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関連審決 訂正2009-390096
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成21行ケ10266審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 新規性 /  進歩性(29条2項) /  引用発明の認定 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  実施 /  設定登録 /  訂正審判 /  誤記の訂正 /  訂正の目的 /  請求の範囲 /  減縮 /  釈明 / 
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事件 平成 22年 (行ケ) 10019号 審決取消請求事件
原告 株式会社安川電機
訴訟代理人弁理士 本多弘徳
同 小栗昌平
同 市川利光
被告 特許庁長官
指定代理人 片岡弘之
同 大河原 裕
同 槇原進
同 岩崎伸二
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/07/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が訂正2009−390096号事件について平成21年12月14日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求 主文同旨第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「モールドモータ」とする特許第3425740号(平成4年7月13日特許出願。平成15年5月9日特許権設定登録。以下「本件特許」という。甲5)の発明(以下「本件発明」という。)について,平成21年8月4日,訂正審判(訂正2009-390096号事件)を請求した(以下,この訂正審判請求を「本件訂正」という。)。
特許庁は,平成21年12月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年12月25日,原告に送達された。
2訂正事項後記のとおり,審決が判断した訂正事項は,訂正事項a(特許請求の範囲に係る部分)と訂正事項b(明細書に係る部分)である。
このうち,本件訂正後の本件特許の明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下線部が本件訂正部分である。甲4。別紙「本件特許明細書図面」参照)。
「【請求項1】 継鉄部と,外周側が開放され内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部とに分割されるとともに,前記歯部にコイルが巻装され,かつ,前記継鉄部と歯部とが,プレス抜きの後積層されて,一体的に構成されるステータコアと,前記ステータコアをインサート成形した前記絶縁性樹脂からなるフレームと,前記フレームに嵌合固定するブラケットとを有するモールドモータにおいて,前記コイルの巻装形状を,コイルエンドの軸方向端面の外周側を平坦面にするとともに,コイルエンドの軸方向端面の内周側にテーパを形成した台形状とし,かつ,前記フレームのコイルエンドの軸方向端部の平坦面と接する部分の厚みを薄くし,前記コイルエンドと前記ブラケットとを,肉厚のきわめて薄い樹脂製のフレームからなる細隙を介して対向させたことを特徴とするモールドモータ。」3審決の理由審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。審決の判断の概要は,以下のとおりである。
まず,審決は,訂正事項aは,本件特許の明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「歯部」について,「内周側が連結された」とあったのを「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された」と限定するものであって,特許請求の範囲減縮を目的とするものに該当し,また,訂正事項bは,特許請求の範囲についての訂正事項aの訂正に伴い,本件特許の明細書の発明の詳細な説明において対応する箇所の記載を整合させたものであるから,明りょうでない記載の釈明を目的とするものに該当すると判断した。そして,審決は,訂正事項a及び訂正事項bが,本件特許の明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものであるかについて検討した。
