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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成19行ケ10300審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 先願主義 /  明細書の記載要件 /  遡及効 /  遡及 /  明瞭でない記載 /  分割出願 /  特許発明 /  実施 /  正当な理由 /  侵害 /  設定登録 /  混同 /  審判制度 /  拒絶理由通知 /  訂正審判 /  訂正の目的 /  請求の範囲 /  変更 /  釈明 /  訂正認容審決 /  特許無効審決 /  訂正要件 /  審決確定(審決が確定) /  取消判決 /  不服申立 /  異議申立 /  再審請求 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10771号 審決取消請求事件
原告 アルゼ株式会社代表者代表取締役
訴訟代理人弁護士 松本司
同岩坪哲
訴訟代理人弁理士 松尾憲一郎
被告 特許庁長官中嶋 誠
指定代理人 二宮千久
同岡田孝博
同小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/04/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が訂正2005-39037号事件について平成17年9月20日にした審決を取り消す。
事案の概要
原告は,平成8年10月24日に設定登録された特許第2574912号の特許権者であったところ,第三者から特許無効審判請求を受け,特許庁が平成15年11月17日同特許を無効とする審決をしたことから,これに対する不服申立てとして東京高等裁判所に審決取消訴訟を提起したが,平成17年2月15日に請求棄却の判決を受け,最高裁判所の平成17年7月7日付け上告棄却決定等により前記審決が確定することとなった。本件は,特許権者であった原告が,上記審決確定前の平成17年3月1日に,前記特許権に関し特許庁に訂正審判請求をしたところ,特許庁が特許無効審決の確定を理由に,対象物のない不適法な請求になったとして,前記訂正審判請求を却下する審決をしたため,原告が同審決の取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求原因(1) 特許庁等における手続の経緯ア 原告は,発明の名称を「スロットマシン」とし,平成8年10月24日に設定登録された特許第2574912号(ただし,元の権利者はユニバーサル販売株式会社。請求項の数は1。以下「本件特許」又は「本件特許権」という。)の特許権者であった。
なお,本件特許の出願(特願平2-16440号)は,昭和58年4月8日になされた出願(特願昭58-61592号。以下「原出願」という。)からの分割出願として平成2年1月27日になされたものである。
その後,本件特許に対し平成9年4月28日に第三者から特許異議の申立てがなされ,平成9年異議第72026号事件として特許庁に係属した。同事件において,平成10年1月30日,原告から本件特許の特許請求の範囲について訂正請求(以下「第1次訂正」という。)がなされ,同訂正請求には平成10年10月16日付けで補正がなされたが,特許庁は,平成11年12月28日,同訂正を認めた上で本件特許を維持する旨の決定をした。
イ 前件無効審判事件一方,本件特許の請求項1に係る発明について,平成14年9月17日付けで山佐株式会社から,平成14年10月18日付けでサミー株式会社から,それぞれ特許無効審判請求がなされ,無効2002-35391号事件及び無効2002-35443号事件として特許庁に係属した。特許庁は,両事件(以下,併せて「前件無効審判事件」という。)を併合審理し,平成15年11月17日,本件特許の請求項1に係る発明についての特許を無効とする審決(甲4。以下「前件審決」という。)をした。
これに対し原告は,前件審決の取消しを求める訴訟を東京高等裁判所に提起した(平成15年(行ケ)第580号。以下「前件審決取消訴訟」という。)が,平成17年2月15日,請求棄却の判決(以下「前件判決」という。)がなされた。原告は,同判決に対して上告及び上告受理申立てをしたが(最高裁平成17年(行ツ)第159号,同(行ヒ)第168号),平成17年7月7日,上告棄却及び上告不受理の決定がなされた。
