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事件 平成 14年 (ネ) 4193号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 ベーテーゲー エクレパンズ ソシエテ アノニム
訴訟代理人弁護士 関根秀太
同 佐々木 俊夫
補佐人弁理士 浜田治雄
被控訴人 正久エンジニアリング株式会社
訴訟代理人弁護士 鈴木健司
同 平野和宏
補佐人弁理士 小谷悦司
同 植木久一
同 菅河忠志
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/07/18
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙物件目録1記載の各セラミックブレードを製造し,販売してはならない。
3 被控訴人は,前項記載の各セラミックブレード及びその仕掛品を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,2億3313万3625円及びこれに対する平成13年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事案の概要
控訴人は,名称を「連続紙ウェブに被覆剤を調節塗布しかつ均すためのドクターブレード」とする発明(特許第2128843号,以下「本件特許権」といい,請求項1記載の発明を「本件発明」という。)の特許権者である。本件は,原判決別紙物件目録1(以下「物件目録1」という。)記載の各セラミックブレード(イ号ないしハ号物件,以下,これらを併せて「被控訴人製品」という。)を製造,販売する被控訴人の行為が,控訴人の本件特許権の間接侵害に該当し,又は被控訴人製品の購入者の本件特許権侵害行為を幇助するものとして共同不法行為を構成するとして,被控訴人製品の製造,販売の差止め,被控訴人製品及びその仕掛品の廃棄並びに損害賠償の支払を求め,当審において,均等侵害の主張を追加した事案である。
原審は,被控訴人が被控訴人製品を製造,販売する行為は,控訴人の本件特許権の間接侵害に該当せず,また,被控訴人製品の購入者による本件特許権侵害行為の幇助行為にも該当しないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
当事者の主張は,原判決4頁4行目及び6行目の「D,」並びに5行目の「C,」を削り,9頁3行目の「原告」を「被控訴人」に改め,当審における主張を次のとおり付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」のとおりであるから,これを引用する。
1 控訴人の当審における主張 (1) 平成14年法律第24号による改正後の特許法101条(平成15年1月1日施行,以下「改正後特許法101条」といい,同改正前の規定を「改正前特許法101条」という。)2号の間接侵害 被控訴人が被控訴人製品を製造,販売する行為は,以下のとおり,改正後特許法101条2号間接侵害のすべての要件を満たすというべきである。
ア 「その物の生産に用いる物」 本件発明のドクターブレードは,使用とともにその刃先のセラミック被覆が摩耗して厚さを減じていき,刃先の一部において母材のスチールが露出したところで寿命に達する。このように,本件発明は,刃先に設けた耐摩耗性の大きいセラミック被覆が減耗するまでの間ドクターブレードとして必要な性能を継続して発揮でき,従来のスチールブレードに比べ耐摩耗性の大きいセラミックを利用したことにより長い寿命を実現したものであって,寿命を終えるまで,その構成要件を充足し続け,同一の技術的範囲に属している。本件発明の上記本質にかんがみれば,被控訴人製品について,使用開始後の状態においても本件発明の技術的範囲に属するか否かの検討がされなければならず,当該物件の作用域におけるセラミック被覆層の全厚さが0.25mm以下になれば,本件発明の構成要件をすべて充足するから,本件発明の技術的範囲に属することになる。
イ 「発明による課題の解決に不可欠なもの」 本件発明の本質的部分は,ドクターブレードに「耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆」が施され,そのセラミック材料層が「熔融状態にて噴霧により順次の工程で次々と塗布された複数層のセラミック材料層として構成されてなる」ことであり,これが,「発明による課題の解決に不可欠なもの」である。このような方法でセラミック被覆を施されたドクターブレードは,使用によりそのセラミック被覆が摩耗していくが,摩耗によってその刃先の一部においてセラミック被覆がなくなり,母材のスチールが露出するまでの間使用を継続することができるから,セラミック被覆の厚さそれ自体は,本件発明に本質的なものではなく,設計的な要素にとどまるものである。被控訴人製品には,「熔融状態にて噴霧により順次の工程で次々と塗布された複数層のセラミック材料層として構成されてなる」「耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆」が施されており,本件発明による「課題の解決に不可欠なもの」である。
