関連審決 | 異議1999-73078 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18行ケ10503審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10002審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10133審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13行ケ269特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 製造方法 / 容易に実施 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 下位概念 / 実施可能要件 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 分割出願 / 特許出願日 / 優先日 / 参酌 / 数値限定 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 構成要件 / 設定登録 / 新規事項追加(新規事項の追加) / 請求の範囲 / 減縮 / 変更 / 独立特許要件 / 訂正明細書 / 訂正要件 / 取消決定 / 異議申立 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
431号
特許取消決定取消請求事件
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原告 エーブリーデニソン コーポレイション 訴訟代理人弁理士 山本秀策,安村高明,森下夏樹 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 千壽哲郎,田中秀夫,高木進,林栄二,大橋信彦 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/02/05 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が平成11年異議第73078号事件について平成14年4月2日にした決定を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,その請求項1に係る特許について特許異議の申立てを受けた特許庁により特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。 なお,本判決においては,決定や当事者の主張を引用する場合を含め,特開昭59-49971号公報(甲8)を「引用例」,これに記載された発明を「引用発明」といい,「AFFIDAVIT」には「宣誓供述書」,「DECLARATION」には「宣言書」との訳語を当てた。本件発明の特許請求の範囲の記載等において,「成型体」と「成形体」の表記及び「フィルム」と「フイルム」の表記が混在しているが,いずれも前者に統一して表記した。このほか,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。 1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本件特許 特許権者:原告 発明の名称:「多層フェイスストック」 特許出願日:平成6年10月26日(優先権主張日:1985年2月5日米国。 特願平6-262920号。昭和61年2月5日に国際特許出願されたPCT/US86/00254の日本国出願である特願昭61-501137号の分割出願) 設定登録日:平成10年12月4日 特許番号:第2859140号 (1-2) 本件手続 特許異議事件番号:平成11年異議第73078号 訂正請求日:平成13年8月22日(本件訂正) 異議の決定日:平成14年4月2日 決定の結論:「特許第2859140号の請求項1に係る特許を取り消す。」(出訴期間として90日附加) 決定謄本送達日:平成14年4月24日(原告に対し) (2) 本件発明の要旨 (2-1) 本件訂正前の特許請求の範囲1及び4の記載(この発明を「本件発明」という。) 「1.ラベルとして適切な10〜100のガーレイ剛性度をもつ重合フィルム材料でなる相対的に厚いコア(52,52a,62)と,フィルム材料でなり,意図する装飾処理により表面が印刷できるようにした,共押出し成型体の表面上に設けられた相対的に薄いスキン層(54,54a,66)とを含有する,互いに結合された層状の共押出し成型体と,前記表面とは反対側で前記共押出し成型体に結合された感圧粘着層(58,58a,68)とを含有する,多層ラベルフェイスストック。」 「4.前記コア(52,52a)の重合フィルム材料が,比重0.809ないし0.965のポリエチレン,若しくは,温度73゜F(約23℃)における曲げ弾性率が130,000ないし250,000psi(約896〜1724MPa)のポリプロピレン重合体または共重合体から成る,請求項3記載の多層ラベルフェイスストック。」 なお,請求項3は請求項1又は2を引用し,請求項2は請求項1を引用している。 (2-2) 本件訂正請求に係る特許請求の範囲1及び4の記載(下線部が訂正部分。 この発明を「訂正発明」という。) 「1.ラベルとして適切な10〜100のガーレイ剛性度をもつ重合フィルム材料でなる相対的に厚いコア(52,52a,62)と,フィルム材料でなり,意図する装飾処理により表面が印刷できるようにした,共押出し成型体の表面上に設けられた相対的に薄いスキン層(54,54a,66)とを含有し,ここで ,該共押出 し成型体 は,機械方向に延伸 されてい る,互いに結合された層状の共押出し成型体と,前記表面とは反対側で前記共押出し成型体に結合された感圧粘着層(58,58a,68)とを含有する,多層ラベルフェイスストック。」 「4.前記コア(52,52a)の重合フィルム材料が,比重0.890ないし0.965のポリエチレン,若しくは,温度73゜F(約23℃)における曲げ弾性率が130,000ないし250,000psi(約896〜1724MPa)のポリプロピレン重合体または共重合体から成る,請求項3記載の多層ラベルフェイスストック。」 