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関連審決 異議1998-74597
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成19行ケ10315審決取消請求事件 判例 特許
平成14行ケ431特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  実質的に同一 /  参酌 /  数値限定 /  実施 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  訂正の目的 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  独立特許要件 /  訂正明細書 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 269号 特許取消決定取消請求事件
原告 日本電気株式会社
訴訟代理人弁理士 鈴木康夫,臼田保伸
被告 特許庁長官太田信一郎
指定代理人 伊波 猛,石川昇治,砂川 克,大野克人,林 栄二
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/11/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が平成10年異議第74597号事件について平成13年4月17日にした決定のうち,「特許第2727982号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者 日本電気株式会社(原告) 発明の名称 インクジェット式プリントヘッド 特許番号 特許第2727982号 出願日 平成6年10月28日 設定登録日 平成9年12月12日 (2) 本件手続 特許異議申立人 キャノン株式会社 特許異議申立日 平成10年9月18日(平成10年異議第74597号) 訂正請求日 平成12年8月1日(本件訂正請求) 決定日 平成13年4月17日 決定の結論 「特許第2727982号の請求項1に係る特許を取り消す。同請求項2ないし3に係る特許を維持する。」なお,理由中において,本件訂正請求は認められないとされた。
決定謄本送達日 平成13年5月21日(原告に対し) 2 本件発明の要旨 (1) 本件訂正請求前のもの(各請求項に係る発明を「本件発明1」(請求項1の場合)などとそれぞれいう。)【請求項1】発熱抵抗体が設けられた基板と,前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含むインク供給路を区画する流路形成部材(A-1)と,前記インク供給路に連なるインク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフィスプレート(A-2)とを備え,前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口からインク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッド(A-3)において,吐出する前記インク滴の量qと,前記インク吐出口の面積Aと,前記インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が,「0【請求項2】前記インク滴の量qと,前記インク吐出口の面積Aとの関係を, 「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」に設定したことを特徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。 【請求項3】前記インク滴の吐出後に前記インク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1と,プリントヘッドの動作における最小の周期tmin との関係を,「0.9×t 1<t min <1.1×t 1」に設定したことを特徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。
(2) 本件訂正請求(平成12年8月1日付け)に係るもの(下線部分が訂正箇所。各請求項に係る発明を「訂正発明1」(請求項1の場合)などとそれぞれいう。)【請求項1】発熱抵抗体が設けられた基板と,前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含むインク供給路を区画する流路形成部材(A-1)と,前記インク供給路に連なるインク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフィスプレート(A-2)とを備え,前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口からインク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッド(A-3)において,吐出する前記インク滴の量qと,前記インク吐出口の面積Aと,前記インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が,「0【請求項2】と【請求項3】は,上記(1)の本件訂正請求前のものと同文。
3 決定の理由 決定の理由は,【別紙】の「異議の決定の理由」に記載のとおりである。
要するに,(1) 訂正発明1は,刊行物1(特開平6-191030号公報,本訴甲4)に記載された発明と実質的に同一であり,また,そうでなくても,刊行物1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものであって(もっとも,訂正発明2,3については当業者が容易に発明をすることができたものとは認められないとした),特許法29条1項あるいは2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,本件訂正請求は認められない,(2) 異議の対象となる本件訂正請求前の本件発明1については,上記と同旨の理由により,刊行物1に記載された発明と実質的に同一であるか,刊行物1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたもので,特許法29条1項3号あるいは2項の規定により,特許を受けることができず,さらに,特許を受けようとする発明の構成が明確に把握することができないので特許法36条4項,5項の要件をも満たさないから,本件発明1についての特許は取り消されるべきものである,しかし,本件発明2,3についての特許は,取り消すべき理由はない,というものである。
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,刊行物1(甲4)の認定において,メニスカスの最大突出量の認定を誤り(取消事由1),インク吐出口面積の認定を誤り(取消事由2),本件訂正発明1の数値限定の関係を満たすものと誤って認定し(取消事由3),本件訂正発明1の数値限定の臨界的意義を誤認(取消事由4)したものであり,これらの誤りにより本件訂正請求を認めなかったことは,決定の結論に影響を及ぼす違法なものであるから,決定は取り消されなければならない。
1 取消事由1(メニスカスの最大突出量に関する認定の誤り) (1) 決定は,刊行物1(甲4:特開平6-191030号公報)記載の図10,11を参照して,「吐出しているインク路におけるインクリフィル(インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出する)時のメニスカスの最大突出量が少なくとも0〜20μmの範囲内であることが記載されている。」,「メニスカスの最大突出量は図からみて少なくとも0〜20μmの範囲における中間部分,即ち,10μmに近似した値と認められる」との認定判断をしている。
刊行物1の図10,11には,上記刊行物記載の発明の第1実施例におけるメニスカス振動を表す線図(図10)と,従来例のメニスカス振動を表す線図(図11)が記載されている。これらの線図は,横軸に時間(μs),縦軸にメニスカス位置(μm)が示されており,またその縦軸には,-20,0,20,40,60,80という数字が表示されているが,この縦軸には,0の位置を除いて,-20,20,40,60,80が縦軸上のどの位置であるかを示す目盛が示されていないので,これらの線図からは,メニスカスの位置の具体的数値を測定することは不可能である。よって,決定の上記認定判断は誤っている。
(2) 被告は,乙第1号証(甲4の図10,図11を拡大して,-20,0,20,40,60,80の数字に-10を付加し,各数字に対応する目盛を付したもの)を提出して縷々反論しているが,乙第1号証は,刊行物1の図10,11のメニスカス位置(μm)を示す縦軸上の数値-20,0,20,40,60,80の近傍に,被告指定代理人が単にメモリを付したにすぎないものであって,例えば乙第1号証の図10では各数値の中心よりも若干下にずれた位置に目盛が付されているのに対し,図11では各数値の中心よりも若干上にずれた位置に目盛が付されており,また,付されたメモリ間隔も一定しておらず,証拠能力があるとはいえないものである。すなわち,このような証拠能力のない資料を提出しなければメニスカス位置の認定を行うことができないこと自体,決定が誤っていることが明白である。
2 取消事由2(インク吐出口面積に関する認定の誤り) (1) 決定は,刊行物1に記載された発明におけるインク吐出口の形状について,図6等を見た場合,長方形のものが一応想定されるとしながら,その形状は正方形や円形に近似したものであるとするのが相当であるとして,インク吐出口の面積は1225μm2に近似した値となる旨の認定判断をしている。
インク吐出口の形状が正方形や円形に近似したものとするのが相当であるとする理由は全く不明であるが,少なくとも刊行物1の図6に記載されたインク吐出口2の形状は,横幅の方が大きい長方形であることは図面の記載から明白である。
