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関連審決 審判1998-35476
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11ワ8434特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成12ワ9657特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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平成17ワ3668特許権に基づく差止請求権不存在確認等請求事件 平成17ワ9357売掛代金等請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  物の発明 /  製造方法 /  加工方法 /  進歩性(29条2項) /  公知技術 /  上位概念 /  技術的範囲 /  同一の発明 /  特許の有効性 /  発明の詳細な説明 /  分割出願 /  警告 /  実施料相当額 /  クレーム /  特許出願日 /  対象製品 /  出願経過 /  均等 /  均等論 /  置き換え /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  先使用権(先使用) /  加工 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  正当な理由 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  同意 /  知らないで /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  訂正明細書 /  要旨変更 /  異議申立 /  国際公開 / 
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事件 平成 10年 (ワ) 12225号 特許権侵害行為差止等請求事件
平成 13年 (ワ) 143号 損害賠償等請求事件
原告(反訴被告) 株式会社メタルアート
訴訟代理人弁護士 小松 陽一郎
同 池下利男
同 宇田浩康
補佐人弁理士 森治
被告(反訴原告) 大岡技研株式会社
訴訟代理人弁護士 鎌田隆
同 柴 由美子
補佐人弁理士 石田喜樹
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2001/12/04
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告(反訴被告)の本訴請求及び被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを4分し、その3を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。
事実及び理由
請求
(以下、原告(反訴被告)を「原告」、被告(反訴原告)を「被告」という。) 1 本訴請求 (1) 被告は、別紙ト号歯車目録、同チ号歯車目録及び同リ号歯車目録各記載の変速用歯車を製造し、販売し、製造若しくは販売のために展示してはならない。
(2) 被告は、上記記載の変速用歯車を廃棄せよ。
(3) 被告は、原告に対し、金7500万円及びこれに対する平成9年7月29日から支払済みまで年5分の割合のよる金員を支払え。
2 反訴請求 (1) 原告は、被告に対し、金2881万4680円及びこれに対する平成13年1月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 原告は、別紙「告知文書の提出先及び告知文書の内容」記載1の各提出先に対し、同別紙記載2の内容を告知する文書をそれぞれ提出せよ。
事案の概要
本件本訴は、「変速用歯車」の特許発明の特許権者である原告が被告に対し、被告の製造、販売する変速用歯車の半完成品は同特許発明技術的範囲に属すると主張して、その差止め等と損害賠償を請求した事案である。本件反訴は、被告が、原告に対し、@原告の本件訴訟の提起、本件仮処分の申立て、及びそれらの訴訟活動が不法行為に当たる、A原告の新聞記事の掲載及び取引先に対する告知が不正競争行為(不正競争防止法2条1項13号)に当たる、B被告が防御のために本件特許権について無効審判請求及び審決に対する取消請求訴訟の提起を強いられたこと、並びに原告がこれらの手続で抗争したことが不法行為に当たると主張して、
損害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等 (1) 原告は、鍛工品の製造、加工及び販売等を目的とする株式会社であり、被告は、鍛造、プレス、機械加工部品製造販売を目的とする株式会社である。
原告及び被告は、共に自動車用の変速用歯車を製造しており、同製品の分野において競合する関係にある。
(2) 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している。
ア 発明の名称 変速用歯車 イ 登録番号 第2542300号 ウ 出 願 日 昭和61年11月7日(原出願) エ 出願番号 特願平3-255864号(特願昭61-266257号の分割) オ 公 開 日 平成4年12月17日(特開平4-366028号) カ 登 録 日 平成8年7月25日 キ 特許請求の範囲は、別紙訂正明細書(以下「本件明細書」という。同明細書中の引用図面につき別紙特許公報参照)該当欄記載のとおり。
(3) 本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。
A 鍛造にて一体に成形した変速用歯部と、この変速用歯部より小径のボス部とからなり、
B 該ボス部の外周に逆テーパ状で、先端にチャンファを有するスプライン歯を形成した変速用歯車であって、
C-1 前記逆テーパ状のスプライン歯が、
C-2 鍛造によりボス部の根元まで形成した歯車軸線に平行なスプライン歯間に、歯車軸線に対して放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心に向って強制的に摺動させて押し込んだ後、
C-3 前記ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向って強制的に摺動させて引き抜くことにより C-4 ボス部の根元まで形成されるとともに、
C-5 前記ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる D ことを特徴とする変速用歯車。
(なお、以下、放射状に配設したダイによって逆テーパ状のスプライン歯を形成する前段階の歯車を「中間工程品」という。) (4) 被告は、別紙ト号歯車目録記載の変速用歯車の半完成品(完成品番号「32231―50Y00」、半完成品番号「32231―50Y40」。以下「ト号歯車」という。)、別紙チ号歯車目録記載の変速用歯車の半完成品(完成品番号「32251―50Y02」、半完成品番号「32251―50Y42」。以下「チ号歯車」という。)及び別紙リ号歯車目録記載の変速用歯車の半完成品(完成品番号「33331―60060」、半完成品番号「33331―60060」。
以下「リ号歯車」という。)を製造、販売している(ト号、チ号及びリ号歯車を併せて「被告製品」という。)。
なお、被告は、ト号、チ号及びリ号歯車目録添付の第一図ないし第三図について、逆テーパ状スプライン歯4が、ト号、リ号歯車目録については凹部5の端縁位置(変速用歯部20の端面に相当する位置)まで、チ号歯車目録についてはボス部3の根元まで、形成されているように描かれている部分、及び、第二図について、(b)図中に43として描かれている部分を、いずれも否認している。
(5) 被告製品は、構成要件B、Dを備えている。
(6) 原告は、本件訴訟と並行して、被告に対し、被告製品の製造等の差止め及び廃棄を求める仮処分(当庁平成10年(ヨ)第3339号特許権侵害行為差止仮処分命令申立事件)を申し立てている(以下「本件仮処分」という。)。
2 争点 〔本訴請求について〕 (1) 被告製品は、「変速用歯部」(構成要件A)を備えているか。
(2) 被告製品は、中間工程品が「歯車軸線に平行なスプライン歯」を有しているとの構成(構成要件C-2)を備えているか。
(3) 被告製品は強制的に摺動させて押し込んだダイを「強制的に摺動させて引き抜く」との構成(構成要件C-3)を備えているか。
(4) 被告製品は、逆テーパ状のスプライン歯が「ボス部の根元まで形成される」との構成(構成要件C-4)を備えているか。
(5) 被告製品は、「ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる」との構成(構成要件C-5)を備えているか。
(6) 本訴請求に関する損害の発生及び額 〔反訴請求について〕 (7) 原告による本件訴訟の提起、本件仮処分の申立て、及びそれらにおける訴訟活動についての不法行為の成否並びに損害額 (8) 不正競争防止法2条1項13号の不正競争行為による不法行為の成否及び損害額 (9) 本件特許権の有効性をめぐる不法行為の成否及び損害額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告製品は構成要件Aの「変速用歯部」を備えているか。)について 〔原告の主張〕 「変速用歯部」とは、外周に変速用歯が形成される部位をいい、変速用歯が形成されたもの(完成品の歯部)と、未だこれが形成されていないもの(半完成品の歯部)を含むと解すべきである。
したがって、被告製品は外周の変速用歯が形成されていないが、構成要件Aの「変速用歯部」を備えているといえる。
〔被告の主張〕 本件発明の目的物は完成品としての「変速用歯車」であり、その一部位を意味する「変速用歯部」は、変速用歯が形成された完成品の歯部を意味すると解すべきである。
したがって、被告製品は外周の変速用歯が形成されていないから、構成要件Aの「変速用歯部」を備えていない。
2 争点(2)(被告製品は、中間工程品が「歯車軸線に平行なスプライン歯」を有しているとの構成(構成要件C-2)を備えているか。)について 〔原告の主張〕 (1) 被告製品の中間工程品のスプライン歯は歯車軸線に平行であるから、被告製品は、「歯車軸線に平行なスプライン歯」との構成(構成要件C-2)を備えている。そのことは、以下の点から明らかである。
ア 被告製品のスプライン歯の付根部(別紙「参考図1」のb-b断面図におけるスプライン歯の下端部ト、リ)に、ダイによる逆テーパ状のスプライン歯の形成が行われていない部分(以下「逆テーパ非成形部」という。)が若干残っており、この部分と、逆テーパ状のスプライン歯の最大幅部(別紙「参考図1」のb-b断面図におけるスプライン歯の上部ロ、ニ。以下、単に「最大幅部」という。)とが、ほぼ歯車軸線に平行な線上に位置している(甲22〜24の各1の1〜8、
甲32〜34の各1の1〜8)。
このことは、本件発明の実施品である原告製品でも同様に認められる(甲8の1の1〜8、甲35の1の1〜8)。
