または冷却システムにおける冷媒を凝縮するための凝縮器であるのに対し、甲第3号証記載の発明は、空調における冷媒を凝縮するための凝縮器である点。 (本件第2発明につき)(2-a)本件第2発明では、細長ヘッダの各々がほぼ平行な一列の細長スロットを具備し、一方のヘッダの細長スロット列は、他方のヘッダの細長スロット列と整列及び対向し、複数の管は、対応する前記細長スロットの1つにその端部が配設されているのに対し、甲第10号証記載の発明では、細長ヘッダの構造、及び該ヘッダに対する管の取り付けについて具体的な記載がない点。 (2―b)本件第2発明では、個別の流路が、該流路の断面積に4を乗じそして対応する流路の濡れ周囲によって除した値として定義される流体直径が0.015インチ(0.38ミリメートル)から0.070インチ(1.78ミリメートル)の範囲の値を有するのに対し、甲第10号証記載の発明では、個別の流路の径について格別記載がない点。 (2―c)本件第2発明は、冷却システムにおける冷媒のための凝縮器であるのに対し、甲第10号証記載の発明は、冷媒のための凝縮器ではあるが、空調器(自動車用空調器)に使用される冷媒のための凝縮器である点。
原告の主張の要点
審決の理由の「1.手続の経緯」、「2.本件発明の認定」、「3.請求人の主張」、「4.被請求人の主張」、「5.甲各号証記載の発明」は認める。「6.当審の判断」のうち、「6-1本件特許明細書の要旨変更の有無について」及び「6-2明細書の記載不備について」における判断は認める。
「6-3容易性について」の「(一)本件第1発明について」のうち「(1)対比」における共通点及び相違点の認定は認めるが、「(2)判断」は争う。同「(二)本件第2発明について」のうち「(1)対比」における共通点及び相違点の認定は認めるが、「(2)判断」は争う。
審決は、甲第4号証及び甲第5号証に記載された技術内容について誤認ないし誤った評価をし(取消事由1、2)、これに基づき、本件第1発明につき相違点(1-a)の判断を、本件第2発明につき相違点(2-b)の判断を、それぞれ誤り、
本件発明の進歩性を誤って否定した(取消事由3)ものであるから、取り消されるべきである。
1 本件発明の技術的背景、出願時の技術水準 本件特許出願の1985年(昭和60年)の当時、熱交換のうち、熱交換流体の一方が気体として熱交換プロセスに関与し、冷却が進むにつれて凝縮して液体となる、いわゆる二相熱交換の場合については十分に理解されていなかった。当時の研究では、熱交換流体の凝縮を伴う際の熱伝達を予測することは不可能であると指摘されていた。
1985年まで、二回路蛇行型凝縮器は当時の技術水準(最良の凝縮器)であると考えられていた。本件発明は、一対の離間したヘッダを有するいわゆる平行流型凝縮器であり、その特許請求の範囲に定義された必須の構成要件を充足することにより、従来技術に比してはるかに熱伝達効率の高く、その他、種々の点で向上した性能を有する凝縮器を可能にしたものである。
2 取消事由1(甲第4号証に記載された技術内容の誤認) (1) 審決は、甲第4号証の「以上の試算により、冷媒通過断面積を一定とした場合の接触長さの比が1:1.2:0.8となり、性能的にもこの割合となると考えられる」との記載に依拠して、「この記載から見て算出した(S/l 比が小さいほど性能が向上することが示唆されている」との判断をしているが、誤りである。
甲第4号証は、「熱交換器の性能を向上させるためにはチューブの流路断面の形状を変える必要がある。」とするものであり、同号証の発明に係る凝縮器の特徴は、第7図に示されるほぼ菱形の断面形状にある。甲第4号証が示すのは、熱交換性能にとって冷媒流路の断面形状こそが重要であり、冷媒通過面積(S)と接触長(l)との比(S/l)又は流体直径は、実際上意味がないということである。
すなわち、甲第4号証においては、第2図、第5図及び第7図に示すチューブの断面形状につき、冷媒通過断面積と接触長さの比(S/l)は、順にそれぞれ0.6、0.5及び0.75であり、冷媒通過断面積を一定とした場合の接触長さの比はこの順に1:1.2:0.8となるが、実際の性能は、S/lが最大である第7図のチューブが最も性能がよく、S/l が最小の第5図のチューブよりも約30%の性能向上が可能であるとされているのであり、最大の流体直径を有する第7図のチューブが他のものより性能がよいとされているのである。
(2) しかも、甲第4号証に示されたいずれの断面も、その流体直径は、本件特許において開示された流体直径の範囲の上限である0.070インチ(1.78ミリメートル)を十分に上回っている。
前記1に述べたとおり、本件特許出願当時の技術水準では、圧力損失を避けるために流路、断面積を小さくしてはならないと考えられていた。したがって、仮に、
審決が引用する甲第4号証の記載から、当業者が審決が述べるような示唆を受けるとしても、そのことは、本件特許が開示する0.015インチから0.070インチ(0.38ミリメートルから1.78ミリメートル)というような小さな流体直径の範囲の値を選択する動機付けとはなり得ない。甲第4号証は、本件発明のような小さな範囲の流体直径を示唆するものではない。 3 取消事由2(甲第5号証に記載された技術内容の誤認) (1) そもそも、甲第5号証記載の発明を本件発明についての引用発明とすることは見当違いである。
甲第5号証は、本件発明とは全くタイプが異なる凝縮器である流下フィルム型凝縮器に関するものであり、流下フィルム型凝縮器においては、冷媒の圧力損失は全くといってよいほど問題にならないから、圧力損失が問題となる自動車等の空気調和用の二相熱交換器ないし凝縮器を設計しようとする当業者が流下フィルム型の凝縮器に注目することはあり得ない。
(2) 審決は、甲第5号証の請求項の「凝縮領域内の鉛直に延出する空間グルーブがそれぞれ1〜2mmのピッチと0.3〜0.6mmの深さを有するようにしたプレート型凝縮器」(甲第5号証訳文7頁)との記載に基づき、図4に示される小区画A’の流体直径を、0.375mm(約0.015インチ)から0.75mm(約0.030インチ)と算定し、上記流体直径の数値範囲は、本件第1発明における各管に設けた個別の流路の流体直径と重複する、と認定するが、誤りである。 図4における小区画A’の幅、高さを特定することは不可能であり、小区画A’の流体直径を算出することはできない。審決の誤りは、図4に示される小区画A’の幅及び高さのそれぞれに対し、請求項の「1〜2mmのピッチと0.3〜0.6mmの深さ」との記載による数値を機械的に当てはめたことにある。以下詳述する。
