運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 承継 /  公然知られ(29条1項1号) /  公然実施(29条1項2号) /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  慣用技術 /  翻訳文 /  パリ条約 /  優先権 /  着想 /  優先日 /  参酌 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  侵害 /  設定登録 /  請求の範囲 /  独立特許要件 /  訂正明細書 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (行ケ) 79号 審決取消請求事件
原告(承継) 大豊商事株式会社 (承継前原告である「大豊物産株式会社」を,本訴提起後の平成15年12月1 日に吸収合併)
訴訟代理人弁護士 中島敏,弁理士 須藤阿佐子,藤文夫,須藤晃伸
被告 イエンセンデンマーク アクティー ゼルスカブ
訴訟代理人弁護士 大場正成,尾崎英男,嶋末和秀,弁理士 杉村興作,徳永 博,藤谷史朗
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2001-35330号事件について平成15年1月29日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯と訴訟承継 本件特許第2690256号「アイロンローラなどの洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置」の請求項1〜9に係る発明については,平成5年1月28日(パリ条約による優先権主張1992年1月29日,デンマーク王国)に出願され,平成9年8月29日に特許権の設定登録がされた。
その後,平成11年2月15日に,本件特許の願書に添付した明細書の訂正をすることについて審判が請求され(平成11年審判第39016号),同年8月16日に,同明細書を請求書に添付した明細書のとおり訂正することを認めるとの審決がなされ,これが確定した。
これに対して,平成13年7月28日に,承継前原告の大豊物産株式会社は,本件請求項1〜9に係る特許を無効とすることについて審判の請求をし(無効2001-35330),被請求人である被告は,答弁書の提出期間内における訂正請求において,願書に添付した明細書(上記訂正審決による訂正後の明細書)の訂正の請求をした(再訂正)。
この無効審判請求事件において,平成15年1月29日,「(再)訂正を認める。本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり,その謄本は同年2月8日審判請求人である承継前原告に送達された。
原告は,本訴提起後の平成15年12月1日,承継前原告を合併した。
2 本件発明の要旨 (1) 訂正審決による訂正後の特許請求の範囲の記載 【請求項1】 アイロンローラなどの洗濯処理ユニットヘフラットワーク物品を供給するための装置であって,該装置はコンベヤベルトからなり,該コンベヤベルトの正面側端部において,フラットワーク物品が,前記コンベヤベルトの長手方向を横切って走行しかつ引き外し自在のクランプが設けられた一対のキャリッジを有するレールからなる延伸装置から移動することができ,前記フラットワーク物品の隅部が前記コンベヤベルトの反対側のレール手段の側に設けられ操作者によって動かされるいくつかの挿入装置によって該クランプに挿入され,前記一対のキャリッジには,当該キャリッジを前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と好ましくは反対側の地点から延長した位置に移動させて離間せしめるのに適した駆動手段が設けられ,該延長した位置でクランプがコンベヤベルトの中央に関して対称に位置づけられ,前記フラットワーク物品の上端部が延伸され,フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段が設けられた洗濯処理ユニットヘフラットワーク物品を供給するための装置において, 前記操作者によって制御される挿入装置(14)が操作位置から昇降する昇降手段からなり,フラットワーク物品がレール手段(15)に沿って移動自在のスライド(16)の一対のクランプ(17,18)に挿入され,操作位置より実質的に高い位置に設けられた一対のキャリッジ(8,9)に対してフラットワーク物品を上向きに動かすことを特徴とする装置。
【請求項2】 前記挿入装置(14)が,互いに隣接して設けられ,フラットワーク物品を一対のキャリッジ(8,9)の方へ持ち上げる複数の昇降手段(15)からなり,前記一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触するのに適しており,当該位置が,前記昇降手段の少なくともいくつかについて前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれていることを特徴とする請求項1記載の装置。
【請求項3】 前記フラットワーク物品を延伸するために,前記2つのキャリッジ(8,9)が対をなした状態で互いに離れるように移動される前に,当該キャリッジが前記レール手段(7)の中央に向かって共に移動されることを特徴とする請求項2記載の装置。
【請求項4】 前記昇降手段の数が3つであり,前記2つのキャリッジ(8,9)を有するレール手段(7)に関して実質的に平行かつ対称に設けられたことを特徴とする請求項1,2又は3記載の装置。
【請求項5】 前記コンベヤベルト(5)の正面側端部がレール手段(7)の後側かつ直下に設けられ,前記正面側端部が,始動位置から延伸された前記フラットワーク物品(22)の近傍の前進位置まで移動自在であり,かつ,コンベヤベルト(5)の正面側端部が,少なくとも前進位置において,コンベヤベルト(5)の下側で解放している真空源と連結されてなることを特徴とする請求項1,2,3及び4記載の装置。
【請求項6】 前記レール手段(7)が,延伸されたフラットワーク物品(22)がキャリッジ(8,9)のクランプ(10,11)から実質的に自由に垂れ下がることができるような高さで設けられたことを特徴とする請求項1,2,3,4及び5記載の装置。
【請求項7】 前記挿入装置(14)のスライド(16)が,操作者の高さと人間工学的な見地に基づく操作性とに応じ,前記昇降手段の下端側の係止部の調節によって調節されうる高さを有していることを特徴とする請求項1,2,3,4,5及び6記載の装置。
【請求項8】 前記一対のクランプ(17,18)を有するスライド(16)が前記昇降手段のレール手段の底部に設けられたことを特徴とする請求項1,2,3,4,5,6及び7記載の装置。
【請求項9】 引き外しボタン(19)が前記横方向のレール手段(7)上でキャリッジ(8,9)の移動させるためのレール手段(15)の頂部側に設けられてなることを特徴とする請求項8記載の装置。
(2) 再訂正後の特許請求の範囲に基づく本件発明の要旨(上記請求項1は削除。
