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関連審決 異議2001-72968
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10137審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成17行ケ10319審決取消請求事件 判例 特許
平成14行ケ347審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10211審決取消当事者参加事件 判例 特許
平成20ワ25354特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  技術常識 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 362号 特許取消決定取消請求事件
原告 出光興産株式会社
訴訟代理人弁理士 大谷保
同 東平正道
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 佐藤修
同 板橋一隆
同 森田ひとみ
同 一色由美子
同 宮川久成
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/05/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が異議2001−72968号事件について平成14年5月22日にした決定を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「ガソリンエンジン用燃料油」とする特許第3161255号発明(平成6年11月29日特許出願〔特願平5-299352号に基づく優先権主張・平成5年11月30日〕,平成13年2月23日設定登録。以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2001-72968号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成14年3月11日付け訂正請求書により,願書に添付した明細書の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を「本件明細書」という。)を請求した。
特許庁は,上記特許異議の申立てについて審理した上,同年5月22日,「訂正を認める。特許第3161255号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同年6月17日,原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明(以下「本件発明」という。)の要旨 (1)沸点25℃未満の留分が3〜10容量%,沸点25℃以上75℃未満の留分が35〜50容量%,沸点75℃以上125℃未満の留分が25〜40容量%,沸点125℃以上175℃未満の留分が10〜30容量%及び沸点175℃以上の留分が5容量%以下であること,(2)上記各留分のリサーチ法オクタン価が80以上であること,(3)式(I) Y=1.07BZ+0.12TO+0.11EB+0.05XY+0.03C9+A+0.005〔100-(BZ+TO+EB+XY+C 9+A)〕 ・・・(I) 〔式中,BZはベンゼン含有量,TOはトルエン含有量,EBはエチルべンゼン含有量,XYはキシレン含有量,C9+Aは炭素数9以上の芳香族分含有量(いずれも燃料油中の含有量で容量%)を示す。〕 で表される排気ガス指数Yが5以下であること,(4)ベンゼン含有量が1容量%以下で,硫黄分が40ppm以下,かつ含酸素化合物含有量が0容量%であること,及び(5)リサーチ法オクタン価が97〜102であることを特徴とするガソリンエンジン用燃料油。
3 決定の理由 決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明は,平成2年7月発行「東洋大学工学部研究報告」第25号の石原健二・山下忠孝「自動車ガソリンの性状と組成」103頁〜114頁の表-1(市販ガソリンの性状)のプレミアムガソリン「1-4H」に関する記載(審判引用例1・本訴甲4,以下「引用例1」という。),California Regulatory Notice Register,Register91,No.40-Z,October4,1991,pp1326-1330(審判引用例2・本訴甲5,以下「引用例2」という。)及びYasunori Takei,Hirohiko Hoshi,Makoto Kato,Masanori Okada,and Kazuo Abe "Effects of California Phase 2 Reformulated Gasoline Specifications on Exhaust Emission Reduction"SAE922179(1992)(審判引用例3・本訴甲6,以下「引用例3」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により,取り消すべきものとした。