(1)訂正事項aについてア本件訂正のうち,訂正事項aは,本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書(以下,願書に添付した図面と併せて,「本件特許明細書」という。甲5)の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である「歯部」について,「内周側が連結された」とあったのを,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された」と限定するものである。
本件特許明細書の記載によると,ステータコアが継鉄部2と歯部3に分割されることは記載されているものの,歯部3が個々に分割されることについては記載がなく,一体的に構成されるステータコアにおいて,一の歯部3の内周側が絶縁性樹脂を介して隣接する歯部3の内周側と連結されることを示唆するものではない。
また,本件特許明細書の【図2】又は【図4】において,一の歯部3のステータコア内周に沿う部分と隣接する歯部3のステータコア内周に沿う部分との関係は明確ではなく,一の歯部3のステータコア内周に沿う部分と隣接する歯部3のステータコア内周に沿う部分との間に絶縁性樹脂からなるフレーム6と同じハッチングの部分が介在しているとまでは読み取ることができないから,一体的に構成されるステータコアにおいて,一の歯部3の内周側が絶縁性樹脂を介して隣接する歯部3の内周側と連結されることが記載されているとはいえない。
さらに,一体的に構成されるステータコアにおいて,一の歯部3の内周側が絶縁性樹脂を介して隣接する歯部3の内周側と連結されることについては,技術常識を考慮しても本件特許明細書の記載から自明な事項であるとはいえない。
かえって,本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1における「継鉄部と,外周側が開放され内周側が連結された歯部とに分割されるとともに,前記歯部にコイルが巻装され,かつ,前記継鉄部と歯部とが,プレス抜きの後積層されて,一体的に構成されるステータコア」との記載によれば,ステータコアの分割される歯部について,「内周側が連結された歯部」とされているのであるから,むしろ一の歯部3の内周側が隣接する歯部3の内周側と直接に連結されているものと解する方が自然である。
イ請求人(原告)は,請求項には時の要素又は時系列的な記載表現は用いられておらず,組み立て後のモールドモータにおけるステータコアの状態について特定する記載である,したがって,組み立て順序が特定されていることを前提にしたと解される「ステータコアを一体的に構成する前の分割された歯部について『内周側が連結された歯部』としているのであるから」(甲2,4頁2行〜4行)との認定は,明らかに誤認である,連結には“車両を連結する”との慣用的用法にも見られるとおり,もともと物理的に分離されているものを連ね結ぶという意味が備わることから,「内周側が連結された歯部」とは,もともと分離されている各歯部を連結したものであると解するのは自然なことである,と主張する。
しかし,本件特許明細書には,「内周が連結された」ことに関して具体的な説明がない。また,「連結」の語は,「つらねむすぶこと。むすびあわせること。」(株式会社岩波書店 広辞苑第六版)を意味するところ,それが「もともと物理的に分離されているものを連ね結ぶ」意味であるとの限定的な解釈をすべき理由は見当たらないから,ステータコアの分割される歯部が,もともと分離されている各歯部を連結したものであると解することはできない。よって,請求人(原告)の上記主張は理由がない。
請求人(原告)は,【図2】の拡大図を示して,歯部について「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された」ことが明らかであるとする。しかし,拡大図によっても,一の歯部3のステータコア内周に沿う部分と隣接する歯部3のステータコア内周に沿う部分との関係は明確でなく,依然として,一の歯部3のステータコア内周に沿う部分と隣接する歯部3のステータコア内周に沿う部分との間に絶縁性樹脂からなるフレーム6と同じハッチングの部分が介在しているかは不明であるから,当該事項が明らかであるとはいえない。そもそも拡大図を示さなければ理解できないような事項は,特許明細書等に技術開示がなされているとはいえない。
請求人(原告)が主張するように,「歯部の内周側が絶縁性樹脂を介して連結されること」が周知の技術であるとしても,モータのステータコアにおいて,一の歯部の内周側が隣接する歯部の内周側と直接に連結されることも本件特許出願の出願前に周知の技術であるといえるから,本件発明において「歯部の内周側が絶縁性樹脂を介して連結されること」が自明の事項であるとはいえない。