ウ 「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」 控訴人は,平成7年9月19日付けで,被控訴人に対し,セラミックブレード技術の漏えいに関する書簡(甲19)を送付し,また,平成9年2月18日,本件特許権の侵害について,被控訴人との間で予備的協議をし,同年8月5日付けで,被控訴人に対し,本件特許権の侵害について通告状(甲7)を送付した。
これらの経緯に照らせば,少なくとも同年2月18日の予備的協議以降においては,被控訴人は,被控訴人製品が本件発明の実施に用いられることを知っていたというべきである。
(2) 均等侵害 被控訴人製品は,以下のとおり,本件発明と均等なものとして,本件発明の技術的範囲に属するというべきである。
ア 本件発明の構成と被控訴人製品との差異 本件発明の構成と被控訴人製品とが異なる部分は,本件発明の構成要件Cの作用域におけるセラミック材料の表面被覆層の厚さのみである。
イ 本件発明の本質的部分 本件明細書(甲2)によれば,従来のブレードは,「僅か数時間の使用の後にさえ交換しなければならない実状」(4欄第2段落)であり,「ブレード材料に対し耐摩耗性の大きい材料片を付着させることにより摩耗問題を解決すべく多くの試みがなされ」(同最終段落)ていたところ,「薄いブレード材料を使用する場合には,技術上の観点からメッキ以外の,例えばセラミック材料等の耐摩耗性の材料を付着することは,実施困難」(5欄第1段落)であったが,「セラミック材料を熔融状態で噴霧により順次に複数の薄いセラミック材料の層として構成して付着することにより・・・完全に満足し得る結果が保証されることを突き止めて本発明(注,本件発明)を完成した」(同第2段落)ことが記載されている。以上の課題と手段を踏まえ,本件発明に係る請求項記載の文言から,ドクターブレードに関する本件発明の本質的部分を抽出すると,「耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆」(構成要件C)が施され,そのセラミック材料層が「熔融状態にて噴霧により順次の工程で次々と塗布された複数層のセラミック材料として構成されてなる」(構成要件D)ことである。そして,本件発明の構成と被控訴人製品とが異なる部分は,本件発明の構成要件Cの作用域におけるセラミック材料の表面被覆層の厚さのみであるが,本件発明の上記本質部分を備える技術によってセラミック被覆されたブレードは,その厚さにかかわらず,使用開始後表面被覆層が摩滅してその使用ができなくなるまでの間,本件発明の効果を享受でき,本件発明の本質を備えるから,表面被覆層の厚さ自体を,本件発明の本質的部分ということはできない。したがって,本件発明の構成と被控訴人製品とが異なる部分は,本件発明の本質的部分に当たらない。
置換可能性と作用効果の同一 本件発明の効果は良好な可とう性の確保と長期の使用寿命とにあり,両要素の兼ね合いから適切な被覆厚の範囲が導かれるから,本件発明において,表面被覆層の厚さは,設計的な要素である。被控訴人製品において,本件発明が開示した範囲と異なる更に厚い表面被覆層に置換しても,割れその他の欠陥が発生せずに被覆を施すことにより長期の使用寿命が図られ,かつ,製品の輸送,コーターマシンへの装着,安定した塗工操業のために必要となる良好な可とう性が保たれるのであれば,その置換は可能である。また,表面被覆層の厚さの異なる被控訴人製品においても,その作用は,セラミック材料を熔融状態で噴霧により順次に複数の薄いセラミック材料の層として構成して付着させることであり,効果は,長期の使用寿命と良好な可とう性であることに変わりはない。被控訴人製品の製作過程は,基材にセラミック溶射による薄いセラミック層を重ねていき,本件発明の要件をすべて満たすセラミック厚0.25mm以下の中間製品を経て,さらに,その上にセラミック層を重ねて製作されるものであるから,本件発明と実質的に同一であることは明白であり,表面被覆層を更に厚くした被控訴人製品は,本件発明の目的を達成することができ,同一の作用効果を奏するものである。
