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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 24年 (ワ) 36311号 特許権侵害差止等請求事件
フランス国 リヨン<以下略>
原告 メリアルエス アー エス
同訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 渡辺光
同 相良由里子
同 佐竹勝一
同 補佐人弁理士山崎一夫
同 田代玄 東京都品川区<以下略>
被告フジタ製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 浜田治雄
同 補佐人弁理士西口克
同 赤津悌二
同 田辺稜
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2015/10/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,別紙物件目録記載1及び2の各製品を,製造し,販売し,譲渡し,貸渡し,輸出し,又は譲渡等の申出をしてはならない。
2 被告は,前項記載の各製品を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
請求の趣旨
1 主文第1項ないし第3項同旨 2 仮執行宣言
事案の概要
本件は,発明の名称を「哺乳動物,特に犬猫のノミを防除するための殺虫 剤の組合せ」とする特許権(特許第3702965号。以下,その発明に係 る特許を「本件特許」という。)を有する原告が,別紙物件目録記載1及び 2の製品(以下,それぞれ「被告製品1」,「被告製品2」といい,併せて 「被告各製品」という。)は本件特許の請求項9,10及び12に係る発明 (以下,それぞれ「本件特許発明3」ないし「本件特許発明5」という。な お,原告は,当初,本件特許の請求項5及び6をそれぞれ「本件特許発明 1」及び「本件特許発明2」としていたが,これらに基づく請求を取り下げ た。),及び仮に無効審判請求における訂正請求が認められてこれが確定し た後には,訂正後の請求項5,10及び12の発明(以下,それぞれ「本件 訂正発明1」ないし「本件訂正発明3」といい,本件特許発明3ないし5と 併せ,「本件各特許発明」という。)の技術的範囲にそれぞれ属すると主張 して,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,被告各製品の販 売等の差止めと廃棄を求めた事案である。
1 前提事実(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア 原告は,動物用医薬品,ワクチンの開発,製造及び販売等を業とするフ ランス法人であり,犬及び猫のノミ・マダニ駆除用の医薬品「フロント ライン」・「フロントライン プラス」を,日本を含む世界113か国 以上で販売している。
イ 被告は,医薬品,動物用医薬品,獣医用医薬品,飼料,化粧品,化成品, 食料品,乳製品の製造・販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告の特許権 原告は,次の特許権を有している(請求項の数64。以下「本件特許 権」といい,また本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。本件特 許の特許公報を末尾に添付する。)。〔甲1,2,弁論の全趣旨〕 特許番号 特許第3702965号 発明の名称 「哺乳動物,特に犬猫のノミを防除するための殺虫剤の 組合せ」 出願日 平成9年3月26日 優先日 平成8年(1996年)3月29日〔フランス〕 登録日 平成17年7月29日(3) 本件特許権の出願経過等 ア 原告は,平成8年3月29日(フランス)及び同年8月5日(米国)の 優先権を主張して,平成9年3月26日に本件特許の国際出願をし,同年 12月1日に翻訳文を提出した。〔乙61〕 イ 原告は,平成13年1月24日に手続補正書を提出した。〔乙62〕 ウ 特許庁審査官は,平成16年9月15日付けで拒絶理由通知をした。拒 絶理由通知においては,当時の請求項1ないし40に係る出願につき,同 通知にいう引用文献7(特開平7-179307号,公開日 平成7年7 月18日,出願人 住友化学工業株式会社,発明の名称「害虫防除剤」, 本件乙1。以下「乙1公報」という。)の教示に従い,当該文献に記載さ れた害虫防除剤をノミの防除に用いてみるのは当業者にとって容易であり, 局所投与も害虫防除剤の投与方法としては普通のものであり進歩性を欠く ことが拒絶理由の一つとされていた。〔乙63〕 エ これに対し原告は,平成16年11月12日に手続補正書(乙64)を 提出するとともに,同日付けで意見書(乙65)を提出した。
オ 特許庁審査官は,平成16年12月17日付けで拒絶査定をした。〔乙 66〕 カ 原告は,平成17年3月28日,拒絶査定不服審判請求(乙44)をす るとともに,同日付けで手続補正書(乙67)を提出した。
キ これに対し,平成17年4月28日付けで拒絶理由通知(乙68)が発 せられ,同年5月19日付けで,原告は手続補正(乙69)をするととも に,同日付けで意見書を提出した。
ク 平成17年6月3日付けで,本件特許につき特許査定がされた。〔乙7 0〕(4) 被告による無効審判請求,原告による訂正請求,審決の経緯等 ア 被告は,本件特許に関し,平成25年2月6日付けで無効審判請求(無 効2013-800020,乙17)をしたが,平成25年11月13日, 同請求を取り下げた。〔乙46〕 イ 被告は,平成25年8月12日付けで,無効審判請求(無効2013- 800149号。以下「本件無効審判請求」という。乙26)をした。
ウ これに対し原告は,同年12月12日付けで答弁書(甲33)を提出す るとともに,同日付けで訂正請求(甲34)をした。また,原告は,平成 26年2月13日付けで,上記訂正請求につき,手続補正をした。〔甲4 2。以下,この手続補正後の訂正請求を,「本件訂正請求」という。〕 エ これにつき,平成27年1月5日付けで,「請求のとおり訂正を認める。
本件審判の請求は,成り立たない。」等とする審決がされた。〔甲53〕 オ 被告は,知的財産高等裁判所に対し,上記審決の取消しを求める審決取 消訴訟を提起した。〔弁論の全趣旨〕(5) 本件特許発明3ないし5の内容 ア 本件特許発明3(請求項9) 式 ( I ) の 化 合 物 が 1-[2,6-Cl2-4-CF3- フ ェ ニ ル ]-3-CN-4-[SO-CF3]-5- NH2-ピラゾール(一般にフィプロニイル〔Fipronil〕とよばれる)である 請求項6に記載の組成物。
イ 本件特許発明4(請求項10) IGRタイプの化合物がメトプレン,ピリプロキシフェン,ルフェヌロ ン,ヒドロプレンおよびクリロマジンから選択される請求項6に記載の組 成物。
ウ 本件特許発明5(請求項12) 式(I)の化合物(A)とタイプ(B)の化合物の重量比が80/20 〜20/80である請求項6に記載の組成物。
(6) 本件訂正発明1ないし3の内容 本件訂正請求において,原告は,訂正前請求項6(取下げ前の本件特許 発明2),同9(本件特許発明3)を削除するとともに,訂正後の請求項 5(本件訂正発明1)を訂正前請求項9(本件特許発明3)と同一内容と し,請求項10(本件特許発明4),同12(本件特許発明5)について は,それらが引用する請求項をそれぞれ訂正後の請求項5(本件訂正発明 1)とする(後記本件訂正発明2,同3)などの訂正を行った。
なお,本件訂正請求が,特許法134条の2第1項(同条第9項が準用 する規定を含む)に定められた訂正要件を満たすことについては当事者間に 争いがない。
本件訂正発明1ないし3の内容は,以下のとおりである(下線部は訂正 箇所を示す)。
ア 本件訂正発明1(訂正後の請求項5。本件特許発明3と同内容) 動物の皮膚に局在塗布可能な液体賦形剤に溶解した, 1-[2,6-Cl2-4- CF3-フェニル]-3-CN-4-[SO-CF3]-5-NH2-ピラゾール(一般にフィプロニイ ル(Fipronil)とよばれる)(A)と少なくとも一種の幼虫ホルモン類 似化合物の虫の成長調節剤(IGR)タイプの殺卵子性化合物(B)と の相乗量と,少なくとも一種のスポットオン調合用アジュバントとから 成る,ノミ類およびダニ類から哺乳類を長期間保護するための相乗効果 を有するスポットオン用組成物。
イ 本件訂正発明2(訂正後の請求項10) IGRタイプの化合物がメトプレン,ピリプロキシフェン,ルフェヌロ ン,ヒドロプレンおよびクリロマジンから選択される請求項5に記載の 組成物。
ウ 本件訂正発明3(訂正後の請求項12) 式(I)の化合物(A)とタイプ(B)の化合物の重量比が80/2 0〜20/80である請求項5に記載の組成物。
(7) 本件特許の請求項5,6(取下げ前の本件特許発明1,2)の構成要件の 分説と,本件特許発明3ないし5及び本件訂正発明1ないし3の構成要件の 分説(以下,各構成要件を請求項の番号とアルファベットに従って「構成要 件1A」等と表記する。) ア 請求項5(取下げ前の本件特許発明1) 1A 動物の皮膚に局在塗布可能な液体賦形剤に溶解した, 1B(1) 下記式(I)で表される少なくとも種の化合物(A)と (ここで,R1はCN,メチルまたはハロゲン原子であり,R 2 はS(O)n R 3 または4,5-ジシアノイミダゾール-2-イルまたはハロアルキルであり,R3はアルキルまたはハロアルキルであり,R4は水素またはハロゲン原子,NR5R6基,S(O)mR7 ,C(O)mR7,C(O)O-R 7 ,アルキル,ハロアルキル,OR 8 または基-N=C(R9 )(R10)を表し,R 5 およびR 6 はそれぞれ独立に水素原子,アルキル,ハロアルキル,C(O)アルキル,アルコキシルカルボニルまたはS(O)r CF 3 基を表すか,R 5 およびR 6 が一緒になって,酸素または硫黄のような一つまたは二つの二価ヘテロ原子を含んでいてもよい二価アルキレン基を形成してもよく,R7はアルキルまたはハロアルキル基であり,R8はアルキル,ハロアルキル基または水素原子であり,R9はアルキル基または水素原子を表し,R 10 は必要に応じてハロゲン原子またはOH,-O-アルキル,-S-アルキル,シアノまたはアルキルのような一つまたは複数の基で置換されていてもよい,フェニルまたはヘテロアリール基を表し,R11およびR12はそれぞれ独立に水素またはハロゲン原子あるいは必要に応じてCNまたはNO 2を表し,R13はハロゲン原子またはハロアルキル,ハロアルコキシ,S(O)qCF3またはSF5基を表し, m,n,qおよびrはそれぞれ独立に0,1または2に等しい整数を表 し, Xは三価の窒素原子または基C-R 12 を表し,炭素原子の他の三つの原 子価は芳香環の一部を成し, ただし,R 1 がメチルのときはR 3がハロアルキルで,R 4がNH 2 で,R 11 がClで,R 13 がCF 3 で,XがNであるか,R 2 が4,5-ジシアノイミダ ゾール-2-イルで,R4がClで,R11がClで,R13がCF3で,Xが=C -Clである) 1B(2) 少なくとも一種の幼虫ホルモン類似化合物の虫の成長調節剤 (IGR)タイプの殺卵子性化合物(B)との 1B(3)相乗量と, 1C 少なくとも一種のスポットオン調合用アジュバントとから成る, 1D ノミ類およびダニ類から哺乳類を長期間保護するための相乗効果を 有する 1E スポットオン用組成物。
イ 請求項6(取下げ前の本件特許発明2) 2A 式(I)が下記を満たす R1がCNまたはメチルで, R2がS(O)nR3で, R3がアルキルまたはハロアルキルで, R 4 が水素またはハロゲン原子であるか,基NR 5 R 6 ,S(O)m R 7 ,C (O)R 7 ,アルキル,ハロアルキルまたはOR 8 または基-N=C(R 9 )(R10)を表し, R 5 およびR 6 がそれぞれ独立に水素原子またはアルキル,ハロアルキル, C(O)アルキル,またはS(O)rCF3 基を表すか,R 5 およびR 6が一 緒になって酸素または硫黄等の一つまたは二つの二価ヘテロ原子を含ん でいてもよい二価アルキレン基を形成し, R7がアルキルまたはハロアルキル基を表し, R8がアルキルまたはハロアルキル基もしくは水素原子を表し, R9がアルキル基または水素原子を表し, R 10 が必要に応じてハロゲン原子またはOH,-O-アルキル,-S-アル キル,シアノまたはアルキルのような一つまたは複数の基で置換された フェニルまたはヘテロアリール基を表し, R11およびR12がそれぞれ独立に水素またはハロゲン原子を表し, R 13 がハロゲン原子またはハロアルキル,ハロアルコキシ,S(O)qC F3またはSF5基を表し, m,n,qおよびrがそれぞれ独立に0,1または2に等しい整数を表 し, Xが三価の窒素原子または基C-R 12 基を表し,炭素原子の他の三つの 原子価が芳香環の一部を成し, ただし,R1がメチルのときは,R3はハロアルキルで,R4はNH2で,R 11 はClで,R13はCF3で,XはNである) 2B 請求項5に記載の組成物。
ウ 本件特許発明3(請求項9) 3A 式 ( I ) の 化 合 物 が 1-[2,6-Cl2-4-CF3- フ ェ ニ ル ]-3-CN-4-[SO- CF3]-5-NH2-ピラゾール(一般にフィプロニイル〔Fipronil〕とよ ばれる)である 3B 請求項6に記載の組成物。
エ 本件特許発明4(請求項10) 4A IGRタイプの化合物がメトプレン,ピリプロキシフェン,ル フェヌロン,ヒドロプレンおよびクリロマジンから選択される 4B 請求項6に記載の組成物。
オ 本件特許発明5(請求項12) 5A 式(I)の化合物(A)とタイプ(B)の化合物の重量比が80 /20〜20/80である 5B 請求項6に記載の組成物。
カ 本件訂正発明1(なお,1B(1)’は,3Aと同じである。訂正後 請求項5。本件特許発明3と同じ。) 1A 動物の皮膚に局在塗布可能な液体賦形剤に溶解した, 1 B ( 1 ) ’ 1-[2,6-Cl2-4-CF3- フ ェ ニ ル ]-3-CN-4-[SO-CF3]-5-NH2- ピ ラ ゾール(一般にフィプロニイル〔Fipronil〕とよばれる)(A)と 1B(2) 少なくとも一種の幼虫ホルモン類似化合物の虫の成長調節剤 (IGR)タイプの殺卵子性化合物(B)との 1B(3)相乗量と, 1C 少なくとも一種のスポットオン調合用アジュバントとから成る, 1D ノミ類およびダニ類から哺乳類を長期間保護するための相乗効果を 有する 1E スポットオン用組成物。
キ 本件訂正発明2(訂正後請求項10) 4A IGRタイプの化合物がメトプレン,ピリプロキシフェン,ル フェヌロン,ヒドロプレンおよびクリロマジンから選択される 4B 請求項5に記載の組成物。
