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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成23ワ4836特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成23行ケ10445審決取消請求事件 判例 特許
平成25行ケ10125審決取消請求事件 判例 特許
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事件 平成 24年 (行ケ) 10206号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/07/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成25年7月24日判決言渡

平成24年(行ケ)第10206号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成25年6月12日

判 決



原 告 遼東化学工業株式会社



訴訟代理人弁護士 新 保 克 芳
同 仁

同 近 藤 元 樹

同 洞 敬

同 井 上 彰

同 酒 匂 禎 裕

訴訟代理人弁理士 小 野 信 夫

同 井 出 浩

同 鶴 目 朋 之



被 告 宇 部 興 産 株 式 会 社




被 告 田辺三菱製薬株式会社



被告両名訴訟代理人弁護士 鮫 島 正 洋

同 見 憲

同 y 下 彰 i

被告両名訴訟代理人弁理士 津 国 肇




同 小 澤 圭 子

同 小 國 泰 弘

同 塩 見 敦

同 齋 藤 房 幸

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由
第1 請求

特許庁が無効2011−800097号事件について平成24年4月23日

にした審決を取り消す。

第2 前提事実

1 特許庁における手続の経緯

被告らは,発明の名称を「光学活性ピペリジン誘導体の酸付加塩及びその製

法」とする特許第4562229号(平成9年12月19日(優先権主張:平

成8年12月26日)を出願日とする特願平9−350784号の一部を平成

12年2月10日に新たな出願としたもの。平成22年8月6日特許権の設定

登録。請求項の数は3である。以下「本件特許」といい,その明細書(甲1)

を「本件明細書」という。)の特許権者である。

原告は,平成23年6月9日,特許庁に対し,請求項1ないし3のすべてに

ついて本件特許を無効にするとの無効審判を請求した(無効2011−800

097号)。

特許庁は,平成24年4月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」

との審決をし,その謄本を同年5月9日原告に送達した。

2 特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲1。以下,請求




項1の発明を「本件特許発明1」といい,以下同様に,「本件特許発明2」,

「本件特許発明3」といい,これらを併せて「本件特許発明」という。)。

「【請求項1】

実質的に(R)体を含有しない,(S)−4−〔4−〔(4−クロロフェ

ニル)(2−ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸・ベンゼンスルホ

ン酸塩を有効成分としてなる,医薬組成物。

【請求項2】

実質的に(R)体を含有しない,(S)−4−〔4−〔(4−クロロフェ
ニル)(2−ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸・ベンゼンスルホ

ン酸塩の結晶を有効成分としてなる,請求項1記載の医薬組成物。

【請求項3】

抗ヒスタミン剤または抗アレルギー剤である,請求項1または2に記載の

医薬組成物。」

3 審決の理由

(1) 審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は次のと

おりである。

本件特許発明1は,特開平2−25465号公報及び特願昭63−175

142号についての特許法17条の2の規定による補正の掲載(平成4年2

月6日発行)(甲2。以下「甲2公報」という。)に記載された発明(以下

「甲2発明」という。)ではなく,また,甲2公報等に基づいて当業者が容

易に発明をすることができたものであるともいえないから,本件特許発明

に係る特許は,特許法29条1項3号及び同条2項の規定に違反してされた

ものとすることはできない。

本件特許発明2は,本件特許発明1における医薬組成物の有効成分が「結

晶」の形態に限定された発明であり,本件特許発明3は,本件特許発明1あ

るいは2における医薬組成物の用途が「抗ヒスタミン剤または抗アレルギー




剤」に限定された発明であるから,本件特許発明2及び3に係る特許につい

ても,上記と同じ理由により,特許法29条1項3号及び同条2項の規定に

違反してされたものとすることはできない。

(2) 審決が認定した甲2発明の内容,同発明と本件特許発明1との一致点及

び相違点は,次のとおりである。

ア 甲2発明

4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキシ〕−1

−ピペリジル〕ブタン酸のベンゼンスルホン酸塩を有効成分とする抗ヒス
タミン剤

イ 一致点

4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキシ〕ピペ

リジノ〕ブタン酸・ベンゼンスルホン酸塩を有効成分としてなる医薬組成

物である点

ウ 相違点

医薬組成物の有効成分である4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2

−ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸・ベンゼンスルホン酸塩を

構成する4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキ

シ〕ピペリジノ〕ブタン酸が,本件特許発明1では「実質的に(R)体を

含有しない,(S)体」であるのに対し,甲2発明では,光学異性につい

ての特定がされていない点

(以下, 4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキ

シ〕ピペリジノ〕ブタン酸を「本件化合物」という。)

第3 原告主張の取消事由

審決には,新規性についての判断の誤り(取消事由1)及び進歩性について

の判断の誤り(取消事由2)があり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼ

すものであるから,審決は違法であり,取り消されるべきである。




1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)

(1) ラセミ体の開示とその光学異性体の開示について

審決は,医薬に用いられる化合物の場合には,ラセミ体が開示されている

ことをもってそれを構成する光学異性体が開示されているとすることはでき

ないとして,本件特許発明新規性を肯定しているが,この判断は誤りであ

る。

すなわち,東京高裁平成3年10月1日判決(平成3年(行ケ)第8号)

(以下「東京高裁平成3年判決」という。)は,ラセミ体が公知であればそ
の光学異性体には新規性がない旨判示している。特許庁も,この判決以降,

医薬組成物に対しても,ラセミ体の開示をもって(R)体及び(S)体の開

示があると判断している(例えば,平成3年審判第778号(甲78))。

したがって,ラセミ体が開示されていれば,(R)体及び(S)体がそれぞ

れ開示されていると見るべきであり,その光学異性体に新規性は認められな

い。特に本件化合物については,光学異性体の存在が甲2公報に明記されて

いるのであるから,(S)体を対象とする本件特許発明新規性を欠くこと

は明らかである。

このことは,特許庁の運用指針「物質特許制度及び多項制に関する運用基

準」(昭和50年10月特許庁策定)(甲72。以下「運用指針」とい

う。)に照らしても明らかである。すなわち,運用指針には,「立体異性体

の存在が自明でない化学物質の発明と,その立体異性体の発明とは,原則と

して別発明とする。(なお,ここでいう自明とは単純な光学異性体のよう

に,不整炭素原子の存在により,その光学異性体の存在が明らかである場合

をいう。)」(特−13頁)との規定がある。この規定は,光学異性体の存

在が明らかであればラセミ体の発明と立体異性体の発明とを同一発明として

取り扱うことを説明したものである。本件化合物(ラセミ体)は,この規定

でいう「不整炭素原子の存在により,その光学異性体の存在が明らかである




場合」に当たり,(S)体の本件化合物の存在は自明であるから,(S)体

の本件化合物は甲2発明に包含されている。したがって,(S)体を対象と

する本件特許発明新規性を欠くことは明らかである。

(2) 甲8の実験報告書記載の方法(以下「甲8記載の方法」という。)が自明

であることについて

審決は,本件化合物を光学分割する方法として甲8記載の方法が当業者に

とって自明であったとはいえないと判断しているが,この判断は誤りであ

る。本件特許の優先日当時,甲8記載の方法で使用されたカラムを使用して
実際に分割に成功した例は多数存在している(甲25,35)から,本件化

合物を光学分割する方法として甲8記載の方法は当業者にとって自明であっ

たというべきである。したがって,甲2公報には,甲8記載の方法で本件化

合物を光学分割する方法が記載されているに等しいというべきである。

(3) 延長登録と本件特許発明新規性との関係について

被告らは,(S)体である本件化合物のベンゼンスルホン酸塩を含む医薬

が受けた製造承認に基づいて,甲2公報に係る特許権の存続期間の延長登録

を受けており,(S)体である本件化合物のベンゼンスルホン酸塩が甲2発

明に含まれることを自認している。この点について,審決は,延長登録を受

けるためには,当該処分を受けたものに係る発明が特許発明の特許請求の範

囲の技術的範囲に包含されていればよく,当該処分に係る発明が明細書等に

個別具体的に記載された発明であることは必要ではないという。しかし,特

請求の範囲に属するのであれば,その発明は明細書に開示されているはず

であり,開示がないのであれば,その特許は特許法36条の無効理由を有す

ることになる。したがって,甲2公報の特許請求の範囲に属することを理由

として延長登録が認められている以上,甲2公報に(S)体の本件化合物の

ベンゼンスルホン酸塩が開示されていることは否定できないというべきであ

る。甲2公報に開示がないとして本件特許発明新規性を認め,一方で,甲




2発明に開示があるから延長が認められるとする審決の判断は不当である。

甲2公報には,(S)体の本件化合物をも発明の対象として含む旨の明示

的な開示があり,かつ,ベンゼンスルホン酸塩についても開示されているの

に,甲2公報に係る特許に続いて,本件特許によってさらに同じ物質の保護

を認めることは,法の予定しないものである。

2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)

(1) ジアステレオマー法について

審決は,本件化合物の光学分割を行う際に,当業者はジアステレオマー法
を最初に検討し,ジアステレオマー法によって分割できなかった場合には,

同じ原理に基づくHPLC法を用いても分割は困難であると予想すると判断

しているが,この判断は誤りである。

審決が判断の根拠とした平成元年発行の「季刊化学総説」No.6「光学

異性体の分離」と題する刊行物(甲54。以下「甲54刊行物」という。)

