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事件 令和 3年 (行コ) 10002号 手続却下処分取消等請求控訴事件

控訴人ザ リージェンツオブ ザ ユニバーシティ オブ カリフォルニア
同 特許管理人山口裕司
同 補佐人弁理士内田直人
被控訴人国 処分行政庁兼裁決行政庁 特許庁長官
同 指定代理人奧江隆太 伊藤芳樹 大江摩弥子 加茂絢弓 尾ア友美
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/01/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 特許庁長官が国際特許出願(特願2018-531203号)に係る手続について令和元年7月17日付けで控訴人に対してした平成30年6月14日付け提出の国内書面に係る手続の却下の処分を取り消す。
3 特許庁長官が令和2年5月13日付けで控訴人に対してした令和元年10月25日付け審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。
事案の概要等
1 事案の概要 (1) 本件は,控訴人が,千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約に基づいて外国語でした国際特許出願(国際出願番号PCT/US2016/065653。特願2018-531203号。本件国際特許出願)について,特許法(以下,単に「法」という。)184条の4第1項の国内書面提出期間の経過後に,特許庁長官に対し,同条4項の正当な理由があるとして同条1項に規定する明細書の翻訳文及び請求の範囲翻訳文(以下,併せて「本件明細書等翻訳文」という。)を含むいわゆる国内書面の提出(本件提出手続)をしたところ,上記正当な理由があるとは認められないとされて本件提出手続を却下する旨の本件処分を受け,本件処分の取消しを求める審査請求についてもこれを棄却する旨の本件裁決を受けたことから,本件処分及び本件裁決がいずれも違法であるとして,その各取消しを求めた事案である。
(2) 原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したことから,原判決を不服として,控訴人が控訴を提起した。
2 前提事実等 次のとおり改めるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」 の2に記載するとおりであるから,これを引用する(以下,次のとおり補正して引用した同「第2 事案の概要」の2を「前記前提事実」ということがある。)。
(1) 原判決3頁1行目の「(甲1)」を「本件国際出願について,特許協力条約2条(xi)の優先日は,平成27年12月9日であった。
(甲1,弁論の全趣旨)」に改め,同頁5行目の「平成30年6月5日, の次に 」 「米国弁護士事務所を介して,」を加え,同頁8行目の「原告に対し」の前に「前記米国弁護士事務所を介して,」を加え,同行目の「法184条の4第1項」から10行目の「提出期限」までを「国内書面の提出期限(法184条の4第1項に規定する国内書面提出期間の末日)に, 」同頁11行目の「金曜日」を「土曜日」に,同頁12行目の「甲5・証拠1,12」を「甲5[特に証拠書類1・2]」に,同頁25行目の「徒過した」を「徒過された」にそれぞれ改める。
(2) 原判決4頁17行目の「同年」を「令和元年」に,18行目の「7日」を「17日」に,5頁1行目の「当裁判所」を「東京地方裁判所」にそれぞれ改める。
(3) 原判決5頁5行目の「以下の事象について」を「以下の事象が存在し」に,10行目の「案件は」を「本件案件においては」に,同頁16行目の「その頃」を「特に平成30年6月8日頃から同月14日に至るまでを含め,本件期間徒過が生じた当時」に,同頁21行目の「可能性があることは事前に十分に予測」を「可能性のあることは事前に十分予測」に,同頁25行目の「行うこともできないほどの状態であったこと」を「行うことさえもできないほどの状態であったということ」に,6頁3行目の「ではなく,通常どおり」を「ではなく通常通り」に,同頁5行目の「症状が相当重篤であったことが認められる」を「期限管理システムへのアクセスを行うことさえもできない状態であったことが認められる場合であった」に,同頁8行目の「本件期限徒過」を「本件期間徒過」にそれぞれ改める。
(4) 原判決6頁10行目の「本件裁決の裁決書は」を「本件裁決は」に,同頁17行目の「担当弁理士は,通常と」を「技術担当補助者の不注意の程度が著しいことは明らかであるところ,担当弁理士においては,通常の」に,同頁18行目の「期 限管理システムの確認も」を「平成30年6月7日から同月11日までの間,期限管理システムを用いた確認も」に,同頁19行目の「とはいえない」を「ということはできない」に,同頁21行目の「期限管理システムの」を「期限管理システムを用いた」に,同頁22行目の「証拠はな(い)」などと」を「的確な証拠はな」いなどと」にそれぞれ改める。
(5) 原判決7頁7行目の 「相応の措置」 から同頁8行目末尾までを次のとおり改 「 」める。
「「正当な理由」については,まずは期間徒過の原因となった事象の観点から,次に出願人等が手続をするために講じた措置の観点及び措置を講ずべき者の観点を含めて,回復理由書の記載に基づいて判断される旨定めている。そして,本件ガイドラインは,@期間徒過の原因となった事象が予測可能である場合(事象の発生時期及びその発生による影響が予測可能である場合をいう。 は, ) 出願人等の講じた措置のいかんを問わず,原則として,出願人等は相応の措置を講じていたものとはされない一方で,A期間徒過の原因となった事象が予測可能であるといえない場合は,出願人等が手続をするために講じた措置の観点及び措置を講ずべき者の観点を含めて「正当な理由」の有無が判断されるとして,その際における措置を講ずべき者について,次のように示している。」 (6) 原判決7頁13行目の「補助者」の次に「(措置を講ずべき者である出願人等や代理人等の業務の履行を補助する立場の者であり,高度な専門知識を必要としない業務を通常行う者のことをいう。」を,同頁16行目の「判断されます…。
) 」の次に「…なお,代理人又はその他期間管理の委託を受けた者が補助者を使用し,業務を行っている場合についても,出願人等に係る補助者の場合と同様の観点から判断されます。」をそれぞれ加える。
