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事件 平成 25年 (行ケ) 10324号 審決取消請求事件
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裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2014/09/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年9月25日判決言渡

平成25年(行ケ)第10324号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成26年7月17日

判 決



原 告 京 セ ラ 株 式 会 社



訴訟代理人弁護士 松 本 司

同 田 上 洋 平

同 井 上 裕 史

同 佐 合 俊 彦



被 告 株式会社MARUWA



訴訟代理人弁護士 後 藤 昌 弘

同 鈴 木 智 子

同 古 谷 渉

訴訟代理人弁理士 松 原 等

同 北 M 壮 太 郎

主 文

1 特許庁が無効2010−800137号事件について,平成25

年10月25日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

主文同旨

1
第2 前提となる事実

1 特許庁における手続の経緯等(争いのない事実,弁論の全趣旨)

原告は,発明の名称を「誘電体磁器及びこれを用いた誘電体共振器」とする特許

第3830342号(平成12年6月26日,優先権主張基礎出願。同年9月18

日特許出願,平成18年7月21日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権

者である。被告は,平成22年8月4日,本件特許について無効審判請求(無効2

010−800137号事件)をし,特許庁は,平成23年5月27日,本件特許

を無効にする旨の審決をした。

これに対して,原告は,同年7月5日,審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成

23年(行ケ)10210号)を提起した。原告は,同年9月30日,特許請求の

範囲等の記載について訂正審判請求(訂正2011−390113号。後に,訂正

請求とみなされた。 「本件訂正」
以下 という。 をしたため,
) 知的財産高等裁判所は,

同年11月11日,平成23年法律第63号による改正前の特許法181条2項

規定により,同審決を取り消す旨の決定をし,この決定は後に確定した。

特許庁は,これを受けて無効2010−800137号事件の審理を再開し,平

成24年4月18日,本件訂正を認める,審判の請求は成り立たない旨の審決をし

た。

これに対して,被告は,同年5月22日,審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平

成24年(行ケ)10180号)を提起し,知的財産高等裁判所は,平成25年7

月17日,特許庁が無効2010−800137号事件について平成24年4月1

8日にした審決を取り消す旨の判決をし,この判決は後に確定した。

特許庁は,これを受けて無効2010−800137号事件の審理を再度再開し,

平成25年10月25日,本件訂正を認める,本件特許の請求項1ないし5に係る

発明についての特許を無効とする旨の審決(この審決が本件訴訟の対象となる審決

である。)をし,その謄本は,同年11月8日,原告に送達された。

2 特許請求の範囲

2
本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである(以下,それぞれ

の請求項に記載の発明を,請求項の番号を付して「本件発明1」等という。また,

本件発明1ないし5を,併せて,
「本件発明」ということがある。また,本件訂正後

の本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。 。


【請求項1】

金属元素として少なくとも稀土類元素(Ln:但し,Laを稀土類元素のうちモル

比で90%以上含有するもの),Al,M(MはCaおよび/またはSr),及びT

iを含有し,

組成式をaLn2OX・bAl2O3・cMO・dTiO2(但し,3≦x≦4)と表した

ときa,b,c,dが,

0.056≦a≦0.214

0.056≦b≦0.214

0.286≦c≦0.500

0.230<d<0.470

a+b+c+d=1

を満足し,結晶系が六方晶および/または斜方晶の結晶を80体積%以上有する酸

化物からなり,前記Alの酸化物の少なくとも一部がβ−Al 2O3 および/または

θ−Al2O3 の結晶相として存在するとともに,前記β−Al2O3 および/またはθ

−Al2O3 の結晶相を1/100000〜3体積%含有し,1GHzでのQ値に換

算した時のQ値が40000以上であることを特徴とする誘電体磁器。

【請求項2】

金属元素としてMn,WおよびTaのうち少なくとも1種を合計でMnO2,WO3

およびTa2O5 換算で合計0.01〜3重量%含有することを特徴とする請求項1

に記載の誘電体磁器。

【請求項3】

前記β−Al2O3 および/またはθ−Al2O3 の結晶相を1/5000〜0.5体

3
積%含有することを特徴とする請求項1または2に記載の誘電体磁器。

【請求項4】

前記β−Al2O3 およびθ−Al2O3 の平均結晶粒径は,0.1〜40μmであるこ

とを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の誘電体磁器。

【請求項5】

一対の入出力端子間に請求項1乃至4のいずれかに記載の誘電体磁器を配置してな

り,電磁界結合により作動するようにしたことを特徴とする誘電体共振器。

3 審決の理由の概要

(1) 審決の理由の詳細は,別紙審決書写しに記載のとおりである。審決は,要す

るに,@ 本件訂正は適法である,A 本件発明1は,特開平6−76633号公

報(甲1。以下「甲1公報」という。)に記載の発明(以下「甲1発明」という。)

に基づいて当業者が容易に発明することができた,B 本件発明2ないし5も,甲

1発明に基づいて当業者が容易に発明することができた,とするものである。

(2) 審決が認定した甲1発明の内容,甲1発明と本件発明1との一致点及び相違

点は,次のとおりである。

ア 甲1発明の内容

「金属元素として希土類元素(Ln),Al,CaおよびTiを含み,これらの成

分をモル比でaLn2Ox・bAl2O3・cCaO・dTiO2と表した時,a, b,

c, dおよびxの値が

a+b+c+d=1

0.056≦a≦0.214

0.056≦b≦0.214

0.286≦c≦0.500

0.230<d<0.470

3≦x≦4

を満足する誘電体磁器。」

4
イ 一致点

「金属元素として希土類元素(Ln),Al,M(MはCaおよび/またはSr)お

よびTiを含み,これらの成分をモル比でaLn 2Ox・bAl2O3・cMO・dT

iO2(但し,3≦x≦4)と表したときa, b, c, dの値が,

0.056≦a≦0.214

0.056≦b≦0.214

0.286≦c≦0.500

0.230<d<0.470

a+b+c+d=1

を満足する誘電体磁器。」

ウ 相違点

(ア) 相違点1

本件発明1は,稀土類元素(Ln)が,Laを稀土類元素のうちモル比で90%

以上含有し,1GHzでのQ値に換算した時のQ値(以下,単に「Q値」という。)