これに応じて,旧請求項番号が繰り上がった。下線部分が訂正箇所。以下,再訂正後の請求項番号に対応して,「本件発明1」などと表記する。) 【本件発明1】 アイロンローラなどの洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置であって, 該装置はコンベヤベルトからなり, 該コンベヤベルトの正面側端部において,フラットワーク物品が,前記コンベヤベルトの長手方向を横切って走行しかつ引き外し自在のクランプが設けられた一対のキャリッジを有するレールからなる延伸装置から移動することができ, 前記フラットワーク物品の隅部が前記コンベヤベルトの反対側のレール手段の側に設けられ操作者によって動かされるいくつかの挿入装置によって該クランプに挿入され, 前記一対のキャリッジには,当該キャリッジを前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と好ましくは反対側の地点から延長した位置に移動させて離間せしめるのに適した駆動手段が設けられ, 該延長した位置でクランプがコンベヤベルトの中央に関して対称に位置づけられ,前記フラットワーク物品の上端部が延伸され, フラットワーク物品の上端部をコンベヤベルトの正面側端部に移動するための手段が設けられた, 洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置において, 前記操作者によって制御される挿入装置(14)が操作位置から昇降作動する昇降手段であって,互いに 隣接 して 設けられ ,フラットワーク 物品 を一対 のキャリッジ(8,9)の方へ持ち上げる 複数 の昇降手段 からなり , 前記一対 のキャリッジ が,昇降手段 のいずれかと 対向 する 位置 において フラットワーク 物品 と接触 するのに 適しており ,当該位置 が,前記昇降手段 の少なくともいくつかについて 前記 コンベヤベルト の正面側端部 の中央 と対向 する 位置 からずれており , フラットワーク物品が前記昇降手段 のレール手段(15)に沿って昇降 移動自在のスライド(16)の一対のクランプ(17,18)に挿入され,前記スライド(16 )が,操作位置より実質的に高い位置に設けられた前記 一対のキャリッジ(8,9)に対してフラットワーク物品を上向きに動かすことを特徴とする装置。
【本件発明2】 前記フラットワーク物品を延伸するために,前記2つのキャリッジ(8,9)が対をなした状態で互いに離れるように移動される前に,当該キャリッジが前記レール手段(7)の中央に向かって共に移動されることを特徴とする請求項1記載の装置。
【本件発明3】 前記昇降手段の数が3つであり,前記2つのキャリッジ(8,9)を有するレール手段(7)に関して実質的に平行かつ対称に設けられたことを特徴とする請求項1又は2記載の装置。
【本件発明4】 前記コンベヤベルト(5)の正面側端部がレール手段(7)の後側かつ直下に設けられ,前記正面側端部が,始動位置から延伸された前記フラットワーク物品(22)の近傍の前進位置まで移動自在であり,かつ,コンベヤベルト(5)の正面側端部が,少なくとも前進位置において,コンベヤベルト(5)の下側で解放している真空源と連結されてなることを特徴とする請求項1,2及び3記載の装置。
【本件発明5】 前記レール手段(7)が,延伸されたフラットワーク物品(22)がキャリッジ(8,9)のクランプ(10,11)から実質的に自由に垂れ下がることができるような高さで設けられたことを特徴とする請求項1,2,3及び4記載の装置。
【本件発明6】 前記挿入装置(14)のスライド(16)が,操作者の高さと人間工学的な見地に基づく操作性とに応じ,前記昇降手段の下端側の係止部の調節によって調節されうる高さを有していることを特徴とする請求項1,2,3,4及び5記載の装置。
【本件発明7】 前記一対のクランプ(17,18)を有するスライド(16)が斜め上に延びる前記昇降手段のレール手段( 15 )の底部に設けられたことを特徴とする請求項1,2,3,4,5及び6記載の装置。
【本件発明8】 引き外しボタン(19)が前記横方向のレール手段(7)上でキャリッジ(8,9)を移動させるために 斜め上に延びる 前記昇降手段 のレール手段(15)の頂部側に設けられてなることを特徴とする請求項7記載の装置。
3 審判で主張された無効理由 承継前原告(請求人)は,次の無効理由1〜4により,本件発明1〜8の特許は無効とされるべきであると主張し,該当の証拠方法を提出した。
(無効理由1) 本件発明1〜8は,国内において公然実施された発明であるか又はその発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条1項1号,2号に該当し又は同条2項の規定より特許を受けることができないものであり,その特許は,同法29条の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し無効とされるべきものである。(証拠方法は,審判甲第5から第14号証,第17号証) (無効理由2) 本件発明1〜8は,国内及び外国において頒布された刊行物に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定より特許を受けることができないものであり,その特許は,同法29条の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し無効とされるべきものである。(証拠方法は,審判甲第9,第10及び第15号証) (無効理由3) もし仮に侵害訴訟(東京地裁平成12年(ワ)第11902号事件)における被請求人(侵害訴訟の原告)の主張のように,「何々において」までの一般的構成要件は発明の特徴的構成を実施するに必要な前提となる基本的な構成要件を備えていればよく,特定のものに限定されないとするならば,本件発明1〜3,5〜6は,優先権の利益を享受することができない発明に該当し,本件発明は,現実の出願日である平成5年1月28日前に頒布された刊行物に記載された発明と同一又はその発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条1項3号に該当し又は同条2項の規定より特許を受けることができないものであり,その特許は,同法29条の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号に該当し無効とされるべきものである。(証拠方法は,審判甲第11,第12及び第16号証) (無効理由4) 本件特許は,特許法36条4項及び6項(平成5年法改正前の特許法36条4項及び5項)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し無効とされるべきものである。
