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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 15年 (行ケ) 46号 特許取消決定取消請求事件
原告 日本ポリプロ株式会社(旧商号)日本ポリケム株式会社
訴訟代理人弁理士 須藤 阿佐子
同 須藤晃伸
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 谷口浩行
同 一色 由美子
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が異議2000−72008号事件について平成14年12月13日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「ラミネート用樹脂組成物」とする特許第2978387号発明(平成5年11月26日特許出願〔特願平5-297010号,優先権主張・平成4年12月3日,同月25日及び平成5年5月13日・日本〕,平成11年9月10日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許について,特許異議の申立てがされ,異議2000-72008号事件として特許庁に係属し,原告は,平成14年8月20日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等について訂正(以下「本件訂正」という。)を求める訂正請求をした。
特許庁は,同事件について審理した上,同年12月13日,「訂正を認める。特許第2978387号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,平成15年1月8日,原告に送達された。
2 本件訂正により訂正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】の記載 【請求項1】成分A:下記に示す(a)〜(c)の性状を有するメタロセン触媒によって得られるエチレンと炭素数3〜18のα-オレフィンとの共重合体50〜99重量% (a)MFRが2〜30g/10分 (b)密度が0.935g/cm3以下 (c)温度上昇溶離分別(TREF)によって得られる溶出曲線のピークが一つであり;該ピーク温度が20〜85℃であり;該ピークの高さをHとし,該ピークの高さの1/2の幅をWとしたときのH/Wの値が1以上である; 成分B:下記に示す(a'),(b'),(c')および(d')の性状を有する高圧法低密度ポリエチレン1〜50重量% (a')MFRが0.1〜20g/10分 (b')密度が0.915〜0.93g/cm3 (c')メモリーエフェクト(ME:Memory Effect)が1.6以上 (d')メルトテンション(MT:Melt Tension)が1.5g以上 を含有することを特徴とする押出ラミネート用樹脂組成物。 (以下,上記【請求項1】に係る発明を「本件発明」といい,上記構成のうち「エチレンと炭素数3〜18のα-オレフィンとの共重合体」を「LLDPE」と,「高圧法低密度ポリエチレン」を「LDPE」ともいう。) 3 本件決定の理由 本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明は,特許法36条4項(注,「平成6年法律第116号附則6条2項により,同法の施行前にした特許出願については,なお従前の例によるとされる,同法改正前の特許法36条4項」の趣旨と解される。以下「特許法旧36条4項」という。)に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであり,本件発明の特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により,取り消すべきものとした。
原告主張の本件決定取消事由
本件決定は,原告に意見書の提出の機会を与えることなく,取消理由通知書において通知した取消理由と異なる取消理由により本件発明の特許を取り消したものであって,特許法120条の4第1項違反の手続上の違法があり(取消事由1),また,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が同法旧36条4項に規定する要件を満たさないと誤って判断した(取消事由2)結果,本件発明の特許は拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであると誤って判断したものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(手続上の違法) (1) 本件異議申立て手続における平成12年9月29日付け取消理由通知書(甲4)では,異議申立人ザ ダウ ケミカル カンパニーの主張を引用して,本件明細書には特許法旧36条4項違反の記載不備があるとしているが,同異議申立人の主張によれば,@ 本件発明で用いるLLDPE及びLDPEの製造方法は,実施例1と17に記載はあるが,他の実施例及び比較例には記載がない,A 上記LLDPE及びLDPEが周知慣用のものでないと特許権者が主張する場合には,明細書の記載不備に相当する,というものであって,上記Aの主張の趣旨は,本件発明で用いるLLDPE及びLDPEが出願前よく知られたものであることを特許権者に認めさせるための予備的主張にすぎなかったことは明らかである。これに対し,原告は,平成13年1月5日付け意見書(甲6-1)により,上記Aの点について,本件発明で用いるLLDPE及びLDPEは出願前に公知のものであることを明示することで,明細書の記載不備には当たらないことを主張し,これを受けた平成14年6月12日付けの取消理由通知書(甲7)においても,記載不備の取消理由については,第1回の取消理由通知書の取消理由は依然として存在していると記載されているにとどまる。ところが,本件決定は,上記Aの点は採用せずに,@の点のみを採用して,本件発明の特許を取り消すべき旨の決定をしたものである。このように,通知された取消理由と本件決定の取消理由とは,内容的に同一であるとはいえないから,原告の取消理由を解消するための対応が相違し,本件決定に記載された取消理由が通知され,原告に再度の反論の機会が与えられていれば,意見書,実験成績証明書等により反論,釈明をすることができたはずである。したがって,本件決定は,原告に意見書の提出の機会を与えることなく,取消理由通知書において通知した取消理由と異なる取消理由を採用したものであって,特許法120条の4第1項に違反した手続上の違法がある。
(2) 平成12年9月29日付け取消理由通知が引用する異議申立人ザ ダウ ケミカル カンパニー主張の記載不備は特許法旧36条4項を根拠とするものであり,異議申立人日本ポリオレフィン株式会社主張の記載不備は同条4項又は5項を根拠とするものであって,上記取消理由通知書が掲げる同条6項に基づく取消理由は,いずれの異議申立人も主張していない職権審理に基づくものであるのに,本件決定は,この点について原告に再度の反論の機会を与えることなく,本件発明に係る特許を取り消すべきものとしたものであるから,前同様の手続上の違法を免れない。
2 取消事由2(明細書の記載不備に関する判断の誤り) (1) 本件決定は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載について,「請求項1に記載の『成分A』については,請求項1で規定する性状を有する成分Aであるエチレン・α-オレフィン共重合体(注,LLDPE)を得るためには,当業者に過度の試行錯誤を強いるものというべきである」(決定謄本17頁第2段落),「請求項1に記載の『成分B』については,請求項1で規定する性状を有する成分Bである重合体(注,LDPE)を得るためには,当業者に過度の試行錯誤を強いるものというべきである」(同18頁第2段落)とした上,「本件明細書には,請求項1に係る発明(注,本件発明)を当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されている,ということはできない」(同頁第3段落)と判断したが,以下のとおり,誤りである。
