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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  加工方法 /  進歩性(29条2項) /  技術的範囲 /  技術的手段 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  共有 /  権利の濫用(権利濫用) /  特許出願日 /  技術的意義 /  均等 /  意識的除外(意識的に除外) /  実施 /  加工 /  間接侵害 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 12年 (ワ) 7510号 特許権侵害差止請求事件
原告 株式会社東洋精米機製作所
訴訟代理人弁護士 藤田邦彦
補佐人弁理士 柳野隆生
被告 株式会社サタケ
訴訟代理人弁護士 牧野利秋
同 伊藤玲子
同 鈴木修
同 木村 耕太郎
補佐人弁理士 竹本松司
同 湯田浩一
同 増井忠弐
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2002/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は、別紙イ号物件目録記載の物件を生産し、譲渡してはならない。
2 被告は、別紙ロ号物件目録記載の物件を生産し、使用し、譲渡し、貸し渡し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む。)をしてはならない。
事案の概要
本件は、後記特許権の共有者である原告が、被告による別紙イ号物件目録記載の物件の生産譲渡行為が同特許権を侵害し、かつ、同物件の生産にのみ使用される別紙ロ号物件目録記載の物件の生産譲渡等の行為も同特許権の間接侵害に当たるとして、被告に対し、前記特許権に基づき、各物件の生産譲渡等の差止めを求めた事案である。
(争いのない事実等) 1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲請求項1記載の発明を「本件発明」と、本件特許権に係る明細書を「本件明細書」という。)を共有している。
(1) 特許番号 第2615314号 (2) 発明の名称 洗い米及びその包装方法 (3) 出願日 平成元年3月14日(特願平4-179248号、特願平1-62648号の分割) (4) 登録日 平成9年3月11日 (5) 特許請求の範囲 別紙特許公報(甲1。以下「本件公報」という。)該当欄記載のとおり。
2 本件発明の構成要件を分説すれば、次のとおりである。
A 洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる、
B 米肌に亀裂がなく、
C 米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された、
D 平均含水率が約13%以上16%を超えないことを特徴とする洗い米 3 別紙イ号物件目録記載の物件(以下「イ号物件」という。)は、同目録記載のとおり、別紙ロ号物件目録記載の物件(以下「ロ号物件」という。その具体的な構造については、同目録記載のとおり、一部争いがある。)により製造される物である。
4(1) 被告(変更前の商号「株式会社佐竹製作所」)は、業として、ロ号物件を生産し、使用し、譲渡し、貸し渡し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む。)をしている。
(2) ロ号物件は、イ号物件の生産にのみ使用する物である。
(争点) 1 本件発明の構成要件A「洗滌」の充足性 (原告の主張) (1) 「洗滌」とは、被洗滌物に液体を接触させ、その液体に被洗滌物の付着物を移転させ、その付着物が混入した液体を被洗滌物より取り去り、よって付着物を除去することをいう。したがって、これを最少の液量で行うには、被洗滌物より付着物が移転した洗滌液を取り去るだけの量さえあれば足り、そのための最低限の水量としては、被告出願に係る特開平4-229148号公開特許公報(発明の名称「洗米加工方法及びその装置」、甲17)によれば、米重量比2%で足りる。本件明細書中の「米粒群が水中に漬かる程の大量の水の中で」という記載も、攪拌中の洗米槽は、水があったとしても、水平状の水面が保てるわけではないから、米粒が水面下に没するという意味ではなく、加湿精米(湿式研摩)方式の場合のようにしっとりと湿らす程度の加水量と比較して、大量の加水により、米粒の全表面が自由に移動できる水に覆われた状態をいうにすぎない。被告の主張(1)の実験(乙1)は、全米粒が全時間にわたり水没状態になるための水量を証明するものにすぎず、
洗滌の最低限度を示したものではない(仮に本件明細書の実施例1の加水量が米重量比40%であったとしても、同実施例2ではその10分の1である4%の加水量となる。)。米重量比40%未満の水量で洗滌する場合であっても、公知の攪拌式連続精米機である特公昭27-91号特許公報(甲33)、特公昭30-1315号特許公報(甲20)、実公昭40-11180号実用新案公報(甲21)、実公平1-16515号実用新案公報(甲22)のように、洗米槽が多孔筒(壁)で構成されていれば、それより水が漏れるのであり、また、従来の公知洗米機の回転数が毎分数十回であったのとは異なり、本件発明の実施例のように毎分600回又は1800回と高速回転させることにより、その洗米効果は米重量比40%の水量で洗滌する場合と差は生じない。
イ号物件における加水量は、水分乾燥のためのボイラーの灯油消費量の点で、被告製スーパージフライスと同様であると考えられ、米重量比15%である(なお、ロ号物件における加水量は変更できる(甲65)とされている。)から、
上記構成要件を充足する。仮に被告の主張(1)のように、加水量が米重量比約5%であるとしても、上記構成要件を充足することに変わりはない。
(2) 被告の主張(2)について、公知の攪拌式連続精米機は、特公昭27-91号特許公報(甲33)によれば、負荷のかけ方により、水中搗精にも洗滌にもなるとされているから、本件発明が水中搗精方式を意識的に除外したとはいえない。
被告は、東京地方裁判所において係争中の原・被告間の別件訴訟の準備書面(甲16、61)において、米粒に米重量比5%の水を添加した場合、その一部は米粒に付着しきれずに余剰水となって糠と混在して排水される旨を自認し、自らの特許出願に係る特開平4-229148号公開特許公報(甲17)においても、