ク 本件訂正発明3(訂正後請求項12) 5A 式(I)の化合物(A)とタイプ(B)の化合物の重量比が80 /20〜20/80である 5B 請求項5に記載の組成物。
(8) 被告の行為 被告は,平成24年10月19日,犬及び猫のノミ・マダニ駆除用の医薬 品「マイフリーガードα」について農林水産省の承認を取得し,被告各製品 を販売している。
(9) 被告各製品の種類,構成等 被告各製品の種類,構成及び用法は,それぞれ別紙被告各製品説明書の 「2 種類」,「3 構成」及び「4 用法」各記載のとおりである。
別紙被告各製品説明書の被告各製品の「1 概要」及び「5 効果」につ いては争いがある(争いがある部分に下線を付した。)。
(10) 被告各製品の本件各特許発明(本件特許発明3ないし5,本件訂正発明 1ないし3)の構成要件充足性 被告各製品は本件各特許発明構成要件1C以外の構成要件を全て充足 する(なお,この点については後記第4,1(7)で検討する。)。
(11) 本件訂正請求の訂正要件及び本件における審理の対象 本件訂正請求が訂正要件を満たすこと,本件における審理の対象が本件 訂正請求後の発明(本件訂正発明1ないし3)の構成要件充足性である ことにつき,当事者間に争いがない。
2 争点(1) 構成要件1Cの充足性(被告各製品が「スポットオン調合用アジュバン ト」を含有するか)(2) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか ア 乙1公報に基づく新規性欠如 イ 乙1公報に基づく進歩性欠如 ウ 実施可能要件違反 エ サポート要件違反 オ 明確性要件違反
当事者の主張
1 争点(1)(構成要件1Cの充足性)について〔原告の主張〕 (1) 「スポットオン調合用アジュバント」の意義 構成要件1Cの「スポットオン調合用アジュバント」とは,その文言から して,「スポットオン製剤の調合に用いられるアジュバント」を意味する。
このうち「アジュバント」は英語の「adjuvant」であり,「補助 剤」を意味する(甲18)。また,米国国立海洋庁の海洋水産局が,同国 環境保護庁宛てに提出した殺虫剤の絶滅危惧種に対する影響に関する意見 書(甲19)によれば,「adjuvant」は,殺虫剤の働きを助け, 又は効果を高めるものと記載され,その例として,湿潤剤,散布剤,乳化 剤,分散剤,溶媒,可溶化剤,貼付剤及び界面活性剤が挙げられている (甲19,20頁14〜16行)。これらによれば,「アジュバント」と は主剤に対する補助剤を意味する。したがって,本件各特許発明における 「スポットオン調合用アジュバント」が「スポットオン製剤の調合に用い られる補助剤(製剤の働きを助けまたは効果を高める成分)」であること は,技術常識である。
また,「補助剤」に関して,本件明細書の発明の詳細な説明に「本発明の 点状塗布用組成物は一般に上記定義の構成要素を単純に混合するだけで製 造できる(判決注;「できるる」は誤記)が,まず第1に活性材料を主溶 剤中に混合した後に他の成分または補助剤を添加する(判決注;「すう」 は誤記)のが有利である。」(12頁46ないし48行)と記載されてい る。また,スポットオン組成物に含まれる成分に関し,本件明細書の発明 の詳細な説明には,@「活性材料」である化合物(A)及び化合物(B) を含むこと(10頁19ないし20行),A「主溶剤」(「この溶剤の含 有率は組成物全体100%となる値」)として,「有機溶剤」を使用する こと(11頁27ないし28行),B「その他の成分または補助剤」とし て,結晶化抑制剤(同頁22行)及び有機補助溶剤(同頁29行)を含む のが好ましいことが記載されている。ここに記載された各成分のうち,結 晶化抑制剤及び有機補助溶剤は,それぞれ,結晶化の抑制及び乾燥の促進 (11頁31行)という機能を有し,スポットオン製剤の働きを助け又は 効果を高めるものである。
したがって,「スポットオン調合用アジュバント」が「スポットオン製剤 の調合に用い られる 補助剤(製剤 の働 き を助けまたは 効果を 高める成 分)」であるとの文言解釈は,本件明細書の記載にも合致し,本件明細書 に記載されている結晶化抑制剤及び有機補助溶剤がその例示であることは 当業者には明白である。
以上のとおり,特許請求の範囲の文言及び本件明細書の記載に鑑みれば, 構成要件1Cの「スポットオン調合用アジュバント」は,結晶化抑制剤及 び有機補助溶剤により例示される「スポットオン製剤の調合に用いられる 補助剤(製剤の働きを助けまたは効果を高める成分)」を意味する。
(2) 被告各製品の溶解補助剤であるクロタミトンが,スポットオン調合用ア ジュバントに該当すること 被告各製品は,溶解補助剤としてクロタミトン,ポリオキシエチレンラノリン,ポリオキシエチレンフィトステロール(後記(3))及びアルキルシクロテトラシロキサンを含む(甲6,3頁)。これらの溶解補助剤は,いずれも殺虫活性成分が溶媒に溶解し易くすることにより,スポットオン製剤である被告各製品において,殺虫活性成分の働きを助け,効果を高める成分であり,スポットオン調合用アジュバントに該当するが,中でもクロタミトンについて,以下のとおりスポットオン調合用アジュバントに該当することが明らかである。
まず,溶解補助剤は,溶質を溶剤に溶解させる際には溶質の溶解を助ける機能を有するが,結晶析出の可能性がある場面においては,溶質の結晶析出を妨げるように働き,結晶化抑制剤としての機能も有する。そして,クロタミトンについて,特開2004-75537号公報(甲20)の段落【0018】には,「クロタミトンは,有効成分であるエストラジオールおよび/またはその誘導体に対して高い溶解性を付与し,粘着剤への結晶の析出を防止する。」と記載されている。
この結晶化抑制剤が持つ結晶化を抑制する機能は,本件各特許発明にかかる組成物が,スポットオン製剤として機能するために重要な役割を果たしている。すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件各特許発明の作用機序及び作用効果に関し,「本発明組成物は一度塗布すると動物の体全体に広がってゆき,結晶化したり,毛の外観または手触りを変えたりすることなく(特に,白っぽい付着物や埃っぽい外観がない),乾燥する。
本発明の点状塗布用組成物は塗布および乾燥後の効果,作用の速さ,動物の毛の好ましい外観という点で特に有利である。」(11頁39ないし43行),「フィプロニルのような化合物(A)は皮脂中に溶解して動物の 体全体を被覆し,皮脂腺中に濃縮される。この皮脂腺から非常に長い期間 にわたって化合物が徐々に放出されるという発見はこれら組成物の効力の 長い持続性をよく説明する」(13頁26ないし28行)と記載されてい ることからも明らかなように,本件各特許発明に係る組成物を動物の局所 に塗布(スポットオン)すると,殺虫活性物質が皮脂中に溶解し,皮脂の 移動と共に動物の体全体に広がり,皮脂腺中に蓄積され,長期間にわたっ て徐々に放出されることにより,本件各特許発明の作用効果を奏する。
そして,被告各製品に含まれる溶解補助剤は,いずれもその殺虫活性成 分が溶剤に溶解するのを助け,結晶化するのを抑制する機能により,ス ポットオン製剤として効果を発揮するのを助け,その効果を高める成分で あって,スポットオン調合用アジュバントに該当するところ,クロタミト ンについては,特に上記のとおりこれに当たることが明らかである。
(3) 被告各製品に含まれるクロタミトン以外の溶解補助剤である,ビニルカ プロラクタム・ビニルピロリドン・N,Nジメチルアミノエチルメタクリ ル酸共重合体エタノール液(以下「VC-713」という。)及びポリオ キシエチレンフィトステロールは,いずれも本件各特許発明の結晶化抑制 剤に相当し,スポットオン調合用アジュバントであること ア VC-713は,ポリマータイプの皮膜形成剤である。VC-713 がポリマーであることは,同物質が「コポリマーVC-713」と呼ば れること(乙29〔有限会社久光工房作成のVC-713に関する「表 示名称,原料,処方例の検索ができる化粧品処方開発者のためのデータ ベースサイト(Cosmetic-Info.Jp)」〕,「原材料商 品名」)ことなどから明らかであり,皮膜形成剤であることも明らかで ある(乙29,同「特徴」4行)。
VC-713は,その構造及び機能において,ポリビニルピロリドン及び酢酸ビニルとビニルピロリドンのコポリマーに類似する。すなわち,VC-713は,その名称からも理解されるように,ビニルカプロラクタム,ビニルピロリドン及びN,Nジメチルアミノエチルメタクリル酸のコポリマーである。このうち,ビニルピロリドンは,ポリビニルピロリドン及び酢酸ビニルとビニルピロリドンのコポリマー中のビニルピロリドン(モノマー)と同一である。ビニルカプロラクタム(モノマー)は,環の大きさが7のN-ビニルラクタムであり,環の大きさが5のN-ビニルラクタムであるビニルピロリドンと類似する。N,Nジメチルアミノエチルメタクリル酸は,酢酸ビニルとビニルピロリドンのコポリマー中の酢酸ビニルと類似する。これらの物質は,いずれも皮膜形成ポリマーに分類され,化粧品,医薬品等において同種の用途に用いられてい る 。 す な わ ち , 「 Encyclopedia of Polymer Science andTechnology」と題する文献(甲36。以下「甲36文献」という。)には,これら三つの物質のポリマーがN-ビニルアミドポリマーに分類され,ポリビニルピロリドン及びその類似物質並びにその組合せからなる多数のコポリマーを含むN-ビニルアミドポリマーが皮膜形成剤として高い性能を有すると記載されている(1頁)。また,VC-713の物性や用途について記載する「Copolymer VC-713」と題する文献(甲37。
以下「甲37文献」という。)にも,VC-713が皮膜形成剤であることが記載されている。
本件明細書には,結晶化抑制剤について,「特に好ましくは,一対の結晶化抑制剤,すなわちポリマータイプの皮膜形成剤と界面活性剤との組合せを用いる。」(12頁26ないし27行)と記載され,さらに, 「特に有利なポリマータイプの皮膜形成剤としては下記のものを挙げることができる」(12頁28ないし29行)として,ポリビニルピロリドン及び酢酸ビニルとビニルピロリドンのコポリマーが挙げられている。
VC-713はポリマータイプの皮膜形成剤であり,かつ,「特に有利なポリマータイプの皮膜形成剤」として列挙されているポリビニルピロリドン及び酢酸ビニルとビニルピロリドンのコポリマーと構造上及び機能上,非常に類似するポリマーである。
したがって,被告各製品におけるVC-713は結晶化抑制剤に相当し,スポットオン調合用アジュバントに当たる。
イ また,ポリオキシエチレンフィトステロールは,非イオン界面活性剤であるところ,米国環境保護庁2005年(平成17年)3月18日付け「Action Memorandum」と題する文献(以下「甲38の1文献」という。)及び同日付け「Memorandum」と題する文献(以下「甲38の2文献」という。)によれば,同物質は界面活性剤に分類され,殺虫剤に「アジュバント」として使用されるものであるとしている。また,特表2005-511586号公報(甲39)には,ポリオキシエチレンフィトステロールが難溶解性物質を溶解する際の可溶化剤として使用されることが記載されており(段落【0019】。「エトキシ化」が,ポリオキシエチレン化を含むことについては,同段落【0022】),かかる特性は,同じく非イオン界面活性剤であるポリソルベート80(本件明細書12頁19ないし20行)と同じである。
本件明細書は,多数のポリオキシエチレン化誘導体を,結晶化抑制剤としての非イオン界面活性剤として挙げる(12頁19ないし23行)。
ポリオキシエチレンフィトステロールは,非イオン界面活性剤であり, 本件明細書が非イオン界面活性剤に分類して列挙する結晶化抑制剤であ るポリオキシエチレン化誘導体の一つである。
したがって,被告各製品におけるポリオキシエチレンフィトステロー ルは結晶化抑制剤に相当し,スポットオン調合用アジュバントに当たる。
ウ 以上のとおり,被告各製品は,本件明細書において結晶化抑制剤とし て好ましいとされる,ポリマータイプの皮膜形成剤(VC-713)と, 非イオン界面活性剤(ポリオキシエチレンフィトステロール)を使用す るものである。しかも,この組合せは,特に好ましい組合せとして,本 件明細書に記載された構成である。
被告各製品に使用されているVC-713及びポリオキシエチレン フィトステロールは,本件明細書に結晶化抑制剤として具体的にその名 称が記載されているものではないが,前者は,列挙されたポリビニルピ ロリドン及び酢酸ビニルとビニルピロリドンのコポリマーによく類似す る物質であり,後者は,列挙された複数のポリオキシエチレン化誘導体 の一種であり,いずれも本件各特許発明の結晶化抑制剤である。そして, 前者はポリマータイプの皮膜形成剤であり,後者は非イオン界面活性剤 であり,その組合せは,本件明細書に特に好ましいとして記載されてい る組合せである。
被告各製品に含まれるVC-713及びポリオキシエチレンフィトス テロールは,いずれも,本件各特許発明の結晶化抑制剤であり,スポッ トオン調合用アジュバントである。
(4) 被告の主張に対する反論 被告は,スポットオン調合用アジュバントにつき本件明細書に記載を欠く にもかかわらず,原告はこれを補助剤と解している旨主張するが,前記のと おり,これらは当業者の技術常識に属する用語であるから,明細書に詳細に 記載する必要はない。
したがって,被告の主張は失当である。
〔被告の主張〕(1) 「スポットオン調合用アジュバント」の意義が不明であること 原告は,スポットオン調合用アジュバントを本件明細書中に記載を欠くに もかかわらず,これを補助剤と解しているが,特許法70条2項に特許請求 の範囲の用語の意義の解釈については「願書に添付した明細書の記載及び図 面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとす る。」とされていることから明らかな通り,明細書に記載もされてもいない 意義で用語を解釈すべきではない。本件明細書の記載からは,構成要件1C の「スポットオン調合用アジュバント」がどのような構成要素であるかは不 明である。
仮に結晶化抑制剤や有機補助溶剤等が,原告主張の通りスポットオン調合 用アジュバントの一種であるとするならば,本件明細書中にスポットオン調 合用アジュバントの例示であると明記すべきであったのである。また,特許 請求の範囲請求項24(本件訂正請求の前後で変更はない。)の記載では 「結晶化抑制剤(b)を1〜20%(W/V)の比率でさらに含む請求項5 (判決注;取下げ前の本件特許発明1)に記載の組成物」と記載する一方, 請求項24が従属している同請求項5では,「少なくとも一種のスポットオ ン調合用アジュバントとから成る」と記載されているところから,請求項2 4における記載は,請求項5の記載に結晶化抑制剤を加えたように解釈でき る。そうすると,結晶化抑制剤が構成要件1Cのスポットオン調合用アジュ バントと同一の物質であるとは解釈されないというべきである。
