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関連審決 無効2002-35221
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成16行ケ191審決取消請求事件 判例 特許
平成18ワ13040特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  創作性(創作) /  アクセス /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  着想 /  参酌 /  置換 /  置換可能性 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 29号 審決取消請求事件
原告 三井住友建設株式会社(旧商号三井建設 株式会社)
訴訟代理人弁護士 高橋隆二
同 弁理士 福田賢三
同 福田伸一
同 木村草彦
被告 清水建設株式会社
訴訟代理人弁理士 志賀正武
同 高橋詔男
同 渡辺隆
同 青山正和
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/03/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2002-35221号事件について平成14年12月13日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「駐車設備付き建造物」(後に「機械式立体駐車設備付き建造物」と訂正)とする特許第2090268号発明(平成2年4月2日出願,平成8年9月2日設定登録,以下,この発明に係る特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成14年5月29日,本件特許につき無効審判の請求をし,同請求は,無効2002-35221号事件として特許庁に係属したところ,原告は,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲等の訂正(以下,「本件訂正」といい,この訂正に係る明細書を,願書に添付した図面と併せて,「本件明細書」という。)を請求した。
特許庁は,上記事件を審理した結果,同年12月13日,「訂正を認める。
特許第2090268号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月25日,原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲の記載 中央部に採光及び通風を図るためのボイド部が上下方向に形成された筒状の居住棟と,前記ボイド部に設けた機械式立体駐車設備と,前記居住棟と機械式立体駐車設備との間に設けられ,前記居住棟と機械式立体駐車設備とを防火区画する耐火壁とを備え,前記ボイド部を機械式立体駐車設備用の空間として利用した機械式立体駐車設備付き建造物。
(以下,この発明を「本件発明」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写しのとおり,本件訂正を認めた上,昭和64年1月10日光和堂発行「建築基準法関係法令集(1989年版)」(審判甲4・本訴甲9)及び平成9年8月発行「建築基準法告示ハンドブック」(建築知識1997年8月号特別付録)(審判甲5・本訴甲10)に記載された法律等並びに特開平2-27065号公報(審判甲6・本訴甲11,以下「甲11公報」という。),特開昭62-33974号公報,特開昭63-210365号公報及び特開平1-178676号公報に記載された周知技術を勘案すると,本件発明は,昭和42年9月10日彰国社発行「パーキング・ビル」第1版(審判甲3・本訴甲8,以下「甲8文献」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものであるとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件発明と引用発明との相違点の認定を誤り(取消事由1),本件発明と引用発明との相違点に関する判断を誤り(取消事由2,3),さらに,本件発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由4)結果,本件発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点の認定の誤り) (1) 審決は,本件発明と引用発明との相違点1として,「本件発明の建造物は,中央部にボイド部が上下方向に形成され,居住部分が筒状の居住棟に形成され,立体駐車設備が,ボイド部に設けられているのに対し,甲第3号証(注,甲8文献)に記載された発明(注,引用発明)の建造物は,上部のみ,中央部にボイド部が形成される筒状に形成されたものであって,立体駐車設備は,ボイド部の下方に位置する,建造物下部の中央部に設けられ,その外周を囲んで筒状に居住部分が形成されている点」(審決謄本7頁第2段落,以下「相違点1」という。)を認定したが,誤りであり,正しくは「本件発明の建造物は,中央部にボイド部が上下方向に形成され,居住部分が筒状の居住棟に形成され,立体駐車設備が,ボイド部の無床空間 を利用 して 設けられているのに対し,引用発明の建造物は,上部の14 〜17階のみ,中央部にボイド部が形成される筒状の居住棟 に形成されたものであって,下部の3〜10 階の各建造部分 は有床構造 であって ,床は外周 の居住部分 と中央部の立体駐車設備部分 に区分 して 利用 され ,各階 の立体駐車場設備 の床面積 は上部 のボイド 部の平面積 より 広い点 」(下線部は,審決の認定との相違部分である。)と認定すべきである。