ウ 本件訂正審判請求原告は,前件判決後の平成17年3月1日,本件特許について訂正審判を請求した(訂正2005-39037号。甲6の1,2。第2次訂正。以下「本件訂正審判請求」という。)。特許庁は,本件訂正審判請求事件を審理し,平成17年5月31日付けで訂正拒絶理由通知をした上,前記最高裁決定後の平成17年9月20日,同請求を却下する旨の審決(甲1。以下「本件審決」という。)をし,その謄本は平成17年10月1日原告に送達された。
(2) 発明の内容平成10年10月16日付けで補正された第1次訂正後の本件特許発明の内容は,次のとおりである。なお,平成17年3月1日付け本件訂正審判請求は,明りょうでない記載の釈明を目的とするものであって,特許請求の範囲の記載は変更の対象とされていない。
「〔請求項1〕 スタート手段の操作により回転される複数のリールを備え,これらのリールが停止したときに表示窓に現れた絵柄の組み合わせで入賞の有無を表示するスロットマシンにおいて,1ゲームごとに乱数をサンプリングし,サンプリングされた乱数に対応して複数種類の入賞のうちのいずれかを決め,その入賞の種類に応じたリクエスト信号を発生するリクエスト発生手段と,このリクエスト信号に基づいてリクエスト信号に対応した種類の入賞が得られるように前記リールを停止制御するリールストップ制御手段と,リールストップ制御手段によりリールが停止した後にリールの停止位置を読み取り,前記リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られたか否かを判定する判定手段と,この判定手段により前記リクエスト信号に対応した種類の入賞が得られないときに当該リクエスト信号を次回のゲームまで保存する手段とを備えたことを特徴とするスロットマシン。」(3) 審決の内容本件審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由は,前件審決が確定したことにより,本件特許は初めから存在しなかったものとみなされるので,本件訂正審判請求は,その請求の対象物がない不適法な請求であることに帰し,その補正をすることができないものであるから,特許法135条の規定により却下すべきものである,としたものである。
(4) 審決の取消事由しかしながら,本件審決は,以下の理由により,特許法の解釈適用を誤った違法なものとして取消しを免れない。
ア(昭和59年最判に依拠したことの不当性)最高裁昭和59年4月24日第三小法廷判決(民集38巻6号653頁)は,実用新案登録の訂正審判の請求係属中に当該実用新案登録を無効にする審決が確定した場合には,訂正審判の請求は不適法となると判示した。本件審決は,同判決(以下「昭和59年最判」ということがある。)に依拠するものであるが,同判決は実質的論拠を欠く上に,訂正審判請求に係る制度は,同判決がなされた以降に大きく様変わりしていること等から,同判決の射程は本件には及ばないというべきである。
(ア) 無効審判と訂正審判は法的には別個の手続であるが,現実の事件としては,侵害訴訟に対する反撃として無効審判請求を行い,それに対する防御手段として特許権者が訂正審判請求をすることが通常である。このように,現実の紛争においては,侵害訴訟と無効審判請求と訂正審判請求とは,事実上は一個の事件の中での攻撃防御の関係にあるといえる。
しかしながら,法的には無効審判と訂正審判とは別個の審判制度とされており,審決取消訴訟も各々別個に提起される別事件とされているため,本件のように無効審決が先に確定する場合が生じる。このような場合,無効審決は遡及効を有するため特許権は初めから存在しなかったものとみなされるが,無効審決の確定時に既に特許庁に係属していた訂正審判請求は維持され得るのか否か,という問題が生じる。
(イ) この問題について,昭和59年最判は,訂正審判は維持されないとの解釈(以下「消極説」という。)を採用したものであるが,以下の理由により,消極説は妥当性を欠く。
a 特許法(以下「法」という。)126条6項は,その本文において,特許権の消滅後もその消滅の理由のいかんを問わず訂正審判請求ができることを規定する一方で,ただし書において,無効審決確定後の新たな訂正審判請求を排除しているにとどまる。このように,特許法の文理上,特許権の消滅までに請求された訂正審判事件の存続を許さないという規定は,一切存在しない。
