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関連審決 審判1969-7903
再審1966-1
関連ワード 特許を受ける権利 /  発明者 /  協議 /  方法の発明 /  物を生産する方法 /  容易に実施 /  同一の発明 /  発明の詳細な説明 /  特許料(維持年金) /  参酌 /  実施 /  侵害 /  損害額 /  設定登録 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  審決確定(審決が確定) /  取消判決 / 
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事件 昭和 40年 (ワ) 6528号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1980/09/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告1 被告は原告に対し金一〇〇万円の支払をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決及び仮執行の宣言。
二 被告主文同旨の判決及び担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
当事者の主張
一 原告の請求の原因1 原告は、名称を「模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法」とする発明につき、
昭和三〇年一二月二日特許庁に特許出願をし、出願番号特願昭三〇ー三一四五七号として審査されたが、昭和三一年一〇月八日「本願発明は昭和二三年九月一五日株式会社修教社発行の【A】著「塗料便覧」第一二四六頁〜第一二四七頁に容易に実施することができる程度に記載されたものである」旨を理由とする拒絶理由通知があり、これに対し原告は、右「塗料便覧」の右部分(以下、「第一引用例」という。)は壁塗料に関するものであつて、本願のものとは全く異なる旨意見書を提出したが、昭和三二年四月一〇日付拒絶査定を受けたので、これを不服として同年五月七日抗告審判の請求(特許庁同年第九〇八号)をしたが、特許庁は、昭和三六年四月二四日、本件抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をした(以下、「第一回の審決」という。)。第一回の審決の理由の要点は、本願発明の要旨を「醋酸プチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%の割合の混合溶剤にセルロイド及び魚鱗箔を添加することを特徴とする模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法」にあるものと認定し、本願発明は第一引用例に容易に実施することができる程度に記載されたものである、というにある。
原告は、東京高等裁判所に第一回の審決の取消を求める訴を提起し、同裁判所は昭和四〇年四月二四日右審決を取消す旨の判決をし、同判決は上告期間の経過により確定した。
しかるに特許庁は、本願につき特許査定をすることなく、昭和四一年四月八日本件抗告審判の請求は成り立たない旨二度目の審決をした(以下、「第二回の審決」という。)。第二回の審決の理由の要点は、本願発明は、特許出願公告昭二九ー二〇八九号公報左欄第二行〜第七行及び右欄第一七行〜第二三行、昭和一四年七月一〇日発行関西ペイント株式会社研究室編「塗料の知識」第二六七頁〜第二六九頁及び第二九一頁、昭和一三年七月二〇日内田老鶴圃発行【B】著「繊維素塗料」(以上の三刊行物を総称して、以下「第二引用例」という。)の記載内容から容易に推考することができる程度のものである、というにある。なお、原告は、第二回の審決に対しては、その取消訴訟を提起しなかつた。
2 ところで、原告の本願につき特許査定をしないことに関し、特許庁担当官に以下に述べるような違法行為が存在する。
(一) 前記拒絶査定及び第一回の審決は、次のとおり違法である。
(1) 第一回の審決は、発明の要旨を前記のように「醋酸ブチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%の割合の混合溶剤にセルロイド及び魚鱗箔を添加することを特徴とする模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法」と認定し、拒絶査定も同様の認定を前提とするが、本願願書に添附した明細書の発明の詳細な説明の欄の記載を参酌すると、前記混合溶剤に添加するセルロイド及び魚鱗箔の量についても限定があり、右割合による混合溶剤の特定量に対し特定量のセルロイド及び魚鱗箔を加えることをもつて本願発明の要旨とするものであること及びその目的は模造真珠玉用の特殊塗料の製造法にあることが認められるから、してみれば、本願発明の要旨は「醋酸ブチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%の割合の混合溶剤一ポンドに対し、セルロイド八匁〜一〇匁、魚鱗箔四匁〜五匁(セルロイド及び魚鱗箔の含有重量割合はそれぞれ六・〇%〜七・四%及び三・〇%〜三・七%)を添加することを特徴とする模造真珠玉用の特殊塗料の製造法」にあることが明らかであり、拒絶査定及び第一回の審決は本願発明の要旨の認定を誤つている。
