関連審決 | 異議1999-72001 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17行ケ10073審決取消(特許)請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13行ケ358特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 | 判例 | 特許 |
平成15行ケ220審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10114審決取消(特許)請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 新規性 / 29条1項3号 / 進歩性(29条2項) / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 分割出願 / クレーム / 特許出願日 / 参酌 / 置換 / 実施 / 社会通念 / 設定登録 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 減縮 / 拡張 / 変更 / 釈明 / 訂正明細書 / 要旨変更 / 取消決定 / 国際出願 / 国際調査 / 国際公開 / |
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事件 |
平成
14年
(行ケ)
540号
特許取消決定取消請求事件
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原告 プロテインデザイン ラブス,インコーポレイティド 訴訟代理人弁理士 山本秀策,安村高明,森下夏樹 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 佐伯裕子,種村慈樹,一色由美子,林栄二,大橋信彦 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/06/09 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が平成11年異議第72001号事件について平成14年6月7日にした決定を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。 本判決においては,決定,特許請求の範囲の記載,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。例えば,「および」は「及び」に,「または」は「又は」に,「ならびに」は「並びに」に表記を統一した。 また,本判決において,“Comp1ementarity Determining Region”すなわち「相補性決定領域」のことを「CDR」と略称することがあるほか,“Sequences of Proteins of immunological Interest”, Kabat, E.ら,U.S. Department of Health and Human Services,(1983)を「Kabatら文献」,同文献に記載されたCDR配列に対応するアミノ酸配列を「KabatのCDR配列」といい,Chothia及びLesk, J.Mol.Biol., 196:901-917(1987)〔本訴乙2〕を「Chothiaら文献」,同文献に記載されたLoop配列に対応するアミノ酸配列を「ChothiaのLoop配列」ということがある。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:プロテイン デザイン ラブス,インコーポレイティド(原告) 発明の名称:「IL-2レセプターのp55 Tacタンパク質に特異的なキメラ免疫グロブリン」 特許出願日:平成元年(1989年)12月28日(国際出願PCT/US89/05857〔特願平2-503677号,優先権主張:1988年12月28日,1989年2月13日,米国〕。なお,出願当初の明細書〔乙1の公表特許公報記載のもの〕を「当初明細書」という。) 手続補正:平成7年12月25日(以下「第1次補正」という。乙1末尾の「補正の掲載」欄) 手続補正:平成9年5月16日(以下「第2次補正」という。乙5) 分割出願:平成10年1月12日提出(特願平10-4334号,乙7,8) 設定登録日:平成10年9月18日 特許番号:第2828340号 (2) 本件手続 特許異議事件番号:平成11年異議第72001号 訂正請求日:平成13年9月25日(以下「本件訂正」という。甲4) 異議の決定日:平成14年6月7日 決定の結論:「特許第2828340号の請求項1〜29に係る特許を取り消す。」(なお,本件訂正請求は,認められないと判断された。) 決定謄本送達日:平成14年6月26日(原告に対し。出訴期間90日附加) 2 本件訂正請求前(設定登録時)の特許請求の範囲の記載(甲2。各請求項を「訂正前の請求項」,その発明を「本件発明」,甲2の特許公報に掲載された明細書を「本件特許明細書」という。)【請求項1】抗原に結合可能なヒト化免疫グロブリンの生産方法であって,Kabatら(“Sequences of Proteins of immunological Interest”, Kabat, E.ら,U.S. Department of Health and Human Services,(1983))並びにChothiaら(Chothia及びLesk, J.Mol.Biol., 196:901-917(1987))により定義される相補性決定領域(CDR)の外側の少なくとも1つのアミノ酸を置換する工程を包含し,該アミノ酸置換が非ヒト供与体免疫グロブリンの非CDR可変領域由来であり,そして該ヒト化免疫グロブリンにおけるCDR以外の可変領域アミノ酸配列が,受容体ヒト免疫グロブリン可変領域アミノ酸配列と同一の少なくとも70アミノ酸残基を含み,そして該CDRが該非ヒト供与体免疫グロブリン由来である,方法。 