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関連審決 訂正2002-39263
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15ワ4287損害賠償等請求事件 判例 特許
平成11ワ12586特許権侵害差止等請求事件 平成13ワ3381特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成14ワ12410損害賠償請求事件 判例 特許
平成14ワ25697特許権侵害に基づく損害賠償請求事件 判例 特許
平成15ワ4285損害賠償等請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  製造方法 /  頒布された刊行物 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  周知技術 /  公知技術 /  技術的範囲 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  技術情報 /  択一的 /  遡及 /  発明の利用 /  分割出願 /  悪意 /  援用権(援用) /  権利の濫用(権利濫用) /  対象製品 /  出願経過 /  技術的意義 /  均等 /  置き換え /  置換 /  同一の作用効果 /  置換容易性 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 / 
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事件 平成 11年 (ワ) 3012号 特許権侵害差止等請求事件
原告 ローム株式会社
訴訟代理人弁護士 村林隆一
同 松本司
同 岩坪哲
同 須知雄造
補佐人弁理士 石井暁夫
同 東野正
被告 アオイ電子株式会社
訴訟代理人弁護士 潮久郎
同 伊原友己
補佐人弁理士 須藤 阿佐子
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2004/02/10
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は、別紙被告製品目録記載の各製品を製造し、販売し、販売の申出をしてはならない。
2 被告は、前項の各製品を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、金12億9275万円及びこれに対する平成11年4月2日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、「サーマルヘッド用印刷回路基板」の発明について特許権を有する原告が、被告による別紙被告製品目録記載の各製品の製造販売等が同特許権を侵害するとして、被告に対し、特許権に基づく上記製造販売等行為の差止めと廃棄を請求するとともに、特許法65条の3第1項後段(平成6年法律第116号による改正前)に基づく補償金請求及び民法703条に基づく不当利得返還請求をした事案である。
(争いのない事実等) 1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」と、訂正2002-39263号審決の確定による訂正(以下「本件訂正」という。)後の本件特許出願に係る明細書を「本件明細書」という。)を有している(甲1、2、48)。
(1) 発明の名称 サーマルヘッド用印刷回路基板 (2) 特許番号 第2103950号 (3) 出願年月日 昭和63年6月23日(特願昭63-155739号) (4) 公開年月日 平成元年12月27日(特開平1-321644号) (5) 出願公告年月日 平成4年5月8日(特公平4-26782号) (6) 登録年月日 平成8年11月6日 (7) 特許請求の範囲 アルミナセラミックよりなる絶縁基板上に、発熱抵抗体を形成するとともに、この発熱抵抗体に電気的に接続される有機金ペーストよりなる導体パターンを形成してなるサーマルヘッド用印刷回路基板において、前記導体パターンの末端部には幅広のボンディングパッド部を形成し、該ボンディングパッド部の表層を、ガラスエポキシ材との間での組合せワイヤボンディングを行う無機金ペーストよりなる層とすることを特徴とするサーマルヘッド用印刷回路基板(請求項1。下線部は本件訂正に係る部分である。なお、本判決では、促音は、明細書の記載にかかわらず、すべて「ッ」又は「っ」と表記する。)。
2 本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりとなる。
A アルミナセラミックよりなる絶縁基板上に、発熱抵抗体を形成するとともに、この発熱抵抗体に電気的に接続される有機金ペーストよりなる導体パターンを形成してなるサーマルヘッド用印刷回路基板において、
B 前記導体パターンの末端部には幅広のボンディングパッド部を形成し、
C 該ボンディングパッド部の表層を、ガラスエポキシ材との間での組合せワイヤボンディングを行う 無機金ペーストよりなる層とすることを特徴とする D サーマルヘッド用印刷回路基板。
3 被告は、別紙被告製品目録記載の各製品(以下、一括して「被告製品」という。ただし、その具体的構成は、後記争点1の限度で当事者間に争いがある。)を製造販売していた。
4 被告製品は、いずれも本件発明の構成要件A、B及びDを充足する。
(争点) 1 文言侵害の成否(本件発明の構成要件C(「無機金ペーストよりなる層」の構成)の充足性) (原告の主張) (1) 被告製品は、別紙被告製品目録の(構成の説明)欄4記載の構成を有するものであるから、構成要件Cを充足する。すなわち、
ア 株式会社コベルコ科研作成の「調査報告 プリントヘッドワイヤボンディングパッド部の調査(SEM観察及び膜厚測定)」(甲3)によれば、本件発明の原告実施品(KF2008。田中貴金属インターナショナル株式会社製の無機金ペーストTR1202(甲11)にビヒクル(分散剤。樹脂に溶剤を加えたもの)と溶剤(希釈剤)を添加して焼成後の厚みを約1μmとなるように調整したもの)と被告製品(R256、R216、RJ072、P252及びP216)とは、その物理的性状(下層の導体パターンが金粒子の粒径が微細かつ均一となっている緻密な層であるのに対し、表層は、下部金層上に、粒径が下部層より大きい金粒子が島状に不均一に凝集した単層であり、最小0μm〜最大1.1ないし1.7μmの膜厚を有するまばらな層である点)において同一である。
上記のような表層と下層の物理的性状の相違点が、表層を無機金ペースト、下層を有機金ペーストにより形成したことに起因することは、特開昭62-47186号公開特許公報(甲4)や特開昭61-287767号公開特許公報(甲5)に記載された周知の知見に照らし、明らかである。
イ 被告の主張につき反論すれば、@その試料を本件発明の実施品と主張する川鉄テクノリサーチ株式会社作成の「調査報告 プリントヘッドワイヤボンディングパッド部の調査(SEM観察および膜厚測定)」(乙19、乙21)では焼成前後の同一性が不明であり、その試料を被告製品と主張する同社作成の調査報告(乙20)も、真に被告製品であるとの保証はない点で疑問がある。A被告従業員作成の「金ペースト理論購入量比率と購入量実績報告書」(乙23)は、その試算の前提とする焼成後密度や重量減係数の根拠が不明である。また、上層金膜の焼成後膜厚が同一であるという前提も、被告の別件特許権(特許第2759730号。乙3、4。以下「被告特許権」といい、その発明を「被告発明」という。)に係る特許公報【0004】、【0010】記載の知見と矛盾する。B被告主張の作業手順書(乙22、26、27)は、工場向けのものであるが、工場の現場レベルでは「有機金ペースト」、「無機金ペースト」という用語は一般に用いないから、その信用性は疑わしい。
ウ 被告製品につき、混合ペースト(無機金ペーストに有機金ペーストを混合したもの)の使用を廃止し、有機金ペーストのみの使用に切り替えた旨の被告の主張は、否認する。
