運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ8682損害賠償請求事件 判例 特許
平成17行ケ10818審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10012審決取消請求事件 判例 特許
昭和54ネ825 判例 特許
平成17行ケ10312審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  医療行為 /  使用方法 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  明瞭でない記載 /  薬事法 /  製造承認 /  禁反言 /  特許発明 /  実施 /  差止請求(差止) /  侵害 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  変更 /  釈明 /  要旨変更 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 2年 (ワ) 12094号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1992/10/23
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告らは、別紙第二物件目録記載の医薬品を製剤し、該製剤品を販売してはならない。
二 被告らは、別紙第二物件目録記載の医薬品の製剤品を廃棄せよ。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。
五 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
原告の請求
一 被告らは、別紙第一物件目録記載の物件を製剤し、該製剤品を販売してはならない。
二 被告らは、別紙第一物件目録記載の物件及び該製剤品を廃棄せよ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 仮執行の宣言。
事案の概要
一 本件は、原告が、本判決添付の特許公報(本件公報)記載の特許権(但し、別紙明細書補正一覧表のとおり補正したもの。特許第一五八三三五九号、登録日平成二年一〇月二二日。以下「本件特許権」という。)を有しているところ、被告らが、それぞれ、別紙第一物件目録記載の物質を有効成分とする医薬品を製剤し販売しようとしているため、被告らの右医薬品が本件特許権の技術的範囲に属するものであり、被告らの右医薬品の製剤、販売行為は本件特許権を侵害することになるとして、原告が、被告らに対し、被告らの右医薬品について、本件特許権侵害予防請求権に基づき、将来における製剤、販売行為の差止めを求めた事案である。
二 争いのない事実1 原告は、医薬品の研究開発及び製造販売を業とするスイス国法人であり、被告らは、いずれも医薬品の製造輸入販売等を業とする株式会社である。
2 原告は、本件特許権を有している(以下、本件特許権に係る特許発明を「本件発明」という。)。
3 本件発明の特許出願の願書に添付された明細書(本件明細書)の特許請求の範囲(本件特許請求の範囲)の記載は、本件公報の該当項記載のとおりであるが、右特許請求の範囲第1項に化学名をもって示された化合物は、一般名を「ケトチフェン」と称される物質である。
4 別紙第一物件目録記載の化合物は、ケトチフェンに「フマル酸」の結合した化合物であって、ケトチフェンのフマル酸塩であり、
一般名を「フマル酸ケトチフェン」と称される物質である。これは、ケトチフェンの酸付加塩の一種であり、非毒性であって、本件特許請求の範囲第1項記載の「その製薬上許容しうる酸付加塩」(以下、ケトチフェン又はその製薬上許容しうる酸付加塩を「本件化合物」ということがある。)に該当する。
5 原告は、フマル酸ケトチフェンを有効成分とする医薬品をサンド薬品株式会社をして製造せしめ、三共株式会社をしてフマル酸ケトチフェンを有効成分とする製剤品(商品名「ザジテン」又は「Zaditen」。以下「ザジテン」という。)を販売せしめている。
6 被告らは、フマル酸ケトチフェン原末を製剤したうえ、フマル酸ケトチフェンを有効成分とする製剤品を販売しようとしている。すなわち、被告らは、薬事法に基づいて、フマル酸ケトチフェンを有効成分とする医薬品を製剤し、販売することを内容とする製剤製造承認を取得するとともに、平成二年七月一三日、フマル酸ケトチフェン製剤(カプセル剤)について、薬価基準の収載を受け、これを販売しようとしている。
被告らの右フマル酸ケトチフェン製剤(カプセル剤)の商品名は、以下のとおりである(以下、被告らの右各製剤を総称して「被告らの製剤品」といい、右各製剤をその商品名のみで表示することがある。)。
(一) 被告共和薬品工業株式会社の製剤品 ザジトマカプセル(二) 被告大原薬品工業株式会社の製剤品 ケトチロンカプセル(三) 被告辰巳化学株式会社の製剤品 サルジメンカプセル7 原告は、本件発明の特許出願審査の過程において、次のような手続補正をした。
(一) 昭和六一年三月一九日付けの手続補正書による手続補正(以下「昭和六一年補正」という。) 本件特許権の出願当初の願書に添付された明細書(出願当初の明細書)には、特許請求の範囲として、ケトチフェン又は「その製薬上許容しうる酸付加塩を含み、
製薬上許容しうる担体又は希釈剤を併用してなるアレルギー症状の予防剤又は治療剤。」と記載されていたが、
これが「ケトチフェン又はその製薬上許容しうる酸付加塩を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」と改められ、発明の詳細な説明における実施例1ないし5の欄には、「アレルギー症状の治療に有効である」旨が記載されていたが、これが「アレルギー症状の防御に有効である」と改められた。