ア 甲第5号証の請求項にいうグルーブとは、実施例の説明に「凝集液は集中的に谷即ち液収集グルーブに沿って流下する。」(甲第5号証訳文3頁14、15行)と説明されていることから、伝熱面上に形成されている谷状の部分であり、集中的に凝縮液が流下する部分であることが分かる。グルーブは、凝縮するガス冷媒と接触していなければならないから、「凝縮領域内の……グルーブ」とは、結局ガス冷媒が存在しそれが凝縮する領域内にある溝ということを意味している。
また、「液収集グルーブのピッチp及び深さdの最適値は」(甲第5号証訳文3頁20、21行)という表現及び同号証の図2から、pは隣り合うグルーブとの距離を、dはグルーブの谷状部分の深さを示していることが分かる。
そこで、甲第5号証の請求項によって認定される発明の冷媒の空間と図4とを対比してみると、図4において、「凝縮するガス媒体用の空間A」(甲第5号証訳文5頁11、12行)は多数個の小区画A’に分割されているが、同図からは、このA’内に存在するはずの「凝縮領域内……グルーブ」とはどの部分を指すのか不明確であり、A’内には、プレート面に谷状に形成された部分が見当たらない。図4におけるpは、請求項にいう「板素子の尾根」の隣り合う間隔であり、グルーブのピッチとは異なっており、また、図4には、深さdの記載は皆無であって、同図においてdの特定は不可能である。
結局、図4における小区画A’の幅、高さともに、その数値を特定することは不可能であり、A’の流体直径を算定することはできない。
イ 甲第5号証の請求項の記載のみでは発明の内容を把握することができない場合には、発明の詳細な説明及び図面の記載を参照して、当該発明を認定することとなるところ、図4に係る発明は、「前述の溝あるいは波形部を備える伝熱面構造において、プレート型の場合には隣接するプレート間の適切な間隔を保持するために、伝熱面上の所望の場所に適切なスペーサーを入れる必要がある。これは隣接するプレートの隆起部(尾根)を相互に突き合わせて設置すると尾根の面積及びそれによる有効伝熱面積の減少を招き、結果的に凝縮性能が低下するからである。従って、そのようなスペーサーにだけ依存してプレートを支持し、且つその間隔を保持することは強度及び圧力抵抗の見地から望ましいことではない。更に、その比体積が水蒸気よりも小さい有機作動流体、例えばアンモニアやフランの場合には、隣接プレート間の断面積を水蒸気の場合よりも小さくして、前述した尾根の当接あるいは少なくとも密接に隣接させることになり、結果的に凝縮性能の低下を招くことになる。もう一つの方法として2種類のスペーサーを用いて、一つはガス媒体プレート間隔を狭くするスペーサーとして、他方は液体媒体プレート間隔を広くするスペーサーを利用することが考えられるが、これは組み立て作業を複雑にする。」(訳文4頁11〜23行)という課題を有するプレート型凝縮器において、隣接するプレート間の適切な間隔を保つための方法を提示するものであり、審決が解釈するような発明若しくは技術的思想ではあり得ない。図4に関する詳細な説明の記載からは、空間A’の寸法に関する技術的思想は一切うかがえない。
甲第5号証において、請求項の記載と図4とが符合しない理由は、甲第5号証の発明が別の特許出願に係る2つの発明(特公昭61-49599号〔甲23〕及び特公昭56-47471〔甲24〕)を単に繋ぎ合わせたものだからである。
4 取消事由3(本件発明の進歩性(組合せの困難性又は阻害要因)についての判断の誤り) (1) 本件発明の技術的背景 前記1で述べたとおり、本件特許出願時においては、二相熱交換については充分に理解されておらず、流体直径の重要性についても認識されていなかった。
さらに、熱伝達効率を低下させる圧力損失をいかに小さくするかは凝縮器における大きな問題であり、小さい流路断面積は圧力損失を招くので好ましくないというのが当業界の常識であった。
本件発明は、上記のような常識に反して、0.015インチ(0.38ミリメートル)から0.070インチ(1.78ミリメートル)の範囲の流体直径を選択することにより、従来技術よりはるかに高い熱伝達量を達成するものである。この予想のできない作用効果は、その後の研究により、上記範囲の流体直径では冷媒流路を流れる流体の流動様式が改変されること(気体及び液体冷媒の混合物が冷媒通路を通過する際の4つの基本的な流動様式のうち、効率の悪い「波状流れ」が減り、
効率的な「環状流れ」が主となること)によってもたらされることが分かってきた。
本件発明は、小さい流体直径を採用することにより、従来発見されていなかった流動様式の改変を生じさせ、それによって、熱伝達効率を向上させたものであり、
その後本件発明の凝縮器が急速に普及したことからみても、その進歩性は明らかである。
(2) 審決は、本件発明の進歩性を否定する理由として、甲第4号証には「流体直径が小さい程放熱量(熱交換率)が良くなること」が示唆されていると認定したが、その認定が誤りであることは、前記2で述べたとおりである。また、甲第3、
第5号証も、流体直径について何ら示唆を与えるものではない。
そうすると、凝縮器を検討、設計する当業者が甲第3ないし第5号証に記載の発明に基づいて、本件各発明の流体直径の数値範囲にある流路を容易に選択し、特定し得たとはいえない。
仮に、甲第4号証が流路の流体直径が小さいほど熱交換効率がよいとの示唆を生じさせることがあり得るとしても、また、甲第5号証の図4が当業者に小さな流体直径を想起させることがあるとしても、本件特許出願当時、圧力損失の問題を解決するためには、小さな寸法の流路(寸法の小さい流路は、小さな流体直径を与える。)を避けるべきだというのが当業者の常識であったから、当業者にとって、圧力損失を増大せしめ、効果を減殺しかねない小さな流路を選ぶ動機が形成されないことは明らかである。
(3) 流体直径に流れ様式の出現を制御するパラメータ機能があること、また、好ましい流れ様式を出現させれば高い熱交換効率が得られることは、本件発明後に分かったことである。適切な流体直径の範囲を選定すれば、高い熱交換効率の凝縮器が得られる、という本件発明の実際的技術の背後には、複雑かつ高度な技術的裏付けが存在している。本件発明当時においては、この高度な背後の技術的裏付けが不明であったから、当業者にとって本件発明を創作することは極めて困難だったのである。
本件発明は商業的な成功を収めており、多くの同業者が本件発明を使用している。本件発明の商業的成功は、本件発明に進歩性があることを裏付けている。
被告の反論の要点
1 本件発明の技術的背景、出願時の技術水準 (1) 流体直径 「流体直径」とは、一般的に「相当直径」(equivalent diameter)とも呼ばれ、
本件特許の特許請求の範囲第3項で定義されているとおり、流路の断面積の4倍を濡れ周囲長によって除した値である。この流体直径を流体の流速V(m/min)及び流量Q(m3/min)との関係でみれば、次の式に示されるように、流体の単位時間当たりの流量と流路壁の接触面積の比率を表す値となる。
