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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  反復(反復可能性) /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  実質的に同一 /  実施料相当額 /  クレーム /  商標権 /  優先日 /  出願経過 /  均等 /  均等侵害 /  置き換え /  置換 /  置換可能性 /  同一の作用効果 /  置換容易性 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  権原 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  専用実施権 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  公知事実 /  管轄 / 
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事件 平成 11年 (ワ) 16175号 特許権侵害差止請求事件
原告 上野製薬株式会社
訴訟代理人弁護士 田倉整
同 片山英二
同 佐長功
補佐人弁理士 小田島 平吉
同 深浦秀夫
被告 ファルマシア・アンド・アップジョン・インク (以下「被告ファルマシア・インク」という。)
被告 ファルマシア・アクチェボラーク
被告 ファルマシア株式会社(以下「被告ファルマシア」という。)
被告3名訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
補佐人弁理士 谷義一
同 橋本傳一
同 市川昌史
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2001/05/14
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークに対する本件訴えをいずれも却下する。
2 原告の被告ファルマシアに対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告らは,別紙物件目録記載の物件を輸入し,製造し,販売してはならない。
2 被告ファルマシアは,その占有する同目録記載の物件を廃棄せよ。
3 被告らは原告に対し,各自金1億0346万円及びこれに対する平成12年4月1日から支払済みに至るまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
事案の概要
原告は,後記の特許権について専用実施権を有しているが,別紙物件目録記載の物件(以下「被告製品」という。)を製造販売等している被告らの行為が上記専用実施権侵害するとして,被告らに対し,上記製造等の差止め等と損害賠償の支払を求めた。これに対して,被告ファルマシアは,侵害を争って請求の棄却を求め,その余の被告らは,国際裁判管轄を争って訴えの却下を求めた。
1 前提となる事実(当事者間に争いはない。) (1) 当事者 原告は,医薬品の製造販売等を業とする株式会社である。
被告ファルマシア・インクは,アメリカ合衆国デラウェア州法に基づき設立された法人であり医薬品の製造販売を主たる業としている。
被告ファルマシア・アクチェボラークは,スウェーデン国法に基づき設立された法人であり,医薬品の製造販売を主たる業務としている。
被告ファルマシアは,医薬品の輸入,製造,販売等を業とする株式会社である。
(2) 原告の有する専用実施権 原告は,訴外株式会社アールテック・ウエノの有する以下の特許権(以下「本件特許権」といい,特許請求の範囲第1項及び第11項の発明を「本件発明」という。)の全部の範囲について,専用実施権の設定を受け(以下「本件専用実施権」という。),その旨の登録を受けた。
ア 発明の名称 眼圧降下剤 イ 出願日 昭和63年9月14日 ウ 登録日 平成6年7月27日 エ 登録番号 特許第1858208号 オ 特許請求の範囲 別紙「特許訂正明細書」写しの「特許請求の範囲」第1項及び第11項に記載のとおりである(以下,同明細書を「本件明細書」という。)。
(3) 被告ファルマシアの行為 被告ファルマシアは,平成11年3月から,日本において被告製品の製造ないし輸入承認を取得し,同製造,輸入承認に基づき,同年5月からその販売を開始した。
(4) 被告製品 被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」の化学構造は,別紙物件目録記載の構造式のとおりである。
2 争点 (1) 被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」は,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類に該当すると解すべきか。
(原告の主張) 「ラタノプロスト」は,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類である「13,14-ジヒドロ-15-ケト-17-フェニル-18,19,20-トリノル-PGF2αα-イソプロピルエステル」(以下「15-ケト-ラタノプロスト」という。別紙構造式対比表2記載の構造式で示す化学構造を有する。)と,@化学構造,A作用効果,B作用機序の点において同一であるから,これを有効成分とする眼圧降下剤あるいは緑内障治療薬は,本件発明の構成要件を充足するというべきである。
化学構造の同一性 まず,「15-ケトーラタノプロスト」は,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類に含まれる化合物である。
被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」,すなわち,「13,14-ジヒドロ-17-フェニル-18,19,20-トリノル-PGF2α-イソプロピルエステル」は,別紙物件目録記載の構造式で示す化学構造を有している。
両者を対比すると,化合物の基本骨格の点も含めてほとんど同一である。唯一異なる点は,「15-ケト-ラタノプロスト」の15位の修飾が「=O」(ケト基)であるのに対し,「ラタノプロスト」の15位の修飾が「-OH」(水酸基)である点である。両化合物は化学構造の点で極めて似通っており,ほとんど同一の化合物といえる。
また,15位の水酸基(-OH)を酸化するとケト基(=O)が得られ,ケト基(=O)を還元すると水酸基(-OH)が得られるという関係にあることから,「15-ケト-ラタノプロスト」を還元すれば「ラタノプロスト」を得ることは極めて容易である。このように,両化合物は合成という観点からも見ても,極めて近い関係にある。
イ 作用効果の同一性 本件発明のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」を有効成分とする眼圧降下剤ないし緑内障治療薬と「ラタノプロスト」を有効成分とする被告製品とが医薬品として同一の薬理作用を有することは,被告自らが認めている。すなわち,被告製品に関する特許公報(乙4)及びその公表特許公報(甲13)の中で,被告ファルマシア・アクチェボラークは,「ラタノプロスト」と共に本件発明のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」をも最も好ましい化合物の一つとして挙げ,両化合物を有効成分として含有する治療薬が,緑内障又は眼圧亢進の為の「治療薬」として,主作用のみならず副作用の点においても,同一の作用効果を有することを認めている。
また,「15-ケト-ラタノプロスト」を投与した場合,「ラタノプロスト」を投与した場合とほぼ同様の眼圧降下作用を発揮することが判明し,両者の間には主作用について有意な差違はないことが明らかになっている(甲11及び12,これらの実験結果が信頼でき,その考察が妥当であることにつき,甲34,36及び44)。