決定が,インク吐出口の形状は通常,正方形や円形に近似したものであると認定した根拠として引用された刊行物2(甲5:特開平3-247455号公報)及び刊行物3(甲6:特開平4-10940号公報)をみても,インク吐出口の形状として,必ずしも正方形あるいは円形が採用されるとは限らないものであり,さらに,刊行物1の図6には長方形の吐出口が記載されていることは明白であるから,上記の認定判断は誤りである。
刊行物1には,図6に記載のインク吐出口2は,吐出口ピッチが70.5μmで,インク路の高さが35μmであることが記載されているだけであって,吐出口2の横幅の具体的値が記述されていない以上,吐出口2の横幅は少なくとも70.5μmよりは小さい値であると推定することができるにすぎない。したがって,仮に,刊行物1記載の吐出口の面積を想定して本件訂正発明1と対比するのであれば,条件が最も厳しくなる吐出口の横幅が70.5μmに近い値を設定して比較するのが相当である。上記認定判断は,決定の結論を導くための我田引水であると解するほかはないものである。
(2) 被告は,「図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計って,そのおおよその大きさや寸法を得ることを妨げる特段の事情もない」旨主張するが,被告も認めているように図6,8は設計図ではなく,記録ヘッドを単に模式的に示した分解斜視図にすぎず,図面上で計られた寸法が実際の寸法を表している保証は全くない。例えば,刊行物1の段落【0036】には,図6に示された記録ヘッドの仕様について,インク路長さ355μm,インク路高さ35μm,ダンパ室の容積40plであることが記載されているが,インク路高さが35μmであることを基準として,図6におけるインク路長さ及びダンパ室の容積を図面上の寸法を実際に計って求めてみると,インク路長さは約205μm,ダンパ室の容積は約30plとなり,上記段落【0036】に記載された値とは明らかに異なっている。したがって,単なる模式図にすぎない図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計ってその大きさや寸法を得ることを妨げる事情は大いにある。
(3) また,被告は,「決定が,インク吐出口を図面上で実際に計って高さに対して幅が約1.25倍である(乙第2号証参照)とし,面積を約1530μm2と認定判断したことについて,格別の誤りはない」旨主張し,乙第2号証(甲4の図6及び図8を拡大した図)を提出しているが,乙第2号証を見ると,刊行物1記載の図面6,8を拡大した図面に対して,被告指定代理人が,そのインク吐出口の高さ及び幅を示す位置に,「1」,「約1.26」等の数値を単に付したにすぎないものであって,この「乙第2号証」によって,「インク吐出口を図面上で計ると,高さに対して幅が約1.25倍である」ことがなぜ立証されるのか全く不明である。
ちなみに,被告が提出した乙第2号証(その1)における「1」,「約1.26」という数値が付されているインク吐出口の高さと幅を計ってみると,高さは約24mm,幅は約33mmであり,その比は約1.38倍となり,被告が認定している約1.25倍よりははるかに大きな値となっている。
したがって,刊行物1の図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計って約1530μm2とした決定の認定判断が誤りであることは明白である。
3 取消事由3(数値限定の関係の充足性に関する認定の誤り) (1) 決定は,刊行物1に記載された発明のインク吐出口の面積を1225μm2,メニスカスの最大突出量を10μmとした計算値に基づいて,本件訂正発明1の「0 前記のとおり,刊行物1には,インク吐出口の面積が1225μm2であるという記載はないので,このような記載のない数値を用いて,0.2(q/A)を計算してみても全く意味のないことである。さらに,刊行物1には,メニスカスの最大突出量が10μmであるという記載もない。
したがって,上記認定判断は誤りである。
(2) 決定は,刊行物1の図6,8を実際に計って求めたインク吐出口(高さに対して幅が約1.25倍)の面積を約1530μm2とし,この場合であっても,本件訂正発明1の「0 前記のとおり,刊行物1の図6,8がその実物どおりの寸法を正確に表現しているという保証は全くなく,その図面等からインク吐出口の面積を1530μm2と推定することは不可能である。また,メニスカスの最大突出量10μmなどという記載も全くない。
また,刊行物1の図10に記載されたメニスカス振動を表すグラフは,刊行物1の図6に記載された断面が長方形であって刊行物1には明記されていない所定の面積を有するインク吐出口の場合のメニスカス振動を示すものであって,インク吐出口の面積が「1225μm2あるいは1530μm2」の場合のメニスカス振動を示しているわけではない。
したがって,このような数値を勝手に設定して刊行物1記載の技術認定を行うことは誤りであり,刊行物1に記載された発明には,「0 4 取消事由4(数値限定の臨界的意義の誤認) (1) 決定は,訂正発明1において「0容易に発明することができたものと認められるから,特許法29条(1項あるいは)2項の規定により独立して特許を受けることができないとの趣旨の認定判断をしている。
しかし,訂正発明1は,吐出する前記インク滴の量qと,前記インク吐出口の面積Aと,前記インク滴の吐出後にいったん後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が,「0 (2) 特許庁が平成5年6月に発行した特許・実用新案審査基準(甲9)では,その第U部,特許要件,第2章,新規性進歩性の2.8に,数値限定を伴った発明の進歩性の考え方が示されており,課題が異なり,効果が異質の場合は,数値限定を除いて両者が同じ構成を有していたとしても,数値限定に臨界的意義を要しない旨規定されている。
(3) 訂正発明1は,刊行物1に記載された発明と実質的にも同一ではなく,さらに,両発明の作用効果は,全く異質のものであって,刊行物1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものでもないことは明らかである。
被告の主張の要点
1 取消事由1(メニスカスの最大突出量の認定の誤り)に対して (1) 刊行物1の図10,11の記載において,メニスカス位置(μm)を示す縦軸の「-20,0,20,40,60,80」との各数字は,「0」を基準にして縦軸上にほぼ一定の間隔,つまり,一定の割合で配列されていることは明らかである。したがって,数字位置に対応する目盛が縦軸上に逐一付されていないとしても,数字位置においてはその数字により,あるいは,数字間の中途位置においてはそれに見あう数字間の割合により,メニスカス位置の量が規定されることは明らかである。そして,横軸における経過時間毎のメニスカス位置の量は,図上,当該メニスカス位置に接し(あるいは交叉し)かつ横軸に平行する線が縦軸に直交する位置において計測することができることは明らかである。
(2) そこで,乙第1号証によれば,図10,11において,インクリフィル時のメニスカスの最大突出量を計測すると,両図とも,0〜20μmの範囲内であり,さらに,その値が10μmに近似した値になることも充分に見て取れるものである。
(3) 乙第1号証は,原告の主張のとおり,「数値・・・の近傍に,被告・・・が単にメモリを付したにすぎないもの」であって,そのメモリの付し方に位置ずれ等があるとしても,乙第1号証の図10,11には,上記各数値がほぼ一定の間隔で付されているとともにグラフの線が明瞭に描画されていることから,メニスカスの最大突出量が縦軸上のどの位置にあって,それがどの程度の数値に相当するのかが,目盛の位置によらずとも容易に推定可能であり,乙第1号証には証拠能力がある。
2 取消事由2(インク吐出口面積の認定の誤り)に対して (1) 刊行物1の明細書中には,インク吐出口について,吐出口ピッチが70.5μmでインク路の高さが35μmであることが記載されているだけで,吐出口の横幅の具体的数値は記述されていない。しかし,インク路隔壁は機械的な強度をもって区画するため図面上に表現された程度の厚み(横幅)が必要であると推測することができ,刊行物2,3や特公平3-76672号公報(甲7)により,インク吐出口の形状として,正方形や円形にしたものも周知であり,刊行物2には,インク路の並びピッチ63.5μmに対して,インク路の断面20μm×25μmであるが,直径25μmの円筒形であると近似したことが記載されているから,インク吐出口の面積の計算の便宜上から,正方形や円形に近似したものとし,インク吐出口の面積を1225μm2に近似した値と認定したものであって,そこに原告主張のような格別の誤りはない。
(2) 決定では,刊行物1記載の発明におけるインク吐出口の形状について,設計図面ではないが,図6,8の記載から判断したとしても,高さに対して幅が約1.25倍というような長方形のものが一応想定されると記載しており,インク吐出口の形状として,長方形のものを格別に排除して正方形や円形に限定してはおらず,また,図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計って約1530μm2と認定判断したことについても,部材あるいは部品を図面上で実際に測ってそのおおよその大きさや寸法を得ることを妨げる特段の事情もないから,インク吐出口を図面上で実際に計って高さに対して幅が約1.25倍である(乙2参照)とし,面積を約1530μm2と認定判断したことについて,格別の誤りはない。
(3) 原告は,乙第2号証(その1)のインク吐出口の高さと幅を計ってみると,高さは約24mm,幅は約33mmであり,その比は約1.38倍となる旨主張するが,乙第2号証(その1)における「1」,「約1.26」という数値が付されているインク吐出口以外のインク吐出口の高さと幅については,原告も認めているように,すべて「約1.25倍」の範疇にあり,上記の「1」,「約1.26」という数値が付されているインク吐出口についても,被告が,各線分の中心軸線及び交点を基準にして計ると,高さが約25.5mm,幅が約32.5mmであるから,その比は約1.27倍となり,「約1.25倍」の範疇に入るのであって,インク吐出口の寸法及び面積の認定に誤りがあるとはいえない。なお,原告の主張のように,インク吐出口の寸法が,高さに対して幅が「約1.38倍」であるとしても,訂正発明1の数値限定の関係を満たすものである。