3 争点及び争点に関する当事者の主張 次のとおり改め,後記4のとおり争点1に関する控訴人の当審における補充主張を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の3及び「第 3 争点に関する当事者の主張」にそれぞれ記載するとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決8頁18行目の「期限管理システムを確認し」を「期限管理システムにアクセスして確認をし」に,9頁1行目及び3行目の各「技術担当補助者」をいずれも「本件国際特許出願に係る技術担当補助者」に,10頁10行目の「補助者の」を「代理人の補助者の」に,同頁13行目の「補助者の」を「当該代理人の補助者の」に,同頁16行目の「改定等が」を「改訂等を」にそれぞれ改め,同頁17行目の「あるから,」の次に「本件処分は」を加える。
(2) 原判決11頁17行目の「で質問した」を「と電話で質問した」に,12頁21行目,23〜24行目及び25行目の各「期限管理システムの」をいずれも「期限管理システムを用いた」に,14頁7行目の「法を改正した立法趣旨」を「平成23年法律第63号による改正(以下「平成23年改正」という。)により法184条の4第4項が設けられた趣旨」に,同頁16行目の「技術担当補助者」を「本件国際特許出願に係る技術担当補助者」に,同頁21行目の「期限管理システムを確認する」を「期限管理システムを用いた確認をする」に,15頁7行目の「本件裁決書」を「本件裁決の裁決書」にそれぞれ改める。
4 争点1に関する控訴人の当審における補充主張 (1) 特許法条約違反の運用 憲法98条2項の条約遵守義務より条約は法律に優位し,また,法律が条約の規定を担保しているとしても,法律の運用が条約の趣旨に違反しているならば適用において条約違反があるというべきところ,次の点からすると,少なくとも本件処分は,特許法条約に違反しており,特許法条約,ひいては憲法98条2項に違反するものとして取り消される必要がある。
ア 特許法条約における「相当な注意」の要件の規定ぶり 特許法条約12条(1)(iv)は,締約国が,出願人又は権利者が状況により必要とされる相当な注意を払ったにもかかわらず(in spite of due care required by the circumstances having been taken),当該期間を遵守することができなかったものであること又は,当該締約国の選択により,その遅滞が故意でなかったことを,締約国の官庁が認めること等を条件として,締約国の官庁が出願人又は権利者の権利を回復する旨を定めることを義務付けている。
イ 欧州特許庁(European Patent Office)審判部における権利の回復 同様に「相当な注意(due care)」という要件により権利の回復を認める代表例としては,欧州特許庁が挙げられるところ(甲43,44。なお,欧州特許機構(European Patent Organisation)も特許法条約の締約当事者ではないものの,特許法条約に署名している。),欧州特許庁審判部においては,上記要件の下で,権利の回復を認める多数の審決例が蓄積されており,1992年7月10日審決(J31/90)(甲46),1994年8月23日審決(J26/92)(甲47),1997年12月11日審決(T1062/96)(甲48),2015年10月1日審決(T1171/13) (甲49)のように,日本企業が代理人の補助者のミスにより期間を徒過したが権利の回復を受けた事例が多数ある。また,突然の病気の事例でも,2002年8月9日中間審決(T558/02)(甲50)は,「本審判部は,人がコントロールできない突然の病気が,その人に期間制限の遵守を確保するための措置を講じることを免除し得るのは自明であると考える。」と判断している。
ウ 国際特許出願における権利の回復 世界知的所有権機関では,ジュネーブで開催された特許協力条約ワーキンググループ第5次会合(2012年5月29日から6月1日まで)における資料(PCT/WG/5/13)(甲51)において,5年間にわたる優先権の回復に関する状況が報告されているところ,同資料の別紙 II によると,2007年4月から2012年3月までの5年間において,「相当な注意」という要件に基づいて判断した事件のうち半数以上で優先権の回復が認められている。
また,同資料の別紙 III では,代理人や出願人のスタッフのミスについて,スタ ッフの行為の評価において高い基準は適用されないが,代理人又は出願人が経験豊富で,信頼できる補助者の業務の選択,教育及び監督に注意を払っていたことを立証しなければならないこと,代理人が事務的な仕事の履行補助においてスタッフを信用することを期待できることが述べられている。
エ 特許法条約の批准の際の国会での政府答弁 日本では,平成27年の国会において特許法条約の批准が行われたところ,齋木尚子政府参考人(当時の外務省経済局長)は,@同年5月20日の衆議院外務委員会で,「この条約では,特許出願等に関する所定の期間を過ぎた手続や,こうした手続上の不備により一度は喪失した権利を救済するための措置の導入を義務づけるとの規定が置かれているところでございます。これは,産業の発展に寄与する貴重な発明が,手続的な不備のみにより特許権を取得できなくなるような事態の発生を可能な限り回避することを目的としているものでございます。」,「具体的には,締約国の官庁が設定する期間を過ぎて特許出願等に関する手続が行われた場合,また,手続のための期間を過ぎたことの直接的な結果として特許出願等に関する権利が喪失した場合,また,出願がおくれたことにより優先権を主張できない場合,こういった場合などにつきまして,一定の要件に基づき救済することを締約国に義務づけているものであります。」,「こうした制度の導入により,出願人や権利者にとっての手続の負担が軽減をされ,有用な発明の権利化が促進されることが大きく期待されているところでございます。」などと(甲52),A同年6月16日の参議院外交防衛委員会では,「経済のグローバル化を背景といたしまして,発明が適切な保護を受けるために複数の国で特許を取得する必要性が高まってきている中,出願人が各国ごとに異なる特許出願制度に対応するための事務負担も併せ増大をしてきているところでございます。」,「特許法条約を通じて各国の出願手続の国際的な調和が進展することは,こうした出願人の負担軽減に大きく寄与すると考えております。」などと(甲53),それぞれ答弁している。