(二) 平成二年三月一五日付けの手続補正書による手続補正(以下「平成二年補正」という。) 発明の詳細な説明実施例1ないし5の欄の「実施例」が「製剤例」に変更された。
三 争点 本件においては、以下の点が主要な争点である。
1 本訴の差止請求の対象物は特定が不十分か。
被告らは、原告がフマル酸ケトチフェンの製剤及び該製剤品の販売の差止めを求めているのに対し、本件発明はフマル酸ケトチフェンの用途発明であり、該製剤品を本件発明の用途に使用等することが侵害となるが、これ以外の用途に使用等することは侵害にならないのであるから、右のような差止請求の対象物では本件発明の技術的範囲を超えた範囲の差止めを求めることとなり、差止請求の対象物の特定が不十分である、と主張する。
2 昭和六一年補正は、本件発明の要旨を変更するものであるか。
(一) 被告らの主張(1) 昭和六一年補正は、後記(2)ないし(5)のとおり、本件発明の要旨を変更するものであるから、本件発明の出願日はその補正書提出日である昭和六一年三月一九日に繰り下がり、その結果、後記(6)のとおり、本件発明はその出願時に全部公知の発明となり、無効事由を有するものであるから、その技術的範囲は本件特許公報の実施例1ないし5に限定されると解すべきである。そして、被告らの製剤品の成分・分量は、本件特許公報の実施例1ないし5のいずれとも同一ではないから、被告らの製剤品は本件発明の技術的範囲に属さない。
(2) 出願当初の明細書の特許請求の範囲にはアレルギー性喘息の「予防剤又は治療剤」と記載されていたが、発明の詳細な説明に「アレルギー症状の治療に有効である」と記載されているように、その明細書で発明者が開示している内容は、
「治療剤」のみであった。
(3) アレルギー性喘息の「予防剤」と「治療剤」とは、本件において、明確に区別されるべきものである。「予防剤」と「治療剤」とが、それぞれケトチフェンのヒスタミン解放抑制作用と抗ヒスタミン作用という全く異なる化学作用に裏付けられた用語として区別して使用されるべきものであって、このことは、出願審査の過程における出願人である原告の主張及び特許庁の見解に照らしても明らかである。
すなわち、原告は、「抗ヒスタミン作用をもつチオフェン誘導体が花粉症、気管支喘息、および偏頭痛の治療に有用である」旨の記載のある引例に基づく特許庁の拒絶査定に対し、審判請求理由補充書等において、引例の抗ヒスタミン作用は遊離ヒスタミンの効果を消す作用をいうが、本願におけるヒスタミン解放抑制作用はヒスタミン解放を抑制するものであり、抗ヒスタミン作用とヒスタミン解放抑制作用とは全く異なる作用である旨を主張したうえ、引例は、本件化合物が抗ヒスタミン作用を有し、抗ヒスタミン剤として有用であることを開示するに止まり、本件化合物のアレルギー性喘息抑制効果は抗ヒスタミン作用とは直接関係のない化学伝達物質の遊離抑制作用に依存するものであること、本件特許出願以前には、本件化合物がアレルギー性喘息の予防剤として有用であることや、ヒスタミン解放抑制作用を示すことはまったく示唆されていないこと等を主張している。また原告は、特許異議答弁書においても、本件化合物のヒスタミン解放抑制作用の作用機序を利用した場合は、一旦起こってしまった喘息発作に対しては効果を発揮できず、発作を起こす前に投与しなければならないという意味で予防剤であるのに対し、抗ヒスタミン作用の場合は、喘息症状を多少なりとも緩解することは可能であっても、その発生を抑制したりすることはできないという意味で予防効果は有してはおらず、その投与時期も喘息発作が起こった後に、症状の緩和を期待して行われるという意味で治療剤であるとしたうえ、前記引例は、ケトチフェンの抗ヒスタミン作用に基づく治療剤であるが、本件化合物は、ヒスタミン解放抑制作用に基づく予防剤である旨を主張している。
そして特許庁も、特許異議決定において、右引例の抗ヒスタミン作用と本件発明のヒスタミン解放抑制作用とは作用機構が異なるとし、抗ヒスタミン作用を利用した抗ヒスタミン剤の喘息への使用は症状の軽減すなわち治療を目的とするものであるが、ヒスタミン解放抑制作用を利用した場合は予防を意味するものとし、治療剤と予防剤は、その投与時期においても明らかに異なると認定している。
(4) したがって、出願当初の明細書で開示された「治療剤」を「予防剤」に補正した昭和六一年補正は、発明の要旨を変更するものである。
原告は、本訴において、予防療法も治療法の一つであるから、そのような観点からは、本件化合物は「治療剤」といえなくもないとし、あるいは「治療剤」とはいっても、その実体は「予防剤」であった旨主張するが、出願当初の明細書には、原告の右主張を示唆するような記述はまったくないし、本件発明の出願審査手続における原告の主張に反するものであって、本訴におけるこのような原告の主張は、包袋禁反言の原則に照らし、許されない。
(5) 本件において「治療剤」と「予防剤」とが明確に区別されるべきものであることは前記のとおりであって、原告も、特許庁も、昭和六一年補正において、明細書の発明の詳細な説明における「実施例」の記載をそのままにして、「治療」を「防御」に変更することは要旨の変更になるとの見解を採っていた。そこで、原告は、特許庁に補正の機会を与えるよう依頼し、特許庁がこれに応じたため、平成二年補正により、発明の詳細な説明の「実施例」の記載を「製剤例」へと補正した。
しかしながら、平成二年補正は、特許法64条を潜脱する意図でなされたものであって、同条に違反して無効であるから、右補正以前の明細書に従うべきところ、
結局、昭和六一年三月一九日付け手続補正書の記載によることとなり、昭和六一年補正は、「実施例」の記載をそのままにして、「治療」を「防御」に変更するものであるから、発明の要旨の変更になるといわざるを得ない。
(6) 以上のとおり、昭和六一年補正は発明の要旨を変更するものであるから、
本件発明の出願日は、