の記載は,ジアステレオマー法と他の分離方法を具体的に比較したものでは

ない。また,甲54刊行物は本件特許の優先日よりも7年も前の文献である

ところ,本件特許の優先日に近い平成7年10月5日発行の「分離技術」第

25巻第5号(甲75の1。以下「甲75の1刊行物」という。)には,H

PLC法が新薬開発における最適の方法である旨が記載されている。さら

に,甲76の見解書にも,優先日当時の当業者がラセミ体の分割を行う際に

最初に検討するのはクロマトグラフィー法であることが記載されている。

(2) 移動相について

審決は,本件化合物のような両性化合物をHPLC法により光学分割する

際に,ヘキサン/イソプロパノール/トリフルオロ酢酸(0.1%)を含む

移動相を選択することは当業者が容易に想到できるとはいえないと判断して

いるが,この判断は誤りである。

甲8記載の方法で使用したCHIRALPAK ADでの取扱説明書(甲




73の2。1995年(平成7年)9月から1996年(平成8年)2月末

までの期間に購入したCHIRALPAK ADに付属されていたもの(甲

73の1))には,ヘキサン/2−プロパノールから成る移動相に添加する

物質として,ジエチルアミン,トリフルオロ酢酸及び酢酸の3種類しか記載

されておらず,酸性と塩基性の両方の官能基を有する化合物について,この

3種類の添加剤を用いて光学分割を試みることは,当業者であれば通常行う

ことである。

(3) 固定相について
本件化合物をHPLC法により光学分割する際には,キラル固定相として

CHIRALCEL ODやCHIRALPAK ADを採用することは当業

者が最初に検討することといえるとした審決の判断に誤りはない。

(4) 本件特許発明の効果について

ア 審決は,本件明細書には,(S)体が(R)体よりも優れていることを

示す薬理試験結果が記載されているので,(S)体である場合とラセミ体

である場合の医薬組成物としての効果上の違いを理解し得ると判断してい

るが,この判断は誤りである。

本件明細書に記載されているのは,(S)−((S)ブタン酸エチルの

フマル酸塩)と(R)−エステル((R)−ブタン酸エチルのフマル酸

塩)の薬理効果を比較したデータであり,エステル化されていない本件化

合物の(S)体や(R)体はもちろん,ラセミ体との効果上の違いは何ら

理解できない。

イ ラセミ体ではそれを構成する2種の光学異性体のうち一方のみが所望の

生物活性を有している場合が大変多く(甲71),(R)体−エステルが

(S)体−エステルより効果があるといっても,それは光学異性体間でご

く普通に認められることである。

ウ 本件化合物の(R)体が全く薬効を示さないことは,国立医薬品食品衛




生研究所長の審査報告書(甲22)で明らかにされており,(R)体は一

般症状及び循環器系にも影響を与えないことが記載されているから,ラセ

ミ体と比較しても本件化合物の(S)体は2倍程度の効果しか示さないこ

ととなり,本件特許発明進歩性を基礎づけるような顕著な効果は認めら

れない。

第4 被告らの反論

1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)に対し

(1) 本件特許発明1と甲2発明の相違点は,より正確には,@本件特許発明
では(S)体の本件化合物を用いるのに対し,甲2発明ではこの点につき特

定がないこと(相違点@)のみならず,A本件特許発明1では,(S)体の

本件化合物をベンゼンスルホン酸塩とするが,甲2公報にはこの点につき記

載がないこと(相違点A)の2点となる。

相違点@については,甲2公報に記載された本件化合物のラセミ体から甲

8,甲15及び甲41の各実験報告書に記載された分取方法・条件を用いて

(S)体を分取することは本件特許発明優先日当時知られていない。相違

点Aについては,甲2公報には,本件特許発明に係る「(S)体」の本件化

合物の「ベンゼンスルホン酸塩」について開示がない。したがって,本件特

許発明には新規性が認められる。

(2) 原告は,東京高裁平成3年判決及び運用指針を根拠に,ラセミ体の開示を

もって(R)体及び(S)体の開示があると見るべきであるとして,本件特

許発明に新規性は認められないと主張する。

しかし,東京高裁平成3年判決は,殺虫剤の中間体というそのままでは何

の活性もない「物」に関してなされた判決であるのに対し,本件特許発明

「医薬の有効成分として用いられる化合物」に関する発明であるから,上記

判決の射程は本件特許発明には及ばない。

また,運用指針に係る原告の主張は,「(なお,ここでいう自明とは・・




・をいう。)」との記載を利用して,「立体異性体の存在が自明でない化学

物質の発明と,その立体異性体とは,原則として別発明とする。」との部分

を反対解釈したものと考えられるが,上記括弧書きは,「自明」の文言を定

義しているにすぎず,上記のような反対解釈の根拠となるものではない。そ

もそも,運用指針は,平成5年の審査基準の改定によってもはや運用指針と

して用いられることはなく,審決でも採用されていない。

(3) 原告は,甲2公報に係る特許権の存続期間の延長登録と本件特許発明の特

許性との関係について主張するが,甲2公報に係る特許権の延長登録の無効
理由を論じても意味がない上,甲2公報に係る特許権の存続期間の延長登録

と,本件特許発明の特許性とは全く別の問題である。

すなわち,特許権の延長登録を受けるためには「その特許発明実施」が

できなかった期間があることが必要である(特許法67条2項67条の3

第1項1号)。そして,甲2公報に係る特許権は,その特許請求の範囲にタ

リオン錠の有効成分であるベシル酸ベポタスチンが含まれており,この部分

については,タリオン錠についての薬事法上の承認が得られるまで特許発明

実施ができなかったから,特許庁は存続期間の延長登録を認めたのであ

る。この点につき,審決は,「・・・特許法67条の3で規定される延長登

録を得るための要件(特許発明実施に当該処分が必要であったこと)は,

当該処分を受けたものにかかる発明が,特許発明の特許請求の範囲の技術的

範囲に包含されていることが必要とされるのであって・・・」(22頁)と

の認定をしており,これは特許法67条の3の規定に従った正当な判断であ

るから,甲2公報に係る特許権の延長登録には何ら問題がない。

他方,本件特許発明は,甲2発明と対比して,(S)体の本件化合物を選

択した上で(相違点@),(S)体の本件化合物の酸付加塩としてベンゼン

スルホン酸塩を選択(相違点A)することにより,結晶性がよく吸湿性がな

く,性状・安定性に優れ,かつ薬理効果にも優れる顕著な効果が奏されるも




のであるから,本件特許の有効性は揺るぎないものであり,これを維持する

ことが法の予定するところである。

2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)に対し

(1) ジアステレオマー法について

原告は,ジアステレオマー法が最初に用いられる方法であるとした審決の

認定は誤りであると主張する。しかし,原告がその主張の根拠とする甲75

の1刊行物には,原告の主張に必ずしも合致しない記載も存在しており(3

76頁左欄17行〜20行,377頁左欄19行〜20行),原告の主張を
根拠付けるものではない。

本件特許の優先日当時,ラセミ体の本件化合物から(S)体を分取しよう

とする場合,当業者にとってなじみのある方法は,ジアステレオマー法で

あった(甲54)。HPLC法を選択した場合,分取のためのカラムの種類

が少なくかつ高価であり,特定の専門業者に委託して行う必要があったため

(乙2),こうした事情からも,当業者においてHPLC法による分取は簡

単には選択できる方法ではなかった。

(2) 移動相について

原告は,本件化合物のような両性化合物をHPLC法により光学分割する

際に,ヘキサン/イソプロパノール/トリフルオロ酢酸(0.1%)を含む

移動相を選択することを当業者が容易に想到できるとはいえないとした審決

の判断は誤りであると主張する。しかし,以下のとおり,審決の判断に誤り

はない。

ア トリフルオロ酢酸を添加するのは,試料がカルボキシル基等の酸性基の

みを有する化合物,すなわち,酸性物質である場合に限られる。

イ 移動相には,分離された成分の回収が容易であることが必要とされる

(乙5)ところ,トリフルオロ酢酸を添加して取得した分離成分にはトリ

フルオロ酢酸が不純物として0.9%残存することが判明した(甲65)




ので,移動相にトリフルオロ酢酸を添加することは当業者の技術常識を無

視してなされたものである。

ウ 甲8記載の方法では試料の調製で本件化合物をエタノールに溶解させて

いるところ,移動相以外の溶媒を用いる場合には,カラム中での試料の沈

殿によるトラブル発生を防止するために,移動相よりも溶解性の小さい溶

媒を用いる必要があるとされており(乙6),移動相より試料の溶解性の

高い溶媒は使用しないことが技術常識であったことから,本件化合物をエ

タノールに溶解させることは当業者にとって容易に想到できるものではな
い。

エ エタノールを選択するためには,本件化合物が甲8記載の方法の移動相

に溶けにくいことを確認し,かつ,本件化合物を溶解する溶媒として,種

々のものの中からエタノールが最適であることを見出す必要があるとこ

ろ,これは,エタノールの選択が当業者の高度な創作能力の発揮の結果な

されたことを明確に示すものである。

(3) 固定相について

審決は,本件化合物をHPLC法により光学分割する際には,キラル固定

相としてCHIRALCEL ODやCHIRALPAK ADを採用するこ

とは当業者が最初に検討することといえると判断しているが,以下のとお

り,この判断は誤りである。

ア 本件特許の優先日当時,オールマイティーな固定相は存在せず,経験に

頼りつつ試行錯誤しながらキラル固定相が決定されていたので,キラル固

定相の選択は,当業者にとって容易ではなかった。また,高分子系キラル

固定相による分離機構の解明は,ようやく端緒についたところにあり,高

分子系キラル固定相の不斉識別機能を事前に予測することは困難である。

さらに,平成5年当時に市販されていた高分子系キラル固定相は6種に分

類され,CHIRALCEL OD及びCHIRALPAK ADは,この




中で多糖誘導体固定相に分類されるものの一部にすぎなかったことから,

本件化合物から(S)体を分離する場合に,市販されている高分子キラル

固定相から多糖誘導体固定相を選択し,更にその中からCHIRALPA

K AD又はCHIRALCEL ODを選択するためには,当業者は,相

当の試行錯誤を強いられることになる。平成7年3月15日発行の「化学

便覧 応用化学編 第5版」(甲6。以下「甲6刊行物」という。)及び平

成5年3月25日発行の「分離精製技術ハンドブック」(甲25(甲63

と同じ)。以下「甲25刊行物」という。)に記載されている分割能
(率)については,膨大な化学物質が存在する中で,そのうちのほんの一

部にすぎない限られた500種類程度の化学物質における結果の数字であ

るにすぎず,CHIRALCEL OD及びCHIRALPAK ADを用

いるとすべての化合物を上記の割合で分離することができることを示して

いるものではない。

イ 両性イオン化合物であるアミノ酸は,CHIRALCEL OD又はC

HIRALPAK ADが含まれるTypeUのキラル固定相では光学分

割ができないことが「高速液体クロマトグラフィーハンドブック改訂2

版」(甲64。以下「甲64刊行物」という。)に報告されているので,

本件特許の優先日当時,CHIRALCEL OD又はCHIRALPA

K ADでは,分子中に酸性基であるカルボキシル基と塩基性基であるピ

ペリジル基及びピリジル基とを有する両性イオン化合物である本件化合物

を分割することはできなかったと考えるのが自然である。

ウ 両性イオン化合物は,順相系カラムの移動相(有機溶媒系移動相)に対

する溶解度が低いため,順相系カラムにかけられない場合が多い(乙2)