(2) 仮に、本願発明の要旨の認定に誤りがないとしても、拒絶査定及び第一回の審決は、本願発明をもつて第一引用例に容易に実施することができる程度に記載されたものであると判断しているが、第一引用例ではその塗料の溶剤の組成が明らかでないばかりでなく、溶剤に対する太刀魚鱗及びセルロイドの相対量は分らないのに対して、本願発明の塗料では溶剤の組成を特定し、しかもこの溶剤に対する魚鱗箔及びセルロイドの相対量を一定にしているという点で差異があるほか、第一引用例が壁塗料に関するもので、塗膜上に真珠色魚鱗を斑点的、継続的ないし連鎖状的に現出させたにすぎないのに対し、本願発明は模造真珠玉用の塗料に関し、かつ真珠色の均一の塗膜を形成するものである点でも差異があるから、拒絶査定及び第一回の審決の右判断は誤りである。
第一回の審決に対する前記審決取消訴訟における東京高等裁判所の判決は、「量的関係の相対量に関しての説明が明細書に何ら記載されていない」とした特許庁長官の主張を排斥したが、このことはとりもなおさず、第一回の審決は本願方法の基本を否定するものであり、この誤認を基礎としたものであることを表白するものであつて、このことだけでも不当である旨特許庁担当官の違法行為を明確に判示したものというべく、しかも右判決は右の点を指摘して第一回の審決を取消しているのであるから、この点からいつても第一回の審決の判断は誤りである。
(3) しかして右拒絶査定及び第一回の審決における右に述べた誤りは、特許庁担当官が本願の審査、審判事件の処理に当たり通常尽すべき職務上の注意義務を怠つたことによるものであるから、本願につき特許査定をしなかつたのは違法である。
(事情) なお、【C】特許庁長官は昭和四三年一〇月六日付毎日新聞朝刊で「特許は経営そのものであり、企業は特許なくして発達しない」と述べ、特許と企業の緊密さを強調していることからすれば、特許庁担当官は、なおさらのこと、本願に対する審査、審判において右のような誤りなきよう慎重に処理すべき職責を負うというべきであつて、前記違法は明らかである。
(二) また、前記のように、特許庁担当官は、本願発明につき、その要旨の認定を誤りかつ第一引用例に容易に実施することができる程度に記載されたものであるとしたのであるが、このように本願につき拒絶査定をしておきながら、他方で、昭和三八年三月一三日になされた、発明の名称を「模造真珠の製造法」とする【D】ほか一名の特許出願(特願昭三八ー一一四七二号。以下、「【D】らの出願」という。)につき後記のように特許権の設定の登録をしたが、もともと【D】らの出願にかかる発明と原告の本願発明とは同一の発明であるから先後願の関係にあり、右【D】らの出願はいわゆる後願として拒絶査定をすべきであつたにもかかわらず、
特許庁担当官は、右のように後願の関係にあることを知悉しながらことさらその審査の速度をはやめ、昭和三九年一〇月二六日出願公告をし、昭和四〇年四月八日特許権の設定の登録(第四四三八九五号)をするという違法行為を敢えて行つた。
しかも、本願発明によつてのみ真珠精なるM・Mパールエツセンスができ、優秀なるイミテーシヨンパールが得られるのであるから、これを特許として保護すべく特許査定をすべきであるのに、右のように【D】らの出願につき特許査定をし、特許権の設定の登録をしたことは、後願をいわば割り込ませることであつて、特許庁担当官の故意又は過失による結果であり、かつ出願後僅か一年六か月の審理期間で出願公告をするというスピード(特許白書によれば審理期間はすくなくとも二年一〇か月を要する。)で特許査定をすることを企画したことは、憲法第14条の規定に反する不平等な扱いとしての行為であるのみならず、刑法第247条に規定する背任行為というべく、また特許庁担当官は公務員である以上偽証の罪に問われるべき行為であることも明らかである。
右のように特許庁担当官が敢えて違法な行為に及んだものであることは、次の事実からも明らかというべきである。すなわち、昭和四〇年一一月一日開催された第一七回神奈川県発明考案展覧会会場で、模造真珠が出品されているのを原告は発見したが、これは当時既に出願公告(及び特許権設定の登録)がなされていた前記【D】らの出願にかかる発明の実施品であるとするものであつた。そこで原告が直ちに調査検討した結果、前記のように原告の本願が先願であつて、右【D】らの出願は特許法第39条の規定により特許されるべきものでないことが明白となつた。
しかるに、右【D】らの出願につき特許権の設定の登録がされたのは特許庁担当官が故意又は過失により後願の利益を図り、その任務に背いた結果というべく、しかも第一回の審決に対する取消訴訟が東京高等裁判所において審理中に、右【D】らの出願につき出願公告及び特許権の設定の登録がされた点は極めて重大である。
なお、原告は【D】らの出願にかかる右特許権につき特許の無効の審判を特許庁に請求(昭和四四年審判第七九〇三号)したが、成り立たない旨の審決があつたので、東京高等裁判所に右審決の取消訴訟(同裁判所昭和四九年(行ケ)第一〇六号)を提起した。もつとも、同訴訟では、昭和五二年一二月二一日、【D】らに対する訴状の送達ができないことを理由に「訴を却下する」旨の判決が言渡されたが、右取消訴訟は原告において特許庁長官を被告として提起したにかかわらず、同裁判所が勝手に右【D】らを被告として、判決をしたものであるので、原告はこのことを理由に同裁判所に対し再審の訴を提起(昭和五三年一〇月二〇日)し、同訴訟は現に係属中である。