手続補正書を提出した昭和六一年三月一九日まで繰り下がるところ、同日現在において、次のものが公知となっていた。
イ 本件特許出願は、昭和五一年一二月八日、出願当初の明細書記載のとおり公開された。
ロ 三共株式会社は、昭和五七年一〇月ころ、本件発明の実施品を有効成分とする医薬品「ザジテン」を販売していた。
(7) このように、本件発明は、その出願時、全部公知の発明であるから、その技術的範囲は、本件発明の特許公報の実施例1ないし5に限定されるべきである。
(二) 原告の反論(1) 本件特許請求の範囲に記載されている「アレルギー性喘息の予防剤」とは、アレルギー喘息の「発作の起こることを予防する薬剤」又は「アレルギー喘息の無発作状態を持続させる薬剤」という意味であり、これは出願当初の明細書から本件明細書に至るまで何ら変わっておらず、この意味での予防剤であることは、出願当初の明細書に記載されていたものである。
すなわち、出願当初の明細書の発明の詳細な説明の項には、ケトチフェンの作用機序又は薬理作用として、ケトチフェンがヒスタミン解放の抑制作用を有する旨の記載がされ、これを裏付けるものとして、「受動的皮ふアナフィラキシー(PCA)テスト」及び「腹膜マストセル試験」という二種類の薬理試験の結果が記載され、この二つの「標準テストにおいて示されるようなヒスタミン解放の抑制作用を持っている。」旨述べて、ケトチフェンが肥満細胞からの伝達物質の放出を抑制することによるアレルギー性喘息の予防の効果を奏することを明らかにしている。このようなケトチフェンのヒスタミン解放の抑制作用は、ケトチフェンがアレルギー喘息の「発作の起こることを予防する薬剤」又は「アレルギー喘息の無発作状態を持続させる薬剤」であること、すなわち、「アレルギー性喘息の予防剤」であることを示している。
ケトチフェンは、以上のような薬理作用を奏するのであるから、肥満細胞が破壊され、伝達物質の放出が起きた後、すなわちアレルギー性喘息の発作が起こった後に投与されても、効果を発揮することができないものであって、
アレルギー性喘息が既に発生している発作に対する対症治療効果を全く有しておらず、アレルギー性喘息の発作が起こらないように働くという意味で、アレルギー性喘息の予防剤である。このように出願当初の明細書の発明の詳細な説明には、ケトチフェンの効果としては、アレルギー性喘息の予防効果のみが記載されていたものである。
(2) アレルギー性喘息は、外因性気管支喘息であるが、気管支喘息とは可逆性の気道狭窄を起こし、発作性の呼吸困難をきたす疾患であるところ、アレルギー性喘息の療法としては、原因療法、対症療法、予防療法の三種の治療法があり、予防療法も、このような法療法の一つであるから、本件化合物は「治療剤」ともいえるのであって、当初、原告は、そのような観点から、出願当初の明細書に「予防剤又は治療剤」と記載したものである。しかしながら、発明の実体からすると、むしろ「予防剤」とのみ記載するのが適当であるので、昭和六一年補正により、そのように補正したものである。
(3) したがって、本件発明の実体は、出願当初から現在に至るまで、ケトチフェンが生体における肥満細胞の活性化と破壊とを有効に阻止して、アレルギー性喘息の発作の原因となる伝達物質の放出を起こさせないという作用を利用したアレルギー性喘息の予防剤という医薬発明であることに変更はないのであるから、昭和六一年補正は、その内容からいえば、「明瞭でない記載釈明」にすぎず、特許請求の範囲の形式からいえば、特許請求の範囲減縮であって、本件発明の要旨を変更するものではない。
(4) 平成二年補正により、実施例を製剤例に変更したことに関し、特許庁は、
「単なる『製剤例』に補正され、使用に関する具体例とは解されなくなった」旨述べているが、特許庁は、単に、製剤例に補正されたからには、治療を防御に変更したかどうかは検討する必要がなくなった旨を述べているにすぎないのであって、何ら問題はない。
3 被告らの製剤品は本件特許発明の特許請求の範囲に記載されている「アレルギー性喘息の予防剤」に該当するか。
(一) 原告の主張(1) 気管支喘息は、可逆性の気道狭窄を起こし、
発作性の呼吸困難をきたす疾患であるところ、アレルギー性喘息は、かかる発作が外部から吸入される抗原によって惹起され、その治療法としては、原因療法、対症療法、予防療法の三種があることは前記のとおりであり、原因療法はその原因を除去することを目的とし、対症療法は発生中の気管支喘息の症状を消滅又は軽快させることを目的とし、気管支拡張薬等が用いられ、予防療法は発作が起きない時期を持続させることを目的とし、抗アレルギー薬等が用いられる。ケトチフェン製剤は、抗アレルギー薬に属するが、抗アレルギー薬は、直接的な気管支拡張作用をほとんど有しないため、効果発現までに数週間を有し、予防薬として位置づけられており、既に発現している気管支喘息の症状や発作を改善する効果を有するという意味での治療剤ではないとされている。医療機関も、ケトチフェン製剤をアレルギー性喘息の予防剤として使用しているのであり、本件発明の実施品であるザジテンは、気管支喘息の予防剤として扱われている。被告らの製剤品の有効成分がフマル酸ケトチフェンのみである以上、被告らの製剤品を購入する医療機関が、被告らの製剤品をアレルギー性喘息の予防剤として使用することは明らかである。
(2) 被告らは、本件発明の技術的範囲は、ケトチフェンのヒスタミン解放抑制作用という作用機構に基づいてアレルギー性喘息を予防する用途発明であるところ、被告らの製剤品はケトチフェンの伝達物質解放抑制作用という作用機構に基づくものではなく、その抗ヒスタミン作用が気管支喘息に有効である旨主張するが、
被告らの製剤品は、気管支喘息の発作が発生するに先立って、発作が起こることを予防し、アレルギー性喘息の無発作状態を持続させる薬剤であることは前記のとおりであるから、このような効果が抗ヒスタミン作用によってもたらされることはありえないものであって、被告らの製剤品が本件発明の実施品であるザジテンと同一の有効成分からなる以上、アレルギー性喘息の予防剤であることは否定しえないところである。
