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事件 平成 28年 (ネ) 10074号 特許権侵害差止等請求控訴事件
平成 28年 (ネ) 10081号 同附帯控訴事件

控訴人・被控訴人・附帯被控訴人 日亜化学工業株式会社 (以下「一審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 古城春実 宮原正志 牧野知彦 加治梓子
同訴訟代理人弁理士 鮫島睦 山尾憲人 田村啓 玄番佐奈恵
控訴人・被控訴人 E&EJapan株式会社 (以下「一審被告E&E」という。)
同訴訟代理人弁護士 伊藤真 平井佑希 附帯控訴人・被控訴人 株式会社立花エレテック (以下「一審被告立花」といい,一審被告 E&Eと併せて「一審被告ら」という。)
同訴訟代理人弁護士 井上裕史 田上洋平
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/10/05
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1? 一審被告E&Eの控訴及び一審被告立花の附帯控訴に基づき,原判決のうち一審被告らの敗訴部分をいずれも取り消す。
? 上記の部分につき一審原告の請求をいずれも棄却する。
2 一審原告の控訴を棄却する。
3 訴訟費用については,第一,二審を通じ,一審原告に生じた費用の4分の1と一審被告立花に生じた費用の2分の1を一審被告立花の負担とし,一審原告に生じた費用の4分の1と一審被告E&Eに生じた費用の2分の1を一審被告E&Eの負担とし,その余を一審原告の負担とする。
事実及び理由
控訴及び附帯控訴の趣旨
1 一審原告の控訴の趣旨 ? 原判決を次のとおり変更する。
? 一審被告E&Eは,原判決別紙物件目録記載の製品を譲渡し,輸入し,又は譲渡の申出をしてはならない。
? 一審被告立花は,原判決別紙物件目録記載の製品を譲渡し,又は譲渡の申出をしてはならない。
? 一審被告らは,その占有にかかる上記?及び?記載の製品を廃棄せよ。
? 一審被告E&Eは,一審原告に対し,110万5000円及びこれに対する平成26年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,第6項の金員の限度で一審被告立花と連帯して)を支払え。
? 一審被告立花は,一審原告に対し,一審被告E&Eと連帯して,103万5000円及びこれに対する平成26年4月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 一審被告E&Eの控訴の趣旨 ? 原判決のうち一審被告E&Eの敗訴部分を取り消す。
? 上記の部分につき一審原告の請求をいずれも棄却する。
3 一審被告立花の附帯控訴の趣旨 ? 原判決のうち一審被告立花の敗訴部分を取り消す。
? 上記の部分につき一審原告の請求をいずれも棄却する。
事案の概要
1 事案の要旨 一審原告は,発明の名称を「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」とする特許第3972943号に係る特許権(以下「本件特許権1」といい,その特許を「本件特許1」という。また,その願書に添付した明細書〔訂正審判事件(訂正2014-390187)の平成27年1月21日付け審決(同月29日確定)により訂正されたもの。原判決別紙2(訂正明細書)参照〕及び図面〔原判決別紙4(特許第3972943号公報)参照〕を併せて「本件明細書1」という。)及び発明の名称を「窒化物半導体素子」とする特許第3786114号に係る特許権(以下「本件特許権2」といい,その特許を「本件特許2」という。また,その願書に添付した明細書〔訂正審判事件(訂正2015-390089)の平成27年9月24日付け審決(同年10月2日確定)により訂正されたもの。原判決別紙5(訂正明細書)参照〕及び図面〔原判決別紙7(特許第3786114号公報)参照〕を併せて「本件明細書2」という。)の特許権者である。
本件は,一審原告が,原判決別紙1物件目録記載の青色LED(以下「一審被告LED」という。)に搭載されている窒化物半導体素子(以下「一審被告製品」という。)が,本件特許1の願書に添付した特許請求の範囲の請求項2記載の発明(訂正審判事件〔訂正2014-390187〕の平成27年1月21日付け審決〔同月29日確定〕により訂正されたもの。原判決別紙3〔特許請求の範囲〕参照。以下「本件発明1」といい,本件特許1のうち本件発明1に係る特許を「本件発明1についての特許」ということがある。 及び本件特許2の願書に添付した特許請求の範 )囲の請求項1記載の発明(訂正審判事件〔訂正2015-390089〕の平成27年9月24日付け審決〔同年10月2日確定〕により訂正されたもの。原判決別紙6〔訂正特許請求の範囲〕参照。以下「本件発明2」といい,本件特許2のうち本件発明2に係る特許を「本件発明2についての特許」ということがある。)の各技術的範囲に属するから,一審被告E&Eが一審被告LEDを譲渡し,輸入し又は譲渡の申出をする行為及び一審被告立花が一審被告LEDを譲渡し又は譲渡の申出をする行為(以下「譲渡等」ということがある。)は,いずれも本件特許権1及び同2を侵害する行為であると主張して,一審被告らに対し,次のとおりの請求をする事案である。