【請求項2】請求項1に記載の方法であって,前記ヒト化免疫グロブリンが,p55 Tacタンパク質と特異的に反応するか,ヒトインターロイキン-2(IL-2)レセプターへのヒトIL-2の結合を阻害し得るか,あるいはヒトIL-2レセプターに結合し得る,方法。 【請求項3】前記ヒト化免疫グロブリンが,約108M-1又はそれより強い抗原への結合親和力を示す,請求項1に記載の方法。 【請求項4】前記ヒト化免疫グロブリンが,供与体免疫グロブリンの結合親和力の4倍以内で,抗原に対する結合親和力を示す,請求項1に記載の方法。 【請求項5】前記ヒト化免疫グロブリンの成熟軽鎖及び重鎖可変領域タンパク質配列が以下の成熟タンパク質配列と相同である,請求項2又は3に記載の方法:及び 【請求項6】前記ヒト化免疫グロブリンがIgG1免疫グロブリンイソタイプである,請求項1から5のいずれかに記載の方法。 【請求項7】前記置換が前記ヒト化免疫グロブリンの配列におけるCDRの隣りである,請求項1から6のいずれかに記載の方法。 【請求項8】前記置換が重鎖の非CDR可変領域である,請求項1,3,及び4のいずれかに記載の方法。 【請求項9】ヒト受容体免疫グロブリン軽鎖及び重鎖由来のフレームワーク領域及び抗原に結合し得る供与体免疫グロブリン由来の相補性決定領域(CDR)を有するヒト化免疫グロブリンの生産方法であって,以下の免疫グロブリン中の位置において,受容体免疫グロブリンの少なくとも1つの非CDRフレームワークアミノ酸を,供与体免疫グロブリン由来の対応するアミノ酸で置換する工程を包含する,方法:(a)該受容体免疫グロブリンのヒトフレームワーク領域中のアミノ酸が該位置においてまれであり,そして該供与体免疫グロブリンの対応するアミノ酸がヒト免疫グロブリン配列中の該位置において普通である,位置;又は(b)該アミノ酸が該ヒト化免疫グロブリンの配列におけるCDRの1つの隣りである,位置;又は(c)該アミノ酸が,該ヒト化免疫グロブリンのCDRと相互作用し得る側鎖原子を有すると予測される,位置。 【請求項10】基準(a),(b)又は(c)により選択された供与体免疫グロブリン由来のアミノ酸により置換された前記非CDRフレームワークアミノ酸が少なくとも3つ存在する,請求項9に記載の方法。 【請求項11】前記供与体由来の置換されたアミノ酸のうちの少なくとも1つが前記ヒト化免疫グロブリンの配列におけるCDRの隣りである,請求項10に記載の方法。 【請求項12】前記ヒト化免疫グロブリンの成熟軽鎖及び重鎖可変領域タンパク質配列が以下の成熟タンパク質配列と相同である,請求項9から11のいずれかに記載の方法:及び 【請求項13】前記置換が重鎖の非CDR可変領域である,請求項9に記載の方法。 【請求項14】請求項1から7のいずれかに記載の方法により入手し得る,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項15】請求項8に記載の方法により入手し得る,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項16】請求項9から12のいずれかに記載の方法により入手し得る,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項17】請求項13に記載の方法により入手し得る,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項18】供与体Ig由来の1又はそれ以上の相補性決定領域(CDR)及びヒトIg軽鎖及び重鎖由来のフレームワーク領域を有するヒト化免疫グロブリン(Ig)の生産方法であって,供与体Ig軽鎖又は重鎖のフレームワーク又は可変領域アミノ酸配列をヒトIg鎖のコレクション中の対応する配列と比較する工程;及び,ヒトIg軽鎖又は重鎖フレームワークを提供するために,該コレクションからの配列であって,該供与体フレームワークと少なくとも65%の相同性を有する配列を選択する工程を包含する,方法。 【請求項19】前記ヒトIg軽鎖又は重鎖フレームワークが重鎖フレームワークである,請求項18に記載の方法により入手し得る,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項20】供与体免疫グロブリン由来の相補性決定領域及びヒト受容体免疫グロブリン重鎖及び軽鎖フレームワーク由来の重鎖及び軽鎖可変領域フレームワークを含むヒト化免疫グロブリンであって,該ヒト化免疫グロブリン重鎖可変領域フレームワークの配列が,該供与体免疫グロブリン重鎖可変領域フレームワークの配列と65%又はそれ以上等しい,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項21】供与体免疫グロブリン由来の相補性決定領域及びヒト受容体免疫グロブリン重鎖及び軽鎖フレームワーク由来の重鎖及び軽鎖可変領域フレームワークを含むヒト化免疫グロブリンであって,該受容体免疫グロブリン重鎖可変領域フレームワークの配列が,多数のヒト免疫グロブリン重鎖可変領域フレームワークからの共通配列である,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項22】約108M-1より強い親和性定数で抗原に特異的に結合する,請求項16,17,20,及び21のいずれかに記載のヒト化免疫グロブリン。 【請求項23】前記ヒト化免疫グロブリンが,供与体免疫グロブリンの結合親和力の4倍以内で,抗原に対する結合親和力を示す,請求項16,17,20,及び21のいずれかに記載のヒト化免疫グロブリン。 