加水量を米重量比2〜50%の比較的少量とする洗米加工方法では、その洗米作用により白米に残存する糠層が分離して溶出されることを認めている。原告の実験(甲68)においても、米粒に米重量比5%の水を添加することにより、余剰水が発生している。また、被告は、特開平5-68897号公開特許公報(甲44)において、米粒表面を湿潤軟化させる程度の加水をする湿式精米であれば、残留糠が粘性を帯び、研がずとも炊ける無洗米に仕上がらない旨を自認し、一般的にも、湿潤軟化となる湿式研摩の場合の加水量は米重量比0.375%〜0.5%(甲43)又は0.2%〜0.8%(甲69)である。この点に照らしても、米重量比5%の加水があれば、米粒表面は瞬間的には液化状態になるほどであって、被告の主張(2)のように、
米粒表面が残留した糊粉層等の湿潤軟化された状態にとどまるはずがない。
イ号物件においては、米重量比5%もの加水を行い、精白米の濁度は64ppmとなるほど除糠されるのであるから、被告の主張(2)にいう「残留した糊粉層等が湿潤軟化された米粒」は存せず、米粒を攪拌させれば、水も攪拌の対象となる。
また、熱付着剤に吸着するのは、糠のみではなく、米粒に付着しきれず、糠と混在して排出される余剰水も含むのであるから、糠粉の除去が水の中への浮遊でないとはいえない。
(3) 仮にそうでないとしても、被告は、本件特許権についての特許無効審判事件の審判請求書(甲38)において、米粒表層部を湿潤軟化させる程度の少ない水量であっても、「洗滌」が可能なことを自認しているから、イ号物件は上記構成要件を充足する。
(被告の主張) (1) 本件明細書の記載によれば、「洗滌」とは、水中に漬かる程の大量の水の中に漬けた状態で激しく攪拌している間に糠分等を水に浮遊させて洗い流すというものである。米粒群が水中に漬かる程の状態とは、静止状態で米粒群の高さより水面の位置が高い状態であって、これに必要な水の量は、被告による実験(乙1)によれば、米重量比40%以上である。
イ号物件は、米重量比5%の水分を添加するにすぎないから、上記構成要件を充足しない。ロ号物件は添加水分量を米重量比5%と固定する方式を採用しており、ユーザーが水分添加量を任意に設定できるものではない。甲65はユーザーの申し入れを受けて米重量比3.5%への加水に変更したことが記載されているにすぎない。原告の主張(1)の灯油使用量は、ロ号物件において、スーパージフライスとの技術思想や灯油の実際の用途が大きく異なる点を無視するものである。
仮に原告の主張(1)の「洗滌」の定義(洗米に当てはめると、@米粒を水に接触させ、A付着している糠分をその水に移転させ、Bその水を米粒より取り去り、よって付着している糠分を除去することをいう。)を前提としても、イ号物件は、湿潤軟化された付着糠及び残存糠層(糊粉層等)の糠分を熱付着材(タピオカという熱帯産のキャッサバ芋から作られる澱粉)により吸着除去するプロセスを経るものであって、その立脚する技術思想は、水による除糠ではなく、水以外の物質である熱付着材による除糠である。したがって、微量の水分が添加される点で@の要素を充たすものの、この水分の一部は除去対象である残留している糊粉層等に吸収され、残りは米粒表面に付着水として存在し、吸収された水分により前記糊粉層等が湿潤軟化されるのみで、この時点では同糊粉層等は未だ米粒と一体を成した構成部分となっており、米粒から前記糊粉層等が離脱して水に移転することがない点でA及びBの各要素を充たさないから、上記構成要件を充足しない。
(2) 本件明細書の発明の効果の項の記載(水を高速攪拌で洗米し、米粒には圧力がかからない結果、糠粉以外の米粒の有効成分は剥離されないこと)に照らすと、そこにいう「従来の米の洗米」とは水中搗精方式(精白米に水分を添加し、機械式で米粒に直に高圧をかけて米粒同士に粒々摩擦を生じさせて精白米表面をゴシゴシと水中搗精することにより残存する糠分等を除去し、炊飯可能な米を得る方式をいう。同方式の対象とする米粒は92%〜91%歩留まで搗精された精白米が一般的であり、糠層の大部分は除去され、その表面の大部分では米粒の有効成分たる澱粉組織が露出しているため、これを水中搗精すると、本来米肌に残ってほしい物質も剥離され流失してしまうことになる。)を指し、本件発明は水中搗精方式を意識的に除外したというべきである。したがって、「洗滌」とは、精白米を大量の水に漬けて米粒に直接的な圧力をかけることなく水を高速攪拌することにより、陥没部に入り込んでいるミクロン単位の糠粉や胚芽の抜け跡に入り込んでいる糠粉群を浮遊させて除去することをいう。
イ号物件における技術思想は、熱付着材による除糠にあり、水による除糠という本件発明の技術思想とは大きく異なるから、原告の主張(2)の余剰水の有無は、「洗滌」に当たるか否かという問題とは関係がない。仮にそうでないとしても、イ号物件においては、添加された米重量比5%の水分の一部が残留した糊粉層等に吸収され、残りの一部が米粒表面に付着水として存在するにすぎず、前記余剰水は発生していないから、攪拌の対象となるのは、精白米から離れた水ではなく、
残留した糊粉層等が湿潤軟化された米粒そのものである。東京地方裁判所の別件訴訟における被告の主張(甲16)は、精白途上米の加工を目的とした加湿精米方式についてのものであって、本件発明に関するものではない。同主張にいう「米粒に米重量比5%の水を添加した場合」とは、液体としての水をそのまま局部的に供給した場合を表現したものであり、米粒に水が均等にいき渡らず、水の偏在により余剰水が生ずることを指摘したにすぎないから、5%の水を噴霧して米粒に均等に微粒子の水滴を付着させるという水分添加方法を採るイ号物件にそのまま妥当するものでもない。被告の実験結果(乙44)においても、余剰水は発生しなかった。また、糠粉の除去も、水の中への浮遊ではなく、熱付着材であるタピオカへの吸着によるものである。したがって、イ号物件は、上記構成要件を充足しない。
(3) 原告の主張(3)は否認する。
2 本件発明の構成要件A「除水」の充足性 (原告の主張) (1) 「除水」の対象となるものは洗滌水及び付着水であるところ、米粒に米重量比5%の水を添加した場合、その一部は米粒に付着しきれずに余剰水となって糠と混在して排水される旨を被告が別件訴訟の準備書面(甲16、61)において自認したことに照らすと、イ号物件は、付着水のみならず洗滌水(糠と混在して排出される余剰水)も除去しているから、上記構成要件を充足する。
