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事件 平成 23年 (ワ) 34237号 特許権侵害差止等請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2014/09/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成26年9月25日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成23年(ワ)第34237号 特許権侵害差止等請求事件

(口頭弁論の終結の日 平成26年7月17日)

判 決

徳島県阿南市〈以下略〉

原 告 日 亜 化 学 工 業 株 式 会 社

同訴訟代理人弁護士 古 城 春 実

同 牧 野 知 彦

同 堀 籠 佳 典

同 加 治 梓 子

同 補 佐 人 弁 理 士 蟹 田 昌 之

大阪府守口市〈以下略〉

被 告 三 洋 電 機 株 式 会 社

同訴訟代理人弁護士 尾 崎 英 男

同 鷹 見 雅 和

同 日 野 英 一 郎

同 上 野 潤 一

同 今 田 瞳

主 文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

1 被告は別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」という。)を生産し,

譲渡し,輸出若しくは輸入し,又は譲渡の申出をしてはならない。

2 被告は,その占有する被告製品を廃棄せよ。





3 被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成23年10月28日か

ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,発明の名称を「窒化物半導体素子」とする特許権を有する原告が,

被告による被告製品の生産,譲渡等が上記特許権の侵害に当たる旨主張して,

特許法100条1項及び2項に基づき,被告製品の生産,譲渡等の差止め及

び廃棄を求めるとともに,特許権侵害に基づく損害賠償金の支払(一部請

求)を求める事案である。

1 争いのない事実

(1) 当事者

原告は,半導体及び関連材料,部品,応用製品の製造,販売並びに研究

開発等を業とする株式会社である。

被告は,各種電子機器器具,通信機械器具及び電子部品等の製造販売等

を業とする株式会社である。

(2) 原告の特許権

ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特

許」という。)の特許権者である。

特許番号 第4314887号

出 願 日 平成15年5月26日(特願2003−148359。以下,

この出願を「本件出願」という。)

原出願日 平成10年5月15日(特願平10−132831。以

下,この出願を「本件原出願」という。)

優 先 日 平成9年11月26日(特願平9−324997)

