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事件 平成 16年 (ワ) 1052号 損害賠償請求事件
原告 丸山工業株式会社
訴訟代理人弁護士 後藤昌弘
同 川岸弘樹
補佐人弁理士 広江武典
同 武川隆宣
被告 日本下水道事業団
訴訟代理人弁護士 川上英一
訴訟復代理人弁護士 飯島康博
同 藤田祐子
指定代理人 田丸春信
同 宮嵜 徹
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/07/14
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,金500万円及びこれに対する平成15年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
原告は,被告から発注を受けた請負人が,別紙被告実施工法目録記載の軟弱地盤の改良方法(以下「被告方法」という。)を実施したことは,原告の有する特許権を侵害し,注文者である被告は,民法716条ただし書に基づく不法行為責任を負うと主張して,被告に対して,損害賠償金の支払を求めた。
1 争いのない事実等(認定の根拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。) (1) 原告の有する特許権 原告は,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,その発明を「本件発明」という。)を有している。
発明の名称 軟弱地盤の改良工法及びその改良施工装置 出願日 平成8年6月17日 登録日 平成14年1月25日 特許番号 第3270968号 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの請求項1欄記載のとおり(以下同公報掲載の明細書を「本件明細書」という。) (2) 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
A ドレーン材を地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設することにより,地盤中に鉛直排水壁を造成する工程と, B 真空ポンプに連結されたネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材を前記ドレーン材上端部と接触するように水平状に配置する工程と, C 地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで覆う工程と, D 前記真空ポンプを作動させて地盤上面に負圧の状態を造り出す工程 E とからなることを特徴とする軟弱地盤の改良工法。
(3) 被告の行為 被告は,鹿島・間・不動特定建設共同企業体(以下「JV」という。)に対し,「琵琶湖東北部浄化センター建築工事その23」との名称の地盤改良工事(以下「本件工事」という。)を請け負わせ,JVは,本件工事において,被告方法を使用した。
(4) 被告方法の構成 被告方法の構成は,別紙被告実施工法目録記載のとおりである。
(5) 本件発明の構成要件充足性 被告方法は,本件発明の構成要件A,D及びEを充足する。
(6) 本件特許の出願経過(乙3ないし6,弁論の全趣旨) 本件特許の出願経過は,以下のとおりである。
ア 公開特許公報(乙3)の記載 本件特許は,平成8年6月17日に出願され,平成12年11月28日に公開されたが,出願当初の明細書においては,本件発明に対応する特許請求の範囲の請求項は,以下のとおり記載されていた。
「ドレーン材を地盤中に所定の間隔をおいて打設することにより,地盤中に鉛直排水壁を造成する工程と,前記ドレーン材上端部と接触するように水平状に真空ポンプに連結した通水材を配置する工程と,地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで覆う工程と,前記真空ポンプを作動させて地盤上面に負圧の状態を造り出す工程とからなることを特徴とする軟弱地盤の改良工法。」 イ 拒絶理由通知書(乙4)の記載 前記アの出願に対し,特許庁審査官は,平成13年8月16日,前記ア記載の発明につき,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由通知書を発した。
上記拒絶理由通知書の備考欄には,以下の記載がある。
「引用文献1においては,不透膜14の構成については記載されていないが,不透膜をどのような構成とするかは設計的事項に過ぎず,また合成樹脂をラミネートしたシートも,参考文献にあるように様々な技術分野においてよく用いられているものに過ぎず,合成樹脂をラミネートしたシートを引用文献1の不透膜として用いて,本願の請求項1のような構成とすることは,当業者にとって容易に想到できたことである。
(中 略) 引用文献4の複合シートを通水材として用いることは,当業者にとって容易に想到できたことである。
引用文献5には,非透水性シートの下面に透水性シートを一体に積層したシートが記載されており,これを引用文献1のサンドマットと不透膜に代えて用いることは,当業者にとって容易に想到できたことである。(以下省略)」 ウ 出願人による補正 前記イの拒絶理由通知に対し,出願人は,平成13年10月15日(提出日)付の手続補正書(乙6)を提出して,前記ア記載の請求項について,「通水材」を「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」と補正し,本件明細書の記載と同一の記載に補正した。
