運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2019-800072
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙2PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙3PDFを見る pdf
事件 令和 3年 (行ケ) 10080号 審決取消請求事件

原告 株式会社SO−KEN
同訴訟代理人弁護士 森本純
被告Y
同訴訟代理人弁護士 窪田英一郎 山田康太
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/05/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2019−800072号事件について令和3年5月18日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文1項と同旨
事案の概要
本件は、特許無効審判請求に係る不成立審決の取消訴訟である。争点は、新規性及び進歩性の判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯 被告は、発明の名称を「図柄表示媒体」とする発明についての特許(特許第6440319号。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許については、平成27年12月17日に特許出願がされ(以下、同特許 出願がされた日を「本件出願日」という。)、平成30年11月30日に設定登録がされた(以下、設定登録時の明細書(甲62)を「本件明細書」という。)。
原告は、令和元年9月20日、本件特許のうち請求項1に係る部分につき特許無効審判請求をし、特許庁は、同請求を無効2019-800072号事件として審理した。
特許庁は、令和3年5月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月28日、原告に送達された。
2 本件特許に係る発明の要旨(甲62) 本件特許に係る特許請求の範囲(請求項の数は3)のうち請求項1に係る記載は、
次のとおりである(以下、請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
【請求項1】 入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材と、
前記再帰反射材の表面に印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層と、
を備えることを特徴とする図柄表示媒体。
3 本件審決の理由の要旨(1) 新規性(特許法29条1項2号)について ア 株式会社広仁社(以下「広仁社」という。)が「ブラックレフピカ ドッグタグキーホルダー」という商品(以下「公然実施品1-イ」という。)を平成21年10月21日から23日に「危機管理産業展2009」において出品し、譲渡のために展示したこと(以下「公然実施事実1-イ」という。)について 原告の提出した証拠からは、公然実施事実1-イにおいて展示されたとする公然実施品1-イは、「通常光下では見えないが、フラッシュ光では暗い背景色にそれよりも白い鷲柄の図柄が視認されるドッグタグキーホルダー」製品であると一応認めることができる。
しかしながら、公然実施品1-イがどのような図柄の商品であるのかや、その構 造が具体的にどのようなものであるのかは、甲1の2の資料4及び5の画像からは不明であるといわざるを得ないから、公然実施品1-イが本件発明であると認めることはできない。
したがって、公然実施品1-イがどのように展示されていたかについて検討するまでもなく、本件発明が公然実施事実1-イにより公然知られたものとなったものということはできない。
イ 広仁社が「ブラックレフピカ ドッグタグ ボールチェンネックレス」という商品(以下「公然実施品1-ロ」という。)を平成21年10月21日から23日に「危機管理産業展2009」において出品し、譲渡のために展示したこと(以下「公然実施事実1-ロ」という。)について 原告の提出した証拠からは、公然実施事実1-ロにおいて展示されたとする公然実施品1-ロが、「黒色の再帰反射材の上に透光性のオレンジに近い赤色の印刷がされたドッグタグ ボールチェンネックレスである」と一応認めることができる。
しかしながら、原告からは、その公然実施品1-ロが危機管理産業展2009において展示されたものと認めるに足りる証拠は提出されていないから、本件発明と公然実施品1-ロとを対比するまでもなく、原告の主張する公然実施事実1-ロによって、本件発明が本件特許に係る出願前に公然実施されたものであるとすることはできない。
ウ 広仁社が「ブラックレフピカ ドッグタグ キーホルダー」という商品及び「ブラックレフピカ ドッグタグ ボールチェンネックレス」という商品(以下「公然実施品2-ハ」という。)を平成23年10月21日に株式会社エフケイワークスに対して販売したこと(以下「公然実施事実2-ハ」という。)について 甲1の2の資料6については、その内容に矛盾がないものとはいえないものの、
それらの資料に基づけば、広仁社が平成23年10月21日から23日に株式会社エフケイワークスに公然実施品2-ハ、すなわち、「ブラックレフピカ ドッグタグ キーホルダー」を4個、「ブラックレフピカ ドッグタグ ボールチェンネッ クレス」を1個販売したものと一応認めることができる。
しかしながら、当該公然実施品2-ハが具体的にどのようなものであったかを客観的に示す証拠は見いだせず、原告の提出した甲1の2及び資料6ないし8、甲17及び資料23ないし26並びに証人Aの証言等からは、公然実施品2-ハがどのような製品であったのかは不明であるといわざるを得ない。
してみると、本件発明が公然実施事実2-ハによって公然知られたものとなったものということはできない。
(2) 進歩性について ア 甲4(米国 FLEXcon 社が平成19年11月から平成20年5月に頒布した「REFLECTAmark-Reflective Pressure-Sensitive Film Series」と題するカタログ)に記載された発明(以下「甲4発明」という。)の認定 「溶剤インクジェット印刷を施すことにより印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」 イ 本件発明と甲4発明との対比 本件発明と甲4発明は、次の一致点1で一致し、相違点1で相違する。