置換容易性 耐摩耗性のあるセラミック材料を本件発明よりも厚い範囲において被覆しようとすることは,より長期の寿命を求めるため,当業者であれば容易に想到し得ることである。従来,表面被覆層を余りに厚くすれば,操業上の問題が生ずることも予想され,長期の使用寿命と良好な可とう性とのバランスが問題となった。本件発明の特許出願時においては,そのバランスの観点から構成要件Cにおいて被覆厚の範囲が決定された。しかし,その後の塗工技術の発展と効率化の達成によって,最近の塗工速度は本件特許の出願時に比べて一層速くなり,そのため,セラミックブレードの寿命も短くなって,これを使用するユーザーからは,ブレードの延命を図るため表面被覆層の厚さを増すよう要望が寄せられるようになっている。セラミック溶射技術の進歩に伴い,表面被覆層を更に厚くすることが可能となってきているという技術上の変遷もあり,控訴人においても,こうしたニーズにこたえるべく,現在では0.42mmの被覆厚を有する製品を販売している。このような溶射技術の改善にかんがみれば,表面被覆層を更に厚くするという置換は,容易であることが明白である。
オ 特段の事情 被控訴人主張に係る本件特許の出願過程における請求項の補正は,クレームの記載を明りょうにするためのものであって,意識的除外には当たらない。
2 控訴人の当審における主張に対する被控訴人の反論 (1) 改正後特許法101条2号間接侵害について ア 「その物の生産に用いる物」について 良好な可とう性の確保と長期の使用寿命を発明の効果とする本件発明の技術的範囲に含まれるドクターブレードは,使用開始前の状態で被覆層の全厚さが0.25o以下のドクターブレードのみであり,使用により摩耗した被控訴人製品は,たとえ被覆層の全厚さが0.25o以下になることがあったとしても,本件発明の技術的範囲に属するものではない。
改正後特許法101条2号にいう「生産」は,同条1号にいう「生産」と同様,供給を受けた「発明の構成要件を充足しない物」を素材として「発明の構成要件のすべてを充足する物」を新たに作り出す行為を指すと解すべきであり,供給を受けた物を素材として,これに何らかの創成手段を加えて当該素材を「発明の構成要件のすべてを充足する物」に変更,改変などすること自体を意図するものでなければならない。本件発明のドクターブレードについていえば,本件発明の構成要件BないしDに示すように,可とう性を有する鋼片にセラミック被覆を施す一連の行為が「生産」であり,ドクターブレードとしての完成品である被控訴人製品を被控訴人から譲渡された者が,それに何ら新たな創作的行為を加えない「本来の用途に従って単に使用するにすぎない行為」が「生産」に含まれるとする控訴人の主張は,明らかに失当である。被控訴人製品は,それ自身優れた完成品であり,そのまま塗工機(コーターマシン)に適用して塗工液の塗り厚さ調整等に使用されるものであり,それ自身では塗工液の塗り厚さ調整等に使用できないとか,あるいは他のドクターブレードに加工して初めて塗り厚さ調整等に使用できるなどといった中間製品ないし素材という類のものではない。被控訴人製品が使用により摩耗したとしても,それは本来の使用目的に従って使用した結果にすぎず,このような使用行為を,「その物の生産」,すなわち,「ドクターブレードの生産」に当たると解することは許されない。しかも,被控訴人製品の被覆が,仮に使用による摩耗によって薄くなり,全厚さが0.25o以下になるとしても,それまでの間被控訴人製品としての使用目的を完全に果たすものであり,かつ,その使用目的を果たす間の使用は短時間ではなく,このような使用行為を製造手段とすることは,余りに非効率的手段,非生産的手段といわなくてはならず,使用による摩耗が製造手段であるとは到底いえない。
使用による摩耗によってセラミック被覆層の全厚さが0.25o以下となったドクターブレードは,セラミック被覆層の厚さが均一ではなく,当初からセラミック被覆の全厚さが0.25o以下である完成品としてのドクターブレードとは全く異なるものであり,また,使用による摩耗によってセラミック被覆層の全厚さが0.25o以下となったドクターブレードは,その被覆層の不均一性のため,ドクターブレードとしての所期の目的を十分に果たし得ないものである。
控訴人は,後記(2)オのとおり,昭和58年11月24日付け手続補正書(乙5添付)及び平成4年5月1日付け手続補正書(乙6)による補正により,0.25oを超える全厚さの被覆層を有するドクターブレードを本件発明の技術的範囲から意識的かつ明りょうに除外したものである。そうすると,控訴人主張のように,使用の結果セラミック被覆層の全厚さが0.25o以下に摩耗したドクターブレードも,本件発明の技術的範囲に含まれ,当該使用行為が本件発明の実施品の「生産」に該当することを認めることは,控訴人が意識的に,かつ,第三者に対して明りょうに放棄宣言した部分を故なく回復しようとするものであり,許されない。
