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事件 平成 25年 (行ウ) 467号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2014/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年1月31日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官

平成25年(行ウ)第467号 特許料納付書却下処分取消請求事件(以下「甲事

件」という。)

平成25年(行ウ)第468号 特許料納付書却下処分取消請求事件(以下「乙事

件」という。)

平成25年(行ウ)第469号 特許料納付書却下処分取消請求事件(以下「丙事

件」という。)

口頭弁論終結日 平成25年12月18日

判 決

埼玉県和光市<以下略>

原 告 独立行政法人理化学研究所

同 訴 訟 代理 人 弁 護 士 宮 嶋 学

同 田 泰 彦

同 柏 延 之

同 大 野 浩 之

東京都千代田区<以下略>

被 告 国

処 分 行 政 庁 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 中 野 康 典

同 工 藤 昭 博

同 駒 利 徳

同 上 田 智 子

同 古 閑 裕 人

主 文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用はいずれも原告の負担とする。




事 実 及 び 理 由

第1 請求の趣旨

1 甲事件

特許番号第3421184号の特許権に係る第9年分特許料納付書について,

特許庁長官がした平成24年5月21日付け手続却下処分を取り消す。

2 乙事件

特許番号第3421193号の特許権に係る第9年分特許料納付書について,

特許庁長官がした平成24年5月21日付け手続却下処分を取り消す。

3 丙事件

特許番号第3421194号の特許権に係る第9年分特許料納付書について,

特許庁長官がした平成24年5月21日付け手続却下処分を取り消す。

第2 事案の概要

1 本件は,原告が,特許第3421184号(甲事件),特許第342119

3号(乙事件),特許第3421194号(丙事件)の各特許権(以下併せ

て「本件各特許権」という。)を有しており,いずれも第8年分までの特許

料が支払われていたが,それらの第9年分の特許料追納することができる

期間は平成23年10月18日までであったところ,原告は,代理人弁理士

を通じ,同年11月21日付けで,特許庁長官に対し,本件各特許権につき,

それぞれ第9年分の特許料及び割増特許料を納付する旨の特許料納付書(以

下「本件各納付書」という。)を提出したところ,平成24年5月21日付

けで,それぞれにつき手続却下の処分(以下「本件各処分」という。)を受

けたため,同年7月30日,特許庁長官に対し,本件各処分について,それ

ぞれ異議申立てをしたが,平成25年1月29日に,同異議申立てがそれぞ

れ棄却されたので,被告に対し,本件各処分の取消しを求めた事案である。

2 前提事実(証拠の摘示のない事実は当事者間に争いがない。)