【請求項24】成熟軽鎖及び重鎖可変領域タンパク質配列がそれぞれ以下の通りである,ヒト化免疫グロブリン:及び 【請求項25】ヒト受容体免疫グロブリン由来の非CDRフレームワーク領域をコードする第一の配列及び1又はそれ以上のCDRをコードする第二の配列を含むポリヌクレオチドであって,発現時に,請求項14,16,20,及び21のいずれかに記載の免疫グロブリンに含まれる免疫グロブリン鎖をコードする,ポリヌクレオチド。 【請求項26】ヒト受容体免疫グロブリン由来の非CDRフレームワーク領域をコードする第一の配列及び1又はそれ以上のCDRをコードする第二の配列を含むポリヌクレオチドであって,発現時に,請求項15,17,及び19のいずれかに記載の免疫グロブリンに含まれる免疫グロブリン重鎖をコードする,ポリヌクレオチド。 【請求項27】請求項25又は26に記載の単数のポリヌクレオチド又は複数のポリヌクレオチドでトランスフェクトされた細胞株。 【請求項28】ヒト化免疫グロブリンの調製方法であって,請求項27で定義された細胞株を培養する工程,及び細胞培養培地から該ヒト化免疫グロブリンを単離する工程を包含する,方法。 【請求項29】医薬上許容される剤形で処方されたヒト化抗Tac抗体又はその結合性断片を含む,T細胞により媒介される障害を処置するための医薬調製物であって,該ヒト化抗Tac抗体が請求項2,5,及び12のいずれかに記載の方法によって得られ得る,医薬調製物。 3 本件訂正請求に係る特許請求の範囲の記載(甲4。本件訂正請求は,上記2の請求項1ないし17及び29を削除するとともに,請求項18ないし28を順次繰り上げて新しい請求項1ないし11とし,これに合わせて,新たな請求項中で引用する請求項を新請求項のものに訂正するものである。下線部分が訂正箇所である。なお,各請求項を「訂正後の請求項」,その発明を「訂正発明」,甲4に添付の明細書を「訂正明細書」という。)【請求項1】供与体Ig由来の1又はそれ以上の相補性決定領域(CDR)及びヒトIg軽鎖及び重鎖由来のフレームワーク領域を有するヒト化免疫グロブリン(Ig)の生産方法であって,供与体Ig軽鎖又は重鎖のフレームワーク又は可変領域アミノ酸配列をヒトIg鎖のコレクション中の対応する配列と比較する工程;及び,ヒトIg軽鎖又は重鎖フレームワークを提供するために,該コレクションからの配列であって,該供与体フレームワークと少なくとも65%の相同性を有する配列を選択する工程を包含する,方法。 【請求項2】前記ヒトIg軽鎖又は重鎖フレームワークが重鎖フレームワークである,請求項1に記載の方法により入手し得る,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項3】供与体免疫グロブリン由来の相補性決定領域及びヒト受容体免疫グロブリン重鎖及び軽鎖フレームワーク由来の重鎖及び軽鎖可変領域フレームワークを含むヒト化免疫グロブリンであって,該ヒト化免疫グロブリン重鎖可変領域フレームワークの配列が,該供与体免疫グロブリン重鎖可変領域フレームワークの配列と65%又はそれ以上等しい,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項4】供与体免疫グロブリン由来の相補性決定領域及びヒト受容体免疫グロブリン重鎖及び軽鎖フレームワーク由来の重鎖及び軽鎖可変領域フレームワークを含むヒト化免疫グロブリンであって,該受容体免疫グロブリン重鎖可変領域フレームワークの配列が,多数のヒト免疫グロブリン重鎖可変領域フレームワークからの共通配列である,ヒト化免疫グロブリン。 【請求項5】約108M-1より強い親和性定数で抗原に特異的に結合する,請求項 3及び4のいずれかに記載のヒト化免疫グロブリン。 【請求項6】前記ヒト化免疫グロブリンが,供与体免疫グロブリンの結合親和力の4倍以内で,抗原に対する結合親和力を示す,請求項3及び4のいずれかに記載のヒト化免疫グロブリン。 【請求項7】成熟軽鎖及び重鎖可変領域タンパク質配列がそれぞれ以下の通りである,ヒト化免疫グロブリン:及び 【請求項8】ヒト受容体免疫グロブリン由来の非CDRフレームワーク領域をコードする第一の配列及び1又はそれ以上のCDRをコードする第二の配列を含むポリヌクレオチドであって,発現時に,請求項3及び4のいずれかに記載の免疫グロブリンに含まれる免疫グロブリン鎖をコードする,ポリヌクレオチド。 【請求項9】ヒト受容体免疫グロブリン由来の非CDRフレームワーク領域をコードする第一の配列及び1又はそれ以上のCDRをコードする第二の配列を含むポリヌクレオチドであって,発現時に,請求項2に記載の免疫グロブリンに含まれる免疫グロブリン重鎖をコードする,ポリヌクレオチド。 【請求項10 】請求項 8又は9に記載の単数のポリヌクレオチド又は複数のポリヌクレオチドでトランスフェクトされた細胞株。 【請求項11 】ヒト化免疫グロブリンの調製方法であって,請求項 10で定義された細胞株を培養する工程,及び細胞培養培地から該ヒト化免疫グロブリンを単離する工程を包含する,方法。 4 決定の理由の要点 (1) 決定は,本件訂正請求の適否につき,次のとおり判断した。 「本件訂正の要旨は,特許請求の範囲の減縮を目的として請求項1〜17及び29を削除するとともに,あわせて明りょうでない記載の釈明を目的として,他の請求項をくり上げて新たな請求項1〜11とし,かつ,新たな請求項中で引用する請求項を新請求項に訂正することを求めるものである。 上記訂正は,請求項1を削除することを含むので,訂正前の請求項1のみに記載された『相補性決定領域(CDR)』に関する通常のCDRの概念を越える特別な定義が削除されることになる。 ところで,当該『CDR』に関する定義は,訂正前の特許請求の範囲の第1番目の請求項に設けられたことからみても,訂正前の請求項1のみならず,他の請求項中で用いられる『CDR』の用語の概念を決定する定義でもあったことは明らかであるから,上記訂正は,新たな各請求項に記載される『CDR』の概念を,特別に定義されたものから,通常用いられる『CDR』本来の意味に戻すものであるといえる。 