登 録 日 平成21年5月29日

イ 本件特許権に係る特許請求の範囲の請求項1(ただし,平成26年4

月3日に確定した審決による訂正後のもの)の記載は,次のとおりであ





る(以下,この発明を「本件発明」という。)。

「 厚みが50μm以上であり,少なくとも下面から厚さ方向に5μmより

も上の領域では結晶欠陥の数が1×107個/cm2以下である,ハライド

気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含有するGaN

基板と,前記GaN基板の上に積層された,活性層を含む窒化物半導体層

と,前記窒化物半導体層に形成されたリッジストライプと,該リッジスト

ライプ上に形成されたp電極と,前記GaN基板の下面に形成されたn電

極と,を備えたことを特徴とする窒化物半導体素子。」

ウ 本件発明は,以下の構成要件に分説される(以下,それぞれの構成要件

を「構成要件A」などという。)。

A 厚みが50μm以上であり,少なくとも下面から厚さ方向に5μm

よりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10 7個/cm 2以下である,

ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成されたn型不純物を含

有するGaN基板と,

B 前記GaN基板の上に積層された,活性層を含む窒化物半導体層と,

C 前記窒化物半導体層に形成されたリッジストライプと,該リッジス

トライプ上に形成されたp電極と,

D 前記GaN基板の下面に形成されたn電極と,

E を備えたことを特徴とする窒化物半導体素子。

(3) 本件特許の出願経過

ア 原告は,平成15年5月26日,本件原出願(その特許出願の願書に

添付された明細書及び図面(乙1)を「本件当初明細書」という。)か

らの分割出願として,本件出願(その特許出願の願書に添付された明細

書及び図面(乙8)を「本件分割時明細書」という。)をした。

イ 原告は,平成17年4月18日受付の手続補正書(乙9)において,

特許請求の範囲並びに発明の詳細な説明を補正した(以下,この補正を





「本件補正」という。)。

ウ 本件特許は,平成21年5月29日に登録され,その後,上記(2)イの

とおり訂正された(以下,訂正後の明細書及び図面(甲2,11の1の

2)を「本件明細書」という。)。

(4) 被告の行為

ア 被告は,平成21年5月29日以降,被告製品を製造,販売,輸出して

いる。

イ 被告製品中には,次の構成(以下,それぞれの構成を「構成a」などと

いう。)を備える製品(以下「被告製品1」という。)と,これを備えな

い製品(具体的には,構成a中の結晶欠陥の数が1×107個/cm2を超

える部分があるもの。以下「被告製品2」という。)が含まれている。

a 結晶欠陥の数が,GaN基板の厚さ方向において略均一で8×10 6

個/cm 2以下である,ハライド気相成長法(HVPE)を用いて形成

されたn型不純物を含有するGaN基板を有する。

b 前記GaN基板の上に積層された,活性層を含む窒化物半導体層を

有する。

c 前記窒化物半導体層に形成されたリッジストライプと,該リッジス

トライプ上に形成されたp電極を有する。

d 前記GaN基板の裏面に形成されたn電極を有する。

e 以上を備えたことを特徴とする窒化物半導体素子。

2 争点

原告は,被告製品2が本件発明の構成要件Aを充足しないことを認めてい

る。他方,被告は,被告製品1が構成要件A中の「少なくとも下面から厚さ

方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10 7個/cm 2以下で

ある……GaN基板」を充足することを争い,その余の構成要件の充足を認

めている。したがって,本件の争点は,次のように整理することができる。





(1) 被告製品1の構成要件Aの充足性

(2) 被告製品中に被告製品1が占める割合

(3) 差止請求等の当否

(4) 損害論

3 争点に関する当事者の主張

(1) 被告製品1の構成要件Aの充足性

(原告の主張)

構成要件A及びDの「下面」は,「下の面」を意味し,構成要件B〜D

には,「GaN基板の上に積層された……半導体層と,……p電極と」と

の記載に続いて「下面に形成されたn電極」と記載されているのであるか

ら,「下面」は「半導体層を積層する面とは反対のn電極を形成する面」

を意味するものと解すべきである。本件発明を結晶欠陥の多い領域に直接

n電極を設ける構成に限定すべきではないことは,@構成要件Aは,Ga

N基板の結晶欠陥の数について,「少なくとも下面から厚さ方向に5μm

よりも上の領域では」と記載するにとどまり,それより下の領域の結晶欠

陥の数を特定していないこと,A本件明細書の発明の詳細な説明には,

「下地層が除去される場合,結晶欠陥が多い領域の第2の窒化物半導体層

にn電極が形成されてなることが望ましい。」と記載されており(段落

【0014】),結晶欠陥の数の多い高キャリア濃度領域にn電極を形成

する形態に発明の範囲を限定していないこと,B本件当初明細書には,n

電極を設ける層として,第2の窒化物半導体層の結晶欠陥の多い領域を使

用すること(段落【0044】)と,Si等のn型不純物をドープしてキ

ャリア濃度を高めた層を使用すること(段落【0015】)が等価の技術

であることが記載されており,結晶欠陥の少ない領域に直接n電極を設け

る構成が開示されているものと理解できることからも明らかである。

(被告の主張)





下面から厚さ方向の全体にわたって結晶欠陥の数が1×10 7 個/cm 2

以下のGaN基板を使用する素子は,本件当初明細書にも本件明細書にも

開示されていない。本件明細書には,「結晶欠陥が多い領域の第2の窒化

物半導体層にn電極が形成されてなることが望ましい。」として,結晶欠

陥の多い領域にn電極を設けることによる作用効果を記載しているのであ

るから,n電極が形成される基板の「下面」近傍は,結晶欠陥の数が多い

領域として特定されている。したがって,構成要件AのGaN基板の「下

面」は,「下面から厚さ方向に5μmよりも上の結晶欠陥の数が1×10 7

個/cm2以下の領域に比べて,結晶欠陥の多い領域に形成されている面」

を意味するものと解すべきである。また,構成要件Aの「GaN基板」は,

下面から厚さ方向に5μmまでの領域における結晶欠陥の数が1×10 7個

/cm2よりも多いものをいうと解すべきである。本件当初明細書及び本件

分割時明細書には,下面から厚さ方向に5μmまでの領域の結晶欠陥の数

が少ない素子は記載されておらず,原告の主張する解釈を採ると,本件補

正は新規事項を追加する違法なものとなるから,そのような解釈を採るべ

きではない。

被告製品1のGaN基板の結晶欠陥の数は,厚さ方向において略均一で

8×10 6個/cm 2 以下であるから(構成a),構成要件A中の「少なく

とも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10

個/cm2以下である……GaN基板」を充足しない。

(2) 被告製品中に被告製品1が占める割合

(原告の主張)