なお、ト号歯車においては、逆テーパ非成形部が最大幅部より大きいが、これは、別紙「参考図1」のb-b断面図におけるロ点及びニ点の位置でダイにより平行なスプライン歯を若干切り込むようにして生じたことによる。また、リ号歯車においては、逆テーパ非成形部が最大幅部より小さいが、歯車軸線に平行なスプライン歯を有する中間工程品を冷間据込して高さを低くする工程が介在していることによるものと考えられる。
この点について、被告は、ダイによる逆テーパ状スプライン歯を成形する際に、スプライン歯の根元部分近傍の余肉が塑性変形を起こす結果、ト点及びリ点の位置は移動していると主張するが、余肉の一部がスプライン歯の根元部分(別紙「参考図2」のA部分)に流れ、この部分が変形することはあるが、スプライン歯の変速用歯部との境界部分(別紙「参考図2」のB部分)は、変速用歯部に拘束されてほとんど変形しない。したがって、スプライン歯を逆テーパ状に成型する前の歯車軸線に平行なスプライン歯の根元幅を上記の形状から特定することは可能である。
イ 被告製品を、70〜80℃に加熱した水と塩酸1:1の混合液中に25分浸漬してエッチングし(以下「エッチング法」という。)、メタルフローの状態を調べたところ、歯車軸線に平行に形成されていることが認められる(甲19及び20の各1〜7、甲21の1〜8)。そして、スプライン歯の付根部のダイによる逆テーパ状のスプライン歯の形成が行われていない部分と、逆テーパ状のスプライン歯の形成が行われている部分の境界において、歯車軸線に平行なメタルフローが切断されている。
このことは、本件発明の実施品である原告製品でも同様に認められる(甲10の1〜3)。
ウ 中間工程品の歯車軸線に平行なスプライン歯間に、歯車軸線に対して放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心に向かって強制的に摺動させて押し込んだ後、ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向かって強制的に摺動させて引き抜くことにより、逆テーパ状のスプライン歯を形成した場合、別紙「参考図1」のb-b断面図におけるスプライン歯の側面ロ、ト、ヘ及びニ、
リ、チで囲まれる部分(斜線部分)が噛み切られるようにされるため、その余肉がバリ状の段としてスプライン小径部に発生するとともに、その余肉の一部がスプライン大径部に逃げ、これにより、スプライン大径部が円弧状に変形する。
この場合、スプライン小径部に発生するバリ状の段は、別紙「参考図1」の側面図におけるカの近傍位置で最小、ヨの近傍位置で最大となり、一方、スプライン大径部の円弧状の変形は、別紙「参考図1」の側面図におけるタの近傍位置で最小、レの近傍位置で最大となる。
被告製品の逆テーパ状のスプライン歯の測定結果によれば、スプライン小径部に余肉がバリ状の段として発生するとともに(甲22〜24の各2の1〜8)、スプライン大径部の付根部が円弧状に大きく変形し、構成要件Cの方法により生じる上記形状と同様の状況が窺われる(甲22〜24の各3の1〜4)。
このことは、本件発明の実施品である原告製品でも同様に認められる(甲8の2の1〜8、甲8の3の1〜4)。
(2) 被告製品の中間工程品が、仮に歯車軸線に平行なスプライン歯を有していないとしても、次のとおり、被告製品の中間工程品の形状は、本件発明の「歯車軸線に平行なスプライン歯」との構成が示す技術的範囲に属するものというべきである。
ア 「歯車軸線に平行なスプライン歯」とは、代表的には、別紙「中間工程品状態図1」に示すように、スプライン歯2の側面21、21が歯車軸線Lに平行に形成されているスプライン歯2を挙げることができるが、これに限定されるものではない。
別紙「中間工程品状態図2」に示すように、一体中間成形型D2の離脱を容易にするために、スプライン溝1の側面11、11が歯車軸線に対しわずかな傾斜角(例えば、0.01〜0.03度の正方向(一体中間成形型D2の抜け方向)の傾斜角)を有して形成されている一体中間成形型D2によって中間工程品を成形し、
その結果、中間工程品のスプライン歯2の側面21、21が歯車軸線Lに対してわずかな傾斜角を有して形成されているものも含まれる。
また、別紙「中間工程品状態図3」に示すように、スプライン歯2の肉(体積)が一体中間成形型D3のスプライン溝1の容積よりも小さく設定され、スプライン溝1の側面11、11が歯車軸線Lに平行に形成されている一体中間成形型D3によって成形された、スプライン歯2の側面21、21の概略中間部より根元側が欠肉22により歯車軸線Lに対してわずかに傾斜(逆方向の傾斜)して形成されているものも含まれる。
イ 仮に、別紙「中間工程品状態図2」及び「中間工程品状態図3」に示す中間工程品がスプライン歯2の側面21、21が歯車軸線Lに対して傾斜していることをもって、文言上「歯車軸線に平行なスプライン歯」を備えていないと解されるとしても、当該差異部分は、@本件発明の本質的部分ではなく、A同部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、B上記のように置き換えることに、当該特許発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、C対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、D対象製品特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないから、均等として本件発明の「歯車軸線に平行なスプライン歯」との構成が示す技術的範囲に属するものというべきである。
ウ 上記(1)記載の各証拠から、被告製品の中間工程品が別紙「中間工程品状態図2」又は「中間工程品状態図3」に示すようなスプライン歯を有していることが認められるから、文言上「歯車軸線に平行なスプライン歯」を備えているというべきであるし、仮に上記構成を文言上備えていないとしても、当該差異部分は、上記のとおり均等として本件発明の「歯車軸線に平行なスプライン歯」との構成が示す技術的範囲に属するものというべきである。
〔被告の主張〕 (1) 被告製品の中間工程品のスプライン歯は「歯車軸線に平行」でないから、
被告製品は、構成要件C-2を充足しない。そのことは、次の点から明らかである。
ア 原告は、被告製品の形状測定機による測定の結果によれば、被告製品のスプライン歯の付根部に、ダイによる逆テーパ状のスプライン歯の形成が行われていない部分が若干残っており、この部分と、逆テーパ状のスプライン歯の最大幅部とが、ほぼ歯車軸線に平行な線上に位置していると主張する。
しかし、形状測定機の測定結果によれば、ダイによる逆テーパ状のスプライン歯の形成が行われていない部分と逆テーパ状のスプライン歯の最大幅部とを結ぶ直線は、歯車軸線に平行な直線とは明らかに一致しておらず、被告製品によって、外側ないし内側に傾いている。
また、逆テーパ状スプライン歯形成時には、スプライン歯間にダイが押し込まれることにより、スプライン歯の根元部近傍の余肉が塑性変形を受けてその周辺部位に移動し、その結果、別紙「参考図1」におけるb-b断面図中のト点及びリ点は、逆テーパ状スプライン歯形成前の位置から移動してしまう。なお、別紙「参考図3」記載のとおり、ダイの先端とスプライン歯の根元との間には隙間があり余肉の移動は自由な状況にある。
したがって、原告の実施した形状測定機による測定方法は、逆テーパ状スプライン歯形成前のスプライン歯が、歯車軸線に平行か否かを示すものではない。
イ 原告は、エッチング法により被告製品のメタルフローの状態を調べたところ、メタルフローは歯車軸線に平行に形成されていると主張する。
しかし、変速用歯車における単一のスプライン歯を対象試料とする場合、エッチング法は以下の理由で適切を欠く。
すなわち、この種の変速用歯車におけるメタルフロー(フローライン)は、対象試料全体の歯車軸線に沿う方向の断面に顕著に表れるもので、原告が実施したような、逆テーパ状スプライン歯の部分のみにその対象範囲を極限した別紙「参考図1」のb-b断面図には、少なくともエッチング法によって鮮明に認められるような態様では表れ難い。
また、単一のスプライン歯を対象とする場合には、試料のサイズが小さ過ぎて、エッチング法によってメタルフロー(フローライン)を鮮明に検出することはなおさら困難である。
なお、原告は、逆テーパ状スプライン歯の根元部分における、ダイによる逆テーパ状形成が行われていない部分と、それが行われている部分との境界において、歯車軸線に平行なメタルフローが切断されている状態が認められるとするが、当該測定結果からは、そのような所見は認められない。
ウ 原告は、スプライン小径部のバリ状の段差の発生状況、スプライン大径部の円弧状の変形から、被告製品の中間工程品のスプライン歯は「歯車軸線に平行」であると主張する。
(ア) スプライン小径部のバリ状の段差の発生状況について 原告の測定は、いずれも各対象試料の逆テーパ状スプライン歯における根元部分に限りなく近い一断面の輪郭に限定されており、同根元の近傍部分、中間部分及び頂部チャンファの近傍部分という各断面の輪郭を示すものではないから、バリ状の段差が、同根元の近傍部分で最大であり、頂部チャンファの近傍部分で最小であるということはできない。
なお、被告は、同根元の近傍部分、中間部分及び頂部チャンファの近傍部分という各断面についてその輪郭を測定したが、それによれば、原告のいうバリ状の段差は、逆テーパ状スプライン歯における根元近傍の部分に限って極くわずかに認められるにすぎない。
また、被告製品に認められるバリ状の段差の程度は、原告製品であるという検甲1の変速用歯車より小さいから、被告製品においては、構成要件Cの工程に付する前段階の形状が、既に歯車軸線に平行なスプライン歯ではないということを示している。
(イ) スプライン大径部の円弧状の変形について 原告が示す各測定チャートから認められるスプライン大径部における円弧状の変形(甲22〜24の各3の1〜4)は、極めて微々たるものであり、また、原告が主張するような逆テーパ状スプライン歯の根元部分近傍において最大となり、頂部チャンファ部分近傍において最小となる状態で分布しているものとは到底認められない。
一方、原告製品であるという検甲1の変速用歯車について、被告が形状測定機で測定した結果では、逆テーパ状スプライン歯のスプライン大径部における円弧状の変形は、スプライン歯の根元部分近傍において最大となり、頂部チャンファ部分近傍において最小となっている。
(2)ア 原告は、「歯車軸線に平行なスプライン歯」とは、別紙「中間工程品状態図2」及び「中間工程品状態図3」に示すような形状も含むと解すべきであると主張する。
しかし、例えばト号歯車の場合、スプライン歯の逆テーパ角の製品規格は「3゜±30'」という精密な値であること、本件明細書に記載された実施例においても「歯車軸線に平行なスプライン歯」に関して、「スプライン歯が所定の寸法、所定精度を持つようにする」と明示的に記載されていることからすると、中間工程品のスプライン歯が「歯車軸線に平行」であるとは、所定の寸法及び精度によって精確に平行であることを意味すると解すべきであるから、原告の同主張は理由がない。
イ また、原告は上記形状の中間工程品が文言上「歯車軸線に平行なスプライン歯」との構成を備えていないとされる場合でも、均等として同構成が示す技術的範囲に属すると主張する。