(2) 確かに,本件明細書の特許請求の範囲の記載には,「無床空間」という文言はないが,「中央部に採光及び通風を図るためのボイド部が上下方向に形成された」との構成及び「前記ボイド部を機械式立体駐車設備用の空間として利用した」との構成からすれば,ボイド部の空間が無床であることは自明といえるから,本件発明に係るボイド部が「無床空間」であることも本件発明の構成となっているというべきである。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,居住棟の中央部にボイド部が多層フロアを上下方向に貫通して形成されていることが記載されているところ(甲6添付の明細書の3頁第4段落,甲3の第1図,第2図),フロアとは,床,階の意味であることからすれば,本件発明に係るボイド部とは,多層フロアを上下方向に貫通して形成された「無床空間」であると解すべきである。さらに,本件発明は,ボイド部を機械式立体設備用の空間として利用しているところ,機械式立体駐車設備はフロアを上下方向に貫通した形で多数の車両を格納するものであり,しかも,「機械」であるので,居住棟と一体化した有床構造とする必要がないから,当該「機械式立体駐車設備用の空間」は,居住棟の中央部にフロアを上下方向に貫通した「無床空間」として形成されているものであるといえる。
(3) 本件発明に係るボイド部は,上記のとおり,「無床空間」であることを本質とし,有床構造の建造物の構造とは本質的な相違がある。審決は,「本件発明は,『採光及び通風を図るためのボイド部』と定義しているのであり,また,本件発明においては,機械式立体駐車設備用として利用された空間が『無床空間』であることは特定されておらず,被請求人(注,原告)の主張は本件発明の構成に基づかないものである」(審決謄本8頁下から第2段落)として,原告の上記主張を排斥したが,誤りである。
本件発明と引用発明との間の相違点の認定は,両者の技術内容の対比をもって行うべきものであり,技術的に異なる構成を表現できるものであれば,特許請求の範囲に記載された文言に拘泥することなく,上記(1)のとおり,その相違点を明確に認定すべきである。
また,その際,引用発明において,本件発明の一部の構成要件に該当する技術的事項がない場合は,引用発明の技術内容を詳細に認定して,その技術的な相違を明らかにする必要がある。上記(1)で原告が引用発明の技術内容として主張する「下部の3〜10階の各建造物部分は有床構造」であるとの点は,本件発明における上下方向に形成されたボイド部との対比において,両者の技術内容の相違を正確に表現したものであり,「区分して利用」,「ボイド部の平面積」に関する事項も同様である。その上で,そうした認定に係る事項が真に技術的に意味を有するか否かは,進歩性の判断において考慮すれば足りる。
(4) 以上のとおり,審決は,本件発明と引用発明との相違点の認定を誤ったものであり,この誤認は,審決の結論に影響を及ぼすべきものであるから,審決は違法として取り消されるべきである。
2 取消事由2(相違点1に関する判断の誤り) (1) 審決は,相違点1につき,「甲第3号証(注,甲8文献)には,高層建造物の上部の中央部には採光及び通風を図るためのボイド部を形成し,ボイド部の下方に当たる下部の中央部を立体駐車設備として利用することが示されているから,採光及び通風を図るためのボイド部を上下方向に形成し,居住棟全体を筒状とした建造物において,ボイド部下部において十分な採光が望めない場合に,甲第3号証に示された建造物中央部の利用方法を適用し,ボイド部に立体駐車設備を設けることは当業者が容易になしうることである」(審決謄本7頁下から第3段落)と判断したが,誤りである。
(2) 審決の相違点1に関する上記判断には,@引用発明の上部中央部(14階から17階まで)のボイド部を上部のみならず,建造物の下部の多層フロアを上下方向に貫通して,建物中央部の上下方向に形成することは容易であること,A上記@によって形成されたボイド部の空間を,甲8文献に示された建物中央部の利用方法を適用して,立体駐車設備を設けることは容易であること,の二つの判断が含まれているところ,審決は,これら二つの判断に係る事項を,同時に,容易に想到することができるものであるとした点において誤っている。上記@におけるボイド部を上下方向に形成する動機付け(採光,通風目的のほかに,他の動機付けはない。)と,その形成されたボイド部をボイド部本来の目的ではない他の目的のために利用するという上記Aに関する動機付けとは矛盾するものがあるというべきである。
審決は,上記@及びAの判断に係る事項を,同時に,容易に想到することができると判断した根拠として,大規模建築物においては,外周から離れた中央部は日光が届かず居住には適さないという問題点があり,これを解決するために中央部を有効利用することが甲11公報に記載されていること,建物中央部にボイド部を上下方向に形成することは周知であったこと,ボイド下部において十分な採光が望めない場合があることを挙げている。
しかしながら,甲11公報に記載された上記の事項は,建物中央部の有床構造を自走式立体駐車設備として利用することであって,甲8文献に記載された事項と同一技術にすぎないから,独立の意味を有さない。また,建物中央部にボイド部を上下方向に形成する周知技術の存在自体は争わないが,そのことは,上記@の判断の根拠とはなり得ても,上記A(ボイド部に立体駐車設備を設けることの容易想到性)の判断の根拠とはなり得ない。さらに,ボイド部下部において十分な採光が望めない場合があり得たとしても,ボイド部の本来の目的は採光,通風であるから,その本来の目的を否定して,それと異なる目的のためにその無床空間を利用するという着想は,本件出願日当時における当業者である建築設計者の技術常識からは,およそあり得ないものである。
したがって,甲8文献に基づいて,上記@及びAの判断に係る事項を同時に想到することは,当業者にとっては動機付けが見当たらず不可能というほかはない。仮に,引用発明の建造物において,上層階ばかりでなく下層階までボイド部を形成するとすれば,その目的は,採光,通風以外にはなく,その場合は,下層階の中央部に設けられた有床の立体駐車設備は犠牲にならざるを得ない。
ボイド部を形成した居住棟が周知であったとしても,引用発明の建造物や甲11公報に記載の建物は,そもそも建物のボイド部を利用するものではないから,その点で本件発明とは根本的に着想が全く異質なものであって,建物のボイド部自体に立体駐車設備を設けることが何ら示唆されていない以上,相違点1に関する審決の判断に誤りがあることは明らかである。加えて,本件発明の着想が当業者によって容易でない技術上の問題としては火災対策があり,この対策が実証的に検証されない状況においては,当業者が,ボイド部にガソリン引火のおそれがある立体駐車設備を組み込む設計をすることはあり得ない。