被控訴人が,特許法条約を批准した結果, 「産業の発展に寄与する貴重な発明が, 手続的な不備のみにより特許権を取得できなくなるような事態の発生を可能な限り回避すること」を行ってきたのか否かが問題であり,また,被控訴人が「特許法条約を通じて各国の出願手続の国際的な調和が進展すること」を真に意図し,「出願人の負担軽減」を図っているのかが問われているというべきである。
オ 日本において権利の回復がなされていない実態 平成23年改正の後,国内書面の提出期限を徒過した出願について何件の回復申請がなされ,国内書面の提出に係る手続の却下処分が何件出されたのかについては明らかではないが,平成26年法律第36号による改正により設けられた法48条の3第5項以下の規定に基づいて,出願審査請求の期間を経過した出願で「正当な理由がある」として回復申請がなされたものについて,平成27年4月13日から令和2年4月16日までに回復理由書が提出された100件を J Plat Pat データベースを利用して調査したところ,86件が手続却下処分で終了しており(手続却下処分が職権取消された1件を除く。)(甲54),諸外国と比較して異常なほどに手続却下処分が多いことは明らかであって,産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会報告書「ウィズコロナ/ポストコロナ時代における特許制度の在り方」(甲40)で明言されているとおり,日本における実務について「条約趣旨との齟齬が生じている」ことは,数字からも明らかである。前記エのように政府が国会でも答弁した特許法条約上の義務は,履行されていないといわざるを得ない。
カ 外国人に対する差別的な取扱いに他ならないこと 前記ウのように,「相当な注意」の解釈については,国際的な条約履行の動向が世界知的所有権機関において報告されており,被控訴人もそれを当然承知しているはずである。そして,前記イのように,欧州特許庁の裁定では多くの日本企業が権利の回復を受けている一方,日本で国内書面の提出期限を徒過した出願について回復申請が認められた外国人・外国企業の例を見いだすことはできない。
控訴人は,米国を代表する大学であるところ,「特許法条約を通じて各国の出願手続の国際的な調和が進展すること」や外国の「出願人の負担軽減」は,日本にお いて何ら実現しておらず,特許法条約に違反するとともに,憲法の保障する平等原則(憲法14条1項)に実質的に反する状況になっている。
(2) 本件期間徒過に「正当な理由」があること ア 代理人の補助者による人為的ミスについて (ア) 本件国際特許出願に係る技術担当補助者は,「特許庁において審判官又は審査官として審判又は審査の事務に従事した期間が通算して七年以上になる者」であったことにより,弁理士資格が認められた者であり(弁理士法7条3号),特許庁を退職した後,担当弁理士の特許事務所に勤務して2か月が経過していたもので,技術担当補助者として十分な知識を有していたはずである。したがって,担当弁理士は,本件案件を担当する者として当該技術担当補助者を選任した点について, 「相当な注意を払った」といえる。
(イ) 本件期間徒過は,技術担当補助者が,事務担当補助者から受け取った未提出の国内書面の印刷物を提出済みと誤認し,自らの机の中に収納したまま放置したことに起因する。国内書面は,事務的な事項が記載されている書面であるから,技術担当補助者による確認の余地は限られており,技術担当補助者は,専らそれが提出済みか否かを誤認したものである。
担当弁理士は,事務担当補助者と技術担当補助者の面前で指示を行っていたもので,技術担当補助者の誤認や思い込みは,想定外の人為的ミスというほかない。
(ウ) 補助者の選任について相当な注意を払っていた以上,担当弁理士においては,補助者を信頼することが許される。担当弁理士において,特許事務所の所長として対応しなければならない業務は多岐にわたり,技術担当補助者と事務担当補助者にした指示が履行されるという信頼がなければ,特許事務所の業務は成り立たない。
事務的な事項が記載されている書面にすぎない国内書面について,担当弁理士が,補助者に指示を出してもなお,その作成の進捗状況を確認すべきであったというのは,非現実的というほかない。
他方で,補助者の負う義務は,代理人ほどに高いものではないから,誤認が生じ てしまったことについて,正当な理由がないと解することはできない。補助者の負うべき義務からみて,技術担当補助者が補助者としての基本的かつ初歩的な業務を怠ったとはいえない。
(エ) 来客対応や外出等が重なれば,担当弁理士において,事務所に設置された一部のコンピュータにインストールされた期限管理システムにアクセスする余裕もないということは生じる。また,そもそも,補助者への指示が万事円滑に行われているという認識の下においても,常時,期限管理システムにアクセスする義務があるとまではいえない。
(オ) 特許事務所における分業の実情を踏まえた上で,期限管理のシステムを設けつつも,人為的ミスによりこぼれ落ちて生じた期間の徒過を救済するのが,権利の回復制度の趣旨である。補助者の人為的ミスや担当弁理士の管理・監督が及ばなかったことの責任を際限なく問うのでは,平成23年改正が「その責めに帰することができない理由」に比して緩やかな要件と解される「正当な理由」を採用した趣旨は損なわれるというべきである。
イ 適応障害について 担当弁理士は,本件国際特許出願に係る国内書面の提出期限の前後において,業務多忙のために,適応障害の症状を呈しており,その後に症状を自覚して,精神科の受診や臨床治療(カウンセリング)も受けていた(甲7,8)。
適応障害は,ストレスを感じても我慢してしまう傾向が強い?やストレス解消ができにくい状況の場合に症状が起こりやすいとされ(甲57),ストレス要因がないときには症状が軽くなることもあるため,周囲から「怠けているのでは」と誤解されてしまうこともあるものである(甲58)。担当弁理士も,業務多忙の中で感じるストレスを我慢しながら過ごしており,上記提出期限の前後において,その適応障害の症状を自覚して医師に証明してもらえたわけではないが,適応障害が誤解されやすい病気であることからして,担当弁理士が,通常の業務を遂行し得ない状態ではなかったとはいえない。
ウ 外国の出願人の講じるべき措置について 控訴人は,米国の法律事務所に本件国際出願の国内移行に係る手続を各国でとることを委任し,米国の法律事務所が日本における国内移行手続を担当弁理士の特許事務所に委任した。控訴人は,バークレー校,デイビス校,サンディエゴ校,サンフランシスコ校,サンタ・クルーズ校,サンタ・バーバラ校,ロサンゼルス校,アーバイン校,リバーサイド校及びマーセド校からなる10校の州立大学群であり,2018年度において控訴人が登録した米国特許は615件,外国特許は912件に及ぶ(甲59)。