(一致点1) 「入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材と、前記反射材の表面に印刷により形成された印刷層を備えることを特徴とする表示媒体」 (相違点1) 印刷層に関して、本件発明が「印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層」を備えるものであるのに対して、甲4発明は「溶剤インクジェット印刷を施すことにより形成された印刷層」である点 ウ 相違点1についての検討 甲4発明において、通常の照明下では視認し難く、通常の(ママ)照明下で現れる印刷層を実現する「黒色の再帰反射フィルムに透光性の印刷層を形成する」という組み合わせを導き出せるものではなく、甲5の1(紀和化学工業株式会社作成の 「 KIWALITE 再 帰 反 射 シ ー ト 」 と 題 す る カ タ ロ グ ) 、 甲 6 ( 「 Joining theDigital Revolution?」と題するカタログ、ORACAL 社、平成19年2月)、甲7(実願昭58-40802号(実開昭59-147185号)のマイクロフィルム)、甲8(特開2000-321414号公報)、甲9(特表2000-506623号公報)、甲10(「ANREALAGE」 2016 S/S COLLECTION パリで3回目の挑戦「リスクを背負ってでも新しく実験的なことを仕掛ける」:デザイナー森永邦彦さんインタビュー、装苑 ONLINE、学校法人文化学園、平成27年10月28日更新、2019年8月18日検索、インターネット、URL: http://以下省略)及び甲11(「装苑」と題する雑誌、学校法人文化学園、2015年10月28日発行、
2015年12月号30、31、51頁)によっても黒色の再帰反射フィルムに透光性印刷層を備えるものが開示されていたということはできないことから、本件発明は、甲4発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1-1(甲4発明の認定の誤り)について 本件審決は、甲4発明を単に「溶剤インクジェット印刷を施すことにより印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」と認定した。しかしながら、以下のとおりの甲4の記載や技術常識等を踏まえると、甲4発明については、これを「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」と認定するのが相当であるから、本件審決の上記認定は誤りである。
(1) 甲4には「溶剤インクジェット…印刷に対応しています」との記載があるところ、一般的なインクジェット印刷(透光性のCMYK(シアン、マゼンタ、イエロー及びブラック)のインクを用いたフルカラー印刷)において印刷層が透光性を持つことは、インクジェット印刷の原理(甲18〜20)やインクジェット印刷の使用例(甲21、22の1)により当業者にとって当然の理であるから、甲4の 上記記載に接した当業者は、甲4の再帰反射材がインクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成するものと理解する。
(2) 確かに、本件審決が認定するとおり、インクジェット印刷においては、非透光性のインクも普及しているが、これは、CMYKのインクの刷り重ねでは実現することができない白色やシルバーを印刷するために開発された特殊インクであり、
白色やシルバーを印刷するといった限られた場面以外では使用されないものである。
したがって、単に「溶剤インクジェット印刷に対応しています」とあるだけの記載に接した当業者は、甲4の再帰反射材がCMYKのインクの刷り重ねにより一般的なフルカラーのインクジェット印刷を施すことができる素材であると理解するのが通常である。
また、本件審決が認定するように甲4の再帰反射材が非透光性のインクを用いたインクジェット印刷に対応しているのであれば、当業者は、この再帰反射材が透光性のインクを用いたインクジェット印刷にも対応していると当然に理解する。
(3) 再帰反射材のメーカーが「溶剤インクジェット印刷に対応しています」と記載して自己の製品を広告する以上、各色の再帰反射材につき一般的なフルカラーのインクジェット印刷を施した上、求められる水準の画質が得られることの確認試験がされるのが通常である。再帰反射材に透光性の印刷層を形成できることが甲4に記載されていないとする本件審決の判断は、再帰反射材のメーカーによる品質保証の観点からみても、一般常識に反している。
(4) 本件審決は、甲4発明はトラック等の車両に貼付されるステッカーやマーキングに用いられるものであるところ、当該用途のためには非透光性の印刷層を設けるのが適しているとして、甲4の再帰反射材に透光性の印刷層を形成することには阻害要因があると判断した。しかしながら、甲4に記載された発明(甲4発明)を認定するに当たって阻害要因を持ち出すのは、判断手法を誤っている。また、黒色再帰反射材に透光性の印刷を施した使用例(甲63〜66(枝番を含む。以下、
枝番のある書証については、特に断らない限り、枝番を含む。))が実際に存在し、
その中には自動車の外装における使用例(甲63、66)もみられるところ、本件審決の上記判断は、これらの使用例に反するものである。
2 取消事由1-2(一致点及び相違点の認定の誤り)について 甲4発明は、前記1のとおり認定されるべきであるから、これを前提にすると、
本件発明と甲4発明の一致点及び相違点は、下記のとおり認定されるべきである。
これと異なる本件審決の認定は誤りである。
(一致点1’) 「入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材を備え、前記再帰反射材の表面に印刷により形成された透光性の印刷層を備えることができる表示媒体」 (相違点1’) 印刷層に関し、本件発明が「印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層」を備えるのに対し、甲4発明は、透光性の印刷層を備えることはできるものの、図柄の印刷を実際に施して「図柄からなる透光性の印刷層」を形成していない点 3 取消事由1-3(相違点についての判断の誤り)について 以下のとおりであるから、相違点1’に係る本件発明の構成は、当業者が容易に想到し得たものであるし、仮に、本件発明と甲4発明の相違点が被告の主張するとおりであるとしても、後記相違点1”に係る本件発明の構成は、当業者が容易に想到し得たものである。したがって、いずれにせよ、当業者が本件発明と甲4発明の相違点に係る本件発明の構成に容易に想到し得たとはいえないとした本件審決の判断は誤りである。