(2) 被告各製品のクロタミトンはスポットオン調合用アジュバントに当たらな いこと 仮に構成要件1Cの「スポットオン調合用アジュバント」が,スポットオ ン製剤の調合に用いられる補助剤の意味であり,結晶化抑制剤や有機補助溶 剤がこれに含まれているとしても,被告各製品のクロタミトンは「スポット オン調合用アジュバント」には当たらない。
本件明細書には,有機溶剤,結晶化抑制剤,補助溶剤として,それぞれ具 体的な物質名が挙げられているが,その中にクロタミトンは挙げられていな い。また,本件明細書中に「スポットオン調合用アジュバント」として挙げ られている結晶化抑制剤の物質のうち,「ポリビニルピロリドン」,「ポリ ソルベート80」をクロタミトンと比較すると,そこにおける「結晶化抑制 剤」は本件各特許発明の構成要素の一つである化合物(A)にあたる「フィ プロニル」を十分に溶解しない(乙18〔被告により平成25年5月20日 ないし同月23日に実施された試験の結果である「フィプロニルの溶解度試 験」と題する書面〕)ため,クロタミトンとは異なる性質のものである。そ うすると,被告各製品に含まれるクロタミトンは,本件明細書中に記載もな く,かつ,当業者の理解を前提として記載されているに等しい物質であると はいえない。
そして,結晶化を抑制する機能を持つ結晶化抑制剤には,配合すると通常 よりも溶解度が上がることで結晶の種となる結晶核が生成されなくなる物質 (以下「結晶核生成阻害物質」という。)と,不純物を混ぜることにより結 晶核が目に見えるほど大きく成長するのを抑制する物質(以下「結晶核成長 阻害物質」という。)との二つの物質があるところ,クロタミトンは,フィ プロニルの溶解度を上げることにより結晶の析出を防ぐことから,このうち の結晶核生成阻害物質に該当するといえる。しかし,本件明細書に結晶化抑 制剤として挙げられている物質(12頁2ないし35行)は,全て溶解度を 上げる機能はなく,結晶を大きく成長するのを抑制する機能があるため,結 晶核成長阻害物質に該当するものである。
また,本件各特許発明は,結晶化抑制剤に結晶核成長阻害物質を用いるこ とによって,溶解度を上げずにフィプロニル等の主剤を動物の体に滴下した 後に過飽和状態にすることにより,主剤が皮脂腺に移行しやすくすることを 意図したものであると解されるところ,被告各製品は,結晶核生成阻害物質 であるクロタミトンを用いることによって,溶解度を上げ過飽和状態にしな いことで薬液の表面張力を下げて全身に広がりやすくするものである。さら に,被告各製品は,溶解度が上がることで経皮吸収を起こり難くし,フィプ ロニル等の薬品の副作用を防ぐ効果も有している。
よって,結晶核生成阻害物質と結晶核成長阻害物質は,物質の性能や機能 が全く違うことから,本件明細書の結晶化抑制剤にはクロタミトンは記載さ れておらず,かつ,当業者であっても記載されているに等しい物質と理解で きるものではない。そうすると,被告各製品のクロタミトンは,構成要件1 Cの「スポットオン調合用アジュバント」には当たらない。
(3) VC-713及びポリオキシエチレンフィトステロールもスポットオン調 合用アジュバントに当たらないこと 被告各製品のVC-713は,フィプロニルを溶解する目的ではなく,薬 剤を投与した後の動物の体表から薬液が垂れ落ちることを防ぐ目的で展着剤 として配合している。VC-713は人用の整髪剤に配合して使用されてお り,原告がスポットオン調合用アジュバントとして主張している結晶化抑制 剤の物質とは異なるものである。
原告は,VC-713を三つの物質に分解し,そのうちの二つの物質について,それぞれ,ポリビニルピロリドンに相当するとし,残る一つの物質と,ポリビニルピロリドンと類似すると指摘したうちの一つの物質とを結合させて酢酸ビニルとビニルピロリドンとのコポリマーの構造に相当すると主張する。しかし,ポリマー体に対し,モノマーごとに分解して,そのモノマーとして類似する,あるいはモノマー同士を部分的に結合させてポリマー化させてできたポリマー体が同一あるいは類似するため,一つのポリマー体とモノマー及びポリマーの混合物について化学構造や機能が類似するとの主張には根拠がない。モノマーとポリマーの混合物と,一つのポリマー体とは,構造が一部類似していたとしても,その全体としての機能がそのまま同じであるとはいえないからである。
また,原告は,ポリオキシエチレンフィトステロールについて,非イオン界面活性剤として本件明細書に列挙されたポリオキシエチレン化誘導体の一つであり,エトキシ化がポリオキシエチレン化を含むため,それを備える特性がポリソルベート80と同じであるとし,そこからポリオキシエチレンフィトステロールも結晶化抑制剤に含まれると主張する。しかし,ポリオキシエチレンフィトステロールは,本件明細書の非イオン界面活性剤として好ましいと記載されたポリソルベート80の「ポリオキシエチレン化ソルビタンエステル」(12頁33ないし34行)とは異なるものであり,本件明細書のポリオキシエチレン化誘導体には列挙されていない物質であり,原告の主張は前提を欠く。
さらに原告は,ポリマータイプの皮膜形成剤と界面活性剤の組合せを本件明細書における特に好ましい組み合わせであると主張するが,本件明細書には,結晶化抑制剤b)として「ポリマータイプの皮膜形成剤」と「非イオン 界面活性剤」それぞれについて,非常に多種多様の化合物が列挙され,様々 な組み合わせが存在する中で,特に好ましい組合せについて本件明細書にそ の説明はされておらず,実施例に一つの例示もない。そうすると,本件明細 書における「特に好ましい」とする「結晶化抑制剤」あるいは「皮膜形成 剤」の構成要素は不明であり,そのような物質を配合するとする組成物との 関係性についても不明である。
2 争点(2)ア(乙1公報に基づく新規性欠如)について〔被告の主張〕(1) 乙1公報には,本件各特許発明構成要件が全て開示されている。
まず,乙1公報記載の発明ではフィプロニルを構成要素に含み,幼若ホル モン活性化合物の例として,乙1公報の段落【0005】(3)において 「メトプレン」と同義である「メソプレン」が挙げられ,同段落【001 1】に製剤用補助剤が用いられる場合についても記載されている。
また,構成要件1B(3)の相乗量については,乙1公報の段落【00 08】において,昆虫成長制御活性化合物:Nアリールジアゾール化合物 (フィプロニル)が70:30〜30:70の範囲内であることが明記され ている。原告が主張する本件各特許発明の相乗量は,「式(T)の化合物と 化合物(B)との重量比は80/20〜20/80」とであるから,乙1公 報に相乗量は開示されている。
構成要件1Dの相乗効果については,乙1公報の段落【0018】には 「昆虫成長制御化成化合物(判決注;ママ)と化合物Bを混用することによ り,同薬量でほぼ2倍の防除効果が得られる。」と,同段落【0019】に は,「N-アリールジアゾール化合物や昆虫成長制御活性化合物を各々単独 で用いた場合に比べて,同薬量で非常に優れた害虫防除効果を示す」との各 記載から,相乗効果を有することが示されている。
構成要件1Aの動物の皮膚に局所塗布可能な液体賦形剤に溶解することは, 化合物を構成要件1Eのスポットオン用組成物にするための手法であると解 される。
そして,特開平7-291963号公報(乙23。以下「乙23公報」と いう。),特表平7-500319号公報(乙24。以下「乙24公報」と いう。)によれば,殺虫剤の化合物を局所塗布することは通常行われること であるから,構成要件1A,同1Eのいずれも乙1公報に実質的に記載され ているといえる。
以上のとおり,乙1公報に記載の発明は,本件各特許発明構成要件を全 て充足するから,新規性がない。
したがって,本件特許には特許法29条1項3号に違反する無効理由があ り,特許法123条1項2号によって特許無効審判により無効にされるべき ものであるから,特許法104条の3により原告は権利を行使することがで きない。
(2) なお,原告は,殺卵効果及び成長阻害効果の相乗効果を主張しているが, 本件各特許発明には,これらの相乗効果が発揮されるとの記載はないからそ の主張は失当であり,たとえ相乗効果があったとしても,原告が主張する相 乗量は乙1公報に開示されている。
〔原告の主張〕(1) 被告は,乙1公報に記載の発明は,本件特許発明1(請求項5)の構成要 件を全て充足するから本件特許発明1は新規性がないとし,本件各特許発明 についても同旨を主張するが,乙1公報には,フィプロニルと幼虫(幼若) ホルモン類似化合物がノミに対して相乗効果を奏すること,その量が80: 20〜20:80であること(構成要件1B,1D),さらには,その用法 がスポットオンであること(構成要件1A,1C,1E)について,いずれ も開示がない。
(2) 被告は,構成要件1Dの相乗効果については,乙1公報の段落【001 8】に記載があり,相乗量に関しても,乙1公報に開示されていると主張す る。
乙1公報の特許請求の範囲の文言の上では,乙1公報記載の発明には, フィプロニルと成長ホルモン化合物の組合せも含みうる。しかし,乙1公報 には,フィプロニルと成長ホルモン化合物の組合せは具体的に記載されてお らず,当該組合せが高い害虫駆除効果を奏することも記載されていない。被 告は,乙1公報の試験例に基づいて高い効果を得られたと主張するが,当該 試験例は,成長ホルモン類似化合物ではなく,キチン合成阻害剤を用いてお り,かつ,害虫にはノミではなく,チャバネゴキブリ(試験例1)及びイエ バエ(試験例2)を用いているほか,フィプロニルと成長ホルモン類似化合 物とが,ノミに対して,相乗効果を奏することについて記載がない。
また,乙1公報では,チャバネゴキブリ(試験例1)及びイエバエ(試験 例2)に対して高い効果を得られたとの結果が示されているが,生物が異な れば薬剤に対する生体内の反応も異なり,ノミに対して同様の効果を奏する かは全く不明である。
乙1公報は,試験例1及び2において「同薬量でほぼ2倍の防除効果が得 られる。」と結論しているが,試験例1及び2は,いずれも対照がなく, 「2倍の防除効果」が相乗効果であるかは不明である。むしろ,2倍程度の 防除効果は,せいぜい,それぞれの薬剤が異なる機序で働いた結果の相加効 果としか考えられない。
したがって,乙1公報には,フィプロニルと幼虫ホルモン類似化合物がノミに対して相乗効果を奏することが開示も示唆もされていない。まして,相乗効果を発揮する量が80:20〜20:80であることについては開示や示唆がない。
被告は,殺虫剤の化合物を局所塗布することは通常行われることであると主張するが,殺虫剤の化合物を局所塗布することは,通常行われていないし,被告が引用する乙23公報,乙24公報は,いずれも,適用の可能性があるあらゆる使用方法を列挙するものであり,局所塗布は,多数の使用方法の一つとして挙げられているにすぎない。これらの文献中の実施例においてすら,殺虫剤の局所塗布は行われていない。したがって,局所塗布が通常行われているというのは,事実に反する。
乙23公報には,「経皮投与は,例えば浸漬,又はポアリングオン(poring-on)及びスポッティングオン(spotting-on),ならびに粉剤散布(dusting)の形態で行われる。」(段落【0053】)と記載されており,乙23公報における「スポッティングオン」は,皮膚を通じて体内に吸収させる方法である。また,乙24公報には,「局所,経口又は非経口投与により」(7頁右上欄20ないし21行)と記載されている。いずれも有効成分を体内に吸収させる投与方法である経口及び(注射に代表される)非経口と並列して記載されていることからして,「局所」投与は,皮膚を通じて体内に吸収させる投与方法であると理解される。これに対し,本件各特許発明のスポットオンは,皮膚の局所に投与すると,「皮脂中に溶解して動物の体全体を被覆し,皮脂腺中に濃縮される。この皮脂腺から非常に長い期間に亘って化合物が徐々に放出される」(13頁26ないし27行)という投与方法であって,公知の「局所塗布」とは全く異なるもの である。
以上のとおり,構成要件1A及び1Eの「局所塗布可能」及び「スポット オン用組成物」は,いずれも乙1公報に記載されていない。
したがって,本件特許に特許法29条1項3号違反の無効理由があるとの 被告の主張は理由がない。
3 争点(2)イ(乙1公報に基づく進歩性欠如)について〔被告の主張〕(1) 乙1公報には,前記2〔被告の主張〕記載のとおり,フィプロニルと幼若 ホルモン活性化合物と製剤用補助剤の組み合わせが開示されており,相乗量 についても本件各特許発明の数値範囲が開示されている。そして,乙23公 報,乙24公報,「Flea Biology and Control」と 題する文献(乙39。以下「乙39文献」という。),平成10年5月付け バイエル株式会社動物用薬品事業部研究開発作成の「新世代のノミ駆除剤 『アドバンテージ スポット』」と題する文献(乙40。以下「乙40文 献」という。),特開平8-92091に対応する1995年(平成7年) 11月23日公開のドイツ連邦共和国特許公報DE4417742A1(乙 42。以下「乙42公報」という。)の各記載によれば,殺虫剤の化合物を 局所塗布することは通常行われていることであるから,当業者が容易に発明 をすることができたものということができる。
(2) また,本件各特許発明にいう相乗効果は,原告が新たに証拠として提出し た実験でのみ説明されているのであって,本件明細書の発明の詳細な説明に は,原告が主張するような相乗効果は記載されていないから,新たに提出し た証拠は参酌することができない。
さらには,相乗効果を確認する追加データとして原告により提出された, アラン・マルチオンド作成の1999年(平成11年)9月30日付け「米 国特許出願第08/863,692号 37CFR 1.132の宣誓供述 書」(甲3。以下「甲3文献」という。)及びヤング・ベテリナリー・リ サーチサービス作成の「イヌについた,ネコノミ(Ctenocephalides felis, Bouche)の産卵された卵,羽化中及び既に寄生している成虫に対する,フィ プロニルと(S)-メトプレンの併用滴下製剤の効力」と題する文献(甲25。
以下「甲25文献」という。)の試験には信頼性がない。まず甲25文献の 表3は大きな誤差を含む結果であるし,表3と表4のメトプレン試験区の結 果には不自然な点があるということができる。
そもそもノミの卵は,動物の生活環境中に落下し,そこで生育し,成虫に なってから再度寄生するのであるから,卵の時点だけで相乗効果があったと しても,現実的には何の役にも立たない効果である。孵化率の低下というノ ミの生活環の一時点において効果があっても,成虫が寄生することを防止す る効果は生じない。