(2) 仮に被告製品に混合ペーストが用いられているとしても、本件発明の構成要件Cにいう「無機金ペーストよりなる」とは、無機金ペーストのみからなる」ものに限られるわけではないから、被告製品が上記構成要件を充足することに変わりはない。すなわち、
ア 本件発明は、焼成過程において完全には溶融しない無機金粒子を包含する無機金ペーストを、ワイヤボンディングパッド部の表層に使用することにより、多層印刷しなくとも、印刷焼成後の一定膜厚を確保できるというメカニズムを利用したものであるから、仮に混合ペーストをボンディングパッド部の表層に使用した場合であっても、無機金ペーストの上記メカニズムを用いてボンディングパッド部の膜厚確保を達成するものである限り、本件発明の技術的範囲に含まれるというべきである(被告主張の混合ペーストにおける有機金ペーストは、希釈剤・分散剤としての役割を果たしているにすぎない。)。本件発明の特許請求の範囲の記載上も、
無機金ペーストのみに限定する記載は一切ない。
イ 株式会社コベルコ科研作成の「調査報告 サーマルヘッドの断面SEM観察」(甲17)によれば、混合ペーストにおけるボンディングパッド部表層の物理的性状は、有機金ペーストを含有しないものとの間で特段の違いは認められないばかりか、その作用効果においても、原告従業員作成の実験結果報告書(甲24)によれば、125℃以下という低温下でも、無機金ペーストのみのものと比較して、
何ら遜色ないワイヤボンディング強度を発揮している。厚膜技術によるパターン形成の技術分野において、膜厚調整のために無機金ペーストに有機金ペーストを混合して使用することは、昭61-287766号公開特許公報(乙45)記載の公知技術であり、成分の大半が焼成の過程で消失する溶剤等の有機成分であるということと相まって、無機金ペーストを希釈する手段として有機金ペーストを混入するようなことは、当業者であれば容易に想到し得る事項にすぎない。有機金ペーストの混合比率が70%の場合はもとより、50%や30%の場合についても、この理は変わらない。
ウ 本件特許の分割出願における補正の経緯に関する被告の主張につき反論すれば、分割出願は親出願とは別個の新たな出願であって、分割出願における補正の経緯を、親出願の技術的範囲の解釈資料として援用し得るものではない。また、特許法44条1項は、原出願の明細書に記載されていない事項(出願)については分割による出願日遡及の利益を認めないとするだけであって、原出願に係る発明の技術的範囲に属さないことを定めるものでもない。原出願の明細書に記載されていない事項を含むものであっても、本件発明の構成要件をそっくりそのまま含めば、当然、その技術的範囲に属するというべきである。
(3) 本件発明の構成要件Cにいう「層」も、被告の主張のように限定されるものではない。すなわち、
ア 株式会社岩波書店発行「広辞苑(第4版)」(甲13)によれば、「層」とは単に「かさなり」をいうにすぎない。社団法人発明協会発行「特許からみた積層体技術」(甲14)によっても、粒体が島状に並列されたもの(5頁の図1-3-15)、粉粒体が並んだもの(51頁の図(23))のいずれも「層」とされており、層を構成する粒体等が散在しているか密集しているかは相対的な差異にすぎないのであって、「層」の定義とは関係がない。
イ 株式会社日東技術情報センター作成の「分析結果報告書 サーマルヘッドの断面SEM観察」(甲15)における金線の太さやワイヤボンディング部の大きさと比較すれば、表層における金粒子間の間隔は矮小であり無意味である。
ウ 被告作成の技術説明資料(乙2)の13頁の右下図において、無機金ペーストの焼成後の性状を金粒子が散在している形状と図示しながら、被告特許権に係る特許公報(乙4)においても「混合ペースト層」と述べているのであるから、株式会社コベルト科研作成の上記調査報告(甲3)の図6以下の形状のものが「層」であることを被告が自認したに等しい。
(4) 被告発明は、せいぜい本件発明と利用関係に立つか、又は本件公報(甲2)又は昭61-287766号公開特許公報(乙45)により進歩性が否定されるにすぎないものであって、被告製品が上記構成要件を充足することとは無関係である。
(被告の主張) (1) 被告製品は、ボンディングパッド部の表層の形成素材として無機金ペーストと有機金ペーストとを混合した混合ペーストを使用しており、無機金ペーストのみを用いるものではないから、構成要件Cを充足しない。すなわち、
ア 被告製品において混合ペーストが用いられていることは、被告の作業手順書(乙22、26、27)の記載に照らし、明らかである。被告製品において用いられる混合ペーストの混合比率は、別表「ブレンド比率」欄記載のとおりである(有機金ペースト:無機金ペースト)ところ、被告従業員作成の「金ペースト理論購入量比率と購入量実績報告書」(乙23の訂正版である乙28)、「RE;金ペースト調査結果報告書」(乙142による訂正後の乙52)、被告における入庫票(乙73〜103、104の1及び2、105〜141)によれば、被告における過去2年分の有機金ペーストと無機金ペーストの購入量は上記比率と符合する。
イ 被告製品におけるボンディングパッド部の状態は、川鉄テクノリサーチ株式会社作成の「調査報告 プリントヘッドワイヤボンディングパッド部の調査(SEM観察および膜厚測定)」(乙20)のとおり、有機金ペーストの表面部に金粒子が散在しているにすぎないものである。これに対し、無機金ペーストのみを用いた場合の状態は、同社作成の「調査報告 プリントヘッドワイヤボンディングパッド部の調査(SEM観察および膜厚測定)」(乙21)のとおりであって、上層のペーストの厚みや無機金粒子の密集度合等の点で、被告製品の状態とは全く異なる。
ウ なお、被告は、別表記載のとおり、平成12年2月から4月にかけて、被告製品の製造につき、混合ペーストの使用を廃止して有機金ペーストのみのものにすべて切り替えたから、この点でも、上記構成要件を充足しない。
(2) 本件発明は、ボンディングパッド部の表層の形成素材として、「無機金ペースト」のみが指示されているというべきである。すなわち、
ア 本件特許の出願当初明細書の特許請求の範囲は「絶縁基板上に、有機金ペーストよりなる導体パターンを形成してなる印刷回路基板において、前記導体パターンのボンディングパッド部の少なくとも表層が無機金ペーストよりなることを特徴とする印刷回路基板。」(乙5の5)とされていたが、特開昭58-76286号公開特許公報(乙5の31)を引用文献として進歩性を欠如するとの拒絶理由通知(乙5の16)が発せられ、原告において技術分野をサーマルヘッド用に限定する等の減縮補正(乙5の19)をしたにもかかわらず、拒絶査定(乙5の20)を受けた。
そこで、原告は、上記特許請求の範囲を「該ボンディングパッド部の表層が無機金ペーストよりなる層」などと更に減縮補正(乙5の21)することにより特許査定を受けたものである。
イ 原告は、上記アの当初出願を原出願とし、その特許請求の範囲を「・・・ボンディングパッド部の少なくとも表層は(が)、無機金ペーストを含有する層」とする3つの分割出願(特願平5-331895(乙6。以下「分割出願1」という。)、特願平5-331896(乙9。以下「分割出願2」という。)及び特願平5-331897(乙11。以下「分割出願3」という。)を行ったが、分割不適法とされた上、実願昭61-133578号(実開昭63-39543号)のマイクロフィルムを根拠とする拒絶理由通知(乙8の15、乙10の17及び乙12の17)が発せられた。そこで、原告は、分割出願1につき、その特許請求の範囲を「・・・ボンディングパッド部の表層を、ガラス成分を含む金層」と減縮補正(乙8の19)することにより、特許査定を受けたものである(分割出願2及び分割出願3については、原告は権利化をあきらめ、これを取り下げた。)。