(2) 成分Aについて ア 本件明細書(甲8添付)の実施例1と17に,特開昭61-130314号公報(甲13,以下「甲13公報」という。)に記載の触媒を調製して行ったエチレン-ヘキセン-1共重合体の製造方法が具体的に記載されており,この記載を参考にすれば,それ以外の実施例及び比較例において使用する種々のLLDPEの具体的製造条件は,当業者が容易に選定し得るというべきである。実施例1の製造方法は,触媒が存在し,かつ,高圧の下で重合を進行させるいわゆる高圧イオン重合法であり,この方法では,分子量(MFR)の制御は重合温度で行い,重合温度の制御は触媒供給量で行うことが一般的であり(特開昭46-5640号公報〔甲14,以下「甲14公報」という。〕,特公昭48-6183号公報〔甲15,以下「甲15公報」という。〕),密度の制御は,同一コモノマー種の場合,共重合体中のコモノマー含量で行い,共重合体中のコモノマー含量の制御は,モノマー中のエチレン/コモノマー比で行うことが一般的である(甲14公報,特開昭56-18607号公報〔甲26,以下「甲26公報」という。〕及び特表平1-503788号公報〔甲27,以下「甲27公報」という。〕)から,目的とするMFR及び密度が定まれば,およその重合条件は定まるところ,本件明細書記載の全実施例及び比較例の成分Aの重合条件は,原告作成に係る別表1記載のとおりである。
イ 被告は,請求項1に記載されている共重合体はエチレンとα-オレフィンとの共重合体であるから,実施例1と17に記載のエチレンとヘキセン-1との共重合体の製造方法の条件がそのまま適用できるとはいえないと主張するが,このような理由は,取消理由として通知されていない。なお,同じ条件であるならば,エチレンと種々のα-オレフィンとの共重合体において,ポリマーの収量や得られる共重合体のポリマー密度,ポリマーMFRは,いずれも大きな差異はない。甲26公報の実施例22,24,27では,それぞれプロピレン,ブテン,ヘキセンを同じ供給濃度,同1条件で共重合させ,密度及びMFRがほぼ同等の共重合体が得られている。
ウ 被告は,また,本件明細書の実施例1と17を対比して,重合温度が異なっても,得られる共重合体のMFRは18g/10分で同一であり,原告が主張する,「分子量(MFR)の制御は重合温度で行う」との点は誤りであると主張する。確かに,実施例17のMFRについて,段落【0052】には「18g/10分」と記載されているが,段落【0056】の【表7】にある「19g/10分」が正しい。本件特許出願は,特願平4-323529号(平成4年12月3日出願,以下「基礎出願1」という。),特願平4-345750号(同月25日出願,以下「基礎出願2」という。),特願平5-111693号(平成5年5月13日出願,以下「基礎出願3」という。)及び特願平5-111695号(同日出願,以下「基礎出願4」という。)を基礎出願とし,基礎出願3,4は,それぞれ基礎出願2,1を基礎出願とするものであるが,実施例17のMFRが19g/10分であることは,基礎出願2,3の明細書(甲30,31)の記載からも明らかである。重合温度とMFRとは相関性があり,MFRと重合温度の関係はαオレフィン含量の影響も若干受けるが,αオレフィン含量と密度の関係は温度,MFRにあまり影響を受けない。本件特許出願は,上記のとおり,複数の優先権を主張して出願されたものであり,実施例1〜13と比較例1〜10は,基礎出願1,4(甲29,32)に係るもの,実施例17〜27と比較例11〜20は,基礎出願2,3(甲30,31)に係るものである。実験の行われた時期の違いによる気温,気候,実験資材の純度等の違いが実験の条件及び結果に影響を与える可能性があるから,一連の実験の間で整合がとれていて大きな矛盾がなければ,当業者は,明細書の記載を十分に理解し得るものというべきである。
エ 明細書は出願に係る発明に関するすべての技術を網羅的に開示しているわけではなく,出願当時の技術常識を前提とした上で作成されるのが通常であるから,特に明細書に記載がなくとも,出願に係る発明を理解するに当たって技術常識参酌することは許される。本件明細書においては,本件発明に係る製造法を記載し,好ましい範囲を明確に示し,その中心的な実施例を具体的に追試可能な程度に詳細に記載しているのであるから,請求項1に記載の成分Aがその範囲で制御可能であると認定するのに十分な記載というべきであり,これを裏付けがないとして排斥するとすれば,実施例以外の明細書の記載は何ら意味を持たず,製造に関する各要素を網羅的にすべて実施例として記載することを余儀なくされる不当な結果を招く。本件発明においては,成分Aはメタロセン触媒を用いて特定の物性を有するものを選択すればよいのであり,成分Aそれ自体について物質としての新規性を主張するものではないから,出願時の技術常識の範囲については簡略化して記載しても,当業者がその実施をする上で支障はない。
オ 被告は,実施例1,8〜16と実施例7は,反応圧力及びヘキセン組成は同じで反応温度に差異があっても,MFRは同じであり,実施例2と7とは,反応圧力,ヘキセン組成及び反応温度が同じであるのにMFRが異なっていることを指摘するが,実施例7は,中間品,すなわち,175℃から145℃に条件を変化させた際の後半のサンプルを使用したものであり,平均値である155℃を記載した特異なサンプルであるから,実施例1,2で使用したものと比較すると食違いが大きく見えるが,それ以外の実施例及び比較例では大きな食違いはない。
カ 甲14公報における有機金属触媒とは,「エチレンおよびα-オレフィンを重合させることができ,かつ(好ましくは炭素原子を介して)金属に結合している有機基を1個以上含んでいる任意の物質またはそのような物質の混合物」(2頁左上欄)であり,メタロセン触媒を含む概念であるし,甲15公報に記載された技術は,ツィーグラー型触媒を用いてオレフィンを重合するものであっても,メタロセン触媒は,遷移金属と有機金属の組合せからなるオレフィンの重合触媒で,広義のツィーグラー触媒であり,オレフィンを重合するメカニズム,重合量に応じた重合発熱等は全く変わらない。したがって,被告主張のように,甲14公報及び甲15公報がメタロセン触媒についてのものではないとして,これらに開示された技術を本件発明のものと全く異なるとするのは誤りである。また,成分Aを製造するための重合体物性の制御方法が当業者にとって常識であることは,甲26公報及び甲27公報に示されているとおりである。甲26公報は,被告主張のように,触媒の調製方法が本件発明のものとは異なるが,高圧イオン重合法であるから,共重合体物性の制御方法が異なる理由はないし,甲27公報では,1-ヘキセン供給量が同じでも密度が異なるのは,触媒の種類や重合温度の影響による1-ヘキセン含量の取り込み量が異なるためである。共重合体の製造方法において,反応温度,反応圧力,1-ヘキセンの供給量以外にも種々の要件が存在するが,その個々の要件まで定まらないと特定物性を有する共重合体が得られないというものではない。
キ 本件明細書の段落【0010】に記載された成分Aの(c)の要件の意義から,ピーク温度は短鎖分岐の分岐度,すなわちαオレフィンの共重合量に相当する尺度であり,H/Wは組成分布の尺度であることが明らかであるから,共重合量を調整し,組成分布の調整のために重合系の均一性に配慮すればよいことが理解できる。本件明細書には,このようなTREFの特徴を有するポリマーは,好ましくはメタロセン触媒,特にメタロセン・アルモキサン触媒を用いれば得られることが記載されており,メタロセン触媒を用い,αオレフィンの仕込み,温度,圧力を調整することで(c)の要件を満たすエチレン・α-オレフィン共重合体は容易に得られると考えられる。