@ 本件特許権2の侵害を理由として,特許法100条1項に基づき,一審被告E&Eに対しては一審被告LEDの譲渡,輸入及び譲渡の申出の差止めを,一審被告立花に対しては一審被告LEDの譲渡及び譲渡の申出の差止め A 本件特許権2の侵害を理由として,同条2項に基づき,一審被告らそれぞれに対し,その占有に係る一審被告LEDの廃棄 B 本件特許権1及び同2の侵害を理由として,不法行為による損害賠償請求として(不法行為の対象期間は,平成19年6月22日から平成26年4月10日まで),一審被告らに対し,損害賠償金(弁護士費用)100万円(内訳は,一審被告E&Eによる本件特許権1の侵害につき25万円,一審被告E&Eによる本件特許権2の侵害につき25万円,一審被告立花による本件特許権1の侵害につき25万 円,一審被告立花による本件特許権2の侵害につき25万円)及びこれに対する平成26年4月23日(各一審被告への訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払 C 本件特許権1及び同2の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求又は本件発明1及び同2を実施したことによる不当利得返還請求(本件特許権1に基づく請求と同2に基づく請求は,選択的併合の関係にある。また,不法行為による損害賠償請求と不当利得返還請求は,選択的併合の関係にある。)として(不法行為又は不当利得の対象期間は,平成19年6月22日から平成26年4月10日までである。,一審被告E&Eに対しては損害賠償金(利益額若しくは実施料相当額)又 )は不当利得金(実施料相当額)10万5000円及びこれに対する平成26年4月23日(同一審被告への訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,一審被告立花に対しては損害賠償金(利益額若しくは実施料相当額)又は不当利得金(実施料相当額)3万5000円及びこれに対する平成26年4月23日(同一審被告への訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(なお,一審原告は,一審被告E&Eに対する請求と,一審被告立花に対する請求について,請求額が重複する限りにおいて一審被告らの連帯支払を求めている。) 原判決は,一審被告製品は,本件発明1の技術的範囲に属するが,本件発明2の技術的範囲に属さないと判断した。そして,原判決は,上記@及びAの各請求を棄却し,上記B及びCの各請求については,一審被告らの損害賠償債務は不真正連帯の関係にはないとした上で,一審被告E&Eについて,損害賠償金(利益額)10万5000円及び損害賠償金(弁護士費用)15万円の合計25万5000円及びその遅延損害金,一審被告立花について,損害賠償金(利益額)2000円及び損害賠償金(弁護士費用)15万円の合計15万2000円及びその遅延損害金の限度で請求を認容した。
これに対し,一審原告及び一審被告E&Eは,その敗訴部分を不服として控訴を 提起し,一審被告立花は,その敗訴部分を不服として附帯控訴を提起した。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実) 前提事実は,以下のとおり補正するほかは,原判決の第2の2に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決5頁18〜19行目の「本件口頭弁論終結時において,」を削る。
3 争点 本件の争点は,原判決の第2の3に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 争点に関する当事者の主張 争点に関する当事者の主張は,以下のとおり当審における補充主張を加えるほかは,原判決の第2の4に記載のとおりであるから,これを引用する。
? 争点1(一審被告製品は本件発明1の技術的範囲に属するか)について(一審被告らの主張) ア 一審被告製品における層[61-2]中の,層[61-3]との界面付近(原判決別紙11)には,Siスパイクが存在するが,半導体層にどのようにドーパント(Si)が取り込まれるかにより,ドーパントとキャリア(n型であれば自由電子)の関係は異なる。甲9の図4には,Gaの供給源のガス(TMGa)の流量を変化させることなく,Siの供給源のガス(SiH4)の流量を変化させた場合に,Si濃度とキャリア濃度とが比例関係にあることが示されているが,一審被告製品のSiスパイクは,SiH4の流量を変化させることなく,Ga源であるTMGaの流量を変化させることにより生じたものである。このように,一審被告製品のSiスパイクは,結晶成長条件が全く異なるので,一審被告製品のSiスパイクに相当する領域が構成要件1Bの「電子キャリア濃度が大きい第二のn型層」ということはできない。
イ 本件発明1における「第二のn型層」は,これがあることにより,他の発光素子と比べて,@均一な面発光が得られ,A発光出力が向上し,BVf(順方 向電圧)が「明らかに」低下するという効果を奏するものでなくてはならない。
GaN系半導体発光素子においては,n型層の抵抗率よりもp型層の抵抗率の方がはるかに大きいため,電流狭窄に対するn型層の影響は小さい。このため,本件発明1が効果を奏するためには,第一のn型層のキャリア濃度に比べて第二のn型層のキャリア濃度が十分に(少なくとも20倍程度)高くなければならないが,一審被告製品では,Siスパイクとそれ以外の領域の濃度差はわずか3倍程度にすぎない。
また,GaN系半導体発光素子においては,第一のn型層自体が高いSi濃度を有する場合には,第二のn型層を設けることなく,均一な面発光が得られる。一審被告製品のn型層のキャリアは,約2×1018/cm3と十分に高いのであるから,第二のn型層を設けなくても均一な面発光が得られる(乙2の7頁)。
さらに,乙1の図19は,6.24×10 18/cm3のn型層のベースライン部分に対して,@Siスパイクなし,A2.10×10 19/cm3のSiスパイク,B5.40×1019/cm3のSiスパイクを設けた,3種類の発光素子を用いて,発光出力の向上に与える影響を計測したものであるが,その結果,一審被告製品と同程度のSi濃度のSiスパイク(上記A)を設けても発光出力の向上は見られず,より高濃度のSiスパイクを設けた場合(上記B)にはかえって発光出力が低下するという結果が得られた。この計測結果は,一審被告製品にSiスパイクがあったとしても発光出力が向上するものではないことを示している。