3 取消事由3(数値限定の関係の充足性に関する認定の誤り)に対して (1) 訂正発明1においては,「インク供給路の流路抵抗」を,その「流路抵抗」についての直接的な記載を避け,インクリフィル時のメニスカスの最大突出量とインク吐出口の面積とインク滴の量との関係によって規定しようとするものであるから,刊行物1記載の発明と訂正発明1とを比較するに際しては,刊行物1記載の発明におけるインクリフィル時のメニスカスの最大突出量とインク吐出口の面積とインク滴の量との関係を考慮する必要があるところ,刊行物1には,それらの計算根拠となる各数値のすべてが具体的に記載されているわけではない。
(2) しかし,刊行物1記載の発明の記録ヘッドにおいて,上記計算根拠となる各数値としては,図面等から明らかに一定の範囲で推定可能なものである場合,範囲で規定した数値よりもある1つの数値にすることが計算する上で,また,本件訂正発明1と比較する上で,好ましいことから,あえて,代表的に,「メニスカスの最大突出量10μm」,「インク吐出口の面積1225μm2」,「インク吐出口の面積1530μm2」等の数値に設定したものである。
そして,上記代表的な数値については,既に述べたように,その認定判断に格別の誤りはない。
4 取消事由4(数値限定の臨界的意義の誤認)に対して (1) プリンタの技術分野においては,一般に,インク吐出口の寸法,内部形状,インク滴の量,流路抵抗等については,記録結果が最適となるように種々実験的に定められ,その数値をどのようなものとするかは設計的事項であると考えられるところ(本件特許明細書(甲2)にも,【発明が解決しようとする課題】の欄に,従来,インク吐出口の径や流路抵抗を工夫することが行われていた旨の記載がある。)であり,本件特許明細書(甲2)をみても,本件訂正請求に係る特許請求の範囲に記載された「0実施例として示された図7の「本実施例」のものは,0.2(q/A)の値が6.76μmとなって,h(7μm)よりも小さくなり,上記「0数値限定の臨界的意義は明らかではない。
(2) したがって,インク供給路の流路抵抗において,訂正発明1と刊行物1記載の発明とで格別の違いはないものであることは明らかであり,刊行物1記載の発明に基づいて,訂正発明1の新規性あるいは進歩性の判断を行っている決定に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(メニスカスの最大突出量の認定の誤り)について 原告は,決定が刊行物1記載の図10,11を参照して,インクリフィル時のメニスカスの最大突出量が少なくとも0〜20μmの範囲内であると認定したことについて,刊行物1記載の図10,11の縦軸には目盛が示されていないので,メニスカスの位置の具体的数値を測定することは不可能であり,また,被告が作成した乙第1号証は,単に図10,11を拡大して目盛を付したにすぎず,目盛の位置や間隔も一定していないから,証拠能力(証明力の趣旨と解される。)があるとはいえない旨を主張する。
そこで検討するに,甲第4号証によれば,図10は「上記第1の実施例におけるメニスカス振動を表す線図である。」と記載され,図11は「従来例のメニスカス振動を表す線図である。」と記載されており,いずれもメニスカス振動を精密に表したものとはいえないとしても,メニスカス位置(μm)を示す縦軸の「-20,0,20,40,60,80」との各数字は,「0」を基準にして縦軸上にほぼ一定の間隔で配列されていることから,インクリフィル時のメニスカスの最大突出量を概略計測し得るのであり,計測結果が両図とも0〜20μmの範囲内となり,さらに,その値が10μmに近似した値になることが明らかである。
なお,乙第1号証自体は,原告主張のとおり,単に刊行物1の図10,11を拡大して目盛を付した説明図にすぎず,乙第1号証を参照しなくても,刊行物1(甲4)によりメニスカスの最大突出量を概略計測することが可能であるから,被告の主張を説明するための乙第1号証について証拠能力や証明力を問題とする余地はない。
よって,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(インク吐出口面積の認定の誤り)について (1) 原告は,決定が刊行物1に記載された発明におけるインク吐出口の形状について,正方形や円形に近似したものであるとするのが相当であるとして,その面積は1225μm2に近似した値であると認定した点は誤りである旨主張する。
そこで,甲第4号証をみると,図6は第1の実施例の記録ヘッドを模式的に示す分解斜視図であり,図8は第2の実施例の記録ヘッドを模式的に示す分解斜視図であると記載されており,図6に記載のインク吐出口2は,吐出口ピッチが70.5μmで,インク路の高さが35μmであることが記載されているのみであって,吐出口2の横幅の具体的な数値が記述されていないことは原告主張のとおりであるが,インク路隔壁は,機械的な強度のためある程度の厚みが必要であること,吐出口の横幅は,吐出口のピッチである70.5μmからインク路隔壁の厚みを減算した値であることも明らかである。
そして,甲第5号証(刊行物2)には「現実のインク路の断面は20(μm)×25(μm)であるが,直径25(μm)の円筒型であると近似した。」(3頁左下欄)と,断面積を円形近似することが記載されている。また,甲第6号証(刊行物3)には,9頁の第1表及び第2表に実施例4〜15が記載されており,インク吐出口の形状は,実施例4〜11及び実施例15が正方形であり,実施例12が円形であって,実施例13及び実施例14のみ幅40μm×高さ30μmの長方形であることが示されている。さらに,甲第7号証(特公平3-76672号公報)には,従来のインクジェット・プリンタについて「ノズル31の大きさはその直径が約0.076mmである。」(7欄33〜34行及び第8図,第9図)と記載され,インク吐出口の形状が円形であることが示されている。
そうすると,刊行物1に記載された発明におけるインク吐出口の形状は明らかではないが,インク吐出口の形状として正方形や円形のものは広く使用されており,長方形のものにおいても円形近似がなされていることから,インク吐出口の面積計算の便宜上,正方形や円形に近似したものとして計算し,インク吐出口の面積を1225μm2に近似した値と推計した決定の認定が誤りということはできない。
(2) 原告は,また,刊行物1の図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計って,面積が約1530μm2になるとした点についても誤りである旨主張する。
確かに,原告主張のとおり,決定には,図6,8を実測してインク吐出口の面積を求めた数値が記載されているところ,甲第4号証の段落【0036】に記載されている図6のインク路の長さ355μmと,原告が図6を実測して求めたインク路の長さ約205μm(被告は実測すればこの数値になることを争っていない。)にはかなりの開きがある。よって,少なくとも,長さ方向の寸法については,図6の部材を図面上で実際に計ってその寸法を得ることを妨げる事情はあるといえる。
しかし,インク路の長さ方向の寸法については問題の余地があるとしても,インク路の長さは,インク吐出口の面積を算出するには直接影響のない要素である上,原告も,甲第4号証の図6に記載されたインク吐出口2の形状は,横幅の方が大きい長方形であることが図面の記載から明白である旨を主張しており,図6及び図8に関して,インク吐出口2の形状を示す幅と高さ方向(両者はインク吐出口面積の算出要素である。)については,概略正確であることを前提として主張しているものと解されるのであって,図面を実測して吐出口面積を求めたことを誤りとする原告の前記主張は,直ちには採用することができない。
付言するに,図面の実測による計算を根拠とする決定の上記説示部分は,括弧内において「因みに」とした上で,図面の実測によりインク吐出口の面積を求め,その場合でも「0 (3) 原告は,被告が作成した乙第2号証について,図6,8を拡大した図面に対して,そのインク吐出口の高さ及び幅を示す位置に,単に数値を付したものにすぎず,また,原告が実測した箇所では,インク吐出口の高さと幅の比は約1.38倍となるから,乙第2号証によって,両者の比が約1.25倍であることは立証することができない旨をも主張する。
これに対して被告は,原告が実測した箇所以外のインク吐出口の高さと幅は,すべて約1.25倍の範疇にあり,当該箇所についても,被告の実測によればその比は約1.27倍となる旨を主張している。
そこで検討するに,両者の実測結果の差が生じた原因は,前判示の刊行物1の図6,8が模式図であることから各箇所ごとに寸分違わない正確さを保つことは困難であることや,拡大された図面であることから線分が太くなり,実測者ごとの計測誤差が大きくなったことに影響されているものとみるのが相当である。いずれにしても,刊行物1の図6,8を実測してインク吐出口の高さと幅の比を求めると,実測者ごとの計測誤差をも勘案して,実測箇所により約1.25倍から約1.38倍の範囲となるものと認められる。そうすると,上記(2)のとおり,確認的な説示の中で,刊行物1の図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計って,インク吐出口の高さと幅の比を約1.25とし,その面積を約1530μm2とした決定の認定部分をもって,結論に影響を及ぼすべき誤りがあるとすることはできない。
(4) よって,取消事由2についても理由がない。