から,そもそも本件化合物のような両性イオン化合物を光学分割する場合

に順相系のカラムを用いることは一般的ではない。

(4) 本件特許発明の効果について




原告は,本件特許発明の効果についての審決の判断に誤りがある旨主張す

る。しかし,本件特許発明の薬理効果については,審決が「・・・上記の試

験結果から,定性的には,その有効成分のベジル酸塩を構成する本件化合物

が(S)体である場合とラセミ体である場合の医薬組成物としての効果上の

違いを理解し得ると解される。」と認定しているとおりであり,審決の判断

に誤りはない。

第5 当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がないものと判断する。そ
の理由は以下のとおりである。

1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について

(1) 本件特許発明について

ア 本件明細書の記載

本件明細書には,以下の記載がある(甲1)。

(ア) 「発明の属する技術分野」の項

「本発明は,抗ヒスタミン活性及び抗アレルギー活性が優れている

(S)−4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキ

シ〕ピペリジノ〕ブタン酸のベンゼンスルホン酸塩及びその製造法に関

し,該酸付加塩は吸湿性が少なく,物理化学的安定性に優れているの

で,医薬品として特に適した化合物である。また,本発明は,これらを

有効成分としてなる医薬組成物に関する。」(【0001】)

(イ) 「従来の技術」の項

「特開平2−25465号公報に記載された,式(U)

【化2】





(式中,Aは低級アルキル基,ヒドロキシル基,低級アルコキシ基,ア

ミノ基,低級アルキルアミノ基,フェニル基,又は低級アルキル置換

フェニル基を表す)で示されるピペリジン誘導体又はその塩は,従来

の抗ヒスタミン剤の場合にしばしば見られる中枢神経に対する刺激又

は抑圧といった二次的効果が最小限に抑えられるという特徴を有して

おり,蕁麻疹,湿疹,皮膚炎等のアレルギー性皮膚疾患,アレルギー

性鼻炎,感冒等の上気道炎によるくしゃみ,鼻汁,咳嗽,気管支喘息

の治療,処理における医薬品として期待されている。しかしながら,
このピペリジン誘導体は1個の不斉炭素を有しているものの,光学活

性体を単離する本法は,現在まで知られていなかった。」(【000

2】〜【0004】)

(ウ) 「発明が解決しようとする課題」の項

「一般に光学異性体間で薬理活性や安全性が異なり,更に代謝速度,

蛋白結合率にも差が生じることが知られている(ファルマシア,25

(4),311−336,1989)。したがって,医薬品とするには

薬理学的に好ましい光学異性体を高光学純度で提供する必要がある。ま

た該光学異性体の医薬品としての高度な品質を確保するために,物理化

学的安定性に優れた性質を有することが望まれる。」(【0005】)

(エ) 「課題を解決するための手段」の項

「本発明者等は,この課題解決のため鋭意研究を重ねた結果,上記式

(T)で示される光学活性な(S)−4−〔4−〔(4−クロロフェニ

ル)(2−ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸のベンゼンスル

ホン酸塩及び安息香酸塩が医薬品として好ましい優れた安定性を有する

ことを見い出し,本発明を完成するに至った。」(【0006】)

(オ) 「発明の実施の形態」の項

a 「〔薬理試験〕




次の光学活性ピペリジン誘導体エステルの(S)−エステル及び

(R)−エステルを用いて,光学異性体による薬理作用の差を試験し

た。

(S)−エステル:(S)−4−〔4−〔(4−クロロフェニル)

(2−ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸エチルフマル酸塩

(参考例3で調製)

(R)−エステル:(R)−4−〔4−〔(4−クロロフェニル)

(2−ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸酸エチルフマル酸
塩(参考例4で調製)

ヒスタミンショック死抑制作用

…モルモットを使用し,…ヒスタミンショック死抑制作用を試験し

た。実験動物を一夜(約14h)絶食させた後,試験物質5ml/kgを

経口投与した。試験物質投与2時間後に,ヒスタミン塩酸塩1.25

mg/kgを静脈投与して,ヒスタミンショックを誘発させた。誘発後,

実験動物の症状観察及びヒスタミンショックの発現時間を測定し,呼

吸停止又は回復まで観察した。試験結果を表1に示す。

【表1】





7日間homologousPCA反応抑制作用

…モルモットを使用し,…PCA反応抑制作用を試験した。前日に剪

毛したモルモットの背部の正中線をはさんで左右2点に,生理食塩水

で32倍希釈したモルモット抗BPO・BGG−IgE血清を0.0

5ml皮内投与した。

7日後に抗原としてbenzylpenicilloyl bovine serum albumin(B

PO・BSA)500μgを含む1%Evans Blue生理食塩水1mlを静

脈内投与してPCA反応を惹起させた。その30分後に放血し,皮膚
を剥離して漏出した色素量を…測定した。実験動物は一夜(約16

h)絶食させ,試験物質は抗原投与の2時間前に経口投与した。試験

結果を表2に示す。

【表2】




表1の試験結果から,(S)−エステル及び(R)−エステルは共

に用量依存的な抑制作用を示し,用量反応曲線より求めた(S)−エ

ステル及び(R)−エステルのED50値は,各々0.023mg/kg,
1.0mg/kgであり,(S)−エステルは(R)−エステルより約4

3倍強い活性を示した。また,表2に示すPCA反応抑制試験でも

(S)−エステル及び(R)−エステルは共に用量依存的に反応を抑




制した。この試験における最大抑制率は約70%程度と推察され,そ

の50%(すなわち,35%)抑制する投与量で比較すると,(S)

−エステルは(R)−エステルより約100倍以上強い作用を示し

た。これらのことから,光学異性体間で明らかな薬理作用の差が認め

られ,(S)−エステルの方が(R)−エステルより優れていること

が確認された。」(【0030】〜【0035】)

b 「しかしながら,上記(S)−エステルは後記安定性試験結果(表

4)に示すように吸湿性であり,また(S)−エスエルの代謝物であ
る式(I)の(S)−ピペリジン誘導体は,(S)−エステルと同等

の薬理作用を示すが,それ自体は極めて結晶性の悪い化合物で,通常

は飴状物として得られ,医薬品として高度な品質を確保,維持するこ

とは困難であった。

そこで式(T)の(S)−ピペリジン誘導体の種々の酸付加塩につ

いて,次の方法で結晶化を検討した。

〔実験例 1〕

式(T)の(S)−ピペリジン誘導体を有機溶媒に溶解し,表3に

示す酸を加えて均一にした後,放置した。析出物が得られない場合に

は,溶媒を留去した後,難溶性の溶媒を加えて再び放置した。酸付加

塩が油状,飴状の場合を除き,得られた固形物を濾取して減圧乾燥し

た。得られた各種酸付加塩の性状は表3に示すように,多くは油状物

又は吸湿性の結晶であった。





【表3】




しかしながら,式(T)の(S)−ピペリジン誘導体のベンゼン

スルホン酸塩及び安息香酸塩は吸湿性でない結晶として得られ

た。」(【0036】〜【0039】)

c 「〔安定性試験〕

ベンゼンスルホン酸塩:(S)−4−〔4−〔(4−クロロフェ

ニル)(2−ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸一ベンゼ

ンスルホン酸塩(実施例1で調製)

安息香酸塩:(S)−4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2

−ピリジル)メトキシ〕ピペリジノ〕ブタン酸一安息香酸塩(実施




例2で調製)

上記各化合物を粉砕後,500μm篩を通過させたものを試験試

料とした。各試料をガラスシャーレに分割して入れ,40℃,75

%湿度にて保存し,1ヵ月後に取り出して,含有類縁物質量及びラ

セミ化による(R)−体含有量を測定して,試験開始時の含有量と

比較した。

……

【表4】




表4の試験結果から,(S)−エステルは分解により類縁物質の

増加が顕著に認められ,しかも(R)体量の増加に伴い光学純度が

低下することが明らかになった。したがって,物理化学的に不安定

な化合物であり,医薬品として長期間高度な品質を確保できるとは

言い難い。一方,ベンゼンスルホン酸塩及び安息香酸塩は,類縁物

質及び(R)体量の顕著な増加は認められず,吸湿性も少ないこと

が確認された。したがって,これらは光学活性体として物理化学的

な安定性を有する化合物である。

以上のように,(S)−ピペリジン誘導体(T)のベンゼンスル

ホン酸塩及び安息香酸塩は,抗ヒスタミン活性及び抗アレルギー活

性を有するより優れた光学活性体であり,生体内で活性本体として

作用し,また物理化学的に優れた安定性を示すことから,医薬品と




して適した性質を有するものである。」(【0040】〜【004

8】)

イ 本件特許発明の概要

上記アの本件明細書の記載によれば,本件特許発明は,概要次のとおり

のものであることが認められる。

一般に光学異性体間で薬理活性や安全性が異なり,更に代謝速度,蛋白

結合率にも差が生じることが知られていることから,医薬品には薬理学的

に好ましい光学異性体を提供する必要があるところ,本件特許発明は,モ
ルモットを使用した,ヒスタミンショック死抑制作用試験及びhomologous

PCA反応抑制作用試験で,(S)-エステルが(R)-エステルより優れ

た活性を有することから,絶対配置が(S)体である本件化合物は,生体

内で抗ヒスタミン活性及び抗アレルギー活性の本体として作用する優れた

光学異性体であることを見出したというものである。

また,医薬品は,高度な品質を確保するために物理化学的安定性に優れ

た性質を有することが望まれるところ,本件特許発明は,絶対配置が

(S)体である本件化合物の様々な酸付加塩で多くのものは,油状物であ

るか,吸湿性の結晶であったが,ベンゼンスルホン酸塩は吸湿性の少ない

結晶として得られ,かつ,保存安定性に優れることから,医薬品として特

に適した化合物であることを見出したというものである。

(2) 甲2公報について

ア 甲2公報の記載

甲2公報のうち,特許法17条の2の規定による補正の掲載には,以下

の記載がある(甲2)。

(ア) 「特許請求の範囲」の項

a 「(1) 一般式[T]:





[式中,Arl及びAr2は,いずれか一方がピリジル基であり,他

の一方がフェニル基又はハロゲン置換フェニル基を表し;Aは炭素数

2〜6の直鎖状のアルキレン基又はアルケニレン基を表し;Bは低級

アルキル基,ヒドロキシ基,低級アルコキシ基,アミノ基,低級アル

キルアミノ基,フェニル基又は低級アルキル置換フェニル基を表す]

で示される化合物,及びその医薬的に許容される酸付加塩。」(1

頁)

b 「(5) 請求項1記載の化合物またはその医薬的に許容される酸付

加塩を有効成分とする抗ヒスタミン剤。」(2頁)