加えて,乙1の図18は,上記@〜Bの発光素子においてVf値に有意な差があるかどうかを計測したものであるが,その結果,有意な差は認められなかった。一審原告がSiスパイクを設けた場合にVf値に有意な差が見られる根拠として挙げる甲11は,最もVf値の差が大きいもので0.064Vであるが,乙22によると,同じロットの素子でも測定点の違いにより平均値で0.76Vのばらつきが生じており,乙21によると,青色の砲弾型LED素子製品のVf値は,平均値と最大値で0.3〜0.35ものばらつきがあるから,甲11をもって,一審被告製品 において「Vf値の明らかな低下」が認められるということはできない。
以上によると,一審被告製品のSiスパイクは,本件発明1の作用効果を奏しないのであるから,構成要件1Bの「第二のn型層」には該当しない。
(一審原告の主張) ア 一審被告製品は,原判決別紙8のn型層(61)中に,高Si濃度領域を有するところ,甲9には,GaN中に取り込まれるSiがSiH 4の流量に比例することと,Si濃度に比例して室温での自由電子濃度が増加することが記載され,Si濃度を変化させる方法いかんにかかわらず,キャリア濃度がSi濃度に比例して増大することが示されている。したがって,n型層(61)中の高Si濃度領域に相当するn型層(B)は,構成要件1Bの「第一のn型層よりも電子キャリア濃度が大きい第二のn型層」に当たる。
イ 一審被告らは,本件発明1が効果を奏するためには,第一のn型層のキャリア濃度に比べて第二のn型層のキャリア濃度が十分に高くなければならないと主張する。しかし,甲11,22の実験において,第二のn型層のキャリア濃度が第一のn型層のキャリア濃度の3倍程度であってもVfの低下が生じていること,第二のn型層のキャリア濃度が高くなるほど順方向電圧Vfが低くなることが示されているのであるから,本件発明1は,第一のn型層と第二のn型層のキャリア濃度の大小の程度を問わず,その効果が生ずるものである。
一審被告らは,一審被告製品と同程度のSi濃度のSiスパイクを設けても発光出力の向上は見られないと主張する。しかし,LEDとしての発光出力の高低は,電流の広がりの均一化のみならず様々な要素の組合せによって決まることから,抵抗の低下や電流の広がりといった作用効果が,測定された出力結果に直ちに反映されない場合もあり得ることを考慮すると,本件発明1の効果は,抵抗の低減と直結した関係にあるVfの値の低下によって確認するのが相当である。
一審被告らは,LEDチップについて,同じロットの素子で比較しても測定点の違いにより,Vfのばらつきが大きいので,甲11は「Vfの明らかな低下」を示 すものではないと主張する。しかし,甲11は,高Si濃度領域を設けたロットと設けていないロットの各ロットにおけるウェハ上の近い場所(ウェハ上の同じような場所,すなわちVfのばらつきが小さい場所)を選んで80点もの箇所を測定したものであり,測定手法として適切である。
? 争点2(本件発明1についての特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について ア 争点2-1(乙6を主引例とする進歩性欠如)及び2-2(乙13を主引例とする進歩性欠如)について(一審被告らの主張) 主引例である乙13の図1には,電極の設置された露出表面より基板側にn型層が位置していることが示されているのであるから,これに各副引例(乙7〜12,27)に開示された層構造(上に低キャリア濃度層,下に高キャリア濃度層の二層構造)を適用すれば,本件発明1の構成に至る。そして,露出表面の配置は,n型層をどの程度エッチングするかにより変化し得るものであるが,この点は乙13の各図に様々なエッチング態様のn型層が開示されているとおり,当業者において適宜決定し得る設計事項にすぎない。
相違点13-1,13-2は,相違点6-1,6-2と実質的に異なる点はないので,乙6を主引例とする場合も同様である。
(一審原告の主張) サファイア等の絶縁基板を用いるGaN系発光素子の場合,露出表面を形成するn型コンタクト層は,エッチング深さのばらつきを考慮して他のn型層よりも厚膜に形成するとともに,電極の接触抵抗を下げ,電極から注入された電流が水平に広がりやすいようにキャリア濃度を他のn型層よりも高く設定する必要がある。乙7〜12において,高キャリア濃度層に電極形成用の露出表面が形成されているのは,このような理由によるものであるから,乙13に,乙7〜12の二層構造を適用した場合は,高キャリア濃度層に負電極用の露出表面を形成するのが通常である。乙 13におけるn型層を,乙7〜12における高キャリア濃度層と低キャリア濃度層で置換したとしても,当業者であれば乙7〜12と同様に高キャリア濃度層に電極形成用の露出表面を形成するのが当然であり,あえて低キャリア濃度層に電極形成用の露出表面を形成する動機付けはない。低キャリア濃度層に電極を形成すると,電極とn型層との接触抵抗が高くなり,電流が水平方向に広がりにくくなることは明らかであるから,そのような構成にはむしろ阻害要因がある。
イ 争点2-3(サポート要件違反)について(一審被告らの主張) 前記のとおり,本件発明1は,第一のn型層のキャリア濃度が十分に低く,第一のn型層と第二のn型層のキャリア濃度の差が十分に大きい場合に限り,作用効果を奏するが,本件発明1の特許請求の範囲は,第一のn型層のキャリア濃度よりも第二のn型層のキャリア濃度が高いとしか規定しておらず,本件発明1の作用効果を奏し得ないような態様まで含んでおり,特許請求の範囲が本件明細書1でサポートされている範囲を超えているので,サポート要件に反するものであって無効である。