(三) 右のように、本願に対する拒絶査定及び第一回の審決には前記の誤りがあり、かつ第一回の審決は、東京高等裁判所の判決によつて、本願発明を第一引用例と対比することが既に当初から無理であつて、両者を同列視することが大きな誤りであるとして取消されたのであるから、特許庁担当官は本願につき直ちに特許査定をすべきであつた。それにもかかわらず、特許庁担当官は後願である【D】らの出願につき敢えて特許査定をし、原告の本願については特許査定をしなかつたが、このことは、前記のとおり、職務上違法な行為であることはもとより、不平等も甚だしく、憲法第14条の規定に違反するばかりでなく、本願発明は東京高等裁判所の判決で示された評価を前提として判断すべきであることはいうまでもないし、本願願書にも「これらの操作技術と経験を必要とすることは勿論であり、以上の本願発明によつて真珠精なるM・Mパールエツセンスができ、優秀なるイミテーシヨンパールの出現となる」旨記載して、本願発明の実施により優秀なるイミテーシヨンパールが出現することを発明者たる原告自身が保障しているにもかかわらず、特許庁担当官は本来の使命である正しい特許行政を行うことなく、故意に職務の遂行に最大の能率を発揮せず、いわば目的意識のない公務の独り歩きをさせて、原告が正当に享受しうべき本願発明にかかる権利を侵害したのである。以上のような特許庁担当官の行為によつて原告が被つた損害は、国家賠償法により被告がこれを賠償すべきものである。
(事情) なお、昭和三二年六月一七日毎日新聞所載「特集」に、「ここ数年来審査官をふやしてきましたが、特に今年は七三人増員したほか、研究の強化、資料の整備をはかり、審査能力の増強に努力しています(特許庁総務課)」とあり、昭和三五年六月二二日付原告の特許庁に対する照会に対して、同審判部は、「一か年程の期間を要する見込みです。」と回答し、同年八月一二日付原告の特許庁長官に宛てた書面に対し、同長官は、「この原因はひとえに出願及び審判請求事件に対し審査官、審判官の人員不足に基づくものでありまして、これが対策については予算措置その他にわたり鋭意努力中でありますので、これがかなえられ次第……」と回答しているが、いずれも未解決のまま改善されていない。
発明は頭脳産業とか国策として重要な奨励産業であるとするならば、実行の伴う民主的な運営の実現を図らねばならないのに、現実は実行が伴わないため、原告は公務員により損害を受けたのである。
(四) 原告が以上述べたところから、その損害の賠償を求める請求の原因として主張する、特許庁担当官の違法行為は、次の三点に要約するところに尽きる。そして原告は、このような違法な行為により、本願発明につき特許を受ける権利侵害された。
(1) 第一回の審決が東京高等裁判所の判決によつて取消されたのであるから、
本願は特許されるべきである。しかるに、特許庁担当官は故意又は過失により特許査定をしなかつた。
(2) 本願が特許されるべきところ、これと【D】らの出願とは先後願の関係にあるのに、特許庁担当官は、本願につき特許査定をしない意図のもとに後願である【D】らの出願につき特許査定をし、本願につき特許査定をしなかつた。
(3) なおまた、本願については昭和四〇年四月二四日の東京高等裁判所の判決がその確定した時点で行政事件訴訟法第33条の規定するところにより「関係の行政庁を拘束する。」のであり、憲法第97条により「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものであ」り、同第99条により「公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」ので、右の判決を軽視することはできず、特許庁担当官は本願につき特許査定をすべく拘束される。もともと特許庁は、第一回の審決については、これを、「何れの点においても特許分野における専門家としての正常な合理的判断に基づいてなされたものであ」ると自ら高く評価している(後記二2(二))点に注目すべきである。その第一回の審決が前記のとおり取消されたのであるから、第二回の審決を原告は容認しない。
3 原告が被つた損害(一) 原告は、右に要約した特許庁担当官の故意又は過失によつて、本願につき違法に拒絶査定を受け、そのために無用な抗告審判手続及び本件訴訟手続を遂行することを余儀なくさせられ、かつ現に特許権を得られないために、次に述べるように、得べかりし利益を失い、精神的損害を被つた。
(二) (得べかりし利益の喪失)原告は昭和二六年、二七年当時勤務していた青木ホテル(宮城県観光株式会社経営)を定年退職した後の生活設計を考え、M・Mパールエツセンスの研究をし、その成果をまとめ、これが本願発明となつたものである。しかして原告は、特許権を得ることによつてのみ本願発明にかかる目的物の市場性を確保することができるのである。
この点について詳細に述べるなら、本願に先だち、その研究を完成した原告は、
試作品を宮城県通商観光課に持参し、当時同課員であつた【E】に示したところ、
同人からその商品価値を認められ、その推薦と紹介により試作品について横浜市貿易連絡常設委員会の【F】委員の商品価値及びその将来性に関する鑑定を受け、好評の鑑定結果を得た。そこで、宮城県では右鑑定の結果をふまえて商品化することとなり、昭和三〇年に仙台商工会議所において、宮城県通商観光課が中心となつて「模造真珠生産打合わせ会」なる会合が開催され、仙台商工会議所理事貿易部長【G】が座長となり、仙台通産局通商産業事務官【H】、宮城県商工部企業課技師【I】、同県通商観光課課員【E】、仙台商工会議所副会頭【J】、同所理事貿易部副部長【K】、同所専務理事事務局長【L】のほか原告が出席し、協議の結果、
宝石類の専門家である前記【G】が中心となつて企業化を進めることとなつた。そして、関連業者と交渉した結果、製品の原価、利潤、生産量等の概算が出された。