(1) 当事者




原告は,独立行政法人である。

(2) 本件各特許権

原告は,以下のアないしウの各特許の特許権者であった。〔甲ないし丙

事件各甲1,2〕

ア 特 許 番 号:第3421184号

発明の名称:波長可変レーザーにおける波長選択方法および波長可変レ

ーザーにおける波長選択可能なレーザー発振装置

出 願 日:平成7年12月19日

登 録 日:平成15年4月18日

イ 特 許 番 号:第3421193号

発明の名称:波長可変レーザーにおける波長選択可能なレーザー発振装



出 願 日:平成8年4月30日

登 録 日:平成15年4月18日

ウ 特 許 番 号:第3421194号

発明の名称:波長可変レーザーにおける波長選択可能なレーザー発振装



出 願 日:平成8年4月30日

登 録 日:平成15年4月18日

(3) 特許庁における手続の経緯

本件各特許権については,いずれも第8年分までの特許料が支払われてお

り,第9年分の特許料の納付期間は平成23年4月18日までであり,特

許法112条1項の規定による特許料追納をすることができる期間(以

下,特許法112条1項による特許 料の 追納をすることができる期間を

追納期間」という。)は同年10月18日までであった。

原告は,特許庁長官に対し,同年11月21日付けで,特定非常災害の被




害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律(以下「特別

措置法」という。)3条3項の規定による追納期間の延長の措置の適用を

申し出て,第9年分の特許料及び割増特許料を納付する旨の本件各納付書

を代理人弁理士を通じて提出した。〔甲ないし丙事件各甲3〕

特許庁長官は,本件各納付書に係る手続について,それぞれ,権利消滅後

の年分に係わる特許料の納付であり法令に定める要件を満たしていないな

どとする,平成24年3月13日付け却下理由通知書(以下「本件各通知

書」という。)を,代理人弁理士宛てでいずれも同月27日に発送した。

(4) 本件各通知書の記載

本件各通知書の却下理由に相当する部分の記載は,いずれも以下のとおり

である。〔甲ないし丙事件各甲4〕

「しかしながら,特許料の納付の管理体制について,特許権者自ら行うか,

代理人に管理を委ねるか,また,コンピュータを利用した特許管理シス

テムによるか,コンピュータシステムに頼らず人手による管理にするか

等は,いずれも特許権者の自己責任の下に行われるものです。そして,

コンピュータの利用による特許管理システム上の不具合及びデータ入力

不備等によって特許料納付期間を徒過したとしても,また,平成23年

3月11日の東日本大震災及びその後の電力制限等の影響で特許関連業

務に混乱が生じたとしても,そのような状況下で本権の納付手続以外の

特許関連業務の手続が可能であったのであれば,特許法第112条の2

第1項の規定による適用について当該事情は,年金管理業務をシステム

対応としたこと及び東日本大震災等の混乱時に本権に対する納付手続の

点検,確認作業ができなかったことは,特許権者側のいわば内部事情と

も言うものであって,これをもって特許料追納期間を徒過せざるを得

なかった事由があるとすることはできません。また,『特定非常災害の

被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律』の適用




は,平成23年3月11日に発生した東日本大震災の影響により,本来

の期間内に所定の手続ができなかった者について,平成23年8月31

日を限度として手続期間の延長を行いましたが,依然として手続を行う

ことができない者がいることから,『特に大きな被害を受けた者で,発

災から今回の措置を求める申出を行うまでの間に特許庁長官への手続を

行うことができなかった者』を対象として一部の手続(特許法第112

条の2の規定による特許料及び割増特許料追納による特許権の回復も

含む。)について,延長措置が継続されました。本件の特許料納付の依

頼を受けた特許法律事務所(代理人)は,東日本大震災の週明けから執

務を開始していることから,『特に大きな被害を受けた者で,発災から

今回の措置を求める申出を行うまでの間に特許庁長官への手続を行うこ

とができなかった者』に該当しないため,本件納付手続については同法

の適用を受けることはできません。」

(5) 本件各処分等

これに対し代理人弁理士は,平成24年4月24日付け弁明書を提出した

が,特許庁長官は,同年5月21日付けで,本件各通知書記載の理由で手

続きを却下する本件各処分をした。〔甲ないし丙事件各甲4,5〕

原告は,代理人弁理士らを通じ,同年7月30日,特許庁長官に対し,本

件各処分について,それぞれ行政不服審査法に基づく異議申立てをし,こ

れらは併合審理されたが,特許庁長官は,平成25年1月29日,各異議

申立てを棄却する決定(以下「本件異議決定」という。)をし,同月30

日,同決定は代理人弁理士らに送達された。〔甲ないし丙事件各甲6であ

るが,これらは同一のものである。〕

3 本件の争点

本件の争点は,本件各却下処分につき取消事由があるかであるが,具体的に

は,本件各特許権に係る第9年分の特許料及び割増特許料追納期間内に追




納することができなかったことにつき,原告に平成23年法律第63号によ

る改正前の特許法(以下「改正前特許法」という。)112条の2第1項

定の「その責めに帰することができない理由」があるか,である。

第3 争点に関する当事者の主張

〔原告の主張〕

1 改正前特許法112条の2第1項にいう「その責めに帰することができない

理由」の意義

(1) 改正前特許法112条の2は,平成6年法律第116号の改正により新設

された規定であるところ,その改正以前は,特許料の納付について,追納

期間も徒過してしまった場合は事情の如何を問わず特許権の回復は認めら

れていなかった。しかし,パリ条約5条の2第2項において,「同盟国は,

料金の不納により効力を失つた特許の回復について定めることができ

る。」と規定され,諸外国においても同規定に沿った特許権の回復を認め

る制度が設けられており,わが国においても同様の制度を設けるべきであ

るとの要望が国内外から寄せられていたことに鑑み,改正前特許法112

条の2の規定が導入されるに至ったものである。

(2) 諸外国の具体例としては,以下のようなものが挙げられる。

ア 米国

米国特許法施行規則1.378(a)項では,特許料納付の遅延が避けら

れないものであったこと,又は,故意によるものではなかった場合に,

割増特許料の支払を条件として,特許料の遅延納付が認められる旨が規

定されている。そして,同1.378(b)項は,上記「特許料納付の遅延

が避けられないものであったこと」の立証として,特許料が適時に支払

われることを確保するために相当の注意(reasonable care)を払っていた

ことを立証することを要求している。

イ 英国




英国特許法28条(3)では,特許料追納期間の徒過が故意によるもの

ではなかった場合,割増特許料の支払を条件として,特許権の回復を認

める旨が規定されている。

ウ 特許法条約(Patent Law Treaty)