(2) 「除水」の手段は、本件特許出願の拒絶査定に対する審判請求手続における原告の平成8年7月22日付け意見書(甲14、乙27)記載のとおり、短時間のうちに除水を完了するものであれば、水を除去する手段に制限はなく、公知の機器の中から選択してもよい。この中には遠心力、風力、熱力、吸水力(乾いた物に吸水させる。)などを利用して水分除去を行い得るものがあり、これらの機器を単独又は併用すれば足りる。
被告の主張(2)のような乾燥した粒状物を用いることは、次の事実に照らすと、別段珍しい手法ではなく、本件特許出願当時、全く予測されなかった技術とはいえないから、イ号物件において、仮に被告の主張するとおり、乾燥した粒状物を用いるものであったとしても、上記構成要件を充足する。
ア 粒状の吸水材に関する特開昭52-14689号公開特許公報(甲47)のほか、そもそも小さな粒状物は容積に比し水を取り込む表面積が大きいため、例えば、砂をまいて道路に散乱したオイルを回収することが一般的に行われている。当業界においても、保管中の玄米が水濡れした場合、糠を混入してこれに水を吸着させることが一般的に知られていた。
イ 米粒群に米粒より小さな粒状物を混入し、処理後分離するという精米方法についても、磨粉(甲48)、石粉(甲49)、「粗脂肪を混したる米糠」(甲50)、「稀監酸又は水にて湿潤せる糠又は麩」(甲51)、籾殻(甲52)、炭化硅素等の粒状物(金剛砂)(甲53)、でん粉(甲54)及び米糖と食塩(甲55)等のように、多数の例が既にあった。
ウ 精白米の無洗化処理のために、研摩材を混入させる方法が実在していた。
エ 加熱混入材を循環使用し、その都度、混入材を循環経路で加熱する方法も、既に行われており、混入材として澱粉又は澱粉系のものを用いることも、既に公開(甲47、54)されていた。
(被告の主張) (1) 「除水」の対象となるものが洗滌水及び付着水であるとしても、イ号物件においては、「洗滌」を行っておらず、「除水」の対象の一つである洗滌水が存在しないから、上記構成要件を充足しない。
(2) 「除水」の手段として、原告の主張(2)の「吸水力(乾いた物に吸水させる。)」というのも、公知の機器としてせいぜい乾いた紙や布に水分を含んだ米粒を接触させて水分を除去する方法を意味するにとどまり、イ号物件の場合のように、加熱乾燥した澱粉性の熱付着材(タピオカ)を米粒に混合し、米粒に付着した水分のみならず、水分を吸収した残留一部糊粉層ごと吸着させるという方法は、本件特許出願当時、全く予測されなかった技術であって、発明者の認識の限度を大きく超えるものであるから、上記構成要件を充足しない。
3 本件発明の構成要件B「亀裂」の充足性 (原告の主張) 「亀裂」とは、本件明細書の記載によれば、@肉眼でも明確に確認できるものであることをいうから、拡大鏡等の観察を要する微少なものは含まれない。A元の精白米が約50粒に1粒の割合で亀裂の入った米であったことや当初からの砕粒は除くとされていることから、洗滌・除水時に発生するものをいい、原料である精白米にもともと存在するものは、これに含まれない。B除水工程から出たての米は、10粒に1粒の割合でしか亀裂が入らないとされていることから、亀裂の有無は一粒対象ではなく全体のレベルで判断する必要がある。
イ号物件は、その拡大写真(甲11)においても、このような「亀裂」は存在しないから、上記構成要件を充足する。
(被告の主張) 本件明細書に「亀裂」が肉眼でも明確に確認できるものであることをいうとの記載があることは認めるが、その余は否認する。
イ号物件には、そのような亀裂が一部存在するから、上記構成要件を充足しない。
4 本件発明の構成要件C「米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された」の充足性 (原告の主張) 「米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された」とは、本件特許出願当時の社団法人日本精米工業会制定に係る濁度測定方法(甲18)によれば、その測定範囲が76ppm〜470ppmであったことや、当時の一般的な精白米の濁度数値が大体200ppm、濁度の少し低いものでも136ppm〜150ppmであったことに照らすと、上記測定範囲の下限である76ppm以下のものをいう。被告主張の無洗米の定義(乙2)は、原告の当時の考えによるものにすぎず、日本精米工業会が制定したものではない。
イ号物件において、被告の新聞発表(甲7の1及び2)や被告のパンフレット(甲9)によれば、その濁度は約64ppmであり、白米表面に残っている糠が完全に除去され、そのまま炊飯してもよいとされているのであるから、糠分がほとんど除去されたものであることは明らかであり、上記構成要件を充足する。
(被告の主張) 「米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された」とは、社団法人日本精米工業会による無洗米の定義として濁度試験方式で40ppm以下とされている(乙2)以上、濁度40ppm以下のものをいう。
イ号物件において、その濁度は約64ppmであるから、上記構成要件を充足しない。
5 権利の濫用(明らかな無効理由) (被告の主張) (1) 本件特許出願日(平成元年3月14日)当時、原告は本件発明を実施できる技術的手段を有しておらず、その発明は未完成であった。
すなわち、本件発明の構成要件D「平均含水率が約13%以上16%を超えないことを特徴とする洗い米」は、特開昭57-141257号公開特許公報(乙7)や特開昭57-1448号公開特許公報(乙8)に記載された従前から公知の洗い米を記載したものにすぎない。
本件発明の構成要件AないしCについても、特開昭63-84642号公開特許公報(乙9)、特開昭63-319057号公開特許公報(乙10)、特開昭61-283359号公開特許公報(乙11)及び特開昭61-85155号公開特許公報(乙12)の記載に照らすと、当業者又は一般需要者の常識というべき知見又は認識を記載したものにすぎず、何らの技術的意義はない。このことは、本件特許出願後も、特段の工夫をしない限り、本件発明にいう洗滌や除水をごく短時間で行うのは技術的に困難であると当業者が認識していた(特開平5-207856号公開特許公報(乙14)、特開平10-296100号公開特許公報(乙16))ことからも明らかである。本件特許出願当時、本件発明を実施する装置が完成していた旨の原告の主張は、原告を当事者とする別件訴訟(1審・和歌山地方裁判所平成4年(ワ)第458号、平成7年(ワ)第271号、控訴審・大阪高等裁判所平成10年(ネ)第2799号、第2800号)における判決(乙3、4)においても否定されている。