このようにして商品化の計画が進行する一方において、わが国取引界の事情を考慮するときは、特許権を得ない限りは商品化にふみきることは危険であるとの意見も強く、それゆえ本願に至つたのである。もとより、原告としては、出願時においては既に商品化に直ちに入れる態勢にあり、原告自身の資産によつて可能な限り原玉の購入、技術者の確保等必要な準備をしていた。しかるに、前記のように本願につき違法に拒絶査定を受けたため、右計画はすべて中止のやむなきに至り、現在に至つている。わが国においては、発明品は特許されることによつてこそその価値があることは周知の事実で、本願発明は多くの人々によつてその価値を認められ、これが実施品は市場において商品として多額の利益をあげえたのに、特許権が付与されなかつたことにより、原告はその得べかりし利益を失い、損害を被つたが、その額は、別表のとおり合計金二七億二、六九五万五、〇〇〇円にのぼる。
(三) (精神的損害) 以上に述べた事実関係及び事情を斟酌すれば、原告が被つた精神的損害に対する慰藉料は、別表のとおり金二、二〇〇万円をもつて相当とする。
4 よつて原告は、被告に対し、右合計金二七億四、八九五万五、〇〇〇円のうち、とり敢えず内金一〇〇万円(得べかりし利益の喪失につき八〇万円、慰藉料につき二〇万円)の支払を求める。
二 請求の原因に対する被告の認否及び主張1 請求の原因1の事実は認める。同2、(一)の事実は、そのうち、東京高等裁判所が第一回の審決を取消したことは認めるが、その余は争う。なお、【C】特許庁長官が原告主張新聞紙上で主張のとおり述べている(新刊紹介文)ことは争わない。同2、(二)ないし(四)の事実は、そのうち、【D】らの出願につき、原告主張の日、出願公告、特許権設定登録がされたこと、原告が同特許の無効の審判を特許庁に請求し、成り立たない旨の審決があり、その審決に対し取消訴訟を提起したこと、同訴訟において、昭和五二年一二月二一日「訴を却下する」旨の判決が言渡されたこと、は認めるが、その余は争う。なお、原告主張毎日新聞に主張のとおりの記事が掲載されたことは争わないが、原告の照会に対し特許庁が原告主張の回答をしているとの点は知らない。同3の事実は争う。
2 原告の本訴請求は、本願が特許されるべきものであることを前提としている。
しかし、次のとおり、本願は特許されるべきものでないことは明らかである。すなわち、
(一) 第一回の審決は、原告主張のように、東京高等裁判所において、これを取消す旨の判決があり、同判決は確定したので、特許庁長官は新たに審判官を指名して、更に本願につき審理をさせた結果、昭和四一年四月八日、特許庁は、第一回の審決における第一引用例とは異なるところの第二引用例を引用して、本願発明は第二引用例の記載内容から容易に推考できる程度のものであつて、旧特許法(大正一〇年四月三〇日法律第九六号をいう。以下同じ)第1条にいう発明を構成するものとは認められないとして、「本件抗告審判の請求は成り立たない」旨の第二回の審決をした。第二回の審決の謄本は昭和四一年四月二三日原告に送達されたが、同審決に対する原告からの取消の訴の提起はなく、出訴期間の経過により同審決は確定した。
なお、原告は、第二回の審決に対し昭和四一年四月三〇日特許庁に対し再審の請求(昭和四一年再審第一号)をし、昭和四四年一二月八日却下されたところ、この再審却下審決に対し更に昭和四五年一月一六日再審の申立をし、昭和四六年一二月一〇日却下され、昭和四七年三月二四日同審決は確定した。
(二) ところで、第一回の審決の取消理由は、東京高等裁判所の判決によると、
「(イ) 本願のものは混合溶剤の比率が定まつているのに対し、第一引用例のものは定まつていない。(ロ) 本願のものは溶剤に対する魚鱗箔、セルロイドの相対量を一定のものにしているが、第一引用例ではそれが明らかではない。(ハ) 本願のものは模造真珠玉用のものであるが、第一引用例は壁塗料に関するもので、
その目的を異にしている。」との三点から、本願のものは第一引用例に容易に実施することができる程度に記載されたものとは認め難いというにある。しかし、右取消訴訟で特許庁長官の答弁として述べているように、右(イ)については、原告主張の比率による混合溶剤とすることによつては特に顕著な効果が得られるとは考えられないから、既に周知の溶剤を混合したというものにすぎず、これを発明とみることができないとする見解は十分成り立ちうるし、右(ロ)の点についても、本願明細書には魚鱗箔と溶剤との量的関係は何ら示されていないから、本願の方法の欠くべからざる要件とは認めえないと解することも一つの見解として十分首肯しうるし、右(ハ)についても、第一引用例が壁の塗料用のものであつた場合、これが真珠色の塗料として使用するものとされていれば、当然に模造真珠製造用の塗料として利用可能であることに考え及ぶことができるのであるから、本願をもつて発明と認めえないという見解に立つてもあながち不当とはいえないものであり、第一回の審決は何れの点においても特許分野における専門家としての正常な合理的判断に基づいてなされたものであつて、一見解として十分通用するものであり、かつ、客観的にいつて決して不当なものとはいえないから、かような見解が東京高等裁判所に容れられなかつたことの一事をもつて、特許庁担当官に過失があるとすることはできない。
(三) 右判決における取消理由の他の一つは、第一回の審決が本願発明の要旨の認定を誤つたということにあると思われる。つまり、第一回の審決は、その要旨を、「醋酸ブチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%の割合の混合溶剤にセルロイド及び魚鱗箔を添加することを特徴とする模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法」であると認定したのに対し、右判決は、混合溶剤に対するセルロイド及び魚鱗箔の量をも取込んで、その要旨は、「前記のような混合溶剤一封度に対し、