原告主張の決定取消事由
決定は,本件発明と引用例1記載のプレミアムガソリン「1-4H」(以下「引用例1ガソリン」という。)との相違点の判断において,引用例1ガソリンと引用例2記載の規制(以下「引用例2規制」という。)との組合せを阻害する要因を看過し(取消事由1,3,4),引用例2の記載内容を誤認し(取消事由2),本件発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由5)結果,その容易想到性を誤って肯定したものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の看過1) (1) 決定は,本件発明と引用例1ガソリンとの相違点aとして認定した,「前者(注,本件発明)は式(I)で求められるYが5以下で,ベンゼン含有量が1容量%以下かつ硫黄分が40ppm以下であるのに対し,後者(注,引用例1ガソリン)はYの値と硫黄含有量が不明で,ベンゼン含有量が1.61容量%である点」(決定謄本6頁第4段落,以下「相違点a」という。),及び相違点bとして認定した,「前者における沸点25℃以上75℃未満の留分が35〜50容量%であるのに対し,後者においては33.5容量%である点」(同,以下「相違点b」という。)について,引用例1ガソリンと引用例2(甲5)記載の「CALIFORNIA AIR RESOURCES BOARDによるガソリンに関する規制」(以下「引用例2規制」という。)を組み合わせることにより,当業者が本件発明を容易に想到し得るとした。
(2) しかしながら,引用例1ガソリンは,調製に用いた基材が不明であるため,当業者が,これを基として引用例2規制を適用する動機付けが存在しない。一般に,ガソリンの開発,製造は,目的とする性状を満足するように,複数のガソリン基材,すなわち,それぞれ多種の炭化水素化合物から成り,特有の性状を有する基材を選定し,これを適切に配合することにより行われる。したがって,当業者が,引用例2規制を満たすガソリンを開発,製造しようとする場合には,入手可能なガソリン基材を適宜組み合わせ,規制を満足するように各種ガソリン基材の配合割合を決定し,さらに,それだけでは規制を満足できない場合は,ガソリン基材の製造条件を一部変更し,基材の性状を変えた上で,配合割合を決定する。配合割合は,目的とする性状に対して,個々の基材が有する変動要素を組み合わせた量論的な数式から,目的とする性状を満足する基材の配合割合を解とする方法で決定される。引用例2規制に近いガソリンが存在し,その基材の種類及び配合割合が判明しているときは,それを基礎として,これを一部変更することにより規制を完全に満足するような試みもされる。
ところが,引用例1には,その調製に用いたガソリン基材が全く記載されていないので,引用例1ガソリンは,設計変更のための手掛かりを欠くものであり,これを設計変更して引用例2規制を満たすガソリンを製造しようとすれば,まず,その基材の種類及び配合割合を推測することが必要となり,次に,推測された基材の種類や配合割合を変更することにより規制を満足するガソリンを探索することになる。引用例1ガソリンを基として引用例2規制を満足するガソリンを開発することは,最初から引用例2規制を満足するガソリンを開発することと比べて,規制を満足するガソリンを得るために用いる基材及び配合割合を決定する工程は一応共通するが,その前に,引用例1ガソリンの基材の種類及び配合割合を推測する工程が必要となり,制約条件が多い分,より困難な開発となる。したがって,引用例1ガソリンを基として引用例2規制を適用する動機付けが存在しないから,両者の組合せを阻害する要因がある。