ウ 作用機序の同一性 「15-ケト-ラタノプロスト」を霊長類の眼に点眼した場合,角膜を透過する際にエステルが代謝され,房水中に「13,14-ジヒドロ-15-ケト-17-フェニル-18,19,20-トリノル-PGF2α」(以下「15-ケト-ラタノプロスト-酸」という。別紙構造式対比表4記載の構造式で示す化学構造を有する。)が生じる。「15-ケト-ラタノプロスト」を臨床用量投与した場合,眼圧降下作用を示すことは明らかであるから(甲12,この実験結果が妥当で信頼できることにつき甲35),結局,眼圧降下作用は,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」によってもたらされているといえる。「15-ケト-ラタノプロスト」を投与した場合,房水中の代謝物のほぼ100%を構成する「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が眼圧降下に100%寄与する。
他方,「ラタノプロスト」を霊長類の眼に臨床用量投与した場合,角膜を透過する際にエステルが代謝され,房水中に「13,14-ジヒドロ-17-フェニル-18,19,20-トリノル-PGF2α」(以下「ラタノプロスト-酸」という。別紙構造式対比表3記載の構造式で示す化学構造を有する。)が生じるとともに,少量の「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が生成されることが明らかにされている(甲11,15,16及び21,甲21の実験結果が信頼でき,その考察が妥当であることにつき,甲35)。そして,臨床用量の「ラタノプロスト」を投与した場合に生成されるのとほぼ同濃度の「15-ケト-ラタノプロスト-酸」及び「ラタノプロスト-酸」をカニクイザルの前房内に1時間灌流させ,その眼圧降下作用を観察したところ,前者では有意な眼圧降下が観察されたが,後者では有意な眼圧降下は観察されなかった(甲22及び32,これらの実験結果が信頼でき,その考察が妥当であることにつき,甲40,43及び44)。このように,「ラタノプロスト」を臨床用量投与した場合,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」は生成される量がわずか(約1%程度)であるが,眼圧降下に十分な寄与をする。なお,「ラタノプロスト-酸」は,代謝物の大部分(約99%程度)を占めるにもかかわらず,眼圧降下に同程度しか寄与しない。
同様に,甲17及び18の実験によれば,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」を直接眼に投与した場合,それが眼圧降下作用を示すことが明らかとなっている。さらに,甲23及び24の実験によれば,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」は,ごく微量であっても有意な眼圧降下作用を示しており,その生成がたとえ微量であっても,被告製品の薬効に関与する割合が大きいことが明らかになっている(なお,これらの結論が正しいことにつき,甲25)。
このように「15-ケト-ラタノプロスト-酸」によって眼圧降下がもたらされているので,本件発明の眼圧降下剤ないし緑内障治療薬と被告製品は,実質的に同一の作用機序によって薬効を発揮しているといえる。
(被告ファルマシアの反論) ア まず,「15-ケト-ラタノプロスト」は,本件明細書において,何ら具体的な技術的裏付けを伴って記載されていないのであるから,本件発明の「プロスタグランジン類」ではない。
イ 本件明細書の「特許請求の範囲」第1項,第11項には,「13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンA類,B類,C類,D類,F類(但し,13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンFを除く)及びJ類」を含有する眼圧降下剤及び緑内障治療薬とと記載されている。この15位のケト基(=O)は,本件発明の最も重要な特徴的な要素である。他方,「ラタノプロスト」の15位はケト基(=O)ではなく水酸基(-OH)である。この点において異なる物質は本質的に相違する物質であり,本件発明の構成要件を充足すると解する余地はない。
ウ 原告は,本件発明においては,「15-ケト-ラタノプロスト」のエステルが代謝された化合物である「15-ケト-ラタノプロスト-酸」によって,眼圧降下作用がもたらされているといえるとして,被告製品においても,体内で代謝され少量の「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が生成されることから,本件発明の構成要件を充足する旨主張する。
しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。
そもそも,本件発明は,有効成分を特定した眼圧降下「剤」ないし緑内障治療「薬」に関するものであるから,点眼されて,体内で有効成分が変化した後の化合物が,本件発明における化合物と同一であるか否かによって,被告製品が本件発明の構成要件の充足するか否かを判断するのは誤りである。
また,被告製品をヒトに点眼した場合,「ラタノプロスト」は,眼中で,「PhXA85」と呼ばれる活性体(「ラタノプロスト-酸」)に変化して薬効を発揮するのであって,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に変化して薬効を発揮するのではない。ヒトの眼中で「ラタノプロスト」が実際上問題になるほどの量が「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に変化しているというデータはない。
仮に,「ラタノプロスト」が,ヒトの眼において,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に変化するとしても,その量は無視できる程度のものでしかなく,薬効には何ら寄与していない。すなわち,「ラタノプロスト」が「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に変化するために必要な特別の酵素(15-ヒドロキシ-プロスタグランジン-脱水素酵素)は,眼以外の体内(肺や腎臓)に微量存在するので,「ラタノプロスト」が点眼後そのまま,もしくは「ラタノプロスト-酸」として体内を循環する過程において,一部が「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に変化することは考えられるが,それが体内循環後,眼に戻ってくるとしても,ごく微量であり,全身の血液で薄められるので,薬理作用を奏することはない。「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が微量存在するとしても,主たる代謝物である「ラタノプロスト-酸」の薬効を微かに稀釈化するにすぎず,その実際の薬効は実質ゼロに等しい。したがって,「ラタノプロスト」が生体内で「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に変化して,眼圧降下の薬効を発揮することを前提とした原告の主張は根拠がない。
原告の実験結果(甲11,12,21ないし24及び32)は,いずれも信憑性がない。また,甲17及び18の実験は本件とは無関係である。
(2) 被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」は,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」と均等物か。
(原告の主張) 「ラタノプロスト」は,以下のとおり,「15-ケト-ラタノプロスト」と均等な化合物であるから,「ラタノプロスト」を有効成分とする被告製品は,本件発明の第1項及び同第11項の技術的範囲に含まれる。