セルロイドは八ー一〇匁、魚鱗箔は四ー五匁を添加することを特徴とする模造真珠玉用の特殊塗料の製造法にある」と判断したが、両者を比較すると、共に、混合溶剤の組成割合は本願発明の要旨と認定したけれども、第一回の審決は混合溶剤に対する魚鱗箔及びセルロイドの相対量につき、これを定めていないとして要旨と認定せず、用途については真珠色を呈する塗料であると認定したのに対し、右判決は右相対量について、一封度の溶剤と記載されているから相対量は定まつているとして要旨と認定すべきであるとし、用途についても模造真珠玉用の塗料であると認定すべきであるとしたのである。しかし、右判決にいう誤認は、通常の判断力をもつてしてはさけ難いし、第一回の審決がした要旨の認定についてもその判断において特許庁担当官に過失はない。すなわち、本願の明細書に記載の特許請求の範囲の欄には、「(1)発明の詳細な説明で述べた製造法の範囲(2)模造又は人造真珠色塗装及び染色のための使用範囲(3)工芸美術塗装のための使用範囲」と記載されているのみであつたので、やむなく、明細書全体の記載あるいは拒絶理由通知書に対する原告提出の意見書から判断することとし、まず、混合溶剤の組成割合を要旨の一部と認定し、次いで混合溶剤に対するセルロイド及び魚鱗箔の量的割合については発明の詳細な説明の欄に「(1)塗膜結成特殊塗料の溶剤は醋酸ブチル、醋酸エチル、アセトンの三種の混合液より成り之を一封度の溶剤として調合する場合は醋酸ブチル五〇%醋酸エチル三〇%アセトン二〇%の割合で調合することによつて優れた溶剤となります。(2)以上の溶剤を一定の容器に入れこれを溶媒としてセルロイド八ー一〇匁と魚鱗箔四ー五匁を投入……」となつているのみであり、意見書でもこの点については何ら触れられていないので、混合溶剤に対するセルロイド、
魚鱗箔の量的割合を発明の要旨としているものとは到底認め難いものと判断したのであり、塗料の用途についても、本願発明の名称として「模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法」と原告が記載したところに従つて、真珠色を呈する塗料と認めたのであるが、更に、前記特許請求の範囲の欄に、「工芸美術塗料のための使用範囲」と記載されていることからすれば、塗料の用途は模造真珠玉用ばかりでなく、より巾広い用途をもつた塗料つまり真珠色を呈する塗料と解しうる。このように重要な部分に関する出願人(原告)の記載は尊重すべく、任意に変更して解釈することは許されない。本願願書に添附の明細書に模造真珠の製造に関する説明はあるが、実施態様の一場合の記載にすぎないとみうるので、本件塗料の用途を模造真珠の製造に限定して要旨認定をしなかつたからといつて、特許庁担当官に過失があるとはいえない。なおこの点に関し詳述すれば、次のとおりである。
まず、本願願書に添附されている明細書の記載からすれば、本願発明の対象は、
人造又は模造真珠塗料の製造法とも解されるし、真珠色塗装法とも解され、右真珠塗料の製造法であるとしても次のような各種の製造法として要旨の認定が可能である。すなわち、(一)魚鱗箔とセルロイドを溶剤に添加することを特徴とする模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法、(二)魚鱗箔とセルロイドを溶剤に添加することを特徴とする模造又は人造真珠玉用特殊塗料の製造法、(三)魚鱗箔とセルロイドとを醋酸ブチル、醋酸エチル及びアセトンよりなる溶剤に添加することを特徴とする模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法、(四)魚鱗箔とセルロイドとを醋酸ブチル、醋酸エチル及びアセトンよりなる溶剤に添加することを特徴とする模造又は人造真珠玉用特殊塗料の製造法、(五)魚鱗箔とセルロイドとを醋酸ブチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%よりなる溶剤に添加することを特徴とする模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法、(六)魚鱗箔とセルロイドとを醋酸ブチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%よりなる溶剤に添加することを特徴とする模造又は人造真珠玉用特殊塗料の製造法、(七)魚鱗箔四ー五匁とセルロイド八ー一〇匁を醋酸ブチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%よりなる溶剤一ポンドに添加することを特徴とする模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法、(八)魚鱗箔四ー五匁とセルロイド八ー一〇匁を醋酸ブチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%よりなる溶剤一ポンドに添加することを特徴とする模造又は人造真珠玉用特殊塗料の製造法で、このようなことは右明細書の記載が不備で、法令上の記載要件を具備していないことに起因する。特許庁担当官が、もし右明細書のみから判断すれば右(一)のとおり要旨認定をしたであろうが、拒絶理由通知に対する出願人(原告)の意見書(乙第三号証)において特に溶剤の成分割合が強調されていたので、第一回の審決は、これをも要旨の一部として採りあげ、右(五)のとおり要旨認定をするに至つたのであつて、以上のような事情のもとにおいては、第一回の審決が混合溶剤に対する魚鱗箔等の相対量を要旨と認定しなかつたからといつて、特許庁担当官に過失があるということはできない。