以上からすると,訂正事項aにより訂正された「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」については,本件特許明細書に記載されているとはいえず,また,本件特許明細書の記載から自明な事項であるとはいえないから,訂正事項aが,本件特許明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものとはいえない。
したがって,訂正事項aは,本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてされたものであるとは認められない。
(2)訂正事項bについて訂正事項bは,特許請求の範囲についての訂正事項aの訂正に伴い,発明の詳細な説明において対応する箇所の記載を整合するように訂正するものであって,訂正事項aと実質的に同じ訂正をするものであるから,前記と同様の理由により,特許明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものであるとは認められない。
(3)以上のとおり,訂正事項a及びbは,平成6年法律第116号附則6条1項の規定によりなお従前の例によるものとされた同法による改正前(以下「平成6年改正前」という。)の特許法126条1項ただし書の規定に適合しないから,本件訂正は認められない。
第3当事者の主張1取消事由に係る原告の主張審決には,以下のとおり,(1)絶縁性樹脂を介しての連結が本件特許明細書に記載されていないと認定した誤り,(2)絶縁性樹脂を介しての連結が本件特許明細書において自明な事項ではないと認定した誤りがあり,その結果,審決は,本件訂正が本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえないとの誤った判断をしたから,取り消されるべきである。
(1)絶縁性樹脂を介しての連結が本件特許明細書に記載されていないと認定した誤り審決は,「上記『オ.』の記載があるとしても,…,一の歯部3のステ一夕コア内周に沿う部分と隣接する歯部3のステ一夕コア内周に沿う部分との間に絶縁性樹脂からなるフレーム6と同じハッチングの部分が介在しているとまでは読み取ることができないから,一体的に構成されるステ一夕コアにおいて,一の歯部3の内周側が絶縁性樹脂を介して隣接する歯部3の内周側と連結されることが記載されているとはいえない。」(審決書5頁26行〜33行)と認定した。
しかし,審決には,以下のとおり,誤りがある。
ア歯部3の内周側に絶縁性樹脂が介在していることを読み取ることができないとした認定の誤り審決が,本件特許明細書の図面等から,歯部3の内周側に絶縁性樹脂が介在していることを読み取ることができないと認定した点は,誤りである。
願書に添付した図面とは,発明の詳細な説明に記載された内容の理解を助けるためのものであるから,発明の詳細な説明に何が記載されているのかは,図面を参酌した上で決定される。そうであるところ,本件特許明細書(甲5)の【図2】及び【図4】(別紙「本件特許明細書図面」【図2】,【図4】参照)及び本件特許の願書に最初に添付した図面(甲6)の【図2】及び【図4】の記載(内周上に3箇所記載のある歯部3同士の間)によれば,隣接する各歯部3の間は,内周面上においても僅かな隙間を備えて分離されており,該隙間部分には絶縁性樹脂からなるフレーム6と同じハッチングの部分がある。したがって,本件特許明細書には,「一の歯部3のステ一夕コア内周に沿う部分と隣接する歯部3のステ一夕コア内周に沿う部分との間に絶縁性樹脂からなるフレーム6と同じハッチングの部分が介在している」ことが記載されていると認めることができ,これと異なる審決の前記認定は,誤りである。
イ歯部3の内周に沿う部分まで絶縁性樹脂を介して連結される必要があることを前提とした誤り審決は,歯部3の「内周に沿う部分」までが絶縁性樹脂を介して連結される必要があることを前提に判断した点においても,誤りである。すなわち,本件訂正は,単に「歯部の内周側」としているだけであり,審決説示のように,ステ一夕コア内周に沿う部分と隣接する歯部3のステ一夕コア内周に沿う部分 との(最先端表面上の)隙間にまで絶縁性樹脂を介することとしたものではないから,審決の上記前提には誤りがある。
ウしたがって,「一体的に構成されるステ一夕コアにおいて,一の歯部3の内周側が絶縁性樹脂を介して隣接する歯部3の内周側と連結されること」は,本件特許明細書に記載されていたといえる。
(2) 絶縁性樹脂を介しての連結が本件特許明細書において自明な事項ではないと認定した誤り審決は,「一体的に構成されるステ一夕コアにおいて,一の歯部3の内周側が絶縁性樹脂を介して隣接する歯部3の内周側と連結されることについては,技術常識を考慮しても特許明細書等の記載から自明な事項であるとはいえない。」(審決書5頁34行〜37行)と認定した。