(3) これに対し,被告は,日照の悪いスペースを利用して立体駐車設備を設ける動機は甲11公報に記載されている旨主張するが,動機付けに係る事項は無効理由を構成する証拠から読み取れなければ意味がない上,甲11公報に記載の発明は,有床構造の建造物の中央部は日光が届かないので,その部分を居住目的とは別の用途として駐車スペースに利用するものであって,建物中央ボイド部の利用とは何ら関係がないし,機械式立体駐車設備とも関係がない。
また,被告は,特開昭63-7472号公報(乙1,以下「乙1公報」という。)に,階段やエレベーターなどが設けられている設備部をタワーパーキングとして利用することにより,日照の悪いスペースを有効に活用できるとの技術的思想が開示されている旨主張するが,同公報に記載の発明は,建物外周部に建物構造体と一体となったタワーパーキングを配置したものにすぎず,建物中央に形成されたボイド部の利用を示唆するものではない。
さらに,被告は,引用発明の建造物においては,11〜13階に機械設備の設けられた空間があり,当該空間は,ボイド部と認識される無床空間でありながら,ボイド部本来の目的とは異なった目的のために利用するという着想を如実に示すものである旨主張する。しかしながら,上記機械設備の設けられた空間は,ボイド部ではなく,階高が異なる設備階を建物の内部に設けたものであって,上下のフロア(床)で囲まれた通常の室内空間と認識されるべきものである。
(4) 以上によれば,相違点1に関する審決の判断は誤りであるから,審決は,違法として取り消されるべきである。
3 取消事由3(相違点2に関する判断の誤り) (1) 審決は,本件発明と引用発明との相違点2として,「立体駐車設備が,本件発明においては機械式のものであるのに対し,甲第3号証(注,甲8文献)に記載された発明(注,引用発明)は,自走式のものである点」(審決謄本7頁第3段落,以下「相違点2」という。)を認定した上で,相違点2につき,「自走式立体駐車設備,機械式立体駐車設備はいずれも,本件出願前周知であり,甲第3号証(注,甲8文献)には・・・限られた面積の中で,最大の収容力をうるには,機械を用いる非自走式駐車設備とすることが好ましいことが記載されており,甲第3号証に記載された発明(注,引用発明)において,建造物中央部に設ける立体駐車設備を,機械式のものとすることは当業者が容易になしうる設計変更にすぎない」(同頁下から第2段落)と判断したが,誤りである。
(2) 立体駐車設備のうち,自走式立体駐車設備と機械式立体駐車設備のいずれも本件特許出願前から周知であったことは争わないが,自走式立体駐車設備と機械式立体駐車設備とは,有床構造に設けるものであるか,無床空間に設けるものであるかという点で根本的な性格の相違があり,単なる設計変更の範囲の問題ではない。
周知技術間の置換可能性を論じる場合は,その置換が可能か否かの技術的前提を吟味しなければならず,単に周知技術であることのみをもって容易想到性を論じることは誤りである。甲8文献に記載の建造物は建物全体が有床構造のものであるから,無床空間内に設けた機械式立体駐車設備と置換することは技術的に不可能である。甲8文献に記載の建造物において,自走式駐車設備に代えて周知の機械式立体駐車設備を設ける場合,有床構造の建造物の中央部に無床空間を形成した上,その無床空間内に設けることを設計する当業者はいない。それは,当業者が行う設計変更の範囲を大きく超えるものである。なお,甲8文献は,駐車ビル内の自動車移動方式の各種アイデアを紹介しているが,それらは,すべて,建物内に形成された有床構造を利用する駐車設備に係るものであり,建造物ではない無床空間を利用した駐車方式については述べられていない。
(3) これに対し,被告は,有床,無床の点は設計事項に随伴する変更にすぎず,技術的思想の相違をもたらすものではない旨主張する。
しかしながら,駐車設備を備えた建物において,自走式駐車設備を機械式立体駐車設備とすることは決して容易に行われることではない。居住棟を備えた建物においては,人が住む居住棟と駐車設備の関係を考慮しなければならないのであり,居住棟を備えた建物に設けられる駐車設備の設計は,建物自体の設計と密接不可分な関係にある。甲8文献に記載された引用発明に係る建造物(サンフランシスコ・ヒルトンホテル)に示されるホテル付設の駐車施設は,あくまで当初から自走式駐車設備のみを前提として建物及び駐車設備が設計され,構築されたものであるから,本件発明のようにボイド部に「機械式立体駐車設備」を設けることは,想定外のものというべきである。すなわち,上記「サンフランシスコ・ヒルトンホテル」は,有床の駐車階から同階の客室への水平移動を可能とする利便性を奏するように設計されたものであって,車に乗って上下方向の移動が可能な自走式駐車設備を前提としてその機能が有効に発揮されるよう,建物全体が一体的に有床構造で構築されたものであり,そこには,機械式立体駐車設備を建物と融合させて利用する建築設計思想や,建物の無床空間であるボイド部を立体駐車設備空間として利用する建築設計思想は,全く存在しない。
(4) 以上によれば,相違点2に関する審決の判断は誤りであるから,審決は,違法として取り消されるべきである。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過) (1) 審決は,本件発明の作用効果について,「立体駐車設備が設けられたボイド部は,もはや,採光及び通風を図るボイド部としての機能を有していないから,特にボイド部に立体駐車設備を設けたことによる格別の作用効果は認められず,本件発明の効果は,全体として甲第3号証(注,甲8文献)に記載された発明及び上記周知技術から予測できる程度のものであって,格別顕著なものとはいえない」(審決謄本8頁第4段落)と判断したが,本件発明は以下に述べるような顕著な作用効果を有するものであるから,審決の上記判断は誤りである。
(2) 本件発明の経済的効果は,地上階の構造物よりも建築コストの高い地下駐車設備を不要としたことによる建築コストの大幅な減少にある。
近代建築においては,美感上の観点から駐車設備は人の目に触れないことが望ましく,そのため,従来,公知の高層建築物は地下に駐車設備を設けていた。
しかしながら,地下構造の建築コストは地上階の構造物よりも高いことは周知の事実である。
本件発明においては,駐車設備を人の目に触れさせないという上記の効果を達成しつつ,しかも,本件発明の機械的立体駐車設備は,居住棟の中央部に設置された機械であって有床構造の建造物ではないので,工期を短縮できると共に,建築物の有床構造に設ける場合と比較して,駐車スペース1台当たりに要する費用を大幅に低減できる。これらの効果は,本件発明の構成から当業者が直ちに認識できるものである。