(四) 拒絶査定あるいは抗告審判の審決において、公知例が二以上存在する場合、相当数あると思われるときにはその判明したうちの一つを示せば足り、他の公知例までも探知、調査して示すことは必要なことではなく、これをしないからといつてそれ自体違法とはならない。本件においても、第一回の審決においては、拒絶査定同様、第一引用例を引用例としたが、東京高等裁判所の判決が右引用例は適切でない旨判断したので、再び抗告審判に付して審理した結果、第二回の審決においては、第二引用例を引用して再び拒絶したのであり、この第二回の審決が確定したこと前記のとおりである。
(五) 以上のとおりであるから、第一回の審決をした特許庁担当官に過失はなく、また、本願は、第一回の審決が東京高等裁判所の判決によつて取消されたからといつて当然特許されるべきものではなく、したがつて特許庁担当官が第二回の審決をしたこと及び特許査定をしなかつたことに過失はない。
(六) 原告は、【D】らの出願につき、特許庁担当官は右出願が原告の本願に対して後願に当たることを知悉しながら、故意にこれを特許するという違法行為を敢えて行つた旨主張するが、両者の発明は、互いに直接何らの関係を有しない別発明であるから、右主張は、この点についての原告の誤つた前提にたつ主張であり、失当である。この点につき詳述すれば次のとおりである。
本願発明は「醋酸ブチル五〇%、醋酸エチル三〇%及びアセトン二〇%の割合の混合溶剤一ポンドに対し、セルロイド八〜一〇匁、魚鱗箔四〜五匁(セルロイド及び魚鱗箔の含有重量割合はそれぞれ六・〇〜七・四%、三・〇〜三・七%)を添加することを特徴とする模造真珠玉用の特殊塗料の製造法」をその要旨とするものであることは本願願書に添附の明細書(乙第一号証)、前記東京高等裁判所の判決(甲第一号証)、第二回の審決(乙第七号証)によつて明らかであるのに対し、
【D】らの出願にかかる発明は「一定の大きさの中空型内に魚鱗又はこれと同効物質を配合した合成樹脂液を注入して中空型を回転させ、該合成樹脂液を型内壁に均一に分散した状態で密着せしめ且中空型の回転により配合した魚鱗又はこれと同効物質を遠心力により外周方向に移行させて外周部の密度を大ならしめる様に固化すると共に、次いで離型した中空成形体の中空部に金属粉等を配合した合成樹脂液を注入充填し、表面仕上げを施して成る模造真珠の製造法」をその要旨とするものである(乙第一三号証)から、両者が同一発明でないことは対比上明白で、換言すれば、本願発明は魚鱗をセルロイド溶液で練り合せた真珠色塗料が第一引用例によつて既に知られている状況のもとで、前記のような特定割合の魚鱗箔及び溶剤を使用する模造真珠玉用の塗料の製造法であるのに対し、【D】らの出願にかかる発明は魚鱗を配合した合成樹脂液を用いる点でまず本願のものと異なるのみでなく、中空型の回転を行うこと及びできた中空成形体の中空部に金属粉等を配合した合成樹脂液を注入充填して模造真珠そのものを製造する方法であるから、両者の製造法には何らの共通点もない。
原告は、本願発明の方法で製造した塗料を球状体に適用した結果できた模造真珠と、【D】らの出願にかかる発明の方法で製造した模造真珠とが結果的に酷似していた点をとらえて、同一発明であると主張するもののようであるが、物を生産する方法の発明の同一性の判断は、直接製法を対比して行われるべきであつて、生産された物自体の比較でなしうるものでないことはいうまでもないし、仮に生産された物自体を比較しても本願のものは塗料であるが右【D】らのものは模造真珠であつて異なることは明白である。
三 被告の主張に対する原告の答弁 被告の主張中、第二回の審決が被告主張の内容のものであること、第二回の審決及び同審決に対する再審却下審決が被告主張のとおりの経過で確定したこと、東京高等裁判所の判決における第一回の審決の取消理由が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。被告は、【D】らの出願にかかる発明は「一定の大きさの中空型内に魚鱗又はこれと同効物質を配合した合成樹脂液を注入して中空型を回転させ、該合成樹脂液を型内壁に均一に分散した状態で密着せしめ且中空型の回転により配合した魚鱗又はこれと同効物質を遠心力により外周方向に移行させて外周部の密度を大ならしめる様に固化すると共に、次いで離型した中空成形体の中空部に金属粉等を配合した合成樹脂液を注入充填し、表面仕上げを施して成る模造真珠の製造法」をその要旨とするものである、と高く評価しているが、(イ)まず、
原告の体験からすると、右発明での中心は魚鱗であるから斑点的、断続的ないし連鎖状的に現出される程度であつて、塗装膜の全面を真珠色の塗料をもつて均一に塗りあげるものではないのであつて、このことの定義づけは前記東京高等裁判所の判決で示されたとおりである。しかも右発明についての特許登録は特許料不納により昭和四三年一〇月二六日特許登録原簿から抹消されているのである。
被告が今の時点でことさら右発明のことを取りあげるのは公権力の濫用も甚だしく、ためにせんとする謀略行為にほかならないから、刑法第247条第156条及び第169条の各規定に該当する行為であり、(ロ)次に、右発明の特色として「離型した中空成形体の中空部に金属粉等を配合した合成樹脂液を注入充填し」とあるところ、このようなことは製品に重量感をもたせるための苦肉の策であつて、
この種製品の多量生産の工程操作には不適当であるし、(ハ)なおまた、右発明は、「金属粉等を配合した合成樹脂液を注入充填し、表面仕上げを施す」というもので、かかる二次、三次の工程操作を施すのでは到底経済的な多量生産とはならないのであつて、その故に現に特許料不納、特許登録原簿からの抹消となつており、