2 取消事由2(引用例2の記載内容の誤認) (1) 決定は,本件発明と引用例1ガソリンとの相違点cとして認定した,「前者(注,本件発明)においては,含酸素化合物含有量が0容量%であるのに対し,後者(注,引用例1ガソリン)においては含酸素化合物を含有しているとも,していないとも示されていない点」(決定謄本6頁第4段落,以下「相違点c」という。)について,引用例2規制が,含酸素ガソリンに対するものであることを誤認した結果,これを引用例1ガソリンに適用することにより本件発明のガソリンを容易に想到し得ると誤って判断したものである。決定は,引用例2(甲5)について,「製造者に対する均一的制限の内容は,硫黄分40ppm,ベンゼン1.00容量%,芳香族炭化水素25容量%,オレフィン5容量%である旨記載されている」(決定謄本5頁第1段落)と認定したが,引用例2には,上記の点に加え,更に,「規制の構成の外観」として,「この規則は,1996年1月1日から適用可能な7つのガソリン特性-RVP,留出温度,硫黄,ベンゼン,オレフィン,芳香族炭化水素及び酸素-のための基準を確立する」(訳文1頁第2段落)と記載され,同記載の右欄の表には,酸素の制限が「(min)1.8重量%」,「(max)2.2重量%」(訳文2頁)であることが記載されている。実際,カリフォルニア規制リフォーミュレーテッドガソリン(フェーズ2ガソリン仕様)に関する文献であるCalifornia Phase 2 Reformulated Gaso1ine Specifications,Vo1.2,October 4,1991,pp1-29(甲8,以下「甲8文献」という。)には,「含酸素化合物のガソリンヘの添加は,ガソリンに供給される酸素含有量の増大により燃焼混合物の節約の効果を有する。この結果,燃焼性が改善され,COの著しい減少が見られる」(訳文)と記載され,引用例2規制においては,含酸素化合物を添加すべきことが明確に示されている。また,決定が引用例2規則を満たすガソリンが製造されているとして引用する(決定謄本5頁第2段落)引用例3(甲6)には,含酸素化合物を添加したガソリンのみが記載され,1.8重量%以上2.2重量%以下の酸素は,引用例2等で使用されている含酸素化合物であるMTBEの量に換算すると,おおむね10〜12容量%に相当する。すなわち,相当量の含酸素化合物が配合されることになる。そして,引用例2は,決定が認定した硫黄,ベンゼン,芳香族炭化水素及びオレフィンの含有量の規制のみならず,RVP,留出温度及び酸素の含有量までを,一体の規制として満たすことを求めているのであるから,決定の「引用例2には各種ガソリンに含酸素化合物を含有させることが記載されていない」(決定謄本7頁第4段落)との認定は,誤りである。
(2) また,決定は,相違点a,bについても,引用例2規制が満足すべき基準として列挙している性状のうち,恣意的にその一部の項目である芳香族分だけに着目し,引用例1ガソリンを基として引用例2規制のものに変更することは容易であると判断したが,引用例2規制を見た当業者は,規制値として列挙されている以上,引用例2規制の各項目値全体を一体として適合させるべきものであると理解するから,その中の一項目のみに適合させることは,規制という性質上,あり得ないことである。上記(1)のとおり,甲8文献に,引用例2規制においては含酸素化合物を添加すべきことが明確に示され,また,引用例3(甲6)においても,引用例2規則を満たすガソリンは含酸素化合物を添加したものとなっているように,引用例2規制に沿って製造されるガソリンは,おのずと含酸素化合物を含むものとなる。
3 取消事由3(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の看過2) (1) 決定は,相違点a,bについて,引用例2規制に基づいて引用例1ガソリンから芳香族分だけを37容量%から25容量%に減らせば本件発明のガソリンと引用例1ガソリンが同一になるとして,当業者は,引用例1,2から本件発明を容易に想到し得る(決定謄本6頁最終段落〜7頁第2段落)と判断したが,当業者が容易に実施できない机上の論理を前提としており,誤りである。
(2) 当業者の技術常識によれば,引用例1ガソリンについて,他の成分を全く変更することなく単純に芳香族分だけを37容量%から25容量%に減少させることは,極めて困難なことである。燃料は,原油から化学工学的手法,例えば,分離,改質,分解等により,各種の基礎留分(多種の炭化水素の混合物)を得,これを基材として,それぞれの燃料の要求性能を満たすように配合することにより製造される。ガソリンは,相当数の炭化水素化合物から成る各種のガソリン基材を配合することにより製造され,数十種の炭化水素化合物の混合物から成り,このような複雑な組成物から,特定の数成分だけを選択的に低減することは,少なくとも,当業者の目的に沿うように,安価で量産可能な工業的方法で実現することは,極めて困難である。決定は,引用例3(甲6)を挙げて,引用例2規制を満足するガソリンは実施可能であると認定したが,引用例3は,当業者が通常採用するガソリンの製造方法,すなわち,芳香族分量が既知のガソリン基材を適宜混合して芳香族分を所定の量に調整して製造されたと推認できるところ,このような方法で製造できるからといって,複雑な組成物から成るガソリンから芳香族分だけを選択的に低減することができるとはいえない。基材を配合して特定物質の量のみを調整することができても,既に配合されたものから,他の成分の量を一定に保持したまま,特定物質の量を変更することが容易ということはできない。したがって,決定は,引用例1ガソリンを基として引用例2規制を工業的に適用することは,実際上困難であるにもかかわらず,これを看過した誤りがある。