してみれば,上記訂正は特許請求の範囲の減縮に相当するものであるとしても,訂正後の請求項1〜11に係る発明における必須の構成である『CDR』の用語の概念を変更するものであるから,結果として特許請求の範囲を実質的に変更するものであると認めざるを得ない。 そして,上記認定は,平成14年5月27日付の意見書で述べられた本件特許権者側の事情及び本件特許権設定に至る経緯を参酌しても左右されるものではない。 したがって,本件訂正請求は,特許法120条の4第3項で準用する126条3項に規定する要件を満たしていないため,当該訂正は認められない。」 (2) 決定は,特許異議の申立てについて,次のとおり判断した。 「本件請求項1〜29に係る発明は,前記訂正が認められないので,特許明細書の請求項1〜29に記載された事項により特定されたとおりのものである。 請求項1において,『相補性決定領域(CDR)』という用語に関し,『Kabat ら(“Sequences of Proteins of Immunological Interest”, Kabat , E .ら,U. S. Department of Health and Human Services , (1983))並びにChothia ら(Chothia 及びLesk , J. Mol. Biol., 196 : 901-917(1987))により定義される相補性決定領域(CDR)』という定義を特に設けているが,当該定義は本願出願当初の明細書には記載されておらず,平成7年12月25日付けで提出された手続補正書によりはじめてその請求項1に追加された定義である。 そして,当該追加された定義に従うと,『CDR』に相当するアミノ酸配列としては,当業者が通常CDRとして理解するKabatらの文献で定義されるところの本来のCDR配列(『KabatのCDR配列』)のみならず,Chothiaらの文献に記載される,通常『Loop配列』と呼ばれる配列(『ChothiaのLoop配列』)までも包含することとなる。 『CDR』に関する本件出願当初明細書を詳細に検討しても,明細書中で用いられる『CDR』の用語の概念として,通常の『CDR』本来の意味を越えて『ChothiaのLoop配列』までも包含させるということは記載されておらず,かつ,当該明細書の記載から自明であったということもできない。 以上のことから,当該定義を追加した平成7年12月25日付の手続補正は本件出願当初の明細書の要旨を変更するものであると認められるから,本件特許は,特許法40条の規定により平成7年12月25日に出願されたものとみなされる。 しかして,本件特許に係る請求項1〜29に記載された発明は,一部変更されたとはいえ当然に出願当初明細書に記載された発明を包含するものであるから,前記取消理由で示した通り,本件特許公表公報(特表平4-502408号公報),又は本件出願の同一発明者によるほぼ同一内容の論文が掲載されているProc.Natl.Acad.Sci.USA,86:10029-10033(1989)に記載された発明である。 したがって,本件請求項1〜29に係る発明についての特許は,特許法29条1項3号の規定に違反してされたものである。」 |
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原告の主張(決定取消事由)の要点
1 決定は,訂正発明の誤認,すなわち,訂正後の請求項1(訂正前の請求項18に対応)に記載の用語「CDR」の解釈認定を誤った結果,本件訂正を認めず,その誤った前提に基づき,本件発明1〜29に係る特許を取り消したものであり,決定は,違法として取り消されるべきである。 2 訂正前の請求項1に記載の用語「CDR」と,訂正後の請求項1(訂正前の請求項18に対応)に記載の用語「CDR」とでは,その意味するところが異なる。このことは,請求項中の記載及び明細書を素直に読めば,当業者によって容易に理解される。すなわち,訂正の有無に関わらず,訂正前の請求項18〜28に係る発明において,用語「CDR」は,「KabatのCDR配列」(Kabatら文献に記載されるCDR配列に対応するアミノ酸配列)のみを指すと解釈されるべきである。 @ 独立請求項である訂正前の請求項18,20及び21において,用語「CDR」は用語「フレームワーク領域」との組合せで使用されている。この「フレームワーク領域」とは,本件特許明細書(甲2)において,「Kabatら,前掲により定義されたように,単一種において異なる免疫グロブリン間で比較的保存される免疫グロブリン軽鎖及び重鎖可変領域の部分について呼称する」と明確に定義されている(11欄23〜27行)。用語「フレームワーク領域」がこのように定義されている以上,「フレームワーク領域」以外の免疫グロブリン軽鎖及び重鎖可変領域部分である「CDR」は,当然のことながら,Kabatらの文献により定義されたCDRでなければならない。これらのクレームにおいて,ヒト化免疫グロブリンが,Kabat及びChothiaにより定義されるCDRと組み合せてKabatにより定義されるフレームワークを含むとすれば,その免疫グロブリンは重複する部分及び/又は欠失部分を有することになるので,一見して科学的に矛盾するのである。一方,訂正前の請求項1においては,用語「フレームワーク」は使用されていないので,Kabat並びにChothiaによるCDRの定義は矛盾しない。 A さらに,本件特許明細書では,種々の場面で,KabatによるCDRの定義のみが使用されている。例えば,ヒト化抗-Tac抗体の構築では,移入される供与体CDRはKabatにより定義されている。対応して,抗-Tac配列において下線が付されたCDRはKabatのCDRである。