しかし、均等論が認められるためには、少なくとも他の構成要件を充足していることが必要であるが、原告はその主張立証を十分になしていない上、「歯車軸線に平行なスプライン歯」という構成要件は、「強制的に摺動させて引き抜く」という構成要件と極めて密接かつ不可分の関連を有するものであり、同構成要件は本件発明の本質的部分でないことを前提とする原告の均等論の主張は理由がない。
3 争点(3)(被告製品は強制的に摺動させて押し込んだダイを「強制的に摺動させて引き抜く」との構成(構成要件C-3)を備えているか。)について 〔原告の主張〕 (1) 構成要件C-3の「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」との解釈について ア ダイを強制的に摺動させて押し込んだ後「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」とは、中間工程品の歯車軸線に平行なスプライン歯間に、機械的操作により、歯車軸線に対して放射状に複数配設したダイを、その外方から、歯車軸線に直角方向に歯車中心に向かって機械的に押し込み、その後、機械的に引き抜くことを意味し、機械的に押し込んだり、引き抜いたりする機械的操作の構成については、
逆テーパ状のスプライン歯を形成するために十分な押込力や引抜力を有するものである限り、特に限定されるものではない。
イ 被告は、構成要件C-3について限定解釈すべきと主張する。
(ア) 本件特許に係る出願経緯をみると、本件特許出願の分割前の原出願である特願昭61-266257号及びその分割出願(特願平3-255864号)の願書に最初に添付した明細書及び図面に、本件発明の構成要件Cを含む技術が実質的に記載されている。
また、特許請求の範囲に記載された発明が上位概念で表現されていても、それに対応する実施例がすべて記載されていなければならないというものではなく、実施例が一つしか記載されていないとしてもその発明は実施例に裏付けられているのであり、そのことから直ちにその特許請求の範囲の表現を実施例レベルに限定しなければならないということはできない。
(イ) したがって、平成7年12月22日付の手続補正が要旨変更に当たるとか、平成3年9月6日付の分割出願手続に違法が存するということはなく、被告が主張するような本件特許の無効事由は存しない。
(ウ) また、本件原出願前の公知技術の一例である特開昭52-61162号公開特許公報記載の発明(乙5添付甲3。以下「トヨタ発明」といい、この公報を「トヨタ公報」という。)は、そもそも、中間工程品として歯車軸線に平行なスプライン歯を切削加工により形成した素材で、スプライン歯の機械加工のために設けた「ぬすみ」(溝)が設けてあるものを用いることを前提としたものである。
原告の専務取締役のA作成の「マニュアル・トランスミッションギヤにおける逆勾配成形後のセグメントツール引抜力の計算」(乙14添付。以下「A計算書」という。)によれば、鍛造により歯車軸線に平行なスプライン歯を形成した素材を用いた場合の、逆テーパ成形後のダイを引き抜くのに要する力は、1本のダイ当たり計算上356sfとなり、この引抜力を、ダイを自動的に摺動させて引き抜く板バネによって得ようとすると長大な板バネが必要となり、実施不可能であるから、トヨタ発明の方法によって、被告製品のような変速用歯車の逆テーパ状スプライン歯を形成することはできない。なお、仮に切削加工により歯車軸線に平行なスプライン歯を形成した素材(スプライン歯の機械加工のために設けたぬすみ(溝)が設けてあるもの)を用いた場合の同力は、1本のダイ当たり計算上27.3sfとなる。
(2) 争点(2)の〔原告の主張〕で述べた被告製品の形状測定機の測定結果、メタルフローの状況は、被告製品は、中間工程品の歯車軸線に平行なスプライン歯間に、機械的操作により、歯車軸線に対して放射状に複数配設したダイを、その外方から、歯車軸線に直角方向に歯車中心に向かって機械的に押し込み、その後、機械的に引き抜いて、逆テーパ状スプライン歯が形成されていることを示している。
したがって、被告製品は、「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」との構成(構成要件C-3)を備えている。
〔被告の主張〕 (1) 構成要件C-3の「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」との解釈について ダイを強制的に摺動させて押し込んだ後「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」とは、少なくとも、本件明細書の発明の詳細な説明及び図面に記載されたダイ押圧面21Tを有するカム21、ガイドピン22及びノックアウトピン19にそれぞれ相当する構成を具備する装置を使用してこれを実施するものに限られると解すべきである。その理由は次のとおりである。
ア 本件特許に係る出願経緯は、別紙「原特許出願及び本件特許出願(分割出願)に関する審査経過の概要」記載のとおりであるが、特許請求の範囲の記載は数度にわたり変更されているものの、明細書における発明の詳細な説明の記載及び図面においては、歯車軸線に平行なスプライン歯に対し逆テーパを付与するための装置として、歯車軸線に対して放射状に配設したダイを、歯車軸線に直角方向に歯車中心に向かって押し込むための機構として、傾斜状のダイ押圧面21Tを有するカム21を備えるとともに、そのダイを逆方向に引き抜くための機構として、該カム21に内側方向に傾斜する状態で設けられたガイドピン22を備え、かつ該カム21の底部を支持するフランジ18を下方から押し上げるノックアウトピン19を備えているという具体的な構成によって特徴付けられる装置が開示され、この具体的構成の装置以外の構成を示唆する記載はなく、このことは、原出願の当初明細書以来、本件発明の明細書に至るまで実質的に変わっていない。
イ 上記のように解さないと、本件発明は以下の無効事由を有することになる。
(ア) 原告が行った平成7年12月22日付の手続補正について a トヨタ公報には、歯車軸線に平行なスプライン歯を対象として、その平行スプライン歯間に、ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心に向かって強制的に摺動させて押し込んだ後、ダイを歯車軸線に直角方向にバネの弾撥力によって摺動させて後退復帰させることにより、逆テーパ状スプライン歯を形成する、という逆テーパ状スプライン歯形成方法を実施するための装置が開示されている。
b 原告は、本件特許出願手続において、トヨタ発明等を引用例として平成6年2月25日付の拒絶通知を受けたことから、同年5月6日付の手続補正により、ダイの押込工程及びダイの引抜工程に関する部分をカム(21)、ピン(22)及びノックアウトピン(19)等による具体的な構成にある程度限定したが、平成7年10月12日付の第2回拒絶理由通知を受けたことから、同年12月22日付の手続補正によって、「強制的に摺動させて押し込み」、「強制的に摺動させて引き抜く」という抽象的かつ上位概念的表現に拡張した。
そして、本件特許権を原特許権から分割出願(特願平3-255964号)した際の願書に最初に添付した明細書及び図面には、ダイの押込工程及びダイの引抜工程に関しては、カム、ピン(ガイドピン)及びノックアウトピン等による具体的な構成の記載が開示されていたにすぎず、それ以外の構成については、
何ら開示されていない。
c したがって、平成7年12月22日付手続補正は、明細書の要旨を変更するものというべきである。そうすると、本件特許出願の出願日は、同手続補正書を提出した平成7年12月22日であることになり、本件分割出願に係る発明は、その時点において既に公開されていた原出願の公開特許公報に記載の発明と同一の発明であるから、無効事由を有する。
(イ) 原告が行った平成3年9月6日付の分割出願手続について 原出願に係る明細書及び図面に記載されている実体は、そこに唯一開示されている具体的構成の製造装置によって認識されるものであるが、同分割出願による特許発明は、その上位概念的な表現の中に、原出願に係る明細書及び図面に記載されているとは認められない発明を包含している。
したがって、同分割出願は、特許法44条1項に反するものであるから、本件特許出願の出願日は、現実の分割出願日である平成3年9月6日ということになり、本件特許出願に係る発明は、その時点において既に公開されていた原出願の公開特許公報に記載の発明と同一の発明であるから、無効事由を有する。
ウ(ア) 本件特許に対する特許後の異議申立事件手続において、原告は、トヨタ公報を引用例2とする取消理由通知(乙2)を受けて、平成9年8月29日付の意見書(乙14)を提出したが、そこには次の記載がある。
a トヨタ公報に開示されている「ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向かって摺動させて引き抜く」手段は、「板バネ」によるものであるから、「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」ものではなく、あえていうならば「ダイを自動的に摺動させて引き抜く」ものというべきである。
b 本件発明がその対象としているような、鍛造による一体成形によってボス部の根元まで形成した歯車軸線に平行なスプライン歯間に、歯車軸線に対して放射状に配設したダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心に向かって強制的に押し込んだ後、ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向かって「強制的に摺動させて引き抜く」ためには、一本のダイ当たり、計算上約356sfという値の引抜力を必要とするところ、トヨタ公報に開示されているような板バネでは、それほどの引抜力を実現することは到底不可能である。
c したがって、本件発明の構成要件にいう「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」とは、トヨタ公報に開示されているような「ダイを自動的に摺動させて引き抜く」ものを、その対象に包含するものではない。
(イ) 同意見書の記載からすれば、「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」という構成要件は、@ダイを強制的に摺動させて引き抜くための引抜手段は、
少なくとも約356sf以上の引抜力を有するものでなければならない、A上記引用例に開示されているような、バネの弾撥力によって「ダイを自動的に摺動させて引き抜く(自動的に復帰させる)」手段によるものは、本件発明の構成要件にいう「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」という構成要件概念には包含されないものと解すべきである。
エ 原告は、トヨタ発明は、そもそも、中間工程品として歯車軸線に平行なスプライン歯を切削加工により形成した素材(スプライン歯の機械加工のために「ぬすみ」(溝)が設けてある。)を用いることを前提としたものであり、しかも、成形後、ダイを自動的に摺動させて引き抜くことができないものであると主張する。