(3) また、被告らは、被告らの製剤品の用法、用量では、抗ヒスタミン作用は発現するが、
ヒスタミン解放抑制作用は発現しないから、被告らの製剤品はヒスタミン解放抑制作用に基づく予防剤ではない旨主張する。
しかしながら、この主張を裏付けるものとして提出された文献に記載された実験は全て実験動物を用いた実験であるところ、薬剤の代謝速度や代謝機構は、同一の種の動物を用いて実験を行う場合でも、実験条件の如何によって得られる結果は必ずしも一致しないのであり、動物の種が異なる場合には、薬物学的活性のレベルも当然に種によって差異を生ずるから、同じ薬理効果を生じさせるために必要な有効成分の投与量は動物の種によって異ならざるを得ず、特にヒトと動物とでは異種の相違が大きいため、動物について得られた実験結果をヒトにそのまま適用することは到底できない。また、ヒトに対する薬剤の投与は長期にわたって有効な投与量でなければならないが、投与が連続的になれば毎日の投与量は少なくなり、一回の試験の有効投与量に比較すれば、その投与量は極めて少量となるのである。
(4) なお、被告らの製剤品が、薬事法の運用上、「アレルギー性疾患治療剤」として承認されていることは、被告らの製剤品がアレルギー性喘息の予防剤ではないこと、若しくは、アレルギー性喘息の予防剤として使用することが許されていないことを意味するものではない。
すなわち、被告らは、被告らの製剤品について、薬事法に基づく製造承認を申請して承認を受け、かつ製剤品が健康保険法に基づく保険薬としての取扱いを受けるために薬価収載を申請しており、その製造承認申請書の「効能又は効果」の欄に「気管支喘息」との記載がある。しかし、ケトチフェン製剤には気管支喘息の発作の発生を予防し、発作の起こらない状態を持続せしめる効果はあっても、既に発生している発作を消失せしめる効果はないのであるから、そのような薬理作用を持つケトチフェン製剤に対して「気管支喘息」に効果・効能を有する医薬品として承認が与えられたとしても、その承認が、気管支喘息の発作を予防する医薬品としての製造販売の承認であると解しうることは当然である。もともと、薬価収載は、
医療機関が健康保険法に基づいて患者に医療行為を行った場合その医療費を同法に基づいて請求したときに使用した医薬品の価額を算入しなければならないので、その価額を厚生省が薬価として定め、公表するためのものであるから、何らその用途や用法を限定するものではない。
(二) 被告らの主張(1) 本件化合物は、抗ヒスタミン作用とヒスタミン解放抑制作用とを併せ有すると考えられているが、ヒスタミン解放抑制作用と抗ヒスタミン作用の作用機序の相違のため、前者の作用を利用すれば、一旦起こってしまった喘息発作に対しては効果を発揮することができず、発作を起こす前に投与しなければならないので予防剤となるが、後者の作用を利用すれば、喘息状態を多少なりとも緩解することは可能であっても、これを予防する効果は有しておらず、その投与も、喘息発作が起こった後に、症状の緩和を期待して行われるものである。このように、ケトチフェンは、これを予防剤として使用することも、治療剤として使用することも可能である。
本件発明の技術的範囲は、本件化合物のヒスタミン解放抑制作用機構に基づくアレルギー性喘息の予防剤という用途発明の点にあるところ、被告らの製剤品は「アレルギー性喘息の予防剤」として使用されるものではなく、抗ヒスタミン作用に基づく「気管支喘息、アレルギー性鼻炎等の治療剤」として使用されるものであるから、本件発明の技術的範囲に属しない。
なお、原告は、本件発明が、ヒスタミンの解放抑制作用に基づくものではなく、
伝達物質解放抑制作用に基づくものである旨主張するが、本件発明の包袋書類には、ヒスタミン以外の伝達物質解放抑制作用に基づくものである旨の記載はないから、原告の主張は、本件発明の技術的範囲を不当に拡大するものである。
(2) 本件化合物は、ヒスタミン解放抑制作用が発現するためには、少なくとも、抗ヒスタミン作用が発現する場合の約一〇〇倍の濃度が必要である。すなわち、本件化合物の抗ヒスタミン作用の発現血中濃度は、10の-10乗〜10の-8乗Mであるが、ヒスタミン解放抑制作用の発現血中濃度は、
10の-6乗〜10の-4乗Mである。ヒトの臨床で投与した結果の血中濃度は、
最高でも10の-4乗Mであるから、本件化合物を臨床で使用する場合は、ヒスタミン解放抑制作用の発現はない。したがって、本件化合物が、その臨床において効果を表すのは、その強力な抗ヒスタミン作用による効果と考えられる。なお、右のヒスタミン解放抑制作用の発現血中濃度は、ヒトが昏睡状態に陥ってしまうほどのものであり、抗ヒスタミン作用の発現血中濃度に比し、極めて高濃度を必要とするものであって、ヒトには臨床実験を行うことも不可能なほどである。
そして、被告らの製剤品の用法及び用量は、「一日二回、朝食時及び就寝時に、
一回1mg(一カプセル)を経口投与する。」というものであるから、一日に二ミリグラムしか投与されないのであり、右の用法及び用量では、本件化合物の抗ヒスタミン作用は発現するが、ヒスタミン解放抑制作用は発現しない。しかも、眠気を催すこと及びその副作用等から、右投与量が指示されているのであって、被告らの製剤品では、指定された投与量では、抗ヒスタミン作用は発現しても、ヒスタミン解放抑制作用は発現しないのである。
(3) 被告らの製剤品は、本件化合物を有効成分とするものではあるが、抗ヒスタミン作用のみ発現させる薬剤であって、ヒスタミン解放抑制作用はないから、ヒスタミン解放抑制作用の発現に基づく予防効果を有してはおらず、抗ヒスタミン作用に基づき、喘息発作が起こった後に症状の緩和をする治療剤である。したがって、被告らの製剤品は、いずれも本件発明の技術的範囲に属さないものといわなければならない。