これと同時に,出願人は,特許庁審査官に対し,同日付の意見書(乙5)を提出した。同意見書には以下の内容の記載がある。
(ア) 前記ア記載の請求項に係る発明が,「ネットとネットの表面に取り付けられた繊維シ-トとからなる帯状の通水材を用い,この通水材を地盤上に残しておかれたドレーン材上端部と接するように配置して,該通水材を通して地盤表面へと吸い出された水及び空気を改良区域外へと排出するようにしているのに対し,引用例1記載の発明では,水及び空気の排水経路としてサンドマットを用いている点で相違している。」(4頁2〜7行)そして,両者は共に水及び空気の排水経路として機能するものであるが,「請求項1,4に係る発明の通水材は,ネットとネットの表面に取り付けた繊維シートとからなり,サンドマットとの作用効果の違いは,本意見書に添付した実験証明書からも明らか」(4頁14〜17行)である。
(イ) また,拒絶理由通知書記載の引用例2,3,5及び6には,「地盤上に残しておかれたドレーン材上端部と接するように真空ポンプに連結されたネットとネットの表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材を配置することについて,何らの記載も示唆もない。」(5頁14〜16行) 2 争点 (1) 被告は,民法716条ただし書に基づく不法行為責任を負うか。
(2) 本件特許権侵害の有無 ア 構成要件充足性 被告方法は,本件発明の構成要件Bを充足するか。
均等侵害の成否 (ア) 被告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材は,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材と均等か。
(イ) 被告方法の「塩化ビニール製」気密シートは,構成要件Cの「合成樹脂をラミネートした」気密シートと均等か。
(3) 原告の被った損害の額は幾らか。
3 争点に関する当事者の主張 (1) 争点(1)(民法716条ただし書に基づく責任の有無) (原告の主張) 以下の経緯に照らすと,被告の指図に基づいて,JVが被告方法を使用したというべきである。すなわち,@本件工事は,琵琶湖流域下水道東北部浄化センターの地盤改良工事の第2期工事であるが,第1期工事においては,本件特許に係る「N&H強制圧密脱水工法」が採用され,原告が下請けとして施工したこと,A本件工事が発注された時点では,水平ドレーンを使用した真空圧密工法は,本件特許の実施に係る「N&H強制圧密脱水工法」以外には存在していなかったこと,B本件工事において被告が作成し,指名業者に示した工事積算明細書(甲4)や計画図面(甲5の1ないし5)においても,「N&H強制圧密脱水工法」の積算と同じ基準で積算がされていたこと,C本件工事において,鉛直ドレーンが水平ドレーンと接続されるという上記工法の図面と同じ図面が使用されていたことなどの経緯に照らすと,本件工事は,「N&H強制圧密脱水工法」の使用を前提としたものであり,被告の指示によるものと解するのが相当である。
したがって,被告は,民法716条ただし書に基づき,不法行為責任を負う。
(被告の反論) 被告は,本件工事において,一般的な真空圧密工法を使用するように指示したが,「N&H強制圧密脱水工法」を使用するよう指定していない。この点は,被告とJVとの契約書の2条3項において,「仮設・施工方法その他工事目的物を完成させるために必要な一切の手段については・・・乙(請負者)がその責任において定める。」と規定されていることからも明らかである。甲4及び甲5の1ないし5にも,本件特許に係る工法が具体的に示されている箇所はない。
したがって,被告は,民法716条ただし書に基づく不法行為責任を負うことはない。
(2) 争点(2)ア(本件発明の構成要件Bの充足性)について (原告の主張) ア 「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」の意義 構成要件Bにおける「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」は,シートの長さ方向に沿って水及び空気を移動させる移動経路,排水経路を構成するものであり,さらに,ネット表面に積層した繊維シートによって,砂や土砂の透過を抑制して,前記経路を確保する作用効果を有するものであれば足りる。また,構成要件Bにおける帯状の通水材の「ネット」は,その厚みを利用して,繊維シートとの間に隙間を形成し,空気と間隙水が流れるようにする経路形成手段でありさえすれば足りるのであって,特許公報の【図3】で示された「ネット状」の形状に限定されない。
本件発明の通水材において,「ネット」は,「繊維シート」との関係で,シートの長さ方向に沿って水及び空気を移動させる移動経路,排水経路を構成し,かつ砂や土砂の透過を抑制して,前記経路を確保するものであり,そのために高さ方向への通水は全く不要である。
したがって,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」は,ネットを用いない通水材を含むものと解すべきである。
イ 被告方法との対比 上記のとおり,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」は,本件発明における前記経路を確保するとの作用効果を有するものであれば,「ネットを用いない通水材」を含むと解すべきであるから,被告方法の構成bの「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」ものも,同様の作用効果を奏するので,構成要件Bを充足する。
(被告の反論) 以下のとおり,被告方法は,本件発明の構成要件Bを充足しない。