しかし、トヨタ発明の技術が、中間工程品の平行スプライン歯を鍛造加工法ではなく切削加工法により形成されたものに限るものであると解すべき根拠はない。
また、同主張の根拠とされるA計算書は、その計算の基礎とされている前提条件、計算式、当該計算に用いられている具体的な各係数等が、いずれも技術的に根拠のないものであるから、これに基づく原告の主張は理由がない。
(2) 原告は、被告製品の形状測定機による測定結果、メタルフローの状況から、「強制的に摺動させて引き抜く」との構成が立証されていると主張する。
しかし、仮に上記手法により、対象とされた変速用歯車の形態的特徴を明らかにすることができたとしても、それは、本件発明とトヨタ発明との差異、すなわち、ダイの後退復帰工程が「バネの弾撥力」によるのではなく「強制的に」摺動させて引き抜くものであるか否かを示すものではない。
4 争点(4)(被告製品は、逆テーパ状のスプライン歯が「ボス部の根元まで形成される」との構成(構成要件C-4)を備えているか。)について 〔原告の主張〕 「ボス部の根元まで形成」とは、ボス部の下部にぬすみや溝が形成されている以外の場合であって、まさに「根のあたりまで」という意義であると解すべきである。
したがって、被告製品は、逆テーパ状のスプライン歯が「ボス部の根元まで形成される」との構成(構成要件C-4)を備えている。
〔被告の主張〕 原告の主張は争う。
被告製品は、逆テーパ状のスプライン歯がボス部の根元まで形成されておらず、同構成を備えていない。
5 争点(5)(被告製品は、「ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる」との構成(構成要件C-5)を備えているか。)について 〔原告の主張〕 被告製品のスプライン歯は、ダイの先端の形状に従う形状に形成されており、同構成を備えている。
〔被告の主張〕 同構成が平成9年12月1日付の訂正請求で付加されたという出願経過に照らすと、同構成は、「ダイを強制的に摺動させて引き抜く」という本件発明独自の特異な機構を採用しているがゆえに、スプライン歯の精度が「他に類例を見ない程に高精度なもの」となることが可能となり、「ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる」との構成は、そうしたスプライン歯の状況を意味するものと解すべきである。
被告製品は、上記意味における「ダイの先端の形状に従う形状に形成されてなる」との構成を有していない。
6 争点(6)(本訴請求に関する損害の発生及びその額)について 〔原告の主張〕 被告は、ト号、チ号及びリ号歯車を平成8年8月1日から平成9年5月末日までの間に少なくとも金18億7500万円分に相当する数量を製造、販売し、それによって、原告は、少なくとも同金額の4%に当たる金7500万円の実施料相当額の損害を被った。
〔被告の主張〕 原告の主張事実は否認する。
7 争点(7)(原告による本件訴訟の提起、本件仮処分の申立て、及びそれらの訴訟活動についての不法行為の成否並びに損害額)について 〔被告の主張〕 (1)ア 原告は、同業他社の製造に係る変速用歯車(イ号、ロ号歯車)を対象として、平成9年6月23日に大津地方裁判所に本件訴訟を提起し、同日本件仮処分を申し立てた後、被告の製品ではないハ号、ニ号、ホ号及びヘ号歯車を対象物件に加えたが(なお、本件訴訟及び本件仮処分事件は、平成10年10月に大阪地方裁判所に移送された。)、平成11年11月19日の口頭弁論期日において被告製造に係るト号、チ号及びリ号歯車を対象物件に加え、それ以外の従前の対象物件については訴え及び仮処分申立てを取り下げて、対象物件をト号、チ号及びリ号歯車に限定するまでの約2年半の間、「人違い訴訟」ともいうべき本件訴訟及び本件仮処分を維持し続けた。
イ 自動車用の変速用歯車は、原告を別としても、被告を含む国内の歯車メーカー7社及び自動車メーカー3社が製造しており、それらの製品が補給部品として入手可能な状態で市場に出回っている。しかも、鍛造加工法による変速用歯車という特殊技術によって立つ限られた業界であるため、同業者であれば、製品を見ただけでどの製造業者の製品であるかは容易に識別ができるはずである。
ウ(ア) 原告は、昭和62年当時、スズキ株式会社に納入される鍛造化対象の変速用歯車は、スズキ精密工業株式会社(以下「スズキ精密」という。)と被告が半分ずつシェアを分け合っていた等のBの情報に基づいて、スズキ株式会社製の「アルト」等に使用される変速用歯車が被告の製品であると判断したと主張する。
しかし、当時、スズキ株式会社に納入される鍛造変速歯車のシェアをスズキ精密と被告が半分ずつ分け合っていたとの事実はない。また、原告は、スズキ株式会社に対し、被告のほかに、少なくともスズキ精密が鍛造変速用歯車を納入していたことを知っていたこと、Bはスズキ精密の製造に係る変速用歯車を熟知していた人物であることからすると、上記の判断資料に基づいたからといって、原告の重過失が否定されることにはならない。
(イ) 原告は、被告が「カルタス エスティーム」に搭載する変速用歯車を製造しているとの甲18の3の記載をもとにホ号歯車が被告の製品であると判断したと主張するが、「カルタス エスティーム」と「カルタス」は車種自体が異なるものであるから、原告の同主張は理由がない。
エ したがって、原告が、同業他社の製造に係る変速用歯車を対象として訴訟の提起、仮処分の申立てを行ったことは重大な過失があり、原告の上記行為は不法行為に当たる。
(2)ア 原告は、平成11年11月19日以降、被告製造に係るト号、チ号及びリ号歯車を対象物件として、本件訴訟及び本件仮処分を維持しているが、その訴訟活動には次のような違法性がある。
(ア) 本件発明の構成要件C-3の「強制的に摺動させて引き抜く」という要件に関する技術的範囲の解釈や、同要件に対応する被告の実施態様について、
何ら具体的に主張せず、原告のなすべき主張責任を懈怠している。
(イ) 原告は、構成要件C-3の「強制的に摺動させて引き抜く」、構成要件C-2の中間工程品のスプライン歯が「歯車軸線に平行」であることについて、形状測定機による被告製品の測定や、被告製品のバリの発生状況から立証を試みているが、いずれも技術的に理由のないものである上、関係各証拠に照らせば、
むしろ原告の主張とは逆に、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないことが明らかに認められる。
イ 原告の上記のような訴訟行為は、不法行為に当たる。
(3) 被告は、原告の上記不法行為によって、少なくとも以下の損害(合計1839万8240円)を被った。
ア 訴訟代理人弁護士の費用として1000万円 イ 補佐人弁理士の費用として300万円 ウ 訴訟代理人弁護士の旅費及び日当として382万6240円 エ 補佐人弁理士の旅費及び日当として157万2000円 〔原告の主張〕 (1)ア イ号、ロ号、ハ号及びニ号歯車について 原告は、本件訴訟の提起及び本件仮処分の申立ての際、メーカーや正規ディーラーから入手した情報や、平成5年4月までスズキ精密と共に変速用歯車の開発を行った株式会社ニチダイ技術部設計課に勤務していたBの「昭和62年当時、スズキ株式会社に納入される鍛造化対象の変速用歯車は、スズキ精密と被告が半分ずつシェアを分け合うほど、被告の製品のスズキ株式会社に対する納入量が多かった」等の情報に基づいて、被告の製造製品としてイ号、ロ号歯車を対象とした(ハ号、ニ号歯車は、その半完成品である。)。
しかも、原告は、被告に対し2回にわたり警告書を出し、また、被告の特許出願が先願である本件発明と同一であるとの理由で拒絶査定を受けていた(被告は拒絶理由に反論することなく、拒絶理由を受容した。)こともあって、慎重に検討した結果、本件訴訟を提起し、本件仮処分を申し立てたものであり、その後の侵害対象物件の特定について立証の努力を続けてきたものである。
被告は、本件訴訟の提起から1年以上経過した平成10年9月18日付第2準備書面において、初めてイ号、ロ号歯車を製造していないと明言するに至ったものであり、それ以前にはイ号、ロ号歯車について認否をしており、イ号、ロ号歯車の製造自体は否認していなかった。
したがって、提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて本件訴訟を提起し、本件仮処分を申し立てたものではない。
イ ホ号及びヘ号歯車について 原告が、ホ号及びヘ号歯車を被告の製品であると判断したのは、平成11年3月1日から同月4日までトヨタ自動車株式会社サプライヤーズセンターで開催された第3回低コスト・新工法展示会において被告が頒布した「大岡技研株式会社 会社概要」(甲18の3)に記載されている客先別適用車種一覧の記載を根拠にしたものであり、闇雲に根拠なく判断したものではない。
(2) 原告は、被告製品が本件発明の技術的範囲に属する事実を証明するため、
逆テーパ状スプライン歯成形工程、中間工程品の形状及び逆テーパ状スプライン歯成形工程前の工程を記載している文書の提出を求めるとともに、各工程で用いられる金型及び中間工程品の提示を求めたものであるが、その申立てが認められず、こうした書証、検証物による立証はできていない。しかし、従来からのメタルフローによる分析結果と、本件発明の技術的範囲に関する解釈、均等論の主張によって、
その侵害の立証は十分である。
(3) したがって、原告の本件訴訟の提起、本件仮処分の申立ては、不法行為を構成するものではない。
8 争点(8)(不正競争防止法2条1項13号の不正競争行為による不法行為の成否及び損害額)について 〔被告の主張〕 (1) 原告は、被告と競合する複数の客先に対し、被告が本件特許権を侵害していることは確実であり、いずれ被告の製品は納入が不可能になるから取引を控えた方がよいなどの発言を繰り返した。
また、原告の複数の役職者が、上記客先のうちの1社である愛知機械工業株式会社(以下「愛知機械」という。)のユニット購買部次長に対し、被告の製品は本件特許権を侵害するものであるから、いずれ被告からの製品の購買に支障が出ることになる旨申し向け、さらに、原告の取締役営業部長自身がわざわざ愛知機械に出向いて、被告はいずれ生産ができなくなり、取引が滞ることになるなどと申し向けた。
しかも、原告が、上記のとおり被告が本件特許権を侵害していると公言した製品は、被告とは無関係の同業他社のものであった。
(2) 原告は、被告が本件特許権を侵害しているという事実がないにもかかわらず、被告に対する本件訴訟の提起及び本件仮処分の申立てに際し、その旨を内容とする新聞発表を行った。平成9年7月3日付の日刊工業新聞の記事には、「(原告が)日本で初めてギア本体とドックギア(歯の先端に傾斜を持つくさび)との一体同時成形に成功」したとか、「(原告が)ワンピーススピードギアに関するパテントは完全に押さえた」などという事実に反する一方的なコメントが記載されている。
(3) 原告の上記各行為は、不正競争防止法2条1項13号に該当する不正競争行為に当たるところ、いずれも原告に故意又は少なくとも過失がある。
(4) 被告は、原告の上記不正競争行為により、営業上の信用を傷付けられるとともに、顧客各社から事情説明を求められてその対応に奔走することを余儀なくされた。
これによって、被告が被った損害は、少なくとも500万円を下るものではない。