被告製品には,@日立電線株式会社製又はA住友電気工業株式会社製の

GaN基板が使用されているところ,@のGaN基板を使用した被告製品

は全て被告製品1である。他方,AのGaN基板ウエハは,400μmの

周期で結晶欠陥の数が多いストライプ型コアが存在し,その近傍領域の結





晶欠陥の数は1×10 7 個/cm 2を超えている。被告は400μm周期の

コアの間を2分割又は3分割して素子を切り出しているから,被告製品中

に被告製品1が占める割合は,素子の幅が約200μm(2分割)の製品

については半分以上,素子の幅が約133μm(3分割)の製品について

は3分の2以上と認められるべきである。

(被告の主張)

争う。

(3) 差止請求等の当否

(原告の主張)

前記(1)(原告の主張)のとおり,被告製品1は本件発明の技術的範囲

属するところ,被告は,被告製品を業として生産し,譲渡し,輸出若しく

は輸入し,かつ譲渡の申出をしている。これらの行為は,本件特許権の侵

害に当たるから,原告は,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基

づき,被告製品の生産等の差止め及び廃棄を求める。

(被告の主張)

争う。

(4) 損害論

(原告の主張)

平成21年5月29日以降本件訴えの提起(平成23年10月20日)

までの被告製品の販売額は,58億円を下らない。本件発明の実施料率は

3%を下回らないから,原告の損害額又は損失額は1億7400万円を下

らない。よって,原告は,被告に対し,不法行為による損害賠償請求権又

は不当利得返還請求権に基づき,その一部請求として1億円及び訴状送達

日の翌日である平成23年10月28日から支払済みまで民法所定の年5

分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)