が40000以上であるのに対して,甲1発明は,希土類元素についての限定がな

く,Q値が40000以上と限定されない点

(イ) 相違点2

本件発明は,結晶系が六方晶および/または斜方晶の結晶を80体積%以上有す

る酸化物からなり,前記Alの酸化物の少なくとも一部がβ−Al 2O3および/ま

たはθ−Al2O3,の結晶相として存在するとともに,前記β−Al 2O3および/

またはθ−Al 2 O 3 の結晶相を1/100000〜3体積%含有するものである

のに対して,甲1発明は,結晶系が不明である点

第3 取消事由に関する当事者の主張

1 原告主張の取消事由

審決による甲1発明の認定は誤りであり,この誤りに基づく判断も誤りである。

(1) 審決は,相違点2に関して,甲1発明には,β−Al2O3および/または

5
θ−Al2O3(以下「β−アルミナ等」という。)の結晶層が生成すると認定する。

すなわち,審決は,愛知工業大学教授Aによる「依頼実験報告書」
(甲4。以下「甲

4報告書」という。)や被告による「実験成績証明書」(甲35。以下「甲35報告

書」という。の実験は,
) 甲1公報に記載の方法に準拠した再現実験であると判断し,

その報告から,甲1発明には,
「相違点2に係る本件発明1の『結晶系』の要件を満

たす場合も,満たさない場合も含まれることが窺える。」と判断している。

しかし,甲35報告書で行われた実験は,甲1公報の表2のNo.35の「Al

2 O3」のモル比「0.0881」ではなく,これを「0.1000」
(35a)「0.


1100」
(35b)「0.1400」
, (35c)とした実験であって,上記のNo.