イ 「発明による課題の解決に不可欠なもの」について 本件発明による課題の解決のためには,完成品として被覆層の全厚さが0.25o以下のドクターブレードを製造すれば足り,わざわざ被控訴人製品のように0.25oを優に超える極めて厚い被覆層を積層した完成品としてのドクターブレードを製造した後に,さらに,長時間使用し,部分的に0.25o以下に到達させることによって,本件発明の実施品(ただし,使用による摩耗の結果セラミック被覆層の全厚さが0.25o以下になったドクターブレードは本件発明の実施品でない。)を得る行為は,全く非生産的,非効率的な不要な行為である。したがって,被控訴人製品が「発明による課題の解決に不可欠な物」でないことは明らかである。しかも,上記のとおり,使用による摩耗によってセラミック被覆層の全厚さが0.25o以下となったドクターブレードは,ブレードの幅方向におけるセラミック被覆層の厚さが均一ではなく,当初からセラミック被覆の全厚さが0.25o以下である完成品としてのドクターブレードとは全く異なるものであり,本件発明の課題の一つである使用寿命の長期化を解決するものではなく,この点からも,被控訴人製品が「発明による課題の解決に不可欠な物」でないことは明らかである。
ウ 「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」について 特許発明技術的範囲の解釈及びその属否に関しての専門的知識を有しない被控訴人が,本件発明の実施品よりはるかに長い使用寿命を有する完成品である被控訴人製品が,本件発明の実施に用いられる素材として用いられるなどとは,思いも及ばないことである。
(2) 均等侵害について ア 本件発明の構成と被控訴人製品との差異について 被控訴人製品の構成B,Cは,本件発明の構成要件C,Dを充足しないから,本件発明の構成要件Cの作用域におけるセラミック材料の表面被覆層の厚さのみに関して均等論の適用を論ずる控訴人の主張は失当である。
イ 本件発明の本質的部分について 本件発明に係る特許請求の範囲の請求項1には,「セラミック材料の表面被覆を最高0.25oの全厚さ」とすることが記載され,また,本件明細書(甲2)には,「本発明(注,本件発明)の目的は,耐摩耗性のセラミック材料の被覆を施しても,鋼ブレードの本来の可撓性を実質的に失うことなく,走行する連続紙ウエブに被覆剤を調節塗布しかつ均すのに完全に満足し得る被覆性能が保証され,慣用のドクターブレードに比較して長期の使用寿命を有するドクターブレードを提供することである」(5欄第3段落)と記載されている。これらの記載によれば,本件発明において表面被覆を最高0.25oの全厚さと定めたのは,表面被覆層を厚くすれば,ブレードの使用寿命の長期化は図れても,ブレードの可とう性は失われるため,本件発明の目的を達成できなくなるとの認識を基礎としていたことは明らかである。そうすると,表面被覆層の厚さがどの程度であるかということは,本件発明の本質的部分であるといわざるを得ない。
置換可能性と作用効果の同一について 被控訴人製品は,溶射手法の改良によって,各層をより硬く,全体として多層かつより厚く構成することに成功して耐用時間を有意に延長させることができたものであって,本件発明により実現されるブレードの使用寿命の長期化よりも,より長期間のブレードの使用寿命の長期化を実現したものである。また,セラミック被覆された部分のブレードの長さ方向の可とう性は,本件明細書(甲2)によれば本件発明にとっては不可欠な要素である(5欄)が,被控訴人製品においては不可欠な要素ではない。したがって,被控訴人製品は,本件発明と作用効果が異なることが明らかである。
置換容易性について 被控訴人製品における表面被覆層の厚さを実現可能としたのは,日本コーティング工業株式会社が開発したノウハウである独自の溶射技術を採用したことによるものである。控訴人は,0.42oの被覆厚を有する製品を販売している旨主張するが,仮にそれが事実であったとしても,それが直ちに,当該被覆厚を実現するための溶射技術を採用することが当業者に容易であることを意味するものではないことは明らかであり,置換容易性は認められない。
オ 特段の事情について 本件特許の出願過程において,控訴人は,昭和58年11月24日付け手続補正書(乙5添付)によって,出願当初の明細書における「耐摩耗性被覆の全厚さが0.35o以下である」との記載について,請求項を含め明細書から完全に削除して自ら放棄し,さらに,平成4年5月1日付け手続補正書(乙6)において請求項1に「最高0.25oの全厚さ」との構成要件を付加することにより,「0.25o以下」として,0.25oを超える全厚さの被覆層を有するドクターブレードを本件発明の技術的範囲から意識的かつ明りょうに除外したものであり,0.25oを超える全厚さの被覆層を有するドクターブレードが本件発明の技術的範囲に属するか否かの判断に際し,均等論を適用することは許されない。
