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関連審決 異議2000-74406
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13行ケ358特許取消決定取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10458特許取消決定取消請求参加事件 判例 特許
平成17行ケ10114審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成17行ケ10073審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成14行ケ258審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 有用性 /  製造方法 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  下位概念 /  技術常識 /  優先権 /  援用権(援用) /  優先日 /  製造承認 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 474号 特許取消決定取消請求事件
原告 参天製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 吉田和彦
同 渡辺光
同 相良由里子
同 高石秀樹
同 外村玲子
同訴訟代理人弁理士 箱田篤
同 松田七重
被告 特許庁長官小川洋
同指定代理人 深津弘
同 竹林則幸
同 一色由美子
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2000-74406号事件について平成15年9月12日にした決定のうち,特許第3055006号の請求項1ないし4に係る部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(甲1,甲2,弁論の全趣旨) (1) 原告は,平成7年9月21日,特許法41条による優先権を主張して(優先権主張日平成6年9月27日,以下「本件優先日」という。),名称を「リウマチ治療剤」とする発明について特許出願(特願平7-281106号)をした。特許庁は,同出願につき,特許すべき旨の査定をし,平成12年4月14日,特許第3055006号として設定登録をした(以下,この特許を「本件特許」という。)。
(2) 本件特許については,平成12年12月4日付けで,Aから特許異議の申立てがされ,同申立ては異議2000-74406号として特許庁に係属した。特許庁は,上記事件について審理を遂げ,平成15年9月12日,「特許第3055006号の請求項1〜4に係る特許を取り消す。同請求項5〜7に係る特許を維持する。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,同年10月1日,その謄本は原告に送達された。
2 本件特許の特許公報に掲載された明細書(甲2。以下「本件明細書」という。)によれば,本件特許の請求項1ないし4に係る発明の要旨は,次のとおりのものであると認められる(以下,請求項1ないし4に係る発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」という。)。
【請求項1】リウマチ患者の滑膜細胞におけるFas抗原と特異的に反応し,滑膜細胞にプログラム化細胞死の一形態であるアポトーシスを発現させるIgM型抗Fasモノクローナル抗体を有効成分とするリウマチ治療剤。
【請求項2】IgM型抗Fasモノクローナル抗体がヒト型Fas抗原と特異的に反応するモノクローナル抗体である請求項1記載のリウマチ治療剤。
【請求項3】IgM型抗Fasモノクローナル抗体が,ヒト二倍体繊維芽細胞により免疫して得られたクローンから産生されたものである請求項1または2記載のリウマチ治療剤。
【請求項4】IgM型抗Fasモノクローナル抗体が,ヒト二倍体繊維芽細胞をマウスに免疫した後,その脾細胞とマウスミエローマ細胞とを融合させて得られたclone CH-11から産生されたものである請求項1または2記載のリウマチ治療剤。
3 本件決定の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。
(1) 本件発明1について ア 本件発明1と,本件優先日前の平成6年9月10日に頒布された刊行物である「日本癌学会総会記事(第53回総会(名古屋)平成6年10月)」中の「慢性関節リウマチ(RA)滑膜細胞での抗Fas抗体によるアポトーシス誘導」なる演題の記事(甲3。以下「刊行物1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。)とを対比すると,両者は,抗Fas抗体により慢性関節リウマチ(RA)滑膜細胞でアポトーシスが誘導されることを開示する点」で一致し,「本件発明1では抗Fas抗体がIgM型モノクローナル抗体であるのに対して,引用発明1ではいかなる抗Fas抗体であるのか明示されていない点」(以下「相違点1」という。),及び,「本件発明1ではIgM型抗Fasモノクローナル抗体をリウマチ治療剤に用いるのに対して,後者においてはとくにリウマチ治療剤に用いることは明記されていない点」(以下「相違点2」という。)で相違する。