なお,請求項3は請求項1又は2を引用し,請求項2は請求項1を引用している。 (3) 決定の理由の要旨 (3-1) 特許請求の範囲1に関する訂正について (a) 旧特許法36条3〜4項に適合するか否かに関する決定の判断 訂正発明の「ガーレイ剛性度」は,本件特許出願時に日本国内において,訂正発明のような多層ラベルフェイスストックの物性を表す指標として広く用いられているものとは認められない。したがって,かかる指標を発明を特定する指標として特許請求の範囲に記載する場合には,発明の詳細な説明の項においてその測定方法を具体的かつ明りょうに示す必要があるところ,本件の明細書には,その測定方法が明りょうに記載されているとはいえない。 特許権者は,平成13年8月22日付け特許異議意見書において,…ガーレイ剛性度が本件特許の出願時において普通に使用されており,かつその測定方法も普通に知られていたものであるというが,…甲第1号証「Stiffness of paper(Gurley type stiffness tester)」では,ガーレイタイプ剛性度試験機はもっぱら特定の条件下で紙を曲げるのに必要な力(紙の剛性度)を測定するためのものであると記載されており,また,出願時においてJIS等の規格化された測定方法であったものでもないので,ガーレイ剛性度が特許権者のいうようなラベルの剛性を表す指標として本件特許の出願時において普通に使用されており,かつその測定方法も普通に知られていたものであるとすることはできない。また,平成14年2月27日付け意見書において,乙18に係る宣言書を新たに提出したが,同号証は一私人の見解を示した宣言書にすぎず,これによって先の判断が左右されることにはならない。 訂正発明が,ラベル材料としての重合フィルムの物性を10〜100 のガーレイ剛性度とした点に特徴があるというのであれば,実施例のものの該ガーレイ剛性度を具体的に示し,数値限定範囲の内外での効果の相違等を明示すべきであると認められるところ,本件の明細書中の実施例には訂正発明の具体例として挙げられたものの「ガーレイ剛性度」がどのような数値であったかは何ら記載されておらず,該実施例を追試して,訂正発明で規定した条件の意義を確認することができない。 次に,特許請求の範囲には,「10〜100のガーレイ剛性度」と記載され,その単位が何ら記載されていないので,はたしてその単位が「mg」なのか「g」なのか,ポンドその他なのか,明らかでない。特許権者は,平成13年8月22日付け特許異議意見書において,乙11及び12を提出し,ガーレイ剛性度の単位は伝統的にミリグラム(mg)であり,これがガーレイ単位と同一であるというが,乙12は本件特許の出願後である1994年に頒布されたものであり,本件特許の出願前に頒布された乙11にはガーレイ剛性度の単位がミリグラム(mg)である点は記載されていないのであるから,本件特許の出願時において,ガーレイ剛性度の単位が記載されていない場合にその単位がミリグラム(mg)であることが自明であるとはいえない。また,特許権者は,平成14年2月27日付け意見書において,乙15や16によってもガーレイ剛性度の単位がミリグラムであるというが,物象の状態の量を示すに当たって単位が示されていない以上,明細書の記載としては明りょうでないといわざるを得ない。 以上によれば,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,訂正発明の構成及び効果が記載されているものとはいえない。また,訂正明細書の特許請求の範囲の記載についても,発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているものとはいえない。 したがって,本件訂正明細書は,旧特許法36条3〜4項の規定に違反するものというべきである。 (b) 訂正発明の独立特許要件(進歩性)に関する決定の認定判断 特開昭59-49971号公報(引用例)には,「擬紙化ポリオレフィンフィルム」について第1〜4図とともに記載されており,第4〜5頁の「実施例」には,コア層の剛性度が記載されていない点を除き,訂正発明の構成が記載されているものと認められる。 なお,本件訂正請求により,共押出し成型体が「機械方向に延伸されている」共押出し成型体とされたが,引用例の二軸延伸フィルムも「機械方向に延伸されている」ものであることには変りない。 そして,訂正発明の剛性度は,明細書の段落0036〜0037に記載されるように,単に,ラベルが軟弱過ぎてライナに沿ってそのまま剥離せずに通過してしまうことがなく,逆に,ラベルが硬過ぎて所要の貼着が不可能にならないような範囲のものとして選択されたものにすぎない。 また,訂正発明にいう「ガーレイ剛性度」は,ヤング率とある程度の相関関係を有するものと認められる(異議申立人フレクスコン カンパニー インコーポレイテッドが提出した平成11年9月13日付け上申書参照)ところ,同上申書及び異議申立人東レ株式会社が提出した甲3からみて,引用例のものにおけるコア層のガーレイ剛性度を10〜100(mg)の範囲内とすることは,当業者が容易になしうる程度のことであると認められる。 そうすると,本件のガーレイ剛性度の単位がミリグラム(mg)であったとしても,訂正発明は,引用発明に基づき当業者には容易になし得るものというべきであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。 なお,請求人は,本件訂正請求書中において,訂正発明は縦方向のみに一軸延伸されたもので二軸延伸フィルムは含まないというが,訂正の根拠として特許権者が指摘した願書に添付された明細書の段落0023には「形成フィルムが公知の態様で加熱されて引張り出され,多層ウェブ構造10をもって形成されるライナの機械的方向の配向性が与えられる」と記載されるのであって,この記載から,一軸延伸されたもので二軸延伸フィルムは含まないことが直接的かつ一義的に導き出せるとはいえない。むしろ,特許請求の範囲17には,「前記共押出し成型体が2軸延伸自在である,請求項1から16の何れか1項に記載の多層ラベルフェイスストック」と記載されていることからすれば,本件発明はもっぱら2軸延伸フィルムを使用したものであると解するのが相当である。 訂正発明は,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,この訂正は旧特許法120条の4第3項で準用する同法126条4項の規定に適合しないものであり,訂正は認められない。 (3-2) 特許請求の範囲4に関する訂正についての決定の判断 特許請求の範囲4についての訂正は,特許権者のいう明細書の段落0038には「比重が,0.890以下の低密度ポリエチレンはより大きな可撓性のために用いられる」と記載されるのであって,訂正事項に係る「コア(52,52a)の重合フィルム材料が,比重0.890ないし0.965のポリエチレン」であることが直接的かつ一義的に記載されているものとすることはできない。この訂正は,特許法126条2項の規定に適合せず,認められない。 (3-3) 訂正請求前の本件発明の取消理由の有無についての決定の認定判断 上記(3-1)において示したとおり,本件特許請求の範囲1(独立請求項)に記載された「ガーレイ剛性度」は,本件発明のような多層ラベルフェイスストックの物性を表す指標として広く用いられているものではないので,かかる指標を発明を特定する指標として特許請求の範囲に記載する場合には,発明の詳細な説明の項においてその測定方法を具体的かつ明りょうに示す必要があるところ,本件の明細書には,その測定方法が明りょうに記載されておらず,また,ガーレイ剛性度の単位も記載されていないので,本件明細書は,旧特許法36条3〜4項の規定に違反するものというべきである。 また,本件のガーレイ剛性度の単位がミリグラム(mg)であったとしても,本件発明は,上記(3-2)において示した理由により,引用発明に基づき,当業者には容易になし得るものというべきであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。 2 原告の主張(決定取消事由)の要点 前記1(3)(3-1),(3-2)のように,本件訂正が認められないとした決定の認定判断は,誤りである。本件訂正は認められるべきであるから,訂正後の特許請求の範囲が本件発明の要旨として認定されるべきであるところ,前記1(3)(3-3)において,訂正前の特許請求の範囲を要旨と認定した決定は,正しくない。 (1) 取消事由1(訂正発明の実施可能要件に関する判断の誤り) (1-1) 重合フィルムのガーレイ剛性度の測定について (a) 重合フィルムのガーレイ剛性度を測定することは,本件特許の優先日当時,当該分野において周知であった。 この点は,甲21(Aの宣言書)に説明されているとおりであって,甲23〜27(枝番号付きのものも含む。以下同じ。)のいずれにもガーレイ剛性度の決定方法の詳細は記載されておらず,甲23〜24は,ガーレイ剛性度をミリグラムで表わしているが,甲25〜27は,ガーレイ剛性度の単位を示していないこと,「Bulletin 1400 PAPER TESTING INSTRUMENT」と題するパンフレットに,Gurley Stiffness Tester(ガーレイ剛性度試験機)が重合フィルム用に使用されることの記載があること(甲28-3),当業者は,本件特許の優先日の以前に,TAPPI法T543 pm-84(甲29)及びGurley Bulletin(甲28-3)の両方に従って,重合フィルムの剛性度の測定にガーレイ剛性度試験機が使用されることを認識していたこと,ガーレイ剛性度試験機からの変数及び出力読み取りの所定のセットについて,同じ剛性度値が上記方法の両方から得られること(甲30),重合フィルムの剛性度決定にガーレイ剛性度試験機を使用することが教科書の抄録(甲31)に示されていることなどから,当該分野で周知であったといえる。 (b) Bの宣言書(甲18)は,本件特許の優先日当時の当業者であれば,本件明細書の記載をもとに,容易に,10〜100の範囲のガーレイ剛性度を理解できることを宣言している。また,甲9(米国特許第4,655,761号)の第3欄51行〜56行には,ポリプロピレンテープの剛性度がガーレイ剛性度で示されており,プラスチックフィルムの剛性度がガーレイ剛性度で示されることが示されている。 (c) 重合フィルムのガーレイ剛性度を当業者が理解できることは,当業者である各異議申立人から提出された書類(甲6,7,16,19,20)からも明らかである。 (d) TAPPI T543 pm-84(甲11)とTAPPI T543 om-94(甲12)とを比較すれば,ガーレイ剛性度を測定するための手順が,最初の暫定試験方法から現在の公式試験方法に至るまで,手順の工程順序を再編成した以外には変化していないことが明らかであり,TAPPI T543を用いたポリマーフィルムのガーレイ剛性度の測定は,本件発明の時点において適切であり,かつ,ラベル製造業の当業者に合理的であると考えられていた。さらに,タグ及びラベル製造者協会(The Tag and Label Manufacturer's Institute (TLMI))は,特に,紙及び/又はフィルムの剛性度の測定方法として,TAPPI T543を推奨している(甲10)。 (1-2) ガーレイ剛性度の単位について (a) 本件特許の優先日当時,当業者は,単位が明記されているか否かにかかわらず,重合フィルムのガーレイ剛性度の単位がミリグラムであることを認識していた。 このことは,Aの宣言書(甲21)において説明されているように,甲23-1・2,24,28-3は,ガーレイ剛性度の単位がミリグラムであることを当業者が認識しており,このことが本件特許の優先日の何年も前に当該分野で非常によく知られていたことを示しており,甲25〜27,29は,当業者が,単位がミリグラムであることは周知であったために,ガーレイ剛性度の単位を明記する必要がないものと認識していたことを示している。 (b) ガーレイ剛性度の単位がミリグラムであると当業者が当然,かつ,容易に理解することは,異議申立人である東レ株式会社が実験成績書(甲6)において,ガーレイ剛性度をミリグラムの単位で測定し,ガーレイ剛性度の単位がミリグラムであることが当然であるという前提に基づいて議論を行い,証拠を提出していることからも明らかである。 (c) このような背景は,TAPPI T 543-om(甲12)などからも明らかに理解され,ガーレイ剛性度試験機の結果が,伝統的にミリグラムの力(mgf)で報告され,これが「ガーレイ単位の現在好ましい用語と同一である。」と記載されている。TAPPI T543は,1984年の暫定方法(甲11)から現在の1994年の公式方法(甲12)に至るまで変更されていない。 