(証拠方法) 審判甲第1号証;本件特許掲載公報(本訴甲第2号証) 審判甲第2号証;本件特許訂正公報(訂正審決によるもの。本訴甲第3号証) 審判甲第3号証;平成11年審判第39016号審決 審判甲第4号証;東京地裁平成12年(ワ)11902号事件訴状(表紙〜8頁) 審判甲第5号証;平成2年12月26日付け日本クリーニング新聞(本訴甲第7号証) 審判甲第6号証;社会福祉法人緑風会 重度身体障害者収容授産施設 鹿児島太陽の里事務長 Aの宣誓供述書(本訴甲第6号証) 審判甲第7号証;鹿児島地方法務局所属公証人B作成の平成12年第101号事実実験公正証書(本訴甲第4号証) 審判甲第8号証;「BRAUN ALPHA」SERVICE MANUAL(1990 Edition) G.A.BRAUN INCORPORATED(本訴甲第5号証) 審判甲第9号証;米国特許第4,967,495号明細書 審判甲第10号証;特開平4-9198号公報(本訴甲第13号証) 審判甲第11号証;デンマーク国特許出願106/92号明細書(本件出願の優先権主張の基礎となる特許出願。本訴甲第17号証) 審判甲第12号証;特開平6-39197号公報(審判甲第11号証の翻訳文) 審判甲第13号証;米国特許第5,425,190号明細書(1995年1月20日) 審判甲第14号証;米国特許第5,416,991号明細書(1995年5月23日) 審判甲第15号証;米国特許第3,664,046号明細書 審判甲第16号証;EP第0523872A1号公報(1993年1月20日) 審判甲第17号証;審判甲第7号証の実験を収録したビデオテープ 参考資料1;東京地裁平成12年(ワ)第11902号事件,原告第7準備書面 参考資料2;特開昭46-7648号公報 審判甲第18号証;実願昭63-32599号(実開平1-138398号)のマイクロフィルム(本訴甲第9号証) 審判甲第19号証;特開昭57-192600号公報(本訴甲第10号証) 審判甲第20号証;特開昭51-55172号公報(本訴甲第11号証) 審判甲第21号証;平成12年(ワ)第11902号事件判決 審判甲第22号証;平成12年(ワ)第11902号事件,被告第9準備書面 審判甲第23号証;特開2000-116995号公報 審判甲第10号証の2;大豊エンジニアリング株式会社デルタエースパンフレット 審判甲第10号証の3;平成3年11月20日日刊工業新聞,31頁(大豊エンジニアリング株式会社デルタエース発表会に関する記事) 審判甲第10号証の4;平成3年11月27日日刊工業新聞,29頁(大豊エンジニアリング株式会社デルタエース発表会に関する記事) 審判甲第24号証;米国特許第3,791,057号明細書(本訴甲第12号証) 審判甲第25号証;平成3年11月25日日本クリーニング新聞,5頁(大豊エンジニアリング株式会社デルタエース発表会に関する記事) 4 審決の理由の要点 (1) 特許法134条5項の規定により読み替えて準用される平成6年法改正前の特許法126条3項の規定により独立特許要件の判断は要せず,再訂正は,平成6年法改正前の特許法134条2項ただし書及び同条5項の規定によって準用する同法126条2及び3項の規定に適合するので,再訂正を認める。
(2) 無効理由1についての審決の判断 (i) 審判甲第5号証には,晴海で開かれた全国展において,大和機材(株)・ブラウンン社シーツスプレッダー「モデルSSF」が展示されたことが記載されている。また,審判甲第6号証によれば,ブラウン・アルファ(ブラウン社製の洗濯処理装置,ブラウン・アルファ(BRAUN-Alpha),型番4SSF)は,平成2年11月に東京都中央区(以下省略)の国際見本市会場で開催された第28回全日本クリーニング研究大会・機材資材展示会において展示されていたこと,同展示会を見学したことがきっかけとなって,社会福祉法人緑風会がブラウン・アルファを大和機材株式会社(当時)から購入し,平成2年12月15日に重度身体障害者授産施設「鹿児島太陽の里」に設置し,その翌日からシーツ等リネン品の洗濯後の処理のために使用を継続していること,同施設には,年間1000人を超す一般の見学者があること,平成2年12月15日の設置以降,その構成や動作は変わっていないこと,がそれぞれ認められる。これによれば,ブラウン・アルファは,本件特許権の優先日の前に公然使用されていたというべきである。
そして,審判甲第7,第8及び第17号証によると,ブラウン・アルファは,次のような構造を有し,作動をなすものと認められる。
(ア) ブラウン・アルファの昇降手段のレールは,半円形(正確には4分の1円形)の形状をしており,合計4本設置されている。それぞれのレールには,一対のクランプが設けられている。各レールは,前端が下方に,下から約130cmの位置まで下がっており,一対のクランプにシーツの両角を把持させてスイッチを押すと,半円形レールの前端が,レール後部にあるレバーの作用により,水平面になるまで上昇してシーツを持ち上げる。その後,シーツを把持したままクランプがレールの後端(装置全体の中央部)に移動し,そこで,シーツを延伸装置であるスプレッドクランプに引き渡す。
(イ) コンベアベルトの正面上部長手方向(進行方向)を横切る方向に設けられたレールに沿って走行する引き外し自在のスプレッドクランプを有する一対のキャリッジ(送り装置)が設けられ,この一対のキャリッジは,駆動手段により駆動される。
(ウ) 各スプレッドクランプは,中央部から移動して互いに対称的な位置に離れ,シーツを延伸する。次に,同スプレッドクランプがコンベヤベルトの上面へ(装置全体からすれば後方へ)移動し,コンベヤベルトの端から約15cm後方の位置でシーツを開放し,シーツをコンベヤベルトに移載する。そして,コンベヤベルトがシーツを,後方に連続した搬送部によって,アイロンロールへ搬送する。
これらの構成,作動からすると,以下の発明(引用発明1)が,本件特許権の優先日の前に公然実施されていたと認められる。
「アイロンロール(アイロンローラなどの洗濯処理ユニット)へシーツ(フラットワーク物品)を搬送(供給)するための装置であって, 該装置はコンベヤベルトからなり, 該コンベヤベルトの前方(正面側端部)において,シーツ(フラットワーク物品)が,前記コンベヤベルトの正面上部長手方向(長手方向)を横切って走行しかつ引き外し自在のスプレッドクランプ(クランプ)が設けられた一対のキャリッジを有するレールからなる延伸装置から移動することができ, 前記シーツ(フラットワーク物品)の両角(隅部)が前記コンベヤベルトの反対側のレール(レール手段)の側に設けられ操作者によって動かされるいくつかの昇降手段(挿入装置)によって該スプレッドクランプ(クランプ)に引き渡され(挿入され), 前記一対のキャリッジには,当該キャリッジを前記コンベヤベルトの前方(正面側端部)の中央部(中央)と互いに対称的な位置(好ましくは反対側の地点から延長した位置)に移動させて離間せしめるのに適した駆動手段が設けられ, 該延長した位置でスプレッドクランプ(クランプ)がコンベヤベルトの中央に関して対称に位置づけられ,前記シーツ(フラットワーク物品)の上端部が延伸され, シーツ(フラットワーク物品)の上端部をコンベヤベルトの上面(後方)(正面側端部)に移動するための手段が設けられた アイロンロール(洗濯処理ユニット)へシーツ(フラットワーク物品)を供給するための装置において, 前記操作者によって制御される引き渡し装置(挿入装置(14))が操作位置から昇降作動する昇降手段からなり, シーツ(フラットワーク物品)が昇降手段のレール(レール手段(15))に沿って移動自在の一対のクランプ(スライド(16)の一対のクランプ(17,18))に挿入され,操作位置より実質的に高い位置に設けられた一対のキャリッジ(一対のキャリッジ(8,9))に対してシーツ(フラットワーク物品)を上向きに動かすことを特徴とする装置。」 (ii)本件発明1と引用発明1とを対比すると,少なくとも,後者は,前者における「一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触するのに適しており,当該位置が,前記昇降手段の少なくともいくつかについて前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれて」いるという構成要件を備えていない点で,両者は相違している。