特許法条約12条(1)は,特許料納付期間の不遵守が,状況に応じた相

当の注意(due care)を払ったにもかかわらず生じた場合,又は締約国の

選択により,その遅延が故意によるものではないことが認められる場合,

特許権を回復する旨を規定している。

(3) 上記のとおり,改正前特許法112条の2の規定は,特許権の回復の制度

についての国際的調和を求める国内外からの要望に応えて立法されたもの

であることから,同条第1項の「その責めに帰することができない理由」

も,諸外国の例に倣い,「相当の注意」が払われたにもかかわらず,特許

料の追納期間が経過するまでに特許料を納付することができなかった場合

を意味するものと解すべきである。

本件異議決定においては,知的財産高等裁判所平成22年(行コ)第10

002号事件・平成22年9月22日判決(以下「平成22年知財高裁判

決」という。)を引用して,「その責めに帰することができない理由」と

は,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を払ってもなお追

納期間内に納付をすることができなかった場合を意味すると解される旨が

説示されている。しかし,同判決は,同判決以前の裁判例が「その責めに

帰することができない理由」を「天変地変,あるいはこれに準ずる社会的

に重大な事象の発生により,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を

払っても,なお追納期間内に特許料等を納付することができなかったよう

な場合」などと極めて厳格に解していたことと立場を異にし,より緩やか

な解釈を示したものである。むしろ,同判決は,「その責めに帰すること

ができない理由」の解釈につき,原告の上記主張と同旨を意味するものと




解すべきである。

2 本件各納付書に係る手続の経緯等

(1) 原告は,本件各納付書に係る特許料納付手続をする以前から,東京都千代

田区に所在する本件訴訟の原告代理人事務所(以下「本件特許事務所」とい

う。)に特許料納付手続を依頼していたところ,原告は,平成23年3月1

7日,本件各特許権の第9年分の特許料納付(以下「本件各納付手続」とい

う。)を含む特許料納付を指示する「年金納付回答書」と題する書面(以下

「本件納付指示書」という。なお,同指示書は甲ないし丙事件の各甲7であ

るが,同一のものであり,本件納付指示書は一通である。)をファクシミリ

送信し,本件特許事務所は,同日,これを受領した。

しかし,本件特許事務所が本件納付指示書を受領した日である平成23年

3月17日(木曜日)は,折しも同月11日(金曜日)に発生した東日本大

震災の6日後であり,かつこの大震災後の本件特許事務所における週明けの

執務開始日から数えると僅か4日目であった。大震災当日には本件特許事務

所が入居するビルが築40年を超えるため,同じ震度5強でもそれ以上の揺

れを体感し,書類の散乱やキャビネット類倒壊の危険性にも見舞われ,現に

本件特許事務所のサーバのデータの一部が消失し,出張中や休暇中の職員の

安否確認に追われるなど定常業務を中断せざるを得ない状況となり,本件各

納付手続を担当する事務職員及びその上司を含め,交通手段が途絶えたこと

による帰宅難民が多数発生した。また同月14日(月曜日)から実施された

大震災による福島第一原子力発電所の事故に伴う首都圏における計画停電等

の影響により,本件特許事務所の職員には交通手段の著しい乱れによる一部

の出勤不能状態が続き,加えて通信手段の著しい乱れによる依頼者との連絡

が一様に取れない状態が続く中にあって,各種期限に対する応答業務が著し

く混乱する状況にあった。本件特許事務所における本件各納付手続の事務担

当者は,上述した大震災後の混乱する状況下にあって,当時は辛うじて出勤




はできたものの,大震災に伴う特許料納付の期限管理の対応から思うように

各依頼者との連絡が取れない中,期限照会,連絡業務及び納付手続に奔走す

る日が続いていた。

本件特許事務所では,大震災当日はもとより,その翌週の平成23年3月

14日(月曜日)以降においては,当時の余震や計画停電等に対する緊急の

災害対策を講じ,依頼者との連絡を密に取りながら速やかな期限応答手続の

前倒し処理を推進し,かつ対特許庁手続の締切り時間は17時とし,一方,

事件管理等システム管理上でのセキュリティを維持するため,ホスト及びサ

ーバは執務時間外の稼働を取り止め,執務時間内においても予測不能な突発

的停電に伴う緊急停止を考慮しながら日々の業務量に応じて,極力執務時間

内での業務終了に合わせて稼働を手動で停止する態勢に切り換え,同年3月

末まで実施した。

(2) 本件納付指示書を受領した平成23年3月17日(木曜日)の当日は,上

記執務態勢による緊急災害対策の実施中であり,納付手続の事務担当者は連

日の余震や自宅地域の計画停電の実行可否に加え,交通事情が著しく混乱す

るなどの不安に駆られる中で辛うじて出勤し,ホストやサーバの稼働時間が

制約される不安定な執務態勢の下,切迫する納付期限の未回答分に関する依

頼者との照会,対応業務に追われながらも,依頼者からの回答情報をデータ

入力し,担当業務の一環である納付手続の業務に専念していた。

そして,本件納付指示書の受領当日の平成23年3月17日には,同日に納

付予定の他の事件とともに,本件各特許権についても第9年分特許料納付手

続を行うべく,同年4月18日の納付期限に対して回答情報をデータ入力し

たが,本件各特許権については適切なデータ入力ではなかったために,納付

書データが出力されていなかったことに対して,処理した事務担当者本人の

みならず,その上司までもが,点検で気付かないまま,第9年分特許料納付

は手続されることなく,その結果,適切にデータ入力されていれば第10年




分に更新していたであろう特許料データの期限情報はシステム更新されなか

った。しかも,適切に回答情報をデータ入力していればその後に出力される

べき特許料領収書の送付状及び納付報告を兼ねた請求書が出力されていない

ことについて,混乱の最中,データ入力後に本件納付指示書が他の書類と紛

れてしまったために,最終確認の作業である本件納付指示書との突合せ作業

もすることができず,常態であれば段階的な点検,確認作業で適切でないデ

ータ入力の発見が可能であったにもかかわらず,特許料納付のルーチン業務

が完結していないことに気付くことができなかった。

上記異常事態に気付かないまま,本件特許事務所が原告に対し同年11月

4日に送付した特許料納付期限通知書に,本件各特許権にかかる第10年分

の納付期限が記載されていないことが判明した。

このように,本件特許事務所が本件各特許権の第9年分の本件納付指示書

を受領した同年3月17日は,東日本大震災のわずか6日後の混乱の最中で

あったため,原告の責めに帰することのできない執務環境の物理的,心理的

混乱状態が生じており,結果として,本件各特許権の第9年分の特許料納付

を期限内にすることができなかった。

3 本件において,「その責めに帰することができない理由」があること

上記の通り,本件各特許権に係る第9年分の特許料及び割増特許料追納

間内に追納することができなかった理由は,本件納付指示書を受領した平成2

3年3月17日が,東日本大震災の6日後であり,執務日基準であれば4営業

日後であり,大震災の揺れ自体が引き起こした混乱に加え,直後の福島第一原

子力発電所の事故による放射能被爆の恐れ,水道水の放射能汚染,計画停電,

交通機関の麻痺等,尋常ではない物理的・心理的執務環境下にあったことから,

通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を払っても回避できない不

適切なデータ入力が生じ,かつ本件納付指示書が他の書類と紛れてしまったた

めに,その結果,通常であれば機能する幾重ものチェック体制が機能しなかっ




たためである。

したがって,本件各特許権の特許料納付について,「相当の注意」が払われ

たことは明らかであり,本件において改正前特許法112条の2第1項所定の

「その責めに帰することができない理由」があることは明らかである。

4 本件各処分及び本件異議決定における判断について

本件各処分は,本件納付指示書を受領した平成23年3月17日が東日本大

震災の6日後で特許関連業務に混乱が生じたとしても,「そのような状況下で

本特許権の納付手続以外の特許関連業務の手続が可能であったのであれば,」

通常期待される注意を尽くしたものとはいえない旨を説示する。

しかし,他の特許関連業務の手続が可能であったことをもって,「その責め

に帰することができない理由」があったとはいえないとされるのであれば,

「その責めに帰することができない理由」があるといえる場合とは,特許関連

業務の手続がおよそ不可能であった場合に限定されることとなってしまう。こ

のような解釈は,上記の「その責めに帰することができない理由」の意義と相

