関連審決 | 不服2004-23925 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成17行ケ10137審決取消(特許)請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10319審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14行ケ347審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10211審決取消当事者参加事件 | 判例 | 特許 |
平成20ワ25354特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 周知技術 / 慣用技術 / 技術的特徴 / 登録実用新案 / 参酌 / 文言解釈 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 同意 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10478号
審決取消請求事件
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原告 原告X 訴訟代理人弁理士 宮田信道 被告 特許庁長官中嶋誠 指定代理人 藤井靖子 同 番場得造 同 立川功 同 宮下正之 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/12/21 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2004-23925号事件について平成17年3月29日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成15年8月22日,発明の名称を「印鑑の外観形態」(その後,「印鑑の偽造防止方法」と補正された。)とする発明につき特許出願(特願2003-208436号。以下「本願」という。後記補正後の請求項の数は1である。)をし,平成16年9月6日付け手続補正書により,願書に添付した明細書の補正(以下,この補正後の明細書を「本願明細書」という。)をしたが,上記特許出願につき同年10月4日付けで拒絶査定を受けたので,同月25日,これに対する不服の審判を請求した。 特許庁は,上記審判請求を不服2004-23925号事件として審理した結果,平成17年3月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年4月20日,その謄本が原告に送達された。 2 特許請求の範囲(上記補正後のもの) 「【請求項1】印影から印鑑偽造を防止する目的で,印面と削底面と異なる,両者の間の高さの位置に,印影としては出ないが,印面側から見ると識別可能なように,任意の数字・記号・文字・線引き・段付けを,単独又は複数個削り出す事により,印影と共に,この両者の一致をもって,該当印鑑である事を確認できるようにした事を特徴とする印鑑の識別方法。」(以下,請求項1の発明を「本願発明」という。) なお,本願発明は,本願明細書の記載(段落【0004】)の記載を参酌すれば,次のとおりのものと特定される。 「印影から印鑑偽造を防止する目的で,印面と削底面と異なる,両者の間の高さの位置に,印影としては出ないが,印面側から見ると識別可能なように,任意の数字・記号・文字・線引き・段付けを,単独又は複数個削り出す事により,印影と前記単独又は複数個の任意の数字・記号・文字・線引き・段付けの両者の一致をもって,該当印鑑である事を確認できるようにした事を特徴とする印鑑の識別方法。」 3 審決の理由 (1) 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,本願の出願前に日本国内において頒布された特開昭61-67185号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。 (2) 審決が,進歩性がないとの上記結論を導く過程において,本願発明と引用発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。 【一致点】 「印影から印鑑偽造を防止する目的で,非印面識別体を,設けることにより,該当印鑑である事を確認できるようにした印鑑の識別方法」である点。 【相違点】 A:非印面識別体を,本願発明では,単独または複数個の任意の数字・記号・文字・線引き・段付けとしているのに対して,引用発明では,“くぼみ”11とし,そのほかに何を含むか明確でない点。 B:非印面識別体の形成方法について,本願発明では削り出しにより行っているのに対して,引用発明では,定かでない点。 C:非印面識別体の位置について,本願発明では,印面と削底面の間の高さの位置としているのに対して,引用発明では,そのように規定されていない点。 D:識別可能の態様について,本願発明では「印面側から見ると識別可能」としているのに対して,引用発明では,3次元物体形状を計測する手段により識別可能である点。 E:該当印鑑であることの確認を,本願発明では,印影と非印面識別体の両者の一致をもって行っているのに対して,引用発明では,通常の押捺面(凸部分)10よりもはるかに深いところに設けた印鑑固有の星形の“くぼみ”11を設けた(非印面識別体を含む),印鑑の押捺面側の3次元物体形状情報の一致をもって行っている点。 (以下,「相違点A」,「相違点B」などという。) |
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原告主張の取消事由の要点