ウ 被告発明(特許第2759730号。乙3、4。)は、ボンディングパッド部の形成素材として「無機金ペースト」ではなく「混合ペースト」を用いる点で本件発明と相違するところ、本件発明を従来技術として指摘した上で特許査定を受けたものである。被告発明は、上記の技術上(構成上)の相違点に基づき、本件発明にはない新たな作用効果(同特許公報(乙4)の【0004】、【0005】、
【0010】、【0012】及び【0014】)を奏するものである。
エ このような本件特許出願及び分割出願の各経過や被告特許権の存在に照らせば、本件発明の技術的範囲には、ボンディングパッド部の表層の形成素材として「無機金ペースト」のみが指示されており、「無機金ペーストと有機金ペーストとの混合ペースト」が含まれることはないというべきである。
オ 原告の主張のように、有機金ペーストを単なる希釈剤・分散剤と同視することはできない。すなわち、混合ペーストの使用には、膜厚の調整、サイドエッジ現象の弊害除去及びコストの削減という独自の意義がある。仮に有機金ペーストが希釈剤と同じであれば、混合ペーストを使用する場合に希釈剤を別途入れる必要はないが、被告の作業手順書(乙22、26、27)はもとより、原告による再現実験(甲16)でも、すべて希釈剤を入れている。物質特性の点でも、希釈剤なら乾燥により揮発し、分散剤なら焼成により消滅するが、有機金ペーストはすべて揮発するようなことはなく、焼成後も有機金が残存するものである点で、大きく相違する。さらに、無機金ペーストの使用に際しては、当初から既に分散剤が混合された無機金ペースト商品を購入するのが通常である。分散剤や希釈剤のような廉価素材の代用品として有機金ペーストという高価な素材を用いることは経済的にもあり得ない。
(3) 本件発明の構成要件Cにいう無機金ペーストは「層」状態となっていることが必要であり、この「層」は、本件発明の実施品におけるボンディングパッド部の状態を撮影した川鉄テクノリサーチ株式会社作成の「調査報告 プリントヘッドワイヤボンディングパッド部の調査(SEM観察および膜厚測定)」(乙19)のとおり、一定の厚みと広がりをもった緊密な集積状態が形成されていなければならない。原告主張の根拠とする株式会社コベルコ科研作成の上記調査報告(甲3)は、その対象製品が本件発明の実施品であることの証明がない。被告製品は、有機金ペーストを焼成してなる層の表面部に、やや粒子の大きい金粒子が散在しているものにすぎず、「層」とはいえないから、上記構成要件を充足しない。
(4) 被告製品は、被告発明の実施品であり、本件発明と利用関係に立つものではない。
2 均等の成否 (原告の主張) 仮に被告製品が「無機金ペーストよりなる層」を有しない点で本件発明の文言侵害に当たらないとしても、被告製品は、次のとおり、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、その技術的範囲に属する(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)というべきである。すなわち、
(1) 本件発明の技術的思想の中核は、ボンディングパッド部の表層の形成素材に無機金ペーストを使用したことにより、サーマルヘッド用印刷回路基板において低温ワイヤボンディング性の向上、製造コストの低減という効果を奏するようにした点にあるから、仮に被告製品が無機金ペーストと有機金ペーストとを混合した混合ペーストを使用しているとしても、その有機金ペーストの添加に特段の技術的意義はなく、本件発明の非本質的部分にすぎない。
(2) 被告製品は、最大70%もの無機金ペーストを使用していることにより本件発明と同一の作用効果を奏している。
(3) 当業者が「無機金ペースト」を「混合ペースト」に置換することは、特開昭61-287766号公開特許公報(乙45)、特開平2-68807号公開特許公報(甲47)記載の技術や当時の周知技術(有機金ペーストの大半がビヒクルや溶剤などの有機成分であること、無機金ペーストの膜厚調整剤に上記有機成分を用いること)に照らすと、容易であった。
(4) 被告製品は、本訴特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではない。
(5) 原告が、本件特許発明技術的範囲から「混合ペースト」を使用するものを意識的に除外したこともない。
(被告の主張) 被告製品につき均等も成立しないというべきである。すなわち、
(1) ボンディングパッド部の表層の形成素材として無機金ペーストのみを使用することが本件発明の本質的部分であるから、混合ペーストを使用する被告製品は本件発明の本質的部分において異なる。
(2) 被告製品は、本件特許権とは別に成立した被告特許権(特許第2759730号)に係る被告発明の作用効果を奏するものであり、本件発明と同一の作用効果を有するものではない。
(3) 上記(2)記載の被告発明は、本件特許権とは別に特許査定を受けたのであるから、置換容易性はない。
(4) 原告は、本件分割出願の経緯上、本件特許発明技術的範囲を「無機金ペーストのみ」を使用するものに限定した(「混合ペースト」を使用するものを意識的に除外した。)。
3 明白な無効理由 (被告の主張) 本件特許には次の各無効理由が存在することが明らかであるから、原告による本件特許権に基づく請求は権利の濫用として許されない。
(1) その1-進歩性欠如 本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開昭62-49640号公開特許公報(乙34、公開日昭和62年3月4日)及び特開昭61-89655号公開特許公報(乙40、公開日昭和61年5月7日)記載の各発明を組み合わせることによって、当業者であれば、容易に本件発明に想到し得たものというべきである。
(2) その2-記載不備 ア 本件明細書の発明の詳細な説明にはガラスエポキシ基板に関する記述が全くなく、その存在形態について知る術もないから、特許請求の範囲に記載された「ガラスエポキシ材との間での組合せワイヤボンディングを行う無機金ペースト」と対応する事項が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、本件明細書の特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。
イ 本件明細書の特許請求の範囲に記載された「組合せワイヤボンディング」の技術内容は、次の点に照らせば、不明確であり、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載したものとはいえない。@「組合せワイヤボンディング」という語は、常用される技術用語でなく、原告の造語にすぎない。
A「ガラスエポキシ材との間での組合せワイヤボンディングを行う無機金ペーストよりなる層」は、文言上、ガラスエポキシ材に対して直接ワイヤボンディングを行うための無機金ペーストよりなる層と解釈されるところ、「無機金ペーストよりなる層」のガラスエポキシ材に対して直接ワイヤボンディングするワイヤボンディングの態様は存在しないから、「ガラスエポキシ材との間での組合せワイヤボンディングを行う無機金ペーストよりなる層」という構成の技術的意味が不明である。B出願当初の明細書の発明の詳細な説明には「組合せワイヤボンディング」について説明し、定義している部分は存在しない(本件訂正審判請求書の中でこれを初めて定義したが、本件訂正は後記(3)のとおり違法である。)。
ウ 本件明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲に記載された「ガラスエポキシ材との間での組合せワイヤボンディングを行う無機金ペーストよりなる層」という構成について十分な説明や定義がない上、本件明細書の発明の詳細な説明にも、特許請求の範囲に記載された発明の実施例及びこれに相当する記載も存在しないから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明を容易に実施することができる程度に記載されていない。