3 取消事由3(数値限定の関係の充足性に関する認定の誤り)について (1) 原告は,刊行物1に記載された発明のインク吐出口の面積を1225μm2,あるいは1530μm2として0.2(q/A)を計算し,これとメニスカスの最大突出量10μmとを対比して,訂正発明1の「0 しかしながら,刊行物1に記載された発明のメニスカスの最大突出量が0〜20μmの範囲内となり,さらに,その値が10μmに近似した値になること,インク吐出口の面積を1225μm2,あるいは1530μm2とすることが誤りとはいえないことは前判示のとおりであるから,これらの数値を使用して,刊行物1に記載された発明が,訂正発明1の数値限定の関係を満足するか否かを判断したことに誤りがあるとはいえない。
(2) 原告は,刊行物1には,インク吐出口の面積やメニスカスの最大突出量の具体的数値は記載されていないので,このような記載のない数値を用いることは誤りである旨を主張する。
しかし,前判示のとおり,刊行物1に具体的数値が記載されていなくても,刊行物1の記載内容,図面及び技術常識等を参酌すれば,前記数値の概略は求められるのであるから,刊行物1に記載された発明が,訂正発明1の数値限定の関係を満足するか否かを判断する際に,これら概略の数値を用いることに誤りはないというべきである。
(3) よって,取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(数値限定の臨界的意義の誤認)について (1) 原告は,訂正発明1において,「029条(1項あるいは)2項の規定により独立して特許を受けることができないと認定したのは誤りであるとの趣旨を主張する。
(2) そこで,甲第3号証(平成12年8月1日付提出の訂正請求書)をみると,前記数値限定に関して次のような記載がある。
「【0005】 【発明が解決しようとする課題】ところで,記録を高速で行うには,インク吐出口38からインク滴を短周期で繰り返し吐出させなければならないが,このためには,吐出により消費されたインクをインク吐出口38に高速に補給する必要がある。この観点から,従来は,毛細管力を強めるためにインク吐出口38の径を小さくし,また,インク供給路34の流路抵抗を小さくする方策が講じられていた。
【0006】しかしながら,このようにしてインクの補給を高速にすると,インクの持つ運動量が大きくなってしまう。・・・ 【0007】また,運動量が大きくなると,図10に示すように,インクメニスカス44がインク吐出口38の出口に到達した後,インク吐出口38外に大きく突き出し,その後,今度は逆にインク吐出口38内に向かって戻って行き,更に,減衰しながらまた同じ過程を繰り返すという挙動を呈する。すなわち,メニスカス振動がなかなか収まらないという現象が生じる。・・・ 【0008】上記のメニスカス振動に因る問題を解決するには,振動が十分に減衰した後で次の吐出を行わざるを得ないが,このことは,所期の目的である高速記録化に逆行することにほかならない。
【0009】本発明者等の考察によれば,インク吐出口の実際形状は,オリフィスプレートの表面に向かって径が漸減するテーパ状であるが,径が一定のストレート孔として考えた場合,一般に,同じ解像度のヘッドから吐出されるインク滴の量Qはほぼ同じであり,インク滴吐出後にインク吐出口内にメニスカスが引き込まれた部分の体積,すなわち,リフィルすべきインク量Qrも概略同じとみなせる。引き込まれたインクメニスカスがインク吐出口の出口まで達する時間をtrとすると,インク吐出口内の平均流速vは,v=Qr/(A・tr),インクの密度をρとすると,単位体積当たりの平均運動量Mは,M=ρ・Qr2/(A・tr)2と表せる。これは,インク吐出口の径が大きい程,平均運動量が小さいこと,すなわち,メニスカスのオーバーシュートが起こりにくいことを示している。
【0010】また,オーバーシュートしたインクメニスカスの凸形状を,理解し易いために回転放物面と近似する(ものとする)と,オーバーシュートしたインク体積がQ0の時,オーバーシュートの高さhは,h=2・Q 0/Aと表せ,これからも,インク吐出口の径が大きい程オーバーシュートの突出量が小さくなることが理解される。
【0011】このように,同一のインク量を同一の時間でリフィルする条件では,インク吐出口の径が大きい程オーバーシュートの突出量が小さくなることを示したが,オーバーシュートの突出量hの絶対量は,インク供給路の形状,すなわち,流路抵抗により決定されることが実験的に確認されている。
【0012】以上を踏まえると,インク吐出口の面積,インク供給路の流路抵抗を最適化することによって,低速サテライト等の不具合を来さずに高速記録化を図れることが予想される。
【0013】 【発明の目的】そこで,本発明は,他の要素を付加することなく,インク吐出口の面積やインク供給路の流路抵抗等を工夫することによりインク吐出の最適化および高速化を図り且つ製造コストの低減を可能とした信頼性の高いインクジェット式プリントヘッドの提供をその目的とする。
【0014】 【課題を解決するための手段】本発明者等は,上記考察に基づく実験結果から,インクメニスカスがインク吐出口の出口に達した直後に次の吐出を行ってもインク滴形状が歪まない条件が,0数値限定の意義としては,次のとおりのものが述べられているものと認められる。
高速記録のためには,インクをインク吐出口に高速に補給する必要があり,従来,インク吐出口の径を小さくしたり,インク供給路の流路抵抗を小さくすることが行われていたが,インクの運動量が大きくなり,メニスカス振動がなかなか収まらないため,高速記録は困難であった。
発明者等は,インク吐出口内の平均流速,インクの平均運動量及びオーバーシュートの高さは,同一のインク量を同一の時間でリフィルする条件では,インク吐出口の径が大きい程小さくなることを示し,さらにオーバーシュートの突出量の絶対量は,インク供給路の流路抵抗により決定されることを実験的に確認した。
以上を踏まえると,インク吐出口の面積,インク供給路の流路抵抗を最適化することによって,高速記録化を図ることのできることが予想され,インクメニスカスがインク吐出口の出口に達した直後に次の吐出を行ってもインク滴形状が歪まない条件が,0 インク吐出口の面積が所定範囲で大きく設定される場合にも,インクのリフィル時のメニスカスの突出量が,インク供給路の流路抵抗値の適正化により低く抑えられるので,メニスカス振動の減衰時間が短くなり,次の吐出での悪影響が回避される。
(4) 次に,「0数値限定の内容について検討すると,qはインク吐出口から吐出されるインク滴の量であるから,上記「一般に,同じ解像度のヘッドから吐出されるインク滴の量Qはほぼ同じであり」のQと同様に一定量と解される。また,Aはインク吐出口の面積であり,hはメニスカスの最大突出量であって,ともに変数である。
したがって,上記の数値限定においては,hは,インク吐出口が実際に形成され,Aの値が固定されたときにその最大値が決まり,最小値は0でなければいくら小さくてもよいことになる。
ところで,本件訂正請求に係る請求項1に,数値限定に続いて「になるように上記インク供給路の流路抵抗を設定する」と記載されていることからすると,この数値限定は,流路抵抗を設定するためのものとして位置づけられていることになる。
そして,流路抵抗とメニスカスの最大突出量hとの関係は,前記甲第3号証の記載からも,流路抵抗を大きくすると,メニスカスの最大突出量hが小さくなるというものであることは明らかである。
そうすると,数値限定の内容は,インク吐出口が実際に形成され,Aの値が固定されたときに,h=0.2(q/A)に対応するものとして流路抵抗の最小値が決定されるが,他方,前記のとおり,上記数値限定によれば,hは0でなければいくら小さくてもよいことになり,また,流路抵抗を大きくするとhが小さくなるという関係にあるので,結局,流路抵抗の最大値はなく,いくら大きくてもよいことを意味しているという帰結になってしまう。
(5) しかしながら,インク吐出口の面積Aの値が一定のまま流路抵抗が大きくなると,吐出により消費されたインクをインク吐出口に補給するまでの時間が長くなることは自明であり,そうなれば高速記録の目的に反することになることも明らかである。
甲第3号証における「インクメニスカスがインク吐出口の出口に達した直後に次の吐出を行ってもインク滴形状が歪まない条件が,0 (6) また,甲第3号証の「同一のインク量を同一の時間でリフィルする条件では,インク吐出口の径が大きい程オーバーシュートの突出量が小さくなる」,「インク吐出口の面積,インク供給路の流路抵抗を最適化することによって,低速サテライト等の不具合を来さずに高速記録化を図れることが予想される。」,「インク吐出口の面積やインク供給路の流路抵抗等を工夫することによりインク吐出の最適化および高速化を図り」との記載からも,高速記録を実現するためには,インク供給路の流路抵抗のみならず,インク吐出口の面積も併せて最適化することが必要であると解するのが相当である。
(7) 以上によれば,「0数値限定をすることによって高速記録の作用効果を奏するものとは到底いえないから,これを前提とした原告の前記主張は失当である。したがって,決定が,「0実質的に同一でないとしても)刊行物1に記載された発明において,「0容易に発明することができたものと認められるから,特許法29条(1項あるいは)2項の規定により独立して特許を受けることができないとの認定判断をし,本件訂正請求を認めなかったことに誤りはない。
(8) なお,仮に,原告の主張が,前記数値限定においては,その上限であるhの最大値すなわちインク流路の流路抵抗の最小値を見出したことに意義があるというものであるとしても,数値限定「0数値限定は「0訂正明細書に記載された唯一の実施例を示す図7(本件特許明細書である甲2におけるものも同じ)においては,インク吐出口の径70μm,インク滴量130pl,メニスカスの最大突出高さ7μmであるところ,これらの数値により0.2(q/A)を計算すると,6.756μmとなるので,h≦0.2(q/A)の関係を満足しないことなどに照らせば,前記数値限定の上限に臨界的意義があるとすることはできない。
(9) よって,取消事由4もまた理由がない。
5 結論 以上のとおり,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,その他決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