なお,甲8文献の他の箇所(甲19の73頁〜75頁)では,駐車ビルの効率を,1車当たりの床面積によって説明しており,甲8文献は,駐車ビルという有床構造を駐車施設のために,いかに効率よく利用できるかという問題意識に基づいて作成されたものであることが明らかである。これに対し,本件発明は,ビル(建造物)内に駐車施設を持ちながら,無床空間を利用するものであるため,1車当たりの床面積を算定する必要はなく,必要な駐車台数の駐車施設を確保することができるから,上記のような問題意識に基づく甲8文献の記載から,本件発明の顕著な作用効果を予想することは不可能である。
(3) また,上記(2)の経済的効果を実現した技術的効果としては,ボイド空間に設置される機械式立体駐車設備の最高部の高さを,従来より高く設計することが可能になったことが挙げられる。機械式立体駐車設備をボイド空間に設置する場合には,筒状の居住棟自体が機械式立体駐車設備の支持構造体として機能する上,また,周囲が居住棟に囲まれているため,直接,機械式立体駐車設備に風圧力が加わることがないから,機械式立体駐車設備の最高部の高さを高めることが可能となった(甲18)。この技術的効果は,本件明細書にこそ記載されていないが,本件発明の構成上,明らかに認められるものである。
(4) 特許発明進歩性の判断に当たり,その発明の商業的成功又はこれに準ずる事実は,当該発明の進歩性を推認するのに役立つ事実として参酌されるべきである。
本件発明は,特許権者である原告が平成7年に初めて実施して以来(甲20の1),商業的に成功し,多くの高層建造物において実施されている(甲20の2〜6)。また,本件特許出願後,その商業的成功に影響され,競業者がボイド部の空間を駐車設備として利用することを要素とする多様な発明を出願し,本件発明が創作した技術分野を更に発展させるべく技術開発が行われている(甲23の1〜3)。さらに,特許庁が作成した標準技術集(非特許文献に記載された,開発されて間もない新しい技術等を技術分野ごとに収集した標準技術集)には,本件発明の技術的思想が,集合住宅の共用空間計画の技術分野において新しく開発された標準技術として紹介されている(甲24)。以上は,本件発明が,建築の技術分野において画期的な創作であったことを十分に裏付けるものである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。
1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,審決における本件発明及び引用発明の認定を認めているのであるから,相違点の認定においても,審決の認定に係る本件発明及び引用発明の内容に即して,両者を対比すべきであり,その観点からみれば,審決の相違点1の認定は正確であって,何ら誤りはない。
(2) 原告は,独自の認定に係る相違点を主張しているが,原告主張の相違点のうち,本件発明の建物は,ボイド部の「無床空間を利用して」いるとの点については,「無床」,「有床」という概念を本件発明と引用発明とを対比する上で説明概念として用いることは否定しないものの,逆に言えば,相違点の検討に際しての説明概念にすぎないから,相違点の認定自体を争う意味はない。
また,引用発明の建物では,「14〜17階」のみボイド部が形成されること,「下部の3〜10階の各建造物部分は有床構造」であること,「床は外周の居住部分と中央部の立体駐車設備部分に区分して利用」されること,「各階の立体駐車設備の床面積は上部のボイド部の平面積より広い」ことは,いずれも,本件発明が,特許請求の範囲の記載において特定していない事項に対応するものであるから,特許請求の範囲に記載された構成要件に対応して行うべき引用発明の認定としては不適当である。
原告は,自らの主張する相違点に係る事項が技術的に意味を有するか否かは進歩性の判断において考慮すれば足りるとも主張するが,そもそも相違点の認定が誤っているのであるから,進歩性の判断において考慮すれば,誤った結論を導くことになる。
2 取消事由2(相違点1に関する判断の誤り)について (1) 原告は,ボイド部の本来の目的は採光,通風であるから,ボイド部を上下方向に形成する動機付けと,ボイド部を本来の目的ではない他の目的のために利用する動機付けとは矛盾するものがあり,上記本来の目的を否定してそれと異なる目的のためにボイド部の無床空間を利用するとの着想は,本件特許出願当時の当業者である建築設計者の常識からは,あり得ないものである旨主張する。
しかしながら,引用発明の建造物においては,実際に,ボイド部の下方に自走式立体駐車設備が設けられている上,日照の悪いスペースや換気の悪い場所が人間の生活空間として不適切であることは自明のことであり,そのようなスペースを利用して立体駐車設備を設けるという動機付けは,甲11公報に記載されている。また,乙1公報には,階段やエレベーターなどが設けられている設備部をタワーパーキング(本件発明の機械式立体駐車設備に相当する。)として利用することにより,日照の悪いスペースを有効に活用できるとの技術的思想が開示されているから,ボイド部の下方に機械式立体駐車設備を設けることの着想は,公知ないしは少なくとも示唆されていたというべきである。
さらに,引用発明の建造物においては,11〜13階に機械設備の設けられた空間があり,当該空間は,ボイド部と認識される無床空間でありながら,ボイド部本来の目的とは異なった目的のために利用するという着想を如実に示すものである。原告は,上記機械設備の設けられた空間はボイド部でないと主張するが,本件発明の機械式立体駐車設備についても床や天井は存在するはずであるから,両者は何ら異なるところがないというべきである。
(2) 原告が,ボイド部を採光,通風という本来の目的以外の目的で利用することは,ボイド部本来の目的を否定することになる旨主張するが,そもそも,建築設計家である当業者は,土地の面積や土地の形状等の関係から自走式立体駐車設備が無理であると分かれば,次は機械式立体駐車設備という思考過程を経るのが日常の設計実務である。自走式に代えて機械式とする着想を積極的に否定する根拠があるにもかかわらず,そのような否定的根拠を覆したのが本件発明であるというのであれば別論,そのよう根拠はないのであるから,本件発明の着想に保護に値する構成の困難性を認めることができないのは当然である。