さらには,メトプレンは光分解し,成分量が減少してしまうから,相乗量 を維持することはできないし,深瀬徹作成の「犬と猫に寄生するイヌノミお よびネコノミに対するフィプロニルの滴下投与用液剤の駆除効果―(S)-メ トプレン配合に意義はあるか―」と題する文献(乙43)にも,フィプロニ ル単独の製剤とフィプロニルにメトプレンを配合した製剤のどちらも同等の ノミの再寄生を防ぐことが示されているから,フィプロニルにメトプレンを 加えることで相乗効果があるとはいえない。イヌに投与したフィプロニルと メトプレンの薬剤(フロントラインプラス)は,早い段階から,イヌが接触 する寝床に付着することが確認されたことからしても(乙15,20),殺 虫効力が持続するのは,当然の効果であるということもできる。
(3) 加えて,平成6年3月9日に株式会社大阪製薬バイオサイエンス研究所発 行の「衛生動物」45巻3号245ないし251頁に掲載された小林由明ら 作成の「ネコノミに対する幼若ホルモン活性化合物Pyriproxyfe n,methopreneの効果」と題する文献(乙56。以下「乙56文 献」という。)には,本件特許の出願(優先日)以前に,ネコノミに対し, 幼若ホルモン活性化合物として,ピリプロキシフェン,メトプレンのそれぞ れについて,異なる殺卵効果を含む殺虫効果があったことが示されており, その効果は周知であって,本件各特許発明の相乗効果は否定される。
以上によれば,本件特許には特許法29条2項に違反する無効理由があり, 特許法123条1項2号によって特許無効審判により無効にされるべきもの であるから,特許法104条の3により原告は権利を行使することができな い。
〔原告の主張〕(1) 被告は乙23文献,乙24文献,乙39文献,乙40文献及び乙42公報 を挙げ,これらに記載のスポットオン製剤と乙1公報記載の発明とを組み合 わせることで本件各特許発明に想到することは容易であったと主張する。
しかし,乙23文献及び乙24文献については前記2〔原告の主張〕記載 のとおりであるほか,乙39文献,乙40文献及び乙42公報についても, それらに記載された局所投与等はスポットオンとは実質的に異なること,及 び対象とする化合物が異なるものであることから,フィプロニルを本件各特 許発明のスポットオン製剤化する動機付けはない。
乙56文献についても,ピリプロキシフェン単独の殺卵効果について記 載するものにすぎず,フィプロニルとメトプレンの組み合わせによる相乗効 果等に関する記載はない。
(2) また,本件明細書の実施例には,2か月後においても高い殺卵効果を有し ていたことが記載されている。原告が証拠として提出した甲3文献,甲25 文献の各論文等は,本件明細書に記載された相乗効果について追加データを もって確認したものである。
そして,甲3文献及び甲25文献には,フィプロニルとメトプレンの併用 は,ノミに対する殺卵効果及び成長阻害効果が顕著に高まり,相乗効果を有 することが示されている。
以上によれば,本件特許に特許法29条2項に違反する無効理由があると の被告の主張は理由がない。
4 争点(2)ウ(実施可能要件違反)について〔被告の主張〕(1) 請求項5(取下げ前の本件特許発明1)には,「下記式(I)で表される 少なくとも種の化合物(A)と少なくとも一種の幼虫ホルモン類似化合物の 虫の成長調節剤(IGR)タイプの殺卵子性化合物(B)との相乗量」(構 成要件1Aないし1B(3))との記載がある。しかし,フィプロニルと幼 虫ホルモン類似化合物の虫の成長調節剤(IGR)タイプの殺卵子性化合物 の比率と思われるものが実施例に記載されてはいるものの,もう一つの構成 要素であるスポットオン調合用アジュバントの具体的な比率や分量について の記載や示唆が一切ないため,スポットオン調合用アジュバントの比率や分 量が不明である。
本件特許発明1の構成要素の全ての比率若しくは分量が不明であるため, 本件特許発明1は当業者が明細書の記載に基づいて本件各特許発明実施す ることができない。
さらに,本件明細書には「フィプロニルのような化合物(A)は皮脂中に 溶解して動物の体全体を被覆し,皮脂腺中に濃縮される。この皮脂腺から非 常に長い期間にわたって化合物が徐々に放出される」(13頁26ないし2 7行)としているが,本件各特許発明は動物の皮膚に局所的に塗布すること により動物の体全体に広がる組成物であると仮定したとしても,または, フィプロニルが皮脂中に留まったと仮定したとしても,皮脂腺と皮脂腺がつ ながって全身に張り巡らされているわけではないので,局所塗布後に当該組 成物が動物の体全体に広がる説明になっておらず,不明確である。
本件特許発明1は発明の詳細な説明が,当業者がその実施をすることがで きる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず,これは本件各特 許発明についても同様である。
よって,本件特許には平成14年法律第24号による改正前の特許法36 条4項に違反する無効理由があり,特許法123条1項4号によって特許無 効審判により無効にされるべきものであるから,特許法104条の3により 原告は権利を行使することができない。
(2) 原告の主張に対する反論 ア 原告は,発明の詳細な説明には,発明の作用機序が記載されている必要 はないと主張する。
しかし,本件各特許発明は,公知物質であるフィプロニルとメトプレン を組み合わせた組成物であるのだから,なぜ相乗効果があり単独で使用す るよりも優れているのかを説明するために,明細書において作用機序を開 示するべきである。
イ さらに原告は,本件明細書13頁26ないし27行の記載は,フィプロ ニルは塗布後@皮脂に溶解する,A皮脂の移動と共に動物の体全体を被覆 する,B皮脂腺中に濃縮される,C皮脂腺から長期間にわたり徐々に放出 される,という過程を経ることを開示するものである旨主張する。
しかし,本件明細書には,「フィプロニルのような化合物(A)は皮脂 中に溶解して動物の体全体を被覆し・・・」(13頁26行)とあるから, 原告が主張する作用機序はフィプロニル単独の機能であって,メトプレン と組み合わせた本件各特許発明の機能を説明するものではない。
〔原告の主張〕 被告は,本件明細書に作用機序が記載されていないから,実施可能要件に違反すると主張する。
しかし,そもそも明細書に作用機序を記載する必要はない。
また,本件各特許発明に関しては,明細書に作用機序が記載されていなくとも,当業者が実施可能である。現に,被告は,本件各特許発明技術的範囲に属する被告各製品を開発し,同製品は,本件各特許発明実施品である原告製品(フロントライン プラス)と同等の効果を発揮している(乙2)。
以上のとおり,本件特許は実施可能要件を満たし,特許法36条4項違反はない。
5 争点(2)エ(サポート要件違反)について〔被告の主張〕(1) 請求項5(取下げ前の本件特許発明1)には,「少なくとも一種のスポッ トオン調合用アジュバントとからなる」との記載がある。しかし,「スポッ トオン調合用アジュバント」が何を指すのか明細書中に記載や示唆が一切な い。本件特許発明1は発明の詳細な説明に記載されていないため,サポート 要件に違反する。これは本件各特許発明についても同様である。
また,ダニに対する相乗効果については実験が行われておらず,本件明細 書を参酌してもどのような相乗効果が存するのか分からないため,発明の詳 細な説明に記載されていないにもかかわらず,ダニに対する相乗効果が特許 請求の範囲に含まれていることになり,サポート要件に違反する。
以上のとおり,本件特許には特許法36条6項1号に違反する無効理由が あり,特許法123条1項4号によって特許無効審判により無効にされるべ きものであるから,特許法104条の3により原告は権利を行使することが できない。
(2) 原告の主張に対する反論 原告は,本件明細書には,「スポットオン調合用アジュバント」の例とし て,結晶化抑制剤や有機補助溶剤が記載されていると主張する。
しかし,「結晶化抑制剤」や「有機補助溶剤」が「スポットオン調合用ア ジュバント」の一種であるというならば,本件明細書中にスポットオン調合 用アジュバントの例示であると明記するべきである。
また,特許請求の範囲の記載においても,例えば請求項24は「結晶化抑 制剤(b)を1〜20%(W/V)の比率でさらに含む請求項5に記載の組 成物」と記載されている。しかし,請求項24が従属する請求項5の記載は, 「少なくとも一種のスポットオン調合用アジュバントとから成る」となって おり,特許請求の範囲の記載からは請求項5に「結晶化抑制剤」を加えたよ うに解釈でき,「結晶化抑制剤」が請求項5の「スポットオン調合用アジュ バント」であるとは理解できない。
したがって,本件各特許発明発明の詳細な説明に記載されていない構成 を含み,サポート要件を満たさないから,特許法36条6項1号の規定に違 反する。そうすると,本件特許は,特許法123条1項4号によって特許無 効審判により無効にされるべきものであるから,特許法104条の3により 原告は権利を行使することができない。
〔原告の主張〕(1) 被告は,本件明細書中に結晶化抑制剤や有機補助溶剤がスポットオン調合 用アジュバントの例示であると明示されていないことを根拠に,本件各特許 発明は発明の詳細な説明に記載されていない構成を含むと主張する。
しかし,スポットオン調合用アジュバントが,その文言から,「スポット オン製剤の調合に用いられる補助剤(製剤の働きを助けまたは効果を高める 成分)」であることは当業者に明らかであり,また,本件明細書に記載の結 晶化抑制剤や有機補助溶剤がその一例であることは,その記載から明らかで ある。
(2) また,被告は,請求項24の記載を引用し,結晶化抑制剤がスポットオン 調合用アジュバントには含まれないと主張するが,それがなぜ記載要件違反 (36条6項1号違反)となるのかは不明である。しかし,いずれにせよ請 求項24は,請求項5にかかる組成物において結晶化抑制剤以外のスポット オン調合用アジュバントを用いる場合において,結晶化抑制剤を一定量加え るというものであって,結晶化抑制剤がスポットオン調合用アジュバントで はないことを示唆するものではない。
したがって,本件特許は,サポート要件を満たし,特許法36条6項1号 違反はない。
6 争点(2)オ(明確性要件違反)について〔被告の主張〕(1) 本件特許は,フィプロニルと幼虫ホルモンを組み合わせた組成物が相乗効 果を有するとし,その組成物が特許請求の範囲に記載されている。しかし, 本件明細書には,記載されている組成物がどのような組成物と比較してどの ような相乗効果を有するのかは明確に記載されておらず,それについての試 験成績の科学的根拠について本件明細書中で全く示されていない。
また,本件特許発明1に記載の「少なくとも一種のスポットオン調合用ア ジュバント」について説明する記載が一切なく,「スポットオン調合用ア ジュバント」が何を表しているか不明である。
さらに,本件特許の特許請求の範囲請求項1に記載の「スポットオン用ア ジュバント」と同請求項5(取下げ前の本件特許発明1)に記載の「スポッ トオン調合用アジュバント」の名称が異なるため,これらが同一物質か否か 不明である。
本件特許発明1に係る請求項5の記載は,「下記式(I)で表される少な くとも種の化合物(A)」となっており,「少なくとも種」とは何を示すの か不明確である。
したがって,本件各特許発明は,不明確である。
本件特許には特許法36条6項2号に違反する無効理由があり,特許法1 23条1項4号によって特許無効審判により無効にされるべきものであるか ら,特許法104条の3により原告は権利を行使することができない。
(2) 原告の主張に対する反論 原告は,相乗効果は殺卵効果及び成長阻害効果に対するものであると主張 する。
しかし,請求項5は,「ノミ類およびダニ類から哺乳類を長期間保護する ための相乗効果を有する」と記載しているところ,この「相乗効果」が卵, 幼虫,成虫のいずれに対する「相乗効果」を発揮するのかは本件明細書の記 載を参酌しても不明である。
〔原告の主張〕(1) 前記4,5〔原告の主張〕のとおり「スポットオン調合用アジュバント」 の意義は明確であり,また「少なくとも種」は,該当する本件明細書10頁 19ないし20行にも「少なくとも一つの」と記載されているとおり,「少 なくとも一種」の誤記であることが明白である。また,本件各特許発明は, フィプロニルとメトプレンがそれぞれ有する効果の少なくともいずれかにあ れば足りるものであるから,それらの効果との関係で発明が不明確となるも のではない。
したがって,本件特許は,明確性に欠けることはなく,特許法36条6項2 号違反はない。
(2) なお,化合物(A)と化合物(B)の相乗量から成るとの特許請求の範囲 の文言からは,両化合物を組み合わせて成る組成物が,化合物(A)または 化合物(B)をそれぞれ単独で含む組成物と比較して,相和以上の効果を生 じる意味であることは明らかである。
そして,どのような相乗効果を有するのかについて,特許請求の範囲に記載 がないとしても,発明の特定に欠けるものではない。本件各特許発明に係る組 成物が化合物(A)または化合物(B)単独で使用した場合に比べ,高い相乗 効果を有することは,甲3文献等から明らかである。
そして,「スポットオン調合用アジュバント」は,スポットオン製剤の調合 に用いられる補助剤を意味することはその文言から明らかであるし,本件明細 書の記載を参酌すれば,より明確であるということができる。
当裁判所の判断
1 争点(1)(構成要件1Cの充足性)について (1) 本件明細書には,以下の記載がある(以下,それぞれ「摘記事項ア」ない し「摘記事項ヌ」という。)。
ア 「本発明は哺乳動物のノミ,特に猫および犬のノミの防除方法の改良に 関するものである。
本発明はさらに,この用途として既に公知の殺虫剤の新規な組合せに クレーム基ずく(判決注;ママ)相乗効果を有する組成物に関するもの である。
本発明はさらに,この組成物を製造するための公知殺虫剤の使用に関 するものである。」(6頁末行ないし7頁2行)イ 「本発明の方法および組成物の非常に高い効力は,即効性だけではなく, 動物に処置した後の非常に長い間持続効果も含むものである。」(7頁 30ないし31行)ウ 「本発明の対象は,皮膚への局所塗布に適した動物に塗布適可能な(判 決注;ママ)流体ビヒクル中に,少なくとも一種の下記式(I)の化合 物(A)とIGR(虫の成長調節剤)タイプの少なくとも一種の化合物 (B)とを殺虫剤として有効な量および比率で含む,皮膚に局所的(好 ましくは限定した小表面積上)に塗布(点状塗布)することによって動 物を処置することを特徴とする,小哺乳動物,特に猫および犬のノミを 長期間防除する方法にある」(7頁32ないし36行)エ 「 」(7頁37ないし44行)オ 「本発明で特に好ましい式(I)の化合物は1-[2,6-Cl24-CF 3 フェニ ル]3-CN4-[SO-CF3]-5-NH2ピラゾールであり,その一般名はフィ プロニルである。」(9頁8ないし9行)カ 「化合物(B)としては特に幼虫ホルモンによく似た化合物,特に下記 のものを挙げることができる: アザジラクチン-アグリジン ・・・ ヒドロプレン(サンドス) キノプレン(サンドス) メトプレン(サンドス) ピリプロキシフェン(住友/Mgk) ・・・ キチン合成抑制剤,特に下記のものを挙げることができる: クロルフルアズロン(石原産業) ・・・ これらの化合物は国際一般名(イギリス,クライヴ・トムリン編殺虫剤 マニュアル1994年第10版)で定義される。