35の追試,再現実験とはいえない。また,上記のNo.35の「Al 2O3」のモ

ル比を「0.0881」としたとする甲4報告書の実験では,甲1公報の表2で「3

9000」とされているQ値が「50200」とされ,約29%もの差異があり,

誤差の域を超えるものであるから,上記のNo.35の再現実験と評価することは

できない。

他方,B研究室Cによる「マイクロ波誘電体材料の焼結と微構造」
(甲48。以下

「甲48報告書」という。)によれば,甲1発明の誘電体磁器組成物からは第二相と

して「α−Al2O3」が検出されたが,βアルミナ等は検出されなかったし,原告

従業員による陳述書(甲55。以下「甲55陳述書」という。)には,甲1公報の試

料No.8にはβアルミナ等が生成していないことが報告されている。甲4報告書

のように「β−Al2O3」が「0.07体積%」も生成されているなら,原告の甲

1発明の出願当時の調査である甲48報告書や甲55陳述書の当時も検出されない

はずはない。甲4報告書や甲35報告書は,本件無効審判手続に提出するために作

成された実験報告書であるのに対し,甲48報告書や甲55陳述書は,甲1発明の

出願当時に作成された資料であるから,より高い信用性を有するというべきである。



さらには,原告による実験報告書(甲57。以下「甲57報告書」という。 では,


6
β−アルミナ等が存在しないとされているところ,同報告書の実験では,Q値(3

5700)と誘電率(46.8)が甲4報告書よりも甲1公報に記載に近い値とな

っており,甲57報告書の方が,甲1公報の再現実験として適切というべきである。

(2) 本件発明は,従来Q値を低減させると考えられていたβアルミナ等を「1/

100000〜3体積%」あえて含有する構成にしたことにより,稀土類元素とし

て安価なLaを用いても「Q値が40000以上」の結晶系を安定して得られるこ

とを可能にした発明であり,優に新規性進歩性を有する発明である。

すなわち,本件特許出願当時,βアルミナ等を含む結晶系は,Q値を低減させる

と考えられていた(甲11)。これに対して,本件明細書では,第二相としてβアル

ミナ等を「1/100000〜3体積%」含有する結晶構造を得ることで,稀土類

元素として安価なLaを用いても,Q値が40000以上の誘電体磁器が得られる

としている。本件明細書には,βアルミナ等を含有することで,Q値が高められる

作用機序は明確には解明できてはいないが,「焼結体中の酸素欠陥が減少するため」

と推測されることが説明されている。

本件発明は,
「βアルミナ等を1/100000〜3体積%」を含有させる結晶構

造に着目した発明であって,甲1発明等の従来技術の結晶構造とは異なる。そして,

上記の結晶構造を得るために,降温速度を温度域に応じて変化させるという,従来

とは異なる製法(焼成工程)を採用したものである。

相違点2に係る構成が記載されている証拠は存在せず,本件発明は優に新規性

進歩性を有する発明である。

2 被告の反論

審決には,甲1発明の認定についての誤りはないし,これに基づく進歩性の判断

にも誤りはない。

(1) 甲1発明は,甲1公報の請求項から認定されたものである。甲1公報の請求

項でのモル比の範囲内で実験した甲35報告書は,甲1発明を実験したものである。

甲4報告書のQ値50200と甲1公報(試料No.35)のQ値39000と

7
の差異の原因は,使用原材料の相違,焼成温度の相違,測定精度の相違の3点であ

る蓋然性が高く,再現実験において不可避のものである。審決が,
「甲第4号証の実

験報告書において得られた試料は,甲第1号証に記載された実施例そのものではな

いとしても,少なくとも甲1発明に包含される具体例に相当するものであるとみる

ことができる。」とした認定判断は妥当である。

(2) 甲48報告書や甲55陳述書によっては,甲1発明で稀土類元素としてLa

を用いた場合にβアルミナ等を1/100000体積%すら含有しないことの証明

にはならない。

甲48報告書は,α−Al2O3 の偏析を報告しているが,これはβアルミナ等を

1/100000体積%すら含有しないことまでを報告するものではない。また,

甲55陳述書において使用された400倍金属顕微鏡写真2枚だけでは,エリアが

狭いため極微量のβアルミナ等は判別できず,同様にβアルミナ等を1/1000

00体積%すら含有しないことまでを報告するものではない。

甲57報告書によっては,甲1公報の試料No.35がβアルミナ等を1/10

0000体積%すら含有しないことの証明にはならない。同報告書の別紙2のX線

回折図によっては,極微量のβ−Al2O3 は現れない。また,同別紙3のたった1

枚のSEM写真(面積 11,132μm2)とそのエリアのEPMA解析によっては,β

アルミナ等を1/100000体積%すら含有しないということはできない。β−

Al2O3 の結晶粒子1個の面積を約3.7μm2とすると,1/100000体積%

のとき1個のβ−Al2O3 を見つけるには同SEM写真の 37,000,000/11,132=3

324枚分のエリアの解析を行う必要がある。仮に結晶粒子1個の面積が上記と異

なるとしても,千枚単位ないし万枚単位のエリアの解析を行う必要がある。

(3) 甲4報告書及び甲35報告書は,甲1発明で稀土類元素としてLaを用いた

場合にβ−Al2O3 を所定体積%含有しうることを確認しており,信用もできる。

本件明細書には,実施例と同一組成でβアルミナ等を1/100000体積%す

ら含有しない比較例が記載されていないから,βアルミナ等を第二相として析出さ


8
せることによりQ値が向上する」効果を,本件明細書から導き出すことはできない。

(4) 甲1発明で稀土類元素としてLaを用いた場合にβアルミナ等を所定体

積%含有しうることは,甲4報告書や甲35報告書等により確認することができる。

したがって,甲1発明等の従来技術はβアルミナ等を含有させないとの原告の主張

は失当である。

また,本件明細書には,実施例と同一組成でβアルミナ等がゼロの比較例が記載

されていないから,本件明細書の記載から「βアルミナ等がゼロの場合に比べて,

βアルミナ等を1/100000〜3体積%含有することにより,著しくQ値が向

上する」という効果を導き出すことはできない。本件明細書の表1〜表3には,一

応,βアルミナ等がゼロの比較例として試料No.49〜56が記載されているが,

これらは稀土類としてLa90%以上含有するものではないから,実質的には比較

例といえない。