Cの宣誓供述書(甲15)では,「ガーレイ剛性度(これはmg又はガーレイの単位で表される)」,「ここで,SGは,ガーレイ(mg)での剛性度」と記載されている。甲16の表Vにも,「ガーレイ剛性度,mg」と記載されている。さらに,ガーレイ剛性度試験機の製造者であるGurley Precision Instrumentsには,「純粋なガーレイTMデジタル曲げ抵抗性/剛性試験機のガーレイ単位(ミリグラム)における出力」と記載されている(甲13)。 (1-3) ガーレイ剛性度に関する具体的な実施例がない点について 上記の点が本件明細書中に存在しないことは,訂正発明の実施可能要件を否定しない。優先日当時の当業者にとって,技術常識を考慮した上で本件特許の明細書を読めば,ガーレイ剛性度を理解することは容易であり,過度の実験を行うことなく訂正発明の効果を容易に理解できた。訂正発明は,実施可能要件を満たす。 (2) 取消事由2(訂正発明の進歩性に関する判断の誤り) (2-1) 訂正発明の要旨,特に,「機械方向に延伸」との要件について (a) 訂正発明は,共押出し成型体が「機械方向に延伸」されていることを一つの特徴とする。延伸とは,加熱されたプラスチックフィルムを引き伸ばして分子を整列させることにより,その機械的特性を改変するプロセスである。延伸の力が一方向に与えられる場合,このプロセスは「一軸延伸」と呼ばれる。二方向,すなわち,縦(機械)方向及び横方向に引き伸ばされる場合,「二軸延伸」との用語が使用される。 「機械方向」とは単一の方向であり,機械方向延伸は,「一軸延伸」とも呼ばれる。機械方向は単一の方向のみなのであるから,「機械方向に延伸され」との語句が意味するのは,一軸延伸でしかあり得ない。当業者の技術常識によれば,「機械方向に延伸され」とは,「二軸延伸」と異なるだけでなく,「二軸延伸」を排除すると理解される。二軸延伸されたフィルムが一軸延伸フィルムの下位概念に含まれないことも当業者に理解される。二軸延伸及び一軸延伸の両方に言及することを意図する場合には,当業者であれば,「延伸フィルム」との用語を用いる。したがって,「機械方向に延伸されたフィルム」すなわち一軸延伸フィルムは,明らかに二軸延伸フィルムを排除しているのである。 本件明細書の段落【0023】,【0033】及び【0045】に基づけば,唯一の合理的な解釈は,「機械方向に延伸された共押出し成型体」が長手方向のみに一軸延伸されており,「二軸延伸フィルム」を含まない。すなわち,段落【0023】は,「形成フィルム」が加熱延伸されて機械方向延伸を提供することを説明している。明らかに,「形成フィルム」とは,複数のフィルム,すなわち共押出し成型体を意味する。この共押出し成型体が機械方向に加熱延伸されていることは,さらに,永久的な結合状態で互いに接着された層から形成される共押し出し成型体を説明する段落【0033】に支持されている。共押出し成型体が機械方向に加熱延伸されていることは,さらに,加熱延伸されたフェイスストックを形成する共押出し成型体に関する段落【0045】に支持されている。 (b) 訂正発明における「機械方向に延伸されている」との要件により,訂正発明から,二軸延伸により得られる共押出し成型体は除外される。 機械方向に延伸されたいわゆる一軸延伸フィルムにおいては,そのフィルム中のポリマー分子のほとんどが,機械方向つまり縦方向に整列している。すなわち,実質的に縦方向のみに配向している。このため,縦方向における引っ張り強度に優れる一方で,横方向においてはそれほどの強度ではないなどの,極めて特徴的な物性が得られる。このように,縦方向に配向したポリマー分子を主成分として構成されるフィルムを,当業者は,「機械方向に延伸されたフィルム」と呼ぶのである。 他方,機械方向に延伸された後に,さらに横方向に延伸されたフィルム,つまり,引用例の実施例に記載されているような二軸延伸フィルムは,機械方向に延伸することにより得られた,縦方向に配向したポリマー分子のうちのかなりの分子が,その次の工程である横方向への延伸により別の方向に向いてしまう。つまり,横方向に延伸されたために横方向等に配向させられた大量のポリマー分子がフィルム中に存在する。このように,縦方向に配向したポリマー分子と,横方向に配向したポリマー分子とが混在する場合には,もはや,上述した縦方向に配向したポリマー分子を主成分とするフィルムではない。そして,一軸延伸フィルムのような,縦方向と横方向とにおける物性の大きな相違などの特徴は,二軸延伸フィルムでは得られない。 したがって,引用例に記載された二軸延伸フィルムにおいては,縦方向に配向したポリマー分子が主成分として存在していることは,あり得ない。機械方向へのポリマー分子の配向特異性が失われたフィルムを,「機械方向に延伸されたフィルム」と呼ぶことはできない。このように,延伸フィルムの特徴が分子の配向にあることは,当業者に周知である。 なお,日本語においては,用語「延伸」と「配向」とは一応区別されるが,英語においては,フィルムの分野において,「orientation」との用語が「延伸」と「配向」との両方を意味する用語として,ごく当然に当業者に使用されている。 (c) 一軸機械方向延伸フィルムであることによる訂正発明の効果は,増大した剛性度及び強度を機械方向に示し,そして横方向にはその柔軟性を保持するという,二軸延伸フィルムでは得られない効果であって,二軸延伸フィルムを用いる場合の効果と全く別種の効果である。このような効果は,引用例から予想され得ない。 (2-2) 引用例について (a) 引用例は,フィラーを含むフィルム1とフィルム2とが積層された複合フィルムを開示しており,引用例のフィルム1及びフィルム2は,押出しの後,二軸延伸されて得られている。 引用例に記載された唯一の具体例である実施例1の複合フィルムは,共押出しの後に二軸延伸を行って調製されているもので,20重量%の炭酸カルシウムを充填材として含有するポリプロピレンを用いて製造されている。これは,二軸延伸されることにより,炭酸カルシウム粒子のまわりに大きなボイドが形成されるというメカニズムを用いている。これらのボイドは,延伸の際に平たく伸ばされ,そして光を乱反射し,フィルムに白く,不透明な外観を与える。この二軸延伸複合フィルムは,ボイドを有する比較的厚いポリプロピレンベース層及び比較的薄いエチレン-プロピレンブロックコポリマースキン層を有し,そして,0.60の比重を有すると記載されている。