審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
---|---|---|
平成22行ケ10389審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10130審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成19行ケ10257審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24行ケ10174審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成23行ケ10337審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
23年
(行ケ)
10401号
審決取消請求事件
|
---|---|
裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2013/01/17 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
---|---|
判例全文
平成25年1月17日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成23年(行ケ)第10401号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成24年12月19日 判 決 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用(補助参加によって生じた訴訟費用を含む。) は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための 付加期間を30日と定める。 事実及び理由 第1 請求 特許庁が無効2010−800219号事件について平成23年7月27日にし た審決を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,原告の後記2の本件発明に係 る特許に対する被告の特許無効審判の請求について,特許庁が当該特許を無効とし た別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記 4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) アメリカン テレフォン アンド テレグラフ カムパニー(エイ・ティ・ アンド・ティ・コーポレーション。以下「AT&T」という。)は,平成4年7月 3日,発明の名称を「無線アクセス通信システムおよび呼トラヒックの伝送方法」 とする特許出願(特願平4−198953号。パリ条約による優先日:平成3年 (1991年)7月9日,米国)をした(甲4)。以下,本件出願に係る明細書 (甲4)を,図面を含め,「本件当初明細書」という。 AT&Tは,平成8年7月31日付けで手続補正(以下「本件補正」という。) をした(甲6。以下,本件補正に係る明細書(甲4,6)を,図面を含め,「本件 補正明細書」という。)。 AT&Tは,平成8年12月5日,上記特許出願について,設定の登録(特許第 2588498号。請求項の数26)を受けた(甲2)。以下,この特許を「本件 特許」という。 (2) AT&Tは,平成8年3月29日,ルーセント テクノロジーズ インコー ポレイテッドに対し,本件特許を譲渡した(甲34)。その後,本件特許は,平成 12年9月29日,アバヤ テクノロジーコーポレイション(当時)に対し,平成 20年3月13日,ウインドワード コーポレイション,ハイ ポイント(ガーン ジー)リミテッド,原告に対し,順次譲渡された(甲35〜38)。 (3) 原告は,平成21年1月7日,本件特許のうち請求項11及び24について, 訂正審判を請求し,特許庁は,同年3月18日,上記訂正を認める旨の審決をした (甲3)。以下,訂正後の本件特許に係る明細書(甲2,3)を,図面を含め, 「本件明細書」という。 (4) 被告は,平成22年12月2日,本件特許の請求項6及び11に係る発明に について,特許無効審判を請求し,無効2010−800219号事件として係属 した。 (5) 特許庁は,平成23年7月27日,「特許第2588498号の請求項6及 び請求項11に係る発明についての特許を無効とする。」旨の本件審決をし,同年 8月4日,その謄本が原告に送達された。 2 本件補正前後の特許請求の範囲の記載 (1) 本件補正前の特許請求の範囲の請求項6及び11の記載は,次のとおりであ る(以下,それぞれ「本件当初発明1」「本件当初発明2」といい,また,これら を総称して,「本件当初発明」という。)。なお,文中の「/」は,原文における 改行箇所を示す。 【請求項6】サービス地域に位置する無線電話に無線電話の呼サービスをそれぞれ 提供する複数のセルと,/前記の各セルに少なくとも1つは接続されるように前記 複数のセルに接続された複数の通信リンクと,/前記複数のリンクに接続されてい て,前記セルとの間で前記リンクを介して無線電話の呼トラヒックを双方向に伝え る少なくとも1つの交換システムと/を備え;/前記の各セルが,/無線電話から 入って来る音声の呼トラヒックの無線受信に応じて,個々の呼の入トラヒックを運 ぶパケットを,統計的に多重化された形式で,前記の接続された少なくとも1つの リンクに送り,さらに無線電話に出て行く音声の呼トラヒックの無線送信のために, 接続された少なくとも1つのリンク上で個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを 統計的に多重化された形式で受信する第1の手段を備え;/さらに各交換システム が,/セルによってサービスされる無線電話に向かって出て行く音声呼トラヒック を受け取り,これに応じて個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重 化された形式で前記セルに接続された少なくとも1つのリンク上に送り出し,さら に前記の入トラヒックをその着信先に送るために,前記セルに接続された少なくと も1つのリンク上の個々の呼の入来する音声呼トラヒックを運ぶパケットを統計的 に多重化された形式で受信する第2の手段を備えた/ことを特徴とする無線電話通 信システム 【請求項11】時として複数のセルが,無線電話呼のサービスを1つの共通の移動 無線電話に同時に与えることがあり;さらに交換システムの前記第2の手段が,/ 前記第3の手段が,前記の1つの移動無線電話に向かう出接続呼トラヒックの受信 に応じて,前記セルの出トラヒックのコピーをそれぞれ運ぶパケットを,前記の1 つの移動無線電話に前記サービスを同時に与えている前記セルの各々に送り,また 前記の1つの移動無線電話に前記サービスを同時に与えている前記セルの各々から その呼の入トラヒックを運ぶパケットを受信し,このとき異なるセルから受信した 各パケットにはその入トラヒックのコピーが入っていて,さらに送信先に送るため に前記の入トラヒックの受信されたコピーの中の1つのみを選択する/ことを特徴 とする請求項6記載のシステム (2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項6及び11の記載(前記1(3)の訂正 審決による訂正後のもの)は,次のとおりである(以下,それぞれ「本件発明1」 「本件発明2」といい,また,これらを総称して,「本件発明」という。)。なお, 文中の「/」は原文における改行箇所を,下線部は補正箇所を示す。 