(1) 前記1のとおり、甲4発明は、溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することが可能なものであるから、これに実際に「図柄からなる透光性の印刷層」を形成することは、甲4発明の黒色再帰反射材において予定された事柄である。したがって、甲4発明に「図柄からなる透光性の印刷層」を形成することへの動機付けは、甲4発明自体から直接に導かれるものである。
(2) また、「通常光下では黒く見えるがフラッシュ光等の所定の強度以上の照明光源により照らすと高輝度で反射して光る性質を有する黒い反射材に対し、図柄からなる透光性の印刷層を形成することにより、通常光下では図柄を視認し難いがフラッシュ光等の所定の強度以上の照明光源により照らすと図柄を明瞭に視認できる図柄表示媒体を作成することができること」(以下「本件技術」という。)は、
本件出願日当時の技術常識であった(甲9〜12、63〜66)。そして、黒色再帰反射材は、上記の「通常光下では黒く見えるがフラッシュ光等の所定の強度以上の照明光源により照らすと高輝度で反射して光る性質を有する黒い反射材」であるから、「溶剤インクジェット印刷に対応しています」との記載のある甲4に接し、
そこに黒色再帰反射材が含まれていることを確認した当業者は、技術常識である本件技術の下、甲4の黒色再帰反射材に図柄からなる透光性の印刷層を形成することにより、通常光下では図柄を視認し難いがフラッシュ光等の所定の強度以上の照明光源により照らすと図柄を明瞭に視認できる図柄表示媒体を作成することができると理解したといえる。したがって、この点でも、甲4発明に「図柄からなる透光性の印刷層」を形成することへの動機付けがある。
(3) さらに、技術常識である本件技術に照らすと、当業者は、黒色再帰反射材に透光性の印刷層を形成することを積極的に検討するといえ、甲4の再帰反射材に透光性の印刷層を形成することに阻害要因はない。
(4) なお、甲4の再帰反射材は、溶剤インクジェット印刷に対応できるものであるから、これに透光性のインク(CMYKのインク)を使用すれば、透光性の印刷層を形成することができるものである。
4 取消事由2-1(公然実施事実1-イについての認定の誤り)について 以下のとおり、公然実施事実1-イは認められるから、これと異なる本件審決の認定は誤りである。
(1) 証拠(甲1の2(資料4及び5)、甲1の3)によると、広仁社は、平成21年10月21日から同月23日にかけて東京ビッグサイトで開催された危機管 理産業展2009において、公然実施品1-イを出品し、これを譲渡のために展示したものと認められる。また、証拠(甲2、17、28、40)によると、公然実施品1-イは、黒色再帰反射材の上に透光性の図柄印刷(鷲の図柄)を施したものであると認められる。さらに、証拠(甲35、40)によると、広仁社は、上記展示において、関心を持った来場者に対し、双眼鏡様のキット(レフピカスコープ)を用いて通常光下とフラッシュ光下での図柄の見え方の違いを確認させた上、公然実施品1-イが黒色再帰反射材の上に透光性の印刷を施した商品であり、黒色再帰反射材はフラッシュ光を当てると白く光るため、これにより透光性のインクが浮き上がって見える旨説明していたと認められるから、上記展示は、来場者が公然実施品1-イの構造を理解することのできる態様でされたものであるといえる。
(2) 本件審決は、「甲1の2の資料4及び5が危機管理産業展2009における展示を映した画像であると一応認めることができる。」、「「轄L仁社」が危機管理展において展示したブースにおいて、通常光下では見えないが、フラッシュ光では暗い背景色によりそれよりも白い鷲柄の図柄が視認されるドッグタグキーホルダーが展示されていたものと認められる。」と認定したところ、これらの事実に加え、広仁社による商品開発の経緯、原材料の調達等の一連の事実を併せ考慮すると、
広仁社が危機管理産業展2009に公然実施品1-イを出品したとの事実は、十分に認められるというべきである。
また、本件審決の上記認定に加え、本件出願日当時の技術常識(本件技術)も併せ考慮すると、当業者は、公然実施品1-イにつき、これが黒色再帰反射材に対して図柄からなる透光性の印刷層を形成することにより、通常光下では図柄を視認し難いがフラッシュ光等の所定の強度以上の照明光源により照らすと図柄を明瞭に視認できる図柄表示媒体を作成したものであると合理的に理解する。
したがって、公然実施事実1-イの存在は、十分に認められる。
(3) 本件審決は、公然実施品1-イが両面白色の再帰反射材を使用した製品である可能性を否定できないと判断した。しかしながら、仮に、公然実施品1-イが 白色再帰反射材を使用した製品であるとすると、上記(2)の本件審決の認定(「通常光下では見えないが、フラッシュ光では暗い背景色によりそれよりも白い鷲柄の図柄が視認されるドッグタグキーホルダーが展示されていたものと認められる。」)と矛盾する。本件審決の上記判断は、技術の理解を誤るものであって失当である。
5 取消事由2-2(公然実施事実1-ロについての認定の誤り)について 以下のとおり、公然実施事実1-ロは認められるから、これと異なる本件審決の認定は誤りである。
(1) 証拠(甲1の2(資料4及び5)、甲1の3)によると、広仁社は、平成21年10月21日から同月23日にかけて東京ビッグサイトで開催された危機管理産業展2009において、公然実施品1-ロを出品し、これを譲渡のために展示したものと認められる。また、証拠(甲2、17、28、40)によると、公然実施品1-ロは、黒色再帰反射材の上に透光性の図柄印刷(豹の図柄)を施したものであると認められる。さらに、証拠(甲35、40)によると、広仁社は、上記展示において、関心を持った来場者に対し、双眼鏡様のキット(レフピカスコープ)を用いて通常光下とフラッシュ光下での図柄の見え方の違いを確認させた上、公然実施品1-ロが黒色再帰反射材の上に透光性の印刷を施した商品であり、黒色再帰反射材はフラッシュ光を当てると白く光るため、これにより透光性のインクが浮き上がって見える旨説明していたと認められるから、上記展示は、来場者が公然実施品1-ロの構造を理解することのできる態様でされたものであるといえる。