(3) その3-訂正の違法性 ボンディングパッド部の無機金ペーストをどのような材料との組合せの下でワイヤボンディングを行う対象とするのかは、訂正前の特許請求の範囲構成要件の内容に包含されていた事項とは認められないから、本件訂正は、実質的には、
特許請求の範囲減縮するものではなく、特許請求の範囲変更するものであるから、認容されるべきではない。
(原告の主張) 被告の上記主張はいずれも争う。
4 権利の濫用(民法1条3項) (被告の主張) 訂正前の本件発明は「有機金ペーストよりなる導体パターンのワイヤボンディング性の改善(低温適応性)」にとどまり、該導体パターンのボンディングパッド部とボンディングされる配線パターンの基板素材の如何は関係がなかったにもかかわらず、本件訂正は、文言的に「無機金ペースト」を限定するものにしつらえ、
特許請求の範囲減縮であると強弁して、そのボンディングの構成を強いて被告製品の構成に符合せしめるようにしたものであって、被告製品を目標とした狙い撃ち訂正といわざるを得ない。したがって、このような性格を有する本件訂正に基づく本件特許権に基づく原告の権利行使は、権利の濫用に該当し、許されないというべきである。
(原告の主張) 被告の上記主張は争う。
5 被告の悪意 (原告の主張) 被告は、本件特許の出願公開日である平成元年12月27日までに、被告製品が本件発明を実施したものであることを知っていた。すなわち、平成5年2月22日に行われた原告・被告間の交渉の場で、被告総務部部長がこれを自認したほか、被告は、もともと原告の下請けとして原告から技術供与を受けていたことがあり、その下請関係が解消された後も、同種の製品分野において原告と競合してきたのであるから、原告の公開特許情報の取得に常に努めていたことも明らかである。
(被告の主張) 原告の上記主張事実は否認する。
6 原告の補償金額又は損失(被告の利得) (原告の主張) (1) 被告製品の売上金額は、次のとおりである。
平成元年12月27日(本件特許の出願公開日)〜 平成4年5月7日(本件特許の出願公告日の前日) 計 24億4400万円 平成4年5月8日(本件特許の出願公告日)〜 平成11年3月23日(本件訴訟提起日の前日) 計 234億1100万円 (2) 本件発明の実施料は、被告製品の売上金額の5%が相当である。
(3) したがって、原告の各請求額は次式のとおりである(合計12億9275万円)。
補償金請求 24億4400万円×0.05= 1億2220万円 不当利得返還請求 234億1100万円×0.05=11億7055万円 (被告の主張) 原告の上記主張事実はいずれも否認する。
判断
1 争点1(文言侵害の成否)について (1) 被告製品の具体的構成 ア 原告は、被告製品のボンディングパッド部の表層の形成素材として、混合ペーストではなく、無機金ペーストのみが使用されていると主張し、その根拠として、まず、株式会社コベルコ科研作成の上記調査報告(甲3)における本件発明の原告実施品(KF2008)と被告製品との物理的性状の同一性(ただし、R256、R216、RJ072、P252、P216のみ)を指摘する。
イ しかし、上記調査報告(甲3)では、被告製品の比較対象とされた原告製品(KF2008)が本件発明の実施品であるか否かは必ずしも明確ではないが、
仮にそうであるとしても、原告製品と被告製品とを比較した場合、確かに、上部金層の膜厚測定の数値的な幅は類似する(その最大値は原告製品につき1.6μm、被告製品(V256は本件訴訟の対象外である。)につき1.1〜1.4μm)といえなくもないが、その断面SEM像によれば、原告製品における金粒子は全体的に密集した状態で存在しており、ある程度の凹凸はみられるものの、金粒子相互が比較的連続した状態にあることが認められるのに対し、被告製品における金粒子は密集した部分とそうでない部分との差が大きく、金粒子がほとんど存在しない部分も多くあることが認められる。これは、被告従業員作成の「原告製品の無機金ペーストの金粒子の存在状態解析報告書」(乙50)においても同様である(なお、本件発明の実施品を対象としたと主張する川鉄テクノリサーチ株式会社作成の「調査報告 プリントヘッドワイヤボンディングパッド部の調査(SEM観察および膜厚測定)」(乙19)は、そのワイヤボンディングパッド部の上部金属部分に使用された無機金ペーストが最大3.8μmにも厚塗りされており、被告製品の同形成素材として用いられている無機金ペースト(TR1202)の主な特徴・用途が2.5μm程度(甲11)にとどまり、実際の被告製品の測定値(乙48によれば、最大1.1〜1.3μm)はもとより、原告製品に関する原告測定値(甲3によれば、0〜1.6μm)や被告測定値(乙49、50によれば、1.6〜2.1μm)とも大きく相違する点で、通常予定する製品の仕様を正しく反映させたものか疑問が残るから、比較の対象としては採用しない。)。
ウ 発明の名称を「金の成膜方法」とする特開昭62-47186号公開特許公報(甲4)、「熱印字ヘッド」とする特開昭61-287767号公開特許公報(甲5、乙43)、株式会社工業調査会発行「図解 膜形成技術用語事典」(甲9)、エヌ・イー・ケムキャット株式会社(被告製品に用いられている有機金ペーストA4615の製造販売会社)作成のメタロオーガニックペースト及び厚膜ペーストの仕様説明書(甲10)、被告作成の技術説明資料(乙2)によれば、金含有割合の点で、無機金ペーストの方が有機金ペーストよりも非常に高い(被告特許権に係る特許公報(乙4)によれば、無機金ペーストでは70%以上であるのに対し、有機金ペーストでは30%以下である。)ことや、内容物として含有される金の存在形態の点でも、無機金ペーストでは粒子として存在するのに対し、有機金ペーストではそうではなく有機溶剤中に溶解した状態で存在することから、有機金ペーストを印刷焼成した場合は均一で緻密な薄膜が形成されるのに対し、無機金ペーストを印刷焼成した場合は金粒子をベースとする厚膜(膜厚約1.0μm)が形成されるものである。
エ これらの技術的知見に照らせば、上記のような物理的性状の相違点は、被告製品ではワイヤボンディングパッド部の表層の形成素材として無機金ペースト以外に有機金ペーストを混合させている(無機金ペーストの占める割合が低下し、金粒子がまばらになる)ことを基礎付ける事実ということができる。もっとも、金含有割合の低い無機金ペースト(実際にも、金含有割合42±2%にすぎない田中貴金属インターナショナル株式会社製無機金ペーストTR-1203が存在する(甲11)。)を使用すれば、印刷焼成後の金粒子の粗密さの差は、有機金ペーストを混合した場合と大差ないのではないかとの疑問が生じないわけではない。しかし、
原告主張の本件発明の実施品はもとより、被告製品の中にTR-1203を使用したものがあると認めるに足りる証拠はないし、仮に使用したものがあるとしても、
田中貴金属インターナショナル株式会社作成の使用説明書(甲11)によれば、同社製の他の無機金ペーストの粘度が200±40〜350±50kcpsであり、専用希釈剤を使用せざるを得ないのに対し、TR-1203の粘度はわずか25±15kcpsであり、実際の使用に当たっても、無希釈で使用することが可能とされていることが認められるから、TR-1203とその他の無機金ペーストとの印刷焼成後の金粒子の粗密さの程度は相対的なものにすぎないというべきである。
オ 次に、被告製品の製造についての作業手順書(乙22、26、27)によれば、金ペーストブレンド(ブレンド金ペースト作成)作業として、無機金ペーストと有機金ペーストとして使用すべき製品(無機金ペーストにつきTR1202、