(3) 成分Bについて ア 本件明細書には,成分Bの好ましい性状,入手方法及び重合例が少なくとも一例は記載されており,その全実施例及び比較例の重合条件をまとめると,原告作成に係る別表2記載のとおりである。高圧法低密度ポリエチレン(LDPE)は歴史が長く,物性の制御方法は当業者に周知である。すなわち,高圧ラジカル重合では,物性値の制御は反応温度,反応圧力及び連鎖移動剤で行うことが一般的であり,Encyclopedia of Polymer Science and Engineering, Vol.6,pp386-429,John Wiley & Sons, 1986(甲16)には,Melt Index(メルトインデックス,MFRと同義)は,重合温度を下げたり重合圧力を上げると小さくなること,密度は,重合圧力を上げると高くなり重合温度を上げると低くなること,長鎖分岐は,重合温度や転化率を上げると多くなり重合圧力を上げると小さくなること,Die Swell(ダイスウェル,MEと同義であることにつき,平成元年9月10日プラスチックス・エージ改訂第3版発行「実用プラスチック用語辞典第三版」〔甲28〕)は,分子量が高くなり,また,長鎖分岐が多くなると大きくなることが記載されている。したがって,実施例1と17以外のLDPEの具体的製造条件は,実施例1と17の記載,本件特許出願時の技術常識及び得られたものの物性値を参考にすれば,当業者が容易に調整可能である。また,本件発明の成分Bの性状を有するLDPEは,本件特許出願当時,既に事業化されており(昭和63年5月30日加工技術研究会発行「プラスチックフィルムレジン材料総覧’89」〔甲17〕),成分Bの各要件は,商取引において樹脂を特定するのに用いられる物性値であったから,市販品の中から適宜選択することは可能であった。異議申立人らも,各実験報告書等(甲18〜20)で,成分Bの要件を満たす商品(異議申立人住友化学工業株式会社の「スミカセンL705」〔甲18〕,異議申立人日本ポリオレフィン株式会社の「ショウレックスL170及びL182」〔甲19〕,異議申立人東ソー株式会社の「ミラソンM-11P」〔甲20〕)を使用している。
実施例17の成分BのQ値について,本件明細書の段落【0053】にQ値が10とあるのは誤記であり,段落【0056】の表1にあるQ値12が正しいから,被告が主張するように,「反応圧力のみの相違で,MFR,密度,Q値の値は同一で,ME値のみが異なっている」ということはない。基礎出願2,3の実施例1によっても,表1の記載の方が正しいことが明らかである。実施例1と17とは,反応圧力を変化させても一見密度は変わらないように見えるが,実際の密度は,実施例1で0.918,実施例17で0.920と小数点第3位に違いがあり,これを四捨五入すると0.92となる。
(4) 本件特許出願を原出願とする分割出願に基づく特許第3142272号に対する異議2001-72344号事件及び同じく特許第2980876号に対する異議2000-72085号事件においても,本件発明と同様の成分A及び成分Bの製造条件に関する明細書の記載につき,特許法旧36条4項違反の記載不備の違法はないとして,上記各特許を維持する旨の決定(甲21,22)がされている。
被告の反論
本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(手続上の違法)について 本件決定に原告主張の手続上の違法はない。特許権者に通知された取消理由の内容は,平成12年9月29日付け取消理由通知に記載したとおり,本件明細書の記載不備を指摘して,本件発明の特許は特許法旧36条4〜6項に規定する要件を満足していないことを明確に示したものであり,本件決定は,同条4項に規定する要件を満たさないとの理由で本件発明の特許を取り消したものであるから,原告主張のように,通知された取消理由と本件決定の取消理由とが内容的に同一でないとはいえない。また,上記取消理由通知書に対する原告の意見書(甲6-1)の記載は,メタロセン触媒によるエチレンαオレフィン共重合体の製造方法が公知であることを示すものであっても,この記載から,本件発明で規定するLLDPE及びLDPEが周知慣用のもので,これを得ることが容易であることが明らかになるものではないから,異議申立人の記載不備の主張が予備的なものであるということはできないし,発明の詳細な説明の記載不備がないことが明りょうにされたものともいえない。
2 取消事由2(明細書の記載不備に関する判断の誤り)について (1) 成分Aについて ア 成分Aのうち,エチレンとヘキセン-1との共重合体について,その物性は,実施例1〜5,7〜17,比較例1〜10,実施例18〜27,比較例11〜20に示されているが,その製造方法については,実施例1と17を除き,本件明細書の発明の詳細に明示されていない。請求項1に記載されている共重合体は,エチレンとα-オレフィンとの共重合体(LLDPE)であるから,実施例1と17に記載のエチレンとヘキセン-1との共重合体の製造方法の条件がそのまま適用できるとはいえない。本件明細書に記載された原料モノマー,重合触媒,重合温度,重合圧力及びそれらを組み合わせた重合条件から,請求項1に記載の物性値を有する重合体が理論的に導かれるということはできず,特定の物性値を有する重合体は,実験により求めなければならないことを勘案すると,実施例1と17に記載された特定の物性値を有する重合体についての製造法のみでは,請求項1に記載の物性値の範囲を有する重合体を得るに当たり,過度の試行錯誤を強いるものというべきである。原告は,本件明細書記載の全実施例及び比較例の成分Aの重合条件は原告作成に係る別表1記載のとおりであると主張するが,上記重合条件に関する数値は,本件明細書に記載されていないから,明細書の記載に基づかないものとして失当というほかはない。
実施例1と17では,重合温度が異なっていても,得られる共重合体のMFRは両実施例とも18g/10分で同一であるから,「分子量(MFR)の制御は重合温度で行う」とする原告の主張は誤りである。実施例1と17では,どのような重合条件の違いで物性値(密度,Q値)の異なるものが得られたのか(実施例1では,「密度が0.898g/cm3、Q値が1.9」、実施例17では「密度が0.890g/cm3、Q値が2.1」)について,本件明細書に具体的に記載されていない。したがって,いかなる重合条件を採用すれば,実施例1と17以外の実施例及び比較例に示される異なった物性の共重合体が得られるのか不明である。
また,実施例17のMFRの値として,本件明細書の段落【0056】の表1の数値と段落【0052】の記載のいずれが正しいかは,明細書の記載と出願時の技術常識によって判断されるものであり,基礎出願の記載をもって判断すべきものではない。仮に,表1の値が正しいとしても,原告作成に係る別表1によれば,実施例1,8〜16と実施例7は,反応圧力及びヘキセン組成は同じで反応温度に差異があっても,MFRは同じであり,実施例2と7とは,反応圧力,ヘキセン組成及び反応温度が同じであるのに,MFRが異なっているから,「分子量(MFR)の制御は重合温度で行う」とする原告の主張と矛盾する。さらに,原告は,実施例7は中間品であると主張するが,実施例7が中間品であることについて本件明細書には何ら記載がない。しかも,上記別表1の実施例4においては,反応温度が175℃で,MFRは30であるが,それよりも反応温度が高い180℃である実施例17では,MFRは19であり,実施例17と比較例2とは,反応温度が同一であってもMFRの値が異なっている。
ウ 原告は,甲14公報及び甲15公報を挙げて,成分Aの分子量(MFR)の制御は重合温度で行うのが一般的であると主張するが,いずれもメタロセン触媒についてのものではないから,これらを引用して成分Aが容易に得られるとはいえない。また,原告は,甲26公報及び甲27公報を挙げて,成分Aを製造するための重合体物性の制御方法は当業者に常識であるとも主張するが,甲26公報に記載の触媒の調製方法は,本件明細書の段落【0041】記載の方法とは全く異なっているし,甲27公報は,反応温度,反応圧力及び1-ヘキセンの供給量が同じであっても密度が異なることを示しており,反応温度,反応圧力及び1-ヘキセンの供給量以外にも種々の要件が存在することが明らかである。したがって,これらを参酌しても,成分Aに係る(a)の上限値あるいは下限値を有し,他の(b),(c)の要件を満足するものが得られるのかどうかは不明である。本件明細書の段落【0005】には,「メタロセン触媒」によって得られる「特定のLLDPE」を選択することにより,本件発明の目的が達成されることが明記されており,そうであれば,特定のLLDPEについて製造方法が具体的に示されていない以上,請求項1に記載された特定事項で規定されるエチレン-α-オレフィン共重合体を得ることが,当業者にとって容易に実施できないことは明らかである。なお,原告は,平成13年1月5日付け意見書(甲6-1)で,本件発明のLLDPEが従来のものとは異なることをるる述べている。
