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事件 平成 25年 (行ケ) 10248号 審決取消訴訟
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2014/05/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年5月26日判決言渡

平成25年(行ケ)第10248号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成26年5月12日

判 決



原 告 日 産 自 動 車 株 式 会 社



訴 訟 代 理 人 弁 理 士 的 場 基 憲




被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 藤 井 昇

新 海 岳

窪 田 治 彦

堀 内 仁 子



主 文

特許庁が不服2012−20370号事件について平成25年7月22

日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。



事 実 及 び 理 由

第1 原告の求めた判決

主文同旨



第2 事案の概要




本件は,特許出願拒絶査定不服審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。

争点は,補正についての独立特許要件新規性及び進歩性)の有無である。

1 特許庁における手続の経緯

原告は,平成20年4月11日,名称を「排気ガス浄化システム」とする発明に

つき,特許出願(特願2008−103684号,国内優先権主張日:平成19年

8月1日,甲5)をしたが,平成24年7月17日付けで拒絶査定を受けたので,

同年10月17日,これに対する不服の審判を請求するとともに,同日付け手続補

正書(甲7)により特許請求の範囲変更を含む手続補正(本件補正)をした。

特許庁は,平成25年7月22日,本件補正を却下した上で「本件審判の請求は,

成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年8月1日,原告に送達された。



2 本願発明の要旨

本願発明に係る明細書(甲5,6)及び手続補正書(甲7。以下,甲5及び6と

併せて「本願明細書」という。)によれば,以下のとおりである。

(1) 本件補正後の請求項1(補正発明)

「【請求項1】

排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以

下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の

酸素濃度を制御するO2 制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムで

あって,

排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,

排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,上

記O2 制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8〜1.5v

ol%に制御することによりHCの部分酸化反応を誘発し,この部分酸化を利用し

てNOxを還元させる,ことを特徴とする排気ガス浄化システム。(下線部は補正


箇所。)




(2) 本件補正前の請求項1(補正前発明)

「【請求項1】

排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以

下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の

酸素濃度を制御するO2 制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムで

あって,

排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,

排気ガスのλが1以下のとき,上記O2 制御手段で浄化触媒入口における排気ガ

ス中の酸素濃度を0.8〜1.5vol%に制御することにより,HCの部分酸化

反応を誘発し,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,還元させる,ことを

特徴とする排気ガス浄化システム。」



3 審決の理由の要点

(1) 引用発明について

引用例1(特開2003−311152号公報,甲1)には,以下の引用発明が

記載されている。

「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍

または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材

と,Pt,Rh等の貴金属と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,

を備える車両用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン

4の排気ガス浄化装置であって,

排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収

させ,理論空燃比近傍または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸

収材からNOxを放出させ,排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属を含む排気ガ

ス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御され,HCが

部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進み易くなり,結果的にHC及びN




Ox浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」

(2) 独立特許要件について

補正発明と引用発明との以下の相違点は,実質的なものではないから,新規性

欠き,また,以下の相違点を実質的なものと考えたとしても,補正発明は,引用発

明に基づいて,本願の優先権主張日当時,当業者が容易に発明をすることができた

ものであるから,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

ア 補正発明と引用発明との一致点と相違点

【一致点】

「排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1

以下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中

の酸素濃度を制御するO2 制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システム

であって,

排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収させ,

排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,上

記O2 制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8〜1.5%
を含む濃度に制御することによりHCの部分酸化反応を誘発し,この部分酸化を利

用してNOxを還元させる,排気ガス浄化システム。」

【相違点】

O2 制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を0.8〜1.5%

を含む濃度に制御するのに関して,排気ガス中の酸素濃度が,補正発明では,「0.

8〜1.5vol%」であるのに対して,引用発明では,2%以下であり,vol%

であるか否かは明記されていない点。

新規性について

引用発明の「酸素濃度」の単位は,通常vol%であるから,補正発明と引用発

明は,O2 制御手段により制御される浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度

の範囲において明らかに重複している。




したがって,上記相違点は,実質的なものではないことになり,補正発明は,新

規性を欠く。

進歩性について

仮に,上記相違点が実質的なものであるとしても,補正発明は,以下のとおり,

引用発明に基づいて,容易に発明することができたものである。

補正発明も引用発明も,HC及びNOx浄化率を高めるものである点で,軌を一

にする。そして,引用発明の「2.0%以下」は,既に述べたように「2.0vo

l%以下」と解するのが相当であるから,補正発明の「0.8〜1.5vol%」

をすべて含むものである。

ところで,NOxの浄化率が排ガスの酸素濃度(約0.4容量%〜約1.5容量%

の範囲)に応じて変動すること,及び,排ガスの酸素濃度約0.9容量%付近にお

いてNOx浄化率が高くなることは,本願の優先権主張の日前に周知である(特公

昭56−54173号公報(甲3)の4ペ−ジ右欄6行〜37行,第1表,特開平

8−309186号公報(甲4)の段落【0013】を参照。以下「例示周知例」

という。。


また,NOx等の浄化率の値自体は,触媒の温度に大きく依存するものであると

ころ,補正発明の発明特定事項では,そのような温度に関する事項が含まれておら

ず,補正発明の効果が,直ちに本願明細書の図3,4を用いて説明される例に対応

するものとはいえない。

さらに,本願明細書の図3,4で転化率(浄化率)が高い部分の値は,引用例1

の図3等での浄化率が高い部分の値からみて優れたものとはいえない。

そうしてみると,補正発明における酸素濃度の数値範囲の設定は,実験的に数値

範囲を最適化又は好適化したものであって,それにより格別顕著な効果がもたらさ

れるものではない。

したがって,補正発明は,当業者が引用発明に基づいて,通常の創作能力を発揮

してなし得たものにすぎない。




なお,リッチ時に酸素量の下限を設けることも,周知例(特開2000−230

447号公報(甲2)。以下「引用周知例」という。)において,
「エンジンの排気通

路に配設され,排気中の酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気でNOxを吸収する一方,

酸素濃度の低下によって前記吸収したNOxを放出するNOx吸収材と,このNO

x吸収材へのNOxの吸収過剰状態を判定するNOx吸収過剰状態判定手段と,こ

のNOx吸収過剰状態判定手段によりNOxの吸収過剰状態が判定されたとき,排

気中の酸素濃度を低下させる酸素低減手段とを備え,酸素低減手段は,排気中の酸

素濃度を略0.5%〜略1%の範囲に低下させるエンジンの排気浄化装置」が記載

されているように,当業者によく知られていた技術的事項である。

(3) 補正前発明の新規性及び進歩性について

補正前発明の構成よりも更に限定した構成を備える補正発明が,前記(2)イのとお

り,新規性を欠くものであるから,補正発明の上位概念発明である補正前発明も新

規性を欠く。

また,補正発明は,前記(2)ウのとおり,引用発明に基づいて,当業者が容易に発

明し得たものであるから,補正発明の上位概念発明である補正前発明も,同様に,

引用発明に基づいて当業者が容易に発明し得たものである。



第3 原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)

(1) 審決が,引用発明の排気ガス浄化用触媒に,NOx吸収材,貴金属のほか

に,
「Ce−Zr−Pr複酸化物」を含むことを欠落させて認定したのは,以下のと

おり,誤りである。

ア 引用例1には,Ce−Zr−Pr複酸化物が引用例1の発明完成に大き

く寄与した特徴的な成分であることが記載され(段落【0021】,
)【請求項1】及

び【請求項9】においても,Ce−Zr−Pr複酸化物が,NOx吸収材,貴金属

とは別個の発明特定事項として明記されている。




また,引用例1には,Ce−Zr−Pr複酸化物は,NOx吸収材や貴金属とは

別個の成分として記載されており(段落【0053】【0072】,従来技術にお
, )

いても,Ba等のNOx吸収材と貴金属を含むリーンNOx浄化触媒と酸素吸蔵材

とは,別異の成分として記載されている(段落【0002】【0003】。
, )

このように,Ce−Zr−Pr複酸化物は,引用例1において,NOx吸収材や

貴金属とは別異の成分であって,発明完成に大きな貢献をした最も特徴的な発明特

定事項として記載されているのであり,それにもかかわらず,引用発明の認定にお

いて,
「Ce−Zr−Pr複酸化物」を欠落させ,発明特定事項の一部を省略したこ

とには誤りがあるといわざるを得ない。

イ Ce−Zr−Pr複酸化物は,上記のとおり,引用発明(技術的思想

の中核であると明記されている(段落【0021】)一方,引用例1にはCe−Zr

−Pr複酸化物を取り去ってもよい(省略してもよい)という記載は存在せず,C

e−Zr−Pr複酸化物を他の酸素吸蔵材で代用できることも開示されていない。

また,引用例1の出願時点において,リーンNOx触媒(NOx吸収材と浄化成

分を含む触媒)に酸素吸蔵材を含ませることは公知であり(引用例1の段落【00

03】,リーンNOx触媒も公知である(特許第2600492号等)などの技術


背景下において,引用例1の公開特許公報に記載された特許発明(以下「甲1発明」

という。 が特許登録
) (特許第3985954号)されるに至ったのは,甲1発明が,

「リーンNOx触媒」や「酸素吸蔵材を含むリーンNOx触媒」に係る発明に対し

新規性及び進歩性を有するものであって,これらの発明とは別異の発明であるとの

認定がなされたことによるものである。甲1発明の触媒から酸素吸蔵材であるCe

−Zr−Pr複酸化物を取り去った後の触媒は,上記の公知のリーンNOx触媒に

相当し,もはや甲1発明の触媒とは別異の触媒となってしまうのであるから,この

ような技術的思想の変質を招くような引用発明の抽出が失当であることはいうまで

もない。

さらに,引用例1の段落【0002】〜【0008】には,まず,リーンNOx




触媒が開発され,次に,酸素吸蔵材を含むリーンNOx触媒が開発され,さらに,

特化した酸素吸蔵材を含むリーンNOx触媒が開発されたことが記載されている。

このような従来技術の開発動向からは,他成分の追加や酸素吸蔵材の更なる特化と

いう動機付けが提供されるのであり,リーンNOx触媒から酸素吸蔵材を取り去る

動機付けは得られない。

ウ このように,引用例1の開示,従来における発明認定,及び従来技術の

開発動向に接した当業者が,甲1発明からCe−Zr−Pr複酸化物を取り去る動

機付けを得ることはあり得ない。

したがって,審決が,甲1発明からCe−Zr−Pr複酸化物を取り去って引用

発明を認定したことは誤りである。

(2) 審決は,引用発明について,「排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属を

含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御さ

れ,」と認定したが,この認定も以下のとおり,誤りである。

排気ガス浄化用触媒1の入口側の酸素濃度については,引用例1の段落【004

4】に「2.0%以下」と記載され,段落【0058】でも「2.0%以下」「0.