(一審原告の主張) 一審被告らの主張は,本件発明1の効果を奏し得るのは,第一のn型層のキャリア濃度が十分に低く,かつ,第一のn型層と第二のn型層のキャリア濃度の差が十分に大きい場合に限られることを前提としているが,前記のとおり,そのような理解は誤りである。
ウ 争点2-4(実施可能要件違反)について(一審被告らの主張) 本件発明1の技術的範囲に,第一のn型層のキャリア濃度が十分に高いものや,,第二のn型層のキャリア濃度が第一のn型層のキャリア濃度よりもわずかに高いものも含まれるとすると,なぜそのような場合にも電流狭窄の問題が生じ,本件発明1により課題を解決し得るかを当業者は理解することができない。
(一審原告の主張) 一審被告らの主張は,本件発明1の効果を奏し得るのは,第一のn型層のキャリア濃度が十分に低く,かつ,第一のn型層と第二のn型層のキャリア濃度の差が十分に大きい場合に限られることを前提としているが,前記のとおり,そのような理解は誤りである。
? 争点3(一審被告製品は本件発明2の技術的範囲に属するか)について ア 争点3-2(一審被告製品は構成要件2Dを充足するか)(一審原告の主張) 本件発明2において「Inを含む窒化物半導体からなる井戸層」とはキャリアの発光再結合による発光を可能とするInを含む窒化物半導体層であるところ,一審被告製品においては,最もバンドギャップが狭くInを含む窒化物半導体層である層(4)〜(38)(偶数層)が本件発明2の井戸層に該当する。また,本件発明2において「窒化物半導体からなる障壁層」とは,「Inを含む窒化物半導体からなる井戸層」よりも広いバンドギャップを有し,「Inを含む窒化物半導体からなる井戸層」を挟み込む層であるところ,一審被告製品においては,層(3)〜(39)(奇数層)が,層(4)〜(38)(偶数層)を挟み込み,かつそれらよりもバンドギャップの大きいGaN層であることから,本件発明2の「窒化物半導体からなる障壁層」に該当する。したがって,一審被告製品において「活性層」に該当する層は層(3)〜(39)であり,本件発明2の構成要件2Dを充足する。
(一審被告らの主張) 一審被告製品における活性層は,量子井戸構造を取っている原判決別紙10の層[4]〜[60]である。一審被告製品の[3]層は,活性層ではない。このため,一審被告製品のうち最もp型層側の障壁層であるB Lは層[5],最もn型層側の障壁層であるB1は層[59]となり,BL(層[5])の膜厚は,B1(層[59])の膜厚より大きくないから,一審被告製品は本件発明2の構成要件2Dを充足しない。
イ 争点3-3(一審被告製品は構成要件2Fを充足するか)について (ア) p型窒化物半導体側のn型不純物濃度について(一審原告の主張) a SIMS分析では,表面付着粒子などの表面汚染により,最表面からある程度の深さまでは汚染物質の信号が徐々に減衰しながら検出されることがよく知られている(甲19の101頁,図7.2,甲20のFig.2.4F,Fig.2.5A)一審被告製品について, 。 Siによる表面汚染の影響を除外して考えれば,乙1のSi濃度は,障壁層B1近傍では1017 台後半〜1×1018/cm3 であり,障壁層B2からB8付近までは3〜5×1017/cm3 であり,そこから急激に低下して障壁層B11 では5×1016/cm3 未満という極めて低い濃度に達している。このSi濃度は,少なくとも,障壁層B11 において,Siをアンドープ,又はそれに準じた低濃度のSiをドープして成長させていること(以下,低濃度のSiをドープすることも含め「アンドープ」という。)を示している。そして,Siをアンドープにした後,p側に向けて再びSiをそれよりも高い濃度でドープすることは考えられないから,少なくとも一審被告製品の障壁層B 11 から障壁層B LまではSiをアンドープで成長させており,Si濃度は,5×1016/cm3 未満であると考えられる。
なお,乙1の活性層部分に見られるSi濃度の細かな振れは井戸層と障壁層に対応するものではなく,測定上の問題にすぎない。
b 甲35の分析報告書は,活性層から十分に遠い表面を平坦にしたn型層側からSIMS分析を行ったものである。これは,p型電極側からSIMS分析を開始すると,開始位置の比較的近いところに活性層があるため,活性層全体として表面汚染の影響を受けて実際のSi濃度がわかりにくくなるためである。甲35では,最もn型層側の障壁層(B1)付近について,より正確なデータが得られており,その結果,下記のSIMSチャート図のとおり,障壁層B11やB12付近の領域に対応する「深さ400nm〜430nm程度」の領域において,Si濃度が2.5×1016/cm3以下であることが示されている。
c 本件発明2の構成要件2Fの「n型不純物」は,キャリアを供給するドーパントを示しており,例えば,素子の表面に付着しているだけの異物などは含まない。酸素は大気中に多量に存在する物質であり,素子に不可避的に付着する異物であるために,乙1の深さ0〜400nm程度の領域までは表面に付着した酸素が検出される。一審被告製品における酸素濃度は最大でも1×1016cm-3未満であり,また,シリコン濃度は最大でも3×1016cm-3未満であるから(甲37,38) 仮に両者がすべてキャリアであると仮定しても, , 一審被告製品のキャリア濃度は本件発明2の範囲に含まれている(一審被告らの主張) a 一審被告製品の障壁層(層[5]から層[39]の奇数層)は,全てSiをドープして成膜されており,層[5]は6×1016/cm3の濃度でSiをドープしている。乙1において,仮にSi濃度が5×10 16/cm3未満になっている 部分があるとしても,それは,Siをドーピングしていない井戸層W 10やW11であり,障壁層B11やB12の箇所には,5×1016/cm3を超えるSiのピークがある。一審原告は,乙1の活性層部分に見られるSi濃度の細かな振れは測定上の問題であるとするが,Si濃度の周期的なピークがInの周期と合致していることを考えると,この幅がチャートの振れであるとは考え難く,仮にそうであったとすれば,振れ幅のうち下端をSi濃度とする理由はない。