容れず,改正前特許法112条の2第1項の解釈を誤ったものである。

また,本件異議決定は,東日本大震災の発生により心理的・物理的混乱があ

ったとしても,「特許権の存否を左右する重要な書類である納付回答書につい

ては,より慎重に取り扱うべきであったにもかかわらず,これを紛失してしま

ったのであるから」,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を払

っていたということはできない旨を説示する。

しかし,上記説示を前提とすると,特許料納付に係る事務作業は全て特許権

の存否を左右する重要な作業であるからより慎重に取り扱うべきものとなり,

その過程における手違いは,たとえ東日本大震災・福島第一原子力発電所の事

故といった未曾有の災害の発生による心理的・物理的混乱の下で生じたもので

あっても,全て「その責めに帰することができない理由」に該当しないことに

なってしまう。このような解釈も上記「その責めに帰することができない理




由」の意義と相容れず,改正前特許法112条の2第1項の解釈を誤ったもの

である。

さらに,本件異議決定は,特許庁が平成24年3月に作成し公表した「期間

徒過後の手続に関する救済規定に係るガイドライン」(以下「救済ガイドライ

ン」という。甲ないし丙事件各甲8)は,平成23年法律第63号により改正

された特許法112条の2(以下「改正特許法112条の2」という。)に基

づくものであり,本件には適用されない旨を説示する。

しかし,改正前特許法112条の2に基づく救済を認めた裁判例はこれまで

1件もないため,具体的にどのような事実関係の下であれば同条に基づく救済

が認められるのかを示す裁判例が存在しないところ,改正前特許法112条

2及び改正特許法112条の2は,いずれも特許権の回復の制度の国際的調和

を企図して立法されたものであるから,改正前特許法112条の2に関し具体

的当てはめをするにあたり,改正特許法112条の2に係る救済ガイドライン

を参照することは妥当なものというべきである。

また,本件各処分及び本件異議決定は,特別措置法3条3項に基づく,本件

各特許権の特許料追納手続に係る期間の延長を求める原告の主張は採用できな

い旨を説示する。

しかし,既に詳述した本件各納付手続に関する状況からすれば,同法に基づ

く本件各特許権の特許料追納手続に係る期間の延長は認められるべきである。

5 被告の主張に対する反論

被告は,仮に本件特許事務所において東日本大震災による何らかの影響があ

ったとしても,その影響が,本件特許事務所において本件各特許権に係る第9

年分の特許料が納付されていないことに気付いた平成23年11月4日まで継

続したとは到底認められず,また,その点をおくとしても,原告が本件各納付

書を特許庁長官に提出したのは,未納付に気付いてから14日以上経過した同

月21日であるから,原告の本件各特許権に係る第9年分の特許料等の追納




認められないと主張する。

しかし,原告が本件各特許権に係る第9年分の特許料が未納付であることに

気がついたのは同月11日であり,未納付に気付いてから14日以内である同

月21日に本件各納付書を提出しているため,被告の上記主張は誤りである。

また,改正前特許法112条の2第1項の「その理由がなくなつた日」とは,

特許料等の追納手続をすることができなかった理由がなくなった日」を意味

し,これを言い換えると,「特許料等の追納手続をすることができない状態か

ら脱した日」を意味するものである。このような解釈は,改正前特許法112

条の2第1項の「その理由がなくなつた日」との文言に従ったものであるから

妥当なものである。また,このように解釈しないと,尋常ではない物理的・心

理的執務環境下において不適切な手続処理がされ,実際には特許料納付がされ

ていないにもかかわらず,特許権者としては特許料納付がされていると考えて

いた本件のような事案において,事実上救済を否定することになりかねず妥当

性を欠くことにもなる。さらに,改正特許法112条の2第1項においても

「その理由がなくなつた日」との文言が用いられているところ,救済ガイドラ

インの3.2(甲8,19頁〜20頁)において,当該文言は,「手続をする

ことができなかった理由がなくなった日」,さらに具体的にいえば,「当該手

続をすることができない状態から脱した日」と解釈すべき旨を説明しており,

当該特許庁の解釈は同じ文言である改正前特許法112条の2第1項の「その

理由がなくなつた日」にも同様に当てはまるというべきである。

この点,改正前特許法112条の2第1項の「その理由がなくなつた日」を

「(特許料の未納に気付いて)特許料等の追納手続をすることができない状態

から脱した日」と解釈すると,長期にわたり特許権の回復が認められる可能性

が残るので妥当でないとの批判も考えられるが,このような弊害が生じないよ

う,改正前特許法112条の2は,同条の下で特許権の追納が認められる期間

を「(特許料追納)期間の経過後六月以内」に限定しており,また特許法1




12条の3により回復した特許権の効力を制限している。また,改正前特許法

112条の2第1項の「その理由がなくなつた日」を「(特許料の未納に気付

いて)特許料等の追納手続をすることができない状態から脱した日」と解釈し

ないとすれば,同じ文言で規定される改正特許法112条の2第1項の「その

理由がなくなつた日」も同様に解釈され,ひいては,改正特許法112条の2

の下でも,特許権者の補助者のミスにより手続がされず,そのミスに気が付か

なかった場合に,特許権者の救済がされないことになりかねず,このような解

釈が改正特許法112条の2の立法趣旨と整合しないことも明らかである。

以上の理由から,改正前特許法112条の2第1項の「その理由がなくなつ

た日」は,「(特許料の未納に気付いて)特許料等の追納手続をすることがで

きない状態から脱した日」と解釈すべきである。

そして,本件においては,原告が本件各特許権に係る第9年分の特許料が未

納付であることに気がついたのは平成23年11月11日であり,未納付に気

付いてから14日以内である同月21日に本件各納付書を提出しているため,

特許料追納が「その責めに帰することができない理由」の消滅から14日以

内に行われたことは明らかである。

〔被告の主張〕

1 改正前特許法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理

由」の意義

改正前特許法112条の2は,パリ条約5条の2第2項に「同盟国は,料金

の不納により効力を失つた特許の回復について定めることができる。」と規

定され,諸外国においても,特許料の不納により失効した特許権の回復を認

める制度が設けられており,我が国においてもこれを認めるべきとの要望が

国内外から寄せられていたこと等の状況に鑑み,特許法112条1項による

救済の更なる救済として設けられたものである。

改正前特許法112条の2は,追納期間内に特許料等を納付できなかった理




由が特許権者の責めに帰することができないものであること,追納期間の経

過後6か月以内であって,かつ,その理由の消滅から14日(在外者にあっ

ては2か月)以内に,納付すべきであった特許料等を追納することを条件に

特許権の回復を認めるものであるが,このような条件が付された趣旨は,既

に特許法上設けられている拒絶査定不服審判や再審の請求期間を徒過した場

合の救済の条件や他の法律との整合性を考慮するとともに,そもそも特許権

の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものであること,失効した

特許権の回復を無期限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることを考

慮したものである。

改正前特許法112条の2第1項にいう「その責めに帰することができない

理由」とは,天災地変のような客観的な理由に限る必要はないが,前記改正

前特許法112条の2の立法趣旨や同条が特許法112条1項による救済の

更なる救済という例外的な規定であることに鑑みれば,「通常の注意力を有

する当事者が通常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと

認められる事由により追納期間内に納付できなかった場合」をいうものと解

するのが相当である。

2 改正特許法112条の2について

改正特許法112条の2は,特許料追納期間徒過の救済要件について,

「その責めに帰することができない理由」を緩和し,「正当な理由」で足り

るとした。また,救済手続による納付が可能な期間を拡大し,「その理由が

なくなった日から2月以内でその期間の経過後1年以内」とした(乙2)。

これは,従前,「その責めに帰することができない理由」という回復の要件

は,民訴法97条1項追完の規定に倣って極めて厳格に解されており,平