ア 「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートからなる帯状の通水材」の意義 本件明細書においては,「ネットとその表面に取り付けた繊維シートからなる」帯状の通水材により本件発明の効果が達成される旨記載されており,被告方法の構成bの「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」通水材などこれ以外の構成の通水材を用いることは記載されていないから,本件発明の構成要件Bにおける「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートからなる帯状の通水材」とは,その文言どおりの通水材に限定されると解すべきである。
また,本件特許の出願経過からすれば,本件発明の構成要件Bにおける「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートからなる帯状の通水材」とは,通水材一般ではなく,特許公報に【図3】として示された,「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状」の通水材に限定されたものと解すべきである。
すなわち,被告方法における凹凸を付したプラスチック成型版を不織布等で覆うような通水材は,乙7ないし11記載のとおり,本件特許出願前の周知技術であった。したがって,本件発明は,通水材について,公知技術とは異なる「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材に特に限定したことにより特許されたというべきである。
「ネット」とは,いわゆる「網」であり,網の目が存在し,その網の目を通してネットの長さ方向のみならず高さ方向にも通水可能となっているものを指すと解すべきである。
イ 被告方法との対比 被告方法における構成bの「プラスチック成型板」は,凹凸の付されたプラスチックの板状のものであり,網の目は存在しないので,構成要件Bの「ネット」に当たらない。また,「プラスチック成型板」は,長さ方向にのみ通水を行うものであって,高さ方向に通水することはできないので,その作用も「ネット」と異なる。
したがって,被告方法は,本件発明の構成要件Bを充足しない。
禁反言 原告の上記主張は,本件特許の出願過程における主張(補正)と明らかに矛盾し,禁反言の原則から許されない。
(3) 争点(2)イ(均等侵害の成否)について ア 被告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材は,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材と均等か。
(原告の主張) 仮に被告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材が,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材に当たらないとしても,以下のとおり,被告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材は,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材と均等物であり,本件発明の技術的範囲に属する。
(ア) 本質的部分について 本件発明の作用効果を得るためには,芯材と不織布又は繊維シートとの間に隙間が形成されればよく,その構造,形態が「ネット」である必要はない。
通水材にネットを使用することは,本件発明の本質的部分ではない。
(イ) 置換可能性 本件発明における「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材を,被告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材に置き換えても,芯材と繊維シートとの間,及び繊維シートの構成繊維間に隙間が形成され,この隙間を通してシートの長さ方向に水及び空気が移動する移動経路及び排水経路を確保することができ,本件発明と同様の作用効果を奏する。
(ウ) 置換容易性 凹凸を付したプラスチック成型板を芯材とし,これを不織布等で覆ったドレーン材を用いて,長さ方向に水及び空気が移動する移動経路及び排水経路を構成する技術,並びにドレーン材の芯材となるプラスチック成型板の凹凸に孔を形成して両側面に形成された空間を連通せしめる技術が,本件特許出願前に周知であった。
したがって,本件発明の「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材を,被告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材に置き換えることは,当業者が,被告方法の使用を開始した当時において容易に想到できた。
(エ) 公知技術からの容易推考 上記(ウ)のとおり,凹凸を付したプラスチック成型板を芯材として,これを不織布等で覆ったドレーン材は本件特許出願時において既に周知であった。
しかし,この周知のドレーン材を真空圧密工法における真空圧伝播手段(通水材)として用いること自体,本件特許出願当時の公知技術からは全く予測し得ないことであり,被告方法は,本件特許出願時に容易に推考できたものではない。
(オ) 意識的除外等の不存在 被告は,構成要件Bにおける「通水材」を「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」と補正したが,これにより,「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材を用いた方法を特許請求の範囲から意識的に除外したと解すべきではない。
