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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 26年 (ワ) 7548号 特許権侵害差止等請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2015/08/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成27年8月25日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官 東 敏美

平成26年(ワ)第7548号 特許権侵害差止等請求事件

口頭弁論終結日 平成27年6月23日

判 決

東京都千代田区<以下略>

原 告 株 式 会 社 メ ン テ ッ ク

同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 関 本 哲 也

同 補 佐 人 弁 理 士 白 崎 真 二

同 阿 部 綽 勝

同 勝 木 俊 晴

鹿児島県薩摩川内市<以下略>

被 告 株式会社南日本モラブ

同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 鈴 木 秀 昌

同 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 金 子 一 郎

主 文

1 被告は,別紙被告製品目録記載の抄紙用汚染防止薬液を製造し,

販売し,販売の申出をしてはならない。

2 被告は,前項の抄紙用汚染防止薬液を廃棄せよ。

3 被告は,原告に対し,31万9063円及びこれに対する平成

27年5月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支

払え。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

5 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することがで

きる。

事 実 及 び 理 由

第1 請求





主文同旨

第2 事案の概要

本件は,原告が,被告に対し,被告による別紙被告製品目録記載の抄紙用

汚染防止薬液(以下「被告製品」という。)の販売等が原告の特許権の侵害

に当たる旨主張して,特許法100条1項及び2項に基づき被告製品の販売

等の差止め及び廃棄を,民法709条及び特許法102条2項に基づき損害

賠償金31万9063円及びこれに対する最終の特許権侵害行為の日である

平成27年5月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延

損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実等(後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定するこ

とができる事実を含む。)

当事者

原告は,紙用の吹き付け剤等の製造,販売を業とする株式会社である。

被告は,抄紙用汚染防止薬液等の販売を業とする株式会社である。

原告の特許権

ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件

特許」という。また,その特許出願の願書に添付された明細書及び図面

を「本件明細書」という。)の特許権者である。

特許番号 第4828001号

出 願 日 平成23年3月31日

優 先 日 平成22年3月31日

登 録 日 平成23年9月22日

発明の名称 汚染防止剤組成物

イ 本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである

(以下,この発明を「本件発明」という。)。

「抄紙工程のドライパートにおけるピッチ汚染を防止する汚染防止剤組





成物であって,非シリコーン系オイルと,該非シリコーン系オイルを

乳化させる乳化剤と,を有し,前記乳化剤が,脂肪酸とアミン化合物

との中和物である汚染防止剤組成物。」

ウ 本件発明は,以下の構成要件に分説される(以下,それぞれの構成要

件を「構成要件A」などという。)。

A 抄紙工程のドライパートにおけるピッチ汚染を防止する汚染防止剤

組成物であって,

B 非シリコーン系オイルと,該非シリコーン系オイルを乳化させる乳

化剤と,を有し,

C 前記乳化剤が,脂肪酸とアミン化合物との中和物である

D 汚染防止剤組成物。

被告の行為

ア 被告は,被告製品の販売及び販売の申出をしている。

イ 被告製品の構成は,次のとおりである。(甲6,7)

a 抄紙工程のドライパートにおけるピッチ汚染を防止する抄紙用汚染

防止薬液として使われている。

b グリセリントリ脂肪酸エステル(なたね油)及びグリセリンモノ脂

肪酸エステルと乳化剤とが含まれている。

c 炭素数8〜24の脂肪酸と,エタノールアミンとのエタノールアミ

ン塩が含まれている。

d 抄紙用汚染防止薬液である。

ウ 被告は,平成25年5月13日から平成27年5月13日までの間,

以下のとおり被告製品を販売し,合計31万9063円の利益を得た。

春日製紙工業株式会社に対する販売

平成25年6月10日〜平成27年5月13日の間に合計3308

s





粗利合計97万8858円

日本製紙株式会社に対する販売

平成25年5月13日〜平成27年5月13日の間に合計1831

s

粗利合計56万3971円

大二製紙株式会社に対する販売

平成26年1月15日に180s

粗利2万2230円

経費

合計124万5996円

2 争点

被告製品が本件発明の構成要件Cを充足するか(なお,被告は,被告製

品が構成要件A,B及びDを充足することを争っていない。)