成6年の本規定導入後,これまでに同条の規定により特許権の回復が認めら

れた事例は皆無であったことや,国際調和の観点から,我が国の救済は実態

において厳格すぎるとの指摘を受けており,このような世界的なすう勢に鑑




みて,救済の要件を緩和する必要があったことから,特許法条約12条の規

定に整合した制度とすべく,特許料追納期間徒過の救済要件を「その責め

に帰することができない理由」から「正当な理由」に緩和するとともに,救

済手続による納付が可能な期間を拡大したものである。

上記のとおり,改正前特許法112条の2は改正されることとなったが,既

に消滅したとみなされている特許権についてまで回復を認めることは,法的

安定性を害し,適当ではない。そこで,改正特許法112条の2は,改正法

の施行の日以後に消滅したものとみなされた特許権について適用され,施行

日前に消滅したものとみなされた特許権については,なお従前の例によると

された(平成23年法律第63号附則2条17項)。

そして,同附則1条において「この法律は,公布の日から1年を超えない範

囲内において政令で定める日から施行する。」と規定されていたところ,平

成23年12月2日に公布された特許法等の一部を改正する法律の施行期日

を定める政令(政令第369号)によって,「特許法等の一部を改正する法

律の施行期日は,平成24年4月1日とする。」と規定された。

したがって,改正特許法112条の2は,平成24年4月1日以後に消滅し

たとみなされた特許権について適用される。

3 本件各処分の適法性について

(1) 本件特許事務所においては,特許庁に対する事務手続のほとんどが管理

システムによって管理されており,特許料の納付手続に関しては,年金納

付回答書による特許権者からの納付指示を管理システムにデータ入力した

後は,管理システムによって管理されることになっていたのであるから,

管理システムへのデータ入力は,その後の特許料の納付手続を管理してい

く上で極めて重要な作業であるというべきである。

したがって,本件特許事務所においては,特許権に関する各種申請期間

等のデータ入力後の期間管理のみならず,管理システムへのデータ誤入力




を回避するための確認をすることについても,通常の注意力を有する当事

者として注意を尽くすことが通常期待されるものであったといえる。そし

て,このように解したとしても,例えば管理システムへのデータ入力それ

自体を年金納付回答書の記載と相違がないか否かを複数人で確認するなど

すれば足りることであるから,本件特許事務所に対して過度な注意義務を

課するものともいえない。

しかるに,上記のとおり,本件特許事務所においては,原告からの本件

各特許権に係る第9年分の特許料の納付指示情報を管理システムに誤って

データ入力した担当者のみならず,その上司までもが点検でも気付かなか

ったというのであるが,当該上司がいかなる点検を行ったのか不明ではあ

るものの,少なくとも,例えば,管理システムへのデータ入力それ自体に

誤りがないか否かを複数人で確認していたとの事情は認められず,ほかに

データの誤入力を回避するための確認をしていたとの事情は何ら認められ

ないから,本件特許事務所において,管理システムへのデータ誤入力を回

避するための確認をすることについて,通常の注意力を有する当事者とし

て通常期待される注意が尽くされていなかったといえる。

また,本件納付指示書が他の書類と紛れてしまったことにより,本件納

付指示書との突合せ作業ができず,平成23年11月4日まで,原告の本

件各特許権に係る第9年分の特許料が納付されていなかったことに気付か

なかったとの点に関しても,重要書類であるはずの本件納付指示書を適切

に管理することは,特許事務所としては,極めて当然のことである。

したがって,本件特許事務所において,本件納付指示書の適切な管理を

怠ったことは,通常の注意力を有する当事者として通常期待される注意が

尽くされていなかったといえる。

以上のとおり,原告が本件各特許権に係る第9年分の特許料等を追納

間内に納付できなかったことについて,「通常の注意力を有する当事者が




通常期待される注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる

事由」があるとはいえず,したがって,「その責めに帰することができな

い理由」があるとは認められない。

(2) なお,本件特許事務所は,原告から本件各特許権に係る第9年分の特許

料の納付について委託を受けた者であるが,原告自らの判断に基づき,本

件特許事務所に委託して特許料の納付を行わせることとした以上,委託を

受けた本件特許事務所にその責めに帰することができない理由があるとい

えない状況の下で追納期間を徒過した場合には,改正前特許法112条

2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」があるとはいえ

ないというべきである。

(3) 東日本大震災が本件特許事務所における事務に対してどの程度の影響を

どの程度の期間及ぼしたものであったかは不明ではあるが,東日本大震災

後も本件特許事務所の業務それ自体は継続して行われており,管理システ

ム自体も稼働していたのであるから,管理システムへのデータ入力を誤っ

たことについては,人的かつ初歩的な誤りといわざるを得ないのであって,

東日本大震災による影響は極めて希薄であったといえる。むしろ,本件特

許事務所においては,通常時から,担当者のデータ誤入力があるかもしれ

ないとの想定の下,複数人でデータ入力に誤りがないか否かを確認するな

ど,データ誤入力を回避するための十分な確認をすべきであったといえる。

さらに,本件納付指示書が他の書類に紛れてしまったことについても,

本件特許事務所において,東日本大震災後に受領したものを適切に管理し

ていなかったというにすぎないのであるから,東日本大震災による影響は

ますます希薄といわざるを得ない。

したがって,原告の上記主張には,何ら理由がないというべきである。

なお,特許料等の追納は,「その責めに帰することができない理由」の

消滅から14日以内に行わなければならないところ,仮に本件特許事務所




において東日本大震災による何らかの影響があったとしても,その影響が,

本件特許事務所において本件各特許権に係る第9年分の特許料が納付され

ていないことに気付いた平成23年11月4日まで継続したとは到底認め

られず,また,その点をひとまずおくとしても,原告が本件各納付書を特

許庁長官に提出したのは,未納付に気付いてから14日以上経過した同月

21日であるから,結局,原告の本件各特許権に係る第9年分の特許料

追納は認められないというべきである。

(4) 救済ガイドラインは,手続期間の徒過を救済することを目的に改正され

た改正特許法112条の2等の規定の適用に関するガイドラインを示した

ものであるところ,同改正法の附則2条17項において,改正特許法11

2条の2第1項の規定の適用について,法律の施行の日前に消滅したもの

又は初めから存在しなかったものとみなされた特許権については,なお従

前の例による旨が明確に規定されている。

この点,本件各特許権については,特許料等の追納期間内である平成2

3年10月18日までに法所定の特許料等が納付されなかったため,特許

108条2項本文に規定する期間の経過の時である同年4月18日に遡

って消滅したものとみなされており,その施行日である平成24年4月1

日以前に既に権利が消滅しているのであるから,改正特許法112条の2

が適用される余地はなく,救済ガイドラインが適用される余地はない。

したがって,救済ガイドラインを参考にすべき旨の原告の上記主張は独

自の見解であり,失当である。

なお,仮に,本件各特許権に係る第9年分の特許料等の納付について救

済ガイドラインが適用されたとしても,直ちに救済されることになるとは

いえない。すなわち,改正前よりも要件が緩和された改正特許法112条

の2に関する救済ガイドライン12ページにおいてすら,救済が認められ

ない事例として,「期間管理を行うシステムへのデータの誤入力により誤




った期限が告知された場合であって,データの誤入力を回避するための実

質的な確認(例えば,二重チェック等)をしていなかったとき。」と例示

されていることに鑑みれば,仮に本件各特許権に係る第9年分の特許料

の納付について救済ガイドラインが適用されたとしても,むしろ,救済さ

れることにはならないというべきである。

(5) 特許庁における特別措置法に基づく特別措置については,東日本大震災

が特別措置法2条1項に規定する特定非常災害として指定されたことを受

けて,特許庁は,同法3条3項の規定に基づく申出を行うことにより,こ

の震災によって影響を受けた手続期間の延長を認めることとし,その旨の

案内を東日本大震災の3日後である平成23年3月14日に特許庁のホー

ムページに掲載した(乙4)。