【別紙】異議の決定の理由平成10年異議第74597号,平成13年4月17日付け決定(下記は,上記決定の理由部分について,文書の書式を変更したが,用字用語の点を含め,その内容をそのまま掲載したものである。)理由[手続の経緯]本件特許第2727982号の請求項1〜3に係る発明の出願は、平成6年10月28日に特許出願され、平成9年12月12日にその特許の設定登録がなされ、
その後、その特許についてキャノン株式会社より特許異議の申立がなされ、当審において取消理由の通知がなされたところ、その指定期間内である平成11年2月22日に訂正請求がなされ、さらに当審において訂正拒絶理由の通知がなされ、その訂正拒絶理由の通知に対してその指定期間内である平成11年8月16日に訂正請求の補正がなされ、その後、特許異議申立人に対する上記訂正請求,訂正請求の補正等についての審尋を経て、さらに当審において訂正拒絶理由の通知を兼ねた再度の取消理由の通知がなされたところ、その指定期間内である平成12年8月1日に平成11年2月22日付けの訂正請求が取り下げられると共に新たな訂正請求がなされ、さらに当審において訂正拒絶理由の通知がなされ、その指定期間内である平成12年12月19日に意見書が提出されたものである。
[訂正の適否についての判断]【1】訂正の内容平成12年8月1日付けで特許権者が行った訂正請求の内容は、以下のとおりである。
〔1〕訂正事項a特許明細書中の特許請求の範囲の請求項1の「発熱抵抗体が設けられた基板と、
前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含むインク供給路を区画する流路形成部材と、前記インク供給路に連なるインク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフィスプレートとを備え、前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口からインク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッドにおいて、吐出する前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aと、前記インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が、「0〔2〕訂正事項b特許明細書の段落【0014】の記載全文の「【課題を解決するための手段】本発明者等は、上記考察に基づく実験結果から、インクメニスカスがインク吐出口の出口に達した直後に次の吐出を行ってもインク滴形状が歪まない条件が、0発明者等は、上記考察に基づく実験結果から、インクメニスカスがインク吐出口の出口に達した直後に次の吐出を行ってもインク滴形状が歪まない条件が、0前記インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が、「0〔3〕訂正事項c特許明細書の段落【0022】の記載全文の「本実施例において、吐出するインク滴の量qと、インク吐出口14の面積Aと、インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口14から突出するメニスカスの最大突出量h(図5)との関係が、「0実施例において、
吐出するインク滴の量qと、インク吐出口14の面積Aと、インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口14から突出するメニスカスの最大突出量h(図5)との関係が、「0【2】訂正の目的の適否、新規事項の有無及び拡張変更の存否〔1〕訂正事項aの訂正は、特許請求の範囲の請求項1において、「吐出するインク滴の量qと、インク吐出口の面積Aと、インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が、「0そして、この訂正は、出願当初の明細書の段落【0022】に「吐出するインク滴の量qと、インク吐出口14の面積Aと、インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口14から突出するメニスカスの最大突出量h(図5)との関係が、「0従って、この訂正は、特許請求の範囲減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものではない。
〔2〕訂正事項b,cの訂正は、上記訂正事項aの訂正に伴い、それとの整合を図るために、発明の詳細な説明の記載を訂正するものである。
従って、これらの訂正は、明りょうでない記載の釈明を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものではない。
【3】独立特許要件(特許法第29条第1,2項の規定違反)〔1〕訂正後の請求項1〜3に係る発明本件特許第2727982号の訂正後の請求項1〜3に係る発明(以下、それぞれ、「本件訂正発明1〜3」という)は、訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1〜3に記載されたとおりのものであり、その請求項1〜3に記載された事項を構成要素に関して分説して記載すると、以下のとおりである。(但し、構成についての符号A〜D、及び、構成Aの構成要素についての符号A-1〜A-3は、特許異議申立書の申立理由の記載に基づいて当審において付加した。)「【請求項1】A.発熱抵抗体が設けられた基板と、前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含むインク供給路を区画する流路形成部材(A-1)と、前記インク供給路に連なるインク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフィスプレート(A-2)とを備え、前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口からインク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッド(A-3)において、
B.吐出する前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aと、前記インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が、「0【請求項2】C.前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aとの関係を、「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」に設定したことを特徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。
【請求項3】D.前記インク滴の吐出後に前記インク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1と、プリントヘッドの動作における最小の周期tminとの関係を、「0.9×t1<tmin<1.1×t1」に設定したことを特徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。」〔2〕訂正拒絶理由の概要当審が平成12年10月6日付けで通知した訂正拒絶理由通知書の訂正拒絶理由は、平成12年8月1日付けの訂正請求により訂正された本件訂正発明1〜3に対し、刊行物1〔特開平6-191030号公報〕、刊行物2〔特開平3-247455号公報〕、及び、刊行物3〔特開平4-10940号公報〕を提示し、本件訂正発明1は、刊行物1に記載された発明と実質的に同一であり、また、そうでなくとも、刊行物1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、本件訂正発明2は、刊行物1,3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、本件訂正発明3は、刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第1項、或いは、同法第29条第2項の規定により、何れの発明も特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、この訂正請求は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号、以下「平成6年改正法」という)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、平成11年改正前の特許法第120条の4第3項において準用する平成6年改正法による改正前の特許法第126条第3項の規定に違反するものであり認められないというものである。
〔3〕各刊行物に記載された発明(1)刊行物1〔特開平6-191030号公報(特許異議申立書の甲第1号証)〕刊行物1に記載された事項において、本件発明の構成A,Bに関する事項を摘記すると、次のとおりである。
1.構成Aについて(A-1)の構成に対応する「ヒータ8が設けられたヒーターボード14と、ヒータ8に対応した熱作用部を含むインク路3を区画するインク路隔壁12」の構成、(A-2)の構成に対応する「インク路3に連なる吐出口2を有しヒーターボード14上にインク路隔壁12を介して積層されるオリフィスプレート18,19」の構成、及び、(A-3)の構成に対応する「ヒータ8を発熱させて吐出口2からインク滴を吐出させるインクジェット記録ヘッド」の構成に関して、「図6は・・・記録ヘッド構造を模式的に示す斜視図である。ダンパ室7の形成は、・・・予めヒータ8を形成したヒータボード14に感光性樹脂をラミネートし、インク路用フォトマスクを用いてインク路隔壁12を形成する。インク路隔壁12の形成後、このインク路隔壁上に感光性樹脂10をラミネートし、ダンパ室形成用フォトマスクを用いてダンパ室7を形成する。その後、ダンパ室上に・・・天板を接合してダンパ室7の上部開口部を塞ぐ。」,「図12,図13は、それぞれ本発明の第4,第5の実施例を示す。これらの実施例はいわゆるサイドシュータ型記録ヘッドの例である。・・・本実施例においてもエッジシューター型の・・・実施例と同様に、共通液室4からインクがインク路3へ供給される。ここで、ヒータ8に吐出信号が印加されると、ヒータ8と垂直な方向へインクが吐出される。・・・本実施例では・・・感光性樹脂によってインク路隔壁12を形成する・・・その後、インク路隔壁12上にオリフィスプレート18を接合し、・・・オリフィスプレート19を接合して記録ヘッドを構成する。」と記載されている。