5%以下」と記載され,いずれも下限値を設けておらず,
「酸素濃度0%」を狙いと

する制御が含まれる。そして,特開2001−276622号公報(甲8)には,

甲1発明のようなリーンNOx浄化触媒である窒素酸化物吸蔵還元触媒が記載され

ているところ(【請求項1】等),この段落【0010】から分かるように,従来,

リーンNOx浄化触媒におけるリーンからリッチへの切り換え(リッチスパイクの

実施)においては,排ガス中の酸素濃度をゼロにすることが知られていた。そうす

ると,引用例1の酸素濃度制御に関する開示は,甲8の記載と同様に,酸素濃度を

低減してゼロに近付ける動機付けを提供するものであるといえる。

他方,補正発明は,リッチ時における適正な酸素濃度範囲(0.8〜1.5vo

l%)を見出した上,この範囲内で酸素を積極的に存在させるものである。

以上のとおり,酸素制御について,補正発明と甲1発明とは相違しているところ,




審決は,この相違点を見落として引用発明を認定しており,誤りがある。



2 取消事由2(補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定の誤り)

前記1のとおり,審決は,引用発明の認定を誤っているから,これを前提とする

補正発明と引用発明との一致点及び相違点の認定に誤りがある。一致点及び相違点

は,正しくは,以下のように認定されるべきである。

【一致点】

「排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以

下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の

酸素濃度を制御するO2 制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムで

あって,排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収さ

せ,排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxを脱離させ,上記O2 制御手段で浄

化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度を制御することによりHCの部分酸化を

誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる,排気ガス浄化システム」

【相違点1’】

引用発明がCe−Zr−Pr複酸化物を含むのに対し,補正発明はCe−Zr−

Pr複酸化物を含まない点。

【相違点2’】

引用発明が,排気ガスのλが1以下のとき,浄化触媒入口における排気ガス中の

酸素濃度を2.0%以下又は0.5%以下に制御して酸素濃度に下限値を設けず酸

素を低減させるのに対し,補正発明は,排気ガスのλが1以下のとき,浄化触媒入

口における排気ガス中の酸素濃度を0.8〜1.5%に制御する点。つまり,引用

発明の上記酸素濃度制御では,酸素濃度範囲に下限値が設定されておらず酸素濃度

0%を含むのに対し,補正発明の上記酸素濃度制御では,酸素濃度範囲に上限値及

び下限値が設定されており,しかも,下限値が酸素濃度0%ではない点。

【相違点3’】




引用発明の上記酸素濃度制御が酸素を積極的に存在させるものではないのに対し,

補正発明の上記酸素濃度制御は,酸素を積極的に存在させるものである点。



3 取消事由3(引用周知例(甲2)及び例示周知例(甲3,甲4)の認定の誤

り)

(1) 引用周知例(甲2)について

補正発明における浄化触媒入口における排気ガス中の酸素ガス濃度制御は,排気


ガスのλが1を超えるとき」及び「排気ガス中のλが1以下のとき」と記載されて

いるとおり,(i)「排気ガスについてリーンと,ストイキ(理論空燃比)又はリッ

チとを変動させる」ことを前提条件とし,その場合の(ii)
「排気ガスのλが1以

下(ストイキ又はリッチ)のとき」に行われるものである。

これに対し,引用周知例(甲2)における排気中の酸素濃度制御は,段落【00

26】【0106】によれば,
, (i’「排気ガス雰囲気が第1リーン状態(リーンA


状態)と第2リーン状態(リーンB状態)を切り換えて運転する」ことを前提条件

とし,しかも,
(ii’「排気ガス雰囲気がリーン(リーンB状態:空燃比A/F1


5〜16くらい)のとき」に行われるものである。よって,このような引用周知例

における排気中の酸素濃度制御は,
「排気ガスについてリーンと,ストイキ又はリッ

チとを変動させる」ことを前提条件とするものでも,
「排気ガスのλが1以下(スト

イキ又はリッチ)のとき」に行われるものでもない。

したがって,引用周知例は,上記の点において,補正発明における上記排気ガス

中の酸素ガス濃度制御とは全く異なり,何らの共通性もないものであり,審決の引

用周知例の認定には誤りがある。

(2) 例示周知例(甲3,甲4)について

例示周知例(甲3,甲4)は,いわゆる三元触媒(排気ガス有害成分であるCO,

HC,NOxを同時に除去する触媒の意味)と称される技術に属するものであり,

大前提として,排気ガスの空燃比を「ウィンドウ」と呼ばれる理論空燃比付近に制




御することを必要とする技術である。よって,例示周知例は,補正発明における酸

素濃度制御の前提条件である(i)
「排気ガスについてリーンと,ストイキ(理論空

燃比)又はリッチとを変動させる」を満足するものではない。

また,そもそも(i)の前提条件は,NOx吸収材を使用することによって必要

となる条件であるが(引用例1の段落【0002】等参照),例示周知例は,NOx

吸収材を全く使用していない。このように,三元触媒に関する例示引用例とリーン

NOx浄化触媒に関する補正発明とは,排気ガスの空燃比制御の方法や構成成分が

全く異なるものである。

なお,審決の「NOxの浄化率が排ガスの酸素濃度(約0.4容量%〜約1.5

容量%の範囲)に応じて変動すること,及び,排ガスの酸素濃度約0.9容量%付

近においてNOx浄化率が高くなること」が周知であるとの点については,例示引

用例の発明が酸化雰囲気下(リーン条件下)の排気ガスのNOx還元浄化に有効で

あるかどうかを,一定の酸素濃度範囲で確認した結果を示したものにすぎず,認定

に誤りがある。したがって,このような結果を,排気ガスの空燃比制御(酸素濃度

制御)や構成成分が全く異なる補正発明の酸素濃度制御とNOx浄化率との関係に

適用しようとする審決の判断には誤りがある。



4 取消事由4(補正発明と引用発明との相違点についての判断の誤り)