本件特許に以下の無効理由があり,特許法104条の3第1項の規定に

より権利行使が制限されるか

ア 原告が販売又は提供した製品「ダスクリーン上質1号」(以下「ダス

クリーン上質1号」という。)及びその製品安全データシート(乙11。

以下「本件MSDS」といい,これに記載された発明を「乙11発明」

という。)に基づく新規性欠如

イ 特開2008− 19525号公報( 乙2。以下「乙2文 献」とい

う。)に基づく新規性又は進歩性の欠如

ウ サポート要件(特許法36条6項1号)違反

3 争点に関する当事者の主張

構成要件Cの充足性について

(原告の主張)

構成要件Cは「前記乳化剤が,脂肪酸とアミン化合物との中和物であ





る」であるところ,被告製品には,脂肪酸と,エタノールアミンとのエ

タノールアミン塩が含まれており(被告製品の構成c),「エタノール

アミン」は「アミン化合物」に,「エタノールアミン塩」は「中和物」

に,それぞれ該当する。したがって,被告製品は,乳化剤が脂肪酸とア

ミン化合物との中和物であるから,構成要件Cを充足する。

イ 被告は,本件特許に係る特許査定の際に審査官が作成した特許メモ

(乙1。以下「本件特許メモ」という。)及び本件明細書の記載を根拠

に,構成要件Cは乳化剤として脂肪酸とモルホリンとの中和物のみを含

有していることである旨主張する。

しかし,特許メモに基づいて特許請求の範囲に記載された用語の意義

を解釈すべき根拠はない上,本件特許メモが参考文献として記載する乙

2文献記載の発明は,本件発明とは作用も対象物も異なるほか,本件発

明の乳化剤についての記載もない。

さらに,モルホリンは実施例として示されたものであって,特許発明

技術的範囲実施例に限定して解釈することは不当である。

(被告の主張)

ア 以下のような本件特許メモ及び本件明細書の記載から,構成要件Cは,

乳化剤として,脂肪酸と「モルホリン」との中和物「のみ」を含有して

いることと解釈されるべきである。

本件特許メモは,乙2文献には,多数の化合物の中から脂肪酸とア

ミン化合物との中和物を選択し,単独で用いることは記載も示唆もさ

れておらず,本件発明は乙2文献に記載も示唆もされていない上記事

項により紙の色抜けを抑制できる等の効果を有するとしている。

また,乙2文献には,非シリコーン系オイルを乳化させる乳化剤と

して,脂肪酸とアミン化合物との中和物「を含む」汚染防止剤組成物

が記載されている。





これらに鑑みれば,審査官は,本件発明は乳化剤として脂肪酸とア

ミン化合物との中和物を単独で用いるものであると認定して特許査定

をしたというべきである。

本件明細書に記載された実験結果からは,紙の色抜けを抑制できる

という効果があるといえるアミン化合物はモルホリンのみであるとこ

ろ,アミン化合物にはモルホリンとは異なる構造のものが種々あり,

モルホリンを用いた場合に得られた効果がアミン化合物一般について

得られるとはいえない。また,本件明細書には,モルホリンを用いた

場合に得られた色抜け抑制効果がアミン化合物一般について得られる

ことの理由が記載されていない。したがって,本件明細書の記載に基

づいて紙の色抜けを抑制できるといえるのは,脂肪酸とモルホリンと

の中和物を乳化剤として用いた汚染防止剤組成物のみである。

イ しかるに,被告製品には,乳化剤として,グリセリンモノ脂肪酸エス

テル及びエタノールアミン塩が含まれているところ,これらはいずれも

脂肪酸と「モルホリン」との中和物ではない。

また,乳化剤として脂肪酸とアミン化合物との中和物でないグリセリ

ンモノ脂肪酸エステルを含有しているから,乳化剤として脂肪酸とアミ

ン化合物との中和物「のみ」を含むものでもない。

したがって,被告製品は構成要件Cを充足せず,本件発明の技術的範

囲に属しない。

無効理由の有無について

ア ダスクリーン上質1号及び乙11発明に基づく新規性欠如

(被告の主張)