しかし,審決の認定には,次のとおり誤りがある。すなわち,ア直接連結の場合の図面表示に係る技術常識との関係歯部3が直接に連結(歯部の薄肉部分による連結)される場合には,直接に連結(薄肉歯部により連結)されている旨を図面中に明示するのが技術常識である(甲7の第1図,第2図,甲8の第2図(23a)参照,図6,甲8の第1図,第2図,第4図,甲9の第1図,第2図,甲10の第1図,甲11の第1図ないし第4図,甲12の第1図)。
そうであるところ,本件特許明細書の【図2】及び【図4】においては,拡大して見ても「一の歯部3の内周側が隣接する歯部3の内周側と直接に連結されている」(審決書6頁5行,6行,21行,22行)ようには描かれていない。本件特許明細書の図面は,隣接歯部間との隙間は狭いほうが,歯部の内周面上を通過する各磁力線が漏れることもなく効率よく各歯部を出入りすることができるので,そのとおり狭く描いているだけのことであり,決して隣接歯部が直接に連結されていることを描いたものではない。
そうすると,薄肉歯部による連結部を描いてない本件特許明細書の【図2】及び【図4】からすれば,各歯部は分離しているものと認識されることが自明であるといえる。
そして,各歯部が分離している以上,当然のことながら,各歯部間には必ず隙間が存在し,その状態で絶縁性樹脂によってインサート成形した場合には,各歯部間に存在する隙間(コア内周面に存在する隙間においても同様)に絶縁性樹脂が充填され,歯部が絶縁性樹脂を介して連結されることになることは,自明の技術的事項である(甲13の第1図,甲14の第4図,甲15の第4図,甲16の第2図)。
イ図面の記載と技術常識明細書中に特定の技術的事項の構成について格別の記載や示唆が存しなくとも,図面に特定の技術的事項に係る記載があり,かつ,出願当時,その特定の技術的事項が広く知られたものであれば,当業者はその図面の記載から,明細書記載の発明が,図面に記載された特定の技術的事項の構成を有するものであると認識することができるというべきである(東京高等裁判所平成8年(行ケ)第42号平成9年9月18日判決参照)。
本件においても,明細書中に「内周側が絶縁性樹脂を介して連結される歯部」について格別の記載や示唆が存しなくとも,前記のとおり図面には「内周側が絶縁性樹脂を介して連結される歯部」の記載があり,かつ,出願当時,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結される歯部」は広く知られた技術的事項であったから(甲13〜15),当業者はその図面の記載から,本件特許明細書記載の発明が,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結される歯部」を有する構成のものであることを認識することができる。
ウ本件発明の課題解決との関係「連結」には,通常,介在物がない「直接連結」と介在物がある「間接連結」とが含まれるが,本件訂正前の請求項1及び発明の詳細な説明(段落【0004】)の各「連結」が,「直接連結」と「間接連結」の両方を含むことは,そのいずれの場合にも本件発明の課題を達成できることからみて,当業者にとっては自明な事項である。すなわち,本件特許明細書の発明の詳細な説明においては,本件発明の作用効果について,「コイルの巻装形状を,コイルの内周側にテーパを形成した台形状とし,かつ,コイルエンドの軸方向端面の外周側の樹脂製フレームの厚みを薄くし,前記コイルエンドと前記ブラケットとを細隙を介して対向させているので,歯部間におけるコイルのスペースファクタを高くすることができるとともに,コイルの冷却を良好にすることができ,したがってモータ特性を向上させるとともに,モータの全長を短くすることができる」(甲5,段落【0007】)と記載されており,当業者であれば,この発明の詳細な説明の記載からみて,「連結された歯部」が「直接連結」及び「間接連結」のどちらであっても,かかる作用効果を奏して本件発明の課題を解決できることを,当然に認識することができるから,「連結された歯部」は「直接連結」と「間接連結」の両方を含むものと理解する。
エ以上によれば,一体的に構成されるステータコアにおいて,一の歯部3の内周側が絶縁性樹脂を介して隣接する歯部3の内周側と連結されることについては,図面と技術常識を考慮すると,特許明細書の記載から自明な事項であるといえる。
2被告の反論(1)絶縁性樹脂を介しての連結が本件特許明細書に記載されていないと認定した誤りに対しア歯部3の内周側に絶縁性樹脂が介在していることを読み取ることができないとした認定の誤りに対し甲5(本件特許公報)及び甲6(出願当初の明細書及び図面)の【図2】及び【図4】の記載(特に,原告が指摘する「内周上に3箇所ある歯部3間」)を見ても,一の歯部3のステータコア内周に沿う部分と隣接する歯部3のステータコア内周に沿う部分との関係は明確でなく,各歯部3間は内周面上において隙間を備えて分離されているとはいえない。すなわち,原告が主張する「隣接する各歯部3間は内周面上においても僅かな隙間を備えて分離されており」の点は,本件特許明細書中には記載も示唆もなく,図面(【図2】及び【図4】。3.4倍に拡大した甲1の参考図面を含む。)の記載からも否定される。そして,原告が主張する「該隙間部分はフレーム6を構成する絶縁性樹脂によって埋められている」点は,その前提が成り立たないから,誤りである。