4 取消事由4(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の看過3) (1) 決定は,引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因が,引用例1(甲4)に記載されているにもかかわらず,これを看過した結果,本件発明のガソリンを容易に想到し得ると誤って判断したものである。
(2) 決定は,相違点a,bについて,引用例2規制に従って引用例1ガソリンの芳香族分を減少させることを当然の前提としているが,引用例1(甲4)には,「プレミアムガソリンでは1-5H>1-3H>1-2H>1-1H(注,「H」は脱字と認める。)>1-4H で1-4Hのアンチノック性はプレミアムガソリンとしては可成り低いように思われる」(106頁第1段落)と記載されているから,これに接する当業者は,運転性能を改善するために,最もアンチノック性が悪いと記載された引用例1ガソリンを用いて,更にアンチノック性を低下させることが明らかな芳香族分の低減を試みようなどとは考えない。したがって,引用例2規制を引用例1ガソリンに単純に適用すれば,本件発明の目的に沿わない結果となることが明らかであり,引用例1には,引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因が記載されているというべきである。
5 取消事由5(本件発明の顕著な作用効果の看過) (1) 決定は,本件発明の作用効果について,「前者(注,本件発明)による芳香族化合物を減少させ,含酸素化合物の含有量が0容量%であるにも関わらず,オクタン価が97〜102のガソリンが得られるという効果について,オクタン価が97〜102のガソリンは,通常のハイオクガソリンのオクタン価の範囲内であり,しかも,後者(注,引用例1〔甲4〕)の表-3と表-4には,ガソリン1-4H(注,引用例1ガソリン)に含有される炭化水素成分とその成分のオクタン価係数が示されているから,これらの表を基にすると,ガソリン1-4Hにおいて,芳香族化合物を減少させた際のオクタン価の低下を,芳香族化合物以外のどの化合物の増加により補えばよいかは当業者であれば検討でき,その結果によりオクタン価を増加させるような調整が可能であるので,特に顕著な効果とはいえない」(決定謄本7頁下から第2段落)と認定判断したが,誤りである。
(2) 本件発明は,プレミアムガソリンにおいて,@低公害性の観点から芳香族分を低減すること,及びそれに伴って生ずるアンチノック性などの運転性能の低下を防止すること,Aそのために高オクタン価基材として通常用いられているMTBEを添加することは,密度低下による燃費の低下や排気ガス中のNOxが増加するなど低公害性の観点から望ましくないこと(本件明細書〔甲2添付〕段落【0002】)の二つの課題に対して,芳香族分のうちベンゼン含有量を特定値以下に低減し,かつ,MTBEなどの含酸素化合物を含むことなく,運転性能及び低公害性のいずれにも優れたガソリンを提供するという顕著な作用効果を奏するものである。
上記のとおり,ガソリンの製造に通常用いられているガソリン基材は限られており,オクタン価の高いガソリン基材には,通常,オクタン価の高い芳香族分が多く含まれている。したがって,芳香族分を減少させることで低下したオクタン価を,芳香族分よりオクタン価の低い炭化水素を多く含むガソリン基材を用いて穴埋めするのは容易なこととはいえない。さらに,引用例1ガソリン及び引用例2規制を前提とすると,引用例1(甲4)の表-3(108頁〜109頁)及び表-4(111頁)に基づいても,オクタン価を高めることは容易に達成できるものではない。引用例1の表-4によれば,芳香族分以外でオクタン価が芳香族分に匹敵するオクタン価係数100以上の炭化水素成分は,グループ1(イソブタンとイソブタンより前の成分),同3(C4オレフィン),同5(C 5オレフィン),同13(ベンゼンと2-メチルヘキサンの間の成分),同19(トルエンと2-メチルヘプタンの間の成分),同21(3-メチルヘプタンとオクタンの間の成分)である。