b 甲35のSIMSチャート図は, L及びBL-1がどこに該当するか B明らかではない上,乙1のSIMS分析と比べて明らかに各元素の濃度が低く検出されている。さらに,甲35のSIMSチャート図は,不鮮明でぶれも大きく,横方向につぶれており,障壁層と井戸層の区別もつかない。
また,甲35の分析手法のように,チップ裏面から測定を行う場合には,チップ裏面側の基盤などを研磨により取り除き,薄膜化する必要があるが,その場合,各層に対して厳密に平行に研磨されないと,ある層の構成元素の分析を行う際に他の層の元素が検出されることがある。甲35のSi濃度の測定結果は,乙1の測定結果と明らかな差があることに照らすと,その正確性について疑問がある。
c 本件発明2のn型不純物は,Siに限られるものではなく,Si以外の酸素等のIV族又はVI族の元素もn型不純物であり得る。乙1のSIMS分析によると,一審被告製品には,酸素が7×1016/cm3程度含まれているから,一審被告製品は構成要件2Fを充足しない。
(イ) n型窒化物半導体側のn型不純物濃度について(一審原告の主張) 一審被告製品のn型窒化物半導体側のn型不純物濃度が構成要件2Fの「1×1017/cm3以上2×1018/cm3以下」との要件を充足しないという一審被告らの主張は,原判決別紙10の1st-MQWと2nd-MQWが一体として一審被告製品の活性層を構成するという前提に立つものであるが,前記のとおり,一審被告製品における「活性層」は実際に発光している2nd-MQWのみであるから,一 審被告らの主張は,その前提において誤っている。一審被告製品の活性層は層(3)〜(39)であるところ,甲35のSIMSチャート図によると,n型層側の層(39)及び(37)を含む複数層のn型不純物濃度は「1×1017/cm3以上2×1018/cm3以下」であるから,一審被告製品は構成要件2Fを充足する。一審被告らは,n型窒化物半導体側のn型不純物濃度が構成要件2Fを充足することを積極的に争ってこなかったが,これは一審被告製品が同要件を充足することを一審被告ら自身が認識していたためであると考えられる。
(一審被告らの主張) 前記のとおり,一審被告製品の活性層は,原判決別紙10の層[4]〜[60]であるから, 「n型窒化物半導体層側の複数の障壁層」は,少なくとも層[59](B1)及び[57](B2)となる。甲35のSIMS分析を前提とすると,層[59](B1)及び[57](B2)付近のSi濃度は,1×1017/cm3より小さいから,構成要件2Fのうち「障壁層B1を含む前記n型窒化物半導体層側の複数の障壁層のn型不純物濃度が1×1017/cm3以上2×1018/cm3以下であ」るとの要件を充足しない。
仮に,活性層が一審原告主張のとおりであったとしても,甲35のSIMSチャート図においてはどこがB1,B2に当たるのか明示していないので,構成要件2Fのうち障壁層のn型不純物濃度の上限の要件を充足しているとはいえない。
? 争点4(本件発明2についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか)について(一審被告らの主張) 本件発明2の特許請求の範囲によると,p型窒化物半導体層側の複数の障壁層がn型不純物をドープして成長させたものであっても,そのn型不純物濃度が5×1016/cm3未満であれば,構成要件2Fを充足することとなるが,これは訂正により,「p型窒化物半導体層側の複数の障壁層がn型不純物をアンドープで成長させたものである」との訂正前の特許請求の範囲拡張されたものであり,訂正要件に違反する。
(一審原告の主張) 本件明細書2(甲2の2)の段落【0045】には, 「本発明において,アンドープとは意図的にドープしないことであり,窒化物半導体成長時に,n型若しくはp型不純物をドープしないで成長させるものである。この時,不純物濃度は,5×1016/cm3未満となる。」との記載があり,「アンドープで成長させた」との構成と「n型不純物濃度が5×10 16/cm3未満」とが同義であることを明示しているから,上記訂正は特許請求の範囲の実質的な拡張には当たらない。
? 争点5(一審被告LEDの譲渡等について一審原告の承諾があったか)について(一審被告らの主張) 一審原告が型番等を特定せずに一審被告製品を購入したとしても,一審原告は,少なくとも,一審被告製品が一審原告の特許権を侵害する可能性を認識し,これを認容しながら一審被告製品を購入したのであるから,一審被告製品の譲渡は一審原告の承諾に基づく実施であり,特許権侵害を構成しない。
(一審原告の主張) 一審原告が一審被告製品を注文した際には,一審被告E&Eが本件特許1を侵害する一審被告製品をあえて輸入し,一審被告立花に販売することなど想定されていないから,一審原告は一審被告製品が本件特許1を侵害する可能性を認識し,これを認容しながら購入したものではない。
? 争点7(損害及び不当利得の額)について(一審原告の主張) ア 一審被告立花に対するイガラシの注文に対し,一審被告E&Eが一審被告製品をエバー社から輸入するのではなく,一審原告から一審原告製品を購入すれば,一審原告にその分の売上げが生じることが明らかであるから,一審被告E&Eの主張は失当である。
イ 一審原告は,一審原告が受けた逸失利益損害額が合計10万5000 円に限定されるなどとは主張していないから,原判決が,逸失利益損害額として一審被告E&Eに対して10万5000円,一審被告立花に対して2000円の支払義務を認めたことは弁論主義に反しない。