(iii)この点に関して,請求人は,ブラウン・アルファにおいても,昇降手段のいずれかと対向する位置は,前記昇降手段の少なくともいくつかについて前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれていると主張しているが,審判甲第7号証に,「左右一対のクランプは,…半円形のレールに沿って弧を描くように中央部に移動し」とあり,また,審判甲第8号証に,「クランプがシーツを引き上げ,機械の中央に持って行き,次にスプレッドクランプ(シーツ広げ挟み)がシーツを挟みます。」とあることから,ブラウン・アルファにおいては,4個設けられたフィードステーションの左右一対のクランプは,いずれも,機械の中央で左右一対のスプレッドクランプと対向するものと認められ,そうすると,左右一対のスプレッドクランプは,コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれることはないといえるから,請求人の主張は妥当性を欠いたものである。
(iv)また,請求人は,審判甲第18,第19,第20及び第24号証により,上記の点は,設計事項であると主張しているが,審判甲第18号証には,「一対のシーツ保持具を,待機位置から所定位置に移動させ,その所定位置からそれぞれ逆方向に移動させてシーツを拡げ,その後待機位置に移動させる」ことが記載されているものの(実用新案登録請求の範囲),審判甲第18号証に記載のものは,「一方の組の一対の保持具2L,3Lがガイドレール1の左端側の待機位置に,…一対の保持具2L,3Lと…とにシーツSをそれぞれチャックさせる。」と記載されているように(明細書15頁6〜11行),待機位置で操作者によりシーツをチャックさせるようにしたものと認められるから,審判甲第18号証は,上記の点における一対のキャリッジを開示するにとどまり,一対のキャリッジが昇降手段と対向する位置が,昇降手段の少なくともいくつかについてコンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれるようにすること,すなわち,上記の点を開示するものではない。
審判甲第19号証には,「洗濯物が,…供給コンベヤの手前でこの供給コンベヤに対して直交しかつ高さをずらして配置された搬送装置の2つのクリップに掛けられて,前記供給コンベヤの作業幅の側方に位置する,前記搬送装置の操作ステーションから供給コンベヤの手前中央に搬送されるようになっており,」と記載されているが(特許請求の範囲),審判甲第19号証に記載のものは,「操作ステーション「A」に位置する,…操作員は,マングルに供給しようとする洗濯物10の前縁部の角縁を2つのクリップ23,24にはさみ込む…。」と記載されているように(5頁右上欄3〜7行),操作ステーションで操作員により洗濯物をクリップに挟み込むようにしたものと認められるから,審判甲第18号証と同様,上記の点を開示するものではない。
審判甲第20号証には,「第1の運動においてはキャリッジは装荷場所から軌道の中心まで共に移動し,ついで第2の運動でキャリッジは反対方向に離れるように移動し,把持部材に支持された洗濯物は広げられる。」と記載されているが(3頁左下欄3〜7行),審判甲第20号証に記載のものは,「各係止装置はキャリッジ12からなり,該キャリッジ12には一対のスプリング式の把持部材13が装着されている。把持部材は洗濯物の縁部を挿入すると作動される。」(3頁右上欄14〜17行),及び,「各装荷場所にはリレー及びスイッチ系統を作動する接点が設けられている。…オペレータは単に洗濯物の2つの縁部を各係止装置に装入すればよい。前記縁部が把持部材の間の爪にふれると,スプリングは解放され,洗濯物が保持される。」(5頁左上欄1〜7行)と記載されているように,装荷場所でオペレータにより洗濯物を把持させるようにしたものと認められるから,審判甲第18号証と同様,上記の点を開示するものではない。
審判甲第24号証には,「可撓材料製シートのエッジを引っ張る装置において,各々シートの隅部を把持可能なクリップと,(前記クリップが装置の中心線の片側における第1の装着部位で並置される)第1の位置,(前記クリップが装置の中心線の他側における第2の装着部位で並置される)第2の位置,及び(第1及び第2位置での各連続移動中,前記クリップが装置の中心線に関してほぼ対称の位置に分離する)第3の位置の間で前記クリップが移動するように,前記クリップを取り付け制御する手段とを備えた装置」が記載されていると認められるが,この装置は,「装置が最初に図2中の実線で示す状態,すなわちクリップ16及び17が装着部位Aで並置している状態にあるものとする。その部位においてオペレータは,シートの両隅部をクリップの下方に置き,クリップを押し下げる。…ビームが図2の点線位置に達したときクリップはビームの中心に到達し,クリップが装着位置Bで並置される。その部位にいてオペレータがシートをクリップに装着すると,…次いでビームの中心が再度装着部位Aで静止すると,クリップは並置した状態に戻る。」と記載されているように(第3欄31〜58行,審判甲第24号証訳文4頁22行〜5頁10行),装着部位でオペレータによりシートを装着させるようにしたものと認められるから,審判甲第18号証と同様,上記の点を開示するものではない。
さらに,審判甲第9号証には,複数のクランプ92を設けることが記載されていると認められるが(Fig15等),同号証に,「一対以上のラム作動式シートクランプ92が…移動可能に案内路91上に装着され,クランプ移動手段135によって移動自在に案内路と係合するとともに,密閉体の前壁に沿って下方に延びている。…各クランプは,相互に隣接して位置し作業員によってシートの両コーナを受け入れる受取位置から移動可能で,離間する方向に自動的に移動しシートを密閉体の前面に沿い閉鎖部材21に隣接して広げることができる。拡開位置に到達すると,各クランプは自動的に開き,前述したように閉鎖部材の孔を介した吸引作用によりシートを閉鎖部材に向かって引き寄せ可能とする。」(第8欄49〜65行,訳文12頁26行〜13頁6行)と記載されているように,上記クランプ92は,受取位置で作業員によってシートを受け入れるようにしたものと認められるから,審判甲第18号証と同様,上記の点を開示するものではない。
すなわち,審判甲第18,第19,第20,第24及び第9号証に記載のものは,いずれも,一対のキャリッジが,コンベヤベルトの正面側端部の中央とずれた位置において,操作者と対向するものであり,機械的な手段である昇降手段と対向するものではないから,本件発明1における上記の点を開示するものではなく,また,かかる昇降手段を有しない装置を前提とするものである以上,本件発明1における上記の点を示唆しているとはいえない。
(v) さらに,請求人は,審判甲第10号証の2〜4及び審判甲第25証によれば,審判甲第10号証に記載された装置の実施品は,複数の昇降装置を有しており,中央からずらしてシーツを受け渡すものであると主張している。
審判甲第10号証には,次のように記載されている。