【請求項6】サービス地域に位置する無線電話に無線電話の呼サービスをそれぞれ 提供する複数のセルと,/前記の各セルに少なくとも1つは接続されるように前記 複数のセルに接続された複数の通信リンクと,/前記複数のリンクに接続されてい て,前記セルとの間で前記リンクを介して無線電話の呼トラヒックを双方向に伝え る少なくとも1つの交換システムとを備え,/各セルが,/無線電話から入って来 る音声の呼トラヒックの無線受信に応じて,個々の呼の入トラヒックを運ぶパケッ トを,統計的に多重化された形式で,前記の接続された少なくとも1つのリンクに 送り,さらに無線電話に出て行く音声の呼トラヒックの無線送信のために,接続さ れた少なくとも1つのリンク上で個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的 に多重化された形式で受信する第1の手段を備え,/さらに各交換システムが,/ セルによってサービスされる無線電話に向かって出て行く音声呼トラヒックを受け 取り,これに応じて個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化され た形式で前記セルに接続された少なくとも1つのリンク上に送り出し,さらに前記 の入トラヒックをその着信先に送るために,前記セルに接続された少なくとも1つ のリンク上の個々の呼の入来する音声呼トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重 化された形式で受信する第2の手段を備え,当該第2の手段は,/当該交換システ ムが送信する送信パケットの着信先であるユーザ端末にサービスするセルにおいて 所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるように出トラヒックを運 ぶパケットを当該交換システムが送信する時刻を制御する手段と,/入トラヒック を運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時 間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送 信する時刻を制御する手段とからなることを特徴とする無線電話通信システム 【請求項11】時として複数のセルが,無線電話呼のサービスを1つの共通の移動 無線電話に同時に与えることがあり;さらに交換システムの前記第2の手段が,前 記の1つの移動無線電話に向かう出接続呼トラヒックの受信に応じて,前記呼の出 トラヒックのコピーをそれぞれ運ぶパケットを,前記の1つの移動無線電話に前記 サービスを同時に与えている前記セルの各々に送り,また前記の1つの移動無線電 話に前記サービスを同時に与えている前記セルの各々からその呼の入トラヒックを 運ぶパケットを受信し,このとき異なるセルから受信した各パケットにはその入ト ラヒックのコピーが入っていて,さらに送信先に送るために前記の入トラヒックの 受信されたコピーの中の1つのみを選択する第3の手段を備えたことを特徴とする 請求項6記載のシステム 3 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,要するに,@本件補正は,本件当初明細書の要旨を変更する ものであるから,平成5年法律第26号による改正前の特許法(以下「法」とい う。)40条により,本件出願の出願日は補正日である平成8年7月31日に繰り 下がるところ,本件発明1は,後記の引用例の特許請求の範囲の請求項6に記載さ れた発明と同一であり,また,本件発明2は,同請求項1に記載された発明及び同 請求項21に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた ものである,A本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,いわゆるサポート要件 (平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号)に違反するのみ ならず,Bいわゆる実施可能要件(同条4項)にも違反する,というものである。 引用例:米国特許第5195090号明細書(甲1。特許日:平成5年(199 3年)3月16日) 4 取消事由 (1) 本件補正が要旨変更に該当するとした判断に係る誤り(取消事由1) (2) サポート要件に係る判断の誤り(取消事由2) (3) 実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由3) 第3 当事者の主張 1 取消事由1(本件補正が要旨変更に該当するとした判断に係る誤り)につい て 〔原告の主張〕 (1) 「交換システムで受信」「交換システムから送信される時刻」の解釈につい て ア 本件審決は,本件発明1の「交換システムで受信」を「交換システムの入口 で受信」と,「交換システムから送信される時刻」を「交換システムの外に入トラ ヒックが出される時刻(交換システムの出口から送信する時刻)」と解釈した上で, 「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムから送信される時刻の前の所定 のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように入トラヒックを当該交 換システムが送信する時刻を制御する手段とからなる」構成(以下「本件構成」と いう。)を付加した本件補正は,要旨の変更に該当するとする。 しかしながら,ウィンドウ時間と受信・送信の機能的関係及び技術常識を一切無 視し,「交換システムで」との文言に基づき,形式的に「入口での受信」「出口で の送信」と解釈することは相当ではない。 イ 本件発明1において,受信される対象は「パケット」であるから,受信場所 は「ボコーダ以前」であることは明らかである。また,「所定のウィンドウ時間内 に・・・受信されるように」と定めていることからすると,「当該交換システムで 受信される」とは,交換システムのうち,「ウィンドウ時間が設定される場所での 受信」を意味するものである。「ウィンドウ時間」とは,「パケットの受信が期待 される一定の時間の範囲(時間枠)」を意味するところ,本件発明1において, 「送信される時刻の前」に「所定のもの」として設定されるものであるから,技術 常識を前提とすれば,バッファの前に,入トラヒックの送信時刻と一定の関係性を 有するものとして設定される必要はあるが,これらを超えて場所的限定を付し,交 換システムの「入口」での受信と解すべき理由はない。 ウ 本件発明1において,「当該交換システムが送信する時刻」「当該交換シス テムから送信される時刻」という文言は,交換システムのどの部分が送信する時刻 を意味するのかについて限定するものではない。「から」という助詞が用いられて いることのみに基づいて,交換システムの具体的な部分を起点とした送信であるこ とを導くことはできない。特許請求の範囲の記載において,明確に「所定のウィン ドウ時間内に・・・受信されるように・・・送信する時刻を制御する」と定められ ていることからすると,送信時刻の一定時間前のウィンドウ時間が,送信時刻を制 御すると連動して動くという関係性を有することは明らかである。ウィンドウ時間 との間において,このような関係性を有する送信時刻は,交換システム内部の送信 場所においても観念し得るから,送信時刻を「交換システムの出口からの送信時 刻」と解釈すべき理由とはならない。 技術的な観点においても,PSTNに接続され,ボコーダ以降はPCMサンプル による通信を行う交換システムは本件発明1の「交換システム」に該当するところ, このようなシステムでは,「送信する時刻」はボコーダより前の送信時刻である必 要があるという技術常識を理解している当業者であれば,制御対象である「送信す る時刻」を「交換システムの出口から送信する時刻」と解釈することはあり得ない。 また,送信時刻の制御は,「個々の呼の入トラヒック」についてされる必要があ るところ,交換システムのPSTNに向けた出線は,「複数の呼のトラヒック」を 「多重化」して送信するように設計されており,送信時刻の制御は複数の呼のトラ ヒックを多重化するための「マルチプレクサ」の前において行う必要があるから, 「送信する時刻」は「交換システムの出口から送信する時刻」ではあり得ない。 エ 本件発明は,ウィンドウ時間を用いた送信時刻制御という交換システムの 「機能」を技術思想として提供するものであり,このような機能を交換システムの どこで,いかなる内部機器の配置をもって実施するかは,技術常識の制約を受ける としても,当業者の設計次第である。ウィンドウ時間やバッファ,受信と送信の場 所的関係や,受信場所・送信場所を厳密に特許請求の範囲の記載において特定する ことは,本件発明では重要でも必要でもない。すなわち,本件発明は,無線電話, セル及び交換システムから構成される無線電話通信システムの交換システムにおい て,所定のウィンドウ時間を用いて,外部との間で送受信されるトラヒックの送信 時刻を制御すること(交換システムの機能)自体が新規な内容に含まれる発明であ るから,被告及び被告補助参加人(以下「被告ら」という。)が主張する場所的な 特定が必要となるものではない。 また,本件発明1の「所定のウィンドウ時間」とは,「所定の」という文言から すると,送信時刻の前に任意に設けられるのではなく,送信時刻との関係であらか じめ定められているものということができるが,具体的にどのような時間に「ウィ ンドウ時間」が設定されるかについては,「所定の」との文言からは一義的に明確 ではないということができる。 「送信する時刻を制御」についても,送信時刻の制御である以上,送信時刻を早 めるか遅らせるかを意味すると解するのが自然であるが,具体的な送信時刻の「制 御」の内容は,「パケットがウィンドウ時間内に受信されるようにする」こと以外 の特定がなく,一義的に明確ではないということができる。 したがって,本件当初明細書の記載(【0088】〜【0105】【図20】 【図22】)を参酌すると,「所定のウィンドウ時間」とは,実施例における時間 枠1402のように,送信時刻を基準として,送信時刻の一定時間前に設けられる (送信時刻に連動して動く)ものと解される。 