(3) さらに,原告は,本件発明の想到を妨げる技術上の問題点として火災対策の点を挙げるが,火災対策をしなければならないことは,建築基準法等(甲9,10)によって定められているところであり,格別の意味はない。
3 取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)について (1) 原告は,自走式立体駐車設備と機械式立体駐車設備とは,有床構造に設けるものであるか,無床空間に設けるものであるかという点で根本的な性格の違いがある旨主張するが,上記のとおり,自走式立体駐車設備を機械式立体駐車設備とすることは当業者が容易に行い得る設計事項にすぎないところ,前者の場合は必然的に有床構造となるが,後者の場合は無床構造でもよいというだけのことにすぎない。
また,甲8文献には,引用発明の建造物が記載されるとともに,将来の都市部においては,自走式立体駐車設備に代えて機械式立体駐車設備の方向に発展することが予見されること(54頁最終段落),1車当たりの床面積の大きい自走方式のものよりも,非自走方式のものが重要視されなければならないこと(77頁第1段落)も記載されており,他方,自走式立体駐車設備に代えて機械式立体駐車設備とすることを妨げるような記載は何ら見受けられない。そうとすれば,引用発明の自走式立体駐車設備に代えて機械式立体駐車設備とする動機付けは,甲8文献において十分に開示されているというべきである。
(2) 原告は,自走式駐車設備に代えて周知の機械式立体駐車設備を設ける場合,有床構造の建造物の中央部に無床空間を形成した上,その無床空間内に設けることを設計する当業者はいない旨主張する。
しかし,本件発明と対比すべき引用発明の建造物の自走式立体駐車設備は,技術的思想として認識されるべきものであって,現実に構築されたものではないのであるから,自走式立体駐車設備に代えて機械式立体駐車設備とすることには何らの障害も存在しない。自走式立体駐車設備に代えて機械式立体駐車設備とすることに障害をもたらす事情がある場合であればともかく,そのような事情はないばかりか,むしろ,甲8文献には,上記(1)のとおり,都市部においては非自走式すなわち機械式立体駐車設備を設けることを推奨することが記載されている。そうとすれば,自走式か機械式かは単なる設計事項にすぎず,有床か無床かとの点は,自走式か機械式かを任意選択したことの単なる表現上の違いにすぎないのである。
(3) 原告は,甲8文献の「サンフランシスコ・ヒルトンホテル」は自走式駐車設備を前提としてそれが有効に機能するように全体が設計された建物であるというが,自走式立体駐車設備か機械式立体駐車設備かは,単なる任意選択事項であるから,上記の自走式立体駐車設備に代えて機械式立体駐車設備とすれば,それが有効に機能するように全体が設計されることになる。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本件発明の経済的効果として,地下駐車場を不要としたことによる建築コストの大幅な減少を主張するが,もとより建造物の地下部分が同規模の地上部分の2倍程度のコストがかかることは,当業者において常識であり,甲11公報においても,「この発明が解決すべき課題」として指摘されている。
(2) 原告は,上記経済的効果を実現した技術的効果として,機械式立体駐車設備をボイド空間に設置される場合は,筒状の居住棟が支持構造体として機能し,最高部の高さを高めることができる旨主張するが,建物の構造体を利用して機械式立体駐車設備を設けることは周知技術である(甲15の1,2,乙1公報の2頁右上欄最終段落)。そもそも,本件発明においては,居住棟の構造は具体的に特定されていないから,ボイド部を居住棟が取り囲んでいるからといって居住棟による支持力は不明である。
(3) 発明の商業的成功が進歩性肯定の補助的根拠となることは,理論的にはあり得ないわけではないが,仮に,商業的成功があったとしても,その成功の原因は,交通のアクセス,景観,宣伝力,営業力,ブランド力,販売価格,間取り,販売時期のタイミング等の種々のファクターがあったからこそであり,それが,本件発明の構成に起因するものであることが立証されているわけではない。また,標準技術集は,特許出願レベルには至らない技術をテーマごとに収集したものにすぎず,何ら進歩性を肯定する根拠にはならない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,審決の相違点1の認定は誤りであり,正しくは,「本件発明の建造物は,中央部にボイド部が上下方向に形成され,居住部分が筒状の居住棟に形成され,立体駐車設備が,ボイド部の無床空間 を利用 して 設けられているのに対し,引用発明の建造物は,上部の14〜17 階のみ,中央部にボイド部が形成される筒状の居住棟に形成されたものであって,下部 の3〜10 階の各建造部分 は有床構造 であって ,床は外周 の居住部分 と中央部 の立体駐車設備部分 に区分 して 利用 され ,各階の立体駐車場設備 の床面積 は上部 のボイド 部の平面積 より 広い点 」(下線部は,審決の認定との相違部分である。)と認定すべきである旨主張する。
(2) 本件発明が,前記第2の2記載のとおりのものであること(審決謄本4頁第5段落,3頁第2段落),引用発明が,「外周に沿って筒状にホテル部分が配置された建造物において,建造物上部は,中央部に上方が開口した空間部が上下方向に形成された筒状の構造とし,下部は,中央部に自走式立体駐車設備を設け,外周部をホテル部分とし,ホテル部分と立体駐車設備との間に壁を備え,中央部を立体駐車設備用の空間として利用した自走式立体駐車設備付き建造物」(同5頁下から第3段落)の発明であることについては,当事者間に争いがない。
