審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成28ワ14131 特許権侵害行為差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ12416 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ28468 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ12414 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ12415 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
25年
(ワ)
3357号
特許権侵害差止請求事件
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原告 JX日鉱日石金属株式会社 同訴訟代理人弁護士 高橋雄一郎 同訴訟代理人弁理士 望月尚子 被告田中貴金属工業株式会社 同訴訟代理人弁護士 鈴木修 同 大平茂 同 大西千尋 同 磯田直也 同訴訟復代理人弁護士 森下梓 同訴訟代理人弁理士 松山美奈子 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2015/12/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求の趣旨
1 被告は,原告に対し,30万円及びこれに対する平成26年1月29日から 支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 仮執行宣言 |
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事案の概要
1 事案の要旨 本件は,原告が,被告に対し,被告は,別紙被告製品目録記載の製品(以 下「被告製品」という。)の製造・販売等を行うことにより,原告が有する 特許権(特許第4673448号。以下,「本件特許権」といい,その発明 に係る特許を「本件特許」という。)の請求項2,同5,同6,同8の各発 明(以下,それぞれ「本件発明2」,「本件発明5」等といい,これらを併 せて「本件各発明」という。),及び訂正後の請求項2,5及び6の発明 (以下,それぞれ「本件訂正発明2」,「本件訂正発明5」等といい,併せ て「本件各訂正発明」といい,本件各発明と併せて「本件各発明等」とい う。)の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,特許法102条2項 による損害額55万円の内金請求として30万円(予備的主張として同条3 項に基づく請求。その場合の損害額は14万3130円及びこれに対する平 成26年1月29日(平成26年1月20日付け訴え変更申立書(2)の送 達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金 の支払を求める事案である。 2 前提事実(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。) (1) 当事者 原告及び被告は,いずれもHDD用磁性材ターゲットの製造及び販売等を 行う会社である。 (2) 原告の有する本件特許権 原告の有する本件特許権(請求項の数8。以下,本件特許に係る明細書 及び図面を「本件明細書等」といい,その内容は末尾に添付する本件特許 の特許公報のとおりである。)。〔甲1,2,弁論の全趣旨〕 特許番号 特許第4673448号 発明の名称 「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲッ ト」 優 先 日 平成21年3月27日 出 願 日 平成22年3月8日 登 録 日 平成23年1月28日(3) 被告による無効審判請求,原告による訂正請求,審決予告の経緯等 ア 被告は,本件特許に関し,@本件各発明並びに本件特許の請求項4及 び7記載の各発明につき,特開2008-163438号公報(乙40。 発明の名称 「CoCrPt系スパッタリングターゲットおよびその製造 方法」,公開日 平成20年7月17日,出願人 三井金属鉱業株式会社。 以下「乙40公報」という。)及び平成26年8月28日被告作成の 「実験成績報告書」と題する書面(乙41。以下「乙41報告書」とい う。)を理由とする進歩性欠如,A本件各発明並びに本件特許の請求項 4及び7記載の各発明につき,特開2008-169464号公報(乙 42。発明の名称 「スパッタターゲット及びその製造方法」,公開日 平成20年7月24日,出願人 ヘラエウス インコーポレーテッド。以 下「乙42公報」という。)及び特開2009-1860号公報(乙4 3。発明の名称 「比透磁率の低い垂直磁気記録媒体膜形成用スパッタリ ングターゲット」,公開日 平成21年1月8日,出願人 三菱マテリア ル株式会社。以下「乙43公報」という。)を理由とする進歩性欠如, B本件特許の全ての請求項の発明につきサポート要件違反,の各無効理 由を主張して,平成26年9月18日に無効審判請求(無効2014- 800158)をした。〔乙61〕 イ これにつき,特許庁は,平成27年6月3日に,「特許第46734 48号の請求項1〜8に係る発明についての特許を無効とする。審判費 用は,被請求人の負担とする。」との審決の予告をした。〔乙57〕 ウ これに対し原告は,同年8月3日付けで,本件特許の請求項1ないし 3について,訂正請求をした。〔甲48〕(4) 本件各発明の内容 本件各発明(本件発明2,5,6及び8)に係る特許請求の範囲の記載 は末尾添付の特許公報該当欄記載のとおりである。 (5) 本件各発明の構成要件 ア 本件発明2を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それ ぞれの記号に従い「構成要件2-A」などという。)。 2-A Crが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mol%以 上30mol%以下,残余がCoである合金と非磁性材粒子との混 合体からなる焼結体スパッタリングターゲットであって, 2-B このターゲットの組織が,合金の中に前記非磁性材粒子が均一 に微細分散した相(A)と, 2-C 前記相(A)の中に,ターゲット中に占める体積の比率が4% 以上40%以下であり,長軸と短軸の差が0〜50%である球形の 合金相(B)と 2-D を有していることを特徴とする非磁性材粒子分散型強磁性材ス パッタリングターゲット。 イ 本件発明5を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それ ぞれの記号に従い「構成要件5-A」などという。)。 5-A 球形の合金相(B)の直径が,50〜200μmの範囲にあ ることを特徴とする 5-B 請求項1〜4のいずれか一項に記載の非磁性材粒子分散型強 磁性材スパッタリングターゲット。 ウ 本件発明6を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それ ぞれの記号に従い「構成要件6-A」などという。)。 6-A 非磁性材料が,Cr,Ta,Si,Ti,Zr,Al,Nb, Bからなる酸化物,窒化物若しくは炭化物又は炭素から選択した1 成分以上含む 6-B ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の非磁 性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。 エ 本件発明8を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それ ぞれの記号に従い「構成要件8-A」などという。)。 8-A 相対密度が98%以上である 8-B ことを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の非磁 性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。 (6) 本件各訂正発明の内容(下線が訂正箇所) ア 本件訂正発明2 「Crが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mol%以上3 0mol%以下,残余がCoである合金と非磁性材粒子との混合体から なる焼結体スパッタリングターゲットであって,このターゲットの組織 が,合金の中に前記非磁性材粒子が均一に微細分散した相(A)と,前 記相(A)の中に,ターゲット中に占める体積の比率が4%以上40% 以下であり,長軸と短軸の差が0〜50%である球形の合金相(B)と を有し, 前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領域及びCr 濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されている ことを特徴とする非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングター ゲット。」 イ 本件訂正発明5 「球形の合金相(B)の直径が,50〜200μmの範囲にあること を特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の非磁性材粒子分散型 強磁性材スパッタリングターゲット。」 ウ 本件訂正発明6 「非磁性材料が,Cr,Ta,Si,Ti,Zr,Al,Nb,Bか らなる酸化物,窒化物若しくは炭化物又は炭素から選択した1成分以上 含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の非磁性材粒 子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。」(7) 本件各訂正発明の構成要件の分説 ア 本件訂正発明2(2-Aないし2-Cは本件特許発明2と同一であり, 2-E’についても実質的に同一である。) 2-A Crが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mol%以 上30mol%以下,残余がCoである合金と非磁性材粒子との混 合体からなる焼結体スパッタリングターゲットであって, 2-B このターゲットの組織が,合金の中に前記非磁性材粒子が均一 に微細分散した相(A)と, 2-C 前記相(A)の中に,ターゲット中に占める体積の比率が4% 以上40%以下であり,長軸と短軸の差が0〜50%である球形の 合金相(B)とを有し, 2-D’ 前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領域 及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されている 2-E’ことを特徴とする非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリング ターゲット。 イ 本件訂正発明5(本件特許発明5と同一である。) 5-A 球形の合金相(B)の直径が,50〜200μmの範囲にある ことを特徴とする 5-B 請求項1〜4のいずれか一項に記載の非磁性材粒子分散型強磁 性材スパッタリングターゲット。 ウ 本件訂正発明6(本件特許発明6と同一である。) 6-A 非磁性材料が,Cr,Ta,Si,Ti,Zr,Al,Nb, Bからなる酸化物,窒化物若しくは炭化物又は炭素から選択した1 成分以上含む 6-B’ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の非磁性 材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。 (8) 被告製品 被告製品は,韓国法人セミコン・ライト株式会社(以下「セミコン・ライ ト」という。)の依頼により被告がサンプルとして製造し,セミコン・ライ トに販売した製品2種類各1枚のうちの1枚である。被告製品の製造・販売 枚数は1枚であり,その現物は原告が所持しており,被告は所持していない。 (9) 本件訴訟における構成要件5-B,6-B,8-B等にいう請求項 構成要件5-B,6-B,8-Bにいういずれかの請求項とは,請求項2 (本件発明2)である。 また,構成要件5-B’,6-B’にいういずれかの請求項とは,請求項 2(本件訂正発明2)である。 (10) 争いのない構成要件の充足性 被告製品は,本件各発明の構成要件2-B,2-Dを充足する。