さらに,「制御」とは,実施例において,交換システム内でバッファを有するプ ロセッサから公衆送信網へ向けたフレームの送信時刻が「交換システムから送信さ れる時刻」とされ,当該送信時刻の一定時間前の「時間枠1402」内にパケット が受信されるように,【図20】の「送信時刻1406」を「送信時刻1407」 に遅らせたり,【図22】の「送信時刻1406」を「送信時刻1606」に早め たりするものであると解される。 オ 以上によると,ウィンドウ時間と受信・送信の機能的関係及び技術常識に基 づくことなく,「交換システムで」「交換システムから」との文言のみに基づいて, 「交換システムで受信」「交換システムから送信される時刻」について,形式的に, 交換システムの「入口での受信」「出口からの送信」と解することは誤りである。 なお,被告らは,本件特許の対応米国特許(米国特許第5195090号)につ いて,原告が米国カンザス連邦地方裁判所に提起した特許権侵害訴訟(以下「米国 侵害訴訟」という。)では,原告は「交換システムから(の)送信」という文言に ついて,交換システムの出口からの送信を意味すると解していると主張する。 しかしながら,米国侵害訴訟における原告の主張は,対応米国特許に特有の文言 に関する主張にすぎない。また,対応米国特許に係る主張は,本件特許とは無関係 であって,被告らの主張は誤導的な主張というほかなく,失当である。 また,被告らは,原告が被告に対して提起した本件特許に係る特許権侵害訴訟 (東京地方裁判所平成20年(ワ)第38602号損害賠償請求事件。以下「別件 侵害訴訟」という。)において,原告が「出口のインタフェース」でも本件構成を 理論的に実施できると指摘したことが,主張の変遷に該当すると主張する。 しかしながら,「出口(外部との境界点)」と「出口のインタフェース」とは同 義ではなく,「出口のインタフェース」は,交換システムの外部との境界点のみな らず,種々の回路を含む交換システムの内部機器をも含むものである。「出口のイ ンタフェース」において本件構成の制御を実施することも可能であるとの主張は, 「交換システムから送信」について,「出口(外部との境界点)からの送信」と一 義的に解釈すべきではないという原告の主張と矛盾するものではない。 (2) 本件審決の補足的判断について 本件審決は,本件発明1において,入トラヒックが受信,送信される場所につい て限定されていないと解するとしても,少なくとも本件構成が交換システムの入口 で受信し,交換システムの出口で送信する構成を含む以上,当該部分の存在をもっ て,無効理由があるとする。 しかしながら,「所定のウィンドウ時間内に・・・受信」という文言や所定のウ ィンドウ時間との関係性及び技術常識を無視して「交換システムの入口で受信し, 交換システムの出口で送信する構成」を含むとする認定自体が誤りである。本件発 明において,「送信時刻を制御することにより,ウィンドウ時間内にパケットが受 信されることとなるような,送信時刻とウィンドウ時間の関係(送信時刻に連動し てウィンドウ時間が動くという関係)が必要となるのは,ウィンドウ時間が設定さ れる受信場所と制御対象たる送信時刻とが存在する送信場所の両方についてであり, 受信場所と送信場所とを,相互に関係のない「入口」と「出口」として形式的に捉 えることは誤りである。 そして,「送信時刻を制御することにより,所定のウィンドウ時間内にパケット が受信されることとなるような関係」を有する所定のウィンドウ時間と送信時刻 (ボコーダ以前の送信時刻)については,本件当初明細書に記載されているから, 本件補正は要旨変更に該当するものではない。機械や通信の分野に係る発明におい て,発明とは直接的な関連性を有するとは限らない部材や機能が特許請求の範囲の 記載に形式的に含まれているからといって,直ちに特許請求の範囲の記載が広汎に すぎ,特許請求の範囲の記載に係る補正が要旨変更に該当するということはできな い。 (3) 間接的制御について(予備的主張) 仮に,本件構成の「交換システムから」「交換システムが」という文言が,「交 換システムの出口から」という意味であると解されるとしても,ボコーダより前に 行われた送信時刻の制御に応じて,ボコーダ以降の決定論的なトラヒックの送信を 行う回路やインタフェースから送られるトラヒックの送信時刻も間接的に制御され ることになるから,本件構成を整合的に理解することは可能である。 すなわち,「入トラヒックを・・・送信する時刻」という文言は,トラヒックの 「送信間隔」の制御についてではなく,特定のトラヒックの「送信時刻」の制御に ついて規定しており,プロセッサにおける送信時刻の調整に応じて,特定のトラヒ ックのPCMサンプルの送信時刻は調整された量だけ早まったり遅くなったりする から,プロセッサにおける制御は,ひいては「交換システムの出口からの当該トラ ヒックの送信時刻」の制御を意味するということができる。 (4) 小括 以上によると,本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明(【0088】〜 【0105】【図20】【図22】)に記載されていることは明らかである。 仮に,「交換システムから送信される時刻」が,「交換システムの出口からの送 信時刻」であると解されるとしても,本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説 明に記載されているということができる。 したがって,本件補正が要旨の変更に該当するとした本件審決の判断は誤りであ る。 〔被告らの主張〕 (1) 「交換システムで受信」「交換システムから送信される時刻」の解釈につい て ア 本件構成における「交換システムから送信される時刻」「交換システムで受 信される時刻」とは,「交換システムから,交換システムの外へ送信される時刻」 「交換システムの外から到来した信号を,当該交換システムで受信する時刻」をそ れぞれ意味するものである。これらの送信時刻及び受信時刻を明らかにするために は,「交換システム」と「交換システムの外」とを区別する必要があるところ, 「交換システム」の境界ないし外延を確定するのは,交換システム内の出入り口に 設けられたインタフェースであると解される。 これに対し,交換システム内における内部機器間の送受信自体は,外部との境界 であるインタフェースから外に出るものではなく,交換システムの内部に留まるも のであって,このような送受信は,「交換システムから送信」「交換システムで受 信」であるということはできない。 このように,本件構成の「交換システムから送信」「交換システムで受信」がそ れぞれ「交換システムの出口から外への送信」「交換システムの入口での外からの 受信」を意味することは一義的に明らかであるというべきである。 原告が主張する本件発明の要旨認定は,「交換システムから送信」「交換システ ムで受信」等の文言と矛盾する解釈に基づくものというほかない。しかも,原告の 主張は,「ウィンドウ時間」「当該交換システムで受信される」「当該交換システ ムから送信される時刻」について,特許請求の範囲の記載と矛盾する解釈を前提と するものであり,特許請求の範囲の記載を超えて,明細書の発明の詳細な説明や図 面にだけ記載されたところの構成要素を付加して解釈するものというほかなく,許 されない(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民 集45巻3号123頁参照)。 イ 本件発明の「交換システム」は,複数のセルと公衆電話網との間にそれぞれ 複数のトランクを介して接続され,少なくとも,出線を選択し,入線出線間の経路 の設定を行う一連の動作を実行する機能を有するシステムである。また,同システ ムは,「複数のセルに接続された複数の通信リンク・・・に接続されていて,前記 セルとの間で前記リンクを介して無線電話の呼トラヒックを双方向に伝える」構成, 「出音声トラヒックを公衆電話網から受け取りセルに送り出し,入音声トラヒック をセルから受信し公衆電話網へ送信する」構成,「複数のセルに接続された複数の トランクに接続するための接続部分(インタフェース)」及び「公衆電話網に接続 された複数のトランクに接続するための接続部分(インタフェース)」を有する構 成が必須である。 上記各構成のうち,「伝える」「送り」「受信する」「送り出し」「送信する」 「受信される」という各文言は,「外部への送信」又は「外部への受信」を意味す るから,本件構成についても,「交換システム」から「外部への送信」又は「外部 からの受信」を意味すると解するのが相当であり,本件構成のみ,「交換システム 内部の送受信」を意味すると解するのは,特許法70条1項に反するというべきで ある。 