したがって,訂正前の請求項18,20及び21の方法を実施する際に,その指針を求めて本件特許明細書の実施例を読んだ当業者は,CDRがKabatにより定義されると必ず解釈し得たのである。 B 平成13年3月8日付け取消理由通知(甲3)においても指摘されているように,当業者の理解によれば,Chothiaは,CDRを定義したものではなく,超可変領域の概念に含まれ得るループ配列を定義したものである。したがって,当業者は,訂正前の請求項18,20及び21(訂正後の請求項1,3及び4に対応)中の用語「CDR」が,当該分野における標準的な意味である「KabatのCDR」を意味すると確実に理解し得たのである。これらの請求項には,Chothiaが提案さえしていない定義を使用するような示唆は存在していない。 よって,請求項の記載及び明細書の記載並びに当該分野における常識から,当業者は,訂正前の請求項18,20及び21並びにそれらの従属項において,用語「相補性決定領域(CDR)」は「KabatのCDR」(のみ)を意味することを必然的に理解し得たのである。 3 以上のことは,決定においては,全く考慮されていない。決定は,「CDR」に関する定義が訂正前の請求項1中に存在するといった形式のみにとらわれ,各請求項の記載を吟味することなく,その定義が全ての請求項にも適用されるという誤った結論を導いている。 以上のように,訂正前の請求項18,20及び21における用語「CDR」は,訂正前の請求項1中の定義とは無関係に,独立して解釈されるべきものである。そうであれば,本件訂正請求により訂正前の請求項1〜17及び29を削除しても,特許請求の範囲を実質的に変更することにはならない。 |
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被告の主張の要点
1 本件訂正は認められないのであり,これを前提に本件発明1〜29に係る特許を取り消した決定に誤りはない。 2 決定が,特許明細書の請求項1に記載された「CDR」の定義につき,「訂正前の請求項1のみならず,他の請求項中で用いられる「CDR」の用語の概念を決定する定義でもあったことは明らかである。」と認定した点に誤りはない。 (1) 特許明細書の請求項1の「相補性決定領域(CDR)」に関する定義によると,「CDR」が包含するアミノ酸配列は,「KabatのCDR配列」のみならず,「ChothiaのLoop配列」までが包含されることになり,「KabatのCDR配列」のみの場合に比べ,「CDR」に包含されるアミノ酸配列は明らかに増加する。 ところで,「相補性決定領域(CDR)」は,Kabatらにより免疫グロブリンの「可変領域」の一次構造であるアミノ酸配列からみた「超可変領域」に対して,Kabatら文献中で命名されたものである。これに対して,Chothiaのいう「Loop」は,免疫グロブリンの抗原決定部位の三次元構造解析からみたループを形成する位置のアミノ酸配列に対する呼称であり,「Loop」に含まれるアミノ酸配列の範囲は「相補性決定領域(CDR)」の範囲とは異なるものである(被告の主張中においては,本来の「KabatのCDR配列」と区別するため,請求項1の定義による「CDR」を「拡大CDR」ということがある。)。 (2) 「フレームワーク領域(FR)」とは,免疫グロブリン軽鎖(L鎖)及び重鎖(H鎖)の「可変領域(V領域)」のうち,「CDR」以外の部分を指す用語として,Kabatらが命名した用語である。一方,Chothiaらは,可変領域の「Loop」以外の領域に対しては「βシートフレームワーク」という用語を用いており,Chothiaらの「Loop」と「βシートフレームワーク」の位置関係は,Kabatらの「CDR」と「FR」の関係に対応する。当初明細書の記載(乙1の5頁右上欄6〜13行)は,上記のそれぞれの位置関係が同じであることを示している。 そして,可変領域中の「CDR」部分が増えれば残りの「FR」部分が減るから,「CDR」に含まれるアミノ酸配列に「Loop配列」に属するアミノ酸分を増加させる「拡大CDR」の定義を設けることは,「FR」に含まれるアミノ酸配列の側からみれば減少することになる(被告の主張中においては,この意味における「FR」を「縮小FR」ということがある。)。請求項1において「拡大CDR」の定義をしたことは,「縮小FR」の定義をしたことでもある。 (3) 「拡大CDR」の定義に関する審査経緯は,次のとおりである。 上記「拡大CDR」の定義は,当初明細書(乙1)には記載されておらず,第1次補正(平成7年12月25日付審査請求と同時の自発補正)で追加された。 審査官は,拒絶理由通知(乙4)において,CDRの位置が不明確である旨の指摘をしたところ,原告は,第2次補正(乙5)により,「Kabatら及びChothiaらにより定義されるこれらのCDRの位置は,例えばKabatらにより提供されるような,免疫グロブリン配列についての一貫した番号付けスキームを用いれば,同一の番号によって定義され得る。従って,当業者は,個々の免疫グロブリンのCDRの位置を容易に特定することができる。」との記載を明細書に追加した。これは,請求項1の「拡大CDR」の定義が明細書中の他の定義などの記載にも優先して適用されることを意図したものであることを明確に示すものである。そして,原告は,意見書(乙6)を提出し,拒絶理由を解消するための主張として,「CDRループ」などという新しい特別な用語を作り,請求項1の「拡大CDR」の定義が単に請求項1のみに及ぶ定義ではなく,「本発明」すなわち「本願の全ての請求項に係る発明」全体に,さらには本件出願に係る明細書中で用いられている「CDR」の用語全てに及ぶ定義であることを自ら力説した。 (4) そもそも同一の出願明細書中において用いる用語については,同一用語に対して同一の意味をあてることが社会通念上も自然なことであり,特許法施行規則の様式第29の〔備考〕において,用語は,明細書全体を通じて統一して使用することが要求されている。