審決は,次のとおり,相違点AないしEについての判断を誤ったものであり,これらの誤りがそれぞれ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点A及びBの判断の誤り) (1) 審決は,「一般に,物の識別のために,単数または複数個の任意の数字・記号・文字・線等の識別記号を設けることは,慣用されている」(審決書4頁34行〜35行)と認定しているが,慣用技術を刊行物等で具体的に示すことなく,しかも,特に印鑑という特殊性に着目してその印鑑に前記数字等の識別記号を設けた独自の工夫を顧慮することなく,「一般に慣用されている」の一言をもって本願発明の構成を否定することは著しく具体的妥当性に欠けるものといわざるを得ない。 (2) また,審決は,引用発明の「“くぼみ”11」に代えて,本願発明の数字・記号・文字・線等の識別記号を採用することは当業者が適宜なす設計事項である旨判断しているが(審決書4頁35行〜5頁1行),誤りである。 “くぼみ”と「数字・記号・文字・線等」とは別物である。すなわち,“くぼみ”の言葉は基となる面に対して落ち込んだ状態を漠然とイメージするのに対して,「数字・記号・文字・線等」は具体的な形状が想起されるから,両者の形状的特性は異質である。 被告は,“くぼみ”等に代えて,数字・記号・文字等を用いることに何ら困難性はない旨主張するが,“くぼみ”等は不定形であり,肉眼で見て同じか否かの判別ができないために,同一性の判別には機械的測定が不可欠であるのに対し,文字等は定形であり,肉眼で見て判別が可能であるから,両者はその特性が異なり,置換可能ではない。 (3) さらに,審決は,「非印面識別体の形成も,相違点Bのように,削り出しにより行うことは,当業者が普通に考えることである。」(審決書5頁3行〜5行)と説示しているが,非印面識別体としての“くぼみ”の形成は,通常目打ち状のものであり,叩いて作った方が手間はかからず,削り出しによって行うことはないから,上記説示は誤っている。 2 取消事由2(相違点Cの判断の誤り) (1) 審決は,「引用発明の削底面は,通常の押捺面(凸部分)10よりはるかに深いところに設けた印鑑固有の星形の“くぼみ”11(非印面識別体)の底の部分が位置する,押捺面(印面)と平行な面となるから,通常の押捺面(凸部分)10よりもはるかに深いところに設けた印鑑固有の星形の“くぼみ”11(非印面識別体)の位置は,押捺面(印面)と削底面の間の高さの位置にあるといえるから,相違点Cは,実質的な相違点ではない。」(審決書5頁11行〜16行)としているが,全く不可解である。 引用例には,「押捺面よりはるかに深いところに設けた印鑑固有の“くぼみ”」と記載されており,この“くぼみ”という文言を素直に解釈すれば,「基準となる面よりも落ち込んだ低いへこみ部分」の意味合いに解するのが相当である。 そうすれば,前記の「基準となる面」は,押捺面より深いところに位置している「削底面」であり,“くぼみ”は,その削底面よりも更に落ち込んだ箇所(押捺面よりはるかに深いところ)にある「へこみ部分」であるといえる。 被告は,引用発明において,“くぼみ”11の底の部分が位置する面が削った底の面であるから削底面といえ,星形の“くぼみ”11が,押捺面と削底面の間の高さの位置にあることが明らかである旨主張する。しかし,“くぼみ”とは,周囲の平面に比べて落ち込んだ状態にある部分を意味する言葉であり,“くぼみ”の底の部分が存在して“くぼみ”の意味になるとするのが常識的で当然な解釈である。したがって,“くぼみ”と“くぼみ”の底部分を分離し,“くぼみ”の底部分が「削底面」であるとして,“くぼみ”の概念には“くぼみ”の底部分が含まれていないようにいう被告の主張は,はなはだ不自然な解釈に基づくものである。 また,被告は,本願発明において,基準面がいかなる部位であるのか不明であり,基準面が削底面であるとされていない以上,引用発明における“くぼみ”の底の部分が位置する面を削底面とした点に誤りはない旨を主張する。しかし,本願請求項1記載の「削底面」とは,印面(押捺面)を凸状に形成するために,文字等の識別体部分を除き削り取った底面であり,原告は,この意味での「削底面」と同意語的に「基準となる面」という文言を用いて,“くぼみ”11の意味の正確な理解の手助けとしているのであり,上記被告の主張は,“くぼみ”の意味する概念を全く無視した不自然な解釈に基づくものといわざるを得ない。 以上のとおり,“くぼみ”11の位置は,押捺面よりはるかに深いところ,すなわち,削底面よりも更に落ち込んだ部分に設けてある。よって,“くぼみ”11は押捺面と削底面の間の高さの位置にある,との審決の認定判断は明らかに誤っており,その誤った認定判断から導き出した「相違点Cは,実質的な相違点ではない」との結論も誤りである。 (2) 審決は,「請求人は,この点に関して,本願発明の識別体が凸状の文字等であると明確に既述していると主張しているが,上記したように,本願特許請求の範囲の請求項1の記載はそうなっていない。」(審決書5頁17行〜19行)と説示するが,誤りである。 本願請求項1には,「印面と削底面と異なる,両者の間の高さの位置に,識別体としての文字等を削り出す」旨の記載があり,印面と削底面との間の高さに識別体としての文字等を削り出せば,削底面から飛び出ている凸状になることは疑いのないほど明らかであるから,識別体が凸状の文字等であることは明確に判読できる。 被告は,「削底面について規定がない」と主張するが,本願請求項1の「印面と削底面と異なる,両者の間の高さの位置に,‥‥‥印面側から見ると識別可能なように,任意の数字・記号・文字・線引き・段付けを,単独又は複数個削り出す事により」との記載及び図1・図2の記載内容からすると,「削底面」とは,文字等の識別体部分を除き印面を凸状に形成するために削り取った底面であると認識するのが自然であり,かつ,常識的な解釈である。