エ 原告は,メタロセン触媒を用い,αオレフィンの仕込み,温度及び圧力を調整することで,成分Aの(c)の要件を満たすものは容易に得られると主張するが,(c)の要件を満足するものがいかにしたら得られるのかは,本件明細書に記載されていないばかりでなく,原告作成に係る別表1において,ヘキセン組成が同じでもピーク温度が異なる例も記載されている。
(2) 成分Bについて 実施例1と17の成分Bでは,反応圧力のみの相違で,MFR,密度,Q値は同一であり,ME値のみが異なっているから,「密度は重合圧力を上げると高くなり,重合温度を上げると低くなる」とする原告の主張と矛盾する。市販品についても,本件明細書には記載がないし,一部のものが市販されているからといって,本件発明の全範囲にわたって実施可能であるということはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由2(明細書の記載不備に関する判断の誤り)について (1) 本件明細書(甲8添付)の発明の詳細な説明には,次のとおりの記載がある。
ア 「【産業上の利用分野】本発明(注,本件発明)は,加工性が改良され,低温ヒートシール性,ヒートシール強度及びホットタック性が従来の成形材料に比べて著しく優れている押出ラミネート用樹脂組成物に関するものである。」(段落【0001】) イ 「【従来の技術】従来,ラミネート用材料として用いられてきたものは,ラジカル開始剤を使用し,高温・高圧下でエチレンを重合することによって得られた高圧法低密度ポリエチレン(以下単に『LDPE』と略記する。)であった。このLDPEは成形時に安定な膜が得られ,かつ高速加工性に優れているが,その反面低温ヒートシール性,ヒートシール強度及びホットタック性に劣るものであった。このため,該LDPEの代替材料として,エチレン・酢酸ビニル共重合体(EVA)等が用いられているが,このようなEVAは低温ヒートシール性に優れているが,LDPEの他の欠点であるヒートシール強度やホットタック性について改良することができず,しかも,ラミネート加工時の通常の成形温度である280℃付近での熱安定性にも欠けているので,ラミネート加工時に分解されて特有の臭いを発生させるという問題点もあった。その後,チーグラー触媒を用いて中圧法,例えば特公昭56-18132号公報等に記載される方法で製造されるエチレンとα-オレフィンとの共重合体,いわゆる線状低密度ポリエチレン(以下単に『LLDPE』と略記する。)が出現した。しかし,このLLDPEはヒートシール強度,ホットタック性,耐衝撃強度等に優れ,LDPEの上記欠点を改良することができる性能を有しているが,加工性に大きな問題を抱えていた。すなわち,このLLDPEは従来のLDPEと比較して,押出機内での剪断粘度が高いために樹脂圧力が大きくなって高速加工が難しくなったり,押出機の所要動力が著しく増大したりするという欠点があった。また,溶融張力が小さいために膜の厚みや幅に斑ができて実用に供することができないとの欠点もあった。しかし,これらの欠点は特開昭58-194935号公報等に記載されているLLDPEとLDPEとをブレンドする技術によって改良できることが提案された。」(段落【0002】〜【0003】)。
ウ 「【発明が解決しようとする課題】このようなブレンドによる改良技術によって加工性を満足させることができる材料は,逆に低温ヒートシール性,ヒートシール強度,ホットタック性などが不足となりがちで,これらの性能と加工性のバランスの良好な材料の開発が望まれていた。一方,近年,特開昭58-19309号公報等に記載されている新しい触媒を使用することによって,従来のLLDPEよりも分子量分布,組成分布の狭い特殊な材料が得られるようになったことから,本発明者らは,この特殊なLLDPEを押出ラミネート用材料として適用するために検討を行なったところ,上記の低温ヒートシール性,ヒートシール強度及びホットタック性の性能については従来のLLDPEよりも格段に良好なものとなるが,LLDPEの欠点である加工性の不良が従来のものより大幅に悪化してしまって,より一層バランスの悪い材料となってしまうことが判明した。本発明の目的は,この様な優れた性能を保ちながら加工性を改良する,上記従来の材料では達成されていない低温ヒートシール性,ヒートシール強度及びホットタック性などの性能に優れ,かつ,加工性の改良された押出ラミネート用の樹脂組成物を提供することである」(段落【0004】) エ 「【課題を解決するための手段】[発明の概要]本発明者らは,上記問題点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果,特定のLLDPEを選択し,これに特殊なLDPEをブレンドすることにより,上記本発明の目的が達成され得ることができるとの知見に基づき本発明を完成するに至ったものである。すなわち,本発明の押出ラミネート用樹脂組成物は,下記に示す成分A及び成分Bからなることを特徴とするものである。
成分A:下記に示す(a)〜(c)の性状を有するメタロセン触媒によって得られるエチレンと炭素数3〜18のα-オレフィンとの共重合体 50〜99重量% (a)MFRが2〜30g/10分 (b)密度が0.935g/cm3以下 (c)温度上昇溶離分別(TREF)によって得られる溶出曲線のピークが一つであり;該ピーク温度が20〜85℃であり;該ピークの高さをHとし,該ピークの高さの1/2の幅をWとしたときのH/Wの値が1以上である; 成分B:下記に示す(a'),(b'),(c')および(d')の性状を有する高圧法低密度ポリエチレン1〜50重量% (a')MFRが0.1〜20g/10分 (b')密度が0.915〜0.93g/cm3 (c')メモリーエフェクト(ME:Memory Effect)が1.6以上 (d')メルトテンション(MT:Melt Tension)が1.5g以上」(段落【0005】) オ 「[発明の具体的説明] [1] 構成成分 (1) 成分A(エチレン・α-オレフィン共重合体) (a) 性状 本発明の押出ラミネート用樹脂組成物を構成する成分Aのエチレン・α-オレフィン共重合体は,以下の@〜Bの物性,好ましくはさらにC〜Dの物性を示すものであることが重要である。
@ MFR 本発明にて用いられるエチレン・α-オレフィン共重合体は,JIS K7210によるMFR(メルトフローレート:Melt Flow rate :溶融流量)が2〜30g/10分,好ましくは5〜25g/10分,特に好ましくは10〜22g/10分,最も好ましくは13〜20g/10分の物性を示すものである。該MFRが上記範囲より大であると成膜が不安定となる。また,MFRが上記範囲より小さすぎると成形時に膜切れが起こる。
A 密度 本発明にて用いられるエチレン・α-オレフィン共重合体は,JIS K7112による密度が0.935g/cm3以下,好ましくは0.87〜0.92g/cm3,特に好ましくは0.88〜0.913g/cm3,最も好ましくは0.89〜0.91g/cm3の物性を示すものである。該密度が上記範囲より大であると,低温ヒートシール性が不良となる。また,密度があまりに小さすぎると,フィルム表面にベタつきが生じ実用性に供し得なくなり,下限は通常0.86g/cm3程度である。
B 温度上昇溶離分別によって得られる溶出曲線のピーク温度 本発明にて用いられるエチレン・α-オレフィン共重合体は,温度上昇溶離分別(TREF:Temperature Rising Elution Fractionation)によって得られる溶出曲線のピークが一つであり;該ピーク温度が20〜85℃,特に好ましくは30〜75℃,最も好ましくは40〜70℃であり,かつ,このピークの[ピークの高さ]/[ピークの1/2の高さにおける幅](H/W)が1以上,好ましくは1〜20,特に好ましくは1〜15,最も好ましくは1〜10の物性を示すものである。該溶出曲線のピーク温度が上記温度を超える場合は低温ヒートシール性が不良となるので実用性がない。上記H/Wが上記の値未満の場合はベタツキ成分が多くなり,経時的にヒートシール性が不良となるので実用性がない。