ウ 一審被告らによる弁済の事実は,いずれも認める。
(一審被告らの主張) ア 本件一審被告製品は,イガラシを通じて一審原告が購入した物であり,全量が一審原告の手に渡り,特許権侵害か否かの調査に用いられている。一審原告が自らに対して一審原告製品を販売することはあり得ない以上,本件特許権1の侵害行為がなくても,一審原告が一審被告製品と競合する製品を販売し得たという事情にはないので,本件において特許法102条2項を適用することはできない。
イ 一審原告は,原審において共同不法行為のみを主張し,逸失利益として,一審被告らに対して合計10万5000円しか請求していなかったにもかかわらず,原判決が逸失利益として合計10万7000円の支払を認容したのは,弁論主義に反する。
ウ 一審被告立花は,原判決に基づき,平成28年6月21日,元金15万2000円及びこれに対する遅延損害金の合計16万8446円を,一審被告E&Eは,同日,元金25万5000円及びこれに対する遅延損害金の合計28万2590円を,それぞれ一審原告に対して弁済した。
当裁判所の判断
当裁判所は,原判決が一審被告製品が本件特許権2を侵害するものとは認められないことから,前記第2の1記載の@及びAの各請求を棄却したことは相当であり,また,同B及びCの各請求について本件特許権1の侵害を認め,一審被告らが一審原告に対し原判決認定のとおりの損害賠償義務を負うと判断したことは相当であるが,一審被告らは原判決後に損害賠償金を全て弁済していることから,同B及びCの各請求についても棄却するのが相当であると判断する。
その理由は,次のとおりである。
1 争点1(一審被告製品は本件発明1の技術的範囲に属するか)について 一審被告製品は,本件発明1の技術的範囲に属すると認めるのが相当である。その理由は,以下のとおり一審被告らの補充主張に対する判断を示すほかは,原判決の第3の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
? 一審被告らは,一審被告製品のSiスパイクは,SiH4の流量を変化させることなく,Ga源であるTMGaの流量を変化させることにより生じたものであるから,一審被告製品のSiスパイクに相当する領域は, 「電子キャリア濃度が大きい第二のn型層」には当たらないと主張する。
しかし,電気情報通信学会技術研究報告に掲載された加藤久喜ほか「SiドープGaNを用いた青色LEDの特性」 (甲9)には,GaN中に取り込まれるSiがSiH4流量に比例していることと,Si濃度に比例して室温での自由電子濃度は増加することが区別して記載されているのであるから,一審被告製品の高Si濃度領域がSiH4の流量を変化させて生じたものではなく,Ga源であるTMGaの流量を変化させることにより生じたものであるとしても,当該領域のSi濃度が高くなっている以上,それに比例して電子キャリア濃度が大きいと認めることが相当である。
したがって,一審被告製品の高Si濃度領域は,本件発明1の構成要件1Bの「電子キャリア濃度が大きい第二のn型層」に当たる。
?ア 一審被告らは,@均一な面発光が得られ,A発光出力が向上し,BVf(順方向電圧)が「明らかに」低下するという本件発明1の効果を得るためには,第一のn型層のキャリア濃度に比べて第二のn型層のキャリア濃度が十分に高くなければならないが,一審被告製品では,Siスパイクとそれ以外の領域の濃度差はわずか3倍程度にすぎないので,本件発明 1 の上記効果を奏しないと主張する。
しかし,甲11,22によると,第二のn型層のキャリア濃度が第一のn型層のキャリア濃度の3倍程度であってもVfの低下が生じ,第二のn型層のキャリア濃度が高くなるほど順方向電圧Vfが低くなると認められるから,本件発明1は,第 一のn型層と第二のn型層のキャリア濃度の大小の程度を問わず,その効果が生ずるというべきであって,一審被告製品においても同様であると認められる。
この点について,一審被告らは,一審被告製品と同程度のSi濃度も含め異なるSi濃度領域を設けた3種類の発光素子において,Vf値を測定したところ有意な差は見られなかった(乙1の図18)と主張するが,乙1の上記測定は,甲11,22の測定に比べ,実験内容,評価サンプルの構造,評価方法,実験結果ともに具体性に乏しいことから,乙1の上記測定結果は,甲11,22の上記測定結果の信用性を左右するものではないというべきである。
また,一審被告らは,甲11は,最もVf値の差が大きいもので0.064Vであるのに対し,乙22の報告書によると,同じロットの素子でも測定点の違いにより平均値で0.76Vものばらつきが生じており,乙21によると,青色の砲弾型LED素子製品のVf値は,平均値と最大値で0.3〜0.35ものばらつきがあるから,一審被告製品において「Vf値の明らかな低下」が見られるとはいえないと主張する。しかし,甲11は,測定点の違いにより数値が異なることを考慮して81箇所の測定値を平均して評価しているものであって,その結果から,上記のとおり,第二のn型層のキャリア濃度が第一のn型層のキャリア濃度の3倍程度であってもVfの低下が生じ,第二のn型層のキャリア濃度が高くなるほど順方向電圧Vfが低くなることが認められるものである。
イ 一審被告らは,一審被告製品と同程度のSi濃度も含め異なるSi濃度領域を設けた3種類の発光素子を用いて,発光出力の向上に与える影響を計測したところ,一審被告製品と同程度のSi濃度のSiスパイクを設けても発光出力の向上は見られなかった(乙1の図19)と主張する。しかし,LEDとしての発光出力の高低には様々な要素が影響することから,乙1の上記測定により発光出力の向上が見られなかったからといって,既に判示したとおりVf値の低下が認められるにもかかわらず,一審被告製品が本件発明1の効果を生じないということはできない。