有機金ペーストにつきA4615)を具体的に特定した上、そのブレンド割合を重量により一義的に特定していることが認められる。実際上も、被告が相当量の上記各金ペーストを購入していることが認められる(乙31、51、73〜103、104の1、105〜141)のに対し、これらの金ペーストを被告製品以外の製品の製造に用いていることをうかがわせる証拠はない。この点につき、原告は、工場の現場レベルでは、有機金ペースト、無機金ペーストという用語は使用されない旨を主張する。しかし、被告特許権の特許公報(乙4)には同用語が通常の技術用語として多用されており、弁論の全趣旨によれば、少なくとも被告の認識としては、被告製品は被告発明の実施品であるととらえているものと認められるから、被告における現場レベルで、これらの用語をそのまま用いることがあったとしても、格別不自然であるということはできず、原告の上記主張は採用することができない。
カ さらに、原告・被告間の本件訴訟提起前の交渉においても、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かにつき争いがあったことから、原告は、被告製品のボンディングパッド部の表層が無機金ペーストからなる層であることを立証できないかを重要な検討課題として認識し(甲36)、実際にも、被告製品を解析した結果、無機金ペーストに何かが混在していることまでは確認でき、被告との間で、同表層部に無機金ペーストと何らかをブレンドしたペーストを使用していること自体については争いがなくなったことも認められる(甲37、乙181。これに対し、無機金ペーストと何らかをブレンドしたペーストを使用していることを原告が認めたことを否定する原告従業員の陳述書(甲38)もあるが、原告作成の特許交渉議事録(甲36、37)は、その配布先として課長又は部長から社長まで指定されているように、重要問題である本件につき、被告との交渉経過を社内に正確に逐一伝達することを目的として作成されたものと推認される上に、同時期に被告により作成された議事録(乙181)の記載とも整合しているから、その記載内容は正確であると考えられ、これに反する上記陳述書の記載は信用することができない。)。
キ 以上のとおり、被告製品の解析結果や製造工程及び原告・被告間の事前交渉の経緯のいずれの点に照らしても、被告製品において、ボンディングパッド部の表層の形成素材として用いられているのは、無機金ペーストのみではなく、無機金ペーストと有機金ペーストとを混合した混合ペーストであると認めるのが相当である。この点に関する原告の主張は採用することができない。
(2) 本件発明の構成要件Cの解釈 原告は、被告製品に混合ペーストが用いられているとしても、本件発明の構成要件Cにいう「無機金ペーストよりなる」とは、「無機金ペーストのみからなる」ものに限られるわけではない旨を主張する。本件発明の構成要件Cにいう「無機金ペーストよりなる」の意義につき、本件明細書の特許請求の範囲の記載からは必ずしも明確でないから、同明細書のその余の記載や図面の内容を検討することとする。
ア 本件明細書(甲51)によれば、本件発明は次の内容を有するものである(末尾の括弧書きは、本件明細書における発明の詳細な説明欄の該当項を指す。)。
@ 本件発明は、サーマルプリントヘッドに適用する金ペーストにより導体パターンを形成するサーマルヘッド用印刷回路基板に関するものである(産業上の利用分野)。
A 金ペーストにより導体パターンを形成する印刷回路基板技術は、例えば厚膜形サーマルプリントヘッドに適用されるが、厚膜形サーマルプリントヘッドは、絶縁基板上に金ペーストを印刷焼成して、共通電極、個別電極、その他配線用の導体パターンが形成される。また、前記絶縁基板上には、前記共通電極、個別電極を跨ぐように厚膜抵抗体が形成される。さらに、前記絶縁基板上には、駆動用のICチップがボンディングされ、前記個別電極のボンディングパッド部とこのICチップのボンディングパッド(及び配線用の導体パターンのボンディングパッド部及びICチップのボンディングパッド)が、金ワイヤにより接続(ワイヤボンディング)される(従来の技術)。
B 上記金ペーストには、有機金ペースト(例えばメタルオーガニックペースト等)と無機金ペースト(例えばガラスフリットペースト等)とが知られているが、厚膜形サーマルプリントヘッドの場合には有機金ペーストが使用されていることが多い。有機金ペーストの場合には抵抗体からリードパターンへの熱拡散が少ないため低い投入電力でより高い印字濃度が得られるためである。しかしながら、
更に省エネルギ性を高めるため、導体パターンを薄くすると、ワイヤボンディングが低温度では行いにくくなる。有機金ペーストの場合は、無機金ペーストの場合よりも、低温でのワイヤボンディング強度が低い。したがって、安定にワイヤボンディングを行うためには、有機金ペーストの場合には絶縁基板全体を高温加熱してワイヤを圧着しなければならない不都合があった。上記不都合を解決するためには、
局部多層印刷を行うことにより、ワイヤボンディングパッド部の有機金膜厚を増加させることも考えられるが、コストが上昇するという新たな問題が生じる。そこで、本件発明は、省エネルギ性を損なうことなく、ワイヤボンディングを行いやすくするサーマルヘッド用印刷回路基板の提供を目的としたものである(発明が解決しようとする課題)。
C 上記課題を解決するため、本件発明のサーマルヘッド用印刷回路基板は、アルミナセラミックよりなる絶縁基板上に、発熱抵抗体を形成するとともに、
この発熱抵抗体に電気的に接続される有機金ペーストよりなる導体パターンを形成してなるものにおいて、前記導体パターンの末端部には幅広のボンディングパッド部を形成し、該ボンディングパッド部の表層を、ガラスエポキシ材との間での組合せワイヤボンディングを行う無機金ペーストよりなる層とすることを特徴としている。導体パターンの末端部に形成される幅広のボンディングパッド部の表層を構成する無機金ペーストは、低温でのワイヤボンディング性が向上できるし、ボンディングパッド部以外の導体パターン部分は、従来と同様、有機金ペーストで形成されているから、省エネルギ性を損なうこともない(課題を解決するための手段及び作用)。
D 本件発明によれば、導体パターンは有機金ペーストより形成してあるから、サーマルヘッドの印字熱を拡散させることはなく熱効率が向上する。しかも、前記導体パターンの末端部に形成する幅広のボンディングパッド部の表層は無機金ペーストより形成してあるから、ワイヤボンディング性を向上し、特に低温でのワイヤボンディングが可能となる。そのため、ガラスエポキシ材との間での組合せワイヤボンディングができたという効果を奏する(発明の効果)。
イ 上記アによれば、本件発明は、アルミナセラミックよりなる絶縁基板上に、発熱抵抗体を形成するとともに、この発熱抵抗体に電気的に接続される有機金ペーストよりなる導体パターンを形成してなるサーマルヘッド用印刷回路基板において、ボンディングパッド部の形成素材に用いられる金ペーストとして、有機金ペーストと無機金ペーストとを二者択一的なものと位置付け、従来は低い投入電力で高い印字濃度が得られる有機金ペーストが選択されることが多かったことを前提とした上で、低温でのワイヤボンディング強度の低さや局部多層印刷による製造コストの上昇という有機金ペースト特有の問題点を解決するために、有機金ペーストよりなるボンディングパッド部の表層部分につき、従来の有機金ペーストではなく、
無機金ペーストをその形成素材として新たに採用し、これにより、省エネルギ性を損なうことなく、低温でのワイヤボンディングを可能としたものであるということができる。すなわち、本件発明は、有機金ペーストを採用したことによる不都合を解消するために、従来技術と異なり、ボンディングパッド部の表層部分に限り、有機金ペーストに代わるものとして無機金ペーストを採用したものであって、このような重要な構成要素である無機金ペーストの一部でも従来使用されていた有機金ペーストにするようなことは、従来技術の問題点が改めて生じかねず、本件発明の予定していないところというべきである。このことは、本件特許の出願経過上、拒絶査定(乙5の20)に対する審判請求事件において、拒絶査定の根拠となった引用例(乙5の31)との相違点につき、「本願発明は、抵抗体から導出される導体パターンの殆どを有機金とし、その末端部(ボンディングパッド部)の表層のみを無機金とした点で、引用例とは全く異なります。」と原告が主張し(乙5の29及び乙5の30)、本件明細書の発明の詳細な説明においても、課題を解決するための手段及び作用の項において、「導体パターンの末端部に形成される幅広のボンディングパッド部の表層を構成する無機金ペースト」とするのに対し、「ボンディングパッド部以外の導体パターンは、従来と同様有機金ペーストで構成されている」と、発明の効果の項においても、「導体パターンは有機金ペーストより形成してある」とするのに対し、「前記導体パターンの末端部に形成する幅広のボンディングパッド部の表層は無機金ペーストより形成してある」と、それぞれ無機金ペーストと有機金ペーストとを対照的に記載していることからも裏付けられる。