(4) 原告は、被告らが主張する前記血中濃度は動物実験の結果であって、これをヒトには適用できない旨主張する。しかしながら、本件化合物は、抗アレルギー剤の開発等に際して、比較薬理試験において、比較対照薬として長年使用されてきたものであり、その結果は学会にも多数報告され、ヒトに対する臨床実験も多数報告されているから、現在の抗アレルギー剤の動物実験は、特に気管支喘息等のT型アレルギーの場合は、
ヒトの関係においても充分に信用できるものである。ヒトの臨床試験においては、
投与量、血中濃度及び効能の有無が確認されるだけであり、本件の場合では、ヒスタミン解放抑制作用が発現したか否か、抗ヒスタミン作用が発現したか否かではなく、気管支喘息などの患者に投与してその症状が緩和されるか否かが問題なのである。
争点に対する当裁判所の判断
一 争点2について 被告らは、昭和六一年補正が明細書の要旨変更に当たるとの主張の前提として、
本件発明の出願当初の明細書には、発明者が開示した実施例の内容として「治療剤」のみしか記載されていない旨主張するので、この点について判断する。
1 甲二六の一によると、出願当初の明細書には、特許請求の範囲の第1ないし第5項に「アレルギー症状の予防剤又は治療剤」と、第6ないし第14項に「アレルギー症状の予防方法又は治療方法」と、また発明の詳細な説明の項目にも「この化合物はアレルギー症状、たとえばアレルギー性胃腸障害、運動により誘起される喘息特にアレルギー性喘息の予防と治療に有効であることが判った。」と記載され、
また、治療剤と予防剤とが実質的に同じである旨、あるいは治療剤が予防剤を含む広い概念であることを示唆する趣旨の記載はないから、原告は、出願時において、
予防(剤)という用語と、治療(剤)という用語とをそれぞれ独立した概念を有するものとして区別して使用していたものと認められる。
2 次に、出願当初の明細書に記載された二種の薬理試験に関する記載内容等について、検討する。
(一) 甲二六の一八、二〇及び弁論の全趣旨によると、本件発明の出願当時、アレルギー性喘息の主たる発症機序については次のようなものであると一般的に理解されていたことが認められる。すなわち、肥満細胞は、多数の顆粒を有しており、
顆粒中にはヒスタミン等のChemical Mediators(化学伝達物質)が蓄えられているが、抗原(アレルゲン)が体内に入り、IgE(免疫グロブリンE)抗体が体内において産生され、これが肥満細胞のIgE受容体に結合して、感作された肥満細胞となる。これに、再び、
抗原が侵入して肥満細胞上でIgE抗体と結合すると、肥満細胞の表面で抗原抗体反応が生じ、これがひき金となって、肥満細胞に脱顆粒が起こり、ヒスタミン等の化学伝達物質を遊離し、これらの化学伝達物質が組織に直接的に作用し、気管支平滑筋の痙攣等を発症させる。
(二) 出願当初の明細書には、本件化合物によるヒスタミン遊離の抑制作用を証明するための標準テストであるとしてねずみにおける受動的皮ふアナフイラキシーテスト(PCA)テストが示され、Immunology7(1964)の六八一頁以下(甲二六の二〇に乙第五号証として添付の文献)が引用されている。アレルギー反応が抗原の侵入によって自ら抗体を産生することにより感作されるプロセスを経るのに対し、PCAテストでは他の動物で産生した抗血清を動物の皮内に注射することにより感作させるという点においては異なるものの、アナフィラキシー反応が生ずるプロセスの部分においては両者のメカニズムは共通しているところ、右引用文献の「肥満細胞の損傷、そしてヒスタミン及び5HTの遊離がPCA反応において一次的役割を果たしているからであろう」との記載に照らすと、PCA反応の有無を調査することは、肥満細胞の損傷とヒスタミン及び5ーHTの遊離が生じているか否かを調べる結果になるということができるから、ある試験化合物について、アレルギー反応のうち肥満細胞損傷のプロセスが防げるか否かを調べるために、PCAテストを利用し、その一連のプロセスの中に、試験化合物を組み込んだ実験を行うことには一応合理性がある。もっとも、ケトチフェンには抗ヒスタミン作用もあることを考慮すると、PCAテストにおいて、ケトチフェンがPCA反応を起こさないことを示したとしても、それがケトチフェンにより肥満細胞の脱顆粒が抑制された結果であるのか、あるいは抗ヒスタミン作用によるものであるのか必ずしも明らかではないから、PCAテストのみでは、肥満細胞の損傷予防の確認テストとして充分ではないといわざるをえない。
しかし、出願当初の明細書には「ねずみの腹膜マストセル試験」が記載されており、右試験は、
化合物48/80というヒスタミン遊離剤を用いてヒスタミンを遊離させる方法をとり、試験化合物のヒスタミン解放抑制作用は遊離したヒスタミンの量を測定することにより判定するものであって、右明細書に引用されたThe Journal of Pharmacology and Experimental Therapeutics vol 184 No.1 P,41―46(甲二六の二〇に乙第四号証として添付の文献)に記載されている「腹膜マストセル試験」が、アナフィラキシー反応、すなわち、抗原抗体反応をひき金としてヒスタミンを遊離させる方法を採っていることと対比すると、化合物48/80というヒスタミン遊離剤を用いていない点において異なるが、化合物48/80によるヒスタミン遊離とアナフィラキシーによるヒスタミン遊離とには多くの共通した特徴があるとされ、
また本件発明の出願前において、アレルギー性喘息の予防剤として知られていたDSCGが化合物48/80によるヒスタミン遊離とアナフィラキシーによるヒスタミン遊離の双方において、抑制作用を示しているから、出願当初の明細書に記載の「ねずみの腹膜マストセル試験」は、ヒスタミン解放の抑制作用を確認することが可能な薬理試験であるということができる。