(1) 新規性判断の誤り

補正発明と引用発明とは,前記2で述べた相違点1’〜3’の点において相違す

るものであり,以下のとおり,補正発明は,引用発明と同一であるとはいえないか

ら,新規性を有するものである。

技術的思想の相違について

補正発明は「排気ガスのλが1以下のとき,浄化触媒入口における排気ガス中の

酸素濃度を0.8〜1.5vol%に制御することによりHCの部分酸化を誘発す

る」ことを特徴とする。これに対し,引用発明におけるHCの部分酸化反応を誘発




する酸素は,排気ガス中の酸素ではなく,Ce−Zr−Pr複酸化物から放出され

る活性酸素である(引用例1の段落【0033】 。
等) すなわち,引用発明において,

HCの部分酸化反応を誘発しているのは排気ガス浄化用触媒1に含まれるCe−Z

r−Pr複酸化物から放出される活性酸素であるのに対し,補正発明では,O2 制
御手段によって触媒入口における酸素濃度0.8〜1.5vol%に制御された排

気ガス中の酸素である点で相違する。

また,引用例1には,Ce−Zr−Pr複酸化物から放出される活性酸素の濃度

を制御するという技術的思想は,開示も示唆もされていない。Ce−Zr−Pr複
酸化物から放出される活性酸素は,吸蔵した分のみで,その放出により酸素濃度を

安定して維持することは困難である。

さらに,引用例1には,排気制御手段による酸素濃度の制御(2.0%以下)も

記載されているが,この制御によってHCの部分酸化反応を起こすとの開示も示唆

もない。

したがって,引用例1には,補正発明のようにO2 制御手段により排気ガス中の

酸素濃度を0.8〜1.5vol%に制御してHCの部分酸化反応を起こすという

思想はない。

イ 数値範囲の相違について

補正発明は,排気ガス中の酸素濃度を0.8〜1.5vol%と特定しているの

に対し,引用例1の開示は,「0.5%以下」あるいは「2.0%以下」である。

補正発明における数値範囲は,後に(2)ウで述べるとおり,臨界的意義を有するも

のである一方,引用例1には,酸素濃度と,HCの部分酸化を誘発し,HC及びN

Oxの浄化率を向上させることとの関係は開示されておらず,特にNOxの浄化率

との関係におけるこれら数値の技術的意義について記載がないから,当業者であっ

ても,引用例1からHC及びNOxの浄化率が両立する補正発明の酸素濃度0.8

〜1.5vol%を導き出すことはできない。

したがって,審決が,上記の点を全く検討することなく,酸素濃度に関する数値




範囲の相違点を実質的な相違ではないとしたのは明らかに誤りであり,補正発明は,

引用発明に対し新規性を有するものである。

(2) 進歩性判断の誤り

技術的思想の相違について

補正発明は,NOxの還元浄化性能とHCの酸化浄化反応とを高いレベルで両立

させることを目的としたものであり(段落【0011】参照),請求項1に記載され

ているように「排気ガスのλが1以下のとき,触媒入口における排気ガス中の酸素

濃度を0.8〜1.5vol%に制御することによりHCの部分酸化を誘発する」

ことでこの目的を達成する。一方,引用発明は,排気ガス浄化用触媒1に含まれる

Ce−Zr−Pr複酸化物から放出される活性酸素によってHCを部分酸化するも

のであり,かつ,その放出される活性酸素の濃度を制御するという技術的思想は開

示も示唆もされていない。

したがって,補正発明と引用発明とは,技術的思想を全く異にしている。

イ 相違点1’について

「Ce−Zr−Pr複酸化物」は,引用発明において,最も特徴的な発明特定事

項であり,当業者といえども,引用発明から「Ce−Zr−Pr複酸化物」を取り

去ることは不可能である。引用発明から「Ce−Zr−Pr複酸化物」を取り去れ

ば,もはや引用例1の発明が成立しなくなるのは当然である。

引用例1の段落【0033】【0058】を見ると,引用発明は,
, 「酸素濃度制御」

によってはじめて「Ce−Zr−Pr複酸化物に吸蔵されていた酸素が活性酸素と

して放出される」という機能(作用)が発揮されるもので,両者,つまり「酸素濃

度制御」と「Ce−Zr−Pr複酸化物」は,一体不可分の関係にある。

したがって,引用発明から「Ce−Zr−Pr複酸化物」を取り去ることは不可

能である。

ウ 相違点2’及び3’について

(ア) 引用発明では,酸素濃度を「2.0%以下」又は「0.5%以下」




となるように制御しており,これによりNOx吸収材からNOx,Ce−Zr−P

r複酸化物からO2を放出させ,そのO2はHC(炭化水素)を部分酸化し,部分酸

化されたHCがNOxの還元に利用されるものである(段落【0085】等参照)。

そうすると,補正発明のように,酸素濃度の下限値を設定することは,NOxとO

2 の放出を抑制しNOxの還元浄化率の低下を招くので,引用発明において酸素濃

度に下限値を設定することは困難である。

また,引用発明において,HCの部分酸化に利用されるO2 は,前記のとおり,

酸素濃度の低下時にCe−Zr−Pr複酸化物から放出され,別途供給する必要が
ない。したがって,引用発明においては,補正発明のように酸素濃度が下限値(0.

8vol%)以上となるように排気ガス中の酸素濃度を制御してO2 を積極的に存

在させる必要がない。

このように,引用発明における酸素制御には,酸素を積極的に存在させるとNO

xの還元浄化率の低下を招くという,いわゆる阻害要因があり,またO2 を積極的
に存在させるという動機付けもなく,この点において,補正発明は容易に想到でき

るものではない。

(イ) 補正発明における「浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度

を0.8〜1.5vol%に制御することによりHCの部分酸化を誘発する」こと

は,NOxの還元浄化性能とHCの酸化浄化性能を両立させ得る排気ガス浄化シス

テムの提供に貢献するものである。そして,本願明細書の段落【0037】,図3に

よれば,補正発明は,酸素濃度0.8〜1.5vol%においてHC及びNOxの

高い浄化率を両立するものであり,当該酸素濃度の数値範囲は臨界的意義を有する。

これに対し,引用例1の段落【0081】及び【0082】には,ガス組成Bに

おいて0.5%の酸素を含むことが開示されており,段落【0044】及び【00

58】には,リッチ燃焼運転時における排気ガスの酸素濃度が2.0%以下,ある

いは,0.5%以下となるように制御されることが開示されている。しかし,引用

例1では,排気ガスの酸素濃度が2.0%以下,あるいは,0.5%以下のときに,




HCの部分酸化を誘発し,HC及びNOxの浄化率を向上させることは開示されて

おらず,特にNOxの浄化率との関係におけるこれら数値の技術的意義も示されて

いない。

そうすると,当業者であっても,引用例1からHC及びNOxの浄化率が両立す

る補正発明の酸素濃度0.8〜1.5vol%を導き出すことはできない。

エ 顕著な効果について

補正発明は,引用発明のように触媒中に複酸化物を必要とすることなく,コンパ

クトな触媒を実現でき(段落【0011】,また,O2 制御手段によって排気ガス


中の酸素濃度を制御するので,引用発明の構成に比べて酸素濃度を安定して維持す

る制御性の高い排気ガス浄化システムを実現できるという有利な効果を奏するもの

である。

また,補正発明は,例えば,図3に記載のとおり,NOxの転化率とHCの転化

率の両方を高いレベルで両立させ得るものであるのに対し,引用発明は,図3〜図

10に記載のとおりNOxの浄化率こそ示しているものの,HCの浄化率の開示が

ない。このように,補正発明は,酸素濃度を特に0.8〜1.5vol%に制御す

ることで,NOxの転化率とHCの転化率の両方を高いレベルで両立させたもので

あって,引用発明に対して顕著な効果を奏するものであることは明白である。

オ 審決の判断について

(ア)引用周知例及び例示周知例

引用例1においては,排気ガス浄化用触媒1に流通させる排気ガス中の「2.0%

以下」の酸素が,NOxの浄化率向上に寄与するとも示されていない。したがって,

「補正発明も引用発明(2.0%以下)も,HC及びNOx浄化率を高めるもので

ある点で軌を一にする」との被告の主張は何ら根拠のないものであり,また,引用

例1の排気ガス中の「2.0%以下」の酸素に対し,NOx浄化に関する他の周知

技術の数値を結び付けることはできない。

また,前記3のとおり,引用周知例(甲2)は,
「リーン条件下における酸素濃度」




として略0.5〜略1%となることを示すものであり,例示周知例(甲3,4)は,

試験条件を示しているだけで,リッチ条件(排気ガスのλが1以下のとき)におけ

るNOx浄化率と酸素濃度との関係を開示したものではないので,引用例1におけ

る「リッチ条件下での酸素濃度」に結び付けることはできない。

(イ) 事後的分析(後知恵)

審決は,補正発明を見た上で,排気ガス中の酸素濃度の数値範囲」
「 のみに着目し,

引用例1との関係でたまたま数値が合う従来技術を周知例として引用又は例示し,

補正発明の新規性及び進歩性判断に供したものであり,その判断には誤りがある。

すなわち,審決は,補正発明における「排気ガス中の酸素濃度」のみを抽出し,補

正発明では,上記排気ガスのリーン−リッチ間の変動やストイキ又はリッチ下での

酸素濃度でなければならないことを無視した上で,引用例1に記載されている「2.