当裁判所の判断
1 間接侵害について (1) 改正前及び改正後特許法101条1号について ア 控訴人が本件特許権(平成9年4月25日設定登録)の特許権者であること,被控訴人が被控訴人製品を製造,販売していることは,当事者間に争いがなく,2001年(平成13年)5月24日付けスタンダード試験株式会社作成の試験結果報告書(甲16)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人製品は,使用を継続すると,原判決別紙物件目録2(以下「物件目録2」という。)記載のセラミックブレード(ニ号物件)が示す形状となることが認められる。
イ 控訴人は,被控訴人が製造,販売する被控訴人製品は,ヒール部9から係合端8にかけての,セラミック被覆の厚さが,0.313o〜0.525oであって,「その作用域に鋼片の肉厚より薄くかつ鋼ブレードよりも耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆を最高0.25oの全厚さを有する層で構成され」るとする構成要件Cを充足しないが,@購入者が被控訴人製品の使用を継続することにより,ニ号物件が示す形状となり,ニ号物件は,本件発明の構成要件のすべてを充足し,改正前及び改正後特許法101条1号所定の本件発明に係る物に該当するので,A被控訴人製品を製造,販売する被控訴人の行為は,ニ号物件の生産にのみ使用する物の生産,譲渡行為に当たり,本件特許権の間接侵害行為を構成すると主張する。
ウ そこで,まず,ニ号物件が構成要件Cを充足するか否かの点について検討する。
(ア) 構成要件Cの「作用域」の意義について,本件明細書(甲2)には,格別の定義は記載されていないが,本件発明の実施態様項に係る請求項として,「鋼片がほぼ平行な対向主面を有し,ブレードが前記鋼片の主面の一方に対し鈍角に傾斜しかつ前記主面の他方に対し鈍角に傾斜したベベル表面を備え,このベベル表面がブレードの作用面を形成し,作用域を前記ベベル表面の上流部の領域に前記一方の主面との接続部近傍に配置すると共に,これに導入域と導入域の上流かつ隣接する領域と導入域の下流かつ隣接する領域とを設けてなる特許請求の範囲第1項記載のドクターブレード」(1欄〜2欄【請求項2】),「作用域をブレードの1側部にその縁部に隣接して設け,ブレードの前記1側部における被覆を施こす領域の幅が最高20mmである特許請求の範囲第1〜13項のいずれか1項に記載のドクターブレード」(3欄【請求項13】)との記載があり,発明の詳細な説明には,「本発明のドクターブレードは,走行する連続紙ウェブに被覆剤を調節塗布しかつ均すためのドクターブレードにおいて,ブレードは,0.7mmもしくはそれ以下の肉厚を有する可撓性の鋼片からなり,その作用域に鋼片の肉厚よりも薄くかつ鋼ブレードよりも耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆を最高0.25mmの全厚さを有する層で構成され」(5欄,課題を解決するための手段)との記載がある。ドクターブレードは,紙に塗工液を均一に連続的に塗布する塗工機において,塗工液(被覆剤)をかき取るために用いる部材であり(甲6,甲21-1〜4,甲22),本件発明のドクターブレードは,「走行紙ウェブに被覆剤を調節塗布しかつ均すためのドクターブレード」(甲2の1欄【請求項1】)であるから,その「作用」とは,「走行する連続紙ウェブに被覆剤を調節塗布しかつ均す」作用であって,「作用域」とは,その作用を奏する部分であり,連続紙ウェブと係合する部分をいうものと解される。そして,本件発明に係る【請求項1】には,「作用域に鋼片の肉厚よりも薄くかつ鋼ブレードよりも耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆を最高0.25mmの全厚さを有する層で構成され」とあり,「作用域」は,セラミック材料の表面被覆層で構成されるものであるから,「連続紙ウェブと係合し,セラミック材料の表面被覆層で構成される部分」を含む領域であるというべきである。また,請求項2の「ベベル表面がブレードの作用面を形成し,作用域を前記ベベル表面の上流部の領域に前記一方の主面との接続部近傍に配置する」との記載から,その作用域は,ベベル表面(作用面)の上流部であって,ベベル表面と連続紙ウェブと最初に係合する部分を含むものであり,さらに,「これに導入域と導入域の上流かつ隣接する領域と導入域の下流かつ隣接する領域とを設けてなる」と記載され,上記「これ」は「作用域」をいうものであるから,「導入域と導入域の上流かつ隣接する領域と導入域の下流かつ隣接する領域」をも含むものであり,これらの記載によっても,少なくとも,上記「連続紙ウェブと係合し,セラミック材料の表面被覆層で構成される部分」を含む領域であることが裏付けられる。