(三) このように、アレルギー性喘息の主たる発症機序が、肥満細胞に脱顆粒が起こり、解放されたヒスタミン等の化学伝達物質が組織に直接的に作用し、気管支平滑筋の痙攣等を発生させるというものであるのに対し、出願当初の明細書には、
PCAテストと共に腹膜マストセル試験が示されることによって、本件化合物がヒスタミン等の化学伝達物質の解放を抑制する作用を有することが裏付けられているから、本件化合物がアレルギー性喘息の予防作用を有することが開示されているというべきである。
また、甲二六の二〇、二三及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の出願当時、アレルギー性喘息の予防剤としてクロモグリク酸ジナトリウム(DSCG)が唯一知られていたこと、
出願当初の明細書に引用された前記文献(甲二六の二〇に添付の乙第四号証)には「クロモグリク酸ジナトリウム(DSCG)は、アレルギー型(アトピー型)喘息の治療に有効であることがわかっている(Pepys,1969年)。この作用は、数個の動物の肥満細胞で判明しているように、レアギンによる脱顆粒や、ヒスタミンの遊離を抑制する作用によるものであるとされている。」と記載されていることが認められ、本件発明の出願当時アレルギー性喘息予防剤として知られていたDSCGの有効性がヒスタミン解放を抑制する作用に基づくと認識されていたのであるから、この点からも、ヒスタミン解放抑制作用を有する本件化合物もアレルギー性喘息の予防効果を有しているということができる。
3 次に、出願当初の明細書における実施例の記載内容について、検討する。
(一) 甲二六の一によると、出願当初の明細書の発明の詳細な説明の項には、
「上記の用途に対しては、投与量は投与方法及び治療方法により変化する。動物の体重一kg当たり、約〇・〇〇七〜約〇・一四mgの一日投与量で満足すべき結果が得られ、好ましくは一日に二〜四回分割して投与するか又は遅延型で投与する。
大きな哺乳動物に対しては、一日の投与量の合計は約〇・五〜約一〇mg特に約1〜約2mgの範囲であり、内服用の適当な投与形態は固体又は液体の製薬上許容しうる希釈剤又は担体中に約〇・一二〜五mg特に〇・二五〜一mgを含んでいる。」(同七頁一二〜同八頁二行)として、投与量及び一日の投与回数に関する記載があるが、右「上記の用途」とは、出願当初の明細書の「アレルギー症状、たとえばアレルギー胃腸障害、運動により誘起される喘息、特にアレルギー性喘息の予防と治療」(同三頁一五行〜一七行)を意味すると解され、かつ、右投与量及び一日の投与回数に関する記載が予防剤と治療剤とで個別にされていないから、右投与量及び一日の投与回数に関する記載は、本件化合物のアレルギー症状の予防と治療のいずれの用途に対しても、その投与量及び一日の投与回数を説明しているものと解すべきである。したがって、
本件化合物は予防剤として使用する場合も、治療剤として使用する場合も、投与量及び一日の投与回数は同じであるということができる。
また、出願当初の明細書には、右投与量及び一日の投与回数に関する記載に引き続いて、製剤化に関する事項(同八頁一一行〜一〇頁一五行)、内服用の場合の一投与単位当たりの本件化合物の量(同一〇頁一六行〜一一頁六行)、局所用たとえばクリームの場合の本件化合物の含有量(同一一頁七行〜一一行)が、それぞれ、
予防剤と治療剤の区別をせずに記載されているから、これらの事項に関する予防剤と治療剤の技術的事項は共通であるということができる。
(二) 他方、出願当初の明細書の実施例1ないし5は、カプセル、錠剤、糖衣錠、無菌注射液及びクリームという形態の治療剤について、一日の投与回数、一投与単位当たりの本件化合物の量、一日の投与量、製剤化するために使用する他の剤などを示しているが、これらは、既に述べたとおり、予防剤と共通のものとして記載されている事項であって、右の事項以外の治療剤に特有の事項は何ら開示されていないから、上記実施例の各記載により示される一日の投与回数、一投与単位当たりの本件化合物の量、一日の投与量、製剤化するために使用する他の剤などで特徴づけられたカプセル、錠剤、糖衣錠、無菌注射液及びクリームという形態の薬剤を予防剤として使用できない理由も見当たらない。したがって、上記実施例の各記載により示される事項は、予防剤にも共通のものとして示されているものというべきである。
(三) 右事実によれば、出願当初の明細書には、実施例の内容として、予防剤の記載がなく、開示されていないわけではない、というべきである。
4 以上のとおり、出願当初の明細書には、「アレルギー性喘息の予防剤」が開示されていたということができるから、昭和六一年補正は、出願当初の明細書に記載した事項の範囲内における特許請求の範囲減縮であって、明細書の要旨を変更するものであるということはできない。
二 争点3について1 本件特許請求の範囲記載の「アレルギー性喘息の予防剤」の意義について、まず検討する。
甲九、一一の一〜四、二〇、二一、二三及び二六の一一並びに弁論の全趣旨によれば、喘息とは、通常は、気管支喘息のことをいい、気管支喘息とは気管支平滑筋の痙攣等により可逆性の気道狭窄を起こし、発作性の呼吸困難をきたす疾患であり、アレルギー反応とは、抗原刺激を受けて感作された個体に再び同一抗原が侵入すると二次的免疫反応とともに種々の組織障害が生体に引き起こされることをいうから、「アレルギー性喘息」とは、このようなアレルギー反応により引き起こされる、急管支平滑筋の痙攣等により可逆性の気道狭窄を起こし、発作性の呼吸困難をきたす疾患であることが認められ、これに「予防剤」という用語自体に照らして考えると、本件特許請求の範囲記載の「アレルギー性喘息の予防剤」とは、アレルギー反応によって引き起こされる、右のような気管支喘息の発作が起こることを予防する薬剤をいうものと解される。