なお、公然実施品1-ロは、甲1の2の資料4及び5に写っていないが、公然実施品1-イ及び1-ロの各図柄データが共に平成20年に作成された同一のファイル内に存すること(甲17(資料19及び20))、広仁社が同時期に開発・作成した同種のシリーズ商品である公然実施品1-イ及び1-ロについて、一方のみを危機管理産業展2009に出品し、他方を出品しない理由はないことからすると、
公然実施品1-ロについても、公然実施品1-イと同様、危機管理産業展2009に出品されたと認めるのが相当である。
(2) 本件審決は、要するに、A作成の回答書(甲1の2)及び審判請求手続における同人の尋問の結果(甲40)のみからは公然実施品1-ロが危機管理産業展2009に出品されたとは認められないと判断したが、これは、証拠全体から合理的な事実認定をしたものとはいえず、誤りである。なお、公然実施品1-ロが甲1の2の資料4及び5に写っていない理由についての審判請求手続におけるAの供述(甲40)は、「公然実施品1-ロが人気商品で、来場者にサンプルを上げているうちに、すぐになくなってしまったからである。」というものであって具体的であり、同人の記憶が定かでないと評価するのは相当でない。
6 取消事由2-3(公然実施事実2-ハについての認定の誤り)について 以下のとおり、公然実施事実2-ハは認められるから、これと異なる本件審決の認定は誤りである。
(1) 証拠(甲1の2(資料6〜8)、甲17(資料23〜26等)、29、30)によると、広仁社は、株式会社エフケイワークスに対し、平成23年10月21日、公然実施品2-ハを販売したものと認められる。
(2) 本件審決は、公然実施品2-ハがどのような製品であったのかは不明であると判断したが、公然実施品2-ハは、その商品名(「ブラックレフピカ ドッグタグ キーホルダー」及び「ブラックレフピカ ドッグタグ ボールチェンネックレス」)自体から、黒色再帰反射材を使用した製品であると理解されるのであるし、
その構成は、その図柄データ(甲17の資料23)が示すとおり、ドクロや「A」、
「B」、「O」等の文字以外の部分に黄、緑、青等の印刷を配したものであるから、
公然実施品2-ハが黒色再帰反射材に透光性の図柄印刷を施したものであることは、
十分に認められる。
被告の主張
1 取消事由1-1(甲4発明の認定の誤り)について 以下のとおり、甲4は、「溶剤インクジェット印刷を施すことにより印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」の発明を開示しているにすぎないか ら、これと同旨の本件審決の認定に誤りはない(なお、甲4発明は、従来の印刷手法に加えUVインクジェット印刷にも対応しているのであるから、正確には、溶剤インクジェット印刷を用いることが当然の前提とされているものではない。)。
(1) 甲4には、「溶剤インクジェット印刷を施すことにより印刷層を形成することができる」ことが記載されているにとどまり、黒色の再帰反射フィルムに透光性の印刷層を形成することができるとの明示的な記載はないし、透光性の印刷層を用いるとの技術思想も開示されていない。かえって、文字等を浮き上がらせるためには非透光性の印刷層を設けるのが最も適しているから、甲4発明の用途(トラックを始めとする車両に貼付されるステッカーやマーキング)に照らすと、これに透光性の印刷層を設けることは考えられない。したがって、甲4に黒色の再帰反射フィルムと透光性の印刷層とを組み合わせることの記載があると認めることはできない。
(2) 原告は、証拠(甲18〜21、22の1)を挙げて、インクジェット印刷が透光性の印刷に関するものであると主張する。しかしながら、溶剤インクジェット印刷には、黒、白、金及びシルバーのように非透光性のものが存在するのであるから、これらの証拠は、インクジェット印刷の一つとして透光性の印刷があることを示すにすぎず、インクジェット印刷から非透光性の印刷を排除するものではない。
したがって、甲4の「インクジェット印刷に対応しています」との記載に接した当業者がこれを透光性の印刷に対応していると理解するとは考えられない。
(3) 甲4の「インクジェット印刷に対応しています」との記載のみでは、それ以外の印刷手法が排除されるものではないから、甲4には、黒色再帰反射材に透光性の印刷を行うことが開示されているものではない。
2 取消事由1-2(一致点及び相違点の認定の誤り)について (1) 前記1のとおり、本件審決がした甲4発明の認定に誤りはなく、本件発明と甲4発明の一致点及び相違点は、次のとおりとなる。
(一致点1”) 「入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材を備え、前記再帰反射材の表面に印刷により形成された印刷層を備えることができる表示媒体」 (相違点1”) 印刷層に関し、本件発明が「印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層」を備えるのに対し、甲4発明は、印刷層を備えることはできるものの、図柄の印刷を実際に施して図柄からなる透光性の印刷層を形成していない点 (2) なお、仮に、甲4発明が原告の主張するとおりに認定されるのであれば、
本件発明と甲4発明の一致点及び相違点が原告の主張するとおりとなることを争うものではない。
3 取消事由1-3(相違点についての判断の誤り)について 以下のとおりであるから、当業者は、相違点1’又は1”に係る本件発明の構成に容易に想到することができない。したがって、当業者が本件発明と甲4発明の相違点に係る本件発明の構成に容易に想到し得たとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。
(1) 甲4発明から本件発明に至るためには、黒色の再帰反射材の上に、あえて通常光においては図柄を隠すという目的(課題)のために図柄を印刷するという選択をし、かつ、数ある印刷技術の中から溶剤インクジェット印刷を選択し、さらに、
透光性の印刷層を形成するというステップを経る必要があるところ、原告が主張する本件技術から当業者がそのようなステップを経て本件発明に想到するとは考えられない。