〔原告の主張〕 (1) 被告の主張(1)について、原告の複数の役職者が愛知機械の購買部次長に面会した際、本件特許権が登録になりそうである旨を伝えているが、被告の製品は本件特許権を侵害するものであるからいずれ被告からの製品の購買に支障が出ることになる旨申し向けたことはない。また、原告の取締役営業部長が愛知機械に出向いた際も被告主張のような発言をしたことはない。
(2) 平成9年7月3日付の日刊工業新聞の記事の内容は、原告が被告に対して訴訟を提起したこと、それが原告が所有する「ワンピーススピードギア」特許に関するものであることを単に述べたものにすぎず、何ら虚偽の事実を含むものではない。また、上記特許に疑問を有していることから法廷で争う旨の被告代表者による表明も同時に記載されており、権利侵害の一方的な警告と同列に論じられるものではない。
原告は、上記新聞記事の掲載に伴い、被告と原告とが営業上競合する顧客から事情を聞かれることがあったが、その際、本件特許権に基づき本件訴訟の提起及び本件仮処分の申立てをしたことを述べたものであり、何ら虚偽の事実を述べていない。
(3) また、被告が「告知文書の提出先」として摘示するスズキ株式会社は、原告の実質的な親会社であるダイハツ工業株式会社と競争関係にあるから、原告が、
スズキ株式会社に対し、被告との取引を抑制させて自己の製品を売り込もうとすることはあり得ない。被告が「告知文書の提出先」として摘示するその他の会社についても、本件訴訟の提起及び本件仮処分の申立てから現在に至るまで、被告が納入していた製品の発注先が原告に変更されたという事実も一切ない。
(4) したがって、原告の新聞記事の掲載及び取引先に対する告知は、不正競争行為(不正競争防止法2条1項13号)には該当しない。
9 争点(9)(本件特許権の有効性をめぐる不法行為の成否及び損害額) 〔被告の主張〕 (1) 原告による本件訴訟の提起及び本件仮処分の申立てに伴い、被告は、やむを得ざる防御方法として、本件特許権に関する特許無効審判の請求及び同審判の審決に対する取消請求訴訟の提起を強いられることとなった。また、原告は、同手続において、本件発明が特許性に欠けるものであることを知りながら、あるいは過失により知らないで、あくまでも本件特許の有効性を主張し、不法に争っている。
本件発明は、国際公開第86-838号パンフレット、特開昭52-61162号公報(トヨタ公報)、特開昭53-64897号公報に記載された各公知技術によれば進歩性がないものであることは明らかであり、そのことは、東京高等裁判所が平成13年9月20日に言い渡した判決(平成11年(行ケ)第98号審決取消請求事件)が示すとおりである。
(2) 原告の上記各行為は、一体として被告に対する不法行為を構成する。
(3) 被告は、原告の上記不法行為によって、少なくとも以下の損害(合計541万6440円)を被った。
ア 特許無効審判請求事件について (ア) 審判申立費用として5万5000円 (イ) 代理人弁理士費用として47万6000円 イ 審決取消請求訴訟事件について (ア) 訴訟代理人弁護士費用として300万円 (イ) 訴訟代理人弁理士費用として100万円 (ウ) 訴訟代理人弁理士の旅費及び日当として88万5440円 〔原告の主張〕 被告の主張事実は争う。
争点に対する判断
1 争点(2)(被告製品は、中間工程品が「歯車軸線に平行なスプライン歯」を有しているとの構成(構成要件C-2)を備えているか。)について (1) 原告は、ト号、チ号及びリ号歯車の形状測定機による測定結果(甲22〜24の各1の1〜8、甲32〜34の各1の1〜8)に示された、歯車軸線に平行な直線として示されているA-C線(1点鎖線)と、スプライン歯の最大幅部と逆テーパ非成形部とを結ぶ直線であるA-B線(2点鎖線)との対比からすれば、中間工程品のスプライン歯は歯車軸線に平行であることが認められると主張するので、この点について検討する(なお、甲22〜24の各1の1〜8は、歯車軸線に平行な線が明示されていないため、歯車軸線に平行な線が明示されている甲32〜34の各1の1〜8について検討する。)。
ア ト号歯車の同測定結果(甲32の1の1〜8)によれば、いずれも、A-B線はA-C線より外側に相当程度はずれている(逆テーパ非成形部が最大幅部より大きい。)。
チ号歯車の同測定結果(甲33の1の1〜8)によれば、同号証の1の1〜4では、A-B線はA-C線よりも内側に収まっている(逆テーパ非成形部が最大幅部より小さい。)のに対し、同号証の1の5〜8では、A-B線はA-C線よりも逆に外側にはずれている(逆テーパ非成形部が最大幅部より大きい。)。
リ号歯車の同測定結果(甲34の1の1〜8)によれば、いずれも、A-B線はA-C線よりも内側に収まっている(逆テーパ非成形部が最大幅部より小さい。)。
イ 上記測定結果について、原告は、ト号歯車においては、逆テーパ非成形部が最大幅部より大きいが、別紙「参考図1」のb-b断面図におけるロ点及びニ点の位置でダイにより平行なスプライン歯を若干切り込むようにして生じたことによるもの、また、リ号歯車においては、逆テーパ非成形部が最大幅部より小さいが、歯車軸線に平行なスプライン歯を有する中間工程品を冷間据込して高さを低くする中間工程が介在していることによるものと考えられると主張する。
しかし、原告の同主張は、測定結果が上記のようなト号、チ号及びリ号歯車によってまちまちな結果であっても、一定の説明がつくことを述べるにとどまり、同測定結果から中間工程品のスプライン歯が歯車軸線に平行であることを導くことまで示すものではない。
ウ さらに、チ号歯車においては、逆テーパ非成形部が最大幅部より大きいものや、それとは反対に小さいものがあり、このことは、ダイにより逆テーパ状スプライン歯を形成する際に、歯車が塑性変形を起こし、これにより余肉の一部が流れてスプライン歯が変形しているものと推認される。
原告は、スプライン歯の変速用歯部との境界部分(別紙「参考図2」のB部分)は、変速用歯部に拘束されてほとんど変形しないと主張するが、同主張を裏付ける証拠はないし、仮にほとんど変形しないのであれば、上記の測定結果をうまく説明できない。
したがって、逆テーパ状スプライン歯を形成する際に塑性変形を起こす可能性があることからしても、被告製品の形状測定機による測定結果から、中間工程品のスプライン歯の形状を導くことは困難であるというべきである。
(2) 原告は、被告製品のメタルフロー(ファイバーフロー)の状況(甲19及び20の各1〜7、甲21の1〜8)によれば、ト号、チ号及びリ号歯車の中間工程品のスプライン歯が歯車軸線に平行であることが認められると主張する。
しかし、乙23〜25の各4及び5によれば、被告において被告製品を対象にして行ったメタルフロー(ファイバーフロー)の検査結果では、被告製品のファイバーフローは、対象試料全体の歯車軸線に沿う方向の断面に顕著に表れ、その断面方向においては、鍛造過程において生じたと思われる歯車の全体的な塑性変形の状況が窺われ、同ファイバーフローは、主として歯車内部において顕著に表れ、
表面部分においてはファイバーフローの方向性はそれほど顕著なものではないことが認められる。
原告が行ったメタルフロー(ファイバーフロー)の観察結果は、スプライン歯の部分に限ったものであり、歯車の全体的な塑性変形の状況からすると極めてわずかな部分であること、しかもファイバーフローがそれほど顕著ではない表面部分においてのものであることからすると、メタルフローラインを適切に示しているものか否かについては疑問が残る。また、上記のとおり、そもそも対象試料全体のファイバーフローは歯車軸線に沿うという方向性を有しているから、仮に、スプライン歯の部分において歯車軸線に平行なファイバーフローが認められたとしても、
そのことから、中間工程品のスプライン歯の外側形状が歯車軸線に平行であったことを示すものともいえない。
以上によれば、被告製品のメタルフロー(ファイバーフロー)の状況から、ト号、チ号及びリ号歯車の中間工程品のスプライン歯が歯車軸線に平行であることが認められるとする原告の主張は理由がない。
(3) 原告は、スプライン小径部のバリ状の段差の発生状況、スプライン大径部の円弧状の変形から、被告製品の中間工程品のスプライン歯は「歯車軸線に平行」であると主張する。
ア スプライン小径部のバリ状の段差の発生状況について 別紙「参考図1」の側面図のa-a断面におけるスプライン歯の輪郭を示す甲22〜24の各2の1〜8によれば、ト号、チ号及びリ号歯車において、スプライン小径部に余肉がバリ状の段差として発生していることが認められるが、いずれも一断面の輪郭についてのものであり、同根元の近傍部分、中間部分及び頂部チャンファの近傍部分という各断面の輪郭を示すものではない。
一方、乙23〜25の各2によれば、同根元の近傍部分、中間部分及び頂部チャンファの近傍部分という各断面においてスプライン歯の輪郭を測定した結果、リ号歯車の中間部分及び頂部チャンファの近傍部分においてはバリ状の段差の存在は認め難いが、リ号歯車の根元の近傍部分、ト号及びチ号歯車の上記3部分のいずれにおいても、バリ状の段差が認められ、頂部チャンファの近傍部分よりも同根元の近傍部分の方がその段差が顕著である傾向が窺われる。
また、乙22の3によれば、本件発明の実施品であると原告が主張する原告製品の上記3部分のスプライン歯の輪郭を測定した結果、いずれの部分においても顕著なバリ状の段差が認められること、その段差の程度は、被告製品を比べてかなり大きいものであることが認められる。
イ スプライン大径部の円弧状の変形について 甲22〜24の各3の1〜4によれば、ト号、チ号及びリ号歯車のスプライン大径部において外側に円弧状に変形していることが認められるが、同円弧状はそれほど顕著なものではなく、原告が主張するような逆テーパ状スプライン歯の根元部分近傍において最大となり、頂部チャンファ部分近傍において最小となる状態で分布していることまでを認めることはできない。
そして、上記の円弧状の変形状況は、ト号、チ号及びリ号歯車について被告が測定した結果(乙23〜25の各3)においてもほぼ同様の所見が得られる。
ウ 原告は、歯車軸線に平行なスプライン歯を有する中間工程品に対し、ダイによる逆テーパ状のスプライン歯の形成工程を加えた場合には、頂部チャンファの近傍部分よりも、同根元の近傍部分の方が大きく変形されることになるから、スプライン小径部のバリ状の段差やスプライン大径部の円弧状の変形からそうした変形の傾向が窺われた場合には、中間工程品のスプライン歯は歯車軸線に平行であることが導かれるという前提のもとに上記各立証をする。
しかし、仮に、原告の上記主張のとおりの立証がされたとしても、それは、頂部チャンファの近傍部分よりも、同根元の近傍部分の方が大きく変形されたという事実を示すものであって、そのことから直ちに中間工程品のスプライン歯が歯車軸線に平行であったことまでを認めることはできない。
加えて、上記のスプライン大径部の円弧状の変形は、頂部チャンファの近傍部分と同根元の近傍部分の変形の差異を示すものとはいえず、また、スプライン小径部のバリ状の段差は、根元の近傍部分の方が段差が顕著である傾向が認められるものの、その発生状況は本件発明の実施品とされる原告製品の段差よりもかなり小さいものであるから、こうした事実からしても、上記各証拠から、被告製品の中間工程品のスプライン歯が歯車軸線に平行であったことを認めることはできないものといわざるを得ない。