ウ 一審被告は,第二のn型層を設けなくても均一な面発光が得られる場合があると主張するが,仮にそうであるとしても,一審被告製品においては,既に判示したとおりVf値の低下が認められるから,本件発明1の効果を生じないということはできない。
エ 以上によると,一審被告製品が本件発明1の作用効果を奏しないということはできず,同製品の高Si濃度領域は,本件発明1の構成要件1Bの「第二のn型層」に当たると認められる。
2 争点2(本件発明1についての特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について 本件発明1についての特許は,特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。その理由は,以下のとおり一審被告らの補充主張に対する判断を示すほかは,原判決の第3の2に記載のとおりであるから,これを引用する。
? 争点2-1(乙6を主引例とする進歩性欠如)及び2-2(乙13を主引例とする進歩性欠如)について 一審被告らは,主引例である乙13の図1には,電極の設置された露出表面より基板側にn型層が位置していることが示されているのであるから,これに各副引例(乙7〜12,27)に開示された層構造(上に低キャリア濃度層,下に高キャリア濃度層の二層構造)を適用すれば,本件発明1の構成に至るのであり,露出表面の配置は,当業者において適宜決定し得る設計事項にすぎないと主張し,乙6を主引例とする場合も同様であると主張する。
しかし,乙7〜12には,いずれも,電子キャリア濃度の小さいn-層ではなく,電子キャリア濃度の大きいn+層に負電極用の露出表面が形成され,かつ,同露出表面が形成されたn+層に接して,当該n+層の上側に設けられたn -層が形成された構成が開示されているにとどまる。この点について,一審被告らは,乙7につき争うが,乙7において電極8が設けられている露出表面がn+層であることは,乙7の「n+層3に至る小さい径の穴を開けて,その穴に第2の電極8を形成」 【003 ( 6】)との記載や図14の記載から明らかである。また,乙27も,高濃度にドーピングした層に電極を形成することが含意されている。そうすると,乙13又は乙6に,乙7〜12,27の二層構造を適用しても,本件発明1の構成に至ることはなく,また,低キャリア濃度n-層に電極を形成することについての動機付けがあるというべき事情も認められない。
したがって,乙6及び13のいずれを主引例とした場合であっても,乙7〜12,27を適用することにより,相違点に係る構成を容易に想到し得たということはできない。
? 争点2-3(サポート要件違反)について 一審被告らは,本件発明1は,第一のn型層のキャリア濃度が十分に低く,第一のn型層と第二のn型層のキャリア濃度の差が十分に大きい場合に限り,作用効果を奏するが,本件発明1の特許請求の範囲は,第一のn型層のキャリア濃度よりも第二のn型層のキャリア濃度が高いとしか規定しておらず,本件発明1の作用効果を奏し得ないような態様まで含んでいると主張する。
しかし,本件発明1の効果を奏し得るのは,第一のn型層のキャリア濃度が十分に低く,かつ,第一のn型層と第二のn型層のキャリア濃度の差が十分に大きい場合に限られるものではないことは,前記判示のとおりであり,そのような解釈を前提とする一審被告らの主張は理由がない。
? 争点2-4(実施可能要件違反)について 一審被告らは,本件発明1の技術的範囲に,第一のn型層のキャリア濃度が十分に高いものや,第二のn型層のキャリア濃度が第一のn型層のキャリア濃度よりもわずかに高いものも含まれるとすると,なぜそのような場合にも電流狭窄の問題が生じ,本件発明1により課題を解決し得るかを当業者は理解ができないと主張する。
しかし,本件発明1の効果を奏し得るのは,第一のn型層のキャリア濃度が十分に低く,かつ,第一のn型層と第二のn型層のキャリア濃度の差が十分に大きい場合に限られるものではないことは,前記判示のとおりであり,そのような解釈を前 提とする一審被告らの主張は理由がない。
3 争点3(一審被告製品は本件発明2の技術的範囲に属するか)について 一審被告製品は,本件発明2の構成要件2Fを充足しないので,その技術的範囲に属するとは認められない。その理由は,以下のとおり原判決を補正するほかは,原判決の第3の3記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決51頁6行目〜52頁6行目を,以下のとおり改める。
「ア 一審原告は,乙1のSIMS分析結果によると,一審被告製品において,活性層のp型窒化物半導体層側の障壁層B11〜障壁層BLの領域に含まれる複数の障壁層のSi濃度は,5×1016/?未満であると合理的に推認される旨主張する。
そこで,検討すると,乙1のSIMSチャート図では,Si濃度は,n型窒化物半導体層側からp型窒化物半導体層側に向かって下降し,いったん5×1016/?付近まで落ちた後,p型窒化物半導体層側に向かって上昇していることが観察される。
この点について,一審原告は,Si濃度の上昇は試料の表面汚染の影響を受けたものであり,この表面汚染の影響を除外して考えれば,Siをアンドープにした後,p側に向けて再びSiをそれよりも高い濃度でドープすることは考えられないから,Si濃度は,5×1016/cm3 未満であると考えられると主張する。しかし,一審被告製品における表面汚染の有無及び程度は明らかでなく,一審被告製品における表面汚染について定量的な主張立証がされているわけでもない。また,証拠(甲37,39,乙44,45)と弁論の全趣旨によると,井戸層にはSiがドープされていないから,そのためにSIMSチャートでは障壁層のSi濃度が低く現れることがあること,Si濃度のプロファイルには,ノイズによる「ゆれ」があることが認められるから,Si濃度がいったん5×1016/?付近まで落ちていることから,直ちに,一審被告製品において障壁層のSi濃度が5×1016/?を下回っていたと認めることは困難である。