しかしながら,グループ1は,沸点25度以下の揮発性留分であり,これを高めることは,RVPが増加し,自動車エンジンのベーパーロックの原因となるため,添加量には限界がある。また,グループ3及び同5は,引用例2規制で5容量%以下とすべきとされているオレフィン分であり,既に引用例1の基準をはるかに超えている引用例1ガソリンのオレフィン分を増加させることは引用例2規制に反する。グループ13,同19及び同21は,ベンゼンより沸点の高い成分であり,芳香族分の減少により,他の沸点留分が相対的に増加するとの指摘に反することになる。また,引用例1の表-3によれば,「シクロヘキサン+未詳2成分・・・僅少」,「未詳2成分・・・僅少」,「未詳1〜6成分・・・0.67」と記載され,いずれも,ほとんどが未詳成分であり,ガスクロマトグラフィーをもってしても分離特定が困難な化合物を添加してオクタン価を高めることは,当業者が想定し得ないことであり,引用例1の表-3,表-4によって,当業者が芳香族分を減少させたことに伴うオクタン価の低下を補うことは,容易なことではない。
被告の反論
決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の看過1)について 引用例1ガソリンを設計変更して引用例2規制を満足するガソリンを開発するために,引用例1ガソリンの基材を推測する必要はない。引用例1(甲4)の表-3には,引用例1ガソリンの組成が明記されているから,その組成を基に規制に適合するように設計すれば足りるものである。さらに,引用例1では,「プレミアムガソリンの4-H(注,引用例1ガソリン)ではBTXはさ程多くなく,ベンゼンはわずかしかないが,2,2,4-トリメチルペンタン(イソオクタン)や2,3,4-,2,3,3-トリメチルペンタンが多いことからアルキレート混合ガソリンであると考えられる」(113頁第5段落)と記載され,基材としてアルキレートが用いられていることが明示されているので,この点でも引用例1ガソリンの基材が不明であるということはできない。
2 取消事由2(引用例2の記載内容の誤認)について 引用例2規制の各項目は,すべてを満たした場合にのみ効果を奏するものではない。本件明細書(甲2添付)に「ベンゼン含有量が1.0容量%を超えると,燃料油自体が人体に悪影響を及ぼしたり,また排気ガス中のベンゼン含有量が多くなって,環境汚染をもたらすおそれが生じる。硫黄分が40ppmを超えると,排気ガス中のSOxが増加するとともに,触媒の被毒によって三元触媒の活性が低下し,その結果排気ガス中のNOxも増加することとなる」(段落【0007】)と記載されているように,ベンゼン,硫黄分の低減効果は,それぞれ独立の効果である。したがって,引用例2規制が含酸素ガソリンであるとしても,規制項目の一部分を適用することに何ら困難性はない。
さらに,引用例2(甲5)には,含酸素化合物を含有しないガソリンが明示されている。すなわち,引用例2の1327頁右欄の表には,「cap」,「製造者用均一的制限」,「DAL(注,予定された代替制限)オプションによる製造者用基準」の規格が示されている(訳文2頁)が,「DALオプションによる製造者用基準」では,酸素の規制は記載されていない。
以上のとおり,引用例2規制の上記3規格に共通する項目,すなわち,最低限の項目は,硫黄分,ベンゼン量及び芳香族分の3種類であり,それ以外は規定されていないから,引用例2規制の各項目値全体を一体として適合させる必然性はない。
3 取消事由3(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の看過2)について 引用例1(甲4)には,ガソリンの組成が明示されているから,引用例2規制に適合するように変更することは容易である。しかも,ガソリンは,単一の基材から製造されることはなく,いろいろの基材をブレンドして目的の物性あるいは組成にすることが技術常識であるから,引用例1ガソリンを基として引用例2規制に適合させるため,基材の配合をいろいろ調整することは,容易である。本件明細書(甲2添付)の実施例でも,ガソリン配合に用いる基材の具体的な製造条件の開示はなされていないが,当業者は,通常入手可能な基材を配合することにより,本件発明が規定する所定の特性のガソリンを製造できるものと理解する。