ア 本質的部分について 本件発明の本質的部分は,専ら「13,14-ジヒドロ」体を選択した点にある。すなわち,本件明細書中には,@「従来から,ーーPG類の中で例えばPGA類,PGD類,PGE類,PGF類などには,眼圧降下作用を有することが知られている。例えば,特開昭59-1418号公報にはPGF2αが高い眼圧降下作用を有することおよび15-ケト-PGF2αがわずかではあるが同じく眼圧降下作用を有することが記載され,」との記述があるように(本件明細書の20頁右欄下から8行ないし下から4行),本件の出願当時において,既に,弱いながらも「15-ケト-PGF2α」に眼圧降下作用があることが知られていたこと,A他方,「15-ケト-PGF2α」を含む,これら公知のプロスタグランジン類には,「一過性の眼圧上昇を伴い,また,結膜,紅彩に強い充血が認められ,さらに流涙,眼脂,閉眼などの副作用が認められる。従って,PG類を緑内障治療剤あるいは眼圧降下剤として使用することには問題がある。」(同明細書21頁左欄1行ないし4行)とされていたこと,B本件発明において,「13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジン類」にはこれらの問題がないことを見いだしたこと,等が記載されている。
これらの記載から明らかなように,「15-ケト-プロスタグランジン類」に眼圧降下作用があることは既に知られていたのであり,その中で「15-ケト-プロスタグランジン類」を含む公知のプロスタグランジン類の薬理作用を改善するために,本件発明では,13,14位を単結合とした代謝物すなわち「13,14-ジヒドロ」体を選択し,発明を完成させた。したがって,本件発明の本質的部分は,「13,14-ジヒドロ」体を選択した点にある。
「ラタノプロスト」の15位は,ケト基(=O)ではなく,水酸基(-OH)であるという点において,「15-ケト-ラタノプロスト」と相異するが,この相異は,本質的部分に係るものではない。
置換可能性について 被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」は,本件発明のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」と臨床用量投与した場合における眼圧降下作用において有意な差異はないこと,また,被告製品が,一過性の眼圧上昇を伴わず,結膜充血等の副作用を抑えて,かつ,眼圧降下作用を有する点において,本件発明のプロスタグランジン類とラタノプロストとの間に差異はないことは前記(1)イ及びウの原告の主張のとおりである。
さらに,「ラタノプロスト」と「15-ケト-ラタノプロスト」とは,15位の修飾が異なる化合物(前者が「-OH」水酸基・ヒドロキシ基,後者が「=O」ケト基)であり,前者を酸化すれば後者が得られ(後者を還元すれば前者が得られる),化学反応の点からみても極めて近い関係にあることは前記(1)アの原告の主張のとおりである。
したがって,本件発明の眼圧降下剤ないし緑内障治療薬においてその有効成分である「15-ケト-ラタノプロスト」を被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」に置き換えることは可能である。
置換容易性について プロスタグランジン類の15位の「-OH」(水酸基)が,生体内の代謝により「=O」(ケト基)に変化することは良く知られている。
また,甲14によれば,「17-フェニル-18,19,20-トリノル-PGF2α」を女性の皮下及び静脈内に投与すると,「ラタノプロスト-酸」と「15-ケト-ラタノプロスト-酸」の2つの代謝物が観察されることや,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」の15位のケト基が還元される(ヒドロキシ化する)と生物活性が幾分増加することが報告されている。
さらに,本件明細書に記載されているように,13,14位が二重結合であり15位に水酸基(-OH)を有する「PGF2α」が高い眼圧降下作用を有することや,13,14位が二重結合であり15位にケト基(=O)を有する「15-ケト-PGF2α」もわずかではあるが,同様に眼圧降下作用を有することが知られていた。
このような公知事実を前提とすれば,当業者が,本件発明のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」を含む化合物を有効成分とする「緑内障治療薬」に関する明細書に接した場合,15位を「-OH」に置換した「ラタノプロスト」も同様の薬効を発揮するであろうと想到することは容易である。現に,被告ファルマシア・アクチェボラークは,その有する特許の出願経過において,本件発明のヨーロッパにおける対応特許出願が公開された後に,本件発明の開示を受けて,「13,14-ジヒドロ-15-ケト」体のうち,15位のみを「-OH」とすることに想到している。
(被告ファルマシアの反論) 「ラタノプロスト」は,以下のとおり,本件明細書の「特許請求の範囲」に記載されたプロスタグランジン類と均等物とはいえない。「ラタノプロスト」を有効成分とする被告製品は,本件発明の第1項及び同第11項の技術的範囲に含まれない。
ア 本件発明の本質的部分について 本件明細書には,本件優先日前の従来技術として,「プロスタグランジンF2α」が高い眼圧降下作用を有すること,「15-ケト-PGF2α」がわずかではあるが,同じく眼圧降下作用を有すること,また,「プロスタグランジンA」,「プロスタグランジンB」及び「プロスタグランジンC」が緑内障の治療に有効であることが記載されている。その上で,本件明細書には,副作用があるため,これらのプロスタグランジン類を緑内障治療剤あるいは眼圧降下剤として使用することは問題があること,そこで,ヒト又は動物の代謝物として存在が知られていた「13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジン類」に着目し,これらを用いることを課題解決のための特徴的構成としたことが記載されている。そうすると,本件明細書の「特許請求の範囲」に記載された発明の構成のうち「13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンA類,B類,C類,D類,F類(但し,13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンFを除く)及びJ類」からなる群から選ばれたプロスタグランジン類を含有することとした点が,本件発明特有の課題解決を基礎付ける特徴的な部分であり,本質的部分というべきである。
他方,「ラタノプロスト」は,「17-フェニル化」した化合物を用いるというアプローチにより開発された新規化合物であり,しかも,その15位は,ケト基(=O)ではなく,天然のものと同じ水酸基(-OH)であるという点において,「特許請求の範囲」に記載されたプロスタグランジン類と本質的部分において相異する。
置換可能性及び置換容易性について 「ラタノプロスト」と,その15位をケト化した「15-ケト-ラタノプロスト」とを対比すると,前者は後者より有意に高い眼圧降下作用を有する。この結論は,被告製品の開発に携わったシェルンシャンツ教授の供述書など(乙5,6,甲15)によって支持されている。この結論に反する甲11,12は信憑性に乏しい。また,前者と後者とを比べると,前者は後者より充血の点において副作用が大きいが,一方で「ラタノプロスト」の眼圧降下作用がより大きいので,用量を少なくすることができ,この程度の副作用は実用上問題にならない。このことは,乙5及び乙6の示すところである。
原告は,被告ファルマシア・アクチェボラークがその特許出願において,「ラタノプロスト」を含む化合物群をクレームとして記載したのが本件特許の対応出願の公開の後であることを置換容易性の根拠であると主張するが,本件特許は15位を水酸基(-OH)とすることを記載も示唆もしていない以上,ケト基(=O)を水酸基(-OH)に置換することが容易であるとはいえない。
被告ファルマシア・アクチェボラークは,「ラタノプロスト」に関して特許第272141号を付与された。これは「ラタノプロスト」を眼科用組成物として用いることのみならず,「ラタノプロスト」自体が新規性及び進歩性を有したからである。このことは,当業者が「13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジン類」のみを開示している本件発明に基づいて,「13,14-ジヒドロ-15-ヒドロキシ-プロスタグランジン類」である「ラタノプロスト」を容易に想到することができないことを示している。