0%以下」又は「0.5%以下」と下限値が設定されていない酸素濃度に対し,そ

の数値範囲を補える(穴埋めできる)従来技術を周知例として引用又は例示し,補

正発明の新規性及び進歩性の判断に適用したものであり,全く当を得ていないもの

である。

引用周知例に係る発明では,審決が引用する酸素濃度制御が第1リーン状態(リ

ーンA状態)と第2リーン状態(リーンB状態)を変動させるものであることを無

視し,恣意的に酸素濃度のみを抽出している。例示引用例では,当該発明が三元触

媒に関する技術であり,排気ガスの空燃比を理論空燃比付近に制御しなければなら

ない点を無視している。また,例示引用例の発明がNOx吸収材を使用しない点も

無視し,恣意的に酸素濃度のみを抽出している。加えて,引用例1には,甲1発明

を排気ガス雰囲気がリーン−リッチ間を変動させない技術に適用可能である旨の教

示は存在しない一方,引用周知例及び例示周知例にも,排気ガス雰囲気がリーン−

リッチ間を変動する際のリッチ下での酸素濃度である旨の記載もないにもかかわら

ず,引用例1へ引用周知例及び例示引用例を適用したのは,補正発明(及び補正前

発明)の内容を分析した後に「排気ガス中の酸素濃度」であれば引用又は例示でき




ると誤認した上で行ったいわゆる後知恵によるものであり,その判断には誤りがあ

る。



第4 被告の反論

審決のした独立特許要件に関する判断には,いずれも誤りがない。

1 取消事由1及び2に対し

(1) 引用発明の認定においては,補正発明(又は,補正前発明)の特許要件を

評価するために,必要な限度で行えばよいものである。引用例1自体で特徴とされ

る事項(例えば,請求項1に係る発明の発明特定事項)を必ず認定しなければならな

いというものではない。

引用例1に記載された発明は,請求項1,段落【0022】【0041】の記載


からすると,排気ガス浄化用触媒として,Ce−Zr−Pr複酸化物をも含むもの

ではあるが,少なくともNOx吸収材と貴金属を含むものであることには変わりは

ない。そして,この「Ce−Zr−Pr複酸化物」とは酸素吸蔵材であるが,補正

発明における触媒の構成は,
「NOxトラップ材」と「浄化触媒」が含まれるとの特

定にとどまり,酸素吸蔵材が含まれていても構わないものであって,
「Ce−Zr−

Pr複酸化物」が含まれていてもよいものである。

そうしてみると,引用発明の認定において,必ず「Ce−Zr−Pr複酸化物」

が含まれていることまでも認定しなければならないことにはならず,審決が,引用

発明における触媒の構成を,「NOx吸収材と貴金属を含む排気ガス浄化用触媒1」

と認定したことに,誤りはない。

(2) 排気ガス浄化用触媒1の入口側の酸素濃度については,引用例1の段落

【0044】に「2.0%以下」,段落【0058】に「2.0%以下」「0.5%


以下」と記載されているとともに,0.5%の値を用いて実施した例が記載されて

いる。この例は酸素濃度0%を狙ったものとは評価できず,また,それ以外の酸素

濃度の値のものが所望の効果を奏さないということにもならない。引用例1におけ




るこのような記載に接した当業者は,リッチ燃焼運転時の酸素濃度として2.0%

以下が好適であり,2.0%以下であれば充分に性能を発揮するものであって,補

正発明と同様に酸素を適切な濃度で存在させることを認識するものである。

補正発明や引用発明が想定しているのは,内燃機関からの排気ガスの浄化であり,

排気ガスの酸素濃度は,理論的に0%に近づけることが可能であるといっても,排

気ガスの酸素濃度は運転特性や燃費も考慮して認定されるべきものであるのだから,

その値を0%に近づけることが通常行われるということはない。引用例1において

は,リーン燃焼運転時における酸素濃度と対比する意味合いで上限のみを規定した

表現がとられているのであって,酸素濃度をゼロにすること自体が求められている

ものではない。

したがって,原告の酸素濃度をゼロに近づける動機付けがある旨の主張は,理由

がない。

よって,審決において,酸素濃度制御について「排気制御手段8でNOx吸収材

と貴金属を含む排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以

下に制御され,」とした引用発明の認定に誤りはない。

(3) 以上によれば,引用発明の認定に誤りはなく,これを前提とした一致点及

相違点の認定にも誤りはない。

仮に,引用発明の認定において,
「NOx吸収材と貴金属を含む排気ガス浄化用触

媒1」を「NOx吸収材と貴金属とCe−Zr−Pr複酸化物とを含む排気ガス浄

化用触媒1」とすべきであるとしても,補正発明は,
「NOxトラップ材」「浄化触


媒」以外の触媒材料,特に「HCトラップ材」や「酸素吸蔵材」を含むことを排除

したものではないから,引用発明の「Ce−Zr−Pr複酸化物」を備えたものも

含むものと解すべきである。そうすると,補正発明と引用発明が相違することには

ならず,両者の相違点として摘示すべきことにはならないから,上記引用発明の認

定は審決の結論に影響を及ぼすものではない。





2 取消事由3に対し
(1) 引用周知例(甲2)について

引用周知例の請求項6には,
「濃度変動手段は,エンジンの燃焼室の空燃比を理論

空燃比近傍で周期的に変動するように制御するものであること」と記載され,請求

項7には,
「排気中の酸素濃度を検出する酸素濃度検出手段が設けられ,濃度変動手

段は,燃焼室の空燃比を,理論空燃比よりもリッチ側とリーン側とに交互に変化す

るように,前記酸素濃度検出手段からの信号に基づいてフィードバック制御するよ

うに構成されていること」が記載されていることから,原告が補正発明における酸

素濃度制御の前提条件として主張する(i)
「排気ガスについてリーンと,ストイキ

(理論空燃比)又はリッチとを変動させる」ことも開示されており,引用周知例は,

引用発明とこの点で共通している。

そして,引用周知例には,リーンA状態(A/F=22くらい)よりも,理論空

燃比に近い側の状態B(A/F=15〜16くらい)において,酸素濃度に下限(略

0.5%〜略1%)を設けることが記載されている。このような引用周知例を参酌

してみても,引用発明の理論空燃比近傍又はリッチ時の酸素濃度(2.0%以下)

に下限を設けることに,格別の創意工夫は存在しない。

(2) 例示周知例(甲3,4)について

例示周知例は,審決が述べるとおり,NOxの浄化率が排ガスの酸素濃度
「 (約0.

4容量%〜約1.5容量%の範囲)に応じて変動すること,及び,排ガスの酸素濃

度約0.9容量%付近においてNOx浄化率が高くなること」が,本願の優先権

張の日前に周知であることを示すためのものである。例示周知例は,排ガス酸素濃

度(約0.4容量%〜約1.5容量%の範囲)に対してNOx浄化上の意義がある

ことを示したものであり,このこと自体は,本願明細書の段落【0002】に「従

来の三元触媒では,窒素酸化物(NOx)を還元浄化することはできない。」との記

載があることとは直接関係はない。

そして,引用発明と例示周知例は,いずれも「酸素濃度が低下した時の排気ガス





の酸素濃度に対する触媒のNOx浄化率」に着目するものである点で軌を一として

いる上に,例示周知例は,
「本発明の製法により得られた触媒を広範な反応雰囲気に

おいて有効であり,空燃比は例えば14〜16の間で使用することもできる。」(甲

3の3ページ右欄37行〜39行参照。 と記載されるように,
) 引用発明のリッチ燃

焼運転時の制御態様の参考とできるものである。



3 取消事由4に対し

(1) 新規性判断について

引用発明の認定に誤りはないから,この点についての認定誤りを前提とする新規

性判断の誤りはない。

そして,引用発明の「酸素濃度」の単位としては,通常vol%と解するのが相

当であり,補正発明と引用発明は,O2 制御手段により制御される浄化触媒入口に

おける排気ガス中の酸素濃度の範囲(0.8〜1.5%)が明らかに重複するもの

であるから,審決が抽出した相違点は,実質的なものではない。

(2) 進歩性判断について

ア 相違点1’について

補正発明には,Ce−Zr−Pr複酸化物のような酸素吸蔵材が含まれていても

構わないのであるから,補正発明の特許要件を判断するに当たり,引用例1の発明

から「Ce−Zr−Pr複酸化物」を取り去ることを論ずること自体に意義がない。

したがって,原告の上記主張は失当というべきである。

また,引用発明において,
「Ce−Zr−Pr複酸化物」以外の触媒材料には「N

Ox吸収材」や「貴金属」が含まれており,排気ガス中には酸素濃度が低下しても

ある程度(2%以下)の酸素が存在しているのであるから,たとえ「Ce−Zr−

Pr複酸化物」がなくても,この酸素が貴金属上で排気ガス中のHCと反応して,

HCが部分酸化反応を誘発し,NOxの還元反応が進み,結果的に,HC及NOx

浄化率が高まることに変わりはないことは,当業者であれば理解できる。




さらに,特開2003−245552号公報(乙1)には,排気ガスの酸素濃度

が高い酸素過剰雰囲気では該排気ガス中のNOxを吸収し,該酸素濃度が低下する

と吸収していたNOxを放出するNOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触

媒を,酸素吸蔵材(Ce−Pr複酸化物)を必須成分としないものとした上で,排

気ガスの酸素濃度が低下したときの酸素濃度が2%以下となるようにしたことが,

開示されている(特に,請求項1,2,段落【0006】〜【0011】【002


0】【0021】。そうすると,仮に,引用発明が「Ce−Zr−Pr複酸化物」
, )

を含むことをあくまで相違点として扱ったとしても,そのような引用発明において,

酸素吸蔵材である「Ce−Zr−Pr複酸化物」を取り去ることができないもので

はないことは明らかである。また,特開2000−257469号公報(乙2)に

は,酸素過剰雰囲気で排気中のNOxを吸収する一方,排気中の酸素濃度が低下す

ると,前記吸収したNOxを放出して還元浄化するNOx吸収還元タイプのリーン

NOx触媒において,排気ガスの酸素濃度が低下したときの酸素濃度が好ましくは

1〜2%未満となるようにするもので,コージェライトからなるハニカム状担体(ハ

ニカム担体)と,アルミナ及びセリナからなるサポート材により貴金属,NOx吸

収材を担持する内側触媒層(NOxトラップ触媒層)と,ゼオライトをサポート材

として貴金属を担持する外側触媒層(HCトラップ材)とからなるリーンNOx触

媒(トラップ触媒)からなる触媒を用いたことが開示されている(特に,段落【0

029】【0030】【0034】【0089】【0090】。ここでも,酸素吸
, , , , )

蔵材は必須とされていない。

以上を踏まえれば,仮に,引用発明が「Ce−Zr−Pr複酸化物」を含むこと

が相違点となるとしても,そのような引用発明において,
「Ce−Zr−Pr複酸化

物」を取り去ることができないということにはならない。

イ 相違点2’及び3’について

甲1発明では,酸素濃度を「2.0%以下」又は「0.5%以下」となるように

制御しており,また,引用例1の実施例では,酸素濃度を0.5%としている。仮




に,酸素濃度を0%にした方がよいのであるならば,酸素濃度0%の実施例をあげ

るはずであるから,引用発明は酸素濃度0%を狙ったものなどではないといえる。

甲1発明はこのことを踏まえて,
「2%以下」又は「0.5%以下」としているので

あるから,適切な濃度で酸素を介在させていると理解できる。

また,前記2で述べたように,審決における引用周知例及び例示周知例の技術内

容の把握に誤りはない。そもそも,補正発明の数値範囲は,一実施例から所定の浄

化率を基準に好適な範囲として選択しただけであるとも評価できるもので(例えば,

下限を下回ったからといって極端に性能が低くなるものでもない。,補正発明の発


明特定事項により引用発明からみて格別顕著な効果を認めることができない。補正

発明における酸素濃度も,当業者が適宜試みて採用し得る範囲のものなのであるか

ら,この進歩性についての判断に誤りはない。



第5 当裁判所の判断

1 補正発明について

本願明細書(甲5〜7)によれば,補正発明につき,以下のことが認められる。

補正発明は,内燃機関からの排気ガスを浄化するシステムに係り,特にリーン・

バーンで運転する内燃機関からの排気ガスを有効に浄化できる排気ガス浄化システ

ムに関するものである(段落【0001】。


近年,地球環境に対する配慮から二酸化炭素(CO2 )排出量の低減が叫ばれて

おり,自動車の内燃機関の燃費向上を目的に希薄燃焼化(リーン・バーン化)が図

られているが,ガソリンのリーン・バーンエンジン,直噴エンジン,更にはディー

ゼルエンジンからの排気ガスには,酸素が多く含まれており,従来の三元触媒では,

窒素酸化物(NOx)を還元浄化することができない(段落【0002】。そのた


め,流入する排気ガスの空燃比がリーンのときには排気ガス中のNOxをトラップ

し,流入する排気ガスの空燃比が理論空燃比又はリッチのときにはトラップしたN

Oxを放出し,還元するNOxトラップ触媒を使用する方法が有効であるが,この




とき,排気ガス中の還元剤(水素(H2),一酸化炭素(CO),炭化水素(HC))