そうすると,「印面と削底面と異なる,両者の間の高さの位置に削り出す」ことにより形成される識別体は,凸状の文字等であることが明らかである。 なお,引用例には,「印鑑の彫刻面に印鑑ごとに異なる“くぼみ”,“穴”,あるいは特別な3次元的模様を設けておく」(請求項4)と記載されており,彫刻面(削底面を含む概念と捉えるのが自然)に“くぼみ”や“穴”を設けることを明記し,“くぼみ”等が彫刻面に対して凹状である旨を明確にしている。 (3) 審決は,「一般に,‥‥‥文字等の識別記号部分をその背景に対して,凹部分とするか凸部分とするかは,二者択一の選択事項であって,適宜決定可能なことであり,このこと(二者択一の選択事項であって,適宜決定可能なこと)は,表示面が,引用発明のような印鑑の印面以下の面であったとしても,格別変わるものではない。」(審決書5頁23行〜27行)としているが,誤りである。 本願発明では,前述したように,文字等の識別記号部分はその背景(削底面)に対して,凸部分以外にはあり得ないし,また引用発明では,引用例の記載内容から,前述したように,“くぼみ”はその背景(削底面)に対して,凹部分以外にあり得ないもので,いずれも二者択一の選択事項の問題ではない。 したがって,二者択一の選択事項で,適宜決定可能なこととした審決は,その認定判断を誤っているといわざるを得ない。 (4) 審決は,「したがって,引用発明において,文字等の識別体を設けるに当たって,文字等の識別体をその背景に対して,凸部分とすることは,当業者が容易に想到でき,そうすれば,相違点Cのように,識別体の位置が,印面と削底面と異なる,両者の間の高さの位置となることは必然である。」(審決書5頁28行〜31行)としているが,誤りである。 引用例の記載内容,すなわち,削底面よりも更に深いところに識別体としての凹部分(“くぼみ”11)を設けた記載内容から,文字等の識別体をその背景(削底面)に対して凸部分とすることは,たとえ当業者といえども容易に想到できず,まして,前記識別体の位置を,印面と削底面と異なり,かつ,印影としては出ない,両者の間の高さの位置に設定することは到底必然なこととはいえない。 (5) 審決は,「さらに,請求人は,この点に関して,文字等の識別記号部分を,その背景(削底面)に対して,凹部分とすれば,外部分への朱肉の目詰まりにより目視確認ができなくなるのに対して,凸部分とすれば,そのことがない旨の主張をしているが,このことは,文字等の識別記号を表示面の凹凸によって表示する表示技術に共通している当然予測できる事柄にすぎず,格別のものでない。」(審決書5頁32行〜37行)としている。すなわち,審決は,文字等の識別記号を表示面の凹凸によって表示する表示技術が共通している以上,文字等の識別記号部分を凸部分として朱肉の目詰まりを防止して目視確認できるようにすることは,当然予測できる事柄にすぎず,格別のものでない旨認定判断しているものであるが,本願発明の技術的特徴及び引用発明の“くぼみ”の捉え方のいずれも正しく理解して判断しておらず,上記認定判断は,誤りである。 本願発明の技術的特徴である文字等の識別記号部分は,印面と削底面の間の高さの位置に形成することによって,朱肉の目詰まりなく目視確認できる凸状になっているのに対して,引用発明の“くぼみ”は,その言葉の自然な解釈から削底面よりも更に落ち込んだ「へこみ」部分を意味し,朱肉の目詰まりの生じる凹状である。 したがって,文字等の識別記号を表示面に凸状に表示するか凹状に表示するかは,その構成の相違から派生してくる作用効果の違い,つまり朱肉の目詰まりの有無により目視確認が可能か否かという重要な違いを勘案すれば,本願発明において文字等の識別記号を凸状に表示している点は重要な構成事項である。 上記のとおり,文字等の識別記号を表示面の凹凸によって表示する表示技術に共通している当然予測できる事柄にすぎないとする審決の認定判断には重大な誤りがある。 なお,被告は,本願出願時の明細書(甲4)の【実施の形態】及び図面では「凸又は凹」と両者をなんら区別せず,同等に扱っていることを理由に,文字等の識別記号部分を凸,凹どちらにするかは適宜決定可能な事項であると主張する。 しかし,出願する際に,明細書の内容を広く記載し,その後,特許請求の範囲を技術的に限定することは決して珍しいことではない。本願発明は,文字等の識別記号部分を凸に技術的に限定しており,そのことにより必然的に派生する,凸状識別部分への朱肉の目詰まりの心配がなく目視確認ができるという作用効果においても,凹状の識別記号とは技術的に明らかに相違しており,両者の構成は決して同一視できるものではない。 また,被告は,本願出願時の明細書に識別部分の凸による作用効果の記載がないから,その凸による作用効果の主張は自明事項であり,また凹状に代えて凸状にすることは容易に想到できる事項である旨主張する。しかし,本願請求項1には,文字等の識別記号部分を凸に技術的に限定する旨の構成が明確に記載されている。保護を受けるべき発明の構成が客観的に特定されているにもかかわらず,その特定された発明の中核をなす構成から必然的に派生する作用効果の記載の有無によって進歩性の判断が左右されるというのは,あまりにも不合理な主張である。 したがって,文字等の識別記号部分を,印影として出ない状態で削底面に対して凸部分とする技術思想が,本願出願前において公開されていない以上,本願発明の進歩性を否定することは著しく妥当性を欠くものといわざるを得ない。 