4S V・S 流体直径=──=4×─── l V・l 単位時間当たりの流量(Q) =4×────────────── 単位時間当たりの流体接触面積 (V:流体の流速m/min、S:流路面積u、l:流路周囲長) したがって、流体直径が小とは、単位時間当たり同じ面積に接触する流体の流量がより少量であること、換言すれば単位時間当たり同じ流量の流体がより広い面積に接触することを意味し、流体直径が小さくなるに従って、熱交換効率は増大する。このことは、周知の常識ともいえる技術的知見であって、甲第4号証のみならず、他の文献(乙1〜3、甲12)にも記載されている。
一方で、流体直径が小さな管路の場合には、同一の流路長さでは管路抵抗による圧力損失が大きくなり、圧力損失の増大に伴う流量の減少を生じ、結果的に、熱交換効率の低下を招くことになる。
したがって、凝縮器用の管に限らず、熱交換管の設計においては、管路抵抗を考慮し、これとの調和点を求めて、なるべく高い熱交換効率が得られるように流体直径を許容範囲内で極力小さく設定するという考慮が払われる。
(2) 技術水準について 本件発明は、その特許出願当時既に公知であった平行流型凝縮器を採用したことにより、管長を短くでき、ひいては流体直径を小さく設定することが可能となったことに基づいて、管の流体直径を管路抵抗を考慮して比較的小さい特定の範囲に限定したというものにすぎない。平行流型凝縮器は、短い管路で、しかも複数本ないし多数本の管に同時に冷媒が流れるから、1本の管については小さい流体直径の採用が可能であり、蛇行型凝縮器の場合と平行流型凝縮器の場合とでは、もともと採用可能な流体直径の範囲が顕著に異なるのである。したがって、平行流型凝縮器においては、各流路の流体直径を相対的に小さく設定するのが、むしろ技術上必然的な事項でもあるといってよい。
しかも、本件発明の流体直径の数値限定範囲も、(1)で述べたように、熱交換機における単なる設計事項として求められるものであるのみならず、例えば甲第4号証、甲第5号証に開示された従来公知の流体直径と近似し、あるいは重複するものであるにすぎない。
甲第3号証は、従来の蛇行流型凝縮器に代えて、平行流型凝縮器としたことにより、「従って、伝熱管の2aの管長を短縮でき、その管路抵抗を低減できるとともに、熱交換器の小型化をはかれる。」としており、本件発明が、平行流型の凝縮器としたことにより、管路抵抗を低減できることになっているのと全く軌を一にしている。
本件発明は、管路抵抗を減少し得る平行流型凝縮器とした上で、その結果、流体直径を小さくすることが可能になったことにより、これを特定範囲に数値限定したというものであるにすぎない。
2 取消事由1(甲第4号証に記載された技術内容の誤認)に対して 甲第4号証について、審決が引用したのは、第2図、第5図及び第7図のチューブにつき、「冷媒通過断面積を一定とした場合の接触長さの比が1:1.2:0.8となり、性能的にもこの割合になると考えられる……」という記載箇所であり、
この記載は、チューブの断面形状とは関係なく、一般的に、冷媒通過断面積を一定とした場合の接触長さの比と、この比に対応する熱交換性能割合を述べたものである。審決の認定判断に誤りはない。
3 取消事由2(甲第5号証に記載された技術内容の誤認)に対して (1) 原告は、甲第5号証は、流下フィルム型の凝縮器に関するものであり、本件発明の平行流型凝縮器とは全くタイプが異なると主張する。
しかし、甲第5号証には、「液膜は凝縮が継続するにつれて徐々に成長し、遂にはその自重により或いは蒸気流によって運び去られ伝熱面に沿って下方へ流れることがわかる。」(甲第5号証訳文1頁下から6〜5行)と記載され、また、空間Aは圧力下にあることが記載(同訳文5頁下から8〜6行)されている。これらの記載からみても、甲第5号証は、圧力下での作動も考慮されているものであることが明らかである。加えて、甲第5号証に記載された流路内での冷媒の凝縮、流動の様子は、表面張力の作用も含め、本件発明の凝縮、流動の様子と同じである。以上のような甲第5号証の記載内容に照らして、同号証の開示は、冷媒の移動を完全に重力のみに依存して行う流下フィルム型に限定されているものではない。また、「本発明はプレート型に限られるものではなく」との記載(同訳文4頁8行〜10行)によれば、「プレート型」に限定されるものでもない。
甲第5号証の開示が本件発明の動機づけに有用であることは、明らかである。
(2) 原告は、甲第5号証の4図は、小区画A’の流路の流体直径の算出根拠を提供するものではないと主張するが、要は、甲第5号証の文献を、当業者、すなわち熱交換器の分野に属する通常の知識を有する者が参酌した場合に、当該文献から客観的に具体的にどのような技術事項をその開示技術として看取し、感得し得るのかの点こそが重要なことである。
甲第5号証は、その発明者において単一の技術的思想を提案するものとしてなされた単一の米国特許出願に係る特許明細書であるから、当業者は、その1図〜3図と、4図〜6図とは技術的に相互に密接に関連性のあるものとしてそれらの開示技術内容を看取できるのである。
この関連性は、発明の詳細な説明の項において、1図〜3図に依拠する技術説明の後に、これを受けて、「前述の溝あるいは波形部を備える伝熱構造において、プレート型の場合には……」(甲第5号証訳文4頁11行以下)と、4図〜6図の実施態様に繋げる形での説明がなされていることからも明らかである。
そして、そのクレームにグルーブのピッチと深さが甲第5号証の重要な技術事項であることが記載され、このことと関連して、2図、3図、4図には、ピッチを示す符号として「p」「1/2p」が図中に明記され、2図には、上記深さを示す符号として、「d」が明記されている。
このような甲第5号証の明細書及び図面の全体的な記載にかんがみれば、完全な独立した冷媒通路(小区画A’)を形成している4図の実施態様に記載されている「p」「1/2p」は、2図に示されたグルーブのピッチが、尾根間のピッチとして置き換えて評価し得るものであること、また、4図に示されていないものの、2図のグルーブの深さ「d」は、4図における尾根の高さ、すなわち小区画通路A’の深さに相当するものとして説明されていると理解することが、客観的な通常の理解の仕方であるといえる。
したがって、審決が、甲第5号証のクレームの記載、明細書の記載及び図面の記載を引用した上で、「クレームにピッチを1〜2mm、深さを0.3〜0.6mmとすることが明記されている。そしてこのクレームに記載の数値を用い図4記載の凝縮器における冷媒が流通する多数個の小区画A’の流体直径を計算すると、流体直径が最小で0.375mm(約0.015インチ)から最大で0.75mm(約0.030インチ)となる。したがって、甲第17号証〔注:本訴甲第5号証〕には、凝縮器における冷媒が流通する多数個の小区画A’の流体直径を0.375mm(約0.015インチ)から0.75mm(約0.030インチ)とすることが記載されているものと認められる。」(審決19頁21〜28行)と認定したことに誤りはない。