(2) 原告は、証拠(甲9〜12、63〜66)を挙げて、本件技術が本件出願日当時の技術常識であったと主張するが、次のとおり、そのようにいうことはできない。したがって、甲4発明に本件技術が適用されることはない。本件技術は、本件出願日当時の技術常識などではなく、後知恵にすぎない。
ア 甲9について 甲9に記載された発明は、背景が銀色等となっており、ビードボンド90が好ま しくは黒色となっており、証印パターンは黒色等の不透光のもので形成されていて、
通常時は最上面に印刷されたホログラフィーが視認され、その結果として証印パターンが視認できないが、強い照明光の下ではホログラフィーは視認されなくなる一方、背景が銀色となり不透光印刷の証印パターンのシルエットが浮かび上がり、これにより、2段階の確認が可能となり、全体として物品の高度な安全対策がされるというものであり、本件発明とは技術思想を大きく異にする。
したがって、仮に、甲9に記載された技術を参照して甲4のフィルムに印刷層を設けることができたとしても、当該印刷層は、非透光性の印刷層となるから、甲9により、本件技術が本件出願日当時の技術常識であったと認めることはできない。
なお、仮に、甲9に記載された技術が本件出願日当時の技術常識であったとしても、ホログラム層を有することを前提とする技術を甲4発明に適用する動機付けはない。
イ 甲10ないし12について 黒色の布地の上にガラスビーズを含むニンジャインクを塗布したものと本件発明(黒色の再帰反射材の表面に透光性の印刷層を設けたもの)とは、技術内容が全く異なり、前者が後者に相当するということはできない。したがって、甲10ないし12をもって、本件技術が本件出願日当時の技術常識であったと認めることはできない。
ウ 甲63ないし66について 甲63ないし66は、撮影に関する条件の詳細(環境光の有無及び程度、フラッシュの有無及び程度、露出時間等)が明らかでなく、撮影後の画像の加工の有無についても不明であり、また、「再帰反射」を意味する「retroreflective」の語が用いられていないから、これらの証拠に係る物品が実際にどのような構成をもって本件発明と同様の効果を奏しているのかは不明である。また、甲63ないし66は、
インターネット上の投稿であるところ、その内容が記載された日時のものであるとは限らないから、証拠価値を有するものではない。
なお、原告は、特許無効審判の請求書において、甲9ないし12を挙げ、「所定の照明下において図柄等を視認できる図柄表示媒体であって、簡素な装置により使用可能な図柄表示媒体を提供できること」が周知技術であると主張していたのであるから、甲63ないし66を挙げて本件技術が本件出願日当時の技術常識であったと主張することは、特許無効審判請求の要旨を変更するものとして許されず、本件訴訟においても、同主張は審理の対象外である。また、甲63ないし66を根拠とする原告の主張は、要するに本件発明の新規性の欠如をいうものであり、この点からも、原告が本件訴訟においてそのような主張をすることは許されない。
(3) 前記1(1)において主張したところに照らすと、黒色の再帰反射材の上に通常では見えないような透光性の印刷層を設けることは、甲4発明の目的に反するものであり、そのような動機付けはあり得ない。
(4) なお、仮に、本件技術が本件出願日当時の技術常識であったとしても、本件技術は、黒い再帰反射材の上に透光性の印刷層を形成することを内容とするものではないから、甲4技術に本件技術を適用しても、本件発明に容易に想到することはできない。
4 取消事由2-1ないし2-3(公然実施事実1-イ、1-ロ及び2-ハについての認定の誤り)について 本件審決は、少なくとも結論において正しく事実関係を認定しており、誤りはない。これに対し、原告は、本件審決が認定した事実について詳細な反論をしておらず、本件審決が指摘する矛盾点等についても合理的な説明をしていないから、取消事由2-1ないし2-3はいずれも理由がない。
当裁判所の判断
1 本件発明の概要(1) 本件明細書の記載 本件明細書には、次の記載がある。
【技術分野】 【0001】 本発明は、普段は視認できない図柄等を所定の条件下において視認することのできる図柄表示媒体に関する。
【背景技術】【0002】 従来から、広告などに用いられる図柄等の表示媒体であって、普段は図柄等が視認できないが、照明を当てる等の所定の条件下で図柄が視認できるように構成された表示媒体が提供されている。
【0003】 例えば、下記特許文献1には、透明なプラスチックシートの表面にヘアライン加工を施したメインシートと、プラスチックフィルムの表面にハーフミラーとして作用する程度の極めて薄い金属蒸着層が配置され、裏面には所定のディスプレイパターンが印刷配置された蒸着フィルムとから構成され、背面から光を照射することによってディスプレイパターンが浮き出るコンソール用表示シートが開示されている。
発明の概要】【発明が解決しようとする課題】【0005】 しかし、特許文献1に開示されたコンソール用表示シートでは、図柄等を視認できるようにするためには裏側に照明光源を設置する必要があり、使用の際に装置が大掛かりになってしまう。
【0006】 本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、所定の照明下において図柄等を視認できる図柄表示媒体であって、簡素な装置により使用可能な図柄表示媒体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】【0007】 上記課題を解決するために、本発明に係る図柄表示媒体は、入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材と、前記再帰反射材の表面に印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】【0008】 本発明に係る図柄表示媒体によれば、通常の照明下では図柄を視認できないが、
相対的に強い光を照らすだけで、光源方向から図柄を視認することができる。
【発明を実施するための形態】【0011】 図柄表示媒体1は、上側(表側)から順に積層された、透過光の光量を減少させる減光シート11と、図柄である印刷層12と、黒色の再帰反射シート20とを備えている。