イ 相違点1についての検討 本件優先日前に発行された刊行物である J. Exp. Med., vol. 169, pp. 1747 - 1756 (1989)(甲4。以下「刊行物2」という。)には,抗Fasモノクローナル抗体の生産方法が記載され,この方法により生産された抗Fasモノクローナル抗体がIgM型であることが記載されている。また,本件優先日前において,モノクローナル抗体としては,種々のものが知られていた。したがって,これらのモノクローナル抗体を用いてRA滑膜細胞でのアポトーシス誘導の有無を確認することは当業者が容易に行い得ることであり,その結果,IgM型がIgG型に比して高いアポトーシス誘導能を発揮することは,当業者がたやすく確認できることに過ぎない。
ウ 相違点2についての検討 滑膜細胞が慢性関節リウマチ(RA)において重要な役割を担っていること,例えばリウマチ患者の関節において滑膜細胞が異常に増殖していることは従来から知られており,滑膜細胞の異常増殖を抑制することができればその薬物はリウマチの治療剤となり得ることは,当業者が容易に想到できることである。したがって,上記イのとおり引用発明1から当業者が容易に想到できるIgM型抗Fasモノクローナル抗体を用いて,その高いアポトーシス誘導能を生かしてリウマチの治療剤の有効成分とすることも,当業者が容易に想到し得たものである。
エ そして,その奏する効果についても,本件明細書においては,IgM型の抗Fasモノクローナル抗体がin vitroでの滑膜細胞のアポトーシスを誘導することを確認しているだけであるので,格別顕著なものとはいえない。
オ したがって,本件発明1は,当業者が刊行物1及び2に記載された発明から容易に発明をすることができたものと認められる。
(2) 本件発明2について 本件発明2は,本件発明1におけるIgM型抗Fasモノクローナル抗体がヒト型Fas抗原と特異的に反応するモノクローナル抗体であるように限定するものである。
刊行物1においてもRA患者(ヒト)由来の滑膜細胞を用いて抗Fas抗体のアポトーシス誘導能を確認しているのであるから,ヒト型Fas抗原と特異的に反応したことが記載されているものと実質的には同じことである。したがって,本件発明2も,刊行物1及び2に記載された発明から,当業者が容易に発明をすることができたと認められる。
(3) 本件発明3について 本件発明3は,本件発明1及び2におけるIgM型抗Fasモノクローナル抗体を,ヒト二倍体繊維芽細胞により免疫して得られたクローンから産生されたものに限定するものであるが,このようなIgM型抗Fasモノクローナル抗体は刊行物2に記載されており,上記と同様の理由で,刊行物1及び2に記載された発明から,当業者が容易に発明をすることができたと認められる。
(4) 本件発明4について 本件発明4は,本件発明1及び2におけるIgM型抗Fasモノクローナル抗体を,ヒト二倍体繊維芽細胞をマウスに免疫した後,その脾細胞とマウスミエローマ細胞とを融合させて得られたclone CH-11から産生されたものに限定するものであるが,このようなIgM型抗Fasモノクローナル抗体は刊行物2に記載されており,上記と同様の理由で,刊行物1及び2に記載された発明から,当業者が容易に発明をすることができたと認められる。
(5) したがって,本件発明1ないし4についての特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法113条2号に該当し,取り消されるべきものである。
(以下,「抗Fasモノクローナル抗体」を単に「抗Fas抗体」ということがある。また,「IgM型抗Fasモノクローナル抗体」「IgG型抗Fasモノクローナル抗体」を,それぞれ単に「IgM型」「IgG型」ということがある。)
原告主張の取消事由の要点
本件決定は,本件発明1について,相違点1に関する判断等を誤るとともに(取消事由1),その奏する顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであり,これらの誤りが本件発明1のみならず同2ないし4についても本件決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,本件決定は,請求の趣旨第1項記載の限度で取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1に関する判断等の誤り) 本件優先日当時,抗Fas抗体としてIgM型のものを用いることについては,次のような強い反対の動機付けが存在していたから,当業者が刊行物1に接したとしても,あえてIgM型のアポトーシス誘導能を確認することは考えられず,IgG型について確認を行うのが自然かつ合理的である。したがって,IgM型を用いてそのアポトーシス誘導能を確認することが容易であるとした本件決定の判断は,誤りである。
(1) IgM型の製造・精製の困難性 ア IgG型は,1個の抗体分子から成る単純な構造を有し,製造方法が既に確立されていることから,製造・精製はきわめて容易である(甲5)。他方,IgM型は,5個の抗体分子が結合した複雑な構造を有し分子量が大きいため,凝集が頻繁に発生し,製造・精製工程において,抗体が機器類に付着する等の作業工程上のロスが生じたり,フィルターが目詰まりする問題が生じ,工業生産が難しいとされている(甲10)。
抗体医薬品は,安全に使用できる医薬品として完成するまでに様々な資料を提出し,厳格な基準審査を受けなければならない(甲26)が,IgM型はIgG型に比べ,断片J鎖やジスルフィド結合が壊れた変性蛋白質等の不純物を生じやすいことから,医薬品としての開発製造を念頭においた当業者であれば,厳格な基準審査に合格するために,より取り扱いやすいIgG型を選択する方が合理的である。