4 取消事由3(本件発明の進歩性(組合せの困難性又は阻害要因)についての判断の誤り)に対して 原告は、凝縮器の好ましい設計上の困難さ等について述べるとともに、凝縮器の場合、熱交換効率に影響を与える特有の諸要素ないし要因のために、一般的な式が当てはまらない複雑かつ高度な技術的裏付けを要すると主張する。
しかしながら、本件発明に先行する従来技術及び技術水準については前記1に述べたとおりであり、それらに照らすとき、本件発明は、
a.「平行流型」凝縮器の採用によって、圧力損失の問題に対処し、
b.比較的小さい特定範囲の「流体直径」の採用によって、熱伝達効率の可及的向上を図り、
上記、a,bの結果として、性能に優れた凝縮器の提供に成功をおさめ得た、というのが、その主たる発明内容をなすものとしか考えられない。
圧力損失の問題は、主に平行流型凝縮器とすることによって解決され、この圧力損失の問題が解決されたことによって、流体直径を小さく設定することが可能になったものであり、平行流型の凝縮器が公知であった前提下において、圧力損失の問題が本件発明の小さい流体直径の選定に対して支配的な阻害要因にならないことは明らかである。
原告は、小さい流体直径の採用によって二相流体の管内流れ様式が改変されることは、本件発明後に獲得された知見であるというが、二相流体の管内流れ様式が4つに分類し得ることは遅くとも1980年代には解明されており、環状流れ様式が他の流れ様式に較べて高い伝達係数を示すことも遅くとも1983年(昭和58年)当時の文献(特開昭58-52953号公報〔乙8〕、同58-22855号公報〔乙9〕)に示唆されていたことである。 しかも、本件発明は、特許請求の範囲において流体直径を規定しているものではあっても、その結果として環状流れ様式を示すものでなければならないことまでをも限定要素としているものではない。原告のいう冷媒通路内での二相流の「複雑な状態」や流体直径以外の「他の要素(要因)」に対処する他の格別の手段が採用されているものは、本件発明のクレームから見出すことはできない。
当裁判所の判断
1 争点等 審決は、本件第1発明及び本件第2発明を、甲第3号証記載の発明と対比して、
本件第1発明につき相違点(1-a)ないし(1-c)を、本件第2発明につき相違点(2-a)ないし(2-c)を認定し、各相違点に係る構成はいずれも当業者が容易に想到し得たものと判断した。原告は、相違点(1-b)、(1-c)、
(2-a)、(2-c)に関する審決の判断は争っておらず、争点は、相違点(1-a)、相違点(2-b)に係る構成を想到容易とした審決の判断において前提とされた公知刊行物(甲4、甲5)の記載内容の認定・評価(取消事由1、2)及び想到容易とした判断の当否(取消事由3)にある。
なお、相違点(1-a)及び相違点(2-b)は、いずれも流路の流体直径を0.015インチ(0.38ミリメートル)から0.070インチ(1.78ミリメートル)とする数値限定に係るものであって、本件第1、本件第2発明の両方に共通し、争点も共通するから、以下では、両発明を一括して検討することにする。
2 取消事由1(甲第4号証に記載された技術内容の誤認)について (1) 原告は、甲第4号証にはS/l比が小さいほど性能が向上することが示唆されているとした審決の認定が誤りであると主張する。
ア 甲第4号証には、次の記載A〜Fが認められる。
A 「この発明はチューブ形熱交換器、特にカークーラーに好適な凝縮器に関するものである。
本発明の目的は、チューブ内面に附着する液体冷媒が速かに流れ得るようにチューブ断面形状を改善して、性能を向上し、かつ、カークーラーなどに好適な小形、
軽量の凝縮器を提供することにある。」(1頁左欄10〜16行) B 「従来凝縮器用(空冷)の熱交換器は第1図に示すようなものであり、
特にこの種の熱交換器においては、チューブ3の内壁に附着した液体冷媒を速かに除却することが、その熱交換器の特性に大きな影響を与えるものである。しかしながらチューブには高圧力がかかるためチューブの断面形状は耐圧的に有利な形状となっているのが普通である。しかし熱交換器の特性を向上するためにはチューブの断面形状を種々変えることが必要である。即ち一般に熱交換器の放熱量は次式で表される。
Q=K・A・ΔTここでKは熱貫流率 Aは伝熱面積 ΔTは冷却物質と被冷却物質の温度差 ここで放熱量をQを大きくするにはK,A,ΔTを大きくすれば良いのであるが、Aは形状で、ΔTはそのときの状態で大体決まってしまうものであり、チューブ内面には冷却されて凝縮した液体冷媒が附着しており、該液体冷媒を連続的にかつ速かに取り除いてやれば温度差ΔTを大きくすることができ、結局最終的には放熱量Qを大きくすることができるものである。」(同左欄17行〜右欄18行) C 「本発明は以上の点に着目しなされたもので、良好なチューブの断面形状を提供しようとするものである。即ち、本発明は空冷立形凝縮器におけるチューブ断面形状を、チューブ内面に附着する液体冷媒を速かに流し得る形状にするとともに、その伝熱面積を大きく、かつ量産性に適したものとしたものである。」(1頁右欄19行〜2頁左上欄5行) D 「ところで第1図は従来の凝縮器を示すものであり、高温、高圧のガス冷媒は冷媒入口ユニオン1より上記ヘッダー2に送られ、平行なチューブ3より下部ヘッダー5に送られるが、この時、チューブ3にはフィン4が接触しており、紙面に垂直に冷却風が流れており、チューブ3を冷媒が下降する時に熱交換が行われ、ガス冷媒が液体冷媒になる。そして液体冷媒となったものは、チューブ3の内面に附着して下部ヘッダー5へと流れるため、チューブ内面は濡れ面で覆われており、ガス冷媒とチューブ内面との接触は実際にはなかなか困難である。」(2頁左上欄6〜17行) E 「しかしながらチューブ3の断面形状を円周(接触面積)と断面積(冷媒通過断面積)を考慮して検討すれば、放熱量を増加させ得る最適な形状がみい出せる。 今、第2図、第5図、第7図に示す断面形状について冷媒通過断面積S=4.5mm2 の時の接触長さ及びその比を計算してみると次のようになる。 第2図 第5図 第7図 S=4.5mm2 S=4.5mm2 S=4.5mm2 l=7.5mm l=9.0mm l=6mm S/l=0.6 S/l=0.5 S/l=0.75 以上の試算より、冷媒通過断面積を一定とした場合の接触長さの比が1:1.2:0.8となり、性能的にもこの割合となると考えられるが、実際の性能はチューブ内面の状態によって異なっている。即ちチューブ内面が、ガス冷媒と液体冷媒とでは著しく性能が異なり、第7図に示すものは、第2図、第5図に示すものに比較して、チューブの断面形状をほぼ菱形に形成してチューブ内面に附着した液体冷媒を速かに除却できるような断面形状にしているために、性能的には約2倍良くなる。