イ歯部3の内周に沿う部分まで絶縁性樹脂を介して連結される必要があることを前提とした誤りに対し本件発明における歯部の「内周側」が歯部のどの部分を指しているのかについては,甲5(本件特許公報)及び甲6(出願当初の明細書及び図面)には記載も示唆もなく,原告は主張の中でもそれを明らかにしていない。そうすると,審決が,歯部のステータコア内周に沿う部分を歯部の「内周側」と解釈したことが否定されるものではない。
(2) 絶縁性樹脂を介しての連結が本件特許明細書において自明な事項ではないと認定した誤りに対しア 直接連結の場合の図面表示に係る技術常識との関係に対し原告は,歯部3が直接に連結される場合には,その旨が図面中に明示されるのが通常であるから,薄肉歯部による直接連結部を描いていない本件特許明細書の図面からは,各歯部が分離するものであることが自明であると主張する。
しかし,前記のとおり,本件特許明細書の【図2】及び【図4】から各歯部3間は内周面上において隙間を備えて分離されている(薄肉歯部による直接連結部を描いていない)とはいえない。よって,原告の上記主張は,前提となる本件図面の解釈に誤りがあるから,失当である。
また,歯部が直接に連結される場合であっても,その旨が常に図面中に明示されるとは限らないから,その点でも原告の主張は失当である。
イ 図面の記載と技術常識に対し原告は,東京高等裁判所平成8年(行ケ)第42号平成9年9月18日判決を引用し,本件特許の出願当時,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結される歯部」が広く知られた技術的事項であれば,当業者はその図面から明細書記載の発明においても「内周側が絶縁性樹脂を介して連結される歯部」を認識するといえると主張する。
しかし,上記判決は,ある特許出願の請求項に係る発明が,先行文献に記載された発明(以下「引用発明」という。)に対して新規性進歩性を有しているか否かの判断をするに当たり,その引用発明の認定をする際に先行文献に記載された図面の解釈をする場合には,先行文献には格別の記載や示唆がなくても,特許出願の出願当時に当業者に広く知られた技術的事項であればそれを参酌してもよいことを判示したものであるところ,本件のように,すでに特許の設定登録がなされているものについて,該特許の図面を解釈する際に,特許の明細書に格別の記載や示唆がなくても,特許の出願当時に広く知られた技術的事項を参酌することの可否について判示したものではない。
また,前記判決は,図面中に実際に図示されたテーパ状のくさびシューに関して,該くさびシューのテーパ角度が定まった大きさとして認定できるか否かの判断について判示したものであって,本件のように,図面中に実際に図示されているか否かの判断について判示したものではない。
そもそも,訂正審判において特許明細書に明記がなくとも出願当時に広く知られた技術的事項であれば付加してもよいということになれば,特許明細書の記載からは予測できない範囲に特許権の効力が及ぶことになり,第三者に不測の損害を与えかねず,訂正審判の趣旨にもとることとなる。
また,仮に前記判決の判示事項が本件に当てはまるとしても,「互いに隣接する歯部同士の内周側を『直接連結』したステータ」もまた本件特許の出願前に周知であったことにかんがみれば,本件特許の願書に添付した図面に接した当業者が,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結される歯部」を認識するに至るとはいえない。
ウ 本件発明の課題解決との関係に対し審決記載のとおり,「連結」とは「つらねむすぶこと。むすびあわせること。」(株式会社岩波書店広辞苑第六版)という意味であり,そこには「直接連結」や「間接連結」という概念は存在しない。原告は,「連結」には「直接連結」と「間接連結」とが含まれると主張しているが,その根拠は何ら提示されておらず,失当である。
原告が提示した甲7ないし12に示されているように,互いに隣接する歯部同士の内周側を「直接連結」したステータが本件特許の出願前に周知であったことを踏まえれば,本件特許に係る【請求項1】の「内周側が連結された歯部」という記載に接した当業者は,本件発明の互いに隣接する歯部同士の内周側は「直接連結」されていると解するのが自然であるといえる。