b 訂正審判請求が無効審判請求に対する防御手段であることにかんがみると,一つの争いの中において偶然に無効審決が先に確定したというだけの理由で,既に係属中の訂正審判請求が不適法なものになると解する消極説は,防御手段としての訂正審判請求制度の機能を著しく不完全にするものであり,現行特許法が想定している特許争訟の基本体系に反する結果を引き起こす。
利益衡量の観点からみても,消極説は,特許権者の保護にもとる不公平な処理である。訂正審判請求の審理と,無効審決取消訴訟の審理とは,特許庁及び裁判所それぞれの裁量に委ねられており,審理の先後について何らの規制も存在しない。しかるに,消極説の下では,前者における訂正を認める審決が先に確定すれば後者において無効審決が取り消される一方で,後者において請求が棄却され無効審決が確定すれば前者が当然に却下され特許権を維持する途が完全に閉ざされることになる。このように,消極説は,両事件の審理・確定の先後という偶発的事情によって特許権の生死が決まるというものであって,合理性がないことは明らかである。
c 民事訴訟法上の訴えの利益に関する通説的見解を前提とすれば,無効審決の確定によって特許権が遡及的に消滅した後であっても,以下のとおり,当該特許権について訂正審決を得ることには法律上の利益があるというべきであるから,この点からも消極説は妥当性を欠く。
(a) 法126条6項本文自体が「既に消滅して存在しない」特許権に対しても訂正審判請求することを認めており,これは,現在存在しなくても,これを訂正する法律上の利益があることを認めた規定である。そうであれば,過去に有効に存在していた特許権に対して,それが遡及的に無効になったとする理由のみで,これに対する法律的判断を求める利益がないという結論は同条の趣旨から外れるものであり,より実質的な検討をすべきである。
(b) そして,無効審決が確定した後に訂正審判請求を行うことによる具体的な法律上の利益として,訂正を認める審決を得た場合,確定した無効審決について再審を請求することができるという利益を挙げることができる。
つまり,訂正を認める審決が確定したときは,訂正前の特許請求の範囲に基づいて特許を無効と判断した審決及びこれを維持した判決は,その基礎となった行政処分が変更されたことになるから,いずれも再審事由を有するものとなる(民事訴訟法338条1項8号,法171条2項)。消極説が,このような再審の可能性を無視して訴えの利益を否定していることは不当である。
そして,訂正を認める審決の確定が,無効審決を維持する判決の再審事由となることは,最高裁平成17年10月18日第三小法廷判決(判例時報1914号123頁)においても明言されている。なお,同判決の事案は,特許を無効とする審決の確定前に訂正を認める審決が確定していたというものであるが,その判示からして,同判決の趣旨が,訂正を認める審決確定の事実が,確定した無効審決に対する再審事由となることを認める趣旨であることは明白である。
d 消極説は,憲法上保障された裁判を受ける権利を不当に制限するものである。
先願主義の下においては,的確な特許権保護のために一定の補正・訂正等の機会が特許権者に与えられるべきである。このような見地から,訂正審判の請求は,無効審判請求に対する正当な防御手段として認められているものであり,これが特許法上重要な制度となっていることは前述のとおりである。ところが,消極説の下では,訂正によって特許請求の範囲のうち無効原因を有する部分を切り落として生き残ることが可能な場合でも,無効審決が先に確定したという一事をもって,訂正審判請求が何らの実体的な判断を受けられないまま却下されることになる。このように,消極説は,特許権者の訂正審判請求の権利を特許権者の過失や不注意とは全く関係なく剥奪することを意味している。
消極説の最大の実質的論拠は,紛争をいたずらに複雑にすることを防ぎ,紛争を早期に解決するという法的安定性の点にあるが,他方,特許権者にとっては訂正をする権利を奪われるという不利益を被ることになる。この問題は,究極的にはこの両者の比較ということになる。無効審決確定後の新規の訂正審判請求を認めたのでは,紛争は際限なく続く可能性もあるが,本件のような無効審決確定時に係属中の訂正審判については,その継続を認めてもいたずらに紛争が長引くというおそれは少ない。確かに,訂正を認める審決がなされた場合には,無効審決に対する再審手続が開始されることになるが,再審という制度自体,特許法の中に確固たる位置付けを有する制度であり,再審の可能性という一事をもって,いたずらに紛争を長引かせるものとはいえない。