(2) 本件明細書には、本件発明を実施できる技術的手段が具体的に開示されておらず、記載不備又は実施不可能であった。
すなわち、@「洗滌」について、本件明細書の記載上、短時間で洗滌する方法として公知の連続洗米機を一部改造して用いること以外は、投入されるべき水量、洗米機の小径の程度、攪拌体の具体的構造、除水装置の具体的構造等は何ら記載されておらず、常識的な知見(短時間で洗滌除水すれば、亀裂腐敗が生じない洗い米ができること)を繰り返して説明しているにすぎない。洗滌を行う洗米機について、どのように設計すれば、短時間で充分な洗米が得られるか、「除水」についても、公知の除水装置のうちいかなるものを用いることができるかについての具体的な開示はない。さらに、洗米機の攪拌速度の増加に比例して、米粒の砕粒化の割合が増加することは当業者の技術常識であるにもかかわらず、その防止措置も明確でない。
A仮に本件発明の原出願(乙5)に関する原告の平成4年1月21日付け「早期審査に関する事情説明書」(乙18)の添付書類(乙19、20、23)や本件特許出願過程で提出された原告のパンフレット(乙21、22)に説明された「糠で糠を取る方式」が本件発明の一内容であるとすれば、本件明細書にはこの工程に関する具体的な開示もない。例えば、特公平4-79703号特許公報(乙32)のように、糠で糠を取る精米方式においてすら、その対象とする精白米をある程度まで予め搗精された米に限定していたのであるから、本件についても、前記の「糠で糠を取る方式」を精白米の洗滌前の必須の処理とするのであれば、本件発明における出発物質としての精白米も、予め糠で糠を取る工程を施し、ほとんど糠がないものでなければならないことになるが、本件明細書には、対象となる精白米は、完全精白米のみならず、過剰精白米や中途精白米も含むとされており、これを限定する記載はない。
(原告の主張) (1) 被告の主張(1)は否認する。当業者においては、米粒の特性として、洗米しないとほぼ完全に除糠できない、洗米すれば米粒が濡れ、そのままでは腐敗するから乾燥させないといけない、乾燥させると亀裂が発生し、食味がまずくなるというパターンが不可避のものとして認識されていた。また、当業者の間では、従前より、米粒から水分を除去するには時間をかけるほど亀裂が生じないとの認識(実際上も、米粒に亀裂を生じさせないため、20時間以上もの時間をかけていた。)が支配していたのであって、本件発明は決して常識的な知見ではなかった。
(2) 被告の主張(2)は否認する。@本件明細書の実施例の記載によれば、「公知の連続洗米機」は、特公昭27-91号特許公報(甲33)、特公昭30-1315号特許公報(甲20)、実公昭40-11180号実用新案公報(甲21)又は実公平1-16515号実用新案公報(甲22)記載のような攪拌式洗米機であること、「公知の除水装置」も、単独又は遠心脱水機との併用のいずれの場合であっても、その最終工程には乾燥装置が用いられていること、洗米機と除水装置との構成も、洗米機の出口から排出された米が除水装置に直ちに入るように組み合わされていることを当業者であれば理解できる。「水量」は公知の連続洗米機で一般的に使用されている水量でよく、また、本件明細書記載の実施例1と同2との間には10倍の差があり、使用水量には幅があることから、実際に使用してみて適宜選択すれば足りる。「洗米機の小径の程度」は、所望する精白米の流量と洗米槽の通過時間から、当業者であれば、簡単に割り出すことができる。「攪拌体の具体的構造」は従来のまま(米粒を攪拌できるように、回転体に何らかの突起状のものが設けられている。)で足り、「除水装置の具体的構造」も、争点2で主張したとおりである。公知の連続洗米機をそのまま高速化させても、米粒の砕粒化などは発生しない。したがって、本件明細書に記載不備はなく、実施不可能でもない。
A被告の主張(2)の「糠で糠を取る方式」は、本件発明の実施により生ずる汚水(米のとぎ汁)の発生に対処するためのものである。すなわち、とぎ汁の一部の混入成分だけは事後的に分離することができないため、精白米の洗滌までに事前に除去するというものであって、本件発明の構成要件ではなく、本件発明実施の必須の前処理でもない。
判断-争点1(本件発明の構成要件A「洗滌」の充足性)について
1 一般に「洗滌」とは「洗いすすぐこと、洗浄」という意味があり(岩波書店「広辞苑」第五版)、「洗浄」とは「固体の表面に付着したよごれや好ましくない物質を、液体により取り除くこと」をいう(丸善「科学大辞典」)。しかし、本件発明の構成要件Aにいう「洗滌」の具体的内容については、本件明細書の特許請求の範囲の記載上、必ずしも明らかとはいえないから、本件明細書の他の記載も考慮して、これを検討する必要がある。
(1) 本件明細書によれば、本件発明は「洗米を必要とせず水を入れるだけで直ちに炊飯できる洗い米」に関するものである(本件公報1欄14行〜15行)。すなわち、本件明細書の発明の詳細な説明中の従来の技術の項には、「水で洗った後乾燥して得られる洗い米と同じく研がずに炊ける米(無洗米)としては、従来より水洗い以外の方法で調製したものが知られている。」とし、その代表的なものの一例として「精白米に微量の水分を添加しながら研米を行い除糠して得られた研磨米」を挙げ、このものでは「米を水の中へ漬けて洗ったものではないから、精米時に発生する米肌の肉眼では見えない無数で微細な陥没部に入り込んでいるミクロン単位の糠粉や、小さな洞穴状の胚芽の抜け跡に入り込んでいる糠粉群などは除去されずに残っている。研磨米の洗滌水の濁度数値(社団法人日本精米工業会の測定方式による洗米時に於ける洗滌水の濁度数値。本明細書記載の濁度は全て同じ。)は100P.P.M前後にしかならず、従って炊飯時に際して、普通の精白米が10回の洗米すすぎが必要なところを5回ですむという程度にしかならないから、研磨米は洗米が不要と云うものではない。」