また,キチン合成抑制剤として・・・1-(2,6-ジフルオロベンゾイル)- 3-(2-フルオロ-4-トリフルオロ-メチル)フェニルウレアを挙げることが できる。」(9頁13ないし42行)キ 「好ましい化合物(B)はメトプレン,ピリプロキシフェン,ヒドロプ レン,シロマジン,ルフェヌロンおよび1-(2,6-ジフルオロベンゾイ ル)-3-(2-フルオロ-4-(トリフルオロメチル)フェニルウレアである。」 (9頁44ないし46行)ク 「本発明のさらに他の対象は,皮膚への局所塗布,特に小表面積に限定 した塗布に適した,動物に適用可能な流体ビヒクル中に,上記定義の式 (I)の少なくとも一つの化合物(A)と上記定義の化合物(B)とを ノミの駆除に有効な量および比率で含むことを特徴とする組成物,特に 小哺乳動物のノミを防除するための組成物にある。」(10頁18ない し21行)ケ 「本発明で特に好ましい式(I)の化合物は1-[2,6-Cl24-CF3フェニル]- 3-CN4-[SO-CF3]5-NH2-ピラゾールである。」(11頁5ないし6行)コ 「上記のIGRタイプの化合物の中ではメトプレン,ピリプロキシフェ ン,ヒドロプレン,シロマジン,ルフェヌロンおよび1-(2,6-ジフルオ ロベンゾイル)-3-(フルオロ-4-(トリフルオロメチル)フェニルウレア が好ましい。・・・」(11頁14ないし16行)サ 「式(I)の化合物と化合物(B)との重量比は80/20〜20/80の範囲 にあるのが好ましい。」(11頁17ないし18行)シ 「点状塗布用組成物はさらに下記b)〜d)を含むのが好ましい: b) 結晶化抑制剤,特に1〜20%(W/V),好ましくは5〜15%の 比率で存在するもの。下記c)で定義される溶剤中に10%(W/V)の 式(I)の化合物と,この抑制剤10%とを含む0.3mlの溶液Aをガラス スライド上に20℃で24時間載せ,ガラススライド上に結晶がわずかにあ るか全くない,特に10個以下の結晶があるか,好ましくは全く結晶がな いことが肉眼で確認できる抑制剤, c) 誘電率が10〜35,特に20〜30の有機溶剤;この溶剤c)の含有率 は組成物全体100%となる値である。
d) 沸点が100℃以下,好ましくは80℃以下で,誘電率が20〜30の有機 補助溶剤;この補助溶剤は,d)/c)の重量/重量(W/W)比が1 〜15〜1/2の範囲にあるのが好ましい。この溶剤は特に乾燥促進剤と して作用するように揮発性で,水および/または溶剤c)と混和性であ る。」(11頁21ないし32行)ス 「本発明の点状塗布用の組成物は空気酸化を抑制するための酸化防止剤 を含むことができる。・・・」(11頁35ないし36行)セ 「ペット,特に,猫および犬を対象とする本発明の組成物は一般に皮膚 に塗布して使用する(「点状」または「流し込み」塗布)。これは一般 に2ヵ所で,好ましくは動物の両肩の間に位置する10cm2以下,特に5〜 10cm2の表面積に対する局部的な塗布である。本発明組成物は一度塗布す ると動物の体全体に広がってゆき,結晶化したり,毛の外観または手触 りを変えたりすることなく(特に,白っぽい付着物や埃っぽい外観がな い),乾燥する。
本発明の点状塗布用組成物は塗布および乾燥後の効果,作用の速さ,動 物の毛の好ましい外観という点で特に有利である。」(11頁37ない し43行)ソ 「本発明で使用できる有機溶剤c)としては,アセトン,アセトニトリ ル,ベンジルアルコール,ブチルジグリコール,ジメチルアセトアミド, ジメチルホルムアミド,ジプロピレングリコールn-ブチルエーテル,エ タノール,イソプロパノール,メタノール,エチレングリコールモノエ チルエーテル,エチレングリコールモノメチルエーテル,モノメチルア セトアミド,ジプロピレングリコールモノメチルエーテル,液体ポリオ キシエチレングリコール,プロミレングリコール,2-ピロリドン,特に, N-メチルピロリドン,ジエチレングリコールモノエチルエーテル,エチ レングリコールおよびフタル酸ジエチルあるいはこれら溶剤の少なくと も二つの混合物を挙げることができる。」(11頁44ないし12頁1 行)タ 「本発明で使用できる結晶化抑制剤b)としては特に下記のものを挙げ ることができる: 〔1〕ポリビニルピロリジン,ポリビニルアルコール,酢酸ビニルとビ ニルピロリドンとのコポリマー,ポリエチレングリコール,ベンジルア ルコール,マンニトール,グリセロール,ソルビトール,ポリオキシエ チレン化ソルビタンエステル;レシチン,ナトリウムカルボキシメチル セルロース,メタクリル酸塩等のアクリル誘導体, 〔2〕アルカリ性ステアレート,特に,ステアリン酸ナトリウム,カリ ウムまたはアンモニウム;ステアリン酸カルシウム;ステアリン酸トリ エタノールアミン;アビエチン酸ナトリウム;硫酸アルキル,特に硫酸 ナトリウムラウリルおよび硫酸ナトリウムセチル;ドデシルベンゼンス ルホン酸ナトリウム,ジオクチルスルホ琥珀酸ナトリウム;脂肪酸,特 にヤシ油から得られた脂肪酸等の陰イオン界面活性剤,〔3〕式N + R'R”R”'R” ”,Y - (ここで,基Rは,必要に応じてヒドロキシル化した炭化水素基であり,Y-はハロゲン化物,硫酸塩およびスルホン酸塩陰イオン等の強酸の陰イオンである)で表される水溶性第4アンモニウム塩のような陽イオン界面活性剤;臭化セチルトリメチルアンモニウムは使用できる陽イオン界面活性剤に含まれる,〔4〕式N+R'R”R”'(ここで,基Rは必要に応じてヒドロキシル化した炭化水素基であり)で表されるアミン。オクタデシルアミン塩酸は使用できる陰イオン界面活性剤に含まれる,〔5〕必要に応じてポリオキシエチレン化したソルビタンエステル,特にポリソルベート80,ポリオキシエチレン化アルキルエーテル;ステアリン酸ポリエチレングリコール,キャスターオイルのポリオキシエチレン化誘導体,ポリグリセロールエステル,ポリオキシエチレン化脂肪アルコール,ポリオキシエチレン化脂肪酸,酸化エチレンおよび酸化プロピレンのコポリマー等の非イオン界面活性剤,〔6〕ベタインの置換ラウリル化合物等の両性界面活性剤,あるいは,これら結晶化抑制剤の少なくとも二つの混合物。
特に好ましくは,一対の結晶化抑制剤,すなわちポリマータイプの皮膜形成剤と界面活性剤との組合せを用いる。
これらの薬剤の中では特に結晶化抑制剤b)として挙げた化合物から選択する。特に有利なポリマータイプの皮膜形成剤としては下記のものを挙げることができる:各種ポリビニルピロリドン,ポリビニルアルコール,ならびに酢酸ビニルとビニルピロリドンのコポリマー。
また,界面活性剤としては非イオン界面活性剤,好ましくはポリオキシ エチレン化ソルビタンエステル,特に,各種のポリソルベート,例えば ポリソルベート80を挙げることができる。
皮膜形成剤および界面活性剤は上記結晶化抑制剤の全体量の範囲内また は同一量で均質混合することができる。
上記組合せによって動物の毛で結晶化せず,被膜の外観が非常に好まし い,高濃度の活性材料にしても粘着性または粘着質外観を帯びる傾向が ないという目的を達成することができる。」(12頁2ないし40行)チ 「補助溶剤d)としては特に無水エタノール,イソプロパノール,メタ ノールを挙げることができる。」(12頁41ないし42行)ツ 「本発明の点状塗布用組成物は一般に上記定義の構成要素を単純に混合 するだけで製造できるる(判決注;ママ)が,まず第1に活性材料を主 溶剤中に混合した後に他の成分または補助剤を添加すう(判決注;マ マ)のが有利である。」(12頁46ないし48行)テ 「本発明の組成物は,一般に動物の両肩の間の皮膚の小面積に点状塗布 するための濃縮乳濁液,懸濁液または溶液の形にするのが特に好ましい (点状塗布溶液)。明らかにこれにより好ましくはないが,噴霧用溶液 または懸濁液の形,動物の体に流したい(判決注;ママ),塗り付ける 溶液,懸濁液または乳濁液の形(流し込み溶液),オイル,クリーム, 軟膏あるいは局所投与用のその他任意の流体配合物の形にすることがで きる。」(13頁1ないし5行)ト 「・・・点状塗布用の直ちにに(判決注;ママ)使用可能な組成物の投 与量の組成は1〜20mg/kg,好ましくは2〜10mg/kgの化合物(A), 特にフィプロニルと,1〜30mg/kg,好ましくは2〜10mg/kgの化合物 (B)または10〜20mg/kgの別の化合物(B)とを含む。」(13頁7 ないし10行)ナ 「本発明の組成物,特に,点状塗布用の組成物は,哺乳動物,特に猫や 犬等の小哺乳動物のノミに対する非常に長く持続する処置として極めて 有効であることが証明されている。
フィプロニルのような化合物(A)は皮脂中に溶解して動物の体全体を 被覆し,皮脂腺中に濃縮される。この皮脂腺から非常に長い期間にわ たって化合物が徐々に放出されるという発見はこれら組成物の効力の長 い持続性をよく説明するものであり,おそらく併用する化合物(B)の 作用の長い持続性も説明できるであろう。」(13頁24ないし29 行)ニ 「本発明はさらに,その他の寄生虫,特にダニに対しても効果を発揮し, 本発明の組成物の使用は獣医学の基準に従い,実際に得られる真の効用 を持つことが証明される外部寄生虫,あるいは,内部寄生虫の防除にま で拡大することができる。従って,例えばフィプロニルおよびフルアズ ロンを基材とする組成物はダニに対して使用することも可能である。・ ・・」(13頁30ないし33行)ヌ 「本発明の別の利点および特徴は下記の説明から明らかになるであろう。
しかし,本発明が下記実施例に限定されるものではない。
実施例 以下に説明する組成物製造の実施例では式(I)の化合物(A)として フィプロニルとして知られる化合物を使用する。
本発明の皮膚への局部塗布用組成物の製造例では下記の構成要素を混合 するのが有利である: a1 化合物(B)を1〜20%の比率(単位容量当たりの重量としての 百分率W/V) a2 式(I)の化合物(A)を1〜20%,好ましくは5〜15%の比率 (単位容量当たりの重量としての百分率W/V) 例えば,本発明組成物は構成要素b,cおよびdの各々の代表要素を含 む液体媒質中に化合物(A)および(B)を下記の濃度〔P/V〕で含 む(合計容量は1mlである)。
実施例1 フィプロニル 10% ピリプロキシフェン 5% 実施例2 フィプロニル 5% ピリプロキシフェン 5% 実施例3 フィプロニル 5% ピリプロキシフェン 20% 実施例4 フィプロニル 10% メトプレン 30% 実施例5 フィプロニル 10% 1-(2,6-ジフルオロベンゾイル)-3-(2-フルオロ-4-トリフルオロメチル) フェニルウレア 5% 猫は一匹につき100匹のノミを寄生させ,10日毎に寄生を繰り返した。
最初の徴候と同時に0.1ml/kgの実施例1の組成物を皮膚に局部塗布し た。処置の2ヵ月後で最後の寄生から10日後にノミは検出されず,収集 した卵は生存能力がなかった。
実施例1および実施例2の組成物を用いて同じ方法で処置した犬は,組 成物の塗布から2ヵ月後に同じ処置効果を示した。」(13頁37行な いし14頁末行)(2) 前記第2,1(5)ないし(7)及び上記(1)の本件明細書の記載によれば,本 件各特許発明は,ノミ類及びダニ類から哺乳類を長期間保護するための相 乗効果を有するスポットオン用組成物に関し,従来,共に殺虫剤として公 知の化合物であ る, 摘 記事項ウ,エ 記載 の式(I)で表 され る化合物 (A)と,虫の成長調節剤(IGR)タイプの殺卵子性化合物(B)を, 相乗効果が奏される量で組合せて用いるものであり,これにより,「即効 性だけではなく,動物に処置した後の非常に長い持続効果」(摘記事項 イ)が奏されるものである。そして,本件特許発明3及び本件訂正発明1 においては,化合物(A)として,フィプロニルを用いること,本件特許 発明4及び本件訂正発明2においては,化合物(B)として,メトプレン, ピリプロキシフェン,ルフェヌロン,ヒドロプレンおよびクリロマジンか ら選択されるものを用いること,さらに,本件特許発明5及び本件訂正発 明3においては,化合物(A)と化合物(B)の重量比が80/20〜2 0/80であること,とそれぞれ特定する発明であると認められる。
(3) 「スポットオン調合用アジュバント」の意義 被告は,被告各製品に含まれる クロタミトンは,構成要件1Cにいう 「スポットオン調合用アジュバント」には当たらない旨主張するので,以下, 検討する。
本件明細書には「スポットオン」ないし「スポットオン調合用アジュバ ント」の意味するところについて直接の記載はないが,「スポットオン」 が局所塗布の意味を含むことは技術常識であり(後記3(2)ア(ア)の乙23 公報,乙24公報,乙42公報各記載のとおり),この点については当事 者間に争いもないところ(平成26年5月29日付け被告準備書面(5)24 頁等),前記(1)のとおり,本件明細書には「皮膚に局所的(好ましくは限 定した小面積上)に塗布(点状塗布)する」(摘記事項ウ),「本発明の 点状塗布用の組成物」(摘記事項セ。なお摘記ツにも同旨記載),「本発 明の組成物は,一般に動物の両肩の間の皮膚の小面積に点状塗布するため の濃縮乳濁液,懸濁液または溶液の形にするのが特に好ましい(点状塗布 溶液)。」(摘記事項テ)等と記載されているところからみて,本件特許 の構成要件1Cにいう「スポットオン」とは,点状塗布をいうものと解さ れる。
そして,「アジュバント」については,英語の「adjuvant」が 「補助剤(農薬)」を意味するとされること(甲18,「科学技術35万 語大辞典」),アジュバントに関する記載として,「アジュバントは,殺 虫剤の働きを助け,又は効果を向上させる。その例には,湿潤剤,散布剤, 乳化剤,分散剤,溶媒,可溶化剤,貼付剤及び界面活性剤が含まれる」 (甲19,「カルバリル,カーボフラン及びメトミルを含む殺虫剤が環境 に及ぼす影響についての,米国国立海洋庁の海洋水産局の意見書」)とす るものがあり,これは本件特許の優先日当時の技術常識を示すものと認め られること,一般に,「用」の語について,これが接尾語的に用いられる 場合は,「・・・に使うためのものの意を表す。」(広辞苑第6版,28 82頁)とされていること等によれば,「スポットオン調合用アジュバン ト」については,「スポットオン用組成物の調合に使うための補助剤」の 意味であると解することができる。