そうすると,消極説が論拠とする法的安定性の要請は,無効審決の確定によって訂正の機会を終局的に奪われるという特許権者の受ける甚大な損害を正当化するものとはいえない。前述のように,無効審判請求と訂正審判請求とは,実際には一つの紛争であるにもかかわらず法律上は二つの別個の手続とされているだけのことであるから,消極説のように,偶然の事由によって一方が先に確定してしまった場合に他方の争いを遮断してしまうということは,法的安定性の確保という名分の下に,特許権者の権利を余りにないがしろにするものであり,裁判を受ける権利の侵害である。
このように,消極説には,審決確定の先後という極めて偶然的な事情によって結果が変わるようになるという致命的かつ理論的な弱点がある。正規の手続に従って訂正審判を請求した特許権者から見れば,消極説は,正当な理由なしに特許権者の利益を損なうものであるということができ,むしろ法的安定性の要請に反するものである。
(ウ) 昭和59年最判の後になされた特許法の改正(特に平成5年と平成15年の改正)によっても,消極説の実質的論拠は失われている。
a 昭和59年当時の特許法の下では,訂正審判請求に時期的制限がなく,無効審判請求とは互いに別個独立のものとして提起し得たため,無効審決確定後の訂正審判請求によって権利関係がいたずらに複雑化する事態となることを避ける目的で法126条6項ただし書(当時は4項ただし書)の規定が設けられていた。そしてこの複雑化回避のために,昭和59年最判は係属中の訂正審判の排除まで踏み込んだものと考えられる。
しかしながら,その後の平成5年法律第26号による改正(以下「平成5年改正」という。)において,無効審判が特許庁に係属している間は,訂正は無効審判手続の中の訂正請求として行うべきものとされ,別途に訂正審判請求をすることはできないこととなった。さらに平成15年法律第47号による改正(以下「平成15年改正」という。)では,訂正審判の請求時期が,特許無効審判の審決に対する訴えの提起があった日から原則として90日以内に制限された。このように,現行法の下では,昭和59年最判が危惧したような権利関係の複雑化が制度的に解消されているのであるから,上記のような消極説の難点を無視してまで,消極説に固執する必要性は乏しくなったのである。
b 平成5年改正で訂正無効審判請求制度が廃止されたため,仮に訂正審判請求が維持されるとの解釈(積極説)を採用しても,無効審決の確定後に訂正審決が確定し,無効審決に対する再審によって特許権が遡及的に復活し,その後の訂正無効審決で特許権は無効原因を有すると考えられる元の内容に戻り,復活した特許権が2度目の再審によって再び無効とされる,といった複雑な事態は生じ得ない。
イ(本件の特殊性)(ア) 前件審決は,訂正要件違反と分割要件違反を理由とするものであった。すなわち,本件特許については,設定登録後の特許異議申立て事件において,第1次訂正請求を認めた上で本件特許を維持する旨の決定がなされていたところ,前件審決は,第1次訂正に係る訂正事項は,分割前の原出願に係る当初明細書にも,本件特許の設定登録時の明細書にも記載されていない,と判断した。
具体的には,前件審決と,これを維持した前件判決は,第1次訂正で追加された「フラグの減算」の実施例は,上記各明細書から自明といえないという判断をしたものであった。
(イ) これに対し,本件訂正審判請求は,第1次訂正で追加した実施例,即ち前件審決及び前件判決が上記各明細書に記載されているとはいえないとした実施例につき,その記載を削除するという,抜本的なものであった(甲6の1,2)。
本件訂正審判請求事件に係る平成17年5月31日付け訂正拒絶理由通知書(甲8)において,特許庁は,本件特許明細書の前記実施例に係る記載が,フラグを減算対象としている点において明瞭でない記載を含むことを認めた。してみると,当該実施例の記載を削除することは,不明りょうな記載の釈明に該当することは明らかである。
ところが,特許庁は,上記訂正拒絶理由通知書において,上記実施例の削除に伴ってかえって本件訂正後の明細書の記載が不明りょうになるから,本件訂正は不明りょうな記載の釈明に該当しないと結論した。この結論は,本件訂正審判請求の目的要件への適合性(法126条1項ただし書各号該当性)の問題と,本件訂正が認められた場合の明細書の記載要件への適合性(平成2年特許法改正前の法36条3項該当性)の問題を混同する,誤ったものである。