本件各請求項に記載された発明において,発明の構成を確定するために重要な用語である「CDR」について,各請求項中で別々の意味で用いられていると主張することは,むしろ不自然である。請求項1以外の請求項において,同一の「相補性決定領域(CDR)」という用語に対して,請求項1における定義とは異なる意味で用いようとするのであれば,その旨を明記するはずである。 第1次補正(自発補正)により,「拡大CDR」の定義が特許請求の範囲における最初の請求項である請求項1に設けられた時点で,全ての請求項に係る発明中の「CDR」に及ぶ定義であると考えることに無理はなく,前記審査経緯に照らしても明白である。そして,「拡大CDR」の定義を設けることが,同時に「縮小FR」を設けたことになるのであるから,明細書における各請求項のうち「FR」の用語を用いている請求項には,当然に「縮小FR」の定義が及ぶことになる。 3 決定が,本件訂正請求に対して,「訂正後の請求項1〜11に係る発明における必須の構成である『CDR』の用語の概念を変更するものであるから,結果として特許請求の範囲を実質的に変更するものである」と認定した点に誤りはなく,これらの認定を前提として,本件訂正は認められないとした点に誤りはない。 (1) 本件発明(全請求項に係る発明)の「ヒト化抗体」を設計するに当たり置換すべきアミノ酸の位置を示すために,「CDR」に含まれるアミノ酸配列の正確な位置決定は,本件発明にとって,発明の本質に関わる極めて重要な「必須の要件」であった。 (2) 当初明細書中で用いられていた,相補性決定領域(CDR)」及び,CDR以外の「フレームワーク領域(FR)」についての記載は,全て当業者が理解する本来の意味のKabatのCDR配列及びFR配列として統一的に記載されていた。 そして,前記のとおり,第1次補正により,請求項1に「拡大CDR」の定義が設けられ,請求項18〜28に記載された発明も含め,明細書中で用いられている全ての「CDR」の用語の定義として手続補正された。 その後,本件訂正請求により,請求項1〜17が削除され,特許請求の範囲から「拡大CDR」の定義が削除されることになり,請求項18〜28に記載された発明も含め,明細書中で用いられている全「CDR」の意味が,当初明細書中で用いられていた本来の「KabatのCDR配列」のみの「CDR」の意味に戻ることになる。 本件訂正請求は,「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない」という要件を満たさない。 (3) なお,本件訂正後において,第2次補正で追加された上記2(3)の記載が残っている。しかし,その「Kabatら及びChothiaらにより定義されるこれらのCDRの位置」という記載は,請求項1中の「拡大CDR」の定義があってはじめて意味のある記載であり,その記載が残っても,無意味な記載でしかなく,無視し得る。 4 原告は,請求項18に「拡大CDR」の定義を適用すると明細書中の「FR」の定義と科学的に矛盾するという。しかし,そもそも,原告が,本来の「CDR」の用語を曲解した「拡大CDR」の定義を設けたことこそ,科学的矛盾に満ちた行為である。そして,当業者は,「CDR」の概念に「Loop」をも含ませるという「拡大CDR」の定義を読めば,直ちに,同時に「FR」に含まれるアミノ酸数を減少させる「縮小FR」の定義でもあることを理解するはずである。請求項18において,CDRとFRが同時に記載されていても,本来のCDRとFRよりも,CDRに含まれるアミノ酸数が増え,FRに含まれるアミノ酸数が減ると認識するだけである。 訂正の有無に関わらず,特許明細書に記載された請求項18〜28に係る発明において,用語「CDR」は「KabatのCDR配列」に対応するアミノ酸配列のみを指すと解釈されるべきであるとの原告の主張は,失当である。 5 本件出願の国際出願における国際調査報告において,文献乙12(Nature,24 March 1988,Vo1. 332,p. 323-326)が示された。乙12には,表題「治療用のためのヒト抗体の改変」として,ヒトリンパ球に対するラット抗体の重鎖及び軽鎖可変ドメインからの6つの超可変領域を導入することによりヒトIgG1抗体を改変したヒト化抗体が記載されているが,超可変領域(CDR)を全てラット由来に,FRをヒト由来にするとともに,重鎖に対応するアミノ酸配列番号27位及び30位をラット由来アミノ酸にしたものである。この点で,乙12には,本件発明(第1次補正前)と軌を一にする発明が記載されている。そして,上記重鎖に対応するアミノ酸配列番号27位及び30位は,KabatのCDRの概念(重鎖においては,31〜35位がCDR1,50〜65位がCDR2,95〜102位がCDR3,それ以外がFR)ではフレームワーク領域(FR)であるが,ChothiaのLoopの概念(Loop1が重鎖における26〜32位)も含ませた本来の「CDR」とは別の概念でくくることができれば,乙12における27位及び30位の置換が,「FR」内の置換を意味しなくなる。原告は,前記国際調査報告において乙12が示されたことから(乙1),あえて要旨変更となる本件第1次補正を行った蓋然性が高い。原告にとっては,新規性,進歩性欠如を回避するための重要な補正であったことがうかがえ,用語「CDR」について,訂正前の請求項18〜28に係る発明においても,新規性,進歩性の回避のために,請求項1〜17と同じ意味で用いていることは明らかである。 |
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当裁判所の判断