ところで,特別措置法3条3項に基づく期間延長の措置は,保全又は回

復を必要とする理由を記載した書面により満了日の延長の申出を行うこと

が必要である。

しかるに,原告からは,本件各特許権に関して何らの申出もされていな

いのであるから,特別措置法3条3項が適用される余地はない。

したがって,特別措置法3条3項に基づいて,本件各特許権の特許料

追納手続に係る期間の延長を認めるべきとする原告の上記主張は独自の見

解であり,失当である。

第4 当裁判所の判断

1 改正前特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない

理由」の意義について

特許料は,第4年以後の各年分については,前年以前に納付しなければなら

ず(特許法108条2項本文),この納付期間内に納付することができない

ときは,その期間が経過した後であっても,その期間の経過後6月以内にこ

れを追納することができるが,その場合は,その特許料及びこれと同額の割




特許料を納付しなければならない(同法112条1項,2項)。そして,

この6か月の追納期間内に,納付すべきであった特許料及び割増特許料を納

付しないときは,その特許権は,本来の納付期間の経過の時にさかのぼって

消滅したものとみなされる(同条4項)。他方,上記112条4項の規定に

より消滅したものとみなされた特許権の原特許権者は,その責めに帰するこ

とができない理由により同条1項の規定により特許料追納することができ

る期間内に同条4項に規定する特許料及び割増特許料を納付することができ

なかったときは,その理由がなくなった日から14日(在外者にあっては,

2月)以内でその期間の経過後6月以内に限り,その特許料及び割増特許料

追納することができる(改正前特許法112条の2第1項)。

このように,改正前特許法112条の2追納期間が経過した後の特許料

付により特許権の回復を認めることとした規定であり,同条1項の定める要

件は,拒絶査定不服審判(特許法121条2項)や再審の請求期間(同法1

73条2項)を徒過した場合の救済条件や他の法律との整合性を考慮すると

ともに,そもそも特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきも

のであり,失効した特許権の回復を無制限に認めると第三者に過大な監視負

担をかけることとなることを踏まえて立法されたものと認められるから(乙

1),改正前特許法112条の2第1項所定の「その責めに帰することがで

きない理由」とは,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽

くしてもなお避けることができないと認められる事由により追納期間内に納

付できなかった場合をいうものと解するのが相当である。

2 本件に至る経緯

前記第2,2で認定した事実並びに証拠(甲ないし丙事件各甲1〜8,甲9

〜13,乙1〜4。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる

(なお,認定事実の末尾に主要な証拠を摘示した。)。

(1) 本件各特許権については,いずれも第8年分までの特許料が支払われてお




り,第9年分の特許料の納付期間の末日は平成23年4月18日であった。

原告は,本件各特許権を含む特許権の特許料納付につき,本件特許事務所

にその手続を委任しており,本件特許事務所は,原告の要望により,1年

に4回,年金納付期限通知書を作成してこれを原告に送付していた。1回

の年金納付期限通知書について,平均80件ほどの特許料納付期限を通知

し,それぞれに対して年金納付回答書と題する書面を原告から受領し,同

回答書の指示に基づいて,本件特許事務所において,特許料納付手続を行

っていた。

(2) 本件特許事務所では,特許庁に対する手続業務は,コンピュータによる作

業に委ねていた。すなわち,本件特許事務所においては,対特許庁手続を

実行するオンライン手続のパソコンは,サーバで管理されているネットワ

ーク上の共用端末として配備されたものが利用でき,24時間稼働可能な

環境となっている一方,対特許庁手続の書誌情報をデータ入出力するパソ

コンについては,システムを管理するホストコンピュータに接続され,各

自に配備されたホスト端末を使用することとしている。ホスト端末は,バ

ッチ処理によるシステム更新との関係で,定常では午前5時過ぎから午後

9時までの限定的な稼働態勢となっている。この執務環境における特許料

納付に関する手続業務は,特許権の情報を上記ホスト端末でデータ入力す

ることにより特許料データが構築され,期限情報も設定され,当年分の期

限日に間に合うように依頼者宛てに定期的に期限の通知である年金納付期

限通知書を送付し,依頼者が通知書に同封される年金納付回答書の所定欄

に権利継続の要否等(回答情報)を記入し,本件特許事務所に送付する。

そして,本件特許事務所が,依頼者より権利継続の指示を受けたときは,

その回答情報を適切にデータ入力することにより,オンライン手続用の特

許料納付書データが出力され,共用端末によるオンライン手続での特許料

納付後に,当該特許料納付書データに基づき,期限情報が自動的に次年分




に更新されるようにシステムが管理されている。

そして,この年金納付システムの管理上,納付手続の当日には,納付書デ

ータに基づき,特許庁から納付手続完了後に事件毎に発行され,本件特許

事務所に送付される特許料領収書につき,予め,これを依頼者毎に送付す

るための送付状を出力しておき,この送付状を保管することとしていた。

仮に,所定期間内に特許料の領収書が受領できていないときには,特許庁

に照会する態勢をとっていた。さらに,納付手続の翌日には,納付書デー

タに基づき,特許料納付報告書を兼ねた手続費用の請求書が自動的に出力

され,これと,依頼者から送られていた年金納付回答書(本件においては

本件納付指示書)との突合せ作業による最終確認を行い,依頼者に対して

納付の報告をすることとなる。仮に,上記回答書を受領した後にこれを紛

失するなどして,何らの回答情報もデータ入力されなかった場合は,納付

期限日,追納期限日の当日に,システムから注意喚起の警告が出力され,

それぞれの期限日までには事前に依頼者に照会し,回答若しくは指示を受

けて,期限についての応答処理をする態勢をとっていた。

(3) 原告は,本件特許事務所から,本件各特許権についての第9年分の特許料

の納付期限は平成23年4月18日であるとする通知を受けたことから,

本件各特許権につき権利を存続させることとして,同年3月17日午前1

0時06分,本件特許事務所宛てに,本件各特許権の第9年分の特許料

つき,各納付を指示する旨が記載された本件納付指示書をファクシミリ送

信した。本件特許事務所においては,これを受領した上で,同日付けの事

務所の受信印が押された。なお,本件納付指示書には,同年4月4日が納

付期限の特許権1件については放棄するが,同月4日納付期限の特許権1

件,同月6日納付期限の特許権1件,同月7日納付期限の特許権1件及び

同月12日納付期限の特許権2件については,いずれも継続することとし

て各特許料の納付を指示する旨の記載もあるが,これらの記載は,同年3




月17日までに既に本件代理人事務所に指示済みのものであり,これらに

ついては適切に処理されている。〔 甲な いし丙事件各甲3,2頁,同甲

7〕

(4) 本件特許事務所において本件納付指示書を受領した平成23年3月17日

は木曜日で,同月11日金曜日に発生した東日本大震災の6日後であり,

本件特許事務所の震災後の執務開始日である同月14日月曜日から数える

と4日目であった。同月14日以降,本件特許事務所においては,大震災

の余震や,計画停電等に対する緊急の災害対策を講じつつ,依頼者との連

絡を取るととともに期限応答手続の処理を行い,依頼者からの回答情報を

データ入力し,担当業務の一環として特許料等の納付手続の業務を行って

いた。

本件納付指示書に関しても,同月17日に納付予定とされていたその他の

事件とともに,本件各特許権について第9年分の特許料納付手続を行うべ

く,同年4月18日の納付期限に対する回答情報をデータ入力したが,こ

の本件各特許権についてのデータ入力が適切なデータ入力ではなかったた

め,本件特許事務所のコンピュータのデータ処理上,納付期限の異常な応

答処理として扱われた。

通常,データ入力がされない場合には,納付期限日,追納期限日の当日に,

システムから注意喚起の警告が出力されるが,上記のとおりの納付期限の

異常な応答処理として扱われるデータ入力内容であったため,これら警告

がされなかった。これにより,本件各特許権については,納付期限につき

適切なデータ入力がされていれば,出力されたはずである納付書データが

出力されず,これにつきデータ入力を行った事務担当者本人も,その上司

に当たる職員も,気付くことはなかった。このようにして,本件各特許権