イ 被告の主張に対する反論 (ア) 被告は,本件優先日当時,IgM型の製造方法は知られていたと主張する。
しかし,まず,上記製造方法が知られていたとしても,IgM型を実際に製造するには上記のとおり膨大な時間と手間を要するものである以上,当業者がこれを利用した製品の開発を避けようとするのは当然である。
また,対象となる細胞によってアポトーシス誘導能は異なるところ,刊行物2(甲4)には,産生されたIgM型が「種々のヒト細胞に対して細胞溶解性である」ことが記載されているにとどまり,RA滑膜細胞に対するアポトーシス誘導能の有無は読みとれない。したがって,単に上記製造方法が知られていたにすぎないという理由は,当業者がIgM型を選択する動機付けにはなり得ない。
(イ) 被告は,IgM型として,clone CH-11から産生されたもの(以下単に「CH-11」ということがある。)が本件優先日前に既に市販されていたとも主張する。
しかし,CH-11のカタログ(甲6)からは,CH-11ががん細胞にアポトーシスを誘導することが明らかになるのみで,RA滑膜細胞にアポトーシスを誘導するか否かは全く不明であるから,CH-11が市販されていたからといって,刊行物1に接した当業者が抗Fas抗体としてIgM型を選択する動機付けにはなり得ない。
また,同カタログには,CH-11は研究用試薬であることが記載されており,医薬品としての厳格な審査を受けていないものであるから,最終的にかかる審査を通過し得る医薬品の開発を目指す当業者は,CH-11を利用した製品の開発を避けようとするのは当然であり,殊更にIgM型を選択する動機付けとはならない。
(2) 抗Fas抗体としての多数の選択肢の存在 本件優先日前に,抗ヒトFas抗体に限っても,40種類を超える抗Fas抗体が具体的に入手可能であった(甲15)。そのうち,IgM型のものはCH-111種類のみであり,その他の40種類は全てIgG型であった。しかも,IgG型については,高いアポトーシス誘導能を有する抗ヒトFas抗体として有望視され,画期的な開発が日進月歩で進められていたのに対して,IgM型については,CH-11が1989年に公表されて以来,新しい種類のものが発表されることは全くなく,当業者からは抗ヒトFas抗体の開発対象として無視されていた。
かかる状況に鑑みれば,本件優先日当時における当業者にとっては,リウマチ治療薬の開発に向けて抗Fas抗体のアポトーシス誘導能を確認する実験を行うに当たり,IgM型を用いた実験も行って,これがIgG型に比して顕著な作用効果を有するという知見を得ることは,容易になし得ることではなかったものである。
(3) IgM型及びIgG型のアポトーシス誘導能の比較に関する当業者の認識 ア 本件優先日以前に発行された文献(甲8,甲9)によれば,IgM型はIgG型に対して抗体としての性能が劣ると認識されていた。このため,本件優先日前においてもIgM型は医療用としては倦厭されていたし,その後の文献(甲7,甲10,甲11)によっても,IgM型の抗体としての威力はIgG型よりも劣るとされている。
また,甲4に記載されたCH-11のアポトーシス誘導能と,甲16に記載された抗APO-1抗体のアポトーシス誘導能とを比較対照すると,IgM型であるCH-11はIgG型である抗APO-1抗体に比して,少なくとも腫瘍細胞に対するアポトーシス誘導能が劣る傾向が読みとれる(甲29)。甲4も甲16も極めて注目度の高い学術雑誌であり,本件優先日当時の当業者がこれらの雑誌に掲載された論文の内容を認識していたことは当然であるから,本件優先日当時の当業者がIgM型のアポトーシス誘導能がIgG型に比して劣ると認識していたことは,明らかといえる。
したがって,本件優先日現在における当業者は,少なくとも腫瘍細胞に対するアポトーシス誘導の研究開発にあたっては,IgG型を採用する方針であったことは明らかである。とするならば,「癌細胞類似の性質を有する」(甲3)RA滑膜細胞に対するアポトーシス誘導の研究開発にあたっても,IgG型を採用しようと考えるのが当然であって,殊更にIgM型を採用する動機付けは一切存在しない。
イ もし仮に,IgG型がRA滑膜細胞に対するアポトーシス誘導能を全く有しないのであれば,確かに,IgG型を採用して研究開発を試みた後に,IgM型に移行する可能性も否定できない。しかし,IgM型には劣るとはいえ,IgG型もRA滑膜細胞に対するアポトーシス誘導能を有する以上(甲5,甲13,甲14),IgM型はIgG型に比してアポトーシス誘導能が劣る傾向があると認識していた当業者は,IgG型の実験結果に満足して研究開発を終了するはずであるから,IgM型の研究開発に移行する余地はほとんどなかったといえる。
この点からしても,IgM型を採用してリウマチ治療薬の研究開発を行うことの動機付けは存在しなかったというべきである。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について (1) 本件審決は,IgM型のアポトーシス誘導能として本件明細書に記載された内容は,in vitroで滑膜細胞へのアポトーシス誘導能が確認されたという記載にとどまり,刊行物1に記載された内容に比べて顕著な作用効果を示すものとはいえないと判断したが,誤りである。