ウ 「から」とは,起点となる場所以外への移動等を意味する文言であることは, 各種国語辞典等の記載より明らかであるところ,「送信」とは,送信を行う装置 (こちら側)から当該装置の外(あちら側の別の所)に出すことを意味することか らすると,交換システム「から」送信された信号は,送信後には,「起点となる場 所」である交換システム以外の場所,すなわち交換システムの外部に存在すること になる。 本件特許の特許請求の範囲の記載及び本件明細書では,起点となる場所以外の外 部への移動等を示す意味において,「から」の文言が極めて多数用いられている。 特に,本件明細書(【0050】【0069】【0090】【図2】【図11】) の各記載からすると,「交換システムから送信」との文言が,場所的な限定が不要 であると解することはできない。 また,送信方向は「入トラヒック」という文言によって明確に規定されているか ら,「交換システムから送信」「交換システムで受信」について,単に送信方向を 意味するにすぎないと解することもできない。 エ 本件構成は,「当該交換システムが送信する時刻を制御する」とされている とおり,単に,交換システムから送信することを定めるのではなく,「交換システ ムから(外部へ)送信する時刻を制御する」ことを定めるものである。また,「所 定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信されるように」と定めるものであ るから,交換システムが(外部から)受信する時刻が「所定のウィンドウ時間内」 であると定めるものということができる。 また,「時刻」とは,「時の流れのなかの瞬間的な一点」を示すものであるから, 「交換システムから送信される時刻」とは,「交換システムの内部手段(における 出口)」という不特定の場所における時刻制御を意味するのではなく,「交換シス テムの出口」という特定の場所における時刻の制御を意味すると解するのが相当で ある。同様に,「交換システムで受信される時刻」とは,「交換システムの内部手 段」という不特定の場所における時刻制御を意味するのではなく,交換システムの入 口という特定の場所における受信を意味すると解するのが相当である。 オ 以上からすると,本件構成の「交換システムから送信」と「交換システムで 受信」とは,それぞれ「交換システムの出口から外への送信」と「交換システムの 入口での外からの受信」とを意味するというべきである。 なお,原告は,米国侵害訴訟において,対応米国特許の「交換システムから (の)送信」という文言について,交換システムの出口からの送信を意味すると主 張しており,本件訴訟における原告の主張とは明らかに矛盾するものである。本件 明細書と対応米国特許の明細書の記載内容はほぼ同一であるにもかかわらず,原告 が矛盾した主張を余儀なくされたのは,本件発明の特許請求の範囲の記載と本件当 初明細書の記載との間に齟齬が生じているからにほかならない。 また,原告は,別件侵害訴訟において,本件構成は「出口のインタフェース」で も理論的に実施できると指摘しており,交換システムの出口における制御を否定し ていた従前の主張を変遷させたものである。 (2) 本件審決の補足的判断について 原告は,「送信時刻を制御することにより,所定のウィンドウ時間内にパケット が受信されることとなるような関係」を規定することが本件発明では重要であるこ とを強調するが,原告の主張を前提としても,「受信時刻」が交換システムの入口 での受信時刻であることを排除するものでない。 また,本件審決の補足的判断に係る原告の主張は,交換システムとプロセッサと が異なるにもかかわらず,前者が後者を包含することを理由として,「発明とは直 接的な関連性を有するとは限らない部材や機能」は形式的に含まれているにすぎな いなどと称し,特許請求の範囲の記載を無視し,「交換システムから送信」につい て,「プロセッサからボコータへの送信」,すなわち,「交換システムの内部機器 から交換システムのほかの内部機器への送信」と読み替えるものである。しかし, 本件特許の出願人は,自由な意思と自らの責任に基づき,特許請求の範囲の記載に おいて,「プロセッサ」とは明確に異なる概念である「交換システム」からと記載 した以上,その要件解釈において,「交換システム」から外部への送信ではなく, それ以外の特許請求の範囲に記載されていない構成要素(すなわち,「交換システ ムの内部機器から交換システムのほかの内部機器」)からの送信であると解するこ とは,第三者の特許請求の範囲の記載に対する信頼を著しく害するというほかない。 (3) 間接的制御について 原告は,別件侵害訴訟において,当初,送信時刻の間接的制御は本件構成に含ま れると主張していたが,その後,ボコーダで前に行われた制御により,交換システ ムの出口でも,特定のトラヒックの送信時刻が間接的に制御されているとの評価は 可能であるが,間接的制御は直接制御を前提としており,特許請求の範囲の記載が 規定する送信時刻は,直接それを制御することにより,ウィンドウ時間内にパケッ トが受信されることとなるような関係を有する時刻と解するのが合理的であるとし て,間接的制御は本件構成に含まれるとの従前の主張を放棄した。 また,原告は,送信側についてのみ予備的主張をするものの,受信側については 何らの予備的主張をしないから,本件構成が「出口からの送信」を意味する以上, 「入口で受信」すると解する余地はなく,原告の予備的主張は主張自体失当である。 しかも,制御とは,「機械や設備が目的通り作動するように操作すること」を意 味するところ,「交換システムが送信する時刻を制御する」というためには,制御 によって実現しようとする目的が存在するとともに,目的を達成するための時刻 (目標の時刻)となるように,「交換システムが(外部へ)送信する時刻」が現在 いかなる時刻であるかを認識し,これをいかなる時刻に修正すべきかを決定して, その決定された時刻となるように,送信する時刻を操作しなければならないから, 原告の主張する間接的制御は,「制御」であるということはできない。原告は,プ ロセッサからボコーダへの送信時刻を制御することにより,間接的制御が実現でき ると主張するが,ボコーダを含むサービス回路からPCMサンプルを受信するTD Mバスへのインタフェースにおいて送信時刻の再調整が行われるため,プロセッサ の送信時刻と受信時刻とは,いずれも交換システムの出口における送信時刻と入口 における受信時刻とに対応していないから,交換システム内の内部処理として,実 施例に記載されているように入トラヒックを運ぶパケットがプロセッサから送信さ れる時刻の前の所定のウィンドウ時間内にプロセッサで受信されるようにボコーダ への送信時刻のクロックタイミングのシフトを行ったとしても,「入トラヒックを 運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定のウィンド ウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように」という目的を実現するこ とはできない。 (4) 小括 以上によると,本件補正が要旨の変更に該当するとした本件審決の判断に誤りは ない。 2 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明は本件当初明細書の発明の詳細な説 明と実質的に同一であること及び本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に 記載されていない事項であることを前提として,本件明細書の発明の詳細な説明の 記載は,サポート要件に違反するとする。 しかしながら,先に取消事由1において主張したとおり,本件構成は,本件当初 明細書の発明の詳細な説明に記載されているものであるから,本件審決は,その前 提自体が誤りである。 以上によると,本件審決のサポート要件に係る判断は誤りである。 〔被告らの主張〕 本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていない事項であるこ とは,先に取消事由1において主張したとおりである。 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明がサポート要件に違反するとした本 件審決の判断に誤りはない。 3 取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明は本件当初明細書の発明の詳細な説 明と実質的に同一であること及び本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に 記載されていない事項であることを前提として,本件明細書の発明の詳細な説明の 記載は,実施可能要件に違反するとする。 しかしながら,先に取消事由1において主張したとおり,本件構成は,本件当初 明細書の発明の詳細な説明に記載されているものであるから,本件審決は,その前 提自体が誤りである。 以上によると,本件審決の実施可能要件に係る判断は誤りである。 