という問題点があったことを指摘した上(同公報3欄11行〜28行)、本件発明の目的を「水洗、除水後も米粒に亀裂が入らず、しかも、炊いた米飯の食味が低下しない洗い米を得ること」(同公報4欄12行〜13行)にあると記載されている。そして、特許請求の範囲に「米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された」との構成(本件発明の構成要件C)が示されていること、課題を解決するための手段の項に「洗米後も亀裂が入らず、炊いた米飯の食味も優れている洗い米を得る」(同公報4欄16行〜17行)ための具体的な製造工程の一つとして「洗滌」を挙げていること、発明の効果の項に、本件発明の洗い米は「米肌面陥没部の糠分がほとんど除かれているので、炊き上がった飯は糠の臭みがなく、光沢があり、おいしいご飯である。」(同公報14欄50行〜15欄2行)と記載されていることに照らすと、本件発明の「洗滌」は、洗い米の製造工程において、本件発明の構成要件C「米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された」状態を実現するために行われるものであることが認められる(なお、本件明細書中に使用されている「糠粉」という文言は、本件明細書の記載を精査しても、「糠分」と区別する趣旨で使用されたものとは解されないから、同義と解する。)。
(2) 次に、「洗滌」の具体的意味に関して、本件明細書には次のような記載があることが認められる。すなわち、課題を解決するための手段の項には「(本件発明の)目的を達するため、本発明の洗い米は精白米を水中で洗滌、除糠を行」(本件公報4欄21行〜22行)うこととされ、作用の項には「本発明の洗い米を製造する場合は、洗米工程で、極く短時間に精白米を水の中に漬けた状態で洗米して除糠を行」(同8欄1行〜2行)うことが記載されている。また、同項には、精白米の吸水特性に関する記載(同7欄22行〜35行)のほか、洗米特性に関する記載があり、その内容は「精白米の表面には肉眼では見えない無数で微細な陥没部があり、それに入り込んでいる澱粉粒や糠粉を除去するには、やはり、どうしても米粒群を水の中にザブンと漬けて、少なくとも30回以上は撹拌して洗米する必要がある。その理由は、糠粉等が入り込んでいる陥没部は、開口面よりも深みが長く、然も大半はミクロン単位の狭い開口面だから、その奥の方に入り込んでいる糠粉等を除去するには、水中に浸して激しく撹拌している間に、糠粉等を水に浮遊させて洗い流す以外にない。」というものである(同7欄40行〜49行)。
このような点を踏まえ、作用の項には「「洗米」又は「水洗」の意味は、米粒群が水中に漬かる程の大量の水の中で撹拌して洗うこと」(同8欄25行〜27行)であり、課題を解決するための手段の項には「充分な洗米とは、そのまま炊飯した場合、飯が糠臭くない程度、即ち、現在一般的に消費者で洗米している程度を意味するものであり、物理的には精白米表面にある肉眼では見えない無数の微細な陥没部や、胚芽の抜け跡に入り込んでいるミクロン単位の糠粉等を、ほとんど除去している程度、即ち、再びそれを洗米した場合、洗滌水がほとんど濁らない状態を指すものである。」と記載されている(同6欄10行〜17行)。
(3) 以上のような本件明細書の記載のほかに、本件明細書には通常の精白米の洗滌と異なる意義を有することを窺わせる記載が存しないことに照らすと、本件発明の構成要件Aにいう「洗滌」とは、同工程に要する処理時間として「従来よりも桁違いに短時間にしなければならぬ」(本件公報5欄46行〜47行)などという時間的制約がある点をひとまず措くとすれば、固体である精白米の表面に付着している食味上好ましくない物質である糠分を、液体である水により取り除くことをいい(原告主張の「被洗滌物に液体を接触させ、その液体に被洗滌物の付着物を移転させ、その付着物が混入した液体を被洗滌物より取り去り、よって付着物を除去すること」も、同旨と解される。)、「洗滌」工程における除糠の程度としても、本件発明の目的や効果に合致すべく、一般的に消費者が洗米している程度、物理的には精白米表面にある肉眼では見えない無数の微細な陥没部や、胚芽の抜け跡に入り込んでいるミクロン単位の糠粉等をほとんど除去している程度でなければならないものと解される。したがって、除糠が一般的に消費者が洗米している程度に達しているとしても、それが水(液体)によるのではなく固体によるものや、水(液体)のみによったのでは除糠が一般的に消費者が洗米している程度に達しないものは、
いずれも「洗滌」に該当しないものというべきである。
2(1) 以上の観点からイ号物件について検討すると、被告作成のパンフレット(甲63)では、他社の洗い米と比較する趣旨で、イ号物件は残留している糠を完全に除去している旨を冒頭に指摘した上、一般精米との相違点としても、米を研ぐ作業を省くことができ、研ぎ水が出ないことを強調しているほか、具体的な品質分析としても、イ号物件の白度は47.8%〜47.9%、濁度は65ppmであり、比較対象とした他社の洗い米(白度50.5%、濁度44ppm)より数値的にはやや劣っているものの、肉眼による濁度比較では両者に差はなく、炊飯食味試験ではイ号物件の方が美味しく感じた者が多いことを記載しており、イ号物件の実際の商品(甲76の1、乙46のサンプル写真B)も、「とがずに炊ける」、「均一にぬかを除去」、
「とぎ汁の出ない」ことを宣伝文句として広く市販されている(甲76の1及び2)ことが認められるから、その除糠の程度は、一般的に消費者が洗米している程度、
物理的には精白米表面にある肉眼では見えない無数の微細な陥没部や、胚芽の抜け跡に入り込んでいるミクロン単位の糠粉等をほとんど除去している程度を満たすものと推認される。