すなわち,刊行物1においては,抗Fas抗体の中でいかなる種類のものを採用するかは記載されていないところ,本件発明1は,各種の抗Fas抗体の中で,前記1のとおり医薬品用途への適応性がIgG型よりもはるかに劣ると認識されていたIgM型をあえて選択し,下記ア及びイのとおり,滑膜細胞のアポトーシス誘導に関してはIgG型をはるかに凌ぐ性能が潜んでいたことを明らかにしたものであって,本件発明1の作用効果は,本件優先日における当業者の予想を越える画期的なものである。したがって,各種の抗Fas抗体の中からIgM型を選択した本件発明1に,選択発明として進歩性を認めるに足る顕著な作用効果が存することは明らかである。
ア 本件明細書【0080】表4に示された実験結果及び原告が行った実験の結果(甲12)によれば,精製IgM型で処理した場合と,精製IgG型で処理した場合とを比較すれば,前者の方がアポトーシス誘導率が高いことについて,疑義を挟む余地はない。また,これらの実験においては,細胞の自然増殖を定量的に考慮することは極めて困難であることから,滑膜細胞の自然増殖については考慮されていないが,これを考慮に入れた場合には,精製IgM型の真のアポトーシス誘導率はこれらの実験結果よりも高いものであり,実際のアポトーシス誘導率の差異が,これらの実験結果よりもさらに顕著であることは明らかである。
イ そして,細胞の自然増殖をも考慮した実験(甲13,14)によれば,抗Fas抗体は,IgM型及びIgG型ともに関節リウマチ患者由来細胞に対するアポトーシス誘導能を有するが,IgM型の方がIgG型に比べ顕著なアポトーシス誘導能を有することがあらためて確認された。
(2) 被告は,本件明細書【0080】表4及び甲12の実験結果では,IgG型にはアポトーシス誘導能がないことが示されているから,IgM型を選択した場合のみにアポトーシス誘導能を有することは,格別の作用効果とはいえないと主張する。
しかし,上記(1)イに述べたとおり,細胞の自然増殖を考慮すれば,IgG型にもアポトーシス誘導能が認められるのであり,刊行物1に接した当業者は,IgG型を用いてアポトーシス誘導能を確認したことに満足し,あえてIgM型を選択してその優れたアポトーシス誘導能を検証するには至らないはずであるから,IgM型を選択した場合の作用効果は顕著なものであるということができる。よって,被告の主張は失当である。
被告の反論の要点
本件決定の判断には原告の主張する誤りはない。
1 取消事由1(相違点1に関する判断等の誤り)について 刊行物1に接した当業者が,抗Fas抗体としてIgM型のものを使用することには強い反対動機があったとする原告の主張は,次のとおり,いずれも根拠を欠くものである。
(1) IgM型の製造・精製等の困難性について ア 原告は,IgM型はIgG型に比べて製造・精製等が困難であったと主張するが,本件明細書(甲2),刊行物2(甲4),公刊のカタログ(甲6)によれば,本件優先日前にIgM型の作成方法が紹介され,商品としても市販されていたことが明らかであるから,原告の主張は根拠がない。
イ 原告は,市販されていたCH-11は医薬品としての厳格な審査を経ていない研究用試薬であり,カタログ(甲6)にもヒトの体内に用いないよう記載されているから,医薬品としての開発製造を念頭に置く当業者がCH-11を選択することはないとも主張するが,in vitro(生体外)で培養したRA滑膜細胞を対象にアポトーシス誘導能を評価して医薬発明としての有用性を確認した本件発明1のような段階では,このような研究用試薬をもって実験を行うことは何ら妨げられない。
ウ 原告は,同カタログにはがん細胞に対してアポトーシスを誘導する効能が記載されているだけであるとも指摘する。しかし,同カタログの冒頭には「ヒトFas抗原発現細胞において,細胞死(Apoptosis)を誘導する活性を有しています」との記載もあり,これは一般にヒトFas抗原発現細胞のアポトーシスを誘導し得る旨の記載とみることができるし,刊行物1にはRA滑膜細胞ががん細胞類似の性質を有する旨の記載があることも考えれば,原告指摘の記載は,RA滑膜細胞を対象にアポトーシス誘導能を評価するにあたってCH-11を用いることの反対動機となるものではない。
(2) 抗Fas抗体に関する選択肢の存在について 原告は,本件優先日前に入手可能であった41種類の抗ヒトFas抗体のうち,当業者から抗ヒトFas抗体の開発対象として無視されていたIgM型のCH-11をあえて選択することには強い反対動機があり,その選択に想到することは困難であったと主張する。
しかし,刊行物1に接した当業者は,その追試をするにあたり,手当たり次第に抗Fas抗体を使用するものではなく,その目的(ヒトのRA滑膜細胞に対するアポトーシス誘導能の研究)に沿った抗Fas抗体を選択することになる。そして,この選択にあたり,アポトーシスを誘導することが知られている抗Fas抗体を選択するのは当然のことであり,ヒト細胞であるRA滑膜細胞のアポトーシスに抗ヒトFas抗体を用いることも当然である。本件優先日前に論文発表されたものとして原告が挙げた41種の抗Fas抗体の中で,アポトーシスを誘導することが知られていたのは3種のみで,しかもこの時点で市販されていたのはCH-11の1種だけであったことを考慮すれば,刊行物1に記載のアポトーシスを誘導する抗Fas抗体として,IgM型のCH-11を採用することに何の反対動機も,困難性も存在しない。
(3) IgM型及びIgG型のアポトーシス誘導能の比較に関する当業者の認識について 原告は,IgM型はIgG型に対して抗体としての威力が劣るとの認識が一般的であったと主張し,その証拠として甲7ないし11を援用するが,甲7,10,11は本件出願時の状況を示すものでない上,甲7ないし11の全ては,抗Fas抗体によるアポトーシス誘導という具体的な目的を開示するものでないから,アポトーシス誘導活性を有することが知られているIgM型のものについてアポトーシス誘導の試験をすることを妨げるようなものではない。