なお,フィルムの比重について,引用例では,二軸延伸複合フィルムの見掛け比重が0.80以下であることが望ましいと記載されている。 引用例は,好ましい比重を有する製品が二軸延伸で得られることを教示するものであり,引用発明においては,二軸延伸が低い見掛け比重を有する所望の製品を得るために重要である。 (b) 一方,引用例の実施例1で用いられる材料と実質的に同様の材料(樹脂及び炭酸カルシウム)を用い,かつ,共押出しフィルムを様々な延伸倍率(9.9倍まで)で機械方向に一軸延伸して複合フィルムを調製した実験結果がある(甲17)。これによれば,平均粒径1.7μの炭酸カルシウムを用いた場合に,機械方向の一軸延伸で得られる複合フィルムの比重はすべて0.80以上である(得ることができた最小の比重は,延伸倍率9倍における0.810であり,0.60の比重を有する機械方向延伸複合フィルムを得ることはできなかった。)。機械方向の一軸延伸で得られる複合フィルムは,引用例の実施例1で得られるフィルムと全く異なる。 甲17の実験結果は,訂正発明の機械方向延伸複合フィルムが,引用例の二軸延伸フィルムとは異なり,引用例から自明ではないことを実証している。 なお,甲14にも,同様の実験結果が示されている。 (2-3) 訂正発明と引用発明との対比について 引用例は,共押出し成型体を機械方向に一軸延伸されたフィルムを使用することを記載も示唆もしていない。引用例は,フィルム2については,一軸延伸であっても許容される旨を示しているが,フィルム1については,一軸延伸が許容される旨を示す記載がない。すなわち,引用例は,二軸延伸を用いて,比重が小さい複合フィルムを得ることが好ましいことを教示している。 甲17に示されるように,引用例の実施例1に記載された材料を用いて機械方向に一軸延伸された複合フィルムを製造した場合には,引用例において好ましいと記載されている0.80以下(例えば0.60)の比重を有する製品を得ることができない。 したがって,当業者は,好ましい0.80以下の比重を達成することができない一軸延伸フィルムを使用するべきでないと引用例が実質的に教示していると当然に解釈する。 したがって,当業者は,このような引用例の実質的な教示に逆らって,一軸延伸を採用することに容易に想到できないのであって,この教示は,引用例の発明に対して一軸延伸を適用することに対して阻害要因となる。 決定は,このような阻害要因を無視して,引用例から訂正発明が想到容易であると判断したものであって,正しくない。 (2-4) 訂正発明に進歩性があることは,Aの宣言書(甲21)にも明確に示されている。 すなわち,引用例は,当業者に訂正発明を想到させる開示も,特定のガーレイ剛性度が機械方向のみの一軸延伸から(二軸延伸を排除して)得られること,及びこの剛性度が図3Dに示されるようなラベル剥離分配装置における使用のために必要とされる剥離分配特性を与えることを理解させるような開示も含んでいない。訂正発明は,従来技術から容易になし得た発明ではない。 したがって,訂正発明は,従来技術に対して自明ではなく,引用例に対して進歩性を有する。 (2-5) 「ガーレイ剛性度10〜100」が容易でないことについて ポリマーフィルムの剛性度の測定において,ガーレイ剛性度を用いることは当業者に公知であった。しかし,多層ラベルフェイスストックのコア層について,この評価方法を導入して適切なフェイスストックを得ることは,従来考えられていなかった。したがって,ガーレイ剛性度10〜100のコア層を用いることは,当業者に容易ではなかった。この点においても,訂正発明は,進歩性を有する。 (3) 取消事由3(特許請求の範囲4における新規事項の追加に関する判断の誤り) 訂正発明4における訂正事項は,「比重0.809ないし0.965」を減縮して「比重0.890ないし0.965」に訂正しようとするものである。比重の下限が0.890であることは,本件明細書の段落【0038】の「比重が 0.890以下の低密度ポリエチレンはより大きな可撓性のために用いられる。」との記載に支持される。この記載は,反対解釈として,より大きな可撓性が必要とされない場合には「比重が 0.890以上の低密度ポリエチレン」が用いられることを意味しているからである。 したがって,この訂正は,新規事項の追加には該当しない。 3 被告の主張の要点 (1) 取消事由1(訂正発明の実施可能要件に関する判断の誤り)に対して (1-1) 重合フィルムのガーレイ剛性度の測定について 甲23-1・2は,印刷回路基板の金属被覆含浸ウェブに関するもの,甲24は,電池のセパレータ材料に関するもの,甲25-1〜3は,プラスチックストラップに関するもの,甲9,26及び27は,使い捨て用の下着・おむつに関するものである。そして,甲29によれば,ガーレイタイプ剛性度試験機は,特定の条件下で紙を曲げるのに必要な力(「紙」の剛性度)を測定するためのものであり,また,本件特許の優先日(1985年2月5日)時点においてJIS等の規格化された測定方法であったものでもない。また,甲28-3,29は,ガーレイ剛性試験機について説明するにとどまり,甲30の対比表を参照しても,当該ガーレイ剛性試験機による多層ラベルフェイスストックの剛性測定に関する記載は見当たらない。 よって,「ガーレイ剛性度」は,本件訂正発明のような多層ラベルフェイスストックの物性を表す指標として本件特許の優先日以前において広く用いられていたものではない。 各異議申立人が提出した甲6,7,19,20は,いずれも,本件特許の存在を認識した上で実験等を行ったものであるから,本件特許の優先日以前に当業者が理解していたという根拠とはならない。また,甲16は,「紙」の物性を示す表中にガーレイ剛性度の欄が設けられているにすぎない。 原告が根拠として主張する甲11,12は,単にガーレイ剛性試験機による測定手順を示すに止まり,甲10は,本件特許の優先日前に公知の資料ではないから,「ガーレイ剛性度」が,多層ラベルフェイスストックの物性を表す指標として本件特許の優先日以前において広く用いられていたとする根拠となるものではない。 (1-2) ガーレイ剛性度の単位について 甲23〜27は,訂正発明の多層フェイスストックとは異なる技術分野に属する。