(4) なお、原告は、中間工程品のスプライン歯が「歯車軸線に平行」との構成は、別紙「中間工程品状態図2」及び「中間工程品状態図3」に示すような形状をも含むと解すべきであり、仮に同形状が文言上「歯車軸線に平行」との構成に当たらないとしても、均等として本件発明の同構成が示す技術的範囲に属すると主張するが、上記各証拠によっても、被告製品の中間工程品が別紙「中間工程品状態図2」及び「中間工程品状態図3」に示すような形状であることを認めるには足りず、他にこのことを認め得る証拠もないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の同主張は理由がない。
(5) 結局、本件全証拠によっても、被告製品の中間工程品が「歯車軸線に平行なスプライン歯」を有しているとの構成(構成要件C-2)を備えていることを認めるに足りないものというべきである。
2 争点(3)(被告製品は強制的に摺動させて押し込んだダイを「強制的に摺動させて引き抜く」との構成(構成要件C-3)を備えているか。)について (1) 「強制的に摺動させて引き抜く」の解釈について ア 本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面においては、中間工程品の歯車軸線に平行なスプライン歯に対し逆テーパを付与するためのダイを、歯車軸線に直角方向に歯車中心に向かって押し込むための機構として、傾斜状のダイ押圧面21Tを有するカム21を備えるとともに、そのダイを逆方向に引き抜くための機構として、該カム21に内側方向に傾斜する状態で設けられたガイドピン22を備え、かつ該カム21の底部を支持するフランジ18を下方から押し上げるノックアウトピン19を備えているという具体的な構成によって特徴付けられる装置が開示されている。
その装置の動作について、本件明細書の【0015】欄には、ダイの押込工程について「カム21及びフランジ18が押し下げられ…、これによってカム21のテーパ状をしたダイ押圧面21Tにてダイ23の後端部23Tが押され、各ダイ23は下型13の中心に向かう方向、すなわち歯車の軸心方向に摺動し、ダイ23の先端23Dにて素材FWのスプライン歯4は所定の逆テーパ状のスプライン歯に成形される。」とされ、ダイの引抜工程について「上型取付台12を上昇させるとともに、ノックアウトピン19を押し上げる。これにより、フランジ18も復帰する。このフランジ18の復帰、すなわち上昇にてカム21も上昇するが、このカム21に傾斜して突設されたピン22がダイ23のピン孔23Hに挿通されているので、このピン22の上昇に合わせて、下型13に嵌挿された状態で放射状にのみ摺動できるようになっているダイ23が歯車軸心方向と逆方向に強制的に摺動、復帰する。」と記載されている。
そして、この具体的構成の装置以外の構成を示唆する記載はない。
イ 一方、本件特許出願日前に発行されたトヨタ公報(乙5添付甲3)には、次の技術が開示されている。
(ア) トヨタ発明は、「歯車特に自動車用マニュアルトランスミッションギヤのボス外周に形成されスプライン溝に歯車抜け止め用の逆テーパを塑性成形加工する装置に関する」(1頁左下欄13〜16行)ものであり、その特許請求の範囲は、「歯車の固定保持台と、歯車ボススプライン部に指向し歯車の軸心に対して放射状の進退動する逆テーパ刃型を有する成形加工工具と、該成形加工工具を前進動させる押動カム部材と後退復帰させる弾性体とを有する歯車ボス部のスプライン溝に逆テーパを成形加工する装置」とされている。そして、実施例に示された装置では、基台上に配設され放射状に進退動する成形加工工具8には、基台に植設した板バネ10を挿入した切溝が設けられている(1頁右下欄13〜20行)。
(イ) 上記成形加工工具(ダイ)の押込工程について、「昇降駆動杆19を適宜の駆動装置によって降下させ、押動カム部材14をスプリング15に抗して押下すると、その押動カム面13は成形加工工具8の後端部カム面12に当接して該成形加工工具8を板バネ10の弾力に抗してガイド板9に沿って求心方向に前進移動させ」(2頁左上欄16行〜同右上欄2行)ることにより、逆テーパを冷間成形するものであり、上記押込工程はダイを「強制的に摺動させて押し込む」ものといえる。
(ウ) また、同ダイの引抜工程について、「逆テーパ成形工程を終了すると昇降駆動杆19を上昇操作すれば押動カム部材14はスプリング15によって上動復帰し、それに伴って成型加工工具8は板バネ10によって遠心方向に後退移動し逆テーパ刃型7はスプライン溝4より離脱して復帰する。」(2頁右上欄6〜11行)とされ、上記引抜工程は、板バネの弾撥力により摺動させて後退復帰させるものとなっている。
ウ 原告は、そもそも、トヨタ発明は、中間工程品として歯車軸線に平行なスプライン歯を切削加工により形成した素材で、スプライン歯の機械加工のために設けた「ぬすみ」(溝)が設けてあるものを用いることを前提としたものであると主張する。しかし、トヨタ公報の歯車正面図を示す第3図には、逆テーパ状のスプライン歯と変速用歯部との間にぬすみ(溝)が設けてあるものが記載されているものの、トヨタ公報には、中間工程品のスプライン歯の切削、鍛造等の加工方法、ぬすみ(溝)の設定の有無について格別の記載はないから、トヨタ発明が、中間工程品のスプライン歯が切削加工により形成されたものであるとか、ぬすみ(溝)が設けてあるものにその対象を限定する趣旨と解することはできない。
エ なお、原告は、A計算書の計算結果に基づいて、トヨタ公報記載の技術では、被告製品のような変速用歯車の逆テーパ状スプライン歯を形成することはできないと主張する。
しかし、A計算書(乙14添付)は、逆テーパ状スプライン歯の成形時に発生するバリの厚みの差tからダイの撓み量yを近似的に計算し、当該撓み量yからダイの先端に加わる加重Pを計算し、その加重Pが加わった状況においてダイを引き抜くために必要な力Fを計算するものであるところ、ダイを引き抜く際には、ダイを押し込む荷重は開放されることになるから、その状態においてもダイの先端に上記加重Pがそのまま作用しているとする上記前提には疑問が存するところである。
この点について、乙26によれば、被告の技術部長が「逆テーパ成形が完了し、プレスが上昇するとカム及びワーク押えも上昇し、ダイへの押圧力が解除されるとともにワークへの荷重Pとガイド部のX、Yの荷重も解除される。この時点でダイはフリーの状態になり、強制的に引き抜かなくても、傾き量yがダイ自身の復元力で元の状態に戻る。」との意見を述べ、乙27によれば、トヨタ発明の発明者の一人が「ダイを後退復帰させる際には、ダイを押し込む際に既に形成された同一の軌跡上をただ後退復帰させるというに過ぎないわけですから、特に大きな力を必要とするものではなく、バネの弾撥力程度の力で十分その役割を果すことが出来るのであります。」との意見を述べていることがそれぞれ認められる。
上記2名の意見に加え、他にA計算書の上記前提を裏付ける証拠がないことからすれば、ダイを引き抜く際においてもダイの先端に上記加重Pがそのまま作用しているとする上記前提を正しいものと認めることはできず、そうした前提に立つA計算書の計算結果を前提とする原告の主張を採用することはできない。
オ そうすると、トヨタ公報には、本件発明の構成要件のうち、ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向かって引き抜く工程が「強制的に摺動」させるものか、「バネの弾撥力」によるものかという差異はあるものの、その余の構成がすべて包含されているものといえるから、本件発明における「強制的に摺動させて引き抜く」との構成については、少なくともトヨタ公報に開示されている「バネの弾撥力」によって引き抜く構成を含むものと解することはできない。
そして、こうした解釈は、本件特許権に関する以下の出願経過にも符合するものである。
(ア) 原告は、本件特許出願に対し、トヨタ公報等を引用例として進歩性を欠如するとして拒絶通知を受けたことから(乙19)、平成6年5月6日付の手続補正により、特許請求の範囲をダイの押込工程及びダイの引抜工程に関する部分がカム(21)、ピン(22)及びノックアウトピン(19)等による具体的な構成にある程度限定していたところ(乙11)、これを、平成7年12月22日付の手続補正によって、特許請求の範囲を「強制的に摺動させて押し込み」、「強制的に摺動させて引き抜く」という表現に補正した(乙12)。
(イ) 本件特許に対する特許後の異議申立事件手続において、原告は、トヨタ公報(引用例2)等を引用例とする取消理由通知(乙2)を受けて、平成9年8月29日付の意見書(乙14)を提出したが、そこには、@トヨタ公報に記載された「ダイを歯車軸線に直角方向に歯車中心から外側に向って摺動させて引き抜くために配設されている『板バネ』は、ダイを強制的に摺動させて引き抜くものではなく、敢えていうとすれば、ダイを自動的に摺動させて引き抜くものとでもいうべきものであります。」(同4頁18〜21行)、A「本願発明が、引用例2に記載され(た)ようなダイを自動的に摺動させて引き抜く板バネによって引抜力を得ることによってなしたものを対象とするものでないことはいうまでもありません。」(同5頁9〜11行)と記載されている。
(2) 原告は、被告製品が強制的に摺動させて押し込んだダイを「強制的に摺動させて引き抜く」との構成を備えていることについて、被告製品の形状測定機による測定結果、メタルフローの状況を示す前掲各証拠により認められると主張するものと解されるが、上記各証拠は、対象とされた被告製品の形態的特徴を明らかにすることができたとしても、それは、トヨタ発明のような「バネの弾撥力」を含まない意味で、ダイの後退復帰工程が「強制的に」摺動させて引き抜くものであるか否かを示すものではない。
その他関係各証拠によっても、被告製品が強制的に摺動させて押し込んだダイを「強制的に摺動させて引き抜く」との構成(構成要件C-3)を備えていることを認めるに足りないものというべきである。
3 よって、被告製品は、中間工程品が「歯車軸線に平行なスプライン歯」を有しているとの構成(構成要件C-2)、強制的に摺動させて押し込んだダイを「強制的に摺動させて引き抜く」との構成(構成要件C-3)を備えているものとは認められないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
4 争点(7)(原告による本件訴訟の提起、本件仮処分の申立て、及びそれらの訴訟活動についての不法行為の成否並びに損害額)について (1) 法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならない。
そして、訴えを提起する際に、提訴者において、自己の主張しようとする権利等の事実的、法律的根拠につき、高度の調査、検討が要請されるものと解するならば、裁判制度の自由は利用が著しく阻害される結果となり妥当ではない。
したがって、訴えの提起は、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限り、相手方に対する違法な行為となると解すべきである(最高裁判所昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。また、この理は、仮処分の申立てについても基本的には同様に当てはまるものと解される。