原告はIgM型に比べてIgG型の開発が進展したことについても述べているが,これは新種の抗Fas抗体の探索という観点での研究であって,抗Fas抗体によるアポトーシス誘導能が記載された刊行物1を追試するに当たり,本件優先日当時の当業者がどのような抗Fas抗体を使用するかという問題とは直接関係しない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,引用発明1においては抗Fas抗体としてIgG型またはIgM型のいずれを用いたかを明らかにしていないところ,本件発明1が,アポトーシス誘導能が一般に劣ると考えられていたIgM型をあえて選択し,IgG型を凌ぐアポトーシス誘導能を有することを明らかにしたことは,選択発明として進歩性を認めるに足る顕著な作用効果を見出したものであると主張する。
しかし,上述したとおり,本件優先日の時点において,IgM型であるCH-11はアポトーシスを誘導する抗Fas抗体として市販され,広く知られていたものであるから,刊行物1に記載された抗Fas抗体としてIgM型のものを用いることに何らの困難性はなく,したがって,IgM型が優れたアポトーシス誘導効果を示したとしても,それは単に,刊行物1に記載された抗Fas抗体のアポトーシス誘導活性を確認したに過ぎないのであって,原告の主張は失当である。
(2) 原告は,IgG型にもアポトーシス誘導能は認められるから,刊行物1を追試する当業者はIgG型でアポトーシス誘導能を確認したことで満足し,IgM型を用いた実験をさらに行うことには容易に想到せず,IgM型の顕著な作用効果は見出し得ないとも主張する。
しかし,IgG型のアポトーシス誘導能は,本件明細書において「抗体Bはアポトーシスをほとんど発現しない。」(【0080】),甲12実験において「全くアポトーシス誘導が認められなかった」と判断されるような程度のものであるから,仮にこれが確認されたとしても,当業者は引き続きIgM型で同様な実験を行って効果を確認することとなったはずのものであり,原告の主張は成り立たない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1に関する判断等の誤り)について 原告は,本件優先日当時,刊行物1に接した当業者が,抗Fas抗体としてIgM型のものを使用することには強い反対動機があったから,IgM型のものを使用することに想到するのは容易でなかったものであり,これが容易であるとした審決の判断には誤りがあると主張するので,以下この主張につき検討する。
(1)「IgM型抗Fas抗体の製造・精製等の困難性」について ア 原告は,IgM型は,その分子構造などの面から,IgG型に比べて製造・精製等が著しく困難であると主張する。確かに,平成15年4月発行の刊行物である甲10(日経バイオビジネス 2003.5,46頁)には「IgM利用の課題」として工業生産の難しさを指摘する記載があることからみて,本件優先日当時においても,原告主張のような製造・精製等の困難性があったことを推認することができる。
しかしながら,他方,本件優先日前の平成元年に発行されたと認められる刊行物2(J. Exp. Med., vol. 169, pp. 1747 - 1756 (1989),甲4)には,「mAb[注;モノクローナル抗体]の調製 BALB/cメスのマウスをヒト二倍体繊維芽細胞株FS-7で免疫し,免疫したマウス由来の脾細胞を,NS-1マウスミエローマ細胞株と,標準的なハイブリダイゼーション法により融合させた。殺細胞能力を有するmAb(抗Fasと呼ぶ)を産生するハイブリドーマ細胞の一つを,限界希釈法により2回クローン化した。」(1747頁下から8〜5行),「TNFと抗Fas mAbとの細胞溶解活性の比較 ヒト細胞表面に対するmAbを産生する20,000超のハイブリドーマクローンのうち,一のハイブリドーマが,種々のヒト細胞に対して細胞溶解性であるmAbを産生した。該mAbはIgMであることが分かった。」(1748頁34〜40行)と記載されていることから,IgM型の製造方法は本件優先日前に公知であったと認められる。
そして,本件優先日前の1992年に発行されたと認められる株式会社医学生物学研究所のカタログ(乙3)には,参考文献として刊行物2(甲4)を引用した上で,「Clone CH-11」,「品名 抗Fasモノクローナル抗体」,「性状 IgM」と記載されていることから,刊行物2(甲4)記載のIgM型が,本件優先日前に商品として市販されていたことも明らかである。そうであれば,刊行物1(甲3)に接した当業者は,RA滑膜細胞へのアポトーシス誘導を確認するに際し,刊行物2(甲4)に製造方法が記載されており,かつ乙3のとおり市販されていたIgM型を使用すればよく,自らIgM型を製造し精製する必要のないことが明らかであるから,IgM型の製造及び精製が困難であることは,原告主張のような反対の動機付けにはなり得ない筋合いである。
イ 原告は,抗体医薬品は厳格な基準審査を受けなければならないことから,不純物の生じやすいIgM型より,取り扱いやすいIgG型を選択する方が合理的であるとも主張する。