これに対し、被告は、本件発明の構成要件Cの充足性の問題としてではあるが、除糠の程度は社団法人日本精米工業会の濁度試験方式で40ppm以下でなければならない旨を主張し、確かに、本件明細書にいう濁度数値は前記社団法人の測定方式によるものであり(本件公報3欄23行〜25行)、原告作成の無洗米説明書(乙2)にも、無洗米の定義として掲げる10の要件の一つとして、「手で4〜5回洗米したコメと同等の濁り程度を保持すること。日本精米工業会の濁度試験方式では、40ppm.以下」という記載や、濁度60〜90ppmであれば米を水に入れると濁る旨の記載、「濁度80ppmもあるのに無洗米として売られている名前だけの無洗米と同列視しないで下さい。」との記載がある。しかし、社団法人日本精米工業会の濁度試験方式は、具体的には透視度計によるもの(甲18)を指すと解されるところ、同測定方式は人の感覚又は官能に依拠するところが大きく、もともと測定者の主観に左右される可能性が高いばかりか、少なくとも本件特許出願当時における同方式による濁度数値の測定範囲の下限が76ppmまでとされていた(甲1、18)ことにも照らすと、本来の測定範囲を超える前記説明書(乙2)記載の濁度数値の精度には疑問を差し挟む余地があり、これを絶対的な基準として考えるのは相当でない。確かに、本件明細書の作用の項には「本発明の洗い米は濁度数値が余りにも低く過ぎ、この測定方法では到底計測出来ない。従って本明細書に於いて、「76P.P.M以下」と表現しているところは、従来の測定方法では測定出来ないくらい、桁違いに濁度が低いのだと云うことを意味しているのであり、かなりの下を意味した「以下」なのである。」(本件公報8欄16行〜21行)という記載がみられる点で、濁度76ppmを大幅に下回るものであることは推測されるものの、実施例1の項には「その洗い米を再洗米すると、その洗滌水は濁度76P.P.M以下であり、洗わずに水だけ入れて炊いたが、よく洗米されているので通常の米よりも糠臭もなく鮮度も落ちずおいしいご飯になった。」(本件公報10欄12行〜15行)、実施例2の項には「その洗い米を再洗すると濁度76P.P.M以下であり、
洗わずに水だけ入れて炊いても鮮度もよく通常よりややおいしいご飯になった。」(同10欄35行〜37行)という記載があるにとどまり、従来の測定方式によったのでは濁度測定が不可能という以上に、具体的数値を何ら示唆するものではなく、被告の前記主張を支持するような記載は全くみられない。むしろ既に判示したイ号物件の実際の商品の宣伝状況(甲76の1、乙46)のほか、被告自身も、食味が低下し始める濁度数値の分岐点が65ppmである旨を指摘した上、濁度の比較結果においても、濁度65ppm(イ号物件に相当する。)と40ppmとの間に肉眼による差違は生ぜず、かえって食味試験の結果としては、濁度65ppmのものの方が優れていると評価し(甲63)、64ppmの濁度を新商品のセールスポイントとして掲げていたこと(甲9)、平成13年2月〜3月の時点に至っても、市販の無洗化処理精米に濁度40ppm以下のものは依然見当たらないこと(甲64)に照らすと、原告作成の無洗米説明書(乙2)の前記記載も、「本物の無洗米」は原告しか製造できない点を強調したい余り、濁度80ppmの無洗米を「名前だけの無洗米」と批判しつつ、無洗米の1要件としての「手で4〜5回洗米したコメと同等の濁り程度を保持すること」(除糠の程度として、一般的に消費者が洗米している程度をいうにほかならないものと解される。)について、「(無洗米の必須要件と)考えます」(乙2の1頁)とあるように、当時の原告の主観的な意見を示したにすぎないとも考えられる(当時の原告としては、「本物の無洗米」という以上、「名前だけの無洗米」の濁度数値の2分の1程度でなければならないと考えていたとも推測される。)。前記無洗米説明書(乙2)中の被告の主張に沿う記載部分をもって、本件発明の洗い米における除糠の程度を被告主張のように限定する根拠とすることは相当でない。したがって、被告の前記主張は採用することができない。
(2) しかしながら、イ号物件の製造工程は、ロ号物件目録記載のとおり、@湿式加圧精米(加水攪拌)部2、A熱付着式低圧攪拌部3及びB分離乾燥部4を順次通過するというものであり、具体的には、精白米は、@湿式加圧精米(加水攪拌)部2の入口へ供給され、米重量比5%の水を添加された上、同部において攪拌される、A熱付着式低圧攪拌部3へ供給され、同部で供給された熱付着材(米重量比50%)(熱付着材は一定の粒度に成形した球状のタピオカが用いられ、80〜100℃に加熱されて供給され精白米と混合される。)と低圧で攪拌される、B分離乾燥部4において、熱付着材と分離された後、処理白米排出口31から排出される、という製造工程を経るものであって、各部の通過時間も、@につき約5秒、Aにつき約5秒、
Bにつき約10秒程度にとどまるものである(乙45、46、弁論の全趣旨)。そして、イ号物件の製造工程における除糠のメカニズムは、スーパージフライスとの対比からも明らかなとおり、湿式のうち「精米時に加水し糠を除去。そのあと脱水し、温風を吹き付けて乾燥させ、水分調整を行う」というものではなく、「搗精したコメの表面に霧状の水を噴霧したあと、穀類等の研磨材で糠を吸着させて除去する」タイプに分類されている(甲64)。被告のパンフレット(甲63)上も、封筒から切手を剥がす場合を例に挙げて、封筒と切手に霧を吹き、それぞれの紙が水分を吸収したところでアイロンを切手の上から当てると、アイロンに切手がくっついてきて封筒ときれいに分かれる旨を指摘した上で、ロ号物件における熱付着材はこの例でのアイロンに相当すると記載されており、ロ号物件の加工フロー図でも、
@湿式加圧精米(加水攪拌)部2における除糠は極めて不完全な状態にとどまっており、A熱付着式低圧攪拌部3を経て初めて除糠が終了するものであり、取り除かれた糠は、熱付着材自体に付着していることが図示されている。実際上も、無洗米装置使用後の熱付着材には糠分が付着している(検乙1、2)ことが認められる。
(3) 前記認定に照らすと、イ号物件は、ロ号物件によるその製造工程で湿式加圧精米(加水攪拌)部2において、米重量比5%の水が添加されて攪拌されており、
被告が主張するように、米粒の付着糠及び残存糠層(糊粉層等)が湿潤軟化されることは肯定できるが、それを超えて、同部における除糠の程度が一般的に消費者において洗米している程度に達しているとはいえず、熱付着式低圧攪拌部3において、
液体である水ではなく固体である熱付着材との低圧攪拌を経て、熱付着材に糠が付着し、これが分離されて糠が取り除かれることにより、初めて一般的に消費者が洗米している程度に除糠されるものと認められる。
したがって、イ号物件は、その製造工程において本件発明の構成要件Aにいう「洗滌」が行われているとはいえないから、イ号物件は構成要件Aを充足しないものというべきである。
(4)ア これに対し、原告は、イ号物件の製造における加水量は米重量比15%である旨を主張し、被告製スーパージフライス(甲5によれば、「精米したての白米にその重量に対して15%の霧状の水を噴き付け」とある。)の場合と、水分乾燥のための無洗米1トン当たりボイラー灯油消費量(約22.2リットル)が同量であることを上記主張の根拠とする。