また,本件明細書の表1〜3のうち,La90%以上の試料について,βアルミ

ナ等の含有量とQ値との関係をみても,βアルミナ等の含有がQ値を向上させると

はいえない。Mn,W,Taを付加していない試料No.29,42,48から作

成した近似線から,0体積%のときのQ値を推定すると,βアルミナ等が含有され

るときよりもむしろQ値が高くなる。

第4 当裁判所の判断

1 本件発明の意義

本件明細書の記載によれば,本件発明の意義は次のとおりである。

本件発明1は,マイクロ波,ミリ波等の高周波領域において,高い比誘電率εr ,

共振の先鋭度Q値を有する誘電体磁器に関するものである(【0001】。


誘電体磁器は,マイクロ波やミリ波等の高周波領域において,誘電体共振器,M

IC用誘電体基板や導波路等に広く利用されているが,要求される特性としては,

比誘電率が大きいこと,高周波領域での誘電損失が小さいこと(すなわち高Qであ

ること)比誘電率εrの温度依存性が小さく且つ安定であることの3特性が主とし


9
て挙げられる(【0002】。


このような誘電体磁器として従来提案されているLnAlCaTi系誘電体磁器

では,比誘電率εrが30〜47の範囲において,Q値が20000〜58000

であり,LnAlSrCaTi系の誘電体磁器では,比誘電率εrが30〜48の

範囲においてQ値が20000〜75000であり,LnAlCaSrBaTi系

の誘電体磁器では,比誘電率εrが31〜47でQ値が30000〜68000で

あり,いずれも,場合によってはQ値が35000より小さくなるので,Q値を向

上させる必要があるという課題があった(【0004】〜【0007】。


本件発明1は,比誘電率εrが30〜48の範囲においてQ値40000以上,

特にεrが40以上の範囲においてQ値が45000以上と高く,かつ比誘電率ε

rの温度依存性が小さくかつ安定である誘電体磁器を提供することを目的としたも

のである(【0008】。


本件発明1は,金属元素として少なくとも稀土類元素(Ln:但し,Laを稀土

類元素のうちモル比で90%以上含有するもの),Al,M(MはCaおよび/また

はSr),及びTiを含有し,組成式をaLn 2OX・bAl2O3・cMO・dTiO2

(但し,3≦x≦4)と表したときa,b,c,dが所定範囲を満足し,結晶系が

六方晶および/または斜方晶の結晶を80体積%以上有する酸化物からなり,Al

の酸化物の少なくとも一部がβ−Al2O3 および/またはθ−Al2O3 の結晶相と

して存在するとともに,β−Al2O3 および/またはθ−Al2O3 の結晶相を1/1

00000〜3体積%含有し,Q値が40000以上である誘電体磁器である。本

件発明1においては,結晶系が六方晶および/または斜方晶の結晶を80体積%以

上とすることにより,また,1/100000〜3体積%のβ−Al 2O3 および/

またはθ−Al2O3 の結晶相を存在させることにより,Q値を向上させることがで

きる(【0015】
【0016】
【0023】。本件発明1によれば,高周波領域にお


いて高い比誘電率εr 及び高いQ値が得られるという効果を奏するものである 【0


083】。


10
本件発明2は,本件発明1において,さらに,金属元素としてMn,WおよびT

aのうち少なくとも1種を合計でMnO2,WO3 およびTa2O5 換算で合計0.01

〜3重量%含有させたものであり,それにより,著しくQ値が向上するという効果

を奏するものである(【0027】。


本件発明3は,本件発明1又は本件発明2において,β−Al 2O3 および/また

はθ−Al2O3 の結晶相の量を1/5000〜0.5体積%に限定したものであり,

それにより,さらにQ値を高くすることができるという効果を奏するものである

(【0023】。


本件発明4は,本件発明1〜3のいずれかにおいて,β−Al 2O3 およびθ−A

l2O3 の平均結晶粒径を0.1〜40μmと特定したものであり,それにより,Q

値を著しく高くすることができるという効果を奏するものである(【0024】。


本件発明5は,一対の入出力端子間に本件発明1〜4のいずれかの誘電体磁器を

配置し,電磁界結合により作動するようにした誘電体共振器である。

2 甲1発明の意義

(1) 甲1公報の記載

甲1公報には,次のとおりの記載がある(表1,表2は別紙のとおり。。


「【発明の詳細な説明

【0001】

【産業上の利用分野】本発明は,例えば,自動車電話, コードレステレホン, パー

ソナル無線機, 衛星放送受信機に搭載されるマイクロ波領域での共振器や回路基板

材料として適した新規な誘電体磁器組成物および誘電体共振器に関する。

【0002】

【従来技術】近年,自動車電話, コードレステレホン, パーソナル無線機, 衛星放

送受信機の実用化に伴ってマイクロ波領域での誘電体磁器が広く使用されている。

このようなマイクロ波用誘電体磁器は主として共振器に用いられるが,そこに要求

される特性として(1)誘電体中では波長が1/εr 1/2 に短縮されるので,小型化

11
の要求に対して比誘電率が大きい事,
(2)高周波での誘電損失が小さいこと,すな

わち高Q値であること,(3)共振周波数の温度に対する変化が小さいこと,即ち,

比誘電率の温度依存性が小さく且つ安定であること,以上の3特性が主として挙げ

られる。

【0003】従来,この種の誘電体磁器としては,例えば,BaO−TiO2系材

料,BaO−REO−TiO2(但し,REOは希土類元素酸化物) 系材料,MgT

iO3−CaTiO3系材料などの酸化物磁器材料が知られている(例えば,特開昭

61−10806号公報,特開昭63−100058号公報,特開昭60−196

03号公報等参照)。

【0004】

【発明が解決しようとする問題点】しかし乍ら,BaO−TiO2 系材料では比誘

電率εrが37〜40と高く,Q値は40000と大きいが,単一相では共振周波

数の温度係数τfがゼロのものが得難く,組成変化に対する比誘電率及び比誘電率

の温度依存性の変化も大きいため,高い比誘電率,低い誘電損失を維持したまま共

振周波数の温度係数τfを安定に小さく制御することが困難である。

【0005】また,BaO−REO−TiO 2系材料についてはBaO−Nd2O3

−TiO2系あるいはBaO−Sm2O3−TiO2系等が知られているが,これらの

系では比誘電率εrが40〜60と非常に高く,また共振周波数の温度係数τfが

ゼロのものも得られているが,Q値が5000以下と小さい。

【0006】さらに,MgTiO3−CaTiO3系材料ではQ値が30000と大