〔弁論の 全趣旨〕3 争点 (1) 被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか ア 構成要件2-Aの充足性 イ 構成要件2-Cの充足性 ウ 構成要件5-Aの充足性 エ 構成要件6-Aの充足性 オ 構成要件8-Aの充足性 (2) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか ア 無効理由1(乙40公報に基づく進歩性欠如) イ 無効理由2(乙42公報及び乙43公報に基づく進歩性欠如) ウ 無効理由3(サポート要件違反) (3) 訂正の対抗主張の成否(サポート要件違反に係る無効理由についての予備 的主張) (4) 損害発生の有無及びその額 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(構成要件2-Aの充足性)について〔原告の主張〕 (1) 被告製品の構成のうち,構成要件2-Aと関連する部分は,別紙被告製品 説明書の被告製品の特徴部分の構成1-a記載のとおりであり,それによる と,被告製品はCrが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mol% 以上30mol%以下,残部がCoからなる合金との構成要件2-Aの数値 範囲及び成分を満たし,珪素酸化物,クロム酸化物及びチタン酸化物からな る粒子との混合体からなる焼結体の磁気記録メディア用酸化物入りスパッタ リングターゲットである。このうち,珪素酸化物,クロム酸化物及びチタン 酸化物は,非磁性材であり,珪素酸化物,クロム酸化物及びチタン酸化物か らなる粒子は非磁性材粒子に該当する。 そして,焼結体の磁気記録メディア用酸化物入りスパッタリングターゲッ トは,焼結体スパッタリングターゲットに該当する。 よって,被告製品は構成要件2-Aを充足する。 (2) 被告の主張に対する反論 被告は,平成25年3月26日付け原告作成の「実験結果報告書(特許4 673448号)」と題する書面(甲4。以下「甲4報告書」という。)に は具体的な測定データや計算過程が示されておらず信用できないとし,また 平成25年7月9日付け原告作成の「実験結果報告書(特許4673448 号)」と題する書面(甲5。以下「甲5報告書」という。)についても,そ の仮定が正しいとする根拠がなく信用できないと主張する。 しかし,甲4報告書における各成分のmol%は各成分のwt%に基づい て算出されており,各成分のwt%については甲5報告書記載のとおり測定 し,算出されている。このうち,Coのmol%についてはバランスとして 算出している。また,甲5報告書の仮定はいずれも正しいものであるから, 被告の批判は当たらない。 〔被告の主張〕(1) 被告製品の構成1-aにつき否認する。被告製品は,構成要件2-Aを充 足しない。 (2) 原告が提出する甲4報告書には具体的な測定データや計算過程が全く示さ れておらず,構成成分の含有量の分析根拠が不明であり,結果の数値が, 例えばCr2O3につき1〜4mol%などと広い幅を持って示されている 点も不可解であって,信用できない。 また,甲5報告書に示した定量分析においては,@被告製品中の全酸素 のうち,TiO2,SiO2 として存在しているもの以外は全てCrと結合 してCr2O3 となっていること,AICP-OESで測定したSi,Cr の分析値と,酸素分析装置で測定した酸素の分析値とを,それぞれ異なる 原理の分析装置で独立に測定されたものであるにもかかわらず,有効数字 の桁数や測定精度について検証しないまま組み合わせることができること, B被告製品がCo,Pt,TiO 2 ,SiO 2 及びCr 2 O3 だけからなる こと,の三つの仮定が正しいことが前提となるところ,これらの仮定につ いて,いずれも正しいとする根拠は示されていない。 2 争点(1)イ(構成要件2-Cの充足性)について〔原告の主張〕(1) 被告製品の構成のうち,構成要件2-Cと関連する部分は,別紙被告製品 説明書の被告製品の特徴部分の構成1-c記載のとおりであり,同構成1- b記載の相(a)の中に,長軸と短軸の差が0%〜50%の範囲内にあり, 直径が50〜200μmである球形の合金相(b)相と直径が50〜200 μmの範囲外の球形の合金相(b)相とを含んでいる。 よって,被告製品は構成要件2-Cを充足する。 (2) 本件明細書等の段落【0018】には「球形」についての定義があるとこ ろ,本件各発明において,「球形の合金相(B)」として最大限認められ得 る範囲は,その重心から外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以 下のものであると解される。 この定義のもとに,原告は,被告製品に存在する合金相の一つ一つについ て「球形の合金相(b)」と評価できるか否かを確認し,厳密に「球形の合 金相(b)」の観察面積に対する面積比率を画像処理ソフトを用いて算出し たところ,その結果は平成26年9月4日付け原告作成の「陳述書(被告製 品1の「球形の合金相(b)について」)」と題する書面(甲26。以下「 甲26陳述書」という。)記載のとおり,35.3%であった。これは構成 要件2-Cにいう40%以下であるから,被告製品は構成要件2-Cを充足 する。 (3) 被告の主張に対する反論 被告は,甲26陳述書における球形の合金相の抽出過程を批判するが,上 記本件明細書等の段落【0018】では,球形の相の外周部または外周とい う表現を用いて球形の定義を行っており,外周部または外周は,球形の相の 物理的な境界を特定するものであることは明らかであって,一つの外周で描 けるものが一つの物体であると評価することは常識にも叶うものである。被 告の提出する証拠(後記乙49及び乙50)こそ,画面の途中で切れていて 球形か否か不明であるもの,二つに分離すべきでないもの,一部を切り出し て抽出したものがあり,また,画像が不鮮明すぎて客観性に欠けるなど,恣 意的なものである。 〔被告の主張〕(1) 主位的主張 被告製品の構成1-cにつき否認する。本件各発明にいう「球形の合金 相(B)」は,本件明細書等の記載を参酌してその技術的範囲の意味を確 定すると,その体積比率及び長軸と短軸との差が,それぞれ構成要件2- C記載の範囲内であるほか,「原料としてコバルト(Co)が60mol %,クロム(Cr)が40mol%の組成を有する球形粉末又はコバルト (Co)が40mol%,クロム(Cr)が60mol%の組成を有する 球形粉末を添加して形成させた球形の合金相(B)」であることが必要で あると解すべきところ,被告は,被告製品の製造に当たり特定の組成の球 形の粉末を添加していないから,「球形の合金相(B)」は存在せず,そ の体積比率はゼロである。 (2) 予備的主張 仮に,本件各発明の「球形の合金相(B)」について被告主張に係る上記(1)の解釈が認められない場合であっても,被告製品の「球形の合金相」がターゲット中に占める体積比率は少なくとも40%以上である。 原告は,甲26陳述書において,合金相の単位は一つの外周で描けるか否かの基準に基づいて,甲4報告書の図6中の「球形の合金相(b)」を抽出しているが,かかる基準は本件明細書等の発明の詳細な説明には全く記載されていない原告独自のものであって何ら根拠にならないし,被告作成の平成25年11月22日付け「実験成績報告書(1)(第3357号事件)」と題する書面(乙9。以下「乙9報告書」という。)によれば,被告製品における球形相の面積割合は40%以上である。また,原告の基準によれば,写真上同じ色でつながっている限り一つの外周で描けることになり合金相の範囲が際限なく広がってしまう問題点もある。かかる本件明細書等に基づかない基準に基づく甲26陳述書に基づく測定結果は,正確なものとは認められない。 被告は,被告製品を対象とする原告提出に係る組織写真(乙6〔平成25年3月8日付け原告作成の 「実験結果報告書(特許第4673453号)」と題する書面であって,原告が別件訴訟において被告製品を分析した結果として証拠提出したもの(以下「乙6報告書」という。)。〕の図6,甲5報告書の図7)について,長軸と短軸の差が0〜50%である「球形の合金相」の面積を測定し,甲4報告書の方法どおりに算定したところ,長軸と短軸の差が0〜50%である「球形の合金相」の体積比は,平成27年3月2日付け被告作成の「実験成績報告書(3)(第3357号事件)」と題する書面(乙49)によれば54.4%,平成27年3月2日付け被告作成の「実験成績報告書(4)(第3357号事件)」と題する書面(乙50)によれば42.9%,42.7%(二箇所を測定)であった。 これは構成要件2-Cの数値範囲を満たさない。 以上のとおり,被告製品は構成要件2-Cを充足しない。 3 争点 (1)ウ(構成要件5-Aの充足性)について〔原告の主張〕(1) 本件発明5の構成要件5-Aは,「球形の合金相(B)の直径が,50〜 200μmの範囲にあることを特徴とする」というものであるところ,その 意味するところは,直径が50ないし200μmの範囲の合金相(B)の体 積の比率が4%以上40%以下であること(構成要件2-C参照)を規定し ていると解すべきである。 そして,被告製品の構成要件5-Aと関連する被告製品の構成は,別紙被 告製品説明書の被告製品の特徴部分の構成1-c記載のとおりであり,被告 製品は,直径が50ないし200μmの範囲の合金相(b)の体積の比率が 4%以上40%以下であるから,構成要件5-Aを充足する。 (2) 被告の主張に対する反論 被告は,原告の解釈によれば,従属項である請求項5(本件発明5)の方 が独立項である請求項2(本件発明2)よりも権利範囲が広くなり,本末転 倒であると主張する。 しかし,従属項は,必ずしも従属先の独立項よりも権利範囲が狭いとは限 らず,従属先の独立項とは異なる権利範囲を規定している場合もある。本件 発明5には「球形の合金相(B)の直径が,50〜200μmの範囲にある ことを特徴とする」とあり,この規定は,本件発明2に記載されている「球 形の合金相(B)」について,「ターゲット中に占める体積の比率が4%以 上40%以下であり,長軸と短軸の差が0〜50%である」のみならず「直 径が,50〜200μmの範囲にある」ものでなければならないと規定して いると読める。 したがって,構成要件5-Aの「球形の合金相(B)の直径が,50〜2 00μmの範囲にあることを特徴とする」との文言を素直に読むと,本件発 明2では,ターゲット中に4%ないし40%の範囲の体積比率として占めな ければならない球形の合金相(B)について,球形の合金相(B)の直径を 全く考慮することなく積算できたにもかかわらず,本件発明5では,ター ゲット中に占める体積比率の算定の対象とすることができる球形の合金相 (B)は直径が所定の範囲内のものでなければならなくなったことを規定し ていると解釈される。 したがって,本件発明5は,従属先である請求項2で規定されている構成 要件の一部について異なる構成を規定したものであり,本件発明2とは異な る技術的範囲の発明を規定したものであることは明らかである。 〔被告の主張〕 (1) 請求項5(本件発明5)は請求項2(本件発明2)の従属項であるから, 本件発明5は,本件発明2の構成要件の全てを充足することが前提となる。 従属項の方が独立項よりも権利範囲が広いというのは本末転倒であり,原告 の解釈が不当であることは一見して明らかである。 (2) 原告の解釈は,本件明細書等の記載にもその根拠を求めることはできず, この点でも不当である。本件明細書等の段落【0019】には,従属項であ る請求項5(本件発明5)に特有の「球形の合金相(B)の直径が,50〜 200μmの範囲にあることを特徴とする」という構成要件についての記載 があるが,そこには,請求項5記載の限定が加わったことにより,ターゲッ ト中に直径が50ないし200μmの範囲内にある「球形の合金相(B)」 と範囲外にある「球形の合金相(B)」が存在する場合であっても,本件各 発明が要件とする体積比率の計算において,「直径が,50〜200μmの 範囲にある」「球形の合金相(B)」の体積のみを分子として取扱い,同範 囲外の「球形の合金相(B)」の体積は除外して計算してよいとする根拠は 見出すことはできない。逆に上記本件明細書等の記載からは,請求項5では, ターゲット中に存在する「球形の合金相(B)」の直径が全て50ないし2 00μmの範囲内になければならないとの解釈を導くのが素直である。被告 製品は,いずれも,同範囲外の直径の球形の相を多数含むことから,構成要 件5-Aを充足せず,本件発明5の技術的範囲に属しない。 (3) なお,前記1及び2の各〔被告の主張〕によれば,被告製品は請求項2記 載の発明(本件発明2)の構成要件を充足しないから,構成要件5-Bも充 足しない。 4 争点(1)エ(構成要件6-Aの充足性)について〔原告の主張〕 被告製品の構成要件6-Aと関連する被告製品の構成は,別紙被告製品説 明書の被告製品の特徴部分の構成1-a記載のとおりであり,このうちSi O2は酸化物に該当するから,被告製品は,構成要件6-Aを充足する。 〔被告の主張〕 否認ないし争う。なお,前記1及び2の各〔被告の主張〕によれば,被告 製品は請求項2記載の発明(本件発明2)の構成要件を充足しないから,構 成要件6-Bも充足しない。 5 争点(1)オ(構成要件8-Aの充足性)について〔原告の主張〕 被告製品は,相対密度が98%以上であり,構成要件8-Aを充足する。 〔被告の主張〕 否認ないし争う。なお,前記1及び2の各〔被告の主張〕によれば,被告製品は請求項2記載の発明(本件発明2)の構成要件を充足しないから,構成要件8-Bも充足しない。 