原告は,本件特許の優先日より前である平成11年5月28日,取

引先に対し,紙用のドライパート汚れ防止薬品であるダスクリーン上

質1号を販売又は提供し,これに係る製品安全データシート(本件M





SDS)を交付した。

乙11発明は,次の構成を備えている。

混合品であって,

植物油を含有する,乳白色の液体であり,

脂肪酸とアルカノールアミンとを含有する,

混合品



紙用のドライパート汚れ防止薬であるから,構成要件A及びDを備え

る。



から,構成要件Bにいう「非シリコーン系オイル」である。また,ダ

スクリーン上質1号が乳白色の液体であるということは,安定的なエ

マルション(乳濁液)が形成されている,すなわち,乳化剤が配合さ

れているということである。したがって,ダスクリーン上質1号は構

成要件Bを備える。



の「アルカノールアミン」はアミンを含む化合物であり,本件明細書

においてアミン化合物の例として列挙されているモノエタノールアミ

ン,ジエタノールアミン,トリエタノールアミン等を包括的に特定す

る概念であるから,構成要件Cの「アミン化合物」に当たる。そして,

ダスクリーン上質1号に乳化剤が含まれていることは上記のとおりで

あるから,ダスクリーン上質1号は,酸である脂肪酸とアルカリであ

るアルカノールアミンとの中和物である乳化剤を含有する。したがっ

て,構成要件Cを備える。

以上のとおり,ダスクリーン上質1号は,本件発明の構成要件を全

て備え,本件発明と同一の構成を有する。





すなわち,乙11発明及びダスクリーン上質1号と同一の構成を有

する本件発明は,優先日前に日本国内において公然知られた発明であ

り,優先日前に日本国内で公然実施された発明である。また,本件M

SDSは優先日前に日本国内において頒布された刊行物に当たる。し

たがって,本件発明には,特許法29条1項各号所定の無効理由があ

る。

(原告の主張)

原告が被告主張の時期に原告の取引先に対し本件MSDSをファク

シミリ送信した事実及びダスクリーン上質1号を販売等した事実はな

い。原告は,製品安全データシートの原本を社内のファイルで5年間

保管としており,従業員が本件MSDSの原本を持ち帰ることはあり

得ず,乳化処方に関わる詳細な成分を製品安全データシートに記載し

て顧客に開示することもあり得ない。

本件MSDSには,構成要件Aの「抄紙工程のドライパートにおけ

るピッチ汚染を防止する汚染防止剤」であることが全く記載されてお

らず,構成要件A及びDを欠くから,本件MSDSによって本件発明

新規性は否定されない。

イ 乙2文献に基づく新規性又は進歩性の欠如

(被告の主張)