(4) クロタミトンの「スポットオン調合用アジュバント」該当性 被告各製品における溶解補助剤としてクロタミトンが添加されているこ とは当事者に争いがないところ,溶解補助剤の意義について「難溶性の物 質に別の物質を加えると,溶液中で二つの物質が何らかの形で結合し,こ の結合したものがよく溶けることがある。このようにして難溶性物質の溶 液を作ることができるが,このとき加える物質が溶解補助剤である。」 (甲35,「薬科学大辞典」)とされることから,溶解補助剤とは,文字 通り成分の溶解を補助する剤を意味すると解される。そして,「調合」に ついては,「数種の薬剤をまぜ合わせて,ある薬をつくること。」(広辞 苑第6版,1827頁)とされていることから,被告各製品に溶解補助剤 として含まれるクロタミトンは,二つの主剤であるフィプロニルとメトプ レンとを調合しスポットオン用組成物である被告各製品とするための補助 剤であるものと理解することができる。そうすると,被告各製品に溶解補 助剤として添加されたクロタミトンは,「スポットオン調合用アジュバン ト」に該当するというべきである。
以上により,被告各製品はクロタミトンの存在により「スポットオン調 合用アジュバント」を含有すると認められるから,被告各製品は構成要件 1Cを充足するというべきである。
(5) VC-713及びポリオキシエチレンフィトステロールの「スポットオ ン調合用アジュバント」該当性 原告は,被告各製品に含まれるVC-713及びポリオキシエチレン フィトステロールについても,「スポットオン調合用アジュバント」に当 たる旨主張するので,この点についても判断する。
被告各製品には,別紙被告各製品説明書記載3(1)ウ,エのとおり,V C-713及びポリオキシエチレンフィトステロールがいずれも溶解補助 剤として添加されていることについては争いがないところ,VC-713 につき,甲37文献には,その特性について「VC-713は,陽イオン 性の機能を有する被膜形成剤であり,水溶性は,シャンプーにより髪の毛 から除去するのを容易にする」と,その用途について「被膜形成及びヘア スプレー中のヘア固定剤」と,それぞれ記載されている。
また,ポリオキシエチレンフィトステロール (混合されたフィトステ ロールのポリ(オキシエチレン)付加体)については,甲38の1文献及 び甲38の2文献には,その「使用パターン」として,殺虫剤の「界面活 性剤,関連するアジュバント」として使用するとされている。
これら文献の記載に照らすと,被告各製品に溶解補助剤として添加され たVC-713及びポリオキシエチレンフィトステロールは,いずれも皮 膜形成剤ないし界面活性剤であり,結晶化抑制剤としての性質を有すると 認めることができる。
そうすると,前記(4)で認定した溶解補助剤の意義からすれば,VC- 713及びポリオキシエチレンフィトステロールについても,クロタミト ンと同様に「スポットオン調合用アジュバント」に該当するものというべ きである。
(6) 被告の主張に対する判断 ア 被告は,結晶化抑制剤は本件各特許発明の「スポットオン調合用ア ジュバント」に該当しない旨主張する。
しかし,本件明細書には,「点状塗布用組成物はさらに下記b)〜 d)を含むのが好ましい:b)結晶化抑制剤・・・。」(摘記事項シ) と記載されており,点状塗布用組成物において,結晶化抑制剤は動物の 毛で成分が結晶化せずに毛の外観,手触りを変えないようにするために 添加されるものであることも記載されていることから(摘記事項シ,同 セ),結晶化抑制剤は,点状塗布用組成物の調合に使うための補助剤, すなわち「スポットオン調合用アジュバント」であると理解することが できる。
そうすると,たとえ本件明細書にクロタミトンが明示的に記載されて いないとしても,結晶化抑制剤であるクロタミトンは,構成要件1Cの 「スポットオン調合用アジュバント」に該当すると解するのが相当であ る。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
イ この点に関して被告は,被告各製品に含まれるクロタミトンは,本件 明細書において結晶化抑制剤として挙げられたポリビニルピロリドンと は結晶化を抑制する詳細な作用機序が異なる,具体的には,結晶化抑制 剤を分類すると結晶核生成阻害物質と結晶核成長阻害物質とすることが できるとした上で,クロタミトンは前者に,本件明細書において結晶化 抑制剤として挙げられた物質はいずれも後者に属するから,作用機序が 異なり構成要件1Cを充足しない旨主張する。
しかし,前記(4)のとおり認められる溶解補助剤及び前記(6)アのとお り認められる結晶化抑制剤の意義からして,成分の結晶化を抑制すると いう最終的な作用としては,結局被告の主張する両結晶化阻害物質は同 じものであって,いずれにしろ溶解補助剤として構成要件1Cにいう 「スポットオン調合用アジュバント」に該当するものというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
ウ さらに被告は,VC-713は被告各製品において展着剤として配合 していること,VC-713及びポリオキシエチレンフィトステロール についても,本件明細書に結晶化抑制剤ないし非イオン化界面活性剤と して列挙された物質等とは異なること等を理由に,いずれも「スポット オン調合用アジュバント」に当たらない旨主張する。
まず展着剤の意義については,「多くの展着剤は,界面活性剤を主成 分とする粘稠な液体で」あり(甲44),「表面活性剤」である(甲4 5。なお界面活性剤と同義)とされるところ,被告は,被告各製品の承 認申請において,VC-713につき,それと記載することが可能な粘 稠剤,粘稠化剤ないし界面活性剤ではなく(乙30),溶解補助剤とし て記載していること(乙27),前記(5)のとおりVC-713は皮膜 形成剤であり結晶化抑制作用を有することからすれば,展着剤として配 合されているとして「スポットオン調合用アジュバント」には当たらな いとする被告の主張には理由がないというべきである。
また,VC-713及びポリオキシエチレンフィトステロールが,本 件明細書に結晶化抑制剤ないし非イオン化界面活性剤として列挙された 物質等とは異なるとしても,いずれも前記(5)のとおり溶解補助剤とし て機能することからすれば,いずれも構成要件1Cにいう「スポットオ ン調合用アジュバント」に当たると解するのが相当である。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(7) なお,構成要件1C以外の充足性については,前記第2,1(10)のとお り,当事者間に争いがないか少なくとも被告は明らかに争っていないもの と認められるが,被告は,平成27年1月27日付け被告準備書面(7)2 2ないし23頁において,以下のようにも主張しているので,念のため, その内容につき検討する。
被告は,上記準備書面において,@構成要件1Aにおける「液体賦形 剤」については,構成要件1Cの「アジュバント」とどのように区別され るのか不明であるから明確性要件に違反し,その範囲が不明確である,A 構成要件1B(2)の「少なくとも一種の幼虫ホルモン類似化合物の虫の 成長調節剤(IGR)タイプの殺卵子性化合物(B)との点,及び,構成 要件4Aの「IGRタイプの化合物がメトプレン,ピリプロキシフェン, ルフェヌロン,ヒドロプレンおよびクリロマジンから選択される」は,い ずれも原告自身が形式的瑕疵の存在を認め訂正の用意があるとして未確定 の範囲である,B構成要件1Dの「ダニ類」に対する点,及び「長期間保 護するための相乗効果」については認められないことから未確定の範囲で ある,等の理由により,被告各製品の成分と比較ができないなどとする。
これらの被告の主張はいずれも判然とはしないものの,上記@の点につ いて,「賦形剤」とは「薬剤を服用しやすくするなどのために加える物質。
水薬における蒸留水,散薬における乳糖など。成形薬。補形薬。」(広辞 苑第6版,2444頁)とされているところ,本件明細書の摘記事項ウ, 同ク,同テ等によれば,構成要件1Aの「液体賦形剤」については,主剤 を溶解して局所塗布可能とする溶剤を指すものとして明確であり,被告各 製品は局所塗布するために主剤を溶解する溶剤を含むことに争いはないか ら,構成要件1Aを充足する。
また,Aの点について,なるほど原告は本件訂正発明2(訂正後請求項 10)の構成要件4Aに記載された化合物のうちのルフェヌロン及びクリ ロマジンにつき,キチン合成阻害剤が審査の過程で誤って残ってしまった 形式的瑕疵であり原告はこれを削除する予定であるとしている(平成26 年7月29日付け原告代理人作成の特許庁審判長宛て「上申書(3)」と題 する書面。乙58)。しかし,被告各製品において構成要件の充足性が問 題とされているのは,構成要件4Aで示され,被告各製品が主剤として含 むことに争いのないメトプレンであり,構成要件4Aに示されたルフェヌ ロン及びクリロマジンについて請求項からの削除の有無ないし可否にかか わらず,その充足性に問題はないというべきである。
さらに,Bの点については,後記3(2)イ,5(1)イ,6(1)のとおり, 本件各特許発明につき,「ダニ類」に対する効果及び「長期間保護するた めの相乗効果」について,これらはいずれも認められるものであって,本 件特許の有効性に問題はなく,被告各製品の構成要件充足性についても問 題となる点は認められない。
以上のとおり,被告の上記主張は判然とはしないものの,いずれにして も理由がないことは明らかである。
2 争点(2)ア(乙1公報に基づく新規性欠如)について(1) 乙1公報には,以下の記載がある。
ア 特許請求の範囲 (ア) 請求項1 「昆虫成長制御活性化合物と4-(2-ブロモ-1,1,2,2-テ トラフルオロエチル)-1-(3-クロロ-5-トリフルオロメチル ピリジン-2-イル)-2-メチルイミダゾール,5-アミノ-3- シアノ-1-(2,6-ジクロロ-4-トリフルオロメチルフェニ ル)-4-トリフルオロメチルスルフィニルピラゾールおよび5-ア ミノ-3-シアノ-1-(2,6-ジクロロ-4-トリフルオロメチ ルフェニル)-4-トリフルオロメチルチオピラゾールからなる群よ り選ばれる一種以上のN-アリールジアゾール化合物とを有効成分と して含有することを特徴とする害虫防除剤。」(イ) 請求項2 「昆虫成長制御活性化合物が幼若ホルモン活性化合物である請求項1 記載の害虫防除剤。」イ 発明の詳細な説明・ 「【化3】 で示される5-アミノ-3-シアノ-1-(2,6-ジクロロ-4- トリフルオロメチルフェニル)-4-トリフルオロメチルチオピラ ゾール〔以下,化合物Cと記す。〕からなる群より選ばれる一種以上 のN-アリールジアゾール化合物とを有効成分として含有する害虫防 除剤(以下,本発明組成物と記す。)である。上述のN-アリールジ アゾール化合物は特開平4-211682号公報および特開昭63- 316771号公報に記載の化合物であり,該公報の記載にしたがっ て製造される。」(段落【0004】)・「本発明において用いられる昆虫成長制御活性化合物としては,例えば以下に示されるような幼若ホルモン活性化合物やキチン合成阻害剤を挙げることができる。幼若ホルモン活性化合物としては,例えば以下のものが挙げられる。
(1)4-フェノキシフェニル 2-(2-ピリジルオキシ)プロピルエーテル〔ピリプロキシフェン〕・・・(3)イソプロピル (2E,4E)-11-メトキシ-3,7,11-トリメチル-2,4-ドデカジエノエート〔メソプレン〕・・・(5)エチル (2E,4E)-3,7,11-トリメチル-2,4-ドデカジエノエート〔ヒドロプレン〕」(段落【0005】)・「また,キチン合成阻害剤としては,例えば・・・および以下に示されるベンゾイル尿素系化合物(7)1-(2,6-ジフルオロベンゾイル)-3-〔2-フルオロ-4-(トリフルオロメチル)フェニル〕ウレア・・・」(段落【0006】)・「本発明組成物中の有効成分化合物は,通常,固体担体や液体担体と混合し,必要により界面活性剤やその他の製剤用補助剤を添加して,油剤,乳剤,粉剤,燻煙剤,エアゾール,液化炭酸ガス製剤,毒餌剤,樹脂剤などに製剤された本発明組成物として用いられる。これらの製剤中には,有効成分化合物は合計量で通常 0.001〜95重量%含有される。」(段落【0009】) ・「・・・このようにして成型された本発明組成物を,さらに適宜成型,裁断等の工程を経て動物用防虫首輪とすることもできる。さらに,毒餌剤用の餌物質および誘引物質としては,例えば小麦粉,トウモロコシ粉等の穀粉,ポテトスターチ,コーンスターチ等の澱粉,グラニュー糖,麦芽糖,蜂蜜等の糖類,グリセリン,オニオンフレーバー,ミルクフレーバー,バターフレーバー,ストロベリーフレーバー等の食品フレーバー,蛹粉,魚粉,オキアミ粉等の動物性粉末,各種フェロモンなどが挙げられる。」(段落【0011】)・「このようにして得られる本発明組成物は,そのままであるいは水等で希釈して用いられる。乳剤等は,一般に水で希釈して有効成分化合物を重量割合で1〜10000ppm程度含む希釈液にして施用し,油剤,エアゾール,燻煙剤,樹脂剤,毒餌剤等はそのまま施用する。本発明組成物の施用量は,防除対象害虫の種類,製剤の種類,施用場所,施用方法等により異なるが,一般に 0.0001 〜 10 g/m2 程度である。」(段落【0012】)・「以下,本発明を製剤例および試験例にてより具体的に説明するが,本発明はこれらの例のみに限定されるものではない。
製剤例1N-アリールジアゾール化合物0.1重量部および昆虫成長制御活性化合物0.1重量部を脱臭ケロシン59.8重量部に溶解し ,エアゾール容器に入れる。エアゾール容器にバルブ部分を取り付け,該バルブ部分を通じプロパンガス40.0重量部を加圧充填することにより油性エアゾールを得る。
製剤例2 N-アリールジアゾール化合物0.2重量部および昆虫成長制御活性化合物0.2重量部を脱臭ケロシン14.6重量部に溶解し,これに塩化メチレン40.0重量部と1,1,1-トリクロロエタン17.0重量部とを添加し,エアゾール容器に入れる。エアゾール容器にバルブ部分を取り付け,該バルブ部分を通じプロパンガス28.0重量部を加圧充填することにより油性トータルリリースエアゾールを得る。」(段落【0013】)・「製剤例3・・・打錠成型し,毒餌剤を得る。
製剤例4・・・ペット用防虫首輪を得る。」(段落【0014】)・「以下,試験例にて本発明組成物の効果を具体的に示すが,試験例中,昆虫成長制御活性化合物およびN-アリールジアゾール化合物は前述の化合物記号および化合物番号で表す。