原告の実験(甲21,23,24)は信用できないか,または,無意味である(甲22)。
よって,置換可能性,置換容易性は認められない。
(3) 損害額はいくらか。
(原告の主張) 平成12年3月末までの被告製品の販売額は薬価基準ベースで金76億6400万円に上る。被告製品に関する被告ファルマシアの販売価格(出荷価格)は薬価基準額の約90パーセントである。そこで,被告ファルマシアによる販売金額の総額は,金68億9760円である。
7,664,000,000×0.9=6,897,600,000 そして,新薬において一般に用いられる実施料率は15パーセント程度であるので,右販売金額に15パーセントを乗じて得られた額が実施料額に相当する。本件特許権の専用実施権者である原告が,この間に受けるべき実施料相当額を算出すると,合計金10億3464万円となる。
6,897,600,000×0.15=1,034,640,000 被告らは共同して被告製品を販売し,原告が有する専用実施権侵害しているから,原告は被告らに対し,特許法102条3項に基づき,右実施料相当額の損害賠償請求権を有する。原告は,その内金1億0346万円を請求する。
(被告ファルマシアの反論) 原告の主張は争う。
(4) 被告ファルマシアを除く被告らに対する訴えにつき国際裁判管轄を有するか。
(原告の本案前の主張) 以下に述べるとおり,本件訴訟については,我が国の国際裁判管轄を肯定すべきである。
ア 本件訴えは,専用実施権侵害に基づく差止め及び損害賠償の請求であり,不法行為に関するものである。被告ファルマシア・インクに対しては,営業活動の中心的活動を行った者として,被告ファルマシア・アクチェボラークに対しては,被告製品の開発をした者として,それぞれ,被告ファルマシアの日本国内における専用実施権侵害行為について,重要な役割を果たしているといえるので,上記被告2社の行為は,専用実施権侵害についての共同不法行為(民法719条1項前段)又は教唆若しくは幇助(同条2項)と評価できる。そうすると,上記被告2社に対する本件訴えは,民訴法5条9号によって,「不法行為があった地」である我が国内に裁判籍があることになり,特段の事情のない限り,我が国の国際裁判管轄を肯定すべきことになる。
イ そして,本件において,国際裁判管轄を否定すべき特段の事情は存在しない。
(ア) 被告ファルマシアの属するファルマシア・アンド・アップジョングループは,本社をアメリカ及びスウェーデンに置く医薬品の製造販売を世界的に展開している多国籍企業である。研究開発及び営業活動については,本社である被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークが一貫した方針を示し,被告ファルマシアに対し,これに従うことを要請するという関係にある。被告ファルマシアは,同ファルマシア・インクの100パーセント子会社である。
日本国内において営業を行うに当たって重要な国内特許権の取得についても,被告ファルマシアは全く関与せず,被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークのみが行い,同ファルマシアが,これらの特許権を譲り受けたり,専用実施権の設定を受けたりしている事実はない。上記被告2社が,日本国内において自ら営業活動を行い,又は自らの意思に基づき被告ファルマシアをして営業活動を行わせるための道具として,これら特許権を取得し保有しているものにほかならない。
(イ) 被告ファルマシア・インクは,被告製品について,その薬効が優れていることを報告した日本語の論文集を自らの社名を付して日本の医師向けに多数配布するなどして,実質的な販売活動を展開しているといえ,被告ファルマシアによる日本国内での被告製品の販売行為は,被告ファルマシア・インクの行為と評価できる。その意味で,被告ファルマシアは被告ファルマシア・インクの我が国における支店又は営業所としての実質を備えているということもできる。
(ウ) 被告ファルマシア・アクチェボラークは,被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」を開発,合成したのであり,同被告が中心となって,被告製品の製造販売を進めているということができる。輸入承認の際に提出された資料の大半が同被告の関与の下作成されたものである。さらに,同被告の研究者が,被告製品の販売活動の様々な局面において,サポートを継続している。このように,被告ファルマシア・アクチェボラークは,被告ファルマシアを手足として使い,被告製品の販売活動を継続している。
被告ファルマシア・アクチェボラークは,我が国における多数の特許侵害訴訟を提起しているが,これは競合商品の販売差止めによるシェア拡大という,訴訟形式に名を借りた販売活動である。同被告は,このように,被告製品に限らず,被告ファルマシアが国内で販売する医薬品や医療用具一般に関して,直接,間接に様々な形で継続的な営業活動を行っている。
(エ) さらに,本件においては,@被告ファルマシア・インク及び被告ファルマシア・アクチェボラークのような多国籍企業の親会社が子会社の行為との関連で不法行為で訴えられる事例は,諸外国においても珍しくないのであって,我が国における訴訟の提起は,上記被告2社の予測の範囲を超えるものではなく,A本件は我が国の特許権侵害に関するから,証拠方法も我が国に集中しており,B上記被告2社は国際的に広く活動する多国籍企業であり,現に我が国に子会社を有しているのであるから,我が国で訴えられても過大な負担を強いることにはならない。
C他方,原告は,我が国を中心に活動している日本企業であるから,我が国における国際裁判管轄が否定されれば,実際上上記被告2社に対し訴えを提起することを断念せざるを得なくなる。
(被告ファルマシアを除くその余の被告らの本案前の主張) 被告ファルマシア・インク及び被告ファルマシア・アクチェボラークは,いずれも我が国内に営業所を有しない外国法人であって,我が国内で継続的に営業活動をしていない。したがって,同被告らに対する本件訴訟について,我が国の国際裁判管轄は否定されるべきである。
争点に対する判断
1 争点(1)(文言侵害の有無)について 被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」は,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類に該当すると解すべきかについて検討する。
この点,原告は,「ラタノプロスト」と本件発明のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」とが,@化学構造,A作用効果,B作用機序において,ほぼ同一であることを根拠として,「ラタノプロスト」は,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類に該当すると解すべきであると主張するので,原告の右主張に沿って順に判断する。
(1) まず,被告ファルマシアは,「15-ケト-ラタノプロスト」は,本件明細書に具体的裏付けを伴って記載されていないので,本件明細書の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類ではない旨主張する。しかし,本件明細書の「特許請求の範囲」第2項には,同第1項の「プロスタグランジン類」は,そのα鎖末端のカルボキシル基がアルキルエステル体のものでもよいとされていることに照らすならば,右記載は同第1項及び第11項の直接の説明ではないけれども,カルボキシル基がイソプロピルエステル化された「15-ケト-ラタノプロスト」も本件明細書の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類に含まれると理解するのが自然である。この点に関する同被告の主張は採用の限りではない。
(2) 化学構造の同一性について 「ラタノプロスト」及び「15-ケト-ラタノプロスト」の構造は,別紙のとおりであり,前者における15位の置換基が水酸基(-OH)であるのに対し,後者における15位の置換基がケト基(=OH)である点において異なる。