しかしながら,刊行物1(甲3)は,RA滑膜細胞での抗Fas抗体によるアポトーシス誘導を,本件明細書に記載された実施例と同様,生体外(in vitro)で実験したことについて記載したものであるから,将来的な医薬品への応用を示唆するものということはできるものの,この実験自体は基礎研究の段階のものと解され,このような実験を再現するにすぎない場合に,医薬品の製造承認審査を直ちに受けることを前提として,使用する抗Fas抗体の選択を行う必要性は認められない。
加えて,医薬品の研究開発は,通常,医薬品としての効果と不純物発生等のデメリットとを総合的に検討して行われることを考慮すれば,医薬品としての効果が予測される有効成分が,単に不純物が生じやすいというだけで,研究開発の対象から除外されると考えることもできない。したがって,原告の主張は採用することができない。
(2)「抗Fas抗体としての多数の選択肢の存在」について 原告は,本件優先日当時に知られていた多数の抗Fas抗体の選択肢から,IgM型であるCH-11をあえて選択することに想到するのは容易でなかったと主張するので検討する。
ア 刊行物1(甲3)には,「【結果】DNA電気泳動法ではRAの滑膜組織において程度の差は存在したがDNA fragmentationを示すladder形成が認められた。さらにDNA nick end labeling法および電顕にてRA滑膜細胞にアポトーシスが認められた。抗Fas抗体によるアポトーシスの誘導のkinetics studyではRA滑膜細胞においてのみアポトーシスが数時間後より誘導され,OAおよび外傷滑膜細胞では認められなかった。以上の結果より滑膜細胞におけるアポトーシスは癌細胞類似の性質を有するRA滑膜においてのみ認められ,抗Fas抗体によるアポトーシスの誘導においてもRA滑膜特異的であることが示された。」と記載されている。この記載に接した当業者が,RA滑膜細胞におけるアポトーシス誘導作用を確認すべく実験を行おうとすれば,まず,「アポトーシスの誘導」作用が知られている抗Fas抗体の使用を試みるのが普通であると認められる。そして,本件優先日前に頒布されたと認められる乙3のカタログには,IgM型の抗Fas抗体であるCH-11が,まさにアポトーシス誘導活性を有することを主たる効果として紹介されているのであるから,この市販品の抗体を適用することになるのは極めて自然な流れである。
なお,原告は,乙3の後に発行された同じく株式会社医学生物学研究所発行のカタログ(甲6の添付資料1)の記載に関して,CH-11が,がん細胞にアポトーシスを誘導することが明らかにされているのみで,RA細胞にアポトーシスを誘導するか否かは全く不明であると主張する。しかしながら,甲6には,その冒頭に一般的な効能として「ヒトFas抗原発現細胞において,細胞死(apoptosis)を誘導する活性を有しています」と記載された上で,代表的な使用法として「IFN-γで処理したA673細胞を標的とし………殆ど全ての細胞が死に至る」ことが記載されているのであるから,CH-11によるアポトーシス誘導はヒトFas抗原発現細胞全般に対する効能であってがん細胞に限定されるものではないと解するのが相当であって,刊行物1(甲3)に接した当業者がCH-11を使用することは何ら妨げられない。かえって,刊行物1(甲3)には「癌細胞類似のRA細胞」という記載もあり,RA細胞はがん細胞に類似の性質を有することが開示されているのであるから,むしろ,がん細胞であるA673細胞にアポトーシス誘導を引き起こすCH-11をRA細胞に適用する積極的な動機付けがあるということさえできる。
イ また,甲15(陳述書)においては,本件優先日前に41種類の抗ヒトFas抗体が知られていたとされるが,このうちアポトーシス誘導活性が確認されていたとされるのは,CH-11,抗APO-1抗体,DX2の3種類のみである。
他の38種類(M1ないしM38)については,本件優先日前に発行されたと認められる甲18(J. Med. Exp., vol.178; pp. 2231-2235., Dec. 1993)では,このうちの「いくつか」は固相化されるとアポトーシスを誘導することが記載されているにとどまり,具体的にいずれの種類のものがどの程度のアポトーシス誘導活性を有するかは,データを開示して明らかにされているわけではない。(これを明らかにした研究成果を記載した甲21論文(International Immuninology, Vol.6., No.11, pp. 1799-1806, 1994)は,本件優先日後の1994年11月になってから発行されたものと認められる。)。したがって,本件優先日前にM1ないしM38のアポトーシス誘導活性が確認されていたということはできない。
刊行物1(甲3)に接した当業者がアポトーシス誘導を確認しようとすれば,まず,アポトーシスの誘導作用が知られている抗Fas抗体の使用を試みるのが自然であることは上記のとおりであるから,抗ヒトFas抗体が多数存在していたとしても,アポトーシスの誘導作用が知られている抗Fas抗体として実質的に選択の対象となるのは,上記の3種類だけであったことになり,その中から,CH-11を選択することが想到困難であったとは認められない。
ウ なお,原告は,M1ないしM38の試料も研究者同士のネットワークを利用すれば本件優先日当時においても入手可能であったと主張し,甲15(陳述書)にはこれに沿う記載があるが,仮にM1ないしM38が本件優先日当時入手可能であったとしても,上記のとおり,M1ないしM38については,そのアポトーシス誘導活性が本件優先日当時確認されていたとは認められないのであるから,抗Fas抗体としての選択の対象からは実質的に除かれると解すべきである。