これが巷間の醜聞となるのが実態ではなかろうか。(二)しかも、被告は、右発明が、「魚鱗を配合した合成樹脂液を用いる点で(原告の)本願のものと異なる」と主張するが、原告は右主張を容認できないのみならず、右発明についての登録は前記のように既に特許登録原簿から抹消されているのであるから、今更「魚鱗」を強調しても意味がないし、(ホ)更に、昭和三五年一一月一八日特許庁工業所有権相談所の原告に対する回答によると、「審査官は皆それぞれの技術畑の専門家ですが、人間である以上時には判断違いをすることもあるでしよう。」というのであつて、これでは公務の民主的かつ能率的運営とはいえず、まさしく人権侵害である。
なお、憲法はすべての国民が人間として尊重され、しあわせに生きる権利をもつていることを永久の権利として保障しているし、同法第14条は誰もが基本的人権について差別されないことを規定している。しかるに、被告は、前記東京高等裁判所の判決が確定している事実を認めながら、現実にはいまだこれを無視して原告を差別し、特許査定をせず、しかも【D】らの出願にかかる発明をとりあげて、法務大臣及び被告指定代理人らが署名押印する書面で根強く主張しているのであり、かかる差別行為が国会で問題になつたら、と思考する。したがつて被告(特許庁)は、
前記東京高等裁判所の判決理由の趣旨を重視して、原告を差別することなく、本願につき特許査定をすべきである。
証拠関係(省略)
理 由一 原告が名称を「模造又は人造真珠色特殊塗料の製造法」とする発明につき、原告主張の日、特許庁に特許出願をし、その主張番号をもつて審査されたが、拒絶査定を受けたので抗告審判の請求をしたところ、特許庁は昭和三六年四月二四日、
「本願発明は第一引用例に容易に実施することができる程度に記載されたものである」旨原告主張の理由による第一回の審決をしたので、原告は東京高等裁判所に同審決の取消を求める訴を提起したこと、同裁判所は昭和四〇年四月二四日第一回の審決を取消す旨の判決をし、同判決は上告期間の経過により確定したこと、しかし、特許庁は、本願につき特許査定をすることなく、昭和四一年四月八日、本願発明は第二引用例の記載内容から容易に推考することができる程度のものである旨原告主張の理由をもつて第二回の審決をしたこと及び同審決に対しては原告はその取消を求める訴を提起しなかつたことは、当事者間に争いがない。
二 原告は、本願につき特許庁が特許査定をしないことに関し、特許庁担当官に故意又は過失に基づく違法行為があるから、本願発明につき特許を受ける権利侵害されたために原告が被つた損害の賠償を求める旨主張し、右違法行為として三点を挙げる(原告の請求の原因の項2(四)(1)ないし(3))ので、順次判断する。
(一) 「第一回の審決が東京高等裁判所の判決によつて取消されたのであるから、本願は特許されるべきである」との主張について およそ特許出願につきなされた拒絶査定を不服とする審判(旧特許法における抗告審判を含む)手続において、出願を拒絶すべく「審判(又は抗告審判)の請求は成り立たない」旨の審決をする場合には、特許庁担当官は、同審決においてそれをもつて当該出願を確実に拒絶しうると判断した引用例のみを挙示すれば足り、審決時に、右挙示した以外の当該出願を拒絶しうる引用例たりうるものを仮に探知しえていても、そのすべてを挙示することが必要とされるものでないことは当然の事理であり、しかして右審決に対する取消訴訟において、同審決が挙示した引用例をもつては当該出願を拒絶することができないとして同審決を取消す旨の判決がなされ、同判決が確定した場合でも、特許庁担当官は当然に当該出願につき特許査定をしなければならないとする根拠はなく、既に探知していた他の引用例又は新たに探知しえた引用例をもつて当該出願を拒絶すべく、再び、「審判(又は抗告審判)の請求は成り立たない」との審決をすることは何ら妨げられるものではない。けだし、右判決は、審決に挙示されたその引用例をもつてしては当該出願を拒絶することができないとするものであるにとどまり、他の引用例たりうるものの存在いかんにかかわらず必らず特許査定をしなければならないとするものではないからである(なお、後記(三)参照。)。
これを本件についてみるに、前記争いのない事実に成立に争いのない甲第一号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第六、第七号証を総合すれば、特許庁は原告の本願につき第一引用例を挙示して本件抗告審判の請求は成り立たない旨第一回の審決をし、同審決に対する取消訴訟において東京高等裁判所は、本願発明は第一引用例に容易に実施することができる程度に記載せられたものとは認め難く、また、第一引用例のみから容易に推考することができるものともいい難いとして同審決を取消す旨の判決をし、同判決は確定したが、特許庁担当官は更に審理を続けた結果、本願発明は第二引用例から容易に推考することができる程度のものである旨の理由により、「本件抗告審判の請求は成り立たない」との第二回の審決をしたことを認めることができる。
したがつて、前説示の理由により、東京高等裁判所の判決により第一回の審決が取消され、同判決が確定したからといつて、特許庁担当官が第二回の審決をし、本願につき特許査定をしなかつたことを目して違法であるということはできない。
付言するに、第二回の審決に対しては原告はその取消訴訟を提起しなかつたこと前記のとおりであるから、第二回の審決はこれが取消訴訟の出訴期間の経過によりその取消を求めえなくなつたのであつて、換言すれば本願は特許されないことに適法に確定したものといわざるをえない。
よつて、原告の右主張は採用することができない。
(二) 「本願が特許されるべきところ、本願につき特許査定をしない意図のもとに本願の後願に当たる【D】らの出願につき特許査定をし、本願につき特許査定をしなかつた」との主張について 右主張は、本願が当然特許されるべきことを前提とするものであつて、してみれば、既に述べたとおり本願は特許されるべきものとすることはできないから、その前提において誤りであり、採用することができない。もつとも、右主張は、特許庁担当官が【D】らの出願につき特許査定をするがために、原告を害するべくことさら本願については特許査定をしない意図を有していたから、本願につき特許査定をしなかつたことは当然に違法であるとの趣旨に解されないでもないが、特許庁担当官が右のような意図を有していたとする証拠は全く存しない。