3 取消事由3(相違点Dの判断の誤り) (1) 審決は,「本願特許請求の範囲の請求項1における『印面側から見ると識別可能』との記載だけでは,『印面側からの測定器機を媒介してみる識別可能』を排除しているとはいえないから,引用発明の『印面側からの,3次元物体形状を計測する手段により識別可能』と区別できず,相違点Dは,実質的な相違点といえない。」(審決書5頁39行〜6頁4行)としているが,誤りである。 本願請求項1の「印面側から見ると識別可能」という記載が正に「測定器機を媒介して識別する」ことを排除しているといえる。すなわち,前記「印面側から見ると識別可能」の文言中「見る」とは,視覚によって,物の形・色・様子などを知覚することをいう。そして,「視覚」とは肉眼で見たときの感覚である。もし,「測定器機を媒介して識別する」場合も含む内容であれば,普通「見る」の文言を使用せず,引用発明のように「判断」とか「判別」等の文言を用いて表現する方がむしろ自然な記載の仕方である。 したがって,「見る」の文言を用いている本願請求項1の「印面側から見ると識別可能」の解釈は,「印面側から肉眼で見たときに識別可能」と判読するのが自然な理解の仕方であり,また社会の一般的通念にも沿っている。 よって,「見る」の文言の意味内容には「測定器機を媒介してみる」ことが排除されていると解釈すべきであり,「測定器機を媒介してみる」ことを排除していないとの審決の判断は,字句の文言解釈を誤っており,妥当性を欠くといわざるを得ない。 (2) 審決は,「仮に,『印面側から見ると識別可能』が,『印面側からの目視による識別可能』であるとしても,通常の印鑑押捺面の寸法や,引用例の第4図に示される,星形の“くぼみ”11(非印面識別体)と,押捺面の大きさからみて,当業者が容易に想起できることにすぎない。」(審決書6頁5行〜8行)としているが,審決は,両者の識別体の構成の実質的な相違を無視しており,上記認定判断は誤りである。 目視可能である凸状の識別体と,朱肉の目詰まり等により目視不能な状態になる凹状の識別体とでは,その構成から派生する作用効果の実質的違いを勘案すれば,当業者が容易に想起できると到底いうことができない。 4 取消事由4(相違点Eの判断の誤り) (1) 審決は,「本願発明における『印影』については,紙上の印影と印鑑上の鏡像の二とおりの解釈ができることは,上述した。したがって,本願発明の『印影と単独又は複数個の任意の数字・記号・文字・線引き・段付けの両者の一致をもって』における『印影』も,紙上の印影と印鑑上の鏡像の二とおりの解釈ができる。」(審決書6頁10行〜14行)としているが,誤りである。 「印影」とは,各種の辞書をみれば明らかなように,「紙などに印を押したあと」の意味,つまりは紙上の印影のみをいい,印鑑上の鏡像を含めた解釈はあり得ない。 審決は「印影」という言葉の意味を間違えており,このような解釈は到底受け入れられるものではない。 (2) また,審決は,「印鑑上の鏡像である(目視による確認であるならばその蓋然性が高い)とすれば,引用発明の『通常の押捺面(凸部分)10よりもはるかに深いところに設けた印鑑固有の星形の“くぼみ”11を設けた(非印面識別体を含む),印鑑の押捺面側の3次元物体形状情報には,“くぼみ”11の3次元物体形状だけでなく,通常の押捺面(凸部分)10の平面形状すなわち,印鑑上の鏡像(印影)の情報をも含まれていることは明らかであり,したがって,引用発明の,星形の“くぼみ”11の3次元物体形状情報と印鑑上の鏡像(印影)の両者が含まれる印鑑の押捺面側の3次元物体形状情報の一致をもって行う該当印鑑である事の確認は,印影と非印面識別体の両者の一致をもって行うものといえるから,相違点Eは実質的な相違点でない」(審決書6頁15行〜24行)としているが,誤りである。 上述のとおり,「印影」の語は紙上の印影のみを示すものであるから,本願発明は紙上の印影と文字等の識別体(非印面識別体)の両者の一致をもって行うものであり,引用発明のそれとは著しい相違がある。 したがって,相違点Eを実質的な相違点でないとした審決の認定判断には重大な錯誤がある。 (3) 審決は,「また,紙上の印影であるとしても,印鑑照合を,紙上の印影と印鑑自体の物理的属性の両者の一致をもって行うことが,特開平5-314245号公報にみられるように知られているから,これを引用発明に適用して,相違点Eに係る構成を採用することは当業者が容易に想起できることである。」(審決書6頁25行〜28行)としているが,誤りである。 特開平5-314245号公報(甲3。以下「甲3文献」という。)で開示している印鑑自体の物理的属性の内容は,測定データとして測定器で読み込む印鑑自体の形状,重さ,材質の硬さ,電気抵抗,刻みの深さ等のデータであって,本願発明のような印面内に意識的に形成し,かつ,外観から目視できる文字等の識別体とは根本的に異なり,決して技術的に同一視できるものではない。 したがって,このように本質的な相違点のある甲3文献の前記内容を,相違点Eに係る構成に採用することは,たとえ当業者といえどもできないものであり,審決の認定判断には誤りがある。 |