(イ) 「産業上の利用分野」の項

「本発明は,新規なピペリジン誘導体,その製造方法並びにそれを含

む抗ヒスタミン剤に関する。」(2頁左下欄下から7〜5行)

(ウ) 「従来の技術」の項

「現在までに,薬理活性成分として有用なピペリジン誘導体が数多く

見出されている。ピペリジン環を有する抗ヒスタミン剤を開示するもの

としては,特開昭60−94962号公報及び特開昭61−19406

8号公報がある」(2頁左下欄下から3行〜右下欄2行)

(エ) 「発明が解決しようとする課題」の項

「従来の抗ヒスタミン剤の多くは中枢神経系に作用して鎮静(眠気)

をもたらすものであるが,本発明者らは,有効な薬理活性を有する新規

なピペリジン誘導体を合成すべく鋭意研究を重ねた結果,本発明の新規

なピペリジン誘導体,その医薬的に許容される酸付加塩が,有用な薬理




学的性質,特に強い抗ヒスタミン活性及び抗アレルギー活性を有し,し

かも中枢神経抑制剤であるチオペンタールによる眠気を増強する作用が

少ないことを見い出し,本発明を完成するに至った。」(2頁右下欄4

〜13行)

(オ) 「課題を解決するための手段」の項

a 「本発明の新規ピペリジン誘導体は,一般式[T]:




[式中,Arl及びAr2は,いずれか一方がピリジル基であり,他

の一方がフェニル基又はハロゲン置換フェニル基を表し;Aは炭素数

2〜6の直鎖状のアルキレン基又はアルケニレン基を表し;Bは低級

アルキル基,ヒドロキシ基,低級アルコキシ基,アミノ基,低級アル

キルアミノ基,フェニル基又は低級アルキル置換フェニル基を表す]

で示される化合物及びその医薬的に許容される酸付加塩である。」

(2頁右下欄16行〜3頁左上欄下から7行)

b 「次に本発明の代表的化合物の一例を列挙するが,本発明がこれら

の化合物に限定されることがないことはいうまでもない。

……

・4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキシ〕

−1−ピペリジル〕ブタン酸及びそのベンゼンスルホン酸塩」(3頁

左下欄10行〜右下欄1行)

c 「本発明の化合物(T)においてArlとAr2が結合する炭素は不

斉炭素であり,立体異性体が存在するが,その各々及びそれらの混合

物のいずれも本発明に包含される。」(4頁左上欄13〜16行)

d 「また,本発明化合物[T]に,適当な酸を作用させることによっ




て,非毒性の,薬理的に有効な酸付加塩にすることができる。この場

合,適当な酸の例としては,例えば塩化水素酸,臭化水素酸などのハ

ロゲン化水素酸類;硫酸,硝酸,リン酸などの無機酸類;酢酸,プロ

ピオン酸,ヒドロキシ酢酸,2-ヒドロキシプロピオン酸,ピルビン

酸,マロン酸,コハク酸,マレイン酸,フマル酸,ジヒドロキシフマ

ル酸,シュウ酸,安息香酸,桂皮酸,サリチル酸,メタンスルホン

酸,エタンスルホン酸,ベンゼンスルホン酸,p-トルエンスルホン

酸,シクロヘキシルスルファミン酸,4-アミノサリチル酸などの有機
酸などが挙げられる。」(5頁右下欄3〜16行)

e 「本発明に属する次の代表的な化合物についての薬理試験結果を以

下に示す。

……

化合物C

4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキ

シ〕−1−ピペリジル〕ブタン酸(実施例4で調製)

……

薬理試験

ヒスタミンショック死保護作用

…試験結果を表1に示す。」(6頁右上欄7行〜右下欄8行)

f 7頁右上欄の表1には,化合物Cの1mg/kg経口投与におけるヒス

タミンショック死抑制率が100%であったことが記載されている。

g 「実施例2

実施例1で得られた3−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピ

リジル)メトキシ〕−1−ピペリジル〕プロピオン酸エチル1.00

g(2.48ミリモル)を50重量%水酸化ナトリウム水溶液1ml

とエタノール8mlの混合溶液に溶解させた後,2時間室温で撹拌し




た。次いで,反応混合物を減圧下で濃縮し,希塩酸で中和した後,ク

ロロホルムで抽出した。クロロホルム層を…乾燥した後濃縮し,3−

〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキシ〕−1−

ピペリジル〕プロピオン酸0.86g(92%)を得た。

……

実施例3

a) 4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピリジル)メトキシ〕

ピペリジン4.98g(16.45ミリモル)及び4−ブロモブタン
酸エチル3.85g(19.74ミリモル)をアセトン35mlに溶

解させた後,この混合液に炭酸カリウム2.73g(19.75ミリ

モル)を加えて,4時間加熱還流撹拌した。…単離した目的化合物の

画分を減圧下で濃縮し,油状物の4−〔4−〔(4−クロロフェニル)

(2−ピリジル)メトキシ〕−1−ピペリジル〕ブタン酸エチル6.

26g(91%)を得た。

……

実施例4

実施例3で得られた4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピ

リジル)メトキシ〕−1−ピペリジル〕ブタン酸エチルを用いて,実

施例2と同様の方法で4−〔4−〔(4−クロロフェニル)(2−ピ

リジル)メトキシ〕−1−ピペリジル〕ブタン酸を得た。



H−NMR(CDCl3):

δ(ppm)=1.84〜1.98(6H,b,m),2.58

(2H,t),2.73(4H,b,m),2.92(2H,b),

3.68(lH,m),7.17〜7.22(7H,m),8.51

(1H,m),11.31(1H,b)」(8頁左上欄20行〜9頁




左上欄15行)

イ 甲2公報の概要

前記ア(オ)gの実施例4の記載によれば,甲2公報には,本件化合物が

記載されているということができる。また,前記ア(オ)e及びfの記載に

よれば,本件化合物が抗ヒスタミン活性を有するということができる。

(3) 本件特許の優先日当時の技術常識について

ア 刊行物の記載

(ア) 昭和62年10月1日発行の「月刊薬事」Vol.29,No.1
0(甲4)

「生体(酵素や受容体)はこれらの光学異性体を識別する能力を持っ

ており,異性体にはまったく生理活性を持たないもの,弱い同類の生理

活性を持つもの,拮抗的な生理活性を持つもの(アンタゴニスト)や別

な生理活性を持つものがある。それゆえ,医薬品として用いるときには

ラセミ体としてではなく,目的にあったエナンチオマーのみを用いるこ

とが好ましいと考えられるが,現状はほとんどがラセミ体として用いら

れている。…しかし,最近,医薬品としてラセミ体の開発・使用に関し

て問題が投げかけられてきた。その背景として,最近の薬物分析技術の

進歩,とくに高速液体クロマトグラフィーにおけるキラルカラムの開発

などにより,光学異性体の分離・定量の技術が進歩し,その結果,合成

キラル医薬品の生体内動態,特に代謝に関して異性体間に著しい差があ

ることが明らかになったことがあげられよう。」(2039頁左欄7行

〜右欄3行)

(イ) 平成元年10月10日発行の「季刊化学総説」No.6「光学異性体

の分離」(甲3)

a 「1 光学活性体のプレパレーション」という表題の論文

「研究の精密化に伴い,医薬品,農薬,食品,飼料,香料などの分




野で光学活性体を扱うことの重要性が日ごとに増大していることはい

うまでもない。光学活性体が対掌体により生理活性をまったく異にす

る場合が多いからである。たとえばグルタミン酸の場合,L体(S)

には旨味があるが,D体(R)には旨味はなく,酸味が感じられるだ

けである。不幸な事件のために有名になってしまったサリドマイド…

も,(R)体は催奇形性をもたないが(S)体には強い催奇形成があ

り,ラセミ体を実用に供したことが悲惨な薬害事件…をひき起す原因

となった。さらに,対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう
一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌

体に対して競合阻害…をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な

対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品

の開発研究でしばしば体験するところである。…したがって,光学的

に純粋な対掌体をいかにして入手(合成または分割)するかは,医薬

品のみならず生物活性物質を対象とする研究において,不斉中心をも

つ化合物を扱う場合,避けて通ることのできない重要課題である。こ

の目的に対して,発酵法あるいは今日有機合成化学の中で最も研究の

活発な分野である不斉合成法により解決の道が見出されれば,それに

越したことはないが,ラセミ体を製造(合成)したうえで,それを効

果的に光学分割…する手 段もまた有効な 方法として多用されてい

る。」(2頁3行〜下から5行)

b 「2 光学活性体の生理活性」という表題の論文

「動物はL-アミノ酸より成るタンパク質から構成されており,生

体内の代謝に関与する酵素もタンパク質である。酵素の基質特異性に

基質の光学特異性が大きく寄与するのは,酵素側に存在する不斉性を

考えれば容易に『当然のこと』と受けとめることができる。生体内で

起る複雑でありながら選択性の高い反応は,酵素による『不斉を含む




三次元の分子認識』によるものと考えられる。生理(薬理)活性をも

つ物質が生体に摂取され吸収されると,その物質に特異的な親和性を

もつ受容体…との結合により生理活性が発現することになるので,基

質が不斉中心をもっていれば,その(S)体と(R)体とでは生理活

性に相違が生ずるのはこれまた自然であろう。医薬品の多くは生体に

とって異物…であり,副作用が認められない場合でも,疾病という異

常状態から正常状態への復帰に必要な最少限度の用量を(必要期間だ

け)投与されるべきである。したがって,医薬品の構造中に不斉中心
が存在している薬物は,たとえ一方の光学異性体が生体に対して何ら

の生理活性を示さないラセミ体であっても,光学分割して目的に適合

した対掌体のみを提供すべきであると主張されるようになった。換言

すれば,このようなラセミ体は『50%の不純物を含有する医薬品』

とみなすべきであるとの提唱であり,これが共感を呼ぶに至ったのは

ごく自然のことである。このような考え方が出てきた背景には,1章

のはじめに述べたサリドマイドに関する知見が大きく横たわっていた

ためと思われる。…近年の有機化学の進歩は,従来困難とされていた

化合物の不斉合成や光学分割を容易にしつつある。また,分析化学の

進歩は,生体内における微量な光学活性薬物の分離分析を可能なもの

とした。薬物の体内動態が的確に解明される結果,光学活性体の形で

の開発が刺激され『50%不純物問題』が力強く後押しされることに

なった。」(16頁3行〜末行)