上記について,米国の法律事務所から依頼のレターを送り,担当弁理士から受任する旨の返答を受けることを確認したことをもって,外国特許事務所の案件管理はなされていると解さないと,出願人の知的財産部門の業務は成り立たない。控訴人において,再委託先である日本の特許事務所の出願の一挙手一投足を見張ることは不可能であり,外国の出願人である控訴人において講じるべき管理監督のための措置というのが何を指すものか不明である。日本の権利の回復制度の要件が厳しいことから日本の出願業務を管理監督するスタッフが必要であるというのでは,出願人の負担軽減は,絵空事というほかない。特許出願実務の国際調和に目を背ければ,特許出願先としての日本の魅力が下がるだけである。
エ 不意打ちについて 担当弁理士は,権利の回復手続を特許庁の担当官とのやり取りを踏まえつつ進めていたところ,令和元年5月10日の電話では,「追加説明が許可されたということは,これまでに提出した書面による主張・立証では回復は認められないということか」という質問に対し,「そうではない。」との応答があったことなどから(甲42),権利の回復が認められるに足る主張・立証を行ったと理解するに至った。
しかるに,特許庁の担当官の上記応答は誤導であった。担当弁理士は,特許庁の担当官を信用し,誤った応答により資料の追加提出も必要がないと誤解したもので,その結果として,権利の回復の機会を逃すことになった。これは,本件における権 利の回復手続について,担当弁理士にとって不意打ちがあったことを意味し,公正な手続保障を欠くと評価すべきものであり,電話連絡時の特許庁職員による誤った教示を信頼して行動したために追納期間内に特許料等を納付することができなかった事例(甲56)と同様に,控訴人も救済されるべきである。
当裁判所の判断
1 当裁判所も,本件期間徒過について法184条の4第4項にいう「正当な理由」があるとは認められず,控訴人の請求にはいずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正し,後記2のとおり争点1に関する控訴人の当審における補充主張に対する判断を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」の1及び2に記載するとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決15頁23行目の「国内書面提出期間」を「国内書面提出期間又は翻訳文提出特例期間」に,同頁24〜25行目の「同法施行規則」を「特許法施行規則」にそれぞれ改め,16頁4行目末尾の次に改行して次のとおり加える。
「(2) 本件期間徒過に至る経緯及び担当弁理士の事務所における通常の業務の流れ等 ア 回復理由書の記載 控訴人が特許庁長官に対して平成30年7月20日に提出した回復理由書(甲5。
以下「本件回復理由書」という。)には,次の旨の記載がある。
(ア) 本件期間徒過に至る経緯 担当弁理士は,平成30年6月5日,米国の弁護士事務所から本件案件について依頼を受け,受任の回答をし,同月6日,同事務所から本件案件とは異なる国際特許出願の国内移行手続(国内書面提出期間の末日は同月18日)をすること(以下「別案件」という。)に関する依頼を受け,受任の回答をした。
同月7日,担当弁理士は,事務担当補助者に対し,本件案件及び別案件に係るファイル作成及び国内書面の作成を指示し,弁理士である技術担当補助者(以下「本件技術担当補助者」ということがある。)に対し,本件案件及び別案件を担当する よう指示した。
同日,上記事務担当補助者が本件案件及び別案件に係るファイルを作成し,両者について作成した国内書面(未提出)の印刷物を添付して,本件技術担当補助者に渡した。
本件技術担当補助者は,印刷された国内書面が既に提出されたものであると誤認し,本件案件及び別案件のファイルを自分の机の引出しに収納した。
同月8日,担当弁理士は,クライアントの急な来訪による新たな依頼に対応すること等に追われ,期限管理システムにアクセスして本件案件に係る国内書面が提出されていないことを確認することができなかった。
同月11日,担当弁理士は,同月8日に依頼された案件の処理に追われ,期限管理システムを用いた確認をすることができなかった(同月9日,10日,12日及び13日も同様であった。)。
同月14日,本件案件及び別案件に係る国内書面が提出されていないことが発覚した。
(イ) 事務所の体制等 a 担当弁理士の事務所においては,パートナー弁理士3名,補助者5名(技術担当3名(弁理士1名を含む。)及び事務担当2名)で出願手続業務等を行っている。パートナー弁理士3名のうち2名は分室に常駐し,本件国際特許出願については実質的にパートナー弁理士1名及び補助者5名の体制で処理している。
b 同事務所において,外国の出願人又は弁護士・弁理士若しくは弁護士・弁理士事務所(以下,併せて「外国依頼人」という。)から依頼された外国国際特許出願の日本国への移行手続は,別紙のとおりの「業務の進め方」と題する書面(甲5の証拠書類5。以下,括弧を付して「業務の進め方」という。)に記載した手順に従って実施している。さらに,担当弁理士は,期限管理システムに適時アクセスすることにより,期間徒過が生じないように管理していた。
c 本件国際特許出願の処理は,「業務の進め方」の@〜Cについては滞りなく 進行していたが,Dにおいて,本来なら担当技術者(担当弁理士が選定した補助者(技術担当)をいう。以下同じ。 から指示すべきであった国内書面作成の指示を, )担当弁理士が自ら行った点で「業務の進め方」と相違した。このことが,Fにおいて,担当技術者による誤認が生じた一因になったと考えられ,その結果,国内書面の提出期限(平成30年6月9日)を徒過してしまった。
さらに,「業務の進め方」のJに記載したように,本来なら同月8日の時点で担当弁理士によって把握されるべきであった国内書面の未提出が,同月14日に至るまで把握できなかった。
d 本件国際特許出願において,「業務の進め方」のDでは担当技術者から指示すべきとされている国内書面作成の指示を担当弁理士が自ら行ったのは,本件案件の依頼を受けた同月5日が国内移行の期限(同月9日)に近かったためであり,そのことに大きな問題はなかったと思量する。しかし,自ら作成を指示していない国内書面の印刷物を受け取った担当技術者に誤認を生じさせる遠因にはなっていたとも考えられる。