〔被告らの主張〕 本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されていない事項であるこ とは,先に取消事由1において主張したとおりである。 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明が実施可能要件に違反するとした本 件審決の判断に誤りはない。 第4 当裁判所の判断 1 本件当初明細書について 本件補正前後の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ, 本件当初明細書(甲4)には,おおむね次の記載がある。 (1) 産業上の利用分野 本件当初発明は,無線通信システムに関し,詳細には,セルラ無線電話通信シス テムに関する発明である(【0001】)。 (2) 従来の技術 セルラ無線電話システムにおいて,複数の無線セル(基地局)が,地理的な範囲 全体に分散して配置され,それぞれが,セル地域の付近に位置する無線電話に対し, 無線電話サービスを提供する(【0003】)。 セルにおける各無線装置は,電話網への独自のトランク接続を一般に必要とする ので,1つの無線装置からほかの無線装置に呼を渡すには,新たな無線装置及びト ランクが元の通信網トランク接続に接続されるように移動電話交換構造を再編成す る必要がある。通常のシステムでは,システム全体の容量は,システムが処理し得 る最初の無線装置対通信網トランク接続の量及びシステムが実行しなければならな い再編成の量の関数である。再編成には,システムの制御構造が介在する必要があ り,かつトランクの再編成に要する時間が長いことから,システム制御構造がより 複雑となる。符号分割多重アクセス(CDMA)システムは,通常の渡し処理に必 要な速度より速い速度の「ソフト渡し」のために第2の無線接続の確立を必要とす るから,従来の設計システムの処理能力及び再編成能力を超えて,重い負担が生じ る(【0008】)。 (3) 発明が解決しようとする課題 本件当初発明は,従来技術の課題を解決し,移動無線電話システムの容量を拡張 することを目的とする(【0009】)。 (4) 課題を解決するための手段 ア 本件当初発明は,基地局と無線電話の呼処理及び交換装置との間の通信を伝 えるパケット交換技術を用いる無線アクセスシステムのための新たなシステム・ア ーキテクチャを導入する。無線アクセス音声通信の通話量は,通話が行われる際, 事実上,必然的に決まる(決定論的である)が,システムのアーキテクチャは,非 決定論的で統計的に分散されたパケット交換方式によって音声の質を劣化すること なく通話を伝えることができるように,1通りに編成される(【0010】)。 イ 無線電話の呼のトラヒックは,セルと交換システムとの間をパケット状態で 転送され,呼及び交換システムを相互接続する通信リンク上で複数の呼のパケット が統計的に多重化されるため,リンクの帯域幅が高効率に使用され,CDMA無線 電話システムのトラヒック処理に必要とされる処理効率及び呼処理容量が得られる。 さらに,パケットの転送がフレーム中継方式を用いて行われることにより,伝送の 端点を除くシステムの全てのノードにおけるパケット・プロトコルの処理を排除す ることによって無線電話システムの転送効率及び処理効率が著しく高まる(【00 12】)。 (5) 実施例 ア 本件当初発明において,複数の地理的に散在するセルが,各々,その付近の 移動無線電話に無線電話サービスを提供する。全ての移動無線電話及びセルの動作 は,タイミング信号のような共通のマスター・クロックに同期させる。セル間の相 互接続及びセルと公衆電話網との間の相互接続は,デジタル・セルラ交換機(DC S)によって2段階に行われる。まず,個々のセルが,DCSの1つ以上のセル相 互接続モジュール(CIM)にトランクによって接続される。さらに,個々のDC Sのセル相互接続モジュールが,そのDCSの各音声符号器モジュール(SCM) に光ファイバ光学的パケット交換トランクによってそれぞれ接続される。デジタル ・セルラ交換機は,それぞれ電話網に複数のトランクによって接続され,これらの トランクと機能的に等しいトランクによって互いに直接接続される。交換機の動作 は,公衆電話網のマスター・タイミング信号に同期されている。さらに,セル及び デジタル・セルラ交換機は,これらが制御リンクによって接続されるECP複合装 置の制御下で動作する。同様に,DCSの種々のモジュールが,共通のDCSコン トローラに制御リンクによって接続されて,その制御下で動作する(【003 0】)。 イ 圧縮された呼のトラヒック及び信号が,バイト構成の情報の区分ごとの形式 でチャネル要素とクラスタ・コントローラとの間で伝送される。各チャネル要素は, 例えば20ミリ秒ごとのように規則的な間隔でバイト構成の情報の1区分を送受信 する。クラスタ・コントローラは,DCSに送るために,バイト構成の情報各区分 を水準3のプロトコルを含むLADPプロトコル形式にフォーマットする(【00 37】)。 ウ セルラ・コントローラにより,複数のチャネル要素がTDMバスに結合され る。クラスタ・コントローラの動作の結果として,それらが送受信したフレームは, TDMバス上に統計的に多重化されることにより,TDMバスの帯域幅のトラヒッ ク処理能力は,ほかの伝送方式を超えて大幅に増大する(【0040】)。 エ セル相互接続モジュール(CIM)は,汎用DS1インタフェースにより, トランクがLANバスに接続される。各インタフェースには,DS1インタフェー スのDS1設備インタフェース回路と同じ動作をするDS1トランク・インタフェ ース及び集中ハイウェイによって相互に接続されたパケット処理要素(PPE)が 含まれる(【0045】)。 PPE(パケット処理要素)は,集中ハイウェイとLANバスとの間でLAPD フレームの中継機能を果たす(【0046】)。 セル相互接続モジュールのLANバスには,拡張インタフェースも接続されてい る。各拡張インタフェースによって,光ファイバ・トランクがLANバスに結合さ れる。拡張インタフェースは,単に経路選択要素として作用する(【0047】)。 オ デジタル・セルラ交換機(DCS)の音声符号器モジュール(SCM)にお いて,TDMバスは,DS1インタフェース及びトランクによって公衆電話網に接 続される。拡張インタフェースによって,セル相互接続モジュール(CIM)から のファイバ・トランクがLANバスに接続される。各CIMは,各SCMに接続さ れており,DCS間の相互接続は,トランクを通して公衆電話網によって与えられ る(【0048】)。 音声符号器ユニット(SPU)と称する複数の呼処理ノードによって,バスが相 互接続される(【0049】)。 CIM及びSCMの動作の結果として,それらの間で伝送中のフレームは,トラ ンク上に統計的に多重化されてフレーム中継されるので,トランクによって与えら れる帯域幅のトラヒック伝送容量は,回路交換などのほかの伝送方式を超えて大い に増大する(【0050】)。 各音声処理ユニット(SPU)は,LANバス・インタフェースを含む。インタ フェースは,所与の基板アドレスを求めてLANバスを進むフレームを監視し,求 めるアドレスを有するものを捕捉する。LANバス・インタフェースは,バッファ を含み,フレームを捕捉すると直ちにタイム・スタンプを追加した上でバッファに 格納してプロセッサに割り込み指示を出す(【0052】)。 1つのセルに対し,そのセルの期間中又はハード渡しが起こるまで,サービス回 路が1つ割り当てられる。各サービス回路は,独自の自動処理回路を有するが,時 分割ベースでプロセッサのサービスを受ける。プロセッサは,SPUの全てのサー ビス回路に対して,フレーム選択及びプロトコル処理の機能を果たす(【005 3】)。 カ エコー・キャンセラーは,電話網からのトラヒックを集中ハイウェイから受 信し,電話網に向かうトラヒックを集中ハイウェイに送り出す。集中ハイウェイは, 64Kbps のタイムスロットを伝送する受動直列TDMバスである(【0059】)。 TDMバス・インタフェースにより,集中ハイウェイがTDMバスに接続される。 インタフェースは,集中ハイウェイとバスとの間でタイムスロット交換(TSI) 機能を果たす。この動作は,クロック信号によってタイミングが取られ,変換維持 ユニットにより制御される。ユニットは,音声符号器モジュールのコントローラの 指示により,セルごとに集中ハイウェイからバスへタイムスロットを割り当てる機 能を果たす(【0060】)。 回路により出力される送信割り込み信号及び受信割り込み信号の変位には,ボコ ーダの各クロックの出力信号に相応の変移を起こさせることにより,ボコーダのト ラヒック・フレーム送信時刻を遅らせたり早めたりするように変化させ,かつ,ボ コーダのトラヒック・フレーム受信時刻を変化させることにより,ボコーダの動作 をプロセッサの時間変移された動作に揃えることが必要となる。