そうすると,41種類もの選択肢があったという原告の主張の前提自体が,これを認め難いというほかない。
エ 以上のとおりであるから,刊行物1(甲3)に接した当業者が,現実的に入手可能であり,かつアポトーシス誘導活性の確認されていた3種類の抗Fas抗体の中から,IgM型のCH-11の市販品を選択することが想到困難なものであったとは認められない。
(3) IgM型及びIgG型のアポトーシス誘導能の比較に関する当業者の認識について 原告は,@本件優先日当時の当業者に,IgM型は抗体としての能力がIgGと比較して大きく劣ると認識されていたこと(甲8〜10),AIgM型はIgG型に比して少なくとも腫瘍細胞に対するアポトーシス誘導能が劣ると認識されていたこと(甲29),B抗体医薬の開発の中心はIgG型でありIgM型は殆ど無視されていたこと(甲7,甲10)も,IgM型を用いることについての反対の動機付けとなると主張するが,以下のとおり採用できない。
ア @について 前掲の甲10は,本件優先日後に発行されたものであるから本件優先日当時の技術常識を示すものとはいえない。本件優先日前に発行された甲8及び甲9については,甲8(大沢利昭監訳「モノクローナル抗体」株式会社東京化学同人,1992年7月1日第2刷発行,96頁)には「治療用としてはIgGの方がIgMより望ましい。というのは分子量が小さく組織への到達性がより高いからだ。」との記載があり,甲9(Molecular Immunology, vol.21, No.11, pp. 1023-1029, 1984)には「IgMとIgGの解離定数の比較は,14日の間隔でも,Ig応答が,IgM応答により到達できないレベルにまで親和性が成熟していることを示している。」(1026頁右欄下から2行〜1027頁左欄3行)との記載はあるが,いずれも,抗体が有する様々な効果についてごく一般的な知見を示しているに過ぎず,抗Fas抗体によるアポトーシス誘導という特定の効果についてIgM型の能力が劣ることに言及しているものではないから,刊行物1(甲3)に接した当業者がアポトーシス誘導を確認するにあたりIgM型を使用することの妨げにはならない。
イ Aについて 甲29(陳述書)の表Aは,刊行物2(甲4)に記載された実験結果と甲16(Science, vol. 245, pp. 301-305,1989)に記載された実験結果を定量的に対比しようとしたものであるが,異なる文献に記載された実験同士を定量的に対比するには,実験条件が定量的に一致していなければならないというべきであるから,甲4,甲16に記載された実験の条件が定量的に一致するか否かを検討することなく結果のみを対比することは無意味なことである。したがって,この対比結果から,甲29でいうように,IgM型がIgG型に比して少なくとも腫瘍細胞に対するアポトーシス誘導能が劣ると認識されていた,と結論づけることはできない。そして,甲4に,IgM型はアポトーシス誘導能があると記載され,甲6(カタログ)にもCH-11の効能としてアポトーシスの誘導が掲げられている以上,刊行物1(甲3)に記載されたアポトーシス誘導を確認する際にIgM型であるCH-11を使用することは,何ら妨げられない。
ウ Bについて 確かに,甲7(陳述書)及び甲10によれば,本件優先日当時において,一般的にIgG型の研究開発が先行していたことは窺えるものの,他方,乙1(特開平2-237935号公報)の「下記の性状を有するモノクローナル抗体を有効成分として含有するエイズ処置剤。(1)ヒト二倍体線維芽細胞FS-7を認識する。(2)クラスがIgMである。(3)分子量が200Kである。」(特許請求の範囲)との記載によれば,本件優先日当時,IgM型も医薬品開発の対象になっていたことが認められ,また,上記(2)で検討したように,アポトーシス誘導能を有することが知られていた抗ヒトFas抗体の数は限られていたのであるから,抗体医薬の開発の中心がIgG型であったとしても,そのことは,刊行物1(甲3)に記載されたアポトーシス誘導を確認する際にIgM型を使用することを妨げるものではない。
(4) 以上のとおりであるから,刊行物1に接した当業者がIgM型を使用することに反対の動機付けが存在し,その使用に想到することは容易でなかったという原告の主張は,採用することができない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本件発明1は,医薬品としての適性がIgG型よりも劣ると認識されていたIgM型に,RA滑膜細胞のアポトーシス誘導に関してはIgG型をはるかに凌ぐ性能が潜んでいたことを明らかにした点で,本件優先日における当業者の予想を越える画期的なものであって,刊行物1記載の引用発明の構成要件「抗Fas抗体」について,IgG型ではなくIgM型を選択した本件発明1には,選択発明として進歩性を認めるに足る顕著な作用効果が存すると主張する。
しかしながら,以下に述べる理由により,原告のこの主張も採用できない。
ア 上記1(3)で検討したところによれば,「抗Fas抗体によるアポトーシス誘導」という観点では,本件優先日前においてIgM型の性能が劣ると認識されていたことを示す証拠がないから,IgM型はIgG型よりも医薬品としての適性において劣ると認識されていたという原告主張の前提自体が成り立たない。
イ(ア) いわゆる選択発明とは,構成要件の中の全部又は一部が上位概念で表現された先行発明に対し,その上位概念に包含される下位概念で表現された後行発明であって,先行発明が記載された刊行物中に具体的に開示されていないものを構成要件として選択した発明をいい,後行発明が先行発明を記載した刊行物に開示されていない顕著な効果を奏する場合に,先行発明とは独立した別個の発明として認められるものである。