しかしながら,担当技術者において誤認が生じ得ることは,担当弁理士には予測不能であった。
e 予測不能な誤認が生じ,その結果として国内書面が期限日になっても提出されていない場合には,「業務の進め方」のJに従って,担当弁理士は,本件国際特許出願の国内書面提出期間の最終日(同月9日)の前日(同月8日(金))又は次の月曜日(同月11日)に,当該事実を把握して担当技術者に確認するはずであったが,当該期間に担当弁理士が多忙を極めていたため,本件国際特許出願においては把握することができなかった。
長時間労働が常態化していた担当弁理士においては,脳・心臓疾患や精神障害を発症してもおかしくないほど疲労が蓄積していたと推測される。それに加えて,同月8日には,大手クライアント担当者の突然の訪問を受け,重要かつ至急の案件を依頼された。そのため,平常時には毎日チェックすべき期限管理システムにアクセ スする余裕を失っていた。当該至急の案件を処理していた同月9日から同月14日にかけても,担当弁理士は,既に予定されていた他の案件の処理やクライアントへの訪問等に追われ,期限管理システムを用いた確認をすることが不可能な心身の状態となっていた。このような至急案件の依頼は突発的な事象であり,事前に予測することは不可能であった。
f 「業務の進め方」に従えば,@〜Iにおいて担当弁理士,補助者(技術担当)及び補助者(事務担当)が業務を遂行するに当たって何らかの事実誤認等(何らかの人為的なミス)をしたとしても,最終的にJで担当弁理士が期限管理システムによって管理することで期間徒過を回避でき,これまでの多くの案件を通して期間徒過が発生していなかったことから,相応の措置が講じられていたと認められるべきであると思量する。本件国際特許出願と同時期に依頼を受け,本件国際特許出願と同様の事実誤認が生じていた別案件の出願については,同月14日の時点でJの期限管理システムを用いたチェックにより国内書面が提出されていないことが把握され,その当日に提出できたという事実も,相応の措置が講じられていたことを裏付けている。
本件国際特許出願は,たまたま,担当弁理士が予想外の業務の集中等によって心身ともに極度に疲労し, 「業務の進め方」のJの最終チェックができなかった結果,Fで生じた事実誤認が見落とされてしまったケースである。
常態的に多忙であった上に至急かつ重要な案件が重なり,平常時の精神・身体状態を失って混乱状態になった結果,平常時には実施できていた期限管理システムへのアクセスをすることができなかったという特殊な事情が認められる。
g 1名の弁理士が全ての案件について代理人としての責任を負う担当弁理士の事務所のような小規模事務所では,最終チェックできる弁理士が1名しか存在しないため責任を分散させることは不可能である。
後から俯瞰すれば,担当弁理士に不測の事態が起き得ることを想定して,担当弁理士がチェックできなかった場合に備えた更なるチェック(トリプルチェック)を するシステムを構築する必要があったといえるかもしれず,担当弁理士の事務所においても,そのようなシステムを構築すべく,本件国際特許出願の担当技術者である補助者(弁理士)を平成30年4月から採用し,担当弁理士の業務の一部を徐々に当該弁理士に負担してもらうことで担当弁理士の業務負担を減らして不測の事態が生ずる危険を低減しつつあったところ,当該弁理士に対する指導・教育等のために担当弁理士の業務負担が一時的に更に増大し,長時間労働の要因の一つにもなっていた。すなわち,担当弁理士の事務所において,期間徒過を防止する従来のシステム(「業務の進め方」)に漫然と従っていたのではなく,システムの更なる改善を目指して努力している途上で今回の事象が発生してしまったのである。
イ 「業務の進め方」の記載 (ア) 「業務の進め方」には,担当弁理士の事務所において,外国依頼人から国内移行手続の依頼を受けた場合の業務の流れが,別紙のとおり,@からJまでの丸数字を付した項目で記載されている(ただし,丸数字に重複があり,項目数は実際には13である。)。
(イ) 「業務の進め方」に記載された13の項目のうち,国内書面の提出期間や期限管理システムに直接に関連する項目は,担当弁理士において国内移行期限を確認する旨を含むBのほか,事務担当補助者が国内移行期限を期限管理システムに入力する旨を含むE,事務担当補助者が国内書面提出日を期限管理システムに入力する旨を含むG及び担当弁理士が期限管理システムを用いた確認をすることを含むJのみであり,担当技術者が提出期限の管理に関わるべきことは,「業務の進め方」に明記されていない。」 (2) 原判決16頁5行目の「(2)」を「(3)」に,同頁6行目の「技術担当補助者について」を「本件期間徒過の原因について」に,同頁7行目の「本件期限徒過は」を「本件期間徒過は,直接的には」に,同頁8行目の「担当弁理士事務所」を「担当弁理士の事務所」にそれぞれ改め,同頁18行目冒頭から24行目末尾までを次のとおり改める。
「 この点,前記前提事実(1)イ並びに甲5及び弁論の全趣旨によると,本件期間経過に至る経緯は,前記(2)ア(ア)のように本件回復理由書に記載されたとおりであったこと,担当弁理士の事務所の人的体制は,同(イ)aのように本件回復理由書に記載されたとおりであったこと,同事務所においては,同(イ)bのように本件回復理由書に記載されたとおり,「業務の進め方」に記載された手順に従って外国語でされた国際特許出願の国内移行手続が実施されていたことが認められる。
その上で,「業務の進め方」のCによると,技術担当補助者に特定の案件を担当させる場合には,選定した技術担当補助者(担当技術者)に対してその旨の指示がされるべきものである一方,担当弁理士が自ら担当技術者となる場合もある。そして,同Dによると,担当技術者が事務担当補助者に対し,国内書面の作成を指示するべきものである。したがって,「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れにおいては,特定の案件に係る担当技術者と事務担当補助者に対して国内書面の作成を指示する者は,同一人であることが想定されているといえる。
そのことと,担当技術者が提出期限の管理に関わるべきことが「業務の進め方」に明記されていないことも併せ考慮すると,担当弁理士の事務所の通常の業務の流れにおける国内書面提出期間の遵守は,期限管理システムに国内移行期限を入力するなど一定の範囲で国内書面の提出期限に係る事務を担当する事務担当補助者と,担当弁理士により選定され自ら事務担当補助者に国内書面の作成を指示し,その後の国内書面の内容の確認や提出に係る業務を担当する担当技術者の間の連携に加え,担当弁理士による期限管理システムを用いた期限管理によって行われていたものとみるのが相当であり,そのような仕組みにおいては,具体的にだれが担当技術者であるのか,すなわち,担当技術者が行うべきとされる上記のような職務を担当する者がだれであるかが明確であることは,不可欠の要素の一つであったというべきである。