きく,共振周波数の温度係数τfがゼロのものも得られているが,比誘電率εrが

16〜25と小さい。

【0007】このように,上記のいずれの材料においても高周波用誘電体材料に要

求される前記3特性を共に充分には満足していない。

【0008】本発明は上記の欠点に鑑み案出されたもので,比誘電率が大きく,高

Q値で,比誘電率の温度依存性が小さく且つ安定である誘電体磁器組成物および誘

12
電体共振器を提供せんとするものである。

【0009】

【問題点を解決するための手段】本発明者等は上記問題に対し,検討を重ねた結果,

Ln2Ox,Al2O3,CaO,TiO2(Lnは少なくとも1種類以上の希土類元

素であり,3≦x≦4)からなり,これらを特定の範囲に調整することによって,

比誘電率が大きく,高Q値で,比誘電率の温度依存性が小さく且つ安定である誘電

体磁器組成物が得られることを知見した。」

「【0016】希土類元素(Ln)としては,Y,La,Ce,Pr,Sm,Eu,

Gd,Dy,Er,Yb,Nd等があり,これらのなかでもNdが最も良い。そし

て,本発明では,希土類元素(Ln)は2種類以上であっても良い。比誘電率の温

度依存性の点からは,Y,Ce,Pr,Sm,Eu,Gd,Dy,Er,Ybが好

ましい。」

「【0018】本発明の誘電体磁器組成物は,例えば,以下のようにして作成される。

出発原料として,高純度の希土類酸化物,酸化アルミニウム,酸化チタン,炭酸カ

ルシウムの各粉末を用いて,所望の割合となるように秤量する。この主成分に対し

てNb2O5,Ta2O5,ZnO等の粉末を添加しても良い。そして,この後,純水

を加え,混合原料の平均粒径が1.6μm以下となるまで10〜30時間,ジルコ

ニアボール等を使用したミルにより湿式混合・粉砕を行う。この混合物を乾燥後,

1100〜1300℃で1〜4時間仮焼し,さらに0.8〜5重量%のバインダー

を加えてから整粒し,得られた粉末を所望の成形手段,例えば,金型プレス,冷間

静水圧プレス,押出し成形等により任意の形状に成形後,1500〜1700℃の

温度で1〜10時間大気中において焼成することにより得られる。」

「【0020】

【作用】本発明の誘電体磁器組成物では,金属元素として希土類元素(Ln) Al,


CaおよびTiを含む複合酸化物であるが,これらを特定の範囲に調整することに

よって,比誘電率が大きく,高Q値で,比誘電率の温度依存性が小さく且つ安定で

13
ある誘電体磁器組成物が得られる。」

「【0022】

実施例】出発原料として高純度の希土類酸化物(Nd 2O3),酸化アルミニウム

(Al2O3),酸化チタン(TiO 2),炭酸カルシウム(CaCO3)の各粉末を用

いてそれらを表1となるように秤量後,純水を加え,混合原料の平均粒径が1.6

μm以下となるまで,ミルにより約20時間湿式混合・粉砕を行なった。」

「【0024】この混合物を乾燥後,1200℃で2時間仮焼し,さらに約1重量%

のバインダーを加えてから整粒し,得られた粉末を約1000Kg/cm2の圧力

で円板状に成形し,1500〜1700℃の温度で2時間大気中において焼成した。

【0025】得られた磁器の円板部を平面研磨し,アセトン中で超音波洗浄し,1

50℃で1時間乾燥した後,円柱共振器法により測定周波数3.5〜4.5GHz

で誘電率, Q値, 共振周波数の温度係数τfを測定した。Q値は,マイクロ波誘電

体において一般に成立するQ値×測定周波数f=一定の関係から1GHzでのQ値

に換算した。共振周波数の温度係数τfは,−40℃から+85℃間で共振周波数

を測定し,25℃の時の共振周波数を基準にして,−40℃〜25℃および25℃

〜+85℃の温度係数τfを算出した。結果を表1に示す。」

「【0027】表1からも明かなように,本発明により得られた誘電体は,比誘電率

が30以上,Q値が20000(1GHzにおいて)以上,τfが±30〔ppm

/℃〕以内の優れた誘電特性が得られた。一方,本発明の範囲外の誘電体では,比

誘電率, またはQ値が低いか,またはτfの絶対値が30を越えている。

【0028】また,本発明者等は,表1の試料No.7,8,10において,Nd2

O3のNdを他の希土類元素と代えて実験を行った。結果を表2に示す。」

「【0030】この表2より,希土類酸化物としてNd 2O3に代えて他の希土類酸

化物を用いても,まだ比誘電率36以上,Q値が26000以上,τfの絶対値が

26以内と実用用充分な特性値を有していることが判る。」

「【0035】

14
【発明の効果】以上,詳述した通り,本発明の誘電体磁器組成物は,金属元素とし

て希土類元素(Ln),Al,CaおよびTiを含む複合酸化物であるが,これらを

特定の範囲に調整することによって,高周波において高い誘電率,高いQ値,及び

共振周波数の温度係数の小さい誘電特性を有することができる。従って,高周波に

て使用される共振器あるいは回路基板材料としての用途に対し満足したものが得ら

れる。」

(2) 甲1発明の要旨

甲1公報の記載によれば,甲1発明の要旨は次のとおりである。

甲1発明は,マイクロ波領域での共振器や回路基板材料として適した新規な誘電

体磁器組成物に関するものである(【0001】。


マイクロ波用誘電体磁器は,主として共振器に用いられるが,要求される特性と

して,比誘電率が大きいこと,高周波での誘電損失が小さいこと(すなわち高Q値

であること)比誘電率の温度依存性が小さく且つ安定であることの3特性が主とし


て挙げられる(【0002】。従来,この種の誘電体磁器として知られている酸化物


磁器材料は,いずれも,高周波用誘電体材料に要求される上記の3特性を共に充分

には満足していない(【0003】〜【0007】。


甲1発明は,比誘電率が大きく,高Q値で,比誘電率の温度依存性が小さく且つ

安定である誘電体磁器組成物を提供することを目的としてなされたものであり【0


008】,金属元素として希土類元素(Ln)
) ,Al,CaおよびTiを含み,aL

n2Ox・bAl2O3・cCaO・dTiO2と表される誘電体磁器であって,a, b,

c, d,xの値を所定の範囲に調整したものである。そして,それにより,比誘電

率が大きく,高Q値で,比誘電率の温度依存性が小さく且つ安定である誘電体磁器

組成物が得られるという効果を奏するものである(【0020】【0035】。


3 相違点に関する判断

(1)ア 前記1のとおり,本件発明1は,所定の組成を有する酸化物からなる誘電

体磁器に関するものであるところ,結晶系が六方晶および/または斜方晶の結晶を