そこで,引用発明1(先行発明)と本件発明1(後行発明)との関係についてこれを見るに,@引用発明1における「抗Fas抗体」という構成要件と本件発明1における「IgM型抗Fas抗体」という構成要件とが上位概念下位概念の関係に立つこと,及びA本件発明1におけるアポトーシス誘導効果が引用発明1で開示されていない顕著なものであること,の2点が認められることが,本件発明1が選択発明として進歩性を認められるために必要である。
(イ) まず@の点については,抗Fas抗体にはIgM型の他にIgG型も存在するところから,「抗Fas抗体」と「IgM型抗Fas抗体」とは上位概念下位概念の関係に立つものと一応解することができる。
上記Aの点について,引用発明1において開示された効果は,RA滑膜細胞へのアポトーシス誘導という定性的なものである。これに対し,本件発明1では,本件明細書【0080】等において,IgM型のアポトーシス誘導活性が定量的に開示されているが,引用発明1では定性的な開示しかなされていない以上,これらを比較して,本件発明1の効果が引用発明1に比べて顕著なものであるか否かを判断することは,そもそも不可能であるといわざるを得ない。
むしろ,本件明細書【0080】等において,IgG型はアポトーシス誘導活性を示さないことが開示されていること(後述(2)イ)をあわせ考えると,本件発明1は,引用発明1につき刊行物1(甲3)に記載された「RA滑膜細胞のアポトーシス誘導活性」という作用効果を生ずるのは「抗Fas抗体」のうちIgM型のものだけであることを追試によって確認したものであって,引用発明1の構成要件である「抗Fas抗体」の内容及びその作用効果である「RA滑膜細胞へのアポトーシス誘導」の程度を具体的に特定したという以上の意義はないというべきである。
したがって,本件発明1が,選択発明としての進歩性を認められるものではない。
(2)ア なお,原告は,IgG型もアポトーシス誘導作用を有するから,当業者はまずIgG型を選択した追試実験によってそのアポトーシス誘導効果を確認したことで満足してしまい,IgM型の優れたアポトーシス誘導能を明らかにするには至らないはずであると主張する。そして,このことも,本件発明1が見出したIgM型のアポトーシス誘導能が,当業者の予想を超えた顕著な作用効果であり,選択発明としての進歩性を認めるに足りるものであることの理由の一つとして主張するので,この点についても検討しておく。
イ 甲13(実験報告書(1))には,RA患者由来の滑膜細胞が自然増殖することが実験によって確認されたと記載されている。そして,甲14(実験報告書(2))には,この自然増殖を考慮した実験の結果,IgM型である「APO-1 IgM」のみならず,IgG型である「APO-1 IgG」,「UB2」,「ZB4」についてもアポトーシスが認められるが,IgM型の方が優れたアポトーシス誘導能を有することが確認できた,という評価が記載されている。
これに対し,本件明細書【0034】には,「抗Fasモノクローナル抗体と称されるものであっても本発明の必須要件を満足するものと満足しないものとがあることを見い出した。例えば,ヒトFas抗原cDNAで形質転換したマウス細胞より得たリコンビナントFas抗原をマウスに免疫した後,その脾細胞とマウスミエローマ細胞とを融合させたハイブリドーマ「clone ZB4」から得た抗Fasモノクローナル抗体を用い,これがRA患者の滑膜細胞にアポトーシスを発現させるかどうか検討したところ,実質的にアポトーシスを発現しないことを見い出した。さらに,この抗体は単にアポトーシスを発現しないだけでなく,アポトーシスを発現する抗Fasモノクローナル抗体の作用を打ち消す作用も示すことを見い出した。」と記載され,【0080】に「表4に示されるように,抗体A[注;clone CH-11から産生されたもの]は滑膜細胞のアポトーシスを濃度依存的に発現している(48時間後には回復傾向にある)のに対し,抗体B[注;clone ZB4から産生されたもの]はアポトーシスをほとんど発現しない。また,抗体Bは抗体Aに対し拮抗作用を示し,抗体Aの効果を打ち消している。」と記載されていることから,本件明細書においては,「clone CH-11」から得たIgM型はアポトーシス誘導能を有するが,「clone ZB4」から得た抗Fas抗体(甲6の添付資料1のカタログからIgG型であると認められ,甲14実験においてもIgG型であるとされている)はアポトーシスを発現しないものとして位置付けられていると解すべきである。
そうすると,IgM型だけでなくIgG型にもアポトーシス誘導作用があることを前提とする原告の主張は,IgG型にはアポトーシス誘導作用がないという本件明細書の記載に反するものであって,採用することはできない。
(3) 以上検討したところによれば,本件発明1の作用効果は,選択発明として進歩性を認めるに足る顕著なものであるということも,本件優先日における当業者の予想を越える画期的なものであるということもできない。したがって,取消事由2に関する原告の主張も,採用の限りではない。
3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がなく,本件決定には他にこれを取り消すべき瑕疵はない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 清水節
裁判官 上田卓哉