(被告の反論) (ア) 本質的部分について 本件特許の出願過程に照らすと,本件発明は,当初の「通水材」との構成を,「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材に限定して補正することにより,特許査定を受けたものというべきである。
したがって,本件発明における通水材が,「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材であることが,本件発明の本質的部分である。
(イ) 置換可能性について 本件発明における「ネット」とは,いわゆる網であり,網の目が存在し,網の目を通じて,帯状の通水材の長さ方向のみならず高さ方向にも通水が可能となる。
これに対し,被告方法における「プラスチック成型板」は,長さ方向にのみ通水が可能であって,帯状の通水材の高さ方向に通水することはできないので,その作用効果が「ネット」とは異なる。
したがって,本件発明における「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材を,被告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材に置き換えても,同一の作用効果を得ることはできないので,置換可能性がない。
(ウ) 公知技術からの容易推考について 凹凸を付したプラスチック成型板を不織布等で覆う構成,及び大気圧工法による地盤改良において,改良対象地盤上面に負圧環境をつくり出すために,改良対象地盤上面を気密シートで覆う技術はいずれも本件特許出願前の公知技術である。
したがって,被告方法は,本件特許出願時における公知技術と同一か,又は,少なくとも当業者が公知技術から容易に推考できた。
(エ) 意識的除外等の存在 本件特許の出願過程からすれば,原告は,本件発明の「通水材」につき,被告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材を含む通水材一般ではなく,「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材に限定をしたものというべきである。
したがって,原告は,出願過程において,本件発明の「通水材」から,通水材一般に含まれる本件実施工法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる帯状の通水材」を意識的に除外したものである。
イ 被告方法の「塩化ビニール製」気密シートは,構成要件Cの「合成樹脂をラミネートした」気密シートと均等か。
(原告の主張) 被告方法で用いられている気密シートは,「塩化ビニール製」気密シートであるから,構成要件Cの「合成樹脂フィルムをラミネートした」気密シートに当たらない。
しかし,以下のとおり,被告方法の構成cの「塩化ビニール製」気密シートは,構成要件Cの「合成樹脂フィルムをラミネートした」気密シートと均等物であり,本件発明の技術的範囲に属する。
(ア) 本件発明の本質的部分 本件発明は,気密シートで地盤上面を覆うことにより,地盤上面に,より効率的に負圧環境をつくり出す作用効果を得るものである。したがって,気密シートは,非通気性のものであれば足り,その構造が被告方法に用いられる単層のものであろうと,構成要件Cのラミネート構造であろうと,その効果に実質的な差異はない。
したがって,構成要件Cの「合成樹脂フィルムをラミネートした」気密シートと,単一の合成樹脂層からなる被告方法の「塩化ビニール製」気密シートにおける相違部分は本件発明の本質的な部分ではない。
(イ) 置換可能性 本件発明における「合成樹脂フィルムをラミネートした」気密シートを,被告方法の「塩化ビニール製」気密シートに置き換えても,地盤上面を覆うことで地盤上面により効率的に負圧環境をつくり出すことができるという作用効果を奏する。
(ウ) 置換容易性 前記(イ)のとおり,本件発明における「合成樹脂フィルムをラミネートした」気密シートと被告方法における「塩化ビニール製」気密シートとは,同様の作用効果を有する。したがって,本件発明における「合成樹脂フィルムをラミネートした」気密シートを,被告方法の「塩化ビニール製」気密シートに置き換えることは,当業者が,被告方法の使用を開始した当時において容易に想到できた。
(エ) 公知技術からの容易推考性 被告方法は,本件特許の出願時における公知技術と同一ではなく,また,当業者が本件特許の出願時に容易に推考できたものではない。
(オ) 意識的除外等の不存在 本件発明の構成要件Cは,本件特許出願時から何ら補正されておらず,特許出願当初のままの内容である。
したがって,本件特許の出願手続において,「塩化ビニール製」気密シートを意識的に除外していない。
(被告の反論) 以下のとおり,被告方法の「塩化ビニール製」気密シートは,構成要件Cの「合成樹脂をラミネートした気密」シートと均等とはいえない。
(ア) 本質的部分について 本件明細書の記載及び原告の主張からすると,本件発明の目的は,従来技術に比べて地盤上面により効率的に負圧環境をつくり出す点にあり,かかる目的実現のために,「合成樹脂フィルムをラミネートした」気密シートを採用したことは明らかである。そして,このような気密シートを採用することにより,@地盤上面が合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで覆われていて,より効率的に負圧環境を実現することができる,Aピンホールが重なり難く,気密性をより高めることができ,より効率的に負圧環境を実現することができる,との作用効果を生じさせる。