4 取消事由4(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の看過3)について 原告の引用に係る引用例1(甲4)の記載は,引用例1の表-1からの予想にすぎず,引用例1全体の記載を見れば,引用例1ガソリンのアンチノック性が悪いとは記載されていない。アンチノック性の指標であるリサーチ法オクタン価の実測値,組成からの推定値は,表-3の最下欄に記載されているとおりであり,実測値は,上記の予想と異なり,引用例1ガソリンが悪いわけではない。リサーチ法オクタン価の実測値は,1-3Hガソリン以外のすべてが,99.6〜100.0であり,引用例1ガソリンと他のハイオクガソリンに有意な差はない。ちなみに,ハイオクガソリンのオクタン価は96以上とすることになっており,市販のハイオクガソリンのオクタン価はほとんど98から100の範囲のものである。したがって,原告が主張するような阻害要因はない。
5 取消事由5(本件発明の顕著な作用効果の看過)について 芳香族分を減らしてもオクタン価を低下させない配合は,当業者に容易であるから,オクタン価が高いことは顕著な効果ではないとした決定の判断に誤りはない。引用例1(甲4)の表-4には,種々の炭化水素成分グループのオクタン価係数が記載されている。この表にも示されるように,例えば,ブタンとイソペンタンの間の成分,イソペンタンとペンタンの間の成分などのような芳香族でなくてもオクタン価の高い成分は多く存在するので,芳香族分の減少によるオクタン価の低下をこれらで補うのは容易である。また,芳香族分の量を減らすとしても,例えば,トルエン,キシレンのようなオクタン価の高い芳香族分を多く残すように調整することによって,オクタン価の低下を補うことも可能である。本件発明の実施例1は,基材B〜Eの成分組成を計算すると,芳香族分が約35%と高く,それによってオクタン価を高くしているものと考えられる。さらに,引用例1ガソリンは,含酸素化合物を含有しておらず,そのベンゼン含有量は1.6%であり,これを1%に低減したとしてもオクタン価の低下は測定精度程度であるから,原告が本件発明の効果として主張する,MTBEなどの含酸素化合物を含むことなく,運転性能及び低公害性のいずれにも優れたガソリンを提供するという作用効果を奏するものである。
当裁判所の判断
1 取消事由2(引用例2の記載内容の誤認)について (1) 原告は,引用例2規制が含酸素ガソリンに対するものであるのに,本件審決が,相違点c,すなわち,「前者(注,本件発明)においては,含酸素化合物含有量が0容量%であるのに対し,後者(注,引用例1ガソリン)においては含酸素化合物を含有しているとも,していないとも示されていない点」(決定謄本6頁第4段落)についての判断に際し,「引用例2には各種ガソリンに含酸素化合物を含有させることが記載されていない」(同7頁第4段落)と認定したことは誤りであると主張する。これに対し,被告は,引用例2規制の3規格に共通する項目,すなわち,最低限の項目は,硫黄分,ベンゼン量及び芳香族分の3種類であり,それ以外は規定されていないから,引用例2規制の各項目値全体を一体として適合させる必然性はないと主張するので,検討する。
(2) 本件発明において,含酸素化合物含有量が0容量%と規定されていることは,上記第2の2のとおりである。そこで,引用例2(甲5)の記載についてみると,引用例2は「California Regulatory Notice Register Register 91,NO.40-Z,October4,1991」というアメリカ合衆国カリフォルニア州における規制に関する文書であり,「リフォームレーテッドガソリン(フェーズ2ガソリン仕様)とガソリンの冬季酸素含有に関する規制に対する修正及び採択の検討のための公聴会の告示」(訳文1頁第1段落)とのタイトルの下,「規則の構成の外観 この規則は,1996年1月1日から適用可能な7つのガソリン特性-RVP,留出温度,硫黄,ベンゼン,オレフィン,芳香族炭化水素及び酸素-のための基準を確立する」(同第2段落),「RVP以外の6項目の特性についての基準は-供給システム全体のガソリン(代替フォーミュレーションを含む)に適用される絶対的制限(「cap」)と,製造者又は輸入者から最初に供給される際のガソリンに適用されるより厳格な基準(代替フォーミュレーションとして的確なガソリンは,このより厳格な基準から免除される。)-という少なくとも2つの階層を含んでいる。