原告はまた、右【D】らの出願にかかる発明が本願発明と同一であることを前提に、したがつて本願の後願に当たるのに右【D】らの出願につき特許査定をしたこと、その出願から出願公告までの審理期間が通常より短期間であること、その出願公告及び特許権設定登録が第一回の審決の取消訴訟の係属中になされたことの事実をもつて、特許庁担当官が前記のような意図を有していたことないしは本願につき特許査定をしないことが違法であることの証左であるとも主張するもののようであるが、本件にあらわれた全証拠によるも右【D】らの出願にかかる発明が本願発明と同一であるとは認められず、したがつて右【D】らの出願をもつて本願の後願に当たるとはいえないし、またその余の右事実はその主張のとおりとしてもこれをもつて直ちに特許庁担当官が原告主張のような意図を有していたとか、本願につき特許査定をしないことが違法であると結論づけることは到底できない。したがつて、
右主張も採用することはできない。
(三) 「第一回の審決を取消した東京高等裁判所の判決の確定により、行政事件訴訟法第33条の規定するところにより特許庁担当官は本願につき特許査定をすべく拘束される」旨の主張について 行政事件訴訟法第33条第1項は、「処分……を取り消す判決は、その事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する。」と規定する。その法意は、裁判所の判決により違法な処分が取消されても、行政庁がこれに従わないで同一の処分をすることを繰り返すとすれば、取消訴訟はその意義が失われることになることから、違法な処分の是正を目的とする取消訴訟制度の実効性を確保するために、行政庁に対し判決の趣旨に従つて行動することを義務づけ、これを拘束したものということができる。このような義務づけないし拘束の結果、行政庁は同一事項の処理に当たり同一事情のもとで再び同一の理由により同一内容の処分をすることはできないとの結論を導くこととなる。しかして、右規定は、行政庁が同一事項の処理に当たり、前の処分の理由とは異なる理由をもつて結果として前の処分と同一の内容の処分をすることをも禁止する拘束力を取消判決が有するものであることを定めたものではなく、そのような処分をすることは右法条に牴触するものではないこと当然であり、これを要するに、一たんある内容の処分が判決によつて取消された場合には理由のいかんを問わず同一内容の処分はできないとするものではない。
これを本件についてみるに、もとより第一回の審決も第二回の審決も「本件抗告審判の請求は成り立たない」として本願を拒絶するものであることにおいて同一内容の審決ではあるが、前記のとおり、東京高等裁判所の判決は、第一回の審決が第一引用例を挙示して本願を拒絶したのに対し、同引用例のみによつて本願を拒絶することはできないとして第一回の審決を取消したものであり、第二回の審決は、第一引用例とは異なるところの第二引用例を挙示し、本願発明はこれから容易に推考することができる程度のものであるとして、「本件抗告審判の請求は成り立たない」との結論を下したものであつて、同審決は行政事件訴訟法第33条第1項の法意に反するものではないこと、前記説示から明らかである。
以上のとおりであるから、第一回の審決が東京高等裁判所の判決により取消されたからといつて、特許庁担当官は当然本願につき特許査定をしなければならないとの拘束を受けるものではない。
原告の右主張は、主張法条の趣旨を誤解したことにでたものであつて、採用することができない。
三 以上述べたとおり、原告が違法行為として主張する右(一)ないし(三)の主張はいずれも理由がないから、本願につき特許査定をしないことに関し特許庁担当官に原告主張の違法行為があることを前提とする本訴請求は、原告のその余の主張につき判断するまでもなく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
追加
(別表)三ー八(サンパチ規格という)のイミテーシヨンパールの経済的最低限度の生産量三、〇〇〇連を標準に算出すると、次のとおりである。
一日産三、〇〇〇連の模造真珠生産原価金一〇万五、〇〇〇円(一連の原価三五円)二右の利潤(純利益)金一〇万五、〇〇〇円(一連当たり三五円)ただし、この純利益は、本願の出願以降原告がその壮年期を徒過した筆舌に尽せぬ損失と社会情勢の変化に伴う人件費増、原玉工料や物価の高騰、金利の引上げ等に鑑み、後記損害額の算出については、一日当たり金三一万五、〇〇〇円と主張する。
三(A)本願の出願の日である昭和三〇年一二月二日から特許庁が拒絶査定をした日の前日である昭和三二年四月九日までの間に被つた損害金一億五、五二九万五、〇〇〇円と慰藉料四〇〇万円との合計金一億五、九二九万五、〇〇〇円。
(B)特許庁が拒絶査定をした昭和三二年四月一〇日から東京高等裁判所の判決言渡日である昭和四〇年四月二四日までの間に被つた損害金九億二、四二一万円と慰藉料二〇〇万円との合計金九億二、六二一万円。
(C)昭和四〇年四月二五日から昭和五三年七月一四日までの間に被つた損害金一五億二、一四五万円と慰藉料一、三〇〇万円との合計金一五億三、四四五万円。
(D)昭和五三年七月一五日から昭和五五年三月三一日までの間に被つた損害金一億二、六〇〇万円と慰藉料三〇〇万円との合計金一億二、九〇〇万円。
以上
裁判官 秋吉稔弘
裁判官 水野武
裁判官 設楽隆一