争う。

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(被告製品1の構成要件Aの充足性)について

(1) 本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載並

びに本件特許の出願経過によれば,構成要件Aの「少なくとも下面から厚

さ方向に5μmよりも上の領域では結晶欠陥の数が1×10 7 個/cm 2 以

下である……GaN基板」については,次のように解釈することが相当で

ある。

ア 本件特許の特許請求の範囲には,「下面から厚さ方向に5μmより上

の領域」(構成要件A),「前記GaN基板の上」(構成要件B)及び

「前記GaN基板の下面」(構成要件D)という,GaN基板に上下方

向が存在することを前提とする記載がある。これによれば,本件発明は,

GaN基板それ自体に上下方向ないし上面及び下面を特徴付ける属性が

存在すること並びにこれにより特定された上面に窒化物半導体層等を積

層し下面にn電極を形成することを必須の構成としていることが明らか

である。したがって,このような属性を持たず上下方向を特定すること

のできないGaN基板や,上記属性により特定された上面又は下面に窒

化物半導体層等の積層及びn電極の形成がされていないGaN基板は,

特許請求の範囲の文言と相いれないと解される。

このように,本件発明に係るGaN基板は,それ自体に上下方向を特

定することができる属性を備えたものであることを要するところ,構成

要件Aには「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では

結晶欠陥の数が1×10 7 個/cm 2以下である」との記載があり,かつ,

本件特許の特許請求の範囲にはこの記載以外にGaN基板の上下方向を

特定する属性に関する記載は存在しない。そうすると,本件発明に係る

GaN基板は,ある特定の面から5μm隔たったGaN基板の内部に仮





想的な面(以下「基準面」という。)を想定し,上記特定の面を「下

面」,それとは反対側の面を「上面」とした場合に,基準面より上の領

域における結晶欠陥の数が1×10 7個/cm 2以下であり,この領域と

基準面より下の領域との間で結晶欠陥の数の偏在が認められることによ

り上下方向が特定されるようなGaN基板をいうものと解するのが相当

である。

そうすると,厚さ方向に結晶欠陥の数の偏在が認められず,その偏在

により上下方向を特定することのできないGaN基板は,構成要件Aに

いう「GaN基板」を充足せず,本件発明の技術的範囲に属しないもの

と解すべきである。もっとも,特許請求の範囲には,基準面より上の領

域における結晶欠陥の数のみが明記され,その下の領域における結晶欠

陥の数についていかに解すべきであるかが定かでないので,発明の詳細

な説明の記載を検討することとする。

イ 本件明細書の発明の詳細な説明には,【課題を解決するための手段】

欄に,@本件発明の窒化物半導体素子は,下地層(第1の窒化物半導体

層及び保護膜)に接近した側に結晶欠陥が多い領域と,下地層より離れ

た側に結晶欠陥が少ない領域とを有する第2の窒化物半導体層を有し,

その第2の窒化物半導体層の上に活性層を含む複数の窒化物半導体層が

成長されてなることが望ましいこと(段落【0011】),A下地層が

除去されて素子構造とされる場合,第2の窒化物半導体層の厚さが50

μm以上の膜厚であると,結晶欠陥の少ない領域が更に多くなって望ま

しいこと(段落【0013】),B下地層が除去される場合,第2の窒

化物半導体層が同一組成で結晶欠陥の少ない低キャリア濃度領域と,結

晶欠陥の多い高キャリア濃度領域とを有しており,この高キャリア濃度

領域にn電極を設けることにより,効率の良い素子を作製することがで

きることから,結晶欠陥が多い領域の第2の窒化物半導体層にn電極が





形成されてなることが望ましいこと(段落【0014】),C本件発明

の素子では,第2の窒化物半導体層の結晶欠陥の多い領域と少ない領域

とが窒化物半導体積層方向に対してほぼ同じ方向にあれば,その成長方

法は特に限定されないこと(段落【0016】)が記載されており,ま

た,【実施例】の欄に,@第1の窒化物半導体層の界面からおよそ5μ

m程度までの領域は結晶欠陥の数が多く(10 8個/cm 2 以上),5μ

mよりも上の領域では結晶欠陥が少なく(10 6個/cm 2 以下),十分

に窒化物半導体基板として使用できるもの(段落【0031】),A第

2の窒化物半導体層と第1の窒化物半導体層の界面からおよそ5μm程

度までの領域は結晶欠陥の数が多く,5μmよりも上の領域では結晶欠

陥が少なく(10 7個/cm 2以下),十分に窒化物半導体基板として使

用できるもの(段落【0053】)が得られたことが記載されている

(甲2,11の1の2)。

このように,本件発明は,基準面より下の領域は結晶欠陥の数が多く,

それより上の領域は結晶欠陥の数が少ないGaN基板を用い,結晶欠陥

の数が多い高キャリア濃度領域にn電極を設けることにより,効率の良

い素子を作製するところに技術的意義があるものと解される。そうする

と,構成要件Aの「GaN基板」は,単に,基準面より上の領域の結晶

欠陥の数が所定の数(1×10 7個/cm 2)以下であり,基準面より下

の領域との間で結晶欠陥の数の偏在があるというだけでは足りず,後者

の数が前者の数よりも相対的に多いものとして特定されるGaN基板を

意味するものと解するのが相当である。

ウ さらに,この点を,本件特許の出願経過に即して検討する。

(ア) 前記争いのない事実に証拠(甲2,乙1,8,9)を総合すると,

次の事実が認められる。

a 本件原出願及び本件出願においては,特許請求の範囲に下記(a)