そして,両者を対比すると,「甲第3号証(注,甲8文献)に記載された発明(注,引用発明)において,建造物の14階以上に存在する『上方が開口した空間部』は,本件発明の『採光及び通風を図るためのボイド部』に相当すると認められ,また本件発明の『居住棟』について,本件特許明細書(注,本件明細書)には,『人の居住する目的で構築される居住棟』・・・と記載されているところ,甲第3号証に記載された発明において,『ホテル部分』は,人の居住する目的で構築されたものであるから,本件発明の『居住棟』とは,『居住部分』である点で共通する。したがって,両者は,『中央部に採光及び通風を図るためのボイド部が形成され,筒状の居住部分を有し,中央部に設けた立体駐車設備と,立体駐車設備と居住部分との間に設けられた壁とを備え,中央部を立体駐車設備用の空間として利用した立体駐車設備付き建造物。』である点で一致」すること(同6頁下から第2段落〜最終段落)についても当事者間に争いがないから,上記の本件発明及び引用発明の認定内容を前提にすれば,本件発明と引用発明との相違点としては,審決の認定した上記相違点1及び2のほか,同じく審決が相違点3として認定した「本件発明は,居住棟と駐車設備との間に,居住棟と立体駐車設備とを防火区画する耐火壁を備えているのに対し,甲第3号証(注,甲8文献)に記載された発明(注,引用発明)は,ホテル部分と立体駐車設備との間に壁を備えているものの,耐火壁を設けること,両者を防火区画することは記載されていない点」(同7頁第4段落,以下「相違点3」という。)とが認められ,以上の審決の認定に特段の誤りは見当たらないというべきである。
(3) この点について,原告は,本件発明に係るボイド部が「無床空間」であることも本件発明の構成となっており,かつ,ボイド部は「無床空間」であることが本質であるとし,本件発明と引用発明との相違点の認定に当たっては,特許請求の範囲に記載された文言に拘泥することなく,相違点を明確に認定すべきである旨主張する。
確かに,本件明細書(甲6添付)の特許請求の範囲には,「中央部に採光及び通風を図るためのボイド部が上下方向に形成され・・・前記ボイド部を機械式立体駐車場用の空間として利用した」との記載があり,実施例の欄に「機械式立体駐車設備付き建造物1は,第2図に示すように,居住棟4内部に上下方向・・・に貫通した形のボイド部1aを有しており」(3頁第4段落)と記載され,図面(甲3)にも,居住棟の中央部を上下に貫通する形状のボイド部の図(第1図,第2図)が図示されているから,原告主張のように,本件発明の「ボイド部」が床の存在しない空間(無床空間)を規定したものと解する余地がないではない。
しかしながら,「無床空間」との語は,原告も自認するとおり,本件明細書の特許請求の範囲に記載されていないだけでなく,発明の詳細な説明を含めた本件明細書全体の記載中においても全く使用されていない語である。更にいえば,学術用語(特許法施行規則様式29,備考7)としての技術用語であると認められないことはもとより,いわゆるテクニカルタームとして使用される当業者の技術常識に属する語であると認めるに足りる証拠もなく,原告自身,本件訴訟において「無床空間」について定義を確定的に主張しているわけでもない。そうすると,本件明細書の記載全体からすれば,本件発明の「ボイド部」について,床の存在しない空間(無床空間)と限定的に解すべき理由はなく,採光及び通風を図るために筒状の居住棟の中央部に上下方向に形成された空間の意義で解すれば足りるというべきであるから,原告の主張する「無床空間」及びそれに対応する「有床構造」の概念を,審決が相違点の認定に当たり用いなかったとしても,そのことをもって審決の認定を誤りとすることはできないというほかはない。また,原告の意図が,「無床空間」及び「有床構造」の概念を対比させることによって,引用発明に対する本件発明の進歩性を基礎付けることにあることは,その主張自体から明白であるが,その点については,相違点1及び2に関する判断の誤り(取消事由2,3)について検討する際に考慮すれば足りるというべきである。
(4) 以上によれば,審決の相違点1の認定に誤りはないから,原告の取消事由1の主張は,理由がない。
2 取消事由2(相違点1に関する判断の誤り)について (1) 原告は,相違点1に係る本件発明の構成は,当業者が容易に想到し得るものであるとした審決の判断(審決謄本7頁下から第4段落〜第3段落)は誤りである旨主張するので,以下,検討する。
(2) まず,建物中央にボイド部を形成することが周知技術に属することは,当事者間に争いがないから,引用発明に係る「居住部分を有する立体駐車設備付き建造物」に上記周知技術を採用し,上部のみ,中央部にボイド部が筒状に形成された引用発明の建造物を,本件発明のように,中央部にボイド部が上下方向に形成され,居住部分が筒状の居住棟に形成された建造物とすることは,当業者が容易に行い得る程度の事項である。
次に,当該技術分野の技術常識についてみると,甲11公報には,「この発明は以上のような課題を解決するためになされたもので,建造物の全スペースを有効に使う・・・ことができる駐車スぺースつき建造物を提供することを目的とする」(1頁右欄下から第2段落),「余り外光の届かない建造物の各階の中央部を駐車スぺースとしたため,大がかりな照明設備等の必要としない駐車場として有効利用できる」(2頁右下欄第2段落)という記載があり,乙1公報には,「本発明の目的は,建物のスぺースに建物の位置に応じた役割を与えて良好な居住性を確保できるようにするところにある」(1頁右欄第2段落),「上記各例では設備部にいずれもタワーパーキング33を設けている。こうすれば,日照の悪い北側のスぺースを有効に利用できる」(2頁右上欄最終段落)という記載があることからして,立体駐車設備付き建造物を設計するに当たり,空間を有効活用するため,建造物の日照の悪い空間を立体駐車設備として利用することは,本件特許出願当時,周知の技術常識であったと認められる。
他方,本件発明のボイド部は,「採光及び通風を図るためのボイド部」と規定されているが,建造物の中央部に採光及び通風を目的としたボイド部を上下方向に形成したとしても,ボイド部周囲の建造物の高さが所定以上になれば,建造物に太陽光線が遮られる結果,当該ボイド部の下部において十分な採光が得られなくなる場合が生じることは明らかである。
そうすると,例えば,甲11公報の上記記載に示されているように,建造物の全空間を有効に活用することは,当業者に自明の課題であるから,引用発明の立体駐車設備付き建造物の中央部にボイド部を上下方向に形成して,ボイド部の下部において十分な採光が得られない場合,当該十分な採光が得られない空間に,上記立体駐車設備付き建造物における日照の悪い空間の活用方法に係る周知技術を適用して,ボイド部の下部を立体駐車設備用の空間として利用することは,当業者が必要に応じて適宜行うべき設計事項であるということができる。