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被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(相違点A及びBの判断の誤り)について (1) 物の識別のために,単独又は複数個の任意の数字・記号・文字・線等の識別記号を設けることは慣用技術である(乙1〜乙4)。また,乙1(特開平1-190482号公報)では,隠し文字又は記号を押印面に入れて,乙2(登録実用新案第3061700号公報)では,柱体の下部側面に記号,図形,文様又は文字を切削して,印鑑を識別しており,識別という観点からみると,印鑑に特殊性があるとはいえない。 (2) 引用発明は,印鑑の非印面に識別体として「印鑑の彫刻面に印鑑ごとに異なる“くぼみ”,“穴”,あるいは特別な3次元的模様を設けておく」(引用例,請求項4)ものであるから,この“くぼみ”等に代えて,一般的に物の識別のために用いる単独又は複数個の数字・記号・文字・線を用いることに何ら困難性はない。なお,引用発明において,非印面識別体11を「“くぼみ”」と呼称しているが,その形状は星形をしており,記号といっても過言ではない。 (3) “くぼみ”を削り出しにより形成できない理由はなく,そして,印鑑においては,凹部であれ凸部であれ,削り出しにより形成することが常套手段なのであるから,非印面識別体の形成を削り出しにより行うことは印鑑の技術分野の当業者にとり自然な発想である。 (4) 上記のとおり,相違点A及びBについての審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は失当である。 2 取消事由2(相違点Cの判断の誤り)について (1) 引用発明においては,“くぼみ”11の底の部分が位置する面が,削った底の面であるから,削底面ということができ,星形の“くぼみ”11が,押捺面と削底面の間の高さの位置にあることは,明らかである。本願発明において,基準面がいかなる部位であるのか不明であり,基準面が削低面であるとされていない以上,引用発明における“くぼみ”の底の部分が位置する面を削底面とした点に誤りはない。 (2) 原告は,本願発明において,識別体が凸状の文字等であると明確に記載されていると主張しているが,上記したように,削底面について規定がなく,識別体が凸状か凹状かの基準となる面を削底面とするとしているわけでもなく,「印面と削低面と異なる,両者の高さの位置に削り出す」という記載から,識別体が凸状の文字等であることが明確とはいえない。 (3) 仮に,本願発明の「削底面」が,識別体を除く,印鑑の印面側に彫り込まれる彫刻面のうちの最も深い部分が位置する印面と平行な面であることを意図しているとして,本願発明の識別体は凸状の文字等であるとしても,一般に,文字等の識別記号を表示面に表示する際,文字等の識別記号部分をその背景に対して,凹部分とするか凸部分とするかは,二者択一の選択事項であって,適宜決定可能なことである。本願出願時の明細書(甲4)には,「印面を削る際に印影以外の部分を全て同一高さに削りださずに印影として出ない位置に,任意の文字列等を削り出す。 又は,判別可能な線引き・段付けを行う。」(【実施の形態】)と記載され,同じく図面(図1,図2)にも「凸又は凹」と記載されていることからすると,出願当初においては,両者をなんら区別せず,同等に扱っていることが明らかであり,文字等の識別記号部分を凸,凹どちらにするかは適宜決定可能な事項であることが理解できる。 また,識別体の位置が,印面と削底面と異なる両者の間の高さの位置である点は,文字等の識別体をその背景に対して凸部分としたことによる当然の帰結である。 (4) 文字等の識別記号部分を,その背景(削底面)に対して,凹部分とすれば,該部分への朱肉の目詰まりにより目視確認ができなくなるのに対して,凸部分とすれば,そのことがないとの作用効果は,本願明細書には記載されていない。仮に,識別部分を凸部分とすることによる作用効果があるとしても,自明のものでしかない。 また,印鑑の印面側に凸状の識別体を設ければ,常に目視可能であり,凹状の識別体を設ければ,常に目視不能な状態になるとは,一概にいえないが,そのようになりやすいだろうことは予測の範囲内の事項であるから,識別体を凹状に代えて凸状にすることは容易に想到できる事項である。 (5) 上記のとおり,相違点Cについての審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は失当である。 3 取消事由3(相違点Dの判断の誤り)について (1) 「見る」とは,人が眼で見ることに限定されず,「調べる」等の意味を含んでおり(広辞苑初版),審決が,「印面側からの測定器械を媒介してみる識別可能」を排除しているとはいえないとした点に,誤りはない。 仮に,本願発明が,人間による目視及び人間による判断のみを用いて印鑑を識別する方法に限定されるとしても,引用発明における機械による計測と判断を,人間に行わせることに何ら困難性がない。 (2) 審決は,引用例の第4図に接した当業者ならば,“くぼみ”11が,「印面側からの目視による識別可能」であることが容易に看取できるから,印面側から識別可能にしようとする点で,くぼみ”と共通する凸状の識別体を,印面側からの目視による識別可能にすることは容易に想起できるとしているのであって,凹状の識別体が目視不能な状態になる等は,識別可能かどうかには関係のない事項である。 (3) 上記のとおり,相違点Dについての審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は失当である。 4 取消事由4(相違点Eの判断の誤り)について (1) 原告は,甲3と本願発明とは,技術的に同一視できない旨を主張する。 しかし,甲3は,印鑑照合を,紙上の印影と印鑑自体の物理的属性の両者の一致をもって行うことが知られていることを証明するために引用したものであって,物理的属性が,形成した文字等の識別体ではない等は,引用の趣旨とは関係ない。 (2) 上記のとおり,相違点Eについての審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由4は失当である。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点A及びBの判断の誤り)について (1) 原告は,審決は,「物の識別のために,単独または複数個の任意の数字・記号・文字・線等の識別記号を設けることは,慣用されている」と認定したが,慣用されていることを刊行物等によって示しておらず,上記認定は誤りである旨主張する。 