第4当裁判所の判断当裁判所は,本件訂正は,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものと認めることができ,本件訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであるということができるから,この点を否定した審決の判断には,誤りがあると判断する。以下,その理由を述べる。
1はじめに 本件特許は,平成4年7月13日に出願されたものであるから,その訂正審判請求の可否は,平成6年改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)126条1項に基づいて判断されるところ,同項には,「特許権者は,第百二十3条第1項の審判が特許庁に係属している場合を除き,願書に添付した明細書又は図面の訂正をすることについて審判を請求することができる。ただし,その訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず,かつ,次に掲げる事項を目的とするものに限る。
一特許請求の範囲減縮誤記の訂正三明りょうでない記載の釈明」と規定されている。
審決は,本件訂正審判請求について,「訂正事項aは,特許明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載した発明を特定するために必要な事項である『歯部』について『内周側が連結された』とあったのを『内周側が絶縁性樹脂を介して連結された』と限定するものであって,特許請求の範囲減縮を目的とするものに該当」(審決書4頁15行〜18行)すると認定し,本件訂正が,いわゆる訂正の目的要件に適合することを認めている(この点は,当事者間に争いはない。)。その上で,審決は,内周側が絶縁性樹脂を介して連結されたとする本件訂正が,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」のものであるか否かを判断している。
そうすると,本件訂正前の請求項1記載の発明における「内周側が連結された歯部」は,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」と「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」との両方を含んでいたことについて,本件訴訟において,当事者間に争いはないことになる。
2「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲」の意義について旧特許法126条1項は,訂正が許されるためには,いわゆる訂正の目的要件(本件では特許請求の範囲減縮)を充足するだけでは足りず,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であることを要するものと定めている。法が,いわゆる目的要件以外に,そのような要件を定めた理由は,訂正により特許権者の利益を確保することは,発明を保護する上で重要ではあるが,他方,新たな技術的事項が付加されることによって,第三者に対する不測の不利益が生じることを避けるべきであるという要請を考慮したものであって,特許権者と第三者との衡平を確保するためのものといえる。
このように,訂正が許されるためには,いわゆる目的要件を充足することの外に,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であることを要するとした趣旨が,第三者に対する不測の損害の発生を防止し,特許権者と第三者との衡平を確保する点にあることに照らすならば,「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であるか否かは,訂正に係る事項が,願書に添付された明細書又は図面の特定の箇所に直接的又は明示的な記載があるか否かを基準に判断するのではなく,当業者において,明細書又は図面のすべてを総合することによって導かれる技術的事項(すなわち,当業者において,明細書又は図面のすべてを総合することによって,認識できる技術的事項)との関係で,新たな技術的事項を導入するものであるか否かを基準に判断するのが相当である(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号平成20年5月30日判決参照)。
3本件訂正についてそこで,審決が,「内周側が連結された歯部」を「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」とする本件訂正について,一方では,特許請求の範囲減縮に当たることを認めた(すなわち,訂正前には,「内周側が連結された歯部」を「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」と「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」の両者を含むことを認めた)上で,他方では,本件訂正が「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」に該当しないと判断した点の当否について検討する。