従って接触長さのハンデを考えて第2図、第5図、第7図のチューブの性能は1:1.2:0.8×2=1:1.2:1.6の如くになり、第7図に示すものは、第5図に示すものに比して約30%の性能向上が可能である。」(2頁左上欄17行〜左下欄1行) F 「以上説明したように本発明は、チューブの断面形状を第7図に示すように、ほぼ菱形に形成したので、凝縮された液体冷媒7が速かに下部ヘッダーへ落下するため、高効率の熱交換器とすることができるものであり、本発明の実施による実利はきわめて大である。」(2頁左下欄9〜14行) イ 上記記載AないしFによれば、甲第4号証は、従来の凝縮器用(空冷)の熱交換器において、放熱量を増加させるためにはチューブ内壁に附着する液体冷媒を速やかに除去することが好ましいが、チューブには高圧がかかるため、チューブ断面の形状は耐圧力を得るのに有利な形状が選択されていることを指摘した上、チューブの断面形状を円周(接触面積)と断面積(冷媒通過断面積)を考慮して検討すれば、放熱量を増加させ得る最適な形状が見いだせるとし、第2図、第5図、第7図に示される具体的な断面形状について、冷媒通過断面積(S)と接触長さ(円周l)の比(S/l)を算出していることが認められる。これらのことからすれば、甲第4号証において、放熱性能の向上についてS/l値の重要性が意識されていることは明らかである。そして、「以上の試算により、冷媒通過断面積を一定とした場合の接触長さの比が1:1.2:0.8となり、性能的にもこの割合となると考えられるが」との記載は、冷媒通過断面積を一定とした場合の接触長さを大きく採った方が放熱性能が高いことを指摘するものであるから、S/l値が小さい方が放熱性能が高い、という認識を示すものと認められる。
ところで、流体直径は、本件明細書にも定義されているとおり、流路の断面積(S)の4倍を濡れ周囲長で除した値であるから、その値は、甲第4号証におけるS/lの値を4倍したものに相当する。つまり、流体直径と、冷媒通過断面積Sを円周(l)で除した値(S/l)の4倍値とは、技術的に等価である。
そうすると、審決が、記載A、D、Eを踏まえて、「してみると、甲第11号証〔判決注、甲第4号証〕記載のデータから算出される流体直径からみて、該流体直径が小さいほど放熱量(熱交換効率)が良くなることが甲第11号証に示唆されているということができる。」(審決19頁6〜8行)と認定したことは、正当であり、誤りはない。
(2) 原告は、甲第4号証では、流体直径の最も大きい第7図のものが最良の性能(流体直径の最も大きい第5図のものと比べて約30パーセントの放熱性能の増加)を示すとされている(記載E)から、流体直径が小さいほど放熱量(熱交換効率)が良くなることが示唆されているとした審決の認定は、甲第4号証の開示内容と矛盾すると主張する。
しかしながら、記載A、Bに示されるように、甲第4号証記載の発明は、接触長さに基づいた放熱性能を、具体的な断面形状を与えることで更に高めるというものであるから、断面形状を改良したものが、それより流体直径は小さいが断面形状を改良していないものと比較して、より高い放熱性能を示すことも当然あり得るわけであって、同号証において第7図のものが最良の性能であったとされていることは、そのような断面形状の改良に基づく放熱性能の向上によるものと理解することができる。したがって、審決の認定が本件明細書の開示内容と矛盾しているということはできない。
3 取消事由2(甲第5号証に記載された技術内容の誤認)について (1) 甲第5号証の記載 甲第5号証記載の発明は、「2種類の媒体間での熱交換の結果1種類のガス媒体を凝縮するようにした凝縮器に関するもの」(「1.発明の分野」、甲第5号証の訳文1頁)であり、この発明に関連して、同号証には次のaないしfの記載(以下「記載a」などという。)がある(下線は判決による付加)。
〔「2.先行技術の説明」欄〕 a 「凝縮器にはプレート型及び管型を含む種々な種類があるが、伝熱性能を改善する上で生じる共通した問題には伝熱面上での熱の移動容易性を示す境膜係数が関与している。
(液膜の熱伝導率を液膜の厚さで割ることにより)境膜係数は与えられる。従って、これは、伝熱面に付着した凝縮液の状態によって決定される。伝熱面に付着した凝縮液のこの状態を考察すれば、凝縮液の下降流液膜は凝縮するガス媒体・・・が送給される空間に面した全伝熱面に形成され、且つ、そのような液膜は凝縮が継続するにつれて徐々に成長し、遂にはその自重により或いは蒸気流によって運び去られ伝熱面に沿って下方へ流れる下降流液膜となることが分かる。この下降流液相は伝熱面とガス媒体間の接触を妨げ、その層厚は伝熱面の下部に近づくにつれて漸次増加するため前記伝熱面上の境膜係数は大きく減少し、そのため伝熱性能を著しく低下させる。」 b 「ガス媒体が凝縮する全伝熱面の伝熱性能を改善するためには凝縮液が厚い液膜に成長し全伝熱面を覆わないようにすることが必要である。この必要性を満たす手段として「溝」あるいは「波形」が形成された伝熱面が周知である。こうした伝熱面構造の場合には、1種類の媒体、例えば、凝縮する水蒸気がその送給される空間に面した凝縮伝熱面上において他種類の媒体、例えば、冷却水によって冷却されて凝縮液を生成し、次に、この凝縮液は表面張力の作用によって伝熱面上の(凝縮するガス媒体用の空間から見た)波形谷に収集され、これらの谷に沿って流下するので、凝縮液は波形の尾根を伝熱面部分として保護し、これが厚い凝縮液膜で覆われることはない。伝熱面を流下する凝縮液膜の面積比は、このような伝熱面によって減少し、逆に、厚い凝縮液膜に覆われない露出伝熱面部分の面積が増加するため伝熱性能が改善される。」(訳文1〜2頁)。
〔「発明の要約」欄〕 c 「本発明は溝或いは波形部が設けられた前述の伝熱面構造を改善するものである。伝熱面上に形成された波形部のピッチ及び深さの最適値は、凝縮液の性質、特にその表面張力に依存する。この関係を把握した上で本発明は表面張力が35ダイン/cm以下の有機作動流体を処理する際にその最高伝熱性能を示す凝縮伝熱面構造を提供している。