しかるに,本件案件について,担当弁理士は,自ら事務担当補助者に国内書面の作成を指示した(これは,「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れを前提 とすると,担当弁理士が自ら担当技術者となる場合の流れに当たるものであったと解される。)一方で,本件技術担当補助者に対し,本件案件を担当するよう指示したというのであり,そのような担当弁理士の指示の方法が,「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れから逸脱したものであったことは明らかであって,それが,本件案件における担当技術者としての責任の所在を不明確なものとし,本件技術担当補助者の誤認につながったことは,容易に推測されるところである。
上記に関し,本件全証拠に照らしても,控訴人が主張する担当弁理士から本件技術担当補助者への指示の方法や具体的内容は必ずしも明らかでなく,上記のような推測を妨げる事情は認められない。なお,平成30年12月27日付け却下理由通知書(甲6)において,「通常時と異なる手続を経るのであれば,担当弁理士において,補助者(事務担当)及び補助者(技術担当)にその旨を確実に伝達している必要があり,これを怠っている場合は,補助者に対して的確な指導及び指示を行っていたとは認められません。」との指摘がされたことに対し,控訴人は,平成31年3月8日に提出した弁明書(甲7)において,「担当弁理士による本件の国内書面作成の指示は,補助者(事務担当)及び補助者(技術担当)を前にして,補助者(事務担当)に対してなされたと記憶しています。従って,補助者(事務担当)が国内書面を作成することを補助者(技術担当)も理解していたと確信しています。」との反論をしていたにとどまり,担当弁理士から本件技術担当補助者や事務担当補助者に対し,本件案件の処理の流れが「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れと異なることを具体的に説明したこと等を何ら説明していなかったところである。また,前記のように本件回復理由書に記載のとおり認定した本件期間徒過に至る経緯からすると,本件技術担当補助者は,担当弁理士から本件案件及び別案件を担当するよう指示された当日に,事務担当補助者から渡された本件案件及び別案件に係る国内書面の印刷物の双方について,既に提出されたものであると誤認したというのであって,このことは,一定の範囲で,担当弁理士から本件技術担当補助者への指示の方法や内容が明確でなかったことを窺わせるもので,上記推測に沿う事 情であるとみることができる。
もっとも,他方で,上記のとおり,事務担当補助者においては,担当弁理士ではなく本件技術担当補助者に本件案件及び別案件に係る国内書面の印刷物を渡したところであり,「業務の進め方」のE及びFにおいては,担当技術者が事務担当補助者から国内書面を印刷したものを受け取り,内容を確認するなどした上で,これを自ら又は事務担当補助者に指示して特許庁に提出するものとされているから,そのような通常の業務の流れからすると,上記印刷物を受け取ったにもかかわらず,事務担当補助者や担当弁理士に対して本件案件の進捗状況等について特段確認をするなどすることなく,上記印刷物が既に特許庁に提出済みのものであると誤認した点において,本件技術担当補助者の落ち度は大きかったものというべきである。
以上を踏まえると,本件期間徒過の直接の原因となった本件技術担当補助者の誤認には,前記のような担当弁理士の指示の方法が無視できない影響を与えたものとみるのが相当であり,当該誤認について,専ら本件技術担当補助者の単独の人為的過誤であると評価することは相当でないというべき一方で,前記のような担当弁理士の指示の方法等を考慮しても,担当弁理士において,本件技術担当補助者の当該誤認を予測することが可能であったとまではいい難いところがある。このことを踏まえて,次に,担当弁理士の観点から,相応な注意が尽くされていたか否かを検討する。」 (3) 原判決17頁4行目冒頭から17行目末尾までを次のとおり改める。
「 しかし,本件案件についての担当弁理士の本件技術担当補助者に対する指示の方法に問題があり,それが本件技術担当補助者の誤認に無視できない影響を与えたものとみるのが相当であることは,既に指摘したとおりである。そして,本件技術担当補助者は,平成30年4月に担当弁理士の事務所に採用され,本件案件について指示を受けた当時,同事務所における勤務経験は,いまだ2か月程度にすぎなかったものと認められる(甲5,弁論の全趣旨)。それらを踏まえると,担当弁理士においては,本件技術担当補助者に対し,本件案件に係る業務の流れについて, 「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れとは異なり,事務担当補助者に対しては担当弁理士が国内書面の作成を指示したものの,担当弁理士が担当技術者となるものではなく,事務担当補助者が国内書面を作成した後の特許庁へのその提出等については,本件技術担当補助者が担当技術者として,通常の業務の流れに従って,責任をもって行うべきこと等を明確に伝達する必要があったというべきである。
しかるに,本件全証拠をもってしても,担当弁理士がそのような伝達をしたものとは認められない。
そうすると,本件事象@に関し,担当弁理士において,相応な注意を尽くしていたということはできない。」 (4) 原判決17頁18行目の「期限管理システムの」を「期限管理システムを用いた」に,同頁19行目の「前記前提事実(1)ア及びイのとおり」を「前記前提事実(1)ア及びイ並びに前記のように本件回復理由書に記載のとおり認定した本件期間経過に至る経緯によると」に,同頁22行目の「期限管理システムを確認」を「期限管理システムを用いた確認を」にそれぞれ改め,同行目の「本件」を削除し,18頁6行目の「これらの症状により」を「また,その頃に」に,同頁7行目の「まして」から10行目末尾までを「平成30年6月8日から同月13日までの間,担当弁理士が期限管理システムにアクセスすることができないような心身の状態にあったと認めるに足りる証拠はない。」にそれぞれ改める。