6 争点(2)ア(無効理由1〔乙40公報に基づく進歩性欠如〕)について〔被告の主張〕(1) 乙40公報には,平均粒径150μm以下の球状粉末であるCo 6 0 -C r 40 のアトマイズ合金粉末(1)と,平均粒径約2μmのCo粉末及び平 均粒径約2μmのSiO 2 粉末の混合粉末(2)と,平均粒径約0.5μ mのPt粉末と,平均粒径約2μmのCo粉末とを,Co 64 ,Cr 10 ,P t 16 (SiO 2 ) 10 の組成比となるように混合した粉末(3)を,焼結温 度1150℃,焼結時間1時間,面圧力200kgf/cm 2 に設定し, ホットプレスを行い,最大差し渡径が70μm,平均Cr濃度が21.3 原子%の高クロム含有粒子を含むターゲットを得た(比較例1)ことが記 載されている。 (2) この乙40公報の比較例1は,高クロム含有粒子は,「平均粒径150 μm以下(D 50 は59.4μm)の球状粉末であるCo 60 -Cr 40 のアト マイズ合金粉末(1)」に起因しているということができ,その形状は明 記されてはいないが,球状アトマイズ合金粉末を粉砕せずに混合して焼結 することから,球状もしくは楕円形であると考えられる。 (3) 乙41報告書は,被告において,乙40公報の比較例1を追試した実験 成績報告書であるところ,この追試により得られたターゲットにおいては, 非磁性材料が均一に微細分散した合金相(A)と,合金相(A)の中に, 短径が109.0ないし151.4μm,長径が118.0ないし155. 3μmの範囲内にあり,長径と短径の差が0ないし50%の円形又は楕円 形であり,中心部のCr濃度が40at%(mol%)で中心部から外周 部にかけてCr含有量が低くなる組成の球形の合金相(B)が形成されて いることが確認された(乙41報告書の図12〜図15,表1,2)。 (4) 以上によれば,本件各発明は,乙40公報記載の発明と実質的差異はな く,乙40公報の比較例1の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たも のである。本件特許には特許法29条2項に違反する無効理由があり,特 許法123条1項2号によって特許無効審判により無効にされるべきもの であるから,特許法104条の3により原告は権利を行使することができ ない。 〔原告の主張〕(1) 乙40公報の比較例1のターゲットの組織自体を示す具体的な組織写真 はない以上,そのターゲットの組織を本件各発明の構成要件と対比可能な 程度に特定することはできない。比較例1のターゲットに代表される乙4 0公報に記載の従来のターゲットの組織は,図2に示されているところ, 乙40公報の段落【0023】及び【0024】の記載によれば,白色で 示された高クロム含有粒子が偏在している点が,従来のターゲットの組織 の問題点である。乙40公報の図2で,特に注目すべきは,高クロム含有 粒子が偏在している領域は,あくまで微細な高クロム含有粒子の集合で形 成されている点である。乙40公報に記載の発明は,このような高クロム 含有粒子の偏在を解消することを課題とし,「最大差し渡し径」の大きさ を,所定の大きさに制御したターゲットの組織とするものである。その比 較例1の評価は,乙40公報の図2を用いて説明された「最大差し渡し 径」を測定することで実施されている(段落【0079】及び表1)こと を考慮すると,当業者であれば,比較例1の組織は乙40公報の図2に示 す組織に近似したものであろうと推測するのが合理的である。これに対し, 被告が主張するような,非磁性材がほとんど存在しない球形若しくは楕円 形のクロムリッチ相(合金相)を有するであろうと推測することは,通常 あり得ないというべきである。 (2) また,乙41報告書に示されたターゲットの組織は,本件各発明の組織 と同様の組織を有するターゲットを製造するという目的をもって製造され たものであり,無効理由の根拠とすることはできない。 7 争点 (2)イ( 無効理由 2〔 乙42公報及び乙43公報に基づく進歩性欠 如〕)について〔被告の主張〕 (1) 乙42公報には,29.53wt%のCr粉末,27.73wt%のC o-Cr二元系合金粉末,36.61wt%のPt粉末及び6.13wt %のSiO 2 粉末を混合して焼結して製造された,Co-Cr-Pt-S iO2 スパッタリングターゲットである(Co 74 Cr 10 Pt 16 ) 92 -(S iO 2 ) 8 合金のミクロ組織について,SiO 2 が微細分散したCo相及び Pt相と,直径が50μmよりも大きな球形のCo-Cr相とを有するこ とが開示されている(図2)。このうち,(Co 7 4 Cr 10 Pt 1 6 ) 9 2 - (SiO 2 ) 8 は,Coが74mol%,Crが10mol%,Ptが16 mol%である合金と非磁性体粒子であるSiO 2 が8mol%の混合体 からなる焼結体スパッタリングターゲットである。 そして,乙42公報の図2に示すターゲット中のCo-Cr合金相及び 非磁性材料の体積比率は明記されていないが,各原料のモル比等から算出 できるところ,Co-Cr合金相の体積比率は29.55%,非磁性材料 であるSiO 2 の体積比率は25.135%である。 (2) 乙43公報には,Co-Cr-Pt合金素地中にSiO 2 が均一分散し ている組織を有するCo-Cr-Pt-SiO 2 スパッタリングターゲッ トにおいては,漏洩磁束密度が低く放電が安定しない等の問題があったこ と,Pt相及びSiO 2 相に包囲されたCo-Cr二元系合金相からなる 組織を有するCo-Cr-Pt-SiO 2 スパッタリングターゲット(C r:10.8%,Pt:15.3%,SiO 2 :10.0%,Co:63. 9%)においては,同じ組成のCo-Cr-Pt合金素地中にSiO 2 が 均一分散している組織を有するCo-Cr-Pt-SiO 2 スパッタリン グターゲットよりも,漏洩磁束密度が大きくなることがそれぞれ開示され ている。すなわち,乙43公報は,Co-Cr二元系合金相を添加するこ とにより,SiO 2 分散型Co-Cr-Ptスパッタリングターゲットの 漏洩磁束密度が向上することを教示している。 (3) 以上によれば,本件各発明は,乙42公報記載の発明と乙43公報記載 の示唆に基づき,当業者が容易に想到し得たものである。本件特許には特 許法29条2項に違反する無効理由があり,特許法123条1項2号によ って特許無効審判により無効にされるべきものであるから,特許法104 条の3により原告は権利を行使することができない。 〔原告の主張〕(1) 乙42公報の段落【0042】には,ターゲット組織に関し,「例えば, 第1の物質,第2の物質及び第3の物質を含む。前記第1の物質は,Co (例えばCo-Cr母合金又はCo)から成る。前記第2の物質は,・・・ この例ではSiO 2 から成る。前記第3の物質は,白金(Pt)から成る。 前記第1の物質は第1の相を構成し,前記第2の物質は第2の相を構成し, そして,前記第3の物質は第3の相を構成する。前記第2の物質の第2の相 は,50ミクロン以下の平均サイズを有する。」とあり,乙42公報記載の 発明のターゲットの組織は第1の相,第2の相及び第3の相から構成される ことが記載されている。第1の物質をCo-Cr母合金及びCoで構成した 場合,実質的に第1の相は,Co-Cr母合金からなる相とCoからなる相 の二つの相から構成されることになる。 乙42公報記載の発明のターゲットの組織は,前記四つの相(第1ないし 第3の相であり,このうちの第1の相は二つの相から構成されることから四 つの相となる。組成や物性が均一な物理的状態の領域をいう。)の寄せ集め ということができ,図2でもターゲットの組織は四つの相の寄せ集めからな ることが示されている。乙42公報記載の発明のターゲットの組織では,あ くまで第1の相の一部を構成するCo相と第3の相を構成するPt相が分離 して存在しているにすぎず,Co-Pt合金相と評価できるものは存在しな い以上,乙42公報記載の発明がCo-Pt合金の中に前記非磁性材粒子が 微細分散した相(A)を有するとはいえない。 (2) 漏洩磁束が向上するのか否かを乙43公報に記載されている事項に基づい て検討するまでもなく,乙42公報記載の発明の構成と本件各発明の構成は 本質的に異なるものであるから,当業者といえども乙42公報記載の発明に 基づいて本件各発明に容易に想到することはできない。 8 争点(2)ウ(無効理由3〔サポート要件違反〕)について〔被告の主張〕(1) 本件明細書等には,中心付近がCrリッチ(Cr濃度が高いこと)であ るCo40mol%とCrとの二元系合金相(B)以外には漏洩磁束密度 が向上したことを示す実施例は記載されていない。一方,請求項2(本件 発明2)には,「Crが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mo l%以上30mol%以下,残余がCoである合金」とのみ記載されてお り,他に合金を規定する記載はない。そうすると,本件各発明は,本件明 細書等に記載された発明ではない。球形の合金相(B)であればいかなる 組成の合金相であっても漏洩磁束密度が向上するとまではいえず,仮に, 球形の合金相(B)がCo-Cr合金相に限定されるとしても,Crの含 有率が特定されていないCo-Cr合金相の全てが漏洩磁束密度を向上さ せるとまではいえない。本件発明2(請求項2)には,組成を何ら特定し ない「合金相(B)」とのみ記載されているところ,本件明細書等の記載 に基づいては,この範囲にまで拡張ないし一般化することはできないから, サポート要件違反の無効理由があるというべきである。この点については, 本件各発明についても同様である。 (2) 本件明細書等の段落【0101】には「該相(A)に包囲された,直径が 50〜200μmの範囲にある球形の合金相(B)の存在は ,漏洩磁束を 向上させるために非常に重要な役割を有することが分かる」と記載されて おり,球形の合金相(B)の直径がいかなるものであっても,漏洩磁束密 度が向上するとはいえない。 したがって,本件各発明は,本件明細書等に記載された発明ではない。 (3) 同じく,本件明細書等の段落【0101】の「該相(A)に包囲された, 直径が50〜200μmの範囲にある球形の合金相(B)の存在は,漏洩磁 束を向上させるために非常に重要な役割を有することが分かる」との記載に よれば,球形の合金相が相(A)に包囲されていることが漏洩磁束密度の向 上に必要である。 したがって,この点の記載がない本件各発明は,本件明細書等に記載さ れた発明ではない。 (4) 本件明細書等の実施例において漏洩磁束密度の向上が確認できる本件各発 明に対応する合金と非磁性材粒子との組み合わせは,以下のとおりのものに 限られる。 ・請求項1記載の発明につき,Co-Cr二元系合金とB 2 O 3 又はSi O2 ・本件発明2につき,Cr-Pt-Co三元系合金とSiO 2 ,Cr 2 O 3 ,TiO 2 ,C,SiC又はTiN ・請求項3記載の発明につき,Cr-Pt-Co-B四元系合金とTi O 2 又はSiO2 そして,本件明細書等の実施例において漏洩磁束密度が向上することが確 認されていない合金と非磁性材粒子との組み合わせを用いる場合,特に本件 発明6に規定されている,Ta,Zr,Al及びNbの酸化物,窒化物もし くは炭化物,Crの窒化物もしくは炭化物,Siの窒化物,Tiの炭化物, Bの窒化物もしくは炭化物又はこれらの組み合わせを非磁性材料として用い る場合に,漏洩磁束密度が向上するとまではいえないというべきである。 したがって,本件発明6は,本件明細書等に記載された発明ではない。 (5) 本件各発明は,上記(1)ないし(4)記載の,発明の詳細な説明に記載されて いない構成を含み,サポート要件を満たさないから,特許法36条6項1号 の規定に違反する。 以上のとおり,本件特許は,特許法123条1項4号によって特許無効審 判により無効にされるべきものであるから,特許法104条の3により原告 は権利を行使することができない。 〔原告の主張〕(1) 本件明細書等には,「相(A)」の中に「球形の合金相(B)」を含有さ せることにより,Crの濃度の高い領域と低い領域を作り出すことで,金属 元素が均一に拡散し,格子歪みのない組織と比べて漏洩磁束を高めることが 記載されている(段落【0015】,【0016】)。そして,Crの濃度 の高い領域と低い領域は,「球形の合金相(B)」内に着目しても形成され ているし,「球形の合金相(B)」と「相(A)」との対比でみても形成さ れている。また,比透磁率に濃淡があるスパッタリングターゲットは,漏洩 磁束が増加する。しかも,「球形の合金相(B)」は,ターゲット全体の組 成についての前提条件により,その組成は,おのずとCr,Pt及びCoの 中での組み合わせに限定される。当業者は「球形の合金相(B)」について, 本件明細書等の実施例で記載されている所定の組成の合金に限定しなくとも, 本件明細書等に記載の漏洩磁束を高めるという作用効果を奏することが可能 であることを認識できる。 (2) 本件明細書等の段落【0019】に,「球形の合金相(B)の直径は50 〜200μmの範囲にあるのが好ましい。・・・上記数値範囲より大きい場 合には,・・・漏洩磁束の向上が少なくなる。また,上記数値範囲より小さ い場合には,・・・Crの濃度分布をもつ球形の合金相(B)が形成され難 くなる。従って,本発明においては,上記数値範囲内の直径を有する球形の 合金相(B)が生ずるようにするのが望ましいと言える。」とあるように, 50ないし200μmは「球形の合金相(B)」の直径の望ましい範囲との 位置付けにすぎない。 (3) 請求項2(本件発明2)には,「前記相(A)の中に,ターゲット中に占 める体積の比率が4%以上40%以下であり,長軸と短軸の差が0〜50% である球形の合金相(B)とを有している」と規定されているところ,本件 明細書等には,相(A)の中に「球形の合金相(B)」を含ませる組織構造 こそが漏洩磁束を高める大きな要因であることが記載されており,実際に, 相(A)の中に「球形の合金相(B)」を含ませる組織構造であれば,漏洩 磁束は高まる。 したがって,相(B)が相(A)に包囲されているとの限定は不要である。 (4) 請求項6(本件発明6)に記載の非磁性材料は,非磁性材粒子分散型強磁 性材スパッタリングターゲットで一般的に用いられる可能性のある非磁性材 料である。そして,本件発明2においては非磁性材粒子が均一に微細分散し た相(A)の中に「球形の合金相(B)」を含有させるという構成を有する ことで,漏洩磁束を向上させるという作用効果を奏し,本件明細書等に記載 の課題を解決することができる。 したがって非磁性材料の種類によって本件発明6の作用効果が実質的に変 化することがないことは明らかである。 (5) 以上のとおり,本件特許にはサポート要件違反の無効理由はない。 9 争点(3)(訂正の対抗主張の成否〔サポート要件違反に係る無効理由についての予備的主張〕)について〔原告の主張〕 原告は,サポート要件違反との被告の主張に対し,以下のとおり,訂正の 対抗主張をする。 すなわち,本件各訂正発明の内容(以下,原告の主張する本件各訂正発明 のとおり訂正することを「本件訂正」という。)は,以下のとおり,(1)訂 正要件を満たし,(2)これにより無効理由を解消するものであり,(3)被告製 品は,本件各訂正発明(本件訂正発明2,5及び6)の構成要件を充足し, その技術的範囲に属するものである。 (1) 本件訂正は訂正要件を満たすこと ア 本件訂正は,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載 されている事項の範囲内である。 本件明細書等には「EPMAを用いて元素分布画像を取得したところ,球形の合金相の部分においてCoとCrの濃度が高くなっており,特にCrは周辺部から中心部に向かって,より濃度が高くなっていることが確認された。(段落【0059】【0075】【0083】【0091】及び【00 」 , , ,99】)とあり,各実施例のターゲットの組織において観察された「球形の合金相(B)」のうち一部の「球形の合金相(B)」について,Co濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域が形成されていることがEPMA(電子線プローブマイクロアナライザー)の元素分布画像で観察できたことが示されている。 なお,「球形の合金相(B)」内のCo濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域は,相(A)の金属元素と「球形の合金相(B)」の金属元素の相互拡散により生じるものである。相互拡散は「焼結温度や原料粉の性状によって変化する」(段落【0015】)ことから,基本的に同一ターゲット内に存在する個々の「球形の合金相(B)」には同様の相互拡散が生じている。 また,「球形の合金相(B)」の大きさによってはCrの濃度分布がない「球形の合金相(B)」となる場合があること(段落【0019】)が本件明細書等には記載されている。 したがって,「球形の合金相(B)」のうち一部の「球形の合金相(B)」について,「Co濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域が形成されている」ことが確認できたということは,「球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されている」ことを示している。 したがって,「前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されている」との訂正事項は,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載されてい る事項の範囲内であり,特許法126条5項に適合する。 イ 本件訂正は,特許請求の範囲の減縮に当たり,実質上特許請求の範囲を拡 張し,又は変更するものではない。 本件訂正は,「球形の合金相(B)」にはCo及びCrの濃度として,高い 領域と低い領域が形成されていることを規定するものであるから,「球形の 合金相(B)」について,「ターゲット中に占める体積の比率が4%以上40 %以下であり,長軸と短軸の差が0〜50%である」ことに加え,Co及び Crの濃度として,高い領域と低い領域を有していることをさらに限定する 事項に該当する。 したがって,本件訂正は,特許請求の範囲の減縮(特許法134条の2第 1項1号)に当たり,また実質上特許請求の範囲の拡張または変更に該当し ないから,特許法126条6項に適合する。 (2) 本件訂正により,サポート要件違反の無効理由は解消されること。 本件訂正は,「球形の合金相(B)」に関し,「前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されている」との限定を追加したものである。この構成は,非磁性材粒子を微細分散させた相(A)の中に「球形の合金相(B)」を含ませることで生じる作用に該当し,漏洩磁束の向上に寄与する「球形の合金相(B)」をより正確に規定した事項ということができる。そもそも,本件明細書等に記載された発明は,ターゲットの組織構造の調整,すなわち,非磁性材粒子を微細分散させた相(A)の中に「球形の合金相(B)」を含ませた組織構造とすることで,ターゲット中の非磁性材粒子の体積比率を増やすことや,Coの含有割合を減らすことなく,ターゲットの厚みを薄くすることなく(段落【0008】 ,さらには焼結の温度を下げることによりターゲットの相対密 )度が98%を下回る(段落【0009】)ことを回避しつつ,漏洩磁束を向上させたスパッタリングターゲットを提供することを試みた発明である。非磁 性材粒子を微細分散させた相(A)の中に「球形の合金相(B)」を含ませた 組織構造は,本件特許の出願前には存在しなかった新規な組織構造であっ た。したがって,本件明細書等に記載された発明は,漏洩磁束を高めること を可能とする他の方法,例えば非磁性材の粒子の含有量を増加させる,ター ゲットの厚みを薄くする,などとは異なり,新規な組織構造によって漏洩磁 束を高めることを試みた発明である。「球形の合金相(B)にはCo濃度の高 い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されて いる」という構成は,「球形の合金相(B)」をより具体的にし,相(A)に 含有された「球形の合金相(B)」内には金属の濃度変動の大きな場所が形成 されることを規定するものであり,「球形の合金相(B)」内における金属の 濃度変動の大きな場所は格子歪みを有し,漏洩磁束を高めるものである(段 落【0016】 。したがって,特許請求の範囲に記載された発明が,非磁性 ) 材粒子が均一に微細分散した相(A)に「球形の合金相(B)」が含有されて いることのみならず,「球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領 域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されている」ものであ れば,これは発明の詳細な説明に記載された発明であって,その記載により 当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。 したがって,本件各訂正発明にサポート要件違反の無効理由はない。な お,被告は,本件各訂正発明には実施可能要件違反,明確性要件違反の無効 理由が存すると主張するが,上記のとおり本件各訂正発明は当業者において 実施可能であり,明確でもあるから,これら無効理由は存しないことは明ら かである。 (3) 被告製品が本件各訂正発明(本件訂正発明2,5及び6)の技術的範囲に 属すること ア 本件訂正発明2,5及び6の構成要件のうち,本件訂正に係る構成要件 は2-D’のみであり,その余の構成要件の充足性については本件発明2, 5及び6と同様である。 イ 被告製品について,本件各訂正発明との対比において必要な構成は,別 紙本件訂正発明2,5及び6との対比における被告製品の付加的構成の1 ―fのとおりである。被告製品についてのEPMA分析結果によれば,被 告製品の球形の合金相(b)には,Co濃度の高い領域と低い領域及びC r濃度の高い領域と低い領域が存在することが明らかである(甲44)。 したがって,被告製品は構成要件2-D’を充足する。 ウ 以上によれば,被告製品は,本件訂正発明2,5及び6の技術的範囲に 属する。 〔被告の主張〕(1) 本件訂正が訂正要件を満たさないこと ア 本件訂正の訂正事項は,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は 図面に記載された事項の範囲外である。 本件明細書等には,本件訂正に係る「球形の合金相(B)」に単純にC rの濃度差が存在することは記載されていない。原告が訂正の根拠とする, 「特にCrは周辺部から中心部に向かって,より濃度が高くなっている」 との記載(本件明細書等の段落【0059】,【0075】,【008 3】,【0091】及び【0099】)は,「球形の合金相(B)」にお いて中心部におけるCr濃度が周辺部よりも高く(Cr濃度は25mol %以上),周辺に近づくに従い,徐々にその濃度が低くなっていく態様を 説明したものであるとしても,「球形の合金相(B)」の中心付近におい てCr濃度が低い態様についてまで記載したものではない。訂正事項であ る「前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領域及びCr 濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されている」との記載は,かか る態様を含むものであるから,訂正事項が本件明細書等に記載されている とはいえない。 本件訂正では,「合金相(B)」中にCoの濃度分布が存在すること, 及び「合金相(B)」中にCrの濃度分布が存在することのみが規定され ており,「合金相(B)」中のCr濃度分布に特定方向の濃度勾配が存在 することや,当該濃度勾配が中心部から周辺部に沿って徐々に濃度が低く なっていくものであることなどが規定されていない。そのため,「合金相 (B)」の中心部にCrが少なく,周辺部に近づくに従ってCr濃度が増 加するような態様や,「合金相(B)」をその中心を通る線分で二等分し, その一方の側ではCr濃度が高く,他方の側ではCr濃度が低いといった, およそ本件明細書等には開示されておらず,金属元素の相互拡散によって は生じることのないような態様又は効果の得られない態様までも含むこと になる。 また,本件訂正においては,Co濃度の高い領域と低い領域が形成され ているとの態様を含むこととなるところ,Co濃度について,かかる態様 は本件明細書等には開示されていない。すなわち,本件明細書等には, 「合金相(B)」中の濃度分布に関して,「球形の合金相の部分において CoとCrの濃度が高くなっており,特にCrは周辺部から中心部に向か って,より濃度が高く(白っぽく)なっている」と記載されているが(段 落【0035】等),ここで合金相(B)の内部で濃度分布が生じている ことに言及されているのはCrのみであり,「合金相(B)」内における Coの濃度分布については何ら言及されていない。 イ 本件訂正が特許請求の範囲の減縮に該当しないこと 本件各発明において「球形の合金相(B)」についての限定は,「長軸 と短軸の差が0〜50%」及び「ターゲット中に占める体積の比率が4% 以上40%以下」の2点しか明示されていないところ,前記2〔被告の主 張〕のとおり,本件明細書等の記載を参酌すれば,課題解決手段としての 本件各発明における「球形の合金相(B)」は,「原料としてCoが60 mol%,Crが40mol%の組成を有する球形粉末」又は「原料とし てCoが40mol%,Crが60mol%の組成を有する球形粉末」を 添加して形成させた結果として得られた球形の合金相に限定して解釈され るべきである。 そうすると,本件訂正において,「前記球形の合金相(B)にはCo濃 度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形 成されている」との文言を追加することにより,相(B)の金属組成及び 濃度分布について,実施例に開示された上記2種類の原料を用いたもの以 外のものも権利範囲に含むことを明示したということができるから,特許 請求の範囲を拡張するものである。 ウ 本件訂正の訂正事項は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する ものである。 上記のとおり,本件訂正の訂正事項は,実質的に特許請求の範囲を拡張 するものであるから,特許法134条の2第9項で準用する同法126条 6項に違反するものであり,訂正は認められない。 (2) 本件各訂正発明が無効理由を有すること ア 本件各訂正発明が前記無効理由1ないし3を解消しないこと 本件訂正は「前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領 域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されている」ことを 追加するとするものであるが,原告の主張によれば,かかるCo及びCr の濃淡は,相(A)と合金相(B)との間の相互拡散によって生ずるもの であるから,相(A)の組成と,合金相(B)の組成とが異なれば,焼結 過程において必然的に生ずる性質のものであり,無効理由1ないし3を解 消するものではない。 イ 本件各訂正発明には依然として無効理由2が存在すること 原告の主張によれば,「前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領 域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されてい る」との訂正事項は,相(A)と合金相(B)との間の金属元素の相互拡 散によって生じた濃度勾配について規定しているとするところ,乙42公 報の図2におけるCo-Cr粒子を見ると,その周辺部において,中心部 とは色彩が少し異なり,若干白色に変化していることが見て取れる。これ は,焼結の過程での拡散により,Co-Cr粒子を構成するCr濃度が減 少したことによるものである。 そうすると,本件各訂正発明は,乙42公報及び乙43公報に基づいて 当業者が容易に発明することができたものであり,無効理由2によって無 効であるから,本件各訂正発明に基づく権利行使も許されないことになる。 ウ 本件各訂正発明には依然として無効理由3が存在すること 本件訂正は,「Coが60mol%,Crが40mol%の組成を有す る球形粉末」又は「Coが40mol%,Crが60mol%の組成を有 する球形粉末」を原料として添加するといった限定事項を追加するもので はないことはもちろんのこと,合金相(B)が「中心付近にCrが25m ol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる」 濃度勾配を有することを規定するものですらない。本件訂正の記載に従え ば,およそ漏洩磁束の向上が得られないような態様までも権利範囲に含む ことになり,本件明細書等で具体的に効果が確かめられているのは,本件 明細書等の実施例に記載された2態様のみなのであって,それ以上にいか なる組成の球形粉末を原料として用いれば漏洩磁束の向上がもたらされる のかについては,本件明細書等からは理解することができない。 そうすると,本件各訂正発明には,依然として球形の合金相(B)の組 成及び具体的な濃度勾配が特定されていないというサポート要件違反の無 効理由が存在することになる。 エ 本件各訂正発明は,以下の(ア)及び(イ)の新たな無効理由を有する。 (ア) 実施可能要件違反 本件訂正は,「前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い 領域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞれ形成されている」とい うものであるが,かかる記載は,合金相(B)の内部にCo濃度分布とC r濃度分布が存在しさえすればどのような分布であっても権利範囲に包含 されるとすることになる。一方,本件明細書等に合金相(B)の濃度分布 として具体的に記載されているのは,前記のとおり,「原料としてCoが 60mol%,Crが40mol%の組成を有する球形粉末」又は「原料 としてCoが40mol%,Crが60mol%の組成を有する球形粉 末」を添加して形成させた結果として得られた球形の合金相のみであり, 結果としても,「中心部にCrが25mol%以上濃縮し,外周に近づく につれてCrの濃度が低くなっている」態様のみである(実施例1ないし 9)。そして,当該濃度分布は,相(A)と合金相(B)との間での金属 元素の相互拡散により,合金相(B)中のCrが相(A)に拡散していく ことで形成される(本件明細書等の段落【0019】)。そうすると,本 件明細書等を参酌しても,上記以外の態様については,どのようにして濃 度分布を形成することができるのか当業者に不明であり,明細書を参酌し ても当業者が実施することのできない態様を含むものであって,実施可能 要件違反の無効理由がある。 (イ) 明確性要件違反 本件各訂正発明はCr,Pt,Coの濃度がmol%で特定されたター ゲットに関するものであるところ,当該「Co濃度」及び「Cr濃度」と の記載における「濃度」との記載が,同様に「mol%」によって定義さ れるものであるのか,本件明細書等を参酌しても明らかでない。仮に当該 濃度がmol%で定義されるものであるとしても,「高い」及び「低い」 とは,具体的にそれぞれCo及びCrが何mol%以上を高いと評価し, 何mol%以下であれば低いと評価するのかについて,本件明細書等を参 酌しても理解できない。さらに「高い領域」及び「低い領域」との記載に おける「領域」がどのように定義されるのかも明らかではない。本件明細 書等には,「図2に示すように,EPMAの元素分布画像で白く見えてい る箇所が,当該元素の濃度の高い領域である」(段落【0035】)とい う記載が存在するが,当該記載及びEPMA画像(図2)を参酌してもな お,どの部分までが「白く見えている箇所」として当該「高い領域」に含 まれ,どの部分からが当該「高い領域」でないのかが依然として明らかで ない。 以上によれば,本件各訂正発明は,明確性要件違反の無効理由がある。 (3) 被告製品は本件各訂正発明の権利範囲に含まれないこと 本件各訂正発明を本件明細書等に即して解釈すれば,「原料としてCoが 60mol%,Crが40mol%の組成を有する球形粉末」又は「原料と してCoが40mol%,Crが60mol%の組成を有する球形粉末」を 添加して形成させた結果として得られた球形の合金相(B),あるいは少な くとも「中心部にCrが25mol%以上濃縮し,外周に近づくにつれてC rの濃度が低くなっている」球形の合金相(B)を有するものにその技術的 範囲は限定される。 一方,原告作成の平成27年7月31日付け「実験結果報告書」と題する 書面(甲44)の図5,図8及び図11をみると,被告製品に含まれる球形 の相中には,Crがほとんど含まれず,特にその中心付近にはCrが全く存 在しない。 したがって,被告製品は,構成要件2-D’を充足せず,本件各訂正発明 の技術的範囲に属しない。 10 争点(4)(損害発生の有無及びその額)について〔原告の主張〕(1) 特許法102条2項に基づく主張 被告製品の販売金額は143万1304円であり,うち原価は88万130 4円(甲49の金額B)であるから,被告の利益額は55万円である(甲46 の金額C)。 原告は本件各発明の実施品を製造販売していることから,本件特許の侵害に より被告が受けた利益額55万円が原告が受けた損害の額と推定される。 よって,被告は原告に対して,55万円の支払義務がある。 (2) 特許法102条3項に基づく主張(予備的主張) 被告による被告製品の販売金額は,143万1304円である。 本件各発明は,垂直磁気記録方式を採用したハードディスクのグラニュ ラー磁気記録膜の成膜に使用される非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリ ングターゲットに関するものであり(本件明細書等の段落【0001】), スパッタリングターゲットは,技術分野としては鉄鋼・非鉄金属の分野に分 類されるところ,その技術レベルは原子燃料や合金メッキと同様に非常に高 い。したがって,実施料率も原子燃料や合金メッキと同様に10%が妥当す る(甲47,77頁10〜11行)。そうすると,被告の実施に対し受ける べき金銭の額は,販売金額の10%が相当である。よって,被告は原告に対 して,14万3130円の支払義務がある。 (3) 被告の主張に対する反論 被告は,被告製品はサンプルであるから原告に損害は発生していない旨主 張する。 しかし,被告は,被告製品を143万1304円で販売し55万円もの利 益を得ているものであり,被告は通常の売買契約に基づいて被告製品を譲渡 し,販売に伴う利益を享受したものであり,いわゆるサンプルとは異なる。 加えて,結果的に被告製品を原告が取得したことについても,原告にいっ たん発生した損害にかかる損害額には影響を与えるものではない。 〔被告の主張〕 否認ないし争う。 被告製品は,仕様書による依頼を受けて,韓国におけるスパッタリングター ゲットの技術研究のためのサンプルとして1枚が提供されたところ,他のサ ンプル1枚と共に,開封もされず,検査成績表と共に原告の手に渡っている。 これに関する事実関係の詳細は原告からは何ら明らかにされていないが,少 なくとも原告に損害が発生していないことは上記事実経過からしても明らか である。 |
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当裁判所の判断
1 本件各発明等の意義 (1) 本件各発明等の特許請求の範囲の記載は,別添特許公報及び前記第2,2 (6)のとおりであるところ,本件明細書等には,以下の記載がある(図につい ては,別添特許公報を参照。下線は判決で付記。)。 ア 発明の詳細な説明 ・ 「本発明は,磁気記録媒体の磁性体薄膜,特に垂直磁気記録方式を採用 したハードディスクのグラニュラー磁気記録膜の成膜に使用される非磁 性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲットに関し,漏洩磁束が 大きくマグネトロンスパッタ装置でスパッタする際に安定した放電が得 られ,かつ高密度で,スパッタ時に発生するパーティクルの少ないス パッタリングターゲットに関する。」(段落【0001】) ・ 「一般に,上記のようなマグネトロンスパッタ装置で非磁性材粒子分散 型強磁性材スパッタリングターゲットをスパッタしようとすると,磁石 からの磁束の多くは強磁性材であるターゲット内部を通過してしまうた め,漏洩磁束が少なくなり,スパッタ時に放電が立たない,あるいは放 電しても放電が安定しないという大きな問題が生じる。 この問題を解決するには,ターゲット中の非磁性材粒子の体積比率を 増やすことや,Coの含有割合を減らすことが考えられる。しかし,こ の場合,所望のグラニュラー膜を得ることができないため本質的な解決 策ではない。 また,ターゲットの厚みを薄くすることで漏洩磁束を向上させること は可能だが,この場合ターゲットのライフが短くなり,頻繁にターゲッ トを交換する必要が生じるのでコストアップの要因になる。 」(段落 【0008】)・ 「そこで,本発明者は,非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリング ターゲットの漏洩磁束を向上させるために,焼結時の温度がターゲット の磁気特性に与える影響について調査した。その結果,焼結の温度を下 げると,同一の混合粉末を用いて,同一組成・同一形状のターゲットを 作製する場合,漏洩磁束が大きくなるという知見を得た。 しかし,この場合,ターゲットの相対密度が98%を下回ってしまう ため,パーティクルの発生という新たな問題に直面した。 本発明は上記問題を鑑みて,漏洩磁束を向上させて,マグネトロンス パッタ装置で安定した放電が得られ,かつ,高密度でスパッタ時に発生 するパーティクルの少ない非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリング ターゲットを提供することを課題とする。」(段落【0009】)・ 「上記の課題を解決するために,本発明者らは鋭意研究を行った結果, ターゲットの組織構造を調整することにより,漏洩磁束の大きいター ゲットが得られることを見出した。また,このターゲットは,密度を十 分高くすることができ,スパッタ時に発生するパーティクルを減少させ ることができるとの知見を得た。」(段落【0010】)・ 「本発明の非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲットでは, マトリックスとなる非磁性材粒子が均一に微細分散した相(A)を含む ターゲット全体の体積において,球形の合金相(B)の占める体積比率 を4%以上40%以下としているが,これは球形の合金相(B)の占め る体積比率が,上記数値範囲より小さいときには,漏洩磁束の向上が少 ないからである。 また,上記数値範囲より大きいときには,ターゲットの組成にもよる が,該相(A)中で,相対的に非磁性材粒子の体積比率が増えるので, 非磁性材粒子を均一に微細分散させることが難しくなり,スパッタ時に パーティクルが増加するといった,別の問題が発生するからである。 以上から,本願発明の非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリング ターゲットは,体積比率で4%以上40%以下の球形の合金相(B)を 有するものである。なおターゲットの合金組成を上記組成に限定するの は,ハードディスクドライブの磁気記録膜に用いられる材料であること を考慮したためである。」