この点について,控訴人は,「作用域」とは,ブレードのセラミック表面被覆部分であって,連続紙ウェブと最後に接し,連続紙ウェブ上の被覆剤をかき取るセラミック表面被覆の下流側端分をいい,その広がりは連続紙ウェブの幅方向に及ぶと主張する。しかしながら,本件発明において,セラミック材料の表面被覆層の構成を採用した目的は,従来のドクターブレードは,「急速に,かつ不均一(注,「不近一」とあるのは誤記と認める。)な摩耗を受ける」(甲2の4欄第2段落)という欠点があり,「耐摩耗性の大きい材料片を付着させる」(同最終段落)ことによりこの欠点を解決することであり,かつ,「耐摩耗性のセラミック材料の被覆を施しても,鋼ブレードの本来の可撓性を実質的に失うことなく,走行する連続紙ウェブに被覆剤を調節塗布しかつ均すのに完全に満足し得る被覆性能が保証され,慣用のドクターブレードに比較して長期の使用寿命を有するドクターブレードを提供すること」(同5欄第3段落)である。したがって,「作用域」は,耐摩耗性を改善するために「セラミック材料の表面被覆層で構成される」のであり,摩耗を生ずる部分というべきである。そうすると,セラミック材料の表面被覆層が連続紙ウェブと係合する部分は,すべて摩耗が生ずる部分であるから,これを「連続紙ウェブと最後に接し,連続紙ウェブ上の被覆剤をかき取るセラミック表面被覆の下流側端分」に限定する控訴人の主張には,合理的根拠を見いだし難く,採用することができない。
(イ) 構成要件Cの「作用域」が上記のとおり「連続紙ウェブと係合し,セラミック材料の表面被覆層で構成される部分」を意味するものとして,ニ号物件の「作用域」におけるセラミック被覆層の全厚さについて検討すると,物件目録2添付【第5図の2】〜【第5図の6】に記載されたb〜eの値は,いずれもニ号物件の「作用域」におけるセラミック被覆層の全厚さに該当する値であると認められるところ,【第5図の3】においては,a=0.376mm,c=0.260mm,【第5図の4】においては,a=0.378mm,c=0.280mm,【第5図の5】においては,a=0.358mm,c=0.258mm,【第5図の6】においては,a=0.344mm,c=0.262mm,である。したがって,ニ号物件の「作用域」におけるセラミック被覆層の全厚さは,0.25mmを超える部分が上記のとおり多数存在するから,「その作用域に鋼片の肉厚より薄くかつ鋼ブレードよりも耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆が最高0.25oの全厚さを有する層で構成され」るとする構成要件Cを充足しない。
エ ところで,物件目録2添付【第5図の2】においては,a=0.235mm,b=0mm,c=0.151mm,d=0mm,e=0.376mmであり,a部分とe部分との間にも「作用域」が存在すると認められるから,【第5図の2】の測定部位において0.25mmを超える部分がないとは断定できないが,使用状況によっては,被控訴人製品の使用を継続することにより,「作用域」におけるセラミック被覆層の全厚さが0.25mm以下の形状となる可能性も否定し得ないところであるから,進んで,このような場合に,被控訴人製品を製造,販売する被控訴人の行為が,改正前及び改正後特許法101条1号間接侵害行為を構成するか否かについても検討する。
被控訴人製品は,物件目録1記載のとおり,いずれも,ヒール部9から係合端8にかけての,セラミック被覆層の厚さが,0.313mm〜0.525mmである。そして,被控訴人製品は,いずれも,その係合端のセラミック被覆層の全厚さが0.25mmを超えて製作され,係合端は,構成要件Cの「作用域」に該当するから,「その作用域に鋼片の肉厚より薄くかつ鋼ブレードよりも耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆を最高0.25oの全厚さを有する層で構成され」るとする構成要件Cを文言上充足しないことは,控訴人の自認するところである。そして,被控訴人製品は,それ自体完成品であり,新品の状態で,その本来の用途を全面的に果たすものであるから,これを改正前特許法101条1号の「その物の生産にのみ使用する物」又は改正後特許法101条1号の「その物の生産にのみ用いる物」ということはできない。