硫黄,ベンゼン及び芳香族炭化水素の制限においては,製造者及び輸入者は最初に供給される際のガソリンに適用される基準に従うという付加的なオプションを有する。均一的制限(flat limit),又は,『予定された代替制限』プロセスにより平均的に適合しうる更に厳格な制限のどちらかを選ぶことができる」,「基準:提案された,供給システム全体に適用される『cap』,製造者及び輸入者により最初に供給される際のガソリンに対する均一的制限,及び,『予定された代替制限』(DAL)オプションに基づき製造者及び輸入者が守るべき基準は次の通りである・・・ 特性 [cap] 製造者用 DALオプションに 均一的制限 よる製造者用基準 PVP 7.0psi* 適用なし 適用なし 硫黄 80ppm 40ppm 30ppm ベンゼン 1.20容量% 1.00容量% 0.80容量% 芳香族 30容量% 25容量% 20容量% 炭化水素 オレフィン 10容量% 5容量% 適用なし 蒸留温度 T90 330F 300F 適用なし T50 220F 210F 適用なし 酸素(min)1.8重量%**1.8重量% 適用なし (max)2.7重量% 2.2重量% 適用なし * 夏期の規制期間のみ適用 ** 冬季の規制期間のみ適用」 (訳文1頁最終段落〜2頁)と記載されている(なお,上記表中,「特性」欄の「PVP」は「RVP」の誤記と認める。)。
上記記載によれば,引用例2規制の3種類の規格は,硫黄,ベンゼン,芳香族炭化水素のそれぞれの含有量ついての制限値が異なる,それぞれが独立した規制であり,「DALオプションによる製造者用基準」では,酸素やオレフィンの含有量等については規定はないが,硫黄,ベンゼン,芳香族炭化水素の含有量については最も厳しい(上限値が小さい)条件が定められており,酸素の含有量について規定のない基準を選択するときは,硫黄,ベンゼン,芳香族炭化水素の含有量については,それぞれ「30ppm」,「0.80容量%」,「20容量%」という制限値と組み合わせなければ規制を満足せず,規制という性格からみて,各項目ごとに,都合の良い項目のみを組み合わせることは,予定されていないというべきである。したがって,相違点aについての容易想到性を検討する際に,芳香族分及びベンゼンの含有量として,引用例2規制の「製造者用均一的制限」規格(硫黄,ベンゼン,芳香族炭化水素の含有量について,それぞれ「40ppm」,「1.00容量%」,「25容量%」)を選択した場合,その他の制限値,すなわち,相違点cに係るガソリン組成物の酸素含有量については,「(min)」は「1.8重量%」,「(max)」は「2.2重量%」とならざるを得ず,他の規格を組み合わせることはできないというべきである。そうすると,酸素含有量を「0」とするには,これを許容する「DALオプションによる製造者用基準」規格を選択するほかなく,同規格では,硫黄分は「30ppm」,ベンゼン含有量は「0.80容量%」であるから,本件発明の「硫黄分が40ppm以下」,「ベンゼン含有量が1容量%」という構成とはならない。
さらに,引用例1ガソリンを基として引用例2規制を適用するに当たって,その容易想到性を肯定するためには,本件発明の他の構成要件である各留分の容量割合,上記各留分のリサーチ法オクタン価,排気ガス指数Y及びガソリン組成物全体としてのリサーチ法オクタン価についても,これらが本件発明の規定する数値範囲となることも確認することが必要であるのに,決定がその確認を行っていないことは,その説示に照らして明らかである。
(3) 以上によれば,引用例2規制において酸素含有量を「0」とするには,「DALオプションによる製造者用基準」規格を選択するほかなく,本件発明の「ベンゼン含有量が1容量%以下で,硫黄分が40ppm以下」という構成は,同規格を満足することができず,硫黄を40ppm,ベンゼンを1.00容量%とするには,「製造者用均一的制限」規格を選択するほかなく,本件発明の「含酸素化合物含有量が0容量%」という構成は,同規格を満足することができないにもかかわらず,引用例2規制の3種類の規格の区別をすることなく,「引用例2には各種ガソリンに含酸素化合物を含有させることが記載されていない」(決定謄本7頁第4段落)とした決定の認定は,誤りというほかないから(なお,決定は,上記のとおり,引用例1ガソリンを基として引用例2規制を適用するに当たって,本件発明の他の構成要件が本件発明の規定する数値範囲となることについて確認を行っていない点においても誤りであるが,この点は後記2において改めて検討する。),原告の取消事由2の主張は理由がある。
2 取消事由3(引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因の看過2)について (1) 原告は,決定が,相違点a,bについて,引用例2規制に基づいて引用例1ガソリンから芳香族分だけを37容量%から25容量%に減らせば本件発明のガソリンと引用例1ガソリンが同一になるとして,当業者は,引用例1,2から本件発明を容易に想到し得る(決定謄本6頁最終段落〜7頁第2段落)と判断したことに対し,当業者の技術常識によれば,引用例1ガソリンについて,他の成分を全く変更することなく単純に芳香族分だけを37容量%から25容量%に減少させることは極めて困難なことであると主張し,被告は,引用例1(甲4)には,ガソリンの組成が明示されているから,引用例2規制に適合するように変更することは容易であると主張するので,検討する。