試験例1N-アリールジアゾール化合物Bと昆虫成長制御活性化合物(7)とを所定割合に混合したもの5重量部,ソルポールSM200(東邦化学製界面活性剤)10重量部およびキシレン85重量部を混合して乳剤を得た。該乳剤を蒸留水で250倍に希釈し,得られた希釈液をピペッ ト にて 15cm×15cmの化 粧板 6 枚に 50ml /m 2 塗布 した 。 2.0m ×1.25m の試験容器の中の対角線上の2隅に餌と水とを置き,餌と水とを囲うように各隅に3枚ずつの化粧板を設置し,1日後および16週間後に,それぞれチャバネゴキブリ一令,二令,三令幼虫の各々10頭と成虫6頭(雄3頭,卵鞘を持った雌3頭)とを放した。2週間後 から24週間後まで2週間隔で,生存しているチャバネゴキブリの成虫,幼虫の数を数えた。のべ総数を表1に示す。 」(段落【0015】)・「【表1】(判決注;略) 上表に見られるように,化合物(7)の昆虫成長制御化成化合物(判決注;ママ)と化合物Bとを混用することにより,同薬量でほぼ2倍の防除効果が得られる。」(段落【0016】)・「試験例2N-アリールジアゾール化合物Bと昆虫成長制御活性化合物(7)とを所定割合に混合したもの1重量部,小麦粉12重量部,ブドウ糖35重量部,蛹粉7重量部,水10重量部および粉糖35重量部を混合して毒餌剤を得た。得られた毒餌剤を豚舎の床上に1g/m 2 となるように散布し,予め決めておいた一定場所(豚舎ケージのてすり部分等)にとまっているイエバエの数を,薬剤処理前,薬剤処理1日後,4週間後,8週間後にそれぞれ数えた。薬剤処理後のイエバエの数の平均値より次式【数1】(判決注;略)により駆除率を算出した。結果を表2に示す。 」(段落【0017】)・「【表2】(判決注;略)上表に見られるように,化合物(7)の昆虫成長制御化成化合物(判決注;ママ)と化合物Bとを混用することにより,同薬量でほぼ2倍 の防除効果が得られる。」(段落【0018】) ・「【発明の効果】本発明組成物は,N-アリールジアゾール化合物や 昆虫成長制御活性化合物を各々単独で用いた場合に比べて,同薬量で 非常に優れた害虫防除効果を示すものである。 」(段落【001 9】)(2) 上記(1)によれば,乙1公報には,以下の内容の発明(以下「乙1発明」 という。)が記載されていると認められる(下線は判決で付記)。
「4-(2-ブロモ-1,1,2,2-テトラフルオロエチル)-1- (3-クロロ-5-トリフルオロメチルピリジン-2-イル)-2-メチ ルイミダゾール,5-アミノ-3-シアノ-1-(2,6-ジクロロ-4 -トリフルオロメチルフェニル)-4-トリフルオロメチルスルフィニル ピラゾールおよび5-アミノ-3-シアノ-1-(2,6-ジクロロ-4 -トリフルオロメチルフェニル)-4-トリフルオロメチルチオピラゾー ルからなる群より選ばれる一種以上のN-アリールジアゾ-ル化合物と (請求項1。なお請求項2にも引用),幼若ホルモン活性化合物である昆 虫成長制御活性化合物とを有効成分として含有する害虫防除剤(請求項 2)。」 そして,乙1発明における「5-アミノ-3-シアノ-1-(2,6- ジクロロ-4-トリフルオロメチルフェニル)-4-トリフルオロメチル スルフィニルピラゾール」(下線部分)は,フィプロニルに相当し(段落 【0004】。なお,乙1公報にフィプロニルが示されていることについ ては当事者間に争いがない。),また,幼若ホルモン活性化合物である昆 虫成長制御活性化合物の例として挙げられたピリプロキシフェン,メソプ レン(メトプレン),ヒドロプレン(段落【0005】)は,本件各特許 発明の構成要件1B(2)及び4AにいうIGRタイプの化合物と一致す る(摘記事項ウ,同カ)。
以上を前提とすると,本件特許発明3及び本件訂正発明1と,乙1発明 との一致点及び相違点は以下のとおりであると認められる。
一致点:フィプロニル(A)と少なくとも一種の幼虫ホルモン類似化合 物の虫の成長調節剤(IGR)タイプの殺卵子性化合物(B) とを含有する害虫防除剤組成物である点 相違点:本件特許発明3(本件訂正発明1)においては,害虫防除剤組 成物が,動物の皮膚に局在塗布可能な液体賦形剤に溶解した, 成分(A)と成分(B)との相乗量と,少なくとも一種のス ポットオン調合用アジュバントとから成る,ノミ類およびダニ 類から哺乳類を長期間保護するための相乗効果を有するスポッ トオン用組成物と特定されているのに対し,乙1発明には,そ のように特定されていない点(3) そこで,上記相違点について検討するに,乙1公報には,フィプロニル と幼虫ホルモン類似物を組み合わせ,これに基づき同薬量でほぼ2倍の効 果を得る相加効果については記載されていると認められるものの(段落 【001 6】, 【0 018】 ) ,両 成分 の「相乗 量」( 構成 要件1 B (3))の組み合わせにより「ノミ類及びダニ類から哺乳類を長期間保護 するための相乗効果を有する」(構成要件1D)ことに関する記載がある ものとは認められず,乙1公報の記載から上記「相乗量」や「ノミ類及び ダニ類から哺乳類を長期間保護するための相乗効果を有する」ことを示唆 する何らの技術的事項も窺うことができない。
また,乙1公報には,剤形に関し,「油剤,乳剤,粉剤,燻煙剤,エア ゾール,液化炭酸ガス製剤,毒餌剤,樹脂剤などに製剤」(段落【000 9】)とされる旨の一般的な記載がされ,実施例に,油性エアゾール及び 油性トータルリリースエアゾール(段落【0013】),錠剤とした毒餌 剤及びペット用防虫首輪(段落【0014】)とした例が示されるにとど まり,スポットオン用組成物とすることやスポットオン調合用アジュバン トを含むことについては開示も示唆もされていない。
したがって,本件特許発明3(本件訂正発明1)は,乙1公報に記載さ れた発明と同一若しくは実質的に同一であるとはいえない。
(4) この点に関して被告は,乙1公報には本件各特許発明の相乗量(構成要件 1B(3))に関する記載があると主張する。
しかし,乙1公報には,フィプロニルと幼虫ホルモン類似物を組み合わせ ることは記載されているものの,両成分の相乗量(構成要件1B(3))に 関する記載がないことは,前記(3)で認定したとおりである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(5) 以上のとおり,被告の乙1公報に基づく新規性欠如の主張は理由がない。
3 争点(2)イ(乙1公報に基づく進歩性欠如)について (1) 乙1公報に記載された乙1発明と,本件特許発明3(本件訂正発明1) との一致点及び相違点については,前記2(2)のとおりである。
前記相違点,すなわち「本件特許発明3(本件訂正発明1)においては, 害虫防除剤組成物が,動物の皮膚に局在塗布可能な液体賦形剤に溶解した, 成分(A)と成分(B)との相乗量と,少なくとも一種のスポットオン調 合用アジュバントとから成る,ノミ類およびダニ類から哺乳類を長期間保 護するための相乗効果を有するスポットオン用組成物と特定されているの に対し,乙1発明には,そのように特定されていない点」について,以下 のとおり認められる。
(2)ア 相違点に係る構成の容易想到性について (ア) 乙23公報,乙24公報,乙39文献,乙40文献,乙42公報の 記載は以下のとおりである。
・ 乙23公報(発明の名称「置換ピリジルピラゾール」,出願日 平成7年4月20日,出願人 バイエル・アクチエンゲゼルシヤフ ト)には,活性化合物を含む有害生物防除剤の投与方法について, 「・・・経皮投与は,例えば浸漬,噴霧又はポアリングオン(p oring-on)及びスポッティングオン(spotting -on),ならびに粉剤散布(dusting)の形態で行われ る。・・・」(段落【0053】。下線は判決で付記)と記載さ れている。
・ 乙24公報(発明の名称「殺虫剤及び殺ダニ剤としてのN―フ エニルフラゾール」,出願日 平成4年9月8日,出願人 ゼネカ ・リミテツド)には,殺虫剤の投与方法として「・・・本発明の 化合物は成虫段階及び生長の未成熟段階にある害虫の感受性種と 耐性種との両方を殺減するのに有効であり,しかも局所,経口又 は非経口投与により,害虫のたかった宿主動物に施用することが できる。」(7頁右上欄18ないし25行。下線は判決で付記) と記載されている。
・ 乙39文献には,「90年代の初期まで,イミダクロプリドは 主に作物保護のために使用されており,その時点において,・・ ・によりイミダクロプリドのノミに対する活性がノミに寄生され た犬に対してあることが認識されていた。世界中で開発された結 果,局所溶液のアドバンテージ?(イミダクロプリド10%スポッ トオン)が1996年3月に米国で最初に登録された。」と記載 されている。(99頁1ないし5行。下線は判決で付記) ・ 乙40文献には,イミダクロプリドを有効成分とするスポット オン液剤である,ノミ駆除剤「アドバンテージスポット」が記載 されている。
・ 乙42公報には,ペット等の動物において見出すことができる 寄生虫の抑制に適した活性化合物の投与について,「経皮的投与 は,たとえば入浴,浸漬,噴霧,ポアリングオンもしくはスポッ ティングオン,洗浄,シャンプー,ポアリングオーバーならびに 粉剤散布の形態で行われる。」(乙52〔被告提出の訳文〕の9 頁13ないし16行による。)と記載されている。
(イ) 前記(ア)によれば,乙23公報,乙24公報,乙42公報の記載に おける「スポッティングオン」や「局所投与」は,害虫防除剤におけ る経皮的投与を含む投与方法の一例として挙げられているにすぎない ものである。また,乙39文献及び乙40文献には,イミダクロプリ ドを有効成分とするスポットオン液剤である,ノミ駆除剤「アドバン テージ」ないし「アドバンテージスポット」が記載されているが,イ ミダクロプリドは,本件特許の有効成分であるフィプロニル等とは異 なる物質である。
(ウ) 一方,本件各特許発明は,発明の詳細な説明に「フィプロニルの ような化合物(A)は皮脂中に溶解して動物の体全体を被覆し,皮脂 腺中に濃縮される。この皮脂腺から非常に長い期間にわたって化合物 が徐々に放出されるという発見はこれら組成物の効力の長い持続性を よく説明するものであり,おそらく併用する化合物(B)の作用の長い持続性も説明できるであろう。」(摘記事項ナ)とあるように,フィプロニルがスポットオン用組成物とすることに適することを見出したことにより完成された,「ノミ類およびダニ類から哺乳類を長期間保護するための相乗効果を有するスポットオン用組成物」である。
そして,前記(ア)の各文献(乙23公報,乙24公報,乙39文献,乙40文献及び乙42公報)によれば,本件特許の出願時において,殺虫剤の経皮的投与の例として,局所塗布やスポットオンは知られているものであったといえるものの,いずれの文献にも,フィプロニルがスポットオン用組成物とすることに適したものであることについては記載も示唆もされていないことからすると,乙1発明の害虫防除剤を基にして,「ノミ類およびダニ類から哺乳類を長期間保護するための相乗効果を有するスポットオン用組成物」(構成要件1D及び1E)を製造することは,当業者が容易に想到できたものとは認められないというべきである。加えて,そもそも乙1公報の発明の詳細な説明には,前記2(3)のとおり,剤形に関する記載として油性エアゾール及び油性トータルリリースエアゾール(段落【0013】),錠剤とした毒餌剤及びペット用防虫首輪(段落【0014】)とした例が示されるにとどまること,害虫防除剤の投与に関する記載としても動物用防虫首輪及び毒餌剤(段落【0011】),燻煙剤(段落【0012】)が示されているにすぎないこと,実施例においても環境散布におけるゴキブリに対する防除効果及び毒餌剤によるハエに対する防除効果を確認するのみ(段落【0015】,【0017】)であって,害虫から保護する対象である哺乳類の皮膚に直接投与することを示唆 する記載はないことなどからすると,乙1発明の害虫防除剤を,哺乳 類の皮膚に直接投与するための組成物とすること,ないしスポットオ ン用組成物とすることについての動機付けはないものというべきであ る。
イ 相乗効果の認定について なお,本件特許の出願後に提示された,甲3文献,甲25文献に記載さ れる効果を,進歩性の判断にあたり,参酌できるかどうかについて,以下 検討する。
特許法29条2項の要件充足性を判断するに当たり,明細書に,「発明 の効果」について何らの記載がないにもかかわらず,出願人において,出 願後に実験結果等を提出して主張又は立証することは,先願主義を採用し, 発明の開示の代償として特許権(独占権)を付与するという特許制度の趣 旨に反することになるので,特段の事情のない限りは,許されないという べきである。また,出願に係る発明の効果は,現行特許法上,明細書の記 載要件とはされていないものの,出願に係る発明が従来技術と比較して, 進歩性を有するか否かを判断する上で,重要な考慮要素とされるのが通例 である。出願に係る発明が進歩性を有するか否かは,解決課題及び解決手 段が提示されているかという観点から,出願に係る発明が,公知技術を基 礎として,容易に到達することができない技術内容を含んだ発明であるか 否かによって判断されるところ,上記の解決課題及び解決手段が提示され ているか否かは,「発明の効果」がどのようなものであるかと不即不離の 関係があるといえる。そのような点を考慮すると,明細書において明らか にしていなかった「発明の効果」について,進歩性の判断において,出願 の後に補充した実験結果等を参酌することは,出願人と第三者との公平を 害する結果を招来するので,特段の事情のない限り許されないというべきである。他方,進歩性の判断において,「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは,上記の特許制度の趣旨,出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから,明細書に,「発明の効果」に関し,何らの記載がない場合はさておき,当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には,記載の範囲を超えない限り,出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり,許されるか否かは,前記公平の観点に立って判断すべきである。
この観点からすると,甲3文献及び甲25文献の各実験結果は,いずれもフィプロニルとメトプレンの併用は,それぞれを単独で使用した場合と比して,薬剤投与をした2か月後に至っても,新たにノミが感染しそのノミが生む卵の孵化及び成虫化の抑制に対し,相乗効果を有することを示している(甲3文献の6項,同8項,表8ないし10。甲25文献の「3.結果」,表1,2,図1,2)。そして,本件明細書には,化合物(A)としてフィプロニル,化合物(B)としてメトプレンを(実施例4),及び,化合物(A)としてフィプロニル,化合物(B)としてピリプロキシフェンを(実施例1ないし3),それぞれ含む組成物を製造したことが実施例をもって具体的に開示されており,フィプロニルとピリプロキシフェンを動物の皮膚に局所塗布した場合については,2か月にわたりノミが検出されず,また,収集した卵に生存能力がなかったことが示されている(摘記事項ヌ)。ピリプロキシフェンとメトプレンはいずれも幼虫ホルモン類似化合物であり(摘記事項カ),本件明細書に好ましい化合物(B)の例として挙げられているものであって(摘記事項キ),同様の作用が期 待できるから,フィプロニルとメトプレンを併用した場合についても, フィプロニルとピリプロキシフェンの併用と同様の効果が奏されることが 窺える。そうすると,甲3文献及び甲25文献に示される,フィプロニル とメトプレンの併用による相乗効果については,本件明細書の記載から推 論できるものであると認められるから,これらを参酌することは許容され ると解すべきである。