オ したがって,被控訴人製品の使用を継続することにより,「作用域」におけるセラミック被覆層の全厚さが0.25mm以下の形状になるとしても,被控訴人製品を製造,販売する被控訴人の行為が,改正前及び改正後特許法101条1号間接侵害行為を構成するということはできない。
(2) 改正後特許法101条2号(当審における主張)について 控訴人は,被控訴人が被控訴人製品を製造,販売する行為は,改正後特許法101条2号間接侵害を構成するとも主張する。しかしながら,被控訴人製品は,ヒール部9から係合端8にかけての,セラミック被覆の厚さが,0.313o〜0.525oであって,本件発明のドクターブレードのセラミック材料の表面被覆の全厚さ「最高0.25o」より更に厚い表面被覆層を有するものであることは上記のとおりであり,本件発明のドクターブレードを生産するには,完成品として被覆層の全厚さが0.25o以下のドクターブレードを製造すれば足り,被控訴人製品のように0.25oを超える厚い被覆層を有するドクターブレードを製造する必要性は認め難い。したがって,被控訴人製品を改正後特許法101条2号が規定する「その物の生産に用いる物・・・であって発明による課題の解決に不可欠な物」ということはできないから,控訴人の上記主張も採用することができない。
2 均等侵害(当審における主張)について (1) 控訴人は,本件発明の構成と被控訴人製品とが異なる部分は,本件発明の構成要件Cの作用域におけるセラミック材料の表面被覆層の厚さのみであり,表面被覆層の厚さ自体を,本件発明の本質的部分ということはできず,被控訴人製品は,本件発明の目的を達成することができ,同一の作用効果を奏するものであって,表面被覆層を更に厚くするという置換は,容易であるところ,本件特許の出願過程における請求項の補正は,クレームの記載を明りょうにするためのものであり,特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなど特段の事情はないから,被控訴人製品は,本件発明と均等なものとして,本件発明の技術的範囲に属するというべきであると主張する。
特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,@当該部分が特許発明の本質的部分ではなく,A当該部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,Bそのように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,C対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,D対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,このような対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)から,これを本件について検討する。
本件特許権の特許出願(以下「本件特許出願」という。)に係る公開特許公報である特開昭59-88995号公報(乙5),昭和58年11月24日付け手続補正書(乙5添付),平成4年5月1日付け手続補正書(乙6),同日付け意見書(乙14)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許出願の願書に最初に添付した明細書の特許請求の範囲の記載は,上記公開特許公報のとおり,「(1)スクレーパが薄い可撓性の鋼ブレードよりなり,このブレードは0.7mmまでの厚さを有すると共に,紙ウェブに対する導入域を備えたベベル表面により被覆剤を施こしたウェブの側面と接触するように配置されてなる,連続紙ウェブに被覆剤を調節塗布しかつ均すためのスクレーパまたはブレードにおいて,紙ウェブ(7)に対するスクレーパ(1)の導入域(9)と,紙ウェブ(7)の移動方向(6)にて前記導入域に隣接するベベル表面(4)の少なくとも1部(4a)と,導入域(9)中に開口するスクレーパ(1)の導入側(2)の少なくとも1部とに薄い表面被覆(5)を設け,この表面被覆は鋼ブレードよりも大きい耐摩耗性を有すると共に,セラミック材料,金属酸化物または金属炭化物よりなることを特徴とするスクレーパまたはブレード。・・・(11)耐摩耗性被覆の全厚さが0.35mm以下であることを特徴とする特許請求の範囲第1項乃至第10項記載のスクレーパ。