したがって,被告方法の構成cとの相違部分である,本件発明の構成要件Cの「合成樹脂フィルムをラミネートした」気密シートは,本件発明の本質的部分である。
(イ) 置換可能性について 本件発明の「合成樹脂フィルムをラミネートした」気密シートを被告方法の「塩化ビニール製」気密シートに置き換えた場合,上記a記載の作用効果を奏することはできない。
(ウ) 容易想到性について 大気圧工法による地盤改良において,改良対象地盤上面に負圧環境をつくり出すために,改良対象地盤上面を気密シートで覆う技術は,本件特許の出願前の公知技術である。そして,被告方法で使用される「塩化ビニール製」気密シートは,大気圧工法における気密シートに該当する。
したがって,被告方法で使用される「塩化ビニール製」気密シートは,本件特許の出願時の公知技術と同一であり,均等の要件を欠く。
(4) 争点(3)(原告の被った損害の額)について (原告の主張) 本件特許権を実施許諾した場合の実施料は,改良対象地盤の土砂1立方メートル当たり50円である。
本件工事の対象地盤の土砂は,少なくとも10万立方メートルを下らないから,原告の被った損害の額は500万円を下らない。
(被告の反論) 争う。
当裁判所の判断
1 争点(2)ア(本件発明の構成要件Bの充足性)について (1) 本件発明にいう「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」の意義 ア 本件明細書及び図面の記載 本件明細書及び図面(甲2)には以下の記載がある。
(ア) 課題を解決するための手段 「【0009】・・・請求項1記載の発明は,ドレーン材を地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設することにより,地盤中に鉛直排水壁を造成する工程と,真空ポンプに連結されたネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材を前記ドレーン材上端部と接触するように水平状に配置する工程と,地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで覆う工程と,前記真空ポンプを作動させて地盤上面に負圧の状態を造り出す工程とからなることを特徴とする軟弱地盤の改良工法をその要旨とした。」 (イ) 発明の実施の形態(作用) a 「【0016】・・・請求項1記載の軟弱地盤の改良工法にあっては,地盤上面が,ドレーン材上端部及びネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで覆われるとともに,通水材に連結された真空ポンプが作動して真空引きされることから,地盤上面は負圧の状態となり,地盤中における間隙水圧との間には差が生じるようになる」。
b 「【0017】そしてこの圧力差によって,ドレーン材を地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設することにより,地盤中に造成された鉛直排水壁を通して地盤中の水と空気が地盤表面へと吸い出されるようになっている。
地盤表面の水と空気は,ドレーン材上端部と接触するように水平状に配された通水材を構成するネットとネット表面に取り付けた繊維シートとの隙間,及び繊維シート内の繊維間隙を通って(排水タンクへと)排出されるようになっている。」 (ウ) 実施例の説明 「【0030】次に,真空ポンプに連結した通水材を配置する。図2に示すように,ドレーン材上端部11aは地盤Aの上面に突出している。この突出部分に帯状の通水材13を接触するように平行状に配置するのである。通水材13は,水及び空気が該通水材13の長手方向へと移動できる通路としての機能を持つものであり,図3に示すように,プラスチックネット14とその表面に積層して取り付けた繊維シート15とからなる帯状物である。・・・」 (エ) 発明の効果 a 「【0056】・・・請求項1記載の軟弱地盤の改良工法にあっては,地盤上面が,ドレーン材上端部及びネットとその表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで覆われるとともに,通水材に連結された真空ポンプを作動させることで真空引きされることから,地盤上面は負圧状態となり,地盤中における間隙水圧との間には差が生じ,この圧力差によって,ドレーン材を地盤中に所定の間隔をおいて打設することにより,地盤中に造成された鉛直排水壁を通して地盤中の水と空気が地盤表面へと吸い出されるようになっている。」 b 「【0064】また,この軟弱地盤の改良施工装置にあっては,地盤表面に吸い出された水と空気が,通水材を構成するネットとネット表面に取り付けた繊維シートとの隙間,及び繊維シート内の繊維間隙を通して(排水タンクへと)排出されるようになっているので,目詰まりが生じ難く,負圧による地盤表面への水と空気の排出,並びに地盤表面へ排出された水と空気の(排水タンクへの)排出を安定的に,しかも効率よく行うことができる。」 (オ) 図面の記載 特許公報の図3において,通水材の構造につき,縦糸と横糸とが交互に上下となり重なり合っているように記載されている。