しかし、ロ号物件において、スーパージフライスの無洗米1トン当たりの灯油消費量と同一であると認めるに足りる証拠はなく、灯油による加熱の用途も、ロ号物件が熱付着材を100℃近くにまで加熱するというもの(乙43)であるのに対し、スーパージフライスはボイラーを使用するためのもの(甲15)であって、両者は著しく異なり、これを直ちに同一視することは困難である。また、この点に関する被告側の立証(乙45、46)を覆すに足りる的確な証拠もない。原告は、ロ号物件における加水量の変更が可能であるかのようにも主張するが、その根拠とする証拠(甲65。平成13年5月20日発行「月刊食糧ジャーナル」)には「『無洗米』と『しあげ米』の製造工程ではNTWPの設定を変えており、水量や熱付着材の混入比率などの設定値をそれぞれ決めている。」という記載があるにすぎず、当該ユーザーの申し入れを受けて加水量をより少量である米重量比3.5%に変更した旨の被告の主張があることも考慮すると、米重量比5%を超える加水の事実を推認するには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。原告の前記主張は、その前提を欠き、採用することができない。
イ 原告は、米粒に米重量比5%の水を添加した場合であっても余剰水が発生する旨を主張し、別件訴訟における被告の自認(甲16、61)、被告の特許出願に係る特開平4-229148号公開特許公報(甲17)、原告の実験(甲68)をその根拠として挙げる(ただし、原告は、他方で、「洗滌」の充足性について、余剰水の発生の有無は重要でないとも主張しているため、選択的な主張と捉えて判断する。)。
確かに、東京地方裁判所における別件訴訟における被告の準備書面(甲16、61)中には「米粒にその重量比において5.0%の水を添加すると、水の一部は米粒に付着しきれず余剰水となって糠と混在して排出される」という記載がみられるものの、その除糠の程度については何ら言及されていないから、余剰水の発生の一事をもって一般的に消費者が洗米している程度に除糠できると直ちにいうことはできない。このことは原告による前記実験(甲68)についても同様である。これに対し、被告の特許出願に係る特開平4-229148号公開特許公報(甲17。ただし、拒絶査定が確定している(甲45の1ないし3)。)記載の発明は、「炊飯に先立つ洗米及び浸漬を必要としない、いわゆる無洗米を製造するための洗米加工装置に関する」(同公報1欄19行〜21行)ものである点で、一般的に消費者が洗米している程度に除糠するものと解されるところ、その特許請求の範囲には「洗米部に供給する水の重量を白米の重量に対して2〜50%程度の比較的少量とする」(同公報1欄4行〜6行)という記載がみられる。しかし、同実施例の項には「白米が吸水筒13内を流下するときに、ノズル17から水が供給される(中略)。洗米室19へ供給された白米は攪拌転子18の回転作用により流動反転して洗米作用を受け、その洗米作用により白米に残存する糠層が分離して溶出される(その洗米時間は約10〜15秒間である)。洗米された白米は攪拌転子18により脱水室28に供給されるが、そのとき、ノズル48から供給される水により洗浄される」(同公報3欄24行〜33行)、別実施例としても「白米は圧搾空気により給米管51内を圧送されて給米口15に供給され、そのとき、ノズル17から水が供給される。白米は、洗米部3において洗米された後、ノズル48からの給水により洗浄され」(同公報4欄12行〜15行)というように、いずれも二度にわたる洗米又は洗浄過程を経ることを予定していることが認められる。そうすると、製造工程においてそのような構成を有しないイ号物件の場合について、一般的に消費者が洗米している程度に除糠するために必要な加水量として、これと同一で足りるとしてよいかは疑問が残るといわざるを得ない。したがって、原告の前記主張は採用することができない。
ウ 原告は、イ号物件が米粒表面を湿潤軟化させる程度の加水をする湿式精米によるものであれば、残留糠が粘性を帯び、研がずとも炊ける無洗米に仕上がらない旨を主張し、湿式研摩の場合の一般的な加水量(甲43、69)や被告の特許出願に係る特開平5-68897号公開特許公報(甲44)をその根拠として挙げる。
確かに、湿式研摩の場合の一般的な加水量は米重量比0.375%〜0.5%(甲43)又は0.2%〜0.8%(甲69)であり、前記公報(甲44)にも、従来の技術の一つである「上記の加湿精米機においては、加湿研磨により白米に残留する糠(糊粉層)が粘性を帯び、白米表面に糠が被覆される。それにより、浸漬時及び炊飯時における吸水が妨げられ、硬くてまずい飯米に仕上がってしまうとともに、
飯米が糠臭くなるという欠点があった。」(同公報1欄43行〜48行)という知見が記載されていることが認められる。しかし、そこにいう加湿精米機は「精米機により精白された白米に水分を添加(加湿)しながら、粒々磨擦作用により研磨するもの」(同公報1欄31行〜34行)というものであって、熱付着材を使用して製造されるイ号物件とは、製造工程を著しく異にするのであるから、従来の加湿精米機との比較により、イ号物件における製造工程での加水量や加水した場合の米粒表面の状態を直ちに推認することはできず、他に原告の主張事実を認めるに足りる証拠もない。したがって、原告の前記主張も採用することができない。
エ 原告は、米粒表層部を湿潤軟化させる程度の少ない水量であっても、
「洗滌」が可能である旨を主張し、被告を請求人とする本件特許権についての無効審判請求書(甲38)の記載をその根拠として挙げる。