しかし,この揃え る瞬間に,ボコーダは,割り込み信号を進めるべきか又は遅らせるべきかの判断に よって,通常の標本の代わりに,それぞれPCM標本を回路から収集するだけの時 間を経た後に呼トラヒックのトラヒック・フレームをプロセッサに送らなければな らず,さらにPCM標本の期間内に呼トラヒックのフレームを回路に出力しなけれ ばならない。この状態を補償するために,プロセッサは,回路に命じて,サービス 回路に対する信号に時間転移を起こさせるようにすると同時に,この同じサービス 回路のボコーダに命じて,そのPCM出力から1つのPCM標本バイトを落とすよ うにさせ,さらにそのPCM入力において付加的に1つのPCM標本バイトを生成 させる。ボコーダがこれらを行う結果として,ボコーダのトラヒック・フレームの 入力及び出力の動作が,PCM標本の出力及び入力の動作にそれぞれ揃うようにな る(【0097】【図21】【図22】)。 キ クロック回路は,TDMバスに接続されており,通常の要領でこれからタイ ミング情報を引き出し,この情報を種々の速度のクロック信号の形で分配する。T DMバスの動作は,電話網に同期されているので,クロック回路により,種々の要 素の動作が電話網のマスター・クロックに同期する(【0062】)。 移動無線電話,セル及びチャネル要素の各動作は,全地球的測位衛星によって放 送される信号などの共通のタイミング信号によって駆動され,同期化される。各セ ルは20ミリ秒のセル・クロック信号を獲得し,このクロックが誘引となって,2 0ミリ秒ごとの時刻において,呼に関係する各チャネル要素が対応する移動電話へ の送信を行う(【0080】)。 各時刻に呼トラヒックを送るために,チャネル要素は送信の時刻の最小の期間だ け前の時刻には呼トラヒックを受信しなければならない。チャネル要素は,前の送 信の時刻の僅か後で現在の送信に関する受信期限の僅か前に存在する時間枠の期間 内に,送信情報を受信することが望ましい。このように,時間枠により,小さな時 間的変動に対して余裕が与えられる。しかし,呼が確立されつつあるときは,その 呼を扱うチャネル要素が,送信するための呼トラヒックのパケットをSPUからい つ受信するかは不明である。これは,移動電話交換機の動作が,セルのクロックと は異なるクロックによって制御され,このクロックが,セル・クロックから独立し ており,同期していないからである(【0081】)。 ク 移動電話では,アクセス・チャネル上で呼び出される電話の電話番号を伝え る ORIGINATION 信号を送信することによって呼を開始する。同信号は,セルの中の 1つにおいてDCMAアクセス・チャネルとして設計されたチャネル要素によって 受信され,クラスタ・コントローラに送られ,さらに,そのセルのコントローラに 渡される。各コントローラは,その呼を送るための自由なCDMA空中チャネルを 指定後,指定したチャネルの対応するチャネル要素の識別情報とともにメッセージ を通常の要領でECP複合装置に送る(【0110】)。 DCSコントローラは,呼び出された電話番号を伝えるとともに,選択されたS CM,トランク群及びサービス回路を特定するメッセージを受信すると,これに応 じて,選択されたSCMのコントローラに,特定されたトランク群のトランク(D S0チャネル)を捕捉させ,その捕捉されたトランク上に呼び出された電話番号を パルス出力させる。選択されたトランクは,TDMバス上の特定のタイムスロット に応答する。また,DCSコントローラは,選択されたサービス回路を収容してい る音声処理ユニットの変換維持プロセッサに,DS0チャネルをTDMバスからT DMバス・インタフェースを介して選択されたサービス回路に割り当てられた集中 ハイウェイのタイムスロットに接続させることにより,サービス回路に問題の呼を 処理するように指示する(【0114】)。 しかし,呼の確立途上において,チャネル要素がプロセッサからパケットをいつ 受信するか不明であるから,プロセッサがチャネル要素から情報パケットを受信す る時刻も不明である。チャネル要素とSPUとの間で呼の経路が最初に確立され, さらにこれらの間で空のトラヒックが流れ始めると,チャネル要素からのパケット は,枠の外側にある時刻,さらに最悪の場合には,後の時刻にプロセッサによって 受信される。プロセッサは,チャネル要素がパケットを送信する時刻を変更するこ とはできないので,それらのパケットをプロセッサが受信する時刻も変更できない。 プロセッサは,ボコーダにフレームを送る時刻を変更できるだけである。時刻が枠 の外にある場合,プロセッサがパケットを受信する時刻を枠の中に安全に位置付け るために,プロセッサは,ボコーダにフレームを送る時間を調節しなければならな い期間を決定する。次に,プロセッサは,適応同期回路にコマンドを送り,対応す るサービス回路に対する受信割り込み信号を指定した量だけ調節させる。回路は, これに応じて,受信した割り込み信号を指定された期間だけ変更する。このように, プロセッサからボコーダへのフレーム送信時刻が変更されることによって,プロセ ッサにおけるパケット受信時刻が枠内に移される(【0090】)。 2 取消事由1(本件補正が要旨変更に該当するとした判断に係る誤り)につい て (1) 特許請求の範囲の記載について ア 本件当初発明1は,「無線電話通信システム」が複数の「セル」と,複数の 「通信リンク」とともに少なくとも1つの「交換システム」を備える構成,「セ ル」が「サービス地域に位置する無線電話」に対して「無線電話の呼サービス」を 「提供する」機能を有する構成,「交換システム」が「セル」との間で「リンクを 介して無線電話の呼トラヒックを双方向に伝える」機能を有する構成,「セル」が 備える「第1の手段」と「交換システム」が備える「第2の手段」とにより,無線 電話からの音声の呼トラヒック(入トラヒック)の無線受信に応じて,セルが「入 トラヒックを運ぶパケット」をリンクに送り,これを交換システムがその着信先に 送るために受信する構成,呼の出トラヒックを受け取ったことに応じて,交換シス テムが「出トラヒックを運ぶパケット」をリンクに送り,これをセルが無線送信の ために受信する構成,セル及び交換システムとリンクとのパケットの送受信は, 「パケットを統計的に多重化された形式」で行われる構成を有していることは,特 許請求の範囲の記載から明らかである。 イ 本件補正は,本件当初発明に,「交換システム」が備える「第2の手段」に つき,さらに,「当該交換システムが送信する送信パケットの着信先であるユーザ 端末にサービスするセルにおいて所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受 信されるように出トラヒックを運ぶパケットを当該交換システムが送信する時刻を 制御する」機能を担う手段と「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムか ら送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで受信される ように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する」機能を担う手 段(本件構成)を有すること,出トラヒックを運ぶパケットを当該交換システムが 送信する時刻を制御する目的は,交換システムが送信する送信パケットの着信先で あるユーザ端末にサービスするセルにおいて所定のウィンドウ時間内に当該送信パ ケットが受信されるようにするためであること,入トラヒックを交換システムが送 信する時刻を制御する目的は,入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムか ら送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に交換システムで受信されるよう にするためであることを特定するものである。 ウ 本件発明における「無線電話通信システム」が備える「交換システム」は, 特許請求の範囲の記載において,システムを構成する内部機器等の具体的構成を限 定するものではないが,一定の形状や構造を有する実体を有することが前提となっ ていることは明らかである。 また,本件発明における「送信」及び「受信」という文言も,本件特許の特許請 求の範囲の記載における「伝える」「送り」「受信する」「送り出し」「送信す る」「受信される」という各文言と同様に,「外へ(送信)」及び「外から(受 信)」という意義を当然に含んでいるということができる。出トラヒックに関する 「セルによってサービスされる無線電話に向かって出て行く音声呼トラヒックを受 け取り,これに応じて個々の呼の出トラヒックを運ぶパケットを統計的に多重化さ れた形式で前記セルに接続された少なくとも1つのリンク上に送り出」すとの記載 における「受け取り」及び「送り出し」についても,「外部からの受信」及び「外 部への送信」を意味するものと解されるから,本件構成についても,同様に解する のが相当である。 