(段落【0014】)・ 「上記非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲットにおいて, ターゲット組織に含まれる球形の合金相(B)が,中心付近にCrが2 5mol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低く なる組成の合金相を形成していることが有効である。本願発明は,この ようなターゲットを提供する。 すなわち,このようなターゲットでは,球形の合金相(B)は,中心 部と外周部にかけて顕著な不均一性を有している。これは電子線プロー ブマイクロアナライザー(EPMA)を用いてターゲットの研磨面の元 素分布を測定すると明確に確認できる。 球形の合金相(B)におけるCr濃度の分布状態は,焼結温度や原料 粉の性状によって変化するが,上記の通り,球形の合金相(B)の存在 は,本願発明ターゲットの独特の組織構造を示すものであり,本願ター ゲットの漏洩磁束を高める大きな要因となっている。」(段落【001 5】)・ 「球形の合金相(B)の存在による漏洩磁束を高めるメカニズムは,必 ずしも明確ではないが,以下のような理由が推測される。 第一に,球形の合金相(B)には,少なからずCrの濃度が低い領域 と高い領域が存在し,このような濃度変動の大きな場所では格子歪みが 存在すると考えられる。 格子歪みがあると,Co原子が持つ磁気モーメントは互いに非平衡状 態をとるため,これらの磁気モーメントの向きを揃えるためには,より 強力な磁場が必要となる。 従って,金属元素が均一に拡散し,格子歪みのない状態と比較すると, 透磁率が低くなるため,マグネトロンスパッタ装置の磁石からの磁束は, ターゲット内部を通過する量が減って,ターゲット表面に漏れ出てくる 量が増す。」(段落【0016】)・ 「第二に,球形の合金相(B)中のCr濃度の高い領域は,析出物とし て磁壁の移動を妨げていると考えられる。その結果,ターゲットの透磁 率が低くなり漏洩磁束が増す。 圧延加工可能な強磁性材ターゲットでは,冷間圧延でターゲット中に 転位を付与し,漏洩磁束を向上させる方法が広く知られているが,それ と同様の効果が球形の合金相(B)によってもたらされていると推測さ れる。 さらに該相(B)中のCr濃度の高い領域は,母相である強磁性相内 の磁気的相互作用を遮断するので,Cr濃度の高い領域の存在が漏洩磁 束に影響を与えている可能性が考えられる。」(段落【0017】)・ 「ここで,本願発明において使用する球形とは,真球,擬似真球,扁球 (回転楕円体),擬似扁球を含む立体形状を表す。いずれも,長軸と短 軸の差が0〜50%であるものを言う。すなわち,球形は,その重心か ら外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下であると言い換 えることもできる。この範囲であれば,外周部に多少の凹凸があっても, 組成不均一な相(B)を形成することができる。球形そのものを確認す ることが難しい場合は,相(B)の断面の重心と外周までの長さの最小 値に対する最大値の比が2以下であることを目安としてもよい。 このように,合金相(B)が球形であると,焼結時に相(A)と相 (B)の境界面に空孔が生じにくく,密度が上がり易い。また,同一体 積では,球形の方が表面積が小さくなるので,周囲の金属粉(Co粉, Pt粉など)との拡散が進みにくく,組成不均一な相(B),すなわち 中心付近にCrが25mol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有 量が 中心 部よ り低 く なる 組成 の合 金相 が 容易 に形 成さ れる よ うに な る。」(段落【0018】)・ 「また,球形の合金相(B)の直径は50〜200μmの範囲にあるの が好ましい。ターゲット全体の中で球形の合金相(B)の占める体積比 率には上限があるので,上記数値範囲より大きい場合には,漏洩磁束の 向上に寄与する球形の合金相(B)の個数が減少してしまい,漏洩磁束 の向上が少なくなる。 また,上記数値範囲より小さい場合には,十分な焼結温度で高密度の ターゲットを得ようとすると,金属元素同士の拡散が進み,Crの濃度 分布をもつ球形の合金相(B)が形成され難くなる。従って,本発明に おいては,上記数値範囲内の直径を有する球形の合金相(B)が生ずる ようにするのが望ましいと言える。」(段落【0019】)・ 「また,これらの非磁性材粒子は,ターゲット中の体積比率で30%以 下とすることが望ましい。非磁性材粒子の体積比率を30%以下とする のは,体積比率がこれより大きくなると前記相(A)中に非磁性材粒子 を均一に微細分散させることが難しくなり,スパッタ時にパーティクル が増加するという別の問題が発生するからである。」(段落【002 1】)・ 「本発明の非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲットは, 相対密度を98%以上とすることが望ましい。相対密度を98%以上と することにより,合金と非磁性材粒子の密着性が高まるので,スパッタ 時の非磁性材粒子の脱粒が抑制され,パーティクルの発生量を低減させ ることができる。 ここでの相対密度とは,ターゲットの実測密度を計算密度(理論密度 ともいう)で割り返して求めた値である。 計算密度とはターゲットの構成成分が互いに拡散あるいは反応せずに 混在していると仮定したときの密度で,次式で計算される。 式:計算密度=Σ(構成成分の分子量×構成成分のモル比)/Σ(構 成成分の分子量×構成成分のモル比/構成成分の文献値密度) ここでΣは,ターゲットの構成成分の全てについて,和をとることを 意味する。(段落【0022】)・ 「このように調整したターゲットは,漏洩磁束の大きいターゲットとな り,マグネトロンスパッタ装置で使用したとき,不活性ガスの電離促進 が効率的に進み,安定した放電が得られる。またターゲットの厚みを厚 くすることができるため,ターゲットの交換頻度が小さくなり,低コス トで磁性体薄膜を製造できるというメリットがある。 さらに,高密度化により,パーティクルの発生量を低減させることが できるというメリットもある。」(段落【0023】)イ 発明を実施するための形態・ 「本発明の非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲットの製 造に際しては,まず製造を予定するCo,Cr,Pt,Bの元素の粉末 又はこれらの金属の合金粉末を用意する。 これらの粉末は最大粒径が20μm以下のものを用いることが望まし い。そして,これらの金属粉末と,非磁性材としてCr,Ta,Si, Ti,Zr,Al,Nb,Bから選択した1種以上の酸化物粉末とを, ボールミル等の公知の手法を用いて粉砕を兼ねて混合する。 非磁性材粉末としては上記の酸化物粉末のほかに,窒化物粉末や炭化 物粉末や炭素粉末を用いても良いが,非磁性材粉末は最大粒径が5μm 以下のものを用いることが望ましい。」(段落【0025】)・ 「さらに直径が50〜200μmの範囲にあるCo-Cr球形粉末を用 意し,上記の混合粉末とミキサーで混合する。ここで使用するCo-C r球形粉末は,ガスアトマイズ法で作製したものを篩別することで得る ことが出来る。また,ミキサーとしては,遊星運動型ミキサーあるいは 遊星運動型攪拌混合機であることが好ましい。 このようにして得られた粉末を,真空ホットプレス装置を用いて成型 ・焼結し,所望の形状へ切削加工することで,本発明の非磁性材粒子分 散型強磁性材スパッタリングターゲットが作製される。」(段落【00 26】)・ 「上記のCo-Cr球形粉末は,ターゲットの組織において観察される 球形の合金相(B)に対応するものである。Co-Cr球形粉末の組成 はCrの含有量が25mol%以上70mol%以下とすることが望ま しい。 Co-Cr球形粉末の組成を上記範囲に限定する理由は,Crの含有 量が上記範囲より少ないと,球形の合金相(B)中にCrが濃縮された 領域が形成されにくくなり,漏洩磁束の向上が期待できないためである 。また,Crの含有量が上記範囲より多いと,焼結の条件にもよるが, 球形の合金相(B)の内部にカーケンダルボイドと推測される空洞が生 じ,ターゲットの密度低下を引き起こす。 Co-Cr球形粉末は上記組成範囲内のものを用いるが,焼結後のタ ーゲット中の体積比率が4%以上40%以下となるように計算して秤量 する。」(段落【0027】)ウ 実施例・ 「実施例1のターゲット研磨面を,走査型電子顕微鏡(SEM)で観察 したときの組織画像を図1に,また特に球形の合金相の部分をEPMA で測定したときの元素分布画像を図2に示す。この図1の組織画像に示 すように,上記実施例1において極めて特徴的なのは,SiO 2 粒子が 微細分散したマトリックスの中に,SiO 2 粒子を含まない大きな球形 の合金相が分散していることである。 図2に示すように,EPMAの元素分布画像で白く見えている箇所が, 当該元素の濃度の高い領域である。すなわち,球形の合金相の部分にお いてCoとCrの濃度が高くなっており,特にCrは周辺部から中心部 に向かって,より濃度が高く(白っぽく)なっている。EPMAの測定 結果から球形の合金相では,Crが25mol%以上濃縮されたCr リッチ相が中心付近に存在し,外周に近づくにつれてCrの濃度が低く なっていることが確認された。 一方,同図において,球形の合金相の領域では,SiとOについては 黒くなっており,この合金相中に殆ど存在していないことが分かる。」 (段落【0035】)・ 「実施例4のターゲット研磨面を,SEMで観察したところ,B 2 O 3粒 子とSiO 2 粒子が微細分散したマトリックスの中に,B 2 O 3 粒子とS iO 2 粒子を含まない大きな球形の合金相が分散している様子が確認さ れた。また,EPMAを用いて元素分布画像を取得したところ,球形の 合金相の部分においてCoとCrの濃度が高くなっており,特にCrは 周辺部から中心部に向かって,より濃度が高くなっていることが確認さ れた。」(段落【0059】)・「実施例1〜9において,いずれも球形の合金相(B)の存在が明瞭に確 認でき,非磁性材粒子が均一に微細分散した相(A)と該相(A)に包 囲された,直径が50〜200μmの範囲にある球形の合金相(B)の 存在は,漏洩磁束を向上させるために非常に重要な役割を有することが 分かる。」(段落【0101】)(2) 以上によれば,本件特許に係る発明の概要については,以下のとおりであると認められる。 従来,強磁性材料からなるターゲットでは,漏洩磁束が小さくなり安定した放電が得られないとの問題があったところ(段落【0008】),本件各発明は,組成はそのままであってもターゲットの組織構造を調整することで,前記問題点を解決できることを見出し完成された発明である(段落【0009】,【0010】)。このうち本件発明2は,Crが5mol%以上20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,残余がCoである合金と非磁性材粒子との混合体からなるスパッタリングターゲットにおいて,このターゲットの組織を,合金の中に非磁性材粒子が均一に微細分散した相(A)と,その相(A)の中にターゲット中に占める体積の比率が4%以上40%以下の球形の合金相(B)とを有していることを特徴としたもの(特許請求の範囲請求項2,段落【0012】),本件発明5は,球形の合金相(B)の直径を50〜200μmの範囲にあることを特徴とするもの(特許請求の範囲請求項5,段落【0019】),本件発明6は非磁性材料がCr,Ta,Si,Ti,Zr,Al,Nb,Bからなる酸化物,窒化物若しくは炭化物又は炭素から選択した1成分以上含むことを特徴とするもの(特許請求の範囲請求項6,段落【0025】),本件発明8は,相対密度を98%以上とすることを特徴とするもの(特許請求の範囲請求項8,段落【0022】),であり,これにより漏洩磁束が大きく安定した放電が得られ,低コストで磁性体薄膜を製造でき,パーティクルの発生量も低減させることがで きるスパッタリングターゲットを得るとの作用効果を達成することができる ものである(段落【0023】)。 2 争点(1)イ(構成要件2-Cの充足性)について (1) 事案に鑑み,争点(1)イから判断する。 構成要件2-Cには「長軸と短軸の差が0〜50%である球形の合金相 (B)」と規定するところ,その意味につき,本件明細書等には,「球形 とは,真球,擬似真球,扁球(回転楕円体),擬似扁球を含む立体形状を 表す。いずれも,長軸と短軸の差が0〜50%であるものを言う。すなわ ち,球形は,その重心から外周までの長さの最小値に対する最大値の比が 2以下であると言い換えることもできる。この範囲であれば,外周部に多 少の凹凸があっても,組成不均一な相(B)を形成することができる。球 形そのものを確認することが難しい場合は,相(B)の断面の重心と外周 までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下であることを目安として もよい。」(段落【0018】)と記載されている。そして,「球形」と されることの意義について,同段落では,「合金相(B)が球形であると, 焼結時に相(A)と相(B)の境界面に空孔が生じにくく,密度が上がり 易い。また,同一体積では,球形の方が表面積が小さくなるので,周囲の 金属粉(Co粉,Pt粉など)との拡散が進みにくく,組成不均一な相 (B),すなわち中心付近にCrが25mol%以上濃縮し,外周部にか けてCrの含有量が中心部より低くなる組成の合金相が容易に形成される ようになる。」