の記載があり,本件当初明細書及び本件分割時明細書の発明の詳細

な説明には下記(b)の記載があった(乙1,8)。

(a) 特許請求の範囲の記載

本件原出願及び本件出願における特許請求の範囲は,窒化物半

導体の成長方法の発明である請求項1を除き,請求項2〜9の全

てが窒化物半導体素子の発明であり,下記の請求項7を含め請求

項3〜9は全て請求項2の従属項であった。そして,請求項2は,

下記のとおり,下地層に接近した側に結晶欠陥が多い領域と,下

地層より離れた側に結晶欠陥が少ない領域とを有する第2の窒化

物半導体層を有することを必須の構成としていた。

【請求項2】窒化物半導体と異なる材料よりなる異種基板の上に成

長された第1の窒化物半導体層と,その第1の窒化物半導体層の

上に部分的に形成され,表面に窒化物半導体が成長しにくい性質

を有する保護膜とからなる下地層の上に,下地層に接近した側に

結晶欠陥が多い領域と,下地層より離れた側に結晶欠陥が少ない

領域とを有する第2の窒化物半導体層を有し,その第2の窒化物

半導体層の上に活性層を含む複数の窒化物半導体層が成長されて

なることを特徴とする窒化物半導体素子。

【請求項7】前記下地層が除去されて,結晶欠陥が多い領域側の第

2の窒化物半導体層にn電極が形成されてなることを特徴とする

請求項2に記載の窒化物半導体素子。

(b) 発明の詳細な説明の記載

本件当初明細書及び本件分割時明細書の発明の詳細な説明には,

次の3か所において,次のとおり,いずれも文末の部分が「……

が望ましい。」ではなく「……を特徴とする。」と記載されてい

た。





【0009】本件発明の窒化物半導体素子は,……下地層に接近し

た側に結晶欠陥が多い領域と,下地層より離れた側に結晶欠陥が

少ない領域とを有する第2の窒化物半導体層を有し,その第2の

窒化物半導体層の上に活性層を含む複数の窒化物半導体層が成長

されてなることを特徴とする。

【0011】また前記下地層が残されて素子構造とされる場合,第

2の窒化物半導体層の上に成長されn型不純物がドープされた窒

化物半導体よりなるn側コンタクト層にn電極が形成されてなる

ことを特徴とする。

【0014】また,下地層が除去される場合,結晶欠陥が多い領域

の第2の窒化物半導体層にn電極が形成されてなることを特徴と

する。

b 原告は,本件補正において,特許請求の範囲を下記(a)のとおり

補正するとともに,本件分割時明細書の発明の詳細な説明の記載を

下記(b)のとおり補正した(乙9)。

(a) 特許請求の範囲の記載

原告は,特許請求の範囲を次のとおり補正した。

【請求項1】本件発明の請求項に同じ(ただし,冒頭の「厚みが5

0μm以上であり,」を欠くもの。)。

【請求項2】前記GaN基板は,結晶欠陥が少ない領域と結晶欠陥

が多い領域とを有する請求項1に記載の窒化物半導体素子。

(b) 発明の詳細な説明の記載

原告は,前記a(b)の各記載中,段落【0009】を【001

1】,段落【0011】を【0012】とそれぞれ改めた上,

「……を特徴とする。」とある部分をいずれも「……が望まし

い。」と補正した(段落【0011】,【0012】,【001





4】)。なお,本件補正書におけるこれらの補正箇所には,特許

法施行規則(平成17年経済産業省令第96号による改正前のも

の)様式13備考番号6で補正により変更した個所に引くべきこ

ととされている下線が引かれていなかった。

c 本件発明の請求項の記載及び本件明細書の発明の詳細な説明の記

載(段落【0011】,【0012】,【0014】)は,いずれ

も上記bの各記載を引き継いだものである(甲2,11の1の2)。

(イ) 上記認定事実によれば,本件原出願及びこれからの分割出願であ

る本件出願においては,窒化物半導体素子の発明は,いずれも,下地

層に接近した側に結晶欠陥が多い領域と,下地層より離れた側に結晶

欠陥が少ない領域とを有する第2の窒化物半導体層を備えることを必

須の構成としていたことが明らかであり,基準面より上の領域と比較

してそれより下の領域の結晶欠陥の数が少ないものや,両者が同数の

ものは,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に記載されていなかっ

たものと認められる。そうすると,原告において本件補正に当たり新

規事項を追加する意思ではなかったと解されるから(特許法(平成1

8年法律第55号による改正前のもの)17条の2第3項参照),本