(3) この点について,原告は,ボイド部の本来の目的は採光,通風であるから,ボイド部を上下方向に形成する動機付けと,その形成されたボイド部をボイド部本来の目的でない他の目的のために利用するという動機付けとは矛盾するものがあり,上記本来の目的を否定して,それと異なる目的のためにボイド部の無床空間を利用するとの着想は,本件出願日当時における当業者である建築設計者の技術常識からは,あり得ないものである旨主張する。
しかしながら,十分な採光が得られないボイド部下部の空間も,建造物の空間の一部であることに変わりはないから,特段の事情がない限り,当該空間について,上記立体駐車設備付き建造物における日照の悪い空間の活用方法に係る周知技術を適用することができないとする理由はないというべきである。
ところで,原告の上記主張は,ボイド部本来の目的が採光,通風であるとの事情が,当業者にとって,ボイド部下部の空間につき,上記周知技術を適用することを妨げる特段の阻害事由として働くとの趣旨であるとも解されるが,そのような事由の存在を認めるべき的確な証拠はない上,甲8文献に記載された引用発明に係る建造物(サンフランシスコ・ヒルトンホテル)においては,建物中央の11〜13階に相当する部分に機械設備の設けられた空間があり,当該空間は,ボイド部の下部に相当すると認められる(甲8の92〜93頁)から,引用発明に係る建造物自体,ボイド部下部の十分な採光の得られない空間について,上記周知技術を適用した例であるということができるのであって,上記阻害事由の存在を認めるに足りないというべきである。なお,原告は,当該機械設備の設けられた空間は,階高が異なる設備階を建物の内部に設けたものであって,上下のフロア(床)で囲まれた通常の室内空間と認識されるべきものであり,ボイド部ではない旨主張するが,本件発明のボイド部に設けられる機械式立体駐車設備も,その上下に天井及び床を有するものであると考えられるから,その点において両者に本質的な差異はなく,本件発明において機械式立体駐車設備を「ボイド部に設けた」と規定するのであれば,引用発明に係る建造物についても,機械設備を「ボイド部に設けた」ものであると認めるのが相当である。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(4) また,原告は,引用発明の建造物や甲11公報に記載の建物は,そもそも建物のボイド部を利用するものではなく,本件発明とは着想が全く異質なものであるとか,甲11公報について,日照の悪いスペースを利用して立体駐車設備を設けるとの動機付けに係る事項は,無効理由を構成する証拠から読み取れなければ意味がないなどとも主張する。
しかしながら,引用発明の建造物や甲11公報に記載の建物が,ボイド部を利用するものであるか否かは,上記(2)及び(3)の認定判断を左右するものでないことは明らかである。また,動機付けに係る事項は無効理由を構成する証拠から読みとれなければ意味がないとの主張については,その主張自体,当を得たものであるとは解されない上,建造物の日照の悪いスペースを利用して立体駐車設備を設けることが周知の技術常識であったことは上記(2)において説示したとおりであって,上記動機付けに係る事項は当業者であれば当然認識している事項にすぎないから,原告の上記主張は,いずれも失当というほかはない。
(5) さらに,原告は,本件発明の着想が当業者によって容易でない技術上の問題としては火災対策があり,この対策が実証的に検証されない状況においては,ボイド部にガソリン引火のおそれがある立体駐車設備を組み込む設計をすることはあり得ないとも主張する。
しかしながら,ボイド部にガソリン引火のおそれがある立体駐車設備を組み込むことについては,設計上,一応の困難性が生じる余地は認め得るものの,審決が,相違点3について,「甲第3号証(注,甲8文献)に記載された発明(注,引用発明)の構造物は,高層建造物であって,3階以上の階にホテルの居室を有し,中央部分に立体駐車場設備が設けられる建築物であるから,ホテル部分と自走式の立体駐車設備部分とを指定された構造の防火壁等で防火区画することは,当業者にとって当然なすべきことである」(審決謄本8頁第2段落)と説示するとおり,火災対策の点は,当業者であれば当然に配慮すべき事項にすぎず,他に特段の事情の認められない本件において,その点のみをもって本件発明の進歩性を基礎付けることは到底できないものというべきである。原告の上記主張は,採用の限りではない。
(6) 以上によれば,審決の相違点1に関する判断に誤りはないから,原告の取消事由2の主張は,理由がない。
3 取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)について (1) 原告は,相違点2について,「自走式立体駐車設備,機械式立体駐車設備はいずれも,本件出願前周知であり,甲第3号証(注,甲8文献)には・・・限られた面積の中で,最大の収容力をうるには,機械を用いる非自走式駐車設備とすることが好ましいことが記載されており,甲第3号証に記載された発明(注,引用発明)において,建造物中央部に設ける立体駐車設備を,機械式のものとすることは当業者が容易になしうる設計変更にすぎない」(審決謄本7頁下から第2段落)とした審決の判断は誤りであるとし,その理由として,@自走式立体駐車設備と機械式立体駐車設備とは,有床構造に設けるものであるか,無床空間に設けるものであるかという点で根本的な性格の違いがある,A居住棟を備えた建物においては,駐車設備の設計は,建物自体の設計と密接不可分の関係にあるなどと主張する。 (2) しかしながら,仮に,原告が主張するように,自走式立体駐車設備と機械式立体駐車設備は,それぞれ有床構造,無床空間に設けるものであるとの事実が認められるとしても,本件においては,「機械式立体駐車設備」が本件特許出願前から周知であったことにつき当事者間に争いはなく,また,引用発明に係る自走式立体駐車設備と周知の機械式立体駐車設備とは,立体駐車設備という観点からすれば同一の技術分野に属するものであるといえるから,その置換を妨げる理由はないというべきである。
この点について,原告は,有床構造の建造物の中央部に無床空間を形成した上,その無床空間内に機械式立体駐車設備を設けることを設計する当業者はいない旨主張するが,当業者が,引用発明に係る自走式立体駐車設備を機械式立体駐車設備に置換する場合,抽象化された「立体駐車設備」付き建造物の構成要件として,その置換を試みるものとみるべきであるし,さらに,甲8文献自体にも,「最大の収容台数をうるには非自走方式による以外に手段はなく,将来の多層駐車ビルはこの方向に発展すべきであることが予見される」(54頁最終段落),「都心部などの余裕のない場所に建設する駐車ビルは・・・1車当り床面積の大きい自走方式のものよりも,非自走方式が重要視されなければならない」(77頁第1段落)と,非自走方式の駐車設備を重視すべきである旨を述べているのであるから,引用発明に係る自走式立体駐車設備を周知の機械式立体駐車設備に置換することにつき,格別の困難性は認められないものというほかはない。