温度上昇溶離分別による溶出曲線の測定 温度上昇溶離分別(Temperature Rising Elution Fractionation:TREF)による測定は,「Journal of Applied Polymer Science,Vol 26,4217-4231(1981)」または「高分子討論会予稿集 2P1C09 (1985年)」に記載されている原理に基づき,以下のようにして行われる。TREF測定の原理は,まず,測定の対象とするポリマーを溶媒中で完全に溶解する。その後,冷却して不活性担体表面に薄いポリマー層を形成させる。かかるポリマー層は結晶しやすいものが内側(不活性担体表面に近い側)に,結晶しにくいものが外側に形成されてなるものである。次に,温度を連続又は段階的に上昇させると,低温度段階では対象のポリマー組成中の非晶部分すなわちポリマーの持つ短鎖分岐の分岐度の多いものから溶出し,温度が上昇するとともに徐々に分岐度の少ないものが溶出し,最終的に分岐のない直鎖状の部分が溶出し測定は終了するのである。かかる各温度での溶出成分の濃度を検出し,その溶出量と溶出温度によって描かれるグラフによってポリマーの組成分布を見ることができるものである。
C 積分溶出量 上記TREFの測定において,各溶出温度における溶出物の重量分率を積算して求めた積分溶出量が,溶出温度10℃のとき10%以下であり,90℃のとき90%以上であること,好ましくは溶出温度20℃のとき10%以下であり,90℃のとき95%以上であること,特に好ましくは溶出温度20℃のとき5%以下であり,90℃のとき97%以上であることである。
D Q値 このエチレン・α-オレフィン共重合体は,サイズ排除クロマトグラフィー(Size Exclusion Chromatography :SEC)によって求められるQ値(重量平均分子量/数平均分子量)が4以下,好ましくは3以下,特に好ましくは2.5以下の物性を示すものが好ましい。該Q値が上記範囲より大であると,フィルム外観が悪化してくる傾向にある。
(b) エチレン・α-オレフィン共重合体の製造 このような線状低密度ポリエチレンの製造法は,特開昭58-19309号,同59-95292号,同60-35005号,同60-35006号,同60-35007号,同60-35008号,同60-35009号,同61-130314号,特開平3-163088号の各公報,ヨーロッパ特許出願公開第420436号明細書,米国特許第5055438号明細書及び国際公開公報WO91/04257号明細書などに記載されている方法,すなわち,メタロセン触媒,特にメタロセン・アルモキサン触媒,または,例えば,国際公開公報WO92/01723号等に開示されているようなメタロセン化合物と以下に述べるメタロセン化合物と反応して安定なアニオンとなる化合物からなる触媒を使用して,主成分のエチレンと従成分のα-オレフィンとを共重合させる方法である。上述のメタロセン化合物と反応して安定なアニオンとなる化合物とは,カチオンとアニオンのイオン対から形成されるイオン性化合物あるいは親電子性化合物であり,メタロセン化合物と反応して安定なイオンとなって重合活性種を形成するものである。・・・ α-オレフィン ここでα-オレフィンとしては,炭素数3〜18のα-オレフィン,例えば,プロピレン,1-ブテン,1-ペンテン,1-ヘキセン,1-オクテン,1-ヘプテン,4-メチルペンテン-1,4-メチルヘキセン-1,4,4-ジメチルペンテン-1等が挙げられる。これらα-オレフィンの中で好ましくは炭素数4〜12,特に好ましくは6〜10の1種又は2種以上のα-オレフィン2〜60重量%と,エチレン40〜98重量%とを共重合させるのが好ましい。
共重合 重合方法としては,気相法,スラリー法,溶液法,高圧イオン重合法等を挙げることができる。これらの中では溶液法,高圧イオン重合法が好ましく,特に高圧イオン重合法で製造することが好ましい。なお,この高圧イオン重合法とは,特開昭56-18607号,特開昭58-225106号の各公報に記載されている,圧力が100kg/cm2以上,好ましくは200〜2,000kg/cm2,温度が125℃以上,好ましくは130〜250℃,特に150〜200℃の反応条件下に行なわれるエチレン系重合体の連続的製造法である。
(2) 成分B(高圧法低密度ポリエチレン:LDPE) (a) 性状 本発明の押出ラミネート用樹脂組成物を構成する成分Aの高圧法低密度ポリエチレンは,以下の@およびCの物性を示すものを用い,好ましくはさらにDおよびEの物性を示すものが好ましい。
@ MFR 本発明に用いられる高圧法低密度ポリエチレンは,JIS K7210によるMFR(メルトフローレート:Melt Flow rate:溶融流量)が0.1〜20g/10分,好ましくは1〜13g/10分,特に好ましくは2〜13g/10分の物性を示すものである。該MFRが上記範囲より大であると,成膜が不安定となる。また,MFRが上記範囲より小さすぎると,押出性やフィルム外観が不良となる。
A 密度 本発明にて用いられる高圧法低密度ポリエチレンは,JIS K7112による密度が0.915〜0.93g/cm3,好ましくは0.916〜0.925g/cm3,特に好ましくは0.918〜0.922g/cm3の物性を示すものである。該密度が上記範囲より大であると,低温ヒートシール性が不良となる。また,密度が上記範囲より小さすぎると,フィルム表面にベタつきが多くなる。
B メモリーエフェクト(ME:Memory Effect :復元効果) 本発明にて用いられる高圧法低密度ポリエチレンは,ME(3g)は,1.6以上,好ましくは1.8以上,特に好ましくは2.0以上,最も好ましくは2.3以上の物性を示すものが好ましい。該MEが上記値より小さすぎると成膜が不安定となり好ましくない。なお,上記ME(3g)の測定は,JIS K7210で使用されるメルトインデクサーを使用し,測定条件をシリンダー温度240℃,定速押出量3g/分に設定して,以下のように実施される。装置にサンプルを充填し,ピストンのみを乗せ,6分後に規定の押出速度をかける。次に,エチルアルコールを入れたメスシリンダーをオリフィス直下に置き,真っ直ぐな押出物を採取する。採取した押出物の直径(D)をマイクロメーターで測定し,ダイスのオリフィン径をD0として,次式によりMEが求められる。
ME=D/D0 C メルトテンション(MT:Melt Tension:破断時溶融張力) 本発明で用いられる高圧法低密度ポリエチレンは,MTが1.5g以上,好ましくは2.5g以上,特に好ましくは5g以上である。MTが小さすぎると,加工性の改良効果が少なくなるので,好ましくない。
D MEとMTの関係: 本発明で用いられる高圧法低密度ポリエチレンは,ME(3g)とMTが以下の関係を有する。
ME≧[0.05×MT+1.3]/g,好ましくは ME≧[0.05×MT+1.5]/g この関係を満たさないと,加工性の改良効果が少なくなるので,好ましくない。
E Q値 この高圧法低密度ポリエチレンは,サイズ排除クロマトグラフィー(Size Exclusion Chromatography : SEC)によって求められるQ値(重量平均分子量/数平均分子量)が5〜30,特に好ましくは7〜25,最も好ましくは10〜20の物性を示すものが好ましい。該Q値が上記範囲より大であると,フィルム外観が悪化してくる傾向にあるので好ましくない。また,Q値が上記範囲より小さすぎると,成膜が不安定となってくる傾向があるので好ましくない。
(b) 高圧法低密度ポリエチレンの具体例 このような高圧法低密度ポリエチレンは市販品の中から適宜選んで使用することができるが,中でも,反応温度220℃以上,反応圧力1,700kg/cm2以下でオートクレーブ法にて製造されたポリエチレンを使用するのが好ましい」(段落【0006】〜【0025】) カ 「[II] 実験例 実施例1 エチレン・α-オレフィン共重合体(成分A)の製造 触媒の調製は,特開昭61-130314号公報に記載された方法で実施した。すなわち,錯体エチレン-ビス(4,5,6,7-テトラヒドロインデニル)ジルコニウムジクロライド2.0ミリモルに,東洋ストファー社製メチルアルモキサンを上記錯体に対し1,000モル倍加え,トルエンで10リットルに希釈して触媒溶液を調製し,以下の方法で重合を行なった。内容積1.5リットルの撹拌式オートクレーブ型連続反応器にエチレンと1-ヘキセンとの混合物を1-ヘキセンの組成が80重量%となるように供給し,反応器内の圧力を1,600kg/cm2に保ち,160℃で反応を行なった。反応終了後,MFRが18g/10分,密度が0.898g/cm3,Q値が1.9,TREF溶出曲線のピークが1つであり,そのピーク温度が50℃,該ピーク温度のH/Wが1.5のエチレン・α-オレフィン共重合体(1-ヘキセン含量22重量%)を得た。