「この第2実施例の方形状布類縁出し装置には,架台1の前面部に,左右2つの保持手段82,83を取付けた昇降台81が設けられている。この昇降台81は,モータ84の正・逆回転により架台1の縦フレームに沿って昇降せしめ得るようになっている。又,2つの保持手段82,83は,移動体2に設けた保持手段(22,23)と同様造のエアチャック式のものが採用されている。そして,昇降台81の下動位置においてその2つの保持手段82,83に布類角部C1とそれに隣接する縁部Yaをそれぞれ保持させた後,該昇降台81をモータ84により上昇させて該各保持手段82,83で保持している布類角部C1及び綾部Yaを移動体2側の2つの保持手段22,23で掴み替え得るようにしている。」(15頁左上欄8行〜右上欄2行) また,同号証第6図には,左右2つの保持手段82,83を取付けた昇降台81,モータ84等が示されている。
審判甲第10号証の2〜4及び審判甲第25証からは,これらに記載の装置が,審判甲第10号証に記載された装置の実施品であるかどうかは不明であり,また,用いられる昇降装置の詳細も明らかでないが,上記審判甲第10号証の記載及び図示内容を参酌すると,請求人の主張は,昇降台81を架台1の前面部だけでなく後面部にも設け,保持手段(22,23)を備えた一つの移動体2が,双方の昇降台81から布類を掴み替え得るようにした装置が,本件出願前実施されており,この双方の昇降台1が,本件発明1における「複数の昇降手段」に,保持手段(22,23)を備えた一つの移動体2が,「一対のキャリッジ」に該当するというものであると解される。
しかしながら,審判甲第10号証に,「移動体2は,左右方向に人の肩幅程度の長さ(40〜60cm程度の長さ)(を)もつ平板20の左右両側部にそれぞれ下向きに折曲した垂下板21,21を設けて形成されている。そして,この各垂下板21,21の前端部にそれぞれ1つづつ布類保持用の保持手段(22,23)が取り付けられている。」(11頁右下欄19行〜12頁左上欄4行),「第6図に示す第2実施例の方形状布類縁出し装置について説明すると,…載置台4における前側台板41の後側に,複数個(合計5個)の小幅コンベヤ5A〜5Eを架台前後方向(移動体進退方向)に順次近接並置してなる集合コンベヤ50を設置している。各小幅コンベヤ5A〜5Eはそれぞれ移動体進退方向とは水平直交方向に走行し得る如く配設され,」(14頁右上欄15行〜左下欄2行)と記載されているように,同号証に記載のものにおいては,移動体2に設けた保持手段(22,23)が,離間可能とされておらず,また,昇降台81は,コンベヤの正面側ではなく,側面側に位置するものであるから,同号証に記載のものが,2つの昇降手段と,一対のキャリッジを有するといっても,同号証に記載のものは,本件発明1とは,供給手段についての設計思想を大きく異にするものであり,同号証が,上記した点を開示ないしは示唆しているとは到底いうことができない。
(vi)なお,審判甲第11号証は,本件出願の優先権主張の基礎となる特許出願の明細書であって,本件出願の日(平成5年1月28日)前に頒布されたものであるとは認められないし,審判甲第12〜14号証も,本件出願の日後に頒布されたものであるから,これらの証拠に基づいて,本件特許発明進歩性を否定することはできない。
(vii)そして,本件発明1においては,上記の点により,例えば,審判甲第18号証に記載のもののように,操作者の操作位置が2箇所に限定されるということはないし,ブラウン・アルファとか審判甲第15号証に記載のもののように,一対のクランプを備えた複数の挿入手段が,すべて,コンベヤベルトの正面側端部の中央で待機する一対のキャリッジに向かって移動することはないため,複数の挿入手段の衝突が発生しないばかりか(再訂正明細書【0007】参照),挿入装置本体を固定でき,挿入装置の構造が簡単になるという顕著な効果を奏するものと認められる。
(viii)したがって,本件発明1は,本件出願前国内において公然実施された発明であるとも,この発明及び本件出願前頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることもできない。
(ix)請求項2〜8は,請求項1を引用しており,本件発明2〜8は,上述したと同じ理由により,本件出願前国内において公然実施された発明であるとも,この発明及び本件出願前頒布された刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることもできない。(判決注:審決は,ここで本件発明2〜7について判断しているが,本件発明8についても同旨に判断したのは,その説示に照らして明らかである。) (3) 無効理由2〜4についての審決の判断 省略(判決注:審決は,無効理由2〜4は理由がないと判断しているが,原告がその判断を争っていないので,判断内容の引用は省略する。) (4) 審決の結び 以上のとおりであるから,請求人の主張及び証拠方法によっては,本件発明1ないし8に係る特許を無効とすることはできない。
原告主張の審決取消事由
原告は,審決の判断のうち,無効理由1に関する部分について争っている。
本件発明2〜7は,本件発明1の構成を引用し,これに他の構成を付加しているものであるので,以下における本件発明1の無効理由は,本件発明2〜7についてもこれを主張していることになる。
1 取消事由1(相違点の認定の誤り) 審決は,「後者(引用発明1)は,前者(本件発明1)における「一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触するのに適しており,当該位置が,前記昇降手段の少なくともいくつかについて前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれて」いるという構成要件を備えていない点で,両者は相違している。」と認定しているが,「一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触するのに適しており」の点は,引用発明1においても具備している構成であるから,これをもって相違点であるとした審決の認定は誤りである。
2 取消事由2(相違点の容易性判断の誤り) (1) 審決が認定した上記相違点のうち,「一対のキャリッジが,コンベヤベルトの正面側端部の中央とずれた位置において,操作者と対向し,フラットワーク物品を受け取る」との構成が,本件発明1と引用発明1との間で相違する唯一の点である。
審決は,この構成について,審判甲第18号証〜第20号証,第24号証に記載のものは,装着部位でオペレーターにより洗濯物やシーツを把持させるようにしたものであって,一対のキャリッジが機械的な手段である昇降手段と対向するものではないから,一対のキャリッジが,コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれている位置で機械的昇降手段と対向しフラットワーク物品を受け取ることを示唆するものではないと認定したが,誤りである。
この相違点に係る構成は,審判甲第18号証〜第20号証,第24号証にも記載されているとおり当該分野の慣用技術である。本件発明1と審判甲第18号証等に記載の発明との差異は,一対のキャリッジと操作者との間に上昇手段としての機械的な手段が介在しているか否かの差異があるにすぎない。