(公報4頁左欄13〜22行の【0028】【0029】,5頁左欄13〜34行の【0048】〜【0052】、図6,12,13、参照)2.構成Bについて(ア)インク滴の量q、及び、インク吐出口の面積Aに関して「吐出するインク滴の量q」に対応する「吐出体積85pl(85000μm3),88pl(88000μm3)」の構成、及び、「インク吐出口の面積A」に対応する「インク吐出口の面積」の構成に関して、「図6は・・・記録ヘッド構造を模式的に示す斜視図である。」,「本実施例の記録ヘッドの仕様は、吐出口ピッチ70.5μmで64個の吐出口を有し、・・・インク路高さ35μm,・・・吐出体積85plである。・・・従来の記録ヘッドの仕様は、吐出口ピッチ70.5μmで64個の吐出口を有し、・・・インク路高さ35μm,・・・吐出体積88plである。」と記載されている。(公報4頁左欄13行〜右欄8行の【0028】【0036】【0037】、図6、参照)(イ)メニスカスの最大突出量hに関して「インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量h」に対応する「メニスカスの最大突出量」の構成に関して、
「図10,図11において、縦軸はメニスカス17の位置を示し、吐出口面を0、
ノズル内側方向を+、ノズル外側吐出方向を-とする。実線は吐出しているインク路のメニスカス位置を示し、・・・従来例と本実施例のいずれの場合も、吐出しているインク路は吐出信号の印加後約8μsecで気泡の大きさが最大になってインクを吐出し、25μsecで気泡を消泡して吐出口側および共通液室側からインクを激しくインク路内に引き込み、120μsecでリフィルを完了する。その後、
メニスカスは、そのオーバーシュートを徐々に減衰させながら振動をする。」と記載され、また、図10,11には、吐出しているインク路におけるインクリフィル(インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出□から突出する)時のメニスカスの最大突出量が少なくとも0〜20μmの範囲内であることが記載されている。(公報4頁右欄9〜21行の【0038】【0039】、図10,11、参照)(2)刊行物2〔特開平3-247455号公報(特許異議申立書の甲第2号証)〕刊行物2に記載された事項において、本件発明の構成A,B,Dに関する事項を摘記すると、次のとおりである。
1.構成Aについて(A-1)の構成に対応する「発熱抵抗体を有するエネルギー発生体3が設けられたSi(シリコン)基板1と、エネルギー発生体3に対応した熱作用部を含むインク路(ノズル)6を区画するインク路分離壁11」の構成、(A-2)の構成に対応する「インク路(ノズル)6に連なるインク噴射口8を有しSi(シリコン)基板1上にインク路分離壁11を介して積層される記録ヘッド本体2」の構成、及び、(A-3)の構成に対応する「エネルギー発生体3を発熱させてインク噴射口8からインク滴を吐出させるインクジェット記録ヘッド」の構成に関して、「第2図(1)は、従来のインクジェット記録ヘッドの一例の構造を示す模式的断面図である。・・・第2図において、101は記録ヘッドであり、1はSi(シリコン)基板、2は記録ヘッド本体を示す。インクジェット記録ヘッドには、複数のインク噴射口8と、それぞれ複数のインク噴射口8に対応した複数のインク路(ノズル)6と、発熱抵抗体を有する複数のエネルギー発生体3とが配置されている。各インク路は、インク路分離壁11によって分離されている。インク路の並びピッチは63.5μmである。エネルギー発生体3は、記録情報に基づく駆動信号によって、
複数個あるインク路6のインクを選択的に噴射口8より噴射させる。」,「記録ヘッドの構成としては、上述の各明細書に開示されているような吐出口、液路、電気熱変換体の組み合わせ構成(直線状液流路又は直角液流路)の他に熱作用部が屈曲する領域に配置されている構成・・・も本発明に含まれるものである。」と記載されている。(公報2頁右上欄7行〜左下欄2行,6頁左下欄15行〜右下欄1行、
第2図、参照))2.構成Bについて(ア)インク滴の量qに関して「吐出するインク滴の量q」に対応する「吐出体積28pl(28000μm3)」の構成に関して、「通常のインク滴の噴射量は、V=28(picolitter)程度である」と記載されている。(公報3頁左下欄16〜17行)(イ)インク吐出口の面積Aに関して「インク吐出口の面積A」に対応する「インク吐出口の面積500μm2」の構成に関して、「現実のインク路の断面は20(μm)×25(μm)であるが、直径25(μm)の円筒型であると近似した。」(公報3頁左下欄1〜3行)と記載されている。
(ウ)メニスカスの最大突出量hに関してインク滴が吐出したインク吐出口に隣接するインク吐出口におけるものである(即ち、インク滴が吐出したインク吐出口において、インク吐出後にインク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するというインクリフィル時のものではない)が、「インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量10μm」の構成に関して、「ところが、もし、t=ts=13(μsec)でP2を印加し、
インク路NO.5〜8に連通する吐出口からインクを噴射させると、メニスカスが凸状の状態からの噴射となり、P1が無くP2のみを印加させた場合に比べ、インク路NO.5〜8に連通する吐出口から噴射されるインクの体積は△Vだけ多くなる。即ち、より大きなインク滴が噴射される。一般に、隣接記録点のインク噴射量の変化が約10(%)であると、目視で記録品位の劣化が確認されることが知られている。・・・インク路No.5に連通する吐出口からのメニスカスのでっぱり量は10(μm)であった。」,「また、これまでの説明では、インク路NO.5に連通する吐出口のメニスカスが最もでっぱるタイミングでP2を印加するとした」と記載されている。(公報3頁右上欄5行〜左下欄1行,同頁右下欄1〜3行、第2,3図、参照)3.構成Dについて上記(ウ)の「メニスカスの最大突出量hに関して」と同様、インク滴が吐出したインク吐出口に隣接するインク吐出口におけるものであるが、「インク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1と、プリントヘッドの動作における最小の周期tminとの関係を、『0.9×t1<tmin<1.1×t1』に設定した」の構成、即ち、良好な吐出性能を維持した状態で吐出間隔の最短化を図るため、より早く安定的にメニスカスが定常状態の位置に復帰した時点に合わせてエネルギー発生手段を駆動させる構成に関して、「また、噴射タイミングの遅れにより、記録された文字や画像に段差が目だち、記録品位を劣化させてしまう。」,「所定のブロックに属するエネルギー発生手段の駆動の後、該所定のブロックに隣接する非噴射ブロックに属する吐出口のメニスカスの位置が定常状態と同じ位置に最も早く復帰する時刻に実質的に合わせて、該非噴射ブロックに属するエネルギー発生手段を駆動させる駆動手段」,「そこで、P1印加後、t2=t3-td(μsec)のタイミングでP2を印加すると、P1の有無に関わらず、P2によるインク噴射量は変化しなかった。」,「なお、t3は、X=X0となる時刻であるが、X=X0±1(μm)の範囲内では良好な効果が得られた。」と記載されている。(公報4頁左下欄1〜4行,4頁右下欄3〜8行,5頁右上欄20行〜左下欄3行,5頁右下欄3〜5行、参照)(3)刊行物3〔特開平4-10940号公報(特許異議申立書の甲第3号証)〕刊行物3に記載された事項において、本件発明の構成A〜Cに関する事項を摘記すると、次のとおりである。
1.構成Aについて(A-1)の構成に対応する「ヒーター2が設けられた基体1と、ヒーター2に対応した熱作用部を含むインク3の液路を区画する壁9」の構成、(A-2)の構成に対応する「インク3の液路に連なる吐出口5を有し基体1上に壁9を介して形成されたオリフィスプレート」の構成、及び、(A-3)の構成に対応する「ヒーター2を発熱させて吐出口5からインク滴を吐出させるインクジェット記録ヘッド」の構成に関して、「本発明は熱エネルギーを利用して吐出された液体を被記録媒体に付着させて記録を行なう液体噴射記録に好適に用いられ得る液体噴射方法及び該方法を用いた記録装置に関する。」,「次に、本発明に好適に用いられる記録ヘッドの1つの構成について説明する。・・・第5図(a)および第5図(b)に示される記録ヘッドは、基体1上に壁8が設けられ、該壁8上を天板4が覆うように接合され、共通液室10および液路12が形成される。・・・また、基体1にはヒーター2が設けられ、これら各ヒーター2に対応して各液路が設けられている。
ヒーター2は、発熱抵抗層と該発熱抵抗体層に電気的に接続される電極・・・とを有し、この電極によって記録信号に従って通電される。この通電により、ヒーター2は熱エネルギーを発生し、液路中に供給されたインクに熱エネルギーを付与することができる。この熱エネルギーにより、記録信号に従ってインク中にバブルを発生することができる。また、本発明に好適に用いられる記録ヘッドの別の構成について説明する。・・・この記録ヘッドと第5図に示される記録ヘッドの違いは、第5図に示されるものが、液路内に供給されたインクが液路に沿って真直にあるいは実質的に真直に吐出口から吐出されるのに対して、第6図に示されるものは供給されたインクが液路に沿って曲折されている点である(図ではヒーターの直上に吐出口が形成されている。)。・・・第6図(a)および第6図(b)において、16は吐出口5が形成されたオリフィスプレートであり、ここでは、各吐出口5間に設けられる壁9をも一体的に形成されている。」と記載されている。(公報1頁右下欄2〜5行,6頁左下欄4行〜7頁左上欄7行、第5図(a)(b),第6図(a)(b)、参照)2.構成Bについて(ア)インク滴の量qに関して「吐出するインク滴の量q」に対応する「液滴体積12pl,13pl,18±1pl,20±1pl,55pl等」(1plは1000μm3)であることが記載されている。(公報7頁右下欄5行〜8頁左上欄15行、第1表、参照)(イ)インク吐出口の面積Aに関して「インク吐出口の面積A」に対応する「インク吐出口の面積」の構成に関して、