【0012】 ここで、再帰反射シート20は、入射光をそのまま光源方向へ反射(再帰反射)する性質を備えている。また、黒色の再帰反射シート20は、太陽光や室内の通常の照明等によって照らされている場合には、照明光の大部分を吸収するため、シート全体が黒色に見えるが、所定の強度以上の照明光源で照らした場合や、夜などの暗い環境において照明光源で照らした場合には、照明光源と略同じ方向から観察すると、反射光の略全てが照明光源の方向に反射し、シートが白く光って見える。
【0013】 よって、このような構成の図柄表示媒体1を表側から見た場合、普段は黒色一色のシートに見えるだけであるが、図柄表示媒体1を周囲と比べて相対的に強力な光源で照らすと共に光源と略同じ方向から観察すると、印刷層12の図柄を視認することができる。
【0019】 印刷層12は、再帰反射シート20の上面に、カラーレーザープリンタを用いて フルカラー図柄を印刷することにより形成される。印刷層12の形成は、カラーレーザープリンタを用いた印刷による形成に限らず、溶剤インクジェットプリンタやシルクスクリーンを用いた印刷等により形成しても良い。
【0024】 以上、本実施形態に係る図柄表示媒体1の構成について説明したが、図柄表示媒体1においては、通常の照明下では再帰反射光が極少量であるため、図柄表示媒体1を表側から見た観者は、印刷層12の図柄をほとんど視認することができない。
【0025】 一方、強力な照明光源によって図柄表示媒体1の表面側を照らした場合には、入射光の光量が増大するにつれて、再帰反射シート20からの再帰反射光の光量が増え、再帰反射光のうち、印刷層12及び減光シート11を透過してくる出射光の光量も増える。そして、再帰反射光は、光源に向けて戻ってくるため、強力な照明光源の近傍から図柄表示媒体1を観察する観者は、印刷層12の図柄を視認することができる。
【0026】 また、暗い室内であれば、光量の小さな照明光源によって照らす場合であっても、
周囲と比べて相対的に強力な光源になるため、相対的に強力な照明光源の近傍から図柄表示媒体1を観察する観者は、同様に印刷層12の図柄を視認することができる。
【0027】 このように、図柄表示媒体1は、通常の照明下では図柄を視認できないが、カメラのフラッシュライトや指向性の高い懐中電灯等の相対的に強い光源で照らすだけで、光源方向からフルカラーの図柄を視認することができ、簡素な構成により使用することができる。
【0041】 また、上記実施形態では、図柄表示媒体を手品用具として使用した場合について 説明したが、相対的に強力な照明光源によって照らされたときのみ照明光源の方向からフルカラーの図柄を視認することのできる図柄表示媒体は、看板やポスター等の広告表示媒体、ノベルティグッズ、玩具等の種々の用途に使用することができる。
【0042】 また、印刷層の図柄としては、写真、模様、図形、文字等や、これらの組み合わせ等、種々のものを使用することができる。
(2) 本件発明の概要 上記(1)の記載によると、本件発明の概要は、次のとおりであると認められる。
すなわち、本件発明は、普段は視認できない図柄等を所定の条件下において視認することのできる図柄表示媒体に関するものである。従来から、普段は図柄等が視認できないが照明を当てるなどの所定の条件下で図柄が視認できるように構成された表示媒体が提供されていたところ、そのためには、例えば裏側に照明光源を設置するなどの必要があり、使用の際に装置が大掛かりになってしまうという課題があった。かかる課題を解決し、所定の照明下において図柄等を視認できる図柄表示媒体であって簡素な装置により使用可能なものを提供することを目的として、本件発明は、入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材及びその表面に印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層を備えるようにしたものである。
これにより、本件発明は、通常の照明下では図柄等を視認できないが、カメラのフラッシュライトや指向性の高い懐中電灯等の相対的に強い光源で照らすだけで光源方向からフルカラーの図柄等を視認することができ、簡素な構成により使用することができるとの効果を奏する。
2 取消事由1-1(甲4発明の認定の誤り)について (1) 甲4(前掲)の記載等 ア 甲4は、米国 FLEXcon 社が発行・頒布したカタログである。
イ 甲4の表紙には、「REFLECTAmark ? Reflective Pressure-Sensitive FilmSeries」と記載されている。
ウ 甲4の2頁目(表紙を除く。以下同じ。)には、「Fleet/Vehicle ? FleetGraphics」、「Fleet Marking Grade Reflective Pressure-Sensitive Film ?Sheet Form」との表題の下、フィルムに文字や図柄が印刷されたステッカー等が消防自動車様の車両に貼付された様子を撮影した写真が掲載されるとともに、
「色が選べます:黄、緑、青、赤、オレンジ及び黒」との記載及び「従来の印刷手法に加え、溶剤及びUVインクジェットに対応しています」との記載がある。
エ 甲4の4頁目には、「Fleet Marking Grade [FMG]」との表題の下、黒色を含む7色の商品サンプルが貼付され、また、「Fleet Marking Grade [FMG]」の用途として「vehicle graphics」との語が用いられている。
(2) 甲37(上記(1)エの商品サンプルにフラッシュ光を照射して撮影した写真)には、黒色の商品サンプルが肌色様に見える様子が撮影されている。
(3) 上記(1)イ及びウの「Reflective ... Film」との用語に加え、上記(1)エ及び(2)のとおり通常光下では黒色であった商品サンプルがフラッシュ光下では肌色様に見えることや弁論の全趣旨も併せ考慮すると、甲4に貼付された黒色の商品サンプルは、「黒色の再帰反射フィルム」であると認めるのが相当である。
また、上記(1)ウの「従来の印刷手法に加え、溶剤及びUVインクジェットに対応しています」との記載は、甲4の黒色の再帰反射フィルムに溶剤インクジェット印刷を施すことが可能であることを意味するものと解され、溶剤インクジェット印刷が施されれば、黒色の再帰反射フィルムの上に印刷層が形成されることは明らかであるから、甲4には「溶剤インクジェット印刷を施すことにより印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」が記載されているといえる。