したがって、このような本件発明の内容等に照らせば、本件発明の構成要件Cにいう「無機金ペーストよりなる」というのも、有機金ペーストを含まないという意味で、無機金ペーストのみよりなることを予定しているというべきであり、有機金ペーストよりなる場合はもとより、無機金ペーストと有機金ペーストとを混合したものよりなる場合は、上記構成要件を充足しないというべきである。
ウ これに対し、原告は、混合ペーストにおける有機金ペーストは希釈剤(共立出版株式会社発行「化学大辞典 2」(甲18)によれば、溶液において溶質の濃度を小さくする目的で添加する物質をいい、溶液の同一性を損なわないで、これと化学反応を起こすことなく、物理的に混合できるものでなければならない。)又は分散剤(同「化学大辞典 8」(甲19)によれば、固体微粒子を液中に分散させて、なるべく安定な懸濁液を作るために加えられる第三成分をいう。)の役割を果たしているにすぎない旨を主張する。確かに、無機金ペーストについては、その粘度を調整するために希釈剤を使用することが予定されており、被告製品に用いられている無機金ペーストTR1202においても希釈剤を使用する場合があることは認められ(甲11、乙29)、原告の主張によれば、本件発明の実施品であるKF2008も、無機金ペーストTR1202にビヒクルと希釈剤を添加するという。
しかし、
@ 有機金ペーストの一種であるメタロオーガニックペーストは、株式会社工業調査会発行「図解 膜形成技術用語事典」(甲9)によれば、ガラスバインダを使用すると厚膜より1〜2桁薄い、厚さ0.05〜0.3μmの均質な膜が作れる、焼成温度が300〜700℃と低い、組成の制御や多成分化が容易である、成膜後の膜面は平滑である、エッチングで微細パターン形成ができるなどの特徴を有することが認められ、単なる希釈剤とは異なる作用効果を奏するものであることは明らかである。
実用化された具体的な製品の観点から、有機金ペーストを検討しても、エンゲルハード・インダストリーズ株式会社作成のカタログ(乙44)によれば、有機金ペーストであるメタロオルガニック(A4615を含む。)は、従来の厚膜ペーストと同一の製造方法で、焼成後の膜厚は0.2〜0.5μmの導体膜を形成するものである、
従来の厚膜用金ペーストと比較し、1/3〜1/5の低価格である、表面状態が非常になめらかで、ピンホールが発生しない、膜厚が薄いため、エッチング特性に優れ、発熱抵抗体のバラツキが少ない、焼成温度が550〜900℃である等の特徴を有するものである。エヌ・イー・ケムキャット株式会社(被告製品に用いられている有機金ペーストA4615の製造販売会社)作成のメタロオーガニックペースト及び厚膜ペーストの仕様説明書(甲10)によれば、メタロオーガニックペーストは、基板上にスクリーン印刷、ディップ、スピンコート等の手法によって塗布し、これを焼成することにより2μm以下の厚さの被膜を形成することを目的として製造されたものであって、一般の厚膜ペーストとは異なり、粉末を含有しておらず、含有成分がすべてレジネート(有機金属化合物が有機溶媒中に均一に溶解した状態で存在しているもの)により構成されており、ペースト中のレジネートは樹脂分とともに有機溶剤に溶解した状態で存在しており、これを焼成することにより樹脂分とレジネートの有機リガンドが焼失し、残存した成分が被膜状に析出するものである。上記目的を達成するために、メタロオーガニックペーストについても、希釈剤を用いることが予定されている(推奨希釈剤シンナーA-4182)ことが認められる。このように、実際の製品をみても、有機金ペーストは焼成後の残存成分が形成する薄膜に大きな意義が存するのであるから、これを希釈剤と同視することはできないというべきである。
A 原告は、ボンディングパッド部表層の物理的性状の点で、混合ペーストの場合と無機金ペーストの場合との間で特段の違いは認められないとも主張するが、その根拠とする株式会社コベルコ科研作成の「調査報告 サーマルヘッドの断面SEM観察」(甲17)を前提としても、ボンディングパッド部表層の物理的性状は、無機金ペーストにビヒクルを添加したにすぎないものと有機金ペーストを混合したものとを比較した場合、有機金ペーストを混合した方は焼成後に残存した成分が被膜状に析出する点で、かなり相違することが認められるから、物理的性状の観点からも、有機金ペーストを希釈剤と同視することはできないというべきである。
B 本件発明の作用効果の1つである低温でのワイヤボンディング性の向上という点から検討しても、後記エのとおり、原告従業員作成の実験結果報告書(甲24)によれば、ワイヤボンディングパッド部の表層部分の形成素材として、
少なくとも無機金ペーストに有機金ペースト25%を混合させた場合や有機金ペースト50%を混合させた場合では、125℃という低温のボンディング温度下でありながら、無機金ペーストのみとした場合と変わらないワイヤボンディング強度が得られていることが認められるのであって、本件明細書のとおり、低温下でのワイヤボンディング性の点で有機金ペーストが無機金ペーストに劣ることを前提とすれば、上記実験において、無機金ペーストの混合割合が大幅に減少したにもかかわらず、ワイヤボンディング強度が減少しないということは、有機金ペーストを単なる希釈剤と同視することはできないというべきである。
C かえって、原告自身の特許出願に係る特開昭61-287766号公開特許公報(乙45。発明の名称「熱印字ヘッド」。その特許公報は乙25)によれば、同特許発明は、金に樹脂を混入してなる金ペースト(無機金ペーストと同様に金粒子を含むと認める。)を用いたスクリーン印刷法で1回だけ印刷、焼成しただけでは、該金ペーストの材料特性上、金の焼結が先に進行してペースト中で凝集する結果、形成済みの電極中に金が高密度で存在する部分と金がまばらな部分が形成され、金膜が緻密に形成されないため、従来技術では、1度印刷、焼成した後に、更に1〜2回重ね合わせて印刷、焼成し、最終的に金がまばらな部分をなくして、その導体抵抗を調整していたが、それでは、リード電極の厚みが2〜6μmというかなり厚いものとなり、放熱作用が大きくなる、凹凸も生じ、印字品位に問題が生ずる、金ペースト使用量が増え、製造コストが高くなるという問題点があったため、これを解決すべく、リード電極等の「導体を金ペーストと有機金ペーストとを混練してなる素材で構成した」という特許請求の範囲所定の構成を備えることにより、導体を1μm程度の薄い厚みで形成することができ、上記放熱作用を抑制することができ、印字品位も向上し、製造コストも大幅に低減することができるという作用効果を奏するものである。この特許発明は、有機金ペーストの有する特性に着目したものということができ、これを単なる希釈剤と同視していないことは明らかである。