本発明では・・・ガス媒体を凝縮させる凝縮伝熱面が波形に作成されて多数の横方向に間隔をおいて設置された鉛直に延出する液体収集グルーブを有し、ピッチを1〜2mm、その深さを0.3〜0.6mmとした凝集器が提供される。本発明によれば、ガス媒体が凝縮する凝縮伝熱面上に形成した凝縮液は波形の谷、即ち、液体収集グルーブに表面張力の作用によって収集され、前記グルーブに沿って集中的に流下し、その結果、波形の尾根はガス媒体と直接的にあるいは非常に薄い液膜を通じて接触するから伝熱面は全体的に非常に減少した厚さの凝縮液膜を有し、大いに改善された伝熱性能を保証している。」(訳文2頁)。
〔「好適実施例の説明」欄〕 d 「図1及び図2は、多数個の熱交換プレート要素1からなるプレート形凝縮器に適用された本発明の実施例を図示している。各プレートは波形に作られ、谷及び尾根はガス媒体が凝縮する凝縮伝熱面2から見たとおりそれぞれ数字3及び4によって示されている。伝熱面2の全面積上に最初に形成される液滴状の凝縮液は漸次集まって比較的大きい粒子になり、その後、厚い下降流液膜に成長し、・・・表面張力の作用により専ら谷3に収集され、そしてその自重により、且つガス媒体流によって運び去られる。従って、凝集液は集中的に谷、即ち、液収集グルーブ3に沿って流下する。よって波形の尾根4はガス媒体と直接的或いは非常に薄い液膜を通じて接触するから、伝熱面2は、総じて、厚い凝縮液膜で覆われ伝熱性能にとって望ましくない伝熱面部分の量を大幅に減じている。」 e 「伝熱面2上には多数の液収集グルーブが横方向に間隔を置いて設置され、且つ鉛直に延出している。前述したとおり、液収集グルーブのピッチp及び深さdの最適値は凝縮液、特にその表面張力に依存する。」 f 「液収集グルーブ3の深さdは前述したとおり、ピッチpと密接な関係があり、表面張力が34ダイン/cm以下の有機作動流体については深さdはピッチpの約5/8、即ち、具体的には約0.3〜0.6mmが適切であることが判明している。」 g 「本発明はこれ迄プレート型凝縮器への適用として説明してきたが、本発明はプレート型に限られるものではなく管型を含むその他の凝縮器の凝縮伝熱面にも等しく適用できるものである。」 h 「図4から図6は、これらの問題(判決注:溝あるいは波形が設けられた伝熱面構造においてプレート型の場合には隣接するプレート間にスペーサーを設置しなければならないことに伴う問題)を解決するために設計したプレート型凝縮器の実施例である。この凝縮器は複数個の鉛直に延出したプレート要素が組み立てられ、その間に熱交換に晒される2種類の媒体用の空間が形成され、各プレートには、凝縮するガス媒体に割り当てられた空間に突起し、且つ、対向した隣接プレートの表面に接合した多数個の横方向に間隔を置いて設置された鉛直に延出した尾根が形成されていることを特徴としている。その結果生じた凝縮液は、尾根がプレート表面に対して接合した領域の近傍に沿って流下し、前記尾根は隣接プレート間の間隔を保持するためのスペーサーとして役立ち、・・・更に、尾根の高さ、幅、ピッチ及び個数を適切に選択し組み合わせることによって媒体用のプレート駆動空間の断面積を処理する流動媒体の特性に合わせて調整することが可能である。」 i 「図4において、プレート型凝縮器は多数個のプレート要素1a〜1fから成り、プレート間には・・・凝縮するガス媒体用の空間Aが形成され、・・・プレート1a〜1fのそれぞれには、横方向に間隔を置いて設置され、且つ、鉛直に延出した多数個の尾根2a〜2f(・・・)が設けられている。各プレートにおいては、尾根は凝縮する媒体用の空間Aに突起し、隣接プレートの各組では各プレートの尾根は適当な量(図示の例では1/2ピッチ)だけ変位し、その結果、尾根は対抗したプレートの平面部分に対して接合している。このようにして尾根2a〜2fは空間Aを多数個の小区画A’に分割している。」 j 「図4の配置の場合、空間Aに送給されるガス媒体は垂直プレートの表面に沿って流下し、隣接空間Bに送給される冷却媒体とプレート壁を通しての熱交換によって凝縮する。その結果生じた凝縮液は、表面張力の作用によって尾根2a〜2f及びこれらの尾根が接合したプレート1a〜1fの表面との間のコーナーに引き込まれ、専ら前記コーナーに沿って流下する。それ故に・・・液膜の下降流で覆われない伝熱面部分の割合は増加し、・・・凝縮器の伝熱性能を改善している。」〔クレーム〕 k 「凝縮するガス媒体として有機作動流体を取り扱うよう適合し、複数個の伝熱板を含み、前記各伝熱板が介在 する 尾根 を有する 実質的 に横方向 に隔置 され 鉛直に延出 する グルーブ で構成 され 、・・・ 凝縮領域内 の鉛直 に延出 する 空間 グルーブがそれぞれ 1〜2mmのピッチ と0.3〜0.6mmの深さを 有するようにした プレート型凝縮器。」 (2) 原告は、審決が、甲第5号証に記載された冷媒が流通する小区画の流体直径を0.375mm(約0.015インチ)から0.75mm(約0.030インチ)の範囲と認定し、この認定に基づいて本件発明に特定された流体直径の数値範囲を選定することが当業者にとって容易であると判断したことに対し、甲第5号証の凝縮器は、本件発明とは全くタイプの異なる流下フィルム型凝縮器であり、冷媒の圧力損失はほとんど問題にならないから、圧力損失が問題となる凝縮器を設計しようとする当業者が甲第5号証記載の発明に注目することはあり得ず、流体直径の選定に関して同発明を引用すること自体がそもそも誤りであると主張する。
しかしながら、甲第5号証は、@プレート型及び管型を含む種々の種類の凝縮器において共通する問題として、ガス媒体の凝縮によって生じる凝縮液の液膜が伝熱面を覆って伝熱性能を低下させるという問題があること(記載a)、Aこれを解決するために、溝あるいは波形が形成された伝熱面が周知であり、そのような伝熱面構造では、凝縮液が表面張力の作用により伝熱面上の波形谷に収集され、波形の尾根の部分が伝熱面部分として残ることにより、伝熱性能が改善されること(記載b)、B波形部のピッチ及び深さの最適値は、凝縮液の性質、特に表面張力に依存すること、を指摘し、その上で、溝あるいは波形が形成された伝熱面についての改良された寸法、形状を提案するものであり、そこで解決課題とされている事項やその解決手段は、プレート型の凝縮器に限らず、管型を含む種々の凝縮器にも共通するものであると認められる。また、同号証には、プレート型以外の凝縮器への適用の可能性を指摘する、「本発明はこれ迄プレート型凝縮器への適用として説明してきたが、本発明はプレート型に限られるものではなく管型を含むその他の凝縮器の凝縮伝熱面にも等しく適用できるものである。」(記載g)との記載、及び実施例の凝縮器について、「凝縮液は・・・専ら谷3に収集され、そしてその自重により且つガス媒体流によって運び去られる。」(記載d)という圧力下での作動を示す記載があることが認められる。