(4) そこで進んで、甲4に「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」が記載されているかにつき検討する。
ア 上記(1)ウのとおり、印刷層の形成に関し、甲4には「従来の印刷手法に加え、溶剤及びUVインクジェットに対応しています」との記載があるのみであり、
溶剤インクジェット印刷が非透光性のインクを用いたものに限られるとの記載又は示唆はみられない。
イ ここで、溶剤インクジェット印刷の意義等に関し、下記の各証拠には、それぞれ次の記載がある。
(ア) 甲18(全日本印刷工業組合連合会(教育・労務委員会)編「印刷技術」(平成20年7月発行)) 「カラー印刷では基本的にCMYKの4色によって原稿の色を再現している。この4色をプロセスセットインキと呼び、このうちCMYは透明インキとなっているので刷り重ねで印刷した場合、下のインキの色が一緒になり2次色、3次色が発色する。」(イ) 甲19(高橋恭介監修「インクジェット技術と材料」(平成19年5月24日発行)) 「インクの色剤としては染料、顔料を挙げることができる。… 染料は媒体である水に可溶であり、分子状態でインク媒体中に存在している。個々の分子が置かれた環境はほぼ同一であるため、吸収スペクトルは非常にシャープであり、透明性の高い印刷物が得られる。… 従来、インクジェットプリンタ用色材としては、上記特徴とインク設計が容易であるということで、染料が用いられた。」(ウ) 甲20(Janet Best 編「Colour design Theories and applications」(2012年発行)) 「CMYK:印刷業界で画像の再現に使用される減法混色プロセスであって、純度の高い透光性プロセスカラーインク(シアン、マゼンタ、イエロー及びブラック)が網点様に重ね刷りされて、様々な色及びトーンを表現する。」(エ) 甲21(特開2012-242608号公報) 「【0033】ここで、第1の装飾層20aを形成する印刷インクとしては、光透過性を有し、屋外使用にも耐えられる有機溶剤系のアクリル樹脂インク、例えば、
市販のエコソルインクMAXのESL3-CY、ESL3-MG、ESL3-YE、
ESL3-BK(それぞれローランド社製)を用いることが望ましい。
そして、かかる第1の装飾層20aを形成するには、例えば、インクジェットプリンタなどのインクジェット装置に、印刷インクをセットし、これを微滴化して表面フィルム12h上の所定場所に、吹き付け処理して行なうことが好ましい。」 ウ 上記イによれば、本件出願日当時、溶剤インクジェット印刷においては、透光性(透明性)を有するCMYのインクが広く用いられていたものと認められるから、仮に、本件出願日当時、溶剤インクジェット印刷において非透光性のインクが用いられることがあったとしても、溶剤インクジェット印刷に対応しており、かつ、
前記アのとおり、溶剤インクジェット印刷が非透光性のインクを用いたものに限られるとの記載も示唆もみられない甲4の記載に接した当業者は、甲4は透光性を有するインクを用いた溶剤インクジェット印刷に対応しているものと容易に理解したといえる。
エ 以上によると、甲4には「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」が記載されていると認められるから、甲4発明は、そのように認定するのが相当である。これと異なる本件審決の認定は誤りである。
オ この点に関し、被告は、甲4発明の用途(トラックを始めとする車両に貼付されるステッカー等)に照らすと、甲4発明に透光性の印刷層を設けることは考えられないと主張する。
確かに、前記(1)ウのとおり、甲4には消防自動車様の車両を撮影した写真が掲載されているが、車両に貼付して用いる黒色の再帰反射フィルムの上に透光性の印刷層を形成すると甲4発明の目的が阻害されるものと認めるに足りる証拠はないし、
また、甲4には甲4発明の用途が車両に貼付して用いるステッカー等に限られるとする記載も示唆もないから、被告の上記主張を採用することはできない。
(5) 小括 以上のとおりであるから、取消事由1-1は理由がある。
3 取消事由1-2(一致点及び相違点の認定の誤り)について 前記第2の2のとおりの本件発明と前記2のとおり認定した甲4発明とを対比すると、両者の一致点及び相違点は、次のとおりであると認められる(なお、被告も、
甲4発明が前記2のとおりに認定されるのであれば、本件発明と甲4発明の一致点及び相違点が次のとおりとなることを争うものではない。)。これと異なる本件審決の認定は誤りであり、取消事由1-2は理由がある。
(一致点1’) 「入射光をそのまま光源方向へ再帰反射する黒色の再帰反射材を備え、前記再帰反射材の表面に印刷により形成された透光性の印刷層を備えることができる表示媒体」 (相違点1’) 印刷層に関し、本件発明が「印刷により形成された図柄からなる透光性の印刷層」を備えるのに対し、甲4発明は、透光性の印刷層を備えることはできるものの、図柄の印刷を実際に施して「図柄からなる透光性の印刷層」を形成していない点 4 取消事由1-3(相違点についての判断の誤り)について (1) 印刷により形成された透光性の印刷層を形成することについて 前記2において認定したとおり、甲4発明は、「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」であるから、溶剤インクジェット印刷を施すことにより甲4発明に透光性の印刷層を形成することは、甲4発明において普通に想定されていた事柄であるといえる。したがって、本件出願日当時の当業者は、甲4発明自体から、これに溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成するとの構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
この点に関し、被告は、黒色の再帰反射材の上に透光性の印刷層を設けることは甲4発明の目的に反すると主張するが、前記2(4)オにおいて説示したとおりであ るから、これを採用することはできない。
(2) 図柄からなる印刷層を形成することについて ア 前記2(1)のとおりの甲4の記載によれば、甲4発明は、図柄からなる印刷層を形成することを想定していると認めることができる。
イ さらに、下記の各証拠には、それぞれ次の記載等がある。