原告は,上記の適用法条の混同を,平成17年6月30日付け意見書(甲9)において指摘する一方で,訂正審判請求権ないし訂正不許可審決に対し司法審査を受ける権利を剥奪することがないよう,前件審決取消訴訟の上告審に強く要請していた(甲7)。
そして,特許庁が誤りなく本件訂正を許可し,あるいは,訂正不許可審決を取り消す裁判所の判決がされれば,本件特許は何ら瑕疵のない有効なものとして存続し得たことが明らかである。すなわち,本件訂正後の明細書における「リクエスト信号を保存する手段」が,マイコン中の所定のRAM領域に1ビットのフラグを保存することを意味することは,実施例の記載がなくとも当業者にとって自明であるから,本件訂正後の明細書がその記載要件に適合しないとされる根拠も存在しない(甲12〜18,21〜25)。
ところが,原告の関与が及ばない「無効審決の確定の先行」という偶発的事情により,本件審決が下されることとなったのである。
(ウ) 特許庁が,訂正の目的の要件の問題と訂正後の明細書の記載要件の問題という法律問題を混同せず速やかに訂正許可審決をしていたならば,あるいは,訂正不許可審決の取消判決を受けて訂正許可審決をしていたならば,その確定により前件審決は根拠(実施例の記載の分割・訂正要件違反)を失い,前件判決が上告審において破棄されていたことは明らかである。
しかるに,前記のとおり,たまたま前件審決の確定が先行したという偶発的な事情によって,本件審決が依拠した昭和59年最判の論理に基づき,原告は,本件特許権を確定的に喪失し,訂正審判について司法審査を受ける権利を奪われるという,絶大な不利益を被ったのである。
以上の点からみても,本件審決において,特許庁がした不適法却下の処理は誤りである。
(エ) なお,被告は,原告が本件訂正審判請求をしたのは前件審決を受けてから1年3か月も経過した後であることを指摘する。しかし,本件訂正の内容は,前件審決取消訴訟における原告の主張と両立しない関係にあった上に,訂正後の明細書に記載要件違反の問題を生じさせかねないという,きわめてデリケートなものであったから,前件判決を受けるまで原告が本件訂正審判請求をすることができなかったことには,やむを得ない事情がある。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)(2)の各事実は認める。同(3)は争う。
3 被告の反論(1) 本件審決は,昭和59年最判の採用した消極説に則したものであって,その判断に原告の主張する誤りはない。
なお,原告が,平成5年改正で訂正無効審判請求制度が廃止されたため,仮に積極説を採用しても,遡及的に有効に成立したことになっていた特許権について再び再審の問題が生じるといった複雑な事態は生じ得ない,と主張する点について付言する。
仮に,積極説を採用すると,確定した無効審決は再審で覆り特許権が復活することになる。そうすると,別途侵害事件では請求が認容される可能性が大となるので,侵害事件の被告である先の無効審判請求人は,訂正無効審判請求制度がないので,これに代わる新たな無効事由を主張して審判請求をすることは必定である。更に,それに対して権利者は訂正請求を,その後の無効審判取消訴訟を,さらに権利者は訂正審判請求を,等々と繰り返されることになり得る。複雑な事態は生じ得ないとする主張は当を得ないというべきである。
(2) 原告は,本件の手続の経緯にかんがみても,本件審決が本件訂正審判請求を不適法として却下したのは不当であると主張する。
しかしながら,本件訂正審判請求は,前件審決から1年3か月余りも過ぎた後になされたものであり,原告は,速やかに訂正審判を請求しなかったものである。また,本件訂正審判請求がなされた後には,特許庁はこれを速やかに審理し,訂正拒絶理由通知を発したものである。そして,この訂正拒絶理由通知に対する意見書が平成17年6月30日に提出されたものの,その直後の平成17年7月7日に最高裁判所は,上告棄却等の決定をしたものである。
ところで,無効審決取消訴訟と訂正審判請求が同時に進行している場合,その審理の進め方(先後関係)については何ら定めがなく,審判を行う特許庁,訴訟を担当する裁判所の裁量に委ねられており,それゆえ,前件審決取消訴訟の上告審において,最高裁判所が本件訂正審判請求事件の結果を待たずに審理し,決定したものである。