(5) 原判決18頁18行目の「代理人」から19行目の「行うことは」までを「代理人に委任している場合においては,出願人が自己の活動範囲の拡張のために自らの選択に沿う代理人を利用する一方で,代理人は,知的財産に関する専門家として,書面の作成・提出や期限の管理等の事務を包括的に受任しているものであって,そのように代理人として出願がされた国以外の国における国内移行手続において当該国の専門家が用いられ得ることは属地主義をとる特許法分野において当然に想定されているというべきことからすると,相当な注意が尽くされたか否かの判断に当たり,代理人に係る事情が考慮されるべきことは」に,同頁23〜24行目の「講じ ていなかったところ,当該弁理士」を「講じたといった事情は認められない事案において,担当弁理士」にそれぞれ改める。
(6) 原判決19頁4行目の「(3) 原告の主張について」を「(4) 原告のその余の主張について」に,同頁7行目の「本件ガイドラインは」から9行目末尾までを「法184条の4第4項にいう「正当な理由」が認められないことは既に判断したとおりであって,本件ガイドラインが違法無効であるか否かについて判断するまでもなく,上記主張は,上記判断を左右するものとはいえない。」に,同頁15行目の「同法」を「法」にそれぞれ改め,同頁16行目の「原告は」を削除し,同頁19行目の「そうすると」を「それにもかかわらず」に,同頁20行目の「いうことはできない」を「いうべき事情は見当たらない」に,20頁2行目の「(4)」を「(5)」にそれぞれ改める。
(7) 原判決20頁10行目冒頭から17行目末尾までを次のとおり改める。
「 しかし,本件裁決(甲25)には,その別紙として添付された審理員意見書の第3を引用する形で理由が記載され,同第3においては,「正当な理由」の有無等についての具体的な判断が記載されていることが認められるところであり,本件裁決について理由付記の不備という固有の違法事由があるとは認められない。」 (8) 原判決20頁19行目の「前記(1)にいう」を「前記(1)について控訴人が主張する理由付記不備の違法に係る」に,同頁21〜22行目の「本件裁決の取消事由とならないことは」を「認められないことは」にそれぞれ改め,同頁24行目末尾の次に改行して,次のとおり加える。
「 控訴人が主張するその他の点は,本件処分の違法事由についていうものにすぎず,本件裁決の固有の違法事由に当たらない。」 2 争点1に関する控訴人の当審における補充主張に対する判断 (1) 「正当な理由」について ア 本件技術担当補助者の人為的ミスである旨の主張について (ア) 控訴人は,本件技術担当補助者は特許庁における7年以上の職歴を有する弁 理士であり,担当弁理士においては,本件案件について相当な注意を払って本件技術担当補助者を選任したものである旨を主張するが,一般的に,本件技術担当補助者が特許庁において担当していた業務と,その後担当弁理士の事務所において担当するに至った業務とを同視することはできないものであるところ,本件全証拠によっても,これらを同視することができる事情を認めることはできない。補正して引用した原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」(以下,単に「原判決の第4」という。)の1(3)イ(ア)で認定したとおり,本件技術担当補助者は,平成30年4月に担当弁理士の事務所に採用され,本件案件について指示を受けた当時,同事務所における勤務経験は2か月程度にすぎなかったものであって,そもそも「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れについてすら,必ずしも習熟していたといえるか疑問が残るところである。
上記に関し,同じく原判決の第4の1(2)で指摘した本件回復理由書の記載によると,本件期間徒過に至った当時,本件技術担当補助者に対する指導・教育等のために担当弁理士の業務負担は一時的に更に増大していたなどというのであるが,そのことは,本件技術担当補助者の特許庁における経験や弁理士という資格をもって,直ちに担当弁理士の事務所における技術担当補助者としての業務の遂行能力を評価することができないことを裏付けているといえる。なお,控訴人が提出する世界知的所有権機関のPCT受理官庁ガイドライン(甲35)の166Mの(f)においても,出願人又は代理人が説明すべき事情の一つとして,当該補助者が「その特定の業務」を任されていた年数が指摘されているところである。
したがって,控訴人の上記主張は,本件期間徒過について正当な理由が認められないとの前記認定判断を左右するものではない。
(イ) 控訴人は,本件技術担当補助者の誤認や思い込みは,担当弁理士の想定外の人為的ミスというほかない旨を主張するが,本件期間徒過の原因について,専ら本件技術担当補助者の単独の人為的過誤であると評価することが相当でないことは,補正して引用した原判決の第4の1(3)アで説示したとおりである。
(ウ) 控訴人は,補助者の選任について相当な注意を払っていた以上,担当弁理士においては,補助者を信頼することが許されるという旨を主張するが,補正して引用した原判決の第4の1(3)アで説示したとおり,本件期間徒過に関しては,担当弁理士の指示の方法が本件技術担当補助者の誤認に無視できない影響を与えたものとみるのが相当であって,そのことや,前記(ア)で指摘した点を考慮すると,控訴人の上記主張は,その前提を欠くものというべきである。
(エ) 控訴人は,来客対応や外出等が重なれば,担当弁理士において,期限管理システムにアクセスする余裕がないことが生じ得ることや,補助者への指示が万事円滑に行われているという認識の下において担当弁理士に期限管理システムにアクセスする義務があるとはいえない旨を主張するが,前者の点は,何ら正当な理由を基礎付ける事情に当たらず,後者の点は,前記(ウ)で説示したところからして,本件期間徒過についてはその前提を欠くものというべきである。
(オ) その他の控訴人の主張する点も,本件期間徒過について正当な理由が認められないとの前記認定判断を左右するものではない。