また,甲28-3,29は,ガーレイ剛性試験機について説明するにとどまり,甲30の対比表を参照しても,当該ガーレイ剛性試験機による多層ラベルフェイスストックの剛性測定に関する記載は見当たらない。 よって,訂正発明のような多層フェイスストックの剛性度を測定する場合には,当該フェイスストックの物性を適切に表し得るような測定方法・条件とともに,測定結果となる数値については,その単位を明示すべきところ,物象の状態の量を示すに当たって単位が示されていない以上,当業者が発明を容易に実施をすることができないから,明細書の記載としては明りょうでないといわざるを得ない。 (1-3) ガーレイ剛性度に関する具体的な実施例がない点について 訂正発明が多層フェイスストックとしての重合フィルムの物性を10〜100 のガーレイ剛性度とした点に特徴があるというのであれば,実施例の多層フェイスストックのガーレイ剛性度を具体的に示し,限定した数値範囲の内外での効果の相違等を明示すべきである。本件明細書中の実施例には,訂正発明の具体例として挙げられた多層フェイスストックの「ガーレイ剛性度」がどのような数値であったかは何ら記載されておらず,この実施例を追試して,訂正発明で規定した条件(数値範囲)の意義を確認することができないから,明細書の記載としては明りょうでない。 (2) 取消事由2(訂正発明の進歩性に関する判断の誤り)に対して 本件明細書の記載からは,「機械方向に延伸されている共押出し成型体は,縦方向のみに一軸延伸されていて,二軸延伸フィルムを含まない」と解することはできず,また,本件の特許請求の範囲17には「前記共押出し成型体が2軸延伸自在である,請求項1から16の何れか1項に記載の多層ラベルフェイスストック」と記載されており,実施態様として,共押出し成型体が二軸延伸フィルムのものが記載されているから,訂正発明において共押出し成型体は二軸延伸フィルムのものを排除していないことは明らかである。 一方,引用例には,「擬紙化ポリオレフィンフィルム」の発明が第1〜4図とともに記載されており,このポリオレフィンフィルムは二軸延伸フィルムであることも開示されている。そして,二軸延伸フィルムも「機械方向に延伸されている」ものであることを考慮すれば,引用発明は,コア層の剛性度が明らかでない点を除き,訂正発明の構成を有している。 そして,本件訂正明細書の段落【0036】,【0037】の記載に照らせば,訂正発明の剛性度は,単に,ラベルが軟弱過ぎてライナに沿ってそのまま剥離せずに通過してしまうことがなく,逆に,ラベルが硬過ぎて所要の貼着が不可能にならないような範囲のものとして選択されているものである。 してみると,訂正発明において「ラベルとして適切な10〜100のガーレイ剛性度」とは,ラベルとして通常用いられているもの,あるいは当業者が所望により適宜採用し得る範囲内のものを,単に規定したにすぎないと解するほかないから,数値限定に格別な技術的意義を見出すことはできず,訂正発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3) 取消事由3(特許請求の範囲4における新規事項の追加に関する判断の誤り)に対して 本件明細書の段落【0038】によれば,多くのフェイスストックに望ましい材料は,約0.915ないし0.965の比重の低,中若しくは高密度のポリエチレンであること,及び大きな可撓性のフェイスストックを得るためには,比重が0.890以下の低密度ポリエチレンを用いることの2つの事項が記載されているのであって,「比重0.890ないし0.965」という数値範囲のポリエチレンが記載されていたものとすることはできない。 よって,特許請求の範囲4についての訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではない。 |
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当裁判所の判断
1 原告主張の決定取消事由は,本件訂正請求を認めなかった決定の認定判断の誤りをいうものに帰する。 2 取消事由2(訂正発明の進歩性に関する判断の誤り)について 原告は,訂正発明の実施可能要件に関する決定の判断の誤り(取消事由1)を主張するが,ここでは,まず,実施可能要件が備わっているとした場合でも,決定に,訂正発明の進歩性(独立特許要件)に関する判断の誤り(取消事由2)があるかについて検討する(原告の請求が認められるには,取消事由1及び2の双方について理由がなければならない。)。 (1) 訂正発明の要旨,特に,「機械方向に延伸」との要件について (1-1) 原告は,本件明細書(本件発明の特許公報は甲2,本件訂正請求に係る全文訂正明細書は甲5であるが,「発明の詳細な説明」欄及び図面の記載は同一である。)の段落【0023】,【0033】及び【0045】の記載を根拠に,訂正発明における「機械方向に延伸」との語句は,機械方向に延伸された共押出し成型体が長手方向のみに一軸延伸されており,二軸延伸フィルムを含まないと主張する。 そこで,検討するに,訂正発明の特許請求の範囲1の記載によれば,単に,「機械方向に延伸されている」というものであり,機械方向の延伸のみに限定する記載はないから,二軸延伸は排除されていないものと解するのが,まずは自然な解釈である。 さらに,原告主張の「発明の詳細な説明」欄の記載を検討すると,以下のとおりである。 本件明細書の段落【0009】【実施例】では,冒頭で,「本発明の多層フェイスストックを述べるに当たり,これと結合一体化される多層ライナ・ストックの構造とその製造方法から説明を進める。」として,以下,訂正発明の対象ではない多層ライナ・ストックの構造とその製造方法をるる説明している。段落【0023】もその一部であって,冒頭に「従って,第1図の多層ウェブ構造を持つ剥離ライナ10によるライナ・ストックの製造において…」とも記載されている。そして,同段落の「形成フィルム」とは,ライナ・ストックの製造に関する説明図である【図3】Aについて説明するものであるから,ライナ又はライナ・ストックのことを指すものと解される。このことは,「形成フィルムが公知の態様で加熱されて引張り出され,多層ウェブ構造10をもって形成されるライナの機械的方向の配向性が与えられる。」との記載からも明らかである。このように,段落【0023】に記載されているのは,訂正発明に係る多層フェイスストックではなく,ライナ又はライナ・ストックに関する事項であり,しかも,単に「引張り出され」,「機械的方向の配向性が与えられる」と記載されるのみである。 