しかし,物の識別のための識別記号を設けることは,当業者でなくとも,一般人が,日常的にこれ(例えば,商標)に接する経験を有し,かつ,自らも行っている(例えば,持物への名前の記入など)ことであるから,刊行物等を示すまでもなく,慣用技術であることは明らかである。したがって,原告の上記主張は採用できない。 なお,原告は,審決が,上記慣用技術を認定したうえで,引用発明の非印面識別体としての「“くぼみ”11」に代えて,上記識別記号を採用することは,当業者が適宜なす設計事項であると判断したことに対し,印鑑の特殊性に着目して数字等の識別記号を設けた本願発明の独自の工夫を顧慮することなく,「一般に慣用されている」の一言をもって本願発明の構成を否定することは,著しく妥当性に欠ける旨をいうが,原告の指摘する部分について,審決は,「これ(判決注:上記慣用技術)を,引用発明の非印面識別体として,『“くぼみ”11』に替えて,採用することに格別阻害要因がないから,相違点Aは,当業者が適宜なす設計事項である」(審決書4頁35行〜5頁1行)と,相違点Aの想到容易性を判断しているのであって,上記慣用技術に基づいて,本願発明の構成のすべてを容易想到と判断しているものではなく,原告の主張は当たらない(審決は,本願発明と引用発明との相違点A〜E(原告は争わない。)を認定しているものであり,この相違点A〜Eをもって,客観的にみれば,本願発明による(引用発明が備えていない)独自の工夫ということができるから,審決が,印鑑の特殊性に着目した本願発明の独自の工夫を顧慮していないということはできない。)。 (2) 原告は,「“くぼみ”11」と上記識別記号とは形状的特性が異質であることから,代替はできず,「“くぼみ”11」に代えて上記識別記号を採用することは想到容易ではない旨主張する。 そこで,検討すると,引用例(甲1)には,「前記第1項において,印鑑の彫刻面に印鑑ごとに異なる“くぼみ”,“穴”,あるいは特別な3次元的模様を設けておくことを特徴とする印鑑識別方式。」(1頁右下欄9行〜12行),「第4図は,本発明による3次元物体形状情報利用の実施例であり,10は通常の押捺面(凸部分)であり,11は押捺面よりはるかに深いところに設けた印鑑固有の“くぼみ”の一例を示したものである。」(3頁左上欄1行〜5行),「従来の印鑑の押捺面からはるかに深いところに,容易には見えない形で各印鑑固有の“くぼみ”もしくは“穴”を複数個設けておくことにより,検出精度を大きく向上させることが可能である。」(3頁左上欄15行〜19行)と記載されており,また,第4図には,この「“くぼみ”11」の一例として,押捺面側からみると星形を呈するものが示されている(4頁)。 これらの記載からすると,引用発明における「“くぼみ”11」は,押捺面側から見た形状,配列等を,その印鑑固有のものとすることにより,非印面識別体としての機能を発揮しているものと解され,押捺面側から見た上記形状,配列等は,一種の識別記号ということができる。そうであれば,上述したとおり,物の識別のために,単数又は複数個の任意の数字・記号・文字・線等の識別記号を設けることが慣用されていることであるから,引用発明において,「“くぼみ”11」の押捺面側から見た形状,配列等に代えて,単数又は複数個の任意の数字・記号・文字・線等を用いることは,当業者ならば容易に想到できることというべきである。 また,原告は,“くぼみ”等は不定形であり,肉眼で見て同じか否かの判別ができないために,同一性の判別には機械的測定が不可欠であるのに対し,文字等は定形であり,肉眼で見て判別が可能であるから,両者はその特性が異なり,置換可能ではない旨を主張する。しかし,「“くぼみ”11」の一例として,引用例の第4図(甲1,4頁)には,押捺面側からみると星形を呈するものが記載されており,“くぼみ”等が不定形であるとはいえないし,また,後述するとおり,「“くぼみ”11」が,肉眼で見て同一かどうかの判別が不能なものであるということもできないから,原告の上記主張は採用できない(審決が,「“くぼみ”11」の押捺面側から見た形状,配列等(例えば,「星形」)と,上記識別記号とを対比させなかった点は説示において配慮を欠く点がないとはいえないにしても,審決は,引用発明の「“くぼみ”11」が「星形」であると認定しており(審決書3頁2行〜9行),相違点Aについての審決の判断は,この「星形」に代えて,上記識別記号を採用することが想到容易であるとの趣旨のものであることが明らかである。)。 そうすると,審決が,「“くぼみ”11」に代えて,上記単数又は複数個の任意の数字・記号・文字・線等の識別記号を採用することに格別阻害要因はなく,相違点Aは,当業者が適宜なす設計事項であるとした判断に誤りはない。 (3) 原告は,相違点Bに関して,引用発明の“くぼみ”は,目打ち状のものであるから,削り出しによって形成することは想到容易ではない旨主張する。 しかし,印鑑の印面は,印面形成部を削り出して削底面を形成することによって現れるのであり,削底面は,印面からみると窪み部ともいえるものである。 仮に,引用発明の“くぼみ”が,削り出しによって形成されるものではないとしても,これを,削り出しによって形成することは,印面を形成するための削り出し技術をもってすれば,何の困難性もないといわねばならない。原告の上記主張は採用できない。 2 取消事由2(相違点Cの判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明の“くぼみ”は,削底面よりも更に落ち込んだ部分に設けてあるから,“くぼみ”が,押捺面と削底面の間の高さの位置にあるとする審決の認定は誤りである旨主張する。 