化学物質において,その化学構造から性質を予測することができない場合も多く,化学構造にわずかな相違があっても,異なる性質を有する例の多いことは経験則に照らして明らかである。特に,薬物の作用については,化学構造に強く依存し,化学構造が僅かに異なっただけでも,薬理作用の異なる場合が多い。したがって,化学構造上の相違が僅かであるからといって,「ラタノプロスト」が,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類に属する「15-ケト-ラタノプロスト」と同一の化合物であると評価することはできない。
原告は,水酸基(-OH)を酸化するとケト基(=O)が得られ,ケト基(=O)を還元すると水酸基(-OH)が得られるという関係にあることを,両者の同一性の根拠としているが,化学反応を介在させる必要性がある以上,両者が同一と解する余地はなく,原告の主張は理由がない。
(3) 作用効果の同一性について 本件全証拠によっても,「ラタノプロスト」と「15-ケト-ラタノプロスト」の薬理作用が同一であることを認めることはできない。
各証拠を検討する。
ア 甲11には,「ラタノプロスト」及び「15-ケト-ラタノプロスト」をカニクイザルに投与したところ,後者は,前者より速やかで強い眼圧降下作用を示したと記載されている。しかし,35μl(50μg/eye)という臨床用量よりはるかに多量に投与がされており,臨床用量を投与した場合に,同等の眼圧降下作用を示すか否か明らかではないから,その記載内容を判断の前提とすることはできない。
イ 甲12には,「ラタノプロスト」及び「15-ケト-ラタノプロスト」をカニクイザルの両眼に臨床使用濃度投与したところ,両者の眼圧降下作用には有意な差は認められず,同等であったことが記載されている。しかし,試験群を見ると,「ラタノプロスト」及び「15-ケト-ラタノプロスト」のそれぞれにおいて動物数2で,それぞれのサルにつき両眼投与(コントロール眼なし)とされているが,そのような条件下での実験結果から直ちに有意の差がなかったとの結論を導くことについては疑問があり,判断の前提とすることはできない。
ウ 乙4(被告製品に関する特許公報)及び甲13(その公表特許公報)には,「現在最も好ましい誘導体は,プロスタグランジンのオメガ鎖が18,19,20-トリノル型,特に17-フェニル類縁体,例えば15-(R)-,15-デヒドロおよび13,14-ジヒドロ-17-フェニル-18,19,20-トリノル型を有するものである。このような誘導体は表Tに示す式の(3),(6),(7)および(9)により表わされる。」(乙4の6欄39行ないし45行,甲13の4頁右下欄9行ないし14行)と記載され,原告は,この「最も好ましい誘導体」が,眼圧降下作用という主作用のみならず,副作用の軽減という作用効果を有するものとして記載されている旨主張する。確かに,上記各公報の記載に従って組み合わせれば「15-ケト-ラタノプロスト」を得ることになるが,上記公報中に,「15-ケト-ラタノプロスト」そのものが開示されているわけでなく,その正確な主作用及び副作用に関するデータも開示されていないので,上記記載から「ラタノプロスト」と「15-ケト-ラタノプロスト」の作用効果が同一であるとの結論を直ちに導くことはできない。
エ 甲26(米国特許第5321128号)には,「15-ケト-ラタノプロスト」を5μg点眼すると,眼圧を下げ,副作用がなく,結膜充血も,ゴロゴロ感あるいは異物感のような形態での眼表面の刺激もなかったことが記載されている(23欄51行ないし24欄15行)。しかし,同じく甲26の表Y記載の「ラタノプロスト」を1μg点眼した場合の実験結果に比較して,眼圧降下の程度は低いといえることに照らすならば,両者の作用効果が同一ということはできない。
オ 甲23には,「ラタノプロスト」と「15-ケト-ラタノプロスト」を少量(0.175μg)サルに投与したところ,「ラタノプロスト」では眼圧降下が認められなかったが,「15-ケト-ラタノプロスト」では有意な眼圧降下が認められたこと,その結果,「ラタノプロスト」点眼後に,眼内で生成される「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が眼圧降下に関与することが示唆されることが記載されている。
しかし,甲12では,「ラタノプロスト」及び「15-ケト-ラタノプロスト」をカニクイザルの両眼に臨床投与濃度(0.005%,30μl/eye)投与したところ,「ラタノプロスト」では,点眼12時間後に点眼前値より,4.5mmHg眼圧が降下したことが,「15-ケト-ラタノプロスト」では,点眼12時間後に点眼前値より3.0mmHg眼圧が降下したことが確認されている。他方,甲23では,「ラタノプロスト」と「15-ケト-ラタノプロスト」を少量(臨床投与濃度の10分の1の濃度である0.0005%,35μl/eye)サルに点眼したところ,「ラタノプロスト」では眼圧降下を示さなかったが,「15-ケト-ラタノプロスト」では,点眼8時間後に点眼前値より2.4mmHg眼圧が降下したことが確認されている。ところで,原告の主張によれば,甲12では,「ラタノプロスト」(「15-ケト-ラタノプロスト-酸」は代謝物全体の100分の1程度を占める。)と「15-ケト-ラタノプロスト」(「15-ケト-ラタノプロスト-酸」は代謝物全体(100分の100)を占める。)との間では,眼圧降下作用において有意な差異はないとされているのであるから,甲23で「15-ケト-ラタノプロスト」を投与した場合,甲12の場合の中間値である代謝物全体の100分の10程度の「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が生成されて(甲12の臨床投与濃度の10分の1の濃度の「15-ケト-ラタノプロスト」を点眼しているため),甲12と同様の眼圧降下作用が示されなければならないはずであるが,そのような結果になっていない点でそのデータは直ちには採用できない。
カ 甲24には,(@)臨床投与濃度(0.005%)である「ラタノプロスト」(1.5μg)をサルに点眼したところ,その眼圧は,点眼12時間後に最大降下を示した後徐々に回復し,点眼24時間後には点眼前眼圧に復したこと,(A)「ラタノプロスト」(0.005%,1.5μg)点眼12時間後,10分の1の濃度(0.0005%)である「ラタノプロスト」(0.15μg)を追加点眼した後の眼圧は変化がなかったこと,(B)「ラタノプロスト」(0.005%,1.5μg)点眼12時間後,0.0005%の濃度である「15-ケト-ラタノプロスト」(0.15μg)を追加点眼した場合,(@)及び(A)の場合のいずれの場合と比較して,明らかな低眼圧が持続して観察されたこと,その(@)ないし(B)の結果によれば,少量の「15-ケト-ラタノプロスト」が低眼圧維持作用を有すること,「ラタノプロスト」点眼後に,眼内で生成される「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が眼圧降下作用の維持に関与することが示唆されることが記載されている。しかし,前記甲23及び24によれば,「15-ケト-ラタノプロスト」がわずかな量でも有意な眼圧降下が認められ,「ラタノプロスト」がわずかな量では有意な眼圧降下が認められないということなるから,両者は作用効果において同一とはいえない。
キ 以上アないしカを前提にすれば,甲25,34,36,37,41,42及び44の鑑定意見についても,これらを判断の前提とすることはできない。
ク 以上アないしキの事実によれば,「ラタノプロスト」と「15-ケト-ラタノプロスト」の薬理作用が同一であることを認めることはできない。
(4) 作用機序の同一性について 本件全証拠によっても,「ラタノプロスト」及び「15-ケト-ラタノプロスト」を点眼した場合に,代謝物である「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が眼圧降下作用に寄与していることを認めることはできない。確かに,以下のとおり,「ラタノプロスト」を投与した場合,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が生成されると解する余地はあるが,その量はわずかであり,「ラタノプロスト」の眼圧降下作用が,主に「15-ケト-ラタノプロスト-酸」の寄与によるものと解することはできない。