したがって,特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項(発明 特定事項)を記載すべき特許請求の範囲の記載において,送信及び受信の主体が一 定の形状や構造を有する意義を持つ「交換システム」であると記載されている以上, 「交換システム」による「送信」及び「受信」は,「交換システム」の内部手段と 区別された外への出口及び外からの入口において行われるというべきである。 エ 以上によると,本件構成における「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換 システムから送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムで 受信されるように入トラヒックを当該交換システムが送信する時刻を制御する手 段」については,これを「入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口 から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受 信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御する 手段」を意味するものと解するのが相当である。 そして,本件発明2は,本件発明1を引用し,第2の手段がさらに出トラヒック 及び入トラヒックの「コピー」に係る所定の機能を担う第3の手段を備える構成に 限定するものであるから,同様に,上記手段を有するものである。 (2) 本件当初明細書について ア 本件当初明細書におけるDCS(DCS201)が,本件当初発明における 「交換システム」に相当するところ,「交換システム」の「入トラヒックを運ぶパ ケット」の受信及び着信先への送信に係る時刻の制御については,本件当初明細書 の記載(【0088】〜【0105】【図20】【図22】)のうち,特に前記1 (5)クの【0090】によれば,DCS中の音声符号機モジュールのプロセッサによ って,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御するものである。そして, DCSには,ボコーダ以降にTDMバスへのインタフェース等が存在するから,プ ロセッサからボコーダへの送信が,「交換システム」の「出口」からの送信である ということはできない。 また,前記1(5)カの【0059】【0060】【0097】【図21】【図2 2】によれば,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御することにより, ボコーダ以降における着信先への「送信」の時刻の変化が生じるものであるが,当 該制御の後において,プロセッサから交換システムの出口までの間には多数の処理 回路が存在しており,ボコーダにおいてPCM標本バイトを落としたり付加的に生 成する制御を通じて補償が行われ,また,TDMバスへのインタフェースにおいて タイムスロットに割り当てられて多重化される際,送信時刻の再調整が行われるこ とからすると,交換システムから着信先への送信に係る時刻の変化は,プロセッサ からボコーダに送信される時刻を制御することによって生じた変化に対応するもの ではない。 さらに,本件当初明細書によると,本件当初発明は,伝送の端点を除くシステム の全てのノードにおけるパケット・プロトコルの処理を排除することを課題とする (【0012】)ものであり,DCSにおいては,プロセッサにおいてパケット・ プロトコルが終了する(【0052】【0053】)から,プロセッサ以降の部分 において,所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるための制御を 行うことは,通常,不可能である。パケット・プロトコル終了以降において,所定 のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるための制御を行うことが,本 件出願日当時,周知技術であったということもできない。 イ 以上によると,本件当初明細書に記載された時刻の制御は,交換システムの 内部構成におけるプロセッサからボコーダに送信される時刻を制御することを意味 するものであって,「交換システム」の「出口」から「送信」する「時刻」を制御 するものではないというべきである。 (3) 本件審決の判断の是非 ア 本件発明は,「交換システム」が備える「第2の手段」において,「入トラ ヒックを運ぶパケットが当該交換システムの出口から送信される時刻の前の所定の ウィンドウ時間内に当該交換システムの入口で受信されるように入トラヒックを当 該交換システムの出口が送信する時刻を制御する」構成(本件構成)を有するもの である。 これに対し,本件当初発明は,本件構成を有するものではない。また,本件当初 明細書に記載された時刻の制御は,プロセッサによって行われ,その内容は,プロ セッサからボコーダに送信される時刻を制御するものであるところ,当該制御によ っては,入トラヒックについて交換システムの出口が送信する時刻を制御すること はできないものである。さらに,パケット・プロトコルを終了させるプロセッサ以 降において,所定のウィンドウ時間内に当該送信パケットが受信されるための制御 を行うことが,本件出願日当時,周知技術であったということもできない。 したがって,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御する技術的事項を 開示するにすぎない本件当初明細書には,交換システムの出口から送信する時刻を 制御することは記載されておらず,また,当業者が,本件当初明細書の記載から, 本件構成に係る技術内容が記載されているものと理解することはできないというべ きである。 イ 以上によると,本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載された時刻の制御 は,「交換システム」の「出口」から「送信」する「時刻」を制御するものではな いから,本件構成は,本件当初明細書の記載の範囲内のものということはできず, 本件補正は,本件当初明細書の要旨を変更したものというほかない。 (4) 原告の主張について ア 原告は,本件発明1において受信される対象は「パケット」であるから,受 信場所は「ボコーダ以前」であることは明らかであること,「当該交換システムで 受信される」とは,交換システムのうち,「ウィンドウ時間が設定される場所での 受信」を意味すること,「ウィンドウ時間」とは,「パケットの受信が期待される 一定の時間の範囲(時間枠)」を意味し,「送信される時刻の前」に「所定のも の」として設定されるものであることからすると,バッファの前に,入トラヒック の送信時刻と一定の関係性を有するものとして設定される必要はあるが,場所的限 定を付し,交換システムの「入口」での受信と解すべき理由はないと主張する。 しかしながら,前記のとおり,本件発明において,「交換システム」という文言 は,これらの機能を担う手段が一定の形状や構造を有する実体を伴う意義を有する こと,「受信」という文言が「外から」という意義を当然に含むことなどからする と,「交換システム」での「受信」とは,その「内部手段」とは区別された「入 口」において,「外から」「受信」することを意味することは明らかである。 イ 原告は,本件発明1において,「当該交換システムが送信する時刻」「当該 交換システムから送信される時刻」という文言は,交換システムのどの部分が送信 する時刻を意味するのかについて限定するものではなく,「から」という助詞が用 いられていることのみに基づいて,交換システムの具体的な部分を起点とした送信 であることを導くことはできないし,送信時刻の一定時間前のウィンドウ時間が, 送信時刻を制御すると連動して動くという関係性を有する送信時刻は,交換システ ム内部の送信場所においても観念し得るから,送信時刻を「交換システムの出口か らの送信時刻」と解釈すべき理由とはならない,技術的な観点からしても,PST Nに接続され,ボコーダ以降はPCMサンプルによる通信を行う交換システムでは, 当業者は,制御対象である「送信する時刻」を「交換システムの出口から送信する 時刻」と解釈することはあり得ないと主張する。 しかしながら,原告の上記主張は,本件発明の特許請求の範囲の記載が,送信時 刻について,交換システムのいずれの部分における送信時刻であるかについて限定 していないことを前提とするものであるが,本件発明では,「交換システム」が備 える「第2の手段」において,入トラヒックを運ぶパケットが当該交換システムの 出口から送信される時刻の前の所定のウィンドウ時間内に当該交換システムの入口 で受信されるように入トラヒックを当該交換システムの出口が送信する時刻を制御 するものであると認められ,しかも,このような認定は,「から」という助詞が用 いられていることのみに基づくものではない以上,原告の主張はその前提自体が誤 りである。 