高圧法低密度ポリエチレン(成分B)の製造 反応温度260℃,反応圧力1,500kg/cm2で,オートクレーブ法にて製造した。MFRが4g/10分,密度が0.92g/cm3,MEが2.4,Q値が10の高圧法低密度ポリエチレンを得た。・・・ 実施例2〜5,7〜16及び比較例1〜10 成分A及び成分Bとして,表1に記載される物性を示すものを用いた以外は,実施例1と同様に調製して樹脂組成物を得た。これを成形し,評価した。得られた評価結果を表1に示す通りである。・・・ 実施例17 エチレン・α-オレフィン共重合体(成分A)の製造 触媒の調製は,特開昭61-130314号公報に記載された方法で実施した。すなわち,錯体エチレン-ビス(4,5,6,7-テトラヒドロインデニル)ジルコニウムジクロライド2.0ミリモルに,東洋ストファー社製メチルアルモキサンを上記錯体に対し1,000モル倍加え,トルエンで10リットルに希釈して触媒溶液を調製し,以下の方法で重合を行なった。内容積1.5リットルの撹拌式オートクレーブ型連続反応器にエチレンと1-ヘキセンとの混合物を1-ヘキセンの組成が80重量%となるように供給し,反応器内の圧力を1,600kg/cm2に保ち,180℃で反応を行なった。反応終了後,MFRが18g/10分,密度が0.890g/cm3,Q値が2.1,TREF溶出曲線のピークが1つであり,そのピーク温度が50℃,該ピーク温度のH/Wが1.5であり,ピーク以外に溶出量の存在を示す曲線がみられるエチレン・α-オレフィン共重合体(1-ヘキセン含量22重量%)を得た。
高圧法低密度ポリエチレン(成分B)の製造 反応温度260℃,反応圧力1,700kg/cm2で,オートクレーブ法にて製造した。MFRが4g/10分,密度が0.92g/cm3,MEが2.5,Q値が10の高圧法低密度ポリエチレンを得た。・・・ 実施例18〜27及び比較例11〜20 成分A及び成分Bとして,表2に記載される物性を示すものを用いた以外は,実施例17と同様に調製して樹脂組成物を得た。これを成形し,評価した。
得られた評価結果を表2に示す通りである」(段落【0041】〜【0055】) (2) 上記の記載によると,本件明細書の発明の詳細な説明には,【従来の技術】及び【発明が解決しようとする課題】欄において,従来,ラミネート用材料として用いられてきた高圧法低密度ポリエチレン(LDPE)は,成形時に安定な膜が得られ,かつ,高速加工性に優れているが,その反面,低温ヒートシール性,ヒートシール強度及びホットタック性に劣り,また,エチレンとα-オレフィンとの共重合体いわゆる線状低密度ポリエチレン(LLDPE)は,ヒートシール強度,ホットタック性,耐衝撃強度等に優れ,LDPEの上記欠点を改良することができる性能を有しているが,加工性に大きな問題を抱え,膜の厚みや幅に斑ができて実用に供することができないとの欠点もあったため,LLDPEとLDPEとをブレンドする技術によって改良できることが提案されていたところ,このようなブレンドによる改良技術によって加工性を満足させることができる材料は,逆に低温ヒートシール性,ヒートシール強度,ホットタック性などが不足となりがちで,これらの性能と加工性のバランスの良好な材料の開発が望まれていたとの課題が示されていること,このような課題を受けて,本件発明の目的は,従来のLLDPEよりも分子量分布,組成分布の狭い特殊なLLDPEを押出ラミネート用材料として適用して,従来の材料では達成されていない低温ヒートシール性,ヒートシール強度及びホットタック性などの性能に優れ,かつ,加工性の改良された押出ラミネート用の樹脂組成物を提供することであると明記されていること,【課題を解決するための手段】[発明の概要]の欄において,上記目的を達成する手段として,本件発明に係る押出ラミネート用樹脂組成物は,特許請求の範囲の【請求項1】に規定するとおりの構成,すなわち,成分Aであるエチレン・α-オレフィン共重合体(LLDPE)及び成分Bである高圧法低密度ポリエチレン(LDPE)から成ることを特徴とする構成を採用したことが記載され,同じく[発明の具体的説明]の欄には,本件発明の構成成分である成分A及び成分Bの性状等が詳細に記載されていること,実験例の欄には,実施例1と17として,成分Aの要件を満足するLLDPEと成分Bの要件を満足するLDPEの具体的な製造方法がそれぞれ記載されていることが認められる。以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された本件発明の目的は,従来の材料では達成されていない低温ヒートシール性,ヒートシール強度及びホットタック性などの性能に優れ,かつ,加工性の改良された押出ラミネート用の樹脂組成物を提供することであり,その構成は,特許請求の範囲の【請求項1】に規定するとおりのものであり,その効果は,上記目的を達成し得ることであって,実施例1と17には,成分A及び成分Bの構成成分を満足する具体的な製造方法が記載されていることが明らかである。
ところで,原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載について,本件発明の構成成分である成分A及び成分Bを得るためには,当業者に過度の試行錯誤を強いるものであって,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているということはできないとして,発明の詳細な説明の記載が特許法旧36条4項に規定する要件を満たさないものとした本件決定の判断は誤りである旨主張する。本件明細書の実施例1と17には,上記のとおり,成分Aの要件を満足するLLDPEと成分Bの要件を満足するLDPEの具体的な製造方法が記載されており,このことは,本件決定も前提にしているところであるが,被告は,請求項1に記載されている共重合体は,エチレンとα-オレフィンとの共重合体(LLDPE)であるから,実施例1と17に記載のエチレンとヘキセン-1との共重合体の製造方法の条件がそのまま適用できるとはいえず,本件明細書に記載された原料モノマー,重合触媒,重合温度,重合圧力及びそれらを組み合わせた重合条件から,請求項1に記載の物性値を有する重合体が理論的に導かれるということはできないとして,実施例1と17に記載された特定の物性値を有する重合体についての製造法のみでは,請求項1に記載の物性値の範囲を有する重合体を得るに当たり,過度の試行錯誤を強いるものであると主張するから,進んで,本件明細書及び図面に記載した事項と本件出願時の技術常識に基づき,実施例1と17に記載された以外の成分A及び成分Bについても,当業者が容易に得ることができる程度に記載されているか否かについて検討する。
(3) 成分Aについて ア 成分Aは,その性状が,「(a)MFRが2〜30g/10分」,「(b)密度が0.935g/cm3以下」「(c)温度上昇溶離分別(TREF)によって得られる溶出曲線のピークが一つであり;該ピーク温度が20〜85℃であり;該ピークの高さをHとし,該ピークの高さの1/2の幅をWとしたときのH/Wの値が1以上である;」の3要件で特定されている。そこで,まず,(a)の要件「MFRが2〜30g/10分」についてみると,本件出願時の技術常識を示す昭和63年5月30日加工技術研究会発行「プラスチックフィルムレジン材料総覧’89」(甲17)の「加工時の流れ性や製品物性の機械的性質に大きく影響を及ぼすメルト・フローレート(MFR)は,分子構造的には分子量と・・・関連づけられる・・・」(24頁左欄)との記載によれば,MFRは,分子量に関連する物性であることが認められる。本件明細書(甲8添付)の段落【0018】には,成分Aの共重合の重合方法として高圧イオン重合法が特に好ましいことが記載されているところ,600気圧より高い圧力においてエチレンとα-オレフィンを重合させる方法について記載した甲14公報には,「所望なら,反応に連鎖移動剤を用いて,生成物の分子量を下げ,ひいては生成物の溶融流れ指数を上げることができる。しかし,重合体生成物の分子量は,連鎖移動剤の存在または不存在のみならず,反応条件たとえば温度およびエチレンと共重合させる単量体にも依存し,・・・所望の分子量の重合体を得るためには反応条件の選択が必要であり,たとえば,プロピレン含量が高い高分子量のエチレン/プロピレン共重合体を得るためには,前記温度範囲の下限付近で操作をする必要がある」(7頁右上欄〜左下欄)と記載されるとともに,フィード中の共重合体成分のモル%,反応温度,単量体フィード速度等の条件を変更することにより,MFI(重合体の溶融流れ指数)等の数値として種々の値をとる共重合体が得られたことが表1,表2に記載されている。