1 証拠(乙1ないし6,12,甲2,4)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許請求の範囲及び明細書の記載の変遷等につき,次の事実が認められる。 (1) 出願当初の特許請求の範囲はもとより,当初明細書の説明中においても,「相補性決定領域(CDR)」について,Kabatら文献及びChothiaら文献による定義の記載は存在せず(乙1),「相補性決定領域(CDR)」とは,KabatのCDR配列を指すものと理解された。 (2) 本件は,国際出願(PCT/US89/05857)で平成2年7月26日国際公開された(国際公開番号:WO90/07861)が,国際調査報告において,乙12(Nature,24 March 1988,Vo1. 332,p. 323-326)が示された(乙1の1頁,15頁)。乙12には,重鎖に対応するアミノ酸配列番号27位及び30位をラット由来アミノ酸にした発明が開示されている。 上記重鎖に対応するアミノ酸配列番号27位及び30位は,KabatのCDR配列の概念によれば,フレームワーク領域(FR)に属するものであり,上記(1)の理解に立てば,乙12には,本件発明(第1次補正前)と軌を一にする発明が記載されていることになる。しかし,ChothiaのLoopの概念によれば,上記27位及び30位は,超可変領域の6つのLoop内にあり,βシートフレームワーク内には属しないものである。 (3) 原告は,平成7年12月25日の第1次補正により,乙1末尾の手続補正書の請求の範囲1のとおり,「相補性決定領域(CDR)」について,「Kabatら(“Sequences of Proteins of immunological Interest”, Kabat, E.ら,U.S. Department of Health and Human Services,(1983))並びにChothiaら(Chothia及びLesk, J.Mol.Biol., 196:901-917(1987))により定義される相補性決定領域(CDR)」という定義を追加した。 その後,第2次補正(乙5)により,明細書の発明の詳細な説明欄に「Kabatら及びChothiaらにより定義されるこれらのCDRの位置は,例えばKabatらにより提供されるような,免疫グロブリン配列についての一貫した番号付けスキームを用いれば,同一の番号によって定義され得る。従って,当業者は,個々の免疫グロブリンのCDRの位置を容易に特定することができる。」との記載を追加した。 このような補正を経て,特許査定がされ,設定登録された。設定登録時の各請求項の記載は,前掲第2,2のとおりである。 (4) 原告は,本件異議の手続中に本件訂正請求をしたが,特許請求の範囲については,設定登録時の各請求項(前掲第2,2)のうち,請求項1ないし17及び29を削除するとともに,請求項18ないし28を順次繰り上げて新しい請求項1ないし11とし,これに合わせて,新たな請求項中で引用する請求項を新請求項のものに訂正するものである。訂正後の各請求項の記載は,前掲第2,3のとおりである。 このようにして,前記第1次補正で追加された定義が記載されている設定登録時の請求項1が削除された。 2 原告は,訂正の有無に関わらず,訂正前の請求項18〜28に係る発明において,用語「CDR」は,「KabatのCDR配列」のみを指すと解釈されるべきであり,本件訂正請求により訂正前の請求項1〜17及び29を削除しても,特許請求の範囲を実質的に変更することにはならないと主張するものである。原告は,その具体的根拠として,前記「第3 原告の主張(決定取消事由)の要点」の2において,@ないしBとして記載されたとおりの主張をするので,この点を中心に検討する。 (1) 原告の主張@について (a) 訂正前の請求項18,20及び21並びにこれらの従属項の記載は,前判示のとおりであり,例えば,請求項18には,「供与体Ig由来の1又はそれ以上の相補性決定領域(CDR)及びヒトIg軽鎖及び重鎖由来のフレームワーク領域を有するヒト化免疫グロブリン(Ig)の生産方法であって…」と記載されている。 (b) そこで,検討するに,上記1(3)のように,請求項1における「相補性決定領域(CDR)」につき,特別の定義が記載された以上,その後の記載において,「相補性決定領域(CDR)」という同じ表現が繰り返される場合には,特段の事由のない限り,その定義に従った記載であると理解するのが通常である。そして,本件では,請求項18,20及び21並びにこれらの従属項においては,単に「相補性決定領域(CDR)」との文言が記載されているだけであり,本件特許明細書の記載を精査しても,上記の定義とは異なる意味に用いることを示す記載も見当たらず,特段の事由があるとは認められない。 このことに加えて,請求項1における「相補性決定領域(CDR)」の特別の定義を受けて,上記1(3)のように,発明の詳細な説明欄においても本件発明を説明する記載が追加された。この説明部分は,本件発明に関する一般的な説明部分であると理解され,特定の請求項に係る発明に限定しての説明であると理解すべき根拠も見当たらない。 そうすると,たとえ,請求項18,20及び21並びにこれらの従属項が請求項1を引用する形式をとっていないとしても,訂正前の請求項1における「相補性決定領域(CDR)」についての上記の定義は,請求項18,20及び21並びにこれらの従属項における「相補性決定領域(CDR)」の概念をも決定する定義であると解するのが相当である。 (c) 原告は,用語「CDR」は用語「フレームワーク領域」との組合せで使用されており,「フレームワーク領域」とは,本件特許明細書において,Kabatら文献により定義されたものをいうものとして定義されており,そうである以上,「CDR」は,Kabatらの文献により定義されたCDRでなければならないと主張するが,前記(b)に判示したところに照らし,失当であるというべきである。 なお,確かに,本件特許明細書には,「本明細書中で使用する『フレームワーク領域』なる用語は,Kabatら,前掲により定義されたように,単一種において異なる免疫グロブリン間で比較的保存される免疫グロブリン軽鎖及び重鎖可変領域の部分について呼称する。」