と,また,その「体積比率」については,「これらの非磁 性材粒子は,ターゲット中の体積比率で30%以下とすることが望ましい。 非磁性材粒子の体積比率を30%以下とするのは,体積比率がこれより大 きくなると前記相(A)中に非磁性材粒子を均一に微細分散させることが 難しくなり,スパッタ時にパーティクルが増加するという別の問題が発生 するからである。」(段落【0021】)と記載されている。また,発明 を実施するための形態においては,「直径が50〜200μmの範囲にあ るCo-Cr球形粉末を用意し,上記の混合粉末とミキサーで混合する。 ・・・このようにして得られた粉末を,真空ホットプレス装置を用いて成 型・焼結し,所望の形状へ切削加工することで,本発明の非磁性材粒子分 散型強磁性材スパッタリングターゲットが作製される。」(段落【002 6】),「上記のCo-Cr球形粉末は,ターゲットの組織において観察 される球形の合金相(B)に対応するものである。」(段落【002 7】)と記載され,いずれの実施例でも,ターゲット組織で観察される 「球形の合金相(B)」として,Co-Crの球形粉末を用いる例が開示 されており,そのターゲット面の組織画像は図1,4及び7のとおりであ る。 上記によれば,構成要件2-Cにおける「球形の合金相(B)」とは, 重心から外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下(長軸と短 軸の差が0〜50%)であって,外周部に多少の凹凸があるものも含まれ るものの,真球,擬似真球,扁球(回転楕円体),擬似扁球を含む立体形 状であるものをいうものと解される(原告の主張に対する判断は後記する とおりである。)。 (2) 前記第2,2(5)アのとおり,構成要件2-Cは「長軸と短軸の差が0〜 50%である球形の合金相(B)」の体積比率を規定するところ,原告の 提出する試験片の平面画像の分析結果に基づき,その面積比率において, 構成要件2-Cに規定する4%以上40%以下との数値範囲に属するか否 かにつき検討する。 原告は,被告製品は構成要件2-Cにいう「長軸と短軸の差が0〜50 %である球形の合金相(B)」についての上記数値範囲に属する旨主張し, それに沿う証拠として,甲4報告書及び甲26陳述書を提出する。 このうち甲4報告書には,上記試験片のレーザー顕微鏡写真である図6として,下記画像が添付されている。 記 甲4報告書は,上記図6を元に画像処理をして分析した結果,「長軸と短軸の差が0〜50%である球形の合金相(B)」の面積比率から求めた体積比率が30.0%であるとするものであるところ,甲4報告書において「球形の合金相(B)」に相当するものとして面積比率の算定に当たり考慮した合金相は32個にすぎない。また,上記図6を詳細に分析した結果である乙9報告書添付の画像における,番号12,31,51,78,93など,その長径と短径の差が50%以下であるもの(これらの長径と短径の差が50%以下であることについて,原告は明らかに争っておらず,乙9報告書を弾劾する趣旨で提出する原告作成の平成26年5月8日付け「陳述書」と題する書面〔甲14〕においても,上記番号の合金相について球形と評価できないとはしていない。) についても「球形の合金相(B)」の面積比率の算出に当たっては積算されていないから,前記(1)のとおりの意味と解される「球形の合金相(B)」を適切に抽出して測定した結果であるとは認められない。 また,甲26陳述書は,被告作成の乙9報告書に基づき,下記乙9報告書の画像を添付した上で,これを分析し,乙9報告書において被告が「球形の合金相(B)」に当たるとして画像から抽出した86個の中から,番号34,35等,合計6817.7μuは除かれるべきであるとし,これに基づけば「球形の合金相(B)」の面積比率は35.3%であるとするものである(なお,画像下の括弧内の説明中,「田中」とは被告を指す)。 記 乙9報告書においては,甲4報告書の図6を拡大し,目視により確認された122個の合金相につき長径と短径の差を測定し,その差が0〜50%以外のもの36個を除外して,86個の「球形の合金相(B)」の存在を確認したとする(乙9)。 一方,甲26陳述書においては,乙9報告書において被告が抽出した合金相のうちで,新たに原告において,@重心から外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下のものであり,A合金相の単位を一つの外周で描けるか否かにより定めるとの基準を適用して,これにより除外すべきものを除外して面積比率を判断するとした。そして,乙9報告書の「球形の合金相(B)」の総面積から,除外すべき粒子の面積を控除して,甲26陳述書記載の面積比率を求めている。その上で,被告が番号34及び35(上記画像左上)の二つの粒子として抽出したものについて,原告は,これに一つの外周で描けるかの基準を当てはめてこれを一つの合金相の単位として,重心と外周までの最小値に対する最大値の比が2超であり,除外すべき合金相とする(甲26陳述書)。 しかし,このような甲26陳述書の測定方法は,乙9報告書において,被告が定立した上記基準により「球形の合金相(B)」に当たるものとされた総面積から,除外すべき粒子の面積を控除する際に,原告が新たに定立した基準を立てた上で,被告の抽出した結果に基づき測定された合金相の面積を利用するものであって,抽出と除外とで異なる基準が使用されている。加えて,原告が甲26陳述書で提出し,除外すべきとする際に示した番号34の画像は,原告の提出した甲4報告書の図6の画像(番号34に該当する部分は,上部が切れている)とは異なり,図6よりも広い範囲の画像が使用されているところ,この番号34について,原告は,甲4報告書の図6に基づいては球形と判別し難いことを理由として「球形の合金相(B)」には当たらないとし,番号35については「球形の合金相(B)」とすることを問題としない(原告作成の平成26年1月17日付け「陳述書」と題する書面〔甲11。以下「甲11陳述書」という。〕)など,甲26陳述書の分析方法自体,原告の提出する他の証拠とも整合しない。 このように,甲26陳述書の体積比率の求め方においては,「球形」の定義そのものが一貫しておらず,面積比率の算出方法としても合理性がないというほかない。 よって,甲26陳述書により,被告製品1が構成要件2-Cの体積比率を充足することが示されているとはいえない。 以上によれば,被告製品は構成要件2-Cを充足するとはいえない。 (3) 原告の主張に対する判断 原告は,本件明細書等の段落【0018】等の記載に基づき,「球形の 合金相(B)」の比率算定に当たっては,必ずしも球形であることを前提 とせず,重心から外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下のも のと定義可能であり,合金相の単位も一つの外周で描けるか否かで定めるこ とで足りる旨主張する。 しかし,原告の指摘する本件明細書等の同段落には,「球形そのものを確 認することが難しい場合は・・・相(B)の断面の重心」(下線は判決で 付記)とあるとおり,立体形状を直接確認することができない場合に,平 面(断面)において確認する方法を記載しているにすぎず,これを根拠と して球形でないものも「球形の合金相(B)」として含まれるということ はできない。加えて,本件明細書等の段落【0018】等の記載によれば, 「球形の合金相(B)」の技術的意義につき,相(B)が球形であること により焼結時に相(A)と相(B)の境界面に空孔が生じにくくなること, 球形にすることで表面積が小さくなって周囲の金属粉との拡散が進みにく いこと,相(B)の中心付近にCrが25mol%以上濃縮し,外周部に かけてCrの含有量が中心部より低くなるという組成不均一な合金相が容 易に形成されることが記載されているから,原告の上記定義では,少なく とも表面積が小さくなることや相の境界において空孔が生じにくいこと等, 球形とすることの意義を達成することができないものと解される。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 加えて,原告の「球形の合金相(B)」の定義に関する主張は,以下の とおり変遷しており,いずれに依るべきであるのかも明らかではない。 すなわち,訴状においては,本件明細書等の段落【0018】における 「長軸と短軸の差が0〜50%である球形」との記載部分は,「真球,擬 似真球,扁球(回転楕円体),擬似扁球を含む立体形状であって,長軸と短軸の差が0〜50%であるものに対応する」とした上で,「長軸と短軸の差が0〜50%であれば,外周部に多少の凹凸があっても,本発明にいう『球形』に対応する。」(訴状8頁)と主張し,それに沿う証拠として甲4報告書を提出した。甲4報告書においては,長軸と短軸の差が0〜50%である球形の合金相を「球形の合金相(B)」に当たるものとしてその「体積比率」を算出するとしている。 その後,被告から甲4報告書の内容に疑問を呈する乙9報告書が提出され,この乙9報告書を弾劾する趣旨で原告が甲11陳述書における計算に使用した元データ(甲15の1,2。以下「甲15データ」という。)を提出し,これに伴い,原告は,本件明細書等の段落【0018】の記載につき,相(B)の断面の重心と外周までの長さにおいて,対比する長さの比が2以下のものがあればよいとすれば,特許請求の範囲の文言として「球形の」を規定した意味がないことになるとし,「『球形の合金相(B)』は,外周部に多少の凹凸があってもよいが,基本的には,球形(真球,擬似真球,扁球(回転楕円体),擬似扁球を含む立体形状)であることが必要なのである。」と主張した(平成26年5月14日付け原告準備書面(4)原告18頁)。 しかし,さらに,甲15データにおける縮尺の求め方に誤りがあった旨の指摘が被告から主張され,それに沿う証拠(被告作成の平成26年7月4日付け「陳述書(3)(第3357号事件)」と題する書面。乙25)が提出されたのに対し,原告は,観察面積に対する被告製品の「球形の合金相(b)」の面積比率の計算方法について,被告の計算方法が正しく,原告の求め方は誤りであることを認めた上で,「改めて被告製品に存在する合金相の一つ一つについて,『球形の合金相(b)』と評価できるか否かを確認していくことにした」として,「『球形の合金相(B)』として最大限認められる範囲は,重心から外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下 のものと定義した。また,合金相の単位は,一つの外周で描けるか否かで定 めることとした。『球形の合金相(B)』として最大限認められる範囲は, 重心から外周までの長さに基づいて定められているためである。」(平成2 6年9月5日付け原告準備書面(5)14頁)とする。この定義のもとに,原 告は,それに沿う証拠として,甲26陳述書を提出したものである。 このように,「球形の合金相(B)」についての原告の主張立証は一貫せ ず,前記(2)のとおり,構成要件2-Cの充足性について,これを認めるべ き証拠は存しないというほかない。 3 争点(1)ウ(構成要件5-Aの充足性)について(1) 原告は,本件発明5の特徴は,ターゲット組織中,14%以上40%以 下の体積比率を占めている合金相(B)の直径が,50〜200μmの範 囲であることを特定した点にあると主張し,構成要件5-Aについてもそ のように解釈すべきであると主張する。 本件発明5は,構成要件5-Bにおいて,「請求項1〜4のいずれか一 項に記載の非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」とし ており,請求項1ないし4のいずれかに記載されたスパッタリングター ゲットであることが前提となっているほか,本件明細書等の段落【001 9】には,「球形の合金相(B)の直径は50〜200μmの範囲にある のが好ましい。ターゲット全体の中で球形の合金相(B)の占める体積比 率には上限があるので,上記数値範囲より大きい場合には,漏洩磁束の向 上に寄与する球形の合金相(B)の個数が減少してしまい,漏洩磁束の向 上が少なくなる。また,上記数値範囲より小さい場合には,十分な焼結温 度で高密度のターゲットを得ようとすると,金属元素同士の拡散が進み, Crの濃度分布をもつ球形の合金相(B)が形成され難くなる。従って, 本発明においては,上記数値範囲内の直径を有する球形の合金相(B)が 生ずるようにするのが望ましいと言える。」と記載されており,本件各発 明において,ターゲット全体の中における「球形の合金相(B)」の占め る体積比率を算出する際に,合金相(B)の直径によってこれを分類した 上で,体積比率を算出することは予定されてはいないものと認められる。 そうすると,原告の解釈は,本件明細書等の記載に基づかないものという ほかなく,構成要件5-Aについては,「球形の合金相(B)」の直径が 50〜200μmの範囲にあり,これのターゲット中の体積比率が構成要 件2-Cの数値の範囲にあるものをいうと解される。 (2) そこで,上記の解釈を前提として被告製品を検討する。 