そうすると,乙1のSIMSチャート図から,p型窒化物半導体層側の障壁層B L を含む複数の障壁層のSi濃度は,5×1016/?未満であると合理的に推認されると認めることはできない。
イ 一審原告は,甲35の分析報告書は,活性層から十分に遠い表面を平坦にしたn型層側からSIMS分析を行ったものであるから,甲35では,n型層側の障壁層(B1)付近について,より正確なデータが得られており,その結果,障壁層B11やB12付近の領域に対応する「深さ400nm〜430nm程度」の領域において,Si濃度が2.5×10 16/cm3以下であることが示されていると主張する しかし,甲35のチャート図は,乙1のチャート図に比べて全体に数値が明らかに低くなっており,乙1と甲35のSiの数値を対比すると,表面汚染の影響が2nd-MQWに比較して少ない又はないと考えられる1st-MQWにおける数値も,乙1に比べて,甲35の方が明らかに小さくなっている(例えば,甲35では,1E+16〜1E+17であるが,乙1では,1E+17〜1E+18である。)。
1st-MQWについては,乙1の測定方法ではVピットによる表面汚染の影響が小さいこと(甲39),甲35は,n型層側からSIMS分析を行っており,表面汚染の影響が少ないことからすると,上記結果を合理的に説明することは困難であるというほかない。そして,このことに,甲35のSIMSチャート図は,全体に不鮮明であり,横方向につぶれており,Si濃度が最も低い付近でのチャートの線も不明確であることを考慮すると,甲35のチャート図がいまだ正確なものとは認めがたく,甲35に基づいて,一審被告製品のp型窒化物半導体層側の障壁層B Lを含む複数の障壁層のSi濃度は,5×1016/?未満であると認めることはできない。
ウ 以上によると,一審被告製品が構成要件2Fのうち「前記障壁層B Lを含む前記p型窒化物半導体層側の複数の障壁層のn型不純物濃度が5×1016/?未満」を充足すると認めることはできないから,一審被告製品は構成要件F2を充足しない。」 4 争点5(一審被告LEDの譲渡等につき一審原告の承諾があったか)につい て 一審被告LEDの譲渡等につき一審原告の承諾があったとは認められない。その理由は,原判決の第3の4に記載のとおりであるから,これを引用する。
5 争点7(損害及び不当利得の額)について ? 一審被告らが一審原告に対して支払うべき損害賠償額については,以下のとおり一審被告らの補充主張に対する判断を示すほかは,原判決の第3の5に記載のとおりである(ただし,原判決53頁7行目の「とどまり」から9行目の「していないから,」までを「とどまるから,」と改める。)から,これを引用する。
一審被告らは,一審原告が一審原告に対し一審原告の製品を販売することはあり得ない以上,本件特許権1の侵害行為がなくても,一審原告が自らに一審原告の製品を販売し得たという事情にはないので,本件において特許法102条2項を適用することはできないと主張する。
しかし,一審原告は,一審被告LEDと競合するLEDを販売等していると認められるから,同項を適用することができるというべきであり,同項による推定を覆すべき事情が存するとまでは認められない。
また,一審被告らは,一審原告は,原審において共同不法行為のみを主張し,逸失利益として,合計10万5000円しか請求していなかったにもかかわらず,原判決が逸失利益として合計10万7000円の支払を認容したのは,弁論主義に違背すると主張する。
しかし,一審原告の主張は,特許権侵害に基づく逸失利益として,少なくとも10万5000円の損害が生じたと主張している趣旨であると解されるから,原判決が逸失利益として合計10万7000円の支払を認容したとしても,弁論主義に違背することはない。
? 以上のとおり,原判決が,一審被告E&Eに対して,一審被告E&Eに対して25万5000円及びこれに対する平成26年4月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金,一審被告立花に対して15万2000円及びこれに対 する平成26年4月23日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を認めたのは相当であるところ,一審被告立花が,平成28年6月21日,元金15万2000円及びこれに対する遅延損害金の合計16万8446円を,一審被告E&Eが,同日,元金25万5000円及びこれに対する遅延損害金の合計28万2590円を,それぞれ一審原告に対して弁済したことは当事者間に争いがない。
そうすると,一審被告らの一審原告に対する損害賠償債務は弁済によりいずれも消滅したものと認められる。
結論
以上の次第で,一審被告製品が本件特許権2を侵害するものとは認められないことから,同特許権の侵害に基づく前記第2の1記載の@及びAの各請求は棄却し,また,同B及びCの各請求については,本件特許権1の侵害が認められ,一審被告らは一審原告に対し原判決が認容した金額の支払義務を負うが,同支払義務は弁済により消滅していることから,同各請求についても棄却すべきである。
よって,一審原告の控訴は理由がないからこれを棄却し,一審被告E&Eの控訴及び一審被告立花の附帯控訴に基づき,同各一審被告の敗訴部分を取り消し,一審原告の請求をいずれも棄却することとする。
なお,訴訟費用については,本件特許権1の侵害が認められるが,その損害賠償請求権は弁済によって消滅したことからすると,民訴法62条を適用して,勝訴者である一審被告らにも負担させることとする。