各証拠を検討する。
ア 甲14には,「[9β-3H]-17-フェニル-18,19,20-トリノル-PGF2α」を雌カニクイザルに皮下投与し,同様にヒト女性に皮下及び静脈内投与したところ,それぞれの尿中に,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」及び「ラタノプロスト-酸」の両化合物が認められたこと,甲15には,「ラタノプロスト」が代謝によって,「ラタノプロスト-酸」,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」へと変化すること,甲16には,カニクイザルの眼に「ラタノプロスト」を反復投与すると,加水分解されて対応する酸(「ラタノプロスト-酸」)になり,「ラタノプロスト遊離酸(ラタノプロスト-酸)」は,血漿中で短い半減期をもち,部分的に「ラタノプロスト」の15-ケト遊離酸である「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に変換されたこと,がそれぞれ記載されている。しかし,いずれも,代謝が眼内で行われたことの立証はされていないので,点眼後眼内での代謝が問題となる本件においては,その記載内容を判断の前提とすることはできない。
イ 甲21には,臨床用量の「ラタノプロスト」をカニクイザルの眼に投与した場合,房水中に「ラタノプロスト-酸」とともに,これに比して少量の「15-ケト-ラタノプロスト-酸」を生じることが確認され,投与1時間後に最大濃度となり,その時点における「ラタノプロスト-酸」の濃度は約128.02ng/mlであったのに対して,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」の濃度が約1.32ng/mlであったことが記載されている。
そして,甲22では,甲21の実験によって検出されたのとほぼ同濃度である2ng/mlの「15-ケト-ラタノプロスト-酸」をカニクイザルの前房内に1時間灌流させ,その眼圧降下作用を観察したところ,灌流開始3時間後(灌流終了2時間後)に2.9±1.1mmHgの有意な眼圧降下が観察されたことが記載され,同様に,甲32には,甲21の実験によって検出されたのとほぼ同濃度の130ng/mlの「ラタノプロスト-酸」をカニクイザルの前房内に1時間灌流させ,その眼圧降下作用を観察したところ,灌流開始3時間後(灌流終了2時間後)に1.8±0.7mmHgの眼圧降下が観察されたことが記載されている。しかし,甲22及び32の実験では,前房内での1時間灌流という通常の点眼の場合とは著しく異なる条件下での方法が用いられいる点で,そのような実験方法に基づくデータをそのまま採用できない。甲40及び43によれば,前房内灌流は,小容量の薬物液を前房内に注入する方法に比べ,前房内薬物濃度を速やかに目的の濃度にすることができる方法として公表論文により報告されている方法であるが,これと臨床容量を通常の方法で点眼する方法とは同視できないというべきである。
ウ 甲17,18には,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」をカニクイザルの前房内で灌流して眼圧降下作用をみた場合(甲17),「15-ケト-ラタノプロスト-酸」をカニクイザルの硝子体内に注射して眼圧降下作用をみた場合(甲18),いずれの場合においても,眼圧降下作用を示すことが判明し,これにより,眼内で代謝物として「ラタノプロスト」から生成される「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が眼圧降下作用に関与することが示唆されたと記載されている。しかし,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が「ラタノプロスト」の眼内での主要な代謝物といえるか,その前提において疑問があること,甲17は同一濃度で1時間灌流,甲18は硝子体内に注射という通常の点眼液の代謝条件とは著しく異なる条件下での実験であることに照らすならば,上記各実験からは,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に眼圧降下作用があることは認められるが,「ラタノプロスト」の眼圧降下作用が「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に基づいていることは認められず,結局,上記各記載内容を判断の前提とすることはできない。
エ 甲11及び12の各記載内容が判断の前提とできないこと,甲23及び24の実験結果から,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が眼圧降下及び低眼圧維持に関与しているとはいえないことは,上記(3)のとおりである。
オ 乙1,2,5及び6によれば,@霊長類の眼に「ラタノプロスト」を点眼した場合,眼内で「ラタノプロスト-酸」に変換されることは確認されているが,「15-ケト-ラタノプロスト-酸」に変換されることは確認されず,変換が確認されてもその量は,ほとんど無視し得る量にすぎないこと(乙1,2及び5)A「ラタノプロスト-酸」と「15-ケト-ラタノプロスト-酸」とでは,前者の方が後者より活性が極めて高いこと(乙5),B「15-ケト-ラタノプロスト-酸」が「ラタノプロスト」の眼圧降下作用に関連しているということはできないこと(乙2及び5),C「ラタノプロスト」は「15-ケト-ラタノプロスト」に比較して,有意な眼圧降下作用を示すが(乙5),他方,より充血の副作用が強い性質を有すること(乙6)が認められる(少なくとも,従来の一般的な知見であったことが認められる。)。これらの認定結果及び前記アないしエの認定に照らすならば,甲25,34ないし43及び46の鑑定意見も,これを判断の前提とすることはできないといわざるを得ない。
(5) 小括 以上より,「ラタノプロスト」と「15-ケト-ラタノプロスト」とは,@化学構造,A作用効果,B作用機序のいずれにおいても同一であるということはできない。したがって,「ラタノプロスト」は,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類に該当すると解することはできない。
2 争点(2)(均等侵害の成否)について 被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」は,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」と均等物か否かについて検討する。
(1) 本質的部分について ア 本件明細書の「特許請求の範囲」請求項1には,「13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンA類,B類,C類,D類,F類(ただし,13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンFを除く)およびJ類からなる群から選ばれたプロスタグランジン類を有効成分として含有することを特徴とする眼圧降下剤。」と,同請求項11には,「13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンA類,B類,C類,D類,F類(ただし,13,14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンFを除く)およびJ類からなる群から選ばれたプロスタグランジン類を含有する緑内障治療薬。」と,それぞれ記載されている。