について,第9年分の特許料納付が手続されないまま,時間が経過した。

一方,上記データ入力がされた後,本件納付指示書は,納付手続がされた




他の特許料納付指示書及び特許料納付リストとは別の書類と一緒に整理さ

れた上で,データ入力担当者の上司に当たる本件特許事務所の職員に提出

された。〔甲9〕

これにより,適切なデータ入力がされていればその後に出力されるはずで

あった特許料領収書の送付状及び納付報告を兼ねた請求書が出力されてい

ないことについて,本件納付指示書との上記担当上司による最終確認作業

である突合せ作業もされなかった。〔甲3,甲9〕

本件特許事務所は,本件各特許権につき,第9年分の特許料が納付されて

いないことに気付かないまま,原告に対し,同年11月4日に原告からの

依頼に基づく特許権について,年金納付期限通知書を送付した。その後,

原告において,そこに本件各特許権にかかる第10年分の納付期限が記載

されていないことに気付き,同月8日,本件特許事務所にその旨を通知し

た。これを受けて本件特許事務所において調査した結果,本件各特許権に

つき,原告から納付の依頼のあった第9年分の特許料納付がされていない

ことが判明し,本件納付指示書についても,他の受領書類に紛れていたも

のが発見された。

このように,追納期間の末日である同年10月18日までに特許料及び割

特許料が納付されなかったことから,本件各特許権については,いずれ

も,第9年分の特許料の納付期間の末日である同年4月18日の経過のと

きに遡って消滅したものとみなされた。

(5) 原告は,特許庁長官に対し,平成23年11月21日付けで,特別措置

3条3項の規定による申出として,本件各特許権の第9年分の特許料

び割増特許料を納付する旨の本件各納付書を本件特許事務所の代理人弁理

士を通じて提出した。〔甲ないし丙事件各甲3〕

特許庁長官は,本件各納付書に係る手続について,それぞれ,権利消滅後

の年分に係わる特許料の納付であり法令に定める要件を満たしていないた




め却下すべきものとし,その理由を上記第2,2(4)記載のとおりとする平

成24年3月13日付け本件各通知書を,代理人弁理士宛て同月27日に

発送した。これに対し,代理人弁理士は,同年4月24日付け弁明書を提

出したが,特許庁長官は,同年5月21日付けで,本件各通知書記載の理

由で手続きを却下する本件各処分をした。〔甲ないし丙事件各甲4,5〕

原告は,代理人弁理士らを通じ,同年7月30日,特許庁長官に対し,本

件各処分について,それぞれ行政不服審査法に基づく異議申立てをしたが,

特許庁長官は,併合審理の上,平成25年1月29日,各異議申立てを棄

却する本件異議決定をし,同月30日,同決定は代理人弁理士らに送達さ

れた。〔甲ないし丙事件各甲6〕

3 上記認定によれば,本件各特許権につき,第9年分の特許料が納付期間内及

追納期限までに適正に納付されなかった原因は,本件特許事務所において,

原告から,平成23年3月17日に本件納付指示書を受領し,同日付け受信

の手続印を押して受信の事実を確認した上で,本件特許事務所の担当者によ

る回答情報をホスト端末において入力したが,具体的にどのような適切でな

いデータの入力がされたかは明確ではないものの,適切でないデータ入力の

結果,本件特許事務所のコンピュータ上,本件各特許権につき,各納付期限

の異常な応答処理と扱われる内容であったために,本件各特許権についての

第9年分の特許料の納付に係るオンライン手続での特許料納付や,納付手続

の当日に納付書データに基づき出力される依頼者に送付するための送付状,

請求書等の出力もされなかったことにあると認められる。

そして,適切なデータ入力がされたか否かについての最終確認であるはずの

本件納付指示書との適切な突合せがされなかった原因も,本件納付指示書自

体が,本来整理されるべき書類群とは別の書類と共に整理されて紛れてしま

ったまま同年11月に至り,原告から本件各特許権についての第10年分の

特許料の納付に関する記載がないことの指摘を受けて捜索し発見されるまで,




本件特許事務所において,突合せに必要な書類として分類整理されていなか

ったことによるものである。

以上によれば,原告提出証拠(甲10ないし13)のとおりの計画停電や放

射性物質の影響等も含めた東日本大震災による混乱の続く状況下でのことで

あるとはいえ,本件各特許権の第9年分の特許料等不納付に係る上記一連の

不手際は,本件各特許権の特許料の納付期限のデータ入力が適切でなかった

ことに加え,本件納付指示書自体が他の書類と紛れてしまって適切な管理が

されなかったという,本件特許事務所における手続上の単純な人的な過誤に

よるものといわざるを得ない。

そうすると,本件において,本件各特許権の特許料等の納付ができなかった

ことは,通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を尽くしてもな

お避けることができないと認められる事由により追納期間内に納付できなか

った場合に当たるということはできない。

よって,本件各特許権に係る第9年分の特許料等を追納期間内に納付するこ

とができなかったことについて,原告に,改正前特許法112条の2第1項

所定の「その責めに帰することができない理由」があったと認めることはで

きない。

4 本件各処分の適法性について

前記のとおり,本件各特許権については,第9年分の特許料の納付期間は平

成23年4月18日までであり,その追納期限は同年10月18日であるとこ

ろ,原告は,上記追納期限までに第9年分の特許料及び割増特許料を納付して

おらず,原告が本件特許事務所を通じ,本件各納付書を提出したのは,追納

限が経過した後である同年11月21日であったものである。

そうすると,原告が本件各納付書を提出したのは,特許料等の追納期限が経

過した後であるから,特許法112条4項により,本件各特許権は,同年4月

18日の経過の時に遡って消滅したものとみなされる。




したがって,原告の本件各納付書の提出による特許料等の納付が,改正前特

許法112条の2第1項の要件を充たす追納と認められない限り,原告が本件

各納付書の提出による特許料の納付によって特許権を回復することはできない

こととなる。

特許庁長官は,原告に改正前特許法112条の2第1項所定の「その責めに

帰することができない理由」があるとは認められないことを理由として,本

件各納付書を却下する旨の本件各処分をしたものであるところ,同項所定の

「その責めに帰することができない理由」があったとはいえないことは,上

記のとおりであるから,本件各処分を取り消すべき違法はない。

5 原告の主張に対する判断

(1) 原告は,改正前特許法112条の2の規定は,特許権の回復の制度につ

いての国際的調和を求める国内外からの要望に応えて立法されたものであ

ることから,同条第1項の「その責めに帰することができない理由」も,

諸外国の例に倣い,「相当の注意」が払われたにもかかわらず,特許料

追納期間が経過するまでに特許料を納付することができなかった場合を意

味するものと解すべきであると主張する。

しかし,パリ条約5条の2第2項の規定に照らしても,そもそも特許権

の回復についてどのような要件の下でこれを容認するかは各締結国の立法

政策に委ねられているものと解されるのであって,これに,前記認定の改

正前特許法112条の立法理由に鑑みれば,「その責めに帰することがで

きない理由」という規定の下において,これを文言の通常有する意味から

乖離した解釈をすることは適切ではない。したがって,原告の上記主張は

採用することができない。

(2) 原告は,本件各処分の理由として,本件納付指示書を受領した平成23年

3月17日において本件各特許権の納付手続以外の特許関連業務の手続が

可能であったのであれば,通常期待される注意を尽くしたものとはいえな




い旨説示されていることに関し,このように解すると「その責めに帰する

ことができない理由」があるといえるためには,特許関連業務の手続がお

よそ不可能であった場合に限定されることとなってしまうから,上記説示

は改正前特許法112条の2第1項の解釈を誤ったものである旨主張する。

しかし,前記認定事実によれば,本件特許事務所において,平成23年3

月17日に本件納付指示書を受領して,これに基づく本件各特許権の第9

年分の納付期限に関するデータの入力及び本件納付指示書の管理状況等を

含め考えた場合,その責めに帰することができない理由があるといえない

ことは上記検討のとおりであり,必ずしも,本件特許事務所において,そ

の頃その他特許関連業務の手続が可能であったことをもって,その責めに

帰することができない理由があるといえないとするものではない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(3) 原告は,本件各処分及び本件異議決定の理由として,本件納付指示書の紛