確かに,引用発明において,“くぼみ”というからには,“くぼみ”の基端は削底面に位置し,“くぼみ”の先端は,削底面よりも,更に,押捺面から離れた位置にあると解するのが妥当であり,このように解すると,“くぼみ”の「星形」は,押捺面側から見て,印面形成部を削り出した削底面の位置に現れると認められるから,“くぼみ”が,押捺面と削底面の間の高さの位置にあるとの審決の認定は誤っているといわざるを得ない。 しかし,審決は,「仮に,本願発明の『削底面』を,識別体を除く,印鑑の印面側に彫り込まれる彫刻面のうちの最も深い部分が位置する印面と平行な面であるとしても,」(審決書5頁20行〜22行)としたうえで,「引用発明において,文字等の識別体を設けるに当たって,文字等の識別体をその背景に対して,凸部分とすることは,当業者が容易に想到でき,そうすれば,相違点Cのように,識別体の位置が,印面と削底面と異なる,両者の間の高さの位置となることは必然である。」(審決書5頁28行〜31行)として,相違点Cに係る本願発明の構成が容易想到であるとの判断を示しており,後述するとおり,この判断に誤りはない。 (2) 原告は,審決が,上記判断に先立ち,「一般に,‥‥‥文字等の識別記号部分をその背景に対して,凹部分とするか凸部分とするかは,二者択一の選択事項であって,適宜決定可能なことであり,このこと(二者択一の選択事項であって,適宜決定可能なこと)は,表示面が,引用発明のような印鑑の印面以下の面であったとしても,格別変わるものではない。」(審決書5頁23行〜27行)と説示したのに対し,本願発明においても引用発明においても,二者択一の選択事項とはいえないから,凹部分とするか凸部分とするかは,適宜決定可能であるとはいえない旨主張する。 しかし,印刻技術にも,陽刻(「浮彫りの印刻。文字その他図柄を高く,地を低くなるように彫刻したもの。」広辞苑第5版)と陰刻(「文字または絵画をくぼませて彫り込むこと。」同)が存在し,いずれでも,文字等を識別できることは広く知られているところであり,印鑑技術分野の当業者であれば,文字等の識別記号部分をその背景に対して,凹部分とするか凸部分とするかは,二者択一の選択事項として適宜決定可能といわなければならない。そうであれば,引用発明の,押捺面側からみた“くぼみ”の「星形」は,削底面からの凸出部によっても形成できることは,当業者が容易に理解できることであるから,引用発明の“くぼみ”に代えて,削底面からの凸出部によって識別記号を形成することは,当業者ならば適宜なし得ることというべきである。 (3) 原告は,引用発明において,文字等の識別体を削底面に対して凸部分とすることは想到容易ではなく,まして,識別体の位置を,印面と削底面と異なり,かつ,印影としては出ない,両者の間の高さの位置に設定することは必然なこととはいえない旨主張する。 しかし,識別記号を削底面からの凸出部によって形成することが想到容易であることは上述のとおりである。また,引用発明においては,「従来の印鑑の押捺面からはるかに深いところに,容易には見えない形で各印鑑固有の“くぼみ”もしくは“穴”を複数個設けておく」(甲1,3頁左上欄15〜18行)ことにより,「印影パターンを目に見える形で残さずに済むことから,印鑑の偽造防止にも有効である」(同欄19行〜右上欄1行)という利点が生じるのであるから,識別記号を削底面からの凸出部によって形成するに当たっても,印影パターンに残らないような,押捺面からの深い位置,すなわち,印面と削底面と異なり,かつ,印影としては出ない,両者の間の高さの位置に設定することは,当業者が容易に想到できることというべきである。 (4) また,原告は,文字等の識別記号を表示面に凸状に表示するか凹状に表示するかにより,朱肉の目詰まりの有無により目視確認が可能か否かという,作用効果上の重要な違いを派生する旨主張する。 しかし,朱肉の目詰まりは,識別記号が凸状であっても,識別記号の周囲に生じる可能性があり,結果として,識別記号を目視できないことが想定されるし,また,そもそも印鑑が真正なものであるかどうかの確認は,朱肉の捺印面を清掃した上で慎重に行うものと考えられるから,識別記号の表示が,凸状になされているか凹状になされているかによって,作用効果に格別の相違が生ずるとは認められない。 (5) 上記によれば,相違点Cに係る本願発明の構成は,当業者が想到容易ということができるから,上記のとおり審決の説示には一部誤りが存在するものではあるが,当該誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。 3 取消事由3(相違点Dの判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,本願発明の「印面側から見ると識別可能」であることは,「印面側からの測定器機を媒介してみる識別可能」であることを排除しておらず,引用発明の「印面側からの,3次元物体形状を計測する手段により識別可能」であることと区別できない旨を説示したのは,誤りである旨主張する。 確かに,「見る」とは,一般には,「目によって認識する」(広辞苑第5版)の意味であるし,本願明細書(甲4,甲5の1,2及び4)の記載をみても,「見る」ことが,「測定器機を媒介してみる」ことを含むと解すべき特段の事情は見当たらないから,本願発明において,「印面側から見ると識別可能」であるとは,「印面側から目で見て識別可能」であると解するのが自然である。したがって,審決が,本願発明の「印面側から見ると識別可能」であることは,引用発明の「印面側からの,3次元物体形状を計測する手段により識別可能」であることと区別できない旨を説示したのは,誤りといわざるを得ない。 (2) しかし,審決は,「仮に,『印面側から見ると識別可能』が,『印面側からの目視による識別可能』であるとしても,通常の印鑑押捺面の寸法や,引用例の第4図に示される,星形の“くぼみ”11(非印面識別体)と,押捺面の大きさからみて,当業者が容易に想起できることにすぎない。」(審決書6頁5行〜8行)とも判断しており,以下に示すとおり,この判断には誤りはない。 すなわち,引用発明は,「印鑑の押捺面側の3次元物体形状を計測する手段」(甲1,特許請求の範囲(1))を備え,「印鑑の押捺面の3次元形状を処理の対象とする」ものであり,「従来の印鑑の押捺面からはるかに深いところに,容易には見えない形で各印鑑固有の“くぼみ”もしくは“穴”を複数個設けておく」ことにより,「検出精度を大きく向上させる」(甲1,3頁左上欄7行〜19行)ものであるところ,引用例第4図(甲1,4頁)に示された,押捺面側からみた「星形」の大きさ(二次元での広がり)からみて,本願発明同様,“くぼみ”を目視によっても,識別できるものであることは明らかである。そうすると,引用発明において,計測手段による識別に代えて,目視による識別を採用することは,当業者ならば容易に想到できることである。 (3) したがって,審決が,本願発明の「印面側から見ると識別可能」であることは,引用発明の「印面側からの,3次元物体形状を計測する手段により識別可能」であることと区別できない旨説示した点は誤りであるにしても,相違点Dを容易想到とした判断に誤りがあるとはいえず,上記の説示の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。 4 取消事由4(相違点Eの判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,本願発明の「印影と単独又は複数個の任意の数字・記号・文字・線引き・段付けの両者の一致をもって」印鑑を確認することに関して,「印影」は,紙上の印影と印鑑上の鏡像の二とおりの解釈ができるとし,これを前提に,相違点Eは実質的な相違点でないと判断したのは誤りである旨主張する。 そこで,検討すると,本願請求項1には,「印面と削底面と異なる,両者の間の高さの位置に,印影としては出ないが,印面側から見ると識別可能なように,任意の数字・記号・文字・線引き・段付けを,単独又は複数個削り出す」と記載されており,この記載からすると,数字等の識別記号は,「印影」としては出ず,逆に,印面は,「印影」として出ると解するのが自然であるから,「印影」とは印面により紙上に現れるものであって,「印影」を紙上の印影と印鑑上の鏡像の二とおりに解釈する余地はない。したがって,印影が印鑑上の鏡像であることを前提に,本願発明も引用発明も,印影と非印面識別体の両者の一致をもって該当印鑑であることの確認を行っており,相違点Eは実質的な相違点でないとした,審決の説示は誤っている。 (2) しかし,審決は,「紙上の印影であるとしても,印鑑照合を,紙上の印影と印鑑自体の物理的属性の両者の一致をもって行うことが,特開平5-314245号公報(判決注;甲3文献)にみられるように知られているから,これを引用発明に適用して,相違点Eに係る構成を採用することは当業者が容易に想起できることである。」と説示して,相違点Eの容易想到性について判断している。 もっとも,上述のとおり,本願発明において,「印面側から見ると識別可能」であるとは,「印面側から目で見て識別可能」であると解すべきであるから,審決の上記説示が,甲3文献における,測定器を用いた「印影」と「印影」以外の物理的属性による照合技術を,引用発明に適用するという趣旨であるとすれば,それを引用発明に適用したとしても本願発明に到らないものであり,誤りであるといわなければならない。 しかし,審決は,「印鑑照合を,紙上の印影と印鑑自体の物理的属性の両者の一致をもって行うことが,特開平5-314245号公報(判決注;甲3文献)にみられるように知られているから」と説示しており,紙上の印影と印鑑自体に存在するくぼみ等の非印面識別体を含む物理的属性の両者の一致をもって該当印鑑であることの確認を行うことが知られていることの例示として,甲3文献を引用しているにすぎないものと理解することができる。 そこで,検討するに,従来より,印鑑の照合は,登録された真正な「印影」と,押捺された「印影」とを対比し,目視によって真贋を確認するという手法で行われていたのであるし(甲1,1頁右下欄下より2行〜2頁左上欄1行),上述したとおり,引用発明における“くぼみ”を肉眼によって識別することは,当業者ならば容易に想到できることである。そうであれば,引用発明の印鑑について,「印影」と「“くぼみ”」による照合を行うことは,当業者が容易に想到できるというべきであるから,本願発明において,「印影と単独又は複数個の任意の数字・記号・文字・線引き・段付けの両者の一致をもって」照合を行うことが,格別の照合手法であるとはいえないというべきである。 そうすると,審決が引用する甲3文献が適切な例示といえるかどうかはともかく,また,その措辞にやや明確さを欠くきらいはあるものの,相違点Eに係る本願発明の構成が容易想到であるとした審決の判断に誤りはなく,相違点Eは実質的な相違点でないとした上記審決の説示の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。 5 結論 以上によれば,原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りは見当たらない。 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 佐藤久夫 |
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裁判官 | 三村量一 |
裁判官 | 古閑裕二 |