(2) また,アイロンローラなどの洗濯処理ユニットへフラットワーク物品を供給するための装置において,操作が容易な比較的低い位置(例えば,審判甲第7号証では高さ約130cm)で操作者がフラットワーク物品をクランプに挿入し,該挿入位置から機械的な昇降手段により左右一対のスプレッドクランプの位置(例えば審判甲第7号証では高さ約190cm)までフラットワーク物品を上昇させることは本件出願日(優先日)前において既に公知の技術(審判甲第7号証,ブラウン・アルファ)であるから,コンベヤベルトの正面側端部の中央とずれた位置で操作者により挿入されたフラットワーク物品をレール手段のような直線的上昇手段(これも慣用技術である)により機械的に上昇させることは,設計事項にすぎない。
審判甲第18号証〜第20号証及び第24号証において,複数の操作者は当然「コンベヤベルトの正面側端部の中央とずれた位置」に位置している(審判甲第18号証第5図A〜C,審判甲第19号証Fig.3,審判甲第20号証3頁左下欄等)のであるから,一対のキャリッジがフラットワーク物品を操作者から直接受け渡されるのではなく,慣用技術である機械的な上昇手段を介して,一対のキャリッジが該「中央とずれた位置」においてフラットワーク物品を受け取ることも,前記審判甲各号証が当然示唆しているものであり,該機械的介在手段を介在させることは本件出願時(優先日)において設計事項にすぎない。上記審判甲各号証が「本件発明1における上記の点(上昇手段としての機械的手段を介在させること)を示唆しているとはいえない」とした審決の判断は誤りである。
3 取消事由3(本件発明1の効果についての判断の誤り) 操作者の操作位置が2箇所に限定されないことは,審判甲第20号証(本訴甲第11号証)においても同様であり(「作業位置が干渉しないように配置された4つの位置で作業する4人以下のオペレータによって操作される」ことが,審判甲第20号証2頁左下欄に明記されている。),複数の挿入手段の衝突が発生しないこともブラウン・アルファが既に実現していた効果(「複数の操作者が作業する場合,中央部にシーツ等を送るクランプが衝突するのを避けるため,先に押されたスウィッチによって動くクランプが受渡しを終わるまで,他のクランプは動かずに待機するようコントロールされている」ことが,審判甲第7号証の第弐の3(3)ロに明記されている。)であって,本件発明1に顕著なものでない。
審決取消事由に対する被告の反論
1 審決が認定した相違点に係る本件発明1の構成を,個別具体的に述べる。
@「いずれかと対向する」の意義「一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置」における「いずれかと対向する」とは,一対のキャリッジに対し,複数の昇降手段が互いに隣接して(すなわち別個の位置に)設けられた構成において,その一対のキャリッジが複数の昇降手段に同時に対向するのではなく,複数の昇降手段のそれぞれに別々の時点でそのうちのどれかと対向するという意味である。
このことは,再訂正明細書(乙第1号証の2)の【0007】中の,「この領域でのスライド間の衝突の危険性が除去される。この領域では,スライドのクランプからキャリッジのクランプへの移動が実行される。」との記載,さらには,【0017】中,「…当該キャリッジは当該挿入装置に対向する位置になければならない。それゆえ,キャリッジ8,9用の駆動装置は,準備信号を発生する挿入装置14のうちの一つと対向するために第1にランダムな始動位置からキャリッジを移動することができ,」との記載からも明らかである。
したがって,ある時点で見れば,キャリッジに対向する昇降手段と対向しない昇降手段とが存在するが,次の時点では別の昇降手段と対向し,かくして順次全部と対向するのであって,一対のキャリッジが結局順次全部の昇降手段に対してフラットワーク物品の受取り時には対向するということである。
A「少なくともいくつかについて」の意義「前記昇降手段の少なくともいくつかについて,前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれている」における「少なくともいくつかについて」とは,複数の昇降手段が互いに隣接して(すなわち別個の位置に)設けられた構成において,それら複数の昇降手段のうち(1つについては一対のキャリッジと対向する位置がコンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置にあってもよいが),少なくともいくつかはその中央と対向する位置からずれているという意味である。
B「一対のキャリッジ」の意義「一対のキャリッジ」とは,再訂正後の請求項1中,「前記コンベヤベルトの長手方向を横切って走行しかつ引き外し自在のクランプが設けられた一対のキャリッジを有するレールからなる延伸装置」との記載からすれば,本件発明1ではコンベヤベルトの長手方向を横切ってレール上を走行する一対のキャリッジであることは明らかである。
フラットワーク物品を拡げる(延伸)には,その上部両端をキャリッジのクリップで把持して両方向に移動することが必要になるので,必ず一対で1組のキャリッジが協働する(再訂正明細書【0008】)。
C「適している」の意義「フラットワーク物品と接触するのに適しており」における「適して(いる)」とは,先に述べた点を考慮すれば,一対のキャリッジが,互いに別個に設けられた複数の昇降手段のそれぞれと順次対向してフラットワーク物品と接触する作動が可能なように構成されているという意味である。
一対のキャリッジが別の位置にある昇降手段と接触し,フラットワーク物品の引き渡しを受ける作動の具体的説明として図1の装置を例にとり,再訂正明細書の【0017】において,作業員が挿入装置14の引き外し用ボタンを押して準備信号を送信した次に起こる作動について,次のような記載がある。
「クランプ17,18内に置かれたフラットワーク物品がキャリッジ8,9上のクランプ10,11に運ばれるまえに,当該キャリッジは当該挿入装置に対向する位置になければならない。それゆえ,キャリッジ8,9用の駆動装置は,準備信号を発生する挿入装置14のうち1つと対向するために第1にランダムな始動位置からキャリッジを移動することができ,第2に当該キャリッジをレール手段の中央に向かって共に動かすことができ,第3にキャリッジをレール手段の中央から互いに対称的に離れるように動かすことができる手段を備えている。」 ここで,「ランダムな始動位置」とは,任意のどこでもという意味である。レール上のどこからでもキャリッジがフラットワーク物品を受け取り次の動作を始動できる手段を備えていることは,すなわち,複数の異なる受け渡し位置に対応できることを意味する。
この【0017】の図1の実施例の作動説明を図示すると,次のとおりである。
なお,この「第2の位置」は図1の好ましい例であるが,訂正請求項1ではこの点に限定はしていない。
そして,かかる構成の実施可能性は,再訂正明細書【0018】中,「キャリッジの駆動手段は2つの駆動モータからなっていてもよく,該モータはそれぞれワイヤの環を経て2つのキャリッジのうちの1つを駆動している。」との記載によって,具体的に支持されている。すなわち,このように2つのキャリッジが2つの駆動モータでそれぞれ駆動されることで,2つのキャリッジが,上記説明図の第1の位置の前後の動きのように非対称的な動作をすることができる。任意の複数の位置で集合して,それらの位置にある複数の昇降手段のそれぞれに対向しフラットワーク物品に接触し得るとともに,その後互いに離間する位置に移動して,昇降手段から渡されたフラットワーク物品を延伸し得るのである。