また,エチレンを125℃以上の温度及び500気圧以上の圧力でチグラー触媒を用いて重合する方法について記載した甲15公報には,「所望により,連鎖移動剤を反応に用いることができ,一般に分子量を低下するのには必要であり,したがって,生成物のメルトフローインデックスを上昇する。連鎖移動剤なしでは,触媒は取扱いが困難な高分子量のメルトフローインデックスの低い重合体を与える。触媒と併用するに適した連鎖移動剤は,例えば水素である。この触媒系は,反応条件によって低または高分子量の生成物を与えることが理解される。触媒により,高温および高圧が重合体の分子量に影響する。・・・この発明の方法は,エチレンと小量の他の単量体,例えば10%のプロピレン,ブテン-1等との共重合体の製造に応用できる」(5頁左欄)と記載されている。
さらに,本件明細書の段落【0013】に,成分Aを製造する方法を記載した文献として引用されている甲13公報には,「得られる重合体の平均分子量は水の添加および/または温度の変更によって公知のように調整できる。低い温度のもとでは高分子量がそして高い温度では低分子量が達成される」(3頁左下欄)と記載されている。
以上によれば,当業者は,成分Aの製造において,分子量に関連する物性であるMFRにつき,重合温度,共重合成分,連鎖移動剤の有無等の反応条件を適宜変更することにより,調整可能であると認められる。
この点について,被告は,メタロセン触媒についてのものではない甲14公報及び甲15公報を引用することが誤りである旨主張するが,これらは,いずれも本件発明における成分Aの製造方法として本件明細書に記載された方法ないしはそれと同種の製造方法であり,一方,触媒が異なると,MFRが重合温度,共重合成分,連鎖移動剤の有無等の反応条件により調整できないとの技術的知見の存在を認めるに足りる証拠もないから,甲14公報及び甲15公報は,本件発明における成分Aの製造方法を理解する上で本件出願時の技術常識として参酌することができるというべきであり,被告の主張は採用の限りではない。
また,被告は,@ 本件明細書に記載された実施例1と17においては,重合温度が異なっていても得られる共重合体のMFRは18g/10分で同一となっていること,A 原告作成に係る別表1に示された実施例1,8〜16と実施例7は,反応圧力,ヘキセン組成は同じで反応温度に差異があっても,MFRは同じであり,実施例2と7とは,反応圧力,ヘキセン組成,反応温度が同じであるのにMFRが異なっていること,B 同じく上記別表1に示された実施例4においては,反応温度が175℃でMFRが30であるが,それよりも反応温度が高い180℃である実施例17のMFRは19であり,実施例17と比較例2とは,反応温度が同一であってもMFRの値が異なっていることを挙げて,「分子量(MFR)の制御は重合温度で行う」との原告の主張は誤りであるとも主張する。しかしながら,上記のとおり,重合温度は分子量(MFR)に影響を与える要因の一つにすぎないと認められるから,被告の指摘する上記の諸点が原告の主張するところと合致しないとしても,分子量(MFR)に影響する他の要因を考慮すると,格別不自然,不合理であるということはできないし,また,本件明細書に記載されていなかった反応条件を示す原告作成に係る別表1は,それ自体,技術常識を示すものとはいえず,これに記載された反応条件を根拠とする被告の主張も採用できない。
イ 次に,(b)の要件は,「密度が0.935g/cm3以下」というものであるところ,本件明細書の段落【0018】に,成分Aを製造するのに好ましい高圧イオン重合法を記載した文献として引用されている甲26公報には,「得られるポリマーの比重は共単量体の種類,共単量体のフィード組成,等によりコントロールされる。具体的には密度0.890〜0.965程度の範囲内の所望の密度のポリマーを得ることができる」(9頁左上欄)と記載されており,実際,共単量体の種類や供給濃度等の条件を変更することにより,密度の数値として種々の値をとる共重合体が得られたことが表-3に記載されているから,これによれば,当業者は,成分Aの製造において,密度につき,共単量体の種類や供給濃度等の反応条件を適宜変更することにより,調整可能であると認められる。
被告は,触媒の調製方法が異なる甲26公報を引用することは誤りであると主張するが,甲26公報は,本件発明における成分Aの製造方法を示すものとして本件明細書に記載されているから,本件発明における成分Aの製造方法を理解する上で参酌することができるものであって,一方,触媒の調製方法が異なると,密度が共重合体の種類や供給濃度等の反応条件により調整できないとの技術的知見の存在を認めるに足りる証拠もないから,被告の主張は採用できない。
また,被告は,本件明細書の実施例1と17では,温度条件以外はすべて同じであるにもかかわらず,得られる共重合体の密度が異なることを指摘するが,実施例1の密度は0.898g/cm3,実施例17の密度は0.890g/cm3と,わずかな差異があるにすぎず,甲27公報のII表(11頁)の実施例26〜34において,共重合体の種類や供給濃度が同じであっても,密度が若干異なるものが得られているのは,他にも密度に多少の影響を与える条件が存在することによるものと解するのが相当であるから,被告の主張する点は,(b)の要件が容易に調整可能であるとする上記判断を左右するに足りない。
ウ (c)の要件は,「温度上昇溶離分別(TREF)によって得られる溶出曲線のピークが一つであり;該ピーク温度が20〜85℃であり;該ピークの高さをHとし,該ピークの高さの1/2の幅をWとしたときのH/Wの値が1以上である;」というものである。本件明細書の段落【0010】には,「TREF測定の原理は,まず,測定の対象とするポリマーを溶媒中で完全に溶解する。その後,冷却して不活性担体表面に薄いポリマー層を形成させる。かかるポリマー層は結晶しやすいものが内側(不活性担体表面に近い側)に,結晶しにくいものが外側に形成されてなるものである。次に,温度を連続又は段階的に上昇させると,低温度段階では対象のポリマー組成中の非晶部分すなわちポリマーの持つ短鎖分岐の分岐度の多いものから溶出し,温度が上昇するとともに徐々に分岐度の少ないものが溶出し,最終的に分岐のない直鎖状の部分が溶出し測定は終了するのである。かかる各温度での溶出成分の濃度を検出し,その溶出量と溶出温度によって描かれるグラフによってポリマーの組成分布を見ることができるものである」と記載されている。