イ 解釈 本件発明に係る各請求項においては,通水材の構成につき「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の」通水材と記載され,また,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄においても,前記アのとおり,本件発明に用いられる通水材について,ネットを使用した構成のみが開示され,ネット以外のものを使用する構成は,何ら記載も示唆もされていない。また,前記第2,1,(6)の本件特許の出願経過によれば,当初明細書の「特許請求の範囲」欄の請求項1,2においては,通水材の構成を限定する記載がなかったが,本件特許の出願人である原告は,拒絶理由通知を受けた後に,各請求項の「通水材」を「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」とする補正を行っている。そして,「ネット」とは,一般に糸などを結合して形成されたものをいい,前記ア(オ)記載のとおり,特許公報においても,これに沿う構造のものを示す図が【図3】として図示されており,本件明細書において,「ネット」の構造を一般的な意義と異なるものと解すべき記載も示唆もない。
上記の各事実に照らすと,本件発明における「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」は,「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の」ものに限定されると解すべきであり,他の意義に解釈する余地はない。
この点につき,原告は,本件発明の「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」はネットを用いる構成に限定されない旨るる主張するが,以上に判示したところに照らし,採用することができない。
ウ 被告方法との対比 被告方法の通水材において用いられているプラスチック成型板は,いずれもプラスチック板に凹凸を付した物であり,糸などを結合して形成された構造の「ネット」には当たらない。
したがって,被告方法は,本件発明の構成要件Bを充足しない。
(2) 小括 よって,原告の文言侵害に関する主張は理由がない。 2 争点(2)イ(均等侵害の成否)について (1) 本件発明の構成要件Bについて 原告は,仮に被告方法が本件発明の構成要件Bを文言上充足しないとしても,被告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材は,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材と均等であるから,被告方法は,本件発明の技術的範囲に属する旨主張するので,以下判断する。
意識的除外等の特段の事情の有無 前記第2,1,(6)の本件特許の出願経過に係る事実及び証拠(乙7ないし11)によれば,本件特許の出願人である原告は,出願時の当初明細書の「特許請求の範囲」欄の請求項1において,「通水材」の構成につき何らの限定を加えていなかったこと,その後,原告は,特許庁審査官の拒絶理由通知に対し,「通水材」の構成を「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」と補正したこと,手続補正書と同時に提出した意見書において,補正に係る「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」は,「水及び空気の排出経路としてサンドマット」を用いる引用例とは構成及び作用効果が異なる旨説明していること,本件特許の出願当時,本件発明の「通水材」に対応する土木用の部材として,「凹凸を付した板状の芯材を不織布で覆う」構造を有する排水材料が当業者に周知であったこと等の事実が認められる。
これらの事実に照らすならば,原告は,本件特許の出願過程において,本件発明に用いる通水材の構成を「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」に限定したものと認められ,「凹凸を付した板状の芯材を不織布で覆う」構造を有する周知の排水材料等これと異なる構成を有する通水材を本件発明の「通水材」から意識的に除外したものと認めるのが相当である。
イ 小括 そうすると,被告方法における「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる帯状の通水材」(構成b)は本件発明から意識的に除外されたものというべきであるから,被告方法は本件発明の構成と均等なものであるとは認められない。
よって,均等侵害に関する原告の主張は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
3 まとめ よって,被告方法の使用は,本件特許権の侵害行為には当たらないから,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
結論
以上のとおり,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
被告実施工法目録aドレーン材を地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設することにより,地盤中に鉛直排水壁を造成する工程と,b真空ポンプに連結された袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる帯状の通水材を前記ドレーン材上端部と接触するように水平状に配置する工程と,c地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに塩化ビニール製気密シートで覆う工程と,d前記真空ポンプを作動させて地盤上面に負圧の状態を造り出す工程eとからなることを特徴とする軟弱地盤の改良工法
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 榎戸道也
裁判官 神谷厚毅