また,本件補正後の特許請求の範囲の記載について,本件補正明細書の記載を参 酌するとしても,同明細書に記載された交換システムも,セル相互モジュール(C IM)と音声符号器モジュール(SCM)とを有する構造及び形状のものである (【0030】【0050】等)から,「交換システム」という文言を一定の形状 や構造を有する実体を伴う意義を有するものとして用いているということができる。 そして,「送信」及び「受信」という文言が「外へ」及び「外から」という意義を 当然に含んでいることなどからすると,「送信する時刻」がボコーダより前の送信 時刻である必要があることや交換システムがPSTNに向けた出線においては「複 数の呼のトラヒック」を「多重化」して送信するように設計されていることが本件 当初明細書に記載されていたとしても,これらの事項が本件補正後の特許請求の範 囲の記載における「交換システム」からの「送信」に対応するものとして認定する ことはできない。 ウ 原告は,本件発明は,ウィンドウ時間を用いた送信時刻制御という交換シス テムの「機能」を技術思想として提供するものであり,このような機能を交換シス テムのどこで,いかなる内部機器の配置をもって実施するかは,技術常識の制約を 受けるとしても,当業者の設計次第であって,被告らが主張する場所的な特定が必 要となるものではない,本件当初明細書の記載を参酌すると,「所定のウィンドウ 時間」とは,実施例における時間枠1402のように,送信時刻を基準として,送 信時刻の一定時間前に設けられる(送信時刻に連動して動く)ものであり,「制 御」とは,実施例における【図20】の「送信時刻1406」を「送信時刻140 7」に遅らせたり,【図22】の「送信時刻1406」を「送信時刻1606」に 早めたりするものであると解されると主張する。 しかしながら,前記のとおり,「交換システム」での「送信」とは,その「内部 手段」とは区別された「出口」において「外へ」「送信」することを示すことが明 らかであるところ,原告が主張する本件当初明細書におけるプロセッサからボコー ダに送信される時刻に関する制御は,当該制御の後において,プロセッサから交換 システムの出口までの間に多数の処理回路が存在しており,送信時刻についても種 々の再調整が行われているから,交換システムの内部手段から他の内部手段への送 信に係るものというべきである。そして,仮に,「ウィンドウ時間を用いた送信時 刻制御という交換システムの「機能」」について発明特定事項として記載するので あれば,一定の形状や構造を有する実体を伴う意義を有する「セル」や「交換シス テム」とは異なる文言により,送信や受信の主体を特定することも可能であったと いうべきである。本件特許の出願人が,「送信」及び「受信」の主体を,あえて 「交換システム」であるとした以上,「交換システム」が「内部手段」と区別され た「出口」及び「入口」を有するか否か,各々の機能を交換システムのどの場所で 行うかについては,機能的な関係に係る技術思想の側面から発明を特定するに当た って必要がない旨の原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張である というほかない。 エ 原告は,「所定のウィンドウ時間内に・・・受信」という文言や所定のウィ ンドウ時間との関係性及び技術常識を無視して,「交換システムの入口で受信し, 交換システムの出口で送信する構成」を含むとする認定自体が誤りである,機械や 通信の分野に係る発明において,発明とは直接的な関連性を有するとは限らない部 材や機能が特許請求の範囲の記載に形式的に含まれているからといって,直ちに同 記載が広汎にすぎ,特許請求の範囲の記載に係る補正が要旨変更に該当するという ことはできないと主張する。 しかしながら,前記のとおり,特許請求の範囲の記載の「交換システム」という 文言は,これらの機能を担う手段が一定の形状や構造を有する実体を伴う意義を有 すること,「受信」という文言が「外から」という意義を当然に含むことなどから すると,「交換システム」での「受信」とは,その「内部手段」と区別された「入 口」において「外から」「受信」することを示すことは明らかであって,技術常識 を無視したものということはできない。 また,特許請求の範囲の記載において,「送信」及び「受信」の主体が「交換シ ステム」であると記載されていることからすると,本件発明の「交換システム」に おける「送信」及び「受信」が行われる「出口」及び「入口」が,発明とは直接的 な関連性を有するとは限らない部材や機能として特許請求の範囲の記載に形式的に 含まれている事項であるということはできない。 オ 原告は,「入トラヒックを・・・送信する時刻」という文言は,特定のトラ ヒックの「送信時刻」の制御について規定しており,プロセッサにおける送信時刻 の調整に応じて,特定のトラヒックのPCMサンプルの送信時刻は調整された量だ け早まったり遅くなったりするものであるから,プロセッサにおける制御は,ひい ては「交換システムの出口からの当該トラヒックの送信時刻」の制御を意味すると いうことができると主張する。 しかしながら,前記のとおり,交換システムから着信先への送信に係る時刻の変 化は,プロセッサからボコーダに送信される時刻を制御することによって生じた変 化に対応するものではないから,「交換システム」の「出口」における時刻の変化 は,プロセッサにおける制御の結果ではないし,間接的に制御されているというこ ともできない。 カ 以上によると,原告の前記主張は,いずれも採用できない。 (5) 小括 よって,本件構成を有する本件発明は,本件当初明細書に記載されたものではな いから,本件補正は,本件当初明細書の要旨を変更するものであるとした本件審決 の判断に誤りはない。 したがって,本件出願日は,本件補正日である平成8年7月31日に繰り下がる ことから,本件発明の対応米国特許の明細書である引用例(甲1)は,本件出願前 に頒布された刊行物であると認められ,引用例の記載によれば,本件発明1が,引 用例の特許請求の範囲の請求項6に記載された発明と同一であり,本件発明2が同 請求項1に記載された発明及び同請求項21に記載された発明に基づいて,当業者 が容易に発明をすることができたものであるとの本件審決の判断に誤りはないもの と認められる。 3 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について 本件補正は,本件当初明細書の発明の詳細な説明については,【0034】にお ける先行技術文献に関する記載を変更したものにすぎず,本件当初明細書の発明の 詳細な説明と,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件当初発明及び本件発 明の技術内容に係る記載において異なるものではない。 原告は,本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されているもので あることを前提として,サポート要件に係る本件審決の判断は誤りであると主張す る。 しかしながら,前記2のとおり,本件構成は,本件当初明細書に記載されたもの ではないというべきであるから,原告の主張は,その前提自体を欠く。 したがって,取消事由2には理由がない。 4 取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について 原告は,本件構成が本件当初明細書の発明の詳細な説明に記載されているもので あることを前提として,実施可能要件に係る本件審決の判断は誤りであると主張す る。 しかしながら,前記2のとおり,本件構成は,本件当初明細書に記載されたもの ではないというべきであるから,原告の主張は,その前提自体を欠く。 したがって,取消事由3にも理由がない。 5 結論 以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 土 肥 章 大 裁判官 井 上 泰 人 裁判官 荒 井 章 光 ( 別紙) 当事者目録 原 告 ハ イ ポ イ ン ト エスアーエールエル 同訴訟代理人弁護士 片 山 英 二 服 部 誠 岡 本 尚 美 同 弁理士 小 林 純 子 黒 川 恵 萩 原 誠 相 田 義 明 被 告 KDDI株式会社 同訴訟代理人弁護士 辻 居 幸 一 渡 辺 光 同 弁理士 谷 口 信 行 工 藤 嘉 晃 被告補助参加人 モ ト ロ ー ラ ソリューションズ インコーポレーテッド 同訴訟代理人弁護士 窪 田 英 一 郎 柿 内 瑞 絵 乾 裕 介 今 井 優 仁 野 口 洋 高 中 岡 起 代 子 熊 谷 郁 同訴訟復代理人弁理士 矢 作 隆 行 |