(ウ) 平成4年2月10日発行の「日本化学会誌」NO.2(甲26)

a 「1 はじめに」の項

「1.1 光学異性に関する認識の深まり

…二つの光学活性体,そしてラセミ体の三者がいずれも『異なる』

化合物であるということは,概念的には古くから知られていた。にも




かかわらず,しばしばこれらが同等あるいは代用できるものとして扱

われてきた一つの理由は,光学活性体を入手し,またその純度を評価

するための手段が未発達であったことと,そのためにことさら,それ

ら三者がいかに『異なる』かということが,実際的な問題として十分

に認識されていなかったためであると思われる。この相違の重大さが

最初に認識されたのは医薬の分野であろう。サリドマイドの催奇性

が,その(S)-体に基づくものであるという Blaschke らの研究はよ

く知られているが,同様の例はかなりの数が知られるようになった。
最近報告された例では,…。こうした背景から,近年医薬開発におい

ては,ラセミ体を製剤化する場合にも,それぞれの光学活性体の薬理

評価が必要とされ,またラセミ体の製剤化そのものに対する慎重論も

高まっている。医農薬などの生理活性物質のみならず,機能性材料に

も,強誘電性液晶などのように,光学活性体であることを必要条件と

するものが見いだされ,光学活性体にかかわる研究,開発は,科学,

技術の広い分野で活発化しつつある。しかし,その展開は光学活性体

の製造,分析技術の水準による制約を受けざるを得ず,新たな技術の

確立が希求されていた。

1.2 液体クロマトグラフィー法による光学異性体分離

液体クロマトグラフィー法による光学異性体分離…は,これに答え

る新技術として注目されていた。」(133頁左欄2行〜右欄12

行)

b 要約の項

「筆者らは,…多糖誘導体が,液体クロマトグラフィー用固定相と

して,光学異性体を分離する能力を持つことを見いだした。さらにこ

れらをシリカゲルにコーティングすることにより,高効率液体クロマ

トグラフィーカラムを開発,現在までに12品種が上市された。ま




た,多糖誘導体を用いた大型カラムを含む分取システムを確立し,液

体クロマトグラフィーによる光学異性体分離が世界で初めて事業化さ

れた。」(133頁)

(エ) 平成7年10月5日発行の甲75の1刊行物(甲75の1)

「1.はじめに

近年,医薬,農薬,食品,香料,強誘電性液晶などの各分野におい

て,光学活性化合物に対する関心が著しく高まっており,いろいろな試

みや研究・開発が進められている。特に医薬分野においては,光学異性
体間で,薬効の強さに差があったり,薬効そのものが異なる例もあり,

また,活性体の一方には副作用がないのに他方にはあるという例など,

異性体間の相違について,多くの知見が得られており,厚生省からの指

導とも相まって,新規合成医薬品の光学活性体化の流れは急であり,現

在では必要な光学活性化合物をいかに安価に安定確保するかが大きな課

題となっている。

これらの新規光学活性化合物の開発に欠かせない技術として,液体ク

ロマトグラフィー(HPLC)による光学異性体の分離・分析技術が挙

げられる。キラル固定相を分離剤としたキラルカラムによる分析技術は

新規光学活性医薬品の開発動向と相まって,ここ10数年で急速に進歩

し,各社から次々と新規のキラル固定相を用いたキラルカラムが上市さ

れており,現在では100種類以上のカラムが販売されるに至ってい

る。」(375頁右欄1行〜20行)

イ 上記甲75の1刊行物の記載によれば,本件特許の優先日(平成8年1

2月26日)における技術常識として,光学異性体の間で生物に対する作

用が異なる場合があることが広く知られており,近年の不斉合成や光学分

割についての技術の進歩により,光学異性体間で生物に対する作用が異な

る化学物質については,これをラセミ体のままで使用するのではなく,光




学異性体として使用するようになりつつあったことが認められる。

このような本件特許の優先日における技術常識参酌すれば,ある化学

物質の発明について光学異性体の間で生物に対する作用が異なることを見

出したことを根拠として特許出願がされた場合,ラセミ体自体は公知であ

るとしても,それを構成する光学異性体の間で生物に対する作用が異なる

ことを開示した点に新規性を認めるのが相当である。

(4) ラセミ体の開示とその光学異性体の開示に係る原告の主張について

原告は,東京高裁平成3年判決及び運用指針を根拠として,ラセミ体が開
示されていれば,(R)体及び(S)体がそれぞれ開示されていると見るべ

きであり,特に本件化合物については,光学異性体の存在が甲2公報に明記

されているのであるから,(S)体を対象とする本件特許発明新規性を欠

くことは明らかであると主張する。

しかし,東京高裁平成3年判決は,昭和53年1月31日を優先日として

特許出願された発明の新規性を否定した審決の取消しを求める審決取消訴訟

において,一対の光学異性体から成るラセミ体が刊行物に記載されている場

合,その一方を単独の物質として提供する発明の新規性を有するか否かが争

われた事案について,光学異性体は,一般に,旋光性の方向以外の物理的化

学的性質においては差異がないから,ラセミ体の開示をもって光学異性体が

開示されているというべきであるとして上記発明の新規性を否定した判決で

あり,本件特許の優先日(平成8年12月26日)の技術常識参酌したも

のでないことは明らかであるから,同判決を本件について適用すべき裁判例

ということはできない。

すなわち,先に説示したとおり,本件特許の優先日(平成8年12月26

日)における技術常識に照らせば,ある化学物質の発明について光学異性体

の間で生物に対する作用が異なることを見出したことを根拠として特許出願

がされた場合,ラセミ体自体は公知であるとしても,それを構成する光学異




性体の間で生物に対する作用が異なることを開示した点に新規性を認めるべ

きであって,本件特許の優先日における判断として,ラセミ体の開示をもっ

て光学異性体が開示されているとして新規性を否定するのは誤りである。

また,運用指針については,確かに,原告の主張する規定(「立体異性体

の存在が自明でない化学物質の発明と,その立体異性体の発明とは,原則と

して別発明とする。(なお,ここでいう自明とは単純な光学異性体のよう

に,不整炭素原子の存在により,その光学異性体の存在が明らかである場合

をいう。)」(特−13頁))があり,この規定は,不斉炭素原子の存在に
より,その光学異性体の存在が明らかである場合については,立体異性体の

存在が自明であるとして,ラセミ体の開示をもって光学異性体の開示がある

と見るべきである旨を述べているものと見る余地がなくはない。

しかし,上記のとおり,本件特許の優先日における技術常識は,昭和53

年当時には未だ技術常識として確立していなかったのであるから,昭和50

年当時にも技術常識として確立していなかったことは明らかである。本件特

許発明の新規性の有無については,本件特許の優先日(平成8年12月26

日)における技術常識に照らして判断すべきであり,運用指針の規定を根拠

とするのは誤りである。

したがって,東京高裁平成3年判決及び運用指針を根拠とする原告の上記

主張は採用することができない。

(5) 甲8記載の方法は自明であるとする原告の主張について

原告は,本件特許の優先日当時,甲8記載の方法で使用されたカラムを使

用して実際に分割に成功した例は多数存在している(甲25,35)とし

て,本件化合物を光学分割する方法として甲8記載の方法は当業者にとって

自明であったというべきであり,甲2公報には甲8記載の方法で本件化合物

を光学分割する方法が記載されているに等しいと主張する。

しかし,甲8記載の方法で使用されたカラムを使用して分割できる物質が




多数存在するとしても,当該カラムを使用して本件化合物ないしこれと化学

構造が類似した化合物を光学分割できる例が知られていない以上,本件特許

優先日当時において,本件化合物を光学分割する方法として甲8記載の方

法は当業者にとって自明であり,甲2公報には甲8記載の方法で本件化合物

を光学分割する方法が記載されているに等しいということはできない。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(6) 延長登録と本件特許発明新規性との関係に係る原告の主張について