次に,段落【0033】には,「第5図及び第6図の共押出し成型体は,前述のライナ・ストック構造と類似した構造をもつもので,重合フィルム材料からなり,適当な公知の形式の共押出し成型ダイスから同時に押出されることにより形成され,永久的な組合せ状態において互いに接着されて一体的な共押出し成型体を提供する。」との記載がある。この記載における「第5図及び第6図の共押出し成型体」が,訂正発明の「多層フェイスストック」に相当するものであると解されるものの,上記記載部分は,ライナ・ストックとフェイスストックとが「類似した構造」であると述べているにすぎず,フェイスストック素材としての重合フィルムが共押出し成型ダイスから押し出された後,重合フィルムがどのような方向に延伸されたものとなっているのかを示すものとは解されない。 さらに,段落【0045】の末尾でも,「フェイスストックを形成する共押出し成型体としてのこれらの層54,52,56は加熱され引張られる。」と記載するのみで,延伸方向を特定する記載は見当たらない。 そうすると,原告が根拠とする本件明細書の上記各記載部分をもって,機械方向に延伸されている共押出し成型体は,縦方向のみに一軸延伸されていて,二軸延伸フィルムを含まないと解することはできない。本件明細書のその余の記載を参酌するとしても同様である。 しかも,このことは,訂正発明の特許請求の範囲17に,「前記共押出し成型体が二軸延伸自在である,請求項1から16の何れか1項に記載の多層ラベルフェイスストック。」とあることからも,明らかである(訂正発明が一軸延伸に限定されるとすれば,二軸延伸自在というのは矛盾することにもなる。)。 そうであれば,訂正発明において「機械方向に延伸される」とは,一軸又は二軸方向へ延伸されるという意味であると解し,これを前提にして訂正要件を判断すべきであるから,決定の判断に誤りはない。 (1-2) 原告は,加熱されたプラスチックフィルムの延伸についての「一軸延伸」と「二軸延伸」は著しく相違するものであること,当業者の技術常識によれば,「機械方向に延伸され」とは,「二軸延伸」と異なるだけでなく,「二軸延伸」を排除すると理解され,当業者は,「一軸延伸」によって縦方向に配向したポリマー分子を主成分として構成されるフィルムを「機械方向に延伸されたフィルム」と呼ぶことなどを主張し,その根拠として英語の用語法やB宣言書(甲18)などを挙げる。 確かに,フィルムなどを融点以下の温度で機械的に引き伸ばし,引っ張り方向に平行に分子を配向させる操作を「延伸」といい,そのうち,一方向に引き伸ばすことを「一軸延伸」,縦と横の両方に引き伸ばすことを「二軸延伸」というものであり,このことは,当業者一般の理解するところであると認められる(甲35,弁論の全趣旨)。このことに加えて,上記いずれの延伸方法によるかで原告主張のような物性の違いがあるものであるとしても,本件で問われるべきは,訂正発明の構成要件である「機械方向に延伸」が「一軸延伸」のみを指すもので,「二軸延伸」は含まないと解されるか否かである。 B宣言書(甲18)は,原告の主張に沿うものであるが,日本語としての「機械方向に延伸」ということの理解を踏まえての供述であるとは解されず,また,原告が英語の用語法に基づいて主張する点も,日本語の「機械方向に延伸」との解釈に直結するものではない。むしろ,「機械方向に延伸」との表記である以上,日本語の通常の解釈としては,機械方向の延伸のみに限定する意味を含むものではなく,二軸延伸が排除されることにはならないと解すべきことは前判示のとおりである。 また,本件明細書において,「機械方向に延伸」との語句について,原告主張のような意義を有するものとして定義付けがされているわけではない。そして,本件全証拠によっても,「機械方向に延伸」という日本語が,当業者の間において,上記通常の解釈とは異なる意義を有する技術用語として確立し,それが原告主張のように限定的な意味を含むものとして理解されていることを認めることもできない。 原告の上記主張は採用することができない。 その他,原告が種々主張する点は,結局は,「機械方向に延伸」との語句に関する原告の解釈を前提とするものであるから,採用することができない。 (2) 引用例について 引用例に二軸延伸されたポリオレフィンフィルムが記載されていることは,明らかである(原告も争う趣旨ではない)。 ただ,原告は,引用例に記載された唯一の具体例である実施例1の複合フィルムは,二軸延伸によって含有する炭酸カルシウム粒子のまわりに大きなボイドを形成させることによって比重を0.60としたものであり,同様に炭酸カルシウムを含有させた複合フィルムを機械方向に一軸延伸させた実験結果を甲17として提示して,機械方向の一軸延伸によっては,倍率9.9倍まで延伸しても比重は0.810(倍率9倍)が最も小さい値であったこと,甲14にも同様の実験結果が示されていることから,訂正発明の機械方向延伸複合フィルムが引用例の二軸延伸フィルムとは異なり,引用例から自明ではないと主張する。 しかしながら,前判示のとおり,訂正発明の「機械方向に延伸された共押出し成型体」は,二軸延伸複合フィルムを排除するものとは解されない。したがって,訂正発明の「機械方向に延伸された共押出し成型体」が,一軸延伸されたものに限られることを前提とした原告の上記主張は,失当であるというほかない。 (3) 訂正発明と引用発明の対比について 原告は,引用例において,フィルム2について一軸延伸であっても許容される旨を示している一方,フィルム1については一軸延伸が許容される旨を示す記載がないことから,引用例は,二軸延伸を用いて,比重が小さい複合フィルムを得ることが好ましいことを教示していると主張する。そして,原告は,甲17の実験結果に基づき,引用例の実施例1に記載された材料を用いて機械方向に一軸延伸された複合フィルムを製造した場合には,引用例において好ましいとされている比重を有する製品を得ることができないので,当業者は,好ましい比重を達成することのできない一軸延伸フィルムを使用すべきでないと引用例が実質的に教示していると解釈し,引用例の上記教示は,引用例の発明に対して一軸延伸を適用することの阻害要因となるから,引用例から訂正発明が容易であるとした決定の判断は正しくないと主張する。 しかし,そもそも,原告の上記主張は,訂正発明が一軸延伸されたものに限られることを前提とするものである。