15
80体積%以上とすることにより,また,1/100000〜3体積%のβアルミ

ナ等の結晶相を存在させることにより,Q値を向上させたものである。他方,前記

2のとおり,甲1発明も,希土類元素(Ln)が,
「Laを稀土類元素のうちモル比

で90%以上含有するもの」である点を除き,本件発明1と同じ組成を有する酸化

物からなる誘電体磁器に関するものである。

このように,甲1発明は,高Q値の誘電体磁器組成物を提供することを課題の一

つとするものであるが,このような課題は,甲1発明においては酸化物の組成を特

定の範囲に調整することにより解決されている。甲1公報には,少なくとも,1/

100000〜3体積%のβアルミナ等の結晶相を存在させること,また,それに

よりQ値を向上させることについて記載も示唆もなく,甲1公報は,甲1発明にお

いて,Q値を向上させるために,1/100000〜3体積%のβアルミナ等の結

晶相を存在させることを動機付けるものではない。

イ また,以下のとおり,本件における他の証拠にも,甲1発明のようなLn2

O3−Al2O3−CaO−TiO2の4成分系の誘電体磁器において,1/1000

00〜3体積%のβアルミナ等の結晶相を存在させることにより,Q値を向上させ

ることについて記載も示唆もない。

すなわち,ソビエト連邦特許第590299号公報(甲5)には,薄膜コンデン

サに用いられるアルミン酸ランタン−チタン酸カルシウムの固溶体をベースとした

セラミック材を得る方法について,「Dielectric Behavior of (1-x)LaAlO3-xSrTiO3

Solid Solution System at Microwave Frequencies」と題する文献(甲6)には,

マイクロ波周波数における(1−x)LaAlO 3−xSrTiO3固溶体系の誘電

特 性 に つ い て , Sintering Behavior and Microwave Dielectric Properties


of(Ca,La)(Ti,Al)O3 Ceramics」と題する文献(甲7)には,
(1−x)CaTiO3

−xLaAlO3の誘電特性及び焼結特性について,
「MIXTURE-LIKE BEHAVIOR IN THE

MICROWAVE DIELECTRIC PROPERTIES OF THE (1-x) LaAlO3 -xSrTiO3 SYSTEM」と題す

る文献(甲8)には,(1−x)LaAlO 3−xSrTiO3系のマイクロ波誘電

16
特性及び結晶構造について,
「JCPDS カード No.31-22,No.22-153」
(甲9)には,ア

ルミニウムランタン酸化物及びカルシウムチタン酸化物の化学式,結晶系について,

「無機材料化学−T」
(甲13)には,2成分系状態図における冷却中の共存する各

相の相対量を計算する「てこの規則」について,それぞれ記載されているが,いず

れにも,βアルミナ等の結晶相については何ら記載されていない。

「X-ray Diffraction and Microstructual Investigation of the Al2O3-La2O3-TiO2

System」と題する文献(甲10)には,1400℃におけるAl 2O 3−La2O 3

−TiO2の3成分系状態図が示されており,また,TiO 2,Al2O3,La2O

3 の組成が,それぞれ,10,70,20の場合と,10,85,5の場合におい

て,β−Al2O3 が生成することが示されている。しかし,同文献には,β−Al 2

O3 とQ値との関係については何ら記載されていない。また,上記の状態図は,Al

2 O3−La2O3−TiO2の3成分系のものであり,しかも,1400℃における

ものであって,Ln2O3−Al2O3−CaO−TiO2の4成分系の誘電体磁器に

おいて,室温でβ−Al2O3 の結晶相が生成することを示すものではない。

「MICROWAVE DIELECTRIC PROPERTIES OF THE (1-x)LaAlO3-xTiO2 SYSTEM」と題す

る文献(甲11。以下「甲11文献」という。)には,(1−x)LaA1O 3−x

TiO2系のマイクロ波誘電特性について記載されており,x=0.1からx=0.

3までの組成において,第二相はLaAl11O18(判決注・β−Al2O3 である。)

と同定されたこと,LaAl11O18のQxf値は15000より低く,LaAl 1

1 O18は,
(1−x)LaA1O3−xTiO2系のQxf値を低下させる傾向にある

ことが記載されている。しかし,同文献に示されているのは,
(1−x)LaA1O

3 −xTiO2系のものであって,Ln2O3−Al2O3−CaO−TiO2の4成分

系の誘電体磁器において,β−Al2O3 の結晶相が生成することを示すものではな

く,また,同4成分系の誘電体磁器において,β−Al 2O3 の結晶相を存在させる

ことにより,Q値を向上させることを示すものでもない。

「PHASE DIAGRAMS FOR CERAMISTS VOLUMEU」と題する文献(甲12)には,Al

17
2 O3−La2O 3の2成分系状態図が示されており,組成によりLa 2O3・11A

l2O3(β−Al2O3)が生成することが示されている。しかし,同文献には,β

−Al2O3 とQ値との関係については何ら記載されていない。また,上記の状態図

は,Al2O3−La2O3の2成分系のもので,Ln 2O3−Al2O3−CaO−T

iO2の4成分系の誘電体磁器において,β−Al2O3 の結晶相が生成することを示

すものではない。

以上のとおり,本件で提出された各文献には,甲1発明のようなLn 2O3−Al

2 O3−CaO−TiO2の4成分系の誘電体磁器において,1/100000〜3

体積%のβアルミナ等の結晶相を存在させることにより,Q値を向上させることに

ついて記載も示唆もない。上記の各文献は,甲1発明において,Q値を向上させる

ために,1/100000〜3体積%のβアルミナ等の結晶相を存在させることを

動機付けるものではない。

ウ 審決は,@相違点1について,甲1発明の表2の試料No.35においては,

稀土類元素において,Laをモル比で100%含有するものが示唆されており,その

Q値が39000であることから,Laを90%以上含有し,Q値を40000以

上とすることに困難はない,A相違点2について,甲1発明の実施例No.35を

再現実験した甲4報告書が,斜方晶型固溶体相である均一なマトリックス相と,0.