ア 原告は,被告らが(S)体である本件化合物のベンゼンスルホン酸塩を
含む医薬が受けた製造承認に基づいて,甲2公報に係る特許権の存続期間

延長登録を受けており,この点について,審決が,延長登録を受けるた

めには,特許法67条2項所定の処分を受けたものに係る発明が特許発明

の特許請求の範囲技術的範囲に包含されていればよく,当該処分に係る

発明が明細書等に個別具体的に記載された発明であることは必要ではない

と述べているが,当該処分を受けたものに係る発明が甲2公報の特許請求

の範囲に属することを理由として延長登録が認められている以上,甲2公

報に(S)体の本件化合物のベンゼンスルホン酸塩が開示されていること

は否定できないというべきであると主張する。

確かに,当該処分を受けたものに係る発明が特許発明の特許請求の範囲

技術的範囲に包含されているのであれば,その発明は明細書に開示され

ているはずであり,その発明が明細書に開示されていないのであれば,特

許は特許法36条6項1号の要件を欠くことになるから,その限りにおい

て原告の主張は首肯することができる余地もある。

しかし,特許庁における延長登録の実務が審決の述べるようなものであ

るとすれば,その当否はさておき,甲2公報に係る特許権の存続期間の延

長登録が認められているからといって,甲2公報に(S)体の本件化合物

のベンゼンスルホン酸塩が開示されているということにはならない。ま




た,そもそも,本件特許発明新規性の有無を検討する上で,甲2公報に

(S)体の本件化合物のベンゼンスルホン酸塩が開示されているか否かと

いう点については,本件特許の優先日技術常識参酌して判断すべき事

柄であり,甲2公報に係る特許権の延長登録が認められたことは,この判

断に何ら影響を及ぼすものではない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。

イ 原告は,甲2公報には,(S)体の本件化合物をも発明の対象として含

む旨の明示的な開示があり,かつ,ベンゼンスルホン酸塩についても開示
されているのに,甲2公報に係る特許に続いて,本件特許によってさらに

同じ物質の保護を認めることは,法の予定しないものであるとも主張す

る。しかし,本件特許発明新規性の有無を検討する上で,甲2公報に

(S)体の本件化合物のベンゼンスルホン酸塩が開示されているといえな

いことは,既に説示したとおりである。原告の主張は前提を欠き,失当で

ある。

(7) 小括

よって,原告主張の取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について

(1) ジアステレオマー法について

原告は,本件化合物の光学分割を行う際に当業者はジアステレオマー法を

最初に検討するとした審決の判断は誤りであると主張する。当裁判所は,以

下の刊行物の記載から認められる本件特許の優先日技術常識に照らすと,

原告の主張は理由があるものと判断する。

ア 刊行物の記載

(ア) 平成元年発行の甲54刊行物(甲54)に掲載の「ジアステレオマー

法」と題する論文には,「光学分割しようとするラセミ体をジアステレ

オマー誘導体に導き,結晶化技術を用いて光学活性体を得ようとするい




わゆるジアステレオマー法は,古くから最も一般的に行われてきた方法

である。そして,この方法は適用範囲も広く,光学活性体の確実な取得

方法として,いまなお多くの試みがなされている。ジアステレオマー誘

導体に導くための光学分割剤の選択や分別結晶に用いる溶媒の選択につ

いては,現在においても試行錯誤的なところがあるが,いままでの研究

の積み重ねにより,かなりの成功率で光学異性体を分離できるように

なってきた。したがってこの方法は,ラセミ体から光学活性体を得る方

法として,まず最初に試みてみる価値のある方法だと思われる。」(4
5頁3〜10行)との記載がある。

上記記載によれば,平成元年当時の技術常識として,本件化合物の光

学分割を行う際に,当業者はジアステレオマー法をまず最初に検討する

ものであったことが認められる。

(イ) 甲54刊行物掲載の「光学活性体のプレパレーション」と題する論文

には,ラセミ体を光学活性体に分割する方法を4つに分類して,@結晶

化法の一つとしてジアステレオマー法を挙げ,その他にAクロマトグラ

フィーを用いる方法,B酵素を用いる方法,C包接化合物法があること

が記載されており(3頁図1の下),また,Aのクロマトグラフィーを

用いる方法について,「この領域での飛躍的進歩は,HPLC(高性能

液体クロマトグラフィー)の進歩に伴ってもたらされた。分子の立体構

造に対して大きな識別力をもつ効率のよいカラムが開発され,分割能と

同時に量的処理能力が向上したからである。…これらの詳細はX部で詳

述されるが,クロマトグラフィー法は技術的な改善だけでなく,分子間

の会合状態の理論的進歩と相補的に関係しながらますます発展し,今後

光学分割法の柱となっていくものと思われる。」(9頁化学反応式の下

6行〜末行)との記載がある。

上記記載によれば,HPLCで使用する優れたカラムが開発されたこ




とにより,甲54刊行物が発行された平成元年当時においても,クロマ

トグラフィーを用いる光学分割が飛躍的に進歩しており,当業者は,将

来はクロマトグラフィーを用いる光学分割が光学分割法の柱となる可能

性があると認識していたことが認められる。

(ウ) 平成7年10月5日発行の甲75の1刊行物(甲75の1)には,「新

規光学活性化合物の開発に欠かせない技術として,液体クロマトグラフ

ィー(HPLC)による光学異性体の分離・分析技術が挙げられる。キラ

ル固定相を分離剤としたキラルカラムによる分析技術は新規光学活性医薬
品の開発動向と相まって,ここ10数年で急速に進歩し,各社から次々と

新規のキラル固定相を用いたキラルカラムが上市されており,現在では1

00種類以上のカラムが販売されるに至っている。」(375頁左欄13

行〜20行),「光学活性体の生産手段は…それぞれ長所,欠点を持って

おり,特に,新薬の開発段階において,高純度のものを迅速に供給すると

いう観点から見ると,選択肢は極めて限定される。…優先晶出法やジアス

テレオマー法が古くからの方法として,試みられている。しかし,目標光

学純度に到達するために収率を度外視して再結晶操作を何度も繰り返す場

合もあり,非常に手間がかかる。これらの方法と比較すると,HPLC法

は,分析カラムで目的の光学異性体が分割されることが確認されれば,そ

のままカラムを大きくすることによって,必要な光学活性体を分取するこ

とが容易であろうことは誰しも想像されることである。事実,…分取用キ

ラルカラム…や分取用途を目的としたキラル充填剤が多数販売されてお

り,この目的に広く使用されている。」(377頁左欄9行〜31行),

「これらの特徴を考えると,HPLC法は,“時間が勝負”である新規医

薬品の開発段階における評価用サンプル供給に求められる三つの条件−迅

速性,高い光学純度,両活性体供給−を満たす最適の方法ということがで

きる。」(377頁右欄表2の下1行〜5行)との記載がある。




上記記載によれば,甲54刊行物が発行された平成元年以降も,HPL

C法で使用するカラムの開発が進行し,甲75の1刊行物が発行された平

成7年の時点では,当業者は,医薬品の開発においては,HPLC法がジ

アステレオマー法と比較して優れた方法であると認識していたことが認め

られる。

イ 上記認定のとおり,平成元年当時の技術常識としては,本件化合物の光

学分割を行う際に,当業者はジアステレオマー法をまず最初に検討するも

のであったものの,HPLCで使用する優れたカラムが開発されたことに
より,クロマトグラフィーを用いる光学分割が飛躍的に進歩し,平成7年

の時点では,当業者は,医薬品の開発においては,HPLC法がジアステ

レオマー法と比較して優れた方法であると認識していたことが認められ

る。

そうすると,本件特許の優先日(平成8年12月26日)の技術常識

して,本件化合物の光学分割を行う際に当業者はジアステレオマー法を最

初に検討するとした審決の判断には誤りがあるというべきである。

(2) 移動相について

原告は,本件化合物のような両性化合物をHPLC法により光学分割する

際にヘキサン/イソプロパノール/トリフルオロ酢酸(0.1%)を含む移

動相を選択することは当業者が容易に想到できるとはいえないとした審決の

判断は誤りであると主張する。当裁判所は,以下のとおり,原告の主張は理

由があるものと判断する。

ア 「光学分割用カラム 取扱説明書」と題する書面(甲73の2。以下

「甲73の2取扱説明書」という。)の記載

甲73の1(甲73の2が,平成7年9月から平成8年2月末までの期

間に購入したCHIRALPAK ADに付属されていた取扱説明書であ

ることを述べるもの)及び弁論の全趣旨によれば,甲73の2取扱説明書




の記載内容は,本件特許の優先日前に公知の事項であったものと認められ

るところ,同取扱説明書には,「2.標準使用条件 溶離液;n-ヘキサン

/2-プロパノール=80/20(v/v)」,「3.溶離液及び試料溶媒

使用可能溶媒は以下の範囲です。 n-ヘキサン/2-プロパノール=100

/0〜0/100(v/v),n-ヘキサン/エタノール=100/0〜85

/15及び50/50〜0/100(v/v):室温下,100/0〜85

/15及び35/65〜0/100(v/v):40℃付近。・エタノール

を含有する溶離液では,ベースラインが落ち着くまで時間がかかることが
有ります。・一般に 2-プロパノールよりエタノールの方が,またアルコー

ル含量の高い方が保持時間を短くします。・試料が塩基性物質の場合,ジ

エチルアミンを0.1%(v/v)[Max.1.0%]添加すると,良い分離

の得られる事があります。・試料が酸性物質の場合,トリフルオロ酢酸ま

たは酢酸を0.1%(v/v)[Max.0.5%]添加すると,良い分離の得

られる事があります。なお,アルコールを含まない系でのご使用はお避け

下さい。」,「〈ご注意〉 本カラムには,多糖誘導体をシリカゲルに担

持した充填剤を用いております。溶離液及び,試料溶媒の項に記された溶

媒以外をご使用になりますと,多糖誘導体を溶解または膨潤させ,カラム

性能を損なう恐れがあります。使用可能溶媒以外をお使いになりたい場合

には,お問い合わせ下さい。」との記載がある。

イ 上記記載によれば,甲73の2取扱説明書には,CHIRALPAK

ADの標準的な移動相が n-ヘキサン/2-プロパノールであり,n-ヘキサン

/エタノールも利用可能であること,良い分離を得るためにこれらの移動

相に添加できる物質は,分離しようとする物質が塩基性物質の場合はジエ

チルアミン0.1%,酸性物質の場合はトリフルオロ酢酸又は酢酸0.1

%であり,これら以外の溶媒を使用した場合にはカラム性能を損なう恐れ

があることが記載されていると認められる。




そうすると,CHIRALPAK ADを用いて光学分割を行おうとす

る当業者は,その取扱説明書の記載に従い,移動相として n-ヘキサン/2-

プロパノールを使用することを試みるということができ,その分離が芳し

くない場合には,分離しようとする物質の液性によって,ジエチルアミ

ン,又はトリフルオロ酢酸若しくは酢酸を添加しようとするものと認めら

れる。本件化合物は,分子中に酸性基(カルボキシル基)と,塩基性基

(ピペリジル基及びピリジル基)の両者を有するものであるから,本件化

合物が酸性物質であるか又は塩基性物質であるかは,その化学構造からは
直ちに判明しないが,甲73の2取扱説明書には,ジエチルアミン,トリ

フルオロ酢酸又は酢酸以外の溶媒を使用するとカラムの性能を損なう恐れ

があることが記載されているから,当業者は,これら3種の物質のいずれ

かを移動相に添加して,良い分離を得ようとするものと認められる。すな

わち,CHIRALPAK ADを用いて本件化合物の光学分割を試みる

当業者は,その取扱説明書の記載に従い,移動相として n-ヘキサン/2-プ

ロパノールを使用し,また,その際の分離が芳しくない場合には,本件化

合物のような両性化合物については,ジエチルアミン,トリフルオロ酢酸

又は酢酸のいずれかを0.1%移動相に添加して,分離の改善を試みるこ

とを想到するものと認められる。

したがって,本件化合物のような両性化合物をHPLC法により光学分

割する際にヘキサン/イソプロパノール/トリフルオロ酢酸(0.1%)

を含む移動相を選択することは当業者が容易に想到できるとはいえないと

した審決の判断には誤りがある。

ウ 被告らの主張について

被告らは,審決の上記判断に誤りはない旨縷々主張するが,以下のとお

りいずれも採用することができない。

(ア) 被告らは,トリフルオロ酢酸を添加するのは,試料がカルボキシル基




等の酸性基のみを有する化合物,すなわち,酸性物質である場合に限ら

れると主張する。

しかし,前示のとおり,本件化合物が酸性又は塩基性のいずれの物質

であるかはその化学構造からは直ちに判明しないから,当業者は,甲7

3の2取扱説明書に記載の3種のいずれかを移動相に添加することを試

みるものといえる。また,甲73の2取扱説明書には,トリフルオロ酢

酸の添加は,試料が酸性物質である場合に限定される旨の記載はない。

したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
(イ) 被告らは,移動相には,分離された成分の回収が容易であることが必