そして,上記の上告棄却等決定の結果,本件審決の時点では,本件特許権は初めから存在しなかったものであり,本件訂正審判の請求はその目的を失い不適法になるといわざるを得ないから,訂正の適否を判断することなく,その請求を却下したものである。
したがって,原告の上記主張は失当というべきである。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 本件訂正審判請求の適否当事者間に争いのない上記事実によれば,原告が特許庁に対し平成17年3月1日付けでなした本件訂正審判請求は,本件特許に係る明細書の記載を不明りょうな記載の釈明を目的として訂正しようとするものであるところ,その基本となる本件特許権は平成15年11月17日の前件審決により無効とされ,同審決は最高裁判所における平成17年7月7日の上告棄却等決定により確定するに至ったものである。
ところで,法126条に基づく訂正審判請求事件の係属中に当該特許権を無効にする審決が確定した場合には,無効審決の確定によって当該特許権は初めから存在しなかったものとみなされ(法125条),訂正審判はその目的を失うことになるので,訂正審判請求は不適法となると解するを相当とする(最高裁昭和59年4月24日第三小法廷判決・民集38巻6号653頁参照)。したがって,本件訂正審判請求は,本件特許権を無効とする前件審決の確定により不適法になったというべきであり,これと同趣旨の本件審決が違法となる余地はない。
3 なお原告は,@ 昭和59年最判の採用した消極説は妥当性を欠く,A 特許法の平成5年改正及び平成15年改正により消極説の実質的論拠は失われた,B本件の事実経過の下では,前件審決の確定の先行という偶然の事情によって本件特許の訂正の機会が封じられて原告が確定的に本件特許権を喪失するという結論は不合理である,等を主張するので,念のため,これらに対する当裁判所の判断を示すこととする。
(1) まず原告は,無効審決が確定した後に訂正審判請求を行うことによる法律上の利益として,訂正を認める審決を得れば確定した無効審決につき再審請求をすることができるという利益がある旨主張する。
しかし,訂正審判は,既存の特許権の内容を設定時にさかのぼって変更しようとする行政処分であって,あくまでも目的たる特許権の存続を前提とする従的な法律関係であるから,無効審決の確定により上記特許権が初めから存在しないことになった以上,訂正審判を請求する権利も目的を失ったことにより消滅することは明らかである。なるほど,原告の主張するように,特許無効審決の確定後に訂正認容審決がなされそれが確定すれば,特許無効審決に再審事由が生ずると解する余地があるが,前記のような訂正審判制度の基本的な性質,及び,再審は紛争解決制度の中における例外的な救済制度であること等に照らし,原告主張の利益をもって法律上の利益と解することはできない。
(2) 次に原告は,特許法の平成5年改正及び平成15年改正により昭和59年最判は妥当性を欠くに至ったと主張するが,上記各改正によっても訂正審判に関する法126条6項(平成5年改正前の同条4項,平成15年改正前の同条5項)と特許無効審判に関する法123条3項には明示的な変更がなされていないのであるから,原告の上記主張は採用できない。
(3) 更に原告は,本件の特許庁等における手続の経緯によれば,本件訂正審判請求の提起が前件判決の後(前件審決から約1年3か月を経過した後)になされたことにはやむを得ない事情があり,また,本件訂正審判請求は明らかに認容されるべき内容のものであるから,前件審決の確定により本件訂正審判請求が不適法となり,原告が確定的に本件特許権を喪失するとの結論は不当であると主張する。
しかし,同一の特許に係る無効審判の取消訴訟と訂正審判とが同時に進行している場合のそれぞれの審理の進め方につき,特許法が何らの定めもしなかったのは,特許権者の利益と,法的安定性の要請ひいては第三者の利益とを,具体的事件の実情に応じて調和させることを,それぞれの審理を担当する者の裁量と運用に委ねたからであると解されるから,原告主張のような事情があったとしても,それをどの程度考慮するかは,特許庁及び裁判所の裁量に任されるというべきであり,当該事情のいかんによって,前件審決の確定により本件訂正審判の請求が不適法なものとなるとの結論が左右されるものではない。
4結語よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