被告らは、本件発明は本件化合物のヒスタミン解放抑制作用を利用した用途発明であるから、本件発明の特許請求の範囲にいう「予防剤」とは、「ヒスタミン解放抑制作用に基づくアレルギー性喘息の予防剤」と解すべきである旨主張する。しかしながら、本件特許請求の範囲には「本件化合物を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」とのみ記載されており、「ヒスタミン解放抑制作用に基づく」との要件が記載されていないのであって、本件発明の技術的範囲を「本件化合物を有効成分とするアレルギー性喘息の予防剤」のうち「ヒスタミン解放抑制作用に基づく」ものだけに限定すべき合理的理由はないというべきであるから、被告らの右主張は失当である。本件発明は、既に公知の物質である本件化合物についてヒスタミン解放抑制作用という新しい性質を発見し、これを利用して未知の用途であるアレルギー性喘息を考え出した、いわゆる用途発明であるところ、用途発明にあっては、既知の物質と未知の用途との結びつきのみが発明を構成するものであって、既知の物質について発見した新しい性質は単にこの結びつきを考え出すに至ったきっかけにすぎず、この新しい性質そのものは発明を構成するものではない。
本件発明の出願過程において、出願人である原告が、「本件化合物の気管支喘息抑制効果はヒスタミン解放抑制作用に基づくものである」旨を強調している事実は認められるが、これは既知の物質である本件化合物について、アレルギー性喘息の予防剤が未だ知られていない用途であることの理解を得るため、従来から知られていたアレルギー性疾患の治療剤と未だ知られていないアレルギー性喘息の予防剤、という用途の相違を、前者における抗ヒスタミン作用と、後者におけるヒスタミン解放抑制作用という薬理作用から明らかにしようとしたにすぎないものであって、このことをもって技術的範囲を限定解釈するための根拠とすることはできない。
2 次に、被告らの製剤品について、検討する。
甲二五の一、二、二七〜二九によれば、被告らの製剤品の添付文書には、いずれも、表題あるいは効能・効果の項などにおいて、被告らの製剤品が気管支喘息の治療剤である旨が記載され、しかも被告らの製剤品がいずれもアレルギー性疾患治療剤であることが認められ、他方、甲九、一一の一〜四、二〇によれば、気管支喘息の多くはアトピー型といわれ、その原因は、ほとんどがアレルギー反応によるという考え方がもっとも広く受け入れられていることが認められるから、被告らの製剤品の添付書類に記載されている気管支喘息とは、アレルギー性気管支喘息をいうものと解される。
また、甲九、一〇、一二の一〜四、一三の一〜四、一四の一〜三、一五の一、
二、一九の一〜三、二〇、二一、二四の一〜三、二六の一一及び二七〜二九並びに弁論の全趣旨によれば、(1)フマル酸ケトチフェンが抗アレルギー薬に属するところ、抗アレルギー薬は、一般的には、既に起こっている気管支平滑筋攣縮に対して直接的な気管支拡張作用を有しておらず、そのために、多くの場合、急性発作には効果は乏しく、効果が生ずるまでには時間も要することもあるため、気管支喘息に対してはあくまで予防薬として位置づけられていること、(2)被告らの製剤品であるザジトマカプセル、ケトチロンカプセル及びサルジメンカプセルの現品に添付された文書(以下「添付文書」という。
)の「用法・用量」の欄には、「通常、成人にはケトチフェンとして一回一mg(一カプセル)を一日二回、朝食後及び就寝前に経口投与する。」と記載され、被告の製剤品は、喘息発作時に直接的な気管支拡張のために投与されるものではなく、毎日定期的に投与されるものであること、(3)本件発明の実施品であるザジテンは、その添付文書中において、組成の欄に、一カプセル中のフマル酸ケトチフェンの量が一・三八ミリグラム(ケトチフェンとして一ミリグラム)と記載され、
その用法、用量の欄に、通常、成人にはケトチフェンとして一回一ミリグラム(一カプセル)を一日二回、朝食後及び就寝前に経口投与する旨が記載され、効能又は効果の欄に、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、湿疹・皮膚炎、蕁麻疹、皮膚●痒症と記載されていること、幸和薬品工業株式会社がアレルギー性疾患治療剤として販売するフマル酸ケトチフェン製剤(商品名「サジフェンカプセル」)及び寿製薬株式会社がアレルギー性疾患治療剤として販売するフマル酸ケトチフェン製剤(商品名「ザトチテンカプセル」)は、その各添付文書において、組成欄、用法、用量の欄、効能又は効果の欄の各記載は、添加物に関する記載を除き、フマル酸ケトチフェンの量に至るまで、ザジテンのそれと全く同一であること、被告らの製剤品も、
その各添付文書に記載されている組成欄、用法、用量の欄、効能又は効果の欄の記載は、添加物に関する記載を除き、フマル酸ケトチフェンの量に至るまで、ザジテンのそれと全く同一であること、(4)したがって、被告らの製剤品は、サジフェンカプセル、ザトチテンカプセル及びザジテンと、右記載事項だけでなく、使用方法についても同一であると考えられること、(5)そして、ザジテン、サジフェンカプセル及びザトチテンカプセルの添付文書には、いずれも、「本剤使用にあたって」の欄において、「気管支喘息に用いる場合、本剤はすでに起こっている発作を速やかに軽減する薬剤ではないので、このことを患者に十分説明しておく必要がある。」、「本剤を季節性の患者に投与する場合は、好発季節を考えて、その直前から投与を開始し、"好発季節終了時まで続けることが望ましい。」との記載があること、(6)ザジテンは、その添付文書には、アレルギー性疾患治療剤と記載されてはいるものの、医療機関においては、抗アレルギー薬として認識されており、気管支喘息の発作を予防する目的で、日常臨床において広く使用されていること、(7)ザジトマカプセルの添付文書には、本剤の適応のうち、気管支喘息に対しては厚生省告示第一二号により一回三〇日間分投薬が認められていますとの記載があり、その継続的使用が予想されていること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定した事実によれば、被告らの製剤品は、アレルギー性気管支喘息の急性発作を引き起こしている患者に対して投与する薬剤であるというよりは、喘息と診断された患者が発作を起こさないように、予め、かつ定期的継続的に投与する薬剤であり、アレルギー性気管支喘息の発作が起こることを予防する薬剤であると認められるから、本件特許請求の範囲にいう「アレルギー性喘息の予防剤」に該当するというべきである。