件発明の構成要件Aの「GaN基板」は基準面より下の領域の結晶欠

陥の数が上の領域のそれよりも相対的に多いものとして特定されるG

aN基板を意味するとの上記イの解釈は,このような出願経過からも

裏付けられるものである。

エ 以上のとおり,構成要件Aの「GaN基板」は,基準面より下の領域

の結晶欠陥の数が上の領域のそれよりも相対的に多いものであることを

要する(上記ウの出願経過に鑑みると,少なくとも原告においてこれに

反する主張をすることは許されない)と解すべきである。

(2) 被告製品1のGaN基板における結晶欠陥の数は,GaN基板の厚さ方





向において略均一(8×10 6 個/cm 2 以下)であって(構成a),厚さ

方向に結晶欠陥の数の偏在がないのであるから,構成要件Aの「GaN基

板」を充足しないものと判断することが相当である。

(3) これに対し,原告は,構成要件A及びDの「下面」とは,窒化物半導体

素子等を積層する面とは反対のn電極を形成する面を意味し,本件発明を

結晶欠陥の多い領域に直接n電極を設ける構成に限定すべきではないと主

張し,その根拠として,@構成要件Aは,GaN基板の結晶欠陥の数につ

いて,「少なくとも下面から厚さ方向に5μmよりも上の領域では」とし

か記載していないこと,A本件明細書の発明の詳細な説明(段落【001

4】)には,「下地層が除去される場合,結晶欠陥が多い領域の第2の窒

化物半導体層にn電極が形成されてなることが望ましい。」と記載されて

いること,B本件当初明細書には,n電極を設ける層として,第2の窒化

物半導体層の結晶欠陥の多い領域を使用すること(段落【0044】)と,

Si等のn型不純物をドープしてキャリア濃度を高めた層を使用すること

(段落【0015】)が等価の技術である旨が記載されていることを挙げ

る。

しかしながら,前記(1)アに判示したとおり,仮に原告の主張するように

「下面」が単に窒化物半導体素子等を積層する面とは反対のn電極を形成

する面を意味するにとどまるとすれば,本件特許の特許請求の範囲におい

ては,GaN基板それ自体の属性として上下方向があることを前提とする

記載をすることはなかったと解されるから,上記解釈を採用することはで

きない。また,上記(1)ウに判示したとおり,上記@及びAの各記載は,本

件補正時の原告の意思に照らし,基準面より下の領域の結晶欠陥の数が上

の領域のそれよりも相対的に多いことにより特定されるGaN基板である

ことを必須の構成とする(少なくとも原告においてこれに反する主張をす

ることは許されない)ものと解すべきであるから,原告の主張は理由がな





い。

次に,上記Bの主張について判断する。本件当初明細書の段落【001

5】には,「下地層を除去して,その第2の窒化物半導体層の表面に電極

を形成する場合,第2の窒化物半導体層にはSi,Ge等のn型不純物を

ドープしてキャリア濃度を,例えば1×1017/cm3〜5×1019/cm

に調整することが望ましい。」との記載がある(乙1)。これは,本件原

出願に係る窒化物半導体素子がいずれも下地層に接近した側に結晶欠陥が

多い領域と,下地層より離れた側に結晶欠陥が少ない領域とを有する第2

の窒化物半導体層を有することを必須の構成としていたこと(前記(1)ウ

(ア)a,(イ))に照らせば,下地層を除去した第2の窒化物半導体層がそ

のような構成を有するGaN基板であることを前提として,キャリア濃度

の不足を補うために,第2の窒化物半導体層にn型不純物をドープするこ

とが望ましいとする記載にすぎず,下地層に接近した側の領域の結晶欠陥

の数が下地層より離れた側の領域のそれより相対的に少なくてもよいとか,

前者の領域に結晶欠陥が存在しなくてもよいとする記載ではないと解すべ

きものである。

よって,原告の主張はいずれも採用することができない。

(4) 以上のとおり,被告製品1は,構成要件Aの「GaN基板」の構成を有

しないものであるから,本件発明の技術的範囲に属しない。

2 結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はい

ずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部



裁判長裁判官 長 谷 川 浩 二





裁判官 清 野 正 彦




裁判官 植 田 裕 紀 久





(別紙)

物 件 目 録



波長405nm±10nmのレーザ光を発する窒化物半導体レーザ素子を組み込

んだ半導体レーザダイオード製品