要とされる(乙5)ところ,トリフルオロ酢酸を添加して取得した分離

成分にはトリフルオロ酢酸が不純物として0.9%残存することが判明

した(甲65)ので,移動相にトリフルオロ酢酸を添加することは当業

者の技術常識を無視してなされたものであると主張する。

しかし,本件特許の優先日技術常識参酌して本件化合物の光学異

性体を入手できたというために,本件化合物の光学異性体が純度100

%のものとして得られたことは必要ではない。したがって,被告らの上

記主張を採用することはできない。

(ウ) 被告らは,甲8記載の方法では試料の調製で本件化合物をエタノール

に溶解させているところ,移動相以外の溶媒を用いる場合には,カラム

中での試料の沈殿によるトラブル発生を防止するために,移動相よりも

溶解性の小さい溶媒を用いる必要があるとされており(乙6),移動相

より試料の溶解性の高い溶媒は使用しないことが技術常識であったこと

から,本件化合物をエタノールに溶解させることは当業者にとって容易

に想到できるものではないとも主張する。

しかし,被告らが主張の根拠とする乙6に記載された注意事項は,試

料を溶解性の大きい溶媒に溶かし,そのままカラムに注入する場合に関




するものである。甲8記載の方法では,試料をエタノールに溶解後,そ

のままカラムに注入するのではなく,移動相で希釈してカラムに注入し

ているため,乙6の注意事項は事前に回避されている。したがって,被

告らの上記主張を採用することはできない。

(エ) 被告らは,エタノールを選択するためには,本件化合物が甲8記載の

方法の移動相に溶けにくいことを確認し,かつ,本件化合物を溶解する

溶媒として,種々のものの中からエタノールが最適であることを見出す

必要があるところ,これは,エタノールの選択が当業者の高度な創作
力の発揮の結果なされたことを明確に示すものであるとも主張する。

しかし,甲2公報には,本件化合物の合成反応の溶媒としてエタノー

ルが使用されていることが記載されており,これによれば,当業者には

本件化合物がエタノールに溶解することも知られていたものと認められ

る。そうすると,CHIRALPAK ADを使用する光学分割におい

て,そこで標準使用条件とされる溶離液に本件化合物が溶けにくいこと

が判明した場合に,本件化合物が溶解する溶媒として知られており,ま

た,甲73の2取扱説明書においても,溶離液の成分として挙げられて

いるエタノールを選択することは,当業者であれば格別の創意を要する

事項ではない。したがって,被告らの上記主張を採用することはできな

い。

(3) 固定相について

ア 被告らは,本件化合物をHPLC法により光学分割する際には,キラル

固定相としてCHIRALCEL ODやCHIRALPAK ADを採用

することは,当業者が最初に検討するとした審決の判断は誤りであるとし

て縷々主張する。

しかし,以下の刊行物の記載から認められる本件特許の優先日における

事情に照らせば,本件特許の優先日における当業者であれば,本件化合物




を光学分割する場合に,様々なHPLCのキラル固定相の中から,当時広

く使用されていたセルロース又はアミロースの誘導体を選択し,かつ,こ

れら誘導体の中で,多くの物質が光学分割可能であったCHIRALCE

L OD又はCHIRALPAK ADの使用を最初に検討することは,ご

く自然なことであったと認められる。

(ア) 平成12年5月1日発行の「高分子」49巻5月号(甲35)には,

「1996年に"Tetrahedron Asymmetry"誌には349報の論文が鏡像

体の純度を報告している。その決定法の内訳は,HPLC(36%),
NMR(32%),GC(22%),旋光度(11%)である。HPL

Cは主要な鏡像体の純度の決定法になっている。使用されるキラル固定

相は5,6の誘導体が71%を占め,その有用性がうかがえる。」(3

16頁右欄図1の下29行〜317頁左欄表1の下4行)との記載があ

る。

ここでいう「5,6の誘導体」の5とはセルロースであり,6とはア

ミロースである(316頁左欄下から2行〜1行)から,本件特許の優

先日と同年の1996年(平成8年)当時,セルロースやアミロースの

誘導体は,HPLCにおける各種キラル固定相の中でも実用性に高く,

当業者に広く使用されていたキラル固定相であったことが認められる。

(イ)a 平成7年3月15日発行の甲6刊行物(甲6)には,「セルロース

の…トリス(カルバミン酸フェニル)誘導体の多くは,興味深い光学分

割能を示す。…なかでも 3,5-ジメチルフェニル誘導体(34)は,芳香族

炭化水素やハロゲン化物からアミンやカルボン酸まで,きわめて広範

囲の化合物をかなりの確率(約60%)で光学分割することができ

る。…アミロースのカルバミン酸フェニル誘導体も,シリカゲルに吸

着させると実用性のあるキラル充填剤となる。この場合もカルバミン

酸 3,5-ジメチルフェニル(35)がもっとも高い光学分割能を示すことが




多い。(35)の不斉識別能は(34)のそれとは異なり,両者はかなり相補

的である。したがって,(34)と(35)を用いると80%前後の確率でラ

セミ体を分割できる可能性がある。」と記載されている(U−570

頁左欄4行〜25行)。

b 平成5年3月25日発行の甲25刊行物(甲25,63)には,

「セルロースとフェニルイソシアナート…を…反応させると,…フェ

ニルカルバメート…に変換される。置換フェニルイソシアナートを用

いれば,相当するカルバメート誘導体が得られる。…これら置換フェ
ニルカルバメートのうち,4-メチル,4-クロロ,3,5-ジメチル誘導体

が市販されている。なかでも 3,5-ジメチルフェニルカルバメートは,

分割可能な化合物の種類が多い。…ヘキサン-2-プロパノールを溶離

液として,芳香族炭化水素からアミンやカルボン酸まで分割できる。

…筆者らのところで,このカラムにより493種のラセミ体の分割を

行ったが,そのうち227種が完全分割され,86種は裾が一部重

なった部分分割であった。この確率(313/493=0.63)