07体積%のβ-Al2O3構造の第二相を有し,50200のQ値を有することを

示している,Bそして,甲35報告書は,上記の試料No.35よりAl2O3のモ

ル比を甲1発明の範囲内で段階的に増やし,甲4報告書と同じ方法で作製した試料

についての実験成績証明書であるところ,本件発明1の結晶系の構成要件を充たす

場合も,充たさない場合もあることを示していることから,甲1発明には,本件発

明1の結晶系の構成要件を充たす場合も,充たさない場合も含まれているとして,

本件発明の選択発明としての進歩性の検討に移り,本件発明1の効果が際立って優

れたものではないことから,選択発明としての進歩性を否定している。

審決は,甲1発明の試料No.35から相違点1は容易想到であるとし,その上

18
で,相違点2は同試料の再現実験の結果,その結晶構造が甲4報告書に示されてい

ることから,相違点2も甲1公報に明示的に示されている場合と同視できるか,あ

るいは甲1公報から容易に想到し得る構成であることを前提として,選択発明とし

ての進歩性の検討に移っているものと解される。

しかしながら,選択発明としての進歩性を判断する前にまず検討すべきことは,

甲4報告書や甲35報告書の実験の結果により,甲1発明に加えて,甲4報告書や

甲35報告書に記載された結晶構造等の属性も,甲1公報に「記載された発明」
(特

許法29条1項3号)となると解してよいのか,また,このような理解を前提とし

て,相違点に係る構成も容易に想到し得る構成となると解してよいのかの点である。

エ 特許法29条1項3号は,特許出願前に日本国内又は外国において頒布され


た刊行物に記載された発明・・・」については,特許を受けることができない旨規

定している。同号の「刊行物に記載された発明」とは,刊行物に明示的に記載され

ている発明であるものの,このほかに,当業者の技術常識参酌することにより,

刊行物の記載事項から当業者が理解し得る事項も,刊行物に記載されているに等し

い事項として,「刊行物に記載された発明」の認定の基礎とすることができる。

もっとも,本件発明や甲1発明のような複数の成分を含む組成物発明の分野にお

いては,甲1発明のように,本件発明を特定する構成の相当部分が甲1公報に記載

され,その発明を特定する一部の構成(結晶構造等の属性)が明示的には記載され

ておらず,また,当業者の技術常識参酌しても,その特定の構成(結晶構造等の

属性)まで明らかではない場合においても,当業者が甲1公報記載の実施例を再現

実験して当該物質を作製すれば,その特定の構成(結晶構造等の属性)を確認し得

るときには,当該物質のその特定の構成については,当業者は,いつでもこの刊行

物記載の実施例と,その再現実験により容易にこれを知り得るのであるから,この

ような場合は,刊行物の記載と,当該実施例の再現実験により確認される当該属性

も含めて,同号の「刊行物に記載された発明」と評価し得るものと解される(以下,

これを「広義の刊行物記載発明」という。 。


19
これに対し,刊行物記載の実施例の再現実験ではない場合,例えば,刊行物記載

実施例を参考として,その組成配合割合を変えるなど,一部異なる条件で実験を

したときに,初めて本件発明の特定の構成を確認し得るような場合は,本件発明に

導かれて当該実験をしたと解さざるを得ず,このような場合については,この刊行

物記載の実施例と,上記実験により,その発明の構成のすべてを知り得る場合に当

たるとはいうことはできず,同号の「刊行物に記載された発明」に該当するものと

解することはできない。

オ 甲1公報には,上記実施例(甲1公報の試料No.35)である誘電体磁器

については,その結晶構造についての明示的な記載はない。また,甲1公報の試料

No.35は,そもそもQ値が39000であり,この点で本件発明の構成要件

充たすものではないから,その再現実験等によりその結晶構造を知り得たとしても,

そもそも本件発明の全ての構成を示すものではない。すなわち,原告は,甲4報告

書の実験において,試料No.35の再現実験を試みているが,甲1公報の試料N

o.35は,そもそもQ値が39000であるから,その再現実験をして,結晶構

造を確認したとしても,本件発明の新規性を否定することはできない。また,甲3

5報告書により,甲1公報記載の試料No.35と比べ,甲1発明の範囲内でAl

2 O3のモル比が一部異なる試料を作製し,これにより作製した試料によって,その

結晶構造やQ値を確認したとしても,それは甲1公報に記載された実施例そのもの

を再現実験したものではないから,前記エの理由により,この結晶構造等を広義の

刊行物記載発明と認めることはできず,甲1公報記載の実施例と,甲35報告書に

よっても,本件発明の構成のすべてを知り得る場合に当たるとはいえない。

以上によれば,本件発明は,甲1公報記載の上記実施例と,甲4報告書や甲35

報告書から,その構成のすべてを知り得る場合に当たるとはいえず,本件発明は特

許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」
(広義の刊行物記載発明)には当

たらないと解される。審決も,本件発明について新規性があることを前提として,

容易想到性の判断をしているとすれば,この点に関する審決の判断に誤りはない。

20
カ 次に,審決は,本件発明と甲1発明の相違点2について,甲1発明の試料N

o.35や甲4報告書及び甲35報告書における実験の結果から本件発明の相違点

2に係る構成(結晶構造等の属性)を容易に想到し得ると判断し,これを前提とし

て,選択発明における進歩性の検討(顕著な効果の検討)をしているとも解される。

しかし,甲35報告書は,甲1発明の試料No.35とはその組成を異にした試

料についての実験であるから,これによりその結晶構造が判明したとしても,前記

の理由により,これを出願時の公知技術と同視することはできない。審決が,これ

を出願時の公知技術と同視して,容易想到性の判断をしたとすれば,その点で審決

の判断は誤りである。

また,甲4報告書において作製された,甲1発明の試料No.35に相当する物

は,その結晶構造においてβアルミナ等の第二相を有し,そのQ値は50200で

あり,甲1発明の試料No.35のQ値39000とはQ値が異なること,及び,

甲57報告書で作製された試料No.35に相当する物は,その結晶構造において

βアルミナ等の第二相が見当たらず,そのQ値は35700であることからすると,

甲4報告書で作製された物を,直ちに甲1発明の試料No.35の再現実験である

として,その結晶構造が確認できたと認めることは困難である(なお,この点に関

して,被告は,甲57報告書によっては,甲1公報の試料No.35がβ−アルミ

ナ等を1/100000体積%すら含有しないことの証明にはならないと主張する。

しかし,本件発明におけるβ−アルミナ等の「体積%」は,本件明細書【0037】

〜【0039】に記載されているとおり,誘電体磁器の内部の結晶を倍率2000

〜8000倍程度で,5×10−3〜5×10−2mm2程度の面積を写真および制限

視野回折像により観察し,各結晶の電子回折像を解析し結晶構造を同定し,観察し