を増加させることにより,NOxを還元するので,余剰の還元剤,特に余剰のHC

がNOx還元には使われずに放出され,これが排気を悪化させる要因となる。一方,

還元剤を増加すべく,排気ガスの空燃比を急激に理論空燃比又はリッチとすること

は,運転性及び燃費の悪化を起こすため,好ましくない(段落【0003】【00


04】。


そこで,NOx還元について水蒸気改質によりH2 を生成する触媒や,HC吸着

触媒を利用する方法などがなされたが,従来の方法では,NOxの還元浄化性能と
HCの酸化浄化性能の両立が困難であり,排気ガスのクリーン化を図るためには,

燃費悪化,触媒容量及び触媒量の増加を免れなかった(段落【0005】〜【00

10】。


補正発明は,このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり,そ

の目的とするところは,コンパクトな触媒を実現でき,NOxの還元浄化性能とH

Cの酸化浄化性能を両立させ得る排気ガス浄化システムを提供することにあり,従

来は完全燃焼させようとしていたHCを不完全燃焼させ,HCの部分酸化反応を誘

発してH2 を発生させ,NOx還元に供することを骨子とする。そのための構成と

して,補正発明は,排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を

吸収し,λが1以下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒

と,排気ガス中の酸素濃度を制御するO2 制御手段と,を備える内燃機関の排気ガ

ス浄化システムであり,排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラ

ップ材に吸収させ,排気ガスのλが1以下のとき,上記O2 制御手段で浄化触媒入

口における排気ガス中の酸素濃度を0.8〜1.5vol%に制御するとともに,

上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,還元させるようにしたことを特徴と

する(段落【0011】〜【0013】。すなわち,HCの部分酸化によりH2 と


COが生成され,H2 とCOは脱離NOxを有効に還元し,浄化するのであるが,

O2濃度が0.8vol%未満では,H2及びCO生成量が不十分となり,HCの有




効利用率向上効果が得られず,逆に,O2 濃度が1.5vol%を超えると,還元

剤の酸化反応が優勢になり,有効な還元剤であるH2 及びCOが酸化反応により消

費されることになり,さらにまた,浄化触媒がO2 による被毒を受けて部分酸化反
応活性が不十分となるとともに,NOxを還元できなくなるため,対象とする排気

ガスのO2 濃度を0.8〜1.5vol%の範囲内で行うことにより,ともに浄化

されるべきHCとNOxの同時浄化が実現されることになる(段落【0037】。


このように,HCを不完全燃焼させて部分酸化反応を誘発し,HC脱離とNOx

脱離を所定条件下で同期させることとしたため,コンパクトな触媒を実現でき,N
Oxの還元浄化性能とHCの酸化浄化性能を両立させ得る排気ガス浄化システムを

提供することができる(段落【0014】。




2 取消事由1(引用発明の認定の誤り)及び取消事由2(補正発明と引用発明

との一致点及び相違点の認定の誤り)について

(1) 甲1発明について

ア 引用例1の記載事項

引用例1(甲1)には以下の記載がある。

「【請求項1】 排気ガスの温度が所定温度域にあるときにおいて該排気ガスの酸素

濃度が高い酸素過剰雰囲気では該排気ガス中のNOxを吸収し該酸素濃度が低下す

るとその吸収していたNOxを放出するNOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄

化用触媒において,更に,Ce−Zr−Pr複酸化物を含むことを特徴とする排気

ガス浄化用触媒。

【請求項2】 請求項1に記載されている排気ガス浄化用触媒において,上記貴金属

の少なくとも一部は上記Ce−Zr−Pr複酸化物に担持されていることを特徴と

する排気ガス浄化用触媒。」

「【0001】

【発明の属する技術分野】本発明は,排気ガス浄化用触媒及び排気ガス浄化装置に




関する。

【0002】

【従来の技術】エンジンの排気ガスを浄化するための触媒として,排気ガスの酸素

濃度が高い酸素過剰雰囲気(リーン燃焼運転時)では排気ガス中のNOxをBa等

のNOx吸収材に吸収し,排気ガスの酸素濃度が低下したとき,すなわち,リッチ

燃焼運転時(理論空燃比近傍になったとき又は理論空燃比よりもリッチになったと

き)に吸収していたNOx(窒素酸化物)を放出して貴金属上に移動させ,これを

排気ガス中の還元ガス(HC(炭化水素),CO,H2)と反応させてN2 に還元浄化

すると共に,当該還元ガスであるHC,COをも酸化浄化する,いわゆるリーンN

Ox浄化触媒が知られている。

【0003】また,このようなリーンNOx浄化触媒には,酸化数が変化して酸素

の貯蔵及び放出を行う酸素吸蔵材を含ませることも知られている。この酸素吸蔵材

は,主として,排気ガスに大量に含まれるNOをNOx吸収材に吸収されやすいN

O2に酸化するための酸素供給源として利用されている。
【0004】かかる酸素吸蔵材として,CeO2 の他に,このCeO2 とZrO2 との

複合酸化物を用いることも知られている(特許文献1参照)。

【0005】また,空燃比が理論空燃比(A/F=14.7)を挟んで±1.0以

下の範囲(A/F=13.7〜15.7)で反転を繰り返すように制御されるエン

ジンに関し,その排気ガス浄化用のいわゆる三元触媒として,触媒成分としてのP

dと,助触媒としての酸化セリウムと,Ce−Pr複合酸化物とをハニカム担体に

担持し,酸化セリウムとCe−Pr複合酸化物(CeイオンとPrイオンとを含む

複酸化物のこと,以下,同じ。)とによって高温時におけるPdの触媒活性を高める

ことも知られている(特許文献2参照)」


「【0007】

【特許文献1】特開平9−928号公報(段落0025)

【特許文献2】特開平9−313939号公報(段落0022,0029)




【0008】

【発明が解決しようとする課題】本発明者は,先にOSC性能(酸素吸蔵性能)が

高いCe−Pr複酸化物を含ませることによって,リーン燃焼運転時のNOx吸収

性能を高めることができるリーンNOx触媒を開発した。そのメカニズムは次のよ

うに考えられる。

【0009】すなわち,排気ガス中の酸素濃度が低下したとき(リッチ燃焼運転時)