(2) 決定は,相違点aとして,「前者(注,本件発明)は式(I)で求められるYが5以下で,ベンゼン含有量が1容量%以下かつ硫黄分が40ppm以下であるのに対し,後者(注,引用例1ガソリン)はYの値と硫黄含有量が不明で,ベンゼン含有量が1.61容量%である点」(決定謄本6頁第4段落)を認定し,「ベンゼン含有量」,「硫黄分の量」及び「Yの値」の3パラメータを挙げて検討しているが,それぞれ,引用例2(甲5)に,ベンゼン含有量1.00容量%,硫黄分40ppmという規制値が記載され,同記載と芳香族炭化水素含有量25容量%(いずれも引用例2規制の「製造者用均一的制限」規格による規制値)に基づいて排気ガス指数Yの最大値を算出すると4.3となることから,相違点aについて,これらの規制値を適用すれば,上記3パラメータについて,本件発明の数値範囲を設定することは当業者にとって容易であると判断した。しかしながら,決定が,引用例1ガソリンを基として上記規制値を適用した場合,本件発明の他の構成要件である各留分の容量割合,上記各留分のリサーチ法オクタン価及びガソリン組成物全体としてのリサーチ法オクタン価を満足し得るか否かについて検討を行っていないことは,上記1(2)のとおりである。本件発明は,5段階の各沸点範囲ごとの留分について,その全体に対する容量割合,各留分のリサーチ法オクタン価が80以上であること及びガソリン組成物全体としてのリサーチ法オクタン価が97〜102の範囲であることを規定しているところ,引用例1ガソリンは,本件発明の「沸点25℃以上75℃未満の留分が35〜50容量%」の要件を除き,各留分区分ごとの容量割合及びリサーチ法オクタン価は一致(重複)することは当事者間に争いがないが,引用例1ガソリンを基として引用例2規制を適用した場合,引用例1ガソリンの成分及びその含有量に変更される部分が生じ,上記一致(重複)していた要件が,変更後も一致したままであるかどうかについては,更に検討が必要となる。この点について,決定は,本件発明のガソリン組成物全体としてのリサーチ法オクタン価97〜102の値が,通常のハイオクガソリンのオクタン価の範囲内であり,引用例1(甲4)の表-3及び表-4には炭化水素成分とそのオクタン価が示されているから,芳香族炭化水素を減少させた際のオクタン価低下をどの化合物で補えばよいかは当業者が検討可能である(決定謄本7頁下から第2段落)としたが,芳香族炭化水素以外でオクタン価の大きい成分が限られていること,沸点の低い揮発性の高い留分ではRVPに影響を及ぼすこと,オレフィンの量についても制限があること,表-4のオクタン価は必ずしも各個別の留分ごとのものではなく,しかも,未詳とされる成分も含んだものであること等を勘案すれば,表-3及び表-4の上記記載から,直ちに代替成分の選択が容易であるということはできない。ベンゼン等の芳香族炭化水素のオクタン価が他の非芳香族炭化水素に比べて比較的高いことは,引用例1の表-4から明らかであり,含有量の少ないデカンより後の成分(表-3から4.01%と計算される。)以外は,いずれも,引用例1ガソリンのオクタン価の実測値99.6(表-3)よりも高いから,当業者は,それらの含有量を引用例2規制に従って減ずる場合,芳香族分の含有量のみを25容量%,かつ,ベンゼン含有量を1容量%にし,他の成分を引用例1ガソリンと同じ割合で増やすだけでは,オクタン価の低いものとなることを予想し,これを,本件発明の規定する5段階の各留分の範囲内という条件の下で,他の成分で代替できるかどうか検討しない限り,引用例2規制が適用できるということはできないと理解するものと認められる。したがって,決定が,上記検討をしないまま,相違点aについて,引用例2規制を適用すれば,本件発明の数値範囲を設定することは当業者にとって容易であると判断したことは,誤りというほかなく,原告の取消事由3の主張は理由がある。
3 以上によれば,原告主張の取消事由2及び3は,いずれも理由があり,決定は,引用例2の記載内容を誤認し,引用例1ガソリンと引用例2規制との組合せを阻害する要因を看過したものであって,これが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の点について判断するまでもなく,決定は取消しを免れない。
よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