(12)耐摩耗性被覆の全厚さが0.25mm以下であることを特徴とする特許請求の範囲第1項乃至第11項記載のスクレーパ」であったのを,昭和58年11月24日付け手続補正書により,請求項1,2を,「(1)走行紙ウェブに被覆剤を調節塗布しかつ均すためのドクターブレードにおいて,ブレードは可撓性の鋼片よりなり,その作用域に鋼片の肉厚よりも薄くかつ鋼ブレードよりも耐摩耗性の大きい表面被覆を施こしたことを特徴とするドクターブレード。(2)可撓性鋼片が0.7mmもしくはそれ以下の肉厚を有し,被覆が最高0.25mmの全厚さを有する特許請求の範囲第1項記載のドクターブレード」とするとともに,上記請求項11を削除し,さらに,平成4年5月1日付け手続補正書により,上記請求項1,2を併せて,「(1)走行紙ウェブに被覆剤を調節塗布しかつ均すためのドクターブレードにおいて,ブレードは,0.7mmもしくはそれ以下の肉厚を有する可撓性の鋼片よりなり,その作用域に鋼片の肉厚よりも薄くかつ鋼ブレードよりも耐摩耗性の大きいセラミック材料の表面被覆を最高0.25mmの全厚さを有して施してなることを特徴とするドクターブレード」としたものであり,上記意見書には,同日付け手続補正書により補正された本件発明の上記請求項について,「耐摩耗性の被覆には,ブレードの可撓性を低下させない条件を伴い,本願発明においては,前記補正明細書(注,平成4年5月1日付け手続補正書)に規定される様に,セラミック被覆の厚みが,最高0.25mmを必要として構成される」(2頁最終段落〜3頁第1段落)との記載がある。
上記本件特許出願の経緯によれば,本件発明のドクターブレードのセラミック材料の表面被覆の全厚さは,出願当初においては,請求項11,12には,これを限定する従属項が存在したものの,請求項1には,これを限定する記載はなく,昭和58年11月24日付け手続補正書(乙5添付)により,請求項2に「被覆が最高0.25mmの全厚さを有する」と限定する請求項を置くとともに,「耐摩耗性被覆の全厚さが0.35mm以下である」と限定する請求項11を削除し,さらに,平成4年5月1日付け手続補正書により,請求項1自体において,「セラミック材料の表面被覆を最高0.25mmの全厚さ」と限定することとしたものであるから,控訴人は,本件発明のドクターブレードにおいて,セラミック材料の表面被覆の全厚さが0.25mmを超える部分を技術的範囲から除外したものであることが認められる。したがって,本件発明に係る特許出願手続において,控訴人は,被控訴人製品のようにセラミック材料の表面被覆の全厚さが0.25mmを超えるものは,特許請求の範囲から除外したという特段の事情が認められ,上記最高裁判決のいうDの要件を満たさないというべきであるから,控訴人の均等侵害の主張は,その余の要件につき検討するまでもなく,理由がない。
控訴人は,本件特許の出願過程における請求項の補正は,クレームの記載を明りょうにするためのものであって,意識的除外には当たらないと主張する。しかしながら,上記認定に係る本件特許出願の経緯に加え,本件発明に係る請求項1について平成4年5月1日付け手続補正書によりされた上記補正は,実公昭46-30244号公報,実公昭49-8946号公報及び特開昭54-38906号公報を引用例として容易想到性を肯定する平成3年10月15日付け拒絶理由通知書(甲17)を受け,その対応措置の一つとして,上記引用例との相違点を明らかにして,ブレードの良好な可とう性の確保という課題の解決のために,セラミック材料の表面被覆を「最高0.25mmの全厚さ」と規定したものであることが,上記意見書によって明らかであることを併せ考えれば,控訴人は,セラミック材料の表面被覆の全厚さが0.25mmを超える部分を,本件発明の技術的範囲から除外したものというべきであるから,上記主張は採用することができない。
3 共同不法行為について 被控訴人製品を製造,販売する被控訴人の行為が,改正前及び改正後特許法101条1号又は改正後特許法101条2号間接侵害行為を構成するということはできず,被控訴人製品が,本件発明と均等なものとして,本件発明の技術的範囲に属するということもできないことは,上記のとおりである。そうすると,被控訴人製品の購入者において,このような製品を塗工紙用のドクターブレードとして使用することによりそのセラミック表面被覆が摩耗し,セラミック材料の表面被覆が最高0.25mmの全厚さを有するに至ったとしても,本来製品として予定された態様で使用した結果にほかならず,その使用態様を目して本件発明の実施ということはできないから,本件特許権侵害不法行為を構成するものではない。したがって,被控訴人の上記製造,販売行為が,購入者による本件特許権侵害の幇助行為に該当するとして,共同不法行為の成立をいう控訴人の主張は,失当というほかはない。
4 結論 以上のとおり,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 長沢幸男