にCe−Pr複酸化物から酸素が活性酸素として活発に放出され,この活性酸素に

よって排気ガス中のHCが部分酸化されて活性化され,NOxの還元反応が進み易

くなる。一方,NOx吸収材はリッチ燃焼運転時にNOxが効率良く消費されるた

め,NOx吸収能が回復し,リーン燃焼運転時のNOx吸収性能が良くなる。

【0010】また,排気ガス中のNOはリーンNOx触媒の貴金属上で酸化されて

反応中間体NO2δ- を生じるが,Ce−Pr複酸化物によってNOx吸収材のイオ

ン化ポテンシャルが高まることから,反応中間体NO2 δ-がNOx吸収材上にスピ
ルオーバーし易くなり,リーン燃焼運転時のNOx吸収性能が高くなる。

【0011】ここで,上記スピルオーバーによるNOx吸収メカニズムを説明する

前に,従来から考えられている吸収メカニズムを先に説明する。それは,炭酸バリ

ウム(NOx吸収材)を例にすると次の通りである。

【化1】




【0012】すなわち,このメカニズム@は,貴金属上で上記@−1反応を生じ,

生成したNO2 が上記@−2反応によりNOx吸収材に吸収されるというもので

ある。従って,酸素吸蔵材が式@−1又は@−2の反応を生じ易くするものである

こと,排気ガス中のNOがNOx吸収材に吸収される温度域において,NOよりも




NO2の存在比率が高い(当該温度域でNO2が安定に存在し得る)ことが,当該メ

カニズムによるNO吸収の好ましい条件となる。

【0013】しかし,本発明者は,そのような条件が成立しない場合でも,酸素吸

蔵材がNOx吸収材のイオン化ポテンシャルを高めるものであるときは,NOx吸

収性が高まり,NOx浄化率が向上することを見出した。

【0014】すなわち,酸素吸蔵材がNOx吸収材のイオン化ポテンシャルを高め

るということは,このNOx吸収材は,電子を取り去るために必要なエネルギー(陽

イオンになるために必要なエネルギー)が高い状態になるということである。換言

すれば,NOx吸収材の電子が酸素吸蔵材の方へ引かれて該NOx吸収材が単独で

存在する場合よりも強く正に荷電した状態になるということである。NOx吸収材

として例えば炭酸バリウムを用いた場合,そのBaの正に荷電する度合が高くなる

ことを意味する。

【0015】従って,上記メカニズム@とは異なるNO吸収メカニズムを考える必

要がある。それは,次のメカニズムAである。

【化2】




【0016】すなわち,これは,貴金属上で反応中間体NO2δ- を生じ,これがN
Ox吸収材上に移動(スピルオーバー)して吸収されるというものである。

【0017】このメカニズムAによる場合,NOx吸収材が貴金属上の負に荷電し

た上記反応中間体(短命中間体)を引き付けるように働くことが反応を効率良く進

行させる条件となる。この点,NOx吸収材のイオン化ポテンシャルを高める当該

酸素吸蔵材の場合,当該NOx吸収材を単独で存在する場合よりも強く正に荷電さ





せるから,上記反応中間体が貴金属上から当該NOx吸収材に引かれてスピルオー

バーし易くなる。よって,NOx吸収材のNO吸収性が高まり,NOx浄化率が向

上することになる。

【0018】しかし,本発明者がさらに研究を進めたところ,Ce−Pr複酸化物

を含むリーンNOx触媒は,排気ガス温度が350℃以上の高温時,特に500℃

付近になると,リーン燃焼運転時のNOx浄化率が低くなることがわかった。また,

リーン燃焼運転からリッチ燃焼運転に移行したときのNOx浄化率が期待するほど

には高くないことがわかった。すなわち,リッチ燃焼に移行した当初はNOx吸収

材から多量のNOxが放出されるが,この放出に対してリーンNOx触媒によるN

Oxの浄化が追いつかず,未浄化のまま排出されるNOx量が一時的に多くなる,

という現象である。

【0019】そこで,本発明は,リーン燃焼運転時の上記スピルオーバーによるN

Ox吸収性を高めながら,特に高温域でのNOx吸収性を高めながら,リーン燃焼

運転からリッチ燃焼運転へ移行した当初のNOx浄化率の低下の問題を解決するこ

とを課題とする。

【0020】

【課題を解決するための手段】本発明者は,上記問題について研究した結果,エン

ジンの運転状態がリーン燃焼からリッチ燃焼へ移行した当初,NOx吸収材から大

量のNOxが放出されるものの,OSC性能が高いCe−Pr複酸化物からも大量

の酸素が放出されること,特に排気ガス温度が高いときのそれらの放出量が多いこ

と,そのために貴金属まわりが予定するリッチ雰囲気(還元性雰囲気)にならず,

NOxの浄化が効率良く進まないことを見出した。

【0021】そうして,Ce−Pr複酸化物に第三の金属イオンとしてZrイオン

を含ませれば,排気ガス温度が高い場合でもリッチ燃焼運転時のNOx浄化率が高

まること,しかもNOx吸収材のリーン燃焼運転時におけるNOx吸収性が高まる

ことを見出し,本発明を完成したものである。




【0022】すなわち,請求項1に係る発明は,排気ガスの温度が所定温度域(例

えば170〜500℃)にあるときにおいて該排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰

雰囲気では該排気ガス中のNOxを吸収し該酸素濃度が低下するとその吸収してい

たNOxを放出するNOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒において,

更に,Ce−Zr−Pr複酸化物(CeイオンとZrイオンとPrイオンとを含む

複酸化物のこと。以下,同じ。)を含むことを特徴とする。

【0023】このような触媒であれば,上記反応中間体NO2δ- のスピルオーバー

性を高めながら,排気ガスの酸素濃度が低下したときに貴金属まわりに酸素が過剰
に供給されることを避けることができる。それは,次のように考えられる。

【0024】従前のCe−Pr複酸化物のOSC性能は主としてCeイオンの含有

量に依存し,また,そのスピルオーバー性はPrイオンを複合させたことによる。

これに対して,本発明に係るCe−Zr−Pr複酸化物は,Ce−Pr複酸化物と

は違ってZrイオンを含むが,このZrイオンはPrイオンによるスピルオーバー

性を悪化させず,その量によっては逆に高温時のスピルオーバー性を高める働きを

する一方で,当該Ce−Zr−Pr複酸化物のOSC性能を適度に低下させる働き

をする。

【0025】また,Ce−Zr−Pr複酸化物は,Zrイオンを含むことから,そ

れだけOSC性能に影響するCeイオンの含有比率を少なくなるが,その割にはO

SC性能は大きくは低下しない。これは,Zrイオンの添加によってCe−Zr−

Pr複酸化物の結晶構造の歪みが大きくなり,そのことがOSC性能に有利に働く

ためと考えられる。

【0026】従って,本発明に係る触媒であれば,Ce−Zr−Pr複酸化物によ

る反応中間体NO2δ- のスピルオーバーにより,排気ガスの酸素濃度が高いリーン

のときの排気ガス高温時(例えば400〜500℃)におけるNOx吸収材のNO

x吸収性能を高める,つまりリーンNOx浄化率を高めることができる。しかも,

排気ガス高温時でも,排気ガスの酸素濃度が低下してリッチになったときにCe−




Zr−Pr複酸化物から酸素が過剰に放出されてしまうことを避けることができ,

貴金属まわりをNOxの還元浄化に適切な還元性雰囲気にする上で有利になる。」

「【0032】請求項2に係る発明は,請求項1に記載されている排気ガス浄化用触

媒において,上記貴金属の少なくとも一部は上記Ce−Zr−Pr複酸化物に担持

されていることを特徴とする。

【0033】従って,排気ガスの酸素濃度が低下したとき(リッチ燃焼運転時)に

Ce−Zr−Pr複酸化物に吸蔵されていた酸素が活性酸素として放出されるが,

Ce−Zr−Pr複酸化物に貴金属が担持されているから,貴金属上での活性酸素

と排気ガス中のHCとの反応が進み易くなる。この反応により,HCが部分酸化さ

れて活性化され,NOxの還元反応が進み易くなり,結果的に,HC及びNOx浄

化率が高まる。一方,NOx吸収材はリッチ燃焼運転時のNOxが効率良く消費さ

れるため,NOx吸収能が回復し,リーン燃焼運転時のNOx吸収性能が高くなる。」

「【0058】リーン燃焼運転時における排気ガスの酸素濃度は例えば4〜5%から

20%となり,空燃比はA/F=16〜22あるいはA/F=18〜80である。

一方,リッチ燃焼運転時における排気ガスの酸素濃度は2.0%以下,あるいは0.

5%以下となるように制御される。」

イ 甲1発明について

上記の記載によれば,甲1発明について,以下のとおり,認められる。

甲1発明は,排気ガス浄化用触媒及び排気ガス浄化装置に関するものである(段

落【0001】。


従来,エンジンの排気ガスを浄化するための触媒として,排気ガスの酸素濃度が

高い酸素過剰雰囲気(リーン燃焼運転時)では排気ガス中のNOxをBa等のNO

x吸収材に吸収し,排気ガスの酸素濃度が低下したとき,すなわち,リッチ燃焼運

転時(理論空燃比近傍になったとき,又は,理論空燃比よりもリッチになったとき)

に吸収していたNOx(窒素酸化物)を放出して貴金属上に移動させ,これを排気

ガス中の還元ガス(HC(炭化水素),CO,H2)と反応させてN2 に還元浄化する




とともに,当該還元ガスであるHC,COをも酸化浄化する,いわゆるリーンNO

x浄化触媒が知られており,これに酸化数が変化して酸素の貯蔵及び放出を行う酸

素吸蔵材を含ませることは知られている(段落【0002】〜【0003】。本発


明者は,リーンNOx触媒にOSC性能(酸素吸蔵性能)が高いCe−Pr複酸化

物を含ませると,NOx吸収材のイオン化ポテンシャルが高まることから,反応中

間体NO2 δ-がNOx吸収材上にスピルオーバーしやすくなり,リーン燃焼運転時
のNOx吸収性能が高くなることを発見したが,この触媒は,エンジンの運転状態

がリーン燃焼からリッチ燃焼へ移行した当初,NOx吸収材から大量のNOxが放
出されるものの,OSC性能が高いCe−Pr複酸化物からも大量の酸素が放出さ

れることから貴金属まわりが予定するリッチ雰囲気(還元性雰囲気)にならず,N

Oxの浄化が効率よく進まないという課題があった(段落【0008】〜【002

0】。


そこで,甲1発明は,リーン燃焼運転時の上記スピルオーバーによるNOx吸収

性を高め,特に高温域でのNOx吸収性を高めながら,リーン燃焼運転からリッチ

燃焼運転へ移行した当初のNOx浄化率の低下の問題を解決することを課題とし

(段落【0019】,本発明者は,Ce−Pr複酸化物に第三の金属イオンとして


Zrイオンを含ませることにより,Prイオンによるスピルオーバー性を悪化させ

ず,その量によっては逆に高温時のスピルオーバー性を高める働きをする一方で,

当該Ce−Zr−Pr複酸化物のOSC性能を適度に低下させる働きをすることを

見出した(段落【0021】。


そして,甲1発明は,NOx吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒におい

て,Ce−Zr−Pr複酸化物を含むことによって,酸素濃度が低下したときにC

e−Zr−Pr複酸化物に吸蔵されていた酸素が活性酸素として放出されるが,C

e−Zr−Pr複酸化物に貴金属が担持されているから,貴金属上での活性酸素と

排気ガス中のHCとの反応が進みやすくなり,この反応により,HCが部分酸化さ

れて活性化され,NOxの還元反応が進みやすくなり,結果的に,HC及びNOx




浄化率が高まるようにしたものである(段落【0022】〜【0026】【003


2】【0033】。
, )