吐出口は、直径が36μmの円形、30μm×30μmの方形、直径が50μmの円形であることが記載されている。(公報7頁右下欄5行〜8頁左上欄15行、第1表、参照)3.構成Cについて「インク滴の量qと、インク吐出口の面積Aとの関係を、『π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3』に設定した」の構成に対応する「インク吐出口の面積」及び「インク滴の量」に関して、「[実施例2]・・・本実施例において、吐出口5は、オリフィスプレートの表面側において、直径が36μmの円とされ、・・・飛翔液滴の体積を測定したところ、各ノズルとも18±1plの範囲に収まった。」と記載され、また、第1表には、実施例4に吐出口30μm×30μm,飛翔液滴の体積20±1pl、実施例5に吐出口30μm×30μm,飛翔液滴の体積13pl、実施例6に吐出口30μm×30μm,飛翔液滴の体積12pl、実施例12に吐出口の直径が50μm,飛翔液滴の体積55plの各例が記載されている。(公報7頁右下欄5行〜8頁左上欄15行、第1表、参照)〔4〕本件各訂正発明と各刊行物に記載された発明との対比・判断〈本件訂正発明1について〉(1)本件訂正発明1と刊行物1に記載された発明とを対比すると、刊行物1に記載された発明における「ヒータ8」,「ヒーターボード14」,「インク路3」,「インク路隔壁12」,「吐出口2」,「オリフィスプレート18,19」,「インクジェット記録ヘッド」は、本件訂正発明1における「発熱抵抗体」,「基板」,「インク供給路」,「流路形成部材」,「インク吐出口」,「オリフィスプレート」,「インクジェット式プリントヘッド」に、それぞれ、対応するから、両者は、「インクジェット式プリントヘッド」のヘッドの基本的な構成(本件訂正発明1の構成A)において一致し、
本件訂正発明1が「吐出するインク滴の量qと、インク吐出口の面積Aと、インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が、「0(2)そこで、上記相違点について検討すると、刊行物1に記載された発明におけるインク吐出口の形状については、図6等をみた場合、長方形のものが一応想定されるものの、正方形や円形に近似した形のインク吐出口は、例えば、刊行物2,3や特公平3-76672号公報等に示されているように、通常、採用されるものであり、しかも、刊行物1に記載された発明において、インク吐出口のピッチが70.5μmであることを考慮した場合、その形状として高さに対して幅が2倍以上となるようなものは到底採用できないから、その形状は正方形や円形に近似したものであるとするのが相当であり、そうであれば、刊行物1に記載された発明におけるインク吐出口の面積は、インク路高さ35μmであるから、1225μm2に近似した値となる。
そこで、メニスカスの最大突出量は図からみて少なくとも0〜20μmの範囲における中間部分、即ち、10μmに近似した値と認められるから、刊行物1に記載された発明は、例えば、インク滴の量85pl(85000μm3),インク吐出口の面積1225μm2,メニスカスの最大突出量10μmであれば、0.2(q/A)=0.2(85pl(85000μm3)/1225μm2)=0.2×69.4μm=13.9μmとなり、また、インク滴の量88pl(88000μm3),インク吐出口の面積1225μm2,メニスカスの最大突出量10μmであれば、0.2(q/A)=0.2(88pl(88000μm3)/1225μm2)=0.2×71.8μm=14.4μmとなり、それぞれ、10μm以上であって、本件訂正発明1の「0ダンパ室7を含めたインク供給路の流路抵抗は、本件訂正発明1とほぼ一致するものと認められる。(因みに、図6,8のインク吐出口を図面上で実際に計ると、高さに対して幅が約1.25倍であり、この場合には、面積は約1530μm2になるから、この場合であっても、インク滴の量85pl,88plのとき、それぞれ、0.2(q/A)=11.1μm,0.2(q/A)=11.5μmとなり、
それぞれ、10μm以上であるから、本件訂正発明1の「0実質的に同一であり、また、そうでなくとも、「0数値限定に臨界的意義があるかどうか明らかでないことからみて、刊行物1に記載された発明において「0容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第1項、或いは、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
〈本件訂正発明2について〉本件訂正発明2は、本件訂正発明1を引用し、「インク滴の量qと、インク吐出口の面積Aとの関係を、「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」に設定した」(本件訂正発明2の構成C)と限定したものである。
ところで、刊行物3には、インク滴の量とインク吐出口の面積との関係が「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」である記録ヘッドが例示されているが、当該記録ヘッドは、バブルの内圧が外気圧と等しいかより低い条件でバブルを外気と連通させて吐出する液滴の堆積や速度を安定化させるものであって、インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量がどの程度のものか不明であり、また、吐出するインク滴の量とインク吐出口の面積とメニスカスの最大突出量との相関関係についても不明である。
従って、本件訂正発明2が刊行物1,3に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
〈本件訂正発明3について〉本件訂正発明3は、本件訂正発明1を引用し、「インク滴の吐出後にインク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1と、プリントヘッドの動作における最小の周期tminとの関係を、「0.9×t1<tmin<1.1×t1」に設定した」(本件訂正発明3の構成D)と限定したものである。
ところで、刊行物2には、インク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1とプリントヘッドの動作における最小の周期tminとの関係が「0.9×t1<tmin<1.1×t1」であることと実質的に同等の、良好な吐出性能を維持した状態で吐出間隔の最短化を図るためより早く安定的にメニスカスが定常状態の位置に復帰した時点に合わせてエネルギー発生手段を駆動させることができる記録ヘッドが例示されているが、刊行物2における上記駆動手法は、インクが吐出した吐出口に隣接する吐出口についてのもの、即ち、インクが吐出したインク吐出口におけるその直後の吐出に関するものではなく、インクが吐出した吐出口に隣接するインク吐出口における、所謂、クロストーク作用による影響を少なくしてのインクの吐出に関するものであるから、これを直ちに、インクが吐出したインク吐出口についてのその直後の駆動手法として規定することはできない。
従って、本件訂正発明3が刊行物1,2に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
【4】訂正の適否についてのまとめ以上のとおりであり、少なくとも、本件訂正発明1は、刊行物1に記載された発明と実質的に同一であり、また、そうでなくとも、刊行物1に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第1項
或いは、同法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
従って、特許明細書に対する上記訂正は、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号、以下「平成6年改正法」という)附則第6条第1項の規定によりなお従前の例によるとされる、平成11年改正前の特許法第120条の4第3項において準用する平成6年改正法による改正前の特許法第126条第3項の規定に適合しないので、当該訂正を認めない。
[特許異議申立について]【1】請求項1〜3に係る発明本件特許第2727982号の請求項1〜3に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1〜3」という)は、設定登録時の特許請求の範囲の請求項1〜3に記載されたとおりのものであり、その請求項1〜3に記載された事項を構成要素に関して分説して記載すると、以下のとおりである。(但し、構成についての符号A〜D、
及び、構成Aの構成要素についての符号A-1〜A-3は、特許異議申立書の申立理由の記載に基づいて当審において付加した。)「【請求項1】A.発熱抵抗体が設けられた基板と、前記発熱抵抗体に対応した熱作用部を含むインク供給路を区画する流路形成部材(A-1)と、前記インク供給路に連なるインク吐出口を有し前記基板上に前記流路形成部材を介して積層されるオリフィスプレート(A-2)とを備え、前記発熱抵抗体を発熱させて前記インク吐出口からインク滴を吐出させるインクジェット式プリントヘッド(A-3)において、