(2) 原告は、同業他社の製造に係る変速用歯車(イ号、ロ号歯車)を対象として、平成9年6月23日に本件訴訟を提起し、同日本件仮処分を申し立てたものであるが、被告は、原告が平成11年11月19日の口頭弁論期日において被告製造に係るト号、チ号及びリ号を対象物件に加えるまでの約2年半、「人違い訴訟」ともいうべき本件訴訟及び本件仮処分申立てを維持し続けたとし、本件訴訟の提起及び本件仮処分の申立て並びにその後本件訴訟及び本件仮処分申立てを維持したことが不法行為に当たると主張するので、検討する。
ア 本件訴訟の経緯は、以下のとおりである。
(ア) 原告は、平成9年6月23日、イ号、ロ号歯車を対象として、本件訴訟を提起し、同時に本件仮処分を申し立てた。なお、イ号、ロ号歯車は変速用歯が形成された完成品としての変速用歯車であった。
(イ) 原告は、平成10年9月30日の第1回弁論準備期日において、イ号歯車の半完成品をハ号歯車、ロ号歯車の半完成品をニ号歯車として本訴請求の対象に加えた(原告第二準備書面)。
(ウ) その後、本件訴訟及び本件仮処分事件は平成10年10月に大阪地方裁判所に移送されたが、原告は、同年12月25日の第4回口頭弁論期日において、イ号及びロ号歯車を対象とする請求に係る訴えを取り下げた(原告第三準備書面)。
(エ) 原告は、平成11年5月20日の第6回口頭弁論期日において、ホ号、ヘ号歯車を本訴請求の対象として追加した(原告第五準備書面)。
(オ) 原告は、平成11年11月19日の第8回口頭弁論期日において、
ト号、チ号及びリ号歯車を、本訴請求の対象として追加するとともに(原告第八準備書面)、ハ号ないしヘ号歯車を対象とする請求に係る訴えを取り下げた(原告第九準備書面)。
イ 原告は、上記のとおり、いったんは被告の製品であるとして本訴請求の対象としたイ号〜ヘ号歯車が、結局は被告の製品でないことが判明し、これを取り下げたものであるが、原告がイ号〜ヘ号歯車を被告の製品と判断した事情について、甲18の3、甲27の2、甲39及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告は、昭和62年当時、スズキ株式会社に納入される鍛造化対象の変速用歯車のうち、スズキ精密と被告が半分ずつシェアを分け合っているなどの情報を得て、スズキ株式会社製の乗用車「カルタス」に使用されるイ号歯車(完成品)、同「アルト」に使用されるロ号歯車(完成品)を被告の製品であると判断し、被告に対し2回にわたり警告を出すなどした上で本件訴訟を提起し、本件仮処分を申し立て、その後、それぞれの半完成品であるハ号、ニ号歯車を本訴請求の対象として追加した。
(イ) 原告は、平成11年3月1日から同月4日にトヨタ自動車株式会社ラプライヤーズセンターで開催された第3回低コスト・新工法展示会において被告が頒布した「大岡技研株式会社 会社概要」を入手し、そこにスズキ株式会社を客先として、「エブリー・カルタス、エスティーム・エスクード」に用いるモノブロックギア(本件発明の変速用歯車はモノブロックギアの一種である。)を販売している旨の記載があったことから、同社製の「カルタス」に使用されるホ号歯車、同「エスクード」に使用されるヘ号歯車を本訴請求の対象として追加した。
なお、ハ号、ホ号歯車はスズキ株式会社製の「カルタス」に使用されるものであるが、同社製の「カルタス エスティーム」という他の車種も存在する。また、同社製の「エスクード」に使用される変速用歯車の品番は一種類であるが、スズキ株式会社は、平成元年4月から平成7年2月まで被告の製造に係る変速用歯車を用い、その後、ヘ号歯車に相当する他社製の変速用歯車に変えた。
ウ 以上の事実によれば、原告は、スズキ株式会社に納入される鍛造化対象の変速用歯車の約半分のシェアを有するという理由で同社製の「アルト」「カルタス」に使用される変速用歯車が被告製品であると速断し、また、被告の会社概要の「エブリー・カルタス、エスティーム・エスクード」向けの変速用歯車を製造している旨の記載から、「カルタス」「エスクード」に使用される変速用歯車が被告製品であると速断したという点で、調査が不十分であったとの批判は免れ得ないともいえる。
しかし、原告は、独自に調査し警告書を発した上本件訴訟の提起及び本件仮処分の申立てに及んでいること、被告もスズキ株式会社製の同車種名あるいは類似する車種名の自動車の変速用歯車の製造をしていた時期があったこと、甲27の2によれば、スズキ株式会社は、原告訴訟代理人の申出に基づき大阪弁護士会がした照会に対し、「被告から供給を受けたもの(変速用歯車)とそれ以外の会社から供給を受けたものにつき、製品上で区別できる基準はありません。」と回答していることが認められることからすれば、原告が上記誤認するに至ったことも、全く理由がないことではなく、その他、通常人ないし当業者であれば、容易にイ号〜ヘ号歯車が被告製品でないことを知り得たことを認めるに足りる証拠もない。また、
訴え提起の後であるとはいえ、被告製品であるト号、チ号及びリ号歯車が本訴請求の対象とされたのであるから、その間になされた本件発明の技術的範囲に関する審理等の訴訟手続が全く無駄になったものではない。
そうすると、原告の本件訴訟の提起及び本件仮処分の申立てが、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとして、不法行為に当たるとすることはできないものというべきである。
(2) また、被告は、平成11年11月19日以降、原告が、被告製造に係るト号、チ号及びリ号歯車を対象物件として、本件訴訟及び本件仮処分申立てを維持したが、構成要件C-3の「強制的に摺動させて引き抜く」、構成要件C-2の中間工程品のスプライン歯が「歯車軸線に平行」であるという要件の充足性についての原告の主張立証活動によれば、同訴訟活動は違法であると主張する。
ア 本件発明は、「変速用歯車」という物の発明であるが、その特許請求の範囲には構成要件C-2、C-3のような製造方法に関する記載がなされているものである(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)ところ、対象物件がこのように製造方法によって特定された物の特許発明技術的範囲に属するといえるためには、一般的には、対象物件が特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された事実が立証されるか、又は、特許請求の範囲に記載された製造方法によって特定される物の構造もしくは特性が明らかにされた上で、対象物件がこれと同一の構造もしくは特性を有する事実が立証される必要があると解される。しかるところ、
本件訴訟において、原告は、被告製品が構成要件C-2、C-3の製造方法で製造されたものであるとして、これらの構成要件を充足する旨主張し、被告が争ったので、これらの構成要件充足性(構成要件C-3の「強制的に摺動させて引き抜く」、構成要件C-2の中間工程品のスプライン歯が「歯車軸線に平行」であるという要件)を立証しようとしてきたものである。被告製品の変速用歯車は、その完成品を市場で入手することは可能であるにしても、製造方法自体は、原告において直接的に知り得る手段を有しているとはいえず、直接原告が立証することは困難である。したがって、原告としては、入手した完成品の構造や特性を分析して製造方法を推認するという間接的な立証によらざるを得ず、本件訴訟で行ったように、被告製品の形状測定機による測定結果や、断面に現われたメタルフロー(ファイバーフロー)の状況の観察等によってその立証をするというな手段以外に適当な立証手段があったとはいい難い。
なお、本件訴訟においては、原告は前記のような立証方法による証拠を提出した上で、被告製品の製造方法を立証するために、被告に対し、本件発明にいう「逆テーパ状のスプライン歯」の成形をする前の中間工程品の形状や工程が記載された文書の提出とその工程で使用される金型及び中間工程品の提示を求める申立てをした(特許法105条1項、3項)。これに対し、被告は、文書提出及び検証物の提示を拒む正当な理由がある旨主張したので、当裁判所は、特許法105条2項、3項に基づき、被告に上記申立てに係る文書及び物件の提示をさせた上で、被告の主張を認めて原告の申立てを却下した。
イ 被告は、上記立証方法はいずれも技術的に理由のないものである上、関係各証拠に照らせば、むしろ原告の主張とは逆に、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないことが明らかに認められるとも主張するが、前掲各証拠から、通常人ないし当業者が本件発明の技術的範囲の属否を容易に判断できるとはいえない。
十分な調査、検討の上で訴訟活動をすることは、もとより好ましいことではあるが、上記のように立証活動の制約がある中で、より高度の調査、検討が要請され、その要請を充たさない場合には不法行為を構成するとすることは、裁判制度の自由な利用が著しく阻害される結果となりかねない。
したがって、原告が、平成11年11月19日以降、被告製造に係るト号、チ号及びリ号歯車を対象物件として、本件訴訟及び本件仮処分申立てを維持したことについて、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとして、不法行為に当たるとすることはできないものというべきである。
5 争点(8)(不正競争防止法2条1項13号の不正競争行為による不法行為の成否及び損害額)について (1) 原告の取引先に対する告知について ア 原告は、被告と競合する複数の客先に対し、被告が本件特許権を侵害していることは確実であり、いずれ被告の製品は納入が不可能になるから取引を控えた方がよいなどの発言を繰り返したと主張し、被告代表者作成の陳述書(乙39、
55)にはこれに沿う陳述部分がある。
しかし、これらの陳述部分は、原告が被告の顧客に対し「被告の製品は特許侵害に当たるから、いずれ被告は製品を納入できなくなる。」などと述べていたことを、被告代表者が同顧客から聞いたというものであって、被告代表者自身が直接聞いた具体的発言内容に関するものではないから、他にこれを裏付ける証拠がない以上、直ちに上記陳述部分を採用することはできない。
イ また、被告は、原告の複数の役職者が、上記客先のうちの1社である愛知機械に対し、被告の製品は本件特許権を侵害するものであるから、いずれ被告からの製品の購買に支障が出ることになる旨申し向け、さらに、原告の取締役営業部長自身がわざわざ愛知機械に出向いて、被告はいずれ生産ができなくなり、取引が滞ることになるなどと申し向けたと主張するので、この点について検討する。
(ア) 原告の専務取締役のA作成の陳述書(甲40)、原告の営業部営業室担当のC作成の陳述書(甲41)、元愛知機械の購買部次長のD作成の陳述書(乙54)によれば、少なくとも、@平成8年6月28日、Dが、価格交渉の目的でメタルアート本社に赴いた際、Aは、変速用歯車に関する原告の本件特許出願が認められそうである旨の情報を得ていたことから、これをDに報告したこと、A平成8年8月29日、原告の取締役ほか2名の従業員が愛知機械を訪れた際、愛知機械が推進していた3.5%のコストダウン要求についての交渉を行い、また、原告が本件特許を取得したことを報告したことが認められる。