以上のような甲第5号証の内容に照らすと、同号証に開示された事項は、当業者にとって、プレート型のみならず、平行流型凝縮器の管路の形状及び寸法についても有益なものとして理解されるというべきである。したがって、審決が、本件発明に特定された流体直径の数値範囲を選定することの容易性を検討するに当たり、同号証に開示された小区画A’の流体直径を参照したことに誤りはない。
(3) さらに、原告は、甲第5号証には、冷媒が流通する小区画A’の流体直径を0.375mm(約0.015インチ)から0.75mm(約0.030インチ)とすることは記載されていない、と主張する。
原告の主張は、審決が「凝縮領域内の鉛直に延出する空間グルーブがそれぞれ1〜2mmのピッチと0.3〜0.6mmの深さを有するようにしたプレート型凝縮器」というクレームに記載された数値をそのまま図4に当てはめて流体直径を算出したことは誤りである、というものであり、@甲第5号証の図4には、請求項にいう「グルーブ」に相当するものが存在しないから、図4に記号pで示されたものは、
請求項が特定しているグルーブのピッチ(p)ではなく、また、図4にはグルーブの深さを示す記号(d)もないから、図4からはグルーブのピッチ、深さとも特定が不可能である、A図4のものは、プレート型凝縮器において隣接するプレート間の適切な間隔を保つためのスペーサーの設置形態に技術的思想が存するもので、空間A’の寸法に関する技術的思想を含んでいない(空間A’の寸法に関する技術的思想を含むものは図2の実施例だけである。)、という2点からなる。
しかしながら、原告の上記主張は、以下のとおり、採用することができない。
ア 記載aないしkによれば、甲第5号証記載の発明は、伝熱性能を向上させるために溝又は波形部を設けた伝熱面構造(従来技術)を更に改善するものとして提案されているものである。そして、同号証の「発明の要約」欄には、同号証記載の発明に関する一般的な説明として、「伝熱面上に形成された波形部のピッチ 及び深さの最適値は、凝縮液の性質、特に表面張力に依存する。」(記載c)ことが指摘されるとともに、「本発明では・・・凝縮伝熱面が波形に作成されて多数の横方向に間隔をおいて設置された鉛直に延出する液体収集グルーブ(a plurality of transversely spaced vertically extending liquid collecting grooves )を有し、ピッチを1〜2mm、その深さを0.3〜0.6mmとした凝縮器が提供される。」(記載c)と記載され、さらに、クレームにおいて、「板素子の尾根が凝縮する媒体の空間に延出し、・・・そして凝縮領域内の鉛直に延出 する 空間 グルーブがそれぞれ1〜2mmのピッチ と0.3〜0.6mmの深 さを 有する ようにした(and the space vertically extending grooves in the condensing areas have a pitch and depth of 1-2mm and 0.3 to 0.6mm respectively.)、プレート型凝縮器」と記載されていることからすると、「ピッチ」とは、波形が繰り返される1単位の長さ、すなわち、尾根と谷を有する形状においては、1つの尾根とその隣りの尾根との距離(又は1つの谷とその隣りの谷との距離)を指し、「深さ」とは、波形部の谷と尾根との高低差を指しているとみるのが自然な解釈である(なお、以下「谷」、「尾根」の語は、それぞれ凝縮液の通る空間側を基準とした谷と尾根の意味で用いる。)。ちなみに、ここで「グルーブ」が「鉛直に延出する」(訳文)とは、上記原文を参照すると、グルーブを構成する空間が伝熱面の鉛直方向に拡がっていること、すなわち、グルーブが凹型形状であることを述べたものと解される。
クレームに記載された「ピッチ」及び「深さ」を上記のように理解することは、波形プレートの谷と尾根の作用を説明している図2において、1枚の波形プレートにおける谷と谷との間隔にピッチを表す記号pが付され、谷と尾根との高低差に深さを表す記号dが付されていること、さらに、2枚の波形プレートを互いの尾根と尾根(谷と谷)が等間隔で交互に入り組むように組み合わせた図4の構造において、一枚の波形プレートの尾根と尾根との間隔に記号pが付され、対向する2枚のプレートの尾根と谷との間隔に記号1/2pが付されていることとも符合するものである。
また、図4に示される構造及びこれについて説明した「プレート間には・・・凝縮するガス媒体用の空間Aが形成され、・・・横方向に間隔を置いて設置され、且つ、鉛直に延出した多数個の尾根・・が設けられている。・・・板素子の尾根は凝縮する媒体用の空間Aに突起し、・・・各プレートの尾根は適当な量(図示の例では1/2ピッチ)だけ変位し・・・」(記載i)との記載は、クレームにおける「(凝縮器は)複数個の伝熱板を含み、前記各伝熱板が介在する尾根を有する実質的に横方向に隔置され鉛直に延出するグルーブで構成され・・・隣接する板素子の尾根が凝縮する媒体の空間に延出して・・・そして凝縮領域内の鉛直に延出する空間グルーブがそれぞれ1〜2mmのピッチと0.3〜0.6mmの深さを有するようにした、プレート型凝縮器((a plate-type condenser)・・・comprising a plurality of heat transfer plates, each of which consisits substantially of transversely spaced vertically extending grooves with intervening ridges,・・・the ridges of adjacent plate elements extending into the spaces for the medium to be condensed・・・, the space vertically extending grooves in the condensing areas have a pitch and depth of 1-2mm and 0.3 to 0.6mm respectively.)」との記載と実質的に対応していることが明らかであり、両者を対比すれば、クレームにいう「横方向に隔置され鉛直方向に延出」し、「介在する尾根」を有する「グルーブ」は、図4において、個々の伝熱板の凝集する媒体の流通空間側に形成され、間に尾根の入った横長凹部空間を指すと理解される。
ウ さらに、甲第5号証のクレームは、伝熱板である板素子を組み合わせること、及び組み合わせた板素子が当接関係を有することを特定しているところ、図1、図2には板素子の当接関係が明らかにされておらず、板素子の当接関係を明らかにしているのは図4ないし図6の実施例であるから、当業者は、クレームに記載された数値が、当然、伝熱板同士の当接する構成を有する図4ないし図6の実施例に当てはまるものとして、同号証記載の発明を理解するものと考えられる。