このような作動は「キャリッジの運動のより複雑な制御によって達成されるが,制御タスクがコンピュータ技術によって実行されることがわかった。」(再訂正明細書【0007】)と記載されているように,このような複雑な作動の制御も,そのような着想で設定すればあとは本件優先日の当時のコンピュータ技術で対応できたことを述べているのである。
しかし,駆動されるものはレール上のキャリッジであるから,制御は複雑でも動作は敏速で,装置の構造は単純かつ作業能率は絶大である。
2 以上のように,本件発明1では,延伸レール上の一対のキャリッジがフラットワーク物品の延伸を終わって次の動作に入るとき,まず前記準備信号に応じた昇降手段と対向する位置につき,そこから始動して,延伸の始動位置(好ましくは中央),そして離間する方向に移動し,次にまた次の昇降手段と別の位置で対向して同様の動作を繰り返す。
別の複数の位置である以上,そのうちの1つがコンベアベルトの正面端部の中央と対向する位置にあってもよいが,そのほかは当然その位置からずれている。一対のキャリッジは1つの延伸作業が終わるごとに別の位置から始動する動作を繰り返している。これは,引用発明1(ブラウン・アルファ)と相違するだけでなく,引用発明1以外の刊行物記載のどの装置にもない構成と作動である。
引用発明1(ブラウン・アルファ)は,一対のキャリッジが,@4つの昇降手段のすべてから延伸用レールと隣接して設けた固定レールを介して同じ位置でフラットワーク物品の受け渡しを受けている。Aその位置がコンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置にあるのであり,相違点に係る本件発明1の構成を備えていない。
3 よって,相違点に関する審決の判断に,原告主張の誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について 原告は,審決が認定した本件発明1と引用発明(ブラウン・アルファ)の相違点のうち,「一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触するのに適しており」の部分は引用発明にも備えられた構成であり,この点を相違点に含めた審決の認定は誤りであると主張するので,検討する。
(1) 取消事由1における原告の主張の趣旨は,「前記一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触するのに適しており,」との請求項1の文言中,「いずれかと対向する」との文言が,「キャリッジが昇降手段のどれか」と対向することを規定するだけであるから,4つの昇降手段のすべてと対向する位置にキャリッジが存在するブラウン・アルファの構成を包含する,というものであると理解される。
(2) しかしながら,本件発明1の請求項1には,「前記操作者によって制御される挿入装置(14)が操作位置から昇降作動する昇降手段であって,互いに隣接して設けられ,フラットワーク物品を一対のキャリッジ(8,9)の方へ持ち上げる複数の昇降手段からなり, 前記一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触するのに適しており,当該位置が,前記昇降手段の少なくともいくつかについて前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれており, フラットワーク物品が前記昇降手段のレール手段(15)に沿って昇降移動自在のスライド(16)の一対のクランプ(17,18)に挿入され,前記スライド(16)が,操作位置より実質的に高い位置に設けられた前記一対のキャリッジ(8,9)に対してフラットワーク物品を上向きに動かす」 と規定されている。
この構成によれば,@フラットワーク物品を持ち上げる昇降手段は複数存在すること,A一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触すること,B(キャリッジが昇降手段と対向する)位置が,前記昇降手段の少なくともいくつかについて前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれていること(すなわち,複数の昇降手段はそれぞれ離隔して配置されていること),が規定されているものである。
(3) ここで,昇降手段はフラットワーク物品を持ち上げてキャリッジに引き渡すことを目的とするものであり,また,複数の昇降手段は離隔して配置されているものであるから,キャリッジは,複数の昇降手段のそれぞれの位置まで移動してフラットワーク物品を受け取るように構成されていることは明らかであって,「複数の昇降手段のうちの1つと固定的に対応する場合」(不要の昇降手段が存在することになる)や,「複数の昇降手段のすべてと固定的に対応する場合」(昇降手段が移動して固定位置にあるキャリッジにフラットワーク物品を引き渡すことになる)を包含するものではない。すなわち,「昇降手段のいずれかと対向する位置」とは,隣接して設けられた複数の昇降手段が存在することを前提として,ある時点においてフラットワーク物品を持ち上げてきた特定の昇降手段と対向する位置(にキャリッジが移動する),との意味であると解すべきものである。
(4) 再訂正明細書(乙第1号証の2)の【0017】には, 「クランプ17,18内に置かれたフラットワーク物品がキャリッジ8,9上のクランプ10,11に運ばれるまえに,当該キャリッジは当該挿入装置に対向する位置になければならない。それゆえ,キャリッジ8,9用の駆動装置は,準備信号を発生する挿入装置14のうち1つと対向するために第1にランダムな始動位置からキャリッジを移動することができ,第2に当該キャリッジをレール手段7の中央に向かって共に動かすことができ,第3にキャリッジをレール手段の中央から互いに対称的に離れるように動かすことができる手段を備えている。」 と記載されており,上記の動作は明細書の記載にも裏付けられている。
(5) これに対し,ブラウン・アルファは,複数の昇降手段が移動して固定位置にあるキャリッジにフラットワーク物品を供給するものであるから,本件発明1の上記文言に係る構成は,このような態様とは異なる。
(6) よって,「一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触するのに適しており」との構成を本件発明1とブラウン・アルファの相違点に含めた審決の認定に誤りはなく,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点の容易性判断の誤り)について (1) 審判甲第18号証等の記載事項 @ 審判甲第18号証(本訴甲第9号証) 審判甲第18号証の実用新案登録請求の範囲には,「一対のシーツ保持具を,待機位置から所定位置に移動させ,その所定位置からそれぞれ逆方向に移動させてシーツを拡げ,その後待機位置に移動させる」と記載されている。そして,その第5図(A)〜(H)には,二対の保持具(2R,3R及び2L,3L)のそれぞれにシーツSが装着され,左側の一対の保持具が互いに離隔してシーツを広げ(第5図(C)),次に右側の一対の保持具(2R,3R)が互いに離隔してシーツを広げる(第5図(H))様子が描かれている。