との記載があり(甲2,13欄23〜27行),この記載は,前記各補正前から存在する(乙1)。しかしながら,本件特許明細書において,「フレームワーク領域」との用語がすべて上記の定義に従って記載されているかは疑問である。例えば,本件特許明細書及び当初明細書には,「各軽鎖/重鎖対の可変領域は抗原結合部位を形成する。鎖は全て,3つの超可変領域によって結合された比較的保存されたフレームワーク領域という同じ一般構造を示す〔“Sequences of Proteins of Immunological Interest”,Kabat,E.ら,U.S.Department of Health and Human Services,(1983);並びにChothia及びLesk,J.Mol.Biol.,196:901-917(1987)を参照のこと。これらは参考として本明細書中に組み込まれる〕。」との記載がある(甲2の12欄31〜38行)。上記記載は,Kabatらの文献及びChothiaらの文献を引用していることから,Chothiaらの定義による「Loop」と「βシートフレームワーク」についても,「3つの超可変領域によって結合された比較的保存されたフレームワーク領域という同じ一般構造を示す」ことが示唆されている(もっとも,訂正前の請求項1に記載された定義と同じ内容を示すものではない。)。したがって,少なくとも,上記「フレームワーク領域」との記載は,純粋にKabatらの文献において定義された「フレームワーク領域」を意味しているとは解し難い。したがって,原告の上記主張は,その前提において,失当である。 (d) 原告は,Kabat及びChothiaにより定義されるCDRと組み合せてKabatにより定義されるフレームワークを含むとすれば,その免疫グロブリンは重複する部分及び/又は欠失部分を有することになり,科学的に矛盾するとも主張する。 検討するに,原告も主張するとおり,訂正前の請求項18は,「相補性決定領域(CDR)」と「フレームワーク領域」との組み合わせで記載されている。すなわち,Kabatらによって,免疫グロブリン軽鎖(L鎖)及び重鎖(H鎖)の「可変領域(V領域)」のうち,「CDR」以外の部分を指して「フレームワーク領域」とされており,Chothiaらにより,「CDR」に対応するものとして「Loop」が定義され,可変領域の「Loop」以外の部分を指して「βシートフレームワーク」とされている(もっとも,Chothiaらのいう「Loop」の範囲は,Kabatらによる「CDR」の範囲とは幾分異なっており,「フレームワーク領域」と「βシートフレームワーク」も幾分異なることになる。乙2)。これらは,当業者にとって周知の事項であるといえる。 そうすると,訂正前の請求項18にも前記請求項1の「相補性決定領域(CDR)」の定義が及び,「相補性決定領域(CDR)」が「KabatのCDR配列」に当たるものに加えて,「ChothiaのLoop配列」に当たるものも含む概念として定義された以上,当業者としては,「フレームワーク領域」との記載につき,「可変領域」のうち,上記のように定義された「相補性決定領域(CDR)」以外の部分を指すものと理解し得るというべきであり,原告が主張するような科学的矛盾は生じない。なお,上記の理解に立てば,訂正前の請求項18における「フレームワーク領域」は,上記甲2の13欄23〜27行における「フレームワーク領域」の定義とは異なることになるが,上記(c)後段に説示した点にもかんがみれば,この点をもって必ずしも矛盾であるということにもならない。 (e) 以上のように,原告の主張@は,採用の限りではない。 (2) 原告の主張Aについて 原告は,本件特許明細書では,種々の場面で,KabatらによるCDRの定義のみが使用されていると主張する。 しかし,訂正前の請求項1の記載が存在するほか,特許明細書の発明の詳細な説明欄においても,「Kabatら及びChothiaらにより定義されるこれらのCDRの位置は,例えばKabatらにより提供されるような,免疫グロブリン配列についての一貫した番号付けスキームを用いれば,同一の番号によって定義され得る。従って,当業者は,個々の免疫グロブリンのCDRの位置を容易に特定することができる。」との記載が追加されて存在する(甲2,12欄38〜44行)。 したがって,原告の主張Aも採用し得ない。 (3) 原告の主張Bについて 原告が主張するとおり,Chothiaは,CDRを定義したものではなく,超可変領域の概念に含まれ得るループ配列を定義したものである。 しかし,訂正前の請求項1において,前記のように,「相補性決定領域(CDR)」について,Kabat及びChothiaにより定義されるものとして,特別の定義付けがされ,この定義が訂正前の請求項18,20及び21並びにこれらの従属項における「相補性決定領域(CDR)」にも及ぶものであること,当業者としてもそのように理解するものであることは,既に判示したところから明らかである。 よって,原告の主張Bも採用することができない。 3 以上判示したところによれば,本件訂正請求につき,新たな請求項に記載される「CDR」の概念を,特別に定義されたものから,通常用いられる「CDR」の意味に戻すものであり,訂正後の請求項1〜11に係る発明における必須の構成である「CDR」の用語の概念を変更するものであるから,特許請求の範囲を実質的に変更するものであって,当該訂正は認められないとした決定の判断は,是認し得るものである。そして,この判断を前提に,本件特許異議の申立てにつき,本件発明の請求項1〜29に係る特許を取り消すべきものとした決定の判断も是認し得るものである。 4 結論 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 佐藤達文 |