(イ) そして、乙54には、原告が本件特許を取得したという事実の報告を超えて、被告の製品は本件特許権を侵害するものであるから、いずれ被告からの製品の購買に支障が出るなどと申し向けたという被告主張の事実に沿う陳述部分がある。
しかし、前掲甲40、41の各陳述者は、いずれもこの事実については否定し、平成8年6月28日及び同年8月29日の各面談はいずれも価格交渉が主たる目的であったのであり、本件特許の登録に関する事実は告げたものの、それを超えて本件特許の被告製品の侵害の可能性等については述べていない、特許権が成立した後の他社に対する具体的な対応について検討に入ったのは同年9月26日以降であるなどとその理由を述べている。
そして、本件特許の成立日が平成8年7月25日であること、原告が被告に対し本件特許権の侵害に関する通知を行ったのは同年9月26日である(乙40)ことから、同年8月29日の時点で他社に対する具体的な対応について検討していなかったとしても何ら不自然ではない。なお、乙56〜58によれば、原告は、被告に対し、平成2年7月16日付書面により、被告の変速用歯車の製造販売行為は、原出願に係る特許権を侵害するものである旨の警告をしたこと、被告は、
平成元年9月7日付書面によりアイシン精機株式会社に対し、原出願に係る特許権は権利化の可能性はなく、同特許権の製造装置は被告の方式と類似性はないとの意見を伝えていること、被告は、平成2年9月6日付書面によりダイハツ工業株式会社に対しても、同趣旨の意見を伝えていることが認められるが、いずれも、本件特許権を分割出願する以前の原出願に関する事情であって、その後、6年近く経過した平成8年ころにおける原告の他社に対する具体的な対応を推認させるものではない。
また、同陳述書に添付された原告の業務内容を記録した「週間業務報告書」中には、「逆テーパのトップギヤーの製品特許取得したことを報告」と記載されるのみで、被告の製品が本件特許を侵害するものであることなどの記載は全くない。
以上よりすれば、甲40、41の上記陳述部分は、十分信用に値するものというべきである。
そうすると、乙54の上記陳述部分は、他にこれを裏付ける証拠がない以上、直ちにこれを採用することはできない。
(ウ) なお、被告が原告に対し送付した平成8年10月15日付書面(乙41)には、原告が、「被告と原告とが営業上互いに競合する取引先に対し『原告の本件特許権が成立したことによって、被告の製品がこのままではその製造及び供給が不可能になる』という趣旨の申入れを行っているようであるが、当該行為は不競争防止法2条1項11号(現13号)に該当する違法な行為である疑いが濃厚なものである」との記載があるが、被告がどのような経過で、原告が取引先に対し上記申入れを行っているとの事実を把握したかが明らかではなく、同書面は、原告の取引先に対する告知内容を認定する証拠としては採用できない。
ウ 以上よりすれば、原告の取引先に対する告知が不正競争行為(不正競争防止法2条1項13号)に当たるとする被告の主張は理由がない。
(2) 新聞記事の掲載について ア 乙43によれば、平成9年7月3日付の日刊工業新聞紙上に、「MT用ギアで特許係争 メタルアート 大岡技研を提訴」と題する記事が掲載されたことが認められる。
同記事には、@原告は、自動車のマニュアルトランスミッション用「ワンピーススピードギア」の特許を侵害したとして、被告を提訴したこと、A原告が、日本で初めてギア本体とドッグギア(歯の先端に傾斜を持つくさび)との一体同時成形に成功したこと、B原告が、「ワンピーススピードギアに関するパテントは完全に押さえた」との判断に立っていることなどが記載されている。
また、同記載に引き続いて、「これに対して、大岡技研では、『十年前から理論武装している。特許内容について権利化されているが、権利化された技術そのものも疑っている。先使用権のデータや図面その他一式を持っているので、全く問題ないと考えている。正面から受けて立つ』(大岡社長)と、法廷で争うことを明言している。」との被告側の見解及び対応が記載されている。
イ(ア) 上記新聞記事自体は新聞社が作成して掲載したものであるところ、
上記@の記載部分は、原告が被告に対し本件訴訟を提起したという客観的な事実を述べているものにすぎず、訴訟ないし仮処分の帰趨を断定的に述べているわけでもないから、虚偽の事実ということはできない。
(イ) 上記Aの記載部分について、本件各証拠にはその内容が真実であることを客観的に裏付ける証拠はない一方、被告代表者作成の陳述書(乙39)によれば、極めて一方的な事実に反するコメントであるとされる。
しかし、仮に、ギア本体とドッグギアとの一体同時成形に日本で初めて成功したのが原告でないとしても、そうした内容の記事は、原告の業績を過大に誇張する可能性を含むものの、被告の営業上の信用を害するような虚偽の事実とまでいうことはできない。
(ウ) 上記Bの記載部分は、「『ワンピーススピードギアに関するパテントは完全に押さえた』(E社長)との判断に立っている」と、本件訴訟を提起するに際しての原告の見解を述べたものであって、被告の反論も掲載されていることを考慮すれば、被告の営業上の信用を害する虚偽の事実とはいえないというべきである。
ウ そうすると、原告が新聞発表を行い新聞記事を掲載させたことが不正競争行為(不正競争防止法2条1項13号)に当たるとする被告の主張は理由がない。
6 争点(9)(本件特許権の有効性をめぐる不法行為の成否及び損害額)について (1) 被告は、本件訴訟の提起及び本件仮処分の申立てに伴い、被告が、やむを得ざる防御方法として、本件特許権に関する特許無効審判の請求及び同審判の審決に対する取消請求訴訟の提起を強いられることとなったと主張する。
しかし、そもそも上記防御方法は、被告が独自の判断に基づいて採った手段である上、その原因となったとされる原告の本件訴訟の提起、本件仮処分の申立て、及びその訴訟活動自体が不法行為に当たるとはいえないことは前記4で検討したとおりであるから、被告の同主張は理由がない。
(2) また、被告は、原告が、無効審判請求及び同審判の審決に対する取消請求訴訟の審理手続において、本件発明が特許性に欠けるものであることを知りながら、あるいは過失により知らないで、あくまでも本件特許の有効性を主張し、不法に争っていると主張する。
しかし、特許庁は、本件特許権に係る無効審判請求(平成10年審判第35476号)について、平成11年3月8日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(甲17)をしているのであって、原告が上記の審理手続において、本件発明が特許性に欠けるものであることを知りながら、あるいは重過失(上記4の(1)記載のとおり、裁判制度の利用が不法行為に当たるとするには、重過失が必要と解される。)により知らないで、本件特許の有効性を主張したとすることは到底できないものといわざるを得ず、被告の同主張は理由がない。
なお、乙59によれば、東京高等裁判所は、平成13年9月20日、国際公開第86-838号パンフレットに記載の発明に、特開昭52-61162号公報(トヨタ公報)及び特開昭53-64897号公報に記載された発明を適用して本件発明を構成することは、当業者であれば容易に推考できたものであるとして、
特許庁の上記審決を取り消す旨の判決を言い渡したことが認められるが、こうした事情を考慮しても、上記判断が左右されるものではない。
7 よって、被告の反訴請求はいずれも理由がない。
追加
(別紙)ト号歯車目録1名称変速用歯車(半完成品)2図面の説明第一図は、変速用歯車(半完成品)の全体図で、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は(a)のA-A線断面図である。
第二図は、スプライン歯部の拡大図で、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は側面図である。
第三図は、第一図の変速用歯車(半完成品)を用いて製造された完成品の一例の全体図で、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は(a)のB-B線断面図である。
3歯車(半完成品)の説明(1)鍛造にて一体に成形した変速用歯部20と、この変速用歯部20より小径のボス部3とからなり、該ボス部3の外周に逆テーパ状41で、先端にチャンファ42を有するスプライン歯4を形成した変速用歯車(半完成品)10である。
(2)この変速用歯車(半完成品)10は、鍛造にて一体に成形した変速用歯部20に、切削加工により変速用歯2を形成することにより、変速用歯車(完成品)1とされる。
図(ト号歯車)第一図第二図第三図(別紙)チ号歯車目録1名称変速用歯車(半完成品)2図面の説明第一図は、変速用歯車(半完成品)の全体図で、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は(a)のA-A線断面図である。
第二図は、スプライン歯部の拡大図で、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は側面図である。
第三図は、第一図の変速用歯車(半完成品)を用いて製造された完成品の一例の全体図で、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は(a)のB-B線断面図である。
3歯車(半完成品)の説明(1)鍛造にて一体に成形した変速用歯部20と、この変速用歯部20より小径のボス部3とからなり、該ボス部3の外周に逆テーパ状41で、先端にチャンファ42を有するスプライン歯4を形成した変速用歯車(半完成品)10である。
(2)この変速用歯車(半完成品)10は、鍛造にて一体に成形した変速用歯部20に、切削加工により変速用歯2を形成することにより、変速用歯車(完成品)1とされる。
図(チ号歯車)第一図第二図第三図(別紙)リ号歯車目録1名称変速用歯車(半完成品)2図面の説明第一図は、変速用歯車(半完成品)の全体図で、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は(a)のA-A線断面図である。
第二図は、スプライン歯部の拡大図で、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は側面図である。
第三図は、第一図の変速用歯車(半完成品)を用いて製造された完成品の一例の全体図で、(a)は平面図、(b)は正面図、(c)は(a)のB-B線断面図である。
3歯車(半完成品)の説明(1)鍛造にて一体に成形した変速用歯部20と、この変速用歯部20より小径のボス部3とからなり、該ボス部3の外周に逆テーパ状41で、先端にチャンファ42を有するスプライン歯4を形成した変速用歯車(半完成品)10である。
(2)この変速用歯車(半完成品)10は、鍛造にて一体に成形した変速用歯部20に、切削加工により変速用歯2を形成することにより、変速用歯車(完成品)1とされる。
図(リ号歯車)第一図第二図第三図(別紙)参考図1参考図2参考図3(別紙)告知文書の提出先及び告知文書の内容(省略)(別紙)中間工程品状態図1中間工程品状態図2中間工程品状態図3(別紙)原特許出願及び本件特許出願(分割出願)に関する審査経過の概要
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 阿多麻子
裁判官 前田郁勝