(2) 引用発明の認定について

ア 審決は,引用例1に記載された引用発明として,
「排気ガスの酸素濃度が

高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1で

のリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材と,Pt,Rh等の貴金属

と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,を備える車両用のリーン

バーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス浄化装置で

あって,排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材

に吸収させ,理論空燃比近傍又は空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNO

x吸収材からNOxを放出させ,排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属を含む排

気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御され,H

Cが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC

及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」と認定している。この中で,審決

は,HC及びNOx浄化率が高まるとの作用効果を奏する機序として,
「HCが部分

酸化されて活性化」されることを認定している。

イ しかし,甲1発明は,前記(1)イに認定したとおりであるから,甲1発明

における,排気ガスの酸素濃度が低下したとき(リッチ燃焼運転時)に,
「HCが部

分酸化されて活性化され,NOxの還元反応が進みやすくなり,結果的に,HC及

びNOx浄化率が高まる」という作用効果は,NOx吸収材と貴金属とを含む排気

ガス浄化用触媒に追加した「Ce−Zr−Pr複酸化物」によって奏したものであ

って,排気ガスの酸素濃度を前記段落【0058】のように「2.0%以下,ある

いは0.5%以下」となるように制御することによって奏したものではない。すな

わち,
「Ce−Zr−Pr複酸化物」は,前記作用効果を奏するための必須の構成要

件であるというべきであり,排気ガスの酸素濃度を「2.0%以下,あるいは0.

5%以下」となるように制御した点は,単に,実施例の一つとして,リーン燃焼運




転時に「例えば4〜5%から20%」,リッチ燃焼運転時に「2.0%以下,あるい

は0.5%以下」との数値範囲に制御したにとどまり,前記作用効果を奏するため

に施した手段とは認められない。

したがって,引用発明において,
「HCが部分酸化されて活性化」されるのは,N

Ox吸収材と貴金属とを含む排気ガス浄化用触媒において,Ce−Zr−Pr複酸


化物」を含むように構成したことによるものであるから,引用例1に,
「排気ガス浄

化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度は2.0%以下に制御」段落
( 【0058】)