審判甲第18号証に記載されたところと本件発明1とは,保持具が離隔してシーツを広げる点,操作員がシーツを保持具にクランプさせる位置が複数(2か所)であるという点で類似するものの,審判甲第18号証に記載のものは,操作員がシーツを保持具に直接クランプするものであって,昇降手段がシーツを保持具へ向けて上昇させて一対の保持具へシーツを引き渡すことも,一対の保持具をガイドレール上で複数箇所に移動させてそこでシーツを装着させることも,開示されていない。
A 審判甲第19号証(本訴甲第10号証) 審判甲第19号証に記載の発明では,操作員が一対の走行台車25,26にそれぞれ設けられたクリップ23,24にシーツを把持させると走行台車25,26がシーツを左右に広げるように互いに離隔するものであるが,審判甲第18号証に記載のものと同様に,操作員がシーツを保持具に直接クランプするものであって,そこには,昇降手段がシーツを保持具へ向けて上昇させる一対の保持具へシーツを引き渡すことも,一対の保持具をガイドレール上で複数箇所に移動させてそこでシーツを装着させることも,開示されていない。
B 審判甲第20号証(本訴甲第11号証) 審判甲第20号証に記載の装置は,4か所のシーツ載置部で操作員が装着したシーツを広げてコンベア上に移動させるものであるが,やはり,操作員がシーツを保持具に直接クランプするものであって,昇降手段がシーツを保持具へ向けて上昇させる一対の保持具へシーツを引き渡すことも,一対の保持具をガイドレール上で複数箇所に移動させてそこでシーツを装着させることも開示されていない。
C 審判甲第24号証(本訴甲第12号証) 審判甲第24号証に記載の装置においては,一対のクリップ16,17が,異なる2か所(A,B)でシーツを載置されるものであるが,その移動はパラレルアームによる移動であって,クリップそのものがビーム上を移動するものではなく,そこには,昇降手段がシーツを保持具へ向けて上昇させる一対の保持具へシーツを引き渡すことは開示されていない。
(2) 以上のとおり,これら審判甲第18号証などに開示される装置は,人間が直接クランプ装置にシーツを載置するものであって,クランプ装置が異なる載置位置に移動してシーツをクランプするものでなく,また,低位置で載置されたシーツをクランプ位置まで上昇させる機械的な上昇手段も開示されておらず,本件発明1とは相違する。
審決は,「審判甲第18〜第20号証,第24及び第9号証に記載のものは,いずれも,一対のキャリッジが,コンベヤベルトの正面側端部の中央とずれた位置において,操作者と対向するものであり,機械的な手段である昇降手段と対向するものではないから,本件発明1における上記の点を開示するものではなく,また,かかる昇降手段を有しない装置を前提とするものである以上,本件発明1における上記の点を示唆しているとはいえない。」と認定しているが,そこに誤りはない(なお,原告は,審判甲第9号証に関する審決の認定については,誤りとされるべき具体的な事実主張をしていない。)。
(3) 原告は,甲第14号証(特開昭63-139599号公報),第15号証(特開昭63-230448号公報)及び第16号証(特開平2-153500号公報)をもって,フラットワーク物品を把持して昇降させる機械的手段が周知慣用技術であることを立証しようとしている。
ここで,甲第14号証(特開昭63-139599号公報)は,リネンの仕分け装置を示すものであり,そこには,コンベアで搬送されたリネンをチャックで挟持し,搬送手段で搬送するものが開示されている。甲第15号証(特開昭63-230448号公報)は,リネンなどの繊維製品をチャックで把持してコンベア間を搬送する装置に関するものである。また,甲第16号証(特開平2-153500号公報)は,ランドリー工場で乾燥工程後の洗濯物を搬送し,展開する装置に関するものである。
しかしながら,これらの公報は,ランドリー工場内でチャックに把持させた洗濯物を次工程等に搬送する装置を開示するものであって,そのような洗濯物の搬送装置が従来から周知であるとしても,「一対のキャリッジが,昇降手段のいずれかと対向する位置においてフラットワーク物品と接触するのに適しており,当該位置が,前記昇降手段の少なくともいくつかについて前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれて」との相違点に係る構成,特に,「当該位置が,前記昇降手段の少なくともいくつかについて前記コンベヤベルトの正面側端部の中央と対向する位置からずれて」との構成までを示しているものではない。
したがって,原告の上記立証は成功していない。
3 取消事由3(本件発明1の効果についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明1の効果について, @ 操作者の操作位置が2個所に限定されないことは,審判甲第20号証(甲第11号証)においても同様であり(「作業位置が干渉しないように配置された4つの位置で作業する4人以下のオペレータによって操作される」ことが,その2頁左下欄に明記されている。), A 複数の挿入手段の衝突が発生しないこともブラウン・アルファが既に実現していた効果(「複数の操作者が作業する場合,中央部にシーツ等を送るクランプが衝突するのを避けるため,先に押されたスウィッチによって動くクランプが受渡しを終わるまで,他のクランプは動かずに待機するようコントロールされている」ことが審判甲第7号証の第弐の3(3)ロに明記されている。)であって,本件発明1に顕著なものでない, と主張する。
(2) しかしながら,審判甲第20号証には4か所の作業位置で4人の操作者が作業可能であることが開示されているが,装置に昇降手段が備えられていないことから,操作者は高い作業位置でフラットワーク物品を装着しなければならず本件発明1より作業性が悪いものと認められる。また,1個のキャリッジが複数の昇降手段に対向する位置に移動してフラットワーク物品を受け渡す構成も備えていない。
原告は,複数の挿入装置が衝突を起こさないようにすることがブラウン・アルファで実現されていると主張する。しかしながら,ブラウン・アルファの4本の可動アームは彎曲して装置中央部に集合し,該中央部位置で一対のキャリッジにフラットワーク物品を受け渡す構成であるから,装置が複雑化し,機構上は,可動アーム上を走行する挿入手段が衝突する危険が大きいことは明らかであるが,ブラウン・アルファにおいて,可動アームの動作や挿入手段の動作タイミングについて,衝突事故が起こらないように慎重な制御が必要なことは当業者には自明である。そのような複雑な制御がなされた結果,ブラウン・アルファで衝突の危険が回避されているとしても,複数の挿入手段に対して一対のキャリッジが移動してフラットワーク物品を受け渡すという本件発明1の構成により,装置がより簡素化し,機構上,機器の衝突等の危険が小さいという作用効果が生じることは明らかである。
(3) 以上のとおり,本件発明1の構成によって奏される効果はブラウン・アルファに比較して顕著であると認定した審決の判断は相当であるから,取消事由3も理由がない。
4 判断のまとめ 以上のとおりであるから,本件訂正後の本件発明1に関する無効理由1に理由がないとした審決の判断に誤りがあるとする原告の主張は,採用することができない。また,そうである以上,本件発明1の構成を引用する本件発明2〜8に関する無効理由1に関する審決の判断に誤りがあるとすることもできない。
結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 野輝久