一方,乙1公報についてみると,試験例をもって具体的に開示されてい るのは,フィプロニルと,1-(2,6-ジフルオロベンゾイル)-3- [2-フルオロ-4-(トリフルオロメチル)フェニル]ウレアとの組み 合わせについて,薬剤を環境に配置した場合のゴキブリ及びハエについて の防除効果を試験したところ,同薬量でほぼ2倍の防除効果が奏されたと の結果であり(段落【0015】,【0017】),これは相加効果にす ぎないものであって,本件各特許発明における,ノミ類及びダニ類から哺 乳類を長期間保護するための相乗効果については何ら示されていないし, その示唆があるともいえない。そうすると,本件各特許発明は,公知文献 の記載からは予測し得ない格別顕著な効果である相乗効果を奏するものと 認められる。
(3) この点に関して被告は,甲25文献の表3と表4について,大きな誤差を 含むか,あるいは信頼性がない旨主張する。
しかし,甲25文献の表1,2,図1,2を含む部分は,フィプロニルと メトプレンとの併用は,卵の孵化及び成虫化の抑制に対し相乗効果を有する ことを示しているものと認められるところ,甲25文献の表3,4は,ノミ の成虫に対する効果を検討するための試験であって,この部分の試験結果が 仮に相乗効果を示すものとして十分でないとしても,これのみをもって甲2 5文献全体の記載内容に信頼性がないということにはならない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(4) また,被告は,本件各特許発明について,ノミの生活環の一時点にしか効 果がなく,メトプレンも光分解をして成分量が減少し相乗量を維持すること ができないなどとして,本件各特許発明の相乗効果は認められない旨主張す る。
しかし,ノミの生態やメトプレンの光分解性がどのようなものであったと しても,本件明細書には,フィプロニルとピリプロキシフェンを含む組成物 について,2か月にわたり効果が持続することが記載されており,さらに, 甲3文献及び甲25文献には,フィプロニルとメトプレンの併用について, 同様に2か月以上持続する効果が示されているのであるから,本件各特許発 明の相乗効果を否定できるものではない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(5) さらに,被告は,乙56文献には,本件特許の出願(優先日)以前に,ネ コノミに対し,幼若ホルモン活性化合物として,ピリプロキシフェン,メト プレンのそれぞれについて,異なる殺卵効果を含む殺虫効果があったことが 示されており,その効果は周知であって,本件各特許発明の相乗効果は否定 される旨主張する。
乙56文献には,ピリプロキシフェン及びメトプレンが,それぞれネコノ ミに対する繭形成効果,羽化阻止効果及び殺卵効果を有すること,一部の実 験についてピリプロキシフェンがメトプレンと比して高い効果を有すること が記載されているものの,これらはいずれもピリプロキシフェンないしメト プレン単独の殺卵効果に関するものであり,フィプロニルとメトプレンとの 組み合わせによる相乗効果等に関する記載はない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
4 争点(2)ウ(実施可能要件違反)について (1) 特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載は「その発明の属す る技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができ る程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと規定してい るところ,物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をす ることをいうから(同法2条3項1号),物の発明については,明細書に その物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのよう な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づ き当業者がその物を製造することができるのであれば,実施可能要件を充 足するものということができる。
構成要件1Cの「スポットオン調合用アジュバント」とは,前記のとお り,スポットオン用組成物の調合に使うための補助剤と解せられるところ, 本件明細書の発明の詳細な説明には,「スポットオン用組成物」に相当す る「点状塗布用組成物」は,結晶化抑制剤,有機溶剤,有機補助溶剤の補 助剤を含むことができることが記載され(摘記事項シ),それらの候補物 質(摘記事項ソないしチ)及び比率(摘記事項シ)について,一応の記載 がされている。また,点状塗布組成物は,適切な量の有効成分を含み,動 物の両肩の間に塗布するのに適した性状であればよいのであるから(摘記 事項テ),当業者は,本件明細書の記載を参考にして,結晶化抑制剤,有 機溶剤,有機補助溶剤の種類と量を適宜選択して,本件各特許発明のス ポットオン用組成物を過度な実験を要することなく調製することができる ものと解される。
(2) この点について被告は,本件明細書には作用機序が記載されておらず, 実施可能でないと主張する。
しかし,前記(1)のとおり,物の発明については,明細書にその物を製造 する方法について,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基 づき当業者がその物を製造することができるのであれば,実施可能要件を 充足するものというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
5 争点(2)エ(サポート要件違反)について(1) 特許制度は,明細書に開示された発明を特許として保護するものであり, 明細書に開示されていない発明までも特許として保護することは特許制度の 趣旨に反することから,特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件が定 められたものである。したがって,同号の要件については,特許請求の範囲 に記載された発明が,発明の詳細な説明の欄の記載によって十分に裏付けら れ,開示されていることが求められるものであり,同要件に適合するもので あるかどうかは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比 し,特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明 であるか,すなわち,発明の詳細な説明の記載と当業者の出願時の技術常識 に照らし,当該発明における課題とその解決手段その他当業者が当該発明を 理解するために必要な技術的事項が発明の詳細な説明に記載されているか否 かを検討して判断すべきものと解される。
ア スポットオン調合用アジュバントについて 「スポットオン調合用アジュバント」は,前記1(3)のとおり「スポット オン用組成物の調合に使うための補助剤」と解せられるところ,前記4(1) で検討したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,「スポットオン 用組成物」に相当する「点状塗布用組成物」は,結晶化抑制剤,有機溶 剤,有機補助溶剤の補助剤を含むことができることが記載され,それらの 候補物質についても記載されているものであるから,本件各特許発明の 「スポットオン調合用アジュバント」について,発明の詳細な説明に記載 されているということができる。
イ ダニに対する効果について 本件明細書には,「本発明はさらにその他の寄生虫,特にダニに対して も効果を発揮し,・・・外部寄生虫,あるいは,内部寄生虫の防除にまで 拡大することができる」(摘記事項ニ)と記載されており,本件各特許発 明の解決しようとする課題の一つに,ダニに対する防除効果を発揮する組 成物を提供することがあるものと認められる。
そして,フィプロニルは,ダニに対して殺虫作用を有するものであるこ とは本件特許の出願時の技術常識である(なお,この点については,本件 明細書7頁4ないし9行には,従来技術として,「欧州特許出願第295,217 号および欧州特許出願第352,944号には1-N-アリルピラゾールを基材とする 新らしい殺虫剤が記載されている。これら特許に記載の活性度が高い化合 物の一つである1-[2,6-Cl2-4-CF3フェニル]-3-CN4-[SO-CF3]-5-NH2ピラゾー ル(一般名はフィプロニル,fipronil)は穀物の寄生虫だけではなく,哺乳 動物の外部寄生虫,特にノミ,ダニ,ハエおよびハエウジ(これらに限定 されるものではない)にも有効であることが証明されている。」と記載さ れ,フィプロニルはダニに有効であるとしている。)ことを考慮すると, 本件各特許発明は,ダニに対しても防除効果を有することは,当業者が推 認することができるものと認められる。
(2) この点に関して被告は,「スポットオン調合用アジュバント」の例示と して結晶化抑制剤や有機補助溶剤を本件明細書に記載すべきであり,そう でなければサポート要件違反があると主張する。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明において,スポットオン用組成 物に相当する点状塗布用組成物は,結晶化抑制剤,有機溶剤,有機補助溶 剤の補助剤を含むことができることが記載されていると解されることにつ いては前記のとおりである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
6 争点(2)オ(明確性要件違反)について (1) 「相乗効果」に関する明確性要件違反の主張につき ア 一般に,相乗効果とは相加効果を超える効果を意味するところ,本件 特許の構成要件1Dには,「ノミ類およびダニ類から哺乳類を長期間保 護するための相乗効果」と記載されているのであるから,「相乗効果」 とは,「ノミ類およびダニ類から哺乳類を長期間保護する」ことに関す る相乗効果であると理解できる。
本件明細書の実施例には,フィプロニルとピリプロキシフェンの組み 合わせを動物の皮膚に局所塗布した場合について,2か月にわたりノミ が検出されず,また,収集した卵に生存能力がなかったことが示されて おり(摘記事項ヌ),長期間持続する効果が記載されている。
そして,甲3文献及び甲25文献に記載の実験結果は,フィプロニル とメトプレンの併用は,単独使用よりも,薬剤投与した2か月後におい ても,新たにノミが感染してもそのノミが生む卵の孵化及び成虫化の抑 制に対して相乗効果を有することを示しており,これは本件明細書の記 載に沿うものであって,本件各特許発明の相乗効果ないし構成要件1D の記載が明確でないとはいえないというべきである。
イ この点につき被告は,卵,幼虫,成虫のいずれに対する相乗効果であ るのかが本件明細書に説明されておらず明確性要件に違反すると主張す る。しかし,本件明細書には対象たるノミ類及びダニ類から哺乳類を長 期間保護するについての相乗効果が記載されている以上,その対象がさ らに卵なのかあるいはその他であるのか等についての記載がないとして も,それにより,本件各特許発明の相乗効果が不明であるということに はならないというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(2) 「スポットオン調合用アジュバント」に関する明確性要件違反の主張に つき 前記1(3)で検討したとおり,「アジュバント」ないし「adjuvan t」は「補助剤」を意味することや「用」の語についての意義等からすれ ば,構成要件1Cの「スポットオン調合用アジュバント」は「スポットオ ン用組成物の調合に使うための補助剤」と理解することができる。
そうすると,本件各特許発明が不明確であるとは認められない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
7 結論 以上のとおりであり,原告の請求は,理由があるからいずれも認容するこ ととし,仮執行宣言については,主文第1項については付すのが相当である のでこれを付し,主文第2項についてはこれを付さないのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)物件目録1被告製品1製品名「マイフリーガードα犬用」2被告製品2製品名「マイフリーガードα猫用」 (別紙)被告各製品説明書1概要被告各製品は,犬(被告製品1)又は猫(被告製品2)用のノミ・マダニ駆除剤である。被告各製品は,液剤であり,犬(被告製品1)又は猫(被告製品2)の身体の一部へ局所塗布することによって,犬(被告製品1)又は猫(被告製品2)の全身へ拡散する。
2種類(甲4,5)(1)被告製品1は,容量に応じて,以下の5種類があり,使用する犬の大きさによって使い分けられる。
アマイフリーガードα犬用0.5mLイマイフリーガードα犬用0.67mLウマイフリーガードα犬用1.34mLエマイフリーガードα犬用2.68mLオマイフリーガードα犬用4.02mL(2)被告製品2は,以下の1種類である。
マイフリーガードα猫用0.5mL3構成(甲4,5,乙27)(1)被告各製品は,いずれも以下の成分を含有する。
ア主剤:1-[2,6-Cl2-4-CF3-フェニル]-3-CN-4-[SO-CF3]-5-NH2-ピラゾール(フィプロニル)イ主剤:(S)-メトプレン ウ溶解補助剤:VC-713(ビニルカプロラクタム・ビニルピロリドン・N,Nジメチルアミノエチルメタクリル酸共重合体エタノール液)エ溶解補助剤:ポリオキシエチレンフィトステロールオ溶解補助剤:クロタミトンカ安定剤:ブチルヒドロキシアニソールキ安定剤:ジブチルヒドロキシトルエンク着香剤:香料ケ溶剤:ジエチレングリコールモノエチルエーテル(2)被告各製品1mLに含まれるフィプロニル及び(S)-メトプレンの重量は,それぞれ以下のとおりである。
ア被告製品1フィプロニル:100mg(S)-メトプレン:90mgイ被告製品2フィプロニル:100mg(S)-メトプレン:120mg4用法(甲4,5)被告各製品は,犬(被告製品1)又は猫(被告製品2)の肩甲骨間背部の被毛を分け,皮膚上の一部位に直接滴下する方法により,使用する。
5効果(甲4,5)被告各製品の効果は,それぞれ以下のとおりである。
ア被告製品1は,一回投与すると,通常,ノミに対し1〜3ヶ月,マダニに対し約1ヶ月間,新規の寄生を防御することができる。
イ被告製品2は,一回投与すると,通常,ノミに対し1〜1.5ヶ月,マダ ニに対し約3週間,新規の寄生を防御することができる。
特許公報省略
裁判長裁判官 東海林保
裁判官 今井弘晃
裁判官 瀬孝