することにより,HCの部分酸化をもたらすことを内容とする発明が,開示されて

いると認めることはできない。

そうすると,審決は,引用発明の認定において,
「酸素濃度は2.0%以下に制御

され,HCが部分酸化されて活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果

的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置」と認定しながら,そのよ

うな作用効果を奏する必須の構成である「Ce−Zr−Pr複酸化物」を排気ガス

浄化用触媒に含ませることなく,欠落させた点において,その認定は誤りであると

いわざるを得ない。

ウ 前記(1)アの記載事項を踏まえると,引用発明は,正しくは,以下のとお

りとなる。

「排気ガスの酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを吸収し,理論空燃比近傍

または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOxを放出するNOx吸収材

と,貴金属と,排気ガスの酸素濃度を変化させる排気制御手段8と,を備える車両

用のリーンバーンエンジンや直噴ガソリンエンジンのようなエンジン4の排気ガス

浄化装置であって,更に,Ce−Zr−Pr複酸化物を含み,排気ガスの酸素濃度

が高い酸素過剰雰囲気ではNOxを上記NOx吸収材に吸収させ,理論空燃比近傍

または空気過剰率λ≦1でのリッチ燃焼運転時にはNOx吸収材からNOxを放出

させ,排気制御手段8でNOx吸収材と貴金属とCe−Zr−Pr複酸化物を含む

排気ガス浄化用触媒1の入口側の排気ガスの酸素濃度が2.0%以下,又は0.5%




以下に制御され,Ce−Zr−Pr複酸化物に吸蔵されていた酸素が活性酸素とし

て放出され,貴金属上での活性酸素と排気ガス中のHCとの反応が進み易くなり,

結果的にHC及びNOx浄化率が高まる,排気ガス浄化装置。」

エ これに対し,被告は,引用発明の認定は,補正発明の特許要件を評価す

るために必要な限度で行えばよいものであって,引用例1自体で特徴とされる事項

(例えば,請求項1に係る発明の発明特定事項)を必ず認定しなければならないとい

うものではなく,引用発明の認定において,必ず「Ce−Zr−Pr複酸化物」が

含まれていることまでも認定しなければならないことにはならないと主張する。

確かに,特許法29条1項3号に規定されている「刊行物に記載された発明」は,

特許出願人が特許を受けようとする発明の新規性進歩性を判断する際に,考慮す

べき一つの先行技術として位置付けられるものであって,「刊行物に記載された発

明」が特許公報である場合に,必ず当該特許公報の請求項における発明特定事項

認定しなければならないものではない。一方で,「刊行物に記載された『発明』」で

ある以上は,「自然法則を利用した技術的思想創作」(特許法2条1項)であるべ

きことは当然であって,刊行物においてそのような技術的思想が開示されていると

いえない場合には,引用発明として認定することはできない。

本件において,審決は,前記のとおり,引用発明として,
「HCが部分酸化されて

活性化されNOxの還元反応が進みやすくなり,結果的にHC及びNOx浄化率が

高まる」との効果を認定しておきながら,その作用効果を奏するための必須の構成

である「Ce−Zr−Pr複酸化物」を欠落して認定したものである。したがって,

審決は,前記作用効果を奏するに必要な技術手段を認定していないこととなり,審

決の認定した引用発明を,引用例1に記載された先行発明であると認定することは

できない。

よって,被告の主張は採用できない。

(3) 補正発明と引用発明との一致点及び相違点について

前記のとおり,審決の引用発明の認定は誤っており,これを前提とする一致点及




相違点の認定には誤りが含まれている。

引用発明は,前記(2)ウのとおり認定するべきであるから,一致点及び相違点は,

以下のとおりとなる。

【一致点】

排気ガスの空気過剰率(λ)が1を超えるときに窒素酸化物を吸収し,λが1以

下のときに窒素酸化物を脱離するNOxトラップ材と,浄化触媒と,排気ガス中の

酸素濃度を制御するO2 制御手段と,を備える内燃機関の排気ガス浄化システムで

あって,排気ガスのλが1を超えるとき,NOxを上記NOxトラップ材に吸収さ
せ,排気ガスのλが1以下のとき,上記NOxトラップ材からNOxを脱離させ,

上記O2 制御手段で浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度が制御され,HC

の部分酸化を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる,排気ガス浄化

システム。

【相違点1”】

NOxトラップ材と浄化触媒に,補正発明は,Ce−Zr−Pr複酸化物を含んで

いないのに対し,引用発明は,Ce−Zr−Pr複酸化物を含む点。

【相違点2”】

排気ガスのλが1以下のとき,補正発明は,浄化触媒入口における排気ガス中の

酸素濃度を0.8〜1.5vol%に制御するのに対して,引用発明は,浄化触媒

入口における排気ガス中の酸素濃度を2.0%以下,又は0.5%以下に制御した

点。

なお,被告は,補正発明は,「NOxトラップ材」「浄化触媒」以外の触媒材料,


特に「HCトラップ材」や「酸素吸蔵材」を含むことを排除したものではなく,引

用発明の「Ce−Zr−Pr複酸化物」を備えたものも含むものと解すべきである

から,引用発明において,排気ガス浄化用触媒に「Ce−Zr−Pr複酸化物」を

含むものと認定したとしても,その点は,補正発明と引用発明との相違点にはなら

ないから,取消事由とならない旨主張する。




しかし,本願明細書には,排気ガス浄化用の触媒として,
「Ce−Zr−Pr複酸

化物」を追加する点は記載されておらず,その示唆もなく,この点が周知技術であ

るとも認められない。したがって,補正発明が「Ce−Zr−Pr複酸化物」を備

えたものを含むものと認めることはできない。

よって,被告の上記主張は採用できない。



3 取消事由4(相違点に関する判断の誤り)について

(1) 新規性判断について

前記のとおり,NOxトラップ材と浄化触媒において,補正発明は,Ce−Zr

−Pr複酸化物を含んでいないのに対し,引用発明は,Ce−Zr−Pr複酸化物

を含んでいる点において相違する(【相違点1”)
】。

前記1で述べたように,補正発明は,排気ガスの空気過剰率(λ)が1以下のと

き,すなわち,リッチ燃焼運転時において,浄化触媒入口における排気ガス中の酸

素濃度を0.8〜1.5vol%に制御することにより,HCの部分酸化反応を誘

発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させるものである。

これに対し,引用発明は,前記2において述べたように,NOxトラップ材と浄

化触媒に「Ce−Zr−Pr複酸化物」を追加することにより,酸素吸蔵材におけ

るリッチ燃焼運転時の酸素供給能力を適度に低下させてHCを部分酸化させ,この

部分酸化を利用してNOxを還元させるものである。

引用発明には,排気ガス中の酸素濃度を制御することにより,HCの部分酸化反

応を誘発し,この部分酸化を利用してNOxを還元させる点は記載されておらず,

この点が周知技術であるとも認められない。一方,前記のとおり,本願明細書には,

触媒に「Ce−Zr−Pr複酸化物」を追加するとの記載や示唆はなく,この点が

周知技術であるとも認められない。したがって,補正発明が「Ce−Zr−Pr複

酸化物」を備えたものを含むものと認めることはできない。

よって,補正発明は,上記相違点1”において,新規性を有すると認められ,こ




れに反する審決の判断は誤りである。

(2) 進歩性判断について

ア 引用発明は,前記2(1)イのとおり,従来の「Ce−Pr複酸化物」の場

合,大量に酸素が放出され,リッチ雰囲気(還元性雰囲気)にならず,NOxの浄

化が効率よく進まないという課題を解決するため,
「Ce−Pr複酸化物」 「Zr」


を追加して「Ce−Zr−Pr複酸化物」として,過剰に酸素が放出されてしまう

ことを避ける,すなわち,適度に酸素の放出を促すことにより,HCの部分酸化反

応を行ったもの(段落【0020】,
【0021】,
【0026】,
【0033】 であり,


HCの部分酸化反応を可能とするのは,あくまで「Ce−Zr−Pr複酸化物」で

ある。

したがって,引用発明において,
「Ce−Zr−Pr複酸化物」は作用効果を導く

ための必須の構成要件であり,引用発明の技術課題の解決手段として設けられたも

のであることからすれば,この発明から「Ce−Zr−Pr複酸化物」を取り除く

と,発明の技術的課題を解決することにはならず,引用発明に接した当業者が,
「C

e−Zr−Pr複酸化物」自体,あるいは,成分としての「Zr」を取り除くこと

を想起するとは考え難い。

イ また,補正発明は,排気ガス中のO2 濃度を制御して,不完全燃焼を生

じさせる,すなわち,HCの部分酸化により生じるH2 とCOにより,脱離NOx

を有効に還元し,浄化するとの技術思想に基づくものであるところ,空気過剰率(λ)

が1以下のときに,排気ガス中のO2濃度が0.8vol%未満では,H2及びCO

生成量が不十分となり,HCの有効利用率向上効果が得られず,逆に,O2 濃度が

1.5vol%を超えると,還元剤の酸化反応が優勢になり,有効な還元剤である

H2及びCOが酸化反応により消費されることになり,さらにまた,浄化触媒がO2

による被毒を受けて部分酸化反応活性が不十分となるとともに,NOxを還元でき

なくなるため,排気ガスのO2 濃度を0.8〜1.5vol%の範囲内で行うとの

構成をとったものであり,この数値範囲には技術的意義があるものである。




一方,引用発明におけるHCの部分酸化は,
「Ce−Pr複酸化物」に「Zr」を

追加して「Ce−Zr−Pr複酸化物」としたことにより,スピルオーバー性を悪

化させず,あるいは高温時のスピルオーバー性を高める一方,あえて,酸素吸蔵材

の酸素吸蔵性能を適度に低下させることによって,過剰に酸素が放出されてしまう

ことを避けることで達成されるものである。したがって,補正発明と引用発明とは,

部分酸化反応を生起させる技術思想が全く異なっており,引用発明において,相違

点2”に示されるようなO2 濃度に係る数値範囲を適用しようとする動機付けがあ

るとはいえない。
加えて,引用発明の段落【0058】には,リーン燃焼運転時における酸素濃度

が「2.0%以下」の場合だけでなく,
「0.5%以下」との記載もあることにも照

らすと,引用発明の記載に接した当業者において,リッチ燃焼運転時における排気

ガスのO2濃度の下限を0.8%と設ける動機付けがあるとはいえない。

ウ 被告の主張について

(ア) 被告は,引用発明において,
「Ce−Zr−Pr複酸化物」以外の

触媒材料には「NOx吸収材」や「貴金属」が含まれており,排気ガス中には酸素

濃度が低下してもある程度(2%以下)の酸素が存在しているのであるから,たと

え「Ce−Zr−Pr複酸化物」がなくても,この酸素が貴金属上で排気ガス中の

HCと反応して,HCが部分酸化反応を誘発し,NOxの還元反応が進み,結果的

に,HC及NOx浄化率が高まることに変わりはないことは,当業者であれば理解

できる旨主張する。

しかし,前記に述べたとおり,引用発明の技術的意義からすれば,必須の構成で

ある「Ce−Zr−Pr複酸化物」を取り除くことは想定されないものである。ま

た,後に補正発明の構成に接した当業者が,排気ガス中の酸素濃度低下によるHC

の部分酸化反応によるとの機序を推測をすることができるとしても,引用例1には,

HCの部分酸化に適した浄化触媒入口における排気ガス中の酸素濃度範囲について

の開示がなく,この点を裏付ける周知例もないことからすると,補正発明の優先権




主張日当時に,引用発明において,Ce−Zr−Pr複酸化物」
「 を取り除いた上で,

排気ガス中の酸素濃度を制御することにより部分酸化反応を誘発することについて,

当業者が容易に想到できたものと認めることはできない。

なお,被告の提出する特開2003−245552号公報(乙1)及び特開20

00−257469号公報(乙2)は,NOx吸収材を利用した排気ガス浄化装置

において,酸素吸蔵材を用いない例があることを示すにすぎないものであって,引

用発明から「Ce−Zr−Pr複酸化物」を取り除くことを動機付けたり,示唆を

与えたりするものではなく,この存在を考慮に入れても,上記(2)アの判断を左右す

るものではない。

(イ) 被告は,引用周知例(甲2)を提示して,リッチ時に酸素量の下

限を設けることも,当業者によく知られていた技術的事項である旨主張する。

そこで検討するに,引用周知例には,
「エンジンの排気通路に配設され,排気中の

酸素濃度が高い酸素過剰雰囲気でNOxを吸収する一方,酸素濃度の低下によって

前記吸収したNOxを放出するNOx吸収材と,前記NOx吸収材へのNOxの吸

収過剰状態を判定するNOx吸収過剰状態判定手段と,前記NOx吸収過剰状態判

定手段によりNOxの吸収過剰状態が判定されたとき,排気中の酸素濃度を低下さ

せる酸素低減手段とを備え,前記NOx吸収材の近傍又は排気上流側の少なくとも

一方に,ゼオライトからなる吸着剤が配設されていることを特徴とするエンジンの

排気浄化装置において,酸素低減手段は,排気中の酸素濃度を略0.5%〜略1%

の範囲に低下させるものであることを特徴とするエンジンの排気浄化装置。(請求


項9,11)が記載されている。そして,引用周知例では,
「酸素濃度を略0.5%

〜略1%の範囲に低下させる」ためには,理論空燃比が略15〜16(リーン状態)

でよいと記載されており(段落【0026】 ,酸素濃度を略0.5%〜略1%の範


囲に低下させるのは,そもそもリッチ燃焼運転時を念頭においたものではないこと

は明らかである(なお,被告は,引用周知例の請求項6及び7の記載から,リーン

とリッチとを変動させることが開示されていると主張するが,これらの請求項は,




引用周知例における「第1の解決手段」(段落【0010】)に係るものであって,

上記のように「酸素濃度を略0.5%〜略1%の範囲」とするのは,NOx吸収材

の近傍に,ゼオライトからなる吸着剤を設けて排気中の還元剤成分を吸着させ,そ

の還元剤成分を大気中に逃がすことなくNOxと反応させる「第2の解決手段」に

係るものであるから,被告の上記主張は,周知例の適用を基礎付けるものではない。。


したがって,引用周知例の記載をもって,
「リッチ時に酸素量の下限を設けること

が当業者によく知られていた技術常識」であると認めることはできない。

加えて,引用周知例が「酸素濃度を略0.5%〜略1%の範囲に低下させる」と

したのは,請求項9〜11に係る発明において,NOx吸収材の近傍にゼオライト

からなる吸着剤を配設して(請求項9),これにより,排気中の酸素濃度がこの範囲

にあっても,吸着剤により還元剤成分が吸着保持されるので,空燃比を理論空燃比

になるように制御したときと同じように,NOx吸収材を再生することができ,こ

のことで燃費の悪化を抑えながらNOx吸収材を十分に再生できる(段落【002

7】)ためである。したがって,引用周知例における酸素濃度制御は,前記NOx吸

収材の近傍にゼオライトからなる吸着剤を配設することと一体不可分であると認め

られ,補正発明における酸素濃度制御とはその前提が異なっており,この点におい

ても,本件で適用すべき周知例としては不適切であるといわざるを得ない。

(ウ) また,被告は,例示周知例(甲3,甲4)を提示して,NOxの

浄化率が排ガスの酸素濃度(約0.4容量%〜約1.5容量%の範囲)に応じて変

動すること,及び,排ガスの酸素濃度約0.9容量%付近においてNOx浄化率が

高くなることは,本願の優先権主張の日前に周知である旨主張する。

しかし,例示周知例(甲3,甲4)は,いわゆる三元触媒に関するもので,排気

ガスの空燃比を理論空燃比付近に制御することを必要とする技術を前提とするもの

であり,補正発明のようなNOxトラップ材を有するものではないため,補正発明

における酸素濃度制御の前提である「排気ガスについてリーンと理論空燃比又はリ

ッチとを変動させる」ことを条件とするものでもなく,対象とする浄化触媒の前提




が異なるものである。よって,例示周知例(甲3,甲4)を引用発明に適用するこ

とのできる周知例と認めることはできない。

エ 以上によれば,引用発明に周知例を適用することにより,相違点1”及

び2”に係る構成を容易に発明できたものということはできない。

(3) したがって,補正発明が新規性及び進歩性を欠くとして,特許出願の際独

立して特許を受けることができないとして本件補正を却下した審決の判断は,誤り

である。



第6 結論

以上によれば,原告主張の取消事由には理由がある。

よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。




知的財産高等裁判所第2部




裁判長裁判官

清 水 節




裁判官

中 村 恭





裁判官
中 武 由 紀