そうであるからには、審決が、甲第5号証に接した当業者の通常理解するであろうところに従い、実施例として示された図4の構造にクレーム記載の数値を当てはめることによって小区画A’の流体直径を算出し、これによって、甲第5号証には冷媒が流通する多数個の小区画A’の流体直径を0.375mm(約0.015インチ)から0.75mm(約0.030インチ)とすることが記載されていると認定したことについて、誤りはないというべきである。
エ なお、原告は、図4のものは、スペーサーの設置形態に技術的思想が存し、空間A’の寸法に関する技術的思想を含んでいないと主張するが、図4の構造がより効率のよいスペーサーの設置形態を主眼としたものであるとしても、そのことは、クレームに記載された数値を図4に当てはめて流体直径を算出することが誤りであるとする理由にはならない。
(4) 小括 以上によれば、審決が甲第5号証の図4の実施例について、冷媒が流通する小区画A’の流体直径を0.375mm(約0.015インチ)から0.75mm(約0.030インチ)と認定し、その値が本件発明における各管に設けた個別の流路の流体直径と重複すると認定したことに誤りはない。
取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(本件発明の進歩性(組合せの困難性ないし阻害要因)の判断の誤り)について 以上の検討結果を踏まえて、当業者が平行流型の凝縮器を設計する際に、本件発明の数値範囲の流体直径を選定することが容易であったか否かを検討する。
(1) 甲第4号証の「冷媒通過断面積を一定とした場合の接触長さの比が1:1.2:0.8となり、性能的にもこの割合になると考えられるが」という記載は、前示のとおり、小さな流体直径を有する流路は流体直径が大きいものよりも熱交換効率がよいとの認識を示すものと認められる。のみならず、乙第1号証(審判甲12:米国刊行物「Heat Exchangers」の「Compact and Enhanced Heat Exchangers」、 R.K.SHAH, R.L.WEBB, 1983)、乙第3号証(審判甲15:米国刊行物「COMPACT HEAT EXCHANGERS」W.M.KAYS, A.L.LONDON, 1964)などの文献によれば、熱交換効率と流体直径との間の一般的な関係は、当業者によく知られた事項であると認められる。
してみれば、平行流型の凝縮器において、管路抵抗を考慮しながら、許容範囲内で、流体直径をできるだけ小さくしようとすることは、管路を設計する当業者が当然に試みることであると認められる。
ところで、本件発明に係る平行流型凝縮器は、本件特許の優先権主張日前に公知であったと認められるところ(甲3、4及び弁論の全趣旨)、平行流型凝縮器は、
1対のヘッダ間を複数の管で繋ぎ、複数の管に平行して冷媒を流すものであるから、従来の蛇行型凝縮器と比べて、各管の長さが短くなると同時に複数本の管によって合計流路断面積が大きくなり、管路抵抗が相対的に減じ、結果として、個々の管内流路の流体直径を小さく設定することを可能にするものと認められる。このことは、自動車用空調機等に使用する平行流型の熱交換器の考案を記載した甲第3号証(実願昭55-87752号(実開昭57-66389号)のマイクロフィルム。審判甲10)に、その考案に係る熱交換器について、「伝熱管2aの管長を短縮でき、その管路抵抗を低減できる」と記載されていることに端的に現れている。
以上のような、平行流型凝縮器についての認識、すなわち、平行流型凝縮器は従来の蛇行流型凝縮器と比べて管路抵抗を低減することができるという認識を前提とすれば、平行流型の凝縮器を設計する当業者が、管路抵抗をも考慮に入れつつ、伝熱性能を高めるために流体直径をできるだけ小さくしようと試みる場合、出発点となる流体直径の数値が従来型の蛇行流型凝縮器の場合と比べて充分に小さいものであったことは、容易に推認されるところである。そして、これらの事情と、流体直径を本件発明と重複する数値範囲としたものが甲第5号証に記載されていることを併せ考えれば、本件発明の流体直径を選択するために過大な試行錯誤と創意が必要であったとは到底いうことができない。
(2) 原告は、本件発明の流体直径は、本件特許出願時には未解明であった二相熱交換における複雑な技術的要素に裏付けられたものであるから、当業者であっても本件特許の数値範囲の流体直径を選択することは容易ではなかったと主張する。 しかし、本件明細書には、特許請求の範囲に記載された流体直径の選択の理由として、「加うるに、記載した寸法の独立流路に於いては表面張力現象に基づく熱伝達の所望の効果が活用されると考えられている。より詳しくいうと、各流路の断面の輪郭は互いに会合する2以上の比較的直線上の部分とそれらが会合する少なくとも1つの凹入部とを有する。凝縮液は表面張力によって凹入部に引き付けられるから、ほぼ直線状の部分に形成される液層は最小限に抑えられ、液層による熱伝達の阻害が最小限となる。表面張力が効果的に作用するためには流体直径が充分に小さくなければならない。」との記載が存在するのみであって、本件発明の流体直径が原告の主張するような複雑な技術的要因を考慮して選択されたことを推測させるものは存在しない。このことは、本件発明における流体直径も、流体直径が小さいほど熱伝達性能が向上するという、流体直径と熱伝達性能との定性的な関係に関する知見に基づき、表面張力の作用をも考慮しながら、流路の設計に当たり通常なされる程度の試行錯誤を経ることによって、容易に到達し得たものであることを充分に推測させるものである。本件発明の流体直径は流体の流れ様式に関する複雑な技術的要素に基づくとの原告の主張は、本件発明後の知見に依拠するものであって、本件発明の流体直径を採用することにより現実に流体の流れ様式が改変されるか否かにかかわりなく、本件発明の流体直径を選定することの困難性を理由づけるものということはできない。
(3) 原告は、また、本件特許の出願当時はもとより、本件発明の開示以降においても、当業者は、圧力損失の問題があるため小さな寸法の流路(小さな流体直径を与える流路)を避けるべきであるとする技術的確信を抱いていたから、小さな流体直径を選択することには阻害要因があったとも主張するが、この主張に理由がないことは、上記(1)に説示したところから明らかである。
5 結論 以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、審決が本件第1、第2発明はいずれも当業者が容易に発明をすることができたものと認定判断したことに誤りはないから、原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利