また、被告特許権(乙3、特許第2759730号、発明の名称「印刷回路基板」)の特許公報(乙4)によれば、導体パターンの金ペーストに無機金ペーストを用いる場合は、有機金ペーストに比し金含有量が高いため、膜厚を1μm以上に薄く形成することが困難である、製品コストも高くなる、ボンディング強度の低下を招くという問題点があり、有機金ペーストを用いる場合も、1回の印刷で形成できる金導体の膜厚が0.2μm程度と薄いため、ワイヤボンディング強度確保のために必要な膜厚を形成するために、更に数回の印刷が必要となり、製造工程数が増えるという問題点があったことから、各問題点を解決するために、導体パターンのボンディングパッドに「有機金ペーストと無機金ペーストとを混合した混合ペーストを用いて」という特許請求の範囲所定の構成を備えることにより、ワイヤボンディング強度に必要な金電極膜厚を必要最低限度に押さえ、かつ、ボンディングパッドについて1回の印刷焼成回数で必要な膜厚を得ることができるため、低コストの製品供給が可能となり、ボンディングの信頼性も向上するという作用効果を奏するものとされている。上記の被告発明においても、有機金ペーストの特性に着目したものということができるだけでなく、本件発明を従来技術の1つとして指摘しながら(乙4の【0004】)、特許査定に至った(乙3)ことに照らしても、混合ペーストにおける有機金ペーストを単なる希釈剤と同視していないことは明らかである。
その他にも、特開昭62-47186号公開特許公報(甲4、発明の名称「金の成膜方法」)によれば、同発明は、無機金ペーストと異なり、金粒子の大きさの問題がなく、かつ、焼成したときに緻密な金成膜を形成するという有機金ペーストの有する作用に着目して、「有機金ペーストをコーテングローラを用いて絶縁性基板上に転写し、焼成して金薄膜を形成する」という特許請求の範囲記載の構成を備えることにより、全面にわたって厚さが均一で、薄い金薄膜が形成でき、
パターンニングの精度の向上及びパターンニング時の欠陥の発生が減少し、ひいては製品精度及び信頼性の向上が実現できるという効果を奏するものである。上記発明においても、無機金ペーストについては、そこに含まれる金粒子が1μm程度と粗いため、均一な塗布を行うことができないという問題点を踏まえ、これを解決するために、有機金ペーストの特性に着目した発明ということができる。
以上のように、当業者の認識としても、有機金ペーストを単なる希釈剤と同視することはないというべきである。
D さらに、被告製品の製造過程を検討しても、被告の作業手順書(乙22、26、27)によれば、無機金ペーストと有機金ペーストを混合した混合ペーストにおいても、希釈剤を別途使用することが指示されており(希釈率も10%の場合が例示されており、僅少とはいえない。)、その具体的な製品もTMS-7という被告製品に使用される無機金ペーストTR1202の専用希釈剤(乙29)を用いることが指示されている。被告製品のうちG216、B216、B256に関する「厚膜サーマルプリントヘッドWP技術標準書」(乙55、145、149)においても、有機金ペーストA4615と無機金ペーストTR1202を混合し、
その際、上記の専用希釈剤TMS-7を別途用いることが記載されている。これらの点からも、混合ペーストにおける有機金ペーストは、無機金ペーストに対する希釈剤として用いられているわけではないことは明らかである。
E なお、製造コストの観点から、有機金ペーストと希釈剤とを比較しても、1g当たり、有機金ペーストA4615は351.49円〜414.15円(乙31、73〜103、104の1、105〜109)であるのに対し、希釈剤TMS-7又はビークルTMC-10TAはいずれも11円であり(乙29、30及び32)、有機金ペーストは希釈剤等とは実に30倍以上もの価格差を有するのであるから、専用希釈剤等が安価な製品として製造販売されているにもかかわらず、これに代えて、非常に高価な有機金ペーストを希釈剤の代替品としてわざわざ用いることは合理性がなく、考えられない。したがって、製造コストの観点からも、有機金ペーストを希釈剤と同視することはできないというべきである。
F 以上によれば、被告製品に使用された混合ペーストにおける有機金ペーストは、希釈剤と同視することはできず、同様に、分散剤とも同視することはできないというべきであるから、この点に関する原告の主張は採用することができない。
エ 原告は、被告製品が被告発明の実施品であるとしても、本件発明の利用関係に立つものにすぎないと主張する。
しかし、本件発明の利用関係に立つというためには、被告製品の構成が本件発明の構成を一体性を失うことなくそっくり具備した上で、更に別の技術的要素が付加されており、本件発明の作用効果をそのまま奏するという関係にあることが必要である。これを本件についてみると、上記イで判示したとおり、本件発明においては、ボンディングパッド部の表層が無機金ペーストのみからなるという構成が必須のものであって、無機金ペーストと有機金ペーストを混合したものは構成要件を充足しないのである。一方、被告製品がその実施品であるとされる被告発明(乙4)は、ボンディングパッド部に有機金ペーストと無機金ペーストとを混合した混合ペーストを用いてボンディングパッドパターンを形成するものであるから、
本件発明とは別個の技術思想に立つものということができ、本件発明の構成要件をすべて具備した上で別の技術的要素を付加した利用発明の関係にあるとは当然にはいえないものと考えられる。
さらに、被告製品が奏する作用効果の面からみても、被告製品は本件発明がその特許請求の範囲の構成を採用したことによる作用効果を奏しているとはいえない。すなわち、原告従業員作成の実験結果報告書(甲24)によれば、無機金ペーストに75%もの有機金ペーストを混合した場合、無機金ペーストのみの場合と比較すれば、低温でのワイヤボンディング強度の向上という点で、もはや本件発明の作用効果を奏していないのではないかという疑問がある。もっとも、無機金ペーストに25%又は50%の有機金ペーストを混合した場合に限っては低温でのワイヤボンディング強度の向上という作用効果を奏していることは肯定できる。しかし、本件明細書によれば、有機金ペーストは無機金ペーストよりも低温下でのワイヤボンディング強度が低い(被告従業員作成の調査結果報告書(甲53)でも、有機金ペーストはボンディング性の点で無機金ペーストに劣る。)とされ、本件特許出願過程で提出された原告の意見書(乙5の18)によれば、無機金ペーストのみの場合も、その膜厚が2.1μmまでであれば、そのワイヤボンディング強度は無機金の膜厚に比例するところ、上記実験結果(甲24)では、混合させた有機金ペーストの割合だけ無機金ペーストが減少する(例えば、有機金ペースト50%を混合する場合は、無機金ペーストの使用割合は実に半減する。)ことが認められるから、本件発明の作用効果が「無機金ペーストよりなる」ことに基づくのであれば(原告も、本件発明は、無機金ペーストに含有される一定粒径を持った金粒子が焼成過程において完全には溶融せずに残存する結果、印刷焼成後の表層に一定の膜厚を確保できるというメカニズムを利用したものである旨を自認している。)、無機金ペーストの使用割合が減少するに応じて、その作用効果も低減してしかるべきであると考えられる(乙5の18の参考資料2によれば、無機金の膜厚2.1μmが1μmに減少すれば、そのワイヤボンディング強度もほぼ半減している。)。しかし、上記実験結果(甲24)で、決して少なくない割合の有機金ペーストを混合させた(これに相当する無機金ペーストを減少させた)にもかかわらず、低温でのワイヤボンディング強度が減少しないということは、ボンディングパッド部の表層に無機金ペーストのみを用いて印刷焼成した場合と比較して、その層状態は変化したものと推認することができる。つまり、被告製品(混合される有機金ペーストA4615の金含有割合は、原告の主張を前提としても、わずか18%程度であるから、これが無機金ペーストに代替し得ないことは明らかである。)において、本件発明と結果的に同様の作用効果を奏するとしても、それは、
無機金ペーストのみを用いた場合とは異なる層を採用したことにより得られるものであるというべきである。したがって、被告製品が被告発明の実施品であるとしても、本件発明と利用関係に立つものとはいえない。この点に関する原告の主張は採用することができない。
(3) 被告製品へのあてはめ 上記(2)のとおり、本件発明の構成要件Cの「無機金ペーストよりなる」を有機金ペーストを含まないという意味で無機金ペーストのみよりなると解釈したとしても、ワイヤボンディングパッド部の表層の形成素材として、不純物として含まれる程度の微量の有機金ペーストを無機金ペーストに混合させたというのであれば、上記構成要件を依然充足すると解する余地があることは否定できない。