本件明細書の「発明の詳細な説明」欄の「従来技術および課題」欄には,「PG類の中で例えばPGA類,PGD類,PGE類,PGF類などには,眼圧降下作用を有することが知られている。例えば,特開昭59-1418号公報には,PGF2αが高い眼圧降下作用を有することおよび15-ケト-PGF2αがわずかではあるが同じく眼圧降下作用を有することが記載され,また,特開昭63-66122号公報にはPGA,PGBおよびPGCが緑内障の治療に有効であることが述べられている。しかしながら,これらのPG類をウサギ等に点眼した場合には,一過性の眼圧上昇を伴い,また結膜,紅彩に強い充血が認められ,さらに流涙,眼脂,閉眼などの副作用が認められる。従って,PG類を緑内障治療剤あるいは眼圧降下剤として使用することには問題がある。」(20頁右欄下から8行ないし21頁左欄4行)と,他方,ヒト又は動物の代謝物として存在が知られていた「13,14-ジヒドロ-15-ケト-PG類はPG類が有する種々の生理活性をほとんど示さず,薬理学的,生理学的に不活性な代謝物として報告されてきた」(同21頁左欄11行ないし14行),「しかしながら,本発明者は上記代謝物ならびにそれらの誘導体の薬理活性を評価するうち,上記代謝物であっても,眼圧降下を示すこと,ならびにPG類が示す一過性の眼圧上昇を示さないことを見出した。」(同欄16行ないし19行)と,それぞれ記載されている。また,「課題を解決するための手段」欄には,「本発明は13,14-ジヒドロ-15-ケト-PG類を有効成分とする眼圧降下剤を提供する。」と記載されている(21項左欄37行ないし38行)。さらに,試験例1及び2では,13,14-ジヒドロ-15-ケト-PG類とPG類を比較して,前者が一過性の眼圧上昇を示すことなく,眼圧降下作用を発現すること,副作用について著しく軽減されるか,ほとんど認められなかったことが記載されている(27頁左欄1行ないし31頁右欄16行)。
本件明細書の上記各記載によれば,公知であった「PGF2α」や「15-ケト-PGF2α」とは異なり,従来不活性と思われていた化合物である「13,14-ジヒドロ-15-ケト-PG類」の薬理作用を見いだし,これを眼圧降下剤又は緑内障治療剤として用いたことが,本件発明の課題解決のための特徴的な部分であるというべきである。
イ これに対して,原告は,「15-ケト-プロスタグランジン類」に眼圧降下作用があることは公知であったところ,「15-ケト-プロスタグランジン類」を含む公知のプロスタグランジン類の薬理作用を改善するために,本件発明として,13,14位を単結合とした代謝物,すなわち「13,14-ジヒドロ」体を選択した点が,本件発明の課題解決のための特徴的部分である旨主張する。
しかし,@上記明細書の各記載に照らすならば,ヒト又は動物の代謝物として存在を知られていた「13,14-ジヒドロ-15-ケト-PG類」がPG類の有する種々の生理活性をほとんど示さなかったこと,しかし,上記代謝物であっても眼圧降下を示すこと,並びに上記PG類が示す一過性の眼圧上昇を示さないことや副作用も認められないことを見い出し,その成果を基礎にして「13,14-ジヒドロ-15-ケト-PG類」を有効成分とする眼圧降下剤又は緑内障治療剤としたことが本件発明の内容であり,この点が正に,本件発明の課題解決を基礎付ける特徴的な部分であると解すべきであること,A本件発明は,有効成分として単一の化合物(群)からなる「眼圧降下剤」ないし「緑内障治療薬」の発明であるから,有効成分を構成する化合物そのものが発明における課題解決の特徴部分(本質的部分)というべきであって,化合物のの一部である「13,14-ジヒドロ」部分のみが発明の特徴部分というべきではないことに照らすならば,原告のこの点の主張は理由がない。
ウ そうすると,被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」は「15-ケト-ラタノプロスト」と比較して,15位がケト基(=O)ではなく,水酸基(-OH)である点において,本件発明の本質的部分において相異する。
(2) 置換可能性及び置換容易性について ア 置換可能性について 本件発明のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」と被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」とが作用効果において同一とはいえないことは,前記1(3)記載のとおりである。また,「15-ケト-ラタノプロスト」と「ラタノプロスト」とが,化合物としても近い関係にあるとはいえないことは,前記1(2)記載のとおりである。
したがって,本件発明の眼圧降下剤ないし緑内障治療薬における有効成分である「15-ケト-ラタノプロスト」を,被告製品における有効成分である「ラタノプロスト」に置き換えることが可能であるということはできない。
置換容易性について 本件発明の眼圧降下剤ないし緑内障治療薬においてその有効成分である「15-ケト-ラタノプロスト」を被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」に置き換えることは,以下の理由により,容易であるということはできない。
まず,プロスタグランジン類の15位の「-OH」(水酸基)が,生体内の代謝により「=O」(ケト基)に変化することに関しては,甲14の報告があるが,これは,皮下及び静脈注射した場合の代謝であって,眼内代謝ではなく,点眼薬に応用できるとまではいえない。また,本件明細書には,「PGF2α」(15位に水酸基(-OH)を有する。)が高い眼圧降下作用を有することや,「15-ケト-PGF2α」(15位に(=O)を有する。)もわずかに眼圧降下作用を有することが記載されているが,同時に,これらのプロスタグランジン類は一過性の眼圧上昇,結膜,虹彩に強い充血等の副作用を有するものとして記載されていた。
そうすると,平成11年3月ころ,当業者が,本件発明のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」を含む化合物を有効成分とする「治療薬」を開示した本件明細書に接した場合に,15位のケト基(=O)を置き換え,水酸基(-OH)を有する「ラタノプロスト」に置換することを容易に想到できるとはいえない。
(3) 以上より,「ラタノプロスト」は,本件発明の「特許請求の範囲」第1項及び同第11項のプロスタグランジン類である「15-ケト-ラタノプロスト」と均等物であるということはできない。
3 争点(4)(国際裁判管轄の有無)について (1) 被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークは,いずれも日本国内に支店又は営業所を有せず,また,日本国内で継続的に営業活動をしていない外国法人である。そこで,同被告らに対する本件訴訟事件について,我が国の国際裁判管轄が肯定されるべきか否かを検討する。
被告が我が国に住所を有しない場合であっても,我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは,否定し得ないところであるが,どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては,国際的に承認された一般的な準則が存在せず,国際的慣習法の成熟も十分ではないため,当事者の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして,我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは,原則として,我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき,被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが,我が国で裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には,我が国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁昭和55年(オ)第130号同56年10月16日第2小法廷判決・民集35巻7号1224頁,最高裁平成5年(オ)第764号同8年6月24日第2小法廷判決・民集50巻7号1451頁,最高裁平成5年(オ)第1660号同9年11月11日第3小法廷判決・民集51巻10号4055頁参照)。さらに,上記の趣旨に照らすならば,裁判籍ないし国際裁判管轄の有無については,裁判籍ないし国際裁判管轄があるための根拠となる事実が存在する旨を,原告において主張し,かつ相応の立証をする必要があるというべきであって,単にその点を主張するのみでは足りないというべきである。