そして,前記のとおり,その検討に当たっては,当該明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,何らかの新たな技術的事項を導入するものであったかどうかをみていくこととする。
(1) 事実認定本件訂正前の本件特許明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある(甲5)。
「【0001】【産業上の利用分野】本発明は,歯部にコイルを巻装したステータコアを,絶縁性樹脂によりインサート成形しているモールドモータに関するものである。
【0002】【従来の技術】従来のモールドモータを,図3および図4に示す。
両図において,1はステータコアで,継鉄部2と歯部3に分割され,かつそれぞれが,プレス抜きの後積層されて,一体的に構成されている。4はボビンで,筒状の外周にコイル5を巻装するとともに,前記ステータコア1の歯部3に嵌挿している。前記コイル5は,巻装形状を外周側から内周側に向って巻き幅が小さくなるテーパ状に形成しており,図4に示すように,歯部3間におけるスペースファクタを非常に高いものにしている。コイル5の巻き幅は,コイル5の巻回数を減らすことにより小さくなる。6はフレームで,前記コイル5を巻装した前記ステータコア1をインサート成形した絶縁性樹脂からなっている。
7はブラケットで,前記フレーム6に嵌合固定している。なお,8はコイルエンドである。
【0003】【発明が解決しようとする課題】ところが,このような従来技術では,歯部3間におけるコイルのスペースファクタは高いけれども,ブラケット7とコイルエンド8との間の絶縁性樹脂の厚みが厚くなり,そのため,コイル5で発生した熱のコイル5からブラケット7への伝達における熱抵抗が高くなって,コイル5の冷却が良好に行われず,モータ特性の向上が難しいという問題があった。本発明は,このような問題を解消するためになされたもので,歯部3間におけるコイルのスペースファクタが高く,かつ冷却が良好で,モータ特性が高いモールドモータを提供することを目的とするものである。
【0004】【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために,本発明は,継鉄部と,外周側が開放され内周側が連結された歯部とに分割されるとともに,前記歯部にコイルが巻装され,かつ,前記継鉄部と歯部とが,プレス抜きの後積層されて,一体的に構成されるステータコアと,前記ステータコアをインサート成形した絶縁性樹脂からなるフレームと,前記フレームに嵌合固定するブラケットとを有するモールドモータにおいて,前記コイルの巻装形状を,コイルエンドの軸方向端面の外周側を平坦面にするとともに,コイルエンドの軸方向端面の内周側にテーパを形成した台形状とし,かつ,前記フレームのコイルエンドの軸方向端部の平坦面と接する部分の厚みを薄くし,前記コイルエンドと前記ブラケットとを,肉厚のきわめて薄い樹脂製のフレームからなる細隙を介して対向させるようにしたものである。
【0005】【作用】上記手段により,歯部間におけるコイルの高いスペースファクタが維持でき,また,非接触で,かつ間に熱伝導率の低い絶縁性樹脂が介在しているるにもかかわらず(判決注 「いるにもかかわらず」の誤記と認める。)コイルとブラケット間の熱抵抗が低くなってコイルの冷却が良好に行えるので,モータ特性が高くなる。また,コイルとフレームの軸方向長さが短くなるので,モータの全長が短くなる」「【0007】【発明の効果】以上述べたように,本発明は,コイルの巻装形状を,コイルの内周側にテーパを形成した台形状とし,かつ,コイルエンドの軸方向端面の外周側の樹脂製フレームの厚みを薄くし,前記コイルエンドと前記ブラケットとを細隙を介して対向させているので,歯部間におけるコイルのスペースファクタを高くすることができるとともに,コイルの冷却を良好にすることができ,したがってモータ特性を向上させるとともに,モータの全長を短くすることができる効果がある。」また,本件出願の願書には,本件発明に係る図面等が添付されている。
本件発明の実施例図面【図2】(正断面図,別紙「本件特許明細書図面」【図2】)には,左右対称形状に描かれた歯部が図示されているが,歯部を指示するための番号「3」は,1カ所だけに付されているのではなく,2カ所に(左右対象形状に描かれたそれぞれに)付されている。