確かに、同書面(甲38)には、「本件発明では、「約2%の水分を吸収するまでの極く短時間に、水洗から除水までの各工程を全部処理する」(公報7欄6-7行)としており、このような「極く短時間で」処理することが、米粒表層部の湿潤軟化した層を水分がさらに透過して米粒内質最外層部の澱粉層に浸透しても精白米の亀裂の発生を防ぐことになるという作用原理を利用するものである。上述のような作用原理を利用して、被加工精白米の米粒面の残存糠分の完全剥落(引き剥がし)を実現することと併行して、水ぬれで必然視されてきた米粒内質の亀裂の発生防止を実現することが本件発明の技術的効果とされているものである。」(12頁)という記載がみられる。しかし、この記載は、進歩性欠如(特許法29条2項違反)という無効理由を主張する文脈において、精白米と水との接触による「ぬれ」(「固体である精白米が液体である水に出会うと、精白米表面の空気と入れ替わって水が精白米表面に拡がる所謂が生ずる。」とする。)によってもたらされる現象を「@被加工精白米表面の水ぬれ(水の付着)-A被加工精白米表層部の糠分及び澱粉層外層部への水の吸収(吸水)によるこれらの湿潤軟化-B糠分及び澱粉層外層部の米粒内質からの剥離状態の発生-C湿潤軟化で剥離状態の糠分及び澱粉層の攪拌力が加わったとき剥落(引き剥がし)-D米粒面から剥落した湿潤している糠分及び澱粉層の米粒群からの分離」(11頁)と分析した際の表現を受けたものであり、加水量の多寡を踏まえた上での記載ではないから、加水量が米粒表層部を湿潤軟化させるにとどまる場合においても、水のみにより一般的に消費者が洗米している程度に除糠が可能であることまで主張したものとは解されない。
同様に、「精白米は水ぬれがあれば、(中略)@からBのような米粒に対する特徴的な作用原理がはたらくことは自明であるから、精白米を水に漬けて水ぬらしを行う周知事項(中略)か精白米に混水して水ぬらしを行うかは、後刻の除水によって自由水の量が変わるという微差をもたらすにすぎず、いずれを採ったとしても米粒表層部における(中略)技術的作用効果に差異を生ずることはない」(13頁)という記載も、精白米への加水によって生ずる「水ぬれ」の必然的な現象部分を表現したものにすぎないと解される。したがって、前記無効審判請求書(甲38)の記載を捉えて原告の前記主張の根拠とすることはできず、原告の前記主張は採用することができない。
結論
以上によれば、イ号物件は本件発明の技術的範囲に属しないから、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない(ロ号物件については、その具体的な構造につき別紙ロ号物件目録記載のとおり一部争いがあるが、既に判示したところに照らせば、争いのある部分の認定いかんにより間接侵害の成否が決せられるものでないことは明らかである。)。
追加
イ号物件目録別紙ロ号物件目録記載の物件によって製造された精白米ロ号物件目録(製品名)新精米加工システム「ネオ・テイスティ・ホワイト・プロセス」(図面の説明)第1図正面図第2図背面図第3図左側面図第4図右側面図第5図第2図におけるA-A線断面図第6図第3図におけるB-B線断面図(符号の説明)1新精米加工システム2湿式加圧精米(加水攪拌)部3熱付着式低圧攪拌部4分離乾燥部5加工筒6回転軸7供給筒8供給口9排出筒10排出口11供給用スクリュー12噴霧(加水)ノズル13加工筒14回転軸15供給口16排出口17排出筒18供給用スクリュー19攪拌羽根20熱付着材供給ホッパー21供給用スクリューコンベア22スクリーン筒23回転軸24供給口25供給用スクリュー26アーム27攪拌翼28給風口29給風ダクト30排風ダクト31処理白米排出口32〜34プーリー35外筒(構造の説明)1全体の構造新精米加工システム1は、その上部から順に湿式加圧精米(加水攪拌)部2、
熱付着式低圧攪拌部3及び分離乾燥部4を備えてなり、供給された原料精白米は、湿式加圧精米(加水攪拌)部2、熱付着式低圧攪拌部3及び分離乾燥部4を順に通過する。
2各部の構成(1)湿式加圧精米(加水攪拌)部2新精米加工システム1の最上部に横設した、加工筒5内に回転軸6を回転自在に横架し、加工筒5の一端側に設けた供給口8には上方に向けて延出する供給筒7を接続するとともに、同終端に設けた排出口10に接続して排出筒9を垂下してある。
前記回転軸6の供給始端側には供給用スクリュー11が設けられ、それ以外の回転軸6には複数の矩形の攪拌羽根19が180度の位置に二列に設けられる。該攪拌羽根19は、回転方向に対して後方側に傾斜して軸着されるとともに、二列の攪拌羽根19は軸方向に沿って互い違いの位置に設けられている。また、前記供給筒7には、投入される原料精白米に霧状の(「霧状の」を削除)水を添加(給水)する噴霧(加水)ノズル12を臨ませてある。前記回転軸6の一端に軸着したプーリー32と図外のモーターとはベルトにより連結してある。
(2)熱付着式低圧攪拌部3湿式加圧精米(加水攪拌)部2の下方に、該湿式加圧精米(加水攪拌)部2の加工筒5とほぼ同一の加工筒13を横設し、該加工簡13内には回転軸14を回転自在に横架する。そして、熱付着式低圧攪拌部3の始端側には供給口15を開口し、該供給口15と湿式加圧精米(加水攪拌)部2の排出筒9とを接続する。熱付着式低圧攪拌部3の終端側には排出口16を設け、該排出口16に接続して排出筒17を垂下する。
また、前記同様に、回転軸14の搬送始端側には供給用スクリュー18を設けるとともに、それ以外の回転軸14には前記湿式加圧精米(加水攪拌)部2と同一の複数の攪拌羽根19を前記同様に軸着する。さらに、前記加工筒13の搬送始端側に熱付着材供給ホッパー20を配設し、該ホッパー20は供給用スクリューコンベア21を介して加工筒13に接続される。前記回転軸14の一端に軸着したプーリー33と図外のモーターとはベルトにより連結してある。
(3)分離乾燥部4熱付着式低圧攪拌部3の更に下方には多数のスリット状の穴を備えたスクリーン筒22を横設し、該スクリーン筒22内には回転軸23を横架する。スクリーン筒22の撤送始端側には供給口24を開口し、該供給口24と熱付着式低圧攪拌部3の排出筒17とを接続する。また、前記回転軸23の始端側には供給用スクリュー25を軸着するとともに、それ以外の回転軸23の数箇所には複数のアーム26を設け、該アーム26によって複数の長尺状攪拌翼27を支持してある。該攪拌翼27の搬送方向前半部には、
先端部を切り欠いて連続状の凹凸部を形成し、該凸部は、米粒を撒送するようひねって形成されている。そして、前記回転軸23の一端に軸著したプーリー34と図外のモーターとはベルトにより連結してある。
また、前記スクリーン筒22の前半部上面寄りには給風口28を設け、これに給風ダクト29を接続する。一方、該スクリーン筒22を覆う外筒35を設け、該外筒35の底面寄りには排風ダクト30を接続するとともに、分離乾燥部4の搬送終端側には処理白米排出口31を設ける。
(注)上記下線部部分は当事者間に争いがある(本文として記載したものが被告の主張であり、括弧書きで併記したものが原告の主張である。)。
図面
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 中平健
裁判官 田中秀幸