乙2文献には,以下の発明(以下「乙2発明」という。)が開示さ

れている。

(A) 油類

(B) アルキル基及び/又はアルケニル基の炭素数が4〜20である官

能基を有する化合物を含有する乳化剤,及び

(C) 水

を含有することを特徴とするクレープ用離型剤。





乙2発明はクレープ用離型剤に関するものであるが,紙を離れやす

くする離型作用とピッチの付着を防止する汚染防止作用は同一の剤に

より奏されるものであるから,当業者にとって離型剤と汚染防止剤組

成物は物として実質的に同一である。このことは原告代表者が執筆し

た論文(乙9)の記載からも明らかである。したがって,乙2発明の

離型剤は本件発明の構成要件A及びDの「汚染防止剤組成物」に相当

する。

乙2発明は非シリコーン系の油類及び乳化剤を有するから,構成要

件Bを備える。

構成要件Cにつき,乙2文献には,「本発明に使用される(D)脂

肪酸類は,(中略)などの飽和脂肪酸,(中略)などの不飽和脂肪酸

を挙げることができ,これらのナトリウム,カリウムなどのアルカリ

金属塩及びアンモニウム塩も使用することができる。」と記載されて

いる。ここでいう(不飽和)脂肪酸のアンモニウム塩は,本件発明の

「脂肪酸とアミン化合物の中和物」に相当する。なお,乙2文献には,

脂肪酸のアンモニウム塩を乳化剤として用いることは記載されていな

いが,脂肪酸のアンモニウム塩を配合すると油類の乳化剤としての作

用を必然的に奏するから,この点は同一性を否定する理由にならない。

以上によれば,本件発明は,乙2発明と同一であるので,新規性

欠く。

乙2文献には,乙2発明の実施例として,鉱物油を乳化させる乳化

剤としてオレイン酸モノエタノールアミドが配合された例(実施

4)の記載があるところ,オレイン酸モノエタノールアミドは,脂肪

酸であるオレイン酸と,アミン化合物であるモノエタノールアミンの

アミド化合物である。

構成要件Cについて,「脂肪酸とアミン化合物との中和物とは,酸





とアルカリとが塩の状態で電気的に結合しているもののみをいい,化

学的にアミド結合しているものは含まない。」と解した場合,本件発

明と乙2発明とはこの点のみで相違することになるところ,特開20

02−79074号公報(乙17。以下「乙17文献」という。)に

は,脂肪酸とアミン類との中和物からなる脂肪酸石けんを乳化剤とし

て使用することによりエマルションとしての安定性及び保存性に優れ

た乳化物となることが記載され,乳化剤を脂肪酸とアミン化合物との

中和物とする構成が示されている。したがって,乙2発明と乙17文

献を組み合わせることにより,本件発明と同一の構成が得られる。

乙2発明と乙17文献記載の発明は,水を含む乳化系に関するもの

である点において技術分野が共通している。そして,乙2発明は,貯

蔵安定性を良好にすることが解決課題の一つであり,乙17文献には

エマルションとしての安定性及び保存性に優れたものとするために脂

肪酸とアミン類との中和物からなる脂肪酸石けんを乳化剤として使用

することが記載されている。したがって,乙2発明に乙17文献を組

み合わせることは当業者にとって容易である。

以上によれば,本件発明は,乙2発明に基づいて容易に発明するこ

とができたものであるから,進歩性を欠く。

(原告の主張)

乙2発明はクレープ用離型剤であるが,離型剤は,紙をドライヤー

表面から離れやすくするものである。他方,本件発明は汚染防止剤組

成物であり(構成要件D),ドライパートにおけるピッチの付着を十

分に防止するものであって,互いに作用が異なり,また,製品である

紙と汚染物であるピッチとでは効果を期待する対象物も異なる。

乙2文献には,脂肪酸類を加えることで離型剤としての離型効果が

向上するとの記載があることで分かるとおり,脂肪酸のアンモニウム





塩を乳化剤として使用することは意図されておらず,乳化剤として使

用する旨の記載もない。したがって,当業者であっても,乙2文献の

記載から脂肪酸のアンモニウム塩を乳化剤として用いることは把握で

きない。

本件発明は抄紙機のドライパートにおける汚染防止剤という技術分

野に属するものであり,乳化剤に特化したものではない。さらに,乙

17文献に記載されている乳化剤はステアリン酸アミドを乳化させる

ものであるが,乙2文献にはステアリン酸アミドとはその性質を全く

異にする油類しか記載がなく,当業者には,油類を乳化させる乳化剤

として全く性質の異なるステアリン酸アミドの乳化剤を採用しようと

する動機付けがない。したがって,当業者が乙2発明と乙17文献を

組み合わせることは困難である。

ウ サポート要件違反

(被告の主張)

構成要件Cにいう「アミン化合物」にはモルホリン系,ピペラジン系

誘導体,アミノアルコール系等多くの化合物が含まれる。

しかし,本件明細書に記載された実験結果により「紙の色抜けを抑制

できる」という効果があるといえるのはモルホリンのみである。また,

モルホリンがどのような作用で色抜け抑制効果を奏するのかについて本

件明細書には記載がなく,アミン化合物の全てについて色抜け抑制効果

があるといえるか否かは参考例1〜4からは不明である。このため,モ

ルホリン以外を含むアミン化合物を特定する請求項1の範囲まで本件明

細書中に記載された紙の色抜けを抑制できるという効果を拡張ないし一

般化することはできない。

したがって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものではな

く,特許法36条6項1号に違反する。





(原告の主張)