前判示のとおり,この前提が採用し得ないのであるから,原告の上記主張は失当であるというほかない。 念のため,引用例を検討しても,原告の主張は採用の限りではない。 すなわち,引用例には,@「(1)フィラーを10〜40重量%含有する延伸ポリオレフィンフィルム1と,このフィルム1の少なくとも片面に積層された表面光沢度30以下の延伸ポリオレフィンフィルム2とからなる擬紙化ポリオレフィンフィルム。」(特許請求の範囲),A「この発明におけるフィラーを含む延伸ポリオレフィンフィルム1とは,延伸によりフィラー周辺にボイドを形成して,見掛け比重を小さくし,機械的強度や寸法安定性を保持し,併せて柔軟性のある白色不透明な層を形成するもので,普通は二軸延伸されている。」(1頁右下欄下から2行目〜2頁左上欄4行目)との記載がある。 上記Aによれば,普通でない何らかの特有の事情のもとでは,二軸延伸以外の延伸ポリオレフィンフィルム,すなわち実質的には一軸延伸されたポリオレフィンフィルムの使用を示唆しているものと考えることもできる。そして,上記@のように,特許請求の範囲の記載においては「延伸ポリオレフィンフィルム」と記載され,延伸方向及び回数に関しては言及されていないことをも併せて考慮すれば,「引用例は,一軸延伸フィルムを使用するべきではないと教示しており,一軸延伸されたフィルムを使用することを記載も示唆もしていない。」という原告の主張は,直ちに採用することができない。 (4) 原告は,訂正発明に進歩性があることはAの宣言書(甲21)に明確に示されていると主張する。 要するに,Aの宣言書は,訂正発明が機械方向一軸延伸フィルムであって,二軸延伸フィルムを排除したものであるのに対して,引用例に開示された発明は,二軸延伸フィルムであることを前提として,訂正発明の進歩性を主張するものであると解される。しかし,前判示のとおり,訂正発明に関しての上記前提自体が採用し得ないのであるから,上記宣言書を根拠とする原告の主張もまた,採用することができない。 (5) 原告は,さらに,ガーレイ剛性度10〜100のコア層を用いることは当業者に容易でなかったとして,この点でも訂正発明は進歩性を有すると主張する。 検討するに,本件明細書には,ガーレイ剛性度の数値範囲に関して,「一般的に,ガーレイ10以下の剛性ではラベルを剥離する縁部38からの分離を不可能なものとしてしまう。…逆に,ガーレイ100以上の剛性になると,ラベルの印刷及び第3C図に示す型抜き工程中でラベルがライナから早期に分離してしまうほどに強くなって,たとえこうした状態を避け得たとしても,ラベルが硬過ぎて所要の貼着を不可能なものとしてしまうからである。」,「即ち,(a)ラベルが通過する加工片36から分離してしまう危険性及び(b)ラベルが基体の柔軟性を損なう危険性の夫々を伴わずに必要な基体の可撓性や曲げ応力に充分に順応させるだけのフレキシビリティーを与える上で必要とされるからである。また,フィルム共押出し成型体からなる「フィルム・フェイスストック」の内表面は,粘着物に対して良好な係留性を付与しなければならないからである。」との記載がある(段落【0036】〜【0037】)。 これによれば,訂正発明の剛性度は,単に,ラベルが軟弱過ぎてライナに沿ってそのまま剥離せずに通過してしまうことがなく,逆に,ラベルが硬過ぎて所要の貼着が不可能にならないような範囲のものとして選択されているにすぎないものと認められる。そうすると,訂正発明において「ラベルとして適切な10〜100ガーレイ剛性度」とは,単に,ラベルとして通常用いられているもの,あるいは当業者が所望により適宜採用し得る範囲内のものを規定したにすぎないと解するほかないのであって,数値限定に格別な技術的意義を見出すことはできない。したがって,この点を理由に進歩性を主張する上記原告の主張は,採用することができない。 3 取消事由3(特許請求の範囲4における新規事項の追加に関する判断の誤り)について 本件では,特許請求の範囲1が必須要件項,同4が実施態様項であると解されるから,前判示のとおり,特許請求の範囲1の訂正が認められない以上,同4の訂正に関する決定の誤りは,独立した取消事由となるものではないが,原告の主張にかんがみ,判断を示しておく。 原告は,特許請求の範囲4についての訂正事項は,ポリエチレンの比重の下限値を引き上げる減縮を行おうとするものであり,本件明細書の段落【0038】の「比重が0.890以下の低密度ポリエチレンはより大きな可撓性のために用いられる。」との記載に支持されると主張する。 しかしながら,段落【0038】には,上記摘記した部分に先だって,「多くのフェイスストックの適用におけるコア層52若しくは52aのための現在の望ましい材料は,約0.915ないし0.965の比重の低,中若しくは高密度のポリエチレンである。これは比較的低コストの押出し成型可能なフィルム形成材料で,その剛性(可撓性が減少した程度から準硬質迄広がる)が選択された密度により決定され,その素地及び強度が多くの使用に充分である。」と記載され,これに続いて「比重が0.890以下の低密度ポリエチレンはより大きな可撓性のために用いられる。」と記載されている。 これらを勘案して解釈すれば,上記記載は,「多くのフェイスストックに望ましい材料は,約0.915ないし0.965の比重の低,中若しくは高密度ポリエチレンであること」,「より大きな可撓性のフェイスストックを得るためには,比重が0.890以下の低密度ポリエチレンを用いること」の2つの事項を表現していることは明らかであり,少なくとも比重が0.890ないし0.915のポリエチレンに関しては,何らの記載もないことは明らかであるので,原告が主張するような「比重0.890ないし0.965」という数値範囲のポリエチレンが記載されていたものとすることはできない。 よって,特許請求の範囲4に関する訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないから,決定の判断に誤りはなく,原告の主張は,採用することができない。 4 結論 以上のとおり,原告主張の決定取消事由2,3は理由がないのであるから,取消事由1に理由があると否とにかかわらず,決定を取り消すべきことにはならない。 よって,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 田中昌利 |