(ア) 甲63(インターネット上の電子掲示板(uksignboards)への投稿記事(2011年2月15日)) 「私は、反射フィルムの研究をしており、反射フィルムが大好きです。私は、いつも反射フィルムの実験をしていて、反射フィルムを使用した新しいアイデアを顧客に提案することに努めています。今回のバンは、これを反映する必要がありました…。これは、白く光る黒色反射材でして、…私は、その制作を実行することにしました。…私のバンは黒いので、黒色のフィルムに印刷すれば、微妙な虹色や透明感のあるデザインになり、夜に車の中からバンを見たときや、見る人の真後ろから太陽光がバンに当たったときに、きれいに発色することを期待していたのですが、
見事にそのとおりになりました。」 また、甲63には、文字、図柄等が印刷された反射フィルムが車両に貼付されている様子を撮影した写真が掲載されている。
(イ) 甲65(フェイスブックへの投稿記事(2012年7月5日、同月6日及び2015年5月7日)) 「このアイテムは、夜間には黒く見える反射性のある黒い素材に印刷されています。反射材の黒にフラッシュや強い光を当てると、実際にデザインが浮かび上がります。写真は、基本的に、左がフラッシュなしの状態、右がカメラにフラッシュを付けて撮影したものです。」 また、甲65には、黒色に写った素材を撮影した写真と素材上の文字、図柄等が明るく光って見える様子を撮影した写真を並べたものなどが掲載されている。
(ウ) 甲66の1(ユーチューブへの投稿記事(2015年1月7日)) 「当社のステルスグラフィックス(又はゴーストグラフィックス)パッケージは、
黒の反射性カットビニールとデジタル印刷されたグラフィックスで作られ、耐久性とUV保護のためにラミネート加工されています。反射性の視認性を備えつつ、昼間には落ち着いた外観に見えます。現在のデカールスキームをステルス車両に改装しましょう。新しいデザインにすることをお手伝いします。」 また、甲66の1には、文字、図柄等が印刷された反射性カットビニールが車両に貼付されている様子を撮影した動画が掲載されている。
ウ 上記イによると、黒色の再帰反射フィルムに文字、図柄等からなる印刷層を形成することは、本件出願日当時の周知技術であったと認められる。以上に加え、
上記アのとおり甲4発明自体が図柄からなる印刷層を形成することを想定していることも併せ考慮すると、本件出願日当時の当業者は、甲4発明及び上記周知技術に基づいて、甲4発明に図柄からなる印刷層を形成するとの構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
(3) 被告の主張について ア 被告は、甲63、65及び66の1は撮影に関する条件の詳細が不明であり、
再帰反射を意味する「retroreflective」の語が使用されておらず、投稿日時が正確でないから、これらの証拠に証拠価値はないと主張する。
しかしながら、前記(2)イのとおり、これらの証拠からは、文字、図柄等が印刷された黒色反射材等を撮影した写真等が掲載されていることが明確に見て取れるのであり、これは、撮影に関する条件の詳細が不明であることにより左右されるものではない。また、確かに、これらの証拠においては、「retroreflective」ではなく「reflective」の語が用いられているが、前記(2)イの記載等の内容に加え、再帰反射材に係るカタログであることが明らかな甲4において「reflective」の語が用いられていることも併せ考慮すると、甲63、65及び66の1にいう「reflective」は、再帰反射を意味するものと解するのが相当である。さらに、前記(2)イの各投稿がされた日付につき、これが不正確であることをうかがわせる証 拠はなく、これらの投稿は、いずれも本件出願日前にされたものであると認められる。その他、甲63、65及び66の1の信用性を減殺するような事情は認められない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
イ 被告は、甲63、65及び66の1を根拠にした主張をすることは特許無効審判請求の要旨を変更するものであるし、また、特許無効審判請求の手続において主張していなかった新規性の欠如の主張をするものであるから、本件訴訟においては許されないと主張する。
しかしながら、甲63、65及び66の1を根拠にした前記(2)ウの認定は、特許無効審判請求の手続において引用例とされた刊行物等とは異なる刊行物等を新たな引用例として引用発明を認定するものではなく、単に本件出願日当時の周知技術を認定するにすぎないものであるから、審決取消訴訟である本件訴訟においても許されるものである(最高裁昭和54年(行ツ)第2号同55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照)。また、これまで認定説示してきたとおり、
本件において本件発明が新規性を欠くと判断するものでないことはいうまでもない。
したがって、被告の上記主張は採用できない。
ウ 被告は、甲4発明から本件発明に至るためには、@黒色の再帰反射材の上にあえて図柄を印刷すること、A数ある印刷技術の中から溶剤インクジェット印刷を選択すること、B透光性の印刷層を形成することの各ステップを経る必要があるところ、当業者がそのようなステップを経て本件発明に想到するとは考えられないと主張する。
しかしながら、前記2において認定したとおり、甲4発明は、「溶剤インクジェット印刷を施すことにより透光性の印刷層を形成することができる黒色の再帰反射フィルム」であり、上記A及びBの各ステップは、甲4発明が普通に想定している事柄であって、何ら複雑なものではない。また、前記(2)ア及びウにおいて説示したとおり、甲4発明自体が図柄からなる印刷層を形成することを想定しているもの であるし、黒色の再帰反射フィルムに文字、図柄等からなる印刷層を形成することは、本件出願日当時の周知技術であったから、上記@のステップも、何ら複雑なものではない。
したがって、被告の上記主張を採用することはできない。
(4) 小括 以上によると、本件出願日当時の当業者は、甲4発明及び周知技術に基づいて、
相違点1’に係る本件発明の構成に容易に想到することができたと認めるのが相当である。取消事由1-3は理由がある。
5 結論 以上の次第であり、取消事由1は全体として理由があることになるから、取消事由2-1ないし2-3について判断するまでもなく、原告の請求は理由がある。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲
裁判官 中島朋宏