た結晶写真の総面積に対するβ−アルミナ等に該当する結晶の面積の割合を求め,

この割合をそれぞれβ−アルミナ等の体積%とするものである。甲57報告書は,

このような手順に従うものであり,その結果,β−アルミナ等の第二相が見当たら

ないことを報告するものであるから,甲57報告書が,甲1公報の試料No.35

21
がβ−アルミナ等を1/100000体積%すら含有しないことの証明にはならな

いということはできない。。


また,仮に,甲4報告書の結果から甲1発明の試料No.35の結晶構造の確認

ができたとして,甲1公報には,斜方晶型固溶体相である均一なマトリックス相と,

0.07体積%のβ−Al2O3構造の第二相を有し,Q値が39000である試料

No.35の誘電体磁器が開示されていると認定できると仮定すると,本件発明1

とは,Q値が40000以上であるか否かの点でのみ相違することになる。

念のため,この場合について検討するに,甲1公報には,前記2認定のとおり,

高Q値の誘電体磁器組成物を提供することを目的とすることが記載されているとこ

ろ,前記認定のとおり,甲11文献によれば,β−Al2O3はQ値を低下させるも

のであることが知られていたから,このようなβ−Al 2O3を含む上記結晶構造を

有する試料No.35の誘電体磁器において,Q値を向上させるには,β−Al2

O3を含まない結晶構造とすることが,当業者にとって自然な選択といえる。しか

しながら,このようにβ−Al2O3を含まない結晶構造とすれば,本件発明1にお

ける結晶構造に関する構成を充たさないものとなる。また,甲4報告書の結果から,

甲1公報の試料No.35の誘電体磁器が,β−Al2O3を含む上記結晶構造を有

するものであることが判明したとしても,上記結晶構造を有することの技術的意義

は不明であるから,Q値を向上させるにあたり,Q値を低下させるβ−Al 2O3を

あえて少量だけ存在させる理由も見当たらない。

また,誘電体磁器の製造方法や製造条件を調整することにより,Q値を向上し得

ることが考えられるものの,上記結晶構造を有する試料No.35の誘電体磁器に

おいて,どのように調整すればQ値を向上し得るかは不明であり,さらに,そのよ

うな調整により誘電体磁器の結晶構造も変化し,本件発明1における結晶構造に関

する構成を満たさないものとなってしまう場合もあると考えられる。

そうすると,本件発明1は,上記結晶構造を有し,Q値が39000である試料

No.35の誘電体磁器に基づいて,容易に想到することができたものとは言い難

22
い。

以上によれば,本件発明1は,甲1発明とこれに甲4報告書の結果を加えたもの

に基づいても,1/100000〜3体積%のβアルミナ等の結晶相を存在させる

ことが容易に想到し得たものということはできない。審決が,選択発明の進歩性

検討の前提として,本件発明は,甲1発明から容易に想到することができるとした

判断は,そもそも誤りである。

(2)ア 被告は,@Al2O3−La2O3−TiO2 の3成分系では,組成により,第

二相としてβ−Al2O3 が生成する場合もあり得ることが周知である(甲10,1

1) A3成分系の状態図ではβ−Al2O3 に該当する結晶が生成する領域があるこ


とが見てとれ,4成分系の状態図は,3成分系状態図を組み合わせた四面体の形で

表現できるから,La 2O3−Al2O3−CaO−TiO2 の4成分系においても,少

なくとも,組成によってはβ−Al2O3 に該当する結晶が生成する可能性があると

理解される(甲10,29),B一般式ABO3で表されるペロブスカイト型結晶の

Aサイトイオン又はBサイトイオンが過不足する場合,第二相が生成する可能性が

あることは,当該技術分野における技術常識というべきである,C以上によれば,

ペロブスカイト型結晶を主結晶相とする誘電体磁器組成物においては,主結晶相以

外の第二相にβ−Al 2O3 に該当する結晶が生成する可能性があることが示されて

いる,D甲4報告書において再現された試料の結晶構造は,主結晶相が斜方晶であ

り,第二相としてβ−Al2O3 が0.07〜8.29体積%含有していることが確

認され,これは,本件発明で,第二相としてβ−Al 2O3 が1/100000〜3

体積%とする範囲を包含するものである,ことを考慮すれば,甲1発明において第

二相として1/100000〜3体積%のβ−Al 2O3 が生成する可能性があるこ

とが認められ,また,甲1公報にはβ−Al 2O3 が存在することについて記載も示

唆もないとしても,上記の@ないしCの点からは,甲1発明のようなLa等を用い

た誘電体磁器においてβ−Al2O3 が析出することについての,示唆はあるという

ことができるとも主張する。

23
しかし,三つの3成分系状態図を四面体の形に組み合わせた4成分系状態図から,

上記四面体の内部に存在する結晶相を推測することには,困難が伴う。のみならず,

被告が組み合わせることができるとする3成分系状態図(甲10,29)の温度は,

それぞれ異なるもので,これらの状態図を組み合わせることは不適切であるし,い

ずれも1000℃以上の高温での状態図であるから,このような高温での状態図か

ら,室温での結晶相を推測することにも,困難が伴う。そうすると,上記の@ない

しCによっても,甲1発明において,組成によっては,第二相として1/1000

00〜3体積%のβ−Al 2O 3が生成する可能性を排除することができないと認

められるに留まる。また,上記Dも採用することができないことは,前記カのとお

りである。

以上によれば,被告の上記主張を採用することはできない。

イ なお,被告は,本件明細書には,実施例と同一組成でβアルミナ等を含有し

ない比較例が記載されていないから,βアルミナ等を第二相として析出させること

によりQ値が向上する効果を,本件明細書から導き出すことができないと主張する。

しかし,本件明細書には,1/100000〜3体積%のβアルミナ等の結晶相

を存在させることにより,Q値を向上させることが記載されている 【0015】
( 【0

016】
【0023】。また,そのようなことは,原告が行った実験(甲67)によ


っても裏付けられるものであるから,被告の主張を採用することはできない。

ウ また,被告は,本件明細書の表1〜3のうち,La90%以上の試料(試料

No.29,42,48)について,βアルミナ等の含有量とQ値との関係をみて

みると,βアルミナ等の含有はQ値を低下させると推定されるとする。

しかし,これらの試料は,組成が互いにかなり異なるものであるから,これらの

データに基づいて,βアルミナ等の含有量とQ値との関係について検討することは

できず,被告の主張は採用の限りではない。

4 結論

よって,審決の判断には,これを取り消すべき違法があるから,審決を取り消す

24
こととして,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第1部




裁判長裁判官 設 樂 一




裁判官大須賀滋は転補のため,裁判官小田真治は差し支えのため署名押印す

ることができない。




裁判長裁判官 設 樂 一




25
(別紙)

甲1公報




26
甲1公報




27