三 争点1について1 原告が本訴において製剤の差止めを求める対象物は、別紙第一物件目録のとおり、フマル酸ケトチフェンであり、販売の差止めを求める対象物はこのフマル酸ケトチフェンの製剤品であって、「フマル酸ケトチフェン」という化合物は客観的かつ具体的に特定しており、差止めの対象物としての表示としては欠けるところはないから、差止対象物の特定性に関する被告らの主張は理由がない。
2 被告らの争点1における主張の趣旨は、おそらく、対象物の特定性にあるのではなく、本件発明がいわゆる用途発明であり、アレルギー性喘息の予防剤という用途についてのみ技術的範囲が及ぶものであるにもかかわらず、原告が本訴において差止めの対象物とした「フマル酸ケトチフェン」については、その用途を何ら限定していないから、アレルギー性喘息の予防剤という本件発明の技術的範囲を超えた用途(他用途)についてまで差止めを求める結果となり、不当であるとの点にあるものと思われる。
そこで、この点について、検討することとする。
被告らの製剤品がアレルギー性喘息の予防剤に該当するものであることは前記認定のとおりであるが、本訴において、原告が製剤の差止めの対象物としているのはフマル酸ケトチフェンであり、販売の差止めの対象としているのはフマル酸ケトチフェンの製剤品であって、「ザジトマカプセル」、「ケトチロンカプセル」及び「サルジメンカプセル」に限っているわけではない。そして、フマル酸ケトチフェンがヒスタミン解放抑制作用の他に抗ヒスタミン作用を有することは従来から知られているのであるから、このフマル酸ケトチフェンについて、その抗ヒスタミン作用を利用する等した、アレルギー性喘息の予防剤以外の用途も考えられないわけではなく、現に、乙五〜九によれば、ケトチフェンなどの抗ヒスタミン剤について、
その効能に対する見直しが考えられるべきであるとの趣旨の記載のある文献も存するところである。そして、このようなアレルギー性喘息の予防剤以外の用途については本件発明の技術的範囲が及ばないことはいうまでもない。そして、前記のような認定事実をも併せて考えると、原告が差止めを求めた対象物のうち、本件発明の技術的範囲に属するのは、別紙第二物件目録記載の医薬品に限定されるというべきである。
3 更に、争点1における被告らの主張の趣旨が、被告らの製剤品について、アレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止めることとなり、不当であるとの点にあるとも解されるので、この点も検討することとする。
本件化合物については、これを製剤販売する業者としては、アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを用途としての適用範囲において実質的に区別することが可能なのであって、右区別をすることによって当該製剤が本件発明の技術的範囲に属していないことを明らかにすることができるのであり、他方、右用途の区別が明確になされていない場合には、本件化合物はアレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とがいわば不可分一体になっているものというほかはなく、したがって、アレルギー性喘息の予防剤としての用途と他用途とを区別する方途がないのであるから、
当該製剤販売業者としては、本件化合物のアレルギー性喘息の予防剤としての用途のみならず、他用途にまで本件発明の技術的範囲が及ぶことも甘受せざるを得ないものといわなければならない。
本件においては、仮に被告らの製剤品にアレルギー性喘息の予防剤以外の用途があるとしても、被告らは、被告らの製剤品について、アレルギー性喘息の予防剤としての用途を除外する等しておらず、右予防剤としての用途と他用途とを明確に区別して製剤販売していないのであるから、被告らが、その製剤品についてアレルギー性喘息の予防剤以外の用途をも差し止められる結果となったとしてもやむを得ないものといわざるをえない。
四 右のとおり、本訴において、原告が差止めを求めた対象物のうち、別紙第二目録記載の医薬品が本件発明の技術的範囲に属するものであって、原告の本訴請求は、その製剤及びその製剤品の販売の差止め及びその製剤品の廃棄を求める限度で理由があるから、これを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとする。
追加
<8599-001><8599-002><8599-003><8599-004><8599-005>第一物件目録左記式<8589-006>で示される4-(1-メチル-4-ピペリジリデン)-4H-ベンゾ〔4・5〕シクロヘプター〔1・2-b)チオフェン-10(9H)-オンのフマル酸塩(フマル酸ケトチフェン)。
以上第二物件目録第一物件目録記載のフマル酸ケトチフェンを有効成分とし、「効能又は効果」として気管支喘息、喘息又はアレルギー性喘息を含み、「用法」として「一日二回、
朝食後および就寝前に経口投与する」等と定期的続継的に用いるものとする医薬品(なお、平成四年五月二五日現在、商品名が「ザジトマカプセル」(被告共和薬品工業株式会社)、「ケトチロンカプセル」(被告大原薬品工業株式会社)及び「サルジメンカプセル」(被告辰己化学株式会社)のもの)
裁判官 一宮和夫
裁判官 足立謙三
裁判官 前川高範