本件明細書の発明の詳細な説明(段落【0018】,【0038】〜

【0040】)には,乳化剤を脂肪酸とアミン化合物との中和物とする

ことにより色抜けを抑制できるという効果を奏すること,当該アミン化

合物としてはモルホリン以外のものも含むことが明確に記載されている

から,被告主張は失当である。

第3 当裁判所の判断



証拠(甲6,7)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品には,非シリコ

ーン系オイルであるグリセリントリ脂肪酸エステル及び乳化剤であるエタ

ノールアミン塩が含まれていること,エタノールアミン塩は炭素数8〜2

4の脂肪酸とエタノールアミンとの中和物であり,エタノールアミンはア

ミン化合物であることが認められる。

したがって,被告製品は,構成要件Cを充足する。

これに対し,被告は,@構成要件Cにいう「アミン化合物」はモルホリ

ンのみをいい,また,A乳化剤として脂肪酸とアミン化合物との中和物の

みを含むと解釈すべき旨主張するので,以下,検討する。

ア @について

本件明細書(甲2)における実施例及び参考例はいずれもアミン化合

物としてモルホリンを用いているが(実施例として段落【0056】〜

【0075】,参考例として段落【0081】〔表2〕),発明の詳細

な説明中の【発明を実施するための形態】欄には,「上記アミン化合物

としては,モルホリン,アンモニア,エチレンジアミン,エタノールア

ミン,ジエタノールアミン,トリエタノールアミン,ジイソプロパノー

ルアミン等が挙げられる。これらは単独で用いても,複数を混合して用

いてもよい。これらの中でも,アミン化合物としては,乳化安定性の観





点から,モルホリン,ジエタノールアミン又はトリエタノールアミンで

あることが好ましい。」との記載があり(段落【0040】),モルホ

リン以外のアミン化合物が明記されている。

また,モルホリン以外のアミン化合物を用いた場合には本件発明の作

用効果を奏しなくなることをうかがわせる証拠はない。

被告の主張は,特許請求の範囲にいう「アミン化合物」を実施例に限

定するべき旨をいうものであり,失当というほかない。

イ Aについて

本件発明の汚染防止剤組成物は,特許請求の範囲の記載上,非シリコ

ーン系オイルと乳化剤とを含有すること(構成要件B)及び上記乳化剤

が脂肪酸とアミン化合物との中和物であること(同C)を要件とするも

のであるが,これらを満たすものであれば,それ以外の成分(脂肪酸と

アミン化合物との中和物以外の乳化剤を含む。)を含有することが構成

要件充足性の妨げになるものではない。

また,特許メモがその性質上特許請求の範囲に記載された用語の意義

を解釈するための資料となるか否かはさておき,本件特許メモ(乙1)