これによれば,(c)の要件における「温度上昇溶離分別(TREF)によって得られる溶出曲線のピークが一つであり」かつ「該ピークの高さをHとし,該ピークの高さの1/2の幅をWとしたときのH/Wの値が1以上である」とは,温度上昇溶離分別(TREF)によって得られる溶出曲線において特定の分岐度に相当する部分に比較的シャープなピークが現れること,すなわち,組成分布の狭い共重合体から成ることを意味し,また,α-オレフィンの量が分岐度に影響すると考えられることから,(c)の要件における「該ピーク温度が20〜85℃であり」とは,共重合体に占めるα-オレフィンの量に相当する尺度であると解することができる。 ところで,本件明細書の段落【0004】には,「近年,特開昭58-19309号公報等に記載されている新しい触媒を使用することによって,従来のLLDPEよりも分子量分布,組成分布の狭い特殊な材料が得られるようになった・・・」と記載され,段落【0013】には,A成分の製造方法として,「このような線状低密度ポリエチレンの製造法は,特開昭58-19309号,・・・などに記載されている方法,すなわち,メタロセン触媒,特にメタロセン・アルモキサン触媒,・・・を使用して,主成分のエチレンと従成分のα-オレフィンとを共重合させる方法である」と記載されている。これらの記載によると,当業者は,特開昭58-19309号公報等に記載されたメタロセン触媒を用いることによって,組成分布の狭い共重合体,すなわち,(c)成分のうちの「温度上昇溶離分別(TREF)によって得られる溶出曲線のピークが一つであり」かつ「該ピークの高さをHとし,該ピークの高さの1/2の幅をWとしたときのH/Wの値が1以上である」を満足するものを得ることが可能であると理解できるものと認めるのが相当である。このことは,本件明細書に,メタロセン触媒を使用した実施例1と17においては,温度上昇溶離分別(TREF)によって得られる溶出曲線のピークが一つでH/Wが1以上のものが得られるのに対し,チグラー触媒を使用した比較例18においては,温度上昇溶離分別(TREF)によって得られる溶出曲線のピークが一つで,そのうちの一つはH/Wが1以下となることが記載されていることからも,その妥当性が裏付けられている。
そうすると,当業者は,メタロセン触媒を使用し,(c)の更なる要件である,「ピーク温度が20〜85℃」となるように,共重合体に占めるα-オレフィンの量に影響を及ぼす条件(α-オレフィンの供給量等)を適宜調節すれば,(c)の要件をすべて満たすものを得ることができると認められる。
これに対し,被告は,原告作成に係る別表1には,ヘキセン組成が同じでもピーク温度が異なる例が記載されていると主張するが,同別表がそもそも採用できないものであることは上記のとおりであるばかりでなく,供給するヘキセン組成が同じでも,他の反応条件の違いにより,実際に共重合体を構成するヘキセンの量に違いが出て,その結果ピーク温度に違いが生ずることは,容易に予想し得るところであるから,上記判断を左右するものではない。
エ 以上のとおり,本件出願時の技術常識参酌すれば,当業者は,実施例1と17に記載された具体的な製造方法のうち,(a)〜(c)の要件に影響を及ぼす反応条件を適宜調節することにより,特許請求の範囲の【請求項1】に規定する(a)〜(c)の物性として種々の数値を有する成分Aを容易に得ることができることは明らかであるから,本件明細書の発明の詳細な説明は,実施例1と17に記載された以外の成分Aについても,当業者が容易に得ることができる程度に記載されているということができる。
(4) 成分Bについて ア 成分Bは,その性状が,「(a')MFRが0.1〜20g/10分」,「(b')密度が0.915〜0.93g/cm3」「(c')メモリーエフェクト(ME:Memory Effect)が1.6以上」 「(d')メルトテンション(MT:Melt Tension)が1.5g以上」の4要件で特定されている。このうち,メモリーエフェクトの測定方法については,本件明細書の段落【0021】に「ME(3g)の測定は,JIS K7210で使用されるメルトインデクサーを使用し,測定条件をシリンダー温度240℃,定速押出量3g/分に設定して,以下のように実施される。装置にサンプルを充填し,ピストンのみを乗せ,6分後に規定の押出速度をかける。次に,エチルアルコールを入れたメスシリンダーをオリフィス直下に置き,真っ直ぐな押出物を採取する。採取した押出物の直径(D)をマイクロメーターで測定し,ダイスのオリフィン径をD0として,次式によりMEが求められる。ME=D/D0」と記載されている。また,段落【0025】には,成分Bの要件を満足する高圧法低密度ポリエチレン(LDPE)の具体例として,「このような高圧法低密度ポリエチレンは市販品の中から適宜選んで使用することができるが,中でも,反応温度220℃以上,反応圧力1700kg/cm2以下でオートクレーブ法にて製造されたポリエチレンを使用するのが好ましい」と記載されている。他方,昭和63年5月30日加工技術研究会発行「プラスチックフィルムレジン材料総覧’89」(甲17)には,「LDPE押出グレード」として,日本石油化学株式会社製商品「日石レクスロン」の3種類の銘柄L401,L501及びL504の基本物性が表2(24頁)に記載されており,これによれば,MFR,密度,スウェル比(表2の欄外に「*メルトインデクサーから押出されたストランドの直径と押出ノズルの直径との比」と定義されていることから,本件発明におけるメモリーエフェクトと同義と解される。),メルトテンションの各値が,L401では,4.0,0.923,1.70,8.0,L501では,7.0,0.917,1.75,5.0,L504では,9.5,0.917,1.70,2.5であることが認められ,これらの数値が本件発明の(a')〜(d')の数値範囲に含まれることは明らかである。
さらに,実験証明書(甲18,20)及び実験報告書(甲19)に見られるとおり,本件異議申立ての審理過程において,異議申立人らは,各種市販品LDPE(異議申立人住友化学工業株式会社の「スミカセンL705」〔甲18〕,異議申立人日本ポリオレフィン株式会社の「ショウレックスL170及びL182」〔甲19〕,異議申立人東ソー株式会社の「ミラソンM-11P」〔甲20〕)のMFR,密度,ME,MTの各物性を測定しているのであるから,この事実からしても,甲17に記載されたもの以外の市販品LDPEの中から,本件発明の成分Bの(a')〜(d')の要件を満たすものを選択することは,当業者が容易にし得ることと認められる。
上記のとおり,本件明細書には,実施例1と17に成分Bの要件を満足するLDPEの具体的な製造方法が示され,成分Bは市販品の中から適宜選択できることが記載されているところ,(a')〜(d')の要件を満足するいくつかのLDPEは,本件出願時に既に商品として知られており,入手が可能であったことが明らかであり,その他の市販品の中から本件発明の成分Bの要件を満足するものを選択することも容易であると認められる以上,本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例1と17に記載された以外の成分Bについても,当業者が容易に得ることができる程度に記載されているということができる。
イ 被告は,一部のものが市販されているからといって,本件発明の全範囲にわたって実施可能であるとはいえないと主張する。しかしながら,成分Bのうちの一部のものが市販されているだけでなく,本件明細書には,実施例1と17に成分Bの要件を満足するLDPEの具体的な製造方法が示され,さらに,市販品の中から本件発明の成分Bの要件を満足するものを選択することも容易であると認められることは,上記のとおりであるから,被告の主張は失当である。
(5) 以上検討したところによれば,被告が主張するように,実施例1と17に記載された特定の物性値を有する重合体についての製造法のみでは,請求項1に記載の物性値の範囲を有する重合体を得るに当たり,過度の試行錯誤を強いるものである,とはいえず,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易に成分A及び成分Bを得ることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しているものということができるから,成分A及び成分Bを得るためには,当業者に過度の試行錯誤を強いるものであって,当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているということはできないとして,発明の詳細な説明の記載が特許法旧36条4項に規定する要件を満たさないものとした本件決定の判断は誤りであるといわざるを得ず,この誤りが本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由2は理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,本件決定は違法として取消しを免れない。
よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