(2) そこで,上記の観点から,被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークに対する訴訟事件について,我が国内に裁判籍が認められるか否かについてみていくことにする。
ア 前記第2,1(前提となる事実)(1)及び(3)の事実,証拠(甲4,6,7,8,9,28,30及び31)及び弁論の全趣旨によれば,被告ら相互の関係及び本件の概要等は以下のとおりであることが認められる。
(ア) 被告らは,いずれも,ファルマシア・アンド・アップジョングループに属する法人である。同グループは,統括部門をアメリカ及びスウェーデンに置く医薬品の製造,販売を世界的に展開しているいわゆる多国籍企業グループである。
被告ファルマシア・インクは,アメリカ合衆国デラウェア州法に基づき設立された法人であり,医薬品の製造,販売を主たる業としている。
被告ファルマシア・アクチェボラークは,スウェーデン国法に基づき設立された法人であり,同じく医薬品の製造,販売を主たる業務としている。
被告ファルマシアは,医薬品の輸入,販売等を主たる業務とする日本法人であり,同ファルマシア・インクのいわゆる100パーセント子会社である。
被告ファルマシアは,特許権や商標権を持たず,親会社などが有する権利に基づき,医薬品等の販売活動を行っている。
(イ) 被告ファルマシアは,平成7年12月,被告製品の有効成分である「ラタノプロスト」についての輸入承認申請をし,同11年3月,被告製品の輸入承認を得て,同輸入承認に基づき,同年5月から日本国内でその販売を開始した。
被告ファルマシアが輸入した「ラタノプロスト」は,被告ファルマシア・アクチェボラークが,国外において製造したものである。被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークのいずれも,日本国内において,被告製品を自ら製造,販売したことはない。
被告ファルマシアは,平成11年9月ころ,被告製品の発売記念講演会を開催するなど,各種の販売促進活動を行った。ファルマシア・アンド・アップジョングループは,日本国内向けに「ぶどう膜強膜流出」に関する資料を頒布したが,同資料中には,スウェーデンにあるファルマシア・アンド・アップジョン研究所の研究者らが「キサラタン点眼液」の薬効について報告した論文等も所収されている。
(ウ) 原告は,平成11年7月,被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークに対して,同被告らの行為が,原告の有する本件専用実施権侵害する不法行為ないし共同不法行為を構成するとして,同被告らに対し差止請求及び損害賠償請求(損害賠償請求を追加したのは,平成12年6月)を求めた。しかし,同被告らのいかなる行為が,不法行為ないし共同不法行為に該当するかについては,主張において明らかにされていない。
イ 上記認定した@被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークの行為内容,A被告ら相互の関係,B訴訟における主張内容,立証の経緯等を総合的に考慮して判断する。
本件全記録によるも,本訴において,原告は,被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークが,我が国において,原告の有する本件専用実施権侵害したとする具体的な行為(単独不法行為又は共同不法行為を構成する具体的な行為)をしたとの主張及び相応の立証をしたと認めることはできない。上記認定した同被告らのいかなる行為についても,それらが,我が国における独立の不法行為ないし共同不法行為と評価される行為であるといえないことは明らかである。もとより,同被告らの資料頒布行為が,本件専用実施権侵害する行為と評価することもできない(なお,被告製品を製造,販売した被告ファルマシアの行為が,原告の有する本件専用実施権侵害しないことは,既に,前記(1),(2)において,詳細に認定,判断したとおりであるから,同被告の行為は不法行為を構成しない。したがって,この点からも,被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークの何らかの行為が,被告ファルマシアとの共同不法行為を構成することはないというべきである。)。
したがって,原告の被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークに対する訴訟について,我が国内に不法行為地としての裁判籍はないというべきであり,よって,この点を根拠にした国際裁判管轄も否定すべきことになる。
なお,不法行為に基づく損害賠償請求に関しては,損害発生地ないし義務履行地としての裁判籍が,我が国内にあるか否かについても検討すると,当事者間の公平の観点に照らすならば,本件において,これを肯定する余地はないというべきである。
ウ これに対して,原告は,被告ファルマシア・インクが,被告ファルマシアの100パーセント親会社であること,被告ファルマシア・アクチェボラークが,同ファルマシアと同一グループに属し,スウェーデン国内において「ラタノプロスト」についての基礎開発をしたり,これを製造して,日本へ輸出したりしていることから,不法行為地としての裁判籍を認めるべきであると主張する。しかし,被告ファルマシアは,我が国において,法人格を取得して,独自の法的責任の下で経済活動を行っていること,その販売額は,被告製品だけでも,原告の主張によれば年間約100億円に上り,営業活動の規模は決して小さいとはいえないこと,被告ファルマシアの法人格が全く形式的であり,既に形骸化しているとは到底いえないこと等の事実に鑑みれば,親会社の関係にあるというだけの理由(被告ファルマシア・インク)や外国において製造行為をしたことやグループの一員であるというだけの理由(ファルマシア・アクチェボラーク)で,我が国内に経営基盤を有しない同被告らに対して,過大な負担を強いる結果となる我が国における応訴を強要することは,正に当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反するものというべきであるから,同被告らに対する訴訟事件について,不法行為地としての裁判籍を肯定するのは妥当でない。
また,原告は,同被告らに対する訴訟について,我が国の国際裁判管轄が否定されれば,実際上同被告らに対する訴えを提起することを断念せざるを得なくなるおそれがあると主張する。しかし,前記のとおり,現在に至るまで,原告は,被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークの,我が国におけるいかなる行為が,原告の有する本件専用実施権侵害する不法行為に当たるかを明らかにしていないこと,本件専用実施権侵害による被害は,被告ファルマシアに対する訴訟によって,救済を図ることができると解して差し支えないこと等の理由から,被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークに対する訴訟について,被告の応訴の不利益を強いてまで,我が国の裁判所に国際裁判管轄を認めることが条理に適うということもできない。
(3) 以上のとおり,被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークに対する本件訴訟について,我が国の国際裁判管轄は否定されるべきである。
3 よって,その余の点を判断するまでもなく,被告ファルマシアに対する原告の請求は理由がないので棄却すべきことになり,被告ファルマシア・インク及び同ファルマシア・アクチェボラークに対する本件訴えは不適法であるから却下すべきことになる。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 石村智
裁判官 沖中康人