(2)判断 ア本件訂正前の本件特許明細書の上記記載中の本件発明の作用・効果等の記載に照らすならば,?本件発明を特徴づけている技術的構成は,特許請求の範囲の記載(請求項1)中の「継鉄部と,外周側が開放され内周側が連結された歯部とに分割されるとともに,前記歯部にコイルが巻装され,かつ,前記継鉄部と歯部とが,プレス抜きの後積層されて,一体的に構成されるステータコアと,前記ステータコアをインサート成形した絶縁性樹脂からなるフレームと,前記フレームに嵌合固定するブラケットとを有するモールドモータにおいて」までの部分にあるのではなく,むしろ,これに続いて記載されている「前記コイルの巻装形状を,コイルエンドの軸方向端面の外周側を平坦面にするとともに,コイルエンドの軸方向端面の内周側にテーパを形成した台形状とし,かつ,前記フレームのコイルエンドの軸方向端部の平坦面と接する部分の厚みを薄くし,前記コイルエンドと前記ブラケットとを,肉厚のきわめて薄い樹脂製のフレームからなる細隙を介して対向させたことを特徴とするモールドモータ。」との部分にあると解されるところ,本件特許明細書の「内周側が連結された歯部」との構成は,前段部分に記載されていること,?そして,「歯部」は,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」のみに限定された範囲のものであったとしても,「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」を含む範囲のものであったとしても,本件発明の上記作用効果,すなわち,歯部間におけるコイルのスペースファクタを高くし,コイルの冷却を良好にすることにより,モータ特性を向上させ,モータの全長を短くするとの作用効果との関係においては,何らかの影響を及ぼすものとはいえないことが,それぞれ認められる。
イ 被告は,本件特許明細書の【図2】及び【図4】には,「歯部の内周側が絶縁性樹脂を介して連結されること」が明確に示されているとはいえない点を,本件訂正が「願書に添付された明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の訂正であることを否定する根拠としている。しかし,訂正が,上記要件を充足するか否かは,明細書の実施例に図示されているか否かという形式的な観点から判断すべきではなく,当該明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で,第三者に不測の損害を生じる可能性があると推測できるような,新たな技術的事項を導入したか否かを実質的に判断すべきであるから,被告の主張は採用の限りでない。
この点,被告は,本件において,「絶縁性樹脂を介して連結された歯部」とする訂正を認めると,本件特許明細書の記載から予測できない範囲に特許権の効力が及ぶことになり,第三者に不測の損害を与えかねないと主張する。
しかし,被告は,第三者に不測の損害を与えかねないような新たな技術的事項の内容を,何ら明らかにしていないので,被告の主張は採用できない。
また,審決では,本件訂正が「特許請求の範囲減縮」を目的とするものに該当すると判断しており,「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」も本件訂正前の請求項1記載の発明に含まれることを認めているのであって,本件においては,本件訂正がされたからといって,第三者に不測の損害を与える可能性のある新たな技術的事項が付加されたことを,想定することは困難である。
ウしたがって,「内周側が連結された歯部」(本件において,同構成が「内周側が絶縁性樹脂を介さないで連結された歯部」及び「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」を含むことについては,争いがない。)を「内周側が絶縁性樹脂を介して連結された歯部」とした本件訂正は,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないというべきである。
(3) 小括以上によれば,旧特許法126条1項ただし書の規定のうち,「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との要件に適合しないことを理由とする審決の認定判断,すなわち,「訂正事項aが,本件特許明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものとはいえない。したがって,訂正事項aは,特許明細書等に記載した事項の範囲内においてなされたものとは認められない。」(審決書7頁26行〜30行)とした審決の認定判断には,誤りがある(なお,訂正事項bについての審決の判断も同様に誤りがあることになる。)。その他,被告は,縷々反論するが,いずれも採用の限りでない。
4結論原告主張の取消事由には理由があるから,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 齊木教朗
裁判官 武宮英子