B.吐出する前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aと、前記インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰して前記インク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量hとの関係が、「0【請求項2】C.前記インク滴の量qと、前記インク吐出口の面積Aとの関係を、「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」に設定したことを特徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。
【請求項3】D.前記インク滴の吐出後に前記インク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1と、プリントヘッドの動作における最小の周期tminとの関係を、「0.9×t1<tmin<1.1×t1」に設定したことを特徴とした請求項1記載のインクジェット式プリントヘッド。」【2】特許異議申立の理由の概要特許異議申立人は、本件発明1〜3の特許を取り消すべき理由について、以下のように主張している。
〔1〕甲第1号証〔特開平6-191030号公報(取消理由通知書の刊行物1)〕、甲第2号証〔特開平3-247455号公報(取消理由通知書の刊行物2)〕、及び、甲第3号証〔特開平4-10940号公報(取消理由通知書の刊行物3)〕を提示し、本件発明1は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に規定された発明に該当し、そうでなくとも、甲第1,2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、また、本件発明2は、甲第1,3号証に記載された発明に基づいて、本件発明3は、甲第1,2号証に記載された発明に基づいて、それぞれ、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明1〜3の特許は、特許法第29条第1項、或いは、同法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
〔2〕特許明細書の記載が、以下の理由により不備があるから、本件発明1〜3の特許は、特許法第36条第4,5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(1)請求項1の記載において、「低速のサテライト」を防止するための条件として、インク滴形状が歪まないための「0(2)請求項1の記載において、「『0技術常識上、「インク供給路の流路抵抗」のみでインクの吐出量を規定できるものではなく、その他に、インク供給路の高さ,幅,長さ、インク供給路と吐出口との接続関係、熱作用部及び駆動信号の大小等も関連するものと認められるところ、この点の具体的手段について特許明細書中に開示も示唆もされていない。
(3)請求項1〜3の記載において、各請求項に記載された不等式の上限と下限の臨界的意義が特許明細書中に明らかとなっていない。
【3】取消理由の概要〔1〕平成10年12月9日付け取消理由通知書の取消理由について当審が平成10年12月9日付けで通知した取消理由通知書で示した本件発明1〜3に対する取消理由は、特許異議申立人の上記主張〔1〕〔2〕にほぼ沿うものである。
〔2〕平成12年5月16日付け取消理由通知書の取消理由について当審が平成12年5月16日付けで通知した訂正拒絶理由通知書を兼ねた取消理由通知書で示した本件発明1に対する取消理由は、特許異議申立人の上記主張〔2〕にほぼ沿うものであるが、更に、「0【4】甲各号証に記載された発明特許異議申立人が提示した甲第1〜3号証は、それぞれ、当審が平成10年12月9日付けで通知した取消理由通知書の取消理由で引用した刊行物1〜3であり、
また、当審が平成12年10月6日付けで通知した訂正拒絶理由通知書の独立特許要件違反の訂正拒絶理由で引用した刊行物1〜3であり、各刊行物に記載された内容は、上記[訂正の適否についての判断]の項、【3】〔3〕に記載されたとおりのものである。
【5】本件各発明と甲各号証に記載された発明との対比・判断〈本件発明1について〉〔1〕特許法第29条第1,2項の規定違反(1)本件発明1は、本件訂正発明1の構成Bにおけるインク供給路の流路抵抗を設定する際のメニスカスの最大突出量hの数値範囲である「0設定登録時の数値範囲となったものである。
(2)そして、本件発明1と甲第1号証に記載された発明との構成の一致点については、上記[訂正の適否についての判断]の項、【3】〔4〕(1)に記載されたとおりのものであり、また、構成の相違点については、同項、【3】〔4〕(1)の記載における「0(尚、本件発明1は、本件訂正発明1よりも、更に、甲第1号証に記載された発明に近いものとなる。)(3)結局、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明と実質的に同一であり、
また、そうでなくとも、甲第1号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第1項、或いは、同法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
〔2〕特許法第36条第4,5項に規定する要件違反請求項1の記載において、「0第36条第4,5項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
〈本件発明2について〉本件発明2は、本件発明1を引用し、「インク滴の量qと、インク吐出口の面積Aとの関係を、「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」に設定した」(本件発明2の構成C)と限定したものである。
ところで、甲第3号証には、上記[訂正の適否についての判断]の項、【3】〔4〕の〈本件訂正発明2について〉の項に記載したとおり、インク滴の量とインク吐出口の面積との関係が「π(3q/(4π))2/3≦A≦π(3q/(2π))2/3」である記録ヘッドが例示されているが、当該記録ヘッドは、バブルの内圧が外気圧と等しいかより低い条件でバブルを外気と連通させて吐出する液滴の堆積や速度を安定化させるものであって、インク滴の吐出後に一旦後退した後復帰してインク吐出口から突出するメニスカスの最大突出量がどの程度のものか不明であり、また、吐出するインク滴の量とインク吐出口の面積とメニスカスの最大突出量との相関関係についても不明である。
従って、本件発明2が甲第1,3号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
〈本件発明3について〉本件発明3は、本件発明1を引用し、「インク滴の吐出後にインク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1と、プリントヘッドの動作における最小の周期tminとの関係を、「0.9×t1<tmin<1.1×t1」に設定した」(本件発明3の構成D)と限定したものである。
ところで、甲第2号証には、上記[訂正の適否についての判断]の項、【3】〔4〕の〈本件訂正発明3について〉の項に記載したとおり、インク吐出口内に後退したメニスカスがインク吐出口に復帰するまでの時間t1とプリントヘッドの動作における最小の周期tminとの関係が「0.9×t1<tmin<1.1×t1」であることと実質的に同等の、良好な吐出性能を維持した状態で吐出間隔の最短化を図るためより早く安定的にメニスカスが定常状態の位置に復帰した時点に合わせてエネルギー発生手段を駆動させることができる記録ヘッドが例示されているが、刊行物2における上記駆動手法は、インクが吐出した吐出口に隣接する吐出口についてのもの、即ち、インクが吐出したインク吐出口におけるその直後の吐出に関するものではなく、インクが吐出した吐出口に隣接するインク吐出口における、
所謂、クロストーク作用による影響を少なくしてのインクの吐出に関するものであるから、これを直ちに、インクが吐出したインク吐出口についてのその直後の駆動手法として規定することはできない。
従って、本件発明3が甲第1,2号証に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
(尚、異議申立人は上記甲第1〜3号証の他に参考資料を提出し、本件発明3の構成Dがインクジェット式プリントヘッドの技術常識であると主張しているが、この参考資料は、本件出願前公知のものではなく、しかも、メニスカスが定常状態に戻っているときにエネルギー発生手段を駆動させることが安定的にインクを吐出させるために理想であることを開示するのみであり、メニスカスが定常状態に戻るタイミングとエネルギー発生手段の駆動周期との関係については開示していないから、これにより、本件発明3が容易に発明をすることができたものとすることはできない。)[むすび]以上のとおりであり、本件発明1は、特許法第29条第1項第3号、或いは、同法第29条第2項、及び、同法第36条第4,5項の規定により、特許を受けることができないから、本件発明1についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認める。
また、本件発明2,3についての特許は、特許異議の申立の理由によっては取り消すことはできず、他に本件発明2,3についての特許を取り消すべき理由を発見しないから、本件発明2,3についての特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものと認めない。
よって、特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則第14条の規定に基づく特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)第4条第2項の規定により、上記のとおり決定する。
平成13年4月17日
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利