失につき通常の注意力を有する当事者が通常期待される注意を払っていた

ということはできないと説示していることに関し,これを前提とすると,

特許料納付に係る事務作業は全て特許権の存否を左右する重要な作業であ

るからより慎重に取り扱うべきものとなり,その過程における手違いは,

たとえ東日本大震災・福島第一原子力発電所の事故といった未曾有の災害

の発生による心理的・物理的混乱の 下で 生じたものであっても,すべて

「その責めに帰することができない理由」に該当しないことになってしま

うから,上記説示は改正前特許法112条の2第1項の解釈を誤るもので

ある旨主張する。

しかし,上記認定事実のとおり,本件各特許権の第9年分の納付期限に関

するデータの入力,及びその後の本件納付指示書の管理状況を含めて考え

た場合に,その責めに帰することができない理由があるとはいえないとい

うことであって,本件納付指示書の一時的な逸失のみをもって,その責め




に帰することができない理由があるといえないとするものではないことは

明らかである。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(4) 原告は,本件各特許権に係る第9年分の特許料納付に係る事情については,

改正特許法112条の2に係る救済ガイドラインに示された適用範囲内の

ものであるから,これによれば改正前特許法112条の2第1項の「その

責めに帰することができない理由」がある旨主張する。

しかし,そもそも特許庁作成に係る救済ガイドライン自体法規範性を持た

ないものであるばかりか,改正特許法112条の2は,被告が主張するとお

り,従前,「その責めに帰することができない理由」という回復の要件が実

態において厳格すぎるとの指摘を受けており,世界的なすう勢に鑑みて,救

済の要件を緩和する必要があったことから,特許法条約12条の規定に整合

した制度とすべく,特許料追納期間徒過の救済要件を「その責めに帰する

ことができない理由」から「正当な理由」に緩和するとともに,救済手続に

よる納付が可能な期間を拡大したものであるが,同条は,改正法の施行の日

以後に消滅したものとみなされた特許権についてのみ適用され,施行日前に

消滅したものとみなされた特許権については,なお従前の例によるとされた

(平成23年法律第63号附則2条17項)ものであるところ,上記救済ガ

イドラインは,このような経緯で改正された改正特許法112条の2に関す

るものであるから,この趣旨を改正前特許法112条の2第1項の「その責

めに帰することができない理由」の解釈に当たって参酌することが適切でな

いことは明らかである。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(5) 原告は,本件各特許権についての本件各納付手続に関する状況からすれば,

特別措置法3条3項に基づく,本件各特許権の特許料追納手続に係る期間

の延長が認められるべきである旨主張する。




しかし,特別措置法3条1項は,「次に掲げる権利利益(以下「特定権利

利益」という。)に係る法律,政令…の施行に関する事務を所管する国の

行政機関(…)の長(…)は,特定非常災害の被害者の特定権利利益であ

ってその存続期間が満了前であるものを保全し,又は当該特定権利利益で

あってその存続期間が既に満了したものを回復させるため必要があると認

めるときは,特定非常災害発生日から起算して六月を超えない範囲内にお

いて政令で定める日(以下「延長期日」という。)を限度として,これら

の特定権利利益に係る満了日を延長する措置をとることができる。

一 法令に基づく行政庁の処分(特定非常災害発生日以前に行ったものに

限る。)により付与された権利その他の利益であって,その存続期間が特

定非常災害発生日以後に満了するもの…」と,同条3項は,「第一項の規

定による延長の措置のほか,同項第一号の行政庁又は同項第二号の行政機

関(次項において「行政庁等」という。)は,特定非常災害の被害者であ

って,その特定権利利益について保全又は回復を必要とする理由を記載し

た書面により満了日の延長の申出を行ったものについて,延長期日までの

期日を指定してその満了日を延長することができる。」とし,平成23年

3月14日に特許庁が同庁のウエブサイト上に掲載した「東北地方太平洋

沖地震により影響を受けた手続の取り扱いについて(第1報)」によれば,

特別措置法3条3項の適用に当たり,「…東北地方太平洋沖地震により所

定期間内に手続ができなくなった方は,手続が可能となってから14日以

内に手続をして下さい。」とし(乙4),その手続の終了期限はいったん

平成23年8月31日とされた。そして,特別措置法3条4項は,「延長

期日が定められた後,第一項又は前項の規定による満了日の延長の措置を

延長期日の翌日以後においても特に継続して実施する必要があると認めら

れるときは,第一項の国の行政機関の長又は行政庁等は,同項又は前項の

例に準じ,特定権利利益の根拠となる法令の条項ごとに新たに政令で定め




る日を限度として,当該特定権利利益に係る満了日を更に延長する措置を

とることができる。」としているところ,これを受けて,東日本大震災の

被害者の特許法第十7条の3の規定による願書に添付した要約書の補正等

についての権利利益に係る満了日の延長に関する政令(平成23年8月2

6日政令第265号)16号により,特別措置法3条4項の規定に基づき,

東日本大震災の被害者であって特に被害が大きく期間内に手続ができない

場合について,特許料及び割増特許料追納に関しても平成24年3月3

1日が限度とされたものである。

上記認定事実によれば,本件特許事務所は,東日本大震災後の週明けから

執務を開始していることを理由として,特別措置法の適用を認めなかった

本件各処分に誤りはないことは明らかである。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(6) 原告は,改正前特許法112条の2の「その理由がなくなつた日」とは,

特許料等の追納手続をすることができない状態から脱した日」を意味す

るところ,原告が本件各特許権に係る第9年分の特許料が未納付であるこ

とに気付いたのは平成23年11月11日であり,未納付に気付いてから

14日以内である平成23年11月21日に本件各納付書を提出している

から,違法ではない旨主張する。

しかし,その前提として,原告には,改正前特許法112条の2第1項

いう「その責めに帰することができない理由」が認められないことは上記

のとおりであるから,そもそも原告の上記主張は前提を欠き,採用するこ

とができない。

6 結論

以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主

文のとおり判決する。





東京地方裁判所民事第40部




裁判長裁判官



東 海 林 保



裁判官



今 井 弘 晃



裁判官



足 立 拓 人