には,「乙2文献には,汚染防止剤組成物において,乳化剤としてオレ

イン酸モノエタノールアミド等の脂肪酸とアミン化合物との中和物やア

ルキレンオキサイド化合物等の多数の化合物を併用することにより,汚

染防止剤組成物の貯蔵安定性が向上する旨が記載されているものの,多

数の化合物の中から,脂肪酸とアミン化合物との中和物を選択し,単独

で用いることは記載も示唆もされていない」旨の記載があるところ,こ

れは,乙2文献中の実施例4(段落【0033】,【表1】)が,乳化

剤としてアルキレンオキサイド化合物,ポリオキシエチレン(6)ソル

ビタンモノオレエート,オレイン酸モノエタノールアミド及びポリオキ

シエチレン(5)セチルエーテルを用いていることを踏まえた記載と解





される。しかし,オレイン酸モノエタノールアミドはオレイン酸(脂肪

酸)のアミド化合物であり,アミン化合物との中和反応によって生じる

中和物ではない(弁論の全趣旨)。したがって,本件特許メモを作成し

た審査官が本件発明の特徴を「脂肪酸とアミン化合物との中和物を単独

で用いること」にあると認識していたとしても,これを根拠に構成要件

Cの乳化剤を脂肪酸とアミン化合物との中和物のみに限定して解釈する

ことは困難である。

さらに,本件明細書は,乳化剤について,「乳化剤は,脂肪酸とアミ

ン化合物との中和物であることがより好ましい。」(段落【003

8】),「非シリコーン系オイルに脂肪酸を溶解し,一方で,水にアミ

ン化合物を溶解する。そして,脂肪酸を溶解した非シリコーン系オイル

を,アミン化合物を溶解した水に加えて乳化させる(直接乳化法)。こ

れにより,オイル層と水層との境界において,脂肪酸とアミン化合物と

の中和反応が生じると共に,オイル層と水層とが乳化する。」(段落

【0044】),「上記実施形態に係る汚染防止剤組成物の製造方法

乳化工程においては,(中略)脂肪酸を溶解した非シリコーン系オイル

に,アミン化合物を溶解した水を投入して乳化させる方法(反転乳化

法)を用いてもよい。」(段落【0054】)と記載するのみで,被告

主張のように乳化剤を脂肪酸とアミン化合物との中和物のみに限定して

解釈すべき根拠となる記載は見当たらない。

以上によれば,前記Aの被告主張は採用することができない。

2 性欠如)に

ついて

被告は,原告が本件特許の優先日より前に本件MSDSを取引先に交付

し,ダスクリーン上質1号を販売しており,乙11発明及びダスクリーン

上質1号は本件発明と同一の構成を有するとして,本件発明には特許法2





9条1項各号所定の無効理由があると主張する。

そこで判断するに,まず,被告は本件MSDSは平成11年5月28日

付けのFAX送信状に添付されて原告の取引先に送信されたものであり,

ダスクリーン上質1号もその頃取引先に納入された旨主張するが,これを

裏付ける的確な証拠はない。

この点をおくとしても,前記争いのない事実等,証拠(甲2,乙10,

11)及び弁論の全趣旨によれば,本件発明と乙11発明及びダスクリー

ン上質1号との間には,少なくとも,本件発明が抄紙工程のドライパート

におけるピッチ汚染を防止する汚染防止剤組成物(構成要件A,D)であ

るのに対し,本件MSDSにはその旨の記載がないという相違点があると

認められる。

この相違点につき,被告は,「ダスクリーン」がドライパート汚れ防止

に使用できる旨の記載のある平成26年時点の原告のウェブサイト(乙

6)の存在を指摘するが,これが直ちに本件特許の優先日(平成22年3

月31日)以前の「ダスクリーン」の用途を示しているとはいい難い。さ

らに,証拠(乙14,15の1及び2,16)によれば,原告は,上記優

先日以前から,紙粉・マシン汚れ防止薬品(抄紙機,加工機,コルゲータ

用)の製造販売を業としており,その製品にはダスクリーン新聞,ダスク

リーン白板,ダスクリーンライナー,ダスクリーンクラフト,ダスクリー

ン上質2号,ダスクリーンRP108A等の名称のものがあることが認め

られ,これら各製品の用途は異なることがうかがわれる。そうすると,

「ダスクリーン」としか特定されていない上記ウェブサイト記載の薬品が

乙11発明ないしダスクリーン上質1号と同じものか否かは不明であり,

ダスクリーン上質1号が抄紙工程のドライパートにおけるピッチ汚染防止

に使用されるものであると認めることはできない。

以上によれば,本件の関係各証拠上,本件発明と乙11発明及びダスク