は,ほかのキラルカラムによる確率に比べてかなり高い。アミロース

のフェニルカルバメート…の誘導体についても同様の検討が加えられ

ている。ここでもトリス(3,5-ジメチルフェニルカルバメート)が高い

光学分割能を示す。…このカラムにより,372種のラセミ体の光学

分割が筆者らにより試みられている。そのうち108は完全分割,9

8は部分分割されている。これら2種の 3,5-ジメチルフェニルカルバ

メートによる光学分割では,493種のラセミ体のうち,185がセ

ルロース誘導体のみで分割され,78がアミロース誘導体のみで,1

28は両者で分割されたことになり,合計391(79%)が少なく

ともどちらかの誘導体で分割できることになる。」と記載されている

(478頁右欄図11.35の下8行〜480頁右欄1行)。




c 甲6刊行物及び甲25刊行物とも,研究開発において当業者が広く

参考にする便覧やハンドブックであり,甲6刊行物に記載のセルロー

スの誘導体(34)及び甲25刊行物に記載のセルロース誘導体はCHI

RALCEL ODに相当し,また,甲6刊行物に記載のアミロース

の誘導体(35)及び甲25刊行物に記載のアミロースの誘導体はCHI

RALPAK ADに相当する。

したがって,上記a,bの記載によれば,セルロース誘導体の1種

であるCHIRALCEL OD又はアミロース誘導体の1種である
CHIRALPAK ADのいずれかのカラムをキラル固定相として

使用することにより,500に近いラセミ体の約80%を光学分割す

ることが可能であることが,本件特許の優先日において当業者に周知

の事項であったことが認められる。

(ウ) 上記(ア),(イ)によれば,本件特許の優先日における当業者であれば,

本件化合物を光学分割する場合に,様々なHPLCのキラル固定相の中

から,当時広く使用されていたセルロース又はアミロースの誘導体を選

択し,かつ,これら誘導体の中で,多くの物質が光学分割可能であった

CHIRALCEL OD又はCHIRALPAK ADの使用を最初に

検討することは,ごく自然なことといえる。

イ 被告らの主張について

(ア) 被告らは,本件特許の優先日当時,オールマイティーな固定相は存在

せず,経験に頼りつつ試行錯誤しながらキラル固定相が決定されていた

ので,キラル固定相の選択は,当業者にとって容易ではなかった,高分

子系キラル固定相による光学分割の機構の解明は端緒についたところで

あり,高分子系キラル固定相の不斉識別機能を事前に予測することは困

難であったと主張する。しかし,そのような事情は,多くのキラル固定

相の中からCHIRALCEL OD又はCHIRALPAK ADを最




初に選択することを妨げるものではない。

また,被告らは,甲25刊行物記載の分割率は,膨大な数の化合物が

存在する中,そのうちのほんの一部にすぎない限られた500種類程度

の化合物における結果の数字であるにすぎず,CHIRALCEL O

D及びCHIRALPAK ADを用いるとすべての化合物を上記の割

合で分離することができることを示しているものではないとも主張す

る。しかし,問題は,本件特許の優先日に市販されていた複数の多糖誘

導体固定相の中からいずれのものを選択するかということであって,C
HIRALCEL OD又はCHIRALPAK ADを用いることによ

り,すべての化合物について上記の分割率で光学分割が可能であること

を要するものではない。また,上記の分割率は,それが膨大な数の化合

物のうちの500種類程度の化合物における結果であるとしても,CH

IRALCEL OD又はCHIRALPAK ADを最初に選択するた

めの動機付けとしては十分な数値である。

(イ) 被告らは,両性イオン化合物であるアミノ酸は,CHIRALCEL

OD又はCHIRALPAK ADが含まれる Type Uのキラル固定相

では光学分割ができないことが甲64刊行物に報告されているので,本

優先日当時,CHIRALCEL OD又はCHIRALPAK AD

では,分子中に酸性基であるカルボキシル基と塩基性基であるピペリジ

ル基及びピリジル基とを有する両性イオン化合物である本件化合物を分

割することはできなかったと考えるのが自然であると主張する。

確かに,甲64刊行物(甲64)には,「目的化合物の基本的構造の

違いと光学分割の可能性のあるCSP(判決注・キラル固定相を意味す

る。)との組合せをリストアップしたものであり,CSP選択の大凡の

ガイドラインとして使用することができる」ものとして,「含窒素エナ

ンチオマーの光学分割を目的とした場合のCSP選択の目安」と題する




表4・6があり(101頁),これによれば,アミノ酸は,CHIRA

LCEL OD又はCHIRALPAK ADが含まれる Type Uのキラ

ル固定相では光学分割ができないものとして分類されていることが認め

られる。

しかし,まず,甲64刊行物は,本件特許の優先日の後の平成12年

3月25日に発行されたものであるから,これに記載されている事項が

本件特許の優先日に当業者に知られていたものということはできない。

また,甲8,甲15及び甲41の各実験報告書には,CHIRALCE
L OD又はCHIRALPAK ADを使用することにより本件化合物

を光学分割できたことが記載されており,甲65の実験報告・陳述書に

も,被告宇部興産株式会社の社員が行った実験において,CHIRAL

PAK ADを使用して本件化合物を光学分割できたことが記載されて

いるところ,本件化合物はいわゆる典型的なアミノ酸とはその化学構造

が異なるものであることからすると,本件化合物は,甲64刊行物に記

載されている Type Uのキラル固定相選択の目安の例外と解するのが合

理的である。したがって,被告らの上記主張も採用することはできな

い。

(ウ) 被告らは,「両性イオン化合物は,順相系カラムの移動相(有機溶

媒系移動相)に対する溶解度が低いため,順相系カラムにかけられない

場合が多い。」との慶應義塾大学A教授の見解(乙2)を根拠として,

そもそも本件化合物のような両性イオン化合物を光学分割する場合に,

順相系のカラムを用いることは一般的ではないとも主張する。

しかし,まず,本件化合物がアミノ酸を初めとする両性イオン化合物

の例外と考えられることは上記(イ)のとおりである。

また,甲2公報の実施例4には,「実施例2と同様の方法」で本件化

合物を得たと記載され,その実施例2には,「希塩酸で中和した後,ク




ロロホルムで抽出した」と記載されていることから,本件化合物は,中

性の水よりもクロロホルムに溶けやすいと理解でき,順相系カラムの移

動相である有機溶媒に対する溶解度が低いということはできない。

したがって,本件化合物は,A教授の見解に当てはまるものではな

い。

ウ 以上のとおり,被告らの主張はいずれも採用することができない。本件

化合物をHPLC法により光学分割する際には,キラル固定相として,C

HIRALCEL ODやCHIRALPAK ADを採用することは,当
業者が最初に検討することといえるとの審決の判断に誤りはない。

(4) 前記(1)ないし(3)で認定判断したところによれば,審決における「本願出

願時の技術常識を考慮しても,本件特許発明1の医薬品組成物の有効成分を

構成する『実質的に(R)体を含有しない,(S)体である』本件化合物

は,当業者が容易に得ることができなかった」(審決書25頁末行〜26頁

2行)との判断には誤りがある。そして,甲2公報に記載された本件化合物

のラセミ体から,実質的に(R)体を含有しない,(S)体である本件化合

物を得ることは,原告が提出した甲8,甲15及び甲41の各実験報告書を

参酌すれば達成可能な事項であるところ,上記各実験報告書における実験は

本件特許の優先日における技術常識に基づく実験ということができる。した

がって,審決が認定した本件特許発明1と甲2発明との相違点である,本件

化合物のベンゼンスルホン酸塩が「実質的には(R)体を含有しない,

(S)体」であるのに対し,甲2発明では光学異性体についての特定がされ

ていない点については,その構成という観点からは,当業者が容易に想到

能であったものということができる。

しかし,実質的には(R)体を含有しない,(S)体である本件化合物の

ベンゼンスルホン酸塩が,甲2公報に記載された本件化合物のベンゼンスル

ホン酸塩と比較して顕著な効果を有するのであれば,本件特許発明1の進歩




性を肯定することができるというべきであるから,次に,実質的には(R)

体を含有しない,(S)体である本件化合物のベンゼンスルホン酸塩の有す

る効果について検討する。

(5) 本件特許発明の効果について

ア 本件明細書(甲1)には,ヒスタミンショック死抑制作用試験において

(S)-エステルが(R)-エステルより約43倍強い活性を示したこと,

homologousPCA反応抑制作用試験において(S)-エステルが(R)-エ

ステルより約100倍以上強い作用を示したことが記載されている(【0
030】〜【0035】)ところ,本件明細書は,この本件化合物のエス

テルによる(S)体と(R)体の比較を根拠に,本件化合物の(S)体が

より優れた光学活性体であり,生体内で活性本体として作用すると結論づ

けている(【0048】)。

そして,このことは,甲9の4の意見書に添付された実験成績証明書

に,モルモットから摘出した回腸におけるヒスタミン誘発収縮に対する薬

理試験(試験3)の結果,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸塩

がそのラセミ体に対して約7倍の活性を示したことが記載されており,ま

た,本件明細書に記載のヒスタミンショック死抑制作用試験と同様の試験

(試験4)の結果,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸がラセミ

体に対して約3倍の生存率を示したことが記載されていることからも裏付

けられる。

そうすると,本件化合物の(S)体は,その(R)体と比較して,当業

者が通常考えるラセミ体を構成する2種の光学異性体間の生物活性の差以

上の高い活性を有するものということができる。

したがって,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸は,審決が認

定した甲2発明であるラセミ体の本件化合物のベンゼンスルホン酸塩と比

較して,当業者が予測することのできない顕著な薬理効果を有するものと




いえる。

イ 原告の主張について

(ア) 原告は,本件明細書に記載されているのは,(S)−((S)ブタン

酸エチルのフマル酸塩)と(R)−エステル((R)−ブタン酸エチル

のフマル酸塩)の薬理効果を比較したデータであり,エステル化されて

いない本件化合物の(S)体や(R)体はもちろん,ラセミ体との効果

上の違いは何ら理解できないと主張する。

しかし,本件明細書には,ヒスタミンショック死抑制作用試験及び
homologousPCA反応抑制作用試験で,(S)-エステルが(R)-エス

テルより優れた活性を有することが記載されていることは前記1(1)ア

認定のとおりであり,また,その【0036】には,「(S)−エステ

ルの代謝物である式(T)の(S)−ピペリジン誘導体は,(S)−エ

ステルと同等の薬理作用を示す」との記載があり,【0048】には,

「(S)−ピペリジン誘導体(T)のベンゼンスルホン酸塩及び安息香

酸塩は,抗ヒスタミン活性及び抗アレルギー活性を有するより優れた光

学活性体であり,生体内で活性本体として作用し,また物理化学的に優

れた安定性を示すことから,医薬品として適した性質を有する」との記

載がある(甲1)ことからすれば,本件明細書には,本件化合物の

(S)体が(R)体と比較して優れた活性を有することが記載され,開

示されているというべきである(なお,甲9の4に添付された実験成績

証明書には,モルモットから摘出した回腸におけるヒスタミン誘発収縮

に対する薬理試験(試験3)の結果,本件化合物の(S)体のベンゼン

スルホン酸が,そのラセミ体に対して高い活性を示したことが記載され

ており,また,本件明細書に記載のヒスタミンショック死抑制作用試験

と同様の試験(試験4)の結果,本件化合物の(S)体のベンゼンスル

ホン酸がラセミ体より高い生存率を示したことが記載されている。)。




したがって,本件明細書には,本件化合物の(S)体が(R)体と比

較して優れた活性を有することが開示されているものと認められ,原告

の上記主張を採用することはできない。

(イ) 原告は,ラセミ体ではそれを構成する2種の光学異性体のうち一方の

みが所望の生物活性を有している場合が大変多い(甲71)ところ,

(S)体が(R)体より効果があるといっても,それは光学異性体間で

ごく普通に認められることであるとも主張する。

しかし,甲9の4に添付された実験成績証明書に記載の薬理試験で

は,上記のとおり,本件化合物の(S)体のベンゼンスルホン酸塩がそ

のラセミ体に対して約7倍という高い活性を示したことが記載されてい

るところ,この数値は,仮に2種の光学異性体のうち一方のみが生物活

性を有し,他方が生物活性を有さないと仮定した場合の活性の差,すな

わち,2倍の差を上回るものである。

したがって,本件化合物の(S)体は,その(R)体と比較して,当

業者が通常考えるラセミ体を構成する2種の光学異性体間の生物活性の

差以上の高い活性を有するものということができる。原告の上記主張を

採用することはできない。

(ウ) 原告は,本件化合物の(R)体が全く薬効を示さないことは国立医薬

品食品衛生研究所長の審査報告書(甲22)で明らかにされており,同

報告書には,(R)体は一般症状及び循環器系にも影響を与えないこと

が記載されているので,ラセミ体と比較しても本件化合物の(S)体は

2倍程度の効果しか示さないこととなり,本件発明に進歩性を基礎づけ

るような顕著な効果は認められない旨を主張する。

しかし,上記報告書(甲22)には,「光学異性体であるR体は薬効

を示さなかった。」と記載されているにすぎず,この記載が,いかなる

薬理試験において,どの程度の用量を使用した結果に基づくものである




かは不明である。

したがって,このような記載を根拠に本件特許発明の効果を否定する

ことはできない。

ウ 以上のとおり,原告の主張はいずれも採用することができない。本件特

許発明1は,審決が認定した甲2発明と比較して,当業者が予測すること

のできない顕著な薬理効果を有するものである。

(6) 小括

以上によれば,本件特許発明1の進歩性に係る審決の判断は,本件化合物
をHPLC法により光学分割する際にキラル固定相としてCHIRALCE

L ODやCHIRALPAK ADを採用することは当業者が最初に検討す

るとした点に誤りはないものの(前記(3)),本件化合物の光学分割を行う

際に当業者がジアステレオマー法をまず最初に検討するとした点及び本件化

合物の光学分割に当たりヘキサン/イソプロパノール/トリフルオロ酢酸

(0.1%)を含む移動相を選択することは当業者が容易に想到できるとは

いえないと判断した点に誤りがあり(前記(1),(2)),したがって,実質的

に(R)体を含有しない,(S)体である本件化合物は,本願出願時の技術

常識を考慮しても,当業者が容易に得ることができなかったものであるとし

た こ と は誤 り で ある け れど も (前 記 (4)), 本 件 特許 発 明 1の 実 質的 に

(R)体を含有しない,(S)体である本件化合物は,審決が認定した甲2

発明における本件化合物と比較して当業者が予測することのできない顕著な

薬理効果を有するものであると認定判断した点に誤りはなく(前記(5)),

結局のところ,本件特許発明は甲2発明に対して進歩性を有するものとした

審決の判断は,結論において誤りはない。

よって,原告主張の取消事由2は理由がない。

3 まとめ





以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消す

べき違法はない。

第6 結論

よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のと

おり判決する。

知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官 設 樂 z 一




裁判官 西 理 香




裁判官 田 中 正 哉






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