以上に関し,本件技術担当補助者の誤認についての主張からすると,控訴人は,要するに,弁理士であって国内書面の提出期限の重要性を認識していた本件技術担当補助者においては,少なくとも事務担当補助者から国内書面の印刷物を渡された以上,担当弁理士が直接に事務担当補助者に国内書面の作成を指示したといった事情にかかわらず,自らの経験も踏まえ,国内書面提出期間の徒過に至らないよう対応すべきであったものであり,そのような対応をしなかった本件技術担当補助者に本件期間徒過のほぼ全面的な責任があるとの捉え方を前提として,担当弁理士には正当な理由があったことを主張するものとみられるが,本件技術担当補助者に対するそのような要求ないし期待は,「業務の進め方」に記載された通常の業務の流れにおける技術担当補助者の責任の範囲すらも一定程度超えるものとみ得るものであり,ましてや,担当弁理士が通常の業務の流れから逸脱した形で指示を行った本件において,担当弁理士が相当な注意を尽くしていたことを基礎付ける事情とは到底 なり得ないものである。
イ 適応障害の主張について 本件期間徒過に至った当時,担当弁理士において,期限管理システムにアクセスすることができないような心身の状態にあったと認められないことは,補正して引用した原判決の第4の1(3)イ(イ)で説示したとおりである。
本件案件に関し,担当弁理士が期限管理システムにアクセスして提出期限の遵守について確認をしなかった原因が,単なる多忙等を原因とした失念や過失ではなく,控訴人の主張するような適応障害によるものであったことについては,控訴人が立証責任を負うところ,本件全証拠をもってしても,そのような事実を認めるに足りない(なお,前記ア(エ)のように,控訴人は,担当弁理士において繁忙のために期限管理システムにアクセスする余裕がないことが生じ得ること自体は,自認するものといえる。)。
この点,補正して引用した原判決の第4の1(2)で指摘した本件回復理由書の記載からは,本件期間徒過に至った当時,担当弁理士において,期限管理システムにアクセスできなかった主たる要因は,平成30年6月8日に急に来訪したクライアントから新たに依頼された他の案件の処理に追われていたこと(至急案件の依頼による多忙)にあったことが窺われる。また,本件全証拠をもってしても,当時,多数の案件を抱えていたという担当弁理士が担当していた他の案件の処理について何らかの問題が生じたといった事情は窺われず,多数の案件のうち本件案件についてのみ,担当弁理士において適応障害により本件期間徒過の正当な理由となり得るような心身の状態の悪化の影響が生じたということは,容易に考え難い。
これに対し,平成31年3月27日に提出された控訴人の上申書(甲8)に,平成30年3月11日に担当弁理士が受診したクリニックの医師から,担当弁理士が当時受けていたストレス状況を考慮すると適応障害を発症していた可能性が高いとの言葉があった旨の記載があることや,令和元年10月25日付け審査請求書(甲12)に添付の同月11日付け医師の診断書(甲12の証拠3)及び同月8日付の 臨床心理士作成の書面(同証拠4)のほか,控訴人が主張する当時の担当弁理士の多忙な状態や適応障害の特質等を最大限に考慮しても,本件期間徒過に至った当時,担当弁理士において,適応障害を発症し得るような多忙な状況にあったということを超えて,適応障害を現に発症していたということや,担当弁理士において期限管理システムを用いた確認をしなかった原因が適応障害によるものであったことを認めるに足りる証拠はないというほかない。
ウ 控訴人が外国の出願人であることについて 控訴人は,出願人である控訴人においては,米国の法律事務所から依頼のレターを送り,担当弁理士から受任する旨の返答を受けることを確認したことをもって,本件案件についての管理は尽くされているというべきで,担当弁理士の事務所における本件案件に係る手続の状況を管理監督すること等は不可能である旨を主張するが,補正して引用した原判決の第4の1(3)ウで説示したところに照らし,代理人に本件案件に係る手続を委任した控訴人においては,一定の範囲で代理人及びその補助者に係る事情についても「正当な理由」の判断事情となることを甘受すべきものである。
なお,上記に関し,控訴人は,日本における権利の回復の要件が厳しいことから日本の出願業務を管理監督するスタッフが要求されるのは不合理である旨を主張するが,「正当な理由」の有無について既に認定説示したところからすると,本件期間徒過については,特許法条約12条の「相応の注意(Due Care)」の趣旨からしても,権利の回復が認められるべきものとは解されないところであって,控訴人の上記主張はその前提を欠くものである。
エ 不意打ちについて 控訴人は,特許庁の担当官の応答により担当弁理士が誤導された旨を主張するが,控訴人が提出する電話メモ(甲42)には,控訴人が上記主張において指摘する「追加説明が許可されたということは,これまでに提出した書面による主張・立証では回復は認められないということか?」,「そうではない。」というやり取りに続け て,特許庁の担当官の発言として,「本件は未だ検討中で結論は出ていない。弁明書で追加説明が求められていたので,特例として機会を設けるということである。」という発言があったことが明記されているのであって,特許庁の担当官の応答により誤導された旨の控訴人の上記主張が採用できないことは明らかである。
(2) 特許法条約違反との主張について 控訴人は,本件処分が特許法条約に反するものであると主張するが,前記(1)ウで触れたとおり,本件期間徒過については,特許法条約12条の「相応の注意(DueCare)」の趣旨からしても,権利の回復が認められるべきものとは解されないところである。
上記に関し,控訴人が提出する欧州特許庁審判部の審決(甲46〜49)は,既に認定説示したとおり代理人である担当弁理士から補助者である本件技術担当補助者に対しての指示に問題が認められる本件において,参考とされるべき例であるとはみられない。他の審決(甲50)についても,担当弁理士の突然の病気により本件期間徒過に至ったと認められない本件とは関連しない。また,世界知的所有権機関の資料(甲51)についても,担当弁理士から補助者に対しての指示に問題が認められる本件において,正当な理由を認めるべき方向で斟酌すべき事情を示すものとは解されない。
その余の点に係るものを含め,控訴人の主張は,正当な理由がないとの本件処分における判断が特許法条約12条の「相応の注意(Due Care)」の趣旨に照らして厳格にすぎることを前提とするものであるというべきところ,既に認定説示したところからして,本件処分が国際的な基準よりも厳格な基準に依拠したことを原因として本件期間徒過について正当な理由がないとの判断がされたということはできず,控訴人の上記主張は,その前提を欠くものである。
結論
よって,控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 中島朋宏
裁判官 勝又来未子