リーン上質1号が同一の構成を有すると認めるに足りないから,これらに

基づく新規性欠如の主張は失当というべきである。



被告は,乙2文献に記載されたクレープ用離型剤が本件発明に係る抄紙工

程のドライパートにおけるピッチ汚染を防止する汚染防止剤組成物(構成要

件A,D)と実質的に同一であることを前提に,本件発明が新規性又は進歩

性を欠く旨主張する。

そこで判断するに,離型剤及び汚染防止剤がいずれも抄紙工程に用いられ

る薬剤であるとしても,両者が作用を異にするものであることは被告も認め

るところであり,紙をドライヤー表面から離れやすくする離型作用のために

汚染防止剤を用いたり,ドライパートにおけるピッチの付着を防止する汚染

防止作用のために離型剤を用いたりすることを示す証拠はない。

また,被告が指摘する原告代表者執筆の論文(乙9)には,離型作用と汚

染防止作用の双方を奏するダスティング防止剤について記載されているが,

これは同論文の記載に沿って選定されたダスティング防止剤を所定の方法で

使用する場合に関するものにとどまり,これをもって乙2文献記載の離型剤

がピッチ汚染を防止する汚染防止剤に当たると認めることはできない。

したがって,上記離型剤と汚染防止剤組成物が実質的に同一であることを

前提とする被告の新規性又は進歩性欠如の主張は,いずれも失当というほか

ない。



被告は,本件明細書に記載された実験結果により紙の色抜け抑制効果が

あるといえるアミン化合物はモルホリンのみであり,アミン化合物の全て

について色抜け抑制効果があるといえるか否かは不明であるから,本件発

明は,発明の詳細な説明に記載されたものではなく,特許法36条6項

号に違反すると主張する。





ミン化合物の好ましい例として,モルホリンのほか,ジエタノールアミン

又はトリエタノールアミンが挙げられている。

また,本件明細書の【発明の詳細な説明】の欄には,本件発明の効果と

して,「本発明の汚染防止剤組成物は,非シリコーン系オイルを用いるこ

とにより,シリコーンオイル自体の粘着性によるドライパート部位へのピ

ッチの付着を防止し,且つ,乾燥後にシリコーンのカスがドライパート部

位に付着することを防止できる。また,乳化剤として脂肪酸とアミン化合

物との中和物を用いることにより,紙の色抜けを抑制できる。」(段落

【0018】),発明を実施するための形態に関して,「乳化剤は,脂肪

酸とアミン化合物との中和物であることがより好ましい。この場合,有機

物の塩を用いることで,色抜けをより抑制できると共にオイルの乳化安定

性を向上させることができる。」(段落【0038】)との記載があり,

これらの記載からは,非シリコーン系オイルを乳化させる乳化剤として,

有機物の塩である脂肪酸とアミン化合物との中和物を選択した場合,有機

物の塩ではない乳化剤を使用するのと比較して色抜け抑制効果が生じるこ

とを理解することができる。

そして,本件明細書には,有機物の塩ではないノニオン界面活性剤を乳

化剤として使用した場合よりも,脂肪酸とアミン化合物との中和物の方が

色抜け抑制効果が優れている旨の実験結果が記載されており(段落【00

80】〜【0083】),これらによれば,当業者は,「非シリコーン系

オイルを乳化させる乳化剤」であって「脂肪酸とアミン化合物との中和

物」という共通の性質を有すれば色抜け抑制効果があることを理解できる

と認められる。

したがって,サポート要件違反をいう被告主張は採用できない。

5 原告の請求について





以上のとおり,被告製品は本件発明の技術的範囲に属し,本件特許に無効

理由があるとはいえないから,被告による被告製品の販売等は原告の特許権

侵害するものである。したがって,原告は被告に対し,特許法100条

項に基づき被告製品の製造,販売及び販売申出の差止めを,同条2項に基づ

き被告製品の廃棄を求めることができる。

また,被告が被告製品の販売によって31万9063円の利益を得たこと

は当事者間に争いがなく,特許法102条2項により原告は同額の損害を被

ったと推定される。したがって,原告の損害賠償請求も理由がある。

第4 結論

よって,主文のとおり判決する。なお,主文第2項についての仮執行宣言

は相当でないから,これを付さないこととする。



東京地方裁判所民事第46部



裁判長裁判官 長 谷 川 浩 二




裁判官 清 野 正 彦




裁判官 藤 原 典 子





別紙

被告製品目録
抄紙用汚染防止薬液

製品名「ルブフォームL801」

以上