しかし、被告製品の具体的構成については、上記(1)で判示したとおりであって、無機金ペーストのみの場合に比し、焼成後の物理的性状においてかなり相違すること(乙50)、被告製品の製造についての作業手順書(乙22、26、27)や「厚膜サーマルプリントヘッドWP技術標準書」に具体的な混合割合まで記載されていること(乙55、145、149)、無機金ペーストに比しても、相当量の有機金ペーストの購入実績が被告にあること(乙31、51、73〜103、
104の1、105〜141)等に照らすと、被告製品のワイヤボンディングパッド部の表層の形成素材としては、被告の主張するように、少なくとも30%程度の有機金ペーストが含まれていると認めるのが相当であり、不純物として含まれるよりもはるかに大量の有機金ペーストを無機金ペーストに混合させたものであるから、
「無機金ペーストよりなる」という本件発明の構成要件Cを充足するものとはいえない。
したがって、被告製品につき有機金ペーストのみのものに切り替えた旨の被告の主張の当否につき判断するまでもなく、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さない(文言侵害は成立しない)というべきである(混合ペーストへの設計変更がされた平成3年7月(甲36、37、39、乙22、180の1)以前に製造販売されていたF216(乙177)については、原告が訴えをすべて取り下げたものであり、その余の被告製品については、被告主張の別表記載の時期とは異なり、平成3年7月以前からこれを製造販売していたことを認めるに足りる証拠はない。)。
2 争点2(均等の成否)について (1) 上記1で判示したとおり、被告製品は構成要件Cにいう「無機金ペーストよりなる」を欠くものであるが、原告は、被告製品が「無機金ペーストよりなる」とはいえない点で本件発明の文言侵害に当たらないとしても、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、その技術的範囲に属する旨を主張する。
(2) 特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等する対象製品と異なる部分が存する場合であっても、@同部分が特許発明の本質的部分ではなく、A同部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、Bそのように置き換えることに、当該発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、C対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、D対象製品特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明技術的範囲に属するものと解される(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。そして、上記@にいう特許発明の本質的部分とは、
特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付け、当該特許発明特有の作用効果を生じさせる部分、換言すれば、その部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明技術的思想とは別個のものと評価されるような、技術的思想の中核をなす特徴的部分をいうものと解するのが相当である。
(3) そこで、まず、本件発明の構成要件Cにいう「無機金ペーストよりなる」が本件発明の本質的部分に含まれるか否かを検討するに、争点1について判示したとおり、本件発明は、アルミナセラミックよりなる絶縁基板上に、発熱抵抗体を形成するとともに、この発熱抵抗体に電気的に接続される有機金ペーストよりなる導体パターンを形成してなるサーマルヘッド用印刷回路基板において、ボンディングパッド部の形成素材に用いられる金ペーストとして、有機金ペーストと無機金ペーストとを二者択一的なものと位置付け、従来は低い投入電力で高い印字濃度が得られる有機金ペーストの方が選択されることが多かったことを前提とした上で、低温でのワイヤボンディング強度の低さや局部多層印刷による製造コストの上昇という有機金ペースト特有の問題点を踏まえ、有機金ペーストよりなる導体パターンの表層部分の形成素材として、有機金ペーストではなく、無機金ペーストを採用することにより、省エネルギ性を損なうことなく、低温でのワイヤボンディングを可能としたものである。つまり、本件発明においては、有機金ペーストの問題点を解決するために、従来技術において採用されていなかった無機金ペーストを、有機金ペーストに代えて、ボンディングパッド部の表層部分の形成素材に採用することにより、本件発明の作用効果を奏することができるようにしたものであり、まさに当該特許発明特有の解決手段を基礎付け、当該特許発明特有の作用効果を生じさせる部分であるというべきである。
原告は、有機金ペーストの添加には特段の技術的意義はない旨を主張するが、有機金ペーストの特性に照らせば、膜厚の薄さや焼成後の平面の平坦性が得られる点で、無機金ペーストにはない作用効果を得られるものであり、また、この点に着目した被告特許出願にも、同特許公報の【0011】には「必要とする膜厚に応じて、有機金ペーストと無機金ペーストの混合比を選べば、最適の膜厚が得られ、品質の安定化が図れる」ことが記載され、特許査定に至ったこと(乙3、4)に照らしても、有機金ペーストの添加が技術的意義を有することは明らかであるから、この点に関する原告の主張は採用することができない。
したがって、本件発明の特許請求の範囲に記載された「無機金ペーストよりなる」という構成は、本件発明の技術的思想の中核をなす特徴的部分の一部をなすものとして、本件発明の本質的部分であるというべきである。
(4) そうすると、被告製品は、「無機金ペーストよりなる」という構成を有しない点で、本件発明の本質的部分において相違するから、上記の均等成立のための第1要件(発明の非本質的部分)を欠く。
したがって、均等のその余の要件について判断するまでもなく、被告製品は、本件発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとはいえず、その技術的範囲に属さないというべきである。
結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はい ずれも理由がない。
追加
被告製品目録被告の製造販売に係る下記サーマルプリントヘッド(製品名)R256、R216、RJ072、P252、P216、
G216、B216、B256、
G208、Y208、AJ-8P、AJ-8E、TAG-H8E、
RE-CG8E、AE-G8E、AE-H8E、AG-H8E、
AJ-8E84、AJ-8R、RE-CG12Y(図面の説明)別紙参考図-被告製品の幅方向要部断面図(構成の説明)1放熱板1上には、アルミナセラミック製の絶縁基板2およびガラスエポキシ基板3が載置されている。
2アルミナセラミック基板2上には酸化ルテニウム等よりなる発熱抵抗体5および有機金ペーストより成る導体パターン7が形成され、発熱抵抗体5には導体パターン7が電気的に接続されている。
3導体パターン7のICチップ10側の末端には幅広のワイヤボンディングパッド部8が形成されている。
4ワイヤボンデイングパッド部8の表層9は、無機金ペーストよりなる層としている。
5アルミナセラミック製の絶縁基板2上に形成された導体パターン7は、ワイヤボンデイングパッド部8を介し、ガラスエポキシ基板3に搭載されたICチップ10と、金ワイヤ11によりワイヤボンディングされている。
(別紙)参考図別表
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 田中秀幸
裁判官 守山修生