また,原告は,居住棟を備えた建物においては,駐車設備の設計は,建物自体の設計と密接不可分の関係にあり,かつ,引用発明に係る「サンフランシスコ・ヒルトンホテル」は,当初から自走式駐車設備を前提としてその機能が有効に発揮されるように,建物全体が一体的に有床構造として設計されたものであるとも主張するが,駐車設備の設計が建物自体の設計と密接不可分の関係にある場合があるとしても,引用発明に係る自走式立体駐車設備を機械式立体駐車設備に置換する場合,抽象化された「立体駐車設備」付き建造物の構成要件として,その置換を試みるものとみるべきであることも上記のとおりであるから,「中央部を立体駐車設備用の空間として利用した立体駐車設備付き建造物」の立体駐車設備に係る構成に関する限り,その置換を妨げるものとはいえず,原告の上記主張は,採用の限りではない。
(3) 以上によれば,審決の相違点2に関する判断に誤りはないから,原告の取消事由3の主張は,理由がない。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,「立体駐車設備が設けられたボイド部は,もはや,採光及び通風を図るボイド部としての機能を有していないから,特にボイド部に立体駐車設備を設けたことによる格別の作用効果は認められず,本件発明の効果は,全体として甲第3号証(注,甲8文献)に記載された発明(注,引用発明)及び上記周知技術から予測できる程度のものであって,格別顕著なものとはいえない」(審決謄本8頁第4段落)とした審決の判断は誤りであるとし,その理由として,本件発明が顕著な経済的効果を奏すること等を主張すると共に,本件発明の進歩性はその商業的成功等によっても十分に裏付けられる旨を主張する。
(2) しかしながら,原告が主張する,地下駐車設備を不要としたことによる建築コストの大幅な減少という経済的効果,駐車設備が人の目に触れない美しい建造物を創作する社会経済上の価値といった点は,原告も自認するとおり,本件発明の構成から当業者が直ちに認識できる効果であるにすぎない。上記2及び3で検討したとおり,本件発明の構成自体は,当業者が容易に想到し得るものであることからすれば,そうした本件発明の構成から客観的にみて予測し得る程度の効果については,これをもって本件発明の進歩性を根拠付けるものとみることはできないというべきである。
なお,原告は,甲8文献の問題意識からは,本件発明の上記経済的効果を予想することは不可能であるとも主張するが,本件発明の構成につき,当業者が容易に想到できるものと認められる以上,甲8文献の問題意識に関する原告の上記主張は,本件発明の作用効果に関する上記の判断を左右するものではない。
(3) また,原告は,上記の経済的効果を実現した技術的効果として,本件発明においては,筒状の居住棟自体が機械式立体駐車設備の支持構造体として機能する上,また,周囲が居住棟に囲まれているため,直接,機械式立体駐車設備に風圧力が加わることがないから,機械式立体駐車設備の最高部の高さを従来より高く設計することが可能となった旨主張する。
しかしながら,本件発明は,そもそもボイド部の周囲の居住棟を機械式立体駐車設備の支持構造体として利用することは規定しておらず,また,そのことが当業者にとって自明な事項であるとも認められないから,上記主張のうち,居住棟が支持構造体として機能することを理由とする部分は,本件発明の構成に基づかないものであって,その前提において理由を欠く。また,仮に,原告主張のように,上記の技術的効果が本件発明の構成上明らかに認められるものであるとすれば,上記(2)で説示したとおり,本件発明の構成から客観的に見て予測し得る程度の効果については,これをもって本件発明の進歩性を根拠付けるものとみることはできないから,いずれにしても,原告の主張する上記技術的効果をもって,本件発明の進歩性を肯定することはできない。
(4) さらに,原告は,本件発明が商業的に成功した事実や,本件発明の技術的思想が特許庁作成の標準技術集において紹介されている事実等は,本件発明が,建築の技術分野において画期的な創作であったことを裏付けるものである旨主張する。
しかしながら,証拠(甲17の1〜3,甲18,20の1〜6,甲21,27)によれば,本件発明が商業的に成功したとの事実を認め得るにしても,ある発明が商業的に成功するか否かは,種々の要素によって決まる事柄であることは当裁判所に顕著な事実であるから,原告が主張する本件発明の商業的成功の事実が直ちに本件発明の進歩性に結び付くわけではないし,また,本件発明が商業的に成功した理由がその進歩性以外にはないとの事情を認めるに足りる証拠もない。また,原告は,競業者により,ボイド部の空間を駐車設備として利用することを要素とする多様な発明が出願されていること(甲23の1〜3)をも指摘するが,そのことだけで本件発明の進歩性を基礎付けることができないことは当然である。
さらに,標準技術集に紹介されたとの点については,原告指摘の「高層住棟の組み込み駐車場」との箇所(甲24の3枚目)は,1988年11月30日日経BP社発行「日経アーキテクチュア・628号」(甲17の2)を出典とするものであると認められるが,そもそも,当該技術集は,「論文,マニュアル,カタログ等の非特許文献に記載された技術・・・文献化されていない技術等」(乙2の1枚目)を収集,整理したものであるとされているとおり,審査及び出願の便宜のため,特許文献に記載されているもの以外の技術を収集,整理することに主眼が置かれているものと認められ,対象となる技術の創作性ないし進歩性の度合いに着目して収集,整理したものではないと解されるから,原告の主張はその前提において失当である。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(5) 以上によれば,本件発明の効果に関する審決の判断に誤りはないから,原告の取消事由4の主張は,理由がない。
5 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