前記2(2)の甲4報告書の図6に表れた被告製品のレーザ顕微鏡写真及 びそこに示された縮尺(25μm)からすると,同写真中には,断面にお いて,直径が50μmよりも小さい球形の合金相が多数写っており,それ らの全てについて,立体形状として直径が50ないし200μmの範囲に あるといえないことが明らかである。 したがって,被告製品は構成要件5-Aを充足せず,本件特許発明5の 技術的範囲に属しないと認めるが相当である。 4 争点(1)エ(構成要件6-Aの充足性)について 原告は,被告製品は,構成要件6-Aを充足し,本件発明6の技術的範囲に 属する旨主張する。 しかし,本件発明6の構成要件6-Bにおいて引用する請求項は請求項2 (本件発明2)であるところ,被告製品が本件発明2の技術的範囲に属しな いことは前記2で検討したとおりであるから,構成要件6-Aの充足性につ いて検討するまでもなく,被告製品は,本件発明6の技術的範囲に属しな い。 5 争点(1)オ(構成要件8-Aの充足性)について 原告は,被告製品は相対密度が98%以上であり,構成要件8-Aを充足 し,本件発明8の技術的範囲に属する旨主張する。 しかし,本件発明8の構成要件8-Bにおいて引用する請求項は請求項2 (本件発明2)であるところ,被告製品が本件発明2の技術的範囲に属しな いことは前記2で検討したとおりであるから,構成要件8-Aの充足性につ いて検討するまでもなく,被告製品は,本件発明8の技術的範囲に属しな い。 6 争点(2)ウ(無効理由3〔サポート要件違反〕)について 事案に鑑み,争点(2)ウにつき判断する。 (1) サポート要件の意義 特許制度は,明細書に開示された発明を特許として保護するものであり, 明細書に開示されていない発明までも特許として保護することは特許制度の 趣旨に反することから,特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件が定 められたものである。したがって,同号の要件については,特許請求の範囲 に記載された発明が,発明の詳細な説明の欄の記載によって十分に裏付けら れ,開示されていることが求められるものであり,同要件に適合するもので あるかどうかは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比 し,特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明 であるか,すなわち,発明の詳細な説明の記載と当業者の出願時の技術常識 に照らし,当該発明における課題とその解決手段その他当業者が当該発明を 理解するために必要な技術的事項が発明の詳細な説明に記載されているか否 かを検討して判断すべきものと解される。 (2) これを本件についてみると,本件明細書等においては,「ターゲット組織 に含まれる球形の合金相(B)が,中心付近にCrが25mol%以上濃 縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる組成の合金相を 形成していることが有効である。本願発明は,このようなターゲットを提 供する。すなわち,このようなターゲットでは,球形の合金相(B)は, 中心部と外周部にかけて顕著な不均一性を有している。・・・球形の合金相(B)の存在は,本願発明ターゲットの独特の組織構造を示すものであり,本願ターゲットの漏洩磁束を高める大きな要因となっている。」(段落【0015】),「球形の合金相(B)の存在による漏洩磁束を高めるメカニズムは,必ずしも明確ではないが,・・・球形の合金相(B)には,少なからずCrの濃度が低い領域と高い領域が存在し,このような濃度変動の大きな場所では格子歪みが存在すると考えられる。」(段落【0016】),「第二に,球形の合金相(B)中のCr濃度の高い領域は,析出物として磁壁の移動を妨げていると考えられる。その結果,ターゲットの透磁率が低くなり漏洩磁束が増す。・・・Cr濃度の高い領域の存在が漏洩磁束に影響を与えている可能性が考えられる。」(段落【0017】),「合金相(B)が球形であると,・・・周囲の金属粉(Co粉,Pt粉など)との拡散が進みにくく,組成不均一な相(B),すなわち中心付近にCrが25mol%以上濃縮し,外周部にかけてCrの含有量が中心部より低くなる組成の合金相が容易に形成されるようになる。」(段落【0018】)と記載され,少なくとも「球形の合金相(B)」中のCr濃度の高い領域の存在が漏洩磁束を高める効果に影響を与えていることが記載されていること,実施例においても,第1の実施例につき,「球形の合金相の部分においてCoとCrの濃度が高くなっており,特にCrは周辺部から中心部に向かって,より濃度が高く(白っぽく)なっている。EPMAの測定結果から球形の合金相では,Crが25mol%以上濃縮されたCrリッチ相が中心付近に存在し,外周に近づくにつれてCrの濃度が低くなっていることが確認された。一方,同図において,球形の合金相の領域では,SiとOについては黒くなっており,この合金相中に殆ど存在していないことが分かる。」(段落【0035】。第2,第3の実施例に関する段落【0043】及び【0051】の記載も同旨〔前記1(1)ウにおける摘記は省略〕)と,第4の実施例につき,「球形の合金相の部分において CoとCrの濃度が高くなっており,特にCrは周辺部から中心部に向か って,より濃度が高くなっていることが確認された。」(段落【005 9】。第5ないし第9の実施例に関する段落【0067】,【0075】, 【0083】,【0091】及び【0099】の記載も同旨〔前記1(1)ウ における摘記は省略〕)としており,いずれの実施例においても,上記 「球形の合金相(B)」の部分においてCoとCrの濃度が高くなり,C rは周辺部から中心部に向かってより濃度が高くなっているとの態様でし か,漏洩磁束を高める作用効果を奏することが記載されていないことから すれば,当業者において,前記1(2)記載の本件各発明の課題解決手段や, 発明を理解するための技術的事項が,発明の詳細な説明に記載されている ものとは言い難い。 したがって,本件特許には,サポート要件(特許法36条6項1号)違反 の無効理由があるものと認めるのが相当である。 7 争点(3)(訂正の対抗主張の成否〔サポート要件違反に係る無効理由につい ての予備的主張〕)について(1) 原告は,本件訂正は,本件明細書等に記載された事項の範囲内であり,訂 正要件を満たす旨主張する。 具体的には,原告は,本件明細書等の段落【0059】,【0075】, 【0083】,【0091】及び【0099】を根拠として,それら第4, 6ないし9の実施例のターゲットの組織において観察された「球形の合金相 (B)」のうち,一部の「球形の合金相(B)」について,Co濃度の高い 領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域が形成されていることは EPMAの元素分布画像で観察できたことが示されているとし,本件訂正は, 本件明細書等に記載されている事項の範囲内であると主張する。 原告が指摘する本件明細書等における記載は,実施例第4,6ないし9 に関する説明であるところ,なるほど各実施例についての説明において,「・・・EPMAを用いて元素分布画像を取得したところ,球形の合金相の部分においてCoとCrの濃度が高くなっており,特にCrは周辺部から中心部に向かって,より濃度が高くなっていることが確認された。」ことが記載されている(段落【0059】等。ただし,対応するEPMAの元素分布画像は掲載されていない。図2,5,8で示されているEPMA画像は,実施例1ないし3に係るものである。)。しかし,Crが「球形の合金相(B)」の周辺部から中心部に向かってより濃度が高くなっていることは,本件訂正に係る訂正事項にいう,球形の合金相内にCr濃度の高い領域と低い領域が形成されていることを意味するものではない。そうすると,原告の指摘する上記本件明細書等の記載は,本件訂正の根拠とすることはできないというべきである。 また,本件明細書等には,Crの濃度に関しては「Crの濃度が低い領域と高い領域」(段落【0016】),「Cr濃度の高い領域」(段落【0017】),「Cr濃度分布」(段落【0019】)といった記載はあるが,これらの記載のいずれにおいても,「球形の合金相(B)」内のCoの濃度には触れるところがない。本件各発明における「球形の合金相(B)」については,本件明細書等の段落【0018】にも「周囲の金属粉(Co粉,Pt粉など)との拡散が進みにくく」と記載されているとおり,必ずしもCoとCrの二元系 合金 であること を前 提と しておらず ,「球 形の合金相(B)」におけるCo濃度が直ちにCr濃度の裏返しになるという関係も存しないから,本件明細書等の上記各段落の記載をもって本件訂正の根拠とすることもできないというべきである(なお,原告が実際に行った前記第2,2(3)記載の平成27年8月3日付け訂正請求の内容は,本件各訂正発明の内容〔平成27年7月31日付け原告準備書面(10)3頁以下で主張する内容〕とは異なり,構成要件2-D’につき,「前記球形の合金相(B)にはCo濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域がそれぞ れ形成されている」とするものであることが証拠〔甲48〕により認められ るが,その実際の訂正請求の内容を勘案しても,上記認定を左右しない。)。 よって,本件訂正は,明細書等に記載されている事項の範囲内ではなく, 特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に違反するも のである。 (2) また,原告は,本件訂正によりサポート要件違反の無効理由が解消する旨 も主張する。 しかし,前記6で検討したところから明らかなとおり,本件各訂正発明 は,いずれもサポート要件違反の無効理由を解消するものとは認められない。 すなわち,原告は,本件明細書等には「相(A)」の中に「球形の合金 相(B)」を含有させることにより,Crの濃度の高い領域と低い領域を作 り出すことで,均一な組織と比べて,漏洩磁束を高めることが記載されてい ると主張するところ,なるほど本件明細書等の段落【0015】ないし【0 017】には,漏洩磁束を高めるメカニズムに関する記載はあるものの,本 件訂正に係るCr,Coの濃度分布に濃淡があるだけで,スパッタリング ターゲットにおいて漏洩磁束を高める理由として記載された,「格子歪み」 (段落【0016】)を生じさせ,「磁壁の移動を妨げ・・・母相である強 磁性相内の磁気的相互作用を遮断する」(段落【0017】)ことができる ものとは認め難く,前記のとおり,本件明細書等の実施例においては,一定 の態様でしか効果を奏することが示されていないから,本件各訂正発明にお いても,依然としてサポート要件違反の無効理由が存するというべきである。 (3) 以上によれば,訂正の対抗主張には理由がなく,本件特許は特許無効審判 請求により無効にされるべきものと認められるから,原告は本件特許による 権利を行使することができない(特許法104条の3第1項)。 8 結論 以上のとおりであり,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
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(別紙)被告製品目録Cr:5-9mol%,Pt:9-13mol%,残余がCoである合金にSiO2を含む非磁性材粒子が均一に分散された合金相(a)に球形の合金相(b)が分散する焼結体の磁気記録メディア用酸化物入りスパッタリングターゲット(<住所省略>所在のセミコン・ライト株式会社向け製品であって,被告社内の品名コードが2301353607であるもの。)(別紙)被告製品説明書被告製品の特徴部分の構成1-aCr:5-9mol%,Pt:9-13mol%,残余がCoである合金とSiO2を含む非磁性材料粒子との混合体からなる焼結体の磁気記録メディア用酸化物入りスパッタリングターゲットであって,1-b焼結体の磁気記録メディア用酸化物入りスパッタリングターゲットの組織は,SiO2を含む非磁性材料粒子がCr:5-9mol%,Pt:9-13mol%,残余がCoである合金の中に微細均一分散された相(a)と1-c相(a)の中に長軸と短軸の差が0%〜50%の範囲内にあり,直径が50〜200μmである球形の合金相(b)相と直径が50〜200μmの範囲外の球形の合金相(b)相とを含み1-d直径が50〜200μmである球形の合金相(b)相が焼結体の磁気記録メディア用酸化物入りスパッタリングターゲット全体に占める体積の比率が4%以上40%以下であって,直径が50〜200μmである球形の合金相(b)相及び直径が50〜200μmの範囲外の球形の合金相(b)相が焼結体の磁気記録メディア用酸化物入りスパッタリングターゲット全体に占める体積の比率が4%以上40%以下である1-eSiO2を含む非磁性材料粒子が微細均一に分散された焼結体の磁気記録メディア用酸化物入りスパッタリングターゲット以上(別紙)本件訂正発明2,5及び6との対比における被告製品の付加的構成1-f上記球形の合金相(b)にはEPMA分析で確認できるCo濃度の高い領域と低い領域及びCr濃度の高い領域と低い領域が形成されている。 特許公報は